411: 2011/02/08(火) 11:02:03.67 ID:4/Yp8CWbo


【禁書目録】佐天「…アイテム?」【2】



あらすじ
佐天の指示の元、アイテムは美琴とSプロセッサ社で戦火を交えた。
その頃、北京のゲットーで行われた華僑の掃討戦。

華僑の資料をあさっていた、砂皿緻密とステファニーはアイテムと書かれた冊子を見つける。
そこに記載されていたのはステファニーの実の妹、フレンダだった。

ステファニーは砂皿と協力して学園都市に向かうことを決心する。


412: 2011/02/08(火) 11:08:48.70 ID:4/Yp8CWbo
――八月下旬

相変わらず暑さが続く。


佐天は柵川中学の制服のポケットから鍵を取り出す。
最近、白井たちと一緒に行ったゲーセンで取ったUFOキャッチャーのゲコ太ストラップがついている鍵を取り出す。


「ただいまー」


ガチャガチャとドアを開け、ローファーを揃えずに脱ぎ、学校のバックをぽいっと投げる。
そしてベッドにぼふん、と倒れかかる。


学生寮に帰ると誰もいなくても、自然と「ただいま」と言ってしまう。
一人暮らしに慣れていない証拠だろうか。
そんな事をぼんやりと考えながら熱気でまいっている体を佐天は起き上がらせる。


(ジュースのも…)


喉を潤そうと考え、彼女が冷蔵庫に向かったと時だった。


ういーん…ういーん…


彼女の携帯電話が鳴る。
それはアイテムが任務を遂行して、麦野が佐天によこしてくる任務終了を告げるメールだった。




(いつもお疲れ様、皆)


内心に佐天はアイテムに対して謝意の気持ちをつぶやく。

とある魔術の禁書目録 31巻 (デジタル版ガンガンコミックス)
413: 2011/02/08(火) 11:11:13.83 ID:4/Yp8CWbo
佐天が学校に登校したり、補習に参加したり、遊んでいる間にもアイテムは戦い続ける。
以前も言ったが、彼女たちはさまざまな理由で学校を欠席している。


学園都市と銘打っておきながらも学校に通うことのない生徒がいると言う矛盾。
彼女達はその矛盾の中に生きている存在なのだ。


(よっし…まず上に報告しなきゃね…)


冷蔵庫に行くことをあきらめ、ポチポチとタッチパネルを動かしていく佐天。
アイテムが任務終了の旨のメールをよこすと、佐天は未だ見たことのない治安維持機関に任務が終了したことの連絡をする。


(上…ってどんな人達なんだろう)


ポチポチとタッチパネルで、メールを作成しながら佐天は“上”の正体を考える。
メールの送り主の名前だと“学園都市治安維持機関”となっているが、果たしてそれが何なのかもわからない。


(上の指示…っていうのも果たしてどうなんでしょーねー…)


佐天は不意に自分が学園都市に良いように扱われているのではないかと考える事がある。
しかし、それも実際に銀行に振り込まれている金を見れば霧散してしまう。


彼女は“上”に報告するメールを作成すると、狭いベランダに出て干していた洗濯物をしまう。
しまうためにベランダに出ると、ベランダは日差しに照らされていてかなり熱かった。


学生寮から見える立川の市街地は夕日に照らされて真っ赤になっている。
とても綺麗に見えたし、逆に真っ赤に燃えている不気味なオブジェ群にも見えた。

414: 2011/02/08(火) 11:13:34.54 ID:4/Yp8CWbo
――数日後、学園都市、柵川中学校学生寮

「初春~宿題わかんない~」


佐天はそういうと机に置いてあるコップに注いだお茶をくいっと飲み干す。
夏休みの宿題をためにためた佐天は親友の初春に宿題を手伝ってもらっているのだ。


「佐天さんー…頑張りましょうよ!もう少しで学校始まっちゃいますよ!」


「えー!初春、答え分かるんでしょ?だったら教えてよ!ねっ!?」


手を合わせて「頼む!」とまるで武士の様にお願いする佐天に初春はついつい答えを言いたい衝動に駆られる。
が、ここは我慢。情けは人の為にならずだ。


「だぁめです!ちゃんと自分で考えましょうよ!佐天さん!」


「ふぁーい」


シャープペンを鼻と唇の間に挟んで腕をだるそうに後頭部に持って行くと佐天は最近買った大きいソファに寄っかかった。
初春の喝に応えつつも宿題は全く手につかない。


(最近…仕事入ってこないなぁ…)


宿題の山から目をそむけ、佐天は天井を見上げながらおもむろに考える。

ここ最近は仕事の案件が著しく少なくなっているようで、麦野からも「今日は仕事ないの?」と連絡が来る位だった。
彼女が治安維持機関に連絡した所、何でも学園都市で名をあげて目立ちたいヤツがいるとか。


415: 2011/02/08(火) 11:18:59.45 ID:4/Yp8CWbo
治安維持機関もその縄張り争いに必氏らしい。
しかし、上位下達の最も下、つまり最前線で働くアイテムの面々や佐天には知るよしもない話しだ。


(なんだっけ…確か…スクールだったけ?そこのリーダーが交渉権がなんだかんだ…)


佐天は結局は自分たちには関係の無い話だな、と思う反面、麦野をアイテムのご意見番として、「金がない」といってくるアイテムのクレームにも対応しなければならない。
なのでここ最近無駄にアイテムとの電話が多くなっている。

最初は麦野から、掛ってくる電話の対応にうんざりさせられたが、彼女たちと話せば案外面白く、ついつい長電話になってしまうこともあった。


しかし、アイテムと佐天の関係は仕事を受注して、通達する係とそれを実行する部隊の関係でしかない。
やはり最終的にはじゅんぐりまわってお金の話になってしまうのだった。


(スクール…なんなんだろう?学校って意味だよね…ってか仲良くやりましょうよー…同じ治安維持機関の端くれじゃないの?)


スクール…おそらく同じ暗部の組織で学園都市の治安を維持している部隊なのだろう。
学園都市を守る…目的は同じなのにもかかわらず…。
何無駄な事してんのよ、と佐天は他人事のように考える。


醜い縄張り争いは最前線で戦うアイテムにとっては想像すら出来ない事だろう。
しかし、そうした争いの弊害を直接的に被るのは縄張り争いをしている上ではなく、やはり最前線で身を粉にして戦う人たちなのだ。


佐天は戦いをしないこそすれ、アイテムに連絡を行う役目を受け持っている。
彼女はスクールという組織に漠然と仕事を取られ、なんだよ、全く…と思いつつも平和が一番!と考え、再び机に溜まりに溜まった宿題と取っ組み合うのであった。

とここで初春が何かを思い出したように「あっ!」とつぶやく。
佐天が「なに?」と言うよりも早く初春は弁を続けた。


「そう言えば、佐天さん。昨日風紀委員の詰め所に御坂さんが遊びに来たんですけどね?」


「御坂さんが?」


初春は「はい」とにっこりわらいながら答える。
佐天はあのSプロセッサ社の戦いの後に数回美琴にあっているが、特に何もなく話す事が出来た。

416: 2011/02/08(火) 11:20:32.59 ID:4/Yp8CWbo
(私も…よくアイテムと戦った御坂さんと普通に話せたよなぁ…)


佐天は我ながら自分のクソ度胸と二面性に感心した。
二面性というかなんというか、精神が分裂してしまったのではないか?と思うくらいだったが、案外に普通に話せるものだ。


「で、御坂さんがなんだって?」佐天は初春に興味深そうな話を聞くように首をかしげる素振りをする。
なんでも初春いわ「“今度新しく見つけた喫茶店があるから四人で行こう”って言ってましたよ?パフェが美味しいらしんですよ」だとか。


佐天は両の手を会わせて期待に胸ふくらます初春を見つつ「へぇ~」とため息を吐く。
初春は「その為にも!」と語気を強くして喋り続ける。


「放課後残らない必要がありますねよね?佐天さん?宿題はしっかりやりましょう!」


初春はそう言うと人差し指をズイ!っと佐天に向ける。
彼女は「ひー!」と悲鳴をあげる。

417: 2011/02/08(火) 11:22:09.04 ID:4/Yp8CWbo
いつからだろうか?


“みんな”と言う言葉に抵抗を覚え始めたのは。
多分、あのSプロセッサ社の戦いの前後からだろう。


初春がいう“みんな”には白井と美琴が含まれている。
佐天は美琴に会うのが気まずかった。
勝手に気まずいと思っているのは佐天だけだが、どうしても美琴に会うとあの戦いの時に一人で学生寮に籠もっていたことを思い出すのだ。


友人を失うかもしれない。そう思ったあの日の夜。


意を決してこんな仕事辞めてやろうか、と思ったが、結局辞めれなかった。
それは友人を失うというリスクと自分が人に言うことが出来ない仕事をしているという環境に居続ける事を秤にかけて、出した彼女の答えだった。


学園都市の最奥を知れる存在だとか、友人達の様に何か秘密を持って行動している事が最初はうらやましいと思った。
反面、今ではそんなものクソ喰らえだ、と思っている自分も居る。


いざ、電話をする仕事を辞めようと思っても、佐天は躊躇してしまうのだった。
それはやはり彼女が抱えている劣等感や周囲の能力者の会話を思い出すたびに思うことだった。


(やっぱり…辞められないよ!ただの無能力者は嫌だよ…!)


“周囲の能力者”と言うのが佐天が気を許せる友人なのだ…。
佐天は普段一緒に居る四人でする会話を思い出すたびに劣等感を感じずには居られないのだった。
しかし、彼女がこうしたどす黒い感情に包まれるのは日常生活の中のほんの少しだった。

418: 2011/02/08(火) 11:24:16.59 ID:4/Yp8CWbo
(我ながらグダグダ…情けない…)


そう思いつつも佐天は電話の仕事を辞められなかった。
結局は自分の今置かれている環境でそれなりのお金を得、良い暮らしをしている。
美琴との事もあの戦いの時の事を意識しなければいつもどうりやっていける、彼女がそう考えたからだった。


(何事も、時間が忘れさせてくれる)


彼女はそう思った。


彼女が実際に電話の女として得た報酬でゲーム機や私服もちょっと買ったりしている。
ガラにも無く親に仕送りをしている。


内訳としては一月で使い切れず、余ったお金を学園都市外の両親の宅に送金している事にしてるのだが、当の両親は気付くこともないだろう。
初春には親に送金している事だけを言うと「へぇ!私なんて余ったお金パソコンとか観賞植物買っちゃいますよ!」と驚いていた。


親に仕送りをすること。
それは親孝行かもしれないが、佐天はこれを一つの免罪符としていた。


ここ最近は少なくなったとは言え、仕事がなくなった訳ではない。
ひとたび仕事が始まれば誰かが傷つき、もしかしたら氏ぬかもしれない。


彼女が上から受注したオーダーをアイテムに伝える事で氏人が出る。
佐天はその直接の犯人でこそないが、彼女の命令が無ければ存命できたハズの人物も少なからず居た事だろう。


誰かの父であり、誰かの母であり、子であり…、そうした人たちの命を絡め取る仕事は決して気持ちのいいものではない。
しかし、人は“慣れ”という恐ろしい機能を持っている。

419: 2011/02/08(火) 11:25:01.15 ID:4/Yp8CWbo
初めてアイテムの報告で氏人が出た時、佐天は自分の命令によって人を頃したことに苛(さいな)まれた。
しかし、いまではただの報告書に載る数字の羅列同然と化してしまった。
彼女にとっては命の重みは等しい訳ではないのだった。


そんな環境に慣れてしまった彼女であったが、氏んでしまった人たちに謝罪の意志も込めて、金の一部を親に送金している。
それは佐天が自分なりに考えた謝罪の気持ちの表れなのかもしれない。

しかし、謝罪といっても暗部の戦いで亡くなった人の遺族に送金するのが妥当であるが、彼女にそこまでする勇気は無かった。


恐かったのだ。
遺族から何かしら言われることが。


しかし、一番彼女が恐れていたこと…。
それは…いつか治安維持機関から自分に仕事が宛がわれなくなり、いつもの何もない、無能力者としての生活に戻ることだったのだ。


友人は居る。交友関係にも表面上は何も起きていない。

ただ、彼女は今の環境が変わることに恐れていた。

………。

考え事をしつつ彼女はうとうとと寝てしまっていた。




「佐天さん~?すいませんー!起きて下さいー!」


「はっ!ごめん、初春!」


「いきなり謝ってどうしたんですか?嫌な夢でも?」


初春はその優しい表情を佐天に向ける。
どっぷりと嫌な事を考えていた佐天は「いや、ごめんなんもない」と言って初春を見る。
彼女の屈託のない笑顔が佐天にとってはやけにまぶしくかった。


初春の掛け声で不意に佐天は我に帰ると、学習机にある小さい時計をちらと見る。
最終下校時刻まであと少しだった。


「ごめん、考え事して寝ちゃってたわ」


「宿題から逃避するんじゃなくて、しっかり取り組みましょうね。じゃ、最終下校時刻が近くづいてるんでもう帰りますね?」


そういうと初春は玄関に向かう。
彼女はローファーをひょいと履き、佐天の家を出る。

佐天はひょこひょこ歩いて行く彼女に手を振る。


「まったねぇ~!初春ぅ~!」


「そんなおっきぃ声出さないでださぃ~!!恥ずかしいですよ~!」


佐天は真っ赤な夕焼けの光に初春がまるで溶けて見えなくなるまで手を振り続けた。

426: 2011/02/08(火) 23:15:36.64 ID:4/Yp8CWbo
――とある雑木林(初春と佐天が宿題をして数日後)


「はい、今日の任務終了って訳よ」
(あっついわねー…猛暑ね…)


フレンダは学園都市の雑木林で暗部の任務を終えた事を麦野に携帯電話越しに伝え、リラックスする。
拳銃、シグザウエルP.228を腰のガン・ホルスターに収納しながらつぶやく。


彼女の足下にふと視線を転じてみると、ぼてりと男性が寝そべっている。
どうやら彼はフレンダに麻酔弾で眠らせられた様だ。


『はい、お疲れ、今浜面そっちにむかってるからぁ。電話の女に連絡しとくねー』


アイテムのリーダー麦野の声が受話器越しに、フレンダの耳朶を打つ。
彼女は「了解」と麦野に任務の終了報告を済まし、雑木林の木陰に身を寄せる。


木と木の合間から差し込む夏の光はまるでフレンダを焼き殺そうとしているかの様。
そんな、さながら殺人光線に耐えかねて、彼女は休息を取ろうと考えたのだった。


(ったく夏はやだねぇ…ってか夏に外に出るのがヤダ。暑すぎ)


任務の内容と言うよりも、任務を遂行する環境―即ち天候―がフレンダの集中力を根こそぎ奪っていった。
今回の任務も無事に終了したとはいえ、やはり極端な暑さは集中力が鈍るということもあり、彼女にとってかなりネックなのだそうだ。


地理的に言えば、学園都市は日本国の東京都西部の盆地に位置している。
盆地は熱気が滞留し、うだる様な暑さが形成されるのだ。


フレンダは服の胸元のあたりをパタパタとさせながら熱気から逃れようとするが、余計に汗が滴り落ちてくるので辞めた。
そしてぼんやりとここ最近の生活を思い返してみる。

427: 2011/02/08(火) 23:22:57.99 ID:4/Yp8CWbo
そんなフレンダの思索にふと浮かんでくるのは、滝壺理后だった。


(最近、夜、滝壺とばっかいるなぁ…)


超電磁砲との激闘を繰り広げ、約一週間ほど。

それ以後、フレンダは仕事が終わったり、仕事が無い日もなにかとアイテムの共同アジトに身を寄せていた。
何故なら、同じアイテムの構成員、滝壺がそこにいるから。


彼女は別に百合だとか、レOビアンだとか、そういう気質があるわけではない。
超電磁砲と戦い戦線離脱して滝壺とともにアジトに帰った時だ。


(あん時に不意に感じたのよねぇ…お姉ちゃんっぽいんなぁって…)


フレンダは共同アジトのベッドで不意に滝壺に姉のぬくもりを感じた。
雰囲気も性格も全く違う滝壺と彼女の姉。


しかし、暖かくフレンダを包み込む様なぬくもりが二人にはあった。
その夜以降、フレンダはアイテムのみんなには秘密でいつも滝壺に甘えていた。


(今日も滝壺暇だったら甘えちゃおうかなぁ…)


イタズラとかそんな気は彼女には全くなかった。
ただ、純粋に甘えたい、フレンダは姉であるステファニーの姿を滝壺に見いだしていた。


滝壺も滝壺で甘えてくるフレンダをとがめることも否定をする事もせず、ただ「いいよ」と彼女の要望に付き合っている。
滝壺の純粋な優しさにフレンダも安心して身を預けていたのだった。


(我ながら…バカよねぇ…今更ながらお姉ちゃんのぬくもりだなんだって…そりゃ、会いたいけどさぁ…)


実際どこにいるかもわからないし、と悲観的な思考に陥るフレンダ。
いつまでも滝壺に甘えてちゃダメだ、とフレンダは自分に喝を入れる。

428: 2011/02/08(火) 23:30:27.55 ID:4/Yp8CWbo
フレンダはとにかくここ最近よく姉の事を考えていた。

その度に断片的に思い出す、カナダに居たときの記憶。


フレーザー河でのアトランティックサーモン・フィッシングや冬に姉と一緒に行ったゲレンデ。
姉はスノーボードが得意だったな、とフレンダは思い出す。


そして姉の姿に憧れて始めたスノーボード。
学園都市に来てからは暗部の仕事でめっきりいけなくなってしまったゲレンデ。


「はぁ」とフレンダはため息をはきつつ、姉との懐かしい思い出を思い出す。

優しく包み込む様な母性本能とでも言おうか、滝壺のぬくもりから姉と暮らしていた時の記憶をよみがえらせる。
性格、容姿、年齢、ありとらゆる事が違うにも関わらず、ステファニーと滝壺が被ってみえる。


(滝壺に甘えれば甘えるほど…結局、本当のお姉ちゃんに会いたいって思う訳よ…)


すこし感傷的な気分に浸り、ちょっとだけ浮かない表情を作り上げる。
そのとき、フレンダの耳に不意に車のクラクション音が届く。
浜面の運転するシボレー・アストロが到着を告げる音だった。


(お、浜面きたきた!)


フレンダはクラクションを聞くと、浮かない表情を打ち消し、強引にいつもの笑顔をにんまりと作る。
そして彼女は「浜面遅いっ!」と言い、浜面の運転する車に乗り込んだ。


「あぁ、わりぃ。道が混んでてよ」


「結局私をあっつい中待たせて…!」


浜面はぺこぺことフレンダに頭を下げつつも車を走らせる。
二人は麦野達がいるであろうファミレスに直行していった。

429: 2011/02/08(火) 23:32:27.84 ID:4/Yp8CWbo
――多摩センター近辺(フレンダが任務を行っている時)

佐天は学園都市のとあるホールに向かっていた。
なんでも今日は講演会に呼ばれたとか。


(やっばい!間に合わないかも!)


このクソ暑い中、多摩センター駅から降りるやいなや全力で彼女はホールまで突っ切っていく。
目的地のホールは既に視野に入れているのだがいかんせんとおい。しかも軽く傾斜ががっている。


(なんなのよ!合同会議って!)


内心に愚痴りつつ、彼女は数分走る。
そして汗びっしょり。


柵川中学の制服の中に入っているタオルを取るとおでこにぷつぷつと浮かび上がっている汗をぐいっと拭き取る。
そして電話をして得た収入で買ったハミルトン・カーキ・シークイーンの腕時計を見る。


(ぎりぎりね…!ホールはあっちか!)


彼女は講演会が開催されるホールの位置を館内に設置されているマップで確認すると、一気に走っていく。

佐天がドアをあけると、壇上に講演会の進行の人物とおぼしき金髪の女性が上がっていく最中だった。
彼女が回りをキョロキョロを見回すと誰もいない。


中規模のホールで百人ほどは入るであろうこのホールに何故誰もいないのだろうか。
疑問に思いつつも彼女は周りを見回すが誰もいない。
どうしよう、そう不意に思った時、壇上の女性から声が掛かった。


『最後ね、そこの列の席に座って下さい』

430: 2011/02/08(火) 23:37:10.52 ID:4/Yp8CWbo
佐天は壇上から不意に掛かった声に大声で答える愚行を演じることだけはなんとか避ける事に成功する。
無言で何度かうんうん頷くと彼女は司会の女性とおぼしき人物の言われるがままに座席に座った。


佐天はなんとか講演が始まるぎりぎり前に着席する事が出来たようだった。


『本日は皆様お集まり頂き有り難うございます。テレスティーナです』


佐天は自分の周りと壇上をきょろきょろと見回す。
女の発言が正しいなら、自分以外に誰かいても良いはずだ。
テレスティーナとかいう女と二人きりな訳がない。


佐天の疑問がテレスティーナに伝わったのだろうか。
このテレスティーナはホールの奇妙な状況を解説する。


『実は光学プロジェクターであなた方と私以外の姿が見えないように細工しております。どうかご了承下さい』


金髪の女は壇上で恭しく頭をぺこりと下げる。
ぎりぎりでホールに来た身分の佐天だったが、余りに丁寧なその動作になんとなしに嫌な感覚を覚える。


定型句の様な挨拶を述べると話しの本題に移行していく。
内容は学園都市の治安維持についてだった。


(治安維持機関の連絡で来てみれば、何か難しい話しだなぁ…初春のスカートめくりでもしてれば良かった)


電話をかける仕事を始めて三週間ほどたった今。
佐天は徐々に仕事の要領を心得ていた。


佐天は壇上に居る女の話にはあまり興味が湧かず、ただぺらぺらと話している女をぼんやりと見つめていた。
イヤに空調が効いたホールで彼女はいやいやながら、肘掛けに肘を当てて、自分の顔を支えながら退屈そうにテレスティーナの話しを聞く。

431: 2011/02/08(火) 23:43:22.16 ID:4/Yp8CWbo
『学園都市の治安はやはり警備員と風紀委員だけでは守りきれません』


『公式では学園都市は警備員と風紀委員で秩序を保っていますが、実際にそれだけでは治安維持や防諜面で多分に不備が生じてしまいます』


佐天は面倒くさそうにしながらも、テレスティーナの話しを聞きながら「そうなのよねぇ」と内心につぶやく。


それは彼女がここ最近アイテムに連絡をする様になってから気づいたことだった。
結局は教師と生徒だけで学園都市を守ろうなんて考えが絵空事なのだ。


現に佐天の電話一つで学園都市の機密を盗みだそうとするスパイを捕獲したり、殺害したこともあった。
土台、教師と生徒で多摩丘陵と多摩の盆地を守ろうとするのがおかしい。


『今回お集まり頂いた皆様のお陰で学園都市の治安は守られています』


お集まり頂いた方々…やはり佐天と同じように暗部の組織に連絡をしている同業の人達のことだろうか。
彼女は光学プロジェクターで見えないこそすれ、自分の周りにも同じ仕事をしている人達がいるんだ、と考える。


そして自分の行っている事はやっぱり正しいことなの?と佐天は自分に問い質した。


佐天はホールに同じく出席しているであろう連絡要員達に取りたてて、親近感は沸かなかったが、自分と同じ事をしてる人達がいるんだと考え少し安心した。
それは人頃しをしているのは自分だけではない、という安心感かもしれないし、正義の為に、学園都市の為に働いているんだ、といった安心感なのかもしうれない。


佐天はその安心感を特に分析しようとはせず、テレスティーナの話を引き続き、めんどくさいながらも聞くことにした。


『私もMARと言った警備員の一部所を任されていますが、やはり産業スパイや技術漏洩を完全に阻止する事は難しい』


女は心底悔しそうに表情をゆがめ、下を向くと、首を横に数回振る。
佐天は「MARって何?」と首をかしげるとその疑問を見計らっていたのか、彼女が「MARとは…」と話しを始めた。


テレスティーナによれば、なんでもMARと言うのはMulti Active Rescueの略称で邦訳が“先進状況救助隊”とかいう警備員下の一組織だ。

432: 2011/02/08(火) 23:44:05.53 ID:4/Yp8CWbo
(何だそれ?初めて聞くわね)


佐天は初めて聞く組織名だな、と内心一人ごちる。
が、彼女は私の知らない組織が一つあっても不思議じゃないな、と自己解釈し、疑義は挟まない事にした。


『今後も学園都市の技術を狙う輩は増えると思われます…』


佐天はテレスティーナの話しを聞くのにうっとうしさを感じつつもやることが無いので聞く。
自分に興味の無い話程聞かされてうざったいものはないが、我慢だ!と内心に叱咤激励すると同時に早く終われ、と祈った。


『今後は学園都市から不正に脱出する人物には厳罰を適用し、学園都市の防諜や治安維持によりいっそう注力し…』


テレスティーナの講演が続いていく。
対照的に佐天の意識はゆっくり遠のいていく…。


睡魔だった。

433: 2011/02/08(火) 23:46:36.35 ID:4/Yp8CWbo
――同日、学園都市のレストラン「ジョセフ」

麦野、滝壺、絹旗の三人は既に店内の窓側座席に鎮座していた。
しかもなぜかイライラしている。伝票はドリンクバーが三人分。


卓におかれたグラスは一つもない。


「あー!完全にミスった。人選ミスよ!」


「超どうしたんですか、麦野」


絹旗が映画の雑誌の特集から目を離し、雑誌からちらと顔をのぞかせて麦野に質問する。
麦野は絹旗の質問に「ドリンク係がいない」と言い切ると卓に指を当ててトントンとリズムとる。よほどイライラしているようだ。


「あぁ、超そういう事ですか。なら自分が取りに行きますよ」


「あら?ホント?助かるわね。じゃ、私メロンソーダ」


絹旗はしぶしぶながらドリンク係を買って出た。
何も浜面に義理立てするつもりは毛頭ない。ただ、いらいらしている麦野がちょこちょこと視界に入り、雑誌を読むのに集中できないからだ。
そこで絹旗はさっさと麦野達にドリンクを渡して、早い話が黙らせちまおうと考えたのだ。


「滝壺さんは何がいいんですか?」


「うーん…私はコーラかな…ありがとう、絹旗」


ぼんやりと天井で回転しているプロペラの様なものを見つめながら滝壺は鷹揚に絹旗の質問に答える。
絹旗は「わかりました」と答えると座席に座るなり脱ぎすてたナイキのターミネーターを再び履きなおす。

434: 2011/02/08(火) 23:49:51.06 ID:4/Yp8CWbo
そして絹旗はかかとを踏んだままぎこちない足取りでドリンクバーに向かっていった。

浜面とフレンダが来たのはドリンクバーに絹旗が向かい、戻ってきた時だった。
いやぁ、遅れてごめん!と元気よくフレンダがいつも通り、元気いっぱい!という風な素振りで手を合わせて軽い調子で謝る。
浜面も「わりわり道が混んでてよ」、と頭をかきながら窓側座席に腰を落ち着けようとするが…まだ座れない様だった。


「浜面、やっと来たのね…全く…絹旗があんたがこない間にドリンク係を買って出てくれたんだから」


「そうなのか?絹旗、ありがとな」


ちゃんちゃらおかしい会話だが異論をはさむ人はアイテム内には誰も居なかった。
永久指定ドリンクバー係の浜面は既にその負け犬根性もたっぷりしみついたのか、ドリンクバー係を辞すことをあきらめているようだ。

まるで座る素振りを含めて冗談だったといわんばかりに浜面は立ち上がる。
すると彼は「何が良い?」とアイテムのメンバーに聞きはじめた。
各々のドリンク注文を受けてさながら一人私服のアイテム専属店員の様に浜面はドリンクバーと窓側座席を行き来した。


アイテムのメンバーの喉が潤い、ご飯も食べ終わり、いつものぼーっとする時間がやってくる。
この時にやっと浜面はお昼ご飯にありつけるのだ。


「いやぁ…冷えたハンバーグもうめぇなぁ…」


「憐れって訳よ…浜面」


フレンダが浜面の肩をポンポンと叩く。
今日の仕事で迎えに来てもらったねぎらいのつもりだろうか、とにかくフレンダは浜面を励ましてやった。
浜面は「ありがとな、フレンダ」と言いながらハンバーグにかぶりつく。
麦野が不意に言葉を発したのはこの時だった。





「ねぇ、電話の女って誰なんだろうね…」

435: 2011/02/08(火) 23:55:10.52 ID:4/Yp8CWbo
――立川駅前

佐天はテレスティーナとかいう人の講演会を聞き、空腹でぐぅとなるお腹を押さえながらモノレールを下りた。
彼女は初春とランチを食べる約束をしていたので約束のレストランに向かっていった。


(何だったんだろう。今日の講演会…なんかお前らは表には出ないけど、頑張れ的な?)


