65: 2013/01/19(土) 00:24:36.78 ID:bj09aPZ4o

第一章『トイカメラ』

第二章『春』

第三章『通り雨』

 夏だった。
 プロデューサーさんの写真は結局、撮れずじまいだった。

 むしろ、写真の枚数は減っていた。
 
 その代わりに、私たちのお仕事はだいぶ増えてきていた。 
 個別のお仕事が増えると、仕事の合間に誰かを撮ることも少なくなる。

 少しさみしかったけど、その分、負担も減った。
 いちいちまとめる必要もなくなったから。

 みんなも、写真も。
 
 まあ、あれはあれで楽しかったんだけど。
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66: 2013/01/19(土) 00:25:38.89 ID:bj09aPZ4o

「仕方ない、か」

 階段をのぼりながら、ぽつりとつぶやいた。
 みんな揃っていたほうが、やっぱり楽しい。
 けど、いつもそういう訳にもいかないんだろうな。
 
 そんなことを考えながら、いつものように事務所の扉を開けた。
 
「おはようございます!」

 中は珍しくプロデューサーさん一人だった。
 プロデューサーさんは、珍しいものを見るような顔をして、私の顔をしばらく見つめていた。

67: 2013/01/19(土) 00:26:33.12 ID:bj09aPZ4o

「あの、お仕事」

 たまらず訊ねると、

「仕事?」

 と言ったきり、首を傾げられてしまった。

 頭の中に不安が浮かぶ。
 日取りを間違えちゃった、とか。
 そんな仕事、実はもともとなかった、とか。

 まごついていると「あー」と短く声が上がった。

「ごめん。連絡し忘れてた」

 大して悪びれず、プロデューサーさんは事情を話してくれた。

 説明を聞くに、今日はお休みになっていたらしい。
 つまり、連絡ミス。

68: 2013/01/19(土) 00:27:03.30 ID:bj09aPZ4o

「仕方ないですね、プロデューサーさんは」

 わざとらしく口をとがらせる。
 それを見て、あはは、とプロデューサーさんが笑った。

「悪い悪い。
 次から気を付けるよ」

「悪いと思ってるなら、
 もうちょっと申し訳なさそうにしてください」

「俺、申し訳なさそうじゃなかった?」

「はい。全然」

 そっかあ。
 言われてみれば、そうかもしれないね。

 プロデューサーさんは、おかしそうに笑った。

 言われてみれば、じゃないです。
 ちゃんと、謝ってください。

 笑わずに、私は言う。

 正直言うと、別にお休みでも、構わなかったのだけど。

69: 2013/01/19(土) 00:28:10.44 ID:bj09aPZ4o

 結局私は、プロデューサーさんに、もう一度謝らせることにした。
 でも謝るときの挙動があまりにもわざとらしくて、とうとう私は吹き出してしまった。

 ひどいね。
 ちゃんと謝ったのに。
 プロデューサーさんが不満そうに言う。

 どっちがですか。
 声を弾ませながら、訊ねる。

