1: 2014/09/11(木) 07:24:12 ID:7Fw5rFMc
冬の季節、毎年が憂鬱だ。
私の住んでいる地域は東北地方の真ん前、だから毎年雪が降る。
小さい頃こそ楽しんでいたものだが、大学受験を控えた高校三か年生。とっくの昔にそんな純粋な心はどっかに捨ててきてしまった。
「……最悪」
しんみりと雪が積もるバス停前、私は標識に寄りかかって、空から降り注ぐ白い奴らに吐き捨てた。
あぁ、寒いし、その上靴の中はとっくの昔にぐちゃぐちゃだし。本当に最悪。
曇り始めた眼鏡のレンズを溜息と共に袖で無造作に拭き、私はむかつきを抱えながらバスを待つ。
髪の毛は伸ばしっぱなしのぼさぼさ黒髪。メガネのフレームだって飾り気のない茶色。来ている服は紺色の制服に赤チェックのマフラー。
どこにでもいる地味な高校生。それが私、羽柴奈美恵のステイタス。
自分の人生に一切疑問を抱かず、親の言うままに遠い進学校に入学して、好きな事なんか今までまともにやれた事がない。こんな私に生きている理由はあるのか。きっとないだろう。
ふと腕時計を見る。8時23分。とっくの昔に遅刻ラインだ。マジでぇ、と引き攣った唇から言葉が漏れる。
私の住んでいる地域は東北地方の真ん前、だから毎年雪が降る。
小さい頃こそ楽しんでいたものだが、大学受験を控えた高校三か年生。とっくの昔にそんな純粋な心はどっかに捨ててきてしまった。
「……最悪」
しんみりと雪が積もるバス停前、私は標識に寄りかかって、空から降り注ぐ白い奴らに吐き捨てた。
あぁ、寒いし、その上靴の中はとっくの昔にぐちゃぐちゃだし。本当に最悪。
曇り始めた眼鏡のレンズを溜息と共に袖で無造作に拭き、私はむかつきを抱えながらバスを待つ。
髪の毛は伸ばしっぱなしのぼさぼさ黒髪。メガネのフレームだって飾り気のない茶色。来ている服は紺色の制服に赤チェックのマフラー。
どこにでもいる地味な高校生。それが私、羽柴奈美恵のステイタス。
自分の人生に一切疑問を抱かず、親の言うままに遠い進学校に入学して、好きな事なんか今までまともにやれた事がない。こんな私に生きている理由はあるのか。きっとないだろう。
ふと腕時計を見る。8時23分。とっくの昔に遅刻ラインだ。マジでぇ、と引き攣った唇から言葉が漏れる。
2: 2014/09/11(木) 07:25:11 ID:7Fw5rFMc
「あーもー!!バスは何やってんのよ!!」
バス会社が受験生の出席がいかに大事かなんて理解してくれる筈がないとわかってはいてもやっぱりムカつく。
舌打ちしながら先生への言い訳を考え始めた矢先、しゃく、と雪を踏みしめる音が聞こえた。
私が音のした方に顔を向けると、女の子が立っていた。でも、明らかに普通の女の子じゃなかった。
その女の子は、白かった。
さらりと揺れる髪の毛も、肌も、着ているワンピースも。雪が積もっている風景に溶け込んで消えてしまいそうな程に、白い。唯一瞳だけが澄み渡った黒だった。
ワンピース一枚なのに寒さを感じている様子は微塵もない。ニコ、と笑いながら首をかしげてくる。
「……な、なんじゃありゃ……」
思わず小声でつぶやいてしまう。だって彼女は裸足だったから。でも、綺麗だった。私より四つは年下に見えるのに、『可愛い』じゃなくて『綺麗』。
「今年も、凄く疲れちゃった」
少女は誰ともなく言いながら、こちらに歩み寄ってくる。今年も?どういう意味だろう。