テレスティーナの言ったことを噛み砕きまくり佐天テイストに解釈した結果たどり着いた答えがコレ。
途中ウトウトしてしまった事もあり、何を話したかは断片的にしか記憶していない。


(確か…学園都市から不法に出ようとしている人たちには厳重に対処しろとか…)


なんか物騒だなぁ、と他人事のように佐天は考える。


彼女はここ最近初春とよく遊んでいた。
「風紀委員の夏季公募に遅れちゃいますよ!」と初春は悲鳴に近い叫びをあげつつも彼女は手際よく夏季公募の課題や宿題をこなしているそうだ。


宿題をスラスラと解く彼女を想像し、やっぱ初春は頭いいなぁ、などと考えながら佐天は立川駅前のオブジェで彼女を待った。
すると少したってから柵川中学の制服姿で初春が佐天の前にやってきた。


「す、すいません!風紀委員の警邏活動中に熱中症者が出て、付き添いで病院に向かっていました…!」


初春はそういうと「すいません、佐天さん」と申し訳なさそうに頭を下げる。
佐天は「いいよ私も今来たんだし」と言うと彼女はほっと肩をなでおろした。


「いやぁ、最近暇で暇で…と言う訳で初春!そこのレストラン行こうよ」


「ジョセフですか?いいですよー」


二人は駅からちょっとだけ歩いたレストランに向かっていく。

442: 2011/02/09(水) 03:31:45.89 ID:ofO3IuS6o
レストランのドアを開けるとカランカランと入店を知らせる音が聞こえる。
佐天と初春はウェイティングのかかっている状況の店内を一瞥する。


ワイワイガヤガヤという擬音がまさに当てはまる情景だった。
ランチの時間帯、しかも駅前、そんでもって夏休み。


来店してください、と言わんばかりの立地にあるファミレスはこの日、案の上、大盛況だった。
そしてそのファミレスに佐天と初春はやってきた。


「うげー…込んでるね…どうする?他にする?」


「他って言っても…この時間帯はどこも同じだと思いますよ?」


「確かに…」


お昼時のこの時間帯は夏休みと言うことで主に学校が休みで遊ぶ学生でごった返していた。
佐天と初春はレジ前に置かれている台座に置かれている記帳ノートに名前を書き、店員に呼ばれるまで待つ事にした。


待ってる間に二人は他愛のない雑談をするのだが、初春の質問が佐天をびくりと震わせた。


「佐天さんは今日午前中にどこに行ってたんですか?」


「あ、えーっとね…あはは…えーっと多摩センターだよ、多摩セン!」
(言えない!絶対初春には言えない!)


午前中に学園都市の治安維持機関主催で連絡要員向けの会合があり、それに参加していたなんて口が裂けても言えなかった。
しかも、その会合で司会を務めていたテレスティーナとか言う白人女性は警備員の一部門の指揮官だった。
その名を出せば初春に、自身が何か、警備員や風紀委員といった組織に関与しているのではないか、と思わせてしまうかもしれないと考え佐天はその場を濁そうとした。

443: 2011/02/09(水) 03:32:37.28 ID:ofO3IuS6o
「そうですか、佐天さん…その言いにくいんですけど…」


初春も何やら言いにくそうに頭の中で何を言おうか考えながら言葉を選んでいるといった素振りをしている。
その様子を見て、佐天は「どした?」といつもの元気な表情で下を向いている初春を覗き込む。


(何よ?初春?まさか、今日のホールに入っていく所…見てました…とかそんなオチじゃないでしょーね!?)


一瞬最悪なシチュエーションを想像し、ぞっとするが、彼女の懸念は外れた。
何故なら「やっぱり幻想御手に関していろいろあったんですか?」と心配げに聞いてきたから。


佐天は初春の問いを「違うよ~」と笑って否定して見せる。
「補習は終わったんだけどね…ちょっと知り合いがさ…」と言ったは良いものの、先が思いうかばない。


初春の質問に窮し、彼女は気まずそうに「あはは…」とひきつった笑顔を浮かべる。
佐天の言動に初春は首をかしげるがあまり気にしていない様子だった。
というのも、彼女たちの前にいる学生の客が開いた座席に通され、次に自分たちが呼ばれる番だったからだ。


「ではご案内します。佐天様ー」


ファミレスの店員に名前を呼ばれ二人はレジ前の椅子から立ち上がり、店員の案内の元、指定された座席に向かう。
がその時、佐天の視野にはとんでもない光景が映った。


なんと目の前にいるのはアイテムだった…。

444: 2011/02/09(水) 03:33:57.64 ID:ofO3IuS6o
(ちょっと…何でここにアイテムが?ってかあれってアイテムよね?)


「こちらでよろしいでしょうか?」


店員がにこり、と営業スマイルを浮かび上がらせる。
初春は「はい、ありがとうございます」と気品が求められる風紀委員に恥じない素振りで店員に礼をする。


初春のそんな丁寧な対応とは対照的に、佐天はドキドキする鼓動を落ち着かせて初春に気付かれないように、静かに深呼吸する。
その間に「どうしたんですか?佐天さん」と質問する初春に「大丈夫」と小さくか細い声で佐天は言い放つとアイテムの隣の座席に座った。


(うわぁ…生で見るアイテムだ…)


今まで写真でしかみたことのないアイテムが今、座席を隔てて佐天の隣にいるのだ。
ほんもののアイテムが彼女の目の前にいた。


佐天と初春は座席に座る。
初春がアイテムが見える位置に、佐天はちょうど背中を向ける具合に座った。
と言っても、初春はアイテムという組織の事なんかしらないだろうが。


佐天はアイテムが何を話すか気になってどれどれ、とちょっとだけ耳をそばだててみた。
するととんでもない内容の話をしてるではないか。


「ねぇ、電話の女って誰なんだろうね…」


確かに聞こえた。
麦野と思しき声が佐天の耳元に到達し彼女の耳朶を打つ。
瞬間、佐天の血が沸騰するかのように体が熱くなる。
自分の隠していた何かがはがれてしまった様な感覚を彼女は覚える。


お昼御飯を食べるとかそういうレベルではない。
佐天は一気に緊張し、はやくなる自分の心臓の鼓動を落ち着かせようとする。

445: 2011/02/09(水) 03:34:36.43 ID:ofO3IuS6o
麦野自身もふと思いついて言いだしただけだった。
しかし、一度話し始めると皆、話に乗ってきた。なので麦野はこのまま電話の女の話を続ける事にした。


「電話の女の正体ねぇ…確かに、気になる訳よ…」


「うーん…機械音声じゃないしね」


フレンダと滝壺が一様に首をひねる。
確かにいつも自分たちに指示ばっかりだしている電話の女が一体誰なのか、それはアイテムのだれしもが思う事だった。


ここ最近まで人材派遣とかいう男がアイテムに指令を送っていたものの、夏休みに入ってから人材派遣にとってかわられた。
それが電話の女だった。


「年齢不詳…わかるのは女って事だけ…口癖って程でもないけど“こいつときたらー”って言うわね」


麦野が右手を頭にあてながら思いだしていく。
他のアイテムの面々は「むぅ…」と電話の女の特徴を思い出そうと考える。
麦野が不意に言った疑問を解決しようとアイテムは懸命に考えているようだ。


「なぁ、麦野?」


「ん?」


と、その時、浜面が麦野に話しかける。
彼は何か妙案でも思いついたのだろうか。

446: 2011/02/09(水) 03:35:02.53 ID:ofO3IuS6o
「電話しよーぜ、今」


「あ、それいいかも!で、この際に聞けば!」


浜面の提案にフレンダは指をパチン!と鳴らして賛成するが、麦野のため息にそれも打ち消される。


「馬鹿…そんな簡単に答えてくれるわけないだろ、あっちは学園都市の治安維持を本職にしてるんだぜ?馬鹿っぽそうな声出してても曲りなりにね」


麦野はそういうと再び「むぅ…」と考え込む。
しかし、浜面が言いだした計画以外妙案が思いつく事はなかった。
そこで絹旗が「何も良い計画が思い浮かびませんが…」と前置きをして小さい口から言葉を発していく。


「でも、正体は超知りたいですね、気になります」


「ね、私も気になるって訳よ」


「むぅ…でもどうやって正体突き止めればいいんだろう?」


滝壺が「はぁ」とため息をはく。
万策尽きたか?

447: 2011/02/09(水) 03:37:15.57 ID:ofO3IuS6o
砂をかむような思いとはこの事だろうか?
佐天は注文してから数分して出てきたハンバーグランチを食べていた。


しかし、先ほどからちらほらと聞こえてくるアイテムの会話が彼女を食事どころではない精神状態に追いやっていたと言っても過言ではないだろう。
彼女が注文した美味しそうなハンバーグランチはただの何も味がしない、無味乾燥な三流料理になり下がってしまった様だった。
おそらく緊張によるものだろう、と佐天は推察する。


聞こえてくる会話から判断して、なんでもアイテムの構成員達は電話の女の正体を知りたがっているようだった。
アイテムを見るだけでも彼女にとっては大事件なのに、あまつさえアイテムのメンバーが自分の正体をつきとめようとしているなんて前代未聞な事態だった。


「どうしたんですか?佐天さん?さっきからテンション低いようですが…何かありました?」


「え?あ、あぁ!気にしない!気にしない!私は元気だよ!」
(あぁ…何でよりによってアイテムが後ろに…あー!あいつらときたら!!)


「ならいいんですが…」


初春は怪訝そうに佐天を見つめながら特大パフェを平らげていく。


「にしても佐天さんの後ろにいる人たちにぎやかですね見てて面白いです」と初春は呟きながら、くすりと笑って顔をほころばせる。
しかし、佐天はそんな悠長な事を言える余裕も後ろを振り向く勇気もなかった。


(私みたいな年下の子供に指示されてたなんて知れたらぶち切れて、きっと私の事拷問とかかけちゃうのかな…?)

448: 2011/02/09(水) 03:38:03.35 ID:ofO3IuS6o
麦野さんとかプライド高そうだし…年上の人のふりしてきた私が実は中一なんてばれたら…やばいやばい。
佐天は取りあえずは目の前にあるハンバーグランチを全て食べようと決め、ハンバーグをかっこむ。
折角初春と約束してまでファミレスに行ったというのに…待っていたのはアイテム。


佐天は内心「不幸だー!」とどこかのつんつん頭の少年の様に内心に慟哭の叫びをあげた。
彼女の背後数十センチを隔ててアイテムがいる。
振り向きたい衝動にかられつつも振り向いたら負けな気がする!と思い必氏に振り向きたい衝動を抑え、冷静にハンバーグを食べていく。


「あ、佐天さん、すいません」


「ん?どした?初春」


初春が不意にスカートのポケットに手を当てる。
携帯電話を片手に持っている。
どうやら風紀委員の緊急連絡の様だった。


「はい、初春です。もしもし…はい…はい…」


電話を続けていくうちに初春の表情がどんどん曇っていく。
どうやら風紀委員の緊急招集という事らしい。
電話が終わるころには初春はすかりローテンションになった表情を佐天の前に浮かべる。


「すいません…ちょっと緊急で風紀委員の招集が掛けられて…いろいろ久しぶりにはなしたいことがあったんですが…」


「いいよ…初春は風紀委員だもん。ちゃんと頑張ってね。ほら、なんだっけ…よく白井さんと初春が言ってるやつ…」


佐天は思いだせないと言った風に頭のおでこの部分をこする。
初春が間髪置かずに「己の信念に従い、正しいと感じた行動を取るべし」と言い放つ。


佐天は「うん、それだ」と頷くと「風紀委員頑張って」と親指をぐっと立てる。
「はい、また近いうちに遊びましょうね、佐天さん」と初春が言うとスカートのポケットから腕章を嵌めてレストランを飛び出していった。


佐手のいる座席には伝票と食べ終わった食器が置かれていた。
「あ、初春、特大パフェの金払ってない…」と佐天はぽつりと言った。

449: 2011/02/09(水) 03:39:40.86 ID:ofO3IuS6o
「へぇ…風紀委員ですかぁ…超頑張りますね」

ついさっきまで隣の座席で特大パフェを頬張っていた少女が携帯電話の連絡一本で血相を変えてレストランを出ていくのを絹旗は映画雑誌の上からぼんやりと見つめる。
残った一人は一人っきりで超かわいそうですね…と、どーでもいいことを考えながら再び彼女は雑誌の映画特集の項目を見つめていく。


「結局、電話の女の正体はわからずじまいって事?」


「うーん…そういうことかなぁ…あ」


フレンダの質問に一度は首肯したものの、麦野は何かを思い出したようで、再び下を向き考え始める。


(そういえば…今日の任務終了連絡はしてなかったよなぁ…ちょっとメールで聞いてみるかね…)


取りあえず任務終了連絡をしようと思った麦野は携帯電話のメール作成ボタンをポチポチと押し、任務完了の旨が記載されたメールを送った。
麦野はメールを送ると再び電話の女の正体はどんなやつだろう、という興味に注がれていく。とその時だった。


ういーん…ういーん…


麦野がメールを送った直後に携帯電話のバイブレーションの音が鳴る。
彼女は「誰かの携帯なってるわよ」とアイテムのメンバー一人一人を見ながら確認を取るが誰も居ない。


(おいおい、ちょっと待て。私が任務終了メール送って何でちょうどこのタイミングでバイブレーション音が聞こえるんだよ…)


麦野はおかしいな、と思い、周囲を見渡す。


窓側座席の一番端に位置しているアイテムの座席から携帯のバイブレーションが聞こえる座席と言えばとなりの座席しかありえなかった。
通路を隔てて前に位置している座席に座っていた客は麦野が電話の女に携帯電話の番号を送る前に退店している。

450: 2011/02/09(水) 03:40:34.10 ID:ofO3IuS6o
偶然なったと言うこともあり得る。
確かめるために、麦野はもう一度メールを送ってみた。


今度は何も記載していないメール。
もし電話の女に怒られたら適当に間違えた、とでも言っておけばいいだろうと考える。


麦野は窓側座席の隣に座り、こちらに背中を向けている女…あれはどこの中学の制服だったか?と記憶を思い返そうと思った時だった。
不意に携帯電話のバイブレーションが鳴った。
音の発信源は間違いなく隣の座席の女だった。


「おい、そこの中学生」


麦野は背中を向けて座っている中学生に、外れていたらごめんと思いつつも話しかけていた。
呼びか掛けられた女は「私ですか…?」と緊張した面持ちだ。


違うか?と麦野は自分の推測が外れたのか?と後悔する。
アイテムの他の構成員達も麦野に懐疑の目を向ける。


「おい、麦野、いきなりなんだって女の子に話しかけるんだよ」


「そうですよ、中学生超びびってるじゃないですか」


「結局、麦野のオーラに圧倒された女子中学生Aって訳ね」


「麦野にすごまれた中学生を私は応援するよ」


四者四様とでもいおうか。
麦野に話しかけられた中学生に同情するように佐天を見つめる。
しかし、麦野はその中学生の少女に懐疑の眼差しを向けるのを辞めなかった。

451: 2011/02/09(水) 03:41:56.98 ID:ofO3IuS6o
「おい、そこの中学生」


心臓が止まるかと思った。
佐天は初春が風紀委員の仕事に引き抜かれた時に同時に帰れば良かったのだ。


しかし、いまさら帰ることなど出来ない。
仕事用のタブレット型携帯電話は柵川中学のバックにしまってある。


電池が無尽蔵なのでここ最近は電源を切っていなかった。
いや、バイブレーションの設定だけでもオフにしておけば…。


よりによってなんで数あるファミレスで偶然アイテムと鉢合わせしてしまうんだ?
しかも隣の座席!私が一人になって時に…携帯が鳴る…!


携帯電話が鳴った直後に話しかけてきていると言うことは…今送られてきたメールは麦野さんから送られてきた任務終了の報告メールだろうか?
佐天は自分が麦野に背中越しに呼ばれているさなかにどうしてばれたのか、ということを反芻していた。


いや、まだばれた訳では…と思ったが無駄だった。
二件もメールを送ってきた麦野の事だ。しっかり佐天の携帯電話が鳴っているのを確認しているだろう。


佐天は突如として訪れた自分の正体がばれるという危機に怯え、体がぶるっと震えるのを感じた。
振り向こうと体を動かした時に麦野達以外の人からフォローが入る。


佐天をただの一般中学生と思っているアイテムのメンバーの麦野のあてずっぽうの様な推理で指名された彼女(佐天)に対する配慮だろうか?
彼女はそれらのフォローを聞きつつも体の半身をよじり、アイテムの座っている座席の方に振り向く。


「なんですか…?」


「…いや…わりぃがちょっとそのままで居てくれ」


人違いの可能性も麦野は懸念しているのだろう。
彼女はまだ電話の女と確定した訳でない、佐天の方に少しだけ頭を下げると麦野の片手に握られた携帯から再び無言メールが送信されていく。
すると間髪置かずに佐天の携帯電話が震える。

452: 2011/02/09(水) 03:42:50.48 ID:ofO3IuS6o
「お前…まさか…ホントに」


麦野が息のむ。
フレンダ達もやっと柵川中学の生徒の正体に気付いたのだろう。


案外にも自分達に指令を出していた女の正体は若かった。
というかほとんどのアイテム構成員よりも年下だった。


「はい…私が…その…」


佐天は覚悟を決めた。
もう自分が電話の女だとばれてしまっているのだ。


麦野の送った無言メールによって震えさせられている携帯電話がひどくかわいそうなものに見えた。
そして佐天は所在なさげに、ぽつりと一言言う。


「私が…電話の女…です…」


今にも消え入りそうな声だった。
ともすればそのまま消えて行ってしまいそうなくらいにか細い声。


「オマエがあの電話の…へぇ…」


麦野はうんうん、と頷きつつ佐点を見つめる。
アイテムのリーダーであり女王である彼女がまるで宝物を査定する鑑定師の様にじっくりと見つめる。
ふーん…と鼻で息を鳴らし、うんと麦野は頷くと「はー、笑える」と一言無表情に言い放った。

453: 2011/02/09(水) 03:43:26.71 ID:ofO3IuS6o
「いくつよ」


「中学生です…中学一年生…」


麦野以外のメンバーから多かれ少なかれため息がこぼれる。
やはり自分たちに指示を送っていた人物が自分たちよりも年下であると言うことに驚きを隠せない様だった。
絹旗は「超、私とためですね…!」と声に出して驚いている。


「私達が今まで色んな危険を冒してまで任務にあたっていたって言うのに、とうの依頼人は中学一年生かよ」


「………すいません」


佐天は何を言ったらいいのかわからないので、取りあえず謝る。
先ほどまで騒いでいたアイテムの座席が急に静かになって重苦しい空気が彼女たちの卓のあたりに滞留し始めた。
フレンダが「まぁまぁ…」と麦野が生み出す重苦しい空気をなんとか宥(なだ)めようとしている。


「ちょっとこっちこいよ」


「は、はい…」


まるで古き良き学園物アニメの番長よろしく、麦野はアイテムの座っている座席に来るように指示する。
同時に浜面に「そこの二人用の座席くっつけて」と指示し、「はいはい」と浜面が答える。
浜面がメニューと店員呼び出しボタンを窓側座席に置き、机を動かし二名用の座席と椅子が接続された。


454: 2011/02/09(水) 03:43:55.32 ID:ofO3IuS6o
「ほら、ここ」


「はい…」
(何?何が起きるのよ?拷問?ひぃ…こわいよぉ…)


佐天は出来あがったばかりの即席の二名用の椅子にぺたんと腰を下ろす。
自分の手が緊張と恐怖でカタカタと揺れているのを知覚する。おそらく麦野達も気づいているのだろう。
アイテムのメンバーは佐天の両手を見て、無表情になる。


「別に今からお前に何をするって訳じゃねぇよ」


「は、はい」


浜面が二名用の座席に座って相対する佐天を見据えてつぶやく。
その発言にほんの少しだけ安堵の気持ちを覚える。が、依然緊張による手の震えは収まりそうになかった。


「浜面、あんたが仕切るな、っつの」


「へいへい」


佐天が安堵したのもつかの間、麦野が再び二人に割って入る。
やはり、この手の震えを収めるには麦野と話す必要がある、と佐天は内心につぶやく。

455: 2011/02/09(水) 03:44:27.68 ID:ofO3IuS6o
「どうして電話の女なんかに?」


「……それは…、幻想御手事件以降…いきなり携帯電話が送られてきて…」


脳内に浮かび上がる単語一つ一つを慎重に選ぶようにして佐天はゆっくり話す。
アイテムの面々は佐天の言うことに小さく頷いたり、ジュースを飲みながら話を聞いている。
皆一様に色んな事をしているが、佐天の事を見つめていた。それが彼女の緊張をいやがおうにも維持させてしまっているのだが。


「幻想御手ねぇ…あの音楽ツールのヤツね…」


麦野は思いだすようにして頷く。
そして「携帯電話が送られてきたのはいつ位なのよ?」と質問を繰り出す。
佐天は「幻想御手の一件で補習があったので…八月の第一週目です…」と今にも消え入りそうな声で話す。


「で、リクルーターからスカウトされて電話の女になったって訳ね…」


「はい。そうです…」


佐天が答えた後、しばらく沈黙が彼女たちの座席に舞い降りた。
レストラン内のスピーカーから漏れる軽快なジャズサウンドと空調の音が妙にうざったく皆の耳朶をうつ。
この状況を現出させた張本人である麦野は何とも言い難い雰囲気にうざってぇと内心ツバを吐くが、自分のせいだな、と自覚し一人苦笑する。


「はい、このムード耐えられない、浜面クン!何か一発芸!はいっ!どーぞ!」

456: 2011/02/09(水) 03:45:14.97 ID:ofO3IuS6o
「は…はぁ??」


浜面が自分に指を指して「え?俺?」と怪訝な表情を浮かべている。
麦野は浜面のすっとボケた表情を確認することなく「そうよ」と冷淡に言い放つと両手を顎に乗せてにこりと笑って見せた。


「じゃ…じゃぁ…仕方ない…変顔いっきまーす」


「………」

何をやろうとしても結果は見えていたと言うべきだろう。
浜面が変顔するぞ、と宣言した所でアイテムの面々が期待に表情をほころばせる事はなかった。


しかし、与えられた任務を遂行するのが浜面という男だ。
彼はぐにゃりと顔をゆがめて「いっひいっひ」と変顔をする…。


「………」


シーン…氏ーん…。
空気が完全に凍りついた。
その場の空間がバキバキと壊れていくような音すら聞こえてきそうな白けっぷりだった。


「はぁ…氏にてぇ…」


浜面の人生終了させたい宣言が飛び出すのもつかの間、アイテムの面々から大きなため息がこぼれた。
しかし佐点は「ぷぷぷ…」と今にも吹き出しそうになっている表情を何とかこらえそうとして必氏だった。


「ぷぷぷ…すいません…おもしろすぎです…!あ…あっははは…!」


佐天は腹に手を当てて笑いこける。
その光景を目の前で目撃したアイテムの面々もつられてぎこちなく笑った。
さきほどの凍てついた空気が多少緩和された様だった。


「これからもよろしくって事かな?」


「あ、はい。そうなります…!」


窓側に座っていた滝壺が初めて佐天に対して口を開く。
佐天は滝壺の方に向くとがばっとお辞儀をする。

457: 2011/02/09(水) 03:46:28.70 ID:ofO3IuS6o
「お前、家族とかいるんだろ?」


「学園都市外に両親と弟がいます…」


「なら、何で暗部落ちしたんだ?」


「は?暗部落ち?」


佐天は浜面の言っている事が理解できなかった。
あくまで佐天は治安維持機関から連絡を受けて、その命令を伝達しているだけ。それが何故、暗部などという名前で呼ばれているのだろうか。


そして落ちた、とは一体どういう事なのだろうか?
佐天が脳内で浜面の質問に対する答えを見いだそうとしている間にフレンダが口を開く。


「あんた、まさか電話をするだけで自分に危険が及ばないとでも思ったの?」


「いや、だって人材派遣の人だって安全って前に言ってたし…」


「そりゃ、言うに決まってるわ。自分の後釜が決まりかけてたんだもの」


佐天はフレンダの言葉に「はぁ」と首をかしげるだけだ。
実際に危険が及ぶかどうかは分からないけど、やっぱり気をつけた方がいいと思う訳よ、とフレンダは親切心からか佐天にアドバイスを送る。


対して彼女は電話をかける仕事を始めてから数週間がたった今、身に危険が及ぶ事がなかった。
なのでフレンダの言っている事が大げさに感じられた。


458: 2011/02/09(水) 03:47:42.27 ID:ofO3IuS6o
「アイテムをつぶそうと課投げてるやつがいたとして、実際に手を出せないとわかったらもしかしたらあなたを攻撃して指揮系統をつぶしにかかってくるって事も十分あり得る訳よ」


「ちょっと、フレンダ?いくら何でも言い過ぎじゃないですか?」


「そうだよ、フレンダ。電話の女、ちょっとびびっちゃってるよ」


絹旗と滝壺は一様にフレンダを見つめるが、見つめられた彼女自身はその視線をよそに話し続ける。


それで良い、内心にフレンダはつぶやき、電話の女が動揺している様を確認する。
そしてちらとアイテムの女王である麦野の方を見る。
彼女はただ黙って話しを聞いているだけだった。


「いや、ダメだって思う訳よ。結局、電話の女が狙われないとも限らないでしょ?」


「確かに…」
「まぁ、フレンダの言う通りですけど」


滝壺と絹旗の二人はフレンダの指摘に頷く。


対して麦野はフレンダを見ると「言い過ぎだってフレンダ、まじでビビっちゃってる」と言い、とあごで佐天の方をくいとしゃくる。
当の佐天はフレンダの発言にすっかり怖じ気づいてしまっているようだった。

459: 2011/02/09(水) 03:48:40.33 ID:ofO3IuS6o
確かにアイテムに連絡するだけ、といった人材派遣の男の言葉はちょっと考えてみれば、危険な物だと判断出来るのだが、佐天はそれが出来なかった。


仮にアイテムの撲滅を願う組織が存在して、能力者であるアイテムを狙うよりもそのアイテムに指示を出している大本を絶ってしまえば…。
そう考える敵もいないとも言い切れない。
そして、その場合、間違いなく、佐天の身の周りには危険が及ぶ可能性もすかなからず、発生するだろう。


「確かにあんたの言うことは一理あるわね、フレンダ」と麦野がフレンダの発言に賛同する。
するとフレンダは「そうよね…」と得意げな表情を浮かべる。


「電話の女、お前の名前はなんて言うんだ?」


「え?私ですか…?」
(言っていいのかなぁ…?)


