460: 2006/08/12(土) 01:06:41.35 ID:g6ShvGVr0

 SOS団が設立されてそろそろ2年になろうかというこの頃。
 ハルヒの常識はずれな言動はいまだ健在なものの、以前のように閉鎖空間やらが発生する頻度は極端に減少していた。
 そのおかげか、古泉をはじめ普通じゃない人チームの仕事のほうもだいぶ落ち着いてきているらしかった。
 中でも極端に変化が見られているのは長門である。
「………」
「ちーっす……珍しいな、今日は長門だけか」
「だけ」
 いつものように、完全に指定席と化しているパイプ椅子に腰掛け、長門が本を読んでいた。
 一見、全然変わっていないようにも見える。
 だが、俺が部室に入ってきたとき、長門は確かに本から顔を上げて俺に視線を合わせてきた。
 滅多に本から目を離さなかった長門にしては、ずいぶんな進歩だ。
 俺はとりあえず荷物を置き、椅子を引いて腰掛ける。
「今日」
「え?」
 一瞬、名前を呼ばれたかと思ったがそうじゃなかった。だいたい、長門が「キョン」などと呼んでくれること事態、まずないだろう。
「今日、朝比奈みくるは補習。古泉一樹は私用で早退」
「あ……ああ」
 最初は何のことか理解に苦しんだが、要するに2人とも用事で部活にはこないということだろう。
 古泉はどうでもいいが、朝比奈さんが来ないとなると、お茶は自分で用意しなけりゃならないってことか。
 ガタ。
「?」
 俺が久しぶりに自分でお茶を入れようと思ったとき、いきなり長門が立ち上がった。
 そして、まるで俺の考えを読んでいるかのようにポットへと歩み寄り、機械的な動作でお茶を淹れはじめた。
 そんな長門の一挙一動を唖然として眺めていると、程なくしてお茶が出来上がったようだ。俺のマイ湯飲みにこぽこぽと注ぐと、それをことんとテーブルに置いた。
「飲んで」
「あ、ああ。さんきゅ」
 まるでいつか、長門の家にはじめて訪問したときのようだ。
 さすがに長門が変わりつつあるとはいえ、こんなことをされると逆にぎこちなくなる。
 俺までカクカクとした機械的な動作で湯飲みを掴むと、それを喉に流し込む。

463: 2006/08/12(土) 01:08:58.20 ID:g6ShvGVr0
「おいしい?」
「ああ、美味い」
 朝比奈さんのように洗練された味ではないが、ちょうどいい温度、程よい渋みがなかなかに美味い。
「そう」
 長門はそれだけを囁くと、急須を傍らにおいて自分の椅子へと戻っていった。
(……照れてるのか?)
 最近、些細な表情の変化がよりいっそう、わかりやすくなってきたと思う。
 というより、俺が長門の表情を読めるようになってきているのか?
 とにかく、こいつは今照れてるんじゃないか? そう思えるのだ。
「………」
 俺はつい、まじまじと長門の横顔を見つめてしまっていた。
「……何?」
「あっ、いや……なんでもない」
 視線に気づいたのか、顔を上げる長門。俺は思わずどもって、わざとらしく咳払いをして窓の外へと視線をやった。
 おいおい、俺は思春期真っ盛りの中学生か?
 と、そこで冷静になってある事実に気づいた。
 今、長門の頬が少し紅潮してなかったか?
「………」
 俺は気になって、再び長門の横顔をじーーっと見つめた。
 長門の本のページを捲る指がぴくんと小さく震えた。どうやら、見られていることに気づいたらしい。
 だが、俺はそれでも視線を外さない。
「………」
「………」
 部室の中が三点リーダーで支配されていく。
 その無言の一方的なにらめっこが1分ばかり続いた頃だろうか。
「…………」
 確かに見た。
 長門の頬に、微かに朱が注していた。
 やっぱり、長門が変わりつつあるのは間違いないようだった。
 俺はそれがおかしくて、そして何だか嬉しくて、つい吹き出してしまった。

464: 2006/08/12(土) 01:10:35.51 ID:g6ShvGVr0
「何?」
「いや……お前も可愛くなったな、って」
 くすくすとこぼれる笑いを堪えながら言うと、さらに長門の頬は目に見えて分かるほど赤く染まった。
「………そう」
「そうだよ」
 いつまでも笑い続ける俺に、機嫌を悪くしたのだろうか。
 長門は読んでいた本をぱたんと閉じると、ついっとそっぽを向くように窓の外へ視線をやった。
「あ………な、長門……?」
 俺はマズったか、と内心冷や汗をかきつつ、長門の反応を窺った。
 だが、どうやら怒っているのではないようだった。
「有希」
「……え?」
 振り向きざまに、長門はうつむき加減で言った。
「有希でいい」
 ああ。
 やっぱり、こいつはいい方へいい方へと歩んでいるようだ。
 まるで別の世界で出会った引っ込み思案の長門のようだった。
 だけど、別世界の長門ではない。いつも通りの長門が、少しずつ変わっただけの、紛れもなく本物の長門なんだ。
 俺は初めて、長門の名前を呼んでみた。

465: 2006/08/12(土) 01:11:09.83 ID:g6ShvGVr0
「有……」
「遅れてごっめ~~ん!!」
 俺の歴史的な第一歩は、偉大なるハルヒ団長様の乱入で台無しになった。
「なーに、今日はキョンと有希だけなの!? まったく、せっかく新しい衣装用意してきたっていうのに!」
 今まで繰り広げられていた甘く切ない(かもしれない)放課後ムードなんか嗅ぎ取りもせず、ハルヒは好き勝手のたまっている。
 勢いを殺がれた俺は、でっかいため息とともに深く椅子に腰を下ろした。
「キョン!? あんた、あたしが来ていきなりため息とはいい度胸してるわね」
「そりゃーお前、歴史的一歩を妨害されりゃあ、誰だってため息くらいつきたくなるもんさ。コロンブス然り、アームストロング然り」
「はぁ? ワケわかんないこと言ってんじゃないわよ」
 などといつものようにバカみたいなコントを続ける俺たち。
 俺はそんなコントを横目で見る長門……有希を盗み見る。
(はは……あれは妬いてんのかな?)
 ほんの数ミクロン単位くらいに膨らんだ(ような気もする)有希の頬を見て、俺は再びくすりと笑みをこぼす。

 有希、今のほうが対有機生命体コンタクト用ヒューマノイドインターフェイスっぽいぞ。
 俺は「何笑ってんのよ!」とハルヒに小突かれながら、それでも笑いをとめられないのであった。

○ ○

いじょ。改行多すぎの警告多発orz

引用: ハルヒ「ちょっとキョン!あたしのプリンまた食べたでしょ!?」