536: 2014/07/14(月) 22:19:07 ID:39ef2wpI


【進撃の巨人】不思議の国のミーナ
【進撃の巨人】不思議の国のミーナ・狂戦士編【前編】
【進撃の巨人】不思議の国のミーナ・狂戦士編【後編】


悪夢の様な日から、一夜があけた。


トロールに襲われたせいで余計な時間が掛かってしまい、日没まで予定の宿に辿り着けなかった私達は…

結果的に野宿する事になってしまった。

ガッツさんは当然の様に、徹夜で見張り。

幸い、あの辺りにいたトロールは全てガッツさんが倒してしまったらしく、夜間にトロールの襲撃を受ける事も無かったし…

更には幸か不幸か、毎朝出現していた巨人…最後の一体も現れない。

複雑な気分だったけど、正直に言えば…

最後の巨人が現れなかった事で、私は心の奥底でホッとしていた。
進撃の巨人
537: 2014/07/14(月) 22:22:31 ID:39ef2wpI
平穏な朝を迎え、皆で朝食を食べていると、ガッツさんは仮眠を取らずに出発すると言い出した。

有無をいわさぬ物言いに押し切られる形で、予定より四時間も早く出発。

神経質な程に周りを警戒するガッツさんに連れられて…

私達がヴリタニスへと辿り着いたのは、夕方頃になった。

初めて目にする異世界の都市。

昨日の事で少し鬱っぽくなってた私も、幾らか胸が高鳴った。

ヴリタニスも城壁で囲まれた都市だけど、壁の高さはウォール・ローゼよりかなり低い。

半分か、半分足らずって所かな?

538: 2014/07/14(月) 22:24:35 ID:39ef2wpI
ヴリタニスに着いてまず驚いたのが、人の多さ。

城壁の内外を問わず、人・人・人…で、ごった返してる。

ただ不思議に思ったのは、ここの人達の格好なのよね。

立体機動装置を装備している私らが言えた義理じゃないけど、ここの人達の大半が、ガッツさんみたいに鎧を着込んでる。

城壁の外の人達は、見るからに軍隊って感じだったし…。

私が疑問に思ってると、サシャも同じ疑問を感じてたみたいで…

サシャがその件をガッツさんに聞くと、実に単純明快な返事が返ってきた。

ガッツ「戦がおっぱじまるのさ、クシャーンとのな」

539: 2014/07/14(月) 22:26:38 ID:39ef2wpI
サシャ「クシャーン?」

ガッツ「法王庁の教圏から外れた所に住んでる連中で、蛮族とも呼ばれてる」

ガッツ「ま、俺も信仰心なんざ欠片も持ってねえから、偉そうに言えた義理じゃねえけどよ…」

ガッツ「早い話が異教徒相手の奪還戦争だな」

ガッツ「詳しい話はこの間、セルピコが言ってただろ?」

サシャ「あー…何となく覚えて……ます?」

ミーナ「……」

良くは解らなかったけど、異教徒との戦争…つまりは人間同士の戦争が始まるらしい。

540: 2014/07/14(月) 22:28:44 ID:39ef2wpI
そういえばセルピコさんから聞いた話だと、戦争は既に始まっていて…

ミッドランドって王国の王都が、陥落したって言ってたのを思い出した。

なるほど…ヴリタニスは奪還作戦の拠点になってて、それでこんなに鎧を着込んだ人達が溢れてるんだ。

それにしても…呆れるくらい人が多い。

軍人、傭兵、商人、町人行商人、女、博徒……

あまり健全な雰囲気とは言えないけど、活気だけは伝わって来る。

海に面した貿易都市ヴリタニスは、今や清濁綯い交ぜになってる状態で…

都市全体が、まるで酒保みたいになっていた。

541: 2014/07/14(月) 22:31:00 ID:39ef2wpI
シールケ「セルピコさんと念話で連絡が取れました」

シールケ「取り合えず、酒場の三階に宿を取っているそうです」

ガッツ「遠いのか?」

シールケ「それほど遠くありません、歩いて二十分といった所でしょう」

シールケ「セルピコさんが迎えに来ましょうか?と仰ってますけど?」

ガッツ「シールケ、場所は解るか?」

シールケ「セルピコさんから道順の思考映像を見せて貰いましたから、迎えが無くても一応は辿り着けます」

ガッツ「なら迎えは必要ねえ」

シールケ「解りました、セルピコさんに伝えます………」

542: 2014/07/14(月) 22:32:54 ID:39ef2wpI
シールケ「では行きましょう」

シールケちゃんはそう言うと、先頭に立って歩き始めた。

人でごった返す小さな通りを、シールケちゃんを先頭にして進んでいると…

暫くして、周りの人達からやたらと注目を浴びているのに気付いた。

初めはガッツさんに抱っこされてる私が注目を集めているのかと思ったけど…

どうやら違うみたい。集まる視線の先を辿ると、大衆の興味を集めていたのは…

覚束ない足取りで先頭を歩く、シールケちゃんだった。

“何だあの格好は?”とか“魔女のつもりか?”とか、ヒソヒソと話し声が聞こえて来る。

543: 2014/07/14(月) 22:34:43 ID:39ef2wpI
どうやらこの世界でも、魔女の存在は希少みたいだった。

シールケ「人が多すぎて、酔いました…気持ち悪いです…」

サシャ「大丈夫ですか?少し休みます?」

シールケ「…いえ、もう暫くで宿に着きますから、我慢します…」

シールケちゃんは大衆の視線に晒されながら、片手で口元を押さえ、顔色を悪くしながらフラフラと歩く。

予想した到着時間よりも少し遅れて酒場に辿り着くと…

宿を取ってる酒場の前では、セルピコさんが表に出て、私達を待っていてくれた。


セルピコ「お疲れ様です、皆さん」

544: 2014/07/14(月) 22:36:15 ID:39ef2wpI
セルピコ「おや?シールケさん、顔色が良くないようですが?」

シールケ「ええ…どうやら人の多さに酔ってしまったらしくて…」

セルピコ「旅の疲れもあるのでしょう。夕食まで少し時間がありますから、部屋でお休み下さい」

シールケ「そうさせて貰います…」

サシャ「ええっ!ご飯まだなんですかっ!?」

セルピコ「…リンゴで良ければ部屋にありますよ?」

サシャ「リンゴっ!果物っ!!部屋はドコですかっ!?」

セルピコ「さ、三階です。部屋は二部屋借りt」

サシャ「行きましょうシールケちゃん!」

545: 2014/07/14(月) 23:02:36 ID:39ef2wpI
シールケ「わっ!」

パック「オレも林檎欲しい!」

イバレラ「私も私も~!」

サシャはシールケちゃんを抱えると店内に向かって駆け出し…

イバレラちゃんとパック君が、その後を追いかける。

ミーナ「ちょっサシャ!パック君も待って!」

慌てて手を伸ばして叫んだけど、私の声は届かなかったらしい。

私は仕方なく、伸ばしていた自分の左手をそっと引き寄せた。

546: 2014/07/14(月) 23:06:07 ID:39ef2wpI
………サシャの馬鹿。置いてかないでよ…。

………気まずい。ガッツさんの顔が見れない。

と言うか、正直に言えば顔を向けられない。

トロールの事があってから、実のところ今に至るまで…

私は一度しか、ガッツさんと口をきいていなかった。

“助けてくれて、ありがとう御座いました”

この感謝の言葉だけ。それ以外は一言も口をきいてないし…目も合わせていない。

目を合わせられない、話しかけられない、それが本音なの…。

私の心についた深い爪痕…

昨日からずっと、理不尽な痛みが、心の中で生々しく蠢いていた。

547: 2014/07/14(月) 23:14:11 ID:39ef2wpI
セルピコ「ミーナさん…その格好は?」

替えの服なんてあるはずもなく、私の体は昨日からずっと、ガッツさんのマントで包まれたままの状態。

理由を知らないセルピコさんが尋ねてきたけど、私はとても正直に答える気にはなれなかった。

ガッツ「セルピコ。悪いが、今すぐミーナが着れそうな服を手配してくれ」

セルピコ「今すぐ…ですか?」

ガッツ「大至急だ。ワリーが是が非でも着替えが必要って状態でな」

ガッツ「ちょいと色々あって、マント無しじゃ表どころか部屋もうろつけねぇ状態なんだよ」

548: 2014/07/14(月) 23:16:06 ID:39ef2wpI
セルピコ「……解りました。幸いこのヴリタニスはヴァンミディオン家の統治する都市と言っても過言ではありません」