「佐天です…佐天涙子…」


フレンダの質問は麦野が話を変えたことによって終わっていく。
そして話題は変わって行った。


460: 2011/02/09(水) 03:49:59.87 ID:ofO3IuS6o
レジの会計を終えて、佐天とアイテムは解散する事になった。
いや、もはや佐天を含めてのアイテムと言ってもいいかもしれない。


佐天とアイテムの間に友情関係と言ったものは構築されていないが、彼女たちは赤の他人ではなくなったのだ。
個人的にどういった感情を抱いているかどうかは考慮しないとして、単純な繋がりで見れば、アイテムに佐天涙子は加入したと言っても差支えないだろう。


(いやー、ノリでアイテムと話したけど、ちょっと恐かったなぁ…)


佐天は麦野とは安した時の事を考える。
彼女はファミレスの駐車場で止まっている浜面の運転するシボレー・アストロを横目に映しながら自宅である柵川中学の学生寮に向かっていった。


そして、ここはアイテムのの構成員を乗せたシボレー車内。
滝壺は共同アジトに到着し、シボレーから下車。絹旗は自分の単独アジトに身を寄せた。
フレンダは「歩いて帰る」と言い、歩いてどこかに行ってしまった。


さて、車内には麦野と運転手である浜面の二人きりになった。
重苦しい沈黙が続くのか、と浜面は思ったが、それは麦野の思い出したように話す声は彼の思索を打ち消していく。


「私達ってあんな中学生に命令されてたんだ…」


「まぁ…、そういうことになるな」


中学生から発せられる命令を唯々諾々として行ってきた麦野。
ただ、それに従ってきた自分が悔しいような、笑えるようなきがした。

461: 2011/02/09(水) 03:50:36.67 ID:ofO3IuS6o
――第七学区、立川駅前の再開発地区

佐天は日が傾き初めた時分にファミレスを出ると一人で学生寮に向かって歩いていた。


(はぁ…まさかアイテムと話すとは…)


初めて見たアイテムの印象は何だか普通の女の子の集まりといった風だ。
取り立てて四人の仲が良いという訳でもなく、一般的な友人関係の様だ。


(にしても…私の命の危機って…どうなんだろう?私の事狙う人なんているのかしら?)


佐天は思う。
自分の命を狙う人なんて果たしているのだろうか、と。
アイテムに喧嘩を売ろうなんて考える奴、恐らく居ないだろう。


そう。御坂美琴以外と不意に彼女の頭に美琴の顔が浮かび上がるがそれをぶんぶんと頭を振って打ち消す。
佐天はおう一度ファミレスでフレンダに言われた事を思い出す。


『電話の女が狙われないとも限らないでしょ』というセリフを思いだし、いやな気分を味わう。
フレンダに気をつけた方がいい、と言われ、了承したは良いものの、実際に何をすればいいのだろう?
佐天は具体的な対応策も思いつかず、ただ、ちょっと注意深く周りを見る位の事しかできなかった。



夕日が学園都市と日本の境目である山岳地帯にかかり、真っ赤になって沈んでいく。
佐天はその夕日を見つつ、学生寮の鍵をポケットから取り出そうとしていた。

462: 2011/02/09(水) 03:51:19.66 ID:ofO3IuS6o
柵川中学校の制服のスカートのポケットから鍵を取り出すとカチャリと鍵穴に鍵を差し込む。
そこから勢いよく鍵を回すとおもむろにドアが開いた。


学生寮の通路の真っ赤な夕日とは対照的に部屋の中は案外に暗く、佐天は電気のスイッチに手をかけた。
その時だった。


「ねぇ?電話の女、ちょっと頼みがあるんだけど?」


不意にかかった呼び声に佐天はガバリと後ろを振り向く。
声も出さずに振り返ると柵川中学の学生寮の通路にフレンダがいた。


「さっきはごめんね、ちょっと言い過ぎちゃった」


「いえ…気にしてない…よ」


敬語で答えればいいのか、ため口でいいのか、限りなくあいまいにして佐天は答える。
フレンダはその事には別段何も言わずに、ずいと佐天の家に片足を掛けて、閉じかけていたドアを開けっ放しにする。


「聞いてほしい話があるんだけど…?」

463: 2011/02/09(水) 03:52:59.16 ID:ofO3IuS6o
「ごめん、実際に連絡係が狙われたことなんてないの」


「えぇ?そうなんですか?良かった」


「私たちはその可能性が捨てきれないけどね…うらやましいよ、指示するのは楽だろうね…」


フレンダはそういうと「ごめん、皮肉に聞こえちゃったかしら?」と佐天が出した氷水を啜りながら話し続ける。
佐天も「いや、こっちもごめんなさい!」といつも通りの元気の良さを端的に表している様に、ガバッ!と頭を下げる。


「結局…あんな話をしたのも一つ頼みがあるからなんだけどさ」


「なんですか?」


「ちょっと人探しを頼みたくて…」


フレンダは苦笑した。
会ってまだ数時間しかたっていないの電話の女とか言う治安維持機関からの指令を伝達する人物に接触を図っている。


彼女がなぜ佐天に接触したのか。
それは彼女が姉を探すのに佐天の権限を必要としたからである。

464: 2011/02/09(水) 03:53:52.41 ID:ofO3IuS6o
元々、フレンダは自分より年上の女性を想像していた。

任務を伝達する時も結構たタメ口だったし、能天気な感じがしたから。
しかし、今日偶然会ってみれば自分よりもいくつか年下のまだ中学生になって間もないあどけない少女だった。


身を危険にさらしている可能性を示唆することで佐天の周りの警備状況を推察してみたところ、彼女はどうやら護衛などを付けていない様だった。
先ほどのファミレスで露骨に「護衛はちゃんとつけてるの?」とか聞いてもアイテムの仕事仲間に怪しまれるだけだ。
ならば、多少誇張した言い方になるが暗部に所属している事から生まれる危険をほのめかし、反応を試す。


その反応を踏まえたうえで直接佐天を尾行した訳だ。
「人探しを頼みたい」とうフレンダの要求に佐天は「は?」と口を開けて聞き返していた。


「人探し?」


「えぇ。探せないの?仕事用のツールとか…そういうので」


フレンダはベレー帽を外すと佐天の小さい部屋にある鏡を見てブロンドの髪の毛を手で優しくとかす。
そしてどう?とかわいらしく首をかしげながら佐天の方を向く。


「ちょっと待ってね…」


佐天はそういうとおなじアイテムのメンバーと言うことでフレンダを信頼しているのだろう。
柵川中学校のカバンからタブレット型の携帯電話をおもむろに取りだす。

そしてそれを大切そうに佐天の家のかわいらしいちゃぶ台におき、アプリを起動する。

465: 2011/02/09(水) 03:54:42.54 ID:ofO3IuS6o
「やけにて慣れてるじゃない」


「最近覚えたの。かなり便利なのよね、コレ」


フレンダが「へぇ」と息まくのを視界の端に見つめながら佐天は自分の見れる権限までの情報を拡大していく。
彼女がこの携帯電話のさまざまな機能に関して気付いたのはつい最近のようだ。


「私はまだ…暗部…いや、仕事を始めてから日が浅いし、おそらく幻想御手を使った事も関係してると思うんだけど、見れる情報が限られてる…それでもいいなら」


佐天は“暗部”と言いかけた所を途端に“仕事”と言いなおす。
やはり自分が暗部に落ちた事を認めたくない、という僅かながらのプライドが彼女にまだ存在するのだろうか。


ともあれ、佐天はそういうとタブレット型携帯電話の液晶をフレンダに向ける。
フレンダが携帯電話をいじろうとするがそこに待ったがかかる。


なんでも佐天以外の人が携帯電話を触った場合強制的にシャットダウンするとか。
指紋認識にうからない場合、電源を起動する事すらままならない代物。セキュリティはピカイチだ。


学園都市関連人物ファイル、という名前のフォルダを開くと佐天が現状で見れる人物達がリストアップされていく。
右端にあった大きかったスクロールバーが徐々に小さくなっていく。
見た感じだと、警備員や風紀委員、果ては他の暗部組織に至るまで、数十から数百の人間のデータが登録されているようだった。


「誰を探せばいいの?フレンダ」

466: 2011/02/09(水) 03:55:54.70 ID:ofO3IuS6o
「えーっとねぇ…ステファニーっていう人なんだけど…」


「ちょっと待ってね」


膨大な人物ファイルの渦中からたった一人の人間を探しだす。
そのきの遠くなるような作業をフレンダは今までずっと一人で行ってきた。


フレンダは佐天が熱心にタッチパネルで名前を入力する光景をちらと見つつ、内心で苦笑した。
自分が人一人から情報を聞き出すまで、いろいろな下調べをしてきた。


しかし今はその煩雑な動作も不要。
ただ、データの渦中から検索してヒットを引き当てればいいだけ。


フレンダがエレクトロマスターでもない限り、学園都市関連人物ファイルに接続する事は出来なかった。
それが暗部に落ちて一カ月ばかりの少女がアクセスできるとは…。
なんというか、もはやあきれるレベルである。フレンダが色んな所に足を運び聞き取りをした結果が今一瞬で明らかになるかもしれないのだ。


フレンダは永遠と思われた時間を外の学園都市の高層ビル群の景色を見つめつつ待った。
実際には三十秒ほどだったのだが、それはフレンダにとっては長く感じられた。
部屋に訪れた沈黙が破られたのは不意に発せられた佐天の音読によってだった。


「あった、ステファニー=ゴージャスパレス…カナダ出身…」

「第十四学区の…高校の教諭で英語(この場合国語に相当)と世界史を担当…第XXX支部の警備員で勤務するも辞表…現在は傭兵として活躍している」

467: 2011/02/09(水) 03:58:53.97 ID:ofO3IuS6o
フレンダの期待とは裏腹に佐天が提示した情報はフレンダも把握している情報だった。
そしてそれは噂と事実が入り混じった情報が本物の信頼できる情報になった瞬間でもあった。


姉が傭兵職についているなんて話、あくまで眉唾もののうわさと断じていた。
しかし、まさか本当に傭兵稼業をしているとは、フレンダは読み上げられたデータを聞くと大きくため息をついて肩を落とした。


今佐天が読み上げた内容は知っている。
半信半疑の噂だった情報が確かな情報になっただけでも大きな手柄だったが、いかんせんこれだけでは姉を探すには情報が足りなかった。


フレンダは内心にどうしよう、とつぶやく。
結局は佐天の見れる情報はこれが限界だった。
実際問題、情報を照会する限りだと、フレンダの姉は既に学園都市を後にした様だった。


フレンダがため息を吐くと、佐天が話しかけてきた。


「ごめん、フレンダ…バンクに記載されてる情報はこれだけだよ?この人、フレンダの知り合いなの?」


佐天の当然わく興味にフレンダは本当の事――実の姉であること――を言おうか迷ったが、辞める。
情報バンクに記載されていない情報を言って後顧の憂いにしてはならない、とフレンダの本能が告げる。
申し訳ないがここでは佐天に嘘をつくことに決めた。



「あぁ、私の恩師でさ…」

468: 2011/02/09(水) 04:00:16.23 ID:ofO3IuS6o
知り合ったばかりの佐天には本当の内容は言わない。
適当に恩師と言っておくが、フレンダの胸中はザザと焦りという波がうねり始めていた。


結局、姉がここを出てから数年たっていた。
そんな姉と、どうやってコンタクトを取ればいいというのだ。


佐天に聞いたところ、情報データバンクにはステファニーの連絡先は記載されていないようだ。
わかることと言えば、学園都市で教鞭を握っていた事と警備員として活動していただけ、と考えたところでフレンダの頭に電撃が走った感覚を覚える。


「ねぇ、ごめん涙子」


「え?」


いきなり名前で呼ばれたことで佐天は驚くが、そんな事にはお構いなしにフレンダが続ける。


「第十四学区のどこ高校だかわかる?」


佐天は再びタブレット型の携帯電話に目を通す。
そしてフレンダに高校の名前を告げる。


彼女は佐天に「メモ帳ある?」と言ってメモ用紙を貰うと高校の名前をさっと書きとめて、その紙をぐいっとポケットに入れる。
そしてフレンダは「ありがと!」と言うとドアを出ようとしていつものお気に入りのパンプスをはく。


最終下校時刻まであと少し。第十四学区はここからそう遠くない。
フレンダは勢いよく走りだしてかの地へと向かっていった。



一人残された佐天は誰なんだろう、ステファニーって、と思いつつ寮の外を出て走っていくフレンダを窓から見つめていた。

477: 2011/02/12(土) 02:10:56.40 ID:8hjNMdxho
第十四学区は外国人の受け入れを主体に作られた学園都市の中でも海外の言語の説明が付け加えられている珍しい学区だ。
面積は小さいながらもかなりの数の外国人留学生がここで学園都市の能力開発教育を受けに来ている。


そんな第十四学区にフレンダはいた。
既に最終下校時刻は回っていた。
しかし、陽の光がまだともっているのでステファニーが教鞭を務めていたとされる学校へ走って向かっていく事に。


(うわー久しぶりだなぁ、ここ)



フレンダは高校に向かいながらも感慨深い思いを味わっていた。

彼女が初めて学園都市に来た時、彼女を受け入れてくれたのがこの学区だった。
その裏では密入国同然のフレンダを受け入れてほしいと、ステファニーが学園都市のお偉方に掛け合ったそうだが、フレンダはあまり覚えていない。



(えーっとここでいいのかな?)



太陽の陽が没し始め、警備ロボがうろうろしだす時間帯にフレンダはかつてステファニーが教鞭を取っていた高校についた。
ここであってるよね?と携帯電話のマップに指定されている学校の名前と住所を確かめる。


「ダメだよ、もう最終下校時刻回ってるよ!?」


学校の警衛がフレンダに声をかける。

校内の二階の職員室と思しき場所には周囲の電気の消えた部屋とは別に煌々と明かりがともっているのがフレンダの網膜に映る。
フレンダは警衛に姉とは伝えず、かつての知り合いに関して聞きたいとを伝えた。

478: 2011/02/12(土) 02:14:38.28 ID:8hjNMdxho
職員室に繋がっているであろう無線のスイッチを警衛がカチッと押す。
しばらく間を置いて、警衛に返信が入ってきた。


返信内容は「手短に」との事。
警衛は忌々しそうに門を開ける。

フレンダは特例を認めてくれた警衛にぺこりと一礼すると構内の見取り図を見つつ職員室に向かっていった。





海外の人を受け入れるからと言って教室の中までその国のテイストに合わせる事もあるまい。
かつてステファニーが教鞭を採っていた高校の渡り廊下をぎしっと音を立てながらフレンダは職員室に向かっていった。


既に日が差し込まなくなっていた階段をゆっくり登っていく。
妙にひんやりした階段のタイルが黒タイツ越しに伝わる感触をかみしめながら、フレンダは職員室に通じる階段へと伝っていった。


職員室の前につくと何人かの外人教師が雑談をしている。
さまざまな国籍を持っているであろう教師たちが一様にフレンダの方を向く。


日本の学校の作りである木のタイルの廊下に容姿端麗な外人教諭がいる光景はフレンダの目に滑稽に映った。
彼女は職員室前で雑談をしている教諭陣に一礼する。
すると、雑談をしている教員の内の一人がこちらに近づいてきた。


「えーっと先ほど連絡したフレンダですけど…」


「あぁ、ガードの人から連絡は聞いていたから、どうぞ」


教員はフレンダについてくるように目で促す。
フレンダは「はい」と頷くと職員室の隣にある応接間に通された。
彼女を応接間に案内した教員はドアを閉めてすぐに退出していった。


フレンダが応接間の中に入ると一人の男性の黒人教師がいた。
黒人は坊主でかなりの体躯。こぎれいにスーツを身にまとっており、体育教師か?とフレンダに思わせた。


(かなりガタイの良い人ね~…ってか英語の方がいいのかな?)


フレンダはフランス訛りの英語を話そうか逡巡するが、日本語で話すことにした。
彼女の目の前にいる黒人教師が日本語を話したからだ。

479: 2011/02/12(土) 02:17:06.60 ID:8hjNMdxho
「こんにちわ、あ、もうこんばんわの時間かま、適当に座ってください」


フレンダは「あ、はい」と言い、クリーム色のソファにゆっくりと腰を落ち着ける。
「君の知り合いの…ステファニーだっけ?」と男はウェイファラーのレイバンの眼鏡をくいと少しだけ下にやり、フレンダに頬笑む。


フレンダは黒人教師の問いかけに「はい」と答える。
黒人はふふと、口元をほんの少しだけつり上げて笑う。


「知り合いねぇ…?違うなぁ」と黒人教師はにやりと笑い、フレンダを見つめる。

その発言を聞くや、一瞬眉をひそめるフレンダ。
「怪しいものじゃないさ」と黒人は両手を上下にゆっくりと宥めながら再び、笑う。


「………」


「繰り返し言うが、私は怪しいものじゃない」


黒人教師はそういうと教員免許証と警備員の証明書をゴツゴツしたワニ革の財布から取り出してフレンダに見せる。
同時に男は民間軍事会社に所属している証明書をも見せた。


「へぇ…軍人って訳?」
(めっちゃ怪しいじゃない…)


「だね。いやー君には以前お世話になったよ」

480: 2011/02/12(土) 02:23:15.46 ID:8hjNMdxho
黒人教師はわらいながら坊主頭をばりばりと掻きむしる。
フレンダは初めて会ったと男に感謝されるいわれはない、と思いつつ、「あれ?初めてお会いしたんじゃ?」と聞く。


「確かにそうなんだけどさ、前に横田基地で主催したお祭りの警護で君たちが活躍したって話を小耳にはさんでさ」


「あぁ…あの祭の…」


フレンダの目の前にいる男はどうやら横田基地の祭の警護を務めたフレンダの事を知っているようだった。
数々の肩書を持つこの黒人教師のは日米同盟を隠れ蓑にして学園都市に出向している軍人だったのだ。



フレンダは八月の中旬に行われた横田基地の警備を思い出す。
アキュレシー・インターナショナルで過激派のテロを未然に防いだ功績を彼女は思い出す。


しかし、フレンダは今日に限ってはどうでも良いと思う。
あくまで今日来たのはこの男の出自や彼女自身の事を聞くのではなく、唯一の家内である姉の事を聞きにきたのだから。


黒人教師もフレンダの純朴な瞳に込められた意志を感じ取ったのだろうか、「話が逸れちゃったね」と笑うと直後、きりと真剣な表情になり、弁を続ける。
フレンダは男の目をその瞳に捉えるとまっすぐに見据える。


「散々聞かされたよ?かわいい妹がいるって。君は本当にステファニーの知り合いなのか?」


男は自分の出自を話しすぎたことで目の前にいる少女をイライラさせてしまったのではないかと反省する。
そしてこれ以上自分の事を話しても話が進まないと考え、フレンダに自分の知る限りの情報を姉に伝えようと決心した。


「あなたは…ステファニーさんとどういう関係だったんですか?」


フレンダはあえて「さん」とつけて呼ぶ。
まだ、目の前に居る黒人には自分がステファニーの妹である事を伝えていない。

481: 2011/02/12(土) 02:34:59.96 ID:8hjNMdxho
飽くまでフレンダから情報を話すのではなく、男が口を開くのを待つ。
彼女は男と姉の関係が判然とするまで自分と姉の関係を口外する気になれなかった。


「彼女は…教諭である前に一人の軍人だった」


男はフレンダの方を見ながら思い出したようにつぶやき始めた。
答えになってるのかなっていないのかイマイチわからないまま、しかし、黒人男性は話を続ける。


聞く側のフレンダは無表情を装っているこそすれ、黒人教諭の発言に全神経を傾ける。
一語一句聞き逃すまいと内心につぶやく。


フレンダは知っていた。
交通事故で両親が氏んだ家でしのぎを削ろうとしてステファニーが若くしてカナダ軍に入隊した事を。


Joint Task Force2、統合タスクフォース2という特殊部隊に入隊した彼女は数年後に退役。
母語である英語の他にフランス語と日本語を学んだ。
そして退役をした後に学園都市にやってきたと言う訳だ。


「…姉の経歴は知っています…今姉がどこにいるのか…知っていますか?」


「確か各地の戦場を転々としてるような…コスタリカで出会った傭兵と一緒に行動しているとか…」


姉。
フレンダは黒人教師の前で姉と確かに言った。
彼も取り立ててその事に関して深く突っ込むようなことはしなかった。


彼女も自分が知り合いと言って嘘をついていた事を謝るのではなく、真実を話す事でそれを清算する。

「姉」と言ってフレンダは自分の鼓動が高鳴るのを確かに知覚する。
そして屈託の無い笑顔で自分を迎えてくれる姉の顔を想像する。



既に聞き及んでいる情報といえども、やはり他人から姉の事聞くと新鮮な気持ちになれた。
いや…既に聞き及んでいる情報?とフレンダは頭にふと疑問符が浮かび上がる。
初めて彼女が聞く情報が一つだけあったから。

482: 2011/02/12(土) 02:47:11.11 ID:8hjNMdxho

(行動を共にしている傭兵…?一体誰?)


フレンダはステファニーとともに行動している傭兵という情報を今まで眉唾だと断じて信じようとはしなかった。
しかし、真剣な表情で話す黒人を見ると彼が嘘をついている様には見えなかった。


彼女はその傭兵の詳しい情報に関して聞きだそうと思い、考えると同時に「どんな人なんですか?」と男に問いただしていた。


「あー…自衛隊からフランス傭兵部隊に入って、オーストリアのコブラ特殊部隊に入った後はフリーの傭兵をやっているって聞いたなぁ…」


「その人の名前は?」


フレンダは身を乗り出していた。
二人を隔てる机が無かったら、彼女はずいと詰め寄っていただろう。
男はそんなフレンダの様子を見て、しかし「すまない、名前までは…」と悔しそうに坊主頭をざらと触る。


「そうですか…わかりました」


フレンダは落胆する。
結局、姉がどこにいるのかはわからずじまいだった。


しかし、姉の事を覚えている男に礼を言おうとして「今日は…」と言いかけた時だった。
黒人の男が「そういえば、これは機密情報なんだけどね」と人差し指を口に当てる素振りをする。


「八月の第一週に警備員に雇われた傭兵の凄腕スナイパーがいたって聞いたな…それともしかしたら関係があるかもしれない」

483: 2011/02/12(土) 02:49:48.59 ID:8hjNMdxho
フレンダはがばっと首をあげて男の方をまっすぐに見据える。つい先程まで落胆していた彼女が一転して瞳をキラキラと輝かせている。
男はその動作を視界に捉えつつ弁を続ける。


「派手な戦い方を好むステファニーと対照的な凄腕の狙撃手…考えられない組み合わせではない」


「その狙撃手…どこの警備員の部署が要請したか分りますか?」


「いやぁ…かさねがさねで申し訳ないがそこまでは機密上、こちらも把握できる権限がないんだ、すまない…」


フレンダは男が悔しそうに顔をゆがめているのを見て、わかりました、と頷く。
しばらくの沈黙の後、男が再び口を開く。


「姉を探してるのか…?」


「えぇ」


「何で姉を探すんだい?」


「私の唯一の家族だからです…。氏んでほしくないから…」


フレンダ自身もいつ氏ぬとも知れない。
唯一の肉親である姉を見つけて、彼女はここから脱出しよう、そう心に決めた。
黒人の教諭が「家族のつながりは重要だからな」とあたりさわりのない言葉を述べてその場は終わりとなった。


短い会話だったが、フレンダは姉を探す手がかりを十分に得たと思った。
ともあれ、学園都市に要請されて狙撃を行った人物を割り出さなければ、と彼女は自分に言い聞かせる。

484: 2011/02/12(土) 02:56:53.61 ID:8hjNMdxho
「ここらへんでいいわ」


「じゃあ、また何かあったら気軽に学校にでも来てくれ」


フレンダは結局最終下校時刻を回っているから、という理由で男の車で送迎された。
彼女を乗せたダイムラークライスラー300Cはアイテムのアジトの近くまで行く。


アジトの場所を特定されるのを警戒したフレンダがアジトの大分前で車を止めてもらう様に指示する。
男の運転するクライスラー300Cは律儀に指定された場所に止まる。


フレンダは丁寧にお辞儀をすると小気味の良いクラクションの音が帰ってきた。
車は甲州街道に繋がる道に接続する道に消えて行く。




アジトに着くと滝壺がいた。


「ただいまー」


「おかえりフレンダ。遅かったね」


「ちょっと色々あってさ」


「お姉ちゃんのこと?」


フレンダはうんと頷く。

485: 2011/02/12(土) 02:58:39.75 ID:8hjNMdxho
フレンダは滝壺には気を許しているのだろう。
姉の事に関してフレンダは滝壺には腹蔵なく話していた。
それはフレンダが超電磁砲との戦いの後で滝壺に見出した姉の様なぬくもりや優しさによるものなのかもしれない。


「何か進展あった?」


「うん。お姉ちゃんと傭兵のペアを組んでる人が八月一日に警備員の要請で来学して狙撃をしてるんだってさ」


「なるほど。だったら警備員の部署にあたってみればもしかしたら新しい情報が手に入るかもね」


フレンダは「そうだね」とちょっぴり嬉しそうに笑う。
姉と再会した時のことを考えているのだろうか。フレンダは顔をほころばせる。
その表情は滝壺にかわいいと思わせると同時に、反面ちょっとの寂しさを感じさせた。


「ねぇ?フレンダ?」と滝壺は気付けばフレンダに話しかけていた。


なぜ、寂しさを感じたのか。彼女はその正体を自分で知ってしまった気がした。
そしてその正体を聞かずにはいられなかったのだ。


フレンダは「何?」ときょとんとした表情で滝壺の顔を覗きこむ。


「もし、お姉ちゃんが見つかったらフレンダはどうするの?」

486: 2011/02/12(土) 03:02:08.11 ID:8hjNMdxho
自分ではその答えを出したつもりだった。
しかし、いざ口に出そうと思うとはばかられるのは何故だろうか。


アイテムに入ってからは約十数万という安月給で学園都市の治安維持に影ながら貢献してきた。
姉の背中に憧れて学園都市にやってきた彼女は、姉の所在を見つけようと思い、気付けば学園都市の暗部に転落していた。


暗部に墜ちた時、即ちアイテムに入った時、から今に至るまで、この組織には特に何も感慨深いものなどなかった。
ただ、この最先端の街の裏で繰り広げられる生命のやり取りに従事していただけ。


しかし、そんな彼女が姉が見つかったらどうする?という単純な質問に答える事に躊躇していた。
それはアイテムに何も思い入れがない彼女自身が最も以外に感じていることだった。


(まさか…自分はこの環境に満足していたって訳?)


