1: 2011/01/14(金) 18:40:20.42 ID:RxVAfjGZ0
時系列は幻想御手を使って昏倒した後。夏休み。

以前総合に投下した作品、

麦野「電話の女ってどんなやつなんだろうね」

の長編改編作品です。
ダークな雰囲気でやっていきたいと思います。
取りあえず、少し投下しましょう。



とある魔術の禁書目録 31巻 (デジタル版ガンガンコミックス)

2: 2011/01/14(金) 18:43:32.47 ID:RxVAfjGZ0
八月第一週のとある日


「今日もお疲れ様のですー!今度は補修に来ちゃだめですよー!」



ピンク色の髪の毛の小さい先生が教室にまばらに座っている学生に対して挨拶をする。
講義を聴いていた学生達は次々にバックに教科書を入れて立ち上がり、帰宅していく。



その生徒達の中に一人、柵川中学の学生がいる。
彼女の名前は佐天涙子。
彼女が何故補修に参加しているか。



彼女は7月24日に幻想御手(レベルアッパー)に手を出して倒れてしまったからだ。
彼女は能力がいつまでたっても上がらない事に嫌気が差し、飛び級して能力を得ようとした。



そんな人達に努力してレベルを上げる事の大切さを説く為、夏休みであるにも関わらず学園都市側は補修を開いているのだ。

3: 2011/01/14(金) 18:45:03.02 ID:RxVAfjGZ0
さて、今日の講義も終わり。
これでやっと補修の全てのカリキュラムは終了したと言う訳だ。


(いやー…やっと終わった。補修めんどくさかったなー)


(自業自得なんだけどねー、でもこのクソ熱いのに外走ったり、その後にキンキンに冷えた部屋で長時間講義とか…疲れちゃうわ)


(…でも、そんなめんどくさいのもおしまい!仕送りも今日来てるだろーし、ちょっと自分にご褒美しちゃおっかな)



めんどくさい補修が終わって彼女は柵川中学校の学生寮に向かう。
佐天が講義を受けていた高校は多摩センターにある。



そこから多摩都市モノレールで一気に立川まで出る。
立川駅から降りると再開発地区として開発されている所の近くにある寮へ。



そこが彼女の家だ。


モノレールから降りるとうだるような熱気が漂っている。
そんな中をトボトボと佐天は自宅に向かって歩いていく。


途中コンビニに立ち寄ってお金を下ろす。


(五千円、これで一週間もつかなー…)


仕送りと言っても自由に使って言い訳ではない。
月ごとの携帯電話のお金や水光熱費などのお金。
水光熱費は柵川中学側がある程度負担してくれるとは言え、全額ではない。


(お金のやりくりとかめんどくさいなー…セブンスミスとに新しく入った服屋も行ってみたいし…)


そんなお金の計算をしながら佐天は寮の前に着き、鍵をガチャガチャを開けていく。

4: 2011/01/14(金) 18:46:13.82 ID:RxVAfjGZ0
昼下がり。
太陽はまだまだ遥か高い位地に。


(あー…冷房タイマーでつけとけばよかったなー…部屋の中、暑すぎるー…)



HARUTAの革靴を脱ぎ捨て、整えずにそのまま上がっていく。
バックをベッドに放り投げようとしたその時だった。



机の上に小さい小包がおいてある。



(ん?なんだこれ?)



佐天は小包を手に取る。


(あれれ?宛名もなし…?)


何も記載されてない小包。
とりあえず彼女は制服のまま冷房が当たる位置に移動してその小包を開けて見ることにした。



ジジジ…ビリビリ…

6: 2011/01/14(金) 18:48:20.16 ID:RxVAfjGZ0
小包を破ると中にプチプチで丁寧に包装されているipadの様なタブレット型携帯電話が入っていた。
いや、正確に言えば通話可能なノートPCと形容がしたほうがいいかもしれない。


(な…なにこれ?いたずら…?)



ともあれ包装されているプチプチを取ってその携帯電話を見る。
市販で売られているipadと形は殆ど同じだが、通話機能が付いている点が大きくことなる。
製造されたメーカーの名前も彫られてない。


(…な、何よ?これ、マジで…)


(ちょっと…押して見ようかな…)


そんなことを考えて佐天が電源起動ボタンと思しき所に指を当てようと思った時だった。
音を立てず、静かに携帯電話が起動するではないか。


(えっ!?あれ?ボタンを押そうと思ったけど…勝手に起動した?)


動揺するよりも寧(むし)ろ、じーっとあぐらをきかながら携帯電話を見つめる佐天。
冷房の風が冷たい。

8: 2011/01/14(金) 18:49:30.66 ID:RxVAfjGZ0
携帯電話の電源が起動する。
すると各種のソフトをダウンロードしているようで小さく機械音が聞こえる。
そしてダウンロードが終了すると、いきなり電話がかかってきた。


プルルルルルルル…………


最新機器の携帯電話から奇妙なくらいにレトロな音が鳴る。
その音で彼女の肩がびくりと震える。



「はい…もしもし…」


『あ、出たねー、こんにちわ』


受話器越しに聞こえる声は明朗快活な好青年の様な感じだった。


「えーっと、どちらさまですか?」


『あー、自己紹介遅れちゃったね!俺は…そうだなぁ…名前は言えないんだけど、人材派遣って言ってくれればいいよ』


「マネジメント?」


佐天は人材派遣という言葉を聞き返す。


(マネジメントって何よ?)


『あー、まぁ…名前の通り?かな、人材を募集したり、必要な機器をいろいろな人々に供給する、学園都市の影の功労者みたいな感じかな?』


電話の相手はペラペラと自分の事を話していく。
佐天は坊主の野球部員をなぜか想像していた。

9: 2011/01/14(金) 18:51:42.44 ID:RxVAfjGZ0
「…その人材派遣さんが私になんの用なんですか?」


『あ、鋭い指摘だね、単刀直入に言うけど、君に引き受けてもらいたい仕事があってさ』


「引き受けてもらいたい仕事…?」


『うん、出来ればその業務内容、ちょっとだけ聞いてくれないかな?』


佐天は思った。
明らかにこれはおかしい。
何かしらの性質の悪い勧誘か、最近はやっている詐欺の一種とか新興宗教の勧誘だと思った。
ほら、最近噂の三沢塾とか。



そんな彼女の不振の念など携帯電話の通話相手はつゆ知らず、ベラベラと喋っていく。


『あー、平気平気。取りあえず、俺のはなし聞いてくれない?五分だけでもいいからさ、はは、CKBの健さんみたいだね、って知らないか』


何か勝手に冗談を一人で言っているが、佐天にはわからないようだ。
それより、この男は何を持って平気と言えるのだろうか、佐天は首をかしげる。


「…なんなんですか…さっさと要件言ってください、いたずらですか?」



ちょっと強い語調で言い放つ。
すると即座に電話の相手の男は答えた。


『違うよ』

10: 2011/01/14(金) 18:53:42.18 ID:RxVAfjGZ0
その言葉を聞き、答えに窮する佐天。
たいして男は佐天が黙っている事をいいことに喋る。


『取りあえず、段ボールの底を見てほしい』


電話の男は佐天の家に届けられた小包の底を見てくれと言ってきた。
それが一体、この電話が冗談かどうか、どういう関係があるのかはわからない。


取りあえず、佐天は電話の男には答えずに小包の底を見る。
そこには茶の封筒が入っていた。


(な、なにがはいってるの???)


佐天はガサリとその袋をつかむ。
その音が通話している男にも聞こえたのだろうか、『封筒見つけた?』と聞いてくる。


そして、次には佐天が驚く事を男は言った。


『100万ね、それ』


「100万…?何がですか?」
(え…、まさか…?お金?)


『佐天さん、まだあけてないの?封筒開けてみてよ』


その男の声に導かれるがままに佐天は封筒を開けてみる。
ビリビリと封を切ってあけるとそこには新札で大量の一万円が入っていた。

11: 2011/01/14(金) 18:56:39.33 ID:RxVAfjGZ0
佐天は試しにぱらぱらと一万円に目を通す。
本物かどうかは中学生の彼女には判定できないが、見た目はちゃんとした一万円のようだ。



「こ、こんな大金…一体…私に何をさせたいんですか?」


彼女の心拍数は一気に早くなる。
こんなお金の束、見たことない。
テレビ画面ではよく身代金を要求するシーンで札束を目にすることがあるが、彼女がこんな大金生で見るのは生まれて初めてだった。



『何をさせたいって…まぁまぁ、焦らず聞いて』


男は落ち着き払った声が聞こえてくる。
緊張で手汗をかいている佐天とはおそらく正反対の態度であることは容易に想像できる。



『取りあえず、これで俺が冗談を言ってるって訳じゃないことが分かったよね?ちなみに本物だから、それ』



「…はい…」
(ほんと?…ひゃー…)


『そのお金を見たうえで君に質問何だけど、能力者に嫉妬してる?』


「え?いきなりなんですか?その質問?」

12: 2011/01/14(金) 18:58:11.78 ID:RxVAfjGZ0
佐天はいきなり自分の心の内面がえぐられる様な気分を味わう。
なぜなら今、彼女は幻想御手のショックから回復して学校で補習を受けており、只今絶賛、能力についての話を受けているからだ。


正直、あまり能力とかそういう話はしたくないのが今の彼女の本音だ。


「その質問の答えを、私があなたに…言う必要があるんですか?」



佐天は顔も見たことのない相手に自分の事を言われ、若干苛立つ。
しかし、男はそんな彼女の事を全て知り尽くしているかの様な口ぶりで話していく。


『いやー…佐天さんを怒らせる気はないんだよ?あくまで嫉妬してるかどうかを聞いただけだから』


「…それが私の気に障るんです、電話切りますよ?」


『あ、ちょっと待って!たんま!』


電話を切ろうとすると男は慌てふためいている様で、動揺した声が佐天に聞こえてくる。


『君にお金を渡した理由はね、君にある組織に電話をかけてほしいからなんだよ!』


「組織に電話…?」

13: 2011/01/14(金) 19:01:39.35 ID:RxVAfjGZ0
『そうそう、えーっとね…これ以上電話で言うことはできないから…今日会えるかな?』


「なんですか、それ。ついさっき電話掛けてきた人にあれよれよと会おうなんて気がしません」


『平気だって、拉致とか、薬使って眠らせたりはしないからさ』


「…そういうと余計心配になります」


『だったら小包に本物の100万円なんて置くはずがないだろ?』


「………」


佐天は黙っていたが、正直、確かに、と納得してしまった。
そして、律儀な彼女はお金をもらったからには、もらい逃げするのもなんだか気が引けてしまうのである。


「…じゃあ…良いですよ…会うだけですからね」
(会うだけならいいかな…?我ながら…大したクソ度胸ね…)


佐天はお金をもらったことと、なんだか分からないが、このままではすっきりしないと判断したのだろう、男と会うことに決めた。



『ホントに?やったね、じゃ、19時に町田でどうかな?』


男は指をパチン!とはじく。
その音が佐天に受話器越しから聞こえてくる。



「町田って?JRの町田駅ですか?」


『そうだね。…じゃ、町田駅のオブジェ前でどうかな?改札出たらすぐわかるから、そこにいてよ、迎えに行くからさ』

14: 2011/01/14(金) 19:03:46.42 ID:RxVAfjGZ0
「あ、わかりました」


『あ、そうそう、それとこの電話は持ってきてね、今佐天さんがもってる電話で説明するから』


「はい…じゃ、切りますよ?」
(この携帯で…?)


『うん、いいよ』


佐天は電話を切るために電源ボタンを小刻みに何度も押す。
電話が終了した時、彼女の思考能力は半ば停止していた。



能力、嫉妬、100万、電話、仕事…



見ず知らずの男に言われたさまざまな単語が彼女の頭の中に浮かんでは消える。
ごちゃごちゃにして全く合わないパズルのよう。



(あぁ…お金をもらっちゃった手前、拒否出来なかったけど…どうしよう…行くしかないかな…?)



行くと決めておきながら、やっぱり町田駅に行くかどうか逡巡する。
取りあえず彼女はスカートのファスナーに手を駆けて着替えることに。



ジーッ…っとファスナーを下ろしていくと、ストンとスカートが床に落ちる。
衣類が入っているタンスを開けて、スウェットを履く。


上着も制服から半そでの白いシャツに着替える。


冷房の空気が冷たく当たり、寒い。
冷房の電源を一度切って窓を開ける。


もわっと熱気が部屋に侵入してくる。
しばらくして彼女は窓を閉めて横になった。

15: 2011/01/14(金) 19:04:39.41 ID:RxVAfjGZ0
警備員の詰所に佐天はいた。


『あら、佐天さん、今日も詰所にきていらしたんですの?』


『すいません、白井さん、お邪魔しまっす!』


『白井さん、佐天さんは今日は暇って言っているので、ここに来ました…』


初春の苦笑した様な顔。
どうやら彼女は佐天を詰所に連れてきたことを後悔しているようだ。


『…もしかして、今日はきちゃだめでしたか?』


彼女はこういう時、決まって苦笑いをする。


(いやぁ…今日は来ちゃまずかったのかな?)



『いえ…別に来るな、とは言ってませんの、ただ…』


『ただ…?』


『いえ、なんでもないですわ、ホラっ、初春!警邏に行きますよ?』


『あ、はい!』


佐天を置いて二人はどこかに消えていく、彼女はそれを追いかけて…風紀委員の詰所のドアを開けていく…。


ガチャリ、



そこには何もない。真っ暗な空間…。

16: 2011/01/14(金) 19:05:34.43 ID:RxVAfjGZ0
『待って!私も行って良いですか?』


そこは虚空。何もない。誰も答えない。



気付けば、周りには私以外誰もいない。
ただの空間だけ。


いきなりシーンが変わる。



『あれ?ここはどこ?まさか、セブンスミスト?』


佐天は周りをキョロキョロ見回す。
初春達を見つける。


『ういはるー!白井さーん!御坂さーん!』


『あ、佐天さん!どこに行ってたんですか?探しましたよ?』


『ごめんごめん、ちょっと風紀委員の詰所に…?ってあれれ?』


混乱する。自分がどこにいたのか良く分からない。
確か、風紀委員の詰所にいて、初春と白井を探そうとして、彼女はドアを開いた時…。


『ま、どこ行ってたって良いわよ?それより、ホラ、今日は美琴先生のおごりだから、美味しいパフェがどこにあるか教えてよ!』


『あら!お姉様が奢るなんて珍しいですの!さては…何か良いことでもありましたか?』


『は?な、な、な、ないわよ!あの馬鹿とかどうでもいいから!』


『あの馬鹿?まさか…あの類人猿とまた遭遇しましたの?噂に聞けば、あの類人猿は無能力者らしいですわよ?』


急激に情景が切り替わったと思えば、佐天は白井達といつもしているごく、他愛のない話の輪にいた。

17: 2011/01/14(金) 19:12:41.14 ID:RxVAfjGZ0
『初春?あなたからも何か行ってあげて下さい!お姉様は無能力者の男に気があるそうなのですが…お姉様の様な上品な御方とはどう考えても釣り合わないですの…!』


『…私は人それぞれで良いと思いますけど…ダメですかね?佐天さんはどう思いますか?』


『あ、私は…はは、無能力者がどうとか、って言うよりかは自分の思った相手だったら誰でもいいと思いますけど…』


『ちょっと!初春さんに佐天さん!そんな話じゃなくって!ってかいつから私はあの馬鹿の話をしたのよ?』


『だって、お姉様が私たちといて、上の空の時はたいていはあの類人猿がからんでいるんではなくて?お姉様は否定できまして?』


『うっ…///』

顔が赤くなっている御坂。
そしてそれを複雑な表情で見ている白井。



初春と佐天は、ははは、と笑っている。


佐天は一緒に笑っている初春をちらりと見る。
彼女は御坂と白井の痴話げんかの様なやりとりを聞いている。


(私は…どうかな…?)


佐天は自分が本当に心の底からこの会話を楽しんでいるか、自分に聞いてみる。
答えはわかりきっている。


この会話は彼女にとって苦痛以外の何ものでもなかった。


(御坂さんが気に言ってるかどうかなんてわからないけど…)


(無能力者だって良いじゃない…白井さんも御坂さんも、能力なんて気にしないでさ…?)


彼女の思考がまた切り替わる。
すると今度は誰かが佐天を呼んでいる。

18: 2011/01/14(金) 19:15:34.32 ID:RxVAfjGZ0
またシーンが暗転する、今度は声だけだ。
聞き慣れない男の声だ。


『おーい!おーい!起きろ!超電磁砲が…!』


(私を呼んでるのは…誰?)



『結局…私のお姉ちゃんの話何だけど…』


『オマエがあの電話の…へぇ…』


『わたしは…そんな境遇の………応援……』


『超、私とためですね…!』



(誰?声だけが聞こえてくる…!?)


聞こえてきた声は五人。



そして…?

19: 2011/01/14(金) 19:18:06.89 ID:RxVAfjGZ0
「はぁ…はぁ…夢?」


佐天はベッドに横になったまま寝ていたようだった。
やけにリアルな夢を見ていた。


いや、むしろ…現実のワンシーンのフラッシュバックを思わせるもの。
しかも最初の二つは自分があんまり思い出したくない、風紀委員の詰所で感じた疎外感の話や能力者特有の会話だ。


けれども、彼女が納得できない夢が一つあった。

それは――


(あの五人の声は一体誰の声だったんだ?)