セルピコ「ファルネーゼ様の件がありますので、本家には頼れませんが…」

セルピコ「ヴァンミディオンの家名は出さずとも、私的に顔の利く店なら多数あります」

セルピコ「あまり上等な服はご用意出来ませんが、取り急ぎ着替えの服を調達してきましょう」

セルピコ「夕食前までには用意して来ますので、部屋の方でお待ち下さい」

ガッツ「ワリぃな、頼んだぜ」

セルピコ「では後ほど」

549: 2014/07/14(月) 23:19:06 ID:39ef2wpI
セルピコさんは普段通りの薄い笑顔を私に向けると、小走りで雑踏の中に消えていった。

ガッツ「…さて、俺らも部屋に行くか」

ミーナ「……」

私が首肯する事で返事をすると、ガッツさんは私を一度抱え直し…

喧騒の聞こえる店内へと足を進めて行った。


私達が泊まる宿は、実の所は正規の宿屋じゃなかったらしく…

セルピコさんの顔見知りである酒場の店主と交渉して、お店兼自宅となっている建物の三階…

所謂、屋根裏部屋の二部屋をセルピコさんは借りたらしい。

550: 2014/07/14(月) 23:21:31 ID:39ef2wpI
二つ借りた部屋を男女に振り分け、その女性用の部屋でセルピコさんの帰りを待つこと小一時間。

大きなバックを四つも抱えて宿に帰って来たセルピコさんは…

酒樽を土台にして作った急拵えのベッドの上に、バックの中身を次々に広げていった。

大きなバックの中からは、数着の真新しい婦人服、新品の下着やタオル、洗面用具から果ては生理用品…

どれも必要な物ばかりで凄く嬉しかったけど、最後に取り出された生理用品を見て、私とサシャは思わず顔を赤らめてしまった。

551: 2014/07/14(月) 23:23:12 ID:39ef2wpI
セルピコ「服の着替えは四着ありますので、ミーナさんだけではなく、サシャさんもご使用下さい」

サシャ「私も着ていいんですか?」

セルピコ「勿論です。シールケさんの着替えもお持ちしましたよ」

シールケ「えっ、私の分も?」

セルピコ「はい。スケリグ島に向かって出航するまで、ヴリタニスに何日滞在するか解りませんからね…」

セルピコ「ファルネーゼ様やキャスカさんの分は昨日、既に用意してあります」

セルピコ「ミーナさん達の分で他に何か要り用がありましたら、遠慮なく申し出て下さい」

552: 2014/07/14(月) 23:24:54 ID:39ef2wpI
ミーナ「でも、その…お金って言うか費用とか…私達、全然持ってないんですけど…」

ファルネーゼ「費用の事は気にしないで下さい」

ファルネーゼ「ヴリタニスに居る限りは、ヴァンミディオン家が全ての費用を負担しますので」

サシャ「ファルネーゼさんが?」

ファルネーゼ「いえ……ヴァンミディオン家が、です。正確に言えば“私の父が”ですけどね…」

ファルネーゼさんは憂いのある笑みを浮かべて、そう言った。

持って回った言い方と、冴えない表情。

553: 2014/07/14(月) 23:27:09 ID:39ef2wpI
何かありそうなのは一目瞭然だったけど…ファルネーゼさんの表情から察するに、それ以上の話を聞く事は憚られた。

セルピコ「それでは着替えが済んだら、二階の店内に降りて来て下さい」

セルピコ「ガッツさん達は先に二階に降りて、席を確保している、との事ですから」

セルピコ「ファルネーゼ様とキャスカさんは、先に二階へ参りましょう」

シールケ「私も、今日はこの格好のままで良いですから。先に行きますね」

イバレラ「ゴハン~♪」

サシャ「では私はミーナと一緒に着替えてから行きますね」

554: 2014/07/14(月) 23:29:10 ID:39ef2wpI
…意外だわ、サシャが食事を後回しにするなんて。

イバレラ「へーっ!食欲魔人のサシャが、食事を後回しにするなんて珍しいわね?」

サシャ「し、失敬な!」

イバレラ「あ、でもさっき林檎を三つも食べてたっけ?」

サシャ「何言ってんですか?果物が別腹なのは常識ですよ?」

イバレラ「アンタの胃袋は非常識だってーの!」

シールケ「イバレラ」

イバレラ「やーい大食い女~!食欲魔人~!」

サシャ「な、なにおう!」

イバレラ「ちょっとオッOイ大きいからって調子に乗ってんじゃないわよ、この牛女~っ!」

555: 2014/07/14(月) 23:31:58 ID:39ef2wpI
サシャ「な!こっこのチビ~!チビ~っ!」

イバレラ「オッOイ女~!隠れ巨O~!そのうちタレちゃえタレちゃえ!」

サシャ「なっ!やっやんのか?やんのか?」

シールケ「イバレラやめなさいっ!」

ミーナ「サシャ、あんたボキャブラ少な過ぎっつーか、マジになり過ぎ。少し落ち着きなよ」

サシャとイバレラちゃんのやり取りに、私だけじゃなくセルピコさんやファルネーゼさんも苦笑を漏らした。

556: 2014/07/14(月) 23:35:50 ID:39ef2wpI
イバレラちゃんをトンガリ帽子の中に押し込んだシールケちゃんは、イバレラちゃんに代わってサシャに謝ると…

セルピコさんやファルネーゼさん達と共に、先に二階へと降りて行った。

部屋に残った私とサシャが着替えを始めると…

先程とはうって変わり、表情を改めたサシャが、真面目な声で問い掛けてきた。

サシャ「…ミーナ。聞いていいですか?」

ミーナ「何?どうしたの?」

サシャ「ガッツさんの事です」

ミーナ「っ!………」

559: 2014/07/16(水) 01:31:51 ID:xpWSqKIY
サシャ「気になってたんですけど、昨日から全然喋ってませんよね?ガッツさんと?」

ミーナ「……うん」

サシャ「原因はまぁ、言われなくても解ってますけど…」

サシャ「いいんですか、このままで?」

ミーナ「…良くないけど」

ミーナ「仕方ないじゃん。あんな所を見られちゃったんだから」

ミーナ「恥ずかしいし…気まずいし…」

サシャ「気持ちは解りますけど…露骨に無視するのはどうかと思いますよ?」

ミーナ「無視したくてしてるんじゃないわよ!」

ミーナ「私だって…ホントは…」

560: 2014/07/16(水) 01:37:03 ID:xpWSqKIY
サシャ「だったらもっと普通に、素直に接したらいいじy」

ミーナ「サシャには解んないよっ!!」

私は思わず、感情的になって大声を上げてしまった。

そう、サシャには私の気持ちなんて解らない…解りっこない!

初恋って言える人の目の前で、化け物に犯されかかった私の気持ちなんて…。

確かに、身体は無事だった……でもね?

ミーナ「身体は無事だったけど…」

ミーナ「心を穢された気分なの」

サシャ「……」

ミーナ「なのに……」

ミーナ「昨日の今日なのに、どうやったら普通に振る舞えるの?」

561: 2014/07/16(水) 01:37:54 ID:xpWSqKIY
ミーナ「どうしたら素直に接する事が出来るって言うのよ!」

サシャ「……ミーナの言いたい事は解ります」

サシャ「きっと、凄く辛かったんだろうと思いますよ…」

サシャ「今だって辛いだろうと思います」

サシャ「だってミーナ、ガッツさんのこと好きですもんね…」

サシャ「好きな人にあんな所を見られたから、余計にショックだったんでしょ?」

ミーナ「私がガッツさんのこと好きだって…気付いてたの?」

サシャ「ええまあ……何となくでしたけどね」

サシャはそう言うと、小さく笑いながら人差し指で自分の頬を掻いた。

562: 2014/07/16(水) 01:39:13 ID:xpWSqKIY
彼女がよく浮かべる、自信なさげな笑顔。

次にサシャの頬が、少しだけ朱色に染まった。

サシャ「ガッツさん、素敵ですもんね…ミーナの気持ちも解りますよ」

サシャ「正直に言えば、今では私も、ちょっと良いかなぁ~って思ってますから」

ミーナ「えっ!!」

サシャ「あっ、でも私の気持ちってアレです、ファン心理?」

サシャ「好きか嫌いかって言ったら、それはまあ好きですけど…」

サシャ「好きって感情よりは、憧れの感情が強いですかね?」

サシャ「正しくファン心理ってヤツですよ」

ミーナ「……そっかあ……」

563: 2014/07/16(水) 01:40:03 ID:xpWSqKIY
照れ笑いを浮かべるサシャに、私は気の抜けた返事を返した。

正直、驚いてる。

サシャは花より団子って感じだったからなぁ…

今までだって、サシャと色恋沙汰の話なんてしたこと無かったし…。

年頃の女の子なんだから、色恋沙汰に興味があっても当然なんだけど…

その対象がガッツさんだって事に、ちょっとビビるわ。

何しろサシャは“容姿だけ”をとってみれば、同期の間でもかなりの美人。

スタイルだって抜群に良いのよ、この子。

564: 2014/07/16(水) 01:40:40 ID:xpWSqKIY
でもまあ“残念な美人”扱いなんだけどね、同期の間では……人間性は良いから、私個人としてはサシャのこと好きだけどね。