そんな感情、や環境、馬鹿らしいと吐いて捨ててしまいたい衝動にフレンダは駆られる。
しかし、どうしても滝壺を前にして答える事が出来ない。
自分は葛藤しているのだろうか?


(…まさか私はアイテムをやめたくないって事?)


姉を探そうと思い、学園都市の裏事情にどんどん足を突っ込んでいった彼女は今では立派に身体ごととっぷりこの学園都市の闇に浸かっている。
アイテムをとんずらして自由になりたいと思っている反面、認めたくはないが、自分の現状の環境に満足しているのかもしれない。

487: 2011/02/12(土) 03:06:24.27 ID:8hjNMdxho
「…私は…お姉ちゃんが見つかったら…ここを出ようと思う…」


やっと絞り出した言葉のなんと力のない事か。
自分がどんな表情で言ったのだろうか。フレンダは知る由もない。


しかし、恐らくフレンダ自身が驚くほど顔を歪めていただろう。
滝壺はそんなフレンダの顔をじぃっと見つめている。


今日の夕方、第十四学区で黒人と話し、アイテムを抜けて、学園都市を出ようと決心したフレンダ。
しかし、自分とともに暗部を駆け抜けた滝壺の前ではその事をいうのに躊躇しなければならなかった。


アイテムのメンバーを知り合い程度にしか考えていなかったフレンダ。
繰り返しになるが、彼女自身が最もこの事に驚いていた事は言うまでもない。


(さっきあの黒人教師と話してた時は学園都市から抜けたいって思ってたけど…本当の所どうなのよ?ねぇ!)


フレンダは自分に言い聞かせるが答えが出ない。
姉に会いたい、その気持ちは勿論ある。でなきゃ、わざわざ暗部に落ちたりなどしない。


しかし、なぜ、その事を滝壺に言えない?アイテムの他のメンバーに密告される事を恐れている?いや、そんな矮小な気持ちではない。
滝壺という最近できたもう一人の姉…の様な存在と離れ離れになることが嫌だから?

488: 2011/02/12(土) 03:10:09.52 ID:8hjNMdxho
「滝壺と離れたくないからかもしれないなぁ」


気付けば口に出していた。
実の姉に会いたいと思う反面、自分の要求通りに応えてくれる姉の様な存在、滝壺と離れたくないのだ、とフレンダは思った。
彼女の出した答えを聞いていた滝壺は何と答えていいかわからない、といった感じで所在なさげにキョロキョロとあたりを見回していた。


「そ、それって、フレンダが私の事お姉ちゃんみたいな人って思ってるから離れたくないってこと?」


「うん…滝壺、あったかいよ。だからかもしれないなぁ。私、ここ最近滝壺に甘えすぎだし、離れたくないって思っちゃったのかもしれないね☆」


「なんて反応すればいいかわからないよ、フレンダ」



「ご、ごめん…あはは…」


滝壺は確かに包容力がある。しかも自分の意見を言わないし、話を聞くのがうまい。しかも優しいときた。
姉の様な存在に見えていた滝壺は一人の女性としても非常に魅力のある存在に見えた。


このまま一緒にずっと…フレンダはそんな事を考えつつ頭を振ってその考えを頭の中から払しょくする事に努める。
あくまで滝壺は姉の様な存在であって、恋愛の対象ではない。
しかし、そう思えば思うほど、目の前にいる滝壺理后という女性が魅力的な女性に見えた。


「フレンダ。ご飯にしようよ」


「あ、うん!」


フレンダのゆがんだ思考は滝壺の声に突如、遮られ、夕ご飯にする事になった。
暗部で蓄えた潤沢な資金を利用して今日も宅配のご飯を注文する事にした。

489: 2011/02/12(土) 03:10:58.44 ID:8hjNMdxho
「結構おいしかったね、滝壺」


「うん。シャケ弁当、初めて頼んでみたけど結構おいしかった」


二人は夕食で頼んだ弁当セットの感想を各々述べるとリビングにあるソファにぐったりと腰を落ち着ける。


「ねぇ、滝壺?」


「何?フレンダ」


「いつもありがとうね、私のおままごとに付き合ってもらって」


フレンダは横に座っている滝壺の表情をうかがうように、のぞきこみながら,日ごろ一緒に居てくれている事についての感謝の言葉を述べる。
滝壺は「ううん、いいよ」といつものやさしい表情で答える。


「ちょっと、目つぶって?」


フレンダの抑揚のない声が滝壺の耳朶に響く。
滝壺は素直に目をつぶり、なんで?フレンダと言おうとするが、そのセリフが彼女の口から出る事はなかった。
何故なら、滝壺の唇がフレンダの唇でふさがれたから。


「…ん」

490: 2011/02/12(土) 03:12:23.92 ID:8hjNMdxho
「感謝の印だよ、滝壺。ううん、お姉ちゃん、いつもありがとね」


フレンダは少しだけ顔を赤らめて前髪を恥ずかしそうに掻き分けながら言うと、にこりと笑って見せた。
当の滝壺は自分が何をされたかいまいち理解してないような表情だが、自分の唇に手を当てる。


滝壺はつい先ほどまでそこにフレンダの唇が重ねられていただろう箇所をゆっくり自分でなぞっていく。


「ねぇ、フレンダ」


「な、何?」


「海外の人は姉妹でもあーゆーキスをするの?」


フレンダの顔がみるみる赤くなっていった。



「結局…」


「結局?」


「滝壺!ゴメン!」


フレンダはがばっ!と頭を垂れる。
海外でも唇はあんまりしないって訳よ…とフレンダは小さい声でつぶやく。

491: 2011/02/12(土) 03:16:49.89 ID:8hjNMdxho
フレンダは顔を赤らめながら天井を所在なさげにぼーっと見つめる。
今日一日で色々なことがあった。


電話の女の正体が自分よりも断然年下の少女だった。
そしてその彼女を尾行して聞いた姉の情報。

錯綜するこの環境の中で、フレンダは誰かに甘えたいのかもしれない。


そして、その甘えが少しだけ変質した。

滝壺の姉の様な抱擁力と、まるで小動物の様な小さく、かわいらしい一面。

それらを同時に直視したフレンダは一瞬後者の姿に見せられたのだった。

492: 2011/02/12(土) 03:20:13.72 ID:8hjNMdxho
――同日、学園都市のジャンクションエリア 調布 夜

巨大な壁…と言われて想像するもの…万里の長城、ベルリンの壁、西サハラの壁…。
それらとは規模こそ違えこそすれ、外敵や侵略者から防備するといった名目で敷設された学園都市の壁もそれらの壁と同じ効力を持つ。


「あー、見えてきましたねぇ」


「あぁ」


砂皿が運転する黒のレクサスIS350Cはサンルーフを全開にあけ、首都高を乗り継ぎ、学園都市の行政下に置かれている調布ジャンクションに向かって下りていく。

ジャンクションの左右に広範に広がる壁。

これが日本と学園都市との間に言わば、国境を構成している壁だった。

そこを越え、壁の下をくりぬかれたトンネルをくぐっていくと一気に視界が開ける。そこが学園都市だ。


「お前にとっては…久しぶりだな、ステファニー」


「えぇ…ここのどこかに妹がいるんですね…」


ステファニーは砂皿と話をしながら現れては後ろに流れていく巨大なビル群を見回す。



数年前に学園都市を離れた時よりもさらに多くの高層ビル群が立ち並んでいる。

彼女はかつて同じ学校で教鞭を採った教諭達や警備員で知り合った他学区の教諭達の顔をおぼろげに思いだしてみる。

493: 2011/02/12(土) 03:22:38.14 ID:8hjNMdxho
(もう、知り合いはあんまりいないのかな…?)


学園都市の生活に飽き、世界を見てみたいと思って自分の足で気の向くままに勝手に世界を旅して、傭兵になった。

そして、結局はここに戻ってくるのか、我が儘なお姉ちゃんだね、とフレンダの事を考えながら内心につぶやくとステファニーは左右に流れていく夜景を再び目で追っていく。


「砂皿さんはここに最近来たんですよね?」


「あぁ。かつてお前が所属していた組織…アンチスキルとか言ったか。教員だけで構成される警備部隊だったか…」


「そうですね、警備員は教諭だけで基本的に構成されています」


「ふん。それで技術漏えいを防ごうと言うのが土台無理な話なんだよ、ま、その話しはいいとして、俺は八月の最初にここに来た」


「じゃ、砂皿さんにとっては久しぶりって言うよりかは、またかよって感じですね」


「あぁ」


砂皿とステファニーは基本的に二人一組で行動している。
しかし、要請があった場合、それぞれ単独で行動する事もある。

例えば、砂皿は八月の冒頭で警備員の要請にこたえて狙撃を敢行した事もあった。

494: 2011/02/12(土) 03:34:15.09 ID:8hjNMdxho
「八月の狙撃のおかげかどうかはわからないが、武器の搬入は比較的楽だったな」


「えぇ。結構多めに見てくれましたね。気付かないの武器がほとんどでしたけど」


暑さでサンルーフを全開にして走るIS350Cの後部座席の下には大量の武器が隠匿され、持ちこまれていた。
ジャンクションを下りる時には厳密な審査はないですしね、とステファニー。


後部座席には二つのアタッシュケースが置かれていた。名目はただのアタッシュケース。
だが、その中身は二つともヘッケラー&コッホ社のMP5クルツ・コッツァーが収納されていた。


先述したが、後部座席のシートの下には武器が収納されている。
それらはそれぞれ二人のえもので今後の戦いのパートナーでもあるのだ。


狙撃を最上の暗殺手段と考えている砂皿はM16突撃銃をカスタムしたSR25をばらして車に搭載した。
コッツァーのはいっているトランクの中にはSR25に着脱できる各種光学照準器や暗視装置等、また大量の予備弾が仕込まれていた。
また、在日米軍基地で武器の横流しをしてもらうために事前に取得しておいた大量のドル札も入っていた。


そんな砂皿緻密とは対照的に、ステファニーは派手好きな破壊魔とでもいおうか。
アタッシュケースに入れられているヘッケラー&コッホが改修したM4カービンの新モデルであるHMK416を持参した。
赤外線や各種光学照準器を装備しているが、あくまでレールに接続するだけで使うことはないだろう。


HMK416よりも、その銃の下部レールに接続されているグレネードランチャーが彼女の派手にぶちかます性格を如実に表しているようだ。

495: 2011/02/12(土) 03:39:18.58 ID:8hjNMdxho
一般人が見たらおおよそ卒倒する様な兵装だが、学園都市の能力者や警備員との戦闘が起きないとも限らない。
妹を学園都市から連れ出すにはそれなりの覚悟が求められるのだ。


「にゃはーん、取りあえず、今日は適当にアジト構えちゃいましょっか?」


「そうだな」


ステファニーの提案に砂皿は首肯するとカーナビで至近にあるホテルをサーチする。

検索でヒットしたホテルに二人を乗せたツードアクーペが勢いよく向かっていく。


戦端が始まるまでまだ相当の期間を待たなければならない。

北京で押収した学園都市の裏組織…暗部とでも言おうか?



そのファイルに掲載されているフレンダの情報以外はまだ何もわからない。

しかし、状況が更新されるまでそう時間はかからないだろう。








妹を救出する為、姉に会う為。二つの思いが交差するとき、物語は始まる。

501: 2011/02/14(月) 01:11:46.06 ID:J4PEtpCFo
――翌日

ステファニーは宿泊した調布付近のホテルで目を覚ます。


「うー…今何時?」


寝起きの顔にはまだ少しだけ少女の様なあどけなさが残っている。
彼女は起き上がる。
気づけば隣のベッドで寝ていた砂皿がいない。


砂皿さん、どこいったんだろう?と思うが直後にシャワーの音が聞こえてきた。
その音を聞いてひとまず彼女のパートナーがいることで安堵する。


(今日は情報収集かなぁ、やっぱり。昔のツテでも当たってみますかね)


妹が学園都市のどこにいるか。
そう考えたステファニーは妹であるフレンダの目撃情報を募る事にした。
となれば行く先は大体決まっている。


外国人を主体に受け入れている第十四学区。
そこで旧知の間柄の黒人男性に接触する。

連絡先はわからないので直接アポイントメント無しで行くことになるが、構わなかった。


(後は…アシの確保ですね、金には困ってないんで車かバイクを買った方がいいんじゃないですかね)


彼女は今日一日の予定を頭の中で組み立てていく。
まずは第十四学区へと向かうアシの確保。


レクサスIS350Cは砂皿の車なのでとりあえずは自分用の車かバイクを手配しなければならない。


(アメリカンとかいいかも…ってまた砂皿さんに目立ちすぎだって言われちゃいますかね?)

502: 2011/02/14(月) 01:14:00.92 ID:J4PEtpCFo

ステファニーはその目立ちすぎる容姿ゆえ、この暗殺稼業には向かない。
砂皿はそのことを慮り、何度もこの業界から足を洗うように警告したが、いかんせん、それは彼女には受け入れられない内容だった。


学園都市の教諭として教職に就いた傍ら垣間見てきた路地裏で展開される抗争。
教員として裕福な暮らしをし送る反面、能力を用いて戦う学生達や徒党をなすスキルアウトをも見てきた彼女はいつしか、世界の戦場を見てまわろうと決心した。


果たして、本当の戦場とはどんなものなのだろうか?


彼女の探究心は実際に戦場に赴くまでにむくむくと膨れ上がっていた。
しかし、彼女の傭兵としての人生のデビュー戦であるコスタリカでは対戦車ヘリでボコボコに打ちのめされ、最悪な結末。


カナダ軍として統合タスクフォースに身をおいていた時は、軍務に服しながらも、戦闘に参加する事はなかった。
学園都市でも警備員としてスキルアウトや能力者と戦ったものの、大規模な戦闘は経験する事はなかった。


そんな彼女は自分の腕を試してみたい、という思いがあったのかもしれない。
ステファニーは気付けば学園都市の安全な生活空間から離れ、硝煙の立ち込める戦場に向かおうと決意したのだった。


しかし、いざ実際に戦場に来てみれば、学園都市で起きている抗争とは比べものにならない惨劇が展開されていた。
結局は人は氏ぬ直前まで行かなければ自己の生命をの危機を顧みることはしない。


コスタリカで対戦車ヘリに追い詰められたとき、ステファニーは初めて自分がぬるま湯の生活を送っていたことを自覚したのである。

503: 2011/02/14(月) 01:15:47.27 ID:J4PEtpCFo
(けど、結局、ここに戻ってきたって訳ね)


妹の口癖を不意に思い出して心中でつぶやいてみる。
久しぶりに対面したら妹は私になんていうだろうか?「バカなおねえちゃん」とか「何で早く迎えにきてくれなかったの」とか。


とにかく、妹にどんな事を言われようが構わない。

妹がこの街の闇に浸っているというのならば奪い返すまで。


自分は戦場に身をおくことをよしとしている反面、ステファニーはそうした何かしらの惨劇な光景や凄惨な話しを妹にする事を極度に嫌っていた。
ステファニーは両親を失って以後、汚いものは自分に、綺麗なものだけを妹に見せようと思っていたのだ。


理由は単純だった。
交通事故で両親が亡くなった時、フレンダはおお泣きした。
あんな妹の姿をもう、二度と見たくなかったから。





フレンダにだけはせめて良い人生を。
どうか、彼女に、どうか、どうか、今後、良い人生が待ち受けていますように。

504: 2011/02/14(月) 01:17:10.29 ID:J4PEtpCFo
両親が亡くなってから、ステファニーは両親に代わって、フレンダを守るために強くありたいと思うようになった。
カナダ軍に入隊したのもそれがきっかけなのかもしれない。


しかし、彼女がそう思えば思うほど、フレンダと会う時間はなくなっていった。
そして、いつしか高校生に相当する年齢に達した時、二人は別離していた。


取りたてて中が悪くなった訳でもないのに。


ステファニーはフレンダを守ろうと思う反面、世界を見てみたいと思ったのだ。
学園都市の裕福な生活にひたっているのも良い。警備員としての格闘技術も修得し、それなりに自信があった。


ちょっとだけ、そんな気持ちでステファニーは学園都市を離れ、戦場を回った。
しかし、気付けば学園都市を抜けだし、はや数年が経っていた。




そして傭兵生活が板についてきた、と思った矢先だった。
そう。先日、北京に退避した華僑の連中の襲撃現場で見つけたフレンダの顔写真。

あの写真がステファニーを再び学園都市に舞い戻らせるきっかけになったのだ。




(今度はもう絶対にフレンダから離れない)





汚れた世界を見るのは自分だけで良い。フレンダ。
お前まで私みたいな事をしちゃダメじゃないか。


ステファニーはひそかに妹をこの学園都市の闇から掬(すく)いあげようと決心した。
そう考えると、自然と顔が強張り、こぶしに力が入る。

505: 2011/02/14(月) 01:18:35.73 ID:J4PEtpCFo
(フレンダ、私は学園都市に戻って来たよ。一緒に故郷に帰ろうね)



ステファニーは妹を救おうと固い決意を胸に秘める。



とその時、ガチャリと砂皿がバスタブから着替えて出てくる。
ステファニーはいつもの笑顔の能面を作っていく。


「にゃははーん、今日は色々まわってきますねん☆」


「わかった。俺は横田の在日米軍に掛け合って爆薬を購入してくる」




二人の傭兵は妹を助ける為の下調べと下準備を始めた。

506: 2011/02/14(月) 01:19:31.17 ID:J4PEtpCFo
――アイテムの共同アジト(ステファニーと砂皿が下準備を始めたのとほぼ同時刻)

「ねぇねぇ」


「何?フレンダ」


フレンダの顔が滝壺の胸の辺りからひょっこり顔を出す。
何も身長差がそこまであるわけではない。


フレンダが滝壺の顔を見れるように、あえて下がっているのだ。なのでベッドから足が出てて、フレンダはちょっと寒かったりする。
けれど、その寒さを埋めてなお余りある滝壺の温かさに身をゆだねてしまえば、寒さなどどうでもいいと彼女は思う。


「今日も…その、ありがと」


「平気だよ、気にしなくていいよ」


滝壺はそう言ってやさしく微笑み返す。


フレンダは滝壺の背中に手を回す。
片方の腕がちょっとしびれるけど気にしないでおく。


「フレンダって甘えん坊だったの?」


「まぁ…ね…もう少し…こうしていい?」


「いいよ」


フレンダが滝壺の薄い胸板に顔をうずめる。

507: 2011/02/14(月) 01:20:50.65 ID:J4PEtpCFo
それに応えるように滝壺はフレンダの頭を優しくなでてやる。


その状況がしばらく続いて、フレンダはおもむろにベッドから立ち上がる。
フレンダを抱きかかえる体勢になっていた滝壺は立ち上がった彼女を見上げる。


「今日も…探しにいくの?」


「うん。ちょっと警備員に聞きに行ってみる…私みたいな子供に機密情報なんて教えてくれるかわからないケド…」


「行ってみないとわからないよ…。一緒にいこっか?私、今日暇だし…」



「良いの?結局、何も情報なくて肩透かしに終わっちゃうかもなのに?」


しばらくの沈黙のあとフレンダは滝壺にそういった。


仕事のない日はそれぞれ自由に行動するアイテムのメンバー。
フレンダは、私の勝手な人探しに付き合ってもらわなくても…と思う反面協力してくれる姿勢を見せてくれる滝壺がちょっと嬉しかった。
でも…と彼女は思う。


(滝壺…確かに嬉しいよ。でも…私は…お姉ちゃんの手がかりを見つけたら…アイテムを抜けるかもしれないのよ?)


そんなアイテムを裏切ろうとしてる私に協力してくれるの?フレンダはベッドから起き上がって眠気眼をこする滝壺をまっすぐに見据えながら思った。

508: 2011/02/14(月) 01:21:45.27 ID:J4PEtpCFo
今日はまだ麦野から連絡が来ない。
急に仕事が入ることもあったが、現段階では仕事はない、と決めてフレンダは外出する支度に取りかかる。


「肩透かしになってもいいよ。私、仕事ない日はここでずーっとぼーっとしてるだけだし」


滝壺はそう自嘲気味につぶやくと「ね?」とフレンダに同行する許可をもらうために首を少しだけかしげて見せた。
結局、フレンダは滝壺の協力を断り切れず、一緒に警備員の詰所に行くことになった。


フレンダは思う。

姉が学園都市に来ているかどうか、それすらも定かではない。
しかし、このまま学園都市の暗部に身を沈めていく事は絶対に承服できない。


姉を探すために暗部に堕ちた彼女が、そこで斃れてしまうなど本末転倒だ。
大好きな姉はまだ生きているのか。どこかの戦場でのたれ氏んでいるのか?