彼女を呼んだ五人の声。
声からしておそらく四人は女性だろう。あんな声の知り合いなんて誰もいないが。
勿論、男も聞き覚えがない声だった。



とにかく、嫌な夢をみた気分だった。
冷房のタイマーは切れていて、室内はうだる夏のクソみたいに熱い熱気に浸食されつつあった。


汗もじっとりと書いている。
嫌な汗だ。
さっさと体を洗いなあがしたい衝動にかられる。



(軽くシャワーあびよっかな…)


(時計、時計っと…今何時何だろう?)


取りあえず彼女はベッドに置いてある携帯電話をパカリと開く。
時刻は17時半。今からシャワーを浴びて、支度をすれば、19時には町田につく。


(時間的には余裕かな…?シャワーあびよ…)


(っていうか…なんだったんだろう…あの夢…あー、もう思い出せない!)

薄れゆく夢の記憶。
つい先ほどまで見ていた夢の内容はもう頭から消えていった。

39: 2011/01/19(水) 02:24:02.90 ID:Hnml+c0n0
こんばんわ。
沢山のレスを頂いて恐縮、これからも精進していきたいと思います!!
それでは少し投下しましょう。

注意
作者の勝手な我がままで実際の地名や製品名等がしばしば出ます。
また、学園都市の地理を独自解釈しています。

おいおい、そりゃねーよ、と思いつつ、暖かく見守ってくれると嬉しいです。


あらすじ
佐天涙子は幻想御手で昏倒していたが、そこから復活し補習を受けていた。
そんな補習も終わり、学生寮に帰った8月の第一週の日。家に送り主が分からない小包が。

それをあけるとタブレット型携帯電話と百万円が。
携帯電話を起動すると男と通話することになる。

男は佐天と町田で会おうと提案する。
佐天は昼寝して町田に行く決意をする。


41: 2011/01/19(水) 02:33:27.55 ID:Hnml+c0n0

――佐天の学生寮の部屋のバスルーム

シャワーの温水を浴びて佐天は汗を流していた。

彼女が汗をかいた理由――おそらくそれは彼女の夢の内容に依るところが大きい。


佐天はシャワー浴びつつ、通話していた内容と夢の内容とを反芻して思い出す。

電話してる時の相手が言ってた『能力者に嫉妬してる?』という言葉。

その指摘は正しいと言わざるを得ない。



佐天の頭の中でその言葉が浮かんでは消えていく。


(嫉妬かぁ…どうなんだろう…)


(幻想御手の時に痛い目みて…なお、能力者に憧れるか…)


(補習に出た時、あの小さい先生が言ってたよね、努力して自分の能力を上げることが出来るって)


(…そういう意味だったら憧れてるのかもしれない…けど)


けど――

彼女は思った。
結局は努力をし続ければいけない。それに対して別段嫌な気はしない。でも、努力する事について正直面倒だとも思っていた。

42: 2011/01/19(水) 02:34:39.53 ID:Hnml+c0n0
(確かに…自分でも能力者に対して憧れる気持ちがあるのは認めるけど)


(なんていうか…もっと違う気がする…能力に関してはあんなに痛い目見たわけだし…)


そこで彼女は自分の気持ちがわかりかけた様な気がした。


(能力があってもなくてもいい、ただ、白井さんや御坂さん、初春の様に何か自分に誇れるような事をしてみたい?)


(御坂さん達が自分たちの能力を鼻にかけてる事はない…と思うけど…自分たちの能力に絶対の自信は持ってる…)


(私も…何か、自分に誇れて自信を持って出来る事をしてみたい…のかな)


(…それとも、ただの興味?人に言えない事をしてみたい…のかな?)


佐天はシャワーを浴びながら自分の思考がどんどん遅滞していく感覚を覚える。
結局、自分は能力者に嫉妬しているかどうか、答えは出なかった。


そして、自分がいつも一緒にいる友人たちと同じように能力者になりたいと思っているのか、それとも何か人に言えないことをしたいのか…。


ぼんやりとお風呂にある防水時計を見る。
そろそろ風呂から出なければ遅刻してしまう時間だった。

43: 2011/01/19(水) 02:37:27.33 ID:Hnml+c0n0
(出よっと…)


シャワーの蛇口を閉めて、裸体のまま浴場から出る。
佐天のすらっとした腕、太もも、両脚…体の四肢を伝って滴り落ちる水をバスタオルでふきとっていく。


股のあたりから綺麗な脚の先まで丁寧に拭き取る。
最近生えてきた恥毛をぼんやりと見つめながらそのあたりについている水滴をふきとっていく。


身体を一通りふき終わるとパンツをはく。


白い脚にかかるパンツ。
すらりとした脚をするすると彼女のパンツが上がっていく。


パンツをはくと次はバスタオルでふいた髪をドライヤーで乾かしていく。
自慢の黒髪だ。



しばらくして髪が乾くと、慎ましい胸ながら、発達中のそれにブラを着用する。
その後、白いユニクロのポロシャツを着る。
タイトめに着ると次はジーンズ。Leeのブーツカットデニムをはき、靴下をはき、エアフォースワンの白のスニーカーを履く。

さわやかでボーイッシュな感じで元気闊達な佐天ならしっくりくる。



(さて、行こうかなー…)


百万の内、一万円を一枚だけ財布に入れる。
残りは冷凍庫の奥の方にねじ込む。



(夕飯は…この中から買えばいいかな…?)


先ほど小包の底にあった封筒の中から出した一万円だ。
なぜか罪悪感がしたが、それは気にしないことにした。

44: 2011/01/19(水) 02:39:04.44 ID:Hnml+c0n0
柵川中学校のバックにipad型携帯電話を丁寧にいれる。
自分の元々持っている携帯電話はジーンズのポケットに。


机の上に置いてある寮の鍵を持ち、戸締りの確認をする。


(じゃ…いってきまーす…)


(なんだか緊張する…)


見ず知らずの男、いや、待ち合わせ先にいる人物は性別もわからない。
一体誰なのだろうか、そんな不安に彼女はかられる。


しかし、お金をもらった手前と、なんとなく、話を聞いてみようという興味本位で彼女は町田に向かっていった。


45: 2011/01/19(水) 02:41:45.13 ID:Hnml+c0n0

町田駅は神奈川県と東京都の県境にある駅だ。
同時にここは学園都市と日本の境目でもある。



巨大な貨物ターミナルもあり、長津田から横浜線と分線し多摩センターの地下にある第二十二学区の地下街まで延びているそうだ。



小田急線、横浜線とが交わり、国道十六号線や町田街道も近くにある町田駅は学園都市の交通の要衝でもある。
そして町田周辺の小中高大に登校するのに欠かさないこの駅の周りは多数の施設が乱立し学生達の遊びの場になっている。



多数の学生達の遊び場となっているこの駅の周辺は日本と学園都市の境目に位置する都市であるため、人の流出入が激しい。
その人の多さゆえ、治安の乱れが懸念されている地域でもある。

46: 2011/01/19(水) 02:43:11.68 ID:Hnml+c0n0
さて、町田近辺の説明はここらでいいだろう。
佐天は町田駅についた。



第七学区の立川駅前、あるいはそれ以上の数の人がいた。
夏休みということで遊んでいる学生が多数いるのだろう。


(十九時ちょっと前かぁ…早かったかな?)


彼女は町田駅前のオブジェの前にいた。
どんな人が来るのかわからないので緊張する。いや、どんな人が来るかわかっても初対面なので緊張するだろう。


(あー…私も結局何してるんだかねぇ)


(電話をする簡単な仕事か…)


佐天は寮でした電話の内容を思い出す。



(組織ってなんなの…?)





(私が…能力に嫉妬かぁ…)


彼女の頭の中をいろいろな事が駆け抜けていく。
そうして考えて気付けば下を向いて地面とにらめっこをしていると、不意に声がかかった。
顔を上げるとボディシェープされたこぎれいなグレーのスーツを纏った男がいた。


「ごめん、仕事で遅れちゃって」


「!!」


「申し訳ない!」

47: 2011/01/19(水) 02:45:04.07 ID:Hnml+c0n0
「へ、平気ですよ…」


「はは、恐がらない、恐がらない。取って食っちまおうってわけじゃないからさ!」


佐天に話しかけている男は優男といった感じで、大学生くらいの男だった。
案外に優しく見える。組織だの電話だの、能力だのと言ったこととは無縁そうに見えるただの学生然とした風貌だ。

けれど、この街の学生は皆そういう風に見えて、実はとんでもない能力を持ち合わせているからわからない。
取り敢えず、佐天から見た男の第一印象は概ね良かった。集合時間に遅れることもなかったし、見るからにおかしいヤツじゃなかったから。


(ま…まぁ、普通の人ね…)


(このひとが 私にさっき電話した人…だよね?)


そんなことを考えながら佐天は目の前にいる好青年に緊張しつつも話しかける。


「あ、あの…さっきの電話の詳しいお話なんですけど…」


「そうだね、その話しをしに来たんだった、ってか立川から町田までわざわざ申し訳ないね!今日は町田で一仕事あったんで!」


「あ、良いですよ、気にしてないんで!」


「そう、ありがとね、じゃ、立ち話もあれだし…こっちにきてくれ」


男はそういうとオブジェの近くの階段から下の道路の方に降りるように佐天に指示した。
佐天はその男から少し距離を置いてついていく。するとそこには大型のキャブワゴン「VELLFIRE」がハザードをたきながら止まっていた。


「さ、どうぞ」

男は黒のブルガリのキーケースをポケットから取り出すと、トヨタのロゴが彫られているキーのボタンを押す。
キュッキュッとアザラシの鳴き声のような音が小さく響くと後部座席のドアがゆっくりと開いた。

48: 2011/01/19(水) 02:47:27.05 ID:Hnml+c0n0
(え?ちょっと、これは大きすぎるでしょ…?何この車…)


佐天の実家の車よりも全然大きい車、しかも中を覗き込むと相当な広さだ。
彼女は外から見た、「VELLFIRE」の車内の広さに驚いているようだ。



「ほら、乗りなよ」


「あ、はい」


男に言われるがままに佐天は後部座席に座っていく。
携帯電話が入ったバックを大事に抱えて。



佐天が恐る恐る車に乗り込と、その動作を見ていた男が後部座席をハンドル脇のボタンを押す。
すると後部座席のドアが静かに閉まっていく。



(あ、ドア閉まっちゃった…出れない…)


どうしよう、と佐天が考えていると、運転席に座っている男がミラー越しに話しかけてくる。


「単刀直入に言うけど、これは遊びじゃない」


「………………」
(な、な、なによ?え?え?)



「まぁ、そんなかたくならず、リラックスして」


「あ、はい…」
(お前がそんな事言うからだろー!)


後部座席に乗ってからずっと彼女の体は小刻みに震えていた。そして背筋はぴんと張っている。
男に楽にするように促されても全然出来なかった。

49: 2011/01/19(水) 02:49:40.94 ID:Hnml+c0n0
佐天の様子を見て、男はふぅ、と男はため息をつく。
まるで、やれやれと言った素振りだ。


「緊張しすぎだって!平気だよ!リラックス!」


男は両手を宥めるようにして佐天に音付くように促す。
佐天ははい、と答えるものの、どうしてもリラックスできない。



そんな動作を見て男はさっさと話し始めてしまおうと思ったのだろう。
男はスーツの胸ポケットから煙草を取り出して吸い始める。佐天はその素振りを見ていた。


「あ、煙草ダメだった?」


「いや、良いですよ、気にしてないんで」


「ごめんね、気を使わせちゃって…」


男はその後数回煙草を吸ってはいてを繰り返すと設置してある車内の灰皿に煙草をぎゅっと押しつけて火を消す。



「自分で単刀直入って言っておきながら話がそれちゃったね、そろそろ本題を話そう」


「携帯電話を出して欲しいんだ」


男はミラー越しに佐天を見つめ、話す。
佐天はバックのファスナーを開けて携帯電話とは名ばかりのipadの様なタブレット型コンピュータだ。


「これは学園都市の技術で詳しくは言えないんだけど、電池はほぼ無尽蔵なんだ」


「む、無尽蔵?」


その言葉に佐天は驚きを隠せないでいる。

(いくらなんでも無尽蔵…確かに小包を開けた時に充電器はなかったけど…)

50: 2011/01/19(水) 02:53:56.36 ID:Hnml+c0n0
「こうした技術を外部に漏えいさせないために学園都市の情報を守る部隊がいるんだ」


「え、っと…それって警備員とか風紀委員みたいな感じですか?」


「あー、ちょっと違うな!それはあくまで公的な組織なんだ!」


「公的じゃない組織…ってことですか?」


佐天の警備員や風紀委員ではない、それでもって新設の組織…果たして一体?
彼女には見当もつかない。


「公的、の裏側って言ったら良いのかな?そりゃ、風紀委員や警備員も学園都市の治安維持機関だけど、教師や学生の集まりだけでこの学園都市の治安が守れると思うかい?」


「………」
(え?違うの?どうなの?)


「当然、守りきれるわけがないよね」



「………」

佐天は黙りこくってしまった。
それもそのはず。今まで彼女が見てきた学園都市に存在する治安機関は警備員と風紀委員の二つしか存在しないのだ。
それ以外の組織に学園都市が守られているなんて想像出来ない。飽くまで彼女は一般市民なのだ。現時点では。


「じゃ…その組織に私は…はいる…?」
(警備員と風紀委員以外に何か…あるの?)



「入るって言うとちょっと違うんだなぁ…!…うーん…そーゆー組織に君が指示を出してほしいんだ」


「わ、わたしがぁ???」


「なに、難しい話しじゃないよ、指示って言ってもこっちでするからさ、佐天さん、君にはぜひ、その内容を彼女たちに伝えてもらいたいんだ」

51: 2011/01/19(水) 02:55:29.63 ID:Hnml+c0n0

「は、はぁ?」
(え?なんで私なの?)


「ま、いろいろ疑問もあると思うけど、まずは携帯のアプリを起動して?」


男に言われるがままに佐天はアプリを起動する。
すると『極秘』と書かれたファイルがあった。


(極秘?な、なによこれ…?)


「このアプリを見たことは他言無用だよ?ってか今日の出来事はなかった、いい?」


「………は、はい」
(…なんだかやばそうな雰囲気ね…!)


アプリはどうやらファイルを取り組んでいるようだった。
しばらくすると、四人の少女たちの顔が出てきた。


「女の人たち…?」


「そ、彼女たちに指示を出してもらいたいんだ、名前はアイテム」







「…アイテム?」

52: 2011/01/19(水) 02:57:33.56 ID:Hnml+c0n0
「そ、アイテム、じゃ、誰でもいいから押してみて」


佐天は男に言われると適当にボタンを押してみる。


(じゃあ…、この黄色いコート着た人)


ぽち、タッチパネルのボタンを押すと四人の画像から切り替わって黄色いコートを着た女性の詳細が反映される。



「む、むぎの…しずり…?」


佐天は思わず名前を言う。
そして画面に映っている麦野という女の画像をマジマジと見つめる。


(きれいな人だなー…ちょっと横顔向いてて正面からじゃないからわからないけど…)


(私より大人っぽいなーってか生年月日も私より普通に年上じゃん)


(へぇー…高校二年生かぁ…ってかレベル5…原子崩しねー…)


佐天が麦野の詳細が記載してある記事を飛ばし飛ばしに読んでいく。すると男が不意に彼女に話しかける。


「一応、記事に載ってると思うけど、彼女がアイテムのリーダーだね」


「は、はぁ」


「記事と内容は重複してると思うけど、一応彼女について簡単に説明するね、彼女はレベル5で学園都市第四位の手だれだよ」


「だ、だ、だい四位!?」
(み、御坂さんと一つしか変わらない!?す、すごっ!飛ばし飛ばしで読んでたけど…はんぱないなぁ…!)


佐天は記事を飛ばし読みに読んでいたのか、男から麦野と言う人物の強さを知らされて驚きを隠せないでいた。

53: 2011/01/19(水) 02:59:11.65 ID:Hnml+c0n0
「うん。ってか君記読んだはずなのに驚きすぎだよ…」


「す、すいません、飛ばし飛ばしで読んでてつい…」
(うわぁ…すごいなぁ…こんなにかわいいのに…レベル5で第四位かぁ…次はどんな人なんだろう?)



佐天はその記事を一通り読み終えると次のページをめくる。興味津々だ。
電子書籍の様にペラッと本をみる調子だ。



「彼女の名前は…」


男が言いかけると佐天が答える。


「フレンダ…?外人?」
(国籍は…カナダ…?カルガリー出身…カルガリーってどこよ…?)



佐天は世界地図を思い出す。適当にアメリカの上あたりのでっかい土地だろう位に考えておく。
そして、食い入るように記事を読んでいった。


(爆薬の取扱のプロ…銃器の扱いにも長ける…へぇ…すごい…この人は…あ、)


佐天はあることに気付いた。
そしてちょっぴり親近感が湧いた。


(レベル0なんだ…フレンダ…さん…って言ったらいいのかな?)



