23: 2013/01/09(水) 22:16:24.68 ID:nS0hKkLfo
第一章『トイカメラ』
第二章『春』
通いなれた写真屋さん。
そこで証明写真を撮ってもらうのは、なかなか緊張するものだった。
そうして私のアイドル活動がスタートした。
握手会やサイン会。
バレンタインにチョコを配ったり、レッスンしたり……。
アイドルをするって、これでいいのかな。
考えていても、毎日は過ぎていった。
24: 2013/01/09(水) 22:16:59.43 ID:nS0hKkLfo
それと、日を重ねるごとに同僚も増えていった。
私が事務のちひろさんに、
「よくあんなにたくさん連れてこれますよね」と、訊いたら、
「なんでかしらね」
よくわからないわ、とちひろさんは肩をすくめた。
「勧誘マニュアルとか、あるんですか?」続けて質問すると、
「ええ。あれ、私が考えたの」
と、今度は得意げに鼻を鳴らした。
まるでネズミ講の勧誘みたいでしたよ、とは言わなかった。
そもそもそんなの受けたことなかったし、あったにせよ、言えるはずないよね。
25: 2013/01/09(水) 22:17:47.99 ID:nS0hKkLfo
それにしても、プロデューサーさんは、いろんな子を連れてきていた。
中でも、身長182cmの子は、私に大いなる衝撃を与えた。
しかも話してみると存外に常識的だったので、衝撃は余計に大きくなった。
他にも外国の人。
着ぐるみにくるまれた九歳児。
きのこに対してやたら執着を見せる子……。
例を挙げだすとキリがないし、彼女たちのことを一口に説明するのはとても難しい。
とにかくみんな元気でまとまりがなかったのだ。
私と違って個性的な人たち。
私は少しうらやましく思っていた。
26: 2013/01/09(水) 22:18:49.08 ID:nS0hKkLfo
そんな中で、私はなぜかまとめ役みたいなポジションに収まってしまっていた。
といっても、そこまで大したことをしてたわけじゃないけど。
幸い、みんな話はちゃんと聞いてくれる子たちだったから、私みたいなのでもどうにかできた。
ふらりと立ち去ろうとする子。
隅っこでぼーっとしてる子。
そういう子たちを引き戻して、レッスンをつつがなく終了させる。
これが最近の私の役目だった。
27: 2013/01/09(水) 22:19:20.53 ID:nS0hKkLfo
嫌になったらさっさとやめちゃおうかな。
なんて考えていた私にとって、
この立ち位置はある意味で絶妙だった。
でもやっぱり、そういうのはガラじゃないかな、とも思っていた。
28: 2013/01/09(水) 22:20:13.04 ID:nS0hKkLfo
◆
レッスンを終えると、みんなが散り散りに帰っていく。
すでに着替えを終えた私は、菜帆ちゃんを待っていた。
どうしたんだろ。
着替えにしては長い。
でも更衣室に入った時には、いなかったし。
人影のない廊下。
そこの硬いベンチに座っていると、菜帆ちゃんが入口の方からゆっくりと歩いてきた。
29: 2013/01/09(水) 22:20:51.27 ID:nS0hKkLfo
「お疲れさま」
左手で紙袋を掲げて、菜帆ちゃんが言った。
「うん、お疲れ様っ!」
「みんなは?」
「もう帰っちゃったよ」
「じゃあ、待たせちゃったかしら」
「ううん。それより、どこ行ってたの?」
訊ねると、菜帆ちゃんは紙袋をがさごそやって、
「買ってきたの」と、あんまんを取り出した。
30: 2013/01/09(水) 22:21:21.92 ID:nS0hKkLfo
「お一つどうぞ」
間延びした声とあんまんが差し出される。
勧められるがままに、私はそれを受け取った。
「いいの?」
言いながら、あんまんに口をつける。
「だって藍子ちゃん、大変そうだもの」
緩やかに微笑みながら、菜帆ちゃんも自分の分を取り出した。
31: 2013/01/09(水) 22:21:52.25 ID:nS0hKkLfo
「仕方ないよ」
「みんな元気だものねえ」
「うん。ほんとに」
冗談めかして笑うと、菜帆ちゃんもゆったりと笑った。
みんなもこの人くらい落ち着きがあればいいのに。
32: 2013/01/09(水) 22:22:26.71 ID:nS0hKkLfo
「で、どこ行くの?」
「和菓子屋さん」
「また?」
「新商品が出てたのよ」
うっとりした目で菜帆ちゃんが言う。
二人でお散歩していた時に見つけた和菓子屋さん。
そこは、私たち二人の秘密の場所みたいになっていた。
33: 2013/01/09(水) 22:22:58.10 ID:nS0hKkLfo
「確かに美味しいけど……」
「美味しいけど?」
「店員さんに顔覚えられるの、恥ずかしいなって」