それすらもわからない。
ただ、アイテムで身を擦り減らして終わるつもりなど毛頭ない。



電話の女との接触によって回り始めた姉の捜索作戦という歯車が回り始めた。
まだまだ解決しなければいけないことは山ほどある。



しかし、フレンダは姉を探すための小さな、小さな第一歩を歩み始めたのだ。

509: 2011/02/14(月) 01:22:47.42 ID:J4PEtpCFo
――第十四学区 

ステファニー=ゴージャスパレスはバイク屋でハーレーのFLSTSBを購入する。

大排気量を備えたアメリカンバイク。バイカーの垂涎の的でもあるハーレー。
その中でもファットボーイと呼称されるソフテイルファミリーで大排気量を誇るこのバイクは妹捜索の今後のよきパートナーとなるのである。


ファットボーイをとある学校の校門の前に止めるとステファニーはヘルメットを華麗に脱ぎ、抱えたまま学校に入る。
この高校にかつての友人が働いているのだ。


立哨の警衛に話をつけるとなにやらつぶやいている。
昨日も白人が云々とぼやいているが気にしない事にする。


(職員室は…確かこっちだったわね…)


ステファニーはかつて教鞭を握っていた頃の職員室の配置図を思い出し、階段を上っていく。
記憶が正しければ二階に職員室がある。


昔の顔なじみがいるだろうか、と考えるが、ほんの数年の教員生活だ。
自分の事を覚えてくれている人の方が少ないだろう。そんな事を考えながらステファニーは職員室の扉をノックする。

510: 2011/02/14(月) 01:23:57.19 ID:J4PEtpCFo
ノックをして彼女はドアを横にスライドさせる。
職員室はやはり外国人受け入れの第十四学区らしく、外国籍の教員の姿が目立つ。


何人か見知った顔があり、ぺこりと挨拶をすると、ステファニーはその中に面会を希望する黒人教師を見出そうとする。
しかし、一通り見ても見あたらない。授業中だろうか?とステファニーが考えるのもつかの間。


「あぁ…隣の部屋に来てくれって言ってましたよ、ステファニー先生」


久しぶりに“先生”と呼ばれ、一瞬動揺しつつもステファニーは隣の教室へ。
彼女の事をよんだ人物はかつて警備員として一緒に働いた英国人の教師だった。


その男性に「よっ!相変わらず結婚してないんですかぁ?」と隣の部屋に向かいつつ、茶化し文句を言ってやる。
男は顔を赤くして「Shut up!」と言うと腕時計をちらと見て教室を後にしていった。


ステファニーはその男と反対側の出口から退出すると隣の応接室にノックをして入っていく。
すると黒人教師が待っていた。ステファニーはその黒人に軽く会釈をする。

511: 2011/02/14(月) 01:25:16.11 ID:J4PEtpCFo
「こんにちわ、久しぶりですね」


「久しぶりだな、ステファニー」


二人はお決まりのあいさつをいくつか述べて世間話を交える。
そして一通り懐かしい話も終わると男がため息をつく。
それを合図にするかのように男の目が冗談めいた会話をする時とは異なる真剣なまなざしになった。


「昨日お前の妹が来た」


開口一番に黒人教師はフレンダが昨日この場所に来た事を告げた。
ステファニーは一日前に自分が探している妹がこの場に来ていた事を聞かされ、自分の肌がぶると粟立つのを感じた。


警衛がつぶやいていた”白人が云々”とはフレンダの事だったのかも知れない、と内心につぶやく。


「にゃははーん。いっきなり本題来ましたね、ま、私も世辞とか話すつもりはないんですけどね」



ステファニーは飽くまで平静を装っているが、高鳴る胸の拍動を抑えられそうにはなかった。
妹がこの学校に来ていたと言う事実、そしてここらから話すであろう妹の所在に関して…胸をときめかせない訳にはいかなかった。

512: 2011/02/14(月) 01:27:03.25 ID:J4PEtpCFo
ヒュボッ…


しかし、期待と不安に渦巻く心境のステファニーの要求にはおいそれと応えない黒人教師。
彼はスーツの裏ポケットからデュポンのジッポーを取り出して、胸ポケットから取りだした煙草に火をつけていく。


着火した煙草をひょいとくわえ、「ふーっ」、と男は口から煙りをはく。
そして、一拍置いてから口を開く。


「妹さん、お前の事を聞いて来たよ」


瞬間、自分の体を確かにびりりと電気が走り抜けるのをステファニーは知覚した。
彼女は「本当?」と黒人教師に聞き返すと、その男はこくりと頷く。


「私の妹、フレンダは、何を聞いてたんですか?」


「お前の行方だよ」


ステファニーが妹を探している様に、妹も私の事を探しているのだ。
それが彼女にとっては嬉しかったし、同時に辛かった。

513: 2011/02/14(月) 01:28:26.39 ID:J4PEtpCFo
フレンダ…お前は何で私の事を探してるの?ステファニーは妹が自分の事を探す理由…が何となくわかり、自分の胸が締め付けられる様だった。
半ば放置同然で妹を学園都市においたまま海外へ。
それを知らずに学園都市で姉を捜し続けた妹…ステファニーは罪悪感を感じずにはいられなかった。


彼女は散々フレンダの来学には反対した。しかし、フレンダは学園都市に来た。
しかも、北京で回収した資料を見るからではどうやら学園都市の闇で活躍しているようだった。


いや、活躍ではない。とステファニーは自分に言い聞かせる。



結局は戦火に身を置き、苛酷な命のやり取りをしているのだろう。
活躍というたった二文字の背後には何かこう、硝煙と血生臭い雰囲気をステファニーは感じずにはいられなかった。



アイテムという組織が学園都市の治安を維持している一部隊なのはわかった。何をしているのかも大体想像できる。
しかし、そうした汚れ仕事をしているフレンダに対して取り立てて、しかるとか、おこるとかそうした感情はステファニーには湧かなかった。


寧ろ、自分の明るい性格の反面、勝手に我が道を行き、妹が心配するから、と理由付けして勝手に放置同然で妹をおいて学園都市を去った自分のせいだ、とステファニーは自分の内心に言いつける。

514: 2011/02/14(月) 01:29:29.18 ID:J4PEtpCFo
かつて教諭として学園都市に来て、警備員としても勤務していたステファニー。
風紀委員と警備員以外にも治安を維持する部隊がいるとは…と彼女は内心に少し驚くが、反面、学園都市の治安を維持する為にはやはりそういった組織があるのか、と納得する。


(有志の教諭と学生だけってのが無理な話しなのよねー)


いまさらながら、学園都市の治安維持体系を嘆いても、何もはじまらない。
ステファニーの黙考を見つめていた黒人教師はおもむろに話し始めた。


「で、君も妹を探しにきたってのか。妹とすれ違いかー」


「そうなっちゃいましたね」


平坦な表情で淡々とステファニーは黒人教師に言い放つ。
男は目の前にいる彼女の淡々とした表情の中に妹を奪い返そう、と固く決めた炎の様なものがゆらとその双眸に映るのをみた気がした。


「ちなみに、妹はどこにすんでるかとか、わかりますか?」


「すまない、そこまではわからないんだ」


「……許されるなら、赤坂の情報網でどうにかなりませんか?私じゃもう警備員の情報バンクにアクセスする権限がないんで…」



ステファニーは不意に男の本業の地である赤坂の名前をついつい口に出してしまった。そして彼女は学園都市外に存在する地名を思い返す。
六本木、溜池山王と言った一等地から程近い所には在米大使館が置いてあり、その一区画には極東CIAが本拠を構えている。

515: 2011/02/14(月) 01:30:05.67 ID:J4PEtpCFo
在日米軍は隠れ蓑。
この黒人教師の本質は極東CIAの在日支部の男なのだった。


ステファニーはかつての教諭友達でありながら警備員としても活躍している、有能な情報将校でもある彼を信頼して妹の事を聞きだそうとした。
しかし、男からの返答は苦笑いと二本目の煙草を吸おうとして取り出したジッポのカチンという音だった。


ステファニーは内心に舌打ちしながら、黒人教師―とは名ばかりのCIA要員―が口を開くのを待った。


「すまないなぁ…学園都市だけはわれわれの諜報能力をもってしても…手厳しく監視されていてね…情報収集もままならないんだ」


「そうですか…」



ステファニーは少しでも期待した自分をたたきつぶしてしまいたい衝動にかられると黒人教師から聞き出せる情報はない、と判断した。
そして早くも次は…と次点での訪問先を考えていた。



だが、黒人教師の「待てよ…」という発言にステファニーの金髪の眉がぴくりと反応した。
そして「何?」と彼女は聞き返す。

516: 2011/02/14(月) 01:30:40.34 ID:J4PEtpCFo
「八月の最初の週に学園都市で狙撃事件が起こった。知っているだろう?」


「えぇ。もちろんですとも」


ステファニーはその狙撃があたかも自分の手柄であるかのように胸にドンっ!と手をあてる。
実際は彼女と行動を共にしているスナイパーによるものなのだが。


「その狙撃手の狙撃を要請した警備員の部署に行くとか行ってたな…」


「なるほど」

(じゃ、妹はどこからか得た情報で私と狙撃手…砂皿さんが一緒にいるって事を知ってるって事か?)


けど、とステファニーは思う。フレンダは警備員のどの部署が狙撃を要請したか知っているのだろうか?
適当に警備員の部署に行けばいいと言う訳ではない。果たして、フレンダはどのようにして砂皿に狙撃を要請した部署を知りえたのだろうか?


まさか当てずっぽうに行くわけでもあるまい。
各学区にある警備員の支部だけでも相当数に上るのだ。
それをひとつひとつ聞き出していたらいくら時間があっても足りないだろう、とステファニーは思う。


ともあれ、ステファニーは妹も自分の事を探してくれているという事に嬉しく思った。
と同時にいつも迷惑かけてごめんね、とまだ見ぬフレンダに頭を下げたい気持ちになるのであった。

517: 2011/02/14(月) 01:31:47.15 ID:J4PEtpCFo
――柵川中学校の学生寮

佐天は夏休みを最後の最後まで満喫しようと思い、今日は秋物の服の偵察にでも、と思い吉祥寺に行こうとした。
しかし、その予定を実行に移そうと思い、パジャマから私服に着替え始めた時だった。


インターホンがピンポーンとなる。
佐天は一週に留守を装おうと思ったが良心の呵責で結局ドアを開ける。
するとそこには寝起きの佐天と同じくらい、いや、それよりももっと眠たそうな表情の少女。滝壺がいた。


「おはよう。電話の女」


「あ、え、あぁ…おはよう…」
(滝壺…理后?)


昨日、ファミレスで会ったばかりなのだが、その時と全く同じ眠たそうな表情を浮かべている彼女は佐天の暮らしている寮のドアの前に立っていた。
佐天は動揺しつつも滝壺の後ろに申し訳なさそうにしている金髪ブロンドの少女も目撃した。


「フレンダも…どした?」


「今日は、ふたりで来たの」


滝壺の後ろに隠れているフレンダに変わり、滝壺が佐天の問いに応える。
時計は既に十一時。夏の日差しが徐々に上がっていき、さながら殺人まがいの熱線になりつつある頃会いだった。
佐天は「えーっと何か?」と苦笑しつつ首をかしげた。


「涙子には申し訳ないけど、今日一日付き合ってもらいたい訳なんだけど…」


「わ、私が?」

518: 2011/02/14(月) 01:32:36.27 ID:J4PEtpCFo
佐天はフレンダの要望を聞き驚きを隠せない様子だった。
しかし、そこはクソ度胸の佐天。
驚きはしたものの、どうしたのだろう?と興味が先行し、彼女はフレンダに質問していた。


「な、なんの用なの…?」


「昨日の続きなんだけど…いいかしら?」


昨日の続き…佐天はふと思い出す。
確か昨日は夕方レストランからかながら帰還した時にフレンダの人探しに協力して少しだけ情報データを閲覧したのだった。
とりたてて拒否する理由はなかった。佐天はいいわよ?と鷹揚に答え、寮の部屋に二人を案内した。


「「おじゃましまーす…」」


「はい、どーぞ」


佐天は取りあえず二人を寝室とリビングを兼ねている部屋で二人を待つ様にいうと箱で売っているアイスを三本取り出し、二人に渡す。
一本は自分用だ。


「ありがと」、とフレンダと滝壺がいう。
アイスを頬張りながら佐天は「私は何をすればいいの?」とフレンダに問いかけた。


「昨日みたいに情報バンクに入ってほしんだけど…」


フレンダの申し訳なさそうに頼み込む姿に佐天は拒否する理由もないので寮の入室と同じように許可。
佐天はアイスをくわえながら枕の下にしまってあるタブレット型携帯電話を取り出す。

519: 2011/02/14(月) 01:33:22.74 ID:J4PEtpCFo
既に電源はつけられており、佐天はモニタにタッチして情報バンクにアクセスした。
そしてバンクの目次の所まで簡単にやってくると何を調べればいいの?と言った素振りでフレンダに向き直る。
するとフレンダは「警備員の報告書とか見れないの?」と恐る恐る佐天に告げる。


「は?」


いきなりの質問に佐天は一瞬目が点になってしまった。

警備員の報告書。果たしてそんな代物が佐天の目に触れる事が出来るのだろうか?
そしてフレンダはなぜ、それを見ようとしているのだろうか?


さまざまな質問が彼女の頭の中に浮かんでは消え、それを繰り返しつつ、佐天はフレンダの要望通り、警備員の報告書ファイルにアクセスを試みる。
やりかたはwebの検索の様に簡単にできる。

ただ、その内容が一般人に触れられるレベルにあるか否か、それに尽きるのであった。


「何を検索すればいいの?見れる情報は限られると思うんだけど…」


「八月の一週目の狙撃に関して」


即答。まさしくこの通りだった。
フレンダは佐天の質問に即座に答えると、食べ終わった、アイスの木の棒をくわえながら結果を待つ。

520: 2011/02/14(月) 01:34:08.69 ID:J4PEtpCFo
(八月の狙撃?なんだそりゃ?)


佐天はアクセスできるか疑問に感じつつも、警備員の情報が開陳され、時系列順にまとめられているサイトに到達した。
そしてその時系列の中から今年の八月をピックアップする。すると八月の狙撃に関しての情報が出てきた。


佐天はフレンダと滝壺にその事を言う前に自分で情報を読んでいく。
報告書にはおそらく記載されているのであろう、狙撃手を要請した警備員の場所は見えない様にぼかしてあるが、それ以外は閲覧できた。


「砂皿緻密…警備員の要請で狙撃をした男の名前ね」


「その男…情報バンクでヒットしないかな?」


フレンダが佐天の後ろからモニタをひょいとのぞき込む。
佐天はフレンダの要望通り、“砂皿緻密”という男の情報を調べていく。
検索結果からヒットしたものの、現段階でどこにいるかどうかは把握できなかった。

521: 2011/02/14(月) 01:35:59.86 ID:J4PEtpCFo
フレンダの知り合いのステファニーにしろ、砂皿とかいう狙撃手にしろ、現段階でどこにいるかを把握する事は出来なかった。
けれど、と佐天は思った。
一人だけ…もしかしたら、フレンダが知りたがっている砂皿という男の正体を知っていそうな人物がいる。


佐天はほんの少しだけ、心当たりがあった。いや、心当たりと言うかむしろ、ほぼ確証など無いのだが。


ともあれ、情報バンクで調べても、出てくるのは最近の情報だけで、連絡先や、現時点でどこにいるかと言ったことは把握できずじまいだった。
ならば、実際に外へ出て、行くしかなかった。そう。佐天がおよそ面識があると思える警備員の人物は一人しかいなかった。


あの秘書然とした出で立ちで金髪の女性。
学園都市の治安維持部隊の一派MARの指揮官、テレスティーナ。


「ねぇ、フレンダ?」


「何よ?涙子」


「一人だけ…。その人なら知ってるかもしれない!」


「え?ホント?」


確証はないとは言い切れない。
警備員の一部門であるMARを束ねる彼女なら、外部組織に仕事の要請をした警備員たちを良く思っておらず、その腹いせで情報を教えてくれるかも知れなかった。
僅かな、ほんの僅かな可能性に掛けようと、佐天は思い、とっくに食べてなくなったアイスの木の棒をくわえている滝壺とフレンダを見据える。


「なんとも言えないけどね、いくわよ。一か所だけ心当たりがあるの」

522: 2011/02/14(月) 01:36:39.93 ID:J4PEtpCFo
――Multi Active Rescue(先進状況救助隊)指揮所ビル前

佐天、滝壺、フレンダ。
数日前までは決して顔を合わせる事はなかったであろう三人。
彼女たちは夏の日差しにさらされ、汗を滴り落としていたが、佐天のナビでなんとか到着した。


彼女たちの前にはビルと各種車両を収容するであろう広大な敷地があった。
このビル内にいるであろうと思われるテレスティーナに佐天は会おうというのだった。


「結局、ここまでしてもらって悪いわね…」


フレンダが申し訳なさそうに謝りながら佐天に頭を下げる。
一応、以前の多摩センターのホールで行われた会合に出席した佐天ならば、テレスティーナに会えるだろうと浅薄ながら考え、レールに敷かれた門の前にいる警衛に声をかけた。


その光景を遠巻きから滝壺と一緒に見ているフレンダは佐天に感謝した。
佐天は連絡用に使っている携帯電話を出して身振り手振りで話す。
その熱意に警衛もうんざりしたのだろうか?佐天をMARの所有しているビルに招き入れたのだった。


「フレンダ達も良いってさ!」


佐天は遠くにいう滝壺とフレンダに手を振ってこたえる。
彼女に呼ばれた二人はおそるおそる、ゆっくりと佐天の方に向かって歩いてきた。
警衛の男は佐天達に一礼すると再びMARのビルの警備という名の暇つぶしに没入していくのだった。

523: 2011/02/14(月) 01:38:31.64 ID:J4PEtpCFo
ビル内は案外に冷えていた。
警衛の男が佐天を代表とする女性三人がテレスティーナとの面会を希望している旨を無線で誰かしらに伝えていたのを三人は見たので、後は会うだけだった。


「ねぇ、昨日の人探しの人物とは違うようだけど」


「そうね…涙子にはなんて言ったらいいかわからないけど、昨日探してもらった人とパートナーを組んでる人なのよ」


砂皿が狙撃手として学園都市の依頼した任務を遂行したなら、彼の連絡先を掴むのも不可能ではない。
この時に問題なのが、テレスティーナが佐天の事を知っているかどうかだった。
いきなり見ず知らずの人が「連絡先を教えてください」といった所で怪訝な表情をされるのは目に見えている。


三人はオフィスビルのとある一角のまえで立ち止まる。
そしてドアをノックすると内側から「どうぞ」と声がかかり、三人の少女たちは佐天を先頭に部屋に入っていった。


部屋の中は大きな机の上に置かれたPC、壁にはテレスティーナの一家と思しき家族の写真が多数掲載されていた。


顔面に刺青が施してある、さながら顔面凶器の様な男から、果ては頭部にシミがある胡散臭そうな好々爺然とした男まで。
そして極めつけは目の前のデスクに鎮座しているこの女。テレスティーナ。

524: 2011/02/14(月) 01:39:01.06 ID:J4PEtpCFo
壁にかかっている彼女の一家と思しき人々のポートレイトの人物達とはあからさまに人種、肌の色が違う。
しかし、そんなあずかり知らぬ事に思索を回す事はなく、佐天は大きな回転座イスに座っているテレスティーナにしゃべりかける。


「そちらは覚えていないかもしれませんが…以前多摩センターのホールでお話をお伺いしました…」


「世辞はいいわよ?で、何のようかしら?アイテムの連絡係と、アイテムの皆さん?」


三人は一様にびくりと肩を震わせる。
MARの警衛が報告したのかどうかわからない。
しかし、テレスティーナに佐天達の正体は露見していた。


佐天が懸念していたテレスティーナが自分たちの事を知っているかという懸念はどうやら回避されたようだった。
自分たちの立場を隠すつもりは特にないので佐天は「えーっと…」とつぶやきながら頭をかく。


「肩の力抜いて?緊張しすぎよ?」


テレスティーナはそういうとガチャリと自分の大きい机の引き出しを開ける。
佐天達からは見えないがそこからひょいっとマーブルチョコレートの入っている筒状のケースを取り出す。

525: 2011/02/14(月) 01:40:01.64 ID:J4PEtpCFo
「黄色かな?」とテレスティーナが何かを考えるようにして一粒チョコレートをケースから取り出す。
するとお見事。黄色のマーブルチョコレートが彼女の手の平に転がり落ちてきた。


それをぱくりと口にし、カリカリと噛み砕いていく。
その素振りを見つめていたフレンダが緊張している佐天の代わりに口を開いた。


「すいません。今日来たのは一つお伺いしたい事がありまして」


「どーぞ?何かしら?」


フレンダの両手にぐっと力が込められる。
そして緊張を押し頃すようにして彼女は喋った。


「八月一日の狙撃に関してなんですけど…」


「あぁ、あれね。狙撃の何を知りたいの?」


「いえ、狙撃の実行犯の連絡先がわかればぜひお教えいただけないかと」


「連絡先?ちょっと待ってね?」


テレスティーナは二粒目のチュコをぱくりと口に放り込む。
フレンダはその素振りを見、はやる気持ちを抑えて、両手にぐっと力がこもる。

526: 2011/02/14(月) 01:40:54.78 ID:J4PEtpCFo
「今どこにいるのかはわからないけど、当時の連絡先ならわかるわよ?」


「本当ですか?」


テレスティーナは「えぇ」と言うと彼女は机の引き出しからDOLCE&GABBANAの黒ぶち眼鏡を取り出す。
サイドに小さくロゴプレートが刻まれている眼鏡を品よく身にまとうとPCに何やら打ち込んでいく。


「えーっと、電話番号は登録されてないわ。けど、アドレスならわかるわ」


教えようか?という素振りでテレスティーナがフレンダ達に向かって首をかしげる。
フレンダは「よろしければ教えて下さい…」と柄にもなく頭をぺこりと下げた。


「良いけどこれは八月の第一週の連絡先よ?それ以後、かえてる可能性もあるわ。それと」


「それと?」


「知り合いっていう理由以外に何であなたがこの男の連絡先を知りたいのか、理由があるなら教えて下さらないかしら?」


おそらくテレスティーナのPCモニタには男の詳細が反映されているのだろう。
ときたま彼女の眼鏡にゆらと反射して見えるPCのモニタに映し出された情報をフレンダは無理とわかってても見入ってしまう。
眼鏡に反射するモニタに映し出される情報を読み解こうとするものの、テレスティーナの質問に答えなければと思ったフレンダは押し黙ってしまう。


「理由ですか…」


実の姉を探すための手がかりなんです!とは言えなかった。
フレンダはテレスティーナに質問する時に姉であるステファニーの事をこの女に聞こうとしたが、狙撃手の名前を聞く事にした。

527: 2011/02/14(月) 01:41:51.92 ID:J4PEtpCFo
ステファニーは学園都市から出ていった身。
それを学園都市の警備員のテレスティーナが快く思っていないのではないか?と仮定したからだ。


フレンダがテレスティーナの質問に窮していると彼女はそんなフレンダにいいわよ、と優しさをみせる事等はしなかった。
「じゃ、無理ね」と小さく息まくテレスティーナ。彼女は頭に手をやると「はぁ」とため息をつく。


「知り合いなら連絡先を知ってるはずでしょ?なら、機密上、教えることはできないわ?」


「いや、だからその連絡先が…」


言い訳をしようと思うのだが、フレンダは密かに結局はここもだめか、と思った。
その時、テレスティーナが何かを思い出したように「そういえば…」と机の引き出しにあった上質紙の束を取り出す。


「ねぇ、佐天さん?」


テレスティーナの会話の矛先がフレンダから突然、佐天にシフトチェンジする。
話を急に振られた佐天は「あ、はいっ!」と素っ頓狂な声を上げて曲がっていた背筋をピンとのばした。


「ここ最近学園都市の治安維持に警備員と風紀委員だけでは手がつかないって事は知ってるわよね?」


佐天はテレスティーナの質問に無言で頷く。

528: 2011/02/14(月) 01:42:30.91 ID:J4PEtpCFo
「実際に学園都市の統括理事会に気に入られようとして躍起になっている組織もあるって話もあるわ」


「そういう身内の恥をさらすようで恥ずかしんだけど」とテレスティーナは苦笑しつつそのファイルを取り出して佐天に手渡そうとする。
数歩歩いてテレスティーナからその通達が記されている紙を受け取って、佐天はその資料に目をやる。


佐天が読めない単語の羅列も散見される。
内容を理解する為に国語辞典か初春が必要だな、と思いつつ、書類に記載されている、読めない漢字を飛ばして読んでいこうとする。
途端、彼女の思考をテレスティーナの言葉が遮った。


「連絡係に護衛をつけるのよ」


「え?」


佐天は素っ頓狂な声を出していた。
昨日、フレンダが佐天にいった言葉。“電話の女が狙われないとも限らないでしょ”という言葉を思い出す。


フレンダは電話の女が狙われるのは冗談だよみたいな事を昨日言っていた。
連絡係に護衛をつけるとは、やっぱり連絡係も狙われるじゃないの!と佐天は内心に吐き捨ててテレスティーナの弁に耳を傾ける。


「内訌(ないこう)問題でかなり学園都市は荒れてるのよ…縄張り争いに固執して何やってんだか…」


テレスティーナは忌々しそうに愚痴をこぼす。
そして話が逸れかけていた事に気づき、「ごほん」と咳をして一度、律する様な素振りを見せるとモニタを見るために掛けていた眼鏡を外した。





「その護衛役に砂皿緻密をつけてあげようか?」

529: 2011/02/14(月) 01:44:18.94 ID:J4PEtpCFo
「は?」


テレスティーナの驚くべき提案に佐天は驚きを隠せないと言った表情だった。
仮に砂皿緻密が佐天の護衛に就くことになるなら、フレンダに取って話しが有利に展開する可能性が大だ。


砂皿と佐天が接触する時にフレンダを同行させてしまえば、その場で情報を聞き出すことも不可能ではない。
情報バンクで閲覧した厳しい目つきの男の表情を佐天は想像する。


暗部の組織に任務を伝達する連絡係は今まで狙われたことが無い。
しかし、ここ最近の学園都市の治安維持部隊による縄張り争いが激化してきた今、仕事の通達係にも身の危険が迫っている可能性が無いとは言い切れないのが学園都市の本音なのだった。

テレスティーナは返事に困っている佐天を尻目に話し続ける。


「統括理事会をひっくり返そうとか考えている馬鹿な高校生とか、一杯いるのよねぇ~…」


「はぁ…そうなんですか」


「ホントに危ないらしいのよ、最近。だから、護衛をつけるわね。で、その護衛が砂皿緻密。連絡先は教えられないけど、こっちで取っておくから。で、そこで勝手に話したいことあったら話して頂戴」


佐天はただ「あ、はい」の繰り返しで話しがすすんでいく。
テレスティーナは「もし、その男に連絡繋がらなかったらごめんね☆」と彼女達にウインクする。
彼女は「じゃ、今日はここまで。会議があるから…」とつぶやき、筒状のチョコケースを引き出しにしまうと立ち上がる。

530: 2011/02/14(月) 01:45:03.51 ID:J4PEtpCFo
「あ、じゃ、私たちも出ますね」と佐天が言い、テレスティーナのオフィスを後にした。
部屋にひとりぽつんと椅子に座っている彼女はキーボードをカタカタと叩き、メールを作成していく。

宛名は砂皿緻密。


(金髪の女の子がどういった理由で砂皿緻密と連絡を取ろうとしてたかはわからないけど、取りあえず護衛に当ててやるか)


携帯電話のアドレスをメールの宛先欄に添付する。
暗部組織の連絡係のボディガードとして砂皿に佐天を守って欲しい旨のメールを送信した。


メールは無事に送られたようだった。後は砂皿が今回の案件を承諾するかどうかだった。


にしても、とテレスティーナは思った。
なぜ、アイテムの金髪女が砂皿緻密の連絡先を聞き出そうとしたのだろうか。
知り合いだとしたら連絡先くらいは知っているはずだ。


さっきはフレンダ達に笑顔を見せて応対していたテレスティーナの顔が考えながら徐々に曇っていく。

MARという組織の長になってからというものの、何事にも不信感を抱くようになってしまった自分を彼女は内心で嗤う。

しかし、その不信感から発信されている信号に彼女は正直に従う事に決めていた。

531: 2011/02/14(月) 01:45:35.49 ID:J4PEtpCFo
バーバリーの特注のグレーのストライプスーツのポケットから携帯電話を取り出すとどこかに電話をしている。
発信ボタンを押すと相手は即座に受話器を取ったようだった。


『なんだ、お前か、仕事かと思ったぞ』


「久しぶりね、兄さん」


『で、要件はなんだ?』


久しぶりに電話したのに世辞も世間話もなしか、とテレスティーナは思ったが、そんな話を今電話している通話相手とする気はサラサラなかった。
彼女は携帯電話で通話しつつ、器用にPCをいじっていく。


「えーっとね、何人か監視して欲しい人物がいるんだけど、出来る?」


『めんでぇなぁ…こっちは今、手が離せねぇんだよ。クーデター企ててる部隊とかあるらしいからよぉ…』


テレスティーナの通話相手は心底めんどくさそうにそう呟くと最終的に『手短に言え』と命令口調で言ってきた。
ともあれ、彼女の通話相手はテレスティーナの要望を聞く気にはなったそうである。

テレスティーナはPCに映るアイテムのフレンダ、佐天涙子、砂皿緻密の顔を見つつテレスティーナは受話機に呟いていく。


「アイテムのフレンダとその通達係佐天涙子、その護衛の砂皿緻密を監視して欲しいの」


『はぁ?疑わしい奴は即殺でいいだろぉがよ』


「ダメ。まだ、何を考えてるかわからないし、単に人探しって言う線もあり得る」


テレスティーナの通話相手―おそらく彼女の兄―は監視よりもすぐさま殺そうと提案する。

532: 2011/02/14(月) 01:46:02.71 ID:J4PEtpCFo
すぐ頃すことばっか、と言いたい衝動にかられたが、兄の機嫌を損ねない程度にやんわりと否定しておく。
そして兄が返事をよこすのを待った。


『ったく仕方ねぇ。そいつらはいまん所、何も問題起こしてないんだろ?最低限の人員を派遣すっから、で、お前に連絡が行くようにさせるわ』


「ありがと、助かるわ」


テレスティーナが礼を言っている最中に電話がぶつりと切れ、彼女に嫌な不快感を与えた。

533: 2011/02/14(月) 01:46:52.35 ID:J4PEtpCFo
――横田基地

旧日本陸軍の横田基地を拡大整備したこの基地は学園都市内にありながら唯一、米国扱いされている土地だった。
そんな基地内のハンガーに止まっている車はトヨタのランドクルーザー。
砂皿がレクサスの他に所有している車の内の一つだった。


車に搬入されていく数々の武器弾薬。
実際に使うのかもわからないが、念には念をだ、と砂皿は自分を納得させると武器を横流ししてくれた兵士にドル札の束を渡す。


英語で「また頼むよ」と白い歯を見せながら笑う米兵。
それに片手をあげるだけで答えると砂皿は車内に乗り込み、キーを回して武器格納ハンガーから出て、門に向かっていく。


(ずいぶん手に入ったな…)


後部座席に置かれている武器弾薬や備品を感慨深げに見つめる砂皿。
セムテックス、数十キロのHMXオクトーゲン、マガジン、手榴弾、グレネードランチャー、などなど、まるで今から戦争にでも行くかの様。


ずっしりと重たい各種部品を搭載したランドクルーザーが程無くして在日米軍基地内を抜けて昭島方面に出る。
そこから本拠を構えている調布方面に向かっていく。

534: 2011/02/14(月) 01:47:33.40 ID:J4PEtpCFo
横田基地を出てすぐ、赤信号でランドクルーザー(ランクル)が止まる。


砂皿は黒のランクルのボンネットに反射しているまぶしい夏の太陽を忌々しく思いレイバンのキャラバンシリーズを手に取る。
光を遮断し、快適な運転空間を創出したサングラスに砂皿は満足すると携帯に視線を移す。


八月の狙撃以後更新していない携帯電話。赤信号のさなかにメールを確認しようと思った砂皿はちょうどメールが来ていた。
誰からだ、と思うよりも早く受信フォルダを開き、メールを見ていた。
ステファニーが何か新情報を掴んだのか?と思いつつ携帯を開くが、宛名は以前狙撃を依頼してきた学園都市からだった。


(一体なんの用だ?)