(にしても…本名はなんて言うんだろう…?ま、いいか)

54: 2011/01/19(水) 03:00:13.19 ID:Hnml+c0n0
佐天は本名ではなくて名前だけ表示されている『フレンダ』に疑問を抱きつつ、次のページを開いていく。
運転席に座っている男は佐天が真面目にアイテムの記事を読んでいる事に配慮してか、静かに腕を組んで運転席に座っている。



(滝壺…り…なんて読むんだ?これ?りこうであってるのかな?)



(当該組織のリーダーである…麦野沈利の粒機波形高速砲の照準補佐を行う、なお…その能力の発露には…体晶をもちい…)



(体晶…?なんなんだろう?)


聞き慣れない名前が出てきて佐天は記憶を探ってみるが『体晶』なるものが一体なんなのかわからなかった。
彼女は能力を誘発する特殊な環境か何かだろうと、適当に決めて次のページをめくった。



(絹旗最愛…うわ、この子、私と同い年くらいじゃない?)


(ほうほう…絹旗さんはレベル4…窒素、装甲?聞いたことない能力)


(アイテムの中でも攻守の応用性に優れており、非常に広範な任務で活躍している…すごいなぁ…最年少なのに…)



佐天は流し読みになってしまったが、一通り『アイテム』のメンバーについて網羅されている記事を読み終わると携帯を隣に置き、男を見る。



運転席に座っている男は佐天がアイテムの記事を呼んでいた時間、別段苛立つ表情など見せなかった。
そして佐天が記事を読み終えると話しかけてきた。


「彼女たちに電話をしてもらうのが君の仕事だ。そして君にこの仕事を任せた理由は…」


佐天は自分の心臓がドキリと反応し、一気に鼓動が速くなっていくのを知覚する。


「君も何かやってみたいって思わないかい?」


「ど、どういうことですか?」

55: 2011/01/19(水) 03:01:36.35 ID:Hnml+c0n0
質問の意味がわからずうっかり質問に質問で返してしまう。
男は気まずそうに笑顔を浮かべている。


「君が幻想御手を使って昏倒してから、回復する今に至るまで君の生活は完全に監視されていたんだ」


「は?監視?」
(ちょっと、どういう事よ?)


いきなり出てきた『監視』という言葉に佐天は動揺を隠せないでいた。
なぜ、自分の様な――無能力者――が監視されなければならなかったのだろうか。


彼女の頭の中に次々と疑問が浮かび上がってくる。



「すまない。学園都市の統括理事会の命令で滞空回線(アンダーライン)という超小型のナノデバイスを散布していた」


佐天は何か言おうとして口をあけていたが、何も言えなかった。
結局、男が話を続ける。


「その中で君の周囲の会話も勿論聞かしてもらった。結果、君は能力者達にたいして憧れがある」


「決めつけないでください…」


「じゃ、否定してくれ」



「…………」
(そう言われると何も言えない…)



「そして、君は“自分も何か能力者の様に活躍したい”って思ったり、能力者の会話が嫌いだったりする」



「それがどうしたんですか?確かに私は無能力者です。そして周りにいる能力者の友人たちの話がたまにとてつもなく嫌になる時だってあります!」


佐天はつい、語気を荒げて本音をいってしまった。

56: 2011/01/19(水) 03:08:40.17 ID:Hnml+c0n0
言ってからはっ、と気付いて佐天は頭を男にペコペコ下げて謝る。


「謝らなくていいよ、むしろ、今の君のそういう感情があってこそ、この仕事はやりがいがあると思うんだ」



「?」




佐天は何も言わず、首をかしげる。
なぜ、無能力者である、と言う劣等感が仕事をするうえでのやりがいになるのだろうか、全然わからない。



「考えてみてくれよ、君ははっきり言って無能力者だ、けれど、能力者たちの様に何かしてみたいと思うだろ?」


「そう、滞空回線で監視していたけど、御坂さん達の様になりたいって気持ちがあったはずだよ、或いは彼女達の様に自分だけの特殊な環境が欲しいって」


佐天は何も言えない。
けれど、こくんと頷く。当たっているから。決して御坂達や初春の事が嫌いな訳ではないが。

男は構わず話し続ける。

「だったら、幻想御手の事なんかさっぱり忘れて、能力者たちに学園都市の治安を維持する様な伝達をするのも良いとと思わないかい?君には被害が出るわけじゃないんだし」


「た、確かに…そうですね…」
(……私だって、何かしたい…一人だけ何もない無能力者はやっぱりやだよ…!)


佐天は自分の両手をグッと力強く、男の見えない、影になっている部分で握る。



「君の知り合いの風紀委員やレベル5よりも、もっとこの街の最奥を知ることが出来るいい機会だよ、ただし、誰にも言ってはいけないけどね」


「この街の最奥を知ることが出来る…機会…」


佐天の脳裏には友人達の顔が浮かび上がる。しかし次の瞬間、佐天は言い知れぬものを感じた。
甘く、何かこう危険な香りを。男の発言にちらほらと見え隠れしている甘美な響き。

しかし、それでもそれは佐天にとっては危険なものと言うよりかは、むしろ、淡い乳香の様な香りを漂わせるような、且つファンタスティックで魅惑的なものとして認識された

57: 2011/01/19(水) 03:09:54.09 ID:Hnml+c0n0
「そう、あなたの友人たちが関わっている様な世界に君も来れるかもしれないね。しかも何のリスクもなくて」


真剣に聞けば、ちゃんちゃらおかしい話だと言う事はわかる。
佐天自身もそれは承知していた。


「何のリスクもない…っていうのは信じられません…失礼ですが…あなたは電話をかける仕事をしたことがあるんですか?」


「あぁ、あるよ。ここ最近いろいろ立てこんでいてね、元々人材派遣の方が本業なんだけど、最近多忙で副業の電話をかける仕事まで手がつかなくなってさ」


「立てこんでる…?」


「うん、えーっと…ツリーダイアグラムを搭載した衛星が何ものかに撃ち落とされたり、学園都市第一位の男が…なんてね、いろいろさ」


「は、はぁ…」


「俺自身は何年かやってきて自分の身に危害が及ぶことはなったよ」


人材派遣の優男はそういうと自分の胸をどんと叩く素振りをする。
佐天に悪印象を与えないようにという配慮だろうか?それは分からない。


「そ、そうですか…」


「で、どう?やってみる気になった?」


その質問で佐天の顔が強張る。

しばらく沈黙が車内を支配する…。









「はい、私でよければ…」

58: 2011/01/19(水) 03:11:57.05 ID:Hnml+c0n0
「ホント!?やった!そっか、ありがとう!じゃぁ…詳しいことは追々連絡するね!」


男は指をぱちんとならす。嬉しそうだ。


佐天は決心した。
まだ右も左もわからない状態だが、この仕事を引き受けると。
いつまでも迷惑をかける無能力者ではなく、学園都市に貢献する無能力者になると。



手は震えている。
100%ドキドキしている。
いや、もしかしたらワクワクしているのかもしれない。





そして佐天の言い知れぬ感情をよそに「VELLFIRE」は動き出す。



「佐天さんの家の近くまで送るよ」



町田の高層ビル群が前から後ろに流れていく。
スモークがかかった後部座席からそれを眺めている佐天の表情は期待と不安がごちゃ混ぜになった複雑な表情をしていた。
それとは知らずに、今日もうるさい街の喧騒が響き渡っている。

67: 2011/01/20(木) 02:53:22.25 ID:RdTWuuq30
沢山のレスありがとうございます。
嬉しいです。励みになります。

商品名来たら、読み飛ばして頂いて結構です!
あざといですよね…

昨日のあらすじ

佐天は人材派遣の男と会った。
そこでアイテムという非公式で学園都市の治安維持お担っている部隊の存在を知る。
彼女たちに指示を出して欲しいと人材派遣の男に言われる。

自身の無能力者ぶりを嘆くよりは学園都市に貢献したい、能力者の様に頼られたいという気持ちを強く持っている佐天。
彼女は人材派遣の男に請われ仕事の件を了承する。



では少しだけ投下。

68: 2011/01/20(木) 02:54:22.28 ID:RdTWuuq30
――翌日

「うーん…?もう朝?」
(あれ?私いつから寝てたんだ?服もぬぎっぱだし…)


気付けば朝。
佐天は疲れて寝てしまったようだ。


(えーっと確か昨日は人材派遣の人にうちんちの地近くまで送ってもらったのよね…?)



そう。佐天は人材派遣の男の車で佐天は町田から立川の学生寮の近くまでわざわざ送ってもらったのだった。
そうして彼女は学生寮に着くなり、適当に服を脱いでそのままバタンキュー。



そして翌日の朝、現在に至る、と言うわけだ。





「ねむーい…今何時…?」



佐天は眠気眼をこすりながら小さい目覚まし時計を見る。
時刻は9時半、本来なら大遅刻だが幸にも今日は夏休みだ。
もう補習もない。


(ふー…今日は何しよっかな?)


彼女にとって本格的な夏休みは今日から始まったと言える。佐天は頭の中で今日のプランをぼんやりと考える。

69: 2011/01/20(木) 03:00:18.21 ID:RdTWuuq30
ベッドに横になりながら自分用の携帯電話をいじる。
すぐに思い浮かぶのは同年代で同じ中学校の初春だった。彼女の唯一無二の親友である。



(初春誘ってどっかいこっかなー…風紀委員の集まりとか無ければ良いんだけどなー…それとも…昨日貰ったお金…使ってみようかなー)


不意にお金の事を思い出す。
タブレット型携帯電話の底にあったお金だ。


(……百万かぁ)


佐天は昨日人材派遣の男と合う前にしまった一万円の束が入っている金庫代わり(!?)に使用されている冷凍庫をちらと見る。
中学生にとっては百万という膨大な金額がなんだか恐くてしまって冷凍庫に入れてしまったのだ。

厳密に言えば九十九万円だ。一万は佐天が財布に入れているので。
買いたい物はいくつかある。服とか、靴とか、水着とか。一杯。



(…いやー、でもまだ仕事してないしなぁー…)


頭の中にお金の事が浮かびながらも一つずつそれらの欲を打ち消していく。


(お金は使うのはやめとこう。まずは仕事してからじゃないと!しっかりしよう)




(ちょっと携帯みてみよー)



昨日から佐天の仕事道具になったタブレット型携帯電話。それの電源ボタンをポチッとおす。

どうやらこの携帯は佐天の眼光光彩と指紋が完全一致しなければ電源がつかない仕様に変更されているらしく、佐天が指だけ起動ボタンに押しても起動しない。

70: 2011/01/20(木) 03:01:23.23 ID:RdTWuuq30
真っ黒なモニターをしばらく彼女はベッドで寝ながら見つめる。
そこにうつる自分の顔。昨日と何にもかわらない彼女がそこにいた。


(元気かな、お母さん、)



(久しぶりに会いたいかも…あの馬鹿弟はいじめられてないかなー)


何故か佐天は母親や弟の事を思い出す。
一週間に一回は連絡を取っているので取り他立てて寂しいわけではないが。


ぴとり、


家族の事を考えながらも佐天は指を再び起動ボタンにあてる。すると携帯電話が起動した。



(やっとついた)


(しばらく触って、モニターを見なきゃ付かないのかな?)


佐天の予想通り、しばらくモニターを見つめなければこの携帯はつかない。
厳重なセキュリティ機能がこのタブレット型携帯電話には付与されているのだ。



“おはようございます、佐天様”


モニターに出力されるかわいい文字。
様付けで表示される自分の名前をみて彼女は一人苦笑する。


(昨日の朝はただ補習出てただけなのにね、なんか笑える)

71: 2011/01/20(木) 03:05:26.71 ID:RdTWuuq30
佐天の予想通り、しばらくモニターを見つめなければこの携帯はつかない。
厳重なセキュリティ機能がこのタブレット型携帯電話には付与されているのだ。



“おはようございます、佐天様”


モニターに出力されるかわいい文字。
様付けで表示される自分の名前をみて彼女は一人苦笑する。


(昨日の朝はただ補習出てただけなのにね、なんか笑える)


そう。

昨日まではただの柵川中学校の学生だったが、今では学園都市に貢献する一端を担う一員なのだ。
そしてそれは学園都市の最奥を知る事が出来る存在だ。


しかし、佐天は学園都市の最奥という響きに甘美なもの感じずには居られなかった。


(学園都市の最奥かぁ…)



昨日男が言っていた言葉を思い出す。



(最奥ってなんだろう…)



佐天は学園都市の最奥なるものを自分なりにぼんやりと想像した。

学生の間で噂になっている、人間の脳をいじくる計画に人柱として犠牲になった人達がいる、とか、学園都市の人目につかないところでレベル5が6になる実験を始めるだ、いやまた、それが既に始まっていてクローンが大量に殺害されていた
り、とか。
そうした出来事の詳細を知れるのだろうか?


(あくまで噂よねー、そんなの)



(でもー、学園都市の最奥って要はフツーの人が知らない学園都市の秘密を知るって事よね?…………ふふ)

72: 2011/01/20(木) 03:06:40.12 ID:RdTWuuq30
(皆が知らない、秘密を私が知るって事かー、御坂さん達も、初春も…アケミ達も知らない秘密…)


まだ佐天はなにもしていない。携帯電話とお金を貰い、一日が過ぎただけ。
しかし、それだけで気分は既に一般人とは違う心持ちだった。いや、実は彼女はこれだけでもう十分なのかもしれない。


昨日、彼女は一時、人材派遣なる男と話しただけでフツーの中学生が経験できないような経験をした。


むしろ、実際に何をするのか、『アイテム』なる組織に連絡をするだけの簡単な仕事といっても何をすればいいのか、皆目見当がつかない。



(実際に連絡するってなーにすんだろ?)



佐天が携帯をいったんまくらの横に置いて元々持っている携帯を見ようと思ったその時だった。


うぃーん…うぃーん


仕事用の携帯電話がバイブしている。



(……?えっ?)



佐天はもぞもぞと毛布の気持ちのいい触り心地を足で確かめていたがそのバイブレーションを聞き、ガバッと飛び起きる。



恐る恐るベッドの上に置いた携帯電話を見てみる。
ピカピカと光り、携帯が輝いているではないか。


「ひゃう!」
(ま、ま、ま、まさか、しごと?)

とっさのことでついつい素っ頓狂な声が出てしまった。



佐天は一瞬なにも考えられなくなる。しかしその次には携帯のモニタを見ていた。

73: 2011/01/20(木) 03:07:28.87 ID:RdTWuuq30
(うわー…携帯鳴ってるよー…)



そう考えつつ佐天は嫌々ながら携帯のモニターをみる。どうやらメールのようだ。


(メールが一件、あはは…メルマガ?かな?……な、訳あるかっつーの、)



佐天が手紙のマークをポチッと触る。
送り主は人材派遣だった。


(人材派遣さんか…なんだろう…?)



佐天はベッドの上であぐらをかきながらメールを開く。そして内容を目で追っていった。



(えーっと……おはよう、佐天さん。早速だけど初仕事だよ、って言っても気張らず、電話をするだけ…ふむふむ…ってはいいいー?)




佐天はメールの内容に目をパチクリさせる。
早朝、心臓ははやくもバクバクに。



(昨日の今日でもう仕事?ってか何すればいいのよー!)


人材派遣の男のメールをもう一度読み返す。


(…そ、そんなぁー…連絡ってなによー、何すればいーんだー…)


メールには丁寧に、麦野沈利の携帯番号が記載されている。


(…こ、これがリーダーの麦野さんの…番号…?まさか…ここに?)


彼女は更に携帯の文を読む。

74: 2011/01/20(木) 03:08:33.72 ID:RdTWuuq30
(…連絡したら今度は俺のこのアドレスに完了報告のメールしといてね、麦野に電話すれば適当に答えてくれるから…だってさ…どーする、涙子!)


佐天はこのメール内容を見た時、冬の柵川中の合否発表よりもドキドキしたそうだ。
しかし、いつまでもうじうじしてられない。佐天の脳裏に浮かぶのは昨日もらった100万。


(……かけるっきゃない。お金までもらっといて…トンズラなんてだっさい真似できない…!そんな事したら、佐天涙子の名折れだよね!)


クソ度胸で、カーソルを麦野沈利の携帯電話にあわせる。


(よっし……!掛けちゃうぞ、掛けちゃうぞー!………………………できねぇぇぇぇぇぇ!)


緊張から汗がたれる。折角の気持ちのいい朝なのに、気分はいっきに緊張へと様変わりした。



(…やぁばい!けど…やるしかないっ!)


頭が真っ白になる。なにも考えられなくなる。しかし、彼女はボタンを押す。


(えいやっ!)


ポチッ


(か、かけちゃったー!何話すか決めてないのにー!)


電話は無慈悲にも麦野沈利を呼び掛ける。
しばらく呼び出し音がなる。


(頼む、出るなー!ってか年上か、だったら出ないで下さいー!麦野さーぁぁん!)


