2: 2014/12/26(金) 00:01:23.49 ID:vJkI38W1o

■-ビデオメッセージ

『第七十八期生の苗木誠君、お荷物が届いています。お時間のある時に、寄宿舎の事務局までお伺い下さい』

希望ヶ峰学園に入学してから数日後の事。三時限目が終わった後の休み時間に、そんなアナウンスが校舎全体に響き渡った。
だけどその荷物とやらに僕はまるで心当たりがなくて、実際に受け取るまではどんな物なのか分からなかった。
それで、授業が終わって放課後に受け取りに行った訳だけど――その荷物の正体は、一枚のDVDだった。


(ビデオメッセージ、かあ)


そう、正確にはビデオメッセージ。差出元は僕の実家で、何でもこの中には家族から僕への応援メッセージが収録されているらしい。
添え付けられていたメモ翌用紙に、母さんの字でそんな事が書かれてあったんだ。送るなら送ると言ってくれればいいのにと思ったけど、それは一応サプライズの為なんだとか。
まあ、特にびっくりはしなかったんだけど……でも、僕の為にこんな物を作ってくれたのは、やっぱり嬉しかったり。

そんな訳で、僕はこのビデオメッセージを今から――じゃなくて。少し遅れて、夜に観る事に『なった』。


「うふふ、楽しみです。帰ってくる間、ずっとわくわくしてたんですよ」
「はは、家族の皆も喜んでくれるよ」


部屋までの道を、お仕事から帰ってきた舞園さんと一緒に歩く。わくわくしてたというのは本当のようで、弾ませている声音が何よりの証拠だ。

夜に観る事になった――それは、舞園さんに合わせたのが理由になる。
と言うのも、荷物が家族からのビデオメッセージだった事を伝えたら、『もしよかったら、私にも観せてもらえませんか?』……と、そうお願いされたんだ。
舞園さんは妹のこまるはもちろんの事、どうやら父さんと母さんについても、運動会の時に毎年遠目に見ていたらしい。
映像とは言え姿がはっきりと見られるし、声だって聞く事が出来る……だから、是非とも観てみたいんだとか。断る理由なんてないし、僕はもちろんそのお願いを引き受けた。
ただ、舞園さんはお仕事があるから寄宿舎に帰ってくるのは夜になる。どうせなら一緒に楽しみたいし、それなら先に観ておくなんて事はせず、舞園さんが帰ってきてからにしよう……そう思ったんだ。
僕がその旨を伝えると、舞園さんは電話越しにとても喜んでくれていた。

「苗木君のお部屋に入るの、数日振りですよね。それだけでもすごく楽しみです」
「あ、ありがとう。あ、部屋はちゃんと綺麗にしてるから」
「ふふ、分かってますって」

舞園さんが遊びにくるという事もあって、実家にいた頃よりも部屋は綺麗にしておくように心がけている。
汚れた部屋を見られる訳にはいかないし、何より、そんな場所に舞園さんを上がらせる訳にはいかないし……。
今日だって夕食を食べ終わった後、丁寧に掃除したんだ。汚いと思われる事は、多分ない……と思う。

それから幾らか会話を弾ませながら、僕達は部屋の前に辿り着いた。鍵を開けて舞園さんを中に招き入れる。

「お邪魔しますっ」

挨拶を済ませて、浮き浮きとした様子で部屋の奥へ進んでいく舞園さん。そんな後ろ姿に癒されながら、僕もその後をついていった。

3: 2014/12/26(金) 00:36:25.10 ID:vJkI38W1o

「わあ……やっぱり荷物も片付いて数日経つと、初めて入った時よりも、『苗木君のお部屋』って感じがしますね」
「そ、そうかな? あんまり変わってない気もするけど……」

服はクローゼットの中に収納して、教科書や勉強道具は両袖机の上に整理して、娯楽物は棚に並べて置いて……と、変わったのはそれくらいだ。
置物の一つもなければ壁に何かを飾っている訳でもなく、こうして部屋の中を見回してみると、少々物足りなさが拭えない。
だけど入学してからまだ数日とは言え、僕はここで生活を送っている。ぱっと見じゃその形跡はあまり見受けられないけど、そういった点を踏まえれば、確かにここは立派な『僕の部屋』だ。