「あっちへ行ったりこっちへ行ったり。でも私はこの国が一番好き」
す、とバス停に寄りかかる私の隣に並ぶ。多分……これは話しかけられてるのかな。
ってか、なんか裸足ででてたりちょっと電波発言っぽいのが出てるあたり、関わっては行けない人種のような気もする……。
「お、お家の都合?」
3: 2014/09/11(木) 07:28:19 ID:7Fw5rFMc
「お、お家の都合?」
やっちまった。もう知らん。
むしろ遅刻する口実ができるじゃないかポジティブに行こう。
綺麗な頭のおかしい女の子に絡まれてましたじゃ信憑性が薄いからおじいちゃんとかにしてね。よっしゃ。
「そんなもんかな。お家、っていうより、私自身の生まれの都合」
やっぱり何言ってるかわからない。生まれの都合っつったらお家の都合だろうに。
「毎年この時期になると、私はこの国を横切る。なかまと一緒に」
「……なかま?」
「そ、なかま。それでね、色んな人の顔を見るの。電車の窓から、港から、色んな人がいっぱいいて、見てて飽きない。とっても楽しいの」
あなたのことも、何回か見たことがあるよ。と少女は言った。
……のだが、生憎こっちはこんな子知らない。こんな綺麗な子と一回でも会ってたら忘れないだろうし。
「人違いじゃないかなぁ」
苦笑し、マフラーに顔を埋める私。女の子はぷくっと頬を膨らませる。かわいい。
「違うよ。あなたは小さい頃私たちが大好きだったのに、今はうっとおしいとか思ってる。悲しい」
やっちまった。もう知らん。
むしろ遅刻する口実ができるじゃないかポジティブに行こう。
綺麗な頭のおかしい女の子に絡まれてましたじゃ信憑性が薄いからおじいちゃんとかにしてね。よっしゃ。
「そんなもんかな。お家、っていうより、私自身の生まれの都合」
やっぱり何言ってるかわからない。生まれの都合っつったらお家の都合だろうに。
「毎年この時期になると、私はこの国を横切る。なかまと一緒に」
「……なかま?」
「そ、なかま。それでね、色んな人の顔を見るの。電車の窓から、港から、色んな人がいっぱいいて、見てて飽きない。とっても楽しいの」
あなたのことも、何回か見たことがあるよ。と少女は言った。
……のだが、生憎こっちはこんな子知らない。こんな綺麗な子と一回でも会ってたら忘れないだろうし。
「人違いじゃないかなぁ」
苦笑し、マフラーに顔を埋める私。女の子はぷくっと頬を膨らませる。かわいい。
「違うよ。あなたは小さい頃私たちが大好きだったのに、今はうっとおしいとか思ってる。悲しい」
4: 2014/09/11(木) 07:31:46 ID:7Fw5rFMc
大好きだったと来たか。やっぱりちょっと可哀想な子らしい。でも、実害は無さそうだし……ま、いっか。
「実害は無さそうだし、とか。失礼」
「……えっ」
「心で思ってた。実害は無さそうだしまあいいか、って」
びっくりだ。顔に出てたのだろうか。
私は無表情が得意なのに。それだけが自慢なのに。なんてこったい。
「無表情が自慢なの?」
「…………」
エスパー?
「違うよ? 私達はそこにあってそこにない。空気みたいなものだから。人間の中の事は自然と伝わってくる。だってずっと触れ合っているもの」
「……えーっと……」
すげえ!全く何言ってるかわかんねえ!!あっちへ行ったりこっちへ行ったりしてるのに常に触れ合ってる?ドゥユーアンダスタン?
