1: 2014/04/16(水) 09:20:36 ID:fKVCDKng
ミーナをヒロインにした一人称のクロスSSです

※キャラ崩壊の可能性アリ
※SSを進める上での都合上、序盤に複数のクロスが発生します
※このSSの主要なクロス先はベルセルクです
※上記がお気に召さない場合、読む事をお勧め出来ないかも知れませんので御了承下さい

2: 2014/04/16(水) 09:22:24 ID:fKVCDKng



それは訓練兵団を卒業する前の、晩秋の頃に起こった。



あの不思議な体験を、私は生涯忘れないだろう……

3: 2014/04/16(水) 09:26:40 ID:fKVCDKng
私の名前はミーナ・カロライナ。
花も恥じらうピッチピチの乙女。

そんな私は12才の頃、世の常に習い、訓練兵団に入った。

それ以降は巨人を倒す為に、様々な訓練をつむ日々を過ごしている。

訓練兵団で行われる訓練は、どれも楽じゃない。

立体機動、格闘術、馬術、技巧術、兵法講義、兵站行進…

中でも疲労が激しいのは、客観的にみても兵站行進だと私は思う。

4: 2014/04/16(水) 09:29:02 ID:fKVCDKng
まず天候なんてお構い無し。

雨が降ろうと雪が降ろうと、装具の中に水や携帯食料、雨具や信号弾、果ては重りの砂袋まで詰め込んで…

ブレードと立体機動装置のフル装備で、長距離の行進を強いられる。

はっきり言って、シャレになんないくらいシンドイ……

そして今回は、深夜に行われる夜間兵站行進。
普段の兵站行進より、神経的にも疲労が増す。

訓練当日、午後から深夜に備えて半休を言い渡された私達は、昼食後に睡眠を取る事になった。

まぁこの場合、寝るのも訓練の内って事なんだけどね?

5: 2014/04/16(水) 09:30:51 ID:fKVCDKng
深夜零時に起床した私は身支度と装備、装具を整えて集合場所へと向かう。

同期の訓練兵が集まり始める広場で、私は自分の班の班長、エレン・イェーガーを探した。

ミーナ「あ、エレンおはよー」

エレン「あぁミーナか。おはよ……って、こんな時間に変な挨拶だよなぁ」

装具を背負い、ランタンを片手に持ったエレンが、小さく苦笑を浮かべる。

まだ少し眠気の残る私と違って、生真面目な彼は普段と変わらない凛々しい顔付きをしていた。

6: 2014/04/16(水) 09:33:32 ID:fKVCDKng
ミーナ「あれ?集まるの、私が最後だった?」

エレン「別に遅れてはないけど、まあそうだな」

エレン「この集まり具合だと、キース教官も直に来るかも知れないし、ミーナももう列に並んどいてくれよ?」

ミーナ「うん、分かった」

私が返事をして班列の一番後ろに並ぶと、程なくしてエレンの言葉通りキース教官が姿を見せる。

壇上にキース教官の姿をを認めた同期達は、揃って宿舎の方から駆け足で広場へと集まって来た。

7: 2014/04/16(水) 09:36:16 ID:fKVCDKng
各班の班長が点呼を取り、班員が揃っている事を教官に伝える。

全班長からの点呼報告が終わると、キース教官から夜間兵站行進の訓練内容が説明された。

訓練内容の説明は実に簡潔で、“これより朝までに30kmを踏破せよ”との事……

ふ…普段の倍?この深夜に…30km?

心中で悲鳴を上げた私は、思わず真っ黒な夜空を見上げてしまった。

星一つ見えない夜空は明らかに雨が振り出しそうな厚い雲が広がっていて、更に私をゲンナリさせる。

8: 2014/04/16(水) 09:38:18 ID:fKVCDKng
髪が濡れるのはヤダなぁと思いつつ装具を背負い直すと、ランタンを片手に、動き出した班列の後に続いた。

暗い足場をランタンで照らしながら、兵站行進の列が折り返し地点となる山間部を目指して、深夜のウォール・ローゼ野外を進む。

夜の兵站行進は昼間より行進速度を控えるから、思ったより疲れないのは良いけれど…

訓練そのものの時間が延びてしまう、その点が玉に瑕だった。

そして、疲れが出始めた10km過ぎで、まるで見計らったかの様に小雨が降り始めた。

9: 2014/04/16(水) 09:41:06 ID:fKVCDKng
溜め息をつきながら、装具から雨具を取り出すと、粗末なソレをすっぽりと頭から被る。

ちょっと見、かなり不気味な集団となった私達は黙々と行進を続け、やっとの思いで折り返し地点に辿り着いた。

やっとの思いで辿り着いても、小休止を取ったらまた直ぐに出発。

折り返し地点は山間部に指定されているけど、山あり谷ありのルートが選ばれているから…

帰り道もまた、山あり谷ありの、やらしールートが待っている…

10: 2014/04/16(水) 09:44:07 ID:fKVCDKng
訓練だから仕方ないけど、今まで来た道のりを考えると………ホントもうヤダ…早くお風呂に入って寝たいよ…

泣き言を考えながら、水袋に直接口を付けて嚥下していると、出発の号令が掛かった。

雨が止んだのは、せめてもの救い。

でも行進は進めば進む程、体力と同様に気力も減ってくる。

早く帰り着きたいの一心で足を進めていると、凡そ20km地点で、雨のせいか今度は霧が発生……

行進はペースダウンを余儀なくされる事になってしまった。

更に21km程になると、霧は濃霧に発展。行進を更にペースダウンさせて下さる。

11: 2014/04/16(水) 09:48:33 ID:fKVCDKng
そこから1kmも進めない内にどうやら夜明けを迎え、そこで漸くこの霧が、異常なまでの濃霧だって事に私を含めた全訓練兵が気付いた。


暗い夜道の内は、まだ周りが見えないぶん、分からなかった。

霧…ううん、コレはもう煙りって言って良いんじゃないかな?


まるで生木でも燃やした様な、信じられない濃霧。

冗談抜きで、辺りが真っ白で何も見えない。

1mほど先を歩くトーマスの背中が、やっと見える程度なのよ…何コレ?信じらんない!

日が昇るほど、夜が明けるほど、朝日が霧に反射でもしているのか、笑える位に辺りは真っ白で…

12: 2014/04/16(水) 09:51:20 ID:fKVCDKng
私は疲れている事も忘れて、薄ら笑いをヘラヘラと浮かべてしまった。

疲れもあったけど、見た事も無い濃霧に妙に浮かれて、言うまでもなく気が緩んでしまった……ソレがイケなかった。

トーマスの真後ろを歩いていたハズの私は、知らぬ間に斜めに進んだらしく…

気が付いたら、狭い山道から足を踏み外し、声も上げられず傾斜面を転がり落ちてしまった。

山道の脇、傾斜面には雑草が生えていたらしく、転がり滑り落ちながら痛い思いは殆どしなくても済んだけど…

雨のせいで濡れた斜面は、予想外に、私を勢い良く下へと滑り落とした。

13: 2014/04/16(水) 09:52:48 ID:fKVCDKng
かなり下まで滑り落ちると流石に勢いが弱まり、コレなら止まれる!と思った矢先に…

ガツン!と強い衝撃が私のお尻に走り、滑り落ちていた体が止まる。

ちょーど尾骨のトコだよ………すんごい痛い

涙目になりながら振り返ると、予想通り大きめの岩が突き出てたわ…

腹立たしかったけど、頭をぶつけるよりマシだったと自分を慰め、お尻をサスリながらヨロヨロと立ち上がる。

先ずは装備の確認……良し、問題は無さそう。

14: 2014/04/16(水) 09:54:24 ID:fKVCDKng
装具も無じ…いいっ!

ミーナ「ランタンが無いっ!」

転がり落ちていた際に、手を離してしまったらしい。

装備、装具の紛失は罰則規定に当然ひっかかる!

私は霧に難儀しながら、やっとの思いでランタンを探し出すと…

疲れた体にムチを打ち、兵站行進の列に戻るべく、濃霧に染まる傾斜面を登り始めた。

15: 2014/04/16(水) 09:55:45 ID:fKVCDKng


続きは今晩の深夜に投下します

16: 2014/04/17(木) 00:38:20 ID:5fFOfqPo
今にして思えば、ナゼ滑り落ちた時に悲鳴の一つも上げなかったんだろう……

声を上げさえすれば、誰かが気付いてくれただろうに。

山道から滑り落ち、兵站行進の列に戻るべく、斜面を登って皆の後を追った…

アレから多分、もう一時間は経ったハズ。
行進の列には未だに追い付けない…

つまり私は、哀しい事に皆とハグレてしまった。

斜面を登って山道に戻ったつもりが…
濃霧のせいで、まるっきり違う小道を山道と勘違いしたらしい…

気が付くと、深い濃霧の中で私は一人きり、見覚えの無い森の小道を歩いていた。

17: 2014/04/17(木) 00:40:37 ID:5fFOfqPo
後悔と心細さで、うっすらと涙が滲んで来る。

道を踏み外して落ちてる途中、みっともなさと恥ずかしさがあって、声を上げられなかった。

今はそれが本当に悔やまれる。

もし悲鳴を上げていたなら、きっとエレンが一番に助けに来てくれたと思う。

彼は向こう見ずで取っ付き難い所もあるけど、責任感と仲間意識がとても強い人だから…

私が滑り落ちたのを知ったら、迷わず斜面に飛び降りて、私を助け様としたと思う。

今頃はもう、私が居ないことに気付いたかなぁ?

それともまだ、この濃霧に包まれて気が付かないままかなぁ?

18: 2014/04/17(木) 00:42:59 ID:5fFOfqPo
どちらにせよ、時間が経てば私の不在に気が付くだろう……

班長のエレンは勿論、同じ班の皆にも迷惑を掛けてしまう…

後から後から湧いて来る自責の念に苛まれながら、何とか皆に追い付こうと…

私は半ばヤケっぱちで、当てずっぽうに森の小道を突き進んで行った。

小さくても道なんだから、何処かに辿り着くだろうと信じて…

歩いて歩いて、どれだけ時間が経ったか分からない位に歩いて…

歩き疲れた私は、とうとう合流を諦めて、その場に座り込んだ。

もうムリ……つか、いい加減に霧、晴れなよ…

ミーナ「フザケんなっ!」

19: 2014/04/17(木) 00:46:30 ID:5fFOfqPo
疲労と腹立たしさで、私は思わず叫んだ。

午前中に兵站行進が終われば、今日はもう全休日になるハズだったのに…ほんっとにもうっ!

はぁ…このままじゃ、捜索隊が出されるだろうなぁ…

捜索隊に見つけて貰って兵舎に帰ったら、物凄い怒られて、すっごい失点が付くんだろうなぁ…

目に見える未来予想に、ドーンと気分が落ち込んで来るわ…

ミーナ「ホンっと、悲鳴の一つも上げとくんだった……はあ」

グチと溜め息を吐いた私は、そのまま座り込んで霧が晴れるのを待った。

20: 2014/04/17(木) 00:48:45 ID:5fFOfqPo
この濃霧が収まらない事には、私の位置を伝える為の、信号弾すら使えやしない。

霧が弱まって来たら、5発ある信号弾を、上手く時間を分けて使って、位置を知らせよう。

信号弾を使って救助を求める決意を決めたら、何となく吹っ切れた気分になった。

ミーナ「どーせ、どーやったって怒られるのは決まってるもの。ならもう、開き直った方が気分が楽だわ…」

そう呟くと、本当に気分が楽になってきた。

どうやら不平不満は言葉にして吐き出すと、ストレスが解消するみたい。

ミーナ「ごめんねぇ、エレン…ナック達も」

21: 2014/04/17(木) 00:51:59 ID:5fFOfqPo
キース教官からのお説教が済んだら、班の皆に謝りに行こう。

エレンなんかは特に仲間意識が強いから、余計に心配とかしてそうだからなぁ…

背負っていた装具を下ろして、渇いた喉を潤す為に水袋を取り出す。

喉を鳴らして水を飲んだ後、呑気にアクビをしながら背伸びをした私は…
この時は未だ、事の深刻さに気付いていなかった……………
………
……


最初の異変に気が付いたのは、どれ位の時間が経った頃だろう?

膝を抱えた姿勢で、時折ボーっと取るに足らない事を考えたり…

何も考えずただ呆然と、霧が地面に降りて晴れるのを待ってた時から…

22: 2014/04/17(木) 01:04:00 ID:5fFOfqPo
“いやに静かな森だなぁ?”と感じてはいた。

いい加減待ちくたびれて、そろそろ陽も高くなったんじゃないかと思った頃、ふと疑問に感じた事があった。

こんな森の中で、何で鳥のさえずりすら聞こえないんだろう?

と云うより、聞こえない方が不自然だ、オカシイよねぇ?

不意に湧いた疑問が気に掛かり、周囲に気を配って耳を澄ませたけど…

ヤッパリ静か過ぎる……つか、まるっきり音がしない。

鳥の鳴き声が聞こえない…

風の吹く音もしない…

木の枝や、木の葉の擦れる音さえしない…不気味な程に、無音の森。

少し不気味な気分になった私は、立ち上がって頭上に視線を移した。

ミーナ「あ…霧が…」

23: 2014/04/17(木) 01:05:35 ID:5fFOfqPo
あれだけ濃かった霧が、だいぶ薄くなって、ゆっくりと地上に降りて来てるのが分かる。

ミーナ「やっと信号弾が使……え………る………」

苦笑混じりに呟いた言葉が、我知らず途切れ途切れになった。

ミーナ「あ……あれ?」

呟いて、両手で目を擦ってみた…あれ?変だな?

次に視線を地面に置いたままの装具や、着ている雨具、その下の制服と、次々に確認しながら目を移す。

うん…私の目、おかしくないよね?

自分の目が、ちゃんと正常に機能してるのを確認した後で…

24: 2014/04/17(木) 01:08:09 ID:5fFOfqPo
私はもう一度、視線を頭上に……続いて恐る恐る周囲を…森の木々に視線を移す。

あれだけ立ちこめていた濃霧が、今は羽毛の様に、緩やかに地面へと降りて来てる。

霧に隠れていた森の木々や、その木の葉が姿を現した時……

ミーナ「はっ…灰色?何で灰色なの?」

森の中は、一面が灰色の世界だった。

太く大きな木の幹も、枝も、葉も…

地面に転がる大きな岩も、岩に貼り付いた苔も…蔓も…

倒れた朽ち木も…そこから生えた茸も…

目に映る全てが、灰色一色だった。

ミーナ「……何コレ……」

25: 2014/04/17(木) 01:11:22 ID:5fFOfqPo
暫く呆然として、やっと口をついて出た言葉が、恐怖で掠れてる。

急に襲って来た恐怖と不安……見る間に心を埋める心細さに、私は装具を引っ掴むと、その場から走り出した。

怖い怖い怖いっ!何コレ何っ、何なのよっ!

訳も分からず走り出したけど、森の中は何処まで走っても灰色の世界…

荒い息を吐きながら走り続けて、不意に、ハッと我に返った。

あっ!私ひょっとして、森の奥に向かってんじゃないのコレ?

パッと思い浮かんだ事で、全力疾走の足を急激に止める。

………バカだ、私…

26: 2014/04/17(木) 01:14:00 ID:5fFOfqPo
気が動転したせいもあったけど、自分の馬鹿さ加減に泣けてくる。

装具を地面に放り出し、膝に両手をついて荒い息を整えながら…

私は、自分の心を落ち着かせる事に努めた。

ミーナ「冷静に…冷静になって考えよう……現状の確認から……冷静に……冷静に……」

怖くて仕方ないから、取り敢えず自分を落ち着かせる為に、声を出してみる。

だ、大丈夫…こんなんでビビってたら、巨人なんて相手にしてらんない。

そうよ、ちょっと周りが灰色なだけだ…

森の中が灰色だからって、巨人みたいに食べられて氏ぬワケじゃない!

