633: 2011/03/06(日) 03:57:37.50 ID:9DJGvsKGo
長い間更新停滞本当にすいません。
書きためがある程度たまったので投下します。

【禁書目録】佐天「…アイテム?」【3】

あらすじ

テレスティーナはフレンダが暗部から足を洗おうとしていると疑念を抱き、麦野に連絡した。
麦野はその連絡を受け取る。果たして、どの様な対応をするのだろうか?

634: 2011/03/06(日) 03:58:45.67 ID:9DJGvsKGo

――麦野の住んでいる高級マンション

テレスティーナ…?一体誰なんだろうか。
麦野の携帯電話に送られてきたメールの送り主の名前に彼女は首をかしげる。


「ねぇ~、浜面ぁ。テレスティーナって誰だっけぇ?」


「いやぁー俺はしらねぇなぁ」


「どっかで聞いたことあるのよねー……」


「俺は外人の知り合いだったらフレンダくらいだなっ。ってか、麦野。胸当たってるって」


「ふふ、いいじゃない。さっきまで普通に抱き合ってたんだし」


麦野はそう言うと浜面の厚い胸板に顔を寄せる。
二人は今ベッドで仲良く寝ているのだ。


「で、そのテレスティーナって奴がどうしたんだ?」


携帯電話を見ている麦野。
浜面の胸板の辺りに麦野がいるので彼女の携帯電話に掛かったメールの内容をうかがい知ることは出来ない。
とある魔術の禁書目録 31巻 (デジタル版ガンガンコミックス)
635: 2011/03/06(日) 04:00:25.62 ID:9DJGvsKGo

「……」


「おい、麦野?何か言えよ?」


「MARって確か警備員の一部署よね?」


「…そうなのか?今までさんざん警備員にはお世話になったが、そんな部署も組織も聞いたことがねぇ」


「あ、そ」


つい先程まで愛の言葉を囁いていた麦野は携帯電話を見てからというものの、何だか浜面に対して素っ気なくなってしまった。
浜面はそんな彼女の所作に寂しさを感じつつもその正体を確かめたいと思い、聞いてみた。


「さっきから警備員やMARだなんだって、一体どうしたんだ?」


「テレスティーナって奴から来たメールがこれ。信じられる?」


麦野はそう言うと見ていた携帯をぽいっと浜面に見せる。
彼女が腕を上げた拍子に浜面の視界にちらと綺麗なO房が見え、彼はそちらに視線が向かってしまうが、なんとか携帯を受け取る。


浜面は自分のどうしようもない下心に内心で苦笑しつつ、携帯の液晶に映し出されている文字の羅列に目を通していく。
すると彼の表情がみるみるうちに曇っていくのが麦野からも分かっていった。


(ちょっとまて…フレンダが学園都市から出るってどういうことだ…?ってか何でこいつはそんな事知ってるんだ?)


浜面は自分の頭の中に思い浮かんでくる数々の質問を内包していきながらも、まずはこのメールの内容について審議しなければならない、と思った。
「なぁ、麦野」と彼は話しかけていた。

636: 2011/03/06(日) 04:01:24.40 ID:9DJGvsKGo


「この情報信じるか?」


「信じるも何も…いきなりこんな事言われてもってのが本音よね」


「うーん…アイテムを潰したい何者かによる罠?非公式ながら警備員の中にはMARという部署が存在するのは聞いたことがあるわ」


だから、と麦野は一言前置きを重ねる。


「組織の名前を名乗っておいて、私達の仲間割れを誘おうって魂胆かも知れないわね」


「かもしんねぇな。とにかく、招集かけますか、アイテム」


「そうね。……ねぇ、浜面。私さっき電話の女から連絡先教えてくれって連絡来たわよ?もしかしたら…それも何かと関係があるのかも知れないわね…」


麦野はこうしちゃいられない、と言わんばかりに携帯電話をかちかちと打ち込んでいく。
そして携帯を閉じると浜面の方を上目使いで見つめる。


浜面はその表情に赤面しつつも、自分の胸板にいる麦野をぐいっと顔の辺りまで引き寄せ、唇を重ねた。

637: 2011/03/06(日) 04:02:03.37 ID:9DJGvsKGo

――フレンダと滝壺の共同アジト 同時刻

ん…と小さく声を上げるフレンダ。
どうやら滝壺の方に寄っかかったまま寝ていたようだった。


(あれ…?私寝ちゃったみたい…、滝壺は?…隣にいるね…)


ちらと横を見ると滝壺は寝息を立てて寝ている。
しかし、このままここで寝てしまったらいつも寝る時間に寝れなくなってしまう。そう思ったフレンダは滝壺の肩をとんとんと優しくたたいて起こす。


「滝壺?起きよ?」


「……ん、フレンダ?あれ?寝ちゃってた?」


フレンダはうっつらうっつらとしている滝壺に「ちょっとね」と答えると、携帯電話を取り出し、メールを打ち込んでいく。
滝壺は隣でフレンダのメール編集画面をのぞき込む。


「なにしてるの?フレンダ」


「あー、ちょっとさ、近い内にアイテムのみんなには私がアイテムの事抜けるって事ちゃんといわなきゃなって思ってさ…明日にでも集まれたらな、って」


「明日はまだ仕事が入ってないから平気かもね、みんな集まってくれるかも」


フレンダは滝壺の発言に「そうだといいんだけどね」と相づちをうつ。
メールの編集が終わり、それを滝壺に見せると、「いいと思うよ?」と小動物の様にちょこっとだけ首をかしげる。

638: 2011/03/06(日) 04:02:34.25 ID:9DJGvsKGo

To:アイテムメンバー

Sub:明日

いつものファミレスに集まれる?時間は正午。
返事待ってるって訳よ( ´ ▽ ` )ノ

639: 2011/03/06(日) 04:03:29.04 ID:9DJGvsKGo


(絵文字なんて使って緊張感ないかな?ま、いっか)


フレンダが送信しようと思った時だった。
メール送信ボタンに自分の指を宛がったときだった。

突如、彼女の携帯の着信音が鳴る。
DAISHI DANCEのI Believe だ。



(このタイミングでメール?誰?メルマガ?)


ちょうど良いタイミングでメールが来て驚くフレンダ。
自分が作成したメールを送ろうとした矢先に一体誰よ?といらっとするが、その感情がわき起こったのも一瞬。
そのイライラは霧散していく。


「…む、麦野?」


フレンダはつい声に出していた。
全く同じタイミングで滝壺の携帯もバイブレーションが鳴動している。


フレンダは何故か嫌な予感がしつつも受信フォルダに蓄積されているメールを読む。

640: 2011/03/06(日) 04:03:59.69 ID:9DJGvsKGo





From:麦野沈利

Sub:明日

仕事なさそうだから、明日はいつものファミレスに正午にきてほしいにゃん☆

641: 2011/03/06(日) 04:05:28.88 ID:9DJGvsKGo

(どーゆー事?何で?麦野の事だから…暇だから適当にって感じでアイテム招集かしら?)


フレンダは特に麦野主催の招集には何もないと考えつつ、彼女から送られてきた受信メールを何度も読み返した。
そのうちに、フレンダは気づけば体が小刻みに震えていた。
今日、共同アジトに帰ってきて滝壺と話した内容に依るところがあるのかも知れない。


麦野はフレンダが学園都市の暗部を抜けることをよしとするか、それが最大の焦点だった。
そして、暗部から抜ける事を彼女がよしとする筈がない。


(私が姉の事探してるていう事が誰かに結局ばれたって訳?どうなのよ…!何でこのタイミングでメールが来るのよ?)


麦野の不意に送られてきたメールに動揺をしつつもフレンダは「了解☆」と返事を返す。
結局フレンダの作成したメールはアイテムのメンバーに送信されることなく、削除されてしまった。

642: 2011/03/06(日) 04:06:09.16 ID:9DJGvsKGo

――翌日正午 いつものファミレス

ランチで真っ盛りの店内。
いつもの窓際の卓に絹旗が鎮座していた。


(私が一番ですかね?)


絹旗はランチの時間帯で込んでいるレストラン内をぐるっとのぞき込む。
どうやら絹旗が一番最初に来店したようだ。


店員は絹旗が常連であるのを知っているのだろう。
五人分のナイフやフォークが入っているケースを持ってきた。
ことりとおかれる、それらが入ったシルバーケースを見つつ、彼女は思った。


昨日のメールは一体なんなんでしょうか?仕事は今日は休みなので映画でも見たかったのに…。
しかも、何でよりによって正午なんでしょうか?そんな疑問が頭をもたげてくる。


確かに午前中とか夕方から集合にすれば映画は一本くらいなら余裕で見れる。
ここ最近仕事が無い日はもっぱら映画を見ている絹旗は脳裏に麦野の顔を思い浮かべてちょっぴりいらっとしたりする。

643: 2011/03/06(日) 04:07:38.40 ID:9DJGvsKGo

「ごめん!待たせたって訳よ」


「ごめんね。きぬはた、待った?」


二人の女の子の声が掛かる。
絹旗は手にとって見ようとしていたレストランのランチメニューを一度卓において声の掛かった方を見直す。


「フレンダに滝壺さんですか、平気です、私も今きたばっかですから」


絹旗の声を聞きつつフレンダと滝壺は定位置となった座席に腰を下ろす。
今日の招集は一体なんなんでしょうね?と絹旗は首をかしげつつ二人に聞く。


「なんだろうね。私達もわからないんだよね?フレンダ」


「…う、うん」



フレンダがちょっと緊張している様に見えたのは目の錯覚か?絹旗は自問する。
よく見てみれば、目の下にくまができている。寝れていないのだろうか?


「まぁ、もうすこしで麦野達も来るでしょうし、それまでの辛抱でしょう。それより、フレンダ」


絹旗がフレンダを呼びかけると「な、なに?」とうわずった声を上げる。
明らかにおかしい。体調でも悪いのだろうか。絹旗はそんなフレンダを慮って「大丈夫ですか?体調悪そうに見えますよ?」と声をかける。

644: 2011/03/06(日) 04:09:17.60 ID:9DJGvsKGo

「ちょっとね……」


「ちょっと…?何ですか?」と聞くが、あはは…と気まずそうに笑いを浮かべるだけだ。
的をえない会話のやりとりに絹旗は辟易し、窓から見える道路に止まっている車列に視線を向けることにした。

するとファミレスの駐車場に入ろうとしてウインカーを出している黒い日産のセダンが一台見えた。
浜面の買ったセドリックだった。助手席には麦野も座っている。



(パシリなのに遅刻…超許しませんよ、浜面…!しかも麦野と一緒に来るとは…全く…!)



絹旗は正午から少しだけ遅刻してきた浜面を見て、あの車を鉄くずに変えてやろうか思案する。
そんな事つゆ知らず、いや、そうなるのを避けたい。と意思表示しているかの様に浜面の車はウインカーを出しながらちょこちょこ道路を横切って駐車場に入ろうとしている。


浜面は運転席のミラーをあけてレストランの中を見ている。
どうやらアイテムがどこに座っているかどうか見ている様だ。
ファミレスのある車線とは反対方向側からやってきたセドリックはやがて駐車場に入っていった。



数分して浜面と麦野がやってきた。
浜面はすまん!遅れた!と入店して真っ先に絹旗達が座っている座席に向かって行くと謝った。
浜面が入店して一拍間が開いてから麦野が入店する。


「ごめん、ちょっと遅れちゃった」


軽く麦野は謝るとアイテムのメンバーをぐるっと一瞥する。
絹旗は何で浜面と麦野が一緒に来たか、聞き出したかったが、聞いて地雷でも踏んでしまっては…と思い、のど元まで出かかっていた質問をごくりと飲み下す。


そんな絹旗の葛藤等関係なしといった風に麦野はどかっと座席に腰を下ろす。

645: 2011/03/06(日) 04:09:48.50 ID:9DJGvsKGo

「浜面、コーラ」


麦野の浜面に対するオーダーが合図だ。
アイテムの女性陣はいつも通り、それぞれ飲みたいものを浜面に注文する。


「わたしはメロンソーダがいいな。はまづら」


「私も滝壺さんと同じやつでお願いします」


「……私は…水で」


麦野以外の三人が注文を済ませる。
浜面は了解、と言いつつ、内心に変な感覚を覚えた。


(ドリンクバーなのに、水でいいのかよ?フレンダ)


そう思った浜面は声をかける。


「おい、フレンダ、水で良いのか?ドリンクバーだぜ?後で注文するから先に飲んでも問題ないのは分かってるだろ?」


「…あ、あぁ。平気よ?また後で浜面に注文するって訳よ!」


「そっか、ならいいんだけど」


浜面はそう言うとドリンクバーにジュースを取りに行く。
絹旗は空腹を抑える事が出来なかったのだろう、近くを通りかかった店員にランチハンバーグセットを注文する。

646: 2011/03/06(日) 04:11:00.47 ID:9DJGvsKGo

麦野は珍しくシャケ弁当を持参し忘れたので、デザートのチョコパフェを頼む。


「フレンダも何か食べれば?」


麦野はフレンダに声をかける。
声をかけられた彼女はちらと麦野を見て「あ、良いって訳よ!あんまりお腹減ってないしさ」とぎこちない笑顔で答える。
そう。ならいんだけど、と麦野は一人頷くと浜面が他の客がドリンクバーを持っていくのを待っている。



(いつも、ドリンクバーありがとね、浜面)


他の面々の前では絶対に言えないことを麦野は一人内心につぶやく。
いたわりの目線を向けていた麦野はしかし、次には座席に鎮座しているアイテムの面々を見つめる。


「今日招集かけたのはさ」麦野が話しを切り出すと全員がゆっくりと顔を上げる。
浜面はまだドリンクバーでジュースを注いでいるが、麦野は昨日来たメールの事を言う。



「昨日テレスティーナって奴から連絡が来たのよね。で、そいつがさぁ…とんでも無いことを喋ってたのよねん☆」


絹旗はほうほう、と頷く。滝壺とフレンダは無表情に麦野を見つめる。
うるさいランチの時間帯にもかかわらず、この座席だけはリーダーの話しを聞こうと思い、話しを聞こうとする、静かな空間が展開されていた。

647: 2011/03/06(日) 04:13:19.85 ID:9DJGvsKGo

「…どんな連絡だったんですか?超気になります」


「それがね…フレンダ。ははは、あんたの事に関してだったのよ~」


絹旗の質問に麦野はそう言うと、信じられないとでも言うように笑い、フレンダの方を見つめた。
フレンダはそんな笑っている麦野の事を見つめながら「どんな内容だったの?」と抑揚の無い調子で言う。



「あなたが暗部を抜けるんじゃないか、ってだから警戒しろってメールが来たのよねー…」


「わ、私が暗部を抜ける?…意味わからないわ?大体、ここまで墜ちといて今さら抜けるなんて…」


フレンダはここで警戒線を引いた。
“今さら暗部を抜けるなんて…”と言いよどませ、この後麦野が喋るであろう答えを聞き出そうと考えたのだった。
願わくば「いや、私は別に構わないわよ?」と言ってくれるのを待つだけだった。



「そうよねぇ☆フレンダだけ勝手に暗部から抜けたら、残された私達だけでアイテムやれって話になるもんね?テレスティーナとかいう野郎の見当違いよね?」




「結局、アイテムに対する情報戦を挑んできた奴がいるって訳ね!ったく…誰がデマ飛ばしてるんだか…!」



ダメだった。
麦野はフレンダの予想通り、この街の暗部から抜けることをよしとしない人だった。
むしろ、フレンダの学園都市から脱出する事に「冗談じゃないの?」とでも言い出しそうな雰囲気だった。
フレンダは自分が深い海におもりをくくりつけられて沈んでいく気分を味わう。

648: 2011/03/06(日) 04:14:15.16 ID:9DJGvsKGo

麦野はフレンダにその事を聞くと満足そうな笑みを浮かべて、パフェが来るのを待っている。
フレンダはそんな麦野を視界に捉えつつ、思う。

何故、テレスティーナが自分の脱出情報を知っているか?
昨日は電話の女に姉とコンビを組んでいる傭兵までつけてくれた。もしかして、自分が姉ではなく、”知り合い”と姉との関係を正直に述べなかった事で嫌疑をもたれたから?


先日テレスティーナは、フレンダ(と滝壺、そして佐天)に協力する姿勢を見せた。
しかしながら、彼女は何故フレンダを抱えている組織『アイテム』の長、麦野にフレンダの裏切りとも取れるメールを送ったのか。


(どうなってるのよ…この状況)



フレンダに取ってわからないことだらけだった。



(結局…私は、テレスティーナに裏切られたって訳!?)


フレンダの中で疑念が猜疑心になり、沸々と怒りに変わっていく。


(護衛はどうなったのよ?涙子にはお姉ちゃんのパートナーの傭兵がついたのかしら?)

なら、まだ学園都市から脱出するチャンスはある。とフレンダはおもう。


「…組織内がぎすぎすしたり、内ゲバなんて真似したくないけど、再確認ね」と麦野が再びフレンダに問い掛ける。
一メートルあるかどうかといったファミレスの卓を隔て、麦野とフレンダが相対する。



二人以外は言葉を発しない。
ドリンクバーから人数分のジュースや水を取ってきた浜面も、普段とは違う雰囲気に呑まれ、日産のロゴが彫られている車のキーを弄る事位しか出来なかった。
再確認?とフレンダは首を傾げる。彼女はへへんと鼻をならすそぶりをする。

649: 2011/03/06(日) 04:16:08.64 ID:9DJGvsKGo

「麦野も結局人を信じないねぇー!私がアイテムから抜けるぅ?結局、意味不明って訳よ!」
(ここで本当の事を言ったらダメって訳よ……!)


「信じていいのね?フレンダ」


麦野はその両の眼でフレンダをいすくめる。フレンダは回りの皆にばれない様にゴクリと生唾を飲み込む。
二人以外のアイテム構成員はそんなやりとりを同じく生唾を呑み込みながら展開を見守っていた。


(信じていいって…結局……一番その言葉が辛いって、麦野)


フレンダの心にずきりと響く麦野の言葉。自分は嘘をついたことになる。
結局はテレスティーナが警戒の意を込めて麦野にメールを送った。


フレンダは誰に嘘をついても、騙しても、あらゆる謗りを受けようとも、成し遂げなければいけない目的がある。
それにしても、ちくりと刺すような胸の痛み。アイテムに、自分に嘘をついたことになる。


そんな事は把握していない麦野は学園都市暗部から抜け出さない。その誓いを信じてもいいか、とフレンダにした問い掛けが帰ってくるまで、じぃっと彼女の瞳を見つめた。
時間にしてみればほんの数秒の沈黙だった。沈黙が長引けば長引くほど、フレンダが学園都市から抜け出すのではないか?という嫌疑を与える事になってしまう。
嫌疑を思考する時間を与えまい、と考えフレンダは答えた。








「うん」







麦野の「信じていいのね?フレンダ」という質問に対してフレンダ自身が言った答だった。

650: 2011/03/06(日) 04:16:46.39 ID:9DJGvsKGo

フレンダはにこと笑いながら彼女に応える。
表面上の表情とは裏腹に、彼女の心臓は高鳴る。そして早まる鼓動。
嘘をついてこんなにも胸が痛いなんて、と彼女は思った。胸が焼けるように熱い。


「そう…ね、」



麦野はフレンダの屈託の無い笑顔を見てほっと胸をなで下ろす。
「こんなデマ情報に惑わされるなんて、うちらもダメだにゃーん☆」と笑いながら麦野が言うと、場の空気が少しだけ和やかになった気がした。



「大変お待たせしました、ご注文の料理になります」


店員が料理を運んでやってきた。
アイテムのメンバーは少し遅めの昼ご飯にする事にした。

658: 2011/03/07(月) 03:35:31.30 ID:bmKUI2Yro

――木原数多の指揮する猟犬部隊のオフィス


『今日の朝、多摩川河川敷で発見された男性の遺体は身元不明ですが、依然として捜査は…』


今朝から流れているニュース。
数多はオフィスにあるテレビから流れてくるニュースを忌々しげに見つめた。


(ったく消されたな…ケイトの野郎…!)