違うな。パドゥン?だな。ラバーソールのセリフは語感が良いんだよね。
「……昔は澄み切ったいい子だったのに。随分世俗に染まっちゃったね」
不機嫌そうに半眼になる女の子。そらお前18年も生きれば染まりもするでしょうよ。純粋過ぎても君みたいになっちゃうし。
「人の頭をおかしいと思ってるのもわかってるからね」
5: 2014/09/11(木) 07:33:08 ID:7Fw5rFMc
「ヒエッ」
でも、なんだろうな。
話してるうちにさ、ほんとにこの子に会っているような気がしてきたんだ。
ずっと昔から、近くにいた気がしてきたんだ。
記憶が、くすぐられて。
私が、雪が積もった道路ではしゃいでいる情景が頭に浮かんできた。
「……あ……」
「気づくの遅い」
え、でもさ。そんな事ってあるの。
でも、彼女が本当に私の考えた通りの存在なら、今まで言っていた意味不明の言葉のつじつまも合ってしまう……ような気がする。
「……あなたは」
しばらく口元をマフラーの下でもごもごさせて、あなたは雪の精とかそんな感じのアレですか、と聞こうとしたところで、タイヤが雪を踏みつぶす水っぽい音とエンジン音が響いてきた。
「タイムリミット。またどこかでね」
「……あ……う、ん……」
6: 2014/09/11(木) 07:35:01 ID:7Fw5rFMc
にっこりと微笑んで言う少女、私はなんだか残念な気持ちで近づいてくるバスのライトを見つめる。
やがてバス停前で止まって、はよう乗れ、と言わんばかりにやかましい駆動音と共にドアが開いた。
少し躊躇いながら、私はドアに向かっていく。
ふと、そんな私の背中に、少女の声が投げかけられた。
「雪は降るものじゃないよ。貴方達が生きて、生きた時間、流れた時間で降らせるものだよ。氏んじゃったら、雪をうっとおしいとか思うこともできないもの」
生きる意味も、きっと同じだよ。
なんだか一生懸命な様子が滲む声だった。心が読めるのなら、私がバス停で戯れに考えた事も、全部知っているのだろう。
それがなんだか、嬉しくて。唇がふっと緩み、口から漏れた白い息が空に溶けていく。
「ありがと」
私がそう言うと、どういたしまして。と嬉しそうな声が背中に再び投げつけられる。
バスがはよせいと怒鳴りつけそうな勢いでエンジンを蒸した。私は慌てて乗り込み、窓からバス停を見る。
真っ白な少女は手を小さく降ったあとに、ふっ、と本当に風景に溶け込んでしまった。
「……」
私は座席に腰をおろして、発進したバスの窓から流れていく景色を見つめる。しんみりと積もっている雪が、なんだか今は愛おしくて、自然と唇から笑みがこぼれた。
やがてバス停前で止まって、はよう乗れ、と言わんばかりにやかましい駆動音と共にドアが開いた。
少し躊躇いながら、私はドアに向かっていく。
ふと、そんな私の背中に、少女の声が投げかけられた。
「雪は降るものじゃないよ。貴方達が生きて、生きた時間、流れた時間で降らせるものだよ。氏んじゃったら、雪をうっとおしいとか思うこともできないもの」
生きる意味も、きっと同じだよ。
なんだか一生懸命な様子が滲む声だった。心が読めるのなら、私がバス停で戯れに考えた事も、全部知っているのだろう。
それがなんだか、嬉しくて。唇がふっと緩み、口から漏れた白い息が空に溶けていく。
「ありがと」
私がそう言うと、どういたしまして。と嬉しそうな声が背中に再び投げつけられる。
バスがはよせいと怒鳴りつけそうな勢いでエンジンを蒸した。私は慌てて乗り込み、窓からバス停を見る。
真っ白な少女は手を小さく降ったあとに、ふっ、と本当に風景に溶け込んでしまった。
「……」
私は座席に腰をおろして、発進したバスの窓から流れていく景色を見つめる。しんみりと積もっている雪が、なんだか今は愛おしくて、自然と唇から笑みがこぼれた。
7: 2014/09/11(木) 07:36:25 ID:7Fw5rFMc
ずっと近くにいてくれた彼女に、もう一度ありがとうと呟いて、私は座席に背をあずけた。早く生きる意味を作れるといいな、と思いながら。
了
了
9: 2014/09/11(木) 07:52:12 ID:gwdfINkU
乙
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