383: 10月8日、曇りのち雨 2006/08/01(火) 17:36:41.50 ID:8hI9YWun0

書きたかったのは【日常】と【ハルヒ】
長すぎて、投下するのも気が引けてる
そんなんでも良かったら付き合ってもらえると嬉しいっす

385: 2006/08/01(火) 17:39:09.30 ID:8hI9YWun0

「う~…今日は冷えるな…」

休日の今日、俺は商店街に買い物に来ていた。
秋もズイブン深まり、街路樹が黄色に染まっている。
冷たい風が吹き、俺はそれを避けるためにジャンパーの襟を立てた。

「なにが私の分もよろしくね、だ…」

手に持った本屋の紙袋を眺めながら呟く。
今日はいつも読んでいる漫画の発売日だったので本屋に行ったのだが、
その出掛けに妹に捕まってしまった。

ゆらりん・レボリューション。

386: 2006/08/01(火) 17:39:25.21 ID:8hI9YWun0

表紙を見ただけで分かる、バリバリの少女漫画だ。
まぁあれで可愛い妹の頼み。
しかもついでだ。
俺も鬼じゃない。
買って来てやると軽く答えたものの、買った時の女性店員の目は思った以上に気恥ずかしかった。
工口本を買う方がまだマシだ。

…妹に工口本を頼まれたら氏にたくなるが。

………何を考えてるんだ俺は。
……妹はまだ小学生だぞ?
…いや、しかしだな。小学四年生でもママになる昨今。
いつか俺がアイツに性教育など教えたりする機会が…

無いか。無いな。


今日は疲れているらしい。
…早く帰ろう。

387: 2006/08/01(火) 17:39:44.02 ID:8hI9YWun0




俺が家路を急いでいると、道の反対から見知った姿が歩いてくるのが見えた。

「…ハルヒ?」

遠目にも分かる。
アイツは…なんというかオーラを出しているからな。
もっぱらトラブルメーカーのオーラだが。

ハルヒは一人では無く、誰かと一緒だった。
ハルヒより少し背の高い女性。先輩か何かだろうか。

…アイツにも俺達以外の友達が居たのか。
…ファンタジーだ。

388: 2006/08/01(火) 17:40:20.11 ID:8hI9YWun0

俺が気付いたように、ハルヒも気付いたらしい。
こっちを見ては何だか慌てている。

何を慌てているんだ?

そうこうしていると、ハルヒが急にあたふたと電柱の後ろに隠れた。
連れの人が何だか驚いている。

…おい。そんなに俺に見つかるのが嫌か。

というか、隠れられたのが何やらカンに障った。
ハルヒが隠れなければ、俺の方がハルヒを見て見ないフリをしていたかも知れないが、
隠れられたからには探し出すのが道理ってもんだっぜ。

連れの人が何やらハルヒに話しかけていた。
俺は距離を詰める。

「…ハルヒ、こんな道の往来で何やってるんだ? パントマイムの練習なら家でした方が環境にも優しいぞ」

「…おや?」

俺が声をかけると連れの人が驚いた顔で俺を見た。
なんだか…見た事があるような人だな。
年の頃は20代後半といった所か。
ハルヒも意外と交友関係が広いらしい。

390: 2006/08/01(火) 17:40:55.35 ID:8hI9YWun0

「…にゃ、にゃーん」

ハルヒが猫みたいな声を出す。
…一体なにがしたいんだ、コイツは。
本人は隠れているつもりか知らないが、電柱から思いっきりはみ出している。

「ははーん、なるほど。そういう事」

ハルヒの連れの人が、ハルヒと俺を交互に見て何だかニヤニヤしている。
俺の顔に何か付いてるってのか?

「…おい、ハルヒ」

俺が再度声をかけると、イライラした様子でハルヒが電柱の影から姿を見せた。

「……あー、もうっ! なんだってのよ、バカキョンっ!」

いきなりキレている。
そんなに友達と一緒の所を見られたく無かったのか。
それは悪い事をしたな。見つかりたく無ければ今度から石ころ帽子でも被っていてくれ。
すぐ破きそうだが。

391: 2006/08/01(火) 17:41:11.65 ID:8hI9YWun0

「へー! 君があのキョン君なんだ?」

連れの人が俺に声を掛けて来た。
…見たような顔だと思ったが、どこかで会っているのだろうか。

「いつも娘から話は聞いてるよ。へー、そっか、君がねー?」

「ちょ、ちょっとママ!」

何やらハルヒが慌てている。
そうして連れの人は俺を興味深そうに見つめて来た。

392: 2006/08/01(火) 17:41:27.35 ID:8hI9YWun0

…………………ってちょっと待て。

……………今、なんつった?

………娘? ママ?

…えーと。



この人はハルヒを娘と呼んだ。
ハルヒはこの人をママと呼んだ。
自然とその答えはナンバーワン?もともと特別なオンリーワン?青い古泉が俺を責める?
げっちゅー。
っていかん、俺も軽くパニクっているらしい。
何か挨拶せねば。

「え、えっと…どうも」

393: 2006/08/01(火) 17:41:51.07 ID:8hI9YWun0

俺は慌てて頭を下げる。
同時にハルヒに声を掛けた事を地味に後悔していた。
そりゃ親と一緒のところだったら、声など掛けて欲しく無いに決まっている。
…ハルヒに少し悪い事をしたな。…ちょっとだけ。…ホンのちょーっとだけだが。

「いやいや、いつもハルヒと仲良くしてくれてるみたいだね。ありがと」

そう言いながら手を差し出してくる。
俺はその手をおずおずと握った。

…そういう意味だよな?
いや、待てよ。この御仁はハルヒの血縁者だ。
もしかしたら「ちょっとジャンプしてみろ」的な意味だったのか。
まさか。そんな。突然カツアゲだなんて。どうした法治国家。

そんなくだらない事はともかく。

何やら颯爽とした人だ。
普通、娘の友人と握手しようなどとしないだろう。
どこか鶴屋さんに雰囲気が似ている。

395: 2006/08/01(火) 17:42:11.04 ID:8hI9YWun0

改めて見ると、連れの人改めハルヒ母は随分と若い。
ハルヒの母という事を考えると恐らく40代、若くても30代後半のハズだが、どう見てもそんな年には見えん。
綺麗な長い黒髪ポニーテールって所が俺の趣味、内角高めストライクだな。
さすがにハルヒ母に萌えられんが。


「ママ! 私が仲良くしてあげてるの! それにソイツとはそんなに仲良くないんだから!」

「何言ってんの? ハルヒ、いっつもキョン君の話してくれてんじゃん?」

ハルヒ母はハルヒによく似ている。いや、逆か。
はっきりした目鼻立ち、意思の強そうな目。
ハルヒが美人なのは、…まぁ世間一般で言う所の美人の範疇なのは、母親譲りなんだな。
どうりでどこかで見た事がある顔だと思ったハズだ。似たような顔を毎日見ている。

どうでもいいが、親子揃ってキョンキョン言わないでくれ。

396: 2006/08/01(火) 17:42:32.71 ID:8hI9YWun0


「わっ、私がいつキョンの話したってのよっ!」

「えーと、この前は一緒に野球しただとか、その前はキョン君の夢を見ただとか…」

「ばっ、バカっ! ママ、その話はっ!」

「何をー? バカだとー? ハルヒ、私はあんたをそんなコに育てた覚えはないぞっ?」

ハルヒ母がイタズラっぽく笑いながら、慌てるハルヒの頭をグリグリした。
…やっぱり親子には見えん。どう見ても仲のいい友達って所だ。


…しかし、さっきから会話の内容が俺には恥ずかし過ぎる。
コイツは家で何をのたまわっているというんだ。
見ればハルヒは顔を真っ赤にしている。
俺の顔も何やら熱い気がした。

…もし、もしもだぞ。
ここで俺の顔も赤かったとしてみろ。

二人して赤面している事になる。
どこの清純カップルだ。えぇい、いまいましい。

397: 2006/08/01(火) 17:42:48.47 ID:8hI9YWun0


「あ、そーだ、ハルヒ。今年はキョン君たちに祝ってもらえばいいじゃない?」

俺がそんな事に気を払っていたら、ハルヒ母がふと思いついたように言った。
祝う? 一体、何をだ?

「マ、ママっ! その話もダメだって…! …うぐっ」

ハルヒが何か言おうとしたが、ハルヒ母に押さえつけられてしまった。
あの天上天下・唯我独尊・暴走特急・涼宮ハルヒがここまでやり込められているのを見るのは初めてだな。
何やら気持ちが清々しいぞ。
あのハルヒにして、この母という事か。
いいぞ、もっとやれ、やって下さい、ハルヒ母。

398: 2006/08/01(火) 17:43:07.74 ID:8hI9YWun0


「ねぇ、キョン君。突然なんだけど10月8日って暇かな?」

俺がそんな友達親子を眺めているとハルヒ母から突然話を振られた。
10月8日。もうすぐだ。
恐らく予定は無かったハズだが。

しかし、初対面の娘の知り合いに突然そんな事を聞いてくるとは。
さすがハルヒ母。モノが違うぜ。



「えぇ、たぶん暇だと思いますけど」

「10月8日さ、実はこのコの誕生日なんだ。でもね、このコ、さっみしい事に毎年一人でさー。
 誰かに祝ってもらったらって、いつも言ってたんだけど。
 だからさ、キョン君さえ良かったら祝ってあげてくれないかな」

そう言いながらウィンクされた。
見た目も若いが行動も若いハルヒ母。しかもサマになっている。

それにしてもハルヒの誕生日とは。初耳だ。
コイツの事だから、自分の誕生日なんて宣伝して回るかとも思っていたが。
意外とそういう事を自分から言い出せないタイプなのか?

…無いか。無いな。

400: 2006/08/01(火) 17:43:32.75 ID:8hI9YWun0


「…えぇと…」

俺が答えあぐねていると、ハルヒ母から抜け出したハルヒに引っ張られた。

「ちょっとキョン、こっち来なさいっ!」

ハルヒが俺のジャンパーを掴み、引っ張る。
どうやらハルヒ母から引き離したいようだ。

「くっくっ…あとはお若い二人でごゆっくりー」

そんな俺達をハルヒ母がニヤニヤしながら見ていた。
…娘が慌てるのを見るのが楽しくて仕方ないって感じですね、母上様。

401: 2006/08/01(火) 17:43:51.19 ID:8hI9YWun0


「い、いい、キョン、このコト誰かに喋ったら氏刑だからねっ!」

ハルヒ母から少し離れると俺の首元を掴み、ガクガク揺らしながらハルヒがすごんで来た。
近い。むしろ近い。っていうか近い。

「何を喋ったら氏刑だというんだ。お前の母上の事か? それとも母君に俺達との思い出を熱く語る、お前の妙な性癖についてか」

俺は首をガクガクさせながら返す。
無抵抗主義、それが俺のジャスティス。
このまま俺の首が取れたら面白いかも知れない。

無理だが。



「全部よ、全部っ! いい、今日、私と会った事は全て忘れなさい、それがあんたのためよ、いいわね、分かったっ!?」

ハルヒがどこかのエージェントのような事を言う。
その顔は赤くなりすぎて湯気が出そうだった。

…おーおー、まるでタコだな。そんなに恥ずかしかったのか。
しかし、お前の場合は身から出たサビ。
だが、俺は道を歩いていて知り合いに話しかけたら、突然羞恥プレイの真っ只中に放りだされたんだぞ。
新しすぎる。そんなのアリかよ新展開。

402: 2006/08/01(火) 17:44:08.38 ID:8hI9YWun0


…まぁ、でも確かに親と一緒の所を見られるのは恥ずかしいもんだしな。
何が恥ずかしいというワケじゃないが、いたたまれなくなる。
俺にも覚えがあったので、世にも可哀想なハルヒに同情してやる事にした。

「忘れてやってもいいがな」




「ふん、分かればいいのよ」

そう言いながらハルヒが俺の首から手を離す。

「…はぁ…。ったく、せっかくの休みだってのに、何であんたになんかに会わなきゃなんないワケ…?」

ハルヒが盛大なため息をつきながらボヤく。
奇遇だな、ハルヒ。俺も今、同じ事を思っていたぞ。

403: 2006/08/01(火) 17:44:30.78 ID:8hI9YWun0



「………あれ? あんたこれ…」

離れると、ハルヒが俺の持っていた紙袋に注目した。

「あぁ、今日は本屋の帰りでな」

俺がそう言うとハルヒがここぞとばかりにニヤッと笑う。

「ちょっと何買ったのよ。見せなさいっ!」

言うが早いかハルヒに紙袋をひったくられる。

「どーせ、あんたのコトだからエOチな本でも…」

ハルヒが何やら失礼な事を言いながら、俺に背を向け紙袋を物色している。
まぁ見られて困るもんじゃないしな。

…見られて困るもの。

………あ。


…ゆらりん・レボリューション。

404: 2006/08/01(火) 17:44:46.50 ID:8hI9YWun0


「………あ。」

俺がそれに思い当たった時、ハルヒの動きが止まった。

「……あ、あんたも色んな趣味持ってんのね」

ハルヒが振り返ると静かに紙袋を押し付けてきた。



見ればハルヒは俯きながら、何やら神妙な顔をしている。
なんだその見てはいけないモノを見ちゃった的な顔は。

「…意外と面白いんだぜ」

読んだ事も無いが。
妹に頼まれたものだと説明するのも言い訳がましい。流すことにしよう。

「…きょ、今日は痛み分けってトコロね」

別に俺は大したダメージを負っちゃいないが。
ハルヒが赤くなりながらも、偉そうに腕を組んで勝ち誇っているので、そういう事にしておいてやるか。

「…今度、貸してやろうか?」

「…ま、まぁ、考えとくわよ。じゃ、じゃあねっ!」

405: 2006/08/01(火) 17:45:09.59 ID:8hI9YWun0


そう言いながらハルヒが身をひるがえす。
ハルヒ母といえば、こちらを興味深そうに眺めていた。
その母を無理矢理引きずるようにハルヒが歩いていく。

「キョン君、まったね」

ハルヒ母が引きずられながらも、にこやかに手を振って来た。
俺もそれにならう。



…しかし、一つ気になる事があった。

「なぁ、ハルヒ!」

俺は遠ざかるハルヒに声をかける。

「お前の誕生日って…!」



俺がそう言いかけるとハルヒが凄まじいスピードで引き返してきた。

「だからっ! 忘れなさいって言ってるでしょ、このバカキョンっ!!」

そう叫んだハルヒは、今日一番近かった。

406: 2006/08/01(火) 17:45:35.78 ID:8hI9YWun0
ここまでは前うpった

んで続き

409: 2006/08/01(火) 17:46:08.00 ID:8hI9YWun0





「………あ。」

翌日の朝。
学校へ向かおうと自転車を引っ張り出した時、その異変に気付いた。
…チェーンが切れている。

なんだ?
昨日の帰りは何ともなって無かったハズだが。
誰かのイタズラか?
しかし、一見した所すぐには直りそうに無い。

…やれやれ。あの地獄のような道のりを歩くのか。
勘弁してくれ。

412: 2006/08/01(火) 17:46:30.06 ID:8hI9YWun0



「………あ。」

遺憾ながら通学路を歩いていると、俺はまたハルヒと出くわした。

「…よう。最近よく会うな」

「…ふんっ。あたしはベツに会いたくも無いけど」

そっぽを向かれてしまった。
我等が団長様は今日は朝から不機嫌絶好調らしい。
昨日の事を引きずってるのか?

「なぁ、ハルヒ」

二人して黙って歩いているのも、見た目にアレなので話しかけてみる。

「………」

しかし返事は無い。
これは相当機嫌が悪い時のハルヒだな。

…というか返事もしないぐらいなら、距離をあけて歩けばいいものを。
まぁ、コイツの機嫌が悪いのはいつもの事だが。
年に2,3発、空から弾道ミサイルが降ってくるぐらい当然の事だ。
どーか俺の上に落ちて来ませんように。ジーク・ジオン。

522: 2006/08/01(火) 19:58:54.38 ID:8hI9YWun0
>>412




「…ハルヒ」

「………」

二人して淡々と歩き、そうして校門に差し掛かった頃、無駄かも知れないが俺はもう一度話し掛けてみた。
昨日の事でどうしても気になる事があったからだ。

「なぁ、昨日のお前の誕生日の話…」

「だーかーらっ! その話は忘れなさいって言ったでしょっ!」

ハルヒが目にも留まらぬ素早さで俺のネクタイをグイッと掴んだ。
おいおい、そのネクタイはお前の吊り革じゃないんだぞ。

「いや、本当にお前の誕生日だってんなら…」

「あー、もうっ! うっるさいわねっ、バカキョンっ! その話はしないでっ!!」

怒鳴られた。
朝から怒声の似合う女だな。
しかし、その態度は何か微妙におかしい。
…普段からコイツの怒っている所は散々見させられて来たが、
今日のハルヒからは、何やら違和感のようなものを感じていた。

523: 2006/08/01(火) 19:59:44.62 ID:8hI9YWun0



「おんやー? お二人さん、今日も朝から夫婦ゲンカですかな?」

急に穏やかな声が聞こえた。

「おいっす! こんな所でイチャついてると通行の邪魔にょろー?」

鶴屋さんだ。
気付けば俺達は校門に入る生徒の邪魔になっていたらしい。
周りを見れば、軽く人垣が出来ている。
皆が皆、俺達を遠巻きに眺めていた。

…おい。今日も羞恥プレイか。
俺はどうやら羞恥プレイの星の加護を得てしまったらしい。





rァ羞恥プレイの星の加護

>すてる

>>それをすてるなんてとんでもない!


…いまいましい。

531: 2006/08/01(火) 20:05:07.77 ID:8hI9YWun0
「…ふんっ!」

俺が脳内で遊んでいると、ハルヒは人垣を一瞥し、校舎の方にノッシノッシと一人で歩いて行ってしまった。

「おやおや、今日はまたいっとうフキゲン大爆発だねぃ」

人垣が動き出した頃、ハルヒの背中を見ながら鶴屋さんがそう言う。

「…いつもの事ですよ。アイツが不機嫌なのは」

「…おぉっと」

鶴屋さんが何やら驚く。
…何か驚くような事でもあったか?