From:Multi Active Rescue

Sub:要請

しばらくとある人物の護衛を頼みたい。

護衛リスト:アイテム.jpg 佐天涙子.jpg

535: 2011/02/14(月) 01:48:47.38 ID:J4PEtpCFo
アイテム。
砂皿とステファニーが探しているフレンダが所属している組織の名前は確か中国語で“項目”だった。
邦訳すると“アイテム”。予想だにしない展開に砂皿は息をのんだ。


(何らかの手段を使って俺たちの行動を予想した学園都市の牽制か?)


学園都市からアイテムにフレンダを救い出すという作戦。
昨日来学したばかりだったが、どんな最先端技術がつかわれているか判然としない学園都市。
結局情報と言う物はいつしか看破られるもの。それがはやいか遅いかだ、と自分を納得させた砂皿は冷静に返信メールを作成する。


護衛の要請を承り、ステファニーの妹に接近しようと考えた砂皿はMARに仕事を受ける旨のメールを送信した。
いくら学園都市の技術が進歩しているからと言って、まだフレンダに接触してすらいないので情報漏洩の線は無いと判断する。



何も情報が集まってこない状況。
ならば、まだ実質何もしてない。
砂皿は学園都市からの仕事の要請を渡りに船だと考えた。

536: 2011/02/14(月) 01:49:22.07 ID:J4PEtpCFo
――MARのオフィスビル外

「ありがとね!涙子!」


「へ?いや、私は何もしてないよ!?ただ、一緒に行っただけで…」


フレンダがしきりに頭を下げる。
滝壺は先ほどから一言も発していないが、何かを訴えかける様な目でフレンダと佐天を交互に見ていた。


「ま、これで実際に警護に来てくれた砂皿緻密に接触すればいいって訳よ!」


「そ、そうなるね。でも、警護ていっても私の住んでる学生寮の回りでしょ?」


「…そうね。だから涙子の所に来たら私に連絡してほしいって訳よ…!良いかしら?」


佐天はお願い!と懇願するフレンダを見て宿題を一緒にやってほしいと初春に頼み込んだ自分自身もこんな姿だったのかな、と場違いな事を考える。


「良いよ。ってかそうしないとフレンダの恩師だっけ?見つけられないものね」


「あ、ありがとー!涙子ー!」


フレンダは勢いよく佐天に飛びかかる。
このクッソ熱いのに、こいつときたら!と佐天はフレンダを引きはがそうとする者の離れなかった。
ぎゃあぎゃあと喚き散らしている二人を視界にとらえている滝壺はぼそりとつぶやいた。


「お腹減った」

537: 2011/02/14(月) 01:50:34.30 ID:J4PEtpCFo
――レストラン「Twigy」

立川駅の近辺にあるレストランに到着した佐天達一向。


「いやー、にしてもありがとね、涙子」


「もーいいよ、フレンダ、私も今日暇だったし」


「うん。滝壺もありがとね、一緒に来てくれて!」


フレンダは先ほどから一緒に来てくれた滝壺と佐天にしきりに礼を述べていた。
時刻は14時。
朝ごはんを食べてきたとはいえ、それ以外に何も食べていない三人はかなり疲れていた。


三人は料理を頼むとソファになっている座席に腰をだらんと伸ばして座る。


「にしても、面白いわねー、まさか暗部の連絡係と仲良くなるなんてさ」


「本当。電話の女の正体って誰なんだろうって話してたらたまたま隣の座席にいるとか奇跡だよ」


そう言うとフレンダと滝壺が目を見合わせてクスクスと笑う。
佐天は苦笑するしかなく、あはは…と気まずそうに笑って見せた。


にしても…佐天は思った。
昨日まで連絡をよこすだけの繋がりだったのが、今では一緒にご飯を食べるまでに。
いつも共に行動している四人やアケミ達とはまた別の繋がりが出来た様な感じがして佐天はうれしかった。

538: 2011/02/14(月) 01:51:02.95 ID:J4PEtpCFo
雑談に興じていると時間はあっと言う間に過ぎていった。
かつ丼を食べ終わると佐天は三人でプリクラを取ろうと提案する。


ゲーセンのプリクラ撮影機の中に入り、百円ずつ入れていく。
四百円でとれるプリクラ。足りない百円はフレンダが今日一日付き合ってくれたお礼として出す。


コインを入れるとお勧めに任せるがままに撮影を開始する。
撮影が終了すると撮影されたプリクラに楽書きをしていく。


出来栄えは上々だった。
三人とも昨日初めてあったとは思えないくらいに親密なのが小さいプリクラの画像からはうかがえた。


落書きを終えたプリクラがしばらくして撮影機械の横からぺろんと出てくる。それをゲーセンにすえ付きされているハサミで三等分していく。
佐天はそれを仕事用の携帯電話にぴたっと一枚張る。

「にひひ…私もはろっと」


「私も」


佐天がプリクラの写真を一枚携帯に貼ったのを見てフレンダと滝壺も携帯電話に同じくプリクラを張り付ける。

539: 2011/02/14(月) 01:51:38.08 ID:J4PEtpCFo
ゲーセンから出ると最終下校時刻が近付いていた。
三人は夕日の多摩川の土手沿いを仲良く歩いていた。
部活がえりの学生やまだ練習中の学生達が頻繁にすれ違っていく。


その景色の一つを構成しながら佐天達は歩いていた。


「今日一日でかなり仲良くなった気がするって訳よ。涙子」


「そーだね!私も面白かった!」


「電話の女は電話越しでも実際に会ってもテンション高いんだね」


滝壺の言葉に佐天は顔を夕日の様に真っ赤にする。
こいつときたら、と言いたかったが、実際今日の自分はかなりハイな感じだったと佐天は思った。


「そ、そうかな?ま、他の人に私明るいとか言われるけど…そんなに?」


「うん。かなり明るいと思うよ」


歓談しながら三人は土手を歩いて行く。
その情景だけ見れば青春映画の一コマにも見えなくもなかった。

540: 2011/02/14(月) 01:52:22.16 ID:J4PEtpCFo
――対岸

多摩川の川幅は広い。
といっても霞ヶ浦程でもないのだが、やはり対岸にいる人がどんな人なのかは双眼鏡でもない限り確認は難しいだろう。


「待てや、コラ!勝負しろ!」


「ま、待てよ!ビリビリ!」


「だからビリビリって言うなって言ってるだろ~ー!」


一見、仲の良い男女が遊んでいる様に見えるのだが、実際はそうではなかった。
手のひらから繰り出される電撃を放つ美琴はその電撃を打ち消す少年―一方通行の絶対能力進化計画を阻止した男―に戦いを挑んでいるのだった。


「待ってくれ、ビリビリ!何で俺が攻撃されなきゃいけねぇんだよ!」


「うっさい!とにかく戦いなさい!あんたも男ならちゃんと決闘に応じなさい!」


「け、決闘?」


「そうよ!その通り!あんたは得たいの知れない能力を持ってる!いっつもいっつも私の電気を打ち消して…!ちゃんと戦え!!」


美琴はそう言うとバシン!と勢いよく地面を踏みつける。
アスファルトを伝って電撃がつんつん頭の少年に向かっていくが彼は自身に右手を当ててそれを打ち消す。


「はぁ、はぁ、もう良いだろ?」

541: 2011/02/14(月) 01:53:02.78 ID:J4PEtpCFo
「…うっさい…!」


「あ!あんな所に!」


少年が虚空に向かって指を指す。
その動作についついつられてしまう美琴。
一拍後に彼女が視点を元に戻すと遙か先に少年は移動していた。


「チックショウ…!また逃げて…!」

名門、常盤台の少女らしからぬ舌打ちをすると美琴は流石に少年を追う気にもなれず、帰ろうと思い、多摩都市モノレールに乗ろうとする。


(こっからだったら万願寺が近いかしら?)


夕日が陣馬の山々に沈みつつある。
既に遙かに小さくなった少年を見つめると美琴は勢いよく踵をかえしてモノレールの駅に向かおうとする。


(そろそろ帰りますかねぇ~…あんまり遅いと黒子が気にするからなぁ…)


学生バックをぶんと勢いよく持ち、美琴は歩き出す。
ここ最近、彼女の機嫌は良かった。

542: 2011/02/14(月) 01:54:22.50 ID:J4PEtpCFo
美琴は八月の後半につんつん頭の少年に遭遇し、一方通行の狂った計画を話した。
彼はそれに応え、何の見返りも求めずに戦い、勝利した。


もう不毛な争いは終わった。
美琴は夕日を見つめつつ、そう思った。


(夏休みもそろそろ終わりね…新学期は楽しく迎えられそう…)


あと少しで新学期が始まろうとしていた。
恭しく挨拶をする後輩やいやみったらしい心理掌握と合うのはちょっぴりめんどくさいと思ったが、それすら全てひっくるめ、美琴は今の生活に満足していた。


もう、誰も氏ななくて良いんだよね?
狂気の計画が終わり、美琴は平和な世界が少なくとも自分の周りに訪れたと思う反面、不安だった。


自分の知らない事で水面下で進行していたあのきちがいじみた計画。
またその様な計画が進んでいたら?


分倍河原の操車場で行われた9982号と一方通行との戦いを今でもたまに思い出すことがあった。
一方通行は確かに、9982号の脚をちぎり、そこからしたたり落ちる血を飲み、ペッと吐きすてた。


そして直後に9982号はあっけなく圧氏した。


思い出す度にぐっと美琴の手が強く握られる。
そして金髪の女…人を頃すことをなんとも思っていない、いや、寧ろ快楽さえ感じれていた様な挙措だった。


許せない。狂った計画に加担した奴らを許すことは出来ない。
既に計画が破綻したからと言って一方通行やあの女達が消えて無くなったわけではないのだ。


美琴は徐々に自分が下を向きながら歩いていることに気づく。
河原に降りて自分の顔をのぞき込んでみると先程まで喜々として少年を追いかけていた時とはまるで違う、全く無感情な表情になっていた。

543: 2011/02/14(月) 01:55:34.08 ID:J4PEtpCFo
彼女はあの時の事を不意に思い出すたびに、ゆらと自分の内面に形容しがたい憎悪の念が吹き出るのを知覚する。
かといって、とりたてて何か復讐しようとかそういう気持ちになるのではない。
しかし、実際に一方通行やあの女達にまた会ったらどうなるのだろうか?と美琴は思う。


(ま、いつか、時間が忘れさせてくれるよね?)


黙考しつつ、美琴は河原に石をぽいと投げつける。


対岸に視線を移すと部活がえりの学生や練習中の学生達が歩いている。
その景色の一つを構成しながら歩いている一団に見知った顔があるのを美琴はちらと見た気がした。


(佐天さん?)


対岸から呼びかけたら聞こえるかな?と思いつつ、美琴は周囲に人がいない事を確認する。
すぅ、と息を吸い込み呼びかけようとひた時だった。


(誰かと話してる?)


野球部のジョギングの列が佐天達とおぼしき数人の集まりを通過していく。

544: 2011/02/14(月) 01:56:19.50 ID:J4PEtpCFo
(うわ、野球部邪魔…)


大会に向けての追い込み練習だかしらないが、美琴にとってはただの邪魔な壁程度にしか映らない野球部。
その何十人もの列が通過していくと佐天と話している人達が土手から降りていくのがちらと見えた。

佐天は消えていく二人に手を振っている。振られた方も振りかえしているようだった。


(へぇ、柵川中の知り合いかな?)


真っ赤に燃えている太陽の光が多摩川の水面にぎらとうつりこんで一瞬視界がふさがれる。
その直前にベレー帽と金髪のブロンドの女が土手から降りていく風に見えた。



一瞬、カッと体が熱くなり、Sプロセッサ社で戦った光景を思い出す。
まさか、と美琴は思い、対岸にいる佐天を呼びかけようと思った。


しかし、美琴の方にも他校の部活のジョギングの走列がやってきて佐天を呼びかける事は出来なかった。
走列がいなくなった時には既に佐天はいなくなっていた。

545: 2011/02/14(月) 01:56:45.64 ID:J4PEtpCFo
――調布の市街地

ステファニーはホテルでゆっくりと沈みゆく太陽を眺めていた。
高層ビル群に隣接してるこのホテルから見る学園都市の夕日は格別だった。


(結局ダメでしたねー…)


第十四学区の黒人教師と離した後はステファニーは適当にしばらくバイクを飛ばし、ホテルに帰ってきた。
なじみの警備員仲間に会いに行ってもいいと思ったのだが、妹を探している事がばれて面倒なことにならないためにもホテルに帰って来たのだった。


砂皿緻密が大事な事なので口頭で伝えると電話をよこしてから数時間。
ステファニーはその“大事な事”とは一体なんなのか推察して遅い動きの時計の針を見ないように心がける。


と、その時だった。
ホテルのドアがノックされる。
俺だ。と砂皿の声がドア越しに聞こえてくる。


しかし、声が聞こえて来たからと言ってそれが砂皿の声だと確証がとれるわけではない。
ホテルを出る前に決めておいた暗号をステファニーは思い浮かべると、Dieselのジーンズの腰の部分にグロック17拳銃を差し込み、安線装置を解除する。
そしてドアに貼りつき、取りきめ通りの暗号をつぶやく。

546: 2011/02/14(月) 02:02:34.58 ID:J4PEtpCFo
「デーニッツ」

『レーダー』

「ウルトラ」

『インテリジェンス』


ドア越しの男と合言葉が合致したのでステファニーはがちゃりとドアをあける。
部屋にずいと入ってきた砂皿は両手に大きめのバックを二つ持っている。


「にゃはーん。お疲れです!砂皿さん!」


「あぁ…疲れた…やはり熱い…」


砂皿はAvirexのブーツにリーバイス503のジーンズ、上着はアルファのカーキのミリタリーTシャツをタイトにきていた。
その上から明らかに鍛え上げられた体だとわかる。

ステファニーはジーンズに英国軍のラウンデルが記載されている彼女お気に入りのTシャツを着用していた。



「砂皿さん、砂皿さん!なんですか?口頭じゃなきゃダメな情報って」


砂皿はステファニーに横田から出て、学園都市のMARから連絡を受け、アイテムの護衛役の連絡を受けた、という情報をステファニーに伝えなかった。
ただ、電話で「口頭じゃなきゃ伝えられない情報を得た」とだけ言ったので、ステファニーは否が応でも気になっているのである。

期待と不安が入り交じった表情で砂皿が話すのを待つステファニー。
それを見て砂皿は苦笑しつつも、口を開く。

547: 2011/02/14(月) 02:04:28.53 ID:J4PEtpCFo
「俺がアイテムの連絡係の護衛役に抜擢された」


「ええ!?本当ですか?」


砂皿はあぁ、と頷くと自分でも信じられないようで肩を上下させる。
いつからですか?とステファニーが砂皿に詰め寄る。


「今すぐ行こうと思うんだが、どうだ?お前も来るか?」


「行っていいんですか?」


「あぁ。お前が言った所で状況が変わる訳ではない。おそらく平気だろう」


ステファニーは砂皿の発言に勢いよく返事をする。
砂皿は新しいTシャツにその場でさっと着替えると、腰にグロック17を差し込む。
予備のマガジンも足のくるぶしの上にあるベルトに括りつけ、準備は完了。


ステファニーはアタッシュウェポンケースを手につかみ、カチャリと開ける。
中にはヘッケラー&コックの短機関銃クルツと予備マガジンが数本。そして焼夷手榴弾が入っていた。


「にゃはは☆まさか学園都市に来て二日目になって妹の手がかりがつかめるなんて想像もしてなかったですね☆」


「あぁ。俺もだ」


砂皿とステファニーは鍵を閉め、ホテルを後にした。

548: 2011/02/14(月) 02:04:54.41 ID:J4PEtpCFo
――木原数多が勤務しているとあるオフィス

顔に刺青が入った男を見たことがあるか?
あまり居ないだろう。


高名な科学者や博士は時として奇行ともとれる行動を起こすことがある。
日本の細菌テロでもかつては有名な理系の学生が毒ガスを作っていたとか、そういう話もある位だ。


馬鹿と天才は紙一重。そんなことわざがある。
木原数多という男を物差しで測ってみたらどうだろうか?
間違いなく、天才だろう。


学園都市第一位の男、一方通行の開発を担当したこの博士。
学者と言う一面ともう一つは猟犬部隊(ハウンドドッグ)という部隊の指揮官も務めているのだ。


学園都市の研究分野にかなりの影響を与え、且つ、軍務にも造詣がある。
顔だけで見たら刺青が入って金髪のチンピラの様な出で立ちだ。しかし、その認識は彼においては大きな間違いである。


彼は今、妹の木原=テレスティーナ=ライフラインの頼みで部隊の数名を監視に着けさせ様としている。
妹の要請と言うこともあり、渋々ながら、と言うのが本音だったが、拒否する理由も特にないので、訓練ついでに数多は妹の要請を受けたのだった。


「よーし…っじゃ、人選はじめんぞ」

549: 2011/02/14(月) 02:05:34.32 ID:J4PEtpCFo
数多の間延びした声とは裏腹にザッ!と数十人の隊員の踵を揃える音が聞こえてくる。
彼はその音が自分の耳に届くか否かという時に淡々とした口調で話し始めた。


「妹からオーダーが入った。アイテムのボディガードとアイテムの連絡係の監視、それと、あ、そーだ、忘れてた、あと、肝心のアイテムの監視だ」


数多の声だけが広いオフィスに響く。
軽い冗談を吐いたつもりだったが誰も何も言わない。ま、いっかと言いつつ、木原は首をコキンを鳴らす。


「オスカーがえーっと…じゃ、てめぇはフレンダ監視な」


「ラジャ」


「ベティ。お前えーっと佐天とかいう奴の監視」


「ラジャ」


「ケイト、お前は砂皿とかいう狙撃手な。ってかコイツ前に学園都市が依頼した狙撃手じゃねぇか」


「で、それぞれ交代要員を一人ずつ回すから、計六人で監視体制に当たれ。不穏な動きがあれば逐一報告しろ」


選抜要員として選ばれた三人はザザと脚を揃えて数多に向けて敬礼をする。
そして合図も無しに同じタイミングで敬礼を辞める。

その場で猟犬部隊が解散すると数多は残った先程コードネームで呼んだ三人をちらと見る。


「監視しろ、って言われても相手が何を考えてるかわからねぇ」


「妹自身、アイテムの奴らが何を考えているかどうか分からねって言ってた」


「けど、だからと言って油断するなよ。妹も妹なりに危険で不穏なにおいを感じ取ったから俺等猟犬部隊に依頼してきたんだからよ?」

550: 2011/02/14(月) 02:06:03.50 ID:J4PEtpCFo
妹の感じ取った不穏な雰囲気を信じ、最低限の兵力だけれども油断せず監視に当たれと厳命する。
顔にトライバルの様な刺青の入った数多は腕を組みながら指示する。


猟犬部隊で名前が上がった選抜要員達は木原の指示通りに動く駒だ。
しかし無能な駒ではない。ひとつひとつの任務を正確にこなす数多に忠実な暗部の特殊部隊なのだ。
彼らは数多の指揮下に置かれた部隊だと言えよう。


「装備を確認し、準備ができ次第監視ポイントへ迎え」


「「「はっ!」」」


コードネームで呼ばれた三人の要員達は装備を互いに確認する。
荷物は必要最低限。数多からそれぞれ教えられる座標に向かって三人はそれぞれ向かっていった。

551: 2011/02/14(月) 02:06:29.75 ID:J4PEtpCFo
――移動中の車内 オスカー オーソン

オスカーはフレンダが暮らしていると言われているアイテムの共同アジトに向かっていた。
同僚の隊員が送る車の助手席に腰を落ち着かせているオスカーは折角、定時で上がれたのにと内心に愚痴る。


監視任務は解かれるまで常に見張らなければいけない。
これが結構つらかったりする。


因みにオスカーはフレンダの暮らしているアイテムの共同アジトの反対側のビルの屋上から超望遠スープによる監視。
コンビニで漫画でも買っとけば良かった、と暇つぶしのツールを買い忘れたので猟犬部隊の同僚に自分が監視中に買ってきて欲しいと頼んどいた。


「にしてもなんだって同じ暗部組織の監視をやらなきゃいけねぇんだろうな」


「言うなよ、オーソン。これは任務なんだ、木原さんに抗命したら殺されるどころじゃ済まされないぜ?」


オーソンはわかってるよ、とハマーのハンドルを握りながらつぶやく。
もうそろそろでアイテムのフレンダが住んでいるとされるアジトの反対側にあるビルに到着する頃合いだった。


どれほど監視任務が続くか分からない。
しかし、オスカーは脳裏に数多の顔を思い浮かべ、しっかりやらなきゃな、と身を引き締めるのであった。

552: 2011/02/14(月) 02:07:14.21 ID:J4PEtpCFo
――柵川中学付近の雑居ビル ベティとケイト

高層ビル群が建ち並ぶ再開発地区の付近にぽつねんと建てられている柵川中学の学生寮。
スキルアウトの根城とか言われていたが構わない、とベティは思い、ケイトの差し入れでお湯が入ったカップ麺を食べていた。


(実際、監視っつてもなぁ…何かごく普通の中学生じゃねぇか)


移動中に携帯端末で見た情報だと、幻想御手の一件で学園都市の暗部に墜ちた少女。
ベティ個人としてはかわいそうに、と思ったがカップ麺を啜っている最中にそんな事は頭の片隅から永遠に紡がれることはなく、消えていく。


リューポルド社製のスコープにずいと片目を宛がい、洗濯物をしまい込む佐天涙子とかいう女を覗いていく。


(普通の女の子じゃねぇか…)


真っ黒な特殊部隊の格好の男はレミントンM24スナイパーウェポンシステムと銘打たれた往年の傑作狙撃銃のスコープからのぞき込みつつ思った。
その横には照準補佐をする為に双眼鏡を首からかけ、オークリーのサングラスをかけているケイトがいた。
彼はバックの中からレミントンM24を補佐する昼夜使用可能の大型スコープをずいっとと取り出す。


「見てる限りだと、何もしねぇな…」


「あぁ…ま、話す奴が居て助かったよ。監視任務って言ってもかなり暇そうだしな」


「ってかよケイト。お前はあの子の護衛に来る狙撃手の監視だろ?いいのかよこっちに来て」


ベティはケイトに狙撃手の居場所を尋ねる。
ケイトはここら辺で見張ってたら近い内来るだろ、と笑いながら昼夜両用の暗視装置付きのスコープを組み立てていく。

恐らく木原さんの妹の過剰な警戒心から来た今回の任務なんだな、と割り切り、再び二人は佐天の監視体制に移行していった。


スコープに移るただの少女を見ている内に二人の作ったカップ麺はのびていった。

553: 2011/02/14(月) 02:07:46.26 ID:J4PEtpCFo
――佐天の学生寮付近

トヨタのランクルが佐天の学生寮の近くに停車する。

夕日に照らされてぎらと光って反射するボンネットを見て、まぶしいな、と砂皿はつぶやく。
ステファニーを助手席で待たせておいて腰にグロック17を差し込んだまま、佐天の学生寮に向かう。


(僥倖か…?それとも、罠?)