数多は歯をぎりっと鳴らしつつ、ケイトの氏は確定だな、と思う。
ニュースで報道されている男の遺体はおそらくケイトだろう。配下の猟犬部隊を確認に向かわせているがそいつらの報告をまつまでもない。
数多の勘がそう告げていた。彼はオフィスの机をダァン!と強く殴った。


猟犬部隊を頃した犯人は砂皿と見ていいだろう。
ケイトがベティに報告した情報によれば、奴らは妹を捜している。


推論になるが、砂皿とペアを組んでいるステファニーとアイテムのフレンダは姉妹だ。
そして何らかの手段で彼らは接触をはかろうとしているに違いない。


(……俺の妹の読みはあたったのか?アイテム、いや、フレンダが怪しいという線はヒットしたな……)


プルルルルル


数多のオフィスの電話がなる。彼は受話器を取ることなく、デスクに据え付けられている、外部音声の接続ボタンを押す。


「木原だぁ。符丁確認」


「こちら、符丁はベニントン。警備員の浸透要員からの報告に依りますと、身元はケイトでした」


「……ちっ。わかった」
(やっぱりやられたか)

659: 2011/03/07(月) 03:37:05.73 ID:bmKUI2Yro

数多は苦々しい表情で部下から掛かってきた電話を切る。
今の報告に依ればケイトは氏んだ。


ここで砂皿の居を構えているホテルに攻勢をかけて叩き潰すか?
しかし、砂皿はアイテムの連絡係の護衛役を請け負っている。
連絡係、もとい電話の女の護衛という任務を遂行中の砂皿を今の段階で頃してしまえば、妹のテレスティーナの出したオーダーに形式上ではあるが逆らったことになる。


そうなれば数多は学園都市に抗命した事になる。
しばしの独考の後、数多は妹、テレスティーナ=木原=ライフラインに連絡した。


「俺だ、数多だ」


『何?』


「朝からやってるニュースみたか?」


『えぇ、見たわ。まさかとは思ったけど、兄さんの所の隊員だったのね』


「まぁな、恐らく砂皿の野郎による仕業だな」


『経歴からするに、砂皿緻密はよく訓練された兵士よ』


「そんなこたぁ、わかってる。で、テレスティーナ。頼みがあるんだが」


『なに?』


「砂皿緻密をアイテムの連絡係の護衛役から下ろして欲しいんだが」

660: 2011/03/07(月) 03:40:38.43 ID:bmKUI2Yro

『それで、どういう反応を砂皿がとるか見るって事?』


「あぁ。お前の力でなんとかならないか?」


『私の権限、というか砂皿をアイテムの連絡係役に当てたのは私だから、問題はないとおもうわ。それに今回の件は統括理事会から自由にやれって言われてるから平気よ』


数多はテレスティーナの話しを聞いてにやと笑う。
これで砂皿がどういった反応に出るかがわかる。
今まで後手で回っていた対応からこちらから仕掛ける形に展開出来る。


砂皿が佐天の護衛役を解任された時、どのような反応を見せるか、これでアイテムの間にある何らかの策謀を看破出来る。
数多はそう考えたのもつかの間、大事な事に気付いた。


(ケイトを頃した時点で砂皿がどこにいるかわからないんじゃねぇか?)



直ぐに砂皿を捜さなくては、と数多の体に電撃が走る。
ケイト殺害された時点でそのホテルに砂皿がいるとは考えにくい。
数多はデスクについているパソコンから電話番号を引き出す。


(小出しじゃダメだな。猟犬部隊が一人殺害されてる時点でこっちが出撃する口実は出来てるんだ。なんなら学園都市全体を捜索すればいいさ)


戦闘に於いて戦力の小出しは最もやってはいけない行為だ。
人海戦術で砂皿緻密を探しだしてさっさと学園都市に潜んでいる不逞(ふてい)な輩を排除しなければならない。

661: 2011/03/07(月) 03:42:30.56 ID:bmKUI2Yro

――猟犬部隊の所有しているビル前の訓練場にて

数多が招集をかけると、数分後には行動中の猟犬部隊以外のメンバーが全員集結した。


「今から砂皿緻密の居を構えているホテルを強襲する。良いな?」


「はっ!」


特殊部隊の隊員達は特殊部隊の格好をせず、寧ろ一般人に扮した出で立ちで数多の前に立っていた。
彼らは勢いよく返事をすると踵を揃えて数多の話しを傾注する。


「相手はよく訓練され、貴様等よりも多く場数を踏んでいる傭兵だ。決して舐めて掛かるな。遺書は書いたか?てめぇら!?」


「いいえ!」


勢いよく隊員達が返事をする。


「それでいい。任務を達成すれば生きて帰ってこれる。単純だ。砂皿緻密の首を取ってこい!」


数多の声を聞くやいなや、私服に着替えている猟犬部隊の隊員が訓練場の前に配置されている一般車両に乗り移っていく。
理路整然と隊員達が乗り移っていく光景を数多は見つつ、自分も車に乗り込む。
そして携帯電話を取りだし、テレスティーナの番号に電話をかける。


「おい、お前か?今から砂皿の首を取りに行ってくる」


『ちょっと!いきなりじゃない?』


「あっちはもう猟犬部隊の隊員を一人頃してんだぜ?相手の目的はまだ不透明で確定はしていないが、俺たちに敵対している事には変わりないからな。制圧する」

662: 2011/03/07(月) 03:47:26.97 ID:bmKUI2Yro

『わかったわ。そしたら、こっちからMARの隊員何人かよこそーか?』


「いや、良い」


『そ、わかったわ。じゃ、気を付けてねー』


テレスティーナが電話を切ると数多も携帯を切る。
そして数多が乗るであろう車の後部座席のドアが開く。


「どうぞ、木原さん」


隊員のうちの一人であろう男がドアを抑えたまま数多が乗り込むのを待っている。
それを見た数多は体をかがめ、乗りこむ。


日産の真っ黒のムラーノに乗り込む。
数台の車は砂皿がチェックインしていたホテルに向かってそれぞれ違う方面から向かって行く。


まだ砂皿がそこにいるとは限らない。
しかし、それを確かめる必要がある。このままの状況が続けば、徒(いたずら)に猟犬部隊の兵力を削がれるだけだ。


「待ってろよ、砂皿緻密」

663: 2011/03/07(月) 03:49:18.42 ID:bmKUI2Yro

――浜面が運転するセドリックの車内

アイテムの少しだけ遅いランチタイムは終了した。
フレンダが学園都市から抜け出そうと考えているかどうかの問いかけ以外はごく普通の会話だった。


麦野はテレスティーナに送られてきたメール。

“フレンダがアイテムを抜けようと画策している模様”

このメールの審議を麦野はアイテムのリーダとして、フレンダに問いただしたのだった。
そして今は浜面の運転するセドリックの車内で考え事をする彼女。



「フレンダがアイテム辞めるなんて、考えられるのかよ?」


「うーん…まだ納得出来ないのよねぇ…」



浜面が「何が?」と質問する。
すると麦野が言う。


「いやね、テレスティーナとか言う奴がデマ情報を流してきたとしてもだよ?何でフレンダなのかなぁって思ってさ」


「適当にでっちあげたんじゃねぇの?」


「そしたら、なおさら何でフレンダなのよ…?“アイテムの中にアイテムを抜けようとしている奴が居る”の方がうちらに疑心暗鬼を引き起こせそうだけど」


「…確かにな。でも、いいじゃねぇか。結局はフレンダもアイテムを抜けることはなかったんだしよ…」


麦野は浜面の発言に「ま、そうだけど…」と言うと窓の外に視線を向けることにした。

664: 2011/03/07(月) 03:51:15.14 ID:bmKUI2Yro

――砂皿緻密がチェックインしているであろうホテル

猟犬部隊はそれぞれ所定の持ち場についた。
砂皿のいるであろう部屋に強襲をかける手はずだ。


ホテル側には既にその事を伝え、秘密裏に避難は済ませていたのでいつでも突撃出来る状態だ。
猟犬部隊の突撃の一番手がドアをノックする。


その男の片手にはベレッタM92の消音器搭載モデルが握られている。ホールドは既に解除されており、いつでも射撃出来る状態にしてある。
彼はインカムでホテルの脱出に使われるであろう予想箇所の一カ所で張っている数多に連絡するためにインカム型電話で報告する。


「砂皿緻密が宿泊しているとおぼしきホテル前に到着しました。どうぞ」


『よし、速やかに突撃しろ』


数多の声を聞き、男は了解と答える。そして突撃の一番手の男は後ろにいる三人の猟犬部隊の隊員の顔を見、無言で頷く。


5、4、3、2、1…!


指で合図をしていく。カウントが1に近づくにつれて上がる心拍数。
ドアの先には銃を構えている傭兵が手ぐすね構えて待っているかも知れない。
何が起こるか分からないこの状況でしかし突撃の一番手は勇敢にドアを蹴破った。


部屋の中に入るとカーテンは閉ざされて、午後の高い日差しにも関わらずうす暗かった。
一気に砂皿のいた部屋に突撃した四人の男達は緊張しつつも僅かに肩をなで下ろす。


すると隊員の一人がバスルームから音が聞こえる旨を報告する。
突撃の一番手がささとバスルームの近くの壁に移動する。

665: 2011/03/07(月) 03:54:37.90 ID:bmKUI2Yro

「ただいまからバスルームに突撃します…!なにやら不審な音が聞こえる模様。音は…シャワーだと思われる」


男は数多に現況を伝える。
突撃の件に関して数多は了承の旨を無線で知らせる。
暢気(のんき)に砂皿がシャワーを浴びているとは思えなかったが、水が出しっ放しにしてあると言うことはこの部屋のどこかに潜伏している可能性がある。


他の隊員達にリビングの捜査をするように言って男ともう一人の隊員は一気にバスタブに突撃する。
蛇口から出ているであろう水は全く出ていなかった。高性能スピーカーから出力されている水音が猟犬部隊の隊員達に水が出ていると錯覚させたのだった。


チッ!やられたか!と思い、他の部屋に移動しようと思った矢先だった。
ふと高性能スピーカーのコードを目で追っていくと浴槽の中に繋がっているコードを一本見つける。


浴槽にしかれているふたをパタパタと半分ほど開けていくと、中にはなにやら大きい不審物が入っていた。



「ふっ、伏せろ!!」


男は浴槽に爆薬が仕掛けてある事を確認したのもつかの間、声を張り上げる!
突撃の一番手の男がみたもの。それは数キロのHMXオクトーゲン爆薬だった。


猟犬部隊の男の意志とは無関係にTNT火薬のおよそ23倍の爆速を誇るオクトーゲンは9200メートル秒のスピードで周囲を吹き飛ばしていく。


突撃隊員の一番手の男は伏せようが伏せまいがどうしようもなかった。
浴槽から解放された膨大なエネルギーは部屋毎、焼き付くし、そこに人がいた形跡自体を跡形もなく抹消してゆく。


それは他の部屋にいた猟犬部隊の隊員も同様だった。
猛烈な火の奔流は荒れ狂い、留まる事を知らずに全てを塵に帰した。

666: 2011/03/07(月) 03:58:57.36 ID:bmKUI2Yro

――猟犬部隊の強襲したホテルの近く

数多はその音をインカム越にきくと、ホテルを見上げる。
ホテルの近くに張っていた彼は爆発するホテルの階層を見つつ歯ぎしりをする。


またしてもやられた。



一度目は奇襲を受けて部下が一人やられた。そして二度目はまんまと嵌められたビル階層爆破。


「応答しろぉ…」


数多が無線で呼び掛ける。無線は永遠に沈黙した。
何度呼び掛けてもざざと不快な無線音がするだけだった。



と、その時だった。

667: 2011/03/07(月) 04:04:29.71 ID:bmKUI2Yro

砂皿がチェックインしていたと思われていたホテルの地下駐車場から大排気量のバイク、ハーレーソフテイルが出て来る。


フルフェイスのヘルメットを被り性別等は確認できない。
わかることは男にしろ女にしろスタイルが相当いい。


(オイオイ!さっき避難勧告は出したぜぇ?あのハーレーのドライバーは誰だ?オイ!)


数多は避難勧告を出して大多数の人達が避難したのを確認していた。
しかし、何故、今更地下駐車場からバイクが出てくるんだ?


しかも、そのライダーが運転するハーレーはギャギャギャと後輪から煙を巻き上げ、方向転換すると数多達のいる車両に向かってくるではないか!

数多の乗っている日産のムラーノの前には同じく黒塗りのトヨタのヴァンガードが止まっていた。
これも猟犬部隊の所有している車だった。


ハーレーはこちらに向かってくる。
ドライバーはハーレーのサイドからグレネードランチャーを取り出す。


ベトナム戦争で使われた骨董品だがまだまだ使えるコルトM79グレネードランチャーのカスタムモデル。
ハーレーのドライバーが右手でそれのトリガーを弾く。
すると、ランチャーはキュポンと間の抜けた音をあげる。


肉眼では確認できないが缶コーヒーより少し小さいサイズの弾がヴァンガードに向かっていく。
数多はそれら一連の動作をぽかんと見ている事しかできなかった。


数瞬、派手な炸裂音が道路にこだまする。ヴァンガードが爆発したのだ。
運転席付近に進入したグレネードは猟犬部隊のドライバーの男の右頬で炸裂する。

668: 2011/03/07(月) 04:08:32.95 ID:bmKUI2Yro

すると、弾頭に収納されていたベアリングが四散し、弾け、車内の隊員達を殺戮する事に貢献した。
そうしてヴァンガードの車内は猟犬部隊の阿鼻叫喚の叫び声が響く地獄と化した。


「…今のハーレーを追え!」


数多の怒号が彼の乗っているムラーノの車内に響き渡る。
その怒声を聞いた猟犬隊員のドライバーは跳ね上がる様にしてキーを回してハーレーを追走する。


「次いで周囲の猟犬部隊に援護要請」


数多はつい先程の怒声を張り上げた様子と打って変わり、冷静に部下に命令を伝える。
その命令を聞いた隊員は運転しつつ、無線で数多の命令を吹き込んでいく。






ステファニーはヴァンガードが吹き飛んだ光景を見つつも、「ちっ」とフルフェースのヘルメットの下で軽く舌打ちをする。
ハーレーのサイドミラーで確認してみると猛スピードで追撃してくる黒塗りのムラーノ。



(にゃはーん、もう一台いましたかぁー。さっきぶっ飛ばした一台だけかと思ってましたね)



ホテルに侵入したと思われる邪魔者は彼女が仕掛けたオクトーゲンで吹き飛ばした。
戦果確認ができないと砂皿はオクトーゲンの使用に反対していたが、ホテルの階層を丸まる吹き飛ばす破壊力だ。


恐らくあの階の生存者はいないだろう。しかし、ステファニーは現在、敵に追尾されている状態だ。
自分の派手好きな性格に少しだけ辟易しつつも直ぐにこの状況をどう切り抜けるか?という事に全神経を集中させる。

669: 2011/03/07(月) 04:11:49.16 ID:bmKUI2Yro

妹、フレンダを救い出す為には悪魔にだってなる。
例え妹が自分を罵ろうと学園都市の闇から救い上げる。
ステファニーはハーレーを運転しながら、妹を救い出すのも私の勝手な独善なのかな?と思い、つい「ふふ」と自嘲気味に嗤う。


しかし、戦闘はそうした思考をする時間を与える事はそう長くない。
ステファニーは後ろを見、未だに追撃してくるムラーノに向かってグレネードを発射する。
彼女はハーレーのサイドミラーからムラーノの車内を見る。


(顔にがっつり彫り物入ってる人、目据わってますね、あれが指揮官ですかね?)


ステファニーは網膜にトライバルの入れ墨を持つ男の表情を焼き付け、再びグレネードランチャーを放つ。


ガギャギャギャ……!


荒々しいハンドリングでムラーノが射出された弾丸を回避する。
肉眼では確認出来ないのだが見切っている。ドライバー、或いは指示を出している人物は相当戦場に慣れているプロだろう、とステファニーは推測する。



(お見事ですねっ!)



ステファニーはムラーノの運転手に感嘆しつつ、片手でポンプアクションを行うとカシャリと次弾を装填する。
そしてトリガーを絞り、グレネードを射出する。しかし、これも回避される。


(チッ!砂皿さんとさっさと合流したいのに…!)


彼女ははハーレーを走らせつつちらと横を見る。
すると護岸でコンクリートに加工され、干上がっている川があったと思しき場所を見つける。

670: 2011/03/07(月) 04:13:02.79 ID:bmKUI2Yro

(さぁ?ついて来れますかね?)


ステファニーは後ろからやってくるムラーノを見て、考えを巡らす。


キュポンと再び間の抜けた音がグレネードランチャーから発せられる。


射出された弾は干上がっている川に張られた金網を破壊する。
ステファニーはそこに勢いよく飛び込む。


(撒いたか!?)


ステファニーはハーレーを護岸工事で整理され通路と化した川を走りつつ、後方を見る。
するとムラーノが勢いよくステファニーをおいかけてきた。


(着いてきますか…!)



ステファニーはムラーノに乗っている人達の執念に感嘆すると同時に引導を渡すためにポンプアクションし、グレネードの弾を装填する。


(よく着いてきましたケド、ここらでおしまいですよ☆)


ステファニーはカチャリとグレネードランチャーを構える。次は外さない。
今まで撃った二発が避けられている。


しかし、次は決める。覚悟を決め、走り続けながらトリガーにゆびをかける。
そしてしっかりムラーノの車体を狙う。


(やっぱり派手にパーッと吹っ飛ばすのが一番ですね☆)

671: 2011/03/07(月) 04:14:04.51 ID:bmKUI2Yro

パートナーの砂皿には敵の生氏確認ができないと言われ、大破壊力の兵器はあまりつかわない様に言われているが飽くまでステファニー流で仕留める。
ステファニーがトリガーを勢いよくひく。
と、その時、橋桁にグレネードが触れてかぁん!とステファニーの手から離れていく。


彼女が「あ!」と声をあげた時には既にグレネードはムラーノの遙か後方に置き去りになっていた。








――ムラーノの車内

「おい、あいつ得物を落としたぞ」


「その様ですね」


助手席に座っている数多はハーレーに乗っている人物が得物であるグレネードランチャーを落としたことを運転している隊員を見ないでつぶやく。


「楽しくなって来やがった」
数多は独り言の様につぶやくと大理石超のダッシュボードから拳銃、ベレッタM92INOXを取り出す。
がちゃりとバレルを後方に絞り、弾倉から弾丸を銃筒に送る。


数多は窓をウイーン…と開く。
かなりの速度で走っており、一気に風が車内に入り込んでくる。それにもお構いなしに数多は半身を乗り出してINOXを発砲する。


パァン!パン!と乾いた音が木霊する。
発砲される度に薬莢が車内に入っていく。


「クッソォ…!あんまりあたらねぇなぁ」

672: 2011/03/07(月) 04:15:19.25 ID:bmKUI2Yro

そうつぶやきつつ発砲を続けると一発が当たったのだろうか、ハーレーがぐらと揺らいだ。
どうやらライダーの左肩を打ち抜いたようだった。


その光景を見つつ運転手がやった!と嬉しそうに声を上げる。
しかし、当てた当人である数多は一言も発しない。
寧ろ、ダッシュボードから次のマガジンを取り出すと再び発砲を続けた。



(生け捕りで何を考えているか吐かせてやる…!)