27: 2014/04/17(木) 01:20:19 ID:5fFOfqPo
ミーナ「氏にはしないっ!」

ヤケクソになって、お腹の底から叫ぶと、時が止まった様な無音の森の中に、私の声が響いた。

辺りが静か過ぎるせいか、私の声がやけに響いた感じがする。

顎に滴る汗を拭いた私は、思い切り息を吸い込んで深呼吸した。

次に背筋を伸ばして、辺りを見渡す。

まるでソレが当たり前みたいに、遠くの遠~くまで辺りは灰色一色。

でもって、相変わらずの無音。

………ナルホド

不気味ではあるけど、自分が叫んだ通り…
今の所は、生命の危機に関する様な事は、起こらない…………っぽい。

28: 2014/04/17(木) 01:25:04 ID:5fFOfqPo
ま、ぽいってだけで、この後がどうなるか解らないけどね……となれば

ミーナ「信号弾」

短く呟いて、唯一これしかない救助要請の品を、地面に放り出した装具から引っ張り出す。

もはや意味を為さない重りの砂袋は捨てて、かさばる雨具は畳んで装具に直した。

次は一番太く、大きな木を探して……ん、アレが良さそう。

めぼしい大木を見つけると、随分と軽く感じる装具を担いで歩き出す。

灰色をした大木に恐る恐る近付いた私は、灰色の木の幹を、指先でチョチョンと突っついてみた。

29: 2014/04/17(木) 01:27:11 ID:5fFOfqPo
触れた指先に異変は……無い。続いてブーツの靴底で強く蹴ってみる……

んー、どうやら……灰色なだけで、木?ではあるらしい。

普通に頑丈そうだし、立体機動にも使えそう…かな?

ミーナ「つか、使えないと困るってぇの」

最初に受けた恐怖心こそ幾らかは薄れたけど…

正直に言えば不安は未だ消えないし、心細さはジワジワと増えてくる。

独り言でも呟いていないと、体より心の方が先に参ってしまいそう。

それでも……

ミーナ「心は常に冷静に、行動は最善を尽くす」

30: 2014/04/17(木) 01:30:21 ID:5fFOfqPo
自分を鼓舞する様に呟き、大木の上の部分をめがけアンカーを撃ち出した。

アンカーが刺さって固定されたのを確認し、ワイヤーを巻き上げて体ごと大木の上部に移動する。

そこからは、落ちない様に気を使いつつ上へとよじ登り…

見晴らしが良く、丈夫そうな枝を足場に選ぶと、命綱に再度アンカーを木の幹に撃ち込んだ。

この木の高さは、ざっと20m足らず。
私の位置は14~15mって所か…

周りの木が少し邪魔だけど、それでもココなら全方位が見渡せる……けど……

31: 2014/04/17(木) 01:33:41 ID:5fFOfqPo
ミーナ「嫌になるくらい、灰色だわ…つかココ本当にウォール・ローゼ?」

辺りは本当に、見渡す限り灰色で、遙か遠くまで木々が生い茂ってる……

ちょこちょこ木が生えて無さげな所もあるっぽいけどね。

ミーナ「さてと…」

呟いて、信号弾を上に構える。

ミーナ「………お願いよ、誰か気付いて」

ミーナ「お願いだから……誰か居てっ!」

心からの祈りを大声で叫んで、私は信号弾の引き金を引いた。

34: 2014/04/18(金) 00:33:11 ID:V04AlAlk
最初の信号弾と二発目の信号弾を使ってから、かなり時間が経った。

私の使った信号弾に、辺りから応じる様な反応は……無い。

二発目を使ってから、一体どれ位の時間が経ったんだろう…

時間の経過が分からない事を、こんなに辛いと感じるとは思ってもみなかった。

直ぐにでもまた信号弾を使いたいけど、残りは三発しかない。

こんな訳の分からない状況下で信号弾を使い切ったら、それこそ命取りだ。

体中を蝕む様に広がる不安感が、私の意識を信号弾の使用へと誘い…

辛うじて残ってる冷静な判断力が、それを押し止める。

35: 2014/04/18(金) 00:35:26 ID:V04AlAlk
木の枝の上で、落ちない様に気を使いながら、膝を抱えて座り込み…

考え込む私の心の中は、もう長い時間、ずっとその葛藤が渦を巻いている状態だった。

時間だけは嫌でもあったから、周辺の状態と、自分の持つ装備品を含めた情報を加味して、冷静に状況把握をしてみたけど……

現状は……相当に深刻だ。

まず、この訳の分からない場所。今では周りの森だけじゃなくて…

空も、地面も、目に映る全ての物が灰色になってる……本当に馬鹿げた状況だよ。

どう見ても、ここがウォール・ローゼ内とは思えない。

36: 2014/04/18(金) 00:37:32 ID:V04AlAlk
一体、私は今、何処にいるんだろう?ホントにドコよ、ここ……

小さな頃、迷子になって泣いた事があったけど…

まさかこの歳になって、同じ様な理由で泣く羽目になるとは、思いもよらなかったわ。

そして更に深刻なのが、水や食料の問題。

携帯食料は兵站行進の小休止の時、3分の1程は食べてしまっている。

つまり、残りは通常の3分の2程度しか残ってない。

オマケに水は…もう本当に残り僅か。

兵法講義の時、野外での水の確保のやり方を教わったハズだけど……

37: 2014/04/18(金) 00:39:20 ID:V04AlAlk
薄ぼんやりとしか覚えてない。ちゃんと聞いとけば良かった…本当に馬鹿だ、私…

現状が深刻過ぎて、思考がマイナスの方にしか働かない。

考えたくないけど……私、ここで氏んじゃうんじゃ……

こんなワケ分かんない場所で、私……もしかして氏ぬの?

そう考えると胃の辺りが急に冷えてきて、吐き気すらしてきた。

嫌だ!こんな所で氏にたくない…
こんなワケ分かんない場所で、独りきりで氏ぬのは絶対にイヤっ!

一人きりの孤独、氏への恐怖、震える程の心細さ…

それらが心を塗りつぶした時、私は信号弾を手に取って立ち上がった。

38: 2014/04/18(金) 00:41:03 ID:V04AlAlk
誰かに気付いて欲しい、その一心で信号弾の引き金を引く。

調査兵団ご用達しの信号弾とは違い、私が持ってる信号弾は、視認用の煙が薄い。

その分、発射後40m程で大きな音が鳴る。音響弾に近い種類だ。

撃ち上がった信号弾は、直ぐにパーン!と乾いた音を辺り一帯に響き渡らせた。

三発目を撃った後、続いて四発目を撃つべく弾を詰め直しにかかる。


涙と嗚咽が止まらない。


震える手で空薬莢を抜き取った時だった…

……パーン………

ミーナ「……えっ?」

39: 2014/04/18(金) 00:43:32 ID:V04AlAlk
初めは私が撃った信号弾のコダマかと思った。

でも、ソレにしてはワンテンポ遅れてた感じがする。

慌てて辺りを見渡したけど、信号弾の煙の様な物は見えない。

ミーナ「…でもひょっとしたら」

四発目の信号弾を詰め直した私は、直ぐに上に向かって引き金を引いた。

上空でパーンと乾いた音が響き渡る。

その後、次にパーンと鳴り響いた破裂音は、明らかに“私に応じた”信号弾の音だと確信が持てた。

ミーナ「どこっ!」

口から反射的に叫び声が飛び出し、慌てて周囲に視線を向けると…

40: 2014/04/18(金) 00:45:47 ID:V04AlAlk
ミーナ「……あったあ!信号弾の煙っ!」

左手の方角だ!さっきは木の幹や枝で見落としたんだ。

誰かいる、この狂った世界に誰かが居てくれている!

湧き上がる希望に身震いしながら、私は木の枝から飛び降りた。

ワイヤーを伸ばしながら滑る様に木を降りると、地上に着く前にアンカーを引っこ抜き、危なげな着地を試みる。

何とか無事に着地した私は、アンカーの収納ももどかしく走り出した。

朽ち木を飛び越え、木の枝を素手で払い、何かに足を取られて転んでも…

痛みさえ構わずに起き上がり、また道無き道を全力で走る…

41: 2014/04/18(金) 00:50:39 ID:V04AlAlk
誰かいる…それだけを頭の中で連呼しながら、私は薄暗い森の中を走った。

夢中で走ってると、やがて前方が明るくなって来る

木々の切れ目になる場所でもあるの?。

そう考えながら木々の間を走り抜けると、思った通り、雑草ばかりが生える少し開けた場所に躍り出た。

信号弾が上がった方角は間違ってないはず…

このまま向かいの木立に入って行けば…

息を切らせながらそう考えた時、向かいの木立から人影が飛び出して来た。

顔…まだ解らない…けど服装は訓練兵の制服!

もうコレだけで涙が溢れ出す。

42: 2014/04/18(金) 00:54:25 ID:V04AlAlk
誰っ!?誰っ!?

???「みぃぃぃなぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

相手の方が先に私を認めて、私の名前を大声で叫んだ。

この声、知ってる!

ミーナ「っ!サシャァァァァァァァァァッ!」

サシャだ!サシャだサシャだ、サシャだあ!