「何だか、数日前よりもずっと感慨深いです。ここが、苗木君のお部屋……」

……ただ、その生活を送ってる僕の部屋に舞園さんがいるんだと思うと、どきどきしない筈がなくて。僕の方も数日前よりもずっと、二人きりである事を強く意識していた。

「あ、苗木君。棚の方を少し見せてもらってもいいですか?」
「え、棚? うん、構わないけど……」

そう返事をすると、舞園さんは嬉しそうにとてとてと棚の前まで歩み寄っていく。何か気になるのかな……?
不思議に思う僕をよそに、舞園さんはその場にゆっくりと屈み込んだ。次に一つのスペースに視線を向けると、優しい眼差しで見つめ始める。

「……えへへ」

そして、緩みきった表情をその顔一杯に浮かべた。そのたまらなく幸せそうな姿に、僕は思わず見惚れてしまう。

……ここからじゃ氏角になってて分からないけど、顔の向きから察するに、舞園さんが見ているのは自分達のCDなんじゃないかな。
それが棚に並べられているのを見て、つい嬉しくなった……きっとそうなんだと思う。
単に友達の棚に並べられているのが嬉しいのか、僕の棚だからこそ嬉しいのか、そこまでは分からないけど……どちらにせよ、こんなに喜んでもらえると僕としてもすごく嬉しい。
と、そうやって少しの間眺めていると、舞園さんははっと我に返った様子を見せて、慌てて僕の方を向いた。

「ご、ごめんなさい。並べてある自分達のCDを見たら、つい浮かれちゃって……」
「う、ううん。喜んでもらえて何よりだよ」
「そう、ですか? でも、みっともない所を見られちゃいましたね」

頬を真っ赤に染めながら、照れ臭そうに笑みをこぼす。そんな事は全然ない。僕にとっては、これ以上ないってくらいに眼福だった。それこそ、ずっと見ていたいくらいに……。

「あ、これがお家から届いたDVDですか?」
「うん」

舞園さんがハイテーブルの上にあるDVDケースに気づき、両手でそっと手に取る。一緒についていたメモ翌用紙に目を通すと、ふっと優しく微笑んだ。

「この中に、苗木君のご家族の皆さんが映っているんですよね。何だかそわそわしてきちゃいました」
「はは、それじゃあ早速観よっか。えっと……」

どこに座って観ようかと、僕は一度部屋を見渡す。テレビ自体はベッドの近くに置かれてるから、ベッドに座るのが妥当なんだけど……実際、僕だってそうしてるし。
ただ、僕は何度かこのベッドを利用してる訳で。そんな所に座らせちゃってもいいのか、少し悩んでしまう……。
でも、他に座ると言ったら椅子しかないんだよな。テレビの前に並べればいいんだけど、何かそうやって観るのはどこか不自然と言うか、ぎこちなく感じると言うか。
そうなると、やっぱり――

「……よかったら、ベッドに座って観る?」
「いいんですか?」
「も、もちろん。僕は別に……」
「ふふっ、それじゃあお言葉に甘えて」

そう言って、舞園さんは僕の意見をすんなりと受け入れた。……どうやら、別に気にする必要もなかったみたいだ。

(と言っても、今度は別の理由で気にしちゃう訳で……)

自分の利用してるベッドに、舞園さんが座るんだから。何か僕、どきどきしっ放しだな……無理もないんだけどさ。でも、なるべく意識しすぎないようにしよう……。
僕は心の中で一度深呼吸をして、舞園さんからDVDケースを受け取ると、中身をレコーダーに挿入した。
リモコンを手に取り、テレビの電源を点けてチャンネルをビデオに切り替えて。それから少し距離を空けて、舞園さんの隣に腰を下ろす。

4: 2014/12/26(金) 01:23:45.23 ID:vJkI38W1o

「いよいよですねっ」

舞園さんは今か今かと待ちきれない様子で、そんな無邪気な所がすごく可愛い。横目に窺ってほっこりとしながら、僕はリモコンの再生ボタンを押した。
ディスクの読み込み音が鳴り始め、少しの間暗いままの画面が続き――やがて、パッと映像が映し出される。


『やっほー! お兄ちゃん、見てるー?』


そんな快活な声と共に出だしを飾ったのは、妹のこまるだった。ビデオカメラの目の前に立っているんだろう、画面をほとんど顔で埋め尽くしながら元気よく両手を振っている。
初っ端からやけにテンション高いな……まあ、あいつらしいけど。