「いいじゃない」
覚えられたら、おまけしてくれるかも。
それに、顔を覚えてもらえるのって、いいことよ。
たくさん食べられるしね。
菜帆ちゃんは楽しげに、そう話した。
34: 2013/01/09(水) 22:24:36.35 ID:nS0hKkLfo
「でも、間食減らした方がいいってプロデューサーさんが」
「そうだったかしら」
「うん。私、ちゃんと聞いてたよ?」
直接聞いたのが一回。
聞いてくれなくて困ってるよ。
そうプロデューサーさんが言っていたのを聞いたのが二回。
だから、三回も聞いている。
さすがに間違えるはずがない。
「藍子ちゃんがそう言うなら、そうよねえ」
のんびりした調子で言うと、
菜帆ちゃんは袋からもう一つのあんまんを取り出して、
私の口に軽く押し付けた。
「それあげる。じゃ、行きましょうか」
あの癖さえなければ、注意することもないのに。
ため息をつくかわりに、あんまんをかみしめる。
まあ、菜帆ちゃんのそういうところ、けっこううらやましいんだけどね。
ゆっくり動く背中を、私もスローに追う。
その間中、私の口の中はあんこで満たされていた。
35: 2013/01/09(水) 22:25:12.65 ID:nS0hKkLfo
◆
「これ、おいしいわあ」
お皿の上には、白く粉がかかった豆大福が、小高く積み上げられている。
しかもまた、あんこだし。
美味しいからいいけど。
「本当によく食べるよね」
「だって、おいしいんだもの。仕方ないでしょう?」
菜穂ちゃんは悪戯っぽく笑って、二つ目に手を伸ばす。
「食べすぎちゃだめだよ?」
「はーい」
一応の警告をして、私も豆大福をつかんだ。
ハリがあって、ずっしりと重みがあった。
36: 2013/01/09(水) 22:25:49.10 ID:nS0hKkLfo
「でも、プロデューサーさんに怒られちゃうわねえ」
いま思いついたような調子だった。
それに万一そうなっても、大して困らないふうでもあった。
「プロデューサーさん、怒るの?」指先で、大福の表面を撫でながら訊ねる。
「ううん。というか、前ほど顔を見ないから」
「忙しそうだもんね」
プロデュースしてるアイドルは、私たち二人だけじゃない。
こうなるのも、仕方ないことなんだろう。
「いてくれたら、色々わかりやすいんだけど」
「どういうこと?」
「仕事やレッスンの出来が顔に出るじゃない、あの人」
狭い和菓子屋さんの中で、声を潜めて笑う。
レッスンや仕事終わり。
そのたいていの場合、“あの人”はにこやかに出迎えてくれる。
その笑顔の度合いがバロメーターになるのだ。
37: 2013/01/09(水) 22:26:29.84 ID:nS0hKkLfo
「でも、ちょっとひどいわよね」
それ、三つ目。
私が言葉にする前に、菜帆ちゃんが弾むように言う。
「藍子ちゃんに、みんなの面倒見させてるんだから」
「わかってるなら手伝ってよお」
「これ食べてから、ね」
「だめ、今から」
そう告げて、お皿を手繰り寄せる。
菜帆ちゃんの、そんなあ、という悲鳴を無視して、
残った豆大福のうちの一つを口にした。
下から見上げた菜帆ちゃんは、珍しく困り顔を見せている。
その顔を見ながら、舌と上あごの間で粒あんの粒を一つ潰した。
38: 2013/01/09(水) 22:27:09.44 ID:nS0hKkLfo
「そういえば藍子ちゃん、明日はレッスン?」
黙ってうなずく。
「プロデューサーさんが、お迎え来てくれるんでしょ?」
口の中をいっぱいにしたのは失敗だった。
思いながら、もう一度うなずく。
「少しくらい文句言ったらいいんじゃない?」
そんなこと、言わない。
それすらできなくなったら、どうしていいかわからないし。
39: 2013/01/09(水) 22:27:48.46 ID:nS0hKkLfo
何か言おうと、少し身を起こす。
すると、菜帆ちゃんの腕がさっと伸びて来た。
おっとりとした口調とは裏腹な、機敏な動きだった。
腕の中に収められていたお皿の中から、大福が一つ減っている。
「藍子ちゃんなら、何か言ってもばちは当たらないわよ」
ほんとに、仕方のない子だ。
菜帆ちゃんも、そしてたぶん、私も。
40: 2013/01/09(水) 22:28:23.30 ID:nS0hKkLfo
◆
「事務所というより学校。
いや、学校っていうより動物園だよな」
「それ聞かれたら、怒られますよ?」
「知ってる」
プロデューサーさんが私のほうを見て笑う。
41: 2013/01/09(水) 22:29:06.91 ID:nS0hKkLfo
レッスン帰りの車中。
もう三月なのに、みぞれ交じりの雪が落ちてきて、ぽたぽた車体を叩いていた。
信号が青に変わる。
「まあ、藍子だし」