アイテムのフレンダ―即ち、ステファニーの妹―と接触し、救出するという作戦の第一ステップはまず、アイテムの連絡係、佐天涙子との接触で始まったのだ。
彼は学生寮の佐天が暮らしている部屋のドアをこんこんとノックする。


『はい、どちらさまですかぁ~?』


ドア越しから声が聞こえてくる。
元気な女の子の声だった。


「護衛の任務を承った砂皿という者ですが…佐天涙子さんのお宅でよろしかったでしょうか?」


『あ、そうです、佐天です。ど、どうぞ、入って下さい…』


ドア越しに聞こえる声の主がガチャリとドアをあける。
チェーンロックを外し、すっとドアが開く。


砂皿は一礼するとお邪魔しても?と再確認。どうぞ、と佐天は言うと砂皿を家に上げた。

554: 2011/02/14(月) 02:08:35.68 ID:J4PEtpCFo
「え…っと何から話せばいいか…」


佐天は帰ってきて直後に、不意にやって来たボディガードの男に動揺しつつも氷水を出す。
彼女に寡黙な男の印象を与えた砂皿は水には手を着けず話しの本題に入っていく。


砂皿は一度深呼吸すると「整理しよう」と一言言う。
言われた佐天は「は、はい!」とうわずった声で返事をする。


「この仕事の依頼主が誰だか分かるか?」


「依頼主というか…護衛を頼んだのは…私って事になるのかな?」


「なんだ、君もよく把握してないのか?」


「いえ…ここ最近学園都市の中でも内訌問題がなんたらって…それで連絡係をやってる私にも身の危険があるって」


「つまり…くだらない縄張り争いに巻き込まれないようにするために俺が君を守るために派遣された…って事か」


「そういう事になると思いますね…」


砂皿はそこまで聞くと「ふむ」と一度区切り、腕を君で考え込む。
その光景を見ていた佐天は砂皿から視線をそらし、一度外をぼんやりと見つめる。

555: 2011/02/14(月) 02:09:02.10 ID:J4PEtpCFo
「君は何で俺を護衛に推したんだ?」


「あぁ…えーっと、フレンダさん?ちゃんって言ったら良いのかな?とにかく、フレンダっていう人が砂皿さんの事を知りたくて、今日、MARに言ったんです…連絡先を教えてくれって」


「何故、フレンダと言う子は俺の連絡先を知りたがっているんだ?」
(フレンダ…ステファニーの探している妹ではないか)


「砂皿さんの知り合いなんですよね?しかもフレンダちゃんも知り合いって言ってまして…、その…ステファニーっていう人と…」


「あぁ。知り合いだ」
(成る程。連絡係の彼女にはフレンダは姉との関係を“知り合い”と言っているのか。同じ仕事をしている関係の間柄でも一応の区切りはつけている、と言うことか?)


「やっぱり知り合いだったんですね。あ、それで、フレンダちゃんが砂皿さんの連絡先を知れれば、砂皿さん経由でステファニーさんと連絡を取れるって彼女は考えています」


砂皿は「ほう」と否定をするわけでもなく、肯定をするまでもなく、応用に相槌をうって佐天に答える。


「そしたら、砂皿さんの連絡先を教えて頂けませんか?フレンダの連絡先わかったら砂皿さんに連絡するので、砂皿さんはそこからステファニーって言う人にフレンダちゃんの連絡先を教えれば二人は連絡を取れると思うんです」


「少し面倒だが、現在では一番手っ取り早い方法だな…」


「そうですねー…でも、フレンダの連絡先は私がなんとかアイテムのリーダーに聞こうと思います!なので…近日中には教えることが出来ると思います!」

556: 2011/02/14(月) 02:09:27.88 ID:J4PEtpCFo
「少し話しは変わるが…フレンダは何故、知り合いのステファニーを探しているんだ?」


「……さぁ?」


「何だ、知らなくて協力しているのか」


「は、はい…」と佐天は気まずそうな表情を浮かべる。
砂皿はそんな彼女を見つつ、お人好しだな、と内心にひとりごちる。


彼は佐天の方を向くと、伝言を頼みたい、と彼女に伝える。
言われた佐天は「伝言?」とオウム返しに聞き返す。


すると数々の戦場を疾駆した男がゆらと立ち上がり佐天に伝える。






「姉も、妹の事を探しているから、待っていろ、とな」

567: 2011/02/19(土) 18:20:13.90 ID:p/ocpvSSo

――ランクルで待機するステファニー


助手席でFEN(在日米軍放送)を垂れ流しにして聞いているステファニー。
しかし、視神経は飽くまで柵川中学学生寮の周辺に集中している。



ステファニーの乗っているランクルの後方にある雑居ビル。
彼女はそのビルをちらと見る。
逆光でよく見えないが、雑居ビルの屋上に僅かに何か光って見えた。



(ん?)


おかしい、とステファニーの戦場で培った勘が黄ランプを照らしている。
彼女はその信号に素直に従うことにした。



素早くランクルの運転席に移動して予備のキーをポケットから取り出す。
ドアの横に着いているサイドミラーのスイッチに手をあてて角度を調整してみる。



サイドミラーが適角に移動するのを確認したステファニーは再び助手席に移動する。
FENから流れるKanye Westの「Slow Jamz」のトラックに決して揺られることはなく、冷静に雑居ビルに居るであろう何かの正体を精査しようとする。

568: 2011/02/19(土) 18:22:13.74 ID:p/ocpvSSo

(にゃはーん。監視されちゃってますねぇ~)


悠長なことを一人内心につぶやきながらも、彼女の採った行動は迅速だった。
まずは砂皿に連絡。携帯電話で砂皿の番号にワン切りする。



そしてもう一度ミラー越しに監視している人数の正体を見極めようとする。


(一人…いや、二人?獲物はレミントン…?アキュレシーかしら…)


ともあれ、中距離から遠距離にかけての狙撃銃だと吟味する。
そして次に、得物は一つだけ?と推測する。



一人はスコープに片目を押し当ててアイテムの連絡係の部屋を監視している。
恐らく砂皿とアイテムの連絡係が接触している所がキャッチされているだろう。



妹を救出しようとする計画がばれた?と思い、舌打ちをする。
射頃するか?と一瞬考えたが、待機。


情報はばれていない。
砂皿さんが裏切り者でも無い限り平気です、と自分に言い聞かせる。



(と言うことは…何かしらの思惑が…?)



自分達以外の何かしらの勢力が動く気配をざわとステファニーは感じた。
しかし、その正体が何者か定かではない。

569: 2011/02/19(土) 18:23:36.38 ID:p/ocpvSSo
しかし、はっきりしている事がある。
アイテムないしはアイテムの連絡係は監視されている。



途端、ステファニーの内面にめらと燃え上がる炎。
妹も監視されている?



そう考えるといてもたっても居られなくなり、ステファニーは苛立ちを隠せない様子で切歯扼腕する。


彼女はガムを食べて風船を作り、イライラをごまかすのだった。

570: 2011/02/19(土) 18:24:35.30 ID:p/ocpvSSo

「は?そのステファニーって言う人は、フレンダちゃんの知り合いじゃないんですか?」


「姉妹だ。君はフレンダから知り合いと教えられていたそうだったが、ステファニーという人物はフレンダの姉だ」


佐天はそう言われると驚いて、仕事用の携帯電話を取り出し、アイテムのプロフィールを確認していく。
名前はフレンダとだけ。佐天は確か、ステファニー…なんだっけ?と長ったらしい名前を思い出してみよう思い、ステファニーのデータを引き出す。


(ステファニー=ゴージャスパレス…変な名前…じゃ、フレンダも…?)


データにはフレンダとしか名前が記載されていない。


佐天はアイテムのメンバーにフレンダと呼ばれている彼女の本名に今まで何ら興味を示してこなかった。
しかし、今になってみれば、名だけで、姓がない人なんて、存在しない、と当たり前の事を思い出す。


「フレンダ=ゴージャスパレス…フレンダの本名だ」


「フレンダちゃんの本名が…それ」


砂皿はそうだ、と力強く頷く。

571: 2011/02/19(土) 18:25:47.04 ID:p/ocpvSSo
「そしたら…フレンダ…は姉に会おうと…?」


「そうなるな…」


「で、砂皿さんがフレンダと会いに来たって事ですか?」


砂皿はあぁ、と再び頷くが、佐天はその表情をみる前に下のフローリングに目を向けていた。
どうするつもりなの?それが彼女の最初に頭にもたげた疑問だった。


(フレンダは姉と会ってどうするつもりなの…?知り合いに会うってだけなら…)


知り合いに会うだけなら学園都市のどこかで落ち合える。
しかし、フレンダは昨日の夕方からついさっきまで知り合いを探すと称し、MARのテレスティーナの所まで足を運ぶ程の行動力を見せた。


学園都市で会うだけならばここまでのことはするだろうか?いや、しないだろう。


「君には言っておくが、姉は妹を救出する気だ。君にも協力して貰いたい」


佐天が頭をひねって今後、フレンダがどういった行動をとるか予想している最中に、彼女の体に衝撃が突き抜けていく。
救出?と自分の言った言葉の意味を頭で反芻し、理解しようとする。

572: 2011/02/19(土) 18:26:29.77 ID:p/ocpvSSo

まさか、学園都市から脱出するつもりなのだろうか?
姉と妹、二人とも学園都市で仲良く暮らすつもりなのだろうか?


種々の疑問が頭に浮かび上がって来て、それらは氷解する事なく、佐天の脳にストックされていく。



「じゃあ…フレンダとその…お姉さんが遭遇した場合…一体どうするつもりなんでしょうか…?」


「救出してから…以後は…さぁな…だが、学園都市にいる事は無い」


「…そうですか……私はどうすればいいんでしょうか?」


「だから、協力して頂きたい、と言ったはずだが」


「協力…何をすれば良いのかわかりません」


「学園都市は暗部に居るフレンダがここから脱出する事を決して許す筈がない」


暗部で仕事をしている人物は即ち学園都市の見せたくない面を外部の世界に伝わってしまう可能性があった。
技術で他国に大差をつけて先頭を行くこの地の防諜に実は子供達を使ってしました、なんて事が漏洩してしまった場合、他の諸国からの信頼は失墜する事は火を見るよりも明らかだった。

573: 2011/02/19(土) 18:27:50.11 ID:p/ocpvSSo

アフリカや中東の諸国と同様に子供兵がいるなんて事が知れたらそれこそ学園都市とその自治を認めている日本の信用に関わる重大問題だ。
佐天は子供ながら、こんな事が表に出たらまずい、と思いつつも自分はどうすればいいのだろうか、とただ悩む事しか出来なかった。


「…フレンダがもし学園都市から出るといった場合、砂皿さんはその脱出を手助けする…って事ですか?」


「あぁ」


「その…お姉さんは今、どこに?」


「下のランクルの中に居る」


「……そうなんですか」


佐天は自分の知らない所でフレンダの脱出計画が進行しているんだな、と気づく。
しかし、と思う。フレンダの連絡先を知らないから、砂皿はここにきたのではないか?


『貴女(あなた)の知り合い…いや、組織の構成員であるフレンダに連絡を取って欲しい』


砂皿は確かにそう言っていた。
しかし、佐天はフレンダの連絡先を知らないのだ。



「じゃ、私はフレンダの連絡先を聞いて、あなたに伝えれば良いんですよね……」


「そういう事になる」

577: 2011/02/19(土) 20:34:58.71 ID:p/ocpvSSo

その後は?
フレンダはどうなる?

佐天はその後の事を想像した。アイテムは一体どうなるのだ?まさかそのままフレンダが抜けて何もない、という訳にはいかないだろう。
全く予想が付かない今後の展開に、彼女は息を?む。



と、その時だった。


プルルルルルル……


砂皿の携帯の着信音が佐天の狭い学生寮の部屋に木霊する。
佐天はわずかながら肩をふるわせて着信音の音源の方を見つめる。



しかし、砂皿はその携帯を取り出して通話することはなかった。
携帯はそのワンコールの後、切れてしまった。



きょとんとしている佐天を横目に見つつ、彼はステファニーからか、と考えつつ、ポケットに入っている電話を取り出す。
何か見つけたのだろうか?と砂皿はステファニーから掛かってきたワンコールの意味を考える。



(ひとまず…この場から退くか。ホテルもここの近くが良いだろう…)



まずは調布近辺にあるホテルから、護衛がしやすい様に彼女の家から程なく近い所に居を構える必要がある。
そう考えた砂皿は自分の連絡先が書いてある紙を佐天に渡す。



「フレンダの連絡先、頼んだぞ」と砂皿が言い、部屋を出ようとすると、不意に佐天から「待って下さい」と声が掛かった。
「ん?」と砂皿が後ろを振り向くと、なにやら不安げな表情の佐天が視界に映った。

578: 2011/02/19(土) 20:38:50.43 ID:p/ocpvSSo

「アイテムは…どうなるんでしょうか?」


「……」


暫く沈黙が彼女達の居る空間を支配する。



「……アイテムのメンバーに伝えるかどうかは君が決めろ」
(いきなり押しかけて自分で決めろ、っていうのもひどいか…?)


ひどいと思いつつも砂皿としてはフレンダを助け出すだけ。
そしてそれを阻止する者を排撃するだけ。
後の事は正直、知った事ではなかった。


「…そうですか…では、フレンダの姉が助けに来たって事はフレンダに伝えときます…その時に、今後どうするか、本人とアイテムの他のメンバーに話してみます」


「そうしてくれ」


砂皿はそう言うと、ブーツを履き、部屋を出て行った。
自分の身があの男に護衛されていると思う安堵の気持ちの反面、いつしか学園都市から居なくなる護衛。
そしてその時には恐らく居ないであろう、フレンダ。


(アイテムは…どうなるの?)


様々な思いが一緒くたになる。
しかし、佐天は携帯電話を起動して麦野に連絡を取ることにした。




To:麦野沈利

Sub:久しぶり~

よっ☆

いきなりで悪いんだけど、フレンダの連絡先分かる?><
知ってたら教えてくれ~




タブレット型携帯電話をピコピコと押して
麦野に連絡する。あとは返事が来るのを待つだけだった。

579: 2011/02/19(土) 20:40:10.64 ID:p/ocpvSSo

――麦野沈利の住んでいる高級マンション


「おい、麦野、携帯鳴ってるぞ?」


「取ってぇー、はーまづらぁ」


はいよ、と浜面は答えながらマホガニーの机の上で鳴動している携帯を手に取る。
麦野は浜面から携帯電話を受け取るとメールフォルダを開いてみることに。


(また電話の女から?ってかあの女、私より年下って分かってるくせにタメ口かよ…ったく…)


(で、肝心の内容っと…はいはい、ってフレンダの連絡先?)


フレンダ単独に寄せられる仕事の案件なのか?と麦野は一瞬予想を巡らすが、それはないと否定する。
今まで絹旗にしろ、フレンダにしろ、単独の仕事の場合でも必ず麦野を通して伝達されて行われていた仕事の案件。


(さては電話の女…何かあったか?)


脳裏にちらと思い浮かぶ電話の女の表情。

580: 2011/02/19(土) 20:41:07.48 ID:p/ocpvSSo

つい数ヶ月前までランドセルを背負っていた小便臭いガキに何か企む狡知は蓄えられていないだろう、そう考えた麦野は電話帳からフレンダの連絡先をドラッグする。
そしてコピーすると電話の女に送信するメールに貼り付ける。これで完了だ。


(よし、これで送信っと…)


メールが送られた事を指し示す送信完了の文字が浮かび上がると画面は自動的に切り替わり、待ち受け画面に。
その画面には浜面と遊んだ時のプリクラ画像が貼り付けられていた。
最近のゲームセンターではプリクラを赤外線で携帯に移送する事が出来るのだ。


「ね、浜面?」


「何だ?」


「電話の女がフレンダの連絡先を聞いてきたんだけど、どういう事かしら?」


「いんや、よくわからねぇな…?仕事の案件?」


それはないわ、と麦野は言い返す。
ま、いっかと頭の片隅に追いやると麦野は浜面に抱きつく。


ここ数日、麦野と半同棲生活を送っている浜面はこの甘えてくる麦野が大好きだった。
普段裂帛の気合いで任務を遂行し、鬼の様な強さを誇る麦野。
そんな彼女が唯一女の子の様に振る舞える場所が浜面という男にはあった。

581: 2011/02/19(土) 20:41:39.09 ID:p/ocpvSSo

――柵川中学学生寮

「あ、連絡来た」

砂皿は一度装備を整えて近くのホテルで警護すると言ってきたので佐天は連絡を待つ。
携帯のメール受信フォルダを見ると麦野からだった。


フレンダの連絡先が記載されているメールだ。
これで砂皿緻密と行動を共にしているフレンダと連絡が取れる。


(案外にチョロかったわね…)


これでフレンダと知り合いというステファニーが会えるわけだ。
昨日から続く人捜しの様な任務は終了したと言うことだ。


けれど、と佐天はあごに手をやり、考える。



フレンダは姉にあってどうするんだろう…?そして私達は?

582: 2011/02/19(土) 20:42:49.30 ID:p/ocpvSSo
――佐天の学生寮を監視しているベティとケイト


「さっきの男が砂皿緻密か…」


「そう言うことになるな」

二人の足下にlころがるカップラーメンの容器。
ケイトは監視をベティに引き継ぐと情報バンクにアクセス出来る端末をノートパソコンに接続し、データを走査する。


(砂皿緻密…どんな男なんだ?)


数多の妹でMARの指揮官であるテレスティーナの厚意でアイテムの連絡係の護衛を仰せ付かった砂皿という男に興味が湧くのは自然な流れだった。
レミントンのスコープをぱたりと閉じて、最新の暗視ゴーグルを使って監視するものの、何も変化はない。
暗視装置から浮かび上がってくる彼女の生活はたまに携帯電話をいじったりするだけで取り立てて普通の暮らしだった。


夏の長い陽が暮れ始めている。
砂皿緻密が一度連絡係の暮らしている寮からどこかへ向けて帰ってから既に二時間ほどが経過していた。


二人は再開発で慌ただしい立川のビル群を見つめる。
無機質な建築物がもの言わぬプレッシャーを与えているようにケイトには映った。

583: 2011/02/19(土) 20:44:16.42 ID:p/ocpvSSo

と、そこでダウンロード中のデータが更新された。
ピピピと機械音が雑居ビルに小さく響くと、ケイトがモニタに映し出された文字を目で追っていく。
音を聞いたベティもついついモニタに目をやってしまう。


「おい、どうなんだ?」



一瞬モニタを見て再び監視体勢に移行するベティはケイトがなんてやつだ…と驚く声を聞き逃さなかった。
ケイトは「今から…砂皿緻密の経歴を読みあげる…」と少し震える声で言う。
ベティは暗視装置でアイテムの連絡係である佐天を監視しつつ「な、なぁにビビってんだよ?」と少しだけ震える声で茶化す。


「砂皿緻密…高校卒業後、自衛隊に入隊、五年間市ヶ谷の特殊作戦群に所属、後、フランスとスペインの傭兵部隊に所属」


「以後、民間軍事会社に就職した後、オーストリアのコブラ特殊部隊で教官後、フリーに…っておい、コイツ一級の暗殺者じゃないか?」


ケイトはパソコンに映し出されている目つきの悪い男の顔を見つめながら端的に感想を述べていく。
こんな奴があの連絡係の護衛なのかよ、と一瞬弱気になったケイトはちらと前を向く。


ベティもケイトが読み上げた砂皿の経歴に驚いている様で暗視装置に佐天の宅を見つめがなら「あぁ」と小さい声で首肯するのをケイトは見逃さなかった。

584: 2011/02/19(土) 20:45:14.85 ID:p/ocpvSSo

「油断は禁物だな…」


「そうだな…俺にもそいつの経歴しっかり見せてくれ」


暗視装置から一度目を離し、ベティはケイトが調べたデータに目を通す。
ケイトはベティがごくりと生唾を呑み込むのを見逃さなかった。


「こいつ…相当な手練れだ…」


「あぁ…」


二人は先程までスコープに映っていたいかめしい目つきの傭兵を思い出し、震えつつもアイテムの連絡係の寮の監視行動を続ける。

585: 2011/02/19(土) 20:47:10.21 ID:p/ocpvSSo

――学生寮の近隣にあるホテル

砂皿とステファニーは調布近辺のホテルから移動し、立川近辺のホテルに拠点を移動した。
と言うのも、砂皿に入った依頼の為だ。


「さっきのワンコールは一体どうしたんだ?」


「その事なんですけど…私達かアイテムのどちらかが、監視されている可能性がありますね。或いはその私達とアイテム、どちらも…」



「成る程…アイテムの連絡係の彼女の家も…か?」


「えぇ。恐らく…。しかも狙撃銃を携帯していました…にしても、アイテムの連絡係の護衛の依頼とか、ちょっとおかしいですね」


「おかしいとは?」


「だって、変じゃないですか?私達が私の妹を助け出そうとしているのに合わせて、学園都市側が牽制球を放ってきたとしか思えないですよ?」


「…なんとも言えないな…ただ、電子機器による通信は辞めた方が良いかもしれないな」


「傍受される危険…ですか?」


「あぁ。学園都市の技術は数年から数十年進んでいる。その事は貴様が一番知っているはずだぞ?ステファニー」


ステファニーはえぇ、と頷きながら答える。

586: 2011/02/19(土) 20:48:38.72 ID:p/ocpvSSo

彼女は砂皿が机に置いた佐天の連絡先が記されているメモ用紙を見つめる。


(あの紙に書いてある連絡先からフレンダの連絡先を聞いて、すぐにでも…連絡を取れれば…!)



目の前に妹と連絡を取ることが出来るかもしれない連絡先が記されている。
彼女達は知らないが、事実、佐天はアイテムのリーダー、麦野からフレンダの連絡先を教えてもらい、ステファニーに送信しようとしていた。




ステファニーは妹と連絡を取れない事に歯がみした。
しかし、もし学園都市側が何らかの手段で警戒行動を取っていた場合、うかつに連絡を取ることは出来なかった。



学園都市のなんらかの技術によって砂皿と佐天の行った行動が傍受されるとも限らない。
そう思った砂皿はNECの最新式の暗視装置でもう一度学生寮の付近を監視する。
ステファニーが先程車内でワン切りコールをよこしてきた事で佐天が監視されている事を知った砂皿。



現在も雑居ビルの屋上でひそひそと隠れながら監視している工作員とおぼしき連中がちょこんと見える。
何が始まるんだ?砂皿は推測する。

587: 2011/02/19(土) 20:49:29.29 ID:p/ocpvSSo
「もう一度アイテムの連絡係と話しをしてくる」


「…既に私達の会話や通信記録が傍受されてる…と?」


「いや、その線は薄いと思う。まだ、我々は何もしていないしな…ただ、念には念をだ…」


「そうですね」


砂皿は立ち尽くしているステファニーの横を通り過ぎ、ガチャリとドアをあける。
眼下に小さく見える柵川中学の学生寮へ砂皿は再び向かっていった。

588: 2011/02/19(土) 20:49:59.57 ID:p/ocpvSSo

――柵川中学学生寮

「さーって、フレンダの連絡先も分かった事だし、さっさと連絡しちゃいますか」


不意に掛かってきたマコチンとの電話も終わり、佐天は仕事用の携帯を取り出し、先程貰った砂皿の連絡先を打ち込んでいく。
そしてそこにフレンダの連絡先を貼り付けして完了。


と、その時だった。
ドアのノック音が鳴る。俺だ、と佐天の護衛に就任してまだ数時間の男、砂皿がそこにいた。


「あれ?また来たんですか?一体どうしたんですか?」


「…もうフレンダの連絡先を俺の携帯に送ったか?」


佐天はいや、まだです、と答える。
砂皿は良かった、と一言つぶやく。


「何か問題でもあったんですか?」


「既に誰かに監視されてる可能性がある」


「か、監視ですかぁ?」


「あぁ」


ホントですか?と目をぱちくりしている佐天をよそに砂皿は暗視装置から出力した粗い目の画像を見せる。

589: 2011/02/19(土) 20:50:43.44 ID:p/ocpvSSo

佐天はその画像を見せられて。どうすれば…?と何をしたらいいか分からない、といった風に首をかしげる。


「取り敢えず、そのまま生活してくれれば問題はない…ただ、フレンダと連絡を取るのは辞めた方が良い。あと俺にもだ」


「何でですか?」


「普段の友人との交信は良いとしても、イレギュラーな内容の交信は慎んだ方が良い。監視されている危険があるかもしれない」


佐天はそんな…と驚きを露わにする。
何故、監視される事になったのだろうか?と疑問が頭にもたげてくる。


「恐らく…君が今日フレンダ達と一緒にテレスティーナの所に私の所にいったからだろうな…」


「何でそれで監視をされる事になるんですか?」


「君たちアイテムが何か企てている、と考えたんだろう…」


「では…フレンダが学園都市から抜け出すっていう計画には気づかないまでも、何かしようと考え、一応監視を出したって事ですか?」


「あぁ。そう見るのが大筋だろう」



砂皿は佐天の暮らしている学生寮が展望できる付近のホテルに拠点を構えた。

590: 2011/02/19(土) 20:51:38.63 ID:p/ocpvSSo

カーテンの隙間から暗視装置をちらとだけ覗かせ、佐天に危険が及ばないか監視していた。


その時に小さく見えた監視の兵隊の画像を佐天はちらと思い浮かべる。





(何よ…事態はそんなに深刻って事…?)



佐天は自分の身に危険が及んでいるのでは?と思う。
しかし、自分ではどうしようもないし、護衛の男の顔をみて佐天は少しだけ安心した。


佐天は砂皿に入手したフレンダの連絡先を渡す。
彼はそれを受け取るとすっくと立ち上がり、学生寮を出て行った。

591: 2011/02/19(土) 20:52:08.78 ID:p/ocpvSSo

――アイテム共同アジト


「涙子、護衛の人と接触したのかな?」


「どうだろうね?」


フレンダは心配そうな表情を滝壺に向けて浮かべる。
姉と二人組んでいるという傭兵。
その傭兵とコンタクトを取れれば一緒に行動している姉と連絡を取ることが出来るかもしれない。


そんな一縷の望みにかけたフレンダはアジトに一緒にいる滝壺の肩に寄っかかる。
ソファに座っている二人。
後ろから見ると金髪のブロンドが黒髪にもたれかかる様に見える。

滝壺は肩に寄っかかってきたフレンダに動揺することなく、ちらと少しだけ見つめる。


「ねぇ、フレンダ?」


聞いておきたいことが彼女にはあった。
それは今後のアイテムという組織の存続も掛かっている非所に重要な議題だ。


なぁに?と甘えるような声でフレンダは滝壺に答える。


「お姉ちゃんが見つかったら……フレンダはどうするの?」

592: 2011/02/19(土) 20:52:55.57 ID:p/ocpvSSo

「……結局、問題はそこよね…」


「このまま、学園都市にいるつもりは…」


「ないわよ…うん……」


姉が見つかって、それでもアイテムで命をすり減らしてこの学園都市に殉じる…最悪だ。
姉を見つけるため、少しでも何か手がかりがないかと思って入った暗部組織。


姉が見つかったからには暗部を抜け、学園都市から去り、さっさとどこかに住んで、普通に学校に通って…といきたいところだ。
しかし、おいそれと学園都市からでられるものか。


学園都市から逃げる…。
高校に行かず、暗部に身をやつしているフレンダが学園都市から出ようとした時、「はい、いいですよ」という訳がない。


「…じゃあ、アイテムから抜けるってこと…?」


「うん…そうなるかな」


「麦野達にも言うの?」


「……言った方が良いかな?」


「……わからない…むぎのの性格だと…」


滝壺は思う。
アイテムのリーダー麦野にフレンダがアイテムを抜けると言ったら…彼女は恐らく烈火のごとく怒るであろう。
怒らないにしても「いいわよ?」という訳がない。麦野はそういう女だ。

593: 2011/02/19(土) 20:53:56.19 ID:p/ocpvSSo

アイテムという身内の中から出る裏切り者、彼女は、フレンダがいかなる理由を告げようと、そう判断し、フレンダの学園都市の脱出行を認めないだろう。


(裏切りは許さない…私がアイテムを辞めるって事が、もしばれたら…?)