 藍子に決まってる。
 いいえ。プロデューサーさんの方が、ひどいです。

 肩を揺らしながら、私たちは言いあった。

70: 2013/01/19(土) 00:29:34.65 ID:bj09aPZ4o

 悪かったし、家まで送っていくよ。
 その提案を断って、私は事務所に居座ることにした。

「ちひろさんは?」

 私が訊ねると、

「夏風邪らしい」と答えが返ってきた。

「だから事務所にいるんですね」

「まあね」
 
 それっきり、会話が途切れる。
 遠くで鳴ったクラクションが、エアコンの風の音の中に溶けていく。

71: 2013/01/19(土) 00:30:33.95 ID:bj09aPZ4o

 そのまま突っ立ってるのもなんだったし、私は持ち主不在の席に座らせてもらうことにした。
 書類整理をするプロデューサーさんを眺めてみる。

 プロデューサーさんは、外にいることの方が多い。
 だから、事務所で机に向かっている姿というのは、どこか珍しく感じられた。

 そうしてぼんやり見つめていると、不意に目が合ってしまった。

「デスクワークってあんまり好きじゃないんだよね」と、プロデューサーさんはそのまま口を開く。

「はあ」

 私はどぎまぎしながら、たぶん、ぎこちない笑みを浮かべた。

72: 2013/01/19(土) 00:32:30.17 ID:bj09aPZ4o

「てかさ、留守番頼める?」

 思い出したように、プロデューサーさんが勢いよく言う。
 その手の中のボールペンは、くるくるとまわされている。

「いいですけど、どちらへ?」

「文房具屋。インク切れそうでさ」

「コンビニとかじゃダメなんですか?」

「なんか、だめらしい」
 
 ちひろさんがね、と付け足して苦笑いを浮かべた。

「良かったら、行ってきますよ?」

「そういうわけにもいかないだろ」

「じゃあ、プロデューサーさんもお休みしませんか?」

 再び首をかしげるプロデューサーさんを横目に、私は最低限の荷物をバッグから取り出した。
 プロデューサーさんの手中のボールペンは、くるくるくるくる、回り続けていた。

73: 2013/01/19(土) 00:34:12.95 ID:bj09aPZ4o



「なんかサボってるみたいだ」

「これも、お仕事のうちですよ。たぶん」

 汗を拭いながら歩くスーツの大群に紛れ込んで、私たちはお使いへと出発した。

 人垣の前のほう。
 つまり、街の向こう側がぼやけて見える。
 それくらいの暑さだった。

74: 2013/01/19(土) 00:34:46.78 ID:bj09aPZ4o

 事務所のカギは閉めてきた。
 今日は誰かが来る予定もないらしい。

 文房具屋さんは、歩いて十分だか十五分だか。
 なんとも曖昧で頼りない情報だ。

 二人で、何人かの人を追い越しながら、歩いた。
 プロデューサーさんは、少し早足だった。

 置いて行かれそうになる。
 軽い駆け足で走る。
 これといった特徴になるものがないのが、プロデューサーさんの背中だ。
 おいて行かれたら、見つけられないかもしれない。