いいかな、と続けて、プロデューサーさんがハンドルを切る。
後ろ髪とヘッドレストがこすれる音を聞きながら、カーブに任せてからだを傾ける。
そうでもしないとエアコンの温風がかかって、余計に顔が熱くなりそうだった。
そういえば、私のこと、しっかり呼んでくれるようになったな。
頭の中で小さくつぶやいた。
あのぎこちない感じも、悪くなかったんだけど。
ふとプロデューサーさんの横顔をちらりと見ながら、そんなことを思った。
42: 2013/01/09(水) 22:29:55.99 ID:nS0hKkLfo
「ねえ」
「うん?」
「写真撮ってあげましょうか?」
「今?」
「だって逃げられないでしょ?」
「それ、ずるいよね」とプロデューサーさんが声を弾ませた。
えー、と笑いながら非難の声を上げる。
私が助手席に座った時に、よくやるこのやり取り。
決まりきったこの応酬が私は好きだった。
もちろん写真も、撮りたかったけど。
43: 2013/01/09(水) 22:30:38.97 ID:nS0hKkLfo
この数か月でわかったことは、
プロデューサーさんは、
写真に入るのが本当に苦手だということだった。
その証拠に、
私が持っているプロデューサーさんの写真は、
あの背中だけ写った一枚きり。
撮ろうとすると、必ずファインダーの外に逃げてしまう。
せっかく笑うと素敵なのに。
44: 2013/01/09(水) 22:31:40.75 ID:nS0hKkLfo
「にしてもさ」
さっきの話を掻き消すように、プロデューサーさんが言う。
「まとめ役とか慣れてるよね」
「そうですかね?」
「だってあいつら、俺の言うことなんて全然言うこと聞かないし」
誰もいなくなった後部座席。
バックミラーを通して、そこを見る顔はどこか不満げだった。
「慣れてなんか、ないです」
「そう?」
「ああいうの、あんまりしたことないですし」
へえ、そうなのか。
意外そうに、プロデューサーさんは言った。
「じゃあ、器用なんだな」
「器用?」
思いがけず、ついおうむ返しに返事をしてしまう。
何が器用なんだろう。
私には、よくわからなかった。
45: 2013/01/09(水) 22:32:13.36 ID:nS0hKkLfo
「まあ、助かるよ」考える私に構わず、プロデューサーさんが言う。
「でも私、それくらいしかできないんです」
「そうかな」
「そうですよ。みんな、個性的だし、何かしら特技があるし」
「そりゃ、そういうの集めたわけだし」
私が『そういうの』に含まれてると考える。
それはそれで、なんだか複雑だった。
46: 2013/01/09(水) 22:33:05.20 ID:nS0hKkLfo
「でも私、普通じゃないですか?」
プロデューサーさんは、うーん、と低くうなって、
「少なくとも奇特ではないね」と答えた。
「他の子たちと比べたら、まあ」
私も軽く吹き出しながら返事をする。
「他の子、ねえ」
ぼおっとしたようにつぶやいて、
「確かに個性のデパートみたいなもんだよな」と、プロデューサーさんは、ふわりと言った。
「まあ、そうですよね」
「うん、そうだね」
47: 2013/01/09(水) 22:34:04.37 ID:nS0hKkLfo
だけど、私は違います。
のど元まで来た言葉は、声にならない。
その代わり、胸の奥にずしんとのしかかった。
窓に付いた水滴は、窓ガラスを斜めに流れる。
流れていきながら、
止まっては揺れて、
揺れてはまた流れて、そのまま消える。
ぼんやりしたカーラジオも、流れて消えていく。
48: 2013/01/09(水) 22:34:30.51 ID:nS0hKkLfo
やっぱりさ。
と先に切り出したのは、プロデューサーさんだった。
「比べたりする?」
「……はい」
「そっか」
「はい」
私が二回うなずくと、また会話が途切れる。
何か言わなきゃ。
考えているうちに、ゆっくり車が停まった。
見渡すと家の近くまで来ている。
にもかかわらず、プロデューサーさんは腕組みして黙ったままだった。
49: 2013/01/09(水) 22:35:05.94 ID:nS0hKkLfo
あの、と今度は私が先に切り出す。
「着きましたよ」
けど、プロデューサーさんはその体勢を崩さない。
出ていいのかな。
それとも待った方がいいのかな。
しばらく逡巡していたら、突然、ああ、とプロデューサーさんはため息を漏らした。
50: 2013/01/09(水) 22:35:38.61 ID:nS0hKkLfo
「どうしたんですか?」
「いや、思いつかないなあって」
「思いつかない?」
意味が分からずに聞き返すと、
いや、まあ、うん、
とかたどたどしい言葉を発するだけだった。
何がだろう?