ぷるるるるるる…ぷるるるるるる…ぷるるるるるる…ぷるるるるるる…


ずいぶん携帯の呼び出し音が長い。
普通ならここらへんで留守番電話に繋がっても良い頃会いだ。

75: 2011/01/20(木) 03:10:38.89 ID:RdTWuuq30
佐天は電話でアイテムのリーダー麦野を呼び出しをしている最中に家にある掛け時計をちらりと見る。

時刻は八時を少し回ったくらいだ。


(麦野さん、寝てるのかな?ここらできっちゃおうか?)


佐天は一瞬電話を切ってしまおうかと思ったが、それは躊躇した。
折角仕事を任せられているのに、そんな半ば仕事を放棄する様な事は出来ないと律儀にも思ったのだろう。



(いやーでも…仕事だ!切るのはダメ!)


と、ここで唐突に呼び出し音が切れる。
そして受話器から眠たそうな女の声が聞こえてくるではないか。


「あ、あのー…」
(出てしまったー…!やばいやばい!もしかして起こしちゃったかな?)





『はい、麦野ですー…ふぁーあ…』


麦野が電話に出る。
佐天の心臓が取れそうな位どきどきする。


「えーっと…あの、あの…えーっと」
(うわー…絶対寝起き起こしちゃったよ…)



『…あぁ?定時連絡じゃねぇのかよ』




「えーっと…定時連絡をしろって…人材派遣の男の人に言われて…」
(ひー!麦野さん、ちょっとご機嫌斜め?)

76: 2011/01/20(木) 03:11:58.39 ID:RdTWuuq30
佐天は受話器越しの麦野の声に怯えつつも話す。
麦野はため息をつく。


『お前、人材派遣じゃねーんだ、お前が新しい連絡相手?』


「あ、はい…!そうです。よろしくお願いします!」
(この人がアイテムのリーダー、麦野さんか…声こわいよー…><)



『へぇー…よろしくね、それで定時連絡なんだけど、特に言うこともない。以上、仕事はなんか来てないの?』



「あ、いや、特に何も言われてません…」



『あ、そ。じゃ、仕事はいったらまた連絡よろしくねー…』


「え、あ、ちょっと…!」
(お、おしまい?)



麦野はそういうと電話を切ったようで、ツーツーと電話が切れた音が聞こえるのみだった。
一方的に電話が終了すると佐天はフー!っとため息をはく。

「…………?」
(初仕事…完了かな…?)


たった数秒の電話だった。しかし、佐天には妙な達成感があった。


(取りあえず…人材派遣の人に報告した方がいいのかな?)



佐天は定時連絡を終えると、仕事用の携帯電話から人材派遣の男が指示したアドレスに連絡完了のメッセージを作成する。



カチカチ…ピッピッ…

77: 2011/01/20(木) 03:12:37.00 ID:RdTWuuq30
慣れないタッチパネル型の文章編集モードでメールの文章を佐天はつくって行く。


(うーん…なんて送ればいいんだろ…?報告完了、とかかな?)


(報告書の書き方は初春とか知ってそうだけど…この事は他言無用だからなぁ…)


(取りあえず…簡単に連絡終了、でいっか…)


タッチパネルをポチポチと押し、連絡用にメールを打っていく。
送信が確認され、やっと佐天は肩の重荷を下ろしたようにベッドに倒れ込んだ。



(もっかい寝よ…疲れた…寿命が縮まるかと思ったわ…)

78: 2011/01/20(木) 03:13:05.94 ID:RdTWuuq30
――第十五学区の麦野沈利のアジト

アジトと形容すべきだろうか?
いや、ここは彼女の豪邸と言っても良い。


学園都市の高級マンションの一角に麦野沈利はアジトを構えていた。


麦野は学園都市の治安維持組織のうちの一つ、『アイテム』の実質のリーダーだ。
学園都市に七人しかいないレベル5の内の一人で学園都市第四位の屈指の実力の持ち主だ。


勿論『アイテム』という組織が公式の組織である事は言うまでもないだろう。
警察力を警備員と風紀委員の二つの組織に頼っているというのはあくまで表向き。


実際は彼女の様に、実力者が数人まとまって行動する組織や統括理事会の私兵部隊も学園都市の治安維持に一役買っているとか。



さて、ついさっき麦野の携帯に連絡があった。


(女になったのか…新しい連絡先…にしても妙に声が若かったな…私よりも年下か…?)



以前は人材派遣とか言う男がメールなり電話なりで連絡してきたそうだが。
今日の朝かかってきた定時連絡の声は女だった。


(誰だったんだ…?あの声…声から判断する限りだと…まだ高校生か中学生くらいだぜ?)


(かわいそうに…とは言わねぇ…ようこそ、暗部に、ははっ)


ベッドで寝っ転がっていた体を麦野は無理やり起こす。
そして、バスローブのまま寝ていた体を起こす。


カーテンをシャッ!と全開にする。
高層マンションから望む学園都市の光景を見る。
朝の通勤ラッシュ、うごめく人、車。
夏休みになったこともあり、各方面からの人の流出入が激しい。

80: 2011/01/20(木) 03:16:19.47 ID:RdTWuuq30
(はぁー…今日はこの後仕事はないって言ってたし…今日は取りたてて予定もないし、アイテム招集すっかなー…)


そんな事を考えていると麦野の腹が鳴ってしまう。
朝ご飯時でお腹が減っているのだろう。



ぐぅー…




時刻は8時。


朝ごはんの時間帯だ。
麦野は実は朝起きれない。


しかし、彼女は定時連絡の為にいつも頑張って早起きしているのだ。
その定時連絡も終わり、彼女だ誰かを待っているようだ。


(お腹へったなぁ…そろそろ来るかな…?)



麦野は何をそろそろ来る、と期待しているのだろうか?
と、その時、外の光景を麦野が窓越しに見ていると部屋のドアがこんこんとノック音が。



「おーい、麦野、買ってきたぞー?」


「はいはーい…いつもいつも早起きごくろうね、浜面」


「ったく、俺が暗部に堕ちてからはもっぱら弁当係かドリンクバー係かよ!」


「そう言わないの、ほら、はいってきなよ。ドアの前でつったてないでさ」


浜面と呼ばれる男、ガラの悪いB-Boyの様な、ウーフィンやサムライに出てきそうな格好の男。
この高級マンションの雰囲気にはてんで似つかない。

81: 2011/01/20(木) 03:18:13.70 ID:RdTWuuq30
「で、今日のシャケ弁はあったの?」


「いやー…それがよぉ…銀髪のほっそい男に最後のシャケ弁取られてさ…わりぃが今日はサバ弁勘弁してくれ…」


「………は?」


どうやら彼女はシャケが相当のお気に入りな様で、どうしてもシャケ弁以外の弁当は受け付けないようだった。
浜面がコンビニの袋からサバ弁を取り出した時の彼女の表情は落胆とも怒りとも言えない複雑な表情だった。



「…やっぱ、サバじゃダメか…麦野?」


「…仕方ないわねぇ…一日だけフレンダの気分でも味わうかしらねぇ…」


そういうと麦野は浜面から弁当を受け取り、パカリと袋を開けてサバをつまむ。
アイテムの中でもフレンダはサバ好き、麦野はシャケ好きで通っている。

「あ、そうそう、定時連絡の男の代わりが来たわ」


「へー、あの悪趣味な男がねぇー…ついに氏んだか?」


「いや、女の言う限りでは、なんだか人材派遣の男が本業一本で打ち込みたいらしいから、新しく女を雇ったみたいだよ」


「へー…あの男、相当趣味わりぃぜ…?麦野あった事あるか?」


「いや、ないけど」


「なんか、前にトカレフの弾もらいに行った時にぼこぼこに殴られた女がいたな…あわれなこった」


「ふーん…どんまいね…」



食事の時間帯だとういうのに、殴られただの、トカレフだの物騒な話が出てくるものの、二人はさも普通の様に話していく。
麦野に至ってはむしゃむしゃをサバ弁をほおばっている。

82: 2011/01/20(木) 03:20:27.91 ID:RdTWuuq30
「で、次の女はどんな奴だったんだ?麦野、」


「いやー、普通だった。ただ、声が若い感じがした。ほら、前の人材派遣の男って大学生くらいって自分で言ってたじゃない?それに比べれば相当若いと思う。声だけだからなんとも言えないけど」


「へぇー…仕事の連絡係は人手不足なのかねー」


「さぁ?」



気付けばサバ弁を食べきっている麦野。
彼女は腹一杯になったのだろう、ベッドに再び寝っ転がる。
その一見怠惰な生活を見て浜面がついつい指摘する。


「おいおい、食っちゃ寝は太るぜ?」


「うっせぇなぁ、馬鹿面、こう見えてもちゃんと美容とかダイエットはちゃんとしてるんだよ」


「はいはい、じゃ、俺帰るぞ?」


「…待ちなさいよ」


「あぁ?なんだ?また“いつもの”か?」


「…う、うん」

83: 2011/01/20(木) 03:23:50.91 ID:RdTWuuq30
浜面は頭をポリポリとかくと少し照れながら麦野の寝ているベッドの方へ向かう。
麦野はベッドで寝ている体を起して浜面を待っているようだ。

少し赤面しているその表情はいつもの仕事をする時の鬼の様な形相と比べるとまるで別人のなのではないかと思うくらいだ。


ともあれ、二人の距離は一気に縮まっていく。
そして気付けば二人の距離はもうほぼゼロ。


吐息の音が聞こえるくらい近い。


「はいよ、麦野」



ぴと…



二人の唇が重なる。
麦野はそのまま浜面をベッドに引き寄せる。

そして浜面の耳元で囁く。


「いつも、弁当ありがとねー、これはそのお礼って事だから…」


「お、おう…」


麦野と浜面はしばらく唇を重ねる。
浜面が暗部に墜ちて少ししてからこのいびつな関係は始まった。


付き合ってるかどうか、定かではないが、弁当を買ってきてくれるおかえしに…、二人はいつも少しだけキスをする。

84: 2011/01/20(木) 03:26:19.81 ID:RdTWuuq30
――第七学区のファミリーレストラン『ジョセフ』 浜面と麦野が唇を重ねて数時間後…(同日正午)


「麦野の招集って超なんなんですかね?フレンダ」


「私もわからないわよ、いきなり呼ばれるなんてー、服見たかったのにー」


「待ってください、超暇人のフレンダと一緒にしないで下さい、私は映画を見ようと思ってたらいきなり招集かかったんですよ?」


「一緒じゃん、予定無いから映画行こうとしたんでしょ?」


「うー…超何も言い返せないですー」


ファミレスの窓側の席にフレンダを絹旗最愛は座っていた。
彼女達二人は学園都市暗部組織『アイテム』の構成員だ。


「あ、きぬはたとフレンダ。もうきてたんだ」


「あ、滝壺さん」


もう一日の半分ほどが終わろうとしているのにも関わらず、眠そうな半袖ジャージの出で立ちで登場したのは滝壺理后だった。


「あれれ?麦野は?」


「それがさー、招集掛けといた張本人のくせにまだ来てないって訳よ」


「ふーん…」


ファミレスの店員がシルバーがはいったケースを持ってくる。
しかし、そのケースの中には五人分のシルバーがはいっていた。


どうやら『アイテム』はいつも五人で来るらしい。
三人は座席に座ってアイテムのリーダーともう一人が来るまでそのまま待機していた。

85: 2011/01/20(木) 03:29:19.85 ID:RdTWuuq30
カランカラン…

入店を告げるベルが鳴る。
どうやら客が来たようだった。


「わりぃ、わりぃ…遅れたわ」


金髪の男、浜面仕上が遅れながらやってきた。


「浜面ー?結局、最近麦野に朝呼び出されてるっぽいけど、結局何にもない訳ぇー?」


「そうですよ、超浜面を麦野が弁当を届けさせるだけな訳がないと思うんですが?」


浜面は来た途端に絹旗とフレンダの質問責めにあう。
アイテムの中でも浜面は結構いじられキャラだったりする。


そして今日のトピックは浜面が最近麦野の朝のシャケ弁当を買いに行かされて、麦野の家に持って行ってるらしいという話だ。


「あぁ?なんもしてねーよ、こっちは朝っぱらから起きてコンビニ行って、弁当買わされてそれだけですー!」
(キスした後は…結局何もしてねーよ…ってかキスするだけ…だし…!わりぃか!って言いてぇ!!けどいえねぇ!!)


「ふーん…何にもしてないってわりには…マンションはいってから出るまで一時間もかかってる訳よー」


「あぁ?お前ら何だよ?まさか、麦野ん家の前に貼ってたのかよ?」
(こいつら…暇人どもめ…!)


「結局、何にもしてないって話しは超嘘ですよね、弁当なんて渡して直ぐに帰ればものの数十秒で済むし」


「だーかーらー…なんもしてねぇって!マジで!」



「じゃ、一時間半何してたの?はまづら」


(超ナイスです、滝壺さん)

(結局、滝壺の冷静質問からは何人も逃げられないって訳よ!)

86: 2011/01/20(木) 03:30:47.16 ID:RdTWuuq30
フレンダと絹旗がぎゃぁぎゃぁ騒いでいる間、浜面はずっと滝壺から視線を感じていた。
いつも眠たそうにしている滝壺だったが、なぜか目がカッ!と見開かれ、浜面を刺すような視線で見ている。
もしかしたら、彼女は浜面に気があるのかもしれない。


「いやー…だからな、まず弁当渡すだろ…?」

うんうん、と頷く三人。


「…その後はな…あいつが全然起きねぇからよ…待ってたんだよ…」


「へぇー…。はまづら、それはおかしいよ、だって弁当渡す前になんで待ってるの?むぎのは鍵かけてなかったのかな?」


「そうですよ、超浜面の言い分はおかしいですよ」


「滝壺の言うと通りって事よ、浜面、正直吐いちゃいなさい!麦野と付き合ってるんでしょ?」


「ぐぬぬぬ…!」
(俺だってあんなカワイイヤツと付き合えたら付き合いてぇよ!けどなぁ…俺だって今の関係、よくわかんねぇんだよ…)


浜面のへたっぴな嘘が看破られようとしていたその時!
ちょうど麦野がきた。


お姉系のワンピースを着ている。
化粧はナチュラルで、かわいい。顔のかわいさとスタイル全てひっくるめて学園都市第一位の美貌を持つのは間違いなく麦野だ。


「盛り上がってるわねー、どうしたの??」


「いやー、麦野、聞いてくれよ、こいつらがな…」


「窒素キーック」
「人形爆弾&イグニスー」


「ビブルチッ!」


浜面の両脚に猛烈な痛みが!

87: 2011/01/20(木) 03:31:57.90 ID:RdTWuuq30
「?どうしたの?ま、あんたらが何話してたかは構わないわ。で、招集掛けたのは、私が暇だったからなのよ」


「むぎの。ひどい…」


「ごめんね、滝壺、パフェ奢ったげるから許して><!」



「すいませーん、このジャンボパフェとイチゴパフェと焼き立て林檎パイお願いします、あとチェリーパイ」


麦野の奢る宣言が飛び出した瞬間に滝壺は近くにいた店員を呼んで注文する。
絹旗とフレンダもメニューを見て咄嗟に注文する。


浜面はなぜか注文しないでドリンクバーにジュースを取りに向かっていく。


「そうそう、浜面、私ウーロン茶、わかってるじゃない」


ジンジャエール、ペプシ、コーラ、カルピス…さまざまな注文が浜面に殺到する。
へいへい、と浜面はぱしり根性全開でドリンクバーを往復し始めた。



……一通りアイテムの構成員のドリンクオーダーが落ち着くと麦野が口を開く。


「いやー…いつも仕事の合間に報告してきたり、定時連絡うっさいヤツいたの覚えてる?」


「あー…あれねー、人材派遣とか言う暗部の構成員でしょ?確か…大学生くらいだった気がするけど…」


「そうそう、今日の朝も定時連絡でアイツから電話かかってきたと思って電話に出たらさー」


「どうしたんですか?」


「気になる。わくわく」


「連絡してきた相手が女だったのよねー!眠かったんだけど、私驚いちゃったわ」

88: 2011/01/20(木) 03:33:22.10 ID:RdTWuuq30
「そうですねー…仕事の対象で女っていうのはいままで何回かありましたけど、仕事の受注をよこしてくる連絡が女ていうのは初めてですね」


「でしょ?ほら、このメンバーで仕事始めたのが今年の四月からでしょ?そっからずっとあの人材派遣とかいう男が仕事のまわしてきたんだけど…」


麦野の言う通り、人材派遣の男が今までアイテムに仕事を回してきていたのだが、どうやら今日の朝麦野の連絡をよこしてきたのは女だった。


アイテムの主力構成員、麦野沈利、フレンダ、絹旗最愛、滝壺理后の四人。
彼女たちの集まりで仕事を行い始めたのは絹旗が中学に入学して祝!暗部堕ちした四月一日からだ。
それ以降は繰り返しになるが人材派遣の男がアイテムに仕事の仲介をしていたのだ。


しかし、今回から女がその仲介をすることになった。その事は彼女たちにいやおうなしに興味を抱かせた。



「結局、…名前は電話の女ってところかな?」


「そうねー…どんなやつなんだろうね、電話の女って」


「確かに、超気になりますね…」


「気になる。だれなんだろうね」


アイテムの面々が“電話の女”に興味を抱き始め、話が始まろうとした時、ちょうど注文した鬼のようなでかさのパフェがきて話は中断する。

89: 2011/01/20(木) 03:34:17.32 ID:RdTWuuq30
――佐天の暮らしている学生寮、同日午後

午前中、気持ちのいい二度寝から佐天は目覚めた。
そしてお昼ご飯を軽くすませてテレビを見ていた時だった。


ういーん…ういーん…

またしても携帯のバイブレーションがなっている。
どうやら仕事用の携帯電話にメールがはいったようだった。


(また電話かなー…やだなー…)


いやいやながらもメールフォルダを見る。
宛名は不明、と記載されているがおそらく学園都市の誰かお偉いさんだと検討をつける。


(すごいなー…本当にメール来るんだー…)


ポチポチ…


(ふむふむ…)


佐天の見ていたメールの内容はこうだった。

90: 2011/01/20(木) 03:34:51.77 ID:RdTWuuq30
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From:学園都市治安維持機関

Sub:お疲れ様です

今日の朝、『アイテム』のリーダー麦野沈利に対しての連絡ごくろう。

さて、夏休みで暇を持て余している君に指令だ。佐天君。

学園都市内の裏路地でマネーカードをばらまいている不逞女子高生がいる。
その女子高生がまいているマネーカードを出来うる限り回収してほしい。


なお、その回収したカードの内の一枚の番号を回収次第、ランダムで送ってほしい。
そのカードに今後君の収入が振り込まれることになる。



添付ファイル
マネーカード予想配置図.jpg


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(ま、マネーカード?銀行のカードの事かな…?まぁ…暇だし、ってか命令だからいくしかないか…)


佐天は携帯電話にあるjpg画像にタッチする。
するとマネーカードのイラストと予想配置図が展開される。


(へー…かたつむりのかわいらしいカード…これってたしかL銀行のカードよね?)