「…にっひひ、そうだねっ。いつものコト、だ!」

かと思えば次は俺の顔を見上げニコニコしていた。
朝から笑顔の似合う人だな。
鶴屋さんはきっと笑顔のマギを持っているに違いない。
少しの間でいいから、それを哀れなハルヒに貸してやって頂きたい。マジで。

「まっ、何があったか知んないけどさっ! ハルにゃんの不機嫌はキョン君がめがっさ癒してあげないとっ!」

鶴屋さんは「あーっはっはっ!」と高らかに笑いながら、俺の背中をバシバシ叩く。
…どうでもいいが、ちょっと痛いっす。
彼女は俺の背中を散々叩くと満足したように悠々と校舎へと歩いて行った。

…なんだったんだ?
…ハルヒの機嫌が俺の一存で直るなら、世界は夢の恒久平和になるかも知れんが。

535: 2006/08/01(火) 20:06:35.57 ID:8hI9YWun0




授業が終わり、放課後。
俺は後ろを振り返る。

「ハルヒ、今日の部活は…」

俺が後ろのワガママ娘にそう言いかけた時、彼女はもう帰る準備をしていた。

「…帰るのか?」

「…見て分かんない?」

ハルヒがぶすっとした顔で答える。
今日は朝からずっとこんな調子だ。
突然怒ったり不機嫌になるのは今までたまに、…というかしょっちゅう、…むしろ頻繁にあったが、
こんなに引きずっているのは久しぶりだ。

「…あんたはどうすんのよ?」

「俺は少し顔を出すさ。団長様の欠席も伝えなきゃならんしな」

「…そ。じゃあね」

ハルヒが手をヒラヒラさせながら教室から出て行った。
…なんだかな。

まぁいい。今日はアイツが居ない方が好都合だ。

537: 2006/08/01(火) 20:07:18.95 ID:8hI9YWun0



俺は今日一日、ずっと考えていた。
昨日の話。
ハルヒが誕生日らしいという事だ。

ハルヒ母はこうも言っていた。
ずっと一人だったと。
…まぁ、あの性格じゃ友達に囲まれて人並みに祝われるってのは無理な話なのかも知れんが。

俺はその話を聞いて、何やら落ち込んでいた。
…少し違うか。同情…とも違う気がする。
ともかく、何だか知らないが嫌な気分になっている自分に気付いた。

…えぇい、何故、コミュニュケーション不全のアイツのせいで俺がヘコまなきゃならんのだ。

それに理由は知らんが、アイツは誕生日だという事を知られるのを嫌がっていたじゃないか。
もしかしたら誕生日アレルギーなのかも知れん。
誕生日になると急にコサックダンスを踊りだしたくなり、それを見られるのが嫌で今まで一人だったのかも知れない。

…重度のザンギエフ障害だな。

539: 2006/08/01(火) 20:07:48.38 ID:8hI9YWun0



…だがしかし。
実際にハルヒが俺達以外の人物と学校で仲良くしているのを見た事が無い。
自分から拒絶している所があるしな。


そこまで考えて【仕方なく】思い当たる。


…やっぱり俺達しか居ないんだろうな。
アイツが、友達と呼べるのは。
まぁ実際に友人なのかを考えるとかなり怪しいが。


…やれやれ。寂しい寂しい団長殿を祝ってやるのも団員の務めか。

541: 2006/08/01(火) 20:08:24.00 ID:8hI9YWun0



俺が部室に行くとハルヒを除き、すでに全員が集まっていた。

「突然だが」

俺は皆にハルヒが帰った事を伝えた後、切り出す。

「ふぇ? なんですか?」

そう聞いてきた朝比奈さんをはじめ、全員の顔を眺める。
古泉も長門も、俺に注目していた。

「…来たる10月8日、どうやらアイツの誕生日らしい」

「アイツ…とは?」

古泉が反応する。

「…自分の機嫌が悪いという理由で帰った、素敵団長様だ」

「えぇーっ! 涼宮さんの誕生日なんですかぁ?」

朝比奈さんが嬉しそうに言う。彼女の動きに合わせてメイド服のフリルが揺れた。
朝比奈さんも律儀な人だな。暴君が居ない時ぐらいメイド服で無くてもいいのに。
個人的には嬉しいが。

542: 2006/08/01(火) 20:08:48.35 ID:8hI9YWun0


「へぇ…それはそれは」

古泉も笑顔だ。
いや、古泉が笑顔なのは常だが、普段の張り付いたような0円笑顔と違い、本当に微笑んでいるような気がした。

「それで…あなたは我々にそれを話してどうなさるおつもりですか?」

古泉が笑顔を絶やさず言う。その目は何やら俺を試すかのようだ。
…やめんか古泉、その視線はすこぶる居心地が悪いぞ。


「まぁ、ありていに言えば祝ってやるつもりではある。
 だが、問題が一つ。どうやらアイツは俺達に誕生日を知られるのが嫌らしい」

「ひぇ? な、なんでですか? 誕生日ですよぉ? みんなで楽しくお祝いしてあげたいじゃないですかぁ!」

朝比奈さんが反論するように言う。
いや、俺に反論されても困るんだが。

…それにしても、朝比奈さんは本当にいいコだな。
いや、俺より先輩なのだから、いいコという表現は不適切かも知れないが、
朝比奈さんに対してはどうしてもそんな印象を持ってしまう。

ハルヒに朝比奈さんの10分の1の可愛らしさでもあれば、今までロンリーバースディだった事も無いだろうに。
そこのところ分かってるのか? 素敵団長め。

543: 2006/08/01(火) 20:09:05.99 ID:8hI9YWun0


「そこで、だ」

俺はいったん言葉を切る。

「…サプライズパーティでもやってやろうかと思っている」

「わぁっ。いいですね、そういうのっ。きっと涼宮さんも喜びますよっ!」

朝比奈さんは既に自分の事のように喜んでいる。


「……何だか、意外ですね」

テンションの上がる朝比奈さんとは反対に古泉が冷静に言った。

「…何がだ?」

「いえ、普段のあなたならば、そんな事は言い出しそうにない。などと愚考致した次第で」

そう言いながら足を組む古泉は黒幕みたいだ。
奇遇だな古泉。俺もそう思っていたぞ。
というか今でも思ってるんだが。

「…まぁ、俺もキャラじゃないとは思うがな」

「あなたも少しずつ変わりつつあるのかも知れませんね」

…古泉、どうでもいいがニヤニヤしすぎだ。

545: 2006/08/01(火) 20:10:10.31 ID:8hI9YWun0


「それで、どうなさるおつもりですか?」

「そうだな…何か決める事はあるか?」

「そうですね。日時は10月8日放課後。場所は…此処、が適当でしょうか」

古泉がいつもの手際でテキパキと決める。
10月8日は平日だ。
俺も授業が終わった後、部室で。そんな事を漠然と考えていた。

「それが妥当だろうな。というか一度帰った後、アイツを祝うために家を出るのかと思うと気が重い」

「…おやおや。………これは…キョンくん萌えー、ですね」

古泉が俺の顔をまじまじと見て来たかと思えば、激しく真顔でホザいた。

「…故障か古泉。最近の湯沸器も人を中毒氏させるらしいからな。定期点検は大切だぞ」

「ははっ、これは手厳しい。…それにしても、あなた方は本当に似た者同士ですねぇ」


誰と誰がだ。


そう聞こうとしたが止めた。
何だかロクな返事が返って来そうに無い。

…しかし古泉。その生ヌルい視線をとめろ。出来るだけ速やかに。

546: 2006/08/01(火) 20:11:14.71 ID:8hI9YWun0



「それじゃあ、それじゃあ、お誕生日会のためのお買い物に行きましょうっ!」

場所が決まると、朝比奈さんがそう言い出した。
…何だかやたら盛り上がってるな。

「あー、でも10月8日ってもうすぐですよね…。今日はもう遅いし…う~んと…明日なんてどうですか?」

朝比奈さんが皆に尋ねる。

「………済みません、朝比奈さん。明日は少し外せない用事がありまして」

申し訳無さそうに古泉が答える。
…顔は朝比奈さんの方を向いていたが、その視線は俺に流されていた。
古泉の目付きは先程の生ヌルい物ではなく、鋭いものに変わっている。
…なんだ? 何か言いたい事でもあるのか?




「そっかぁ。仕方ないですよね…。じゃあ長門さんは? 明日は用事ありますか?」

俺が古泉の視線の真意を探っていると、朝比奈さんが今までずっと黙っていた長門に尋ねた。

「…わたしも明日は無理」

今日はじめて聞いた長門の声は否定だった。

547: 2006/08/01(火) 20:12:16.30 ID:8hI9YWun0


「ふぇぇ~ん…じゃあ…どうしましょう…」

朝比奈さんが困った顔をしている。
朝比奈さんの困った顔というのは、何か強烈なフェロモンが出ているような気がする。
本能レベルでオスを惹きつけるような。
いわば、これがみくるビームなのかも知れん。

「…あなたは明日、何か用事が?」

素晴らしきみくるビームを考察していると古泉が聞いて来た。

「俺か? 俺なら明日は大丈夫だがな」

特に用事は無い。

「ホントですかっ? それじゃキョンくん、明日はわたしと一緒にお買い物に行ってもらえませんかっ?」

なななななにっ!?
朝比奈さんと二人きりで買い物だとっ!?
…これは降って湧いた役得かも知れん。

548: 2006/08/01(火) 20:12:56.88 ID:8hI9YWun0

「えぇ、俺は構いませんけど。朝比奈さんはそれでいいんですか?」

「はい、もちろんです! キョンくん、よろしくお願いしますねっ」

そう言って朝比奈さんが小さく笑う。
俺から言い出した事なのに、気付けば完全に朝比奈さんが主導権を握っていた。
今までのイベント行事は全てハルヒが仕切っていたが、朝比奈さんも意外とこういうイベントが好きだったのか?

…いや、ハルヒのアレはただの野次馬根性だ。

だが、しかし・・・・・ッ!!
ハルヒに無く・・・・ざわ・・・・・朝比奈さんに存在しているもの・・・ッ!!
それはっ・・・・ざわざわ・・・・・誰かを祝うという・・・・・!!
その純粋なる・・・・・奉仕精神・・・・・ッッ!!!!

福本ごっこはどうでもいいが、ハルヒにもメイド服を着せれば多少は奉仕精神が生まれるのだろうか。

…無理か。

ハルヒなら主人に仕事を押し付けそうだ。
不良メイド・ハルヒ、爆誕。




つづく
バーボンって恐いね

613: 2006/08/01(火) 21:02:55.05 ID:8hI9YWun0
>>548





「………俺にドジっ子属性は無かったハズだが」

俺は解散した後、再び一人で部室に戻ろうとしていた。
途中で部室にカバンを忘れている事に気付いたからだ。

…カバンを忘れるなど、どれだけ学業をおろそかにしているか丸分かりだな。
普段からハルヒに振り回され、最近では休日まで付き合わされている。しまいには約束の無い日まで出会う始末。
勉強など、いつすればいいというのだ。

だが、俺以外の面子はすこぶる成績がいいらしい。
何だか不公平だ。俺もどうせなら宇宙人や未来人に生まれたかった。

…嘘だ。やっぱり俺は一般人でいたい。



…言っておくが、わわわ忘れ物~などとは言わんぞ。

知らんが。

617: 2006/08/01(火) 21:04:30.41 ID:8hI9YWun0

ガチャ


「…長門」

俺が部室の扉を開けると、いつもの定位置にまだ長門が居た。
夕焼けの中で本を繰るその姿は、先程、俺が部室を出て行った時と全く変わらない。

「まだ帰って無かったのか」

「………コクン」

長門は本から目を外し、俺の方を見やると頷いた。

「…そうか、もうすぐ暗くなる。ほどほどにな」

俺は机の上の忘れ去られたカバンを手に取ると、部室を出て行こうと扉に手をかける。



「…誕生日」

その時、長門の呟きが聞こえた。

「…なんだって?」

俺は扉に手をかけながら、振り返るとそう聞いた。

「…先程言っていた、誕生日というもの」

618: 2006/08/01(火) 21:04:55.78 ID:8hI9YWun0

「あぁ…それがどうかしたのか?」

「…よく分からない。朝比奈みくるは楽しそうにしていた」

長門は何が言いたいんだ?

「分からないって…お前にもあるだろ。誕生日」

長門の無機質な視線が俺を見る。
そうして彼女は静かに首を振った

「…覚えていない。わたしが創られたのは三年前。あるのはその記録だけ。
 情報統合思念体はその端末に必要の無い事は記憶させない」


…自分の誕生日を知らないとはな。どこの狼少女だ。

しかし、俺は長門の発言に驚くと同時に納得すらしていた。
…コイツはコイツで今まで一人だったんだな。


「…何が知りたいんだ?」

「…誕生日を祝うという風習があるのは記憶されている。けれど、祝うという事。おめでたいという事。その本質」

「………難しい質問だな」

622: 2006/08/01(火) 21:07:02.99 ID:8hI9YWun0

誕生日=祝うという事が当然のように。言うなれば強迫観念のように。
そんな暗黙のルールが全世界に存在しているが、長門にはそんな常識は通用しないだろう。
…そもそも何がめでたいんだ?

「あー…それは…だな」

長門が俺を見ている。それは何か興味がある時の目だ。
この前、部室に現れたネズミに向かって同じ目をしていたな。
あえなく、そのネズミはハルヒに締め出されていたが。

「…正直言って俺にも良く分からんが。
 …そうだな。
 ソイツが生まれて来てくれて嬉しい。ソイツと出会えて嬉しい。それを祝うものなんじゃないか?」

俺も随分と適当かつステレオタイプな事を言ってるな。
しかし、そんな俺の言葉を受け、長門は何やら考えているようだった。
その視線が大きく左に振られる。
そうして、逡巡のち。長門の視線が再び俺を捕らえた。


「…あなたは涼宮ハルヒが生まれて来て、涼宮ハルヒと出会えて嬉しい?」


長門が夕日をバックに無垢な瞳で俺を見つめる。

…………なんなんだ、その質問は。

623: 2006/08/01(火) 21:08:44.19 ID:8hI9YWun0


rァ羞恥プレイの星の加護

>すてる

>>それをすてるなんてとんでもない!


………えぇい、くそっ。いまいましい。





「…まぁ、アイツが居なければ俺の学園生活はどんなにか平和だったろうと思うが」

長門が続きを促すように大きくまばたきした。
………この先はあまり言いたくないんだがな。
長門にそれを察してくれというのは無理ってもんか。

「………でも、ただ。ハルヒが居なければ、長門や古泉、朝比奈さんとも出会えなかった訳だしな。
 それを考えるとハルヒに会えた事も喜ばしい事なのかも知れん」

「…そう」

長門は淡々と答える。
…お前は人に相当こっ恥ずかしい事を言わせてる事に気付いてないな、長門。

624: 2006/08/01(火) 21:10:19.99 ID:8hI9YWun0

「…今度、お前の事も祝ってやる。そうすればどういうものか分かるだろ」

それが一番手っ取り早い。
実感を伴った感覚だけが記憶でなく思い出になるハズだ。

「…わたしを?」

長門が意外そうな声を出す。
彼女の驚いた声を聞くのは久しぶりだった。

「あー、でもそうか。さっき誕生日が分からないって言ってたな」

「………コクン」

長門は深く頷くと、そのまま俯いてしまった。

…困った。長門の誕生日。
そんなもの俺が知るわけがない。長門も知らない。


だが、俯く長門を見ていたら、どうしてもコイツの事を祝ってやりたくなった。

恐らく長門はハルヒよりも寂しい誕生日を過ごして来たハズだ。
…いや、寂しいとすら感じなかったのか。
……分からなかったんだからな。


………分からないなら、新しく作っちまえばいい。

625: 2006/08/01(火) 21:12:17.43 ID:8hI9YWun0


「…じゃあ…そうだな。俺にお前の正体を話した日。それは覚えているか?」

「………正確に記憶されている」

「じゃあその日だ。俺がお前を正しく認識した日。その日をお前の誕生日って事にしよう」

「…わたしの…誕生日」

長門がポソッと呟く。思わず漏れた感じだ。

「そう、お前の誕生日だ。…あぁでも、その日だと祝うのは来年になっちまうか。やっぱり別の日にするか?」

「…その日でいい。
 ………その日がいい」

長門は細く首を振るとそう答えた。

「そうか。じゃあ来年だ。盛大に祝ってやるからな。楽しみにしてろ?」

「…分かった」

そう答える長門の顔は先程よりも、微かに晴れやかだった。
疑問も解決されたみたいだな。

「それじゃあな、長門。あんまり遅くなるなよ」

俺はそれだけ言うと、部室の扉を開けた。

626: 2006/08/01(火) 21:13:47.44 ID:8hI9YWun0



長門有希は、彼が出て行った扉をずっと眺めていた。
そうして彼の気配が学校から去るのを感じると、膝の上に置いた本を開く。

彼女が読んでいたものは、彼等が部室に居た時のものとは違っていた。
彼等が部室から出て行った後、図書館から拝借して来たものだ。

『ジュジュのおたんじょうび』

古いアメリカの絵本。
小さな女の子が優しそうな大人達に祝福され笑っている。

【Happy Birthday!】

そう書かれた文字を長門有希は壊れ物を扱うように、そっと撫でた。

「生まれて来てくれて…会えて…嬉しい…」


彼は長門有希の誕生日を祝うと言った。

「あなたは…わたしに会えて…嬉しい…?」

彼女の疑問に答える者は居ない。

「……わたしは…あなたに会えて…嬉しい。」

彼女の呟きに答える者もまた誰も居なかった。

627: 2006/08/01(火) 21:14:57.90 ID:8hI9YWun0





翌日の夕方。

放課後になった途端、俺はいそいそと帰る準備、もとい朝比奈さんとデートの準備をしていた。
朝比奈さんとは校門で待ち合わせだ。
彼女はもう待っているだろうか?
女性を待たせるのは紳士として許されない。急がねば。