そう考えた数多は今度はハーレーのタイヤに弾丸を収束させる。
しかし、なかなか当たらない。


そうしてマガジンを何本か消費したときだった。
左右に用水路が別れているのが確認出来るではないか。ハーレーがどちらに行くか。


(ここでミスったらやべぇな…)


恐らくハーレーの運転手もどちらに行くか逡巡しているだろう。
遠くに見えた用水路の分岐点はだんだんと近づく。



あのハーレーはどちらに行くのだ?

673: 2011/03/07(月) 04:17:57.67 ID:bmKUI2Yro

――先行するハーレー

ステファニーの左肩が打たれた。
弾は貫通した様だった。しかし、焼けるような痛みが彼女の体を突き抜けていく。


(貫通ですかッ!…チク、ショ…!)


もうすぐ用水路が左右に分かれている箇所だ。どちらへいく?ステファニーが逡巡する。
これ以上の戦闘行為は出来ない。一度治療してから出直そう。


まずは猛追してくるムラーノをどう撒くか。意識はその一転に集中される。
打たれた肩を押さえる暇はない。
もうすぐそこまで分岐点は迫ってきている!!



ミラーを見ると刺青を入れている男がM92の弾丸を装填し終わったのだろう。
またしても半身を乗り出して銃口をこちらにむけて、構えている。


(結構痛いですね…)


革のジャケットは貫通しており、ぬらぁと暖かい血がしたたり落ちるのが自分で分かる。
砂皿さんと決められた合流地点に向かわなければ…!そう考え、ステファニーは痛みを払拭するように更にアクセルを強く踏んだ。


(左に行くと見せかけて、右…!)


あまりの痛みに左右にジグザグと進むことが出来ない。
これでは相手の射弾を回避することは難しい。が、走る。こんな所で氏ぬわけにはいかない!捕縛されることなどあってはならない。


相手の正体はわからないが、私に発砲したということは敵だ。とステファニーは言い聞かせる。

674: 2011/03/07(月) 04:18:49.72 ID:bmKUI2Yro

そんな思考の時間すら与えまいと、パン!と再び乾いた音が用水路に響きわたる。
痛む肩を気にかけながらもかながら弾丸を回避するものの、一発が更に右足を擦過していく。


黒革のズボンからうっすらと血が滲むと同時にステファニーに痛みが走る。
彼女は手と足からジンジンと伝わってくる痛みに苛まされつつ、ヘルメットに手をかける。


(まさか…私が女だと思ってるはずないですよね?)


身元不明の人物。追撃してくる人物はそう思っているだろう。
たとえ女だと予測していたとしても、その表情をさらせば一瞬は動揺するはずだ。

確実に敵をまいて砂皿と合流する為に彼女は自分の素顔をさらす決心をした。



…分岐はもう目の前だった。
ステファニーは右にバイクを向ける。ムラーノもそれに合わせて追随してくる。


右から左へ。
その間に振るフェイスのヘルメットを取り去る。

すごい勢いの風がステファニーの顔に直撃する。
ブロンドの髪の毛がぶわっと棚引きつつ後方に押しやられる。


苦悶の表情を浮かべず、ムラーノの方を振り向く。
そしてにこりと笑う。直後彼女は一気に再び右の用水路にバイクを向け、加速する。


ムラーノはフェイクにまんまと引っかかり、左の用水路に突っ込んでいった。
急ブレーキを掛けるが、そのときには遥か先をステファニーの運転しているハーレーが突き進んでいった。

675: 2011/03/07(月) 04:20:11.80 ID:bmKUI2Yro

――数多達の乗るムラーノ

「クッソ!」


数多が悪態をつきつつ、がぁん!とダッシュボードを殴る。
その動作を見た運転手は直ぐさま車の向きを転換し、追撃しようとする。


「無駄だ…あのハーレーじゃもう追いつけねぇ…さっさとオフィスに戻って車載カメラの解析だ」


「はっ!……了解しました」


数多は開けた窓越しに遠ざかっていくハーレーの音を聞いた。
彼にとっては忌々しい音となって記録された。


「にしても…あいつ、女か」
(男かと思ったわ)


木原はつい先ほど、フルフェイスのヘルメットを取り、こちらに微笑みかけた金髪ブロンドの女を思い浮かべる。
あれが昨日ケイト達の報告にあった姉か?砂皿とコンビを組んでいる傭兵だろうか?


ヘルメットを外した直後、数多はトリガーを引く事を一瞬。ほんの一瞬だが躊躇(ためら)った。
何故ならライダーが女だったから。


猟犬部隊の隊員の追撃を振り切り、怪我こそすれどそれを振り切った正体が実は女だった。
そんな偏見にも似た彼の感情。それはムラーノを運転していた男にしても同じだったのかもしれない。


運転手も一瞬、ハーレーの運転手に微笑まれ、つい、進行方向を惑わすフェイクに引っかかってしまったのだった。


「す、すいません…木原さん…自分があの女のフェイントに引っかからなければ…」

676: 2011/03/07(月) 04:20:44.26 ID:bmKUI2Yro

男は今更ながら自分の運転ミスを悔悟しているようだった。
しかし、数多はそんなミスよりも自分があのハーレー乗りの女に致命傷を加えられなかったことを悔いた。


「……うるせぇ。俺も一瞬動揺して撃てなかった。隊長としてあるまじき行為だ。お前のやった不手際も不問だ、いいな?」



数多に言われた言葉で「は、はい」と動揺しつつ猟犬部隊の男は返答する。
彼は車をバックギヤに入れてもと来た道を帰っていった。

688: 2011/03/08(火) 03:33:51.16 ID:1Ac6BJ7uo

――同日柵川中学の学生寮

猟犬部隊とステファニーの追撃戦が始まる少し前。
早めにホテルを出た砂皿はアイテムの連絡係りである佐天と接触していた。
時刻は少しさかのぼって、午前中。


「…私の、護衛役を放棄し、地下に潜伏する?」


「あぁ。そういうことになるな」


佐天は砂皿の言った事を反芻する。
砂皿は自分達が何者かによる盗聴を受けたことを佐天に伝える。そしてその事実を踏まえた上で地下に潜伏することを伝えた。


「このままどこかにいれば学園都市の何らかの勢力から攻撃を受ける可能性がある。なので暫く地下に潜伏しようと思う」


「ち、地下ってどこに?」


「地下と言っても実際に地下にもぐるわけではない。要は潜伏だ」


「潜伏…」


砂皿は目の前にいる中学生の不安そうな表情を見つつ話を進める。


「柵川中学の学生寮付近にあるあの雑居ビルだ」


砂皿はそう言うと立ちあがってカーテンをあける。
彼が指を指した先には小さく雑居ビルが見えた。


確か私達、あのビルから監視されてるはずじゃ?と疑問に思う彼女だったが、しかし、そんな事を気にすることなく砂皿は窓も開けて夏の熱気を堪能する。

689: 2011/03/08(火) 03:34:47.69 ID:1Ac6BJ7uo

(平気なの?私監視されてるんじゃなかったけ?)


カーテンが開ききってから今更ながら自分の身を案じる佐天。
しかも、砂皿はあの雑居ビルに潜伏するという。それでは監視している組織の人間達に発見されるのではないか?
彼女は素人ながらそう考えると砂皿さん平気なんですか?と訪ねる。


「平気?あぁ。あのビルに張っていた男か。あのビルの脅威は排除した」


「…は、排除?」


聞き覚えのある言葉だった。
2週間ほど前にアイテムが仕事をこなして佐天に報告してきたときに使った言葉。
確かあのときは“処理”だったかな?と思い出す。あの頃はその言葉が持つ意味を考え、相手の事を色々と考えていた。


しかし、今、砂皿が言った“排除”という言葉を聞いて彼女の胸に去来したもの。
それは氏んだ相手の事を考える事ではなく、自分の命を狙っているかも知れなかった一人の人間がこの世から去ったことによる安心感だった。


「ありがとうございます」


「いや、礼には及ばないさ」


佐天は砂皿の言葉を聞いてほっと肩をなで下ろす。
自分の命が狙われているという実感はなかった。
しかし、自分を監視していて、殺害の機会をうかがおうとしていた人物が氏んだとなればそれは、彼女にとってはそれは喜ばしいことだった。



「私が住んでいる学生寮の近くに居つつ、護衛任務を放棄するってのはどういうことなんですか?」

690: 2011/03/08(火) 03:35:57.54 ID:1Ac6BJ7uo

「私と行動を共にしている女は学園都市から追われている。しかも、君の護衛を行うよりも、優先的にやるべき事があるんでな…」


「…それで、最後に私を監視している人間にとどめを刺して護衛の任務を全うしたって訳ですか」


「まぁ…半ば当てつけのような形になったがな…。しかし、ここで君の護衛が居なくなるわけではない」


佐天は砂皿の話しを聞いて、「じゃあ、誰か護衛に来るんですか?」と聞いた。
すると彼女にとって驚愕の事実を砂皿は喋った。


「フレンダを護衛につけて貰えないか?そうすればここからそう遠くない所で潜伏するステファニーと会えるかも知れない。また、救出行になった時に行動しやすい」


「そうですか…確かに一理あるかもしれませんね…フレンダにはその事を聞いておきますね」



フレンダを自分の護衛につければ確かに相当な実力者が現れない限り、佐天の身に危険が及ぶ事はないだろう。
彼の提案に佐天は納得する。


「フレンダを護衛につかればどうか?という提案には納得出来ます。けど、…砂皿さんは学園都市に反抗したって事になっちゃいませんか?」


「そうだな。というか、学園都市の特殊部隊の隊員を殺害した時点で既に俺は狙われる身になったわけだ」


「潜伏する理由は分かりましたが、それではフレンダを救出するっていう姉はどうするんですか?まさか別行動?」


「いや、彼女も潜伏する。同じ雑居ビルに拠点を構えるつもりだ」


「その…変な話し、風呂とか清潔面の心配はどうなんですか?」

691: 2011/03/08(火) 03:41:00.94 ID:1Ac6BJ7uo

「その点に関しては問題ない。排泄物を科学分解出来る応急キットと食品がそれぞれ一ヶ月分。それに仮に私の拠点が学園都市側に露見したとしても安易に攻めてくることは出来ないだろう」


「何でそう言いきれるんですか?」


砂皿はそういうと、持ち込んでいたアタッシュケースをぱかりとあける。
ヘッケラー&コッホのクルツ短機関銃とその弾倉が差し込んであるのを含めて六本。


その光景を見て佐天は息をのんだ。砂皿はクルツ短機関銃を収納してある容器を更に半分ほどあける。
するとそこには数珠つなぎになっているいくつかの弾が綺麗に収納されていた。


砂皿は丁寧にそれを見せると「強力な毒ガスだ」と言い放つ。
佐天は学校の授業で教わったことを思いだした。確か国際法上ガスの使用はいかなる場合禁止されているはずじゃ?


「これは拳銃や機関銃の銃筒に接続して射出したり、時限爆弾のように遅効性で破裂させる事も出来る。局所的な範囲でしか使用出来ないが、相当な破壊力を持つ兵器だ」


彼はそう言うと「これを使えば多数の氏者が出ることになるのでなるべく使いたくないが…」と付け加えた。
佐天に毒ガスを見せると、砂皿はアタッシュケースをかちゃっと閉じる。


「で、アイテムのメンバーには話しをしたのか?フレンダの学園都市脱出行に関して」


「すいません、こっちでは把握してないです」


「分かった。ではその件も分かり次第連絡をよこしてくれ」


佐天はわかりました、とただ目の前にいる戦いのプロフェッショナルの言うことに頷く。
幾多の戦場を駆け抜けてきた傭兵の言葉は一中学生の佐天に取って千鈞の重みを放っていた。

692: 2011/03/08(火) 03:42:03.88 ID:1Ac6BJ7uo

ここで佐天は思った。
自分と砂皿が連絡を取れるならば、フレンダの姉とか言う人とフレンダも連絡を取れるのでは?と。


「すいません、今思ったんですけど、私と砂皿さんが連絡出来るなら、フレンダとステファニーさんの間で連絡を取る事も出来るんでは?」


「ふむ…。それも考えた。しかし、ここで連絡を取り合えば、フレンダとステファニーが何らかの陰謀を企てている事を証明する事になりかねない。なのでそれは避けたい」


砂皿は「私と君の護衛する側とされる側だからこそ連絡を取ることに不自然は生じないのだ」と付け加えた。



「そうですか…でしたら、以前にも砂皿さんが言っていた様に、救出に向かっている事だけを伝えときますね」


「あぁ。そうして欲しい。…ところでここ数日で何か学園都市で何か大きな動きはないか?」


「大きな動き、ですか…、これと言って特にありませんね…」


佐天は不意に美琴がSプロセッサ社に侵入した事を思い出したがそのことは関係がないと思い、いわないことにしておく。
その代わりに思いついたことがあった。それは取り立てて大きな動きでもないのだが、ここ最近彼女が気になっていることだった。



「学園都市の暗部の組織でも縄張り争いみたいなものが激化してるとは聞きましたね…」


「ほう…僭越ながらその組織の名前は?」


「確か…スクールとか言いましたね」


「スクール?」

693: 2011/03/08(火) 03:42:55.99 ID:1Ac6BJ7uo

佐天は「はい」と頷く。
彼女の持ちうる権限ではバンクで閲覧することが出来なかったアイテムと同様の暗部組織だった。


しかし、砂皿は華僑から入手した冊子を先ほどのアタッシュケースを再び開けて、そこから中国語の簡体字で書かれた"学校”という文字を見る。
その中には四人の構成員達の写真が掲載されていた。


「スクール…華僑の奴らが持っていたファイルなので日本語と対応している。ヘッドギアをはめている男と俺と同業の軍人が一人」



砂皿は冊子をぺらとめくって先にその二人を佐天に見せてやる。
四人のうち、二人はさして脅威ではないことを告げる。


しかし、と砂皿は佐天に告げる。


「この二人は別格だ」


ぺらっと見開きの冊子を広げ、二人の顔写真を見せる。
説明は簡体字で記載されているので読めることは出来ない。


(垣根帝督…それと心理定規…レベルは…)



佐天は冊子に記載されているLv:5とLv:4という記載に注目する。



(垣根って人がレベル5で心理定規って言う人はレベル4…)

694: 2011/03/08(火) 03:44:25.30 ID:1Ac6BJ7uo

この人たちがスクール…テレスティーナさんが言っていた縄張り争いに執心している組織の構成員って事よね?)


佐天はここ最近学園都市で起きている縄張り争いの中心点にいる人達を初めて見た。
自分たちと同年代、或いは少しだけ年上。
砂皿は佐天にスクールの構成員が乗っているファイルを手渡す。


「…この組織以外でも良い、何か学園都市で騒動を起こそうとしている奴らはいないのか?」


「……」


佐天は困惑した。
今砂皿に言ったスクールという組織も縄張り争いをしているだけであって、それ以外のことは何も言えなかった。
彼女は少し考えてから「すいません…ちょっと分からないです」とぽつりとつぶやいた。


「わかった。では、今後の学園都市の祝祭日関しての聞きたいのだが、九月後半に大覇星祭と学園都市の独立が十月の初旬」


佐天は何も見ないで学園都市の定めている祝祭日の日程を大まかに把握している事に驚いた。
彼女に取ってみれば「あぁ、そんな日あったな」程度の認識だった。


学園都市の人間でもないのに、祝祭日の日程を把握している砂皿に彼女は感心しつつ、柵川中学校の生徒手帳を学習机の中から取り出して確認する。


「…えっと…そうですね……砂皿さんの言っているとおりです…」


「わかった。どちらにしろ一ヶ月とちょっとは潜伏しなければならないな…」


佐天は思い出したようにつぶやく砂皿を見て疑問に思った。
潜伏するのは義務なのだろうか?フレンダ救出作戦が決行されれば行動を起こすのは速いほうが良いのではないか?
戦術や軍事に全く造詣がない彼女は砂皿に質問する。

695: 2011/03/08(火) 03:47:15.58 ID:1Ac6BJ7uo

「直ぐに行動を起こした方が良いんじゃないですか?まだアイテムのメンバーの意志決定とか色々問題があると思いますが……」


「ダメだ。どんなに早くても学園都市の大多数の生徒達が参加する大覇星祭か学園都市の日本国からの独立記念日…その二つのうちどちらかまで待機せねばなるまい」



「…その間は?砂皿さんとフレンダのお姉ちゃんはどうするんですか?ずっと潜伏するんですか?」


「そうだ」


こともなく、きっぱりと自分が一ヶ月潜伏することに関して言い放つ砂皿に佐天は驚く。
フレンダを学園都市から逃が為には毒ガスを使うこともいとわず、また潜伏生活もいとわない気概に佐天は砂皿に畏怖の念を見いだした。



「…では潜伏する間…くれぐれも…気を付けて」


「あぁ…君もな。ずっと潜伏するわけではない。監視の目をぬって出てくる事もある。君も…フレンダやアイテムの他のメンバーと話し合っておくことだ」


砂皿は自分で言っておきながら俺は身勝手な奴だな、と思った。
勝手に学園都市に来て、フレンダを救出すると彼女の所属している組織の連絡係に伝え、後は救出するだけ。


フレンダが身を置いていた環境は?そうした事を一切考慮しないで行われるであろうこの作戦。
大覇星祭にしろ、学園都市の独立記念日にしろ、後一ヶ月ほどある。
それが短いか、長いかはわからない。
しかし、この一ヶ月は彼女達に否が応でも今後どうするか決めなければならないのであった。




「フレンダには今すぐに話をしてほしい」




砂皿はそういって帰っていった。
一体なんなんだろう?そう思った佐天はしかし、「は、はい」と返事をして、砂皿の言うとおり直ぐにメールを送った。

696: 2011/03/08(火) 03:48:00.92 ID:1Ac6BJ7uo

――アイテムの共同アジト

アイテムのファミレスでの集まりは終了した。
今日集まった理由…それはフレンダが学園都市の暗部から抜け出そうとしている、情報に基づいて麦野が行った尋問だった。


がちゃり…フレンダはキルグマーのストラップがついているカギを鍵穴に差し込みドアをあける。
その直後に滝壺も共同アジトに上がっていく。


カーテンをぴしゃりと締め切っているのでアジトの中は比較的涼しかった。
家を出てから四時間ほどなので冷房が排出した冷気がまだ少しだけ残っているのを二人は知覚する。


ファミレスからここまで帰ってくるまで二人は一言も話さなかった。
その発端としては恐らくフレンダが醸し出す気まずさと滝壺の寡黙な正確が生み出していると言える。


部屋に上がってフレンダがipodを取り出してBOSEのスピーカーマシンにかちゃりと接続する。
しんと静まりかえり、ひんやりとしたアジトにしっとりとした音楽が流れる。