(特に予定もないし…行くか…)


佐天は部屋の冷房を切って洗面所で鏡を見る。


(でも、何でマネーカードなんてもつんだろう?)



(理由なんてどーでもいっか…とにかく、この中の一枚が私の給料が振り込まれることになるカードなんだし…)

91: 2011/01/20(木) 03:36:00.06 ID:RdTWuuq30
(理由なんてどーでもいっか…とにかく、この中の一枚が私の給料が振り込まれることになるカードなんだし…)


佐天はメールを見ると学生寮のカーテンをピシャ!と締め切り、カーテンを閉じる。戸締りはOK。


(服は何着ようかなー…ってか百万もあるんだし、何か買ってみよっかなぁ…初仕事もした事だし)


すると佐天は冷凍庫から一万円の束を適当に掴んで財布に入れる。
ひんやり冷えている一万円というのもなかなかにシュールだ。



(あー…なんか靴とか買ってみようかな…ふふ、何買おう…)


(たまには一人でいろいろ歩いてみよっと…!)



佐天は戸締りを済ませると私服に着替える。


上着はインハビタントの青と白の上半分がチェックのポロシャツ。夏っぽく、アクティブな彼女にとってはもってこいだ。
ズボンはディッキーズのレディースで茶の半ズボン。
そしてスニーカーはAdidasのミディルコート。
仕事用の携帯電話をいれるために同じくAdidasのヨーロピアンクラブのミニショルダーバックを肩に掛ける。




(よっし!行くぞ!マネーカード探し!)


携帯電話を大切にバックにいれると彼女は元気よく外へ出て行った。

92: 2011/01/20(木) 03:37:25.17 ID:RdTWuuq30
――アイテム構成員フレンダの暮らしているマンション 第七学区立川駅前 十八時頃


「ただいまーって結局誰もいない訳よ…はは」



アイテムの構成員フレンダは自分の専用のアジトに帰ってきた。
麦野の急遽かかった招集はただのおしゃべりだった。


(はー…全く我が儘お姫様ですねー…麦野は、ま、結局そこがいいんだけどね)


フレンダは麦野の事がお気に入りだった。なので結構不意の招集にも喜んで足を運ぶのだ。
そんな彼女は家に着くと、まず頭からお気に入りのベレー帽を取って机の上に適当にぽふんと置く。



(いやー…でも疲れたなぁ…最近暑いし…私あんまりお金持ってないからなぁ、麦野達に比べて…)



一人愚痴る彼女。
実はファミレスの出費は浜面のおごりになっているのだが、ファミレスに行くまでの交通費等がかさみ、フレンダは若干金欠だったりする。


(お金貯めなきゃなぁ…結局、いつまでこんな暗部の生活暮らしなんかしてるんだか…)


彼女はカルガリー出身のカナダ人。
なぜカナダ生まれの白人がこんな所にいるのだろうか?



(はー…疲れちゃった…)


彼女は何に疲れたのだろうか?
暗部の暮らしか、それとも日本に暮らしているということ自体にか。



(帰りたいなー…お姉ちゃん、元気にしてるのかなー…)

不意にフレンダの思索に出てくるお姉ちゃんという言葉。
彼女のお姉ちゃんとは一体誰なのだろうか?

94: 2011/01/20(木) 03:41:52.94 ID:RdTWuuq30
フレンダが思い出すのは自分より少し年の離れたすらっとした容姿端麗の姉の姿だった。
しかし彼女は長らくその姉にもう四年から五年ほど会っていない。音信不通なのだ。


いきなり失踪した姉が最後に目撃されて場所、そこが学園都市だった。
その姉を思い出し、フレンダは一人思い出す。



(私より少しだけ年上だけど、優しくて、熱くて…)



フレンダの幼少時代の記憶だ。
彼女の家庭は両親が交通事故で氏に、残ったのは彼女の姉とフレンダだけだった。



フレンダの姉はフレンダが学園都市に行くことにしきりに反対していた。
姉自身は学園都市で教鞭を取り、治安維持機関に所属していたというのに。


(結局、学園都市に来て何年かたったけど、お姉ちゃんは見つからなかった…って訳よ、)


フレンダが非公式なルートで学園都市に来た時、姉は既にいなかった。
教職を辞していたのだった。
姉が居ない学園都市なんて何の意味もない。



(そろそろこっから出たいよ…!なんで暗部なんかにはいっちゃったんだろう…!)



フレンダのマンションのリビングにある写真立て。
そこにはフレンダと同じくらいに綺麗な、背がすらっと伸びた姉らしき人と一緒に映った写真が飾ってある。
小さいフレンダと仲良く手を繋いで笑っている姉。


写真は二人だけ。両親はいない。

95: 2011/01/20(木) 03:47:23.50 ID:RdTWuuq30
(会いたいなぁ…お姉ちゃん…!)



もう、何度も探した。
学園都市に来てからフレンダは姉の情報を得ようとして躍起になって裏表の世界に関わらず情報を得ようとした。
全ては姉に会いたい一心で。



しかし、結果はどうだったか?


(裏の世界にどんどん首突っ込んで…今や暗部の一構成員ですよ…結局ね)



彼女は学園都市の暗部で活躍しつつ、情報収集も欠かさなかった。


そこでは姉に関していろいろな噂を聞いた。
コスタリカで戦ってるとか、華僑を相手に戦ってるとか、コンビを組んだ傭兵と一緒に戦っているとか、



しかし、どれも信憑性のないものばかり。
そして、気付けば姉を探すなんて、と、たまに気持ちが折れそうになる。そして今や彼女は惰性で暗部に身をやつしているというわけだ。


それでも、彼女は姉に会いたいと思った。その葛藤の繰り返し。
唯一の家族である姉に会いたい、とフレンダは強く思っている。


(お姉ちゃん…!?私はここにいるよ?)


フレンダの思いは届くのか?
陽気で明るい彼女が誰にも決して見せる事のない寂しそうな表情。


(お姉ちゃんを絶対見つけてやるんだから…!それまでは暗部なんかで氏んでられない…!)


そう。フレンダ=ゴージャスパレスは氏ねないのだ。
大好きな姉に会うまでは絶対に。

106: 2011/01/22(土) 11:52:38.58 ID:Cyk8wUxI0
――佐天の学生寮、二十一時頃

「ただいまーって誰もいないかー…」


佐天は疲れた身体を引きずる様にして帰宅した。
彼女は指令にあったマネーカードを午後に送信された配置予想図に従って回収していた。
その後、気付けば日が暮れはじめており、作業を中断し、暗部に堕ちた当日に貰ったお金で軽く買い物を済ませた。


(はぁーあ…適当にマネーカード拾ったけど、これ拾う事で何の意味があるんだろう?)


佐天は拾ったマネーカードをトランプのババ抜きのように広げてみる。
見た目は何も変わらないフツーのマネーカードだ。
何か細工が施してあるとも思えない。


(このカードなんだろ…ってかそうだ、これのカードの中から一枚番号選ばないと!)


佐天はL銀行のカードを適当に一枚チョイスすると番号を仕事用の携帯電話に打ち込み、送信する。


(これで、このカードに今度から私のお金が入るって事なのかな?)


佐天がメールを送信すると、直ぐに返事が返ってきた。

107: 2011/01/22(土) 11:53:12.16 ID:Cyk8wUxI0
-----------------


From:学園都市治安維持機関

Sub:お疲れさま

マネーカードにはお金がおおかれ少なかれ入っているようです。
佐天君はその中に入っているお金を自由に使っていい。


なお、カードをばら撒いている犯人は現在調査中である。

恐らく犯人は絶対能力進化計画に反対する組織の構成員だろう。
佐天君はこの計画を知らないだろう。

ここでまだこの業務を始めてから二日の君にこの計画の全容を説明するわけにはいかないが、近日中に詳細を説明する。
なお、本日君が打ち込んだカード番号のカードにはお金を振り込んでおいたので確認しておいて貰いたい。
以上

-----------------

108: 2011/01/22(土) 11:54:07.48 ID:Cyk8wUxI0
(ふむふむ…そのなんたらとか言う計画はよく解らないけど…ま、いっか、その内知れる日が来るかー)

佐天がメールを送って数秒できた返事を読む。
その内容を彼女はじっくりと目で追っていく。


(…今日は仕事はこれでおしまいかな?)


仕事ついでと、思い佐天は立川駅の構内近くのBEAMSで買ってきたかわいらしいピン止めを机の上に広げる。


(ふふふ!初任給で買った最初の品、髪留めのピン!ちょっとしょぼいけど、中学生に取っちゃ身分相応だよね?)



佐天はふふと笑いながら楽しそうにBEAMSの袋をパリパリと開けて髪留めを頭につける。


(ふふ…BEAMSのヘアピン全部買っちゃった☆大人買いってやつ?)


KEYヘアピン、アクリルリボンポニー、スカシバレッタ、レインボウバレッタ等のヘアピンをざっとつけてみる。
そして机の前に小さい鏡を持ちだして、ピンをつけて、鏡を覗き込む。



彼女はにこりと笑ってみる。
自分のお金で買ったはじめてのもの。
喜びもひとしおと言ったところか。

109: 2011/01/22(土) 11:54:50.54 ID:Cyk8wUxI0
(これは大事にしよう…!何かアイテムに電話して、マネーカード拾っただけだけど、何か達成感があるわね…!)


まだ社会に出た事のない中学生ながら佐天は仕事の達成感と言うものを味わっていた。
自分のお金で買ったものをざっと見てみる。
それらがさらに、自分が何かをしたんだ、という気持ちにさせてくれる。妙な高揚感だ。



(ふふっ、今度このピン、初春に自慢したいなー、かわいいだろー!って☆)



ピンの一つを頭につけて、鏡の前で暫くポーズを取っていろんな表情をしてみる。
すると携帯の鳴動している音が聞こえてくる。


ういーん…ういーん…



鳴動しているのは仕事用の携帯電話だ。


(…なによ?今日はもう終わったんじゃないの?)


そんなことを考えながらも佐天はいやいやながら携帯電話のメールフォルダをチェックする。

110: 2011/01/22(土) 11:56:55.27 ID:Cyk8wUxI0
(はいはい、バイブ止まっていいよー、今から携帯見るからー)

タッチパネル操作でメールを開いていく。

ぽちぽち…



-------------------

From:人材派遣

Sub:助言

こんばんわ。初仕事終わったかな?取りあえず暇な時に読んでください。


いきなりで申し訳ないんだけど、『アイテム』のメンバーにはタメ口でいいと思うよ。
なんか佐天さんの律儀な性格だと敬語使っちゃいそうだなって思って笑


ってかもうとっくに定時連絡しちゃったよね?
なら、次から敬語はやめて、タメ口でいきな!正体特定されても面白くないからねー
(ってかもうタメ口かな?笑)


俺なんか気が弱くて最初の方はずっとタメ口だったし。
その内あいつらの口車に乗せられて正体特定されちゃったしね笑 
ま、めんどくさくて自分で口わちゃったんだけど。


ちなみにこのメールに返信はいらないよ。

--------------------



(へぇー…了解。そうよね、私の年齢とか当てられたら嫌だしなぁ…)


(じゃー、ため口でいっかなぁー、会ったことないんだし…出来るはず…!)

次からタメ口で行くか…、とおもむろに考えながら仕事用の携帯電話のメールを佐天は閉じる。


111: 2011/01/22(土) 11:57:28.44 ID:Cyk8wUxI0
「ため口ねー…出来るかなー…」


一人ごちりつつ携帯電話を見て、佐天はごろりとベッドに横になる。


(年上の人にタメ口ってちょっと抵抗あるなぁー…麦野さん、声聞く限りだと恐そうだったし…)


(でも――)


佐天は思った。
無能力者の自分が敬語を使わないでレベル5や、高位の能力者たちに対して全く物怖じしないで話が出来るこの環境。


(無能力者の私が――ハイテンションでべらべら話す…『こいつらときたらー!』とか言ってみたり…あはは…難しいかな?)


そんなことを考えながら佐天はポフン、とベッドに横になる。


(ふあー…寝むい…)


久しぶりに一人で歩いた。
炎天下の中での散歩は案外疲れた様だった。マネーカード拾いと立川のショッピングは想像以上に彼女の体力を奪っていたようで、
気付けば彼女はその疲れからか着の身着のままで寝てしまった。

112: 2011/01/22(土) 11:58:09.20 ID:Cyk8wUxI0
――翌日 佐天の学生寮

気付けば彼女は寝ていた。
マネーカードで炎天下歩き回ったことが体に応えていたのだろう。


「あれ?…あ、そっか…私寝ちゃったのか…」


彼女は私服でベッドに倒れ込んだまま寝てしまった。
時刻は朝の六時半。早く寝た代わりにかなり早い時間に起きれた。


(携帯見てみるかなー…)



仕事用の携帯電話の電源はいれたまま。
そのままメールフォルダを開き、新着メールのチェックをしていく。

(お、一件来てた…!なんだろ?)

113: 2011/01/22(土) 11:59:15.70 ID:Cyk8wUxI0
----------------


From:学園都市治安維持機関

Sub:定時連絡に関して

二日に一回で良い。
なので今日はなし。

定時連絡はないのだが、君にはアイテムに指令を出してもらいたい。
作戦予定日は明日だ。

佐天君がこの動画を見たら、この動画をアイテムの専用ワゴン車に送ってもらいたい。
ワゴン車据え付けのPCアドレスを下に添付しておく。

なお、終了した際にアイテムの構成員達から正否の報告を聞く事。
作戦が終了した場合、アイテムから報告を受けて上申する様に。
上申先はこのアドレスで構わない。




指令.mpeg

車載ワゴンの連絡先:----------------@***.jp.

以上

--------------

114: 2011/01/22(土) 11:59:45.00 ID:Cyk8wUxI0
いろいろな内容が記載されおり、佐天は何が何だか分からなくなる。
取り敢えず重要なのは麦野達に今作戦を知らせることだ、と考える。


(指令内容ってなんだろう…?)


その言葉を疑問に思いながら、佐天はメールに添付されている動画ファイルの拡張子をタッチする。
すると高画質の動画が再生される。
それはいつか佐天の弟がやっていたゲームの画面に似ていた。


(弟がやってたエースコンバットの作戦解説画面…?見たいなのに似てるなー…)


彼女はそんなことを考えながらぼんやりとCGで丁寧に作られた映像を見つめる。


映像が開始されると、液晶画面に学園都市のロゴが表示される。
その直後に音声が流れてくる。


(なんか妙に凝ってるなぁ…)


佐天が感心しつつ画面を眺めていると指令内容は淡々と流れ始める。

115: 2011/01/22(土) 12:00:30.87 ID:Cyk8wUxI0
『さて、今回の任務だが…


学園都市と比較的良好関係にあるイギリスの軍需会社スーパーマリン社をご存じだろうか?
そこから学園都市にある河崎重工に出向している社員が学園都市のエンジン技術をを第三国に売りさばこうとしている、という情報を得た。


どうやらこのスーパーマリン社の社員は英国人に扮したロシア人の産業スパイらしい。


このスパイが明日、学園都市の鉄身航空技術研究所付属実験空港に併設されている調布国際空港から出発する。
その人物は調布国際空港発モスクワ行きの飛行機に乗り込むらしい。


飛行機に乗り込む前にアイテムの構成員で当該人物を処分してもらいたい』



その後、動画は産業スパイの乗るであろう当該飛行機の発着時間、空港に繋がっている道路の地図、産業スパイの身元、家族構成etcの重要情報も添付されていた。
最後に『健闘を祈る、以上』と無感情なトーンで言葉が添えられて動画は終了した。


(ふーん…ダグラス・ベーター、イギリス出身のロシア人、青年時代にロシア当局からスカウトを受け、思想改造…ふむふむ…)


(コードネームはソユーズ…へぇ…)


佐天は携帯電話の作戦説明画面に表示されている産業スパイの顔写真やプロフィールを見る。

116: 2011/01/22(土) 12:01:08.44 ID:Cyk8wUxI0
(人種…白人…年齢…三十代…ふーん、ずいぶんほりが深い人ね、ちょっとはげかかってる…ってどうでもいいか…)


(本籍は英国のシュロップシャー…家族構成は、妻と子供…ふんふん…ってあれ?何か…?)