木立から飛び出して来た人影は、サシャだった。

目の前が滲む…涙で、やっと会えたサシャの顔が見えなくなるよ。

私とサシャは、お互いを目指して全力で走り…

遂に辿り着いて抱き合った時は…

もう、正面からぶつかる様な、激しい抱擁になった。

43: 2014/04/18(金) 00:58:31 ID:V04AlAlk
サシャ「ミーナァァァァァァァぁうあああああああああん!」

ミーナ「サシャァァァァァァァうわああああああああぁん!」

抱き合って、その場に崩れる様に座り込むと…

お互いの名前を呼び合いながら、ひたすらに泣きじゃくった。

恥ずかしい話だけど、子供みたいに涙が止まらなかった。

泣き過ぎて、横隔膜が痙攣しちゃって、呼吸困難になる程だった………うぅ、ハズカシい…

10分近く泣き続けて漸く落ち着くと、私達は、どうしてここに居るのかを互いに問い合った。

48: 2014/04/19(土) 01:02:04 ID:LHDoaHdM
サシャ「じゃあ、ミーナもあの山道から落ちたんですか?」

ミーナ「うん…足を踏み外しちゃって…」

ミーナ「…て事はサシャも?」

サシャ「ええ…恥ずかしながら落ちました」

ミーナ「仕方ないよ、あの濃霧じゃ。私だって、真っ直ぐ歩いてるつもりだったもん」

ミーナ「それに、兵站行進で疲れてたしね?」

サシャ「あー…私の場合…」

サシャ「それほど疲れてなかったんですけど……お腹が空き過ぎて、足元がフラついてしまいまして…」

ミーナ「………携帯食料は?」

サシャ「小休止の時点でとっくに…」

49: 2014/04/19(土) 01:04:52 ID:LHDoaHdM
グ~~~ッ!と、サシャの現状を伝える様に、彼女のお腹から遠慮なく大きな音が上がる。

ミーナ「……ちょっと待って」

悲しそうに顔を歪めるサシャにそう言うと…

私は背負っていた装具から、食べかけの携帯食料を取り出した。

次にブレードを抜き取り、地面に置いた食べかけの携帯食料を、凡そ半分に切り分ける。

バリン!と特有の音を立てて分かれた携帯食料を両手に取ると…

口を付けてる側を自分に、残りの半分…

元々の量的には3分の1だけど…

残りの携帯食料を、サシャに差し出した。

50: 2014/04/19(土) 01:06:53 ID:LHDoaHdM
ミーナ「はい、これがサシャの分ね」

サシャ「で…でもコレ…最後の携帯食料じゃ…」

ミーナ「そうだけどさ、私だけ食べるってワケにもいかないでしょ?」

ミーナ「非常事態なんだから、お互い助け合おうよ」

私がそう言うと、サシャはまた泣き出しそうに顔を歪めた。

ミーナ「泣かないでよサシャ。私ね、今、嬉しいの」

ミーナ「サシャが居てくれて、凄く嬉しい。こんな所に、私ひとりぼっちなんだと思ってたから」

ミーナ「サシャに会えて、本当に嬉しかった。だから、サシャに何かしてあげたいのよ」

51: 2014/04/19(土) 01:08:44 ID:LHDoaHdM
ミーナ「だから、サシャも私に力を貸してね?」

そう言ってもう一度携帯食料を差し出すと、サシャはボロポロと涙をこぼしながら受け取ってくれた。

サシャ「はいっ!私もミーナに会えて、本当に、本当に嬉しかったです!」

サシャ「頑張ります!何かお役に立てる様に、私、頑張りますからっ!」

ミーナ「うん…ワケ分かんない場所だけど、一応は森の中だしさ…」

ミーナ「サシャが狩猟民族なのが、何よりの頼りなんだからね?」

サシャ「任せて下さい!狩りは得意ですから!」

サシャはそう答えると、自信に溢れた笑顔を浮かべた。

52: 2014/04/19(土) 01:09:57 ID:LHDoaHdM
そして早速、携帯食料にかぶりつこうとする。

そんなサシャに、私は慌てて声を掛けた。

ミーナ「あ、いきなり全部食べないでよ?もうコレで、本当にお終いなんだからね?」

私のセリフに、口を大きく開けたサシャの動きが止まる。

ミーナ「万が一を考えて、幾つかに分けて食べようよ」

ミーナ「噛む回数を増やせば、満腹感も出るらしいから」

サシャ「わ、分かりました……非常事態ですもんね」

少し悲しげな表情を浮かべながらも、サシャは納得してくれたみたい。

53: 2014/04/19(土) 01:21:26 ID:LHDoaHdM
それから携帯食料を更に小分けした私達は…

微妙な味のする携帯食料の二欠片ほどを、時間をかけて何度も噛み、胃に収めた。

その後、手持ちの水が残り少ない件をサシャに打ち明けると…

サシャは意外と言うべきか、流石は狩猟民族と言うべきか…

彼女は野外における水の確保のやり方を知っていた。

何でも訓練兵団に入る以前、彼女のお父さんから習っていたらしい。

水を確保するなら早めに準備した方がいい…

そんなサシャの言葉に従い、二人で地面に穴を掘り始めた。

掘った穴の上に、水分を集めるシート代わりの雨具をピンと張り…

綺麗に拭いた石をシート代わりの雨具の中央に置いて、張りを保ったまま穴の底まで水を集める為のヘコみを作る。

54: 2014/04/19(土) 01:23:38 ID:LHDoaHdM
全ての準備が終わった頃、辺りが緩やかに、暗さを増していった。

曇天の様な灰色の空には、あるハズの太陽の存在が窺えない。

ここは、常に曇り空の下に居る様な薄暗さがある。

それでも昼夜の概念はあるらしく、どうやらこれから夜を迎えるみたい。

私達は寄り添って座ると、装具を枕代わりにして、地面に横になった。

サシャ「……ここ、何処なんでしょうね……」

ミーナ「…解んない。でも、ウォール・ローゼ内じゃない気がする」

サシャ「ですよね………」

ミーナ「…うん」

それきり暫く黙り込んでると、サシャが不意に口を開いた。

55: 2014/04/19(土) 01:25:31 ID:LHDoaHdM
サシャ「昔、お父さんから聞いた事があるんです……」

ミーナ「…何を?」

サシャ「御伽噺みたいな物でしたけど……森には、人が入り込んではいけない場所があるって…」

サシャ「人が入り込んだら、帰れなくなる場所があるって…」

サシャ「“還らずの森”って、お父さんは言ってました」

ミーナ「…それが、ここ?」

サシャ「………分かりません。でも、私はこんな奇妙な森、見た事も聞いた事もありませんよ」

ミーナ「……ゴメン。怖くなるから、もうその話は止めて」

サシャ「…はい、私も言ってて怖くなりましたから止めます」

サシャはそう言うと、黙り込んでしまった。

56: 2014/04/19(土) 01:27:30 ID:LHDoaHdM
その後は二人とも黙り込んで、星も見えない夜空を見上げる。

辺りはもう、真っ暗になっていた。

ミーナ「………ね、サシャ」

サシャ「はい?」

ミーナ「…手…繋いでいい?」

サシャ「良いですよ、勿論」

すぐ隣に横たわるサシャに手を伸ばし、触れ合った手を繋ぐ…

サシャ「…あ、あのぉ…」

ミーナ「えっ?」

サシャ「その………」

ミーナ「どうしたの?」

サシャ「…だ………抱き付いて寝ても良いですか?」

ミーナ「…うん、寒いもんね」

サシャ「はい!じゃあ、あの…失礼します」

57: 2014/04/19(土) 01:29:21 ID:LHDoaHdM
そう言うと、サシャは私の胸に潜り込む様に抱き付いて来た。

私も体を横向きにして、サシャの頭を両腕で包み込む。

サシャ「……ミーナは、暖かいですね…」

ミーナ「サシャも暖かいよ…」

サシャ「ミーナが居てくれて、本当に嬉しかったです…」

ミーナ「…うん。私もサシャが居てくれて、本当に良かった」

あの震える程の心細さが、今ではサシャの温もりで、癒されて行くのが分かる…

サシャが居てくれた事に、彼女の温もりに心から感謝しながら…

この日、一日の強い緊張感から解き放たれた私は、深い眠りに落ちて行った……

61: 2014/04/20(日) 01:06:28 ID:u3MD.VwE
私とサシャが奇妙な森に迷い込んで、三日目を迎えた。

救助と、他にこの森に迷い込んでいるかも知れない仲間を求めて、残り僅かな信号弾を使ってみたけど…

残念な事に反応は無かった。

残された信号弾は、一発のみ。

これは相手から信号弾が上がった場合の、返信用に残さないといけないから…

もう私達が先に使う事は出来ない。

ただこの二日間の事を考えると、もう救助には期待が持てなくなってる。

だから今の私達が考えるべきは、呑気に救助を待つより、とにかく生き残る事。それが最優先の事項だった。

62: 2014/04/20(日) 01:10:01 ID:u3MD.VwE
水の確保は、少ないながらも何とかなったけど…問題は食料。

申し訳程度しか無かった携帯食料は、昨日の夜に食べ尽くしてしまった。

丸一日しか保たなかったけど、食べ盛りな私達の年齢と…

元々の量を考えたら、それでも良く保った方だと思う。

その間、森に入って食べられそうな物を探したけど…

唯一見つかった茸には何故か火が通らず…

サシャが生で食べようと提案したので、取り敢えず茸をブレードで切ってみたら…

まるで石灰石の様な断面と、事実石灰石みたいな固さを目の当たりにして、流石に食べるのは諦める事になった。

63: 2014/04/20(日) 01:12:37 ID:u3MD.VwE
この調子だと、仮に果物の類が見つかったとしても…

灰色の果物だったら……多分、期待が持てない。

サシャは狩りをする為に、昨日から森に入って動物や、獲物の存在を探す為に動物のフンを探したらしいけど…

昨日、今日の午前中と、全く見つける事が出来なかったらしい。

それでもサシャはお昼に水だけを飲んで、ブレードを手に、また森へと狩りに行ってくれている。

私は万が一、信号弾が上がった場合を考えて、木立が途切れた雑草の広場で待機してる。

本来なら私も狩りに参加した方が良いんだろうけど…

64: 2014/04/20(日) 01:13:49 ID:u3MD.VwE
私がサシャと連れ立って森に入っても、無駄に体力とお腹を減らすだけで、きっと足手まといにしかならない。

雑草の広場で膝を抱えて座り込み、サシャの帰りをじっと待つ。

時間の経過は空腹だけを増やし、逆に私から体力と笑顔を奪っていった。

夕刻になったと思われる頃、森からサシャが帰って来た。

成果は、聞かなくても一目で分かる。

少し厳しい顔付きで私の元に来たサシャは、首を振りながら私の隣に腰を下ろした。

サシャ「…ダメでした」

ミーナ「…うん、お疲れさま」

65: 2014/04/20(日) 01:15:20 ID:u3MD.VwE
私の言葉に、サシャは首を縦に振るだけの返事を返した。

私達はもう、喋る体力すら勿体無く感じ始めていて、自然と口数も少なくなってる。

ただ疲労と空腹は、私よりサシャの方が遥かに大きいはずだ。

サシャは昨日から、もう笑顔さえ見せなくなっていた。

疲労も勿論だけど、サシャの場合は空腹の方がかなり堪えているんだろう…

狩りを任せきりにしている事が、今更だけど申し訳ない。

“明日からは私も狩りを手伝う”

私がサシャにそう声を掛けようとしたら…

少し厳しい顔付きで爪を噛んでいたサシャが、ポツリと洩らした。

66: 2014/04/20(日) 01:16:36 ID:u3MD.VwE
サシャ「お腹が減ると…」

ミーナ「えっ?」

サシャ「お腹が減って…お腹が減って…極限までお腹が減ると…」

サシャ「人間って、感覚が鋭くなるんです」

ミーナ「…えっ?」

サシャ「…やっぱり………」

サシャは地面の一点だけを見つめながら、訥々と言葉を続けた。

サシャ「昨日から何となく感じてたんですよ……最初は気のせいかと思ってましたけどね」

ミーナ「えっ、何が?」

サシャ「昨日、森に入った時から何かいる気はしてたんです」

ミーナ「えっ何か居るの、この森?」

67: 2014/04/20(日) 01:17:46 ID:u3MD.VwE
私がギョッとして問いかけると、サシャは自分の口に人差し指を当てて見せた。

サシャ「大声を出さないで下さい…それと、移動の準備を」

ミーナ「移動?」

サシャ「そっと動いて、雨具を装具にしまって下さい」

ミーナ「う、うん、分かった」

サシャの表情が、今までに見た事が無いくらい真剣なモノになっていた。

ただ事じゃないのが分かる。

私はサシャに従って、そっと動いて雨具を仕舞い始めた。

私の背後から、サシャが控え目な言葉を続ける。

68: 2014/04/20(日) 01:18:52 ID:u3MD.VwE
サシャ「なるべく急いで、立体起動装置を装備して下さい。あと申し訳ありませんが、私の装具もミーナにお願いします」

ミーナ「えっ?私が…サシャの装具も?」

サシャ「はい。私は狩りに専念したいので、荷物はミーナにお願いします」

ミーナ「…狩り?」

振り返った私に、サシャが静かに頷いて見せた。

サシャ「顔はそのままで…動かさないで…顔は動かさないで、視線だけで右手の木立の方を見て下さい」

サシャの言葉に従って、視線だけを右手の木立に向けてみた。

69: 2014/04/20(日) 01:20:15 ID:u3MD.VwE
サシャ「私が帰って来た所から、更に右10m辺り……丁度、私の真横の木……その根元です」

ミーナ「真横の木って言ったって……」

サシャの言う木立までは、20m位はある。

オマケに雑草だって生えてるし、横目で見ただけじゃ…私には分かりっこない。

サシャ「分かりませんか?耳が動いてますよ?」

ミーナ「ゴメン…私には無理っぽい。それで、何がいるの?」

雨具と、サシャの装具も纏めて自分の装具に詰め込み、そっと立体起動装置を装備しながら、私は問いかけた。

70: 2014/04/20(日) 01:21:31 ID:u3MD.VwE
サシャは視線だけを右に向けたまま、そっとブレードを右手で取ろうとしている。

普通に座っていたハズのサシャは、本当にいつの間にか、直ぐにも走り出せる低い姿勢になっていた。

サシャ「ウサギ…野ウサギにしては珍しい、白兎です」

ミーナ「…良く気付いたね?」

サシャ「昨日から、何かいる気はしてたんです」

サシャ「気配って云うか………視線みたいな物を」

サシャ「どうやら気のせいでは無かったみたいですが…かなり用心深いウサギですね」

サシャ「もし取り逃がしたら、次は無いと思います」

71: 2014/04/20(日) 01:22:48 ID:u3MD.VwE
サシャ「だから……必ず仕留めますよ」

サシャ「それまで、徹底的に追いかけます。もしかすると森で迷ってココには帰れなくなるかも知れませんが…」

ミーナ「構わないよ。森の中だもん、私はサシャに頼るしかないから」

サシャ「……早めに弓を作っておくべきでした」

ミーナ「……サシャ、視線はそのままでいいから、ちょっと口を開けてみて」

サシャ「…?こうですか?」

物凄い真剣な表情を僅かに怪訝な物に変えて、サシャが口を開く。

72: 2014/04/20(日) 01:26:02 ID:u3MD.VwE
私はポケットに忍ばせておいた、最後の最後…本当に最後の、携帯食料の一欠片をサシャの口に押し込んだ。

サシャ「っ!!!」

一瞬だけ視線を私に向けたサシャが、慌てて獲物に視線を戻す。

バリバリと携帯食料を噛み砕いてゴクリと嚥下した彼女は、声を潜める様にして問い掛けてきた。

サシャ「ミーナ、まだ持ってたんですか?」

ミーナ「今のが正真正銘、最後の欠片だよ」

サシャ「…ミーナの分は?」

ミーナ「狩りをするのに空きっ腹はナイでしょ?」

ミーナ「尤も、たかが知れてるけど…」

ミーナ「私を飢え氏にさせないでね、期待してるよサシャ?」

サシャ「…地の果てまで追い掛けてでも、仕留めて見せますから」

サシャはそう言うと、険しかった表情を一瞬だけ緩めて、私に微笑んだ。

73: 2014/04/20(日) 01:30:13 ID:u3MD.VwE
サシャ「じゃ、行きますよ?付いて来て下さい」

サシャの表情が直ぐに引き締まり、視線が更に険しくなる。

飢えた狼とか、多分こんな感じなんだろう……見た事は無いけど。

サシャ「…行きます」

小さな声でそう言ったと思ったら、サシャはもう数歩駆け出していた。

次に私が腰を上げるより早く、躍り掛かる様に跳躍!

次いで右手に持っていたブレードを、跳躍したまま投げつけた。

74: 2014/04/20(日) 01:33:02 ID:u3MD.VwE
ブンッ!と風を切る刃音が唸り、ブレードが突き刺さる。

仕留めた?そう私が問い掛けるより早く、サシャが叫び声を上げた。

サシャ「ああああっ逃がすかあああああっ!」

サシャは着地と同時に、矢の様な勢いで駆け出す。

駆け抜けざまに地面からブレードを引き抜き、森へと飛び込む彼女の背中を…

私は見失わない様に、必氏になって追いかけた。

80: 2014/04/21(月) 01:05:34 ID:TSoUnX7E

サシャ・ブラウス。彼女の評価は、訓練兵の間ではあまり良い方とは言えない。

食い意地が張ってる事は特に有名で、入団式の一幕は、既に伝説扱いになってるし…

教官から罰則を受ける事も多くて、走らされてる姿もまま見かける。

と言っても人柄はかなり良いし、何だかんだ気配りの出来る良い女の子だ。

そして、そんな彼女の凄い点は、あれだけ罰則を受けて減点されているのに…

常に上位の成績を残していること。

訓練中にフザケたりしないで、減点されていなかったら、トップ5にだって入れるだろうに…

81: 2014/04/21(月) 01:11:19 ID:TSoUnX7E
私はいつもそう思っていたし、サシャの実力はだいぶ高く見積もってたつもりだったのに…

私の目は、それでも節穴だったみたい。

飢餓の限界まで追い込まれ、獲物を追う餓狼と化したサシャは…

私の見積もりを、遙かに越えていた。

兎に角…速いの一言に尽きるのよ。

まず、走るのが速い。

まるで平地を走る様に森を駆け、倒れた朽ち木や地面から突き出た岩を足場にして…

怖れも迷いも無く、片足だけの跳躍で、ビュンビュンと前に向かって飛んで行く。

獲物しか目に映っていないのか、体を叩く枝葉や藪もお構い無しだった。

82: 2014/04/21(月) 01:18:49 ID:TSoUnX7E
次に巨大樹でもない、数十センチしかない太さの木の幹に、アンカーを次々に当てること当てること…

まるで巨大樹の森の中みたいな感じで、楽々と立体起動で移動してる…

当たらないってば、走りながらなんて…普通…

多分、今ならミカサに立体起動で勝ってるよ…

少なくとも負けてない。それ位、ホント~に、あっという間に置いて行かれる。

私が立体起動を使えるのは、マグレでアンカーが刺さった時だけ。

巨大樹でもあるまいし、何であんなにアンカーが狙いを外さないのよ?

83: 2014/04/21(月) 01:20:58 ID:TSoUnX7E
つか、ウサギも速いよ!逃げ足速すぎ!

私がサシャを見失わないで済んでるのは、ウサギに追い付いたサシャが…

地面でブレードを振り回して、その場でウサギを追い回してる時間があるから。

ソレが無かったら、とっくに見失ってる。

サシャの怒号や、小さく見える彼女の背中を頼りに…

私は懸命になってサシャの後を追いかけた。

たかがウサギ一匹に、こんなに苦労するのかと、内心ウンザリしていると…

サシャ「ミーナァァァァッ!」

サシャが遙か遠くから、大声で私の名前を叫んだのが聞こえてきた。

84: 2014/04/21(月) 01:22:18 ID:TSoUnX7E
今度こそ仕留めた?