 少しくらい合わせてくれたって、いいのに。
 思いながらも、私はその歩調に合わせて、ずんずんと歩いた。

75: 2013/01/19(土) 00:35:49.22 ID:bj09aPZ4o

 事務所のあるビル街を抜けると、こじんまりとした学校があった。
 そのまま歩みを進めると、郵便局や交番、公民館などが点在していた。

 二つ目の郵便局を過ぎたあたりで、プロデューサーさんが、唐突に立ち止まる。

「確か、ここらへん」

「場所覚えてないんですか?」ちょっと息を切らしながら、訊ねる。

「一度来たことあったし、平気かなって思ってたんだ」
  
 立ち上る蝉の声を聞きながら、私は汗をぬぐった。
 さっきまでのようなビルの影もなく、太陽が容赦なく私たちを照らす。

 プロデューサーさんはというと、狭い道の真ん中で、携帯片手に右往左往していた。

76: 2013/01/19(土) 00:37:29.78 ID:bj09aPZ4o

「交番に行って、教えてもらいましょうよ」

 せっかくさっき見かけたんだし、それがいい。
 けど、プロデューサーさんの反応は鈍かった。

「迷子みたいで恥ずかしいね」

「実際、迷子みたいなものじゃないですか」

 負けじと言い返すと、プロデューサーさんは、

「確かに」と言い、元来た道をたどることになった。

 けれど、交番に行っても誰もいなかった。
 その代わり、“町内巡回中”の五文字が、時代を感じさせる木製の看板に浮かんでいた。

 私はそれを見て、がっくり肩を落とした。
 プロデューサーさんは、妙に安心したように息を吐いていた。

「ひょっとして、悪いこととか、してたんですか?」思わず訊ねてしまう。

「まさか」

 ないない、とプロデューサーさんは笑いながら、左右に手を振った。

77: 2013/01/19(土) 00:38:37.56 ID:bj09aPZ4o

「まあ、あきらめるか」

「ダメですよ」

「なんで」

「せっかくだし、歩きたいなって」

「そんなもんかな」

「いいじゃないですか。
 私、このあたり歩くの初めてですし」

 仕方ない、という風にプロデューサーさんは肩をすくめた。
 こんな平和そうな町、巡回なんてしなくても大丈夫そうなのにな。

78: 2013/01/19(土) 00:39:38.46 ID:bj09aPZ4o



 またしばらく歩いた。
 入ってくる風景の中には、文房具屋さんどころか、人影すらまばら。
 せいぜい見つけられたのは、猫くらい。

 そういえば、カメラ忘れちゃったな。
 そんなことを考えられないくらいには、疲れてしまっていた。

「あきらめよう」

 不意に立ち止まって、プロデューサーさんが宣言した。

「あきらめましょう」

 思わず私も、力強くうなずく。
 そして、力なく二人で笑った。
 遠くで、学校のチャイムの音が聞こえた。

79: 2013/01/19(土) 00:41:07.84 ID:bj09aPZ4o

 疲れた。
 その言葉を繰り返しながら、私たちは自販機の脇に陣取った。

 お詫びとして、プロデューサーさんからは缶ジュースを買ってもらっていた。

 ふたを開けて、一口飲む。
 喉の奥が痛むくらいの冷たさも、今では心地よい。

「そういえば、カメラ持ってきてないね」

「置いてきちゃいました」

 そりゃラッキーだ。
 なんですかそれ。

 そんな風にして私たちは、缶の中身が空になっても、自販機の横でたくさんのことを話し続けた。

 明日には忘れてしまうような、とりとめのない話だった。

 これだけ話したのは、いつ振りだろう。
 ひょっとすると、これが初めてなのかもしれない。

 そんな、どうでもいい話が続けられた。

80: 2013/01/19(土) 00:41:42.62 ID:bj09aPZ4o

「なんか暗くない?」

 菜帆ちゃんとケーキを食べにいった話をしていた時だった。
 プロデューサーさんは、話の腰を折るようにそう言って、辺りを見回した。

 言われてみると、確かに暗い。
 けど腕時計は、午後の二時半を指している。

81: 2013/01/19(土) 00:42:39.09 ID:bj09aPZ4o

 遠くで雷の音が鳴った。

「藍子」

「はい」

「傘とか」

「置いてきました」

 言い終わるころに、雨がぽつぽつと降り出した。

 プロデューサーさんが、私の手を引いて走り出す。
 そのまま、数ブロック走る。
 進むにつれて、雨粒は大きくなっていった。

82: 2013/01/19(土) 00:44:31.89 ID:bj09aPZ4o

 どうにか雨の中を潜り抜けて、看板すら掲げていないお店の軒先に入ると、

「雨宿りしてっていいよ」

 と、中のおばあさんに言われたので、私たちはそこで雨宿りをすることにした。