「…あんた、帰るの?」

俺がニヤけないようにしながら準備を急いでいると、後ろから声が掛かった。

「あぁ、今日はちょっと用事があってな」

ハルヒの機嫌は昨日に比べれば大分マシになっていたが、未だに細々と不機嫌継続中のようだった。
机にヒジを置き、頬杖をついている。
ハルヒの唯一といっていいかも知れない美点、その顔がぷにっとひしゃげていた。

今ここで、お前の誕生日の準備だと言ったら、ハルヒはどんな顔をするだろう。
相当バレるのを嫌がっていたからな。
…トップギア不機嫌になるか、キレるかどちらかだろう。

いや、その両方か。

628: 2006/08/01(火) 21:15:55.99 ID:8hI9YWun0


「…何の用事よ?」

ハルヒが興味無さそうに聞く。

「ふっふっ。聞いて驚け」

「わぁーすっごーい」

とことん棒読みだな。しかもまだ何も言ってないぞ。
しかし俺は無視して続ける。

「俺は今日これから、朝比奈さんとデートなのだ」

「…みくるちゃんと?」

ハルヒの眉が片方だけ吊り上がる。
器用なヤツだな。

「どうだ、羨ましいか。羨ましいだろう。いいぞ、もっと羨ましがっても」

「…ベツに」

ハルヒが俺から目線を外す。
その声が途端に冷たくなった。
…やれやれ。

629: 2006/08/01(火) 21:16:58.48 ID:8hI9YWun0

「お前も早いところ不思議探しなんて不毛な事は止めて、彼氏の一人でも作った方がいいんじゃないか?」

「………っるさいわね」

ハルヒが小声で何かを呟いた。
小さくてよく聞き取れない。

「…なんだって?」

「うるさいって言ったのよ、このバカキョンっ! さっさとデートでも何でも行けばいいじゃないっ!」

いきなり立ち上がったかと思えば、ハルヒが声を荒げる。
教室にいくらか残っていた生徒が驚いてこちらを見たが、あぁ、また涼宮か、と言った表情でそれぞれの雑談に戻っていった。
…面白い評価だな、ハルヒ。お前がいくら騒ごうが、このクラスにとっては日常茶飯事らしいぞ。
…良かったな、ハルヒ。この分ではお前が制服を引きちぎり、ウホウホ言いながら暴れだしても、また涼宮か、で収まるかも知れんぞ。

そんなヤツが後ろに座っていたら俺が嫌だが。

630: 2006/08/01(火) 21:18:06.78 ID:8hI9YWun0


「…何をいきなり怒ってるんだ?」

「あんたには関係ないでしょっ!」

ハルヒは明らかにキレている。
彼女はカバンに乱暴に荷物を詰めると、俺よりも先に教室を出て行こうとした。

「今日も部室には行かないつもりか?」

俺がハルヒの背中にそう尋ねると、

「…ふんっ」

ハルヒはこちらを一度だけ振り返り、鼻を鳴らして帰って行った。
…テュポーン先生も真っ青だな。俺のかぜきりのやいばを返せ。





つづく
一気に投下してぇ

641: 2006/08/01(火) 21:25:16.35 ID:8hI9YWun0
棗亜夜→本当はアヤのお誕生日にしようと思った→平野と被る→棗の学名 jujube→ジュジュのおたんじょうび

690: 2006/08/01(火) 22:08:37.03 ID:8hI9YWun0
>>630





あたしは何だか学校に一瞬でも居たくなくて、気付けば走り出していた。
無性にカラダを動かしたかった。
毎年、この季節はなんだかイライラする。

…原因も分かってるの。
もうすぐあたしの誕生日。
…こんなんじゃいけないのよね。
分かってる。それは分かってるんだけど、この季節になるとどうしてもあの日の事を思い出してしまう。

靴を履き替え、校舎から校庭に飛び出すと少し胸がスッとする。
夕日に照らされた校舎は何だか神秘的にさえ見えた。



…この中にキョンも居るのよね。

「お前も早い所不思議探しなんて事は止めて、彼氏の一人でも作った方がいいぞ」

さっきのキョンの言葉が思い出したくも無いのに、アタマの中で勝手に再生された。
…何よ。あんただって、彼女の一人も出来ないクセに。

692: 2006/08/01(火) 22:09:29.79 ID:8hI9YWun0

でも…今日はみくるちゃんとデートって言ってた。

あたしは思わずキョンがみくるちゃんと仲良さそうにしているのを思い浮かべてしまい、なんだか更にイライラした。

…あー、もうっ!
なんであたしがこんなにイライラしなきゃなんないワケ!?
それもこれもぜーんっぶキョンのせいに決まってるんだから!!

今日はゆっくりおフロに入ろう。
そうして嫌なコトは洗い流してしまおう。全部。
うん、そうしよう。


そう頭を切り替えると、あたしは校門に向かって歩き出す。
するとどこかから、聞き慣れた声がした。

「あーっ、涼宮さーんっ!」

…みくるちゃんだ。
あたしに向かって手を振ってる。
みくるちゃんが手を振るたび、そのおっきなおっOいが揺れてるように見えた。
…やっぱり大きい。
思わず自分の胸を見下ろしてしまう。

…小さい…ワケじゃないと思う。
みくるちゃんがトクベツすぎるのよ。
ユキよりはたぶんおっきいと思うし、鶴屋さんよりは…小さいかな、やっぱり。

それにしてもキョンのヤツ、校門で待ち合わせなんて恥ずかしいと思わないの? あのバカっ。

693: 2006/08/01(火) 22:10:13.21 ID:8hI9YWun0


「…キョンならもうすぐ来ると思うわよ」

…あ。ダメだ。
なんだかイライラが声に出ちゃってる。
みくるちゃんが悪いワケじゃないのに。

「…ふぇ?」

みくるちゃんが首をかしげる。
その仕草はやっぱり可愛い。
キョンも…ううん、男ってのはきっと、みくるちゃんみたいなコが好きなんでしょうね。

「…今日、どっか行くんでしょ? あのバカと」

「ひぇ? ど、どうして知ってるんですかっ?」

「さっき嬉しそうに鼻の下伸ばして話してたから。今日、これから朝比奈さんとデートなんだーとかって」

…みくるちゃんは、内緒にしておきたかったのかな。
だとしたら…なんか…ヤダな。
…今までも二人でどこかに遊びに行ったりとかしてたの?

…ベツにキョンがドコで誰と遊んでようとあたしには関係ないけど。

694: 2006/08/01(火) 22:11:03.99 ID:8hI9YWun0


「えと、えと、でもそれは、えっと…デートなんかじゃなくて…!」

みくるちゃんが慌ててる。
…やっぱり内緒にしておきたかったみたい。
そう考えた時、胸の奥に少し違和感があった。
…うー…やっぱりイライラするっ!

ダメだ。早く帰ろう。
このままだとみくるちゃんにまで変なコト言っちゃいそう。

「いい? みくるちゃん、あのバカに変なコトされそうになったら、すぐにあたしに言うのよ?」

「ひゃ、ひゃい!」

みくるちゃんが、直立不動で返事をした。
…なんだかあたしの方が年上みたい。

「…それじゃね」

あたしはみくるちゃんに手を振ると、家路についた。

701: 2006/08/01(火) 22:15:08.49 ID:8hI9YWun0





俺が校門前に行くと、すでにそこには朝比奈さんが居た。
いかんいかん、待たせてしまったか。

「朝比奈さ………ん?」

近寄り声をかけようとした時、彼女が膨れているのが分かった。
ご立腹といった様子だ。
…何かあったのか?

「…キョンくん?」

その声は普段の甘い声と違い、低い冷たい声だった。
多分に怒気をはらんでいる。

「は…はい」

思わず敬語で答えてしまう俺。

「…めっ!」

………突然、朝比奈さんにビシッと指差されてしまった。

「えぇと…ごめんなさい」

702: 2006/08/01(火) 22:15:45.91 ID:8hI9YWun0

条件反射的に謝ってしまう。
朝比奈さんのこんな表情を見るのは初めてに近かった。
俺はよっぽど悪い事をしてしまったのだろうか。
…遅れて来た事に怒ってる訳じゃないよな?
朝比奈さんはそんな事で怒るような人じゃない。

だが、他に思い当たるフシが無かった。


「…さっき涼宮さんが通りました」

「ハルヒが? あぁ…俺より先に教室を出ましたから」

「…寂しそうにしてました」

…誰が寂しそうだったって?
会話の流れからすると恐らくハルヒの事なのだろうが。
…ハルヒが寂しそう?

……うーむ……想像がつかん。

むしろ、ハルヒが近所の格闘家とストリートファイトしていたと言われた方がよっぽど想像出来る。


「女のコを悲しませてはダメですっ。だから、めっ!」

俺がキャノンスパイクを決めるハルヒを想像していると、再びビシッと朝比奈さんに怒られてしまった。

703: 2006/08/01(火) 22:17:25.94 ID:8hI9YWun0

「…気をつけます」

思い当たらない俺はそう言うしか無い。
ハルヒよ。お前のせいで俺が怒られてしまったじゃないか。
今度から【 ごきげん ♥♥♥♥ 】でも表示しといてくれ。

よっぽどの事が無い限り満タンにはならないだろうが。


「分かってくれたら嬉しいですっ。それじゃ、行きましょっ?」

朝比奈さんは急に普段と変わり無く、明るい声で話し掛けてくれた。

「…え、えぇ」

俺がその変わり身の早さに多少たじろいでいた。
…女性ってのは凄いもんだな。




「あ、そーだ。これ、今日のお昼に古泉くんから預かったんです」

二人並んで歩き出すと、朝比奈さんが俺に何かを差し出した。

「古泉から?」

見ればそれはどこにでもあるような茶色の封筒。
俺は中を開けてみる。

706: 2006/08/01(火) 22:18:41.05 ID:8hI9YWun0

「こ・・・・・この重さ・・・・・・ッ!
 おおおおおおおッ・・・・!
 金・・・・・・・金の重さ・・・・・ッッ!!」

「え、えっと…キョンくん? そ、そんなに一杯は入って無かったと思うけど…」

朝比奈さんが俺のリアクションのデカさに驚いていた。

「いえ、気にしないで下さい。ただのマイブームなんで」

「そ、そうなんだ…」

何をやってるんだ俺は。
これじゃ変な人じゃないか。

改めて封筒の中身を確認すると、俺達学生からすれば多少高額な金額が納められていた。

「長門さんと古泉君からだってっ」

…この封筒に本当に長門からの金が含まれているのかは激しく疑問だったが、
これだけあれば、それなりのパーティが開いてやれるだろう。

……何ならプレゼントも捻出でき……それはマズイか。
曲がりなりにもアイツの誕生日だしな。それぐらいは自分で用意してやるとしよう。

707: 2006/08/01(火) 22:20:36.01 ID:8hI9YWun0





「飲み物に…ロウソクと…あ、クラッカーも欲しいですよねっ」

俺と朝比奈さんは近所のディスカウントストアで、何が必要か相談しながら買い物をしていた。

ハルヒのためのサプライズパーティの準備だ。
…今更だが似合わない事をしているな。

「…あ、でもロウソクはいらないのかな…う~んと…」

しかし、朝比奈さんとお買い物。
なんだかドリーム、夢心地。

「…ねぇ、キョンくん。ケーキってどうしたらいいと思いますか?」

俺が朝比奈さんに見とれていると唐突に彼女がそう言った。

「ケーキ?」

「はいっ! やっぱりお誕生日といったらケーキですっ!」

…ケーキ。うーむ。
…必要なのか?
…あってもなくてもいいような気がするが。

だが、そんな事を朝比奈さんに言ったら再び怒られそうな気がした。

710: 2006/08/01(火) 22:22:10.52 ID:8hI9YWun0


「…でも、お店に頼むと高くなっちゃいますよね…。うーん…よしっ! ここはわたしが作っちゃいますっ」

なななななにっ!?
朝比奈さんが自作するだと!?

「朝比奈さん、ケーキなんて作れるんですか?」

「あー、信用してないんですかぁ? こう見えてもお菓子作りは自信があるんですよ? ばーんと、まっかせてくださいっ!」

そう言うと、朝比奈さんは自分の胸を軽く叩いた。
物理法則に従い、その質量が揺れ動く。


………マ、マシュマロッ!


しかし、思わぬ所で朝比奈さんの手料理を頂ける事になった。
しかもケーキ。朝比奈さんの事だから激しくスゥイッートでベッリィなケーキを作って来てくれる事だろう。
そう考えるとハルヒの誕生日ってのも楽しみになってくるから不思議だ。

711: 2006/08/01(火) 22:23:09.77 ID:8hI9YWun0


「あ、そうです! ねぇキョンくん?」

紙コップの棚を漁っている時、朝比奈さんが急に思いついたかのように言い出した。

「なんですか?」

「その、涼宮さんのお誕生日、鶴屋さんも呼んでもいいですか?」

鶴屋さんか。
そうだな、谷口や国木田となるとちょっと、…いや、かなり浮くだろうが、その点、鶴屋さんなら大丈夫だろう。
というか絶対に盛り上げてくれるような気がする。

「えぇ、構わないと思いますよ」

「えへっ、ありがとうございますっ! やっぱり楽しいのは大勢の方がいいですよねっ」

朝比奈さんがにっこりと笑う。
花が咲いたように、そんな表現がピッタリな笑顔だ。

714: 2006/08/01(火) 22:25:07.65 ID:8hI9YWun0
「ふんふふんふーんふんふふーん♪」

鶴屋さんの参戦も決まり、隣の朝比奈さんを見れば、鼻歌さえこぼれていた。
…その音程が破滅的なのは愛嬌か。
……なんだよ、愛嬌だっつってんだろ。

「…朝比奈さん、楽しそうですね」

「ふぇ? そうですか?」

「えぇ、なんだかウキウキして見えます」

「だってお誕生日なんですから。楽しいのがいいですっ」

そう微笑む朝比奈さんは本当に嬉しそうだ。
なんだか、眩しい。
この人は本当にハルヒの誕生日が嬉しいんだろうな。
善悪とか、損得とか、そんな事考えずに。

「…昨日、長門に」

そんな朝比奈さんを見ているうち、俺は昨日の出来事を思い出してしまっていた。

「はい?」

「誕生日は何故祝うのかと聞かれました」

「…不思議な事聞かれちゃいましたね。なんて答えたんですか?」

朝比奈さんが紙皿を選びながら言う。

715: 2006/08/01(火) 22:26:33.67 ID:8hI9YWun0

「…正直言って困りました。そんなに深く考えた事が無かったんで。
 それで…よくある話を。その人が生まれてきて嬉しいから、その人と会えて嬉しいから祝うと。ありきたりですけど」

「いいですね、そういうのっ。ありきたりなんかじゃないです。やっぱりお祝いってそういう気持ちが大事だと思いますよ」

朝比奈さんがにこやかに答えてくれた。
…良かったな長門。朝比奈さんのお墨付きだぞ。
俺の答えも案外、的確だったのかも知れん。

「朝比奈さんが同じ質問をされたら…どう答えますか?」

「ふぇ? わたしですか?
 …う~ん…そうだなぁ…キョンくんの考えと大体同じですけど…」

朝比奈さんの指が彼女の顎に添えられる。

「けど?」

「…人の一生って時間平面から考えればすごく短いんです。
 それも断続的ではあるけど、永続的連鎖では無く、いつどこで途切れてしまうか分からない。
 そんな不安定な中で大切な人達と出会えたっていう奇跡。その事も一緒にお祝いしたいですっ」

…朝比奈さんの話はよく分からなかった。
…分からなかったが、朝比奈さんがハルヒと出会えた事、そうして俺達と一緒にハルヒの誕生日を祝える事。
それを喜んでくれているという事は伝わった。

…何だか、胸が温かくなる。
これが、真・みくるビームか。
シャインスパークなんてメじゃないぜ。

717: 2006/08/01(火) 22:29:00.90 ID:8hI9YWun0
「あ…でも、わたしは未来人ですから、ちょっとズルしちゃってるんですけどね。
 そんなわたしが言うのも変なのかも知れないですけど。…えへへっ…」

朝比奈さんはそう付け足すと、自嘲気味に笑った。
…朝比奈さんがそんな風に笑う事なんて無い。
そんな事…関係ないだろ。


「そんな事ないです。俺もハルヒも他の奴等も、朝比奈さんに会えて嬉しいって思ってます。絶対、思ってるハズです」


………朝比奈さんが何だかポカーンとしていた。

って、俺は今、何を口走ったんだ!?
…激しく恥ずかしい事を言ったような気がする。

「えーとですね…もしかして、俺は今、かなり恥ずかしい事言いましたか」

「…はい…かなり恥ずかしい事言いました」

まんま返される。
そう答える朝比奈さんの顔が少し赤い気がした。

…どうやら俺は、羞恥プレイに慣れ親しみ過ぎたようだ。
自ら羞恥プレイの星の海に飛び込むスキルを得てしまったらしい。
…激しくいらん。

「いえ…あの、忘れてください」

俺はそれだけ言うのが精一杯だった。

718: 2006/08/01(火) 22:30:15.62 ID:8hI9YWun0

「…ふふふっ、ダぁメです。忘れませんっ」

朝比奈さんがイタズラっぽく笑うと俺の手を取る。

「…あ、朝比奈さんっ?」

俺は急に手を握られ驚いてしまった。
彼女は、俺の手がとても大事な宝物かのように両手で包み込んでいた。


「………キョンくん。…ありがとう」

朝比奈さんが目を閉じ、詩うような調子でそう言った。
…俺は感謝されてしまっているようだった。

「…えっと…」

俺は照れてしまい何も言えなかった。

「…さ、さぁ、お買い物の続き、しましょうっ」

その内、朝比奈さんが俺の手を離し、明るくそう言った。

「でもね、キョンくん、あんなこと色んな女の人に言ってはダメですよ?」

彼女の髪が柔らかく揺れる。
やっぱりその顔は赤い気がした。

「なんだか、ちょっと…期待しちゃいますからっ」

814: 2006/08/01(火) 23:12:26.83 ID:8hI9YWun0
>>718



そうして。数日が過ぎ。
10月8日。朝。
空はあいにくの曇り空だったが、ようやくこの日が来た。


先日、俺はこの日のために慣れぬアクセサリー屋という場所に赴いた。
誰かと女子と一緒に、…長門は参考にならないかも知れんが、朝比奈さんや鶴屋さんに付いて来てもらう事も考えたが、
それは止めて置いた。

…恐らく。恐らくだが、プレゼントというのは自分で選んで意味が出てくるものだろう。
ハルヒへのプレゼントを、ひとり必氏で考えている俺というのは、自分で思い返しても違和感ありまくりだが。

そうして、高額商品を勧める店員という名の刺客達をかわしながら、俺が選んだのは飾り気の無いペンダント。
ハルヒはあまりゴテゴテした物を好みそうに無いからな。

値段的には高くもなく、安くもなく。
…嘘だ。ちょっとだけ高かった。
カバンの中のプレゼントと引き換えに、俺の財布はずいぶん軽くなった。

まぁ、よくよく考えればハルヒにちゃんとした物を贈るってのは初めてだしな。
これぐらいは張ってやってもいいか。

…俺の誕生日になってもアイツは何も寄越しそうに無いが。



815: 2006/08/01(火) 23:13:00.14 ID:8hI9YWun0



「うぅ…キョ~ン~…」

「ぬわっ!」

廊下を歩き、教室へ向かっていると、突然谷口がぬめっと現れた。
その顔は異常に暗い。やたらと影を背負っている。というかコイツ、泣いてないか?