サシャの爆弾発言に私が呆気にとられていると、彼女は綻んでいた表情を、引き締め直した。

サシャ「それで、何て言うか、諄いかもしれませんけど…」

サシャ「ミーナの辛い気持ちも解りますけど…」

サシャ「それでも後悔しない為にも、ガッツさんと普通に接した方が良いと思います」

ミーナ「だから……」

サシャ「ミーナこそ、本当に解ってますか?」

565: 2014/07/16(水) 01:42:51 ID:xpWSqKIY
サシャ「ひょっとしたら私達は、明日にもこの世界から出て行かなければならないかも知れないんですよ?」

ミーナ「……」

ミーナ「…解ってる」

ミーナ「解ってるよ、そんな事くらい…」

ミーナ「帰らなくちゃ…いけないんだよね、私達は」

サシャ「…はい」

サシャ「ですから、せめて悔いを残さない様にしないと…」

ミーナ「……うん、そうだね」

ミーナ「後悔しない様にしないと…ね」

サシャ「……ですね」

後悔は……したくない。

どんなにモヤモヤした気分でも、躊躇ってる時間は残されていないんだ。

566: 2014/07/16(水) 01:44:45 ID:xpWSqKIY
サシャ「ミーナがモタモタしてるなら…」

サシャ「私が横から獲物をかっ攫いますよ?」

ミーナ「なっ!ちょっ!」

サシャ「何しろ私は狩猟民族ですからね?」

サシャ「獲物を奪うのに、作法が必要とは思っていませんので悪しからず」

ミーナ「…ふんだ!赤い顔してナニ言ってんのよ?」

ミーナ「狩猟民族って言ったって、恋愛関係はド素人のクセにっ」

サシャ「おや?急に強気になりましたね?」

サシャ「なら勝負しますか?」

ミーナ「良いよ?何ならついでに、ご飯も賭けようか?」

サシャ「受けて立つっ!!」

567: 2014/07/16(水) 01:46:12 ID:xpWSqKIY
ミーナ「即答かよ…」

サシャ「…」

ミーナ「…」

サシャ「……プッ」

ミーナ「……くふっ」

サシャ「…ふっ…ふふっ…ふははははははっ!」

ミーナ「…くっ…くくっ…あははははははっ!」

可笑しい…何か、何でか笑える。何だろ?何コレ?

“勝負しますか?”と、挑発的な笑みを浮かべるサシャの表情が…

私の“ご飯も賭けようか?”って言葉で、素の表情になる辺りが何とも笑えたわ。

…サシャなりに…私を気遣ってくれてるのかなぁ…。

…ひとしきり笑ったら、お腹が減ってきた。

568: 2014/07/16(水) 01:47:41 ID:xpWSqKIY
ミーナ「お腹減ったよ。早く着替えてご飯に行こう!」

サシャ「賛成です!」

それから私達は慌ただしく…

尚且つ、ぎゃーぎゃーと服を奪い合いながら着替えると…

出来る限りのおめかしをして、ガッツさん達が待つ二階へと降りていった……。

572: 2014/07/22(火) 03:45:52 ID:axVMJOGU
セルピコさんが用意してくれた私服に着替えると、私とサシャは三階の屋根裏部屋から二階の店内へと階段を下りて行った。

階段を降りて二階に着くと、紫煙とアルコールの匂いが鼻をつく。

酒場の二階は中二階の造りになっていて、備え付けのテーブルは四人掛け程度の大きさ。

ガッツさん達は二組のテーブルに分かれて、既に夕食を食べ始めてる。

向かって右手、壁際のテーブルには、シールケちゃん、セルピコさん、ファルネーゼさん、キャスカさんが座っていた。

キャスカさんの食事には、やっぱりお世話が必要なので…

573: 2014/07/22(火) 03:46:31 ID:axVMJOGU
食事のお世話には、キャスカさんと並んで座ってるファルネーゼさんと、キャスカさんの正面に座るセルピコさん。

そのお二人が、キャスカさんの食事を手伝っていた。

ただファルネーゼさんは、キャスカさんの面倒を見ながらも、向かいに座るシールケちゃんに、しきりに話しかけてる。

ファルネーゼさんはシールケちゃんに魔女として弟子入してからというもの…

常にシールケちゃんの事を“先生”って呼んでいる。

574: 2014/07/22(火) 03:47:13 ID:axVMJOGU
弟子のファルネーゼさんはシールケちゃんに対して、まるで宗教の対象みたいな真摯な眼差しと、生真面目な態度や表情で接しているから…

随分と年下になる師匠のシールケちゃんは、その対応にちょっと恐縮してる感じ。

でも二人の間には、常に礼節と敬意を互いに払っているのが解るから…

端から見ていても、とても気持ちの良い関係に思えた。

そして隣になる左手のテーブルには、イシドロ君とガッツさんが向かい合って食事をとっていた。

階段を降りた私が足を止めると、サシャも私の横で立ち止まる。

575: 2014/07/22(火) 03:47:52 ID:axVMJOGU
私はちょっと緊張しながら、ガッツさんが振り向いてくれるのを待った。

イシドロ「おっと、来た来た!似合ってんじゃん!」

パック「おーっ!」

セルピコ「どうやら見立てたサイズで合ってたみたいですねえ?安心しましたよ」

ファルネーゼ「お似合いですよ、お二人とも」

シールケ「本当ですね、お似合いです」

イバレラ「へー…まあまあね?」

私とサシャの服装を見て、皆さんが口々に褒めてくれた。

サシャは白い長袖シャツの上に、オレンジ色をした大きなチェック柄のベストに、下はベージュのスカート。

576: 2014/07/22(火) 03:48:39 ID:axVMJOGU
私はピンストライプの長袖シャツの上に、刺繍の入った若草色のノースリーブ・ワンピース。

セルピコさんが持って来てくれた日用品の中には櫛もあったから、必氏に髪もとかして来たんだけど…。

皆さん達よりワンテンポ遅れて私達を見たガッツさんは…

意外そう?と言うか、少しだけ表情を変えた後で口を開いた。

ガッツ「へぇ…悪くねえじゃねーか?二人とも見違えたぜ?」

やっ……うっ…嬉しいっ!

すっっっごい嬉しいっ!

もし私にシッポがあったなら、馬鹿みたいに振っちゃってるよ、絶対!

577: 2014/07/22(火) 03:49:31 ID:axVMJOGU
ヤバい、顔が凄いニヤケちゃう…我慢よ、我慢!

そうだ返事!お礼言わなきゃ!

ミーナ「…ぁ……あ、あr」

サシャ「えー?似合ってますかぁ?ちょっとテレちゃいますねぇ」

サシャ「似合わないかもと思って、ちょっと緊張してましたから…」

サシャ「緊張が解けたら、お腹空いちゃいましたよ。夕食は何でしょうか?」

上機嫌な大声を出したサシャが足取りも軽やかに歩き出し…

まるで当然の様に、ちゃっかりガッツさんの隣の席に腰を下ろす。

…にゃ、にゃろう…

578: 2014/07/22(火) 03:50:11 ID:axVMJOGU
ご飯を賭けるとは言ったけどさぁ……友情は?

あれ?女の友情は?

石の様に固まる私に、イシドロ君が手招きをした。

イシドロ「ミーナねーちゃんも早く座れよ、メシ食おうぜ!」

ミーナ「……うん」

内心モヤモヤしながらも、笑顔を崩さずイシドロの隣の席に腰を下ろす。

腰を下ろした後で、左斜め前に座るガッツさんに笑顔を向ける。

その後、正面に座るサシャを見ると…

サシャは、意味深な笑みを浮かべていた。

……してやられたよ、チクショウ!