不意に佐天は何か思い出し、動画をもう一度見る。
先ほどの説明が繰り返し再生される。


そして佐天は肩をぶるりと震わせる。


それは無感情な言葉の羅列の中にひときわ冷酷な響きを感じたからだった。


『当該人物を処分してもらいたい』


その言葉に佐天は動揺を隠せないでいた。


(しょ、処分って…まさか、頃すって事…?)


(いや、まさかね…?技術流出しただけだし…法に則って処罰を下せって事よね?)


佐天はこの時アイテムの残忍さを理解していなかった。
彼女は脳裏に出てきた“殺害”という選択肢を排除する。あくまで順法で引き渡すのだ、と自分に言い聞かせる。

117: 2011/01/22(土) 12:02:00.67 ID:Cyk8wUxI0
そしてそれらの思念を取り敢えず頭の隅に置く。そして深呼吸。


(と、取りあえず、これをアイテムに送らなきゃ…!)


部屋に据え付けの時計をちらりと見る。
時刻はまだ七時。麦野はまだ寝てるだろう。


(仕事の内容は明日だし、今日の朝八時位でいいかな?)


佐天は送られてきたファイルを添付されていたアイテムのワゴン車に搭載されているというパソコンのアド宛にメールを作成してそこに動画ファイルを張り付ける。


(取りあえず、動画は先に送っとこう…!)


学園都市治安維持機関なる組織から送られてきたメールを佐天はワゴン車に送る。


八時までまだ一時間ほどある。佐天はその間に昨日入りそびれたのでシャワーを浴びる。


冷房をつけて、テレビはつけたまま。
夏の日差しが差し込む部屋。

いつも適当に流している音楽。


カーテンと窓はあけっぱなし。
静かな夏。

118: 2011/01/22(土) 12:02:36.70 ID:Cyk8wUxI0
――甲州街道 佐天が連絡を受けた時間帯とほぼ同時刻。

車のスピーカーからは浜面のお気に入りのラッパー、Rhymesterとラッパガリヤの『Respect』が流れている。
アフリカンビートにのりにのったこのトラックは夏にぴったりだ


さて、浜面仕上はここ最近の日課になっている麦野の家に弁当を届ける業務に奔走していた。
奔走と言っても自分が汗を流して走る訳ではない。


アイテムの商用車とでも言おうか、シボレー・アストロ。
4300CCの排気量で八人乗りの巨大キャンピングカーを運転し、麦野のアジトとは名ばかりの高級住宅街の一角にあるマンションに向かう。



(ったく…何で俺が早起きして麦野の家に行かなきゃいけないんだよ…)


昨日はシャケ弁を買えなかったが、今日は買えた。


(今日もキス出来んのかなぁ…)


そんな破廉恥な事を浜面はおぼろげに考える。
浜面がスキルアウトというチンピラ武装集団を抜けてから、暗部に墜ちて、数週間か、数ヶ月か。
彼はこのシャケ弁当の買い付け係を拝命してからの事を思い返す。


(いや、まぁ最初に暴走したのは俺なんだけどなー)


浜面は初めてキスした事を思い出す。

119: 2011/01/22(土) 12:03:39.79 ID:Cyk8wUxI0

『おーい、麦野ー、弁当買ってきたぞー』


何回かアイテムのメンバーの送迎や後片付けをこなし、ある程度仕事に慣れてきた頃だった。
浜面は初めて麦野の家に弁当を届けに行った。


麦野はバスローブでそんな浜面出迎えた。


『悪いわねー、浜面だっけ?名前』


『あぁ、よろしく、麦野』


『ホラ、シャケ弁当買ってきたぞ?』


『ありがと、ねぇ、浜面?』


『な、なんだよ?』


『こっち来ればいいじゃない』


机にシャケ弁当を置いてさっさと浜面はトンズラしたかった。
何故なら、麦野の部屋全体に漂う女の香りに耐えきれなかったからだ。

120: 2011/01/22(土) 12:05:53.58 ID:Cyk8wUxI0
気づけば浜面は無能力者でパシリであるという領分を越えて麦野に抱きついていた。


『は?ちょっと?こっち来ればいいとは言ったけど、あんた自分が何してるか分かってるの?』


『…俺のせいだ、完全に、俺が頭やられちまった』


『そう…』


ちゅ…


触れる唇。
直後、浜面は麦野をちらと見る。彼女の表情は無表情だった。
まゆひとつピクリとも動かさなかった。


ただいきなり抱きつかれて動揺したのだろうか、心臓の鼓動は妙に早かった事だけ覚えている。


麦野は能力を行使すれば浜面を即殺出来た。
しかし、彼女はしなかった。それは彼女が浜面を気にいってたのかもしれないし、馬鹿な浜面なんてどうでもいいとか思ってたのかも知れない。
ともあれ、あの梅雨が明けて夏が始まりかけている日の晴れた日の朝、浜面は麦野に抱きつきキスした。ただそれだけの話。



(ってなーに思い出してるんだか…そろそろか)


交差点を曲がり、シボレー・アストロは麦野の住んでいるマンションの地下駐車場に入っていく。
マンションの警備員(けいびいん)が眠たそうに敬礼する。

121: 2011/01/22(土) 12:06:47.88 ID:Cyk8wUxI0
――麦野の住んでいる高級マンション

(浜面来ないかなー…お腹減ったー…)


麦野は朝七時半頃に起床した。


唐突だが、麦野は浜面に惚れている。否、惚れさせられている、と言った方が良いかもしれない。


(浜面…初めてあった時に完全に惚れちゃったのよねー…あーゆーバカみたいな鉄砲玉みたいなタイプ…)


スキルアウトから暗部に墜ちた男、浜面。


麦野はその男の風貌に一目惚れした。初対面ながら性格も良さそうだった。
彼は自他共に負け犬であることを認めている。その事も彼女の浜面に対してのポイントを挙げる事に役立ったようだ。


口ではスキルアウトをまとめていたボスだとか抜かしておきながら実際は命令を唯々諾々と聞く犬みたいな男。


そんな男に半ばパシリの様に「シャケ弁当買ってこい」と命令したのはいつだっただろうか。
彼女自身、あんまり覚えていない。



正直、弁当買わせるのなんて絹旗や滝壺、フレンダでも良かった、自分で買いにいっても良いとも思う。
それでも浜面に買いに行かせたのは朝、浜面に会えるという期待からか。

122: 2011/01/22(土) 12:08:02.02 ID:Cyk8wUxI0
麦野はそんな事をぼんやりと考えているといつしか仕事が終わって一人帰ってくると決まってオXXーをした。


無能力者の浜面に犯される事を考えて何度も何度も。大好きな浜面の事を考えて。


(バカよねー…私も、なんであんな男を求めてるんだろうかねー…)


(で、誘ったらまんまと来たのよね、私もバスローブなんて着て胸とかきわどいくらいに露出して…)


抱きつかれたとき、麦野は当然だが、浜面を頃す気など毛頭無かった。
寧ろ、抱きつかれた時、麦野の恥部からは愛液が太ももを伝っていた。


(あの根性無し…早く私で童O捨てろっての…って朝からなぁに考えてるんだか…)


浜面の事を考えるといつも理性が吹っ飛びそうになる。
まるで緑の葉っぱに巻かれて幻覚を見ているかのよう。ガンジャ。



(ってなーに考えてるんだか…)


こんこん…


麦野の家のドアがノックされる。
彼女の顔が自然とほころぶ。
けれど、飽くまでアイテムのリーダーとして?いや、自分は一人の女として?振る舞おうとする。けどわからなかった。



「良いわよ、入って」


麦野の甘ったるい声が浜面の耳朶に響く。


123: 2011/01/22(土) 12:08:32.96 ID:Cyk8wUxI0
「弁当買ってきたぞ?麦野」
(まぁたバスローブだよ…その格好辞めてくれ…かわいすぎる)



「あら、シャケ弁当あったんだ、今日もサバかと思ったわー…」
(脚見過ぎ…濡れるっつの)


浜面は麦野の部屋に入ってこない。
いつも彼女の許可が降りるまで、ドアをあけて廊下で待つ。
そんな律儀な所も忠犬の様な感じがして麦野は好きだったりする。



「良いわよ、入ってきて」


「おう…」


机の上にコンビニの袋ごとシャケ弁当を置く。


「じゃ、俺はこれで…」


これは浜面のいつもの口癖だった。
絶対に帰らない。

124: 2011/01/22(土) 12:09:08.48 ID:Cyk8wUxI0
「待ちなって…」


浜面は麦野のこの言葉をいつも期待していた。


「あぁ?何だよ?麦野」


「もうちょっとゆっくりしてきなよ」


「フレンダとかがうっせーんだよ、何かしてるだろとか、だから…」


「だから…?」


麦野のみずみずしい唇を浜面はついつい見てしまう。
魅惑のグロス、蠱惑な瞳。


「だから…いや…今日もいいか?」

自分自身の言葉を打ち消して、浜面は麦野を見据える。
すると彼女は仕事をするときの表情ではなく、一人の女の表情になる。


「うん」


浜面は麦野のベッドの隣に座る。そして唇を寄せようとする。

125: 2011/01/22(土) 12:10:27.79 ID:Cyk8wUxI0
しかし、その直後に浜面が何か思い出したようにキスを辞める。


いきなりもの欲しそうに麦野は浜面を見つめる。


「どうかしたの?」


「そうだ、キスする前に、一つ言っておくことがあったんだ。仕事だよ」


「仕事?」


「あぁ」


浜面がシボレーで麦野の家に向かっている最中、車載PCの電源が入る。
オートで点く仕様になっている。
それで仕事の案件を受信した事をPCのデスクトップを見て知ったそうだ。


「多分そろそろ連絡が来ると思うから…それ先にいっておこうと思って」


「あら、そうなの…仕事いつかしら、多分今日じゃないと思うけど、見てないの?その動画」


「わりぃ、見てない」


麦野の手が浜面の手に当たる。
そして小さいが、その動きは浜面の手を包み込んでしまうかのように這い回る。

126: 2011/01/22(土) 12:11:22.72 ID:Cyk8wUxI0
「じゃあ、連絡が来るまでここで待ってようか?新しい電話の女の声がどんな声だか浜面も聞いてちょーだい」


「良いのか?ずっとここ俺がここにいても」


「帰りたいなら帰って良いわよ?」


「……………ここにいていいか?」


「上出来、電話の女からの連絡が来るまでここで待機ね、あ、浜面」


「何だ?麦野」


「携帯電話、取って?」


麦野は自分の胸元をちょんちょんと指さす。
バスローブから覗いている豊満な胸に浜面は釘付けになってしまう。


「ば、ばか…!自分で取れよ…!」


「いいじゃん…」


時刻は八時、五分前。連絡が来るのは大抵八時だ。それは人材派遣の時から変わらないルーティン。

127: 2011/01/22(土) 12:11:49.90 ID:Cyk8wUxI0
ごくり、浜面は生唾を飲む。


「じゃ、じゃ…じゃあ…携帯探すだけだからな…?」


浜面は律儀に目をつぶって携帯電話を探そうとする。
胸の谷間に手を突っ込む。


(目なんかつぶっちゃって…そういうまじめな所も良いのよねー…)


「む、麦野?な、ないぞ?」
(胸でけぇー…やべぇ…襲いてぇ…!襲うって言っても何したら良いか分からないけど…)



「目、あけないと分からないんじゃない?はーまづらぁ?」


「だ、ダメだ!あけたら!ダメだ!」


「ふふ、なぁんで?」


「お、お前の胸、み、み、見ちまうだろ…?」


「それってダメなの?」


「…ダメだ!」


ういーん…ういーん…


麦野の携帯がなる。


「あ、待って浜面。電話きちゃった…!」


電話は麦野の寝ていた枕の下にあるようだ。
要するに浜面はただ麦野の胸を触っていただけ、という事になる。

128: 2011/01/22(土) 12:12:33.05 ID:Cyk8wUxI0
浜面は目を開けるわけにもいかず、そのまま目をつぶったまま麦野の胸を触ったままただ固まっているだけだった。


(麦野の胸…すげぇ柔らけぇ…やばい…)


浜面が麦野の胸を目を閉じながら当てている最中、麦野は枕の下にある携帯電話を取ろうとして横になる。
バスローブがはだけて豊満な胸がそのままはみ出る。目を閉じている浜面からは見えない。


麦野は枕の下にある携帯電話を横になって取る。
上半身はほぼバスローブがはだけて彼女の胸を隠す物は何も無い状態になっている。


横になったことで浜面の手から麦野の胸が離れていく。
その代わりに麦野は浜面の太ももの辺りに寝っ転がって電話をする。
勿論、浜面は緊張と興奮で目を固くつぶっている。が、浜面のそれは固いジーンズの上からうっすら分かるくらいにいきり立っていた。



浜面のジュニアの状態は麦野も十分承知していた。
しかし、今は仕事の案件の話の方がちょっとだけ重要だ。


なので麦野は通話ボタンをぽちっと押す。


「はい、もしもし、麦野だけど?仕事か?電話の女ぁ?」


『電話の女?何?私の名前…?あだ名?それ』

129: 2011/01/22(土) 12:13:09.41 ID:Cyk8wUxI0
あれ?麦野は違和感を感じた。
昨日の定時連絡の時は初めてと言うこともあって敬語だったが、いきなりタメ口になっている。


「おいおい?昨日まで敬語だったじゃねーか、どうした?電話の女」


『い、いいじゃない、私のか、勝手でしょ?』


「まぁー…あんたの素性なんか興味無いけどね…」
(声が震えてんだよ、電話の女…!誰だよ、こいつぁ…!)


『あ、そうそう、アイテムのキャンピングカーに仕事のファイルは送ったからそっちを見てくれると助かるんだけどー』


「まぁ、そう言うなって、電話の女。今車に居ないんだわ」
(仕事の内容を把握してない?…と見ると新人…だよな?)


『あー…』


電話の女は言葉に詰まっている様だった。
麦野のマンションに静寂が訪れる。

130: 2011/01/22(土) 12:15:04.37 ID:Cyk8wUxI0
――佐天の学生寮

佐天は定時連絡がない代わりに、仕事の案件を麦野に報告していた。
八時ちょうどに麦野の携帯電話に電話をかけると麦野は起きていた。電話に出るまで少し時間がかかったので起こしてしまったのかも知れない。


「あー…」
(なんだっけ?確か産業スパイだかなんだかって話よね…落ち着け!涙子!)


佐天は自分に落ち着くように言い聞かせる。


(あ、この携帯、ノートパソコンみたいな感じだから、さっきの説明画面の音声だけでも聞かせることが出来るんじゃ…?)


「ちょっと待ってね…動画が来てて、その音声だけでもしか流せないけど、今から流すから聞いてて」
(これであっちにも作戦内容が伝わる…かな?)



『はいよ…』


通話モードのままタブを開き、そのタブから先程治安維持機関だとか言う所から配信された作戦動画の音声をながす。
すると佐天が先程聞いていた産業スパイの脱出に関しての内容が受話器を通して伝わっていった。



「同じ動画をアイテムの車載PCのアドレスにも送信しといたから、そっちで詳細を確認しといて貰うと助かるんだけど…」

138: 2011/01/22(土) 21:22:24.92 ID:Cyk8wUxI0
――佐天の学生寮


『処分』。

その一言の放つ重み。


佐天に送られた指令は産業スパイを処分しろという旨の指令だった。
彼女が直接手を下すわけでは勿論、ない。


佐天がアイテムという非公式組織に命令を下すだけ。
そしてその正否を確認するだけ。


彼女はその指令を受信し、アイテムのリーダーである麦野に伝達した時、初めて自分が行おうとしている仕事の正体が分かった気がした。


正体――人材派遣の男が言っていた言葉、“学園都市の最奥”。その正体は決して中学生の少女が受け入れるには酷な環境だった。
ただ、繰り返しになるが彼女自身が手を下すわけではない。


それがせめてもの救いだった。
ダグラスとかいう人物がどうなるのか、その結果を見ないで済むから。



ともあれ、佐天はアイテムに指令を出した後、無性に友人に会いたくなった。
非現実的な現実から乖離したかったのかも知れない。

139: 2011/01/22(土) 21:23:24.02 ID:Cyk8wUxI0
------------------

To:初春

Sub:やっほー

今日暇?
暇だったら遊ばない?どーよ?

------------------



(うーん…こんな感じで良いかな?)