「た、谷口…お前こんな所でどうしたんだ。…氏相が出てるぞ」

「うるさい、ほっとけ…。それより…何とかしてくれ…」

何とか? 何とかって何をだ。

「教室に行けば分かる…俺には耐えられんかった…。残された最後の望みはキョン、お前しかいないんだ…頼んだぞ…」

そう言うと谷口はゾンビのようにフラフラと、どこかへ歩いていった。
…もうすぐ予鈴なんだがな。


818: 2006/08/01(火) 23:13:56.96 ID:8hI9YWun0
ガラッ


「………なんだこりゃ…」

俺が教室の扉を開けた時、谷口の言葉の意味が分かった。

…教室の空気が異常に重い。
いや、重いどころか、黒くさえ見えた。
日の光を遮るかのように、教室全体が淀んでいる。

いつもはこの時間なら騒いでいるクラスの連中もおとなしく席に着いていた。
誰の話し声も聞こえない。全員、その表情は暗く沈んでいる。

…ここは冥府か? それとも腐海か?
その者、青き衣をまといて金色の野に降り立ったりすんのか?


「やぁ、キョン。おはよう」

俺にそう小声で話しかけて来たのは国木田だった。

「…国木田。お前は元気そうだな。これは…どうしたんだ?」

「あぁ…彼女だよ。ほら」

国木田が指差した方向。
そこにこの黒い空気を作り出している元凶が居た。

…やっぱりお前か、涼宮ハルヒ。

819: 2006/08/01(火) 23:14:47.13 ID:8hI9YWun0


「今日は朝からあんな調子でね。涼宮さんが負のオーラを360度社交的に振り撒くもんだから、皆それに当てられちゃってさ」

そんなもん、振り撒くな。

「谷口がこの状況を何とかしようって、さっき涼宮さんに話しかけてたんだけど。えーと…なんていうか…惨殺? みたいな?」

そう国木田が笑った。
…コイツは大物なのか鈍感なのか分からんな。
どちらにしろ、谷口を心配していない事だけは分かった。
哀れ谷口。安らかに眠れ。

「まぁ正直な話、キョンを待ってたんだ」

俺を?

「この空気…っていうか涼宮さんに対抗出来るのはキョンしか居ないってんでさ」

よくよく見てみれば、沈んだ表情のクラスメイト達が何かを期待するようにチラチラと俺を見ていた。
…なんだその視線は。

「この空気が続くと誰か氏人が出るかも知れないし。だから、キョン、頼んだよ」

あっさりそう言うと国木田は自分の席に戻っていった。
…そんな大げさな。

820: 2006/08/01(火) 23:15:16.43 ID:8hI9YWun0


そうして俺は腐海の中心部に向かった。
何故ってそこに俺の机があるからだが。

「…うっ」

そこは不法投棄場のような毒気に満ちていた。
物理的な圧さえ感じる。
…こりゃ確かに人も氏ねるかも知れない。

というかハルヒ。いくら何でも不機嫌で人を頃すな。

俺は何とか自分の机まで辿り着き、後ろの席を見た。
ハルヒは自分の机に突っ伏していて、その表情は見えない。
…が、その全身から殺気というか瘴気というか。そういったものが立ち上っている。

「………キョン、頑張れー………」

「………キョン君、頼んだわよー………」

…そんな声がどこからか聞こえてくる。
…なんなんだウチのクラスは。

俺は固有結界を張り続けるハルヒの背中に恐る恐る声をかけてみた。

821: 2006/08/01(火) 23:15:55.22 ID:8hI9YWun0
「…あー…ハルヒ?」

「………」

反応ナシ。

俺が困り、周りを見渡すとクラスメイト達はそれぞれ、
「もっと頑張れ!」「いけっ、そこだ!」「ガンガンいこうぜ!」的なジェスチャーを繰り出していた。

お前らはいのちをだいじにって言葉を知らんのか。


「…えーと…だな…ハルヒ…?」

俺が再度声をかけた時、魔王が動いた。

「……………何よ」

顔を上げたハルヒの視線は
って、ちょ、何だその視線は。焼ける。マジ焼ける。マジでこんがり5秒前。

「お…おはよう…」

「………」

魂を燃やし尽くすようなハルヒの視線に射竦められ、俺がそれしか言えないでいると、彼女は無言でまた机に顔を突っ伏してしまった。
無理。っていうかリアル無理。

俺がクラスメイトに向かって×印を作ると、クラスから「はぁー…」と大きなため息が漏れた。
…俺だって命が惜しい。

822: 2006/08/01(火) 23:16:27.86 ID:8hI9YWun0




そうして授業は進み今日の日程がこなされていく。
ハルヒはその間、ずっと不機嫌クライマックスモードだった。
鈍感な教師が教室の空気に気付かずにハルヒをあてた時は、そのトキメキ熱視線に半泣きになっていたのもいい思い出だ。

…それにしても今日のは凄いな。
ハルヒが不機嫌なのはいつもの事だったが、いくら何でもここまでってのは無かった。

…やっぱり今日がハルヒの誕生日って事に関係があるのだろうか。
もし、そうだとしたら、このまま誕生会なんて開いていいのか?
もしかしたら血の雨が降るんじゃないのか。主に俺の。



だが。
その心配は、杞憂に終わる。



それは、授業も終わりかけた、休み時間の出来事だった。


823: 2006/08/01(火) 23:16:56.50 ID:8hI9YWun0

「キョ、キョンッ!」

谷口が凄い勢いで教室に入って来た。
なんなら土煙のエフェクトでも入れてやりたいぐらいだ。

「どうした?」

「い、いや…今…しょ、職員室に行ったたたたんだが…しししししたら…ででで電話が…」

メモリ不足のパソコンかお前は。



「谷口、少し落ち着け。何を言ってるのか分から―――」

「これが落ち着いてられるかッ!」



…突然、谷口が叫んだ。
…その怒声に教室の皆が、何事かと谷口に注目する。不機嫌魔人ハルヒも顔を上げ谷口を見ていた。
…コイツは、何をそんなに慌ててるんだ?

824: 2006/08/01(火) 23:17:38.72 ID:8hI9YWun0

「キョン。落ち着いて聞け」

谷口が言う。やたら顔がマジだ。
落ち着くのはお前の方だと思うがな。

「…今、職員室に電話があった。お前の親御さんからだ」

……何?

「…今日の小学校の帰り、お前の妹さんが事故にあったって…それで、お前を出してくれって…」




………谷口は何を言ってるんだ?

……俺の妹が……なんだって?




「あんた何言ってんの!? つまんないウソつくとブッ飛ばすわよっ!」

ハルヒがガバッと飛び起きたかと思うと、谷口の首根っこを掴んだ。

「…ぐっ…う、嘘じゃねぇって…! さっきまで俺、職員室で説教されてて…それで電話があって…すぐにキョンを呼んで来いって……!」

827: 2006/08/01(火) 23:18:51.57 ID:8hI9YWun0


俺は…頭の芯が急速に冷えていくのを感じていた。

「…ハルヒ、やめろ」

「でも、キョンっ!」

「…谷口は、そんな嘘をつくような奴じゃない」

…残念ながらな。

「職員室だな?」

「あ、あぁ…」

ハルヒに掴まれながらも谷口がそう答えた。

「…分かった」

俺は駆け出していた。

「ちょっと、キョンっ!!」

ハルヒの声が俺の背中を追いかけて来たが、俺に振り返る余裕は無かった。

830: 2006/08/01(火) 23:20:06.86 ID:8hI9YWun0


妹が事故った?
学校の帰りに?
…大した事ないよな?
どうせ転んだとか…ヒザを擦りむいたとか…それぐらいだろ?
そうに…決まってる。



だが。電話口から聞こえる親の涙まじりの言葉は非情だった。

車。
吹き飛んだ体。
頭に。
意識不明。
骨折。
重体。

現実感が…欠片も無かった。





そうして教師に病院に送ってもらった俺を出迎えたのは、手術中の三文字。
赤いランプが、無機質に、灯っていた。

832: 2006/08/01(火) 23:21:34.14 ID:8hI9YWun0


俺は、手術室の前で呆然としていた。
勝手に妹の思い出がふつふつと湧き上がる。

初めて歩いた日のこと。
初めて俺の名前を呼んでくれた日のこと。
俺のランドセルにとんでもない落書きをされた日のこと。
お兄ちゃんだった呼び方が、いつのまにかキョンくんになっていたこと。
俺の部屋に来たかと思ったらベッドを占領してまで、ゆらりん・レボリューションを読んでいた時のこと。

…俺は…何を思い出してるんだ…?



どれぐらい時間が経ったのだろうか。
10分? 1時間? 3時間?

…時間の流れる感覚も分からず、俺はただ、そこに居た。
…その内、手術中のランプが消える。

中からは一人の医者。

…判決が。告げられた。





つづく

863: 2006/08/01(火) 23:46:41.00 ID:8hI9YWun0
>>832



「…よく眠ってるな…」

病室には俺と妹の二人しか居ない。
親と医者は別室で何かを話しているようだ。
朝から曇っていた空はいつのまにか雨に変わり、窓を叩いている。

手術は無事終わった。
左足の骨折以外は、特に異常無し。
経過を見ないと何とも言えないが、恐らく後遺症なども大丈夫だろうとの事だった。

「…今にも起きて来そうだけどな」

妹は穏やかな顔で眠っている。
頭に巻かれた包帯と吊られた足が少し痛々しい。

俺は椅子に座り、ずっと妹の小さな手を握っていた。
…暖かい。
……俺はその暖かさに何度か涙が出そうになった。

…ありがとう。


…ピクン


生きていてくれた事に感謝を捧げた時、その小さな手が、かすかに反応した気がした。

866: 2006/08/01(火) 23:48:06.74 ID:8hI9YWun0

「………ふみゅ………」

妹が何かを呻いている。
…呻いているっていうより寝言か、こりゃ?

「…おい、大丈夫か?」

「……うん…うぅ~ん……。……ふぇ…キョン…くん…?」

妹がゆっくりと目を開け、俺を見た。

「寝ぼすけだな。もうすっかり夜だぞ、お姫様」

俺は静かにナースコールを押した。

869: 2006/08/01(火) 23:49:07.40 ID:8hI9YWun0


「―――はい、如何されましたか?」

病室に看護婦さんの声が響く。

「妹が、気付きました」

「…え? もう…ですか?」

…言われてみれば。
まだ手術が終わってから二時間しか経っていない。
こんなに早く気付くもんなのか?
…まぁ、これが若さか。

「えぇ…気付きましたけれど」

「…そうですか。分かりました。…良かったですね。今、向かいます」

優しそうな声の人だな。
顔も知らない彼女も、妹の無事を喜んでくれているようだった。


872: 2006/08/01(火) 23:50:57.88 ID:8hI9YWun0
「えと…キョンくん…わたし…」

ここが何処だかよく分かってないのか?
その大きな目がフラフラと辺りを見回している。

「覚えてないのか? お前は事故ったんだ」

「…事故…?」

「あぁ、車とな」

妹が何度かゆっくりまばたきした。何かを思い出そうとしているようだ。

「ふぁ…そっか…」

「思い出したか?」

「うん…ミカちゃんの帽子がね…? 風で飛ばされちゃって…それで…ひかれちゃうって思って…取りに行ったら…。…えへへ…」

妹が弱々しく笑った。

「それでお前が轢かれてたら世話ないぞ?」

俺は妹の頭を撫でようとして、その包帯に気付いた。
…頭を打ったって言ってたしな。

「うにゅ…キョンくん…くすぐったいよぉ…」

俺は妹の頬を撫でる事にした。
むずがるように、けれど嬉しそうに妹が言う。

874: 2006/08/01(火) 23:51:57.79 ID:8hI9YWun0

「…これぐらい我慢しろ。俺達がどれだけ心配したと思ってるんだ」

「うん…ごめんなさぁい…」

妹はそう言うと、懐くように俺の手に頬擦りしてくる。

その柔らかい頬も、暖かい手も。
当然のように思っていたそれが失われようとしていた。
今更ながらにその事に恐怖する。

…でも、良かった。
…本当に…良かった。



「…わたしね…」

大切な存在が生きている。その喜びを噛み締めていると、妹がぼんやりと何かを話し出した。

「…どこか…大きな遊園地にいたの…」

…遊園地?

「昔、一緒に行った遊園地の事か?」

「…ううん…ちがうの…。どこか…知らない場所…」

妹は…何を言ってるんだ?

877: 2006/08/01(火) 23:53:05.79 ID:8hI9YWun0

「…すっごくすっごくおっきい観覧車があって…雲の上まで続いてて…上の方は見えなくて…。
 たくさんの人がそれを待ってるの…。みんな…青い顔をしてて…ぼんやりしてて…。
 それで…たくさんの人が、どんどんゴンドラに乗って…雲の上まで上がっていって…。
 でもね……雲の上からおりてくるゴンドラには…誰も…乗ってないの………」


………そういう。意味か。

「………わたしも…じゅんばんを待ってて…」

俺は何か薄ら寒いものを感じていた。

「…それで、どうしたんだ?」

「うん…わたしの番って…なったんだけど…。…そしたらね…? ハルにゃんの声がしたの…。
 ……まだ行っちゃだめって……キョンくんが泣いちゃうって……行かないで…って……」

…ハルヒの?

「…そしたら…なんかあったくなってきてね…? だれかにぎゅってされてるみたいで…。
 …それから…それからね…? 光が…いっぱいになって…辺りが真っ白になって…」

そこまで話すと、妹は俺の手をきゅっと握ってきた。

「…それで…気付いたら目の前にキョンくんがいたの…」

…妹の話はよく分からなかった。
ハルヒが…どうしたって?

879: 2006/08/01(火) 23:54:18.89 ID:8hI9YWun0


「あっ…! ねぇ、キョンくん…!」

俺が妹の言った意味を考えていると、妹が何かを思い出したように急に声を荒げた。

「ハルにゃんが…呼んでるの…!」

…ハルヒが呼んでる?
…さっきから妹は何を言ってるんだ?
…そんなに不思議系でも無かったハズだが。


ガラララ…


「お目覚めですか? 今、先生がいらっしゃいますからね」

俺が妹の不思議な言動に驚いていると看護婦さんが病室にやって来た。
その声から先程のナースコールを受けた人だと分かる。

「わたしの事なら大丈夫だから…だから…おねがい…。キョンくん…行ってあげて…。ハルにゃんが…泣いてるの…」

だが妹はやめない。
何か大事な事を伝えるかのように。
その事が急務かのように。

「…何を言ってるんだ? …少し混乱してるみたいだな。もう一度寝ろ。な?」

884: 2006/08/01(火) 23:55:56.69 ID:8hI9YWun0

「違う…っ…違うのキョンくん…! ハルにゃんが…ひとりで…ひとりでさびしいって泣いてるの…っ!
 だから…だからっ…キョンくんが…助けてあげて…!」

繋いだ手がぎゅっと捕まれる。
その力強さに驚く。
その瞳は、真剣さを超えて何か使命のようなものを感じさせた。

「………ハルヒが、呼んでるんだな?」

「うんっ…」

「…分かった。じゃあハルヒの所に行ってくるから。お前はもう一度おやすみ。それでいいか?」

…妹が何を言ってるのか、正直よく分からなかったがその必氏な表情を思うと、むげには出来なかった。

「…うん。わかった…。…いってらっしゃい…」

俺はもう一度頬を撫で、妹の手を離すと、看護婦さんに携帯の使える場所を聞いた。


「あ…キョンくん…」

俺が病室を出て行こうとした時、妹が何か話しかけてきた。

「…ずっと…手にぎっててくれて…ありがと…。お兄ちゃんのあったかさも…感じたよ…?」

妹は顔の下半分を布団にうずめ、恥ずかしそうに言う。

「…あぁ。おやすみ」

890: 2006/08/01(火) 23:57:31.55 ID:8hI9YWun0

…久しぶりに言われたお兄ちゃんは、少しくすぐったかった。







夜の病院はとても静かでひっそりとしていた。
病院の廊下に俺の足音だけが響く。
俺は看護婦さんから教えてもらった場所に行くと、ずっと消したままになっていた携帯の電源を入れた。


…ヴーッ…ヴーッ…ヴーッ…


電源を入れた途端、携帯が震えた。
…メール?