確か…これはMicroとL-VokalのApple pieとかいう曲だったがどうでもいい。と思いフレンダはソファに身を沈める。
滝壺は洗面所に行って手と顔を洗って、部屋着に着替えてからフレンダのいるソファにやってきた。



「ねぇ?滝壺?」


ファミレスから帰ってきてやっとフレンダが口を開いた。
滝壺は「なに?」といつも通りの優しい表情でフレンダをのぞき込む。


「私…みんなに嘘ついちゃったね」


「……うん」

697: 2011/03/08(火) 03:50:26.41 ID:1Ac6BJ7uo

「“私がアイテムから抜けるぅ?結局、意味不明って訳よ!”とか、もうね…よくあんな事言えたわ…」


フレンダはそう言うと「ははは…」と笑いながら言うが、その表情は全く笑っていない。
むしろ滝壺からしてみたらフレンダの表情はやや苦悶しているようにも見える。


「もし、私が学園都市を抜けるときに麦野に見つかったら…私、殺されちゃうかも知れないわね…」


「……フレンダ」


滝壺はただ弱々しくフレンダの名前を呼ぶことしかできなかった。
彼女はフレンダの隣にすとんと座るときゅっと手を握ってあげた。


「こんな嘘つきの汚い白豚の手を取ったら…滝壺も汚くなっちゃうよ?」


「平気だよ。どんなフレンダでも私はフレンダを応援するって決めたから」


「そっか……ありがとね……」


「…うん」


滝壺はちょっとだけ嬉しそうな表情を浮かべる。
フレンダも滝壺のその表情を見てちょっとだけ頬をほころばせる。


「でも、私が嘘ついたことには変わりないって訳ね。結局は麦野にも滝壺にも、みんなに迷惑をかけるかも知れない」


「そうだね。絹旗や浜面にも…迷惑かけちゃうかも知れないね」

698: 2011/03/08(火) 03:51:39.17 ID:1Ac6BJ7uo

「…はぁ。やっぱり、テレスティーナの指摘したことは事実って事を認めれば良かったのかな?」


「ダメだよ。あれは事実じゃない。学園都市から脱出するていうのは…まぁ…事実だけど…目的があるもん。フレンダ」


結局は言葉遊びなのだが、そこも重要だった。
フレンダはアイテムを裏切るわけでない。形式的にはそうなるかも知れなかったが。


「そうだね…」


フレンダは思う。
テレスティーナの採った行動は何もおかしくない。
学園都市を守る者として、僅かながら感じた不穏な臭いは払拭しなければならない。なので念には念をと言うことでフレンダを試したのだろう。


♪I believe Miracles can happen

考え事をしているとフレンダの携帯電話が不意に鳴った。
とっさにポケットから携帯を取り出すとメールが一件来ていた。



(なになに?今から遊ぼう?はぁ?ま、暇だから良いけど…)


フレンダは佐天から送られてきたメールを返信する。
取り立てて予定も無いので良いかな、と思い佐天に返信する。

699: 2011/03/08(火) 03:52:28.77 ID:1Ac6BJ7uo
To:涙子

Sub:OK

いいわよ。涙子の寮に行けばいい?





(よし…これでいいわね、送信っと)




フレンダがメールを送ると直ぐに返事が返ってきた。
恐らく涙子も暇してるんだろうな、とテキトーに推測する。




From:涙子

Sub:ありがとね!

じゃ、待ってます!!!!



(ったくメールでも元気全開だな、涙子)


フレンダは佐天から送られてきたメールに返信をすると滝壺に送られてきたメールの内容を一応言っておく。
滝壺も一緒に行く?と言うが、つかれちゃったから寝たい、と言いアジトで待機する事に。



フレンダはいつもの格好から着替えるとまだ日差しが照りつけている道を歩いて佐天のいる学生寮に向かっていった。

700: 2011/03/08(火) 03:59:27.07 ID:1Ac6BJ7uo
――柵川中学の学生寮

「結局、こんな所に呼び出して、どうしたの?」


「あぁ、遊ぼうって言ったのは嘘。ちょっと重要な話があって」


「嘘かい!ま、いいわ、結局、暗部の女として私にいうことがあるって事?」


「仕事の依頼って言ったら依頼だけど…」


佐天はそういうとなにやら言いよどんでいる。


「…結局どうしたの?」

701: 2011/03/08(火) 04:00:13.89 ID:1Ac6BJ7uo

「私の護衛を頼めないかなって…ははは」


「私一人じゃ、涙子を守るのは無理」


「キー!こいつときたら!私の命がどうなってもいいんかい!」


「ちょ…なによ…だって元々の護衛役は砂皿さんじゃないの?」


「砂皿さんはさっき私の所に来て、潜伏するって言ってたわ…で、その潜伏するのに…」


「……?」


「フレンダ。フレンダの姉も一緒に潜伏するのよ…もう学園都市に来ているのよ。それで、あなたのことを探している」


「…お姉ちゃんが学園都市にいる…!」

702: 2011/03/08(火) 04:01:24.80 ID:1Ac6BJ7uo

フレンダは姉が自分を探しに学園都市に来ていることが何より嬉しかった。
彼女は佐天に質問する。


「探してるってのは…あの前に行ったテレスティーナとか言う女がつけてくれた涙子の護衛の男の人と一緒って訳?」


「えぇ。その人もさっきまでここにいたんだけど、『フレンダと接触するのはまずい』って言って帰っちゃった」


「…そっか…そしたら…いつまで待てばいいのよ?会えるなら、私はお姉ちゃんにすぐ会いたいな……」


佐天はそういう姉との再会を切望するフレンダに近くの雑居ビルに潜伏することを伝えた。
柵川中学校の学生寮から程近い雑居ビルにいることを伝えると直ぐに向かおうとしたがそれを佐天は食い止める。


「ちょっと!待って!フレンダ!気持ちはわかるけど、今行ったら砂皿さん達とフレンダが何らかの関係があることを学園都市に教える事になるからまずいよ」


「うっさいなぁ…結局すぐそこにいるのに何で…!」


フレンダはそういうとぎりと歯軋りをする。
確かに目の前に探している人がいるにもかかわらず、会いに行くなと言われれば誰でも苛立ちを覚えるだろう。
つい先ほどまで姉が探していると聞いて喜んだフレンダだったが、今は二人は気まずい雰囲気になっていた。


「涙子、知ってる?テレスティーナが麦野にメール送ったんだよ?」


「…?どんな内容のメールなの?」


「私が暗部から抜けようとしてるって話よ!!私たちがMARに行って砂皿さんを護衛に抜擢してもらった所まではよかったんだけどね」


フレンダは佐天が何か言おうとしたがそれを封じて先に話す。

703: 2011/03/08(火) 04:02:17.57 ID:1Ac6BJ7uo

「それが裏目に出ちゃったて訳よ。テレスティーナは間違いなく私たち、いや、私のことを警戒している」


「……ご、ごめん。私がMARに行こうって言ったばかりに…」


佐天は謝罪するも、フレンダは「もうすぎた事だし、仕方ないよ」と言ってくれたが、かなりイライラしているように見えた。
しかし、佐天はもう一つ重要な事を言わなければならなかった。


「…ここにフレンダの探しているお姉ちゃんの連絡先があるの。一応渡しておこうと思って」


「え?」


佐天は「だからここに…」と言うとポケットから砂皿から渡されたメモ用紙を渡す。
そこにはステファニーの連絡先が記載されていた。


「これが…」


フレンダは佐天から貰った小さいメモ用紙の切れ端を片手で掴むと大切そうにポケットに入れた。


「今、連絡してみてもいい?」


「いや…ちょっとそれは…」


フレンダは言いよどんだ佐天をキッと睨みつける。
さっきを孕んだ視線で射竦められた佐天は黙ってしまったものの、直、抗弁の姿勢は見せていた。


「結局、涙子が何で私と姉が連絡を取るのを許可しないの?あなたにそんな権限があるの?」

704: 2011/03/08(火) 04:03:12.60 ID:1Ac6BJ7uo

「…私はないわよ…私だってむしろ……フレンダがお姉ちゃんと会えれば嬉しいって思うけどさ」


「なら、対面できないまでもメールくらいさせてくれたってよくない?」


「ダメだよ…そしたらフレンダと姉が接触してるって事を裏付ける事になっちゃうんだよ?」


「……姉と砂皿さんも私が学園都市から脱出する事に協力してくれてるの?」


「そうみたいね…直ぐそこの雑居ビルに潜伏するって言ってたから、相当の覚悟で臨んでるみたいよ?」


佐天は自分が思った事を素直に吐露した。
フレンダはどこか焦点が定まらない視線を泳がせ、「潜伏って…」と姉達の強固な意志を垣間見た気がした。


「そっか…お姉ちゃん達、すごいな…私もがんばらなきゃ」



「…そうだね。で、砂皿さん達が動き出すのは人の流れが流動化するときって言ってたわ」


「つまり…大覇星祭か、学園都市の独立記念日って事ね」


「そういうことになるわね」

705: 2011/03/08(火) 04:04:39.04 ID:1Ac6BJ7uo

フレンダは佐天と話し合いを終えると窓越しから外を見る。


「夏も、もう直ぐ終りね」


「えぇ」


「涙子は…どうするの?」


唐突に放たれた質問に佐天は答えに窮してしまった。
砂皿にも聞かれたその質問の答えはまだ見出していなかった。


「…私は…」


「うん。滝壺も答えに困ってるって感じだった、ただ…私がいなくなったらみんなどうするのかなって思って」


アイテムが任務をこなすたびに入る報酬の幾らかを親に送金していた。
それらはを人を傷つけるたびに自分自身の免罪符として。

706: 2011/03/08(火) 04:05:38.16 ID:1Ac6BJ7uo

「フレンダを学園都市から逃がすって事は…殺人者を学園都市の外に放り出すって事?」


佐天のトゲのある発言にフレンダの眉がぴくりとうごめく。


「……まぁ…否定はしないわ」


フレンダは思った。
確かに究極的に見れば私は殺人者だと。そんな人が学園都市の暗部から下野すればそれはそのまま殺人者が牢から出るに等しい行為だ。


佐天の発言で暗鬱な考えに浸ろうとしているフレンダに対して「けど」と言葉が発せられて、フレンダの思考が一旦中断される。


「でも…フレンダだって姉に会いたいから学園都市から脱出しようとしてるんでしょ?」


「…そうね」


「フレンダの逃がすって事は学園都市であなたに殺される人がいなくなるって事よね?」


「ん。ま、まぁ」


「なら、私がやろうとしてる事は人助けになるのかもしれない」


佐天は自分の思った事を口に出して免罪符を得ようとして、それを取得した。
自分の納得できる理論を自分で構築する。
そして、後は他者にそれを認めてもらえればいい。フレンダの回答を待つ。


「…そうね。結局はそういう事になるわね」


「そういってもらえると助かるわ」

707: 2011/03/08(火) 04:06:51.80 ID:1Ac6BJ7uo

佐天はまるで幻想御手の時から変わってないな、と自分で思う。
幻想御手の時は自分の意思で善悪を超え、自分の興味で使い、昏倒した。
今回も自分が免罪符を得たいからという理由でフレンダを学園都市から脱出させる事に協力しようとしている。


誰かに自分の事を認めてもらいたい。役に立ちたい。目立ちたい。
そうした様々な心理状態が絡み合って、今の彼女、佐天涙子を形成していた。



「涙子は…私に協力してくれるの?」


「えぇ」


「あなたはアイテムの連絡係よ?上からの命令で私を捕縛しろとか、もっと過酷な命令が下るかもしれないわ」


「そのときはそのときよ!」


佐天はそういうと自分の胸をどんと叩いてみせる。


「結局、私のやりたい事をやらせてもらう。それだけ」


「涙子…あんた根性あるわね」


「そうかしら?今までさんざっぱら色んな人に迷惑掛け捲ってきたダメ人間よ?」



「いやいや、結局自分のやろうとしてる事だけを貫き通すってのはむずかしいって訳よ」



「そうね。でも自分の成し遂げたい事だとか、やってみたい事をやらないってのは損よ」


「ふふ…涙子は強いね、自分に興味のある事は真っ先に手を伸ばすのは素直にすごいと思うわ」

708: 2011/03/08(火) 04:07:37.90 ID:1Ac6BJ7uo

感心するフレンダを佐天はちらと見ると「この仕事も自分の意思ではじめたしね…」と小さい声でつぶやく。
先ほどの暗い雰囲気は多少は和らいできた感じだった。


とそのときだった。


ドルルルルル……


外に大きなバイクの音が聞こえる。


「うるさいわね?暴走族?スキルアウトかしら?」


佐天は忌々しそうにつぶやきながら冷蔵庫にあるパック麦茶を浸しているボトルを取り出す。
夏休みの最終日を前にしてスキルアウトたちが暴走行為をしているのだろうか?
佐天たちのいる学生寮の前にバイクの音がひびく。


フレンダは「だー!うっさい!」と言いながら窓越しに下を見る。
佐天は「誰よ?」と窓越しに立っているフレンダに話しかけるがその背中からは返事が返ってこない。
おかしいと思った佐天は恐る恐るフレンダの隣に並び立ってみる。



「…お姉ちゃん…」


「え?」


フレンダが発した一言で佐天はぎょっとした表情で窓越しに道路の真ん中に止めてあるバイクを見る。
距離は離れているがどうやらこちらを見ているようだ。

709: 2011/03/08(火) 04:08:11.26 ID:1Ac6BJ7uo

――柵川中学学生寮前

正直笑うのも億劫だった。
しかし、砂皿さんからの連絡でこの時間帯だったら君の妹がいるかもしれないといわれれば、無理やりにでも笑顔を作る。


(確か二階にいるのよね?フレンダの連絡係は)


ステファニーは数多の増援に追いつかれる前に潜伏先の雑居ビルの近くにやってきたのだった。
まさに僥倖とも思えるこのタイミングでフレンダとステファニーは一瞬の邂逅を果たすことになった。


フレンダはアイテムの連絡係に呼ばれた可能性が高い。
会うならこの時機しかない。


ステファニーは左肩の銃創貫通と右足に擦過していった銃弾の擦り傷が痛む中、ハーレーソフテイルを勢いよくドルルン!とふかした。


(本当に居るんですかね?フレンダは)


一度停車するとどっと汗が出てくる。
真っ黒のレザーで上下会わせているステファニーにとってはかなりきつかったが妹に会えるのであらば、ちょっとやそっとの事は気にしなかった。


(フレンダぁ…居るなら出て!)


祈るような気持ちでステファニーは柵川中学校の学生寮の前を見る。
バイクを走らせれば直ぐそこに砂皿が潜伏している雑居ビルがある。時間的余裕はあるのだが、銃創からは血がしたたり落ちている。

710: 2011/03/08(火) 04:08:55.58 ID:1Ac6BJ7uo

(まだ居ないのか?来てないのかな?)


半ば諦めかけていた時だった。
学生寮のカーテンが元々開いてる部屋からのっそりとこちらを見ている金髪の少女が居た。


(…フレンダ!)


よく分からなかったがフレンダは「お姉ちゃん」と言ったはずだった。いや、言った。
妹の口の動きをつぶさに感じ取ったステファニーは数年ぶりの再会に思いを馳せた。


ステファニーは目頭が熱くなるのを感じたが、涙がこぼれるのは必氏にこらえる。
ぐっと左腕を高く掲げ、窓の外にいるフレンダに親指をぐっと突き上げる。


フレンダは窓越しにその素振りを真似る。
ステファニーからは心なしかフレンダも目が潤んでいる様に見えた。


「待っててね!フレンダ」


大声でステファニーは叫ぶともう一度ハーレーをドルルン!と勢いよく吹かす。
フレンダは窓越しにうん!と精一杯の笑顔を浮かべて手を振っている。



(にしし!今日はフレンダと会えました!今度会うのはいつになるんですかねぇ?)



ステファニーは後方に遠ざかっていく学生寮を見つめながら潜伏先の雑居ビルに向かっていった。

716: 2011/03/09(水) 01:54:43.32 ID:irmETSjMo

――柵川中学学生寮


「涙子!見た!?あれが私のお姉ちゃんなの!」


フレンダは先程まで姉がいた所を指さしている。
佐天は「うん、見たよ!」と頷く。



「良かった…少しだけでも会えて…」


佐天はフレンダに相槌を打つ。
そしてちらと彼女の表情を見てみようとすると笑いながらも大粒の涙をこぼしていた。


「…あー…ゴメン、情けないわね、結局私」


「そんな事ないと思うよ」


その後フレンダは「あー」とか「ふー」とか適当に深呼吸している。
そして双眸からは涙をぽろぽろと流しながら、姉と一瞬の邂逅を出来たことを彼女は心から喜んだ。

717: 2011/03/09(水) 01:56:12.45 ID:irmETSjMo

――雑居ビル


ステファニーの乗っていたハーレーは雑居ビルの中に巧妙に偽装されて配置されている。
当の本人は?


「…グ…ク…ッああ!イタいです…!砂皿さん!」


「我慢しろ!」


数多率いる猟犬部隊に追撃されたときに負った傷を治療していた。
幸い、貫通銃創と擦過しているだけなので、重傷は免れたが、暫くは安静が必要だった。


食料は約一ヶ月分。簡易トイレや傷の手当てをする応急キットはあるにはあるが、いつまで持つのやら。
しかし、この傷の痛みにも耐えなければなるまい。やっとフレンダと会えたのだ。後一ヶ月。


「砂皿さん…っつつ…痛い痛い!」


「仕方ないだろう。麻酔の量にも限界がある。ここで全て使ってしまえば後々の作戦に影響が出かねないぞ」


「はい…」


シュンと落ち込むステファニーの肩に砂皿が肩を当てる。
肩を露出している彼女は「ひゃう!」と突然に触れられた手の冷たさに驚く。


「終わりだ」

718: 2011/03/09(水) 02:01:09.42 ID:irmETSjMo

「あ、ありがとうございます…!」
(何だ、終わった合図ですか…いきなり触られたら緊張するじゃないですか…!)


雑居ビルの中でも半埋め込み式の地下に居住区に住んでいる二人。
他の部屋にはスキルアウトや住居様々な理由でなくしたアウトローな人々がすんでいる。
高層ビル群の間にひょっこり残ったゲットーの様な場所に二人は拠点を構えたのだった。



「脚の傷は擦過しているから消毒する…」


太ももの辺りを擦過している銃弾で出来た傷。
消毒するためにはレザーパンツを脱がなければならない。


「…ちょっと待って下さい…消毒は…自分でも出来ます」


「そうか」


ステファニーは砂皿がほかの部屋に向かうのを確認するとゆっくりとレザーのズボンを脱いでいく。
擦過したとレザーパンツがすれる度に想像出来ない痛みが全身を駆け巡っていく。


「…!…!」
(これ…痛すぎですよ…!)