小首をかしげる。
そんな私をじっと見て、プロデューサーさんは、
「まあ、いっか」と開き直った様子で言った。
51: 2013/01/09(水) 22:36:11.83 ID:nS0hKkLfo
「こんなもんだよな」
「こんなもん、ですか」
「うん、思いつけたら敏腕プロデューサーになれる」
「ビンワン?」
「うん。
そもそも敏腕なら、車で送り迎えなんてしてないね」
プロデューサーさんがおかしそうに笑った。
「そうかもしれないですね」よくわからなかったけど、つられて私も笑った。
52: 2013/01/09(水) 22:36:44.60 ID:nS0hKkLfo
敏腕なら、タクシーで帰らせてやるくらいの金はあるんだろうな。
どうでもよさそうにつぶやいて、
「じゃ、今日のところはそんな感じで」と締めくくった。
なので私も小さくお礼を言って、車を出ることにした。
どーいたしまして。
なんて声が背中越しにする。
それを聞きながら、私はドアを閉めた。
53: 2013/01/09(水) 22:37:19.33 ID:nS0hKkLfo
どんどん遠のく車を見つめる。
そこでようやく私は、プロデューサーさんの『思いつかない』の内容を思いついた。
それで、まあ、いっかなと思ってしまった。
こんなもんなんだ。きっと。
車はいつしか見えなくなる。
私は、ぼおっとそれを眺め続けていた。
54: 2013/01/09(水) 22:38:35.54 ID:nS0hKkLfo
不意にみぞれが顔を叩く。
私は慌てて折り畳み傘を取り出した。
春雨だったら、もうちょっと風情があるのに。
頬についたみぞれを拭いながら思った。
にしても、また、その気にさせられちゃった。
声にして、小さくつぶやく。
これで二度目だ。
一度目はアイドルをする気に。
二度目はアイドルを続ける気に。
まあ、今のところ楽しいから、いっか。
言い聞かせるようにして、今度は口の中でつぶやいた。
みぞれは、ぽたぽた傘を叩く。
そのリズムを聞きながら、私は家のほうに向かって歩き出す。
55: 2013/01/09(水) 22:39:21.34 ID:nS0hKkLfo
ねえ、プロデューサーさん。
まあいっか、で済ませるのは、
ちょっとどうかと思いますよ?
これでも一応、悩んでたんですから。
怖かったんです、私。
今はいいけど、みんないつかもっと忙しくなって。
一人一人、遠くへ行っちゃって。
そんな未来、決まってるはずないのに、わからなくて怖かったんです。
56: 2013/01/09(水) 22:39:53.68 ID:nS0hKkLfo
ビンワンじゃなくても、いいんです。
送ってもらえないのは寂しいですから。
タクシーだなんて、味気ないから。
けど、もうちょっと頑張ってください。
まあいっか、とか。
そんなもんか、とか。
あんまりですよ。
『君はトクベツです』
せめてそれくらい言った方がいいかもしれません。
57: 2013/01/09(水) 22:40:30.40 ID:nS0hKkLfo
今度同じような事したら、写真撮っちゃいますからね。
まあ、ほんとは、そんなことしなくても、撮りたいんです。
あなたの写真が欲しいの。
撮らせてくれないのは、はっきり言って不満です。
いつか必ず、撮らせてください。
でもね、プロデューサーさん。
あなたの写真は、まだないけれど。
私は今日も笑顔です。
58: 2013/01/09(水) 22:41:13.26 ID:nS0hKkLfo
車はどこら辺まで行ったのかな。
思いながら、遠くのプロデューサーさんに向かって、私は語りかけた。
家までの道のりを、
ゆっくりと歩きながら、
とりとめなく、何度も何度も、語りかけた。
59: 2013/01/09(水) 22:45:09.85 ID:nS0hKkLfo
以上です
63: 2013/01/11(金) 23:24:30.76 ID:tk/Ppi95o
引用: 藍子「セルフタイマー」



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