イシドロ「取り敢えず乾杯しよーぜ!」

579: 2014/07/22(火) 03:50:59 ID:axVMJOGU
イシドロ「ねーちゃんらは何飲む?」

イシドロ「果実酒とラム酒があるぜ?」

サシャ「果実酒って…お酒ですよね?」

イシドロ「酒っつっても、苺酒と葡萄酒だぜ?苺酒なんかガキの飲むジュースだよ」

サシャ「イシドロ君は何を飲んでるんですか?」

イシドロ「葡萄酒」

サシャ「じゃあ私は、苺酒で。ミーナは?」

ミーナ「……ラム酒」

サシャ「えっ?」

イシドロ「マジかよ?」

ガッツ「…」

サシャ「えっと、やめt」

ミーナ「ラム酒っ」

サシャ「えー…」

ガッツ「親父!苺酒とラム2、追加だっ」

580: 2014/07/22(火) 03:51:43 ID:axVMJOGU
ガッツさんは右手を上げると、吹き抜けになってる一階に向かって、お酒の注文を叫んだ。

サシャ「えっ、本当に頼んじゃったんですか?」

ガッツ「何か問題あるか?俺もキャスカもお前らの歳くれーにゃ、ラムくらい普通に飲んでたぜ?」

サシャ「あー、私、ラムって飲んだ事が無いんで…」

ミーナ「…」

正直、私も無いよ。てゆーか、お酒自体初めて。

ラム酒を頼んだのは、単にサシャに張り合っただけだもん。

…あっ!話し掛けるチャンス!自然に…自然にぃ…

ミーナ「ラム酒って美味しいんですか?」

581: 2014/07/22(火) 03:52:40 ID:axVMJOGU
ヨシ、ごく自然!声も裏返ってない!何かホッとしたよ…。

ガッツ「…何だ、飲んだ事ねぇのか?」

ミーナ「えっと…ラム酒は無い…かなぁって…」

ガッツ「酒なんざどれも作り手次第だが…まぁさっき飲んだ分にゃ、まあまあだったな」

ミーナ「そうですか、楽しみです」

ガッツ「ま、無理しねーこった」

ミーナ「はい!」

よーし、会話オッケー!話せてる話せてる、イケるイケる!

サシャに出し抜かれてイラッとした分、話し掛けるのに勢いがついて良かったよ…。

582: 2014/07/22(火) 03:53:29 ID:axVMJOGU
内心、ホッと胸を撫で下ろした私は、改めてテーブルの料理に目を移した。

テーブルにはバケットと丸パン、サラダにスープ。そしてメインは…

ミーナ「あの、このメイン料理……何ですか?」

サシャ「……でっかい虫にしか見えないです」

イシドロ「ちょ、虫って…」

サシャ「虫じゃないんですか、コレ?」

イシドロ「エビだよ、海老!」

ミーナ「蜘蛛かな…コレ?」

ガッツ「…丸っこいのは蟹だ」

サシャ「美味しいんですか?」

イシドロ「すっっっげーウメえよっ!」

583: 2014/07/22(火) 03:54:30 ID:axVMJOGU
イシドロ君がボイルされたエビってのを掴んで、私達に食べ方を教えてくれた。

見よう見まねで、私の手首くらいある海老の殻を剥ぎ…

白身と、部分的に赤みが差す肉厚な身に、思い切りかぶりつく。

プリプリの食感と、潮の香りと、生まれて初めての風味…。

じっくり味わって嚥下した後は、私もサシャも夢中になって食べ始めた。

一匹目を貪り、二匹目を食べ尽くし、三匹目に手を伸ばした所で…

呆気にとられたイシドロ君と、ガッツさんの視線に気付く。

カッと頬が熱くなるのを自覚しながら、私は伸ばした手を慌てて引っ込めた。

584: 2014/07/22(火) 04:25:48 ID:axVMJOGU
イシドロ「…くくくっ…ほら、遠慮すんなよミーナねーちゃん!」

イシドロ君が笑いながら、私のお皿に海老をドン!と置いた。

……は、ハズカシい。何て迂闊な…サシャじゃあるまいに。

何せ、宿舎の食事は量も少ないし、味も薄い。

ぶっちゃけ大して美味しくもないから、美味しいモノを食べ始めると、つい勢い良く食べちゃう…。

私に限らず、訓練兵は基本的に飢えてるのよねぇ…。

何より海老って今日、初めて食べたし…美味しいし…お腹減ってたし…。

まあ、所詮は言い訳。兎に角、笑って誤魔化そう!

585: 2014/07/22(火) 04:26:40 ID:axVMJOGU
ヘラヘラと笑いながら、こっそりガッツさんを覗き見ると…

案の定、ガッツさんは苦笑いを浮かべちゃってる…

本当~に身が竦む思いだった。

店主「あいよ、お待ち。苺酒が1杯と、ラム酒が2杯だ」

注文したお酒が届いたので、これ幸いと杯に手を伸ばす。

両手で持った杯を口に付け、一気にソレを傾けた私は…

一口飲み込んだ次の瞬間、盛大に咽せ込んだ。

ミーナ「ぶふっ!かっ…ゲホッゲホッ!」

サシャ「わっ!ちょ、何してんですかミーナ!」

ミーナ「ゲホッ!…ごめ…むせゲホッゲホッ!」

586: 2014/07/22(火) 04:27:28 ID:axVMJOGU
サシャ「もー…ちょっとかかったじゃないですか…」

ミーナ「ゴホッ……ごめん…」

水でも飲む感じで一口飲み込んだら、喉に灼ける様な熱さを感じて、反射的に吹き出してしまった。

その拍子に、ラム酒が気管にも入ったみたいで、ものすんごい辛い!

吐き出す際、鼻腔の方にも逆流したのか…

鼻の奥からラム酒の匂いがするわ、鼻が痛いわ、妙に鼻がスースーするわ、咳が止まらないわで…もう最悪。

ちょっと涙まで出ちゃってるけど、涙までラム酒な気がするよ…。

サシャ「だから止めろって言おうとしたんですよっ」

587: 2014/07/22(火) 04:28:22 ID:axVMJOGU
ミーナ「ホントごめん、マジでごめん…」

ガッツ「親父、水を一杯」

店主「…あいよ、直ぐに持って来る」

店の店主は笑い声でそう言うと、一階に繋がる階段を降りていった。

ガッツ「ま、水でも飲んで落ち着け」

ガッツ「それと、まだラムは早ええみてーだから、飲むなら苺酒にしとけ」

ミーナ「……そうします」

私がしょんぼりと答えると、ガッツさんはテーブルに置いた私のラム酒を取り上げた。

ガッツ「つっても、勿体無ぇからな。コイツは俺が飲む」

ミーナ「えっ?」

588: 2014/07/22(火) 04:29:14 ID:axVMJOGU
私が返事をするより早く、ガッツさんは取り上げたラム酒の杯を口にあてると…

あっという間に私のラム酒を飲み干した。

空になった杯をテーブルにタンッ!と置き、フーっと息を吐く。

私は頬どころか耳まで熱くなっていくのを自覚した。

…あの…そのラム酒、私が口に入れた分も杯の中に戻しちゃったんデスケド……

ミーナ「…」

サシャ「…」

イシドロ「一気飲みかよ…つーかソレ、ミーナねーちゃんの飲みかけだろ?」

ガッツ「別に回し飲み位どってこたぁねーだろ?氏にゃしねーよ」

589: 2014/07/22(火) 04:30:26 ID:axVMJOGU
ガッツさんは気にする素振りも無く、今度は自分のラム酒に手を伸ばし…

また水でも飲む様な勢いで、杯を傾ける。

サシャは苺酒を一口だけ飲むと、顔を赤くしながら手にする杯をガッツさんに差し出した。

サシャ「ちょっと口に合わなそうなので、よ、よ、良かったら…コレもどうぞ…」

ガッツ「苺酒か?ラムなら貰ったけどよ…遠慮しとく」

ガッツ「ファルネーゼかセルピコなら飲むんじゃねーか?」

サシャ「…ソウデスカ」

ちょ、あざといわ!