メールボックスを開く。

…新着18件。

…なんだこりゃ?
何かの間違いか?

俺は受信メールを確認する。

894: 2006/08/01(火) 23:58:54.06 ID:8hI9YWun0


時刻:2006/ 10/8 16:57
From:谷口
Subject:無題

妹さんの安否が分かったら連絡しろ、いいな!
安否っていうか、無事に決まってるが、連絡しろよ!



時刻:2006/ 10/8 16:59
From:国木田
Subject:絶対なんて言葉は好きじゃないんだけど

キョン、きっと大丈夫だ。絶対に。



時刻:2006/ 10/8 17:02
From:長門
Subject:報告

レントゲン撮影了
危惧された頭蓋への損傷は認められず
左足の骨折が周辺の筋組織に影響

897: 2006/08/02(水) 00:00:21.74 ID:Rpr1Q2HZ0

時刻:2006/ 10/8 17:10
From:長門
Subject:報告

術式、開始



時刻:2006/ 10/8 18:13
From:朝比奈さん
Subject:涼宮さんから聞きました

…キョンくん、元気出してください。
きっと、大丈夫ですから。
わたしもお祈りしてます。

お願い…神様…



時刻:2006/ 10/8 18:16
From:古泉
Subject:無事を。

それだけを。切に願っています。

899: 2006/08/02(水) 00:01:20.10 ID:Rpr1Q2HZ0

時刻:2006/ 10/8 18:22
From:長門
Subject:報告

頭部裂傷、縫合終了
バイタル安定



時刻:2006/ 10/8 18:57
From:鶴屋さん
Subject:みくるから聞いたんだけど…

きっと大丈夫。
めがっさ大丈夫。
あたしは信じる。



時刻:2006/ 10/8 19:12
From:長門
Subject:報告

左足の主だった筋組織を保護

902: 2006/08/02(水) 00:02:16.14 ID:Rpr1Q2HZ0

時刻:2006/ 10/8 20:13
From:朝比奈さん
Subject:えと…

何度もごめんなさい。
こんなこと…聞いちゃいけないのかも知れないけど…
妹さん…大丈夫…ですよね?



時刻:2006/ 10/8 20:27
From:長門
Subject:報告

術式、終了
後遺症の心配も無し

良かった



時刻:2006/ 10/8 20:57
From:朝比奈さん
Subject:キョンくん…

お願い…無事だったって…言ってください…

905: 2006/08/02(水) 00:03:26.20 ID:Rpr1Q2HZ0

時刻:2006/ 10/8 21:37
From:鶴屋さん
Subject:…良かったらさ。

良かったらでいいんだ。
みくるに連絡してあげてくれると嬉しい。
…ごめんね。





…胸が、熱くなった。
他にも何件かクラスメイトからの励ましや、妹の無事を祈るメール。
妹の事をこんなにも心配してくれる人がいる。
その事が何よりも嬉しく、誇りに思えた。

「…何やってんだ俺は」

それと同時に自分を恥じた。
今まで妹の事で頭が一杯で、他の人の事まで頭が回っていなかった事に気付いたからだ。
手術から妹が目を覚ますまで、携帯もずっとほったらかしになっていたしな。

906: 2006/08/02(水) 00:04:15.96 ID:Rpr1Q2HZ0

この様子だと朝比奈さんなんかは泣いているのかも知れない。
…長門が何を覗き見ていたのかは分からないが。

全員に返信したい所だったが、妹から頼まれた事を思い出す。
同時に、このメールの中にアイツからの受信が無い事に気付いた。

「…ハルヒ」

…今日はアイツの誕生日だったんだよな。
でも、皆のこの様子だとパーティどころじゃ無かっただろう。





俺は着信履歴からハルヒの名前を見つけ出すと、通話ボタンを押した。


…テュルルルルル…テュルルルルル…


…遅いな。何をやってるんだアイツは。
……そうして10回ほどコール音が続いた時、電話が繋がった。


ピッ


「もしもし」

907: 2006/08/02(水) 00:05:16.43 ID:Rpr1Q2HZ0


『やっほー、キョン君、お久しぶり』

………誰の声だ?
電話口から聞こえる声はハルヒの声じゃない。
…ハルヒじゃない誰かで…ハルヒの携帯に出る人…

『分からないかな? この前、道端で会ったじゃない』

…ハルヒ母。

「え、えっと。どうも。お久しぶりです」

俺は突然の事に少なからず慌てた。
どうしてハルヒ母がハルヒの携帯に出るんだ?

『うん、お久し。出ちゃマズイかなとも思ったんだけど、キョン君からだったからさ。思わず出てしまいましたー。
 ハルヒが携帯が無いとか騒ぎ出したんでしょ?』

…どういう意味だ?

『あのコ、今朝携帯忘れてっちゃったんだ。誕生日だってのに全く何やってんだろね』

ハルヒ母の笑い声が電話口から聞こえて来る。

『だから、ハルヒには携帯なら家にあるって伝えてくれる?
 今、ハルヒと一緒なんでしょ?』

911: 2006/08/02(水) 00:06:18.06 ID:Rpr1Q2HZ0


……俺は考えてしまった。
…ハルヒ母が俺にハルヒと一緒かどうか聞いてきた。
つまり、ハルヒは家に帰っていない。

携帯を耳から離し、時刻を確認すると22時12分。
…何をやってるんだあのバカは。

「…はい、一緒です」

…咄嗟に嘘をついてしまった。
ハルヒ母を心配させるよりはマシだ。

『そっか。ハルヒに代わってくれる?』

…マズイ。

「いや…えっと…その…今、寝てしまってて…」

その言い訳はもっとマズくないか、おい。

『…へぇー…』

ハルヒ母の声のトーンが急に低くなった。
…やばい、嘘がバレたか?

『……キョン君?』

「…はい」

914: 2006/08/02(水) 00:07:17.68 ID:Rpr1Q2HZ0

『…娘に変な事しちゃダメだぞ?』

からかうような調子で言ったかと思うと、ハルヒ母は声を押し頃すように笑っていた。

『まぁ…キョン君が、娘の事本気で考えてくれてるっていうなら、ちょっとぐらいは変な事してもいいけどね』

この母にして、あの娘かも知れない。

「し、しませんよっ!」

『あー、さてはキョン君、もしかして、もう変な事しちゃった後だったり?』

「…してませんってば」

ハルヒはずいぶん素敵な教育を受けてきたようだ。

『あははっ、ごめんごめん』


…それから少し会話が途切れた。
ハルヒのヤツ…どこで何をしてるんだ?
俺がそんな事を考えているとハルヒ母が穏やかな口調で切り出した。

『…キョン君。ありがとね』

突然お礼を言われた。
…何か礼を言われるような事があったか?

916: 2006/08/02(水) 00:08:16.60 ID:Rpr1Q2HZ0
『本当にあのコの誕生日、お祝いしてくれたんだね。
 中学生の時ぐらいから…かな。ハルヒ、誕生日はずっと家に居たからさ。
 誰かお祝いしてくれる人が出来て、私も嬉しいよ』

…胸が痛む。

『ハルヒの相手するの、大変でしょ? あのコ、私に似てガサツだし、ワガママだから』

そう言うとハルヒ母は爽やかに笑った。
…よく笑う人だな。
というかその言い方はズルイぞ。
確かにハルヒはガサツでワガママだが。
母上を引き合いに出されては認めるわけにもいかん。

「いえ…そんな事は」

『あははっ、キョンくーん、嘘ばっかり?』

はい、すみません。
嘘ついてます。

『…でもね、あのコ、最近は楽しそうにしてるんだ。前は全然だったのに、学校の事とかもよく話してくれて。
 今日はどこに行ったとか、今日はキョン君にこんな事言われた、とかね。嬉しそうに言うの』

…ずいぶん似合わない事をしてるな。

『あのコがあんなに明るくなったのも、キョン君達のおかげだと思う。だから、ありがとう』

…違う。
俺は、今日だって。

917: 2006/08/02(水) 00:09:15.87 ID:Rpr1Q2HZ0

『あんな娘だけど、これからもよろしくね』

「…はい」

俺にはそれしか言えなかった。

『あ、そーだ。どうしても変な事したくなったら―――』

「しませんってば」

ハルヒ母はもう一度笑うと『それじゃあね』と、電話を切った。



…ハルヒ。
お前はどこに居るんだ?


次に古泉に電話をかけたが、繋がらなかった。
…朝比奈さんなら何か知っているかも知れない。


…テュルルル…ピッ

919: 2006/08/02(水) 00:10:24.76 ID:Rpr1Q2HZ0
『キョ、キョンくんっ!? ひっく、妹さんは…妹さんは無事、ですよねっ! えぐっ、無事だって言ってくださいっ!』

一回のコールで電話が取られたかと思ったら、電話口から朝比奈さんの涙交じりの声が溢れてきた。
…心配、させちまったな。

「…妹は無事です。すみません、連絡するのが遅れてしまって」

『…えぅ…ホントですかぁ…ひっく…良かった…うぐっ…良かったですぅ…本当に…ぐすっ…うぇぇぇん…!』

…朝比奈さんが電話の向こうでグズグズに泣いているのが容易に想像出来た。
…すみません。それから、ありがとう。

「…朝比奈さん、今日ハルヒと会いましたか?」

『ひっく…えぐっ…はい…? 涼宮さん…ですか…?
 今日は…部室に行ったら…涼宮さんが…キョンくんの妹さんが…
 じ…事故に…事故にあったって…ひっく…うぅっ…ひぇぇぇんっ…!』

妹が事故ったと聞かされた時の事を思い出させてしまったようだ。

「あ、朝比奈さん、落ち着いてください。妹なら、無事ですから」

『ぐすっ…ご、ごめんなさい。それで…涼宮さんとは…それっきり…です』

…やっぱりか。

922: 2006/08/02(水) 00:11:29.70 ID:Rpr1Q2HZ0

「パーティは…やっぱり、無理、でしたか?」

『は、はい…。涼宮さんも、すぐ帰っちゃいましたし…わたし達も…妹さんの事で頭が一杯になっちゃって…』

「…分かりました。今日は、すみませんでした。それから、心配してくれてありがとう」

『ひっく…ううん、いいんです…妹さんが無事なら…それで…。ひっく…わたしこそ、こんなに泣いちゃって…ごめんなさい…』

「いえ。…誰が悪いって訳じゃないと思いますから。それじゃ、また明日学校で。おやすみなさい」



そう言って電話を切った。
切った途端、再び電話が震え出した。

今度は…着信?
…発信者は…古泉。


ピッ

924: 2006/08/02(水) 00:12:27.51 ID:Rpr1Q2HZ0

『先程は出れずに済みません。妹さんはご無事でしたか?』

電話を取ると古泉が矢継ぎ早にそう言った。

「あぁ、すまん。連絡が遅くなって。妹は無事だ」

すると電話口の向こうから、安心したようなため息が聞こえてきた。

『それは何よりです。…信じていましたけれど、やはり不安だったものですから』

古泉も信じてくれてたんだな。…ありがたい。
俺が密かに古泉に感謝していると、電話口の向こうから奇妙な叫び声が聞こえた。

『………ウォォォォォォォォォン………』

…古泉の声じゃない。
古泉が体長15メートルのアメリカザリガニでも無い限り、こんな声は出せないだろう。
…それに今の声。前に聞いた事があった。


「…古泉、今、どこに居るんだ?」

『おや、聞こえてしまいましたか。…恐らく、あなたの思っている通りですよ』

―――閉鎖、空間。

…ここ数日や今朝のハルヒの不機嫌具合を見れば、納得は出来たが。

926: 2006/08/02(水) 00:13:34.58 ID:Rpr1Q2HZ0
「…悠長に電話なんかしてていいのか?」

『えぇ、今は彼等もおとなしくしていますし、空間の拡大も停止しています。…こんなのは初めてですね』

おとなしくしている?
あの馬鹿デカい青色の巨人がか?
…ちょっと想像がつかないな。


『……正直に言えば…あなたに期待していました』

古泉が唐突に切り出した。

「期待? 何をだ?」

『毎年この時期になると、閉鎖空間が多発していた。
 その原因が涼宮さんの誕生日にあると気付くのは簡単でした。
 しかし、分かった所で我々にはそれを解決する術が無い。
 ですから、あの日、あなたが部室で彼女の誕生日を祝うと言い出した時、期待していたんですよ。
 …もう少し、睡眠時間が増えるかな、とね』

…古泉はハルヒの誕生日の事を知ってたんだな。
もし俺が言い出さなかったら、古泉が言い出していたのかも知れない。

「…それは、期待を裏切っちまったな」

『いえいえ、少なくとも今は彼等もおとなしくしていますし。
 恐らく涼宮さんの精神状態に関係あるのだとは思いますが。
 …先程、初めての事と言いましたが、この空間内で一般の通信機器が作動したのも初めての事なんですよ。
 …涼宮さんが思っているのかも知れません。一人では居たくないと』

927: 2006/08/02(水) 00:14:42.88 ID:Rpr1Q2HZ0

…そうだ、ハルヒ。

「ハルヒが今、どこに居るか分かるか?」

『…そう聞くという事は自宅には居ないのですね。…済みません。僕には判りかねます。
 長門さんなら涼宮さんの居場所を把握している筈。彼女に連絡してみては如何でしょう』

「そうか。分かった。…それと古泉、今日はスマンかった」

『いえいえ。お気になさらずに。それより…会いに行かれるおつもりですか?』

古泉は誰にとは言わない。

「…あぁ。よくは分からんが…一人で寂しがってるらしいんでな」

俺も誰にとは言わなかった。

『そうですか。…幸運を』

俺は戦場に向かうのか、古泉。
…ま、今朝の様子を見る限り、あながち間違っちゃ居ないのかも知れんが。

929: 2006/08/02(水) 00:15:39.55 ID:Rpr1Q2HZ0


古泉との電話を切った後、今度は長門にかけてみる。

…テュ…ピッ

…ノーコールで取られた。


『涼宮ハルヒは神社に居る』

…話が早すぎるってのも、分かりづらいもんだな。

「長門、話を分かってくれてるようで何よりだが、神社って丘の上のアレか?」

この街に神社と言えばひとつしか無い。

『そう』

「分かった。…それと、心配してくれたのはありがたいが医療機器をハッキングするのはあまり感心しないぞ」

『…善処する』

あのメールを随時確認していたら、もう少し落ち着いてられただろうけどな。

「…長門、今日は済まなかったな。それから、ありがとう」

『…ん。』

長門の頷くような吐息が聞こえた。

930: 2006/08/02(水) 00:16:57.10 ID:Rpr1Q2HZ0



…丘の上の神社。
そこにハルヒが居る。
なんだってそんな所に居るんだ。

俺は親に一言告げた後、病院の階段を駆け下りた。
そうして夜間出入り口から外に出ようとして改めて気付く。

…雨。

それも景色が霞むほどに本格的に降っている。

…こんな中、ハルヒは神社に居るのか?

しかし長門が間違えた事など今まで一度たりとも無かった。
長門がそう言うなら、ハルヒは本当に神社に居るのだろう。

「…くそ。あのバカっ」

俺は傘立てから乱暴に一本掴むと雨の中へと飛び出した。
…誰のかは知らんがすまん。後で返すから。


934: 2006/08/02(水) 00:18:17.85 ID:Rpr1Q2HZ0


神社への道を走る。
走り続ける限り、傘は大して役に立たなかった。

横殴りの雨が吹き付ける。
10月だってのに遠くに雷鳴が聞こえた。
まるで嵐だ。

その内、息が上がり、わき腹が痛んだ。
思ったよりも遠い。

俺は雨の中を走りながら、ここ数日の事を思い出していた。
ずっと機嫌が悪かったハルヒ。
やっぱり誕生日だったからなのか?

しかし、理屈は分からんが、妹はハルヒが泣いていると言っていた。一人で寂しがっていると。
古泉も似たような事を言っていた。
…寂しいなら寂しいと言えばいい。
…昔の事は知らんが、今、お前には友達が居るだろうに。

友達ってのは自分を映す鏡って言葉を知ってるか、ハルヒ。
俺はお前を映す鏡にしては、ありきたり過ぎるかも知れん。
でもな、ハルヒ。ウチの部活にはヘンテコなヤツが三人も居るんだ。
お前とタメを張るぐらいの不思議なヤツらがな。
そうして鏡と鏡を合わせれば、そこにお前も映る。

…一人じゃない。

……恥ずかしいセリフ禁止。

937: 2006/08/02(水) 00:19:36.34 ID:Rpr1Q2HZ0



やっとの事で神社に辿り着いた時、俺は絶望した。
…何段あるんだ、この石段は。
人妖の境界かここは。まさにPhantasm。

…ハルヒよ。今度はなるべく平地に居てくれ。
今度なんて無いと思うが。



「はぁっ…はぁっ…はぁっ…!」

ようやく石段を上り終えた時。
心臓は張り裂けそうだった。
つーか、口から出そうだ。色々と。
汗なのか雨なのか分からないものが全身を伝っている。

「はぁっ…はっ…はぁ……」

全力で呼吸を整えながら俺は辺りを見回した。


…そこに、居た。


煙る雨。
響く遠雷。
白い制服。

943: 2006/08/02(水) 00:21:17.03 ID:Rpr1Q2HZ0
ハルヒは神社のヒサシの下の石畳。その地べたにアグラをかいて座っていた。
…だから、アグラは止めろっていつも言ってるだろ?
…その内、パンツ見られるぞ。

しかし上半身を見れば、こうべを垂れ、両の手の平をしっかりと組んでいる。
祈る。正にそんな感じだ。


「…わたしの番って…なったんだけど…。…そしたらね…? ハルにゃんの声がしたの…。
 ……まだ行っちゃだめって……キョンくんが泣いちゃうって……行かないで…って……」

妹の言葉が思い出される。

「…そしたら…なんかあったくなってきてね…? だれかにぎゅってされてるみたいで…。
 …それから…それからね…? 光が…いっぱいになって…辺りが真っ白になって…」


「…ハルヒ!」

雨の勢いに負けないように俺は怒鳴る。
ハルヒは一度ビクンとなったが、やがて立ち上がるとキョロキョロと辺りを見渡し、その内、俺に気付いた。

…ハルヒが駆け寄って来る。
その全身が雨に晒された。

「キョン! あんたなんで…!?
 ううん、そんな事より、妹ちゃんは…妹ちゃんは無事なんでしょうねっ!?」

ハルヒは雨など気にしないかのように、俺に負けず劣らず叫んだ。
その瞳には、不安、強さ、恐れ、葛藤、様々なものが浮かんでいる。

947: 2006/08/02(水) 00:22:22.30 ID:Rpr1Q2HZ0

…バカが。
こんな所にずっと居たら風邪引くだろ?
お前が風邪で寝込んだりしたら、俺がノートとか届けてやらなきゃならないだろ?
ちょっとは自分の事にも気を遣え。


俺はハルヒに傘を差し出す。

「…あぁ、妹は無事だ」

「………そう。良かった…。ホントに…良かった…」

俺の言葉を聞いたハルヒがふらりと揺らいだ。

「お、おい、ハルヒ!?」

俺は咄嗟にハルヒの体を支える。
ハルヒを支えるために俺の手から傘が落ちた。

冷たい雨が俺達を包む。
雨の中、ハルヒの鼓動が伝わる気がした。

「…ちょっと貸しなさいよ…。少し、疲れた……」

ハルヒは俺の胸に体を預けると、ゆっくりと目を閉じた。

951: 2006/08/02(水) 00:24:01.67 ID:Rpr1Q2HZ0

ガタッガタガタガタッ!