気づけばステファニーは脂汗をじっとりとかいていた。
ステファニーはビクトリノックスの十徳ナイフを取り出して器用にレザーパンツを切ろうとするが良質のレザーなので刃がうまく入っていかない。


(クッソ…めっちゃくちゃ痛いじゃないですか…!)


結局痛みに耐えかねて、ステファニーは床にごろんと転がってしまった。

720: 2011/03/09(水) 02:02:50.87 ID:irmETSjMo

「砂皿さんー!消毒してくださいー…!」


ステファニーはじっとりと汗を掻いたまま助けを求める。
するとトレーニングを中断した砂皿がやってきた。


「すいません…自分では無理でした」


「ほら、言わんことない」


砂皿はそう言うと血がドス黒く凝固しつつある床を見ながら止血が出来ているのを確認するとステファニーから十徳ナイフを拝借し、丁寧にレザーパンツを切っていく。
すると擦過した傷跡が生々しく残っていた。
数十分の後、傷口は適切に治療され、包帯が巻かれた。


「あ、ありがとうございます」
(わ、私の脚みといてなんも思わないですか…とほほ…)


「困ったときは最初から頼むんだな」
(ったく…これだから綺麗な女は傭兵に向いていないんだ…こちらも集中しないと目移りしかねん)


「すいません…以後気を付けます。所で砂皿さん、どれくらい潜伏するんでしょうか?」



ステファニーは砂皿からどれくらい潜伏するか聞いていなかった。
というのもステファニーの性格だと「一ヶ月も潜伏出来る訳ないじゃないですか!」とか愚痴をこぼしそうだったから。
つい今し方考えていたステファニーに対する女に向けた感情を払拭し、砂皿は弁を続ける。

721: 2011/03/09(水) 02:04:22.62 ID:irmETSjMo

「…俺の計画だと大規模なイベントがあるまで潜伏しようと思っている」


「大規模って言うと…まさか…大覇星祭とか…学園都市独立記念日とかまでですか?」


砂皿は言うか言うまいか逡巡したが、ステファニーに大まかな予想だけどな、と前置きをして告げた。
するとステファニーは砂皿の予想とは全く違う反応を示した。


「妹を救出する事も出来て、一ヶ月も砂皿さんと二人っきり…フフ…!これは…これこそイベントですよ!」


肩と脚を包帯でくるまれている女は傷口からジンジンと発せられている痛みもなんのその、という風に立ちあがる。
そしてその直後に「いったーい」と言って再び床に崩れ落ちるのであった。
砂皿はこの女となら一ヶ月の潜伏は苦ではないな、と思った。

722: 2011/03/09(水) 02:05:36.43 ID:irmETSjMo

――同日 MARのオフィス


木原を乗せたムラーノは猟犬部隊のオフィスではなく、妹のテレスティーナが指揮しているMARのオフィスに到着した。
ここの機材は優秀で警備員のメンバーが利用するハイテク機材が揃っている。


「わりぃな、テレスティーナ。お前ん所の機材をちょいとかりるぜ?」


「あら、お兄さん久しぶりね?別に良いわよ?ここの機器の使用権限は私が持っているから、どうぞ使って下さいな」


数多はテレスティーナに軽く会釈をするとムラーノの車内に据え付けられていた車載カメラを取り出したファイルを持っている隊員をオフィスに入れる。


「何か解析するの?」


「あー…さっきまでカーチェイスをしててだな、それで砂皿の野郎と同じホテルから出てきた女がつえぇのなんのってよ」


「襲撃でも喰らったの?」


「まぁ、そんな所だ。前のヴァンガードがぶっ壊されて隊員三人氏亡、一人大やけど、で援軍が追いつく間に負傷しつつも相手は逃げ切りやがった」


「あらま。かなりの腕前のようね」


「認めたくねぇがな」


数多はそう言うとテレスティーナから解析室のカードキーを受け取ると部屋に入る。
テレスティーナも興味があるようで、猟犬部隊の何人かと一緒に部屋に入っていった。

723: 2011/03/09(水) 02:07:38.61 ID:irmETSjMo

MARの解析員達がムラーノから回収した車載カメラの解析を行っていく。
その間に数多の無線に交信が入った。


『…こちらズユース…砂皿緻密の移動経路判明しました…現在立川近辺の雑居ビル群に潜伏している模様』


「わかった。良くやった…踏み込めそうか?」


『いえ…こちらからは見えませんが、奴ら先ほどなにやら敷設している様に見えました』


数多は「敷設ぅ?」とうざったそうに交信しているズユースに向かって吠えた。


『こちらからはあまり見えませんが…恐らく毒ガスかと…超望遠レンズで見た結果何ですが…』


「今投影機はない。口頭で説明しろ、ズユース」


数多はズユースがファイルを送ろうとしたのを一度中断させて無線交信で正確に伝えるよう言った。


『はっ…ただいま超望遠レンズで解析した結果………』


言いよどんでいるズユースに数多は「おい、コラ、しかり言え」と発破をかける。

724: 2011/03/09(水) 02:09:04.44 ID:irmETSjMo

『VXガスに収納方法は酷似しています。しかし、ステンレス容器に収めるのではなく、透明の容器に収納していますね…正確な種類は判別不可能です…』


「ほう…VXガス…或いは違う種類だとしても安易に踏み込めねぇな…」


『はい。…部屋に近づいた瞬間におだぶつ……という事も有り得ます…!』


「敵ながらあっぱれだな、こりゃ」


数多は独り言の様につぶやく。


(普通のVXでさえ相当な威力だ…あれが改良型だとしたら…質がワリィなオイ)


数多は透明の容器に収納されている改良型のVXガスを想像しつつ、交信を切った。
するとちょうど解析のアルゴリズムが終了した様で、解析員達は「おお」と歓声を上げていた。というのも解析されたファイルに映っている女性はかなりの美人だったからだ。


数多は解析員達の歓声に釣られて振り向くと大型プロジェクタに反映されている金髪ブロンドの女性の姿が見えた。
こちらを見て不敵な笑みを浮かべている白人だった。


「こいつ…まさか」


「ステファニーよ、これ」


数多の思考がテレスティーナの声で中断される。
「知っているのか?」と数多はモニタに投影さえているステファニーを指さす。


「えぇ。コイツ、以前学園都市の警備員で働いていたわ。同じ白人だったから記憶に残ってるわ」

725: 2011/03/09(水) 02:10:34.93 ID:irmETSjMo

「なぁるほど…そしたら…砂皿の野郎と一緒のホテルから出てきて且つ、猟犬部隊に攻撃を加えたって事はだ…」


「えぇ。砂皿と共に行動していると、みていいんじゃないかしら。しかも、アイテムのメンバー…恐らくフレンダでしょうけど…接触をはかってる可能性があるわね」


「そしたら…今直ぐにでも雑居ビルに襲撃をかけたいが…正体のわからねぇ毒ガス祭ときたか…実際に毒ガスなのかよ?」


「そればっかしはわからないわ。実際に言ってみないと」


「しかたねぇ、猟犬部隊から行かせるか。オイ、今無線で聞いてた奴ら」


『………』


何人かの隊員の交信音が聞こえてくる。
しかし、この状況で名乗りを上げた場合、待っているのは氏以外ないのは明白だった。



「聞こえねぇのか?なら、お前等の親に行かせるぞー?いいんだなぁ??」

726: 2011/03/09(水) 02:11:51.85 ID:irmETSjMo

『…………………ズユース…了解しました』

『………………………リシャール了解です』

『………………………………テオ了解です』




突如掛かった氏の呼びかけに反抗する余地はなかった。
男達は氏ぬと分かってていても数多の命令に承服せざるをえなかった。
親に行かせる…それが荒唐無稽な冗談ではない事を猟犬部隊は承知していた。ならば…本当に苦渋の決断だが自分が行くしかあるまい。例え氏ぬとしても…!


彼らは念じた。どうか、あれが致氏性のガスではありませんように…と。


「戦場じゃぁ諦観は美徳だぁ。行ってこい」


まさにお前が言うかと、と言いたい衝動に駆られているだろう猟犬部隊の隊員達はしかし反抗出来なかった。
テレスティーナは「ひどい人」とぼそっと言うが、数多に「ん?んんん?」と凄まれて「好きにすれば?」と首を横に振った。



「じゃぁ、お前等の勇姿はこっちで見届けてやるから、頑張れ。突撃時刻は最終下校時刻を回ってからだ。いいな?」



『サー……』

727: 2011/03/09(水) 02:14:01.56 ID:irmETSjMo

数多は勿論男達の断末魔を見届けることなどなかった。
そして毒ガスが用いられたという形跡でだけ確認する。周囲に人が居なかっせいで、周辺にどれほどの影響を与えたかは確認出来なかったが。



「これで毒ガスを使ってるって事が判った。なら、うかつに忍び込むのは不可能だ…」


じゃあどうするの?とテレスティーナが数多に聞き返す。


「…なぁにあっちだってぐずぐずしてられねぇ筈だ…学園都市の大規模なイベントに乗じて作戦を実行するに違いねぇ…」


「ここ一ヶ月くらいだと…そうねぇ…大覇星祭か…学園都市の独立記念日だろうな…!」


「我慢比べって事ね?」


「あぁ。こっちから言って、無駄に戦力を減らす訳にはいかねぇからなぁ…!」


数多はそう言うと従えてきた猟犬部隊と一緒に自分のオフィスに帰って行った。
テレスティーナは帰って行く彼らの背中を見つめていた。





果たして、砂皿達が期待している様な出来事は一ヶ月後に起きるのであろうか?
アイテム、電話の女、猟犬部隊、MAR、グループ、スクール、御坂美琴、そして砂皿緻密とステファニー。

一ヶ月後、皆が交わるとき、キリキリと絞られた戦弓は放たれるのであった。

728: 2011/03/09(水) 02:15:01.08 ID:irmETSjMo

――学園都市独立記念日当日 佐天

この一ヶ月ちょっと、色々あったと言えば、あったし、いつも通りの平凡な日常と言えばそうだったかもしれない。
学校に行く者、潜伏する者、仕事を忠実に行う者、交渉権を獲得しようと躍起になっている者…様々な人の運命が交わり、時に激しくせめぎ合う。


佐天涙子は携帯電話を持ってそわそわしていた。


(ったく…ここ一ヶ月スクールにお株を奪われてばっかだったわね)


ため息混じりに仕事用の携帯電話をいじりながら彼女は思う。
大覇星祭は何事もなく終わった。
そして…今日、学園都市の独立記念日。何かが起きる事は確かだった。
というのも前日の夜のこと……






『明日、フレンダ脱出作戦を決行する』





昨夜砂皿が佐天の家にやってきて一言報告した。
彼女はこくんと頷くことしか出来なかった。


ついにやってきたのか。そう思うと彼女はなぜだか眠れなかった。

729: 2011/03/09(水) 02:16:00.85 ID:irmETSjMo

結局…砂皿さんの読み通り、独立記念日の前に暗部組織の幾つかが動き出した…どうなるのよ?)




佐天はこの一ヶ月、フレンダを護衛に付ける事はしなかった。それには特に意味はない。
強いて理由付けをするとすれば、自分の身に危険を感じられなかったから。


今、佐天はジョセフに向かっている。
そう、アイテムの構成員達が待機しているレストランだ。


今日は祝日。家に居てもつまらない。いや、そんな理由で彼女はアイテムの会合に来たのではない。
いつもアイテムの面々がどんな会話をするか。それをこの目と耳で見聞きしてみたかった。



そして、何より、フレンダが今後どういった行動を採るか…。例え同行出来なくても、今日フレンダの顔を見ずにはいられなかったのだ。
色々な事を考えながら歩いているとレストラン「ジョセフ」の駐車場が見えた。
浜面の仕事用の車、シボレー・アストロが停まっている。既に会議は始まっているのだろうか。



(おーおー…話してますねぇ、アイテム)



佐天がちらとジョセフの窓をみるとアイテムのメンバー四人が待機していた。
それぞれが思い思いの行動をしているようだ。
その姿を見つつ、彼女はジョセフの入店口に足を踏み入れる。

730: 2011/03/09(水) 02:17:47.04 ID:irmETSjMo
――麦野沈利


彼女は久しぶりに入った仕事にワクワクしていた。しかし、その反面緊張もしていた。


垣根帝督。第二位の怪物。未元物質を繰る男。



自分の思った物質を構築できうる限りまでの範囲なら作り出せる。
麦野は彼に対して面識があった以前付き合った事があるから。


しかし、そんな事は戦いになってしまえば関係ない。
任務を遂行してしまえば明日からはまた普通の日々。浜面にたっぷり抱いてもらうのもいいかも。



そんなことを考えながら彼女はふと気づいた。
朝ごはんにいつも食べる鮭弁当にいつもの惣菜が乗ってないのだ。






「あれ?今日のシャケ弁と昨日のシャケ弁はなんかは違う気がするけど。あれー?」

731: 2011/03/09(水) 02:18:24.96 ID:irmETSjMo

――絹旗最愛


超、超、一ヶ月ひまでしたね。
いや、アイテムに入ってからスリリングな日常を過ごしたことはあるだろうか?
絹旗は自分に言い聞かせる。


正直彼女は自分の能力をふんだんに使った戦いをしたことがなかった。しかし、
電話の女からここ最近入った情報に依れば今回の相手はスクール。


かなりの強敵であることには間違いない。
相手は得体の知れないヘッドギアの男、プロスナイパー、心理操作に長けた女、そして第二位の男。


いきなり本番の頃しあいだ。
こればっかしはうまく行くかわからない。しかし平静は保たれている。いける気がする。


そんなことを考えながら寡黙に、じっと映画のパンフレットを読んでいく。






「香港赤龍電影カンパニーが送るC級ウルトラ問題作……様々な意味で手に汗握りそうで、逆に超気になります」

732: 2011/03/09(水) 02:19:12.16 ID:irmETSjMo

――滝壺理后

スクール…学園都市第二位を擁する組織。
その組織の他にも幾つかの組織が学園としないで行動を開始したようだった。


それは即ち学園都市の治安を守る組織「アイテム」に出撃命令が下るのと同義だった。
今日はもしかしたら相当な激戦になるかも知れない。


しかし、その激戦下で行われる一つの脱出劇。
その伸展がどうなるか。滝壺は気が気でなかった。



(…フレンダ…見た感じ普通だけど、昨日も遅くまで起きてたし、やっぱり緊張してるのかな?)



滝壺はぽーっと眠そうな視線を虚空に向けながらも、とらとフレンダの方を見ると元気そうに大好きな缶詰をつついていた。
その光景に滝壺は苦笑しつつ能力者達が発する力場の波に揺られるのであった。






「……南南西から信号が来てる……」

733: 2011/03/09(水) 02:21:11.40 ID:irmETSjMo

――フレンダ=ゴージャスパレス

ついに来たか。
それが正直な感想だった。


涙子程じゃないけど、私もクソ度胸の持ち主かな?と彼女は思った。
というのも昨日の夜まで学園都市から抜け出すなんておよそ絵空事のように感じられたからだ。


流石に昨日の夜は緊張したが、夏休みの最終日以降、昨日の夜までは取り立てて緊張したり不安に駆られることはなかった。
もしかしたら真剣にむきあってないだけかもしれないが。


(お姉ちゃんの事、少しでも見れたのが大きいのかな?)


佐天の暮らしている学生寮にやってきた時、バイクの排気音が聞こえた。
音に釣られて窓を見てみると姉の姿が。
あれだけで、フレンダは今まで姉を探してきた苦労は全て吹き飛んでしまった。



(今日で…学園都市の闇からおさらばになるって事よね…結局うまく行く訳?)


砂皿からは何も連絡が来ない。
しかし、連絡先は交換している。後はいつ、いかなるタイミングで連絡が来るか。それだけだった。



腹が減ってはいくさは出来ない。日本人の口にすることわざをフレンダは思い出す。
そして大好きな鯖の缶詰をつつく。






「結局さ、サバの缶詰がキてる訳よ。カレーね、カレーが最高」

734: 2011/03/09(水) 02:25:17.82 ID:irmETSjMo

――砂皿緻密 ステファニー=ゴージャスパレス


「いやー…やっと出れますね、砂皿さん☆」


「あぁ。一ヶ月と少しか…長かったな」


砂皿とステファニーは立川郊外の雑居ビル群から出てきた。
一ヶ月以上籠城していたにもかかわらず、特にその表情からは疲労は感じられない。


毒ガスという実物でのブラフを利用したせいもあってか、この一ヶ月は外出するのを極力控えていた事以外は特に変化はなかった。



「恐らく…私達の行動も監視されちゃってるんですかねぇ?」


「あぁ」


二人は悠長なことを言いつつ、地上に出る。
恐らくこの時点で学園都市の治安維持部隊の照準に二人は映っているのだろうが、二人は何故撃たれないのだろうか?


それは彼らが持っている毒ガスに起因しているだろう。
一ヶ月ほど前猟犬部隊の三人の隊員が哀れにも毒ガスを浴びて氏んだ。

毒ガスの成分は二人しか知らないのだが、彼らの手にはしっかりそれを治めた容器を手に提げていた。
仮に狙撃が成功したとしてももしショックを与えてしまって毒ガスがまき散らされでもしたら?


左手にはアタッシュウェポンケース、右手には数珠つなぎになっている透明の容器を納める透明のスーツケース。
背中には大きめのリュックを背負っている。恐らくそれぞれの得物が入っているのだろう。


砂皿とステファニーは雑居ビルの影に巧妙に偽装されているハーレーに乗り込む。
今回の運転は砂皿だ。


「行くぞ」


「はい」


ハーレーは心地よい排気音を上げ、一ヶ月以上の籠城直後とは思えない、健康な様子の二人を学園都市のビル群に向けて送り届けていった。

735: 2011/03/09(水) 02:25:59.41 ID:irmETSjMo

――木原数多

「へぇー…やっと動いたかぁ。待たせやがってよ」


数多は砂皿達が雑居ビルから出てビル群に向かっていった報告を聞いた。
彼は思う。結局はあいつらは必ず学園都市を出るのだ。そこで一網打尽にしてしまえばいい。


(一方通行の奴は悔しがってたなぁ、仕事が入ってそっちにいけねぇとか言ってたわ)


一方通行は実はアイテムと戦うのを熱望していた。
しかし、ここ最近慌ただしい学園都市の内情と世界情勢によって治安維持部隊が著しく不足している状況で一方通行擁するグループにも治安維持の要請が入ったのだった。


(まぁ、あいつなら命令無視してでも飛んできそうだが…果たしてねぇ…?)