「わあ……! こまるちゃん、久し振りー」

半分呆れる僕の隣で、舞園さんはこまると同じように両手を振る。久し振りとあってかとても嬉しそうだ。
少しして画面のこまるが横に逸れ、ソファーに座って微笑む父さんと母さんの姿が映る。どうやらこのビデオメッセージは、リビングの団欒スペースで録ったみたいだ。

「ここ、苗木君のお家のリビングですか?」
「うん。ソファーの後ろに窓があるけど、その向こうが庭になってるよ」
「へえ……」

興味津々の眼差しを画面に注ぐ舞園さん。こまるが空いていた父さんの右隣に座ると、父さんが一度咳払いをしてから口を開いた。

『これが届くのは入学してから数日後になるだろうが、どうだ誠? 元気にやってるか?』
『誠くーん』

母さんが柔らかい笑顔でひらひらと手を振り、こまるもそれに続いて再び両手を振る。つられて僕も小さく振り返した。

『せっかく自慢の息子が新しい門出を迎えたんだ、昨日の母さんのご馳走以外にも何かしてやりたくてな。皆で話し合って、こうしてビデオメッセージを贈る事にした訳だ』
『ささやかな物だけど、喜んでくれると嬉しいわ。ちなみに、提案したのはこまるちゃんなのよ』
『いえーい!』

こまるが今度は両手でピースを作ってはしゃぐ。それを見て、舞園さんはくすくすと微笑ましそうに笑った。

『それじゃあ、早速一人ずつメッセージを伝えていこうかしら。まずはお父さんからね』
『ああ』

父さんが頷き、僅かに腰を浮かせて一度座り直す。それから穏やかな表情はそのままに、ゆっくりと話し始めた。

『さっきも言ったが、元気にやってるか、誠? たった数日で聞くのも何だが、今日駅で見送った時のお前の背中が、少し小さく見えたもんでな。やけに早くここを発ったが、もしかすると学園には一番乗りだったんじゃないか?』
「はは……」

正にその通りだったり……。五十分も早く到着した事を母さん達に伝えたら、思いっきり笑われちゃったからな。にしても『今日駅で』って事は、このビデオメッセージは入学当日に録ったのか。

『俺は希望ヶ峰学園の全景は写真でしか見た事がないが、写真で見てもあんなに感心するんだ。本物を前にしたら、さぞ圧倒されるんだろうな。校舎を見上げて溜め息を漏らすお前の姿が目に浮かぶよ』

それも正解。ただあの時は感動しすぎて、確か三回は漏らしたと思う。校舎内を見学中にだって何度も。ついでに、曲がり角で転んだ後も落胆の意味で……。
まあ、転んだお陰で舞園さんが駆け寄ってきてくれたから、すぐに気分は一転したけど。

『数日だけじゃまだ授業も一通り経験してないだろうが、何とかついていけそうか? 入学前は期待しつつ、何かと不安そうにしていたからな。もっとも、お前なら何だかんだで大丈夫だと思ってるが。とは言え普通の高校とは違うんだ、他にも色々大変な事があるだろう……でも、精一杯頑張れよ。皆で応援してるぞ』

物柔らかな励ましの言葉が、心の奥までしみ込んでいく。入学前にも色々言葉はかけてもらったけど、こうしてビデオメッセージという形で改めて聞くと、やっぱり感じ入るものがあった。

『……ま、無理はしないようにな。精一杯頑張れとは言ったが、何も根詰める必要はないんだ。お前が頑張れる範囲で頑張ればいい。もし何か困った事があったり声が聞きたくなったら、その時はいつでも連絡してこい。離れていても、俺達は家族なんだからな』
「……うん。ありがとう、父さん」

映像の中で微笑む父さんに、心を込めてお礼の言葉を返す。実を言うと、さっきまで少しだけホームシックを感じてたんだけど……でも、温かい言葉をもらって元気が湧いてきた。
全部観終わったら、観た事の報告も兼ねてまた電話しようかな。入学当日は母さんとこまるとしか話せなかったから、父さんの声も直接聞きたい。