 プロデューサーさんは、奥に入っていくおばあさんにお礼を言うと、空を見上げてつぶやいた。

「あんま濡れなかったな」

 髪に付いた小さな水滴を払いながら、そうですねと答えた。
 大きな雨粒が、容赦なく地面を叩きつけている。

「いつ止むかな、これ」

「どうせすぐですよ」

83: 2013/01/19(土) 00:45:19.33 ID:bj09aPZ4o

 風が吹いた。
 私の髪がなびいて、プロデューサーさんの右腕にまとわりつくように触れた。

「ごめんなさい」

 私は慌てて髪を戻す。
 でも、風は乱暴に私の髪を揺らした。

 プロデューサーさんは、その髪を手に取った。
 そのまま私に手を伸ばした。

 指先が軽く頬に触れた。

「少し、濡れてる」

 何を言っていいかわからず、私はただうつむいた。
 その間中、指先で、髪がもてあそばれている気配がした。

 嫌ではなかった。
 そうでもしないと、また同じことの繰り返しになるんだろうし。

84: 2013/01/19(土) 00:46:49.97 ID:bj09aPZ4o

 時折、指先が頬に、耳に、触れた。

 足元で、雨がはじけて消えていく様をじっと見る。

「濡れちゃいましたね」

 強張った唇を、何とか動かすことができた。

 ようやく、何か言えた。

 一人安心していると、今度は雷が大きな音を立てた。
 思わず、びくっと身を震わせる。

85: 2013/01/19(土) 00:47:15.37 ID:bj09aPZ4o

「怖いの、雷」

 なんてことないふうに、プロデューサーさんが訊ねる。

「雷というか、突然でしたから」

 二回、続けざまに光って、雷鳴がどん、どん、と響く。

 やっぱり怖いです。
 そう言って、プロデューサーさんの腕を取った。

 その拍子に私の髪が手放され、視界の端ではらりと揺れた。
 何度も何度も、雷が鳴る。

 手の中の腕を握る力が強くなる。

86: 2013/01/19(土) 00:48:28.15 ID:bj09aPZ4o

「結構近いですね」

「うん」

「雷好きな人なんて、いるんですかね」

「いるんじゃない?」

「プロデューサーさんは、どうなんですか?」

「普通、かな」

「なんですか、それ」

 プロデューサーさんは、それ以上何も言わず、ただ肩を揺らすだけだった。

87: 2013/01/19(土) 00:50:10.63 ID:bj09aPZ4o

 雷鳴が鳴る。
 少し身をすくめる。

 そのたびに、プロデューサーさんが何か言う。
 けど、雨音で聞こえない。

 私も何か言う。
 自分でもよくわからないような曖昧な言葉だったけれど、雨音と雷鳴に掻き消されて、届かない。

 そのうち私は、プロデューサーさんの腕を、もはや抱きかかえるようにしていた。

 雨が降る前までいた人たちも、どこかへと消えてしまった。

 きっと、私たちは、この町に取り残されちゃったんだ。

 そんな気分にさえなってしまっていた。

88: 2013/01/19(土) 00:51:59.18 ID:bj09aPZ4o

 ずっと降れば、いいな。
 ふと、口走ってしまう。
 聞いてほしかったのか、聞いてほしくなかったのか。
 それすらも分からないくらいの、微妙なボリュームだった。

 そのうち止むよ、たぶん。
 平坦な声が、耳を突いた。

 聞こえちゃったんですか。
 驚いて、訊いた。

 それだけ雨が弱くなったってことじゃないかな。
 楽しそうに、プロデューサーさんは答えた。

 止まないでほしいな。
 そういうわけにもいかないよ。

 乙女心がわかってませんよ。
 そうかなあ。

 このままが、いいんです。
 それはそれで、いいかもね。

 雨は降り続ける。
 その合間に雷が、時々鳴る。
 いちいち身をこわばらせるもが面倒になって、私は肩に頭を預ける。

 空を睨んだまま、私たちはただひたすらに待っていた。

89: 2013/01/19(土) 00:53:50.76 ID:bj09aPZ4o



「まさか行けないなんてな」

 椅子を軋ませながら、プロデューサーさんがぼやく。

「今度はちゃんと調べてから行きましょうね」

 そう言ってバッグの中を探ると、カメラが顔を覗かせた。

「チャンス、いっぱいあったのになあ」

 カメラを取り出しながらこぼす。

「そんなの、俺に限らなければ、いくらでもあるんじゃない」

 身構えながら、プロデューサーさんが恐れたような声を出す。

「だめですよ。プロデューサーさんじゃないと」

「参ったなあ」

 それから私は、事務所で何度もカメラを取り出しては、プロデューサーさんのお仕事の邪魔をした。
 プロデューサーさんは、それを出すたびに、机の下に隠れようとしたり。
 そして、両手で顔を覆ったりした。