数多は首の骨をコキンと鳴らすと妹であるテレスティーナに学園都市と日本の境の警備を強化するように要請した。
すると「人手が足りないけど頑張るわ」と頼りない返事が。


(チッ…猟犬部隊からも少しだしてやっかなぁ…)


そう思った数多は増援を送る旨を伝える。
ここ一ヶ月で新たに補充された人員達で新旧の隊員が混同している猟犬部隊。



(あいつらも呼んでやるかねぇ)


数多はそう思うと“あいつら”を呼んだ。

736: 2011/03/09(水) 02:26:58.56 ID:irmETSjMo

「呼びましたか?とミサカは猟犬部隊指揮官に質問します」


「あぁ。呼んだぜ。お前等にも出撃命令が下る可能性がある」


「了解しました。では、しばらくはここで待機ですね?とミサカは隊長に命令の確認をします」


「あぁ。そうだ、待機だ。頃合いを見て俺がお前等を呼ぶから、そんときその場所に来い」


数多の命令を復唱した御坂美琴のクローン四人はオフィスを後にした。
他の隊員達も集合しており、猟犬部隊の一部は数多の命令で出撃する事になった。

754: 2011/03/13(日) 18:10:53.98 ID:RnZvJev9o

――ファミレス ジョセフ


「あれ?あれは超電話の女じゃないですか?」


「おはよー!」
(ちょっと寝坊しました、すいません)


佐天は持ち前の元気の良さでアイテムの面々に挨拶する。
会うのは夏休みの一回目以後初めてだったが、特に気兼ねなく挨拶出来た。


「にしても…みんな朝から早いわねー…」


「何でお前が直接来るんだよ、電話の女」


「いや、まぁ、あのその…今日は祝日だし、アイテムがどういう感じで仕事の話しをしてるのかなって思って…」


麦野は「ふーん…」と鼻を鳴らすだけ。
他のメンバーは浜面が持ってきたドリンクバーを飲みながら麦野と佐天のやりとりを聞いている。


「単刀直入に言うけど、今回の任務はスクールの鎮圧…で、ついさっき入った情報だと、スクールは八王子の素粒子光学研究所に向かったって情報だわ…!」


佐天はそう言うと柵川中学校の鞄から仕事用のタブレット型携帯電話を取り出す。
以前滝壺とフレンダと一緒に撮ったプリクラは携帯の裏面に張ってあるので見えない。

755: 2011/03/13(日) 18:11:32.37 ID:RnZvJev9o

「えーっと…これが今回戦いに参加している人達の顔写真とデータね」


佐天はみんなが見やすいように掲げて見せる。
高画質の液晶から出力された画像にはアイテムの面々の顔も映って見える。


「超いっぱい居ますねー。にしても今暴れ回ってるのは…この四人組ですか?」


佐天と同い年の絹旗はスクールの垣根帝督の顔写真を指さす。
その質問に佐天は「えぇ、どーやらそーみたい」と答える。


「こいつら、ここ最近ずっと暴れてますね。同業なのに何で目立とうとしてるんですかね?」


「うーん…そこまでわからないわ…ごめん」


佐天は気まずそうに絹旗に返答する。

「で、アイテムのみんなには早速清掃工場に向かってスクールの鎮圧に取りかかって欲しい」


「へいへい、りょーかい」

756: 2011/03/13(日) 18:13:42.73 ID:RnZvJev9o

麦野はシャケ弁をつつき、悪態をつきながらも返事をする。
他のメンバーもいやいやながら「はーい」と返事をした。


「じゃ、いきますかねー。スクールぶっつぶしますか」


麦野のかけ声に「おー!」とアイテムのメンバーが反応する。
すっくと麦野が立ちあがると他のメンバーも立ちあがる。


浜面はその光景を見、伝票入れに入っている伝票をレジに持って行きいち早く会計を済ますと駐車場に向かっていく。
彼は「ちょっと待っててくれ」とアイテムのみんなに一言言うと走って車を取りに行く。


「あ、ゴメン、ちょっとトイレ言ってくる」


浜面が車を取りに行く為にレストランを出たのと同じくしてフレンダがトイレに行きたいと言い出した。
麦野は「はやく済ませてきな」と言い放ち、先にレストランの外に出る。


フレンダは麦野がファミレスに出るのを確認するとトイレに向かう。
その時、アイテムのメンバーから少し遅れて歩いて来た佐天に彼女は目配せする。

首をかしげつつも佐天はフレンダについていった。

757: 2011/03/13(日) 18:14:50.81 ID:RnZvJev9o

――レストラン「ジョセフ」のトイレ


「時間がないけど、私と会うのもこれが最後かな?」


「そうね、フレンダ…」


「涙子はどうするの?」


「…私は前にも言ったようにあなたをここから逃がす…それに協力するのが免罪符だと思ってるから…」


そう。
佐天は人の命が最も軽んじられている学園都市の暗部に身をやつしている。
そんな世界で彼女が最も求めていた物。
それが自分の命令で人が氏んだ、という罪を忘れさせてくれる免罪符だった。


「協力ね…涙子は充分協力してくれたわよ?一ヶ月前に砂皿さんと私に接触するきっかけを作ってくれたじゃない」


「でも…あれはテレスティーナさんのメールでフレンダに迷惑かけちゃったよ?まだ何か出来る事があるなら…」


「平気。もうこの学園都市から出る覚悟は出来てる。涙子はこの後も連絡係を?」


「いやー!それが全然考えてないのよねー…これからどーすんのか。取り敢えず、安全な場所まで避難したら連絡頂戴。コレ、私の元々持ってる携帯の連絡先」


佐天はそう言うとアドレスと連絡先が記載されている紙を渡す。
フレンダはその紙をポケットにしまうとトイレを出る。


「あ、そうそう。これ、今日お姉ちゃんから来たメール」


「え?どれどれ見せて?」

758: 2011/03/13(日) 18:17:15.83 ID:RnZvJev9o
――――――――――




From:お姉ちゃん

Sub:よっ!

にゃははーん☆
連絡今まで出来なくてゴメンね!
今日の日程はまた後ほど連絡するよ~☆




――――――――――

759: 2011/03/13(日) 18:19:13.60 ID:RnZvJev9o

佐天はメールからしてテンション似てるわ…とフレンダの様な明るいキャラもう一人いる様を想像した。
そして、フレンダとはもう会えなくなる、と考えると、たった数ヶ月の中だったとしてもちょっと寂しさを感じる。


「じゃ、行ってくるわ。結局、見送りに来てくれてありがとね」


「こいつときたら……頑張ってね…!」



数十秒後、大きな排気音でシボレー・アストロがファミレスの入り口前にやってきた。
フレンダはファミレスのドアを勢いよく開けて乗り込んで行った。


佐天はぶぉおおおん!と音を立てて昭島方面に向かって行くアイテムを見送っていく。
彼女は報告が来るまで学生寮で待機しようと思い、元来た道を帰ろうとした。
しかし、彼女は目の前に居る人物を見て脚が震え、歩が停まった。





「み、み、御坂さん…?何でここに?」



「何でって…祝日だから散歩よ、散歩。っていうか、佐天さん、あんた、今、誰と話してたの?」





常盤台の超電磁砲、御坂美琴と佐天はばったり遭遇してしまったのだ。

760: 2011/03/13(日) 18:21:32.48 ID:RnZvJev9o

――八王子の素粒子光学研究所の駐車場


(あいつら無事なのか?)


つい先程研究所に入っていったアイテムのメンバーを浜面は気にかける。
スクールの構成員達がいるという電話の女の情報が正しければ、今頃は研究所内で苛烈な戦闘が繰り広げられているに違いない。


浜面の薬指には以前麦野と買いに行ったペアリングが嵌っている。
アイテムのメンバーには付き合っている事が知られているのだろうか?


彼はシボレー・アストロのハンドルを握りながらぼんやりとその指輪を見つめる。



(麦野は…頑張ってるかな?それに…滝壺も…体調崩さないか…)



浜面は麦野の事を案じつつ、滝壺の事も考えている自分のどうしようもなさにあきれるようにため息をつく。



(おいおい、俺は麦野と付き合ってるんだぞ、何で滝壺の事心配してるんだ…?)



それはみんな真剣に戦ってるからだ、と自分を納得させ、浜面は再び思索の海に出航しようと思ったその時だった。

761: 2011/03/13(日) 18:22:44.76 ID:RnZvJev9o


(オイオイ!一千万軽く越えるじゃねぇか…!にしても飛ばしてんなぁ…)



浜面は走り去っていくメルセデスのステーションワゴンをぼんやりと見つめている。
メルセデスが通り過ぎると、今度は研究所から麦野が走ってきた。走っている麦野の右手にはなにやらヘッドギアが。一体何だろうか?


浜面がヘッドギアに疑問を抱いていると麦野の姿は次第に大きくなり、彼女はドアを勢いよく開けると車に飛び乗ってくる。
その麦野の後姿に隠れ、滝壺も一緒に居る。


「浜面!ぼやっとすんな!今走ってったベンツ追うの!早く!」


既に遠くなっているメルセデスを追撃しろと指示を出す麦野。
いつも一緒に居るときの甘えっぷりとは大違いだ。


麦野と滝壺はアストロに乗り込む。
浜面は戦闘モードに移行している麦野の表情をちらと見て確認しつつシボレーのキーを回し、メルセデスを追う。

762: 2011/03/13(日) 18:25:18.21 ID:RnZvJev9o

「お、おい。絹旗とフレンダはの二人はどうしたんだよ!?」


浜面の質問に麦野はぎりと歯をならしつつ「あいつらはあれぐらいじゃ氏なない」とぶっきらぼうに言い放つ。
彼が麦野の表情を確認しようとするとそのコートの端は焦げ、心なしか頬も少しばかり腫れているように見えた。




「相手のスクールのリーダーの垣根…うざってぇ…!」




浜面も流石に垣根の何がうざったいのか、そんな事を麦野に聞くヘマは犯さなかった。
アクセルをベタ踏みし、ひたすら昭島方面に向かうバイパスをひた走る事に全神経を集中させるが、直後後ろの合流点からずいっとクレーン付き大型トラックがやってきた。
しかも建築物破壊用の鉄球付きだ。



「お!おいおいおい!後ろ!やべぇぞ!」



浜面は左サイドミラーに映っているトラックを見るやいなや更に加速しようとするがいかんせんファミリーカーのシボレー・アストロはスピードの限界だった。
アメ車といえど、大馬力を誇るクレーン車には勝てない。
クレーン車は据え付けの鉄球をぶんと振り回してくる。


シボレー・アストロの後部が一気にひしゃげる。
後部のガラスが派手にはじけ飛び、寒風がびゅうっとシボレーの車内に押し寄せてくる。


浜面はミラーで化け物の様な動きで動いているクレーン車を視野に捉える。
運転手は誰だ?ふとそんな思考に駆られ、浜面がミラー越しに目をこらすと女だった。しかもキャバ嬢の様に派手派手なドレスを着ている。



「お前等、早く降りろ!この車は多分、もたない!」

763: 2011/03/13(日) 18:27:02.33 ID:RnZvJev9o

「分かった!」


「浜面!ここは三手に別れよう!滝壺も!良い!?」


「うん」


麦野は返答を待つまでもなく、一気に道路に降りる。
道路は車が玉突き事故を起こしており、地獄絵図の体をなしていた。


麦野はクレーン車の燃料タンクに原子崩しを放ち大爆発を巻き起こすが、ドライバーはすんでの所で退避する。



「オラ!てめぇんトコのヘッドギア男の手土産だぜっ!」


血がこびりついているヘッドギアを麦野はクレーン車のドライバーに投擲して走り出す。
そのヘッドギアを投げられたトラックのドライバーはシボレー・アストロから降りた滝壺を追っている様だ。



(チッ!スクールの狙いは滝壺?)



麦野の能力の照準補佐を行う滝壺が居なくなれば麦野の原子崩しは無用の長物になってしまう。
それだけは避けなければならない。麦野は一度走った道を戻って、大型トラックのドライバー…よく見ればドレスを来た女に原子崩しを適当に放つ。


「きゃっ!」


それに驚いたのだろう。
ドレスの女は声を上げて退避する。
その退避する通路には麦野の彼氏…浜面が!

764: 2011/03/13(日) 18:28:46.34 ID:RnZvJev9o

「私の男に手ぇ出してんじゃねぇ!」


「はぁ?そんなつもりないし!」


麦野の怒声を意に介さず、ドレスの女は後続でやってきた下部組織の連中を従えて一気に麦野達を捕縛しようとする。
麦野はもう一度適当原子崩しを発動させる。太陽の光にてらされて麦野のペアリングがぴかっと一瞬光る。


「じゃ、集合はアジトで!」



「おう!」



「わかった」



三人は今度こそ三手に別れてそれぞれ散らばって走り去っていった。
そこでドレスの女は軽く舌打ちをしつつ、携帯電話を取りだし、連絡を入れる。

765: 2011/03/13(日) 18:34:03.18 ID:RnZvJev9o

「帝督ー?私だけど、そっちの方はどう?こっちはアイテムとその下部組織の構成員入れて三人、全員逃げられちゃった☆」


てへっ☆と舌を出しつつ心理定規は謝る。
帝督と呼ばれた男は受話器越しに聞こえるようにわざとらしく舌打ちすしながら会話をする。



『ったくよー。心理定規、お前の能力なら、ちょちょいと感情いじくってどうにかなんねぇのかよ?』


「ごめんごめん、帝督」


『はいはい。じゃ、取り敢えず、下部組織にの奴らをさっきの研究所に呼び戻せや。例のモン、お前が持ってるんだろ?』


「あぁ…ゴメン私じゃないわ。でも、狙撃手の運転するメルセデスが持ってるから、今から狙撃手の所に合流したほうがいいかしら?」


『頼むわ。あーそうそう。アイテムの白人、一人いるんだけど、どーするよ、心理定規』


「そうねぇ…さっきアイテムの奴らが集合場所って言ってたから、その場所だけ聞き出しちゃいましょ。多分知ってるだろうから」


『りょーかい』





事務的な通話を終えるとドレスの女、もとい心理定規は下部組織の運転するメルセデスC180に乗り込む。
味方の狙撃手と合流するのは後だ。まずは捕縛したアイテムの捕虜に尋問するのが先決だ。


「おーい!どかねぇか!テメェ等!」


「うっさいなぁ…」


心理定規は通路をふさいでいる彼女達にクラクションを鳴らすうざったい車とドライバーに向かって適当にグレネードを撃って黙らせる。
直後彼女を乗せたメルセデスは一路、研究所に向かっていく。

766: 2011/03/13(日) 18:35:47.12 ID:RnZvJev9o

――八王子の素粒子工学研究所


時は少しさかのぼり、研究所前。



シボレー・アストロから降りた麦野達アイテムは研究所に向かう。



「スクールはこの研究所の中のどこに潜んでるか分からないわ。気を付けて」


麦野も言葉でいやがおうにも緊張の度合いが高まっていく。
大規模な研究所はしかし、静かにたたずみ、アイテムが足を踏み入れていくのを待っているかのようだ。


研究所に入ると麦野と滝壺、フレンダと絹旗の二組別れて捜索をする。



「見つけ次第、即、殺っちゃっていいから」


麦野の冷淡な指示がアイテムに下される。
フレンダと絹旗は麦野達とは別のルートで研究所をまわっていく。


(結局…静かすぎるって訳よ…なんだってこんな所に潜伏したのかしら?)


フレンダと絹旗はなるべく気配を頃して曲がり角を曲がろうとするが、ここで停まる。


「(絹旗、ちょっと待って)」


「(何か居るんですか?)」

767: 2011/03/13(日) 18:37:03.84 ID:RnZvJev9o

フレンダは絹旗の質問には答えずシッ!と口に指を当てて静かにするように伝える。
彼女は手鏡を出して通路の先が安全かどうか確認する。


(奥の方に警備の狙撃手がいる…スクールの配下の人間かしら?)


フレンダは音を頃して静かに背中に背負っている狙撃銃、アキュレシー・インターンナショナルを構える。
通路の反対側に積み重なっている段ボール機材の方にタッ!と跳ぶ。


タァン!


一瞬。静寂を打ち破る射撃音が工場内に響き渡る。


(やっべ、ばれちゃった?)


瞬間、絹旗が一瞬の内に飛び出して、狙撃手が居ると思われる所に一気に目の前にあった消化器をブン!と凄い勢いで投擲する。
しかし、投擲された消化器はガァン!と音を立てて、破裂し、真っ白の消化液を派手にまき散らすだけだった。


「完全に読まれてましたね…相手は対人レーダーでも装備してるんですかね。確かに気配は頃したんですが…!」


絹旗は通路を隔てて反対側にいるフレンダに話しかける。
恐らくここから出れば弾丸に撃ち抜かれるのは明白だった。
彼女の能力である窒素装甲を使っても良かったのだが、いかんせん薄い窒素の膜を張れるのは手のひらから数十㎝の範囲のみ。足を打たれでもしたら失血氏もあり得る。


「ここは二手に分かれて通路の先に居る狙撃手を片付けましょう…!フレンダ、援護頼めますか?」


「OK!やってみるわ」


敵ながらあっぱれの防衛方法だな、とフレンダは思った。
研究所の通路の角を曲がれば長い渡り廊下。


まっすぐに突き進むだけなのだが、シンプルながら最も施設防衛しやすい構造だ。
なにせ、敵が出てきたら鉛玉をありったけぶち込めばいいのだから。

768: 2011/03/13(日) 18:38:23.38 ID:RnZvJev9o
フレンダは来た道を戻っていく。
絹旗はフレンダの行動がばれないように派手に研究所の物品を投擲する。


(これで裏手に回って…!狙撃手をぶっつぶせば…こっちのもんって訳よ!)


絹旗が派手に飛び回っている最中に素早く通路を戻り、狙撃手の裏手に回る。
スピードが勝負だ!いかに敵の狙撃手に感づかれずに背後に回れるか!通路は長い!かなり走らなければ…!


フレンダは約七キロの重さがある狙撃銃と腰にさしてあるククリ刀と拳銃の重さに息を切らしつつも全力で走った。




「…!…っ…!はァ!」


単に絹旗の援護に回る為ではない。
今日の任務の最中にフレンダは姉と会合し、学園都市から抜け出すのだ。こんな所で氏んではいられない。



(…あれ…?まだ?まだ着かないの?)


フレンダは走っている。
確かに走っているのだが…!全く進んだ感じがしない。



(あれ?この研究所…こんなにこの通路、長かったけ…?)


確かに狙撃手は通路の終着点に陣取って狙撃を敢行していた。
しかし、それにしてもだ。もう相当走ったぞ?とフレンダは首をかしげる。

769: 2011/03/13(日) 18:39:16.44 ID:RnZvJev9o

「…はぁ…ハぁ…はぁ…ハァ…!」
(結局…あとどれだけ走ればいいの?)


フレンダは気づけば肩で呼吸をしていた。
予想以上に疲労が蓄積していた事に彼女は驚いた。



しかし、彼女が最も驚いたのは不意に男の声が掛かった事だった。




「いやー…お前よく走るなぁ…マラソン選手か?」




抑揚のない、しかし、自信に満ちた男の声。
フレンダはとっさに拳銃を構えるがそこに男の姿はなかった。


彼女は「誰!?」と辺りを見回しながら叫ぶ。




「垣根帝督…スクールのリーダーだ」



フレンダはその男の名前を思い出す。
今日の朝、佐天が言っていたスクールに所属している学園都市第二位の男。それが垣根。



「ここまで俺の未元物質の幻覚に嵌ってくれるとは…いやー…楽しませてもらったわ」



直後、垣根の手がブンとふるわれる。
瞬間、フレンダの意識は遠のいていった。

770: 2011/03/13(日) 18:41:02.96 ID:RnZvJev9o

――研究所前の駐車場 アイテムとのカーチェイス後


「あら?目が覚めたかしら?」


「……ここは?」


女の声でフレンダは目が覚めた。
気付けば目の前には自分と同い年か、ちょっと年下ほどの女がいた。派手な赤いドレスを着ている。


(この女は…朝、涙子が言っていたスクールの構成員のうちの一人…?)