「素敵なお父さんですね。正に苗木君のお父さん、って感じです」
「そ、そうかな?」
「はいっ」

舞園さんにそう言ってもらえて、息子の僕としても鼻が高い。ただ、暗に自分も誉められてるようで少し照れ臭いかも……。

5: 2014/12/26(金) 23:10:44.71 ID:vJkI38W1o

と、どうやら次は母さんの番みたいだ。父さんと席を替えて真ん中に座ると、嬉しそうな声音で話していく。

『改めて、誠君が希望ヶ峰学園に選ばれて、本当に嬉しいわ。まだ入学して間もないけど……どう? クラスにはちゃんと馴染めそう? お友達はもう出来た? 自分以外は皆すごい才能を持った人達ばかりだから、どうしても気後れしそうだって言ってたけど、あんまり気にしないようにね。誠君だって、立派な希望ヶ峰学園の一員なんだもの』

それらについて何も心配がいらないのは、電話で伝えたから今の母さんはもう知っている。クラスには何とか馴染めそうだし、一番最初に舞園さんと友達になれた。
あんなに感じてた気後れだって、舞園さんが取り除いてくれたんだ。ちらりと隣を見ると舞園さんと目が合って、僕達はお互いににっこりと笑い合った。

『今までは色々不運に見舞われてたけど、希望ヶ峰学園ではどうなのかしら? せっかくの『超高校級の幸運』なんだし、いい事がたくさん起きてくれるといいわね。幸運らしさが欲しいって一緒にした昨日のジャンケン勝負も、功を奏すといいんだけど』
「ちょっ、か、母さんっ……!」

ジャンケン勝負をしたとか、舞園さんもいるのにそんな事まで言わなくても……! いや、舞園さんと一緒に観るなんて想定してる訳がないんだから、仕方がないんだけどさ……。
隣で聞こえる微かな笑い声に、たちまち頬に熱が篭もっていく。恥ずかしい……。

『場所が場所だから気に病む必要はないかもしれないけど、ご飯はしっかり食べるのよ? 『腹が減っては戦が出来ぬ』って言うし、朝昼晩、きっちり欠かさないようにね。ふふ……ひょっとして、今日の晩ご飯は大好きなカレーライスかしら? 当たってた?』

ご名答だよ、母さん……。入学当日の電話で晩に何を食べたのか尋ねてきて、『あ、予想通りね!』なんて喜んでたけど……この時にはもう予想してたのか。
……舞園さんに考えてる事を当てられたりといい、やっぱり僕って分かりやすい奴なのかな……?

『病気にも気をつけてね。誠君は風邪を引きやすい体質なんだから、特に手洗いやうがいはしっかりする事。ゴールデンウィークはともかく、夏休みには一度帰ってきてくれると嬉しいわ。声だけなら電話でも聞けるけど、やっぱり会って直接聞きたいし……それに、元気そうな顔だってちゃんと見たいから。……それじゃ、頑張ってね』

最後にその一言を加えて、母さんはまたひらひらと手を振った。母親らしい、何より母さんらしいメッセージだった。そう言えば、駅で見送ってくれた時も少し寂しそうにしてたな。
家族の顔を見たいのは僕だって同じだし、母さんの希望通り夏休みには一度帰省しよう。また一家四人で食卓を囲んで、他愛のない話で盛り上がったりしたい。

「お母さんも、雰囲気通りの優しい人ですね。苗木君をよく想ってくれているのが、私にもしっかりと伝わりました」
「は、はは…」

それにしても……こうして家族との触れ合いを傍目に見られるのって、父さんとよりも母さんとの方が不思議と照れ臭く感じるな。女の子が相手だと更に……舞園さんが相手だと、特に。
さて、トリを飾るのはこまるで、母さんと席を替えて何やらわくわくとしている。
まあ、こうやって録りながら誰かに向けて話すのなんて、初めての事だしな。こまるの性格上、わくわくするのは当然と言えば当然か。

『えーっと、まずは入学おめでとう、お兄ちゃん! 今日から新しい生活が始まった訳だけど……初めての寄宿舎生活はどうかな? 家ほど自由には寛げないだろうし、洗濯なんかも自分でやらなきゃいけないんだよね。色々大変だと思うけど……うん、まあ何とかなるよね!』

ガクッ、と思わず身体が前のめりになる。何とかなるよねって……そこは普通、『頑張って』って言う所なんじゃないか? 相変わらず、何か少しズレてる奴だ……。

『正直言うと、何だかんだでお兄ちゃんがいなくなると寂しいかな。今までいるのが当たり前だったから、何か違和感があるって言うか。別に話は電話でも出来るから問題ないけど、漫画の貸し借りなんかはもう無理なんだよね。たまにお兄ちゃんの分のおやつをこっそり一口奪うとか、そういった事も出来ないって考えると、物足りない感じがするよ』
「お前、そんな事してたのか……」