 その動きが、やけに機敏で。
 それがやたらとおかしかったので。

 ついつい私は、何度もそれを繰り返してしまった。

90: 2013/01/19(土) 00:54:36.10 ID:bj09aPZ4o



 家で晩御飯が出る時間に合わせて、私は帰ることにした。
 駅まで送っていく、との申し出があったので、二人で歩く。

「ひどい一日だった」

「自業自得です」

「それを言われると、きついね」

 ヒグラシの鳴き声を聞きながら、プロデューサーさんの後ろに続いた。
 水たまりを避けるため、前にならって、右に左に忙しく揺れる。

「夏だなあ」

 ヒグラシを聞いてか、プロデューサーさんが何気なしに言う。

「夏ですねえ」後ろから、私もこたえる。

91: 2013/01/19(土) 00:56:19.74 ID:bj09aPZ4o

「迷子は、もう嫌だね」

 ため息交じりに、プロデューサーさんがこぼす。

「下調べしてからにすれば、よかったのに」

 責め立てるような調子で、私は言う。

「藍子がすぐ出たそうにしてたから」言い訳じみた声だった。

「そんなこと、ないです」

「でも、迷惑かけちゃったかな」

「私こそ、迷惑じゃなかったですか」消え入りそうな声で訊ねると、

「なにが」と不思議そうな声で逆に訊ねられた。

「なんでも、です」

「迷惑なことなんて、思い当たらないんだけど」

「だったらいいんです」

「ああ、でも写真はちょっと……」

 プロデューサーさんは頭をかきながら、天を仰いだ。
 私もつられて見上げる。
 明るい夏の夕空だった。

92: 2013/01/19(土) 00:57:45.75 ID:bj09aPZ4o

 スーツの人。
 Tシャツにジーンズの若い人たち。
 いろいろな人たちが、その空の下で、忙しそうに歩いていた。

「別に、なくてもいいんじゃない。写真」

「なくちゃだめですよ」

「そう」

「プロデューサーさんじゃないと、だめです」

 言いながら、一歩前に出る。

「だめか」

「ええ」
 
 だめか。
 だめです。

 どこかふわりとしたやり取りを繰り返しながら、そのままゆっくりと肩を並べて歩いた。

93: 2013/01/19(土) 01:00:04.89 ID:bj09aPZ4o

 駅が見えてくる。
 スクランブル交差点で、信号待ちをする。

 クラクションの音。
 人々のざわつき。
 信号の音。

 駅前らしい喧噪の中で、私はなんとなく、言葉をこぼした。

「覚えててくださいね、今日のこと」

「いいけど、なんで」

 戸惑ったような、声だった。

「忘れられちゃうのは、さみしいですから」

「さみしい」

 繰り返して、プロデューサーさんは、なるほど、と感心したように言った。

「それと、明日のことも」

「会わなかったら、どうするの」

「そういう時のための、写真ですっ」

 狙い澄ましたかのように告げて、私は笑った。
 プロデューサーさんは、、ひゃーと悲鳴を上げて、また天を仰いだ。

94: 2013/01/19(土) 01:00:36.85 ID:bj09aPZ4o

「なんでそんなに嫌いなんですか?」

「嫌いじゃない、苦手なんだ」

「じゃあ、なんで苦手なんですか」

 なんでだろうねえ。
 わかってたら、とっくに撮られてるんじゃないかな。
 プロデューサーさんが照れたように、目を細める。

95: 2013/01/19(土) 01:01:27.87 ID:bj09aPZ4o

 信号が青に変わる。
 私は一足先に、横断歩道を渡る。
 白線の上を見極めながら、とん、とん、と弾みながら、進む。

「どちらにせよ、少し時間が欲しいんだ」煮え切らない声が後ろから飛んでくる。

「なんですかそれ」振り返って、くすくす笑う。

96: 2013/01/19(土) 01:02:50.47 ID:bj09aPZ4o

 渡り切ると、プロデューサーさんが小さく手をあげて、言った。

「ここまででいい?」

「ええ、ここで」私も手を振る。

「手間とらせちゃって、悪かったな」

「今度からは気を付けてくださいね」

 言い残して、駅内へと向かった。
 がやがやした人ごみの中でも、ヒグラシの鳴き声はくっきりと浮き出ている。

 その中でも、ひゃー、という悲鳴が、ヒグラシと同じくらい耳に焼き付いていた。

 思い出すたびに吹き出しちゃいそうな、そんな声。

 私はなるべく表情を崩さないようにして、改札の方へと向かった。

97: 2013/01/19(土) 01:04:41.74 ID:bj09aPZ4o
以上。


98: 2013/01/19(土) 02:40:45.28 ID:rfRDkg1co

引用: 藍子「セルフタイマー」