23: 2014/09/15(月) 00:28:30 ID:byXKiR/.
大学生時代、私には多くの交友関係があった。
友人も増えたしそのつてでより多くの繋がりが出来た。
一応彼女のような者も居たし、それなりの事はやった。
普通であるから、普通に過ごして、普通の関係だった。

今となってはもう顔も覚えていない者だっているし、今もなお交流し続けている者も居る。
選別するわけではないが、人の縁なんてそんなものだ。


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24: 2014/09/15(月) 00:29:13 ID:byXKiR/.
そんな中で私が一番多くの時を過ごした人は、そんな友人達ではない。
彼らはまあ、日によって会ったり会わなかったりする。
なんとなくつるむこともあるし、約束をしている時だってある。

それなりにつるんで、それなりに遊ぶ、そんな関係。
大学に在籍していた期間の中で二年以上付き合っていた友人なんて、それこそ稀だった。
適当に遊んで、それとなく飽きて付き合わなくなる、友情なんてそんなものだと思う。

25: 2014/09/15(月) 00:29:44 ID:byXKiR/.
ただ一人以外は、私が最初から最後まで――いや私の最初から最後までを知っている存在は居ない。
「先輩」と呼ばれる存在が、私が最も多くの時間を共に過ごしたと確実に断言できる人だった。

先輩

私は便宜上彼女をそう呼んでいた。
彼女は自分を「先輩だ」と名乗った。
そうして私にとっての彼女は先輩となったし、彼女はそうして名前がついた。

26: 2014/09/15(月) 00:30:55 ID:byXKiR/.
その出会いなんてものは唐突で、まるで自動車がふらっと正面衝突してくるかのごとくありきたりだったと記憶している。
思い出そうにも、これだと思える程に鮮明な記憶は引き出しのどこにも残っては居なかった。
先輩という存在はその後の自分にとって無くてはならないものだったけれど、その出会いなんてものはそれほど重要ではないのだろう。

忘れたい記憶ほど、意図的に忘れてゆく。
どうでも良い記憶ほど、自然的に埋もれてゆく。
自分にとって彼女との出会いがそのどちらだったかは、それすらも覚えていない。

27: 2014/09/15(月) 00:34:03 ID:byXKiR/.
彼女はそう、私の部屋に居た。
それだけだ、話せることはその程度でしかない。
彼女は私の部屋に居た、詳しく言えば――気付けばそこに居た。

別に私と先輩は恋人と呼ばれる間柄でも無かったし、そんな間柄になった事はそれからも無かった。
第一初対面でいきなり恋人”だった”なんて電波も良いところだろう。
それでも彼女は私の部屋に居て、「やぁ」と極めて親しげにこちらに向けて手を振っていた。

28: 2014/09/15(月) 00:40:28 ID:byXKiR/.
その姿を見た時の私はなぜか、異常なまでに落ち着いていた事は覚えている。
騒ぎ立てていたのだとしたら覚えていないのだろう、それは当然の反応だからだ。
あの場面において私にとっての正解は事は取り敢えず「慌てふためいて騒ぐ事」に間違いはない。
その当たり前の、文句なしに100点満点を叩き出せる試験を放り投げた様に私は落ち着いていた。

奇しくも私は彼女が原因となってその後まさに試験を放り投げ、留年する羽目になるのはその後の話だが。
まだ当然のことながら、そんな事は知る由も無かった。

29: 2014/09/15(月) 00:49:20 ID:byXKiR/.
いつの間にか彼女の為にお茶と茶菓子まで持ってきた自分は、さも当然のように彼女の前にそれを出す。
彼女はそれを世界の真理だとばかりに受け取って食す、常識を踏みにじる様な場面がそこにあった。

「あなたは、誰ですか?」
「先輩」

そこまで来てようやく、我々は言葉を交わす。
私にとっては衝撃的な、そしてその時は理解もしていないが後に長く付き合う事となる先輩との初めての邂逅だった。

30: 2014/09/15(月) 00:57:15 ID:byXKiR/.
当然ながら、まだ入学したばかりの自分にとって「先輩」と言える存在は思い当たらなかった。
かと言って自分が高校の時に世話になった人々の影の中には彼女の面影を見つける事は出来なかった。

「すみません、オレはあなたを知らないんですが」
「大丈夫、この学校に今年入ったなら私の後輩って事には間違いないから」
「ははぁ」
「だから、先輩でいいよ」

どうにも彼女はこの学校に在籍していて、少なくとも二年以上で、だから先輩で。
それがどういった訳か自分の部屋にいきなり入って来てはこうして話している、ここまでが完全な事実で形成されているらしい。

31: 2014/09/15(月) 01:03:41 ID:byXKiR/.
到底信じられない事実が羅列されていたが、結局そのまま綺麗に飲みつくし食べつくしていった彼女が帰って暫くその疑問に気付かないままで。
更に言ってしまえば彼女がこうして自分の家に時々いつの間にか居る事なんてよくあるから、三度目にはもう慣れてしまっていたけれども。
その後彼女によって時々面倒くさかったりだとか、今にして思えば青春に色を付ける程度には面白みのあるな体験をすることは気付く由も無かった。

彼女は――「先輩」はただそこに居て、いつの間にかそこに居て、「先輩」のままで居続けた。
時折いつの間にか最初の邂逅と同じ位置にちんまりと座ってはお茶が出るのを待っていて、自分はそれに答え続けた。
その関係は結局、私が卒業して別の場所へと引っ越してしまうまで続いたのだ。

32: 2014/09/15(月) 01:07:39 ID:byXKiR/.
いつの間にか自分は彼女が居る事にも、彼女が撒き散らす異常にも気付かないままだったのだろう。
そう気づいたのはこの前、ふと「ある事」に気付いて懐かしい大学の図書館に来た時の事になる。

彼女が間違いなく卒業したであろう期間に発行された卒業アルバム。
そこにはどこを探しても彼女の姿は無かった。

そして私は、彼女が「先輩」であり続けたのにも拘らず、彼女がいつ卒業したのかを記憶していなかった。

引用: この物語はフィクションです