視界に映っているのは赤いドレスの女だけだった。
フレンダは研究所の外に駐車している下部組織のメルセデスのC180ステーションワゴンの後部座席に座っていた。
ドライバーは不在で、フレンダの隣に赤いドレスの女が座っているといった感じだった。


「…ここはスクールの下部組織の車の中よ」


「わ、私に何するつもりなの……ってか絹旗は?」



「あぁ、あの小さい子?あの子は内のリーダーにやられて逃亡中。他のアイテムのメンバーもどっかに逃げてったわよ?私が追撃したけど、逃げられちゃった」


赤いドレスの女は淡々と喋り続けると、フレンダの方を見てくすっと笑う。


「ふふ…ねぇ?そんな怖がらないで。あなた手、震えてるわよ?」


ドレスの女がフレンダの手をさっと掴む。
するとその光景を見ていた垣根が「能力は使うなよ、心理定規」と言う。

771: 2011/03/13(日) 18:42:20.13 ID:RnZvJev9o

ドレスを着た女は「えぇ」と言い、フレンダから手を離した。


「単刀直入に聞くけど、アイテムのアジトってどこ?」


「そ、そんなの答えられるわけないじゃない…!」


フレンダがそう言うと、心理定規の能力使用を制していた垣根の表情が歪んだ。


「それはダメだなぁ。じゃあ、取引だ。お前がここでアイテムのアジトを言ったら見逃してやるよ」


「……もし言わなかったら?」


「ここでお前を頃す」


垣根はそう言うと「仕方ないな、心理定規」と彼女の首をしゃくって合図を送る。
すると垣根に指示された彼女はなにやら目をつぶっている。フレンダは何が始まるのか、と思いその光景を見つめている。


「…ふぅん…あなた、姉の事が大好きなのね。距離単位もかなり近い」


「へぇ…お前に親族いるのか…それで暗部たぁ…哀れな奴だよ、お前も」


「…余計なお世話って訳よ…!」


フレンダがそう言うと「姉から先に見つけて頃して良いんだぞ?」と垣根はにかっと真っ白な歯茎を見せて笑う。
彼にそう言われたフレンダは「名前もわからないのに?」と挑発するような素振りで垣根に答える。

772: 2011/03/13(日) 18:42:45.67 ID:RnZvJev9o

「外人が沢山いるのは第十四学区か、横田基地だろ、いずれ見つかる…それか、コイツの能力で名前は把握したから、見つけ出す事も出来なくわねぇ…!」


「グッ…!」
(八方ふさがり…?)


フレンダの額にじっとりと汗が浮かび上がってくる。このままアイテムのアジトを教えなかったら彼女のいま、 最も会いたい人物に危険が及ぶ可能性が。



(心理定規とかいう奴の言ってることがホントかどうか分からないけど、名前からするに心や精神を操る系統の能力者のようね…)


フレンダは目の前にいる垣根と心理定規を交互に見る。
そして長い沈黙の内に彼女は口を開いた。




















「……ア、アイテムのアジトは……」

779: 2011/03/14(月) 04:01:46.23 ID:cchNeYqBo

「ありがとさん、フレンダだっけか?」


「……」


フレンダはぼんやりと足元を見ていた。
数十秒前、彼女はアイテムのアジトの居場所を全て吐いた。自分の命と引き替えに。


スクールのリーダー垣根はフレンダに礼を告げると、彼女に車から降りるように指示した。
なんでも、これからアイテムを含めて他にも敵対する組織を叩き潰すのだとか。


「ってかヘッドギアのヤローと連絡が取れねぇ…どーしたアイツ。氏んじまったのか?」


「みたいね、さっき下部組織の奴らが遺体を確認して保護したわ」


構成員の一人が氏んだ所で垣根は眉一つ動かさずに心理定規に次の指示を下す。


「おいおい、狙撃手の野郎はどうした?」


「しっかり退避したわ。所定の場所に退避したって連絡が来たわよ?」


彼女の報告を聞くと垣根は上出来だ、と一言言い、フレンダが車内に要るにも関わらず、心理定規に唇を寄せた。
彼女も彼女でそれを全く拒むことなく受け入れている。


フレンダは赤面して、彼らの動作に目を背けた。
すると垣根がフレンダの方をみてい言った。


「…じゃ、フレンダ、お前にゃわりぃけど、ここで降りろ」

780: 2011/03/14(月) 04:03:00.98 ID:cchNeYqBo

「…もしかして、用無しになったからやっぱり頃すとか?」


「戦意がない奴を頃す気にはならねぇよ」


垣根はそう言うと外に待機している下部組織の隊員達にフレンダを外に出すように指示。
静かな音でメルセデスの後部座席のドアが開く。


フレンダは無言でメルセデスから出る。
すると下部組織の構成員達が彼女の得物を渡す。どうやら他の車に置いあったようだ。


「…律儀に取っといてくれてたんだ…ありがとね」


フレンダはメルセデスに乗っている垣根と心理定規に礼を言う。
垣根は鷹揚に手を振って答えると彼らを乗せたメルセデスはそのまま走り去っていった。



去っていく車輌を見つめていき、見えなくなるとすとんとフレンダの腰が抜ける。


殺されずにすんだ事への安堵の気持ち。
しかし、自分の命と引き替えに彼女は仕事仲間の命を売った。


アイテムを裏切る。一度目は麦野に対して暗部を抜けない、といった事。
二度目は、アイテムの集合アジトを教えた事。


「…私…最ッ低だ…!」


口に出して彼女は思う。
自分に対する恨みや憎悪の気持ちをもしはき出せるのならば、ここでぺっと吐き出してしまいたい衝動に駆られる。しかし、そんな事は出来ない。

781: 2011/03/14(月) 04:03:47.06 ID:cchNeYqBo

最低。
そう言いつつもフレンダは自分が生きている実感を噛みしめる。
こうしてはいられない。彼女は砂皿に連絡する。



フレンダは佐天からもらった紙で砂皿のアドレスを見つつ、罪悪感で胸が指されるような思いを味わいながらもメールを作成する。


(…"どこにむかえばいいですか?")


送信すると携帯を閉じて周囲を見渡す。
つい先程まで戦場と化していた場所は再び静かになった。


フレンダはスクールの下部組織の構成員達が置いていった狙撃銃を抱える。


何か考えなければ。
彼女はそう思った。そうしなければ、自分がアイテムを裏切った罪悪感に押し潰されそうだったから。


(結局…私は…何やってるんだ…仲間裏切って…)


仲間を売った罪悪感。初めて味わう気持ち。反対に沸々と沸き上がる生への執着。
それらの感情の波に押しやられ、彼女は泣いた。



「……くっ、け、じゃあ!結局さっきのはどうすれば良かったのよ……!」



フレンダは狙撃銃の銃底を地面にガァン!とたたき付ける。

782: 2011/03/14(月) 04:04:53.90 ID:cchNeYqBo

なんでこんなにも心が痛む?
アイテムの奴らは仕事仲間以上でも以下でも無い。
数カ月だけ一緒に仕事をしただけの間柄だったが、アイテムとして働いた期間の短さと背反して胸の疼きはズキズキとフレンダの内面をえぐり取る。



(自分だけ助かろうって魂胆が今更許せないって?仲間を売った事が気になっちゃう訳?)


でも、とフレンダは思う。
仲間を裏切った。けど、やっぱり、私は姉に会いたい、と。


スクールにアイテムの情報を売ったのは自分が生きて為すべき事があるからだ。
身勝手は今に始まった事ではない。滝壺に、佐天に散々迷惑をかけた。


(滝壺には姉紛いのおままごとに付き合ってもらったわねー)


(涙子にはテレスティーナのところまで案内してもらった。もしかしたら私を紹介した事で学園都市から嫌疑を掛けられるかもしれない)


(結局、駄目女ねー……私)


迷惑を掛けたと思いつつも彼女達の元には行こうとは思わない。
佐天は朝ファミレスで別れ、滝壺はこの一ヶ月間一緒に過ごした。
零れ落ちる涙を拭い、フレンダは携帯をみるとちょうどメールを受信していた。


(誰?)


テラテラと光る携帯のランプ。
メールフォルダを見ると二件来ていた。


一件は砂皿から。もう一件は滝壺から。
涙を拭いて、フレンダは携帯をパカリとあけるとメールを読む。

783: 2011/03/14(月) 04:05:26.98 ID:cchNeYqBo

――ファミレスジョセフ

フレンダと佐天がファミレス前でちょうど別れた直後、美琴と佐天は遭遇してしまったのだ。
そして今、二人は店内に入り、話していた。その雰囲気はお世辞にも良いとは言えない。


「佐天さん、あなた、なんであいつらと?」


「いやーあはは……」


美琴は笑ってないでしゃべって、と言わんばかりに無表情な瞳を向ける。


「私たちと一緒に遊びながら、あいつらともつるんでたの?」


「……つるんでたっていうか…」


二人はファミレスの窓側座席に対面している。


「っていうか……?何よ」


「……」


「まさか、まさかとは思うけど…あの狂った計画に加担してたの?佐天さん」


「け、計画?」
(な、何よそれ?)


美琴の言う計画。それは一方通行の行っていた絶対能力進化計画だろう。
佐天は当然ながらその計画をしらない。彼女の反応を見て美琴はほっとした。

784: 2011/03/14(月) 04:07:15.77 ID:cchNeYqBo
(良かった…佐天さんが知ってる訳ないよ、でも、なんで、あの白人と面識があるのよっ!?)


美琴は再び佐天にアイテムとのつながりを聞き出そうと口を開こうとするが、対面している佐天が先に口をひらく。


「計画ですかー…知らないなぁー…私が知らない事ってたくさんあるんだなぁー」


痴呆でほうけた人の様に佐天はぼやく。
美琴はそんな彼女に怪しいものを見る視線を注いだ。


「私、無能力者じゃないですか。だから、御坂さん達に憧れてたんですよ。最初は」


最初は、と佐天は語尾を強調する。


「何が言いたいのかしら?」


「言葉通りですよ?御坂さん」


「?」


「私は幻想御手に手を出した前科がありますよね?能力者に憧れてたのはそこまで」


御坂は前科って…と言い澱んでいるが構わず佐天は弁を続ける。


「幻想御手の事件後にすぐ勧誘がきたんですよ、学園都市の治安を守らないかって」


「最初は迷いましたよ?でも、連絡するだけで法外なお金が入りますし、けど身の丈に合ってないって思ったのでめっちゃ迷いましたが」

785: 2011/03/14(月) 04:10:15.83 ID:cchNeYqBo

「けど、私に任された役目は簡単でしたよ?ただ学園都市の命令を彼女達に伝えるだけ」


プツン、
佐天の一言で美琴の頭の中の何かが吹っ切れた。



『ただ、学園都市の命令を彼女達に伝えるだけ』


美琴が最も嫌いなもの、それは自分で考えず、誰かの言うことをそのまま鵜呑みにする奴ら。
一方通行の能力進化計画を知ってから美琴はそういう人達を嫌悪する様になった。


そうした考えを持っている美琴にとっては今、目の前にいる自分の友人、佐天涙子は彼女が最も嫌う人種として映った。
美琴は気づけば佐天に質問をしていた。




「今佐天さん何て言った?」


「だから、ただ学園都市の命令を彼女達に伝達するだけ……」


「そこに自分の意志はなかったの?ただ唯々諾々と学園都市の命令を彼女達に伝えていただけ?何も罪悪感とか、そーゆーのを感じなかったの?」


「私は唯々諾々と彼女達に命令を流していました。それが私の意志です。そして私は自分の命令で他人を傷付きてしまった事も理解しています」


「私は……佐天さんが、そんな事をする人だとは思わなかったわ…!もっと強くて豪快で…こんな事とは無縁で…」

786: 2011/03/14(月) 04:10:56.45 ID:cchNeYqBo

「私も人を傷付けるような事はしたくありませんでしたよ!けど、何かしたかったんです!御坂さんの様に!風紀委員とかカッコイイじゃないですか。御坂さんも誰だ
かわからないけど無能力者だけど凄腕の男の話いつもしますし、さっきの計画って何ですか?学園都市のバンクに多少アクセス出来る私でも知りませんよッ!?」


「あの計画はもう凍結したから、今更話したところで意味ないわ。………」


美琴はそう言うと黙りこくってしまう。
対面している佐天は何かあったのかと思い、美琴をのぞき込む。


「ねぇ…佐天さん…?あなた、あの計画の関係者だったんじゃない」


美琴は何かこう絶望したような雰囲気だった。
彼女の作り出す表情は無表情とも哀れみとも言えない複雑なものだった。


「…私は御坂さんが言っている計画の話しなんて知りませんよ!」


「いや、知ってるわよ!だって……あなたが彼女達に指示を出していたのはいつよっ!?」


半ば怒声とかしている美琴の声。
朝の客が少ない時間帯だが、客はまばらに座席に座っている。その客の視線が美琴の怒声によって窓際座席に座っている当事者二人に注がれる。


「…さっきも言ったとおり、幻想御手の事件が終わってから直ぐです…」


「だったら佐天さんもあの計画の関係者よ…直接的に関わって内こそすれ、あなたはあの計画に加担していたって事になるのよっ…!」


美琴は机をバン!と強く叩き両手で頭をもたげる。
彼女は何で、こうなっちゃうのよ!?とうわごとのようにつぶやいている。


「……やっぱり、あのSプロセッサ社の研究所の侵入者は御坂さんだったんですか……」

787: 2011/03/14(月) 04:12:30.87 ID:cchNeYqBo

「そうよ…」


佐天は以前麦野に聞いたメールを思い出す。
研究所に侵入した人物は御坂美琴…そして今佐天は目の前にいる美琴本人に研究所侵入が本当だったことを聞いた。


「佐天さん、もしかして…マネーカードを回収していたのも…」


「あぁ…あれも、そうですね…上からの指令が送られてきてやったって感じですね、はい」


「佐天さん…じゃあ、あなたが“金目の物に鼻が利く”って言ってたのは…」


まさか嘘だったのか。
確かにあの時は何言ってるんだ?佐天さん。位にしか思わなかったが、あれは出来レースだったのか?


「えぇ。嘘です…すいません…だけど、マネーカードが一体どうかしたんですか?」


「…あなたは間接的に計画に関わっていたのね…」


「マネーカードを回収する行為が御坂さんの言う“計画”に加わっていた事になるんですか?」


「……」


美琴は黙る。
それは佐天にとって、美琴が質問に対して肯定したと映った。





「御坂さん、私、能力者に対して憧れてたんですけど、だんだんそれが変わって、気づいたら御坂さんや初春達みたいに人には言えない何かそうしたものを扱いたかったのかも知れません」


佐天はそう言うと「はは、意味分からないですね」と嗤う。
その嗤いは自分の事を嗤っているのかも知れないし、美琴の事を嗤っているのかも知れない。

788: 2011/03/14(月) 04:13:07.01 ID:cchNeYqBo

「…佐天さん…、私はどんな理由があれ…あの計画に関わった人を許すことは…出来ない…!」


美琴は本当に苦しそうに目をつぶりながら、思い出したくもない記憶を思い返す。
操車場で一方通行と9982号が繰り広げた戦い。
あの戦いを思い返すたびに胸が詰まりそうになって、激しい吐き気に見舞われる。


あの学園都市第一位は…!私の…妹の、いや、私の生き写しの娘(こ)の足からしたたる血を飲んだ!
そしてその計画を妨害しようとしていた布束のマネーカードを拾っていたのは今目の前にいる彼女、佐天だ。



「御坂さん、何だか私はいっぱい迷惑かけちゃったみたいだね」


「……」


佐天はそう言うとすっくと立ちあがる。
どこに行くのよ?と美琴はまだ話は終わってない、という視線で立ちあがった佐天を見つめた。


「今日一日だけは待って下さい…御坂さん」


「?」


「悪いことをしていたっていう自覚…うーん…あるのかなぁ…でも、やっぱり免罪符が欲しいって思ったって事は…やっぱそうなのかなぁ」


「……」


美琴は黙って佐天のつぶやきに怪訝な面持ちで聞く。


「御坂さん、私行きます…今日は見届けないといけない人が居るんです。その人からの報告が来るまで待たせて下さい…報告が来たら…御坂さんの気の済むようにして下さい…」


「あ!ちょっと!」


佐天は美琴の制止を聞かずファミレスを出るとそのまま出て行き、寮に向かっていった。

789: 2011/03/14(月) 04:13:33.39 ID:cchNeYqBo

――素粒子工学研究所前



From:砂皿緻密

Sub:無題

私達は第七学区のオフィス群のビルに居る。
今から第三学区の個人サロンに向かうが、これるか?



From:滝壺

Sub:がんばってね

今日は何も言えなくてごめんね、フレンダ。

色々葛藤あったと思うけど、それはフレンダが悩み抜いた末に出した結果だから。
私はそんな悩み抜いたフレンダを応援してる。





二件のメールをフレンダは読んでいく。
チェロの収納ケースより少し小さい位のケースにフレンダは狙撃銃をばらして収納する。
ククリ刀もその中に鞘(さや)ごと入れる。



(よっし!じゃ、いきますか!)


滝壺から来たメールがフレンダの心をえぐった。自分はスクールにアイテムのアジトを密告したのに…。
ここではただ生きていてくれ、と祈ることしかできない。


自分が組織を売ったのにもかかわらず自分を応援してくれる滝壺の優しさに目頭が熱くなる。





フレンダは近くのバイパスでバスに乗り込むと一気に第三学区の方面に向かって行った。

790: 2011/03/14(月) 04:14:07.18 ID:cchNeYqBo

――第七学区立川駅前のオフィス群


砂皿は敵がいつ侵入してきても良い様に雑居ビルで待機していた。
途中で顔面刺青の男の指揮しているであろう部隊の車列を何台か撒いてきたが、ここのアジトが特定されるのも時間の問題だろう。



キュッ…キュッ…とグリスをたっぷりと染みこませたタオルで砂皿はSR(ストナー・ライフル)25狙撃銃の手入れを行っていく。
フレンダの持っている遠距離狙撃銃と比べると多少性能的には見劣りするものの、セミオートとオートで使い分けが出来る点で砂皿はこの銃を気に入っていた。


(よし…!これで…いつ敵が襲撃してきても良い…にしても敵はあの特殊部隊だけか?)