僕がそう言うと、舞園さんがあははと小さく笑った。おやつをこっそり奪ってたとか、全然気がつかなかったんだけど……。
バレンタインに貰った義理チョコを勝手に食べた事なんかもあったし、全く困った奴だ。でも、こいつもこいつなりに寂しさは感じているんだな。

『でも、友達は自分のお兄ちゃんが一人暮らしするようになっても、別に寂しくなんてなかったって言ってたね。その所為か、私がブラコンなだけって言われちゃって……あ、わ、私別に、ブラコンなんかじゃないからね!? って、ちょっと! お父さんもお母さんも笑わないでったらー!』

恥ずかしそうに父さんの身体をぽかぽかと叩いたり、母さんの肩を掴んで揺らすこまる。
『ここ編集してカットしてよね!』なんて言ってるけど、そのまま残ってる辺り残念ながら聞いてもらえなかったみたいだ。まあ、こういった所は何となくこまるらしい。

『全くもう……。連絡だけど、ちゃんと楽しくやってるのかどうか気になるし、なるべくこまめにしてよね。こっちも変わった事とかあったら色々伝えたいしさ。お兄ちゃんがいい意味ですごい事をやらかしたとか、そんな友達に自慢出来るような事があると嬉しいかな。それじゃ、楽しい学園生活を!』

何故か手を振る訳じゃなく、ピースを向けてそう締め括った。何か、最後の最後でとんでもない期待をされてしまった。いい意味ですごい事をやらかすとか、僕には間違いなく縁のない話だろうに……。
……舞園さんと友達になった事なら、それに該当するかな? 伝えた時、電話越しに馬鹿デカい声で驚いてたし。
ただ、舞園さんとの出来事をこまめに連絡しろって言われたのは、正直あんまり気が進まない……。

6: 2014/12/26(金) 23:12:10.09 ID:vJkI38W1o

『あ、そうだ。一つ言い忘れてた事があった』
「ん?」

と、全部伝え終わったと思いきや、まだ何か言いたい事があったみたいだ。でも、他にこまるが言いそうな事って何かあるっけ。
帰省する時はお土産を買ってきてとか、大方そんな事じゃ――


『お兄ちゃん、さやかちゃんにまた会えるのが嬉しいからって、あんまりデレデレしすぎないようにねー?』


「んなっ……!?」

なんて気楽に構えていると、予想外の発言に意表を突かれる。な、何を言って……!

『昨日も写真を見たり曲を聴いたり、テレビに映ってたさやかちゃんを楽しそうに眺めたり、いつにも増して嬉しそうだったもんね。まあ、気持ちはものすごく分かるけどさ。でも、いざ対面するって時に失礼のないようにねー』

『今度こそおしまいっ!』と元気よく言い放ち、こまるは満足そうに笑みを浮かべた。
余計な事を言った所為で、頬がどうしようもなく熱い。舞園さんの方を窺い辛い……。それでも何とかちらりと隣を見遣ると、舞園さんは少し顔を伏せていた。
……その頬は照れ臭さか恥ずかしさか、色濃く赤に染まっていた。

『俺達からのメッセージは以上だな。短くてすまないが、少しでも励みになれたならこっちとしても嬉しいぞ。こうして録った甲斐もあったという物だ。さて、それじゃあ最後にまた一言……頑張れよ、誠』
『しっかりね、誠君』
『ファイトー、お兄ちゃーん!』

手を振りながら三者三様に応援の言葉を口にし、やがて画面が暗くなり映像が終わった。暫くの間賑やかだった部屋の中が、途端にしんと静かになる。

「ふふ、終わりましたね」
「……うん」

まださっきの羞恥心が消えてなくて、僕は舞園さんの方を見ずに頷いた。立ち上がってDVDレコーダーの前まで歩いていき、DVDを片づけてまたベッドにちょこんと座る。

「ど、どうだった?」

恥ずかしいからと言って黙ってる訳にもいかず、そっと隣を向きながら尋ねる。舞園さんは既に僕の方を見ていて、視線が交わるとその顔に微笑みを浮かべた。

「苗木君のご家族の皆さんがどんな人達なのか分かって、とっても嬉しかったです。お父さんもお母さんもこまるちゃんも、苗木君の事を大切に想ってくれているんですね。家族愛って言うんでしょうか、見ていて心の中がぽかぽかと温まりました」
「そ、そっか。喜んでもらえてよかったよ」
「こまるちゃんの元気な所、変わっていませんでしたね。苗木君との仲の良さも改めて窺えて、すごく微笑ましかったですよ」
「意外な事実が発覚したりしたけどね……」