「えー、誰か…いらっしゃいますかー…?」

その後、帰ることも考えたが、この雨だ。
俺とハルヒは雨を避けるため、とりあえず神社の建物に侵入していた。
立て付けが悪いのか、開けるのに少し苦労したが。

…それにしても、とりあえず不法侵入って辺り俺もハルヒに毒されてるな。
ハルヒと一緒に居ると、知らない間に俺の罪状が追加されていきそうだ。

本殿らしきそこは畳敷きの広間になっていた。
天井が高く、立派なハリが通っている。
中々に由緒正しい神社らしい。
建物の奥にはご本尊らしきものも見えた。

…売れないか? いや、無理か。さすがにカギがかかってるだろうしな。

っていかんいかん。
知らない間に俺のアライメントがCになっていやがる。
俺は永世ニュートラルでいたいぞ。

954: 2006/08/02(水) 00:25:16.55 ID:Rpr1Q2HZ0


「あー、もうびしょびしょね…」

先程も二人して濡れたが、それほどひどくは無かった。
しかし、ハルヒを見ればずっと石畳に座っていたからか、そのスカートは水滴が垂れるほどに水気を含んでいた。
畳の上に水滴が垂れる。

「ちょっとキョン、向こう向いてなさい」

ハルヒが部屋の隅に歩いていったかと思うと、俺に指図する。

「…はい?」

「いいからっ!」

急になんなんだ?
俺がおとなしく壁の方を向くと、その内ズルっとした水音が後ろから聞こえてきた。

「…なぁ、ハルヒ。まさかとは思うが、お前もしかして」

「振り向いたら氏刑よ」

質問の前に答えが返って来た。


ベチャ


畳の上に、何か水気のある物が投げ出された音がした。

957: 2006/08/02(水) 00:26:16.31 ID:Rpr1Q2HZ0

…って、おいおい。ちょっと待て。
コイツは何を考えてるんだ。
ちょっと冷静に状況を考えてくれ、マイブラザー。
ここは暗がり、そうして男と二人きり、普通そこでスカート脱ぐか?
俺だって男なんだぞ?
その…だな。変な事されたりとか、そういう心配は無いのか?

…俺はしないが。断ッじてしないが。
ハルヒ相手にそんな事をした日には、一生後悔させられる事になりそうだ。

「うん、すっきり。やっぱり濡れてるとキモチワル……ふぇっ……くしゅんっ!」

建物の中とは言え、10月。
外は雨。
気温は低い。
そりゃ無茶ってもんだろ。涼宮さんよ。
…やれやれ。

「あー…ハルヒ、ちょっと濡れてるかも知れんが。良かったら着ろ」

そう言うと俺はブレザーを脱ぎ、後ろに向けて投げた。

「え? いいの?」

お前よりは寒くないだろ。
パンツ丸出しのお前よりは。

「へっへー、それじゃ遠慮なく借りるわね」

960: 2006/08/02(水) 00:27:15.76 ID:Rpr1Q2HZ0
シュ………シュル……………


衣擦れの音がする。…何やら無意味に工口いな。

「もうこっち向いていいわよ」

そう言われて振り向く。

「うん、あったかい。でもやっぱりブカブカね。ふふっ」

そこには、長すぎるブレザーのソデをちょんと摘み微笑むハルヒが居た。
…ブレザーの裾から見える白い脚が眩しい。

ってこら、そんなに動くなしゃがむな歩くな。
見える。見えるっての。

「ってゆーか…なんか…、くんくん…キョンの匂いがする」

ハルヒはブレザーのソデを鼻先に近づけるとそう言った。
…そりゃそうだろ。

「そこ。くんくんしないように」

…恥ずかしい奴だな。
…主に俺が。

「はいはい。でも、まぁ…ヤな匂いじゃないわね」

ハルヒはそう言うと再び小さく笑った。

961: 2006/08/02(水) 00:28:29.72 ID:Rpr1Q2HZ0


「…なぁハルヒ。お前、ずっとここに居たのか?」

ハルヒがスカートを絞り、それを外に干した後、二人並んで腰を落ち着けてから聞いた。
…ちなみにハルヒは俺と反対側の壁にもたれるよう体育座りで座ったのだが、
視覚的に大いなる問題が発生したので俺がハルヒの隣に座りなおした。

「え? どういう意味よ?」

「だから…学校が終わった後、ずっとここに居たのか?」

「あー…うん、まぁね。妹ちゃんが事故にあったって聞いて…なんだかじっとしてられなくて。
 神頼みーなんてガラじゃないかなとも思ったんだけど」

…もしかしたら、本当にハルヒのおかげなのかもな。
いや、ハルヒだけじゃない。
非現実的だが、妹が無事だったのは、みんなの想いのおかげなんじゃないか。そんな気がしていた。

「…ハルヒ。さんきゅな」

思わず漏れた。
…ハルヒに本心から感謝したのはこれが初めてかも知れないな。
…最初で最後かも知れないが。

「…なによそれ? 似合わないわよ?」

ハルヒはそう言って笑う。
暗がりに浮かぶハルヒの笑顔は何だか無駄に印象的だった。

962: 2006/08/02(水) 00:29:16.22 ID:Rpr1Q2HZ0



「雨…止まないわね」

「…そうだな」

外からはまだ雨の音が続いている。
ハルヒはそう言ったきり黙ってしまった。

…俺は何だか違和感…というか、落ち着かないものを感じていた。

ハルヒと一緒の時はいつだって騒がしかった。
軽口を叩き合って、振り回されたり、世話を焼いたり、振り回されたり、
命の危険にさらされたり、トンデモ現象に巻き込まれたり、振り回されたり。

コイツと知り合ってからというもの、それまで平々凡々な人生を過ごしてきた俺の人生観はあっさりとブチ壊されちまった。

そんなハルヒと、こんなに静かな時間を過ごすなんてな。
…本当似合わないな、ハルヒ。俺達には。



964: 2006/08/02(水) 00:31:13.56 ID:Rpr1Q2HZ0


…っと。
いかん。のんびりしすぎて忘れる所だった。
俺は携帯を取り出し、時刻を確認する。

22時41分。

どうやら間に合ったらしい。

「…ハルヒ」

俺が名前を呼ぶと、彼女は「何よ?」といった顔でこちらを見て来た。

…えーとだな。
こういう場合なんて言えばいいんだ?
ウィットに富んだジョーク混じりに言えばいいのか?
哲学的な引用でもまじえて言うべきか?

…ってなんだそりゃ。
ここは素直に言うべき所だよな。
…こっ恥ずかしいが。

「…誕生日、おめでとう」

「………は? ………ぷっ…あはははっ」

俺がそう言うとハルヒはキョトンとした顔をする。
かと思ったら急に笑い出した。

966: 2006/08/02(水) 00:32:22.29 ID:Rpr1Q2HZ0

「…何が面白いんだ?」

「ふふっ…。ねぇ、キョン。あんた達、あたしの誕生日パーティやろうとしてたんでしょ?」

ハルヒが挑発的な上目遣いでそう言う。
…ドキっとした。
何故ハルヒが知ってるんだ?

「…なんでお前がそれを?」

「ふっふーん。こないだ部室にね? クラッカーが隠してあったのを見つけたの。
 そんなのが部室にあるなんてどう考えても不自然じゃない?
 だから、みくるちゃんに聞いたの。そしたら、みくるちゃん途端に慌てちゃって。
 これは何かあるーっと思って問い詰めたのよ。そしたらあっさり教えてくれたわ」

…なるほど。
そこで証言台に朝比奈さんを選ぶ辺り、団長様だな。

「ふふっ、でもみくるちゃんたらね?」

ハルヒが思い出したように笑う。

「皆さんには内緒にして下さいって言うのよ? あたしの誕生日だってのにおかしな話じゃない?」

朝比奈さんがハルヒに問い詰められて、あたふたしている姿が容易に想像出来た。

968: 2006/08/02(水) 00:33:17.03 ID:Rpr1Q2HZ0

「それは…お前が嫌がってたからな。内緒にしようとしてたんだ」

「…やっぱり、キョン。あんたが言い出したのね?」

ハルヒが俺を睨んだ。
…うっ。やはり嫌だったのか?

「おかしいと思ったのよねー。あたし、自分の誕生日の事、誰にも言ってないのよ?
 あの時、あんたに聞かれちゃった以外は」

「…あぁ。俺が言い出した」

「…やっぱりそーなんだ。
 ……ねぇ、キョン?」

ハルヒはそこで注意を引くかのように俺の名前を呼んだ。
…今までおとなしかったが、改めてここで罵倒か?


「……ありがと」


…俺が身構えていると、ハルヒはハルヒらしからぬ穏やかな声でそう言った。
…さっきは自分で思ったが、コイツに礼を言われるってのも珍しい体験だな。
それこそ最初で最後かも知れん。

「…結局、祝ってやれなかったけどな」

「いいのよ、そんなこと。それに…」

969: 2006/08/02(水) 00:34:20.20 ID:Rpr1Q2HZ0

ハルヒは言葉を切ると天井を見上げた。

「あたし、自分の誕生日って嫌いなの」

ハルヒの横顔からは何も読み取れない。

「だと思ってたが。今朝のお前の不機嫌具合は人が氏ねるほどだったからな」

「何よそれ? そんな事あるワケないじゃない」

谷口はリアルに瀕氏ってたけどな。

「…どうして嫌いなのか。聞いてもいいか?」

俺がそう言うとハルヒはじっと俺を見つめた。
…暗がりに浮かぶハルヒの両の瞳。
その光は俺の心の奥底まで覗いてくるようだった。

俺も視線を逸らさず。
…ハルヒの目をじっと見つめた。
その内、ハルヒはふっと笑うと呟いた。

「…ま、あんたになら話してもいいかもね」

…そりゃ、光栄だね。

38: 2006/08/02(水) 00:43:39.36 ID:Rpr1Q2HZ0
ごめん。投下したい人、マジごめん
張ってない分はwikiに載せといた

そんな感じでラストまで

45: 2006/08/02(水) 00:44:33.50 ID:Rpr1Q2HZ0




「前にあたしはトクベツな存在じゃなく、ただのちっぽけな存在だって事に気付いたって話したの覚えてる?」

「…あぁ」

あの時も、ハルヒはおとなしかったな。ちょうど、今みたいに。

「それでもあたしは楽しもうと必氏だった。
 与えられた世界。与えられた環境の中で面白い事をしようとした。
 健気なもんでしょ?」

お前が健気だとしたら朝比奈さんはマリア様だ。

「でも結局はそれも無駄だった。
 元々、自分を騙せるハズが無かったのよね。
 あたしはもう一度世界に打ちのめされる事になった。それが四年前」

…四年前…小学生の時か。

「それまでのあたしは…自分がすごくトクベツな存在で、自分が氏んだら世界も無くなっちゃうって信じてたの。
 …でも、それは違った。ただの…勘違いだったのよね」

…それはまた、ずいぶんアドルフな子供だな。

「あたしだって、今までずっと誕生日を一人で過ごして来たワケじゃないわ。
 友達に祝ってもらった事だってあった」

51: 2006/08/02(水) 00:45:28.22 ID:Rpr1Q2HZ0

…何よりだ。

「けど…四年前のみんなに祝ってもらった誕生日のこと。
 みんなにプレゼントをもらったの。
 …すごく嬉しかった。あたしの欲しいものばかりだったから。
 世界も捨てたもんじゃないって思えたわ。
 でもね…あたしが喜んでると、あるコが言ったの」

………。

「僕はこの前の誕生日にこんなものをもらったんだって。
 それを聞いたベツのコも、私はこんなものをもらったの、って言い出したの。
 …なんてことないわ。ただの自慢。子供らしい、ね」

…そうだな。

「でも…それを聞いた時、あたしはたまらなくイヤだった。
 みんなと一緒。それに嫌悪感すら覚えたわ。
 …気付いたら、あたしはみんなからもらったプレゼントを叩き壊してた」

54: 2006/08/02(水) 00:46:24.08 ID:Rpr1Q2HZ0

……ハルヒ。

「みんな泣いてたわ。涼宮さんどうしたの、ハルヒちゃんどうしちゃったの、って。
 でも…あたしにはそんなコト関係無かった。
 その時、やっぱりあたしはトクベツじゃない、普通の女のコなんだってコトを改めて思い知らされたから。
 世界が…急に色あせて見えた。…灰色の世界」

……そんな辛そうな顔をするな。

「それで…それまでのあたしが終わって、今のあたしになったの。
 今思えばすっごく迷惑な子供よね。
 …ふふっ、自分でも笑っちゃうわ」


56: 2006/08/02(水) 00:47:29.67 ID:Rpr1Q2HZ0





「………ハルヒ」

「…なに?」

「お前は、そんなに特別な存在で在りたかったのか?」

「…そうね。誰かと同じ存在っていうのがイヤだったのかも知れないわね」

「…それは、今もか?」

「どう…なのかしら。やっぱり他の人と一緒なんてイヤって気持ちはあるわよ。だからSOS団を作ったんだし。
 でも、心のどこかでは、ちょっとだけ。ちょっとだけ思ってるかな。あたしも普通の人なんだって。
 …つまんないけどね」

「…そうか。でもな、ハルヒ」

「…なによ?」

「…少なくとも俺にとっちゃお前は特別な存在だぞ」





60: 2006/08/02(水) 00:48:16.47 ID:Rpr1Q2HZ0
OK、分かってる。
分かってるんだ。
みなまで言うな。
俺がどれだけ恥ずかしい事をのたまわったかなんて、そんなこと俺の心臓が一番よく分かってるんだ。

俺にとっちゃお前は特別な存在だって?
笑っちまうね。いまどきそんな事10年前のドラマでも言わねぇよ。
おっと、いまどき10年前って表現はおかしいな。
つーか、誰だよ、そんな恥ずかしい台詞ホザいた奴。顔が見てみたいぜ。
はい、俺です。すみません。


「あ、あんた、何恥ずかしいコト言ってんのっ?」


イエッサー、オフィサー、分かってる。
分かってるって言ってるじゃねぇかよ。ハルヒ・涼宮。

66: 2006/08/02(水) 00:49:16.14 ID:Rpr1Q2HZ0
だけどな。
お前が悪いんだぞ。
前に話してくれた話とは決定的に違う所。
それは傷。
たぶん、この話はハルヒに取って辛い話だったハズだ。
イベント大好きなお前が、今まで誕生日を嫌っていたほどのエピソード。
辛く無いわきゃ無い。
だが、それを俺に晒してくれた。
だったら俺もそれに報いなきゃならない。
紳士かつ真摯な気持ちで向き合わなきゃならない。
いわばジェントル&シリアス。
だから、あんな恥ずかしいセリフを言わざるを得なかったんだ。
そこのところ分かってるのかハルヒ。

…って落ち着け。俺。


「…俺もそう思うがな」

「さ、参考までに聞いてあげるけど…、…その…ど、どういう意味よ?」

72: 2006/08/02(水) 00:50:18.59 ID:Rpr1Q2HZ0
おいおい、団長さんよ。
今さっき落ち着いたばっかりだってのに、どうしてお前はそんなに俺の神経をエグリゴリ。隼人もビックリだな。
つーか、何でお前顔赤いんだよ。
恥ずかしいのか?
恥ずかしがってんのか?
天下の涼宮ハルヒ様とあろうものが恥ずかしがってんのか?
ちなみに俺は今、すっげー恥ずかしいぞ。
人生で三本の指には入る恥ずかしさだね。
ちなみに四位は学校の女教師をお母さんって呼んじまった事だが、今はそんな事どうでもいいこと山の如し。


「…どんな意味でもない。そのままの意味だ」

「…そ、そう」


って何でそんなにしおらしくしてんだよ。
もっといつもみたいに突っ込んで来いよ。
って黙るなよ、ハルヒ。
今ここで沈黙とか二人して照れてるみたいだろ?
なぁ、ちょっと、おい。喋ろうぜ。
つーか、喋ってくれ。

77: 2006/08/02(水) 00:51:24.77 ID:Rpr1Q2HZ0


「…ふぇ…くしょんっ!」


なんだハルヒ、寒いのか?
寒いならもっとこっち来いよ。
俺があっため
ってバカー!
何を考えてるんだ俺は。
頭のネジがどっか一本吹っ飛んだか?