佐天はカチカチとメールを入力していく。
仕事用のタブレット型携帯電話と違って折りたたみ式の携帯電話なのでボタンを押す音が聞こえてくる。


初春宛のメールを作成し、送信する。
夏休みで風紀委員の仕事もあんまり入っていないだろう、と佐天は勝手に予想する。


(よっし…!後は返事が来るまで適当にシャワーでもあびっかなぁ…)


佐天はそう思うとバスタブにむかっていった。

140: 2011/01/22(土) 21:23:49.92 ID:Cyk8wUxI0
午前十時。
部屋はすでにサウナ。

この暑さじゃ目が覚めちまうなぁ。


「はーまづらぁ…童Oそつぎょ?」


「そういうことになる」


「なぁに神妙な顔つきしてるのよ」


浜面は童Oを卒業した。
麦野で。


八時ちょい過ぎに電話の女から仕事の依頼電話が来た。
その後、浜面は麦野のベッドへ…。

そんな真っ昼間。
こんな時にはZEEBRAの真っ昼間が良く似合う。


ってか歌詞まんまなんだけどね。


さて、麦野は浜面の隣でぐったり寝ている。

141: 2011/01/22(土) 21:24:17.82 ID:Cyk8wUxI0
初めて、と言うこともあって浜面はそれこそ犬同然に腰を振った。


まずは復活のシャワーを浴びよう。


「おい、麦野?」


「なぁに?さっきは沈利沈利って馬鹿みたいに呼んでたのにー」


「あれはあれ、これはこれ…だ」


「意味わかんないよー」


けだるそうに麦野はうつぶせていた状態から浜面の方に向き直る。


「いいの?好きな人いないの?浜面ぁ」


「お前だよ」


「嘘ばっか」


「いつも滝壺の事ばっかみて」

142: 2011/01/22(土) 21:24:43.85 ID:Cyk8wUxI0
「見てねぇって」


「怒らないから言ってみな?」


「だぁかぁら…ちげぇって」


「なら、信じちゃおうかな」


浜面は麦野を抱き寄せる。


「そろそろ、アイテム招集かけますかねー」


基本、アイテムの面々は学校など行ってない。留学や不登校、あらゆる理由で学校の出席を免除されている。
麦野はメーリングリストでアイテムを呼びだす。

143: 2011/01/22(土) 21:25:12.36 ID:Cyk8wUxI0
すまん仕事いく。
またな!

148: 2011/01/23(日) 03:12:44.95 ID:qjaYsugY0
投下しましょう。

149: 2011/01/23(日) 03:13:10.30 ID:qjaYsugY0
To:アイテムメーリス

Sub:明日の招集
明日、仕事よー。

浜面が皆ピックアップするから、各自準備ー。
絹旗とフレンダ、あんたら多分出番あるから。

150: 2011/01/23(日) 03:14:09.28 ID:qjaYsugY0
(こんな感じでいいかしらねー)



裸のまま麦野はケータイのメール送信ボタンに手をかける。
メールはあっと言う間に送信される。


麦野はベッドから裸で歩く。
ワインクーラーから冷えたシャンパンを一本。


シャンパンはフレシネ、ワイングラスはバカラ。無駄にたけェ。


「飲酒運転になっちまう」


「どうせ暇でしょ?泊まる?」


「…考えとく」


「あ、そ。取り敢えず、カンパイ」


カチン 


夏のうだるような暑さを打ち消すグラスの音。

151: 2011/01/23(日) 03:14:36.96 ID:qjaYsugY0
二人が一つになったことは秘密。
そっちの方が面白そうだから、と麦野。



軽くシャンパンを飲むと、浜面と麦野はシャワーを二人で一緒に浴びる。


「麦野、今日暇だから俺泊まるわ」


「最初からそう言ってれば良いのよ、はーまづらぁ」


バスルームでお互いの体を拭きながら。
浜面は麦野を抱きしめながら泊まる旨を伝えた。

152: 2011/01/23(日) 03:15:03.56 ID:qjaYsugY0
(結局初春ダメだったかぁ…)


佐天は“処分”と言う言葉を聞き、一人でいるのがなぜだか怖くなってしまった。
そこで親友の初春と会おうと思いつき、そのままの勢いでメールしたのだが、あっけなく断られてしまった。


「あーあー…暇になっちゃったなぁ」
(初春ダメだったかぁ…何しようかなぁ…)


ダグラスという男の顔写真が佐天の脳裏にちらほらと浮かぶ。あの男は明日殺されることになるのかも知れない。
勿論、自分が狙われていることなど梅雨知らず、スパイ行為にいそしんでいるのだろう。


ダグラスのなにがしかに興味があるわけではない。
明日、彼の命が終わるか否か、その一点において佐天は興味を持っていた。


もし、明日の定刻になった時、ダグラスはただの肉塊に果てるのだろうか。
それとも学園都市の順法によってしかるべき処置を受けるのだろうか。


その結果が氏刑になるのならば…えげつない話しだが、正直、どうでも良い。
ただ、アイテムのメンバーが己の能力に自信を持って殺害したとなればそれは自分が間接的に手を下したことになる。


(人頃し…には…なりたくない…)


佐天は頭をもたげる。

153: 2011/01/23(日) 03:15:35.20 ID:qjaYsugY0
例え自分が直接的に殺害しなかったとしても、自分の命令で直ちにターゲットに向かっていく部隊を動かせる権限を彼女は付与されていた。
男が産業スパイだろうと、学園都市の技術を他国にかっさばこうと、佐天にとっては本当にどうでも良かった。


ただ、人を頃す、という一点において佐天は頑強に反対したい気持ちに駆られた。
が、周囲にそれを理解してくれる同じような境遇の人など居ない。
こんな大それた話しを教師達が真剣に聞き入ってくれるだろうか。


様々な焦りや同様が浮き上がってくる。



男には家族が居るそうだ。
また先程の思考が浮かび上がってくる。

一家の大黒柱である夫を失った彼女達は一体、どうやって生きていくのだろうか…。


佐天は仕事用の携帯電話を起動すると彼女の初仕事のターゲットのダグラスとその家族たちの写真をぼんやりと見つめていた。


結局この日は佐天は一人で川を散歩したり、適当にぶらぶら歩いて時間を潰した。
そのどれもが彼女の複雑な心境をはれさせることには到らなかったが、何かしなければ本当におかしくなってしまいそうだった。


そして初春にまた遊びのメールを送った。

154: 2011/01/23(日) 03:16:00.55 ID:qjaYsugY0
To:初春

Sub:こらー!

暇してたら明日私と遊ぼーよ?
返事待ってるよー?




明日はアイテムが作戦を決行する日。
その報告が来るとき、佐天は自分の近くに誰かいて欲しい、そう思った。

155: 2011/01/23(日) 03:16:26.79 ID:qjaYsugY0
――アイテムの作戦決行日 佐天の学生寮

結局佐天は熟睡できなかった。

一、二時間寝ると必ず起きてしまった。
夏の暑さと相まって彼女はじっとりと嫌な汗を掻いていた。


(全然寝れなかったよー)


佐天はベッドから身を起こし時計を見る。
時刻は八時を指していた。定時連絡の時間帯だった。



(取り敢えず…義務はやっとかなきゃね)


ベッドの枕の下に大事にしまってある携帯電話を佐天は取り出し、麦野の電話番号に掛ける。

156: 2011/01/23(日) 03:18:07.10 ID:qjaYsugY0
――麦野の高級マンション

「ホラ、掛かってきたぞ?麦野」


「えー?浜面出てよ」


「下部組織の俺が出ても良いのかよ?」


「んー…まずいかも、と言うことでやっぱり私が出るわ」


麦野は折りたたみ式の携帯電話の受話ボタンを押す。
すると電話の女の声が聞こえてくる。


つい最近まで人材派遣の男が連絡をよこしていたのだが、もうその声は思い出せなくなっている。
とっかえひっかえなんだんぁー、とか思いつつ麦野は通話をする。


「はいはい、麦野ですー何よ、電話の女ぁ」


『定時連絡の時間だからしたんだけどー?』

157: 2011/01/23(日) 03:19:26.12 ID:qjaYsugY0
「あぁ…定時ね、今日は仕事だからね、がんばるわー。じゃあね」


『ちょ、ちょっと、何時くらいに終わりそうなのか、教えてよ!?』


「あぁー…多分午後。飛行機の乗り場で仕掛けるわ」


『わかったわ…健闘祈ってるからねー』


電話の女はねぎらいの言葉を吐くと電話を切ってしまった。
麦野は隣ですやすや寝ている浜面を起こそうとする。



「おい、起きろ、はーまづらぁ」


「んんん?まだ八時じゃねぇか…フライト予定時刻は午後じゃ…?」


浜面は眠そうな瞳をこすって再び寝てしまった。
麦野もそんな浜面の顔を見て少ひだけほほえむと再び寝てしまった。


昨日から続くお泊まりで二人の距離はずっと近づいた。はず。

158: 2011/01/23(日) 03:21:22.84 ID:qjaYsugY0
麦野はある懸念があった。
それは浜面が滝壺の事を好きなんではないか、という懸念だった。
そして逆に滝壺も浜面のに好意を寄せているのではないか、と。


浜面がアイテムのメンバーにいじられてアホだ、なんだ言われているとき、滝壺は決して浜面の事をバカにしない。
真剣なまなざしで寧ろ、無言でいじられている浜面にエールを送っているかの様にも見える。


(浜面も…受け狙ってるときとか滝壺の事ちらちら見てさ…何よ)


(私じゃダメなの?)


麦野は確かに学園都市の中でも最高級の美女だ。
しかし、浜面はそんな麦野に、滝壺の機嫌を伺ってちらと表情を覗くことなんか一度もしなかった。


(あーあ―…弁当買ってこいだ、なんだ言って命令してて、浜面の事を犬だなんだって言ってたけど)


(ホントの犬は私だったのかな…)

すぅすぅ寝息を立てている子供の様な浜面を麦野は裸で抱きしめる。
浜面は少しだけ「うーん?」と小さくうなる。麦野のお腹の辺りでうずくまろうとしている浜面の髪の毛をゆっくりなでる。


「私も雌犬ね…ふふ」

自嘲気味に麦野はつぶやいた。
その声は空調の音にまぎれ消えていく。

159: 2011/01/23(日) 03:23:20.99 ID:qjaYsugY0
――正午頃、麦野の暮らしている高級マンション

「じゃ、行くか」


「そうね」


電話の女から連絡が来て暫くして二人は起きる。
支度を済ませると浜面と麦野はマンションのドアをあける。


するとむわっと熱気が二人の頬を打つ。
熱気に支配されたマンションの廊下から空調の効いたエレベーターに乗る。

地下駐車場に着くまでに二人はねっとりと、唇を重ねる。

「む…ふぁ…ん…」


「ぷちゅ…くちゃ…」


滝壺の事を浜面が好きだなんて話、自分だけの勝手な勘違いや妄想、幻想の類かも知れない。
浜面はその負け犬根性を全く臆面もなく自分の前でひけらかしてくれたのかもしれない。


信じたい。現に昨日浜面は麦野の事が好きだと言ったではないか。

空調の効いたエレベーターも地下に着くと終了。
ごうごうと空調のうなる音が聞こえる地下駐車場に到着した。

160: 2011/01/23(日) 03:23:49.25 ID:qjaYsugY0
エレベーターには幸い誰も乗ってこなかった。
地下駐車場に着くと浜面はシボレーのロゴのキーケースを503のジーンズのバックポケットから取り出す。


一瞬シボレーのライトが光る。ドアが開いた証拠だ。


「ちょっと待ってろ」


「はいはい」


きざったらしくかっこつけながら浜面はシボレーの運転席に座ると麦野の方に車を走らせる。
そしてゆっくりと止まる。


浜面は地下駐車場からシボレーを出すと相変わらずお姉系のカッコの麦野を助手席に迎え入れ、出発していく。


車のステレオからは浜面の大好きなhiphopトラックMo Money Mo Problemsが流れる。
The Notorious B.I.G.のトラックに揺られて浜面と麦野はアイテムの仲間の個人アジトに向かっていく。
ささやかな戦端の幕が切って下ろされようとしていた。

161: 2011/01/23(日) 03:24:16.44 ID:qjaYsugY0
――調布国際空港へ向かう道中にて


正午ちょい過ぎ。麦野の号令の元、浜面の運転する車に拾われ、アイテムの面々は全員集合した。
というのも昨日、電話の女が受注したと言う産業スパイの処分作戦の為だ。


麦野は一応作戦の状況説明の動画を車内でアイテムの面々に見せる。
すると絹旗がはぁ…とだるそうにため息を吐く。


「…この任務、超浜面でも出来るんじゃないですか?だってただのスパイ社員ですよ?」


「そうだねぇ…でも、スパイとして訓練は受けてると思うから、絹旗。あんたがいきなさい」


「…ちゃっちゃっと終わらせることに超したことはありませんしね。わかりました。援護は?」


麦野の使う“原子崩し”という能力はいかんせん破壊する当該物がでかくないとどうしようもない。
こういう時は絹旗やフレンダの様に暗殺が得意なメンバーにやらせるのが定石と言っていいだろう。


因みにアイテムの照準である滝壺は勿論出撃しない。
彼女が出撃するとき、それは麦野が出撃することを意味するのとほぼ同義だからだ。


絹旗の質問に麦野は考える。
実際、能力者でも無い限り絹旗を倒すことは不可能だろう。

162: 2011/01/23(日) 03:24:56.18 ID:qjaYsugY0
しかし慢心は敗北を誘発する可能性が非常に高い。
念には念を、と言うことで麦野はフレンダと二人でペアを組むよう絹旗に指示する。


「援護かー…フレンダいい?」


恐らく敵もそれなりに鍛えられているだろうし、油断は出来ない。
最近ではキャパシティダウンとか言う能力者対策の音響兵器も開発されているという噂だ。


「絹旗と一緒に行動しな。んで、適宜援護ね」


「OK、無能力者の私と能力者の絹旗で行けばどっちかが落伍してもどうにかなりそうね、たかが一人だし」


「ま、そうゆうこと。じゃ、今回は二人で気を付けて。目標は…捕獲するなり、なんでも良いわ。殺っちゃっても構わないから」



「「はーい」」


麦野の指示を聞き終えると二人はシボレー・アストロから降りて空港のメインゲートから中に入っていく。
あくまでただの一般人にしか見えない二人だが、学園都市の暗部工作員と見抜いている人物はこの空港でどれほどいるだろうか。


二人が暫く歩くと調布発モスクワ行きの航空機乗り場の待機所に男はいた。
車内で見た状況説明動画に出ていたまんまの人物。
ダグラス・ベーダーらしき人物だった。

163: 2011/01/23(日) 03:26:48.59 ID:qjaYsugY0
(流石…当局関係者だけあって顔つきも鋭いわね…)


フレンダは飛行機のチケット保持者の列近くにある休憩所の影から冷静に男の体躯や隠し持っている武器の大まかな位置を分析しようとする。


(足に一丁…銃器の詳細は不明…胸内ポケットにプラスチック製のデリンジャー…)


空港には多数の人が居る。
そんな中フレンダと絹旗は白昼堂々どうやって男を処分するのだろうか。


と、ここで男の近くにいた絹旗が歩いて向かっていく。


「すいません、落とし物落としましたよね?この旅券、違いますか?」


「ん?」


絹旗が拾った旅券は勿論偽物だ。
しかし、それに興味を持った男は一瞬絹旗の方に振り向いてしまった。
その時、男の氏角になっている所からフレンダがサイレンサー付きのシグザウエルP230で一発、ハンカチをサイレンサーの上にかぶせたまま撃ち、素早い動作でスカートの中の裏ポケットにしまう。


「…っぐ…」
(このにおいは…?)


ダグラスは弾を背後から撃たれた事に気づく。

164: 2011/01/23(日) 03:27:16.96 ID:qjaYsugY0
が、時既に遅く、即効性の麻酔弾は筋肉質な体躯のダグラスにも効果を現し、突如、彼は千鳥足になる。


周囲の客はそれを見て不審に思っているが、フレンダが英語でダグラスに話しかけ、介抱をしているそぶりを装っているのであまり気にしていない。
因みにダグラスが麻酔弾を撃たれる直前に嗅いだにおいはフレンダがハンカチに染み付けていたイブサンローランの香水『ベビードール』だった。


もうろうとする意識の中ふらつくダグラスを抱えて調布空港から出て行く絹旗。
三人は空港の前の大型ロータリの前で止まっているシボレーにダグラスを乗せる。


絹旗がダグラスを載せるまで残っていたアイテムの面々は静かに状況が終わるのを待っていた。
この時には既に男は麻酔弾が効き、眠っている状態だった。


「お疲れ、フレンダ、絹旗、ってあれ?てっきりぶっ頃しちゃうかと思ったけど」



「無理ですよ、あの状況じゃ、人が超多すぎます」


事実空港にはモスクワ行きの旅客機に乗る人以外にも多数の人が多数いた。
あの場で殺害を目論むなど、出来る芸当ではない。


電話の女がアイテムの車に配信した作戦説明動画で言われていた“処分”という内容にフレンダ達が行った方法――麻酔弾の使用――
が合致しているかどうかは分からない。

165: 2011/01/23(日) 03:28:05.95 ID:qjaYsugY0
しかし、ともあれ、産業スパイ、ダグラスの情報がロシア当局に持ち帰られる事はこれで阻止された。


「結局麻酔弾使って眠らせたから、後は学園都市の治安維持機関に引き渡せばいいって事じゃない?」


麦野に話しかけながら、フレンダがブロンドの髪に手を当ててふぁさりと後ろに持って行く。その素振りは優雅ささえ感じさせる。


「そうね。ねぇ、浜面?下部組織に連絡してこの男を引き渡して頂戴。私達の任務は終了」



「あれ?なんだかしょぼくねぇか?今日の仕事」



ドライバーで車に乗っていた浜面は麦野の任務終了の知らせを受けて驚く。
絹旗とフレンダが車から出てからものの数十分しか経っていない。
しかも産業スパイを生け捕りにしたという殊勲ものの功績をひっさげての凱旋だ。


「しょぼくないよ。はまづら。スパイの生け捕りは難しいんだよ」


「滝壺の言うことも一理あるわね」
(スパイとかぶっ頃しちゃっていいんじゃないの?)