フレンダは麦野の怒りに狂った姿を想像する。
最悪、氏も考えなければなるまい…普段は服や美容の話しに興味が有り、博学の彼女だったが、ひとたび戦闘になると目的を達成するまで執念深く、それを遂行しようとする。
そして、任務に失敗や不備があればそれを補い、補完しようとし、他の目標を見いだす。


そんな彼女がフレンダの脱出行を納得するか…?
話してみなければわからない…一体どうすればいいのか。
フレンダは思考を巡らすが、どうすればいいか検討も付かない。


「話してみようよ…?きちんと順序だてて話せば…ね?」


「……麦野も分かってくれるかな?」


滝壺の双眸に映るフレンダは日中、姉と接触できるきっかけを掴んだ時の嬉しそうな表情とは打って変わって、今にも泣き出しそうな表情だった。
そんな表情を目の前で見せられた滝壺は、ここ最近しているように、ぐっと自分の方に泣き出しそうなブロンドの少女を引き寄せる。

594: 2011/02/19(土) 20:54:26.71 ID:p/ocpvSSo

「…滝壺?」


「まだなにもしてないよフレンダ。考えすぎは止そうよ」


「うん…そうだね…、次の仕事で全員が集まったときにちゃんと言ってみる…」


「言うタイミングはフレンダが決めたほうが良いよ。私はそれを支持するから」


「支持してくれるのは……それだけ?」


「…ううん。フレンダが決めた事は支持する…暗部から抜けるって話しも、ね?」


フレンダは滝壺の肩に体を預け、目をつぶる。
彼女の頭を滝壺の小さい手がゆっくりとなでていく。その動作がたまらなく心地よかった。

595: 2011/02/19(土) 20:55:28.91 ID:p/ocpvSSo
――佐天の学生寮を監視しているベティとケイト

ケイトの無線が任務の更新を告げる。
全身漆黒の特殊部隊のいかめしい格好をしているこの人物に連絡をよこしたのは木原数多という猟犬部隊の指揮官だった。


げっ!木原さんか!俺なんかしたか?とケイトは自分がミスをしたかどうか考える。
あの人の前で失敗は決して許されない。無慈悲で有名な数多の前で生き残るには正確に、そう。まるで機械のように任務を遂行する事が重要なのだ。


『オイ、ケイト…砂皿緻密が学生寮を見渡せるホテルに移動したっていう情報が入った…猟犬部隊の他のメンバーが発見したそうだぁ。今から座標を送る』


「あ、はい!了解いたしました…!」
(良かった任務の更新か…!ったく!寿命が縮まるぜ…!)


ケイトは数多の指定してきた座標ポイントに向かうために準備を始める。
リューポルド社製のスコープをばらし、アタッシュウェポンケースにレミントンM24を収納していく。
その間にも監視を続けるベティを横目に見つつ、ケイトは指定された座標のホテルに向かっていった。


砂皿が宿泊している部屋の隣に移動しろ、との命令を受領したケイトは雑居ビルの一階に来た猟犬部隊の補給部隊から衣服やその他ツールを貰う。
雑居ビルの一階で特殊部隊の衣装からスーツ姿に着替え、オフィスマンの様な格好になったケイト。


「…準備は出来たか?」と同僚が彼に声をかける。
ケイトはあぁ、と小さく頷くと同僚の運転してきた2010年モデルのシボレーサバ―バンに乗り込み、砂皿緻密が構えているというホテルに向かっていった。

596: 2011/02/19(土) 20:56:13.24 ID:p/ocpvSSo

――柵側中学の学生寮付近のホテル

砂皿がステファニーのいるホテルに帰還する。
フレンダの連絡先を手にした彼はホテルのドアをノックする。


「MI」

『水』

「不足」

『ロシュフォート』


決められた言葉でお互いが本人であることの確認を取る。
がちゃりとホテルのドアをあけるとステファニーが今か今かと心待ちにしていた様で、「妹の連絡先は?」と目をきらきらと輝かせながらやってきた。


砂皿はステファニーの問いに答える前に、まぁ落ち着けとなだめ、さっと紙を渡す。


「これが…妹の連絡先?」


「あぁ」


「フレンダ…」


ステファニーはそうつぶやくと大切そうにそのメモ用紙を両手で抱きしめる。
まるでそこに妹のフレンダがいるかのように…。


「砂皿さん、それで…アイテムの連絡係と話しはつけてきたんですか?」

597: 2011/02/19(土) 20:57:10.66 ID:p/ocpvSSo
「あぁ…日常の連絡は取ってもらってかまわないが、学園都市から貴様の妹と貴様が脱出しようとしている事やそれにかんする連絡は取らないように言っておいたぞ」


「そうですか、ありがとうございます。ここで妹に私がメールしてしまえば…それも意味ない事になってしまう可能性が有り得ますよね…我慢しなきゃ…!」


ステファニーは妹に一言連絡を取りたい一心で携帯電話を取り出すが、メールを送ることは断念。
いつもは明るいステファニーの表情がこの時ばかりはしょんぼりとする。


「いつになったら…私はフレンダと…妹と会えるんですかね…?」


「アイテムのメンバーで話し合いをすると言っていた。それがまとまって貴様の妹が脱出行に参加した時だ」


しかし、と砂皿はステファニーの弁を遮りつつも話す。



「…その時には恐らく戦いは避けられないだろうな…」


「わかってます。妹を助け出すのに無傷でいようなんて思ってません!」


ステファニーはそう言うとぐっと両手に力を込める。













「私は妹の為なら悪魔にでもなります」

598: 2011/02/19(土) 20:57:51.33 ID:p/ocpvSSo

冗談交じりだろうか?
砂皿には表情こそ笑っているものの、その目にはゆらと滾る炎の様な雰囲気を感じ取ったそうだ。
彼もそのオーラに答えるようにあぁ、と力強く頷いた。



砂皿はそう言うと集音マイクをリュックから取り出し、ステファニーに渡す。
ステファニーは首をかしげつつも、集音マイクを壁にあてる。どうやら反応はない。



そう思い彼女は砂皿にぐっと親指をつきたてて砂皿の顔を見る。
視線に気づいた砂皿は首を横に振る。


その表情は曇っている。
どうやら憂慮すべき事態が起こっているようだ。

599: 2011/02/19(土) 21:01:00.88 ID:p/ocpvSSo

――アイテムの共同アジトの近隣マンション オスカー

マンションの部屋を急遽手配した猟犬部隊。
オスカーはそこの部屋から大胆にもカーテンをあけながらアイテムを監視していた。


ベランダを出るとその隙間からちらと双眼鏡を覗かせる。
二人の人物が居る事は確かだった。
それはソファに座っている二人の後姿で確認できる。


(あんな奴らを監視して何になるんだ?)


自分みたいな下っ端には分かる訳がない、と思う反面、何故、暗部といえどもあんな小さい少女達を監視しなければいかないのだろうか?と頭にもたげてくる疑問を払拭しきれずに苛立ちを覚える。

今頃、他の奴らは何してるんだ?オスカーは自分と同じように数多に不意に名前を呼ばれた隊員とそれの交代要員達の事を考えながら少女達の私生活を監視する事に務めた。

600: 2011/02/19(土) 21:02:45.53 ID:p/ocpvSSo

――佐天の学生寮を監視しているベティ


結局何も起きないのではないか?
そんな不安がベティに去来していた。


(おいおい…さっき護衛の男が一回戻ってきたが…ありゃ何だったんだ?)


ベティはつい先程砂皿が再び戻って来た事を疑問に思いつつ、リューポルド社製のスコープを覗く。
交代要員はまだか?いい加減休みたい…。そんな気が沸いてくる。


監視要員は常にスコープに目を宛がい、監視する訳ではないのだが、いかんせん疲れる。
スコープを覗いていないときでも疲労はたまるものである。


(はぁーあ…ったく話し相手のケイトは砂皿とかいう傭兵野郎の監視に持ってかれちまうし…交代要員は来ないし…)


ベティがため息をついたときだった。
彼の無線がピカピカと光っている。彼の高感度無線機が何かを受信した合図だった。


おもむろにベティがスイッチを入れ、会話に応じる。

「はい、こちらベティ…」

601: 2011/02/19(土) 21:03:18.35 ID:p/ocpvSSo

『俺だ…ケイトだ。そっちの様子は?』


「無線で遊ぶなって、ケイト。ばれたら木原さんに殺されるどころじゃ済まないぞ?」


『いや…遊んでねぇ。あいつら、とんでも無いこと考えてやがる…!!』


「とんでも無いこと…?」


オウム返しの要領でベティがケイトの言ったことを聞き返す。
するとケイトは落ち着き払った様子で言い放った。


『妹を捜しているらしいぞ…で、妹の方はその事実に気づいていない。しかし、近い内にその作戦が実行に移される可能性をも示唆していた』


「本当か?」


『あぁ。先程高感度マイクでキャッチした情報だ…!今から姉のデータをそっちに送る!俺が送っても良かったんだが…!』


「わかった。お前がそこでキャッチした情報を俺に送れ…!そのデータを俺が木原さんに送る!」


一気にベティに緊張が走る。
どうやら砂皿のホテルの隣の部屋に移動したケイトは移動そうそうとんでもない重要情報を手にしたのだった。

『じゃあまた連絡する……ぴんぽーん…』


ベティの耳朶に不意に機械音が流れる。
ケイトはホテルの人か?と最後に無線機に吹き込み電源を切った。


恐らくホテルのインターホンが鳴った音だろう――そう考えた刹那、ベティの本能が警鐘を鳴らしていた。
そのドアをあけるな!ケイト!!

602: 2011/02/19(土) 21:03:59.66 ID:p/ocpvSSo

――砂皿達が宿泊しているホテルの隣の部屋のドア前

ぴんぽーん…。


砂皿緻密は弾を装填したグロック17を構える。
消音器をまとったそれを右手にちゃかっと構え、左手でインターホンをおす。


先程から隣の部屋に人の気配がする。
それを察した砂皿は怪しいと判断し、状況を伺う事にした。



「はいはーい」と陽気な男の声が聞こえてくる。
そしてその直後にがちゃりとドアが開くとチェーンロックがかかっているようでほんの僅かな所から男が顔を覗かせているのが見えた。


「どうしたんでしょうか?」


「いえ、こちらで何か音が聞こえたので、何かあったのかな、と思いまして」


「はぁ…音でしょうか」


「はい…」


砂皿とケイトが会話をしている最中、もう一つの動きがあった。
在日米軍から拝借した超高感度集音マイク。


念には念をの一環で砂皿緻密が両サイドの部屋にそれぞれ集音マイクを配置していたのが吉と出た。
どうやら敵さんは学園都市の治安維持部隊らしい。しかも隣にいるのは偵察任務の特殊部隊…。

603: 2011/02/19(土) 21:04:25.27 ID:p/ocpvSSo

角の部屋を予約できなかったのが悔やまれる所だったが、角を取れば柵側中学の学生寮が見えにくいという欠点があった。
学生寮が見えて護衛の任務を全うしやすい所は?そう考えるとやはり両サイドが空き部屋のこの部屋しかなかった。


しかし、チェックインした時にあいているとホテルマンが言っていたにもかかわらず、隣の部屋から人の声が聞こえてくるのは何故だ?
そしてその会話の内容が、自分たちに関する会話なのは何故だ…!?


学園都市側に自分たちが目論んでいる計画が露見しつつある。
そう考えた砂皿はステファニーと共同して会話が聞こえてくる隣の部屋にお邪魔することにした。


「本当に知らないのか?今ここで音がしたんだぞ?」



「いや、こっちの部屋では聞こえてこなかったが…?」


ケイトは砂皿との会話に応じつつ、自分がドアをあけてしまった軽率さを呪った。
簡単な監視任務だと思っていた。

604: 2011/02/19(土) 21:05:09.00 ID:p/ocpvSSo

“油断するなよ”


木原の言葉がケイトの頭の中に反芻してゆっくりと淡い水玉のようにはじけていく想像を浮かべる。
このまま強引にドアをしめるか?いや、待て、さっきからジーンズの後ろに当ててるその右手は何だ?傭兵っ!


怒鳴って、一気にドアを締めようとケイトは一瞬で考える。
そこから一度練り直しだ。そこでちゃんと詳細を木原さんに伝えて…正規部隊で殴り込みをかけて一網打尽だっ!!


(3、2,…)


「だぁーめですよー!ぴしゅ!」


ケイトの背後から間の抜けた女の声が聞こえてくる。
しかしケイトはその声が耳に入ってその言葉の意味を理解するまでの間に意識が遠のいていった。
背後から撃たれたのだった…。


ケイトは永遠の眠りについていった。

605: 2011/02/19(土) 21:05:57.28 ID:p/ocpvSSo

――ケイトの監視していた部屋

「学園都市の治安維持部隊か…」


ステファニーが窓から侵入し、男の背後から撃った。
氏亡が確認出来たので、身元の確認を行っていく。
どうやら身分を証明する者は何も持ってない。


特殊部隊の隊員の胸ポケットから出ていた彼女か?それとも妻?と一緒に撮った写真を砂皿は忌々しそうに眺め、丁寧に元の位置に戻してやる。


「この通信機で連絡をとっていたそうですねぇー」


学園都市製の無電池無線電話を取り上げる。
この隊員が使っていた電話だろう。


「俺たちがしていた会話の内容は聞かれていたか…?送信記録も見れれば良いんだが…」


砂皿はそう言うと無電池電話をステファニーから受け取る。
送信記録は見る事が出来ないようだった。


しかし、はっきりしたことがある。
それは砂皿達も監視されているという厳然とした事実だった。

606: 2011/02/19(土) 21:07:27.73 ID:p/ocpvSSo

――猟犬部隊のオフィス

「おせぇ…何で連絡が取れねぇんだ!!」


木原数多はいらだっていた。
砂皿とかいう傭兵の周囲に不穏な動きが展開されている、とベティから連絡が入り、直接聞いてみようと木原はケイトの無電池電話に連絡をかけているのだが通じない。


(まさか…監視がばれて殺られちまったのか?おいおい、ケイト、そりゃないぜ?)


猟犬部隊は良く訓練された特殊部隊だ。
ベティが調べあげた経歴を読む前に数多もその経歴の輝かしいウォーモンガーっぷりにあきれていたが、まさかこんなに簡単にやられるわけがない、そう思った。


(って待て待て。確かベティの報告だと砂皿って奴は部屋の中で誰かと会話してたんだよな?まさか連れてきた女でもあるめぇし…一体誰だ?)


数多はデスクに猟犬部隊の作業用のデスクにすわりながら推測を巡らしていく。
砂皿という男と通話をしていたのは一体誰なんだ?男なのか、女なのか?


数多はベティとケイトが取っていた交信内容を思い出す。
正確な音声記録として残しておらず、数多はベティに交信する。


「オイ、ベティ」


『はい、木原さんですか』


「さっきのてめぇとケイトの交信を思い出せ。傭兵は誰と会話してたって言ってた?」

607: 2011/02/19(土) 21:08:09.22 ID:p/ocpvSSo

受話器越しにベティの頼む、という声が聞こえてくる。
交代要員の男性に関し任務を引き継いだのだろう。



『はっ!“妹を捜しているらしいぞ…”とケイトは申しておりました』


数多はその話しを聞くとにやりと笑う。
妹ねぇ…。わかった、と数多は頷く。


「引き続き関し任務に当たれ、順に交代要員は派遣するからローテーションしろ、オーバー」


『はい!了解しました』


数多はベティの元気の良い声を受話器越しに聞きつつ電話を置いた。
そしてデスクに散らばっているファイルをざっと見ていく。

それを照らし合わせるように机の上においてあるパソコンから情報バンクにアクセスしていく。


(アイテム…アイテム…姉妹がいる奴を洗えばいい…)

608: 2011/02/19(土) 21:08:43.66 ID:p/ocpvSSo

数多の広いデスクのパソコンに入力されていく情報。
学園都市の統括理事会とほぼ同等の権限を持っている彼にとっては学園都市にいる或いは関わったことがある全ての人物のデータを照合できる立場にいる。


(麦野沈利…絹旗最愛…滝壺壺后…一人っ子……)


(で、アイテムの連絡係、佐天涙子…こいつは弟がいる…でも、学園都市外か、なら会えるな…何も捜索するほどじゃない)


(フレンダ…カナダのカルガリー出身。どうしてこいつだけ名だけで登録されているんだ?外人だからか?)


外人でも暗部落ちしている奴は何人も居る。
決してそれはおかしいことではないのだが、数多が気になったのはフレンダという人物が名だけ暗部に登録されていると言うことだ。


(オイオイ…学園都市側はこんなに雑な仕事してたのかよ…?)


(今は学園都市のミスなんざどうだっていい…!このフレンダとかいう奴の身を洗わないとな…!)


数多は自分の権限をフルに使って情報データを見ていく。
しかし、いかんせん、名だけで金髪ブロンドの少女の親族を見つけることなど出来る訳がない。


二百数十万という数の学生が居るこの学園都市の各地に住んでいる外国人のデータを一度全部洗うか?と数多は考えるが膨大な作業になるだろう、と判断して辞める。
むしろ学園都市にその姉が住んでいない可能性の方が高い。
姉は外部から救出に来たと見て良いだろう。


(…そうか…砂皿とかいう傭兵の周囲を探ってみれば良い…!)

609: 2011/02/19(土) 21:11:15.28 ID:p/ocpvSSo

(そうと決まれば話しがはえぇ…!)


数多はそう考えると砂皿緻密の周囲の関係を調べていく。
調べていくと数多の顔がにやと歪む。


(砂皿緻密…こいつの経歴は確かに化け物だ…市ヶ谷の特殊作戦遂行軍か…で、フランス、スペインの傭兵部隊…でオーストリアのコブラか…すげぇ…!)


(で、この化け物と一緒に行動しているのは…?誰だ…?)


(…ステファニー…ゴージャスパレス…こいつか?)


数多はステファニーの詳細を調べていく。
金髪のブロンドヘア。カナダはカルガリー出身。
かつてはカナダ軍に所属しており、その後学園都市で教鞭を握りつつ警備員としても活躍。


砂皿緻密ほどではないしても彼女の経歴も立派な軍人だ。
二人を猟犬部隊にオファーしてみたいと数多は思った。しかし、それは敵わないだろう。
彼らは既に数多の頭の中では敵として認識されたのだった。


(ステファニー=ゴージャスパレス…コイツがフレンダとかいう奴の姉か?)


確かにフレンダよりも年上だ。
そしてブロンド。何より出身地がカナダのカルガリーという共通点。
かなりの確率で二人が姉妹であると言える。

610: 2011/02/19(土) 21:11:47.58 ID:p/ocpvSSo

(これは一応…作戦発動とみて良いのか?それとも…捜索だけという線も有り得る…もう少しだけ様子を見るか?)


数多が思考を巡らしている最中だった。
がちゃりとドアがあく。


「クカカ…こンな夜中に引きこもり宜しく何パソコンいじってンだァ?」


「テメェか。いやな、まだ決まった訳じゃねぇが、学園都市内で何かが起きそうな予感がするんだ」


「反乱か何かか?」


「あくまで俺の予想だが…逃亡だなこりゃ」


「へェ…。誰が逃亡するんだ?」


「アイテム…テメェも名前くらいは知ってるだろ?」


「あぁ…まだ暗部に墜ちてからまだ日は浅ェが名前くらいなら」


「その中の構成員の内の一人が姉の救出の元、学園都市の暗部から抜ける可能性がある」

611: 2011/02/19(土) 21:12:20.45 ID:p/ocpvSSo

一方通行。
最強の名を欲しいがままにしている男。


得体の知れない男に敗北を喫し、学園都市の絶対能力進化計画は凍結した者の、依然一方通行の操るベクトル変換能力に魅せられる者は多い。
一方通行は絶対能力進化計画が自分の敗北で頓挫した事で簡単に言えば暇になったのだ。


かといって統括理事会が彼を学園都市の闇から下野させることはなかった。
彼に新しく与えられた任務はグループという組織に加われ、という命令。


命令を出してきた組織はうざったいから取り敢えず全員ビルの屋上のタワーにブラド公宜しく串刺しにしてやったが。
それすらも不問にして統括理事会は学園都市の治安を守るために暗部に彼の参入を求めたのだった。


ツリーダイアグラムの破片…即ちレムナントを回収使用とした女をそうそうと片付け、暗部に加わらせた。
にゃーにゃーうるさい頭の切れる男と魔術師と自称してはばからない男をくわえて誕生した組織『グループ』


「へぇ…木原クンの猟犬部隊が惨敗したら、俺もアイテムをぶっつぶすのに参加して良いかなァ?」


「抜かせ。猟犬部隊は警備員の能力者対策方法を熟知している意味でも特殊な部隊なんだ。貴様達に出撃命令が下る前にこちらで鎮圧する」

612: 2011/02/19(土) 21:12:47.65 ID:p/ocpvSSo

「はっはは…いいねェ…いいねェ…そしたら余ったアイテムの女ども…確かあそこは全員女だと?皆頃しは辞めな」


「あ?何でだよ?裏切り者は許さないに決まってるだろぉが」


「…いや、最近女とヤってねェ…クカカ…ご無沙汰なんだわ。しかも、最後にヤったのがよォ…」


「ぷっひゃひゃひゃ…だっせぇぜぇ?一方通行ぁ?あのクローンが初めてで、最後もあのクローンってかぁ?あーひゃっひゃっひゃ…ったく…婦女子暴行はお前の専売特許だからなぁ…」


くだらない話しに二人は興じる。
一方通行と他に三人がいるという『グループ』。
彼らの出撃命令はいつくだるのだろうか?


「でよォ、実際には俺等グループが招集かけられるのはどういったタイミングなンだ?」


「猟犬部隊が壊滅してもお前等には出動命令はくだらないだろうな…もし仮に猟犬部隊が潰されたとしたら…」


数多はその極悪な人相をさらにぐにゃりと歪め、笑いながら言う。


「俺ともう一つの部隊が動く」

613: 2011/02/19(土) 21:13:43.71 ID:p/ocpvSSo

「はっ!たいそうなこった。研究者が戦うとか、見物だねェ…!」


「相変わらず口のへらねぇ野郎だ」


「ハッ!知ったことかよ!」


「ほら、そろそろ行け、俺も疲れてんだ。猟犬部隊の一人と連絡が取れねぇんだ」


一方通行は数多からその話を聞くとご愁傷様ァと全く悲しそうな表情を浮かべずにオフィスから出て行った。

614: 2011/02/19(土) 21:14:09.74 ID:p/ocpvSSo

――MAR司令部のビル

テレスティーナは兄である数多からフレンダとその身辺に起こりうるであろう事態の推測をしていた。

(うーん…本当にフレンダが学園都市から脱出しようとしているっていう証拠がないんだよね)


(猟犬部隊の隊員から連絡が来ないって話しだけど…恐らく殺られたと見ていいでしょーね)


連絡が来ない。
それだけで事態は進んでいるのだと理解することが出来る。


定期的に連絡をよこせと厳命しているにも関わらずここであえて抗命する理由がない。
しかも、最後の連絡を聞く限りだと、任務続行を唱えていた…とすればその後に連絡が入ってこないのはおかしい。


(こっちから牽制球を打ってみるか?兄は飽くまで関し任務…いや、それとも一度上に掛け合ってみるか?)


テレスティーナは統括理事会にこの不穏な事態の事を告げようかどうか逡巡する。
統括理事会にアイテムの事を報告しても、結局はアイテムの管理をしっかりしていないのはだれだ、と限りなく責任の所在を曖昧にする日本的責任転嫁、または責任をないがしろにするシステムが発動する事は否めなかった。


統括理事会の頂点に君臨するアレイスターに言って支持を仰ぐという手もあるにはあるが、いかんせん得体の知れない輩だ。
テレスティーナは治安維持に関与している必要最低限の統括理事会の面々にだけその事を伝えようと思い、ホットラインを取り出した。


テレスティーナは軍事や学園都市の防備に興味を持っている連中にだけホットラインをつなぎ、現況を説明した。
数人の統括理事会の男達はテレスティーナに任せると言う。


(トカゲの尻尾かい…私は)

615: 2011/02/19(土) 21:14:35.81 ID:p/ocpvSSo

数十分かけて現況を説明し、しばらくの間に帰ってきた言葉は「君の思う通りにやってくれ」の一言だった。
何でもやっていいと解釈してしまいたくなる反面、その責任はお前一人だけが取れ、と言われたようなものだった。


しかし、テレスティーナには愛国心ならぬ、愛都心というものがあった。
自分を木原一族の列にくわえた貰った事に対する感謝。それは常に彼女の心にあった。


自分を育ててくれた学園都市の治安が乱れるのを未然に防ぎたいと彼女は強く思う。
テレスティーナは自分の内面にガラにも無くそんな気持ちがあることに苦笑しつつも、即座に行動に打って出た。


(まずは…アイテムのリーダーに連絡…っと)


(…情報バンクに接続…麦野沈利の連絡先…これね…)



テレスティーナはパソコンに文章を打ち込んでいく。
その作業は程なくして終わり、彼女は椅子にぐっとよっかかり背筋を伸ばす。

616: 2011/02/19(土) 21:15:31.45 ID:p/ocpvSSo









To:麦野沈利

Sub:無題

フレンダがアイテムを抜けようと画策している模様。
警戒されたし。


by MAR指揮官 テレスティーナ=木原=ライフライン

617: 2011/02/19(土) 21:16:43.05 ID:p/ocpvSSo
明日からまたゲレンデに行きますので、暫く更新が出来ません…。
ではまた!

グダグダ進行すいませんがおつきあい下さいな!
では読者に変わらず感謝を…!


【禁書目録】佐天「…アイテム?」【4】

引用: 佐天「…アイテム?」