「なんだか…冷えるわね…」


そりゃそーだろ。
何故ってお前は今、ブレザー羽織ってるだけで下はパンツ一枚。
ってパンツ一枚て、おい!
やばい、思い出したら無駄に意識してきた。忘れろ、忘れるんだ俺。
落ち着け。落ち着く時の呪文。
何か無いか? そうだ、サキエルシャムシェルラミエルガギエルイスラフェ


「…ねぇ、キョン。もうちょっとそっち…行ってもいい…?」

81: 2006/08/02(水) 00:52:25.26 ID:Rpr1Q2HZ0
ってエスパーかキサマは!?
何でさっき俺が考えた事言うんだよ。
そんな人種、古泉だけで充分だぜこんちくしょう。
ってどーすんだ俺。
おい、ハルヒ、そんな寄って来るな。
って、ちょっとじゃねぇじゃねぇか。
肩触れてるから!あったかいから!
そんなのお前のキャラじゃないだろ?
つか、どーするの、どーするの俺ッ!?

rァ許容
 拒絶
 告白

そのネタはもういいんだよ、くそっ、いまいましい。
っていうか一番下の選択肢なんだそれ。
あ? あれか?
お前も俺の事バカにしてんのか?
ちょっと俺がテンパってるからっていい気になってんのか?
ここぞとばかりに俺いじりか?
俺はイジメなんかに負けないぞ。
イジメカッコワルイ。

90: 2006/08/02(水) 00:53:54.65 ID:Rpr1Q2HZ0
っていい加減落ち着け。俺。
そもそも誰と喋ってんだ。

このテンションは疲れる。
というか話が進まん。

100: 2006/08/02(水) 00:55:23.31 ID:Rpr1Q2HZ0


ハルヒは俺に寄り添うようにその体を合わせて来た。
彼女の熱が伝わる。
コイツってこんなに体温高かったか?

「…ふふっ」

ハルヒが急に笑い出した。
…コイツもどっか壊れたか?

「なんだ急に」

「べっつにー。なんだかあたし達、似合わない事してるな、と思ってね」

禿同。

「…ま、今日ぐらい、いいんじゃないか?」

誕生日だしな。

「そーね。あったかいし」

本当、似合わないよな。ハルヒ。
似合わねぇよ。こんなの。


109: 2006/08/02(水) 00:56:25.90 ID:Rpr1Q2HZ0



「あ、忘れるところだったじゃない! はい!」

突然ハルヒがそう言い出したかと思うと、手を差し出してくる。

「…お手?」

俺はハルヒの手に、自分の手を乗せる。
俺は犬か。
というかハルヒが犬か?
この場合どっちになるんだ?
どちらかと言えばハルヒは虎だが。

「なぁ、ハルヒ。虎は何故強いと思う?」

「はぁ? 何言ってんのよ? そもそもお手って何?」

いや、俺もわからんが。

「ちっがうでしょ! 今日は何の日?」

「…だから、お前の誕生日」

「そう! で、誕生日といえば?」

そう言うとハルヒはニィッと笑った。
…あー…そういう意味か。
しっかりしてやがるぜ。

118: 2006/08/02(水) 00:57:17.55 ID:Rpr1Q2HZ0

「…叩き壊したりしないだろうな」

「何言ってんのよ、それは昔の話! ほら、早く!」

俺が物を贈るというのに、なんだろうか、このカツアゲ空気は。
ま、これもハルヒか。
さっきのラブコメ空気よりはよっぽどマシだ。



そうして俺は重大な事に気付いた。

「…なぁ、ハルヒ」

「何よ?」

「…ここで俺がプレゼントを忘れたって言ったらどうする?」

124: 2006/08/02(水) 00:58:18.59 ID:Rpr1Q2HZ0


ハルヒが('A`)って顔をした。
その視線が冷たい。マジ冷たい。

「キョン…、あんた寒いわ…寒すぎる…! ここはどこ? 南極? それとも紅蓮地獄? ねぇ、キョンどう思う?」

無駄に機知に富んだ皮肉が飛んでくる。
紅蓮地獄ってのは灼熱地獄だと思われがちだが、その実態は寒すぎて肌が裂け、その吹き出る血が紅い蓮の様に見える事から紅蓮地
そんな事はどうでもいい。

「仕方ないだろ、病院にカバン忘れてきちまったんだ。お前への貢物はその中だ」

「…そっか。それじゃ…仕方ないわね」

俺が病院という単語を出すと、ハルヒのれいとうこうせんが止んだ。
…少しズルかったかもな。

「…ねぇ、キョン。あたし思ってたんだけど」

「何をだ?」

「なんであたしがココに居るって分かったの?」

…えーとだな。
それは長門が。ってそんな事いえるか。
事実ではあるが、それでは長門がストーカーになってしまう。
何か上手い言い訳は無いか。

130: 2006/08/02(水) 00:59:19.79 ID:Rpr1Q2HZ0
「…学校の奴がな。見てたんだ。お前が神社の方に向かったって」

「あんた誰よりも早く学校から出てったじゃない」

その通りです。
的確なツッコミだな、ハルヒ。
勘弁して欲しいほどに。

「…電話で、聞いた」

ある意味事実だが、なにやら言い訳に言い訳を重ねているな。
俺は債務者か。

しかし、ハルヒは「ふーん」と、それ以上は興味が無さそうに答えた。
どうやらタイトロープを渡り終えたらしい。

「…それで…病院からココまで来たの?」

そう思っていたら今度は違った切り口の質問が飛んできた。
…コイツは何が言いたいんだ?

「あぁ、そうだが」

「…どうして?」

「…どうしてって…」

「妹ちゃんをほったらかしにしてまで。
 カバン…ってゆーかプレゼントまで忘れるぐらいに慌てて。
 どうしてココまで来たの?」

140: 2006/08/02(水) 01:00:21.51 ID:Rpr1Q2HZ0


ハルヒは真っ直ぐ前を向いたままそう言った。
その視線は何かを睨むようだ。
思わずその先を追ってしまうが、当然そこには向かいの壁しかない。
その頬には朱が差しているようにも見えた。

…それは、妹が言ったから…なんだが。
それじゃ、答えとして成立しそうに無いな。
俺も何だか違う気がした。
…妹に言われたからってだけじゃない。

…どうしてもハルヒに会わなきゃならない気がした。


ってそれをどーやってコイツに伝えりゃいいんだ!?

その文面のまま伝えるのは恥ずかしすぎるぞ。
さっきのラブコメ空気はもういい。
何か上手い表現は無いか。何か…何か…

「…虫の知らせでな」

…なんだそりゃ。
それは蟲です、とでも言うつもりか。

「何よそれ? つまんないわ」

はい、すみません。俺もそう思います。

146: 2006/08/02(水) 01:01:17.86 ID:Rpr1Q2HZ0


「…あたしに…会いたかったの?」


ハルヒはキッと顔を上げ、俺の顔にガンをくれるとそう言った。

…なんだその顔は。耳まで赤くなりやがって、目なんか潤んでるぞ。
そんなに分かりやすく照れてますって顔するぐらいなら言わなきゃいいものを。

…だけどな。
残念ながら。
それもまた事実っぽい。

…ままよ。


「…かもな」

「……そう」


俺はもうハルヒの顔を見ていられなかった。
自分の顔が赤いのを自覚する。
俺はハルヒに見られないよう、顔を隠した。
隠した所で赤くなってるのはバレバレかも知れんが。

…気付けばまたラブコメ空気になってやがる。
今日はなんだ? ラブコメ運でも絶好調か?
嬉しくって涙が出るね。

152: 2006/08/02(水) 01:02:22.32 ID:Rpr1Q2HZ0


「…ねぇ、キョン」

「…なんだよ」

「…やっぱりプレゼント、欲しいわ」

「だから無いって言って…。 …ッ…!」



俺がハルヒの方を向いた時。

ハルヒは、目を閉じていた。

少しだけ、上を向き。

その唇を捧げるように。


163: 2006/08/02(水) 01:03:21.81 ID:Rpr1Q2HZ0


……タイトロープは渡り終えたと思ったんだがな。
綱を渡った先はガケだったらしい。

…普通そういう事は俺の誕生日にやるもんじゃないのか?

っても…ここまでされて…怖気づくわけにはいかないか。
……いかねぇよな。

俺も、目を閉じた。
ハルヒの唇に俺のそれを近づける。





…なぁ、ハルヒ。

…誕生日、おめでとう―――。



174: 2006/08/02(水) 01:04:22.22 ID:Rpr1Q2HZ0


ガタッガタガタガタッ!


―――ッッッ!!!!!


俺とハルヒの唇が触れ合う寸前、神社の扉がガタガタと激しく揺らされた。
ちょうど俺達がこの建物に入って来た時のように。
その時の俺とハルヒは凄かった。
まるで示し合わせたみたいに、一瞬でお互いから離れ、背を向け合っていた。
この瞬間、俺とハルヒは亜光速を超えていたかも知れない。

俺はといえば扉を揺らした相手が誰かというよりも、ハルヒと唇が触れたかどうか、その事が気になっていた。
思わず自分の唇に触る。
…してない…よな?



「あー、いたいた! みんな、居たにょろー!」

扉を開けた人物が外に向かって叫ぶ。
って…今の声…

「鶴屋さん!?」
「鶴屋さん!?」

俺とハルヒの声がハモった。
思わずハルヒと顔を見合わせる。

186: 2006/08/02(水) 01:05:31.88 ID:Rpr1Q2HZ0


「…おんやー? もっしかしておっ邪魔だったかなー?」

そんな俺達の様子を見て、鶴屋さんがニヤニヤと笑った。
…いや、邪魔じゃないです。
というか、鶴屋さんが開けなかったら間違いなく、その、してたんで。


「鶴屋さん、どうしてここに?」

「ふっふーん、あちしだけじゃないにょろ?」

俺の質問に鶴屋さんはニヤリと笑うと、中途半端に開いていた扉をパンッと開け放った。
殿内に月光が差し込む。その月光をバックに立っていたのは。

「古泉!? 長門、朝比奈さんまで!?」

「今晩和。いい夜ですねぇ」

「………」

「こんばんわですぅ」


…俺は何だか混乱していた。
見ればハルヒも俺と似たような顔をしている。

どうしてコイツらがここに居るんだ?

192: 2006/08/02(水) 01:06:17.56 ID:Rpr1Q2HZ0


「…わたしが皆を呼んだ」

俺達が呆けていると長門が答えた。

「そっそ、有希っ子からキョン君が神社の方に走ってくの見たって連絡が来てね。それでみんなで探してたんさ。
 んで、したらハルにゃんのスカートが干してあるじゃん? そりゃもー、こっこしかないってね」

長門の言葉を鶴屋さんが引き継ぐ。

「そっれにしてもキョン君、めがっさひどいにょろー。
 妹ちゃんが無事だった事、あたしだけには教えてくれないなんてさー。
 あたしだって心配してたのにさー」

鶴屋さんが口を尖らす。
…いかん、すっかり忘れていた。
そう言えば、他の奴等にもメールを返していない。

「す、すみません」

平謝りな俺。

「にっしし、ま、いっいけどねー。…それにしても、随分とお楽しみだったようですなー?」

鶴屋さんは何か含むように笑う。
…何の話だ?
俺が鶴屋さんの視線の先を辿ると…、…そこには半裸のハルヒが居た。
俺のブレザーの裾から覗く白い脚。それは月光に照らされ、更に白く浮かび上がっていた。

198: 2006/08/02(水) 01:07:16.09 ID:Rpr1Q2HZ0
「ち、違いますっ!」
「ち、違うわよっ!」

…おい。またか。
かぶるな、ハルヒ。

俺とハルヒが再び顔を見合わせる。
彼女は「うー…」といった顔をしながら俺のブレザーを脱ぎ、ヒザにかけていた。

「あっはっはっはっ! 何だか今日はいつにも増して息ピッタリだんね。
 ま、キョン君にそんな度胸が無い事は、この場に居る全員が分かってんだけどさ」

高らかに笑う鶴屋さん。
…それはそれで男としてどうかと思うが。


…ってちょっと待て。月光?

「お前ら…雨は?」

「えぇ、とっくにあがっていますよ。ほら、いい月です」

古泉が月を見上げる。
そこには中秋の名月とも言える満月が浮かび上がっていた。
…やれやれ。雨があがった事に気付かないほど舞い上がってたんだな。

203: 2006/08/02(水) 01:08:16.07 ID:Rpr1Q2HZ0

それにしても、長門や朝比奈さん、鶴屋さんはまだ分かる。
だが、古泉はさっきまで―――

「古泉、お前、その…、バイトはどうした?」

えぇい、微妙に喋りづらいな。

「えぇ、案外近場だったもので。それに先刻、落ち着きましてね」

古泉がハルヒに視線を流した。

「それで僕も馳せ参じた、と。そういった次第です」

…あの空間はハルヒの精神状態がどーたら言っていたな。
ハルヒも落ち着いたって事か。



「さてっ! それじゃあ始めるとしますかっ!」

鶴屋さんが声を張った。

「始めるって…何をですか?」

「もっちろん、決まってんじゃん! ほら、みくる!」

鶴屋さんが朝比奈さんを神殿に招きいれると、その背中を押す。
朝比奈さんは肩に大きなバックを持っていた。
それを畳の上に置き、バックの口を開けると、中から白い大きな箱を取り出した。

209: 2006/08/02(水) 01:09:18.60 ID:Rpr1Q2HZ0

「えと、涼宮さん。わたしが作ったんであんまり美味しくないかも知れないですけど…」

朝比奈さんがハルヒに向かって箱を差し出す。

「みくるちゃん、これって…。
 ……開けて、いいの?」

「はいっ、もちろんですっ」

ハルヒがそっと箱に手を掛ける。
そうして、ハルヒが箱のフタを開けたそこには。

真っ白なクリーム。
赤いイチゴ。
チョコレートで描かれた【涼宮さん おたんじょうびおめでとう】のメッセージ。

…どっからどう見てもバースディケーキだな。



「…せーのっ…」

鶴屋さんが何やら小声で呟いた気がした。

214: 2006/08/02(水) 01:10:19.79 ID:Rpr1Q2HZ0
「ハルにゃん!」「誕生日、おっめでとー!」
「涼宮さんっ!」「お誕生日おめでとうございますっ!」
「…涼宮ハルヒ」「…お誕生日、おめでとう」
「涼宮さん」  「誕生日おめでとうございます」


パンッ! パンパパンッ!


四人がそう言ったかと思うと連続して炸裂音が聞こえた。
俺は驚いて目を瞑ってしまっていた。
再び目を開けると、どこに隠し持っていたのか空のクラッカーを持つ四人。
それから、クラッカーの中身にまみれたハルヒの姿だった。

「…キョン」

ハルヒはこちらを向き呆然としている。

「…ハルヒ」

どうでもいいが、ものっそいクラッカーの中身が口に入ってるぞ。

「…おめでとう」

俺がそう言うとハルヒは、俯いてしまった。

「……ッ……バカ………何よこれ………」

ハルヒがポソッと呟いた。その表情は暗がりになってよく見えない。

217: 2006/08/02(水) 01:11:17.06 ID:Rpr1Q2HZ0

「えっと、えと、涼宮さん、その、えっと、やっぱり、嫌…だったんですかぁ?」

朝比奈さんがあたふたしながらハルヒに話しかける。
…そうじゃない。そうじゃないよな、ハルヒ。



ガバッ!