そう考えながら声のする方向に向かう。

サシャの背中が見えたと思ったら、彼女は地面に座り込んでいて…

一瞬、怪我でもしたのかと思って背筋が冷えたけど…

直ぐに私の視線は、サシャの前方にある物に奪われた。

やっとサシャの元に辿り着き、座り込んで肩で息をする彼女に声を掛ける。

視線は、目の前から離せなかった。

ミーナ「サシャ、ウサギは?」

85: 2014/04/21(月) 01:23:53 ID:TSoUnX7E
サシャ「そ……その中……ど、ドアの隙間から……入って行きました」

サシャは息を切らせながら、スッと指をさす。

私達の目の前には、大きな作りの丸太小屋が建っていた。

見ると、数段の階段を登った先に出入り口らしいドアがあって、僅かに開いたままになっている。

どうやらウサギは、あそこから屋内に逃げ込んだらしい。

ミーナ「…どうする?入る?」

サシャ「ミーナ……気付いてますか?」

ミーナ「えっ?」

サシャ「この丸太小屋……………色がありますよ」

ミーナ「!?」

86: 2014/04/21(月) 01:25:20 ID:TSoUnX7E
サシャの言葉に驚いて、反射的に目を丸太小屋に向ける。

言葉通り、この灰色の世界で、この丸太小屋だけが、自然な色を持っていた。

呆然と、ある意味感動で立ち尽くす私に…

息を整えて立ち上がったサシャが、私の肩を叩いた。

サシャ「行きましょう、獲物はもう逃げられません」

サシャ「それに、今夜は夜露もしのげそうです」

87: 2014/04/21(月) 01:35:38 ID:TSoUnX7E
ミーナ「…誰か居るのかな?」

サシャ「人が居るなら好都合ですよ、食料を分けて貰いましょう」

ミーナ「人…居るかな?こんな所に…」

サシャ「居ても居なくても構いませんよ。とにかく私はもう……限界です」

ミーナ「……うん、分かった。入ろう」

サシャの眼がギラついてる。

本当にもう、限界なんだ。

私が頷くと、サシャが先頭になって歩き出す。

夜の訪れが近いのか、辺りは随分と暗さを増していた。

静まり返った灰色の森の中で、私とサシャは遂に“ソコ”へと辿り着いた……

88: 2014/04/21(月) 01:36:59 ID:TSoUnX7E


短いですが本日は終了

続きは明日の深夜に投下します

90: 2014/04/22(火) 00:24:47 ID:4P6US1WE
サシャ「小屋に入る時は、足下に気を付けて下さい」

サシャ「ウサギが外に、飛び出して来るかも知れませんから」

獲物を仕留める事に細心の注意と執念を燃やすサシャが…

普段のにこやかな表情からは想像もつかなかった、ギラついた瞳を私に向ける。

そのあまりの落差に圧倒されて、声も出せずに頷くだけの返事をすると…

サシャは入り口のドアを、体が通る最小限の広さに開いて、暗い屋内に入り込んだ。

自分が屋内に入る際、もしウサギが飛び出して、取り逃がしでもしたらどうしよう…

91: 2014/04/22(火) 00:26:41 ID:4P6US1WE
かなり鼓動を高くしながら足下に注意を払い、サシャに続いて暗い屋内に入った私は…

ウサギを外に逃がさない様に、直ぐに後ろ手で入り口のドアを閉じた。

窓の類が外から見ても見あたらなかったから、室内は当然の様に真っ暗。

ランタンを取り出して明かりを灯そうと、装具に手を掛けた時…

フッと、急に室内が明るくなった。

驚いた私とサシャが、サッと室内を見渡してみると…

室内の四隅に、ランプの明かりが点っているのが分かった。

92: 2014/04/22(火) 00:28:09 ID:4P6US1WE
ミーナ「なっ何、急に…勝手に点いたの?この明かり?」

サシャ「……どうやら……そうみたいですねぇ」

ミーナ「だ、誰か居るのかな?……やっぱり?」

サシャ「…どうでしょう?」

ミーナ「勝手に点くなんて……どういった仕組みだろ?」

サシャ「…さぁ?どうなってるんでしょうね…」

驚いて、少し呆け気味の声を出す私に、サシャが周囲を警戒するよう見渡しながら、返事を返してくる。

私も直ぐに冷静さを取り戻し、改めて室内を見渡してみた。

93: 2014/04/22(火) 00:30:22 ID:4P6US1WE
外見は古ぼけた丸太小屋だったのに、室内の壁は丸太作りのままじゃなくて…

狭いながらも綺麗に壁紙が貼られ、ランプの明かりのせいか、シックで落ち着いた感じを受ける。

室内は思ったより温かくて、部屋の奥行きは5~6mほど。幅は10m足らずって感じ。

ただ室内には殆ど物が置いてなくて、唯一、左右の壁には装飾の凝った楕円形の大きな鏡が…

まるで合わせ鏡みたいに、それぞれの壁に配置されていた。

94: 2014/04/22(火) 00:32:05 ID:4P6US1WE
室内の灯りは最初に気付いた通り、ランプが部屋の四隅に合計で四つ。

そしてドアから入って来た私達の正面に、奥へと続く暗い廊下が伸びていた。

サシャ「誰かいらっしゃいますかーーーっ!」

サシャが急に、暗い廊下の奥に向かって声を張り上げた。

私もサシャと同じ様に、人が居る事を期待して、廊下に向かって大声を張り上げた。

ミーナ「お邪魔してますーーーっ!誰か居ませんかーーーっ!」

空きっ腹にはかなり堪える大声を出してみたけど、私達に応じる声は帰って来ない。

95: 2014/04/22(火) 00:35:12 ID:4P6US1WE
どうしたものかと思ってサシャと顔を見合わせていると…

不意に、フッと室内の明かりが、幾らか減った気がした。

明かりが減った側に、咄嗟に目を向ける。

私達の右横、室内の位置で言えば、右手前のランプが消えているのに気が付いた。

あっ、と思って声を出そうとしたら…

今度は左手前のランプが消えたらしく、部屋の中が更に薄暗くなる。

ミーナ「えっ、何で?何よ、どうして消えたの?」

私が不安な声を出している間に、部屋の明かりは入り口側から順に消えて…

96: 2014/04/22(火) 00:38:05 ID:4P6US1WE
サシャ「あっ!」

遂に四つ目のランプが消えて、真っ暗になったかと思うと…

今度は暗い廊下の奥に、ポツンとランプの明かりが灯った。

サシャ「………」

ミーナ「………」

サシャ「…来い…って事でしょうか?」

ミーナ「いや…これヤバいよ、絶っ対にヤバいって!」

ミーナ「あからさま過ぎるよ!どこの幽霊屋敷だよっ!」

サシャ「正直…不気味ですよね…コレは」

ミーナ「怖い怖い、ここマジで怖いって…」

サシャ「正直に言えば、逃げ出したい気分です…」

97: 2014/04/22(火) 00:39:49 ID:4P6US1WE
ミーナ「うん!ちょっと外にでよっ!一旦、ちょっと外に出ようよ、ねっサシャ?」

サシャ「はい…そうしたいのは山々なんですが…」

サシャの腕を掴んで必氏に訴える私に、彼女は時折鼻をスンスンいわせながら、震え声を出す。

少し臆病な所のある彼女から、私を仰天させる返事が来た。

サシャ「…さ、先に…す、進んでみましょう」

ミーナ「はっ!?嘘っ!何で?ヤダよ怖いよっ!」

サシャ「匂い…匂いがするんです…奥から。食べ物の匂いが」

ミーナ「ええっ!?」

98: 2014/04/22(火) 00:44:19 ID:4P6US1WE
サシャに言われて私も匂いを嗅いでみたけど、ソレらしい匂いなんて全くしない。

ミーナ「しないよっ!サシャはお腹が空き過ぎて、変になってるんだよ!」

サシャ「ホントです!絶っ対に匂いがしてますよっ!」

サシャ「いっ、行きましょう!奥に行けば、ミーナにも分かるハズですから!」

そう言いながら、サシャが私の手を引っ張る。

私は必氏になって足を踏ん張り、廊下の奥に進もうとするサシャに抵抗した。

ミーナ「待って待って!一旦、外に出ようよ?」

ミーナ「一旦外に出て、深呼吸して、冷静になって…」

ミーナ「それからもう一回ここに入ろ?ねっ?お願いだから、食欲に負けて冷静さを失わないで!」

99: 2014/04/22(火) 00:45:42 ID:4P6US1WE
私は冷静を装いながらも恐怖が勝って外に出たい、サシャは怖いながらも食欲が勝って奥に行きたい…

お互いに泣きそうな声で主張をぶつけ合った結果…

サシャ「……分かりました。一回、外に出ましょう」

サシャ「この丸太小屋の周りを一周して、様子を窺ってから中に入りましょう」

サシャ「それで……良いですね、ミーナ?」

サシャが、少し落ち着いた声で私に提案してきた。

100: 2014/04/22(火) 00:47:15 ID:4P6US1WE
確かに、この丸太小屋は正面だけしか見ていなかったから…

サシャの提案はもっともな言い分に聞こえる。

幾らか冷静さを取り戻した私は、少し考えて、サシャの提案を飲む事にした。

ミーナ「……うん、分かった。そうしよう」

サシャ「じゃ、一度ここから出ましょう」

ミーナ「うん」

サシャに返事を返した私は、踵を返して手探りでドアの取っ手を探す。

あっさり見つけた取っ手を握り締め、外に向かってドアを押し出すと…

ドアは、まるで壁の一部にでもなった様に…

押しても引いても、ビクともしなくなっていた……

101: 2014/04/22(火) 00:48:46 ID:4P6US1WE


続きは明日の深夜に投下します

102: 2014/04/22(火) 23:05:12 ID:4P6US1WE
じょ、冗談でしょ?そう思って何度も取っ手を押したり引いたりしたけど…

…ダメだ動かない…

血の気が引いて行くのが、ありありと解った。

ミーナ「サシャ……ヤバいよ、ドアが空かなくなってる…」

サシャ「なっ!……代わって下さい、私がやります」

私と入れ代わったサシャが、ドアを空けようとするけど、やはりドアはビクともしない。

最後には二人してドアを蹴ったり、必氏に体当たりしてみたけど…

ドアは私達の抵抗に対して、軋む音すら上げなかった。

103: 2014/04/22(火) 23:07:39 ID:4P6US1WE
サシャ「どっ、ドアが…まるで丸太の壁みたいな感触ですね」

空腹と疲労で遂に座り込んだサシャが、同じ様にへたり込む私に向かって、息も絶え絶えの声を出した。

ミーナ「ホラーハウスだね……本物には、出来れば一生お目にかかりたく無かったよ…」

サシャ「……全く同感です」

ミーナ「ホラーハウスで…怖い思いして、氏ぬのはヤダなぁ」

サシャ「氏ぬ前に、お腹いっぱい食べたいです…」

ミーナ「そうだね……ホントにお腹空いたよ…」

サシャ「もう…もう私、本当に限界ですよ…今の体当たりで…」

104: 2014/04/22(火) 23:08:59 ID:4P6US1WE
ミーナ「うん。私も、もう限界だわ…」

サシャ「ミーナ…奥に行きましょう。この小屋、どーせドコに居たって、ホラーハウスって事には変わり無いんですから」

ミーナ「……だねっ。私も開き直ったよ」

ミーナ「あの廊下の灯りが私達を呼んでるってんなら、行ってやろうじゃない…」

ミーナ「行って、104期の訓練兵を舐めんなって、思い知らせてやる!」

ミーナ「灰色の森の次はホラーハウス?もうウンザリよ、アッタマ来たっ!フザケんなっ!」

私は立ち上がると、ヤケになって大声を上げた。

105: 2014/04/22(火) 23:10:36 ID:4P6US1WE
空腹のせいで、イライラが爆発した感じ。

私に続いて、サシャがゆらりと立ち上がった。

サシャ「フザケとったらクラわしたんぞっ!」

どうやら彼女も爆発したらしい。

私の元に来たサシャは、がっしりと肩を組んできた。

サシャ「行ったろうやないの、ミーナ!行って、ブチ喰らわせたろう!」

ミーナ「あははっ!行こっか?行って何か居たら、ブン殴ってやろう!」

サシャ「あははっ!ほんなら行こうかっ!」

妙なスイッチでも入ってしまったのか、私達は肩を組んで、ケラケラと笑いながら…

廊下の奥に向かって、ズンズンと進んでいった。

106: 2014/04/22(火) 23:12:53 ID:4P6US1WE
状況把握とか、冷静さとか、慎重とか……もうそんなのは、どうでも良くなった。

サシャと二人、高いテンションのまま奥へ奥へと足を進める…

サシャ「あ、ミーナ見て下さい!通り過ぎた背後のランプが、ご丁寧に消えてますよ!」

ミーナ「凄いね?ソレってエコロジー?全く見た事も無い科学の力だね?」

ミーナ「それよりサシャ、この廊下はドコまで続いてるんだろネッ?全然先の方が見えないよ!」

サシャ「凄いですネッ?こんな山小屋の屋内で、徒競走が出来そうな廊下なんて感動的です!」

107: 2014/04/22(火) 23:14:44 ID:4P6US1WE
バカみたいに長い廊下を二人してケラケラ笑いながら、ヤケクソになって進んで行くと…

私にもハッキリ分かるくらい、食べ物の匂いが漂ってきた。

サシャ「うわあ…」

ミーナ「やっば……お腹が鳴りまくりだよ…」

サシャ「ホラッ!するでしょ?食べ物の匂いっ!」

ミーナ「するけどさ…サシャ、お腹ウルサイよ?」

サシャ「ミーナだって鳴ってるじゃないですか!」

ミーナ「うん、けどサシャほどじゃないよ?」

ミーナ「サシャのその音…お腹の中に、変な生き物でも飼ってない、ソレ?」

108: 2014/04/22(火) 23:17:05 ID:4P6US1WE
サシャ「あー居るかも知れませんね?だから私は人一倍、お腹が空くんです」

ミーナ「そっかそっか、それでかぁ~…」

サシャ「それよりミーナ、走りましょう!もう我慢できません!」

ミーナ「よーし、なら競争ね?食べ物は早い者勝ちだよ?」

サシャ「良いんですか?そんな事を私に言って?」

ミーナ「良いよ?3、2、1、0でスタートね?じゃ、数えるよ?」

ミーナ「3、0っ!」

私は迷わず駆け出した。

サシャ「ひっ、卑怯者っ!!」

ミーナ「あははははははっ!」

109: 2014/04/22(火) 23:19:50 ID:4P6US1WE
背後からサシャの非難の声があがり、笑いながら走る私を追って来る。

サシャは直ぐに私に追い付き、私達は並ぶと、二人で意味も無く笑いながら廊下を走った。

もう二人共、完全にテンションが変なゾーンに突入してた。

ミーナ「これさぁ!匂いがするばっかりでぇ!部屋に辿り着かなかったらぁ!どうしよっかぁ!」

サシャ「やめて下さいっ!泣きますよっ!私っ!」

無限に続いてるんじゃないかと思った廊下で、ふと湧いた疑問を叫ぶと、サシャが顔をしかめて叫び返す。

110: 2014/04/22(火) 23:21:26 ID:4P6US1WE
私は叫んだ後で“あ、あり得るなぁ…”と不安が頭をもたげたけど…

どうやらソレは杞憂に終わった。

無限に続くかと思われた廊下に限りが訪れ…

突き当たりに現れた白塗りのドアの前で、私達は足を止めた。

入り口のドアの上には、ランプの火が煌々と灯っている。

足を止めた私達は次第に冷静さを取り戻し、無言で目配せをしあうと…

白塗りのドアに取り付けられた、兎の装飾のドアノッカーを使い…

緊張しながら、カン!カン!とドアをノックした。

111: 2014/04/22(火) 23:22:59 ID:4P6US1WE
………返事は無い。

数度ノックを繰り返しても、部屋の中からは何の反応も無く、私達が入室を躊躇っていると…

“がちゃり”とドアが独りでに、僅かに開いた。

部屋の中から、廊下よりも明るい光が漏れる。

私とサシャは顔を見合わせると小さく頷き合い、ソ~ッとドアを開いて、良い匂いのする室内へと入って行った…

112: 2014/04/22(火) 23:24:21 ID:4P6US1WE



続きは明日の深夜

114: 2014/04/24(木) 01:42:27 ID:.gSZLtjk
その部屋の間取りを“先に”言っておくと、室内はあまり広くなくて、変わった事に円形の部屋だった。