「は、はぁ」
(む、麦野!?お前だって最初は頃しちゃって良いとか言ってたじゃねぇか!)

166: 2011/01/23(日) 03:28:32.77 ID:qjaYsugY0
なんにせよ、学園都市の技術漏洩をアイテムは防いだ。
ダグラスがどうなるかは分からないが、取り敢えずはアイテムの勝利と言えよう。
浜面がドライバーを務めるシボレー・アストロはダグラスを乗せて調布空港から出て行く。
車は途中、下部組織と合流してダグラスを引き渡す。


下部組織の連中曰く第十七学区の府中にある拘置所に連れて行かれるそうだ。



「今日は私達の出る幕は無かったわね、滝壺?」


「うん。でも、空港でむぎのが能力使ったら空港なくなっちゃうよ」


「ふふ、違いないわ…あ、作戦終了の報告しないとね」


滝壺のジョークにもならない言葉を麦野は字義通り受け取ると携帯電話をお姉系のワンピースのポケットから取り出す。
そして電話帳に登録した番号にカーソルを合わせてボタンを一押し。


麦野は電話の女に電話をかけた。

167: 2011/01/23(日) 03:29:51.60 ID:qjaYsugY0
――第七学区 セブンスミスト

「いやー、初春、結構似合ってると思うわよ?このカチューシャ」


「えー?そうですか?実際、問題こんなのカチューシャじゃないですよぉ」


「え?結構シンプルで良いと思うけど?」


「ダメダメですよ、佐天さん。カチューシャはもっと花とか点いてないとダメです!夏なんで…彼岸花とか!」


「うーん…それは絶対に辞めた方が良いと思うよ…?初春?」



他愛もない(!?)会話。いつもの二人。
佐天と初春はセブンミストの髪留めピンの新作を見ていた。


初春に送ったメールは正午過ぎに帰ってきた。なんでも風紀委員の会議だったとか。
午前中はやはりぼんやりと過ごした佐天にとっては初春の返事が来たことは僥倖だった。


(いやー…返事帰ってこないと実際暇だったからなぁー…アケミ達は実家帰ってるって言ってたし…それに、御坂さん達は…)


佐天は今日の午前中に初春から返事が来ない間、他の友人達――御坂と白井――に遊ぼう、とメールを送る事に逡巡していた。
何故かあの二人と初春抜きで会うことに佐天は抵抗を感じていたのだ

168: 2011/01/23(日) 03:30:22.85 ID:qjaYsugY0
(私…どうしちゃったんだろ…午前中、御坂さん達に遊ぼうって、メール送れなかったよ…)


彼女の心の奥底で何かがつぶやく。その声はこう言っている。


『お前はあの二人と会って自分の無能力ぶりをさらけ出したくないんだ』
(うるさい…)



『風紀委員の詰め所に行っても煙たがられるだけだからな』
(黙ってよ…!)


心の声は否定的な事しか言わない。佐天は考えれば考えるほど思考の深みにはまっていった。
浮かび上がるのは負の感情だけ。


(私だって…無能力者になりたくてなった訳じゃ無い…!)


(それに…今の私には御坂さん達と同じように他人に言えない様な事だってしてる…)


佐天はそう言い聞かせて自分の心に納得させる。セブンスミストの空調とはまた違った冷ややかな風が自分の付近に滞留しているような感覚を覚える。
初春が気にかけてのぞき込むまで佐天はしばらく考えていた。



「佐天さん?」

169: 2011/01/23(日) 03:30:53.36 ID:qjaYsugY0
「へ?あ、初春!?ごめん、ぼーっとしてたよ!」
(くだらない事考えるのやめやめ!)


初春は両手に派手な花がくっついたカチューシャを持っていた。
そしてニコニコ笑うと佐天にどっちがいいでしょう?と話しかけてきた。

「うーん…こっちはバラメインねー…って痛っ!トゲあるじゃん!これ!」


「え?トゲ??ホントだ!これは…ちょっと怖いですね…こっちはどうでしょう?」


「これは…ツクシ?カチューシャにツクシってどうなのよ…?」


「え?ダメですか?」

佐天は初春のカチューシャ選びのセンスにあきれつつ、他のカチューシャコーナーを見ようとした時だった。


ういーん…ういーん…


佐天のショルダーバッグがにわかに振動しているではないか。


(ゲッ!こんな時に何よ?)


佐天は突然の電話に驚きつつも、焦らず、初春に話しかける。

170: 2011/01/23(日) 03:31:20.72 ID:qjaYsugY0
「ご、ごめん初春。ちょっと電話が鳴ってるから待ってて」
(誰よー!こんな時に電話かけるなんてー!切って遊びに集中したいのにー!)


電話を切りたい衝動に駆られつつ佐天は近くの休憩用のソファに腰掛け、タブレット型の携帯を取り出す。
そしてイヤホンをつなぐ。

(えーっと、なるべくタメ口で…年齢がばれないよーに…)


佐天は人材派遣の助言を思い出し、脳内で反芻させる。そして受話ボタンをぽちっと押す。

「はいー、何よー!?こっちは遊んでるのにー?」


『おーおー、遊んでるったぁ…良いご身分なことで…電話の女ぁ?』


「む、麦野…さ…」
(おっとっと…タメ口タメ口…!)

佐天は、「…さ」、とでかかったところで口を紡ぐ。
危うく「麦野さん」と言ってしまう所だった。


「で、どうしたの?仕事は終わった?」


『あぁ、終わったよ。今回はフレンダと絹旗が首尾良くやってくれたから』

171: 2011/01/23(日) 03:31:48.53 ID:qjaYsugY0
「へぇ…お疲れ様、で、ダグラスは…?」


佐天の脳裏に浮かぶのは“処分”と言う言葉。果たしてダグラスはどうなったのだろうか。
彼女の興味はその一点に注がれる。


『ダグラス?あぁ、今回の目標ね。つつがなく下部組織に渡したわよ?』

「…そう」
(氏ななくて済んだの…?)


麦野の言葉に自然と安堵する佐天。
自分が人頃しを命令しなくて良かった、と思った。免罪符を得たのだ。


『じゃ、今日の所はこれで終わりね?』


麦野の質問に佐天はメールを思い出す。


(ないね…あとは暇があったらマネーカードを拾うだけ…ってこれは私の雑務か…)


そんな事を考えながら佐天は麦野に「ないわよー」、と軽い調子で答える。
すると通話先でクスクスと割る声が聞こえる。


「どうしたの?」

172: 2011/01/23(日) 03:32:15.43 ID:qjaYsugY0
『いやいや、お前ってどういうヤツなのかなって話しを今車の中でしてたのよ…ふふ』


「…あ、っそ」
(なにぃー!?)


『ま、私の予想だと…私より年下ね…?必氏に言葉を選ぶようにタメ口使ってるみたいだけど?電話の女?』


「べっ、べっつにー!?そんな事ないわよ?」
(そ、そりゃ年上にタメ口って簡単にできるわけ無いでしょー!)


佐天は冷や汗が流れるのを肌に感じた。
正体がばれるわけではないが、ここで自分の身分が分かってしまうのはちょっと抵抗があった。
それは正体がアイテムのメンバーにばれることが学園都市の最奥、いわゆる暗部に完全に堕落する事だと本能的に知覚していたのかもしれない。


麦野はその後何も話さない。というか通話モードにしたままアイテムの面々と話している様だった。
するといきなりアイテムの面々の声が聞こえてくる。
麦野がどうやら外部スピーカーモードにしたようだった。


まず最初に拾ったのは絹旗の声。とげんこつの音。


『超若いですね…麦野よりも全然…ってイタっ!』

173: 2011/01/23(日) 03:33:05.67 ID:qjaYsugY0
直後ゴチンというくぐもった音が聞こえる。どうやら絹旗が麦野に一発お見舞いされたようだった。


『私より若いィィ?そりゃない。私はピチピチの十歳だから』


『ちょ?麦野?私より超若いじゃないですか?』


『そしたら、きぬはたはむぎのより年上だからタメ口オッケーだね』


『あ、なるほど。滝壺さん。超名案です。おい、麦野、パン買ってこい!』


『きぬはたぁ!それはあんたの未来の明暗を分ける言動だァ!そげぶっ!』


『ひぃぃ!』


『あ、きぬはたの窒素装甲が破れたさすが怪力』


『た・き・つ・ぼ・ぶ・ち・こ・ろ・し・希望かにゃん☆?』


『とある日常はぱられるー♪はい、フレンダの盾!』


『あわわ…介入しなかったのにぃ…結局私を盾にするなってわけぇぇぇぇ!むぎのぉぉぉ!』


『お前等おちつけぇぇぇぇぇ!!』

174: 2011/01/23(日) 03:33:37.62 ID:qjaYsugY0
最後に男の叫び声が聞こえてくる。
これは昨日の朝方麦野の所にいた浜面という男だろう、と佐天は勝手に推測する。


声から推察するに、アイテムの車内は阿鼻叫喚の地獄絵図の様相が繰り広げられている様だ。
佐天はその状況を聞きながら、自然と笑みがこぼれていた。


(はは、面白い連中ね―…こいつら)


「ちょっとー!おまえらー!ケンカすんなー!」


『お・ま・え・ら?』


佐天のケンカ(!?)を制止する声は火に油を注ぐ行為になってしまったようだ。
電話の女=アイテムの構成員より年下、という図式が彼女達の頭の中にできあがってしまったようで(事実なのだが)、全員が佐天の声に反応する。


(ちょっと!?なんで私が皆の怒りの終着点なのよー?)


口げんかを諫(いさ)めようとちょっとした気持ちで口出ししたのがたたってしまったようだった。


佐天はアイテムに電話をするだけで実際に彼らに顔を合わせることは…恐らくないだろう。
しかし、話すだけでも面白い、と佐天は思った。


会計を済ませた初春がこちらに向かってくるのがちらと見えたので佐天は「切るね」、と言い残し電話を切った。

175: 2011/01/23(日) 03:34:06.81 ID:qjaYsugY0
通話先の麦野の携帯は外部スピーカーに接続されてアイテムの車内で放送されている。
なので運転に集中している浜面以外の四人の「はーい」という元気の良い声が佐天のイヤホンにもたらされた。


ガチャリ…。そして通話は終了した。


「どうしたんですか?佐天さん?何か嬉しそうですよ?」


「いやね、知り合いがちょっとさ」


「知り合い?学園都市外の友達ですか?」


初春が怪訝そうに聞く。まだ中学一年生の彼女達は小学生で離ればなれになった友人達も居るのだ。
佐天は初春の問いに対して「いや、」と否定の言葉を発して苦笑いをしてごまかす。
その素振りに「?」と首をしかめる初春。


「さーって、私も買いたい財布があるからちょっとばっかし見ても良いかな?初春」


「良いですよー、どこにします?」


「ふふ…ちょっと高いけどお財布を買ってみたくてね…サマンサタバサとかいうやつなんだけど」


「あ、それでしたらすぐ下の階にありましたね、いってみましょう!」


初春はマップを覚えているのだろう。ひょこひょこ佐天の後ろを歩きながら言う。
佐天は今使っているポーターの小さい財布の中身をちらと見やる。
中には一万円しか入っていない。webで調べたら確か一万以上はしたはずだ…。

176: 2011/01/23(日) 03:34:37.46 ID:qjaYsugY0
(うーん持ち合わせ、あんまりないなぁ…どうしよ、ちょっとお金おろそうかな?)


お金が無いのに物は買えない。
なので佐天は初春にお金をおろしたいと言う。


「ごめん、初春!この辺りでL銀行のない?」


「L銀行ですか?確か…って私はセブンスミストの案内役ではありませんよっ!佐天さんっ!」


「だよねー!ってことでちょっと一緒に探さない?今持ち合わせが無くてさ…これじゃ財布買えないのよねー」


「わかりました。二人でさがしましょうか」


「うん、ありがとね、初春」


二人はエスカレーター付近のマップを見てこの階にATMが無いことに気づく。
そのままエスカレーターを下っていく。


「そういえば、佐天さん、そのL銀行のカード、最近作ったんですか?」


「え、あぁ…まぁね。それがどーかした?」


佐天の表情が一瞬曇る。初春がL銀行のカードの事を聞いてくるなんて予想外だから。

177: 2011/01/23(日) 03:35:23.49 ID:qjaYsugY0
「いえ、他意は無いんですけど、最近L銀行のカードをばらまいている人が居るらしくて…」


初春はそう言うと困ったように首をひねる。どうやら風紀委員の方“でも”マネーカードの散布は話題に上がっているようだった。


「へー…カードをばらまくなんて…理解できないねー…なんなんだろー?」
(確かに意味不明よね…)


「しかもカードがまかれている所は決まって裏路地とか人目につかないところなんですよねー」


「へぇ…そーなんだ…」
(風紀委員の方でもカードをまいている人の真相はわからないって事…?)


(なんか…気分が良いわね…風紀委員の話についていけるって…)


佐天は真相不明のマネーカードをばらまきに関して話題を密かに共有している事がなんだか嬉しかった。
風紀委員にならずとも、こうしたある程度の情報が自分の耳に入ってくる事に言いしれぬ優越感の様な物を感じられずにはいられなかった。


(初春…私もその話し知ってるよ…って言いたいー!けど、がまんがまん!)


佐天が一人マネーカードの話しで葛藤している間に初春は弁を続ける。


「なんで裏路地ばっかにまくんですかね…ここ最近で急増してるんですよ?」

178: 2011/01/23(日) 03:35:50.88 ID:qjaYsugY0
「今日の朝、返事返せなかったのはちょっとこの件に関して立て込んでまして…今日で確か32件ですよ?総額六十五万円ほどだって…」



「そうなんだ…結構バカにならない金額ね…」
(その中の一枚は私が持ってるんだけどね…あ、32件にはカウントされないか。私が拾ってる分は報告してないし、使っちゃったし)


「でも、佐天さんにこんな話ししても意味ないですよね、すいません」


「あはは!無能力者の私にゃどーでもいいってか!コラ―!初春!こいつときたらー!」


佐天はクレヨンしんちゃんのみさえ張りにぐりぐりげんこつを初春にかます。
初春は「他意はありませんよー!勘ぐり過ぎですー!」と言って泣く素振りを見せている。


「あっはっは。許す!私は風紀委員じゃないし、こーゆー事は私に話しても意味ない話って事でしょ?分かってるよ、初春」
(初春、いつもありがとね、あんたは優しいよ)


佐天はにこりと初春に笑い、答える。
初春の無意識の中から繰り出される言葉に少しだけズキンと心に響く気持ちには気づかない振りをして。

179: 2011/01/23(日) 03:36:30.12 ID:qjaYsugY0
それから数日。
佐天は初春、御坂達とも一緒に遊び、夏休みを楽しんだ。


勿論、その間にもアイテムに対しての定時連絡は二日に一回欠かさず行った。
定時連絡が無い日は大抵仕事の依頼が来る。


そのお陰でアイテムに電話をかける事も数日ながらかなり手慣れてきた。


そして八月十日。
夏休みの半ば、まだまだ夏まっさかり。蝉の鳴き声がうるさい位に聞こえてくる日。


佐天は取り立てて予定も無かったので学園都市治安維持機関なる組織からの命令でマネーカード配置図に従ってカードを拾っていた。
彼女にとってこれは暇つぶしになったし、一種の小遣い稼ぎの様なものだったので結構楽しかった。


因みに、彼女のギャラ(給与)についてはこんな感じだった。

アイテムに定時連絡:一万円
アイテムに仕事の要請:三万円
アイテムの仕事が成功:十万円


アイテムの面々がいくら支給されているかわからないが、佐天より少し多いようだ。
フレンダが電話の時に「あんな危険な事したのに二十万しか貰えないの?」と愚痴っていたのを耳にしたからだ。


彼女達は少ない危険手当で学園都市の治安維持に従事しているのだ。

180: 2011/01/23(日) 03:38:38.19 ID:qjaYsugY0
眠い。
ちと中途半端だけど寝る。
いつもレス数が変わらないってことは固定の読者さんがいるのかな…?
っていう妄想をしながら寝ることにしましょう。ではまた近日中に!

【禁書目録】佐天「…アイテム?」【2】

引用: 佐天「…アイテム?」