こっそりおやつを奪ってたとか、長い間一緒にいても知らない事ってあるもんなんだな。知る事が出来てよかったのかと言われたら、今一反応に困るような内容だけど……。

7: 2014/12/26(金) 23:14:02.87 ID:vJkI38W1o

「うふふ……そうですね。私もです」

そう言うと、舞園さんはじーっと僕の顔を見つめ始める。そのいきなりの行動に、僕の心臓はたまらずどきどきと脈を打ち始めた。

「ど、どうしたの?」
「いえ、私と会えるのをすごく楽しみにしてくれてたみたいで、それが嬉しくて。……その、私の前ではデレデレ、してくれているんですか?」
「え!? そ、それは……!」

と、途轍もなく答え辛い。してると言われたらしてるんだろうけど、本人の前で実際にそうだと口にするのはどうも……。
まさかそんな風に聞かれるだなんて、流石に思いもしなかった。舞園さん、気になるのかな……?
お互いに見つめ合う形で、僕は答えるかどうか逡巡する。だけど少しの間そうしていると、やがて舞園さんは見つめていた視線をふっと緩めた。

「ふふ、ごめんなさい。困らせるような事を聞いちゃいましたね」
「い、いや……」
「もう既に充分すぎるくらい嬉しいのに、欲張るのはよくないですよね。苗木君について、色々と新しい事を知られたんですから。苗木君、風邪を引き易い体質だったんですか?」
「うん、まあ……年に二、三回は絶対引いちゃうんだ。気をつけてても不思議と……。その度に母さんに看病してもらってたよ」
「なるほど……。もしかしたら、中学の時に苗木君を見かけなかった日の内、何日かは風邪で休んでいた時と重なってたんでしょうか」
「はは、そうかもね」

その分舞園さんを生で見られなかったから、それが何より残念だった。まあ、その代わり治った翌日は、普段よりも多く眺めてたけど。
……それにしても、デレデレについて答えずに済んで助かった。でも舞園さんは気になってたみたいだから、やっぱり答えてあげた方がよかったのかも……。

「あ、そう言えばお母さん、ジャンケン勝負をしたって言ってましたよね? 確か、幸運らしさが欲しいって……あれって、苗木君から言い出した事なんですか?」
「う、うん。何かと不運に悩まされてたし、せっかく超高校級の幸運に選ばれたんだから、少しでも幸運らしさが欲しくて……」
「うふふ、そうですか。苗木君、可愛い事をしていたんですね」
「そ、そうかな……」

何だか自分の事を可愛いって言われたような気がして、どうにも照れ臭い。そうして熱を帯びた頬をぽりぽりと掻いていると、舞園さんが不意に『あ、そうだ!』と小さく両手を叩いた。

「あの、苗木君。よかったら私ともジャンケンしてみませんか?」
「え? うん、別に構わないけど……」
「ありがとう御座います。それじゃ、早速っ」

僕は頷き、舞園さんの手の前にグーを作った自分の手を持っていく。たかがジャンケンだけど、楽しそうにしてる姿がまた可愛い。

「行きますよー? 最初はグー、ジャンケン――」

――ぽんっ。その声と共に同時に出された手は、それぞれグーとパーを作っていた。僕がグーで、舞園さんがパー……つまり、僕の負けだ。

「はは、負けちゃった」
「私の勝ちですねっ。苗木君はきっとグーを出すと思っていました」
「よ、読まれちゃってたんだ……。その、エスパーだから?」
「はい! ……なんて、冗談です。ただの勘ですよ」

そう言って、舞園さんはおどけるようにくすくすと笑った。その可愛い笑みに、僕も自ずと笑顔を浮かべる。
この何気ない一時をこれからいっぱい過ごせるんだと思うと、浮き浮きとせずにはいられない。舞園さんの可愛い所を、もっとたくさん見ていくんだ。

それから別れるまでの間も話を弾ませて、僕は舞園さんとの時間を楽しんだ。

引用: 舞園「短編四つ、です」