部屋の壁には私達の向かい側に、閉ざされたドアが一つ。

あと壁には他に、四つの狭い廊下が伸びていた。

左右の壁際には、赤いソファーが向かい合わせるみたいに、対で二組。

そのソファーの中間、つまり部屋の中央には、四人掛け位の大きさのテーブルが配置されていて…

椅子は左右に一つずつ、計二組の椅子が主を待つ様に、軽く引いて置いてあった。

115: 2014/04/24(木) 01:43:47 ID:.gSZLtjk
明かりは円形の部屋の壁に、等間隔でランプが灯され…

天井の中央にはシャンデリアを模した様な、八つの組み合わされたランプが…

真下に位置するテーブル付近を、より明るく照らし出していた…

……いたんだけど、この部屋の間取りを私達が詳しく知ったのは、少し後の話し。

何故なら私とサシャはこの部屋に入るなり…

テーブルの上に準備されていた料理に、意識も視線も完全に奪われてしまったから。

116: 2014/04/24(木) 01:45:22 ID:.gSZLtjk
サシャと二人、吸い寄せられる様にテーブルに近付き、料理を見下ろす。

バスケットの中に入った、小麦色に焼けたロールパンからは、焼きたてパン特有の甘く香ばしい小麦の匂いが漂い…

深皿には見るからに、具がたっぷりのクリームシチューが暖かそうな湯気を上げ…

銀製の皿には、ブドウやイチゴやメロン…色とりどりの瑞々しい果物が溢れ…

そしてテーブル中央の大皿には、嘘っ!て位に巨大な肉の塊…夢にまで見たローストビーフの塊が…

これ見よがしに数枚ぶんは切り分けられていて、火の通ったレア肉の部分から、肉汁が滴っていた。

117: 2014/04/24(木) 01:46:32 ID:.gSZLtjk
二人同時に、ゴクリと涎を飲み込む。

スーッと伸びるサシャの手を、僅かな理性をかき集めた私が掴んだ。

ミーナ「待ってサシャ!こ、これ怪しいよ!」

サシャ「怪しくても構いません!手を離して下さいっ!」

サシャは料理に飛びかかるんじゃないか、って位の勢いだ。

私だって気持ちはサシャと同じだけど、理性を総動員した私は…

サシャを羽交い締めにして叫び声を上げた。

ミーナ「待ってサシャ!お願い私の話を聞いて!」

サシャ「待てませんっ!」

118: 2014/04/24(木) 01:48:07 ID:.gSZLtjk
ミーナ「聞いてっ!料理があるって事は、ここに人が居るって証拠なんだよっ!」

ミーナ「探そう!先ず探そう!ここの人を探して、この料理を分けて貰おうよ?」

ミーナ「スグだよっ!直ぐ済むよっ!一分も掛かんないよっ!」

空腹でサシャを抑える力が殆ど入んないけど、それは私から抜け出そうとする彼女の方も同じらしい。

一分も掛からない、その言葉が効いたのか、サシャはやっと私の説得に応じてくれた。

サシャ「……分かりました。先に探しますから、手を離して下さい」

ミーナ「ホントに?分かってくれた?」

119: 2014/04/24(木) 01:49:30 ID:.gSZLtjk
サシャ「はい。でも一分だけですよ?ざっと探すだけですよ?」

ミーナ「うん。それで良いよ、手分けして探そう。お互い、誰か見つけたり何かあったら、大声で呼ぼう」

サシャ「分かりました。では私は左側を探しますから、ミーナは右側を」

ミーナ「分かった」

私が返事をすると、サシャは左側手前の細い廊下に駆け出す。

私も直ぐに、右側手前の細い廊下に走り込んだ。

入室したドアから見て、右側手前の細い廊下は、数mも進と茶色い木製のドアがあった。

急く様にノックしたけど、返事は無い。

120: 2014/04/24(木) 01:50:55 ID:.gSZLtjk
少し緊張したけど、ドアの取っ手を掴んで思い切り引くと、アッサリとドアが開く。私の目に飛び込んできたのは…

ミーナ「………トイレかよ」

正直、拍子抜けした。それと同時に、すんごい現実感?現実味?何て言うか、日常に引き戻された感じがした。

やっぱりココ、人が居るよね?などと考えながらトイレのドアを閉めて、元の部屋に駆け戻る。

すると、反対側の廊下からサシャが駆け戻って来た。

サシャ「そっちは?」

ミーナ「…トイレだった。そっちは?」

サシャ「お風呂でした。お湯も張ってありましたよ…」

121: 2014/04/24(木) 01:53:20 ID:.gSZLtjk
ミーナ「…生活感バリバリの、ホラーハウスだね?」

サシャ「ちょっと怖くなくなって来ました」

ミーナ「だねっ。次、行こう」

サシャ「はい!」

お互いに頷き合って、今度は左右奥側の廊下に駆け出す。

私が入った右奥側の廊下は、また数mしか廊下が無く、今度はドアの無い部屋に続いていた。

その部屋は、入ってすぐ、一目で厨房だと解った。

厨房は狭く、人も居ないし隠れる場所も無い。

テーブルの料理は、恐らくココで作ったんだろう。

一瞬、食材を探してみようかと思ったけど……サシャを待たせられない。

122: 2014/04/24(木) 01:54:53 ID:.gSZLtjk
そう考えた私は、また元の部屋へと駆け戻った。

部屋に戻ると、程なくしてサシャも帰ってくる。

サシャはまた、生活感に溢れた言葉を出した。

サシャ「コッチは寝室みたいでした。一応、探せそうな所は探してみましたけど…人は居ませんでしたよ」

ミーナ「コッチは厨房だったよ。人気は無かった」

サシャ「厨房っ!食材はありましたかっ?」

ミーナ「…人探しが優先だから、ソコまで見てないよ」

サシャの予想通りの反応に、思わず苦笑いが浮かぶ。

とは言え、その気持ちは今、物凄く理解出来るんだけどねっ。

123: 2014/04/24(木) 01:56:17 ID:.gSZLtjk
ミーナ「食材物色は後回しにするとして、残りは…」

四つの廊下に繋がる先は探した。後は私達が入って来たドアの、正面に位置するドアだけだ。

私がそのドアに向かうより早く、サシャがドアに駆け寄った。

ドアノブをガチャガチャと回す。どうやらドアに、鍵が掛かってるらしい。

次に彼女は、かなりの強さでドアを叩き始めた。

サシャ「空けて下さーーいっ!誰か居ませんかーーーっ!」

サシャ「料理が冷えますよーーーっ!食べちゃいますよーーーっ!」

サシャ「食べますよーーーっ!食べますからねーーーっ!」

124: 2014/04/24(木) 01:57:40 ID:.gSZLtjk
サシャ「これが最後ですからねーーーっ!ホントに食べちゃいますからねーーーっ!頂きますよーーーっ!」

ドアをガンガン叩いていたサシャの力が、目に見えて弱くなって行く。

最後に一度、ドン!とドアを叩いたサシャは、その足をフラフラさせながら私の元に来て…

私の両肩をガッシリと掴んだ彼女の表情は、さながら幽鬼を思わせた。

サシャ「もう…良いですよね?私、出来るだけの事…しましたよね?」

サシャ「もう…許して下さい。ミーナ、お願いですから…」

125: 2014/04/24(木) 01:59:08 ID:.gSZLtjk
ミーナ「…うん、食べようよ。もう食べよう?食べた後で、ここの人に二人で謝ろう」

サシャ「あぁ…はいっ!」

サシャも私も、もう我慢するなんて無理だ。

美味しそうな匂いの充満するこの部屋で、美味しそうな料理を目の前にして…

これ以上、この空腹感を耐えようとしたら、気が狂っちゃう!

丁度、二組ある椅子にそれぞれ腰を下ろすと、私達はお互いの目を見た。

サシャ「…い、頂きますっ!」

ミーナ「頂きますっ!」

126: 2014/04/24(木) 02:16:02 ID:.gSZLtjk
二人共にスプーンを手に取り、美味しそうな匂いのするシチューをすくい上げる。

鳥肉、人参、芋、玉葱、それらを口に収めた時、体の芯から身震いが起きた。

サシャ「………おい…ひい……おいひいれふ」

ミーナ「うん………うんっ!」

シチューは本当に美味しかった。

普段、薄味の芋スープしか口にする事が出来ない訓練兵の私達にとって…

シチューは滅多に食べられないご馳走だ。何よりこのシチューは、ミルクたっぷりのクリームシチュー!

こんなに甘くて、濃厚で、美味しいクリームシチューは生まれて初めて!

127: 2014/04/24(木) 02:17:55 ID:.gSZLtjk
私、人参が苦手なのに…クリームシチューの人参は、こんなに甘くて美味しい味に変わるんだ…

たった一口のシチューに身震いする位の感動を覚え…

じっくりと味わう様に一口目を嚥下した後は、サシャと二人、もう夢中になって…

シチューをスプーンですくい上げては口へと運び、口を動かした。

夢中でシチューを口へと運んでいたサシャが、左手をバスケットのロールパンに伸ばす。

私も負けじとロールパンに手を伸ばした。

パンを二つにちぎった瞬間、私達から奇声みたいな歓声が飛び出した。

128: 2014/04/24(木) 02:19:51 ID:.gSZLtjk
サシャ「パンが…パンがぁ!」

サシャ「柔らかいですぅ…中が真っ白ですぅっ!」

ミーナ「フカフカだよ…こんなフカフカのパン、初めてだよぉぉ…」

あまりの柔らかさとフカフカ感に感動しながら、口一杯にパンを頬張る。

私達の次なる目標は、メインディッシュに移った。

サシャ「肉っ!肉っ!牛肉ぅぅぅぅぅぅっ!」

サシャがローストビーフを、これでもかっ!て位ぶ厚く切って、私とサシャのお皿に取り分けてくれる。

二人とも目を輝かせながらナイフで切り分け、肉汁の滴るソレをフォークで口へと押し込んだ。

129: 2014/04/24(木) 02:21:03 ID:.gSZLtjk
噛んで…噛んで…噛んで…味わって、飲み込む…

気が付いたら、涙が頬を伝ってた。

ミーナ「ヤバいよ…牛肉だよ…何コレ?何でこんなにお肉が柔らかいの?」

サシャ「肉汁が…噛んだら、肉汁がぁ…」

見たら、サシャも泣いてる。

うん…分かるよ…コレ、勝手に流れてくるし、止まんないよね…涙。

後はもう、二人して泣きながら、テーブルの料理をひたすら食べた。

ブドウやメロン、果物の甘さが体中に染み渡るみたいで…その甘味に癒されてる感じがして…涙が止まらなかった。

130: 2014/04/24(木) 02:23:15 ID:.gSZLtjk
何人分あったか解らない位のローストビーフと…

テーブルの上にあった料理を二人掛かりで完食するのに、一時間も掛からなかったと思う。

よくもまあ、あれだけの量を残さず食べたものだ。

部屋の床には、食べてる途中、立体機動装置の装備ベルトが凄い圧迫感を生んだので…

装備ベルトと装置一式が、無造作に転がっている状態だ。

食事を終えた私とサシャは、椅子の背もたれに寄りかかり…

弛緩した表情で、二人ともボンヤリと天井を眺めた。

131: 2014/04/24(木) 02:24:42 ID:.gSZLtjk
サシャ「あー…満足しました…こんなに美味しい料理は…生まれて初めてですよ…」

ミーナ「そだねー…」

サシャ「あー…トイレはどっちでしたっけぇ…」

ミーナ「んー右手前の奥ー…」

サシャ「あー…そういえばー…お風呂が沸いてましたよー…」

ミーナ「んー良いねーお風呂ー…三日も入ってないもんねー…」

サシャ「…気持ちいいでしょーねー…」

ミーナ「だろうねー…」

サシャ「でもー…お風呂入ったらー…流石にマズいですよねー…」

ミーナ「勝手にご飯食べてー…勝手にお風呂まで入るのはー…流石にねー…」

132: 2014/04/24(木) 02:26:01 ID:.gSZLtjk
サシャ「我が物顔がー…過ぎますよねー…」

ミーナ「それ以前にお風呂じゃ裸だしねー…誰かに入って来られたらねー…」

サシャ「乙女のー…貞操のー…危機ですよねー…」

ミーナ「だよねー…」

と云うワケなので、お風呂にはブレードを持ち込んで入る事になった。

薬湯みたいなお風呂にノンビリとつかり、溜まった疲れを落とす。

食べ物といいお風呂といい、こんな所で普段以上に幸せな気分を味わえるとは、数時間前までは思いもしなかった。

体を洗うついでに下着まで洗濯した私達は、脱衣所にあったバスローブを我が物顔で纏い…

133: 2014/04/24(木) 02:27:18 ID:.gSZLtjk
食事をした部屋に戻ると、二つのソファーにそれぞれが、我が物顔で横たわる。

護身用のブレードをソファーの傍らに立てかけ…

フカフカすべすべのソファーに、私は頬を擦り付けた。

ミーナ「ソファー…フカフカだねー…気持ち良いねー…」

サシャ「宿舎のベッドとはー…比べ物になりませんねー…」

ミーナ「だよねー…」

サシャ「いっそココにー…二人で住んでも良いですねー…」

ミーナ「それはどーかなー…」

サシャ「私とじゃー…嫌ですかー…?」

ミーナ「女の子二人じゃねー…やっぱさー…男の子もいないとねー…」

134: 2014/04/24(木) 02:28:46 ID:.gSZLtjk
サシャ「ですよねー…」

ミーナ「何かさー…眠くなって来たねー…」

サシャ「でもー…寝ちゃ駄目ですよねー…」

ミーナ「だよねー…」

サシャ「眠いですねー…」

ミーナ「だねー…」

サシャ「眠い……ね……」

ミーナ「………ね………」

サシャ「……………」

ミーナ「……………」


奇妙な灰色の世界に迷い込んだ三日目の晩、この奇妙な丸太小屋の一室で…

満腹感と満足感に満たされた私達は、無警戒にも泥の様な眠りに落ちていった………

135: 2014/04/24(木) 02:29:39 ID:.gSZLtjk

続きは明日の深夜に

137: 2014/04/24(木) 21:40:56 ID:.gSZLtjk
空きっ腹だったお腹も十分に膨らみ、お風呂でノンビリと疲れを癒し…

柔らかなソファーで、一体どれ位の時間、泥の様に寝こけていたのか…

目覚めた私は、はだけ掛かったローブの胸元を直しながら、ソファーの上で起き上がった。

ソファーの背もたれに寄りかかりながら、背伸びと大きなアクビを一つ。

櫛が欲しいなぁ…と完全に覚め切らない頭で考えながら、手櫛で髪を整える。

暫く手櫛で髪を整え、徐々に頭も覚めてくると、私は自分の体力や気力が、平時の状態に戻っているのに気付いた。

ヨシ!いい感じいい感じ!