フレンダを学園都市から脱出させるのにどれだけの軍備が彼らを待ち受けているのだろうか?
砂皿の予測は多くても数百人程度。あるいは上級の能力者による奇襲で速攻をかけてくるか。


とにかく、フレンダに連絡を送ったからには後は近づき次第接触して彼女を確保するだけ。
どんな戦場に居てもやるべき事はあまり変わらない。任務を果たして生還するだけ。


「にゃははーん…敵さん来ませんねぇ…にしても人が少ないってかいませんね…戒厳令でも敷いてるんでしょうか?」


「戒厳令とまではいかないまでも…うむ、道路を封鎖して我々以外に誰もいない様にしているのかも知れない」



砂皿はステファニーの質問に答えるとバームクーヘンをぱくりと口にする。
彼はバームクーヘンが大好きだった。
オーストリアのコブラ特殊部隊時代から食べ続けている砂皿の好物だ。



「私にも一個下さい、バームクーヘン☆」


ステファニーは袋に入っている幾つかのバームクーヘンの中から一個取り出すとぱくりと口にくわえる。
彼女はウインクをし、がらんと人通りが途絶えた街道を見る。

791: 2011/03/14(月) 04:14:41.44 ID:cchNeYqBo

「私達だけの為にここまでしますかね?」


「…分からない…ただ…私がフレンダにメールを送った時点で完全に彼女と我々が繋がっている事が明らかになっただろうな」


「ですね。だとしたら、途中で捕まってなければ良いんだが…」


ここまで来たら信用するしかない、と砂皿はステファニーを見つめ、告げる。
そう。今はフレンダがこちらに来るまで待たねばならないのだ。


「待ちに入るこの時間が、私一番嫌いなんですよね…」


「……」


「結局は私のエゴのせいで妹を学園都市の闇に堕とさせて、そんな私と妹で今後やっていけるんですかね?」


「今後どうするか…それはお前達のさじ加減だろう?ステファニー」


「そうですね…私がしっかりしないといけないんですよねー……」


「お前だけじゃない、お前達、二人でだ」


「…二人で、ですか…」


砂皿はステファニーの方を見ずにいつもは賑わっている筈の繁華街を見つめる。
人はまばらに歩いているがやはり断然人は少ない。もしかしたらまばらに歩いてる人々も他の組織の工作員なのかも知れない。


そんな状況をぼんやりと視界に入れつつ砂皿はステファニーのぼやきに「あぁ」と答え、袋に手を伸ばしてバームクーヘンを頬張ろうとする。
しかし、その手がステファニーの不意の発言で停まった。

792: 2011/03/14(月) 04:16:47.41 ID:cchNeYqBo

そう。今日は学園都市の暗部組織の戦いが起きるであろう祝日だ。
遠くから反響して木霊してくるこの音はどこかの組織が戦っている音である事は間違いなかった。


その大音響の炸裂音がまだ消えないうちにステファニーが街道を指さす。


「あ!あれ!敵ですかね?」


彼女が指を指した先には猛スピードで飛ばすメルセデスだ。
この街道をずっと突き抜けていけば、学園都市で最も物価の高い第三学区の吉祥寺方面や国際空港がある調布方面にも接続している街道に接続する。


砂皿は猛然と走るメルセデスをSR25のリューポルド社製のスコープに入れる。



(ドライバー一人のみ…こちらに気づいている様子は全くないな…我々とは全く関係ない者だろう…)



砂皿はスコープから目を離す。
するとメルセデスが彼らの籠もっている雑居ビルを通過していく。
一般道でも関わらず速度は優に百キロを超してるだろう。



通り過ぎていくメルセデスを見つめながら安堵する二人はしかし、直後に数台の車がこちらに向かってくるのを確認した。


「……あれだ…恐らくな」


「黒塗りの商用ハイエースが四台、二十から三十人くらいですかね?」


「あぁ…ざっとそんなもんだろう…」


二人はこちらに向かってくる車列を見つめる。
その中で行動に出たのはステファニーだった。
彼女は走って二階のベランダに上るとグレネードを構える。

793: 2011/03/14(月) 04:17:18.34 ID:cchNeYqBo

無線インカムを耳に装着すると下で待機している砂皿に告げる。


「派手にやっちゃいますね☆」


「許可する」


数十メートル先にいる車列に向かってステファニーが劣化ウランが混入しているグレネードを撃つ。
コーティングされた弾丸は敵にぶつかって始めてその汚染物質をまき散らす。


戦闘を走っていたハイエースの付近でグレネードが派手に弾ける。
確認するまでもなく、次弾装填。全ては機敏に。速度が戦機を決する!


ステファニーは黒革手袋を嵌めた手で次の弾丸を込める。
次は局所殲滅用のVXガスを装填したグレネードをぶっ放す!


キュポン!間の抜けた音とは対照的に人を悶絶させる恐怖の毒ガスを充填した弾丸が猟犬部隊のハイエースに向かって行く。
狙われた二台目のハイエースが勢いよくはじけ飛んだ。


(ふっふーん☆これじゃ楽ちんですよ?)


道路の真ん中で立ち往生した猟犬部隊の車列を見つめながらステファニーは通常弾頭のグレネードをぶっ放す。
猟犬部隊は車からとっさに飛び降り、散開するとビルの側面に隠れたり、車輌の残骸から散発的に反撃を始めた。


「ったく…だらしねぇなぁ…てめぇら…。ま、いーや、隊長は最後に格好良く登場だろぉ?普通?」


顔の半分ほどにトライバル調の刺青がある金髪の男が煙の中から出てきた。
彼の部下である猟犬部隊の隊員達が散発的に射撃をする中で、この男だけがてくてくと硝煙くすぶる道路を歩いてくる。


ステファニーがその男を照準に捉えた瞬間、煙幕が彼の当たりを包み込み、道路の周辺は鈍色の空間になってしまった。

794: 2011/03/14(月) 04:18:31.78 ID:cchNeYqBo
訂正>>792の前にこれをいれてください


「…二人…、いや、三人がいいなぁ」


「どういうことだ?まさか、フレンダ以外にも親族が居るのか?」


「違いますよ」


ステファニーはそう言うと市街地を見つめている砂皿の視界の前にぴょんとジャンプしてやってきた。
怪訝な表情でそんな彼女を見つめる砂皿は内心に自分の思い違いか?と浮かび上がってくる感情を処理しようとする。


「私は砂皿さんとも一緒にいたいって思ってるんですよ……?」


「……今は来るべき戦いに集中しろ」


ステファニーはそうですね☆と気まずそうに、ちょっとだけ微笑む。
そして床に置いてあるヘッケラー&コッホが改修したカービンライフルHMK416を構える。


レーザーもバッチシ。ダットサイトに嵌められたスコープとライトもいつも通りメンテが行き届いている。
下部レールに装着したグレネードランチャーも今日は特製弾丸を装填している。
マガジンもありったけ持ってきた。準備は完了。いつでも来い。



その時だった。遠くでバァァアアアン!と大規模な爆発音が聞こえる。


「始まったようですね…」


「あぁ。今日は他の組織も動き出すって話しだからな」

795: 2011/03/14(月) 04:19:28.74 ID:cchNeYqBo

(チッ!敵は煙幕を張った?…こいつらの戦力をある程度そぎ落とさなきゃ厄介ですね…!)


ここである程度学園都市の治安維持部隊の戦力を減殺(げんさい)してフレンダと合流する。
取り敢えずはフレンダがくるまでの間に絶対に倒しておかなければならないのが煙幕の先に居るであろう部隊だ。


ステファニーは雑居ビルの二階からグレネードランチャーで射撃を行っていたが、煙幕が張っているので射撃をやめ、一階にいる砂皿に合流する為に一階に戻る。


「派手にやったな。敵も動揺していたぞ」
(しかし、あの白衣を着た男は一体なんだったんだ……?)



「えへへ。ありがとうございます」



初めて自分の戦い方がほめられた瞬間だった。
ほめられた彼女はそれが嬉しくて、小躍りしたい気分になるが、煙幕が徐々に張り詰め、雑居ビルにも立ちこめてきたのを確認し、撤退する。



「ステファニー、ここから退こう、煙幕の中に入ると誤射する可能性も有り得る、ひとまず退却だ」



砂皿はそう言うと大きなノースフェイスのバックをぐっと持ち上げて退却する。
ステファニーが立ちあがり、彼女も自分の武器が収納されたケースを持つ。


砂皿は彼女の退却準備が出来たことを確認すると先に走らせる。
そう遠くへは行けない。重い荷物を背負っての移動寄りかは煙幕が届くぎりぎりの範囲に張り、漸次敵の戦力を削げばいい。

796: 2011/03/14(月) 04:20:13.21 ID:cchNeYqBo

「あのビルに入れ!ステファニー!」


「はい!」


ステファニーは中腰で屈みつつ、ビルの入り口に入る。
警戒警報でも発令されたのだろうか?ビルは大きなホテルだった。


「地下駐車場へ行こう。そこで足を確保する」


「了解です☆」


ホテルの従業員はがたがたと震えながら机の下に籠もったり、手をあげ、反撃の意志がないことを砂皿達に見せる。
砂皿はその光景を視野に入れつつ、地下駐車場に向かっていく。



「エレベーター、エスカレーターは使うな、電気を止められたら元も子もない。階段で行こう」


「え?そんなぁ、へとへとになっちゃいますよぉ」


早くも愚痴を吐いたステファニー。冗談半分のつもりで言ったのだったが、砂皿は自分の手で持っていたSR25を背にぐるっと回し、ステファニーの手を取る。
軽い気持ちで言った彼女の顔が紅潮する。


「ま、待って下さい!嘘です!平気ですよ!平気です!」


あわわわ…!と少女の様に動揺するステファニーの表情は確認することなく砂皿は階段を下っていく。
階段をするすると下っていくと地下駐車場の出口に出た。
いくつかの車が静謐を保ちつつ置かれていた。

797: 2011/03/14(月) 04:20:41.05 ID:cchNeYqBo
「どれに乗る?」


「車の事はわかりませんので…任せます…はぁ…はぁ…」
(めっちゃ緊張しました…!初めて砂皿さんと手つないじゃいました…!)


「わかった。じゃぁ、これで良いだろう」


ステファニーは砂皿と手をつないだことでどきどきする鼓動を抑える事に集中する。
その間に砂皿はガン!と勢いよく運手席のガラスをたたき割る。


盗難防止用の警報が鳴り響くが、車内にある警報装置を破壊すると忌々しい警報も鳴り止んだ。
砂皿が用意した車はトヨタのランドクルーザー。


ステファニーは自分の重たい荷物を積み込むと駐車場の出口の方からギャガガガガガ!と勢いよく車が入ってくる音が聞こえる。
運転席に座った砂皿の表情が曇っていく。


「ステファニー…今の音…」


「えぇ」


勢いよく音を立てた車はしかし、砂皿達の前に現れることはなかった。代わりに車から降りた声が聞こえてくる。
会話の内容から推測する限りだと、どうやら猟犬部隊の隊員の様だった。


ステファニーは車の合間を張っていく猟犬部隊の隊員達を目視する。
彼女の手元には一つのスーツケースが。そして取っ手を掴み、かちとスイッチを押す。


アタッシュケースに収納されているクルツ短機関銃が火を噴いた。
防弾チョッキを着ている隊員達の胸に弾丸が当たると、当たった人達は失神した。

798: 2011/03/14(月) 04:21:10.32 ID:cchNeYqBo

「へぇ…お前強えなぁ…猟犬部隊の奴らの全員ぶっけても勝てねぇよ」


ステファニーが射撃に集中している間にガン!と後頭部を殴られる。
この痛みは…グリップアタック?銃の底でたたかれたの?と思いつつ、ステファニーはうつろな目を砂皿に向け、失神してしまった。



「ステファニー!」



砂皿はとっさに運転席から飛び降り、地下駐車場に倒れ込んでいるステファニーに話しかける。


「…貴様がこの部隊の隊長か?」


「あぁ。そうだ。ここで氏ね、すn」


数多が喋っている最中、砂皿は背中に手を回す。すると良く研がれた日本刀がぬらっと出てきた。
直後、ボッ!と白木の鞘の一閃が振り落とされる。



「ふん!」


「!」


バックステップで砂皿の斬撃を交わす。


「ほう…流石特殊部隊出身だけある…その瞬発力は賞賛しよう」


「…はっ!上から目線でどーも、どーも……砂皿…てめぇのは薩摩の示現流…?」

799: 2011/03/14(月) 04:21:37.35 ID:cchNeYqBo

「ご名答。二の太刀いらずの示現流だ」


剣技こそが武士のステイタスとされていたはるか昔の日本は鎮西(九州一帯)で編み出された殺人剣、それが示現流。
相手を一撃で殺害する事を目論んだ九州の剛剣だ。


「へぇ…じゃ、俺も全力でお前に答えなきゃならねぇなぁ…!」


砂皿は数多の発言に目を細める。
猟犬部隊の隊員のいかめしい装備の格好とは違い、研究者然とした博士の様な格好の男。


しかし、砂皿は彼の醸し出す雰囲気にただならぬものを感じた。
彼は日本刀を構えている砂皿が一足飛びで跳んでくるかどうかのぎりぎりの距離で手袋を嵌める。



「…それで日本刀の斬撃を防ごうと?」



「あぁ、これはだな、炭素繊維を編み上げた特殊な手袋でな、結構良いんだわ、コレ」


数多はそう言うと真っ黒の一見ただの革手袋に見えるそれが嵌っている両の手を思いっきり合わせる。


ガッツツツキィィィン!


まるで鉄が弾けるような轟音が駐車場に響き渡っていく。



「ほう…かなりの強度だな…」

800: 2011/03/14(月) 04:22:48.74 ID:cchNeYqBo

「テニスラケットが千五百回か?これは…そうだなぁ一万回以上編み上げているからな」


数多はそう言うと恐るべき敏捷さで砂皿の懐に入り込む。
先ほどとは逆に砂皿がバックステップで避けようと思うよりも早く、数多のボディブローが炸裂する。


「…ごッ…ブ…!」


強力な一撃を頂いた砂皿はその場によろめくが倒れる事はしなかった。


「やるじゃねぇか、炭素繊維の手袋の一撃を食らって倒れねぇなんて」


「…はぁ…!クッ…!」


一撃で大打撃だった。
砂皿は痛みで焼ける様な痛みを放っている腹部をさすってやる。



防弾チョッキの上からでこの痛み。生身で喰らっていたら恐らくその場で吐瀉物をまき散らして這い回っていた事だろう。
最悪、氏も充分考えられる。


(ふむ…注意せねばなるまい…油断禁物…)


砂皿はちらと日本刀を見る。
すると先ほどの炭素繊維の手袋に触れた部分が刃こぼれを起こしていた。


カラァン!


砂皿は刃こぼれを起こしている日本刀を地下駐車場の冷たい床に投擲する。

801: 2011/03/14(月) 04:23:17.10 ID:cchNeYqBo

「良いのか?得物を捨てちまって…」


「なに、一つじゃないさ…これは……良く研いだアーミーナイフだ…」


砂皿はそう言うとマリーン用の迷彩パンツを軽くめくると長い包丁ほどの大きさのアーミーナイフが出てきた。


「自衛隊の特殊作戦群に所属していたときからずっと使っているナイフだ…切れ味は抜群」


「口上垂れてねぇで掛かってこい」


砂皿は言われなくとも、と一言言うとベイツのブーツの前方にぐっと力を込める。
そして一気に踏み込む。


刺突(しとつ)!


高速で繰り出されるナイフ捌きを数多は冷静に見切っていく。
ひゅん、ヒュン!と風の鳴る音が聞こえる。


他の猟犬隊員はその動きを見守ることしかできなかった。



砂皿が左手にナイフを持ち替える。
直後高速の突き。それは躱(か)される。


次弾は右手による掌底!
しかし、これも回避される。


砂皿はナイフを一瞬だけ構える。
その動作に数多は機敏に反応し、さっと身構えた。

802: 2011/03/14(月) 04:53:06.52 ID:cchNeYqBo
するとそこにはぶっとい血管が浮かび上がっていた。


「ふぅ…ナイフだけじゃねぇだろぉが…取り敢えず武器破壊っと…」


「ふむ…とてつもない力だな、貴様」


砂皿は柄からぽっきりと折れているナイフだったモノをぽいと捨てる。



(…いったいですねぇ…ちょっと気ぃ飛んでましたね…)


ステファニーは殴られて出血している後頭部をさする。
既に血は固まりはじめていた。ブロンドの美しい髪は後頭部の部分がどす黒い血の色に染まっていた。


そんな彼女がうっすらと瞳を開けていくと目の前で鬼の様な形相で取っ組み合っている二人がいた。
うつぶせになっているステファニーから少し離れたところで砂皿と数多は肉弾戦を繰り広げていた。


(敵の他の奴らは…居ないですね…応援を呼びに行ったんでしょうか?)


先ほどまでいた猟犬部隊はステファニーが気絶から目覚めるといなくなっていた。
彼女は砂皿達が戦っている間にトヨタのランドクルーザーの運転席に移動しようとする。



(体が鉛の様に重いですね…にゃはは…)



彼女はよろけた足の地下あを振り絞って車高の高いランクルに乗るとエンジンを入れるためにキーを思い切り回す。
するとぶぉん!と心地よいエンジン音が聞こえてくる。

803: 2011/03/14(月) 04:53:32.43 ID:cchNeYqBo

(これで…砂皿さんを拾ってフレンダを迎えにいかなきゃ…!)


どうやって砂皿をランクルに乗せる?
顔面にトライバルの刺青が入っているあの男を振り切れるのか?
寧ろ、あの男の部下はもしかして地下駐車場で虎視眈々と私達の事を迎え撃とうとして言うかもしれない?


いくつもの疑問が浮かび上がってそれらは決して氷解する事はなく、頭にうずたかくたまっていく。



(チックショ…こうなりゃ、やけですよ!)


ズキズキと痛む後頭部を気にかけながらも砂皿と数多が戦っている所へ向かって行くランクル。



「乗って下さい!砂皿さん」


ステファニーは運転席の窓を思いっきり開けて声を張り上げる。
砂皿の耳にも彼女の声は届いているに違いないだろう。


「俺は構わん!いけ!妹と会うんだ!」


「…させるかよ!コラ!」


数多は先ほど砂皿が捨てた仕込み杖の日本刀を拾い上げると一気にそれを投擲する。
ランクルの後部のミラーに鈍い音を響かせ、刀は落ちていく。


数多は日本刀がミラーを貫通せず、ランクルを逃した事に舌打ちする。


「よそ見するな」

804: 2011/03/14(月) 04:53:59.88 ID:cchNeYqBo
瞬間、砂皿の渾身の一撃が数多の腹部で炸裂する。
喰らった数多は「う…が…!」とうめきつつダウンした。


ここでとどめを刺しておきたいところだったが、ステファニーを追撃しなければならない。
後腐れはなし、といきたいところだったが、猟犬部隊他所に散らばっている隊員達を集めて攻撃してこないとも限られない。


砂皿は痛みに悶えている数多はその場に放置していち早く手近にあったインフィニティのスカイラインのドアをたたき割る。
彼はきーの差し込み口に細工をしてエンジンを起動させると、自分の携帯でステファニーの携帯から発信されているGPS電波を追従する。


(フレンダとの合流までだいぶ時間が掛かったな…先についているか?)


フレンダとの待ち合わせは学園都市第三学区の個室サロンだ。
休憩するにしても宿泊するにしてもかなりの金額が取られてしまうがそれでも学生達から利用されるのは、このサロンが学生達が他者から完全に目が触れることがない隔離空間だからだろう。

そこだったら一時的にフレンダをかくまうことが出来るし、仮に追撃者がいれば彼女の存在を―これも一時的だが―秘匿出来る。



(ここから第三学区…クッソ少し遠い…)


第七学区から第三学区までは三十分ほど時間が掛かる。
その間に追撃してくるものが居なければ良いのだが、と思案しつつ砂皿はインフィニティ使用のスカイラインのアクセルをべたっと踏み、一気にスカイラインを加速させた。

805: 2011/03/14(月) 04:54:25.23 ID:cchNeYqBo

引用: 佐天「…アイテム?」