ハルヒが急に朝比奈さんに抱きついた。

「………みくるちゃん、ありがと。
 みんなも、ありがとねっ」

ハルヒはみんなの顔を見渡すと笑顔でそう言った。
その顔は、今日一番ハルヒらしい。
…目尻が光ってたような気がするのは、俺の気のせいだろうな、きっと。


225: 2006/08/02(水) 01:12:21.76 ID:Rpr1Q2HZ0
そうして名も知らぬ神社、時刻は既に23時過ぎ、そんな中ハルヒの誕生日パーティが行われる事になった。
長門も大きなバックを持っていたのだが、その中から出るわ出るわ。
飲み物だの紙コップだのフォークだのスプーンだの。
部室に隠してあったのを持ってきたと言っていたが、その様子はまるで四次元ポケットだ。
…って、ホントに四次元ポケットじゃないだろうな。
長門ならあり得そうで恐い。
俺達は朝比奈さんのケーキに舌鼓を打ち、さんざん馬鹿騒ぎした。


折を見て長門にそっと話を振ってみる。

「どうだ、長門。これが誕生日ってヤツだ」

「…興味深い」

「また変わった感想だな…。一応聞いておくがどんな所が興味深いんだ?」

「みな、浮かれている。涼宮ハルヒに至っては暴れていると言っても過言では無い」

ま、ハルヒが暴れてんのはいつもの事だが。

「来年になったら、今度はお前の誕生日だな」

うなずく。

「楽しみか?」

「………少し」

長門が、微笑んだ気がした。

233: 2006/08/02(水) 01:13:24.66 ID:Rpr1Q2HZ0

朝比奈さんはと言えば、正にハルヒに弄ばれていた。

「ひ、ひぇぇぇんっ! す、涼宮さんやめてくださ~い~っ!」

「ふっふっふ。良いではないか良いではないか」

お前はどこの悪代官だ。

「…あれ? みくるちゃん、もしかしてまたおっきくなった?」

「ふぇ? そんな事ないと思いますけど…ってゆーか、モミモミしないでぇ~っ!」

「いーやっ、これはぜったいおっきくなったわ! このあたしが言うんだから間違いない!」

「お、どれどれー?」

鶴屋さんまで乗ってきた。

「あー、これは確かにおっきくなってんねぇー。よっ! みくる! このホルスタインっ!」

どんな褒め言葉だ。

「つ、鶴屋さんまでぇ~! お、オモチャにしないでくださぁい~っ!」

…刺激が強すぎるっす。
というか二人とも揉んだら分かるのか。
分かるぐらい揉んでいるのか。
…羨ましい。

239: 2006/08/02(水) 01:14:16.70 ID:Rpr1Q2HZ0

「のぅ、キョン君や」

鶴屋さんがさんざんモミモミしまくった後で、話し掛けて来た。
…後ろの方で朝比奈さんが凌辱された後みたいな様相を呈していたが、それはそれとして。

「なんです?」

鶴屋さんがニヤっと笑ったかと思うと俺を見上げて来る。

「あたし達が来る前、ほんっとーにハルにゃんと何も無かったのかなー?」

「な、何言ってるんですかっ! 無いに決まってるじゃないですか!」

「ほんとかなー? あたしが扉開けた時、なーんかあっやしい雰囲気じゃなかった?」

「無いです。断ッじて無いです」

「ほんとにー? めがっさ怪しいにょろー。…ま、いっいけどねー。にっしっしっし」

そう言って鶴屋さんはずっとニヤニヤと俺を見てきた。
…やはり、あなどれない人だな。

244: 2006/08/02(水) 01:15:17.04 ID:Rpr1Q2HZ0


気付けば古泉は外で涼んでいた。
俺も熱気に当てられ、外に出てみる。

「おや、あなたも涼みに来たんですか?」

「あぁ、少し熱くなっちまったからな」

さっきまで寒かったのが嘘のようだ。

「…古泉、そのアレは大丈夫だったのか?」

「…空間、の事ですか? えぇ、今頃は恐らく完全に収束しているでしょう」

古泉が月を見上げた。

「…あなたのおかげ、なんでしょうね」

「…俺は何もしていないぞ」

「またまた、ご謙遜を」

謙遜も何も本当に何もしちゃいないんだがな。

「あははっ! それそれーっ!」

ハルヒの馬鹿笑いに殿内を覗くと、ハルヒが朝比奈さんを脱がそうとしていた。
って、おいおい、そりゃやりすぎだ。

252: 2006/08/02(水) 01:16:17.71 ID:Rpr1Q2HZ0

「涼宮さん、楽しそうですねぇ。あんなに楽しそうな彼女を見るのは久しぶりです」

古泉も俺と同じように殿内を覗き込んでいた。
最近のハルヒはネガティブ路線まっしぐらだったからな。

「…これからも、涼宮さんをよろしくお願いします。世界の平和のために」

世界平和とはまた大きく出たな。

「お前はハルヒの親父か」

「はははっ。………いえ、そうですね。どちらかと言えば彼女は母ですよ。我々の」

…チカラってヤツの事か。

「これからも、母さんをよろしくお願いしますよ」

「…お前みたいなデカい息子が突然出来たら、ハルヒもいい迷惑だろ」

俺がそう言うと古泉はもう一度笑った。


266: 2006/08/02(水) 01:17:19.28 ID:Rpr1Q2HZ0



そうこうしている内に、いよいよ時間的にヤバくなり、
そろそろお開き、という段になって皆からハルヒにプレゼントが手渡された。

…その時、鶴屋さんに、
「え? キョン君プレゼント忘れたの? マジ? あっはっはっはっ! 使えないにょろー!!」
と爆笑されたのも今ではいい思い出だ。…泣いてない。泣いてないぞ。


古泉からは瀟洒なデザインの置き時計。
「時間に正確な涼宮さんには必要の無い物かも知れませんが」
…高そうだ。


朝比奈さんからはティーセット。
「うんと美味しいお茶、淹れますからね」
今度からは部室で紅茶も楽しめるかも知れない。


鶴屋さんからは…分からなかった。
ハルヒが開けようとした時、鶴屋さんがそれを必氏で止めたからだ。
「ふっふっふ。帰ってから開けてのお楽しみなのだよっ」
…何やら不吉な笑いだった。


長門からは天秤。
「…0.1グラムまで計れる優れ物」
…っておい。

271: 2006/08/02(水) 01:18:26.35 ID:Rpr1Q2HZ0

「…おい、古泉、アレはお前の入れ知恵か?」

古泉にそっと耳打ちする。

「えぇ…何か本人にちなんだ物を贈るのがいいでしょうと言ったのですが…どうやら星座から直に持ってきたようですね」

そりゃ確かにハルヒは天秤座かも知れんが。

「…ユニーク」

お前の方がユニークだよ、長門。







そうしてようやく長かった今日が終わる頃、パーティはお開きとなった。
ハルヒが何度も皆に礼を言っていたのが印象的だ。
あの涼宮ハルヒがこんなに感謝する姿を見れる日は未来永劫こないかも知れない。
…ま、来年の今日、あっさりまた見れるかも知れんがな。


そして…

282: 2006/08/02(水) 01:19:51.48 ID:Rpr1Q2HZ0

「ホント、月がキレイねー」

俺とハルヒは二人で夜道を歩いていた。


「やっぱりお姫様を送るのはナイトじゃないといけないにょろー?」

鶴屋さんのイタズラっぽい笑顔が思い浮かぶ。
…えぇい、誰が誰のナイトだ。


「ねぇ、キョン」

ちなみに結局ハルヒのスカートは乾かず、ハルヒは代わりに長門のバックから出てきたジャージを履いていた。
「こんな事もあろうかと」と言った長門はどっかの研究所の所長のようだった。
ありゃマジで四次元に繋がってるのかも知れない。

「一回宇宙に行ってみたいと思わない?」

「…宇宙ねぇ」

「だってこんなに広いのよ?
 そんな中で地球にだけ知的生命体が生まれたなんて、地球人の傲慢以外の何者でもないわ!
 絶対居るハズよ、宇宙人は! あたしは彼等に会いに行きたいの! そんで、かくれんぼしてる最中に途中で帰ってやるのよ!」

破滅的なファーストコンタクトだな。
お前が宇宙人と出会う事があったらインデペンデンス・デイがマジに起こるかも知れない。
…ま、20分ほど前、お前はその宇宙人からのプレゼントに絶句していたが。

292: 2006/08/02(水) 01:21:19.74 ID:Rpr1Q2HZ0


「でも…、やっぱり誕生日っていいもんね」

ハルヒが月を見上げながら言う。

「嫌いじゃなかったのか?」

「…ううん、こういうの久しぶりだったけど…何だか好きになれそう」

またしおらしくしおってからに。

「あんた達のおかげね。ま、あんたの功績もこっれぐらいは認めてやってもいいわよ」

ハルヒが手を目の前に持ってくると、その間隔を一センチほど開けた。
はいはい、どうせ俺は一センチの男ですよ。

しかし、どうでもいいが、似合わないって言ってんだろ、そんな笑顔とか。
…えぇい、静まれ、心臓。

296: 2006/08/02(水) 01:22:20.91 ID:Rpr1Q2HZ0

「ここでいいわ」

しばらく歩くとハルヒがそう言い、立ち止まった。

「なんだ? まだお前の家じゃないんだろ? 時間も時間だし、前まで送っていくぞ」

「いいって言ってるでしょ。もう、すぐ近くだし。それともあんた、またママにからかわれたいワケ?」

それは勘弁願いたい。



「あの…さ」

ハルヒがいいづらそうにドモった。
今日は似合わない行動連発だな。

「なんだ?」


「あたし達……した…のかしら」

「………したって何をだ」


嘘だ。
質問したが、思いっきり心当たりがあった。
先程の神社、鶴屋さんが扉を開ける前。
その距離が0になったか否かだ。

301: 2006/08/02(水) 01:22:53.29 ID:Rpr1Q2HZ0
あと15~20

313: 2006/08/02(水) 01:24:35.75 ID:Rpr1Q2HZ0

「だからっ! したのかどうかって聞いてんのよっ!」

ハルヒが急に俺の首根っこを掴んだ。
その顔が赤い。
照れ隠しにしては殺人的だな、ハルヒ。

「…いや…正直…わから…ん」

微妙に締まってる、締まってるから。

「…そう…」

ハルヒは俺の首から手を離すと俯いて何かを呟いた。

「……なによ……あた…の……ーストキ………ったかも知れな………」

「何だって?」

「なんでもないわよっ、バカキョンっ!」

コイツは怒鳴ってるのが一番、らしい。
それはそれでどーかと思うが。

325: 2006/08/02(水) 01:25:52.93 ID:Rpr1Q2HZ0

「…ねぇ、キョン」

「だから何だというに」

「曖昧なのって、あたし嫌いなの」

だろうな。
黒なら黒、白なら白。
それがお前の主義っぽい。
なんなら陰陽だろうが、シマウマだろうが塗り潰しそうな勢いだ。

ハルヒは顔を上げ、キッと俺を睨んだ。

そうして―――

…ハルヒは目を閉じた。




…おいおい、またか。
アレか?
星の巡り合わせとかそんなのは知らんが、どうしても俺とハルヒをくっ付けたいのか?
何かの磁場でも働いてるのか?
やっぱり今日の俺は恋愛運絶好調か?
だが、断じて俺は占いなど信じない。
何故なら昔、今日は金運絶好調と朝の情報番組で見たかと思えばその日の内に財布を無くし
そんな事もどうでもいい。

332: 2006/08/02(水) 01:26:47.31 ID:Rpr1Q2HZ0

するかしないか。
要は二択だ。
…オーケー、冷静に考えようか。
ただ、あまり時間は無い。
クール&クレバーにいこう。

しない場合。
恐らくハルヒにボコボコにされる。
確証は無いがそんな気がする。
ハイリスクノーリターン。

する場合。
…っていうか俺はコイツが好きなのか?
…嫌いじゃあない。
事実、夢の中…、ま、夢かどうか知らんが一度してる。
だがここは紛れも無いリアル。
とはいえ、した所でボコボコにはされない…、と思う。
ローリスク、リターンは…分からん。


「…早く…しなさいよ…」


俺がそんな事を考えているとハルヒからお声がかかった。
…そりゃそうだ。
ずっと顔を上げて目を瞑っていたら、不安にもなろう。

345: 2006/08/02(水) 01:28:11.53 ID:Rpr1Q2HZ0

…分かった、ハルヒ。
してやろうじゃねぇか。
しろってんならする。

…いや、むしろ俺がしたい。
あぁ、なんならもう一度言ってやるぜ。
俺はハルヒにキスしたい。

なんだかヤケになっているような気もしたが、
それはそれで俺の本心らしい。
その心の真実がどこにあるのかは分からなかったが、
確かに、俺はそれを求めているようだった。




…俺も目を瞑る。

そうしてハルヒのそれと俺のそれを近づけ………



―――触れた。


357: 2006/08/02(水) 01:29:23.32 ID:Rpr1Q2HZ0


…意外と冷たかったりするんだな。
それに、なんだか随分、厚い。
…ハルヒの唇はそんなに厚く無かった気がするが。
というか…俺の唇のすぐ上に、何やらやたらと硬いものが触れている。

…つか、何かおかしい。

俺は目を開けた。



そこにはニヤニヤしながら笑うハルヒと、突き出した右手が見えた。

「あんた…あたしにキスしようとしたでしょ」

…どーやら俺がキスしたのはハルヒの指先らしい。
硬かったのはツメか。

「ヘンタイ」

おい。

「そりゃ、あんな風にされたら誰だって…!」

「ふーん、キョンは誰とでもキスするのね?」

むやみやたらと挑発的だな。

367: 2006/08/02(水) 01:30:19.28 ID:Rpr1Q2HZ0

「…誰とでもって訳じゃないだろうが」

「へぇ、そっかー。キョンはあたしとキスしたかったんだー? へぇー、そうなんだー?」

おい。誰か鈍器をよこせ。

というか恥ずかしさで氏にそうだった。
やっぱりハルヒの顔も赤かった。

「…お前は本当に素敵な性格をしてやがるな」

「ありがと。サイッコーの褒め言葉ね。
 じゃ、ヘンタイさんに襲われない内に帰るとするわ。
 あ、明日ちゃんとプレゼント持ってくんのよ?
 それじゃね、おやすみ」

ハルヒはそう早口でまくし立てると角を曲がり消えていった。

382: 2006/08/02(水) 01:31:19.22 ID:Rpr1Q2HZ0



俺はハルヒが消えた後、そこにボーゼンと立ち尽くしていた。

…なんというか。完全敗北って感じだ。

…何故俺はあのアホハルヒにあんな事をしようとしたんだ。

あぁっ! 悔やんでも悔やみきれんっ!





空を見上げると満月が煌々と俺を照らしていた。

「…いまいましい。あぁ、いまいましい。いまいましい。」




390: 2006/08/02(水) 01:32:16.08 ID:Rpr1Q2HZ0

★ 10月8日、曇りのち雨 ★


今日はあたしの16回目の誕生日。
今まであたしは自分の誕生日ってヤツが大ッキライだった。
どうしてもあの日の事を思い出しちゃうから。
だから人の誕生日にも興味無かったし、はっきり言ってしまえばウザったくてしょうがなかった。

でも、それも今日で終わりになりそう。
キョンとユキ、みくるちゃんに古泉君、鶴屋さん。
あんなワケの分かんない神社に居たのに、探してまであたしの誕生日を祝ってくれた。

…やっぱり嬉しかった。
今までくだらないって思ってたけど、嬉しかったのよね。

…なんだか不思議。



不思議と言えばユキのプレゼント。
昔、理科の実験で使ったような天秤。
あれはどういう意味?
あたしに何を計れって言ってるの?
………エーテルとか?
そうかも知れない。あたしに科学的な観点から不思議を探せってユキからのメッセージなのかも。

分かった。あたし、やるわ! ありがとう、ユキ。

393: 2006/08/02(水) 01:33:20.17 ID:Rpr1Q2HZ0

鶴屋さんのプレゼントもスゴかった。
ぶっちゃけて言えば、胸をおっきくする機械。
「これで気になる彼もメロメロにょろー」
ってメッセージが添えられてた。
普通そんなもの誕生日に贈る?

変さ加減で言えばあたし好みだけど。

ベツにそんなにちっちゃくは無いと思うんだけどな。
標準じゃない?
でもせっかくもらったんだし、今度使ってみよっと。
何事も経験よね。

400: 2006/08/02(水) 01:34:23.55 ID:Rpr1Q2HZ0

キョンは例外として。
プレゼント忘れるって何よ!?
ナメてんのかしら。

でも、ま…妹ちゃんの事があったから仕方ないのかも知れないけど。
…それにしても妹ちゃんが無事で本当に良かった。あたしも祈った甲斐があるってもんよね。
キョンのヤツ、雨の中、走って来たんだろうな。
アイツの胸、すごくドキドキしてた。
そんなにあたしに会いたかったの?
キョンも団員としての自覚が出来てきたじゃない!


…それにしてもキョンが用意したプレゼントってなんなのかしら。
どーせ、アイツの事だからくっだらない物なんだろうけど。
ちょっと期待しちゃうわね。


………あたし、どーしてキョンにあんな事したんだろ。
神社の中でもそーだったけど、帰り際も。
……神社の中でキス…したのかな。
触れたような気もするし、触れてない気もする。
もし、したとしたら、アレがあたしのファーストキスってコトになるのよね。
あ、でもそういえば夢の中でもアイツとキスしたコトがあった。

それにしてもアイツってホントバカ。

何がお前は特別な存在、よ。
クサイ台詞選手権があったら、間違いなくシード選手ね。
帰り際もキスしようとしてきたし―――

406: 2006/08/02(水) 01:35:26.99 ID:Rpr1Q2HZ0



…ってあたし、なんでこんなにキョンの事ばっかり書いてるワケ?



んー……。


……なんで?


………あー。


……………そっか。


………そーなんだ。


今までそうなのかなって思った事もあった。
キョンが誰かベツの女のコと仲良くしてると胸がモヤモヤした。
あの感情が嫉妬だったのね。これは新発見。

今日もキョンと一緒に居て、何度も胸が熱くなった。
キョンに言われた色々なコト、しっかり覚えてるあたしが居る。
…もう誤魔化すのは止めよう。

412: 2006/08/02(水) 01:36:18.82 ID:Rpr1Q2HZ0



………あたしは、キョンが好きなんだ。



……書くとすっごい恥ずかしいんだけど。

消したくなる。

でも、スッゴイむかつくけど、ホントの事みたい。

その証拠ってワケでも無いけど、本当はキスしちゃうつもりだったのよね。
なんとなく止めにしちゃったけど。
その後も何だかキョンの顔が見れなくてさっさと帰っちゃった。


…キョンはあたしの事、どう思ってんのかしら。
嫌いってコトは無いわよね。
ううん、むしろ好きっぽい。
キスしようとして来たし。

うー…でも、あたしから告白するのも癪ね。
ってゆーか告白ってされたコトはウザいぐらいあるけど、あたしからしたコトって無い。
そもそも、何であたしがあんなヤツに告白してやらなきゃいけないワケ?

419: 2006/08/02(水) 01:37:21.23 ID:Rpr1Q2HZ0

そうね。
やっぱりこういうのは最初が肝心って言うし、キョンに告白させるようにしよう。
仕向けるのよ! うん、燃えるわ!
要はキョンをあたしにメロメロにさせればいいんでしょ?
簡単じゃない!



そのためには…何をすればいいのかしら。
まず明日は…そーね。
アイツの家に押しかけよう。
で、朝起こしてやってプレゼントを頂いてやるわ。

でもあたし、アイツの家って知らないな。
ま、谷口辺りが知ってんでしょ。
明日の朝、電話で叩き起こして聞けばいいわ。

覚悟してなさい、キョン!








前編、終

449: 2006/08/02(水) 01:39:39.48 ID:Rpr1Q2HZ0
日常とハルヒが書きたかっただけなんだ
こんなに長くなってしまって申し訳ない
付き合ってくれた人、ありがとう
投下したかった人、ごめんなさい

後編もちょろちょろ書いてる
甘々




460: 2006/08/02(水) 01:41:06.44 ID:Rpr1Q2HZ0
いや、流石にこのすぐあと後編はねぇよwww
つか、出来てねぇw

【涼宮ハルヒの憂鬱】10月8日、曇りのち雨【後編】

引用: ハルヒ「ちょっと キョン!あたしのプリン食べたでしょ!」