138: 2014/04/24(木) 21:42:54 ID:.gSZLtjk
サシャはテーブルを挟んだ反対側のソファーで寝てたはずだ…

そろそろ起こしてあげよう……そう思ってテーブルの方に顔を向けた私は、思わず目を見張った。

慌ててブーツに足を突っ込み、立ち上がって目の前のテーブルに近寄る。

テーブルの上には、私達が昨夜食べた後の食器が全て片付けられていて…

代わりに朝食らしいサンドイッチと、紅茶?の入ったティーポット、専用のティーカップとカップ皿…

そして昨晩、床に放置しっぱなしだった立体機動装置の一式が、テーブルの上に整然と置いてあった。

ミーナ「……サシャ…かな?」

139: 2014/04/24(木) 21:44:28 ID:.gSZLtjk
期待薄な言葉を出しながら、テーブルの向こうのソファーで幸せそうな寝顔を浮かべるサシャを見る。

サシャを起こそう。そう考えてテーブルを回り込んでる途中…

昨晩、鍵が掛かっていたドアが目に留まった。

思う所があってドアに近寄り、ドアノブを掴んで回してみる。

試しに引いてみたドアは、カチャリと音を立ててアッサリと開いた。

ミーナ「…やっぱり」

ドアの向こうを覗いてみると、真っ暗な廊下の奥に…

ポツンとランプの明かりが灯っているのが見えた。

ミーナ「この廊下………昨日の続き?」

140: 2014/04/24(木) 21:46:52 ID:.gSZLtjk
ミーナ「歓迎されてるんだか、からかわれてるんだか…微妙」

ミーナ「……まぁ、取り敢えずサシャを起こそう」

ドアを閉じた私は、うっすらと笑顔を浮かべて眠っているサシャに歩き寄り…

肩を揺すって、彼女に呼び掛けた。

ミーナ「サシャ、起きて」

サシャ「……う……ん……」

ミーナ「起きてってば!」

サシャ「…は…い…も少し…」

ミーナ「早く起きないとサシャの朝食も、私が食べるよ?」

サシャ「ふわああああああっ!お、起きます!起きました!」

141: 2014/04/24(木) 21:50:35 ID:.gSZLtjk
跳ねる様に、サシャが私の言葉に反応して、ソファーの上に起き上がった。

彼女らしい反応に、思わず笑みが漏れる。

それにどうやら、サシャも私と同じく気力体力共に回復したらしい。

起き上がった拍子に、胸元が豪快にはだけたサシャに私は苦笑を浮かべながら…

彼女を洗顔と着替えに誘う事にした。

ミーナ「サシャ、お風呂場の脱衣所で着替えと洗顔しよ?」

サシャ「あ…はい…」

まだ少し寝ぼけながら、私に返事を返したサシャが、もたもたとブーツに足を突っ込む。

そんな彼女に、一応のつもりで確認を取った。

142: 2014/04/24(木) 22:19:27 ID:.gSZLtjk
ミーナ「ねえサシャ、テーブルのコレ……サシャが?」

私がテーブルを促すと、テーブルに目を向けたサシャが、予想通り首を横に振って見せた。

サシャ「ミーナがやってくれた……ワケでも無さそうですね?」

ミーナ「私が起きたら、もう準備してあったよ」

サシャ「……気が利いてるって喜ぶべきか、或いは怖がるべきなのか…微妙デスねぇ」

ミーナ「まぁ敵意や害意があるなら、私達が寝てる隙に何とでも出来ただろうから…」

ミーナ「そこまで怖がる必要は無いと思うけど…」

143: 2014/04/24(木) 22:21:39 ID:.gSZLtjk
ミーナ「私らこのローブの下、裸同然だから早く着替えよう…落ち着かないから」

サシャ「ね…寝てる隙に、何かイタズラとかされてないでしょうか?」

ミーナ「ヤなコト言わないで!それにイタズラされてるとしたら、サシャだけだよ。おっOい丸出しだし」

サシャ「へ?…わあああっ!」

その後、半泣きになったサシャと一緒に脱衣所で乾いた下着をつけ…

洗顔と身支度を整えると、立体機動用のベルトを装着。

制服を羽織って髪のセットも終わらせると…

朝食の用意された部屋に戻り、食事をとる事にした。

144: 2014/04/24(木) 22:23:34 ID:.gSZLtjk
食事中、イタズラされたと思い込んで、本気で凹んでるサシャに…

“胸元がはだけてたのは、飛び起きた拍子に着崩れたんだよ”と教えてあげると…

サシャはしつこい位に“本当ですか?本当に起き上がった拍子に着崩れただけですか?”

と、何度も何度も確認を取ってきた……まぁ、立場が逆なら私だってサシャと同じ事を聞くけどね。

それから元気を取り戻したサシャは、あっと言う間に朝食を食べ終えて…

私とサシャの装具を二つ手に取ると…

サシャ「ちょっと狩りに行ってきます」

145: 2014/04/24(木) 22:26:13 ID:.gSZLtjk
そう言い残して、厨房に続く廊下へと消えていく。

廊下の奥から“ハムぅぅぅ!”とか“パァァァアン発見っ!”等の奇声を聞く都度に…

私は、良いのかなぁ…と苦笑を浮かべながら、紅茶を啜りつつ狩りが終わるのを待った。

暫くしてサシャが帰って来ると、私達は立体機動装置とブレードも含めたフル装備に準備を整える。

やたらと重くなった装具を背負うと、私達は開錠されたドアを開き、廊下を進み始めた。

廊下はやっぱりと云うか…長い。一体、どんな仕組みになってるんだろう?

146: 2014/04/24(木) 22:27:30 ID:.gSZLtjk
一夜を過ごし、ここでの食事やお風呂にまで入ったせいか…

昨日、この丸太小屋に入った時の様な恐怖感は最早、無いに等しかったので…

サシャと二人、何処までも続く廊下を歩きながら、お互い冷静に疑問をぶつけ合った。

サシャ「灰色の森も相当に奇妙で不思議でしたけど、この丸太小屋?は、それに輪をかけて奇妙で不思議なんですよねぇ…」

サシャ「まず小屋に入る前の段階で、この丸太小屋にだけ色があったのが不思議なんですよ」

サシャ「仮に灰色の森が、還らずの森みたいな不可侵の領域、或いは異世界の森だとすると…」

147: 2014/04/24(木) 22:28:38 ID:.gSZLtjk
サシャ「この丸太小屋も、本来は灰色になってなければオカシイんじゃないかと思うんですよ、私は」

ミーナ「言われてみたら確かにそうだね…」

ミーナ「でも、この丸太小屋には人?が居るよね?」

ミーナ「料理が作ってあって、食料の備蓄があって…」

ミーナ「お風呂があって、お湯が沸いてて…」

ミーナ「寝室があって、終いにはトイレまであったし。明らかに人間が使う為の準備が整ってた」

ミーナ「少なくとも、人間に必要な物ばかりが揃えてあったよ、あの部屋には」

148: 2014/04/24(木) 22:30:14 ID:.gSZLtjk
サシャ「確かにそうなんですけど……だからと言って、この丸太小屋の主が人間…とは言い難いですよね?」

ミーナ「確かに。この、どこまで続いてるか解らない廊下が、何よりの証拠だもんね?」

サシャ「仮に、私達が泊まった部屋が居間だとして、あの居間を出てから一時間は廊下を歩いてますからねぇ…」

ミーナ「廊下のランプは私達を迎える様に、進む度に明かりが点くし…」

サシャ「通り過ぎると、背後のランプは消えますしねぇ…」

ミーナ「外から見た感じじゃ普通の丸太小屋だったけど、中は灰色の森と同じ位に奇妙だよねぇ…」

149: 2014/04/24(木) 22:36:01 ID:.gSZLtjk
サシャ「食べ物がある分、外の森よりマシですけど…不思議な小屋です」

ミーナ「あんまり言いたく無いけど…私達、帰れるのかな?」

サシャ「………」

ミーナ「………」

サシャ「私もあまり言いたくは無かったんですけど…私達……この丸太小屋から、外に出られるんでしょうか?」

ミーナ「………」

サシャ「………」

お互い、口に出せなかった不安を言葉にすると…

どうしても表情が沈み、沈黙が答えになってしまう。

どうやら直接的な身の危険こそ回避できそうだけど、現状が極めて深刻である事に変わりは無かった。

150: 2014/04/24(木) 22:36:57 ID:.gSZLtjk
サシャ「みんな……心配してるでしょうか?」

ミーナ「…多分ね…」

サシャ「……早く……帰りたいですね」

ミーナ「…うん」

食事とお風呂、柔らかなソファーで十分な睡眠を取った事で随分と元気にはなったけど…

現在の状況を考えると、やっぱり不安がジワジワと広がって来る。

私は無言になって、廊下に視線を落としながらトボトボと歩いていると…

不意にサシャが声を上げた。

サシャ「ミーナあれっ!アレを見て下さい!」

サシャを見ると、彼女は前を指さしている。

151: 2014/04/24(木) 22:37:47 ID:.gSZLtjk
つられる様に視線を前に向けると、少し先の行き止まりに、真っ黒なドアが据えられていた。

サシャと顔を見合わせると、二人揃って黒塗りのドアに駆け寄る。

昨日、居間に辿り着いた時、白塗りのドアにも付いていた兎の装飾のドアノッカーが、この黒塗りのドアにも取り付けられていた。

無言のままもう一度サシャと顔を見合わせると、私は小さく頷いてドアノッカーに手を伸ばす。

正直に言えば、返事はどうせ期待できない。

それでも僅かな期待と不安を胸に、伸ばした右手でドアノッカーを掴んだ………その瞬間だった

152: 2014/04/24(木) 22:38:44 ID:.gSZLtjk
???「ノックは必要ありませんよ、お嬢さん方。どうぞお入り下さい、ドアに鍵は掛かっておりませんので」

随分と優しい感じで、聞き心地の良い男性の声が、私とサシャに掛けられた。

私とサシャが思わず絶句して、身体を石の様に強ばらせる。

私達二人の反応は、当然の反応…無理も無い事だ。

何でかって言うと、私達に優しい声を掛けたのは、目の前のドアノッカー…

…その、兎の装飾だった。

155: 2014/04/25(金) 10:52:56 ID:U2E/5Luw
黒塗りのドアに取り付けられている、ドアノッカーの兎の装飾。

その大きさは、私の掌より少し小さい程度で…

銀製なのかメッキなのかは解らなかったけど、私の目が変になっていなければ…

銀色に輝く兎の装飾は、金属で出来ているようにしか見えない。

モノも言えず立ち尽くす私達に、兎の装飾は表情も豊かに話し掛けてきた。

兎の装飾「これは失礼、驚かせてしまいましたか?」

兎の装飾「しかしご安心を。今、お嬢さん方に話し掛けているのは、部屋の中に居る私です。ドアの装飾は、生きている訳では御座いません」

156: 2014/04/25(金) 10:54:42 ID:U2E/5Luw
ミーナ「いやいやいやいや…」

サシャ「喋っとる喋っとる、むっちゃ喋っとるやんか…」

兎の装飾「私は部屋の中でお待ち致しております。どうぞ、ご遠慮なさらずお入り下さい」

ミーナ「やっぱりホラーハウスだったよ…今頃キタよ…油断してたよ…」

サシャ「ほっ、本日はお日柄も良いみたいなので、又の機会にお伺いしますぅ…」

ドアノッカーを掴んだまま、恐くて手も離せず涙目になってる私の肩を…

少し錯乱気味のサシャがこの場から逃げ出すべく、強く掴んでグイグイと引っ張ってる。

157: 2014/04/25(金) 10:56:26 ID:U2E/5Luw
そんな私達の様子を見てか、兎の装飾は意地の悪そうな笑みを浮かべた…

やっぱ生きてるでしょ、コイツ……

兎の装飾「お嬢さん方は元の世界に帰りたい…違いますか?」

ミーナ「………」

サシャ「………」

兎の装飾「この部屋の中には、お嬢さん方が元の世界に帰る為の術が御座います」

兎の装飾「私めをどうか、信用なさって下さい」

喋る装飾に信用しろと言われて、ハイ分かりましたって答える馬鹿がドコにいるってのよ?

幾らか冷静さを取り戻してきた私が、逃げ出すタイミングを見計らっていると…

158: 2014/04/25(金) 10:57:34 ID:U2E/5Luw
喋る装飾が、あからさまな溜め息を吐いた。

兎の装飾「ふぅ………私のおもてなしは、喜んで頂けませんでしたか?」

兎の装飾「腕によりを掛けたお料理を、お出ししたつもりでしたが…」

サシャ「あ…」

ミーナ「昨日の…料理?あの……あれ、貴方が?」

兎の装飾「はい、私です」

正直に言えば、凄い助かった。ホントに飢え氏にするかと思ってたから…

困った……昨夜の事を考えたら、信用どころか感謝して然るべきだけど…

こんな非現実的な状況下で、喋る装飾の言葉を迂闊に信用して良いものかどうか…

159: 2014/04/25(金) 10:58:59 ID:U2E/5Luw
判断に迷ってサシャの方を見ると、彼女からは怯えの色が消えていた。

サシャ「部屋に入ってみましょう。ご飯を食べさせて貰った相手です。信用できますよ、きっと」

ミーナ「きっと…って、そんないい加減な…」

サシャ「ミーナだって言ってたじゃないですか?悪意や害意があったなら、私達が寝てる隙に何とでも出来たって」

ミーナ「そりゃ…言ったけど」

サシャ「大丈夫ですよ、きっと。それに、元の世界に帰れる術があるって言ってるんです」

サシャ「これを逃す手は無いと思いますよ、私は?」

160: 2014/04/25(金) 11:00:29 ID:U2E/5Luw
サシャの言葉はもっともだ。ここで何時までも、手を拱いているワケにはいかない。

私は腹を括ると、兎の装飾に呼び掛けた。

ミーナ「分かったわ。部屋に入るから、ドアを開けて」

兎の装飾「承知致しました」

装飾が答えると、ドアが独りでに開く。

開いたドアの向こうは、真っ暗な闇だった。

兎の装飾「どうぞ、お通り下さい」

部屋の中が見えないって…どーゆー事よ?

私が足を踏み出せないでいると、サシャが先に真っ暗な部屋へと先に入ってしまった。

161: 2014/04/25(金) 11:02:04 ID:U2E/5Luw
仕方なく、私も後に続く。ドアを通り抜けた瞬間、全身にゾクッと妙な違和感が走った。

ミーナ「うわ……何、今の?」

思わず両手で自分を抱きしめ、暗い室内を見渡す。

すると、真っ暗と思った室内は暗いんじゃなくて…

部屋の壁が黒塗りなんだって事に気が付いた。

そしてこの部屋も、どうやら私達が寝泊まりした居間と同じらしく、室内が円形状なのに気付く。

家具の類が一切置かれていない黒塗りの室内には、円形状の壁に合計八つの白いドアだけがあった。

162: 2014/04/25(金) 11:07:30 ID:U2E/5Luw
室内には私とサシャが居るだけで、私達に声を掛けてきた男性の姿が無い。

室内は思ったより広い?けど、床も壁も天井も全てが黒塗りの室内だから、距離感が解らなくなる…

辺りを見渡して確認できたのは、そんな所だけど…

サシャは黙り込んだまま、何を突っ立てるんだろ?

気になった私は、サシャに声を掛けてみた。

ミーナ「…誰も居ないね?」

サシャ「ミーナ……そこ…」

サシャが惚けた声で、私を呼んだ。

何かを指さしてるみたいだけど、サシャの姿が陰になって私には見えない。

何だろ?そう思ってサシャに近付いた時、彼女の陰からフワリと金色に輝く光が宙を漂って見えた。

163: 2014/04/25(金) 11:09:10 ID:U2E/5Luw
ミーナ「なっ…ちょ……コレ……もしかして…ちょう…?」

サシャ「やっぱりミーナにも、蝶々に見えますか…金色の?」

サシャの直ぐ目の前で、金色に輝く蝶々が金の鱗粉を振り撒く様にして、ゆったりと飛んでいる。

黒塗りの室内で存在感を際立たせる、たった一匹の金色の蝶。

蝶の飛んだ後はその軌跡を示す様に、まるで篩に掛けた様な細かい金粉が宙を漂い…

そのあまりの美しさに、私達は目を奪われた。

暫くサシャと二人でその姿を眺めていると…

金色の蝶は何も無いはずの空中に止まり、その羽をたたむ。

164: 2014/04/25(金) 11:10:47 ID:U2E/5Luw
“はあっ?一体何にとまったのよ?”と思った矢先に…

蝶は羽をたたんだまま、一気に下へと滑る様に落ちた。

あっ!と思ったら、私達の膝丈辺りの高さで急停止。

空中には蝶が最初に止まった場所から、急停止した場所まで、金粉の道筋が出来上がった。

そして金粉で出来た道筋が、今度は空中で開き始める。

上から開くにつれ、何も無いはずのソコから白い光が漏れ出した。

金粉の道筋が、まるで“大きなジッパー”の役割を果たした様に…

明らかに室内とは異なる空間から、白い光を背に…

165: 2014/04/25(金) 11:13:07 ID:U2E/5Luw
人影が、その中から黒塗りの部屋へと歩み出て来た。

その人物は黒塗りの室内に入ると、膝丈辺りにとまったままの蝶をヒョイッと摘み…

今度は上へと持ち上げる。すると今度はジッパーが閉まる様に、空間の穴が閉じた。

蝶がまた、宙を漂い始める。

ポカンと口を開けるしかない私達に、その人物が向き直った。

その人は、随分と洒落た格好をしていた。

スラリとした長身痩躯に、三つ揃いの燕尾服を粋に着こなし…

両手には白手袋をはめ、袖口には、サファイア色のカフスが光る。

頭には、ちょこんと可愛らしい小さなシルクハットを乗せていた。

166: 2014/04/25(金) 11:18:06 ID:U2E/5Luw

実に小粋な格好よ?ホント、紳士の装いって、きっとこうなんだろうなって思うよ……うん、とっても素敵…

…ただね?…でもね?

そのシルクハットを挟む様に、頭には長~い両耳が伸びててね…

つぶらな両目はルビーみたいに紅くて、顔中は真っ白な毛に被われててね…

特徴的な二本の出っ歯が、とっても微笑ましい印象を与えてくるのよ。

実に、実にエレガンテな服装と雰囲気に包まれたウサギさんの登場に…

私とサシャは馬鹿みたいに口をパクパクさせて、呆然とするしかなかった。

167: 2014/04/25(金) 11:19:35 ID:U2E/5Luw
そんな私達に、ウサギ男は仰々しく一礼すると、両手を広げて問い掛けてきた。

ウサギ男「開けますか?開けませんか?」

ミーナ「………えっ?」

ウサギ男「この部屋のドアは、お嬢さん方が居た元の世界に続いております」

サシャ「…ええっ!?」

室内の八つのドアを示す様に、両手を広げたままのウサギ男が、柔らかい聞き心地の良い声で、私達に囁く。

ウサギ男は、同じ言葉を繰り返した。

ウサギ男「開けますか?開けませんか?」

168: 2014/04/25(金) 11:24:17 ID:U2E/5Luw
ミーナ「本当に……この部屋のドアは、私達が居た所に…ウォール・ローゼに繋がってるの?」

ウサギ男「私は嘘は申し上げません。知り得る真実のみ、申し上げております」

サシャ「か、帰れるんですか?私達?」

ウサギ男「貴女方の世界に戻れる、唯一無二の方法です」

ミーナ「私達の世界に…帰れる………私達の…」

サシャ「やった……帰れる……帰れるそうですよミーナっ!」

半ば呆然と呟いてた私にサシャが歓声を上げて、ギュッと抱きついて来る。

ミーナ「うん!うんっ!」

内心、帰るのは絶望的だと考えてた私も、嬉しさのあまり、サシャをギュッと抱き返した…

169: 2014/04/25(金) 11:25:15 ID:U2E/5Luw
続きは深夜に

171: 2014/04/26(土) 01:28:45 ID:xYt5ZrtE
ウサギ男の言葉は、私とサシャを本当に喜ばせた。

この奇妙な森から、私達の日常の世界に戻れるなんて……なんて幸運!なんて幸せな事だろう…。

みんなの所に帰る事が出来る…そう思った時、私は心から安堵した。

そして安堵した事で、心にゆとりと平静さが戻る。

落ち着きを取り戻した事で、私は疑問に思っていた事を問い掛ける事にした…

…まぁ問い掛ける相手が、その疑問の一番手なワケなんだけどネッ?

ミーナ「あの…ちょっと質問して良いですか?」

172: 2014/04/26(土) 01:30:24 ID:xYt5ZrtE
ウサギ男「どうぞ、何なりと。私が知り得る事実で宜しければ、お答えします」

ミーナ「ここは……どこ?」

ウサギ男「ここは、零の世界。行き場のない思念が、生まれては消えゆく所です」

ミーナ「…ゼロの世界?」

意味の解らない言葉に、私とサシャが揃って眉を寄せた。

サシャ「その……外の灰色の森は?還らずの森とは違うんですか?」

ウサギ男「零の世界が灰色の森に姿を変えたのは、お嬢さん…貴女の“森”への依存が強かったからです」

サシャ「私っ!?私ですか?」

173: 2014/04/26(土) 01:34:05 ID:xYt5ZrtE
ウサギ男「はい。真っ先に零の世界に迷い込んだ貴女の、森への強い依存に影響を受けて…」

ウサギ男「零の世界は灰色の森へと姿を変えました。貴女が零の世界から立ち去れば…」

ウサギ男「灰色の森は、元の零の世界に戻るでしょう」

ミーナ「…じゃあ、外の森って……幻?」

ウサギ男「いえいえ、現実の世界ですよ?但し、別の世界から見た現実世界ですが」

サシャ「……ウサギさんの言ってる意味が解らないのは、やっぱり私が馬鹿だからでしょうか?」

ミーナ「大丈夫だよ、私も全然ワカンナイ」

幻じゃなくて、現実の世界?アレが?しかも別の世界から見た現実世界?……全くもってチンプンカンプンだわ…

174: 2014/04/26(土) 01:37:38 ID:xYt5ZrtE
ミーナ「解んないから大雑把に聞くけど、ここは私達が居た世界とは、全く違う世界って事でいいのね?」

ウサギ男「全く違う…訳ではありませんが、簡潔に申し上げれば、その通りと言えます」

ミーナ「そう………ならウサギさん、もう一つ聞いていい?」

ウサギ男「どうぞ、遠慮なく」

ミーナ「アナタは……何者?」

ウサギ男「見ての通り、ただのウサギで御座います」

ただのウサギとやらが、シルクハットを手に取って、仰々しく一礼する。

ただのウサギが服を着て喋るかっつーの!

私が胡散臭そうな目を向ける横では、サシャがクスクスと笑ってる。

175: 2014/04/26(土) 01:39:17 ID:xYt5ZrtE
ウサギの言動が、何故か笑いのツボにハマったらしい。

サシャは臆病な所があるクセに、食料庫から食べ物を盗んでみたりと、変に神経の太い所がある。

超常現象の固まりみたいな謎の生物を相手に、よく笑ってられるもんだわ、ホントに…

私が半ば呆れてると、サシャがにこやかにウサギへ話し掛けた。

サシャ「昨日と今朝のご飯、本当にありがとう御座いました」

ウサギ男「いえ、ご満足頂けたのであれば幸いです」

ウサギ男「お口には合いましたか?」

サシャ「もう最っっっ高に美味しかったですよ!」

176: 2014/04/26(土) 01:40:28 ID:xYt5ZrtE

ウサギ男「それは重畳」

ウサギ男「私も食べられずに済んで、何よりでした」

サシャ「……えっ?」

ウサギ男「森で、お嬢さんから刃物を片手に追い回されている間は、生きた心地がしませんでしたよ?」

サシャ「え?……ええっ!!」

ミーナ「アレって…まさか…」

ウサギ男「動物の姿をしていたとはいえ、人間に、ああも追い詰められるとは思いませんでした」

サシャ「ごめんなさい!悪気は無かったんですよ…ただお腹が空いてただけで…」

177: 2014/04/26(土) 01:42:03 ID:xYt5ZrtE
サシャは慌てて謝ってるけど……いやいや、まさかこうなるなんて、思ってもみないでしょ、普通?

慌てて謝るサシャにウサギ男が目を細めた。

ウサギ男「いえいえ。森での鬼ごっこは楽しかったですよ…」

ウサギ男「それにコチラも、おかしな悪戯に付き合って貰ってますから…ね?」

ウサギ男がそう言うと、更に目を細める。

笑ってるんだろうけど…真っ赤な瞳を細めると、何か不気味に見えるわ。

サシャ「あの…もし良かったら、記念にお名前を教えて下さい」

サシャの問いに、ウサギ男が考える仕草をすると…

178: 2014/04/26(土) 01:43:11 ID:xYt5ZrtE
小さく笑って、質問に答えた。

ウサギ男「……ラプラスの魔」

ラプラスの魔「とある世界の生き人形は、私をそう呼んでおりました」

サシャ「ラプラスの…魔?」

ミーナ「生き人形?とある世界って……どこよ?」

ラプラスの魔「世界は無数に存在します。そしてかの世界には、お嬢さん方の世界で人間を脅かす…」

ラプラスの魔「“巨人”は存在致しません」

サシャ「巨人が……いない世界ですか?」

ミーナ「そんな世界が、本当にあるの?」

ラプラスの魔「巨人が存在するのは、唯一お嬢さん方の世界だけ…」

179: 2014/04/26(土) 01:45:00 ID:xYt5ZrtE
サシャ「……」

ミーナ「……」

ラプラスの魔「但し巨人がいなくとも…どの世界にも、人間を脅かす存在が有るものですよ、お嬢さん方?」

そう言って、ラプラスの魔はまた目を細めた。

ラプラスの魔の言葉を鵜呑みにして良いか解らないけど…

巨人が、私達の世界にしか存在しない…それは、結構ショックな言葉だった。

ツイてない…理不尽…不公平…不条理…

そんな言葉が頭を掠める。

サシャもショックを受けたらしくて、二人して顔色を悪くしてると…

180: 2014/04/26(土) 01:46:13 ID:xYt5ZrtE
ラプラスの魔「質問が終わりましたならば、そろそろお帰りになるドアをお選び頂きましょう」

ラプラスの魔が、また両手を横に開いて見せた。

ここのドアがウォール・ローゼに繋がってるなら、一々ドアを選ぶ必要もないでしょうに…

ミーナ「帰ろう、サシャ。私達の世界には確かに巨人が居るけど…居るのは巨人だけじゃない」

ミーナ「親が居る、兄弟が居る、愛しい人が居る…」

ミーナ「みんなが…同じ訓練兵団の仲間達が居る。捨てたもんじゃないよ、私達の世界だって」

サシャ「……そう…ですよね。捨てたもんじゃありません」

181: 2014/04/26(土) 01:47:27 ID:xYt5ZrtE
サシャ「帰りましょう、私達の世界に」

ミーナ「うん。さあ、帰ろう」

私達は頷き合うと、手近なドアへと足を進めた。

迷い無くドアノブを掴む。

ドアノブを回そうとした瞬間…さっきの事が頭を掠めた。

………何でドアが八つあるの?それに、ドアを選ばなきゃいけないのは何故?

ミーナ「……………」

サシャ「……?」

サシャ「ミーナ、どうかしましたか?」

ミーナ「うん……ねえ、ラプラスの魔…ここのドアは、本当に私達の世界に続いてるのよね?」

182: 2014/04/26(土) 01:48:45 ID:xYt5ZrtE
ラプラスの魔「はい。この部屋のドアは、間違い無くお嬢さん方の世界に繋がっております」

ラプラスの魔「先程も申し上げましたが…お嬢さん方が、ご自分達の世界に帰る為の、唯一無二の方法です」

ミーナ「その言葉に、誓って嘘は無いのね?」

ラプラスの魔「私は、知り得る限りの真実だけを申し上げております」

ミーナ「真実だけ…ね。なら…あと二つ質問」

ミーナ「このドアが私達の世界に繋がってるの?」

ミーナ「仮に違うとしたなら、このドアは何処に繋がってるの?」

ミーナ「知ってるんでしょっ?答えて」

183: 2014/04/26(土) 01:54:03 ID:xYt5ZrtE
私の質問に、ラプラスの魔は、直ぐには返事を返さなかった。

私は掴んでたドアノブを離し、ラプラスの魔に向き直る。

ラプラスの魔……兎の赤い瞳が、すうっと細くなる。

今度こそ一目で解る、悪意に満ちた笑みだ。

ラプラスの魔は明らかな悪意の笑みを浮かべたまま…

楽しそうにパンパンと手を叩き始めた。

ラプラスの魔「なかなか賢しいお嬢さんですねぇ?」

サシャ「えっ?えっ?!」

ミーナ「ありがと。質問に答えてくれるなら、もっと嬉しいわ」

184: 2014/04/26(土) 01:55:19 ID:xYt5ZrtE
ラプラスの魔「…そのドアが、お嬢さん方の世界に繋がっているのか?との質問の答えでしたら…」

ラプラスの魔「存じ上げません。それが私の知り得る限りの、真実の答えです」

サシャ「……えっ?だってさっきは…どーゆう事ですか?」

ミーナ「この兎の言ってる事が本当に真実なら、この部屋のどれか一つのドアが、私達の世界に繋がってるって事でしょ?」

サシャ「そんな…だったら意地悪しないで教えて下さいよ?」

185: 2014/04/26(土) 01:56:27 ID:xYt5ZrtE
ラプラスの魔「残念ながら、どの扉がお嬢さん方の世界に繋がっているのか…」

ラプラスの魔「私も存じ上げません。何故なら…」

ラプラスの魔「先程も申し上げましたが、世界は無数に存在します」

ラプラスの魔「どこかとどこかを繋ぐ…世界と世界を繋ぐ、それがこの部屋の扉」

ラプラスの魔「この扉は必ずしも、帰りたい世界に繋がってくれるとは限りません」

ミーナ「じゃあ…私達の望まない世界って、どんな世界?」

186: 2014/04/26(土) 01:57:40 ID:xYt5ZrtE
ラプラスの魔「さて…ともすれば私の知る、生きた人形の存在する世界やも知れませんし…」

ラプラスの魔「或いは私ですら知らない、未知の世界やも知れません」

サシャ「だったら……何で最初から、それを教えてくれないんですか?」

サシャの声が震えてる。流石に怒ったんだろう。

はっきり言えば、私だって相当ムカついてる…

何でこんな大事な事を、最初に教えないのよ?このクソウサギ!

187: 2014/04/26(土) 02:00:46 ID:xYt5ZrtE
ラプラスの魔「何故……と?」

ラプラスの魔「これも先ほど、申し上げたはずですよ?」

ラプラスの魔「おかしな悪戯にお付き合い頂いている……と」



ラプラスの魔が悪意に満ちた笑みを浮かべる。



私とサシャは殆ど同時に、腰に装備したブレードへと手を伸ばした…

191: 2014/04/27(日) 01:26:53 ID:BZplxekw
ミーナ「つまり…私達は今も、その“おかしな悪戯”に付き合わされてるってワケね?」

サシャ「私らがこの世界に迷い込んだんも、あんたの仕業なんか?」

このクソウサギ、返答次第じゃマジで削いでやる…

殺気立つ私達を前にしても、このクソウサギに動揺とかは感じられない…

むしろ楽しそうに見えるのが、余計に腹立つわ!

このクソウサギに、少しでも心を許しちゃだめだ。

殺気立ち、警戒心を強める私達に、ラプラスの魔が大袈裟に首を竦める仕草をして見せた。

ラプラスの魔「正解と不正解」

ミーナ「はっ?」

192: 2014/04/27(日) 01:28:44 ID:BZplxekw
ラプラスの魔「まずは正解へのご返答ですが…」

ラプラスの魔「悪戯に“おかしくない悪戯”などありましょうか?」

良い根性してんじゃないコイツ……削いでやる!

本気でキレた私と、おそらく同様のサシャが無言でブレードを抜くと…

ラプラスの魔「おやおや、物騒な物はお仕舞い下さい」

ラプラスの魔「現実世界の住人である、お嬢さん方の刃が…」

ラプラスの魔「アストラルの住人である私に届く事は不可能」

ラプラスの魔「仮に届く様な事があったとしても…その場合、お嬢さん方の世界に帰る術が、永遠に失われますよ?」

193: 2014/04/27(日) 01:29:51 ID:BZplxekw
ミーナ「……くっ」

サシャ「ムカつく…」

ラプラスの魔「それを承知で、昨日の鬼ごっこを続けてみるのもまた一興」

ラプラスの魔「戯れは真剣なほど、危険が伴うほどに面白い……さてお嬢さん方、如何なさいますか?」

ラプラスの魔が、すうっと赤い瞳を細めて、不敵に笑ってみせる。

腹立たしいったらありゃしないわ!

削いでやりたいのは山々だけど…

帰れなくなるのは非常に都合が悪い…つか困る。

弱みを握られてるみたいで物凄く気分が悪いけど…

194: 2014/04/27(日) 01:31:40 ID:BZplxekw
腹の虫が治まらないのを無理やりねじ伏せ、サシャに目配せした私は、ブレードを鞘に収めた。

それを見たラプラスの魔が、少し残念そうに首を竦める…

…一々ハラ立つなぁ、この性悪ウサギ!

睨み付ける私達に、性悪ウサギがピッ!と人差し指を立てて見せた。

ラプラスの魔「次に不正解の返答ですが…」

ラプラスの魔「私はお嬢さん方を、零の世界に招いてなどおりません」

ラプラスの魔「結果的に、私の塒に招く事にはなりましたが…」

ラプラスの魔「お嬢さん方が零の世界に迷い込んだのは、本当に偶然の産物です」

195: 2014/04/27(日) 01:35:37 ID:BZplxekw
ミーナ「嘘…ではないよね?」

サシャ「本当に、ですか?」

ラプラスの魔「私は、真実しか申し上げておりません」

ラプラスの魔「何度も申し上げますが、世界は無数に存在します…」

ラプラスの魔「そして、世界には無数の穴があり、扉はそれを塞いでいます…」

ラプラスの魔「この部屋の扉は、その無数に存在する穴の一部にすぎません」

ラプラスの魔「お嬢さん方はあの日、偶然が重なり、扉が開いたままの穴に落ちた…という訳です」

ラプラスの魔「そこで私から、お嬢さん方へ後学の為に一つ…」

196: 2014/04/27(日) 01:36:45 ID:BZplxekw
ラプラスの魔「目に見えない扉にご注意を…彼らは狡賢く隠れていますから」

ミーナ「…ご親切にどーも」

サシャ「一つ質問」

ラプラスの魔「何でしょう?」

サシャ「さっき、結果的に私の塒に招いたって言ってましたけど…どーゆう意味ですか?」

ラプラスの魔「あぁ、その事ですか?」

ラプラスの魔がサシャの質問に、小さな笑みを浮かべる。

これまでの悪意のある笑みと違って、その小さな微笑みだけは、マトモな笑みに見えた。

ラプラスの魔「私としては当初、単にお嬢さん方をからかい、あしらうつもりでしたが…」

197: 2014/04/27(日) 01:38:05 ID:BZplxekw
ラプラスの魔「よもや、あれ程の執念で追い掛けられ、追い詰められるとは夢にも思っておりませんでしたので…」

ラプラスの魔「私の塒にまで辿り着かれたからには、敬意を表し、正式にお客様としてお持て成し致した次第です」

サシャ「…ご飯の件に関しては、感謝してます」

ミーナ「あ、お風呂も……まあ言いたい事は他に山ほどあるけど…一応、ありがと」

ラプラスの魔「ベッドはお使いになられなかった様ですね?」

ミーナ「私らも、ソコまで厚かましくないし」

サシャ「慎みくらい知ってますからねー」

198: 2014/04/27(日) 01:39:16 ID:BZplxekw
ラプラスの魔「それは重畳」

ラプラスの魔が、うっすら笑みを浮かべる。

嫌みで笑ってんじゃないでしょうね、コイツ?

ミーナ「…でも、客人に対して悪戯が過ぎるんじゃない?」

ラプラスの魔「元よりお嬢さん方は、私にとっては招かれざる客人。それに…」

ラプラスの魔「ソレはソレ、これはこれ…と言った次第です」

ミーナ「どーあっても、悪戯はヤメない気なんだ?」

ラプラスの魔「私は常に時間を持て余しておりますので…」

ラプラスの魔「お嬢さん方をお持て成しした以上、私も心行くまで楽しませて頂く所存です」

199: 2014/04/27(日) 01:41:05 ID:BZplxekw
ラプラスの魔「お嬢さん方も、私を頼る他ありませんでしょうし…」

ラプラスの魔「ご不満がお有りなら、リュックに詰め込んだ食料を全てご返却の上で、他をおあたり下さい」

ミーナ「…つまり私達は、アンタに逆らえないってコトね」

サシャ「みたいですねぇ…」

主導権は完全に握られてる。

私とサシャは、深い溜め息を吐いた。

ラプラスの魔「ゲームですよ、お嬢さん方。お二人はこれから、私とのゲームに付き合うのだと、お考え下さい」

200: 2014/04/27(日) 01:42:16 ID:BZplxekw
ラプラスの魔「最も、何も知らずに付き合って貰った方が、私としましては、より楽しめたハズでしたがねぇ」

サシャ「根性悪いわー…」

ミーナ「この性悪ウサギ…」

ラプラスの魔「褒め言葉として、頂いておきますよ」

ラプラスの魔「さて、ゲームに参加されるからには、ルールが必要ですねぇ…」

性悪ウサギはそう言うと、室内をゆっくり歩きながら、暫く考え始めた。

その姿は、リアルな兎の着ぐるみを被った成人男性が燕尾服を着てる様なものだから、滑稽この上ない。

201: 2014/04/27(日) 01:43:31 ID:BZplxekw
ただ、燕尾服のテールベンツ付近…つまりお尻の辺りには…

ズボンにどう細工してるのか、丸いシッポがポッコリ外に飛び出てる状態で…

サシャと二人、ソレに気付いた時は、笑いを抑えるのにホント一苦労した。

クソ真面目な状況下で、不意を付く様な笑い事があると、かなりキョーレツ…

サシャと二人して性悪ウサギから視線を外し、必氏に笑いを堪えていると…

性悪ウサギがパン!と手を叩いて見せた。

ラプラスの魔「決まりました」

ラプラスの魔「それではゲームのルールを説明致しましょう」

202: 2014/04/27(日) 01:55:24 ID:BZplxekw
ラプラスの魔「ゲームのクリアは言うまでも無く、お嬢さん方がご自分達の世界に繋がる扉を開いた瞬間…そこで終わります」

サシャ「そりゃそーですよね」

ミーナ「ええ…けど問題は繋がった先が、私達の世界じゃなかった場合よ」

サシャ「…扉を開けて、様子を見るだけで判断とか……無理ですよね、やっぱり」

ミーナ「まあ…無理だろうね」

ラプラスの魔「扉をくぐった瞬間に、そこはもう、この部屋とは違う世界になります」

ミーナ「……で、その扉をくぐった先が私達の世界じゃなかったら、どーしたら良いのよ?」

203: 2014/04/27(日) 01:57:10 ID:BZplxekw
ミーナ「まさか、その世界で一生を過ごせってんじゃないでしょうね?」

サシャ「…それキッツいなぁ」

ラプラスの魔「過去には、そうした人間もいましたよ。異世界に留まった人間が」

サシャ「げっ…」

ミーナ「えっ!私達の他にも、ここに来た人間が居たのっ!?」

ミーナ「つか異世界に留まったって…何ソレ?」

ラプラスの魔「ここに迷い込んで来る人間は、少なくありません」

ラプラスの魔「私は気が向いた時だけ、私の余興に付き合う条件で…」

ラプラスの魔「彼等が自分達の世界に帰るのを、手伝ったりなどしていますが…」

204: 2014/04/27(日) 01:58:29 ID:BZplxekw
ラプラスの魔「彼等が異世界で一生を終えた詳しい理由まで、私は存じ上げません」

ラプラスの魔「望んで一生を終えた者もあれば、無念のまま一生を終えた者もいたでしょう…」

ラプラスの魔「人間の一生は短いですし、この扉に挑戦するのも、一度や二度なら希望を持っていましたが…」

ラプラスの魔「二桁を超えると、大概の人間は諦めてしまいます」

ミーナ「ちょっと待ったあっ!…二桁って何よ?」

ミーナ「扉は八つでしょ?」

サシャ「最低でも八回目には、自分達の世界に帰れるんじゃないんですか?」

205: 2014/04/27(日) 01:59:54 ID:BZplxekw
ミーナ「この性悪ウサギ!アンタまだ、何か隠してたわね?」

ラプラスの魔「おっと、うっかり口が…いえいえ、言い忘れておりました」

ラプラスの魔「この扉は不安定ですので、一度扉を開けてしまうと…」

ラプラスの魔「次は繋がっている扉の世界が入れ替わる場合があります」

ラプラスの魔「それでも常に、八分の一の確率でお嬢さん方の世界に繋がっておりますので、ソコはご安心下さい」

性悪ウサギが私達に、仰々しく謝罪の一礼をして見せる。

けど、こんなのはポーズだ、ポーズに決まってる!

206: 2014/04/27(日) 02:01:07 ID:BZplxekw
腹立たしいし、本当に油断も隙もあったもんじゃないわ!

サシャ「本当にやね?嘘やないよね?」

ミーナ「ちょっとこの性悪ウサギ!いい加減にしなさいよ?」

ミーナ「次に隠し事してんのが分かったら、そのシッポ引っこ抜くからね?」

ラプラスの魔「心魂に命じておきます」

ラプラスの魔「さて、ではお嬢さん方が異世界に行ってしまった場合のルールを説明しますが、宜しいですか?」

サシャ「何か聞きたないなぁ」

ミーナ「さっさと簡潔に済ませて、ムカついてるから!」

ラプラスの魔「では簡潔に説明致します」

207: 2014/04/27(日) 02:02:55 ID:BZplxekw
ラプラスの魔「お嬢さん方が異世界に行ってしまった場合、お嬢さん方はその世界で罰ゲームを受けて頂きます」

サシャ「ナゼ罰ゲーム…」

ミーナ「現在進行形で罰ゲームを受けてる気分なんだけど?」

ラプラスの魔「罰ゲームは至って簡単ですからご安心を」

サシャ「聞いてへんし」

ミーナ「アンタの長くてデカい耳は飾りなの?」

ラプラスの魔「異世界に間違って行った場合、同時に巨人を十匹ほど送りますので、早めに見つけ出して倒して下さい…」

ラプラスの魔「十匹目を倒したら、私の代わりに金色の蝶を迎えに寄越しますよ」

208: 2014/04/27(日) 02:05:57 ID:BZplxekw
サシャ「………はっ?てゆっか……アレ?」

ミーナ「ちょ、ちょっと待って……アンタ、私達の世界に行けるの?」

ミーナ「行けるのなら、私達を直接連れてってよ!」

ラプラスの魔「残念ながら…」

性悪ウサギが如何にも残念そうな感じで、肩をすくめ、首を横に振る…

ある意味、予想通りのリアクションよ…あーブン殴りたい!

ラプラスの魔「私とお嬢さん方とでは、根本的な存在が異なります」

ラプラスの魔「先ほども申し上げましたが、私はアストラルの世界…精神世界の住人…」

209: 2014/04/27(日) 02:08:04 ID:BZplxekw
ラプラスの魔「私は何処にでも存在し、また何処にも存在致しません」

ラプラスの魔「物質世界で生身の肉体を持つお嬢さん方とは、存在の在り方が違うのです」

ラプラスの魔「私は行こうと思えば、この場を動かずともお嬢さん方の世界に存在しえますが…」

ラプラスの魔「お嬢さん方が自分達の世界に帰りたいのであれば、この扉を使うほか方法が御座いません」

ラプラスの魔「お分かり頂けましたか?」

サシャ「…サッパリです」

ミーナ「…つまり、意地悪して連れてかないワケじゃ…ないのね?本当に?」

210: 2014/04/27(日) 02:09:38 ID:BZplxekw
ラプラスの魔「私は、真実しか申し上げておりません」

私が睨み付けながら詰問しても、この性悪ウサギは表情一つ崩さない…

尤も、実は私達を連れて行ける能力を持っていたとしても…

この性悪ウサギが素直に、私達の力になってくれるとは思えないけどね…

ミーナ「分かった、一応信じてあげる…」

ミーナ「…けど、さっきサラッとトンでもない事を言ってたよね?巨人を十匹、送り込むとか?」

サシャ「巨人十体を二人で倒せとか…何の冗談でしょうね?」

サシャの顔が流石に引き吊ってる…ま、多分私も似た様な顔になってると思うケド…

211: 2014/04/27(日) 02:10:51 ID:BZplxekw
ラプラスの魔「二人掛かりにしては、数が少な過ぎましたか?」

ミーナ「冗談はアンタの存在だけにして、このクソウサギ!」

ラプラスの魔「…では大負けに負けて、異世界の住人から協力を得て巨人を倒すのも可としましょう」

ラプラスの魔「運次第ではアッサリ済むかも知れませんよ?」

ラプラスの魔「巨人を全て倒したら、金色の蝶を使って扉を開いて下さい」

ラプラスの魔「開いた扉はこの部屋に繋がっておりますので…」

ラプラスの魔「またこの部屋から扉を選び、ゲームを再開して頂きます」

212: 2014/04/27(日) 02:12:02 ID:BZplxekw
ラプラスの魔「ルールの説明は以上で終わりですが、ご理解頂けましたか?」

サシャ「あの…私らに、拒否権は?」

ラプラスの魔「ご不満がお有りでしたら、食料をご返却頂いて、私の塒から出て行って頂きますが?」

ミーナ「罰ゲーム一回につき、巨人十体って…私らまだ訓練兵だよ?解ってる?」

ラプラスの魔「上手くすれば、歴戦の兵士になれます。一石二鳥ですよ」

ミーナ「…生きてたらね」

私達には拒否権も無い……もう本当に溜め息しか出ない。

213: 2014/04/27(日) 02:14:17 ID:BZplxekw
サシャと二人、ウンザリした表情をしてると…

性悪ウサギが目を細めながら楽しそうに両手を広げた。

ラプラスの魔「扉の向こう側に何れの風景が広がるのか…箱の中の猫が生きているのか氏んでいるのか…」

ラプラスの魔「全ては、開けてみてのお楽しみ」

ラプラスの魔「お嬢さん方の、目の前にある扉…それは光に繋がるか…はたまた闇へと続くのか…」

ラプラスの魔が、私達に扉を促す。

ラプラスの魔「開けますか?開けませんか?」

サシャ「……絶対、元の世界に帰ってみせます!」

ミーナ「うん、帰ろう。私達の世界へ!」

214: 2014/04/27(日) 02:18:43 ID:BZplxekw
私とサシャは自然と手を繋ぎ、正面の扉へと進む。

高鳴る鼓動を押さえ、私達はその扉を開き…

霧に包まれた様な扉の向こう側へと、足を踏み出して行った…。




不思議の国のミーナ・灰色の森編終了

215: 2014/04/27(日) 02:22:08 ID:BZplxekw

灰色の森編終了です

次章の投下は数日後になります

216: 2014/04/27(日) 02:55:46 ID:xX17QiDc
乙です
毎回読みごたえあるわ
続き楽しみにしてます

【進撃の巨人】不思議の国のミーナ・狂戦士編【前編】

引用: 不思議の国のミーナ