590: 2014/07/22(火) 04:32:15 ID:axVMJOGU
私はテーブルの下で軽くサシャのブーツを蹴ると、サシャに顔を寄せて小さな声をかけた。

ミーナ『シレッと何やってんの?』

サシャ『…口に合わなかったので、ガッツさんに飲んで貰おうと思っただけですー』

ミーナ「その苺酒って発泡酒?なら私が飲んであげるよ。炭酸でお腹が張って、また食堂で放屁とかヤだもんね?」

サシャ「ミーナ、お酒飲めないでしょ?また咽せて鼻からお酒吹いたら大変ですから、ガッツさんが頼んでくれた水でも飲んでて下さい」

ミーナ「……」

サシャ「……」

591: 2014/07/22(火) 04:33:37 ID:axVMJOGU
お互い笑顔のやり取りだけど、笑ってるのは口元だけで、目は全然笑っていない。

負けられない戦い、絶対に引けない勝負ってのは、誰にだって一度くらいは訪れるらしい。

いつもは楽しいだけの食事時…

笑顔を浮かべる私とサシャの間には、不穏な空気が流れ始めた…。

592: 2014/07/22(火) 04:34:50 ID:axVMJOGU

つづきは今晩に投下します

593: 2014/07/22(火) 19:37:08 ID:axVMJOGU
その不穏な空気を感じ取ったのか、イシドロ君は大皿に盛り付けられた蟹を両手で掴むと…

普段より少し高い声を出しながら、ボイルされた丸一匹の蟹を、私とサシャそれぞれの皿の上にドン!と置いた。

イシドロ「か、蟹の食い方も教えてやるよ!」

イシドロ「エビよりウメーからさっ!マジで、美味さにビビるぜ?!」

ミーナ「…ありがと」

サシャ「…頂きます」

イシドロ「お、おう…」

イシドロ「じゃ、見てろよ?甲羅の部分をココから剥いでだなぁ…」

594: 2014/07/22(火) 19:38:52 ID:axVMJOGU
海老の時と同様に、イシドロ君に指南を受けて、見よう見まねでボイルされた蟹をバラしていく。

白い身を口に含むと、絶妙な塩気と、淡泊でいながらも芳醇な蟹の甘味が、口の中に広がっていった。

サシャ「っ!!」

ミーナ「っ!!」

なにコレ……美味しいっ!!

サシャ「はむっ……ん~っ!」

ミーナ「はむっ……んんっ!」

ちょっと感動するよ、コレ!

サシャ「はむっ…」

ミーナ「はむっ…」

ちょっと身が取り難いけど…

サシャ「はむっ…」

ミーナ「はむっ…」

クセになる、夢中になる味だわ…

595: 2014/07/22(火) 19:40:32 ID:axVMJOGU
サシャ「はむっ」

ミーナ「はむっ」

イシドロ「ここが蟹ミソ。好き嫌いあるかもだけど、美味いぜ?」

サシャ「んっ…」

ミーナ「んっ…」

蟹ミソって…何て言うか…マイルド?

これも初めての味と食感だわ。

それから私とサシャは、ひたすら無言で蟹を食べ続けた。

いや、無言って言っても悪い雰囲気とかじゃなくてね?

蟹を食べ始めたらモヤモヤしてた気分もどこかに行っちゃって…

知らない間に、何かの職人になったみたいに蟹の身をほじってたのよねぇ……無言無心で。

596: 2014/07/22(火) 19:43:12 ID:axVMJOGU
蟹を食べる合間に、これもまた気付かない内にテーブルに置かれていた私用の苺酒を飲み…

追加された大皿の蟹を食べ尽くす頃には、口当たりの良い苺酒を飲み過ぎたせいもあって…

私とサシャは、結構良い感じで出来上がってしまった。

サシャ「ふあー…満足したわ~…」

ミーナ「何かフワフワするね~…」

サシャ「あ~…何かあっついわ~…」

サシャ「ベスト脱ごっかなぁ~…」

ミーナ「私も一枚脱ごうかなぁ~…」

サシャ「あははっ!ミーナ一枚脱いだらパンツ丸出しやん」

597: 2014/07/22(火) 19:45:04 ID:axVMJOGU
ミーナ「あ、そっか~…丸出しだぁ~…あははははっ!」

サシャ「あはははっ!丸出しぃ…あははははっ!」

ミーナ「丸だ、ぶふっ!丸出、ぶふっ!あははははっ!」

サシャ「あははははははっ!」

イシドロ「ちょ…大丈夫かよ、コレ?」

ガッツ「いー感じで回ってんだろ?ほっときゃ直る」

何か、すっごい楽しいよ、コレ?

気分が高揚してる!ナチュラルハイ・ボーン!って感じ?

自分でも何言ってんだか解んないや!

ハイになってる私とサシャが、周りの迷惑なんて露ほども考えずにケラケラと笑っていると…

598: 2014/07/22(火) 19:46:41 ID:axVMJOGU
離れたテーブルに居たガラの悪い数人の男達が、お酒の入った杯を片手に持ち、私達のテーブルへとやって来た。

男「おうおう、随分と楽しそうじゃねーか?」

男「ねーちゃんら可愛いねぇ?こっち来て酌しろやぁ?」

男「何だ何だぁ?こんな隅に娘が五人も……一人はガキか」

男「おっ、べっびんだねぇ。どうだい、こっち来て一杯?」

ファルネーゼ「お断りします」

男「こっちのねーちゃん達は、さっき脱ぐっつってただろ?」

男「ほら、手伝ってやっからよ、こっち来いや?」

599: 2014/07/22(火) 19:48:38 ID:axVMJOGU
赤ら顔をした、お酒臭い息を吐くオジサンが、私の右腕を掴んで強引に引っ張る。

無理矢理立たせられそうになり、その拍子に左足をテーブルの脚にぶつけた私は…

左足を押さえて、思わず悲鳴を上げてしまった。

ミーナ「いっっっ!たぁー…」

イシドロ「おいてめえっ!手ぇ離せ酔っ払いっ!」

男「あ?何だ小僧?」

男「てめえ、いいと思ってんのか!?ガキがこんな所で酒n」

次の瞬間、ガッツさんの豪腕がオジサンの顔面に入った。

600: 2014/07/22(火) 19:51:19 ID:axVMJOGU
かなりの力を込めて殴ったらしく、連れだって来た男達も巻き込んで、余所のテーブルに頭から突っ込む。

その結果、誰とも知れない人達が集うテーブルを派手にひっくり返し…

テーブルの上にあったお酒や料理を、床に散乱させる事になった。

一瞬で、店内が剣呑な雰囲気に変わる。

男「ああっ!」

男「何しやがるっ!」

殴った右手をブラブラと振りながら、ガッツさんが男達に答えた。

ガッツ「家のモンに手を出した落とし前だ」

ガッツ「小汚え手で、ミーナに触んじゃねえっ」

ガッツ「ぶっ飛ばされんぞ!」

601: 2014/07/22(火) 19:54:54 ID:axVMJOGU
……………………

………どうしよう。

…ホントに嬉しい。

体中にジーンとシビレが走る。

酔ってる私がガッツさんの言葉に感動してると…

一触即発の状態だった店内は、ガッツさんの言葉を切っ掛けに、まるで火薬が誘爆する様な大乱闘に発展していった。

但し、皆一応ケンカのルールを守っているのか、店内で刃物を振り回す輩はいない。

イシドロ君も何時かみたいに、転がり回りながら蹴りまくってる……相手の股間を、だけど。

そしてガッツさんの場合、左手の義手は鋼鉄製だから、右手一本での殴り合い。

602: 2014/07/22(火) 19:59:04 ID:axVMJOGU
ガッツさんの腕力を使って、鋼鉄製の義手で殴りつけたりしたら、下手すると相手が氏んじゃうもの。

その点を考慮して右手しか使ってないんだから、やっぱりガッツさんは格好いい…素敵よねぇ。

なのに、そんなガッツさんに相手は四人掛かり!

何て卑怯、卑劣な奴らなの?

絶対に許せない!

私は周りを見渡し、床に転がっていた酒瓶を掴み上げると…

ガッツさんの腰にしがみ付いている、男の元に行く。

酒瓶を振り上げると、躊躇も無く男の後頭部に叩き付けた。

分厚い酒瓶が、バリン!と重い音を立てて砕け散る。

603: 2014/07/22(火) 20:01:21 ID:axVMJOGU
ガッツさんの腰にしがみ付いてた男が、ズルズルと力無く床に崩れ落ち…

体の自由を得たガッツさんが、三人の酔っ払いをあっという間にやっつけた。

振り返ったガッツさんが、私を見て笑みを浮かべた。

ガッツ「やるじゃねーか、助かったぜ」

ミーナ「これくらい…私だって兵士の端くれですから!」

ガッツ「…あんま無茶すっと、折角の晴れ着が汚れちまうぞ?」

ミーナ「えっと……この服、私に似合ってますか?」

最初に褒めて貰ったけど、大事な事なのでもう一度聞いてみた。

604: 2014/07/22(火) 20:08:13 ID:axVMJOGU
ガッツ「ああ、似合ってるぜ」

ミーナ「…えへへっ」

ミーナ「えっと…」

ミーナ「…かっ、かっ、可愛いですかね?」

辺りは大乱闘。他に私の言葉を気にとめる者もいない。

なので、どさくさ紛れに聞いてみた。

ガッツ「……ああ」

ミーナ「っ~~~!!」

床に転がっていた酒瓶を新たに拾い上げると、私は意気込んで声を上げた。

ミーナ「さあ!片っ端からやっつけましょう!!」

ガッツ「…あんまり無茶すんなよ?」

ガッツ「足の怪我にも障るからな」

ミーナ「はいっ!」

体中に力が漲ってくる。

今の私なら酒瓶で、巨人だって倒せるような気がした…。

611: 2014/08/07(木) 09:23:36 ID:QGgON7Iw
酒場での大乱闘から一夜があけた。

目を覚ました私が、寝ぼけ眼で何となく窓の方に視線をやると…

窓から射し込む陽の光は、早朝のそれよりも遙かに明るい。

食べて飲んで大暴れしたせいか、ヴリタニスに着いて初めて迎える朝、私は随分と寝坊してしまったらしい。

少し頭が重いのは、これが二日酔いってヤツなのかな?

簡易ベッドの上でモソモソと起き上がり、気だるさを感じながら室内を見渡すと…

どうやら寝坊したのは私だけじゃなかった。

サシャとキャスカさんが、まだ夢の中だ。

612: 2014/08/07(木) 09:25:23 ID:QGgON7Iw
それにしてもサシャが寝坊だなんて珍しい……でもまあ、仕方ないか。

サシャは昨日、ヴリタニスまで強行軍で歩いてきて…

その上で、食べて飲んで大暴れだったもんね。

私の荷物まで背負ってたんだから、抱っこされてただけの私とは、疲労の度合いが違うはずだもの。

……あれ?シールケちゃんとファルネーゼさんの姿が無い…どこに行ってるんだろ?

……ま、いいや。先に顔を洗おう。

そう思った私は、室内の隅に置いてある洗面器へと向かった。

洗顔用に汲み置きされた水で顔を洗い、髪をとかしに又ベッドに戻る。

613: 2014/08/07(木) 09:26:01 ID:QGgON7Iw
ついでだ、サシャを起こそう。

自分のベッドに戻る前に、私は寝ているサシャの耳元に顔を寄せた。

ミーナ「サシャ、朝ご飯だよ」

サシャ「…ふぁい、おきまふ」

舌っ足らずな言葉とは裏腹に、まるで機械仕掛けの様にムクリと起き上がる。

食べ物が絡むと、サシャは考えるより先に体が反応するみたいで…

今となっては、便利な体だなぁと、寧ろ感心してしまう。

ミーナ「顔、洗いなよ」

苦笑混じりに声をかけ、ベッドに戻った私は、わりと自慢の黒髪に、丁寧にブラシをかけ始めた。

614: 2014/08/07(木) 09:26:35 ID:QGgON7Iw
念入りにブラシをかけていると、顔を洗い始めたサシャの動きがピタリと止まった。

濡れたままの顔で、サシャが私に振り返る。

サシャ「…ミーナ」

ミーナ「ん~?何~っ?」

サシャ「…巨人は?」

ミーナ「…」

室内の時間が、一瞬だけ止まった気がした。

私はブラシを放り出すとドアへと走り、サシャも慌てて顔を拭きながらドアに向かう。

自分の緊張感の欠如に腹が立つし、嫌気がさすわ!

サシャより先にドアノブを掴んだ私が、勢い良くドアを空けると…

目の前で小さな悲鳴が上がった。

ファルネーゼ「きゃっ!」

615: 2014/08/07(木) 09:27:13 ID:QGgON7Iw
ミーナ「わっ!ビックリしたっ!」

ファルネーゼ「驚きました……お早う御座います」

ミーナ「おっ、お早う御座います!」

ミーナ「あのっ、巨人は出ませんでしたか?!」

ミーナ「ご免なさい!私達、寝坊しちゃって…」

ファルネーゼ「あぁ、巨人なら今のところ出ていませんけど…」

ファルネーゼさんの言葉が尻すぼみになり、表情が冴えなくなる…何だろう?

ファルネーゼ「巨人に対応するために、ガッツさんは夜明け前に一度は起きられたそうですけど…」

616: 2014/08/07(木) 09:27:47 ID:QGgON7Iw
ファルネーゼ「結局は鎧を着ることも出来ず、お倒れになられたらしくて」

サシャ「えっ…」

ミーナ「ガッツさんが?!」

ファルネーゼさんの言葉で、今度こそ目が覚めた…

ううん、それ所か一気に背筋が寒くなった。

ファルネーゼ「長旅で体調を崩されたのか、熱が…」

ファルネーゼさんの言葉を、聞き終える事すらもどかしい。

顔から血の気が引くのを感じつつ、向の部屋のドアを急く様にノックするど、室内から不満げな声が返って来た。

イシドロ『んな叩かなくったって、鍵なんか掛かってねーよ!』

617: 2014/08/07(木) 09:28:36 ID:QGgON7Iw
ミーナ「ゴメン!入るねっ!」

了承も待たずにドアを開けて、押し入りの様に部屋になだれ込むと…

部屋の真ん中あたりに置かれた椅子に、イシドロ君が胡座をかいて座っていた。

居ると思い込んでいたシールケちゃんが居ない……セルピコさんもだ。

ミーナ「ガッツさんは?!」

イシドロ「…んっ」

イシドロ君が椅子の上で胡座をかいたまま、右手で窓際のベッドを指差す。

二段ベッドの下の段。シングルベッドに、ガッツさんの足が見えた。

ミーナ「…失礼します」

618: 2014/08/07(木) 09:29:08 ID:QGgON7Iw
既に入室しといて今更なセリフだけど、一応断りを入れて部屋の奥に進む。

窓際に据えられたらベッドでは、ガッツさんが窮屈そうな格好で横になっていた。

枕元には水の入った洗面器、ガッツさんの額には濡らしたタオルが掛けてある…。

ミーナ「…大丈夫なの?」

イシドロ「よく解んねえ…けど大丈夫だろ、多分?魔女っ子も居るしよ」

サシャ「…シールケちゃんは?セルピコさんも居ませんけど…?」

イシドロ「魔女っ子はガッツにーちゃんの朝飯作りに行ってる」

イシドロ「薬…膳?とかっての作るっつってた」

619: 2014/08/07(木) 09:29:47 ID:QGgON7Iw
イシドロ「ピコは俺らの朝飯作りに、魔女っ子と一緒に降りてったよ」

ミーナ「薬膳…って事は、そんなに悪いの?」

イシドロ「俺には解んねえよ」

イシドロ「魔女っ子はガッツにーちゃんの容態診て、顔しかめてたけど…」

イシドロ「まぁアイツの場合、元から言う事が一々仰々しいかならぁ」

イシドロ「そろそろ上がって来るだろうから、直接聞いてみなよ?」

ミーナ「…うん、そうする」

ミーナ「あ、ちょっと椅子借りるね?」

イシドロ「どーぞ」

サシャ「あ、私も椅子をお借ります」

620: 2014/08/07(木) 09:31:54 ID:QGgON7Iw
ベッドのすぐ側に椅子を置いた私とサシャは、揃ってガッツさんを覗き込んだ。

額に掛けられたら濡れタオルは、ガッツさんの目まで被せてあるから…

ガッツさんが起きているのかどうかは解らない。

首筋や、巻かれた包帯の隙間から覗く傷だらけの素肌に、珠の様な汗が浮かんでいて…

微熱じゃなく、高熱に冒されているのが素人目にも理解できた。

…何で?昨日までは、あんなに元気だったのに…。

イバレラ「エルフの鱗粉も、流石に解熱作用は無いしね~」

イバレラ「てゆーかこの人、怪我とかしてない時ってあるワケ?」

621: 2014/08/07(木) 09:32:33 ID:QGgON7Iw
パック「あー…基本、いつもどっか怪我してるよな」

パック「オレが一番つきあい長いけど、包帯巻いてないガッツなんて、あんまし記憶に無い」

イバレラ「あんた、コイツの薬箱扱いだしね」

パック「…ムカつくけど否定できない」

イシドロ「今じゃ魔女っ子がいるから、薬箱どころか害虫扱いだけどな?」

パック「…エルフ示現流、一の太刀っ!」

イシドロ「いてっ!てめぇ、イガグリで突っつくの止めろ!」

パック「フェンシング挿す!」

イシドロ「あぶねっ!やんのか害虫っ!」

622: 2014/08/07(木) 09:40:31 ID:QGgON7Iw
ガッツさんが熱を出して寝てるってゆうのに、イシドロ君とパック君が騒ぎ出す。

何考えてんのよ、もうっ!

ミーナ「ちょ、静にしてっ」

かなり強めの語気で諌めると、ほぼ同時に、部屋の入り口のドアが静かに開いた。

シールケ「………騒ぐなら外に出なさい」

シールケ「部屋に居たければ、静かになさい」

シールケ「でないと私…本気で怒りますよ?」

薬膳スープを乗せたトレイを両手で持ち、部屋に入って来たシールケちゃんが…

見た事もない剣幕で、物静かな声を出す。

623: 2014/08/07(木) 09:41:10 ID:QGgON7Iw
言葉遣いと表情のギャップに、流石のイシドロ君も怯んだらしく…

バツが悪そうにシールケちゃんから視線を逸らした。

シールケちゃんの“本気で怒る”て意味を考えると、つい深読みしちゃって…マジで恐い。

私の隣で、サシャまでビビってるもん。

室内の空気が、一瞬で冷え込んだ感じだわ。

セルピコ「まぁまぁ皆さん、取り敢えず朝食にしましょう」

セルピコ「ガッツさんを心配して気が立つのも解りますが…」

セルピコ「それが原因で仲違いするなど馬鹿げています」

624: 2014/08/07(木) 09:41:43 ID:QGgON7Iw
セルピコ「落ち着いて食事でもすれば、気も静まるでしょう」

セルピコ「私はテーブルに食事の準備をしますので…」

セルピコ「イシドロさんはファルネーゼ様と、キャスカさんを呼んで貰えますか?」

イシドロ「…わーった。呼んで来んよ」

ぶっきらぼうに返事をしたイシドロ君は、おもむろに立ち上がると…

頭の後ろで両手を組み、シールケちゃんとは視線を合わせず部屋を出て行く。

シールケちゃんはイシドロ君が部屋を出た後で、ふーっと深い溜め息を吐くと…

625: 2014/08/07(木) 09:42:17 ID:QGgON7Iw
ベッドの傍らに居る私とサシャの所までやって来て、普段通りの笑顔を見せてくれた。

シールケ「お早う御座います」

サシャ「お、お早う御座います!」

ミーナ「シールケちゃんお早う」

ミーナ「今朝はごめんね…私達、寝坊しちゃって」

シールケ「気にしないで下さい。巨人に関して言えば、特に問題は無かったわけですから」

ミーナ「ごめんね?明日からは気を引き締めて、ちゃんと起きるから」

シールケ「はい、解りました」

シールケちゃんは私とサシャに、にこやかに答え…

626: 2014/08/07(木) 09:42:57 ID:QGgON7Iw
ガッツさんの枕元辺りの小さな台に、運んで来た薬膳スープを置いた。

そんなシールケちゃんの視線が自然とガッツさんに移り…

それまで浮かんでいた笑顔が、ふっと曇る。

胸の中に広がる不安…ジクジクと湿り気すら感じる重い心に堪えきれず、私はガッツさんの容態を聞く事にした。

ミーナ「それで、ガッツさんはどうして?昨日の夜まで、あんなに元気だったのに…」

シールケ「元気…と言えば…まあ、元気に見えたかも知れませんが…」

シールケ「ご覧の通り今現在の状態が、ガッツさん本来の体調だったんです」

627: 2014/08/07(木) 09:43:38 ID:QGgON7Iw
シールケ「ガッツさんは、旅をするには早過ぎるくらいの重傷を負っていました」

シールケ「恐らく、旅をしている間も、ずっと微熱があったはずです」

サシャ「じゃあ、ずっと我慢してた…って事ですか?」

ミーナ「…」

シールケ「…我慢と言うか、ガッツさんはヒネクレ者らしいですから」

シールケちゃんはそう言うと、小さな苦笑を浮かべる。

シールケ「何でも本人曰く、ヒネクレ者の大人の代表…だそうです」

サシャ「あー…何かソレ、解る気がします」

ミーナ「…そうかなぁ?」

628: 2014/08/07(木) 09:44:22 ID:QGgON7Iw
サシャ「ヒネクレ者の大人の代表って、要するに意地っ張りって事でしょう?」

ミーナ「あ…まぁ、それは…」

シールケ「…ですよね」

不本意な気もするけど、ある意味納得……不本意だけど、ね。

シールケ「ヴリタニスに辿り着いて、気が緩んだせいもあって…」

シールケ「今までの戦いの疲労が、一気に出たのもあると思います」

シールケ「甲冑を脱いで一晩経てば、こうなる事は解ってました…」

シールケ「ですが正直、思っていた以上に容態が良くありません」

629: 2014/08/07(木) 09:46:31 ID:QGgON7Iw
シールケ「やはり霊樹の森でもっと回復を待ってから、あの甲冑を着るべきでした」

サシャ「あの甲冑…って?」

ミーナ「ガッツさんが普段装備してる、あの甲冑のこと?」

シールケ「…はい」

シールケ「重傷のガッツさんが霊樹の森から、このヴリタニスまで旅が出来たのも…」

シールケ「今こうして、高熱に冒されているのも…」

シールケ「全てはあの甲冑……ドワーフによって造られた呪物“狂戦士の甲冑”に因るものです」

シールケちゃんから私達に向けられていた視線が、スッと外れる。

その視線を辿ると…

禍々しく、黒光りする甲冑が、部屋の隅に置かれた椅子に、まるで腰掛ける様な姿で虚空を眺めていた……。

632: 2014/08/10(日) 00:42:59 ID:ozNnoiMk
狂戦士の甲冑……狂戦士…確か、トロールに襲われた時…

“シールケ「……本当に、狂戦士化しなかったのは奇跡と言えます」”

そんな事をシールケちゃんは言ってたはずだ。

多分、狂戦士?にならなくて良かったって事なんだろうけど…。

重傷を負っていたガッツさんが、今こうして高熱に冒されているのも、あの甲冑のせい?

あ、でも甲冑のおかげで長旅が出来たって言ってるし…

あの甲冑には、どんな秘密があるんだろう?

そんな事を考えている間に、イシドロ君がファルネーゼさんとキャスカさんを連れて、部屋に戻ってきた。

633: 2014/08/10(日) 00:45:41 ID:ozNnoiMk
サシャ「あの、ガッツさんはその甲冑を脱いだから、体調が悪くなったって事ですか?」

シールケ「いえ、正確には甲冑を脱いだ為に、本来の体調に戻った、と言う事です」

サシャ「…て事は、あの甲冑を着たら、また熱が下がる?」

それは私も思った。

甲冑を脱いだ事でこうなったんなら、またあの甲冑を着たら、ガッツさんの体調が良くなるんじゃない?

私の気持ちを代弁する様なサシャの言葉に、シールケちゃんは表情を曇らせたまま首を横に振って見せた。

シールケ「……アレは、そんな生易しい代物ではないんです」

634: 2014/08/10(日) 00:48:06 ID:ozNnoiMk
シールケ「まして、都合の良いアイテムなどでは有り得ない……私のお師匠様が厳重に封印していた呪物なんです」

ミーナ「封印されていた…呪物?」

シールケ「はい…」

私の言葉に首肯するシールケちゃん、その顔色がすぐれない。

手近な椅子を引き寄せ、腰を下ろしたシールケちゃんは…

言葉の続きを待つ私とサシャに、曇り加減の表情を見せた。

シールケ「あの甲冑を着る事で、ガッツさんの傷や病が癒える訳ではありません」

シールケ「痛みを“感じなく”なるんです」

サシャ「痛みを?」

635: 2014/08/10(日) 00:49:48 ID:ozNnoiMk
ミーナ「感じなくなるって…」

シールケ「あの甲冑を身に着けて、その内に宿る禍々しい気の流れに同調した者は…」

シールケ「まさに鬼神と化します」

シールケ「あまりにも強い激情に駆られ、苦痛や恐怖を忘れてしまうのです」

シールケ「人間は己が肉体を傷つけない為に、無意識の内に力の限界を定めています」

シールケ「痛みとは、己の肉体の破壊を食い止める為の警告」

シールケ「痛みを失った人間は、途轍もない力や俊敏さを発揮します」

サシャ「あ…」

ミーナ「それじゃ…」

636: 2014/08/10(日) 00:52:31 ID:ozNnoiMk
シールケ「はい…ガッツさんはあの甲冑を身に着ける事で、手に入れる時があるんです…」

シールケ「人体の限界を超えた力を…命の危機と引きかえに」

サシャ「…」

ミーナ「」

そんな…そんな危険な鎧だったの、アレ?

何でそんな物を…

イシドロ「何だ?何の話してんだ?」

セルピコ「ガッツさんの鎧の話ですよ」

イシドロ「あー、アレな?正直、便利だけどエグいよなぁ」

イシドロ「手足が折れて、明後日の方に向いてても…」

イシドロ「甲冑が折れた手足を強引に補強するんだよなぁ」

637: 2014/08/10(日) 00:54:52 ID:ozNnoiMk
イシドロ「手足の肉を貫いて、骨に食い込んでよぉ…」

イシドロ「狂戦士化しちまうと、自分の意志で戦ってんだか…」

イシドロ「甲冑に戦わせられてんだか、解りゃしねーよなぁ」

サシャ「それが本当なら…もはや呪いの鎧ですよね、ソレ?」

ミーナ「…本当の話なの?」

シールケ「……はい」

シールケ「あの甲冑の以前の所有者は、全身に補強の鋼の歯を喰い込ませ…」

シールケ「全ての骨が砕け、全ての血が吹き出すまで戦い続けて、絶命したのだと聞いています」

サシャ「うわぁ…」

638: 2014/08/10(日) 00:57:01 ID:ozNnoiMk
聞いていますって……聞いています、じゃないよね?

何言ってんの?何でそんな物騒な鎧を着せてるの?

さっき、お師匠様が封印してたって言ったよね?

何でガッツさんが封印されてた鎧を使ってるのよ!

身体の中心から、熱い火の固まりが燃え広がるみたいに…

言い様の無い怒りが、私の全身を包んだ。

ミーナ「…何で?何でガッツさんが、そんな物騒な鎧を使ってるの?」

ダメだ、声が震える…。

語気を強めない様にするだけで、精一杯だ。

睨むつもりは無いけど、どうしても顔が強張る…。

シールケ「…それは…」

639: 2014/08/10(日) 01:00:06 ID:ozNnoiMk
ガッツ「ミーナ達に巨人って敵がいる様に、俺には使徒って名の敵がいるからだ」

シールケ「ガッツさん」

サシャ「起きてたんですか?」

ガッツ「んな枕元でくっちゃべってて、起きてたんですか?も何もねーだろ」

額に掛かっていた濡れタオルを右手で取りながら、ガッツさんが苦笑を浮かべる。

サシャ「あは…確かに…」

ミーナ「…ごめんなさい…」

ミーナ「それで、使徒って?」

ガッツ「…そうだな…この間のトロールや巨人みたいなチンケなのとは、ワケが違う」

640: 2014/08/10(日) 01:09:47 ID:ozNnoiMk
ガッツ「元は人間だったらしいが…人間である事をやめちまった、バケモンのことだ」

ガッツ「天使気取りの五匹の化け物に、自分の一番大切な人間を生贄に捧げて…」

ガッツ「使徒って名の人外に身を堕とした、正真正銘の化け物共が俺の敵だ」

ガッツ「奴らは馬鹿力だけじゃなくて、妙な能力も持ってたりしやがる」

ガッツ「それでも、奴らは俺の手で一匹残らず始末しなけりゃならねぇんでな…」

ガッツ「俺にはあの鎧が必要なんだ」

ミーナ「でもっ!……ガッツさんの命に関わるんじゃないですか?」

シールケ「……」

641: 2014/08/10(日) 01:10:27 ID:ozNnoiMk
ガッツ「問題無え…ってこたぁねえな、確かに」

ガッツ「それでも、もしもん時は頼りになる魔女殿が側に居るからな」

ガッツ「毎度正気を失っちまってるが、シールケが居るから何とかなってる」

シールケ「だからと言って、毎度無茶ばかりされても困りますよ」

ガッツ「無茶は承知の上だ。でなけりゃ、元より使徒とやりあうなんざ正気の沙汰じゃねえ」

サシャ「それほどの強敵なんですか?」

ガッツ「…ああ。初めて使徒とやり合った時は…」

ガッツ「…ゾッドとやり合った時は、百人近く仲間が殺られたし」

642: 2014/08/10(日) 01:11:41 ID:ozNnoiMk
ガッツ「俺もボロ雑巾みたいにされちまった」

ミーナ「ガッツさんが負けたんですか!?」

ガッツ「…ああ。生き残ったってより、見逃してもらった…てのが正解だった…あの時はな」

信じられない……ガッツさんが負けただなんて……。

7~8m級の巨人を一人で倒すガッツさんが、ボロ雑巾みたいに負ける?

そんな……考えられないよっ!

サシャ「嘘ぉ…ガッツさんが?」

イシドロ「マジかよ?!初耳だぜそんな話しっ!」

セルピコ「俄には信じられませんねぇ…」

ガッツ「昔の話だ、傭兵の頃のなっ……」

643: 2014/08/10(日) 01:12:24 ID:ozNnoiMk
ガッツ「つっても今やり合ったら…ま、悪くはねぇ勝負にはなるだろ」

ガッツ「あの鎧を着てる限り、少なくとも負ける気はしねえ」

ガッツ「仮に正気を失っても、シールケが居るし…」

ガッツ「それにシールケは、いざ戦いになりゃ有能な司令官でもあるしな」

ガッツ「頼りにしてるぜ、魔女殿?」

シールケ「お、おだてても薬膳スープしか出ませんよ?」

ミーナ「…ッ」

……………羨ましい。

ガッツさんから深い信頼を得ているシールケちゃんが、堪らなく羨ましい…。

胸が詰まる…胸が焼ける息が苦しい…。

644: 2014/08/10(日) 01:13:16 ID:ozNnoiMk
解ってる、これは嫉妬だ。

私はシールケちゃんに嫉妬してる…。

羨ましい、羨ましい、羨ましい、羨ましいっ!

………いや違う、ダメだ。こんなんじゃダメだ。

こんな考え方じゃダメッ!

シールケちゃんがガッツさんと出会ったのは、確か一月ほど前って言ってたはず。

シールケちゃんでさえ一月程度の短い間で、これだけ深い信頼関係を築けたんだもん…

なら私は、もっと短い期間で、もっともっと親密になって見せるっ!

ガッツさんが誰を一番大切に想ってるかなんて…そんな事、今更どうでもいい。

645: 2014/08/10(日) 01:14:26 ID:ozNnoiMk
元から出遅れてるのは承知の上だし、この先、同じレーンを走れないのも解ってる。

それでも………

セルピコ「皆さん、そろそろ朝食にしませんか?」

サシャ「賛成っ!!」

イシドロ「賛成っ」

イバレラ「賛成~っ!」

パック「賛成っ!」

シールケ「…そうですね」

シールケ「薬膳スープは只でさえ少し苦いですから、ぜひ温かい内に」

ガッツ「…熱なんか出すもんじゃねーな」

シールケ「我慢して下さい」

シールケ「あ、何でしたら私が食事のお手伝いをしますよ?」

646: 2014/08/10(日) 01:15:49 ID:ozNnoiMk
シールケ「ガッツさん、左腕の義手も外してらっしゃいますし」

ミーナ「っ!」

ミーナ「あのっ!!」

ミーナ「それ、私にやらせてくれないかな?」

シールケ「えっ?」

ミーナ「私、怪我の事で、ずっとシールケちゃんやガッツさんにお世話になってたし…」

ミーナ「特にガッツさんは、ヴリタニスまでずっと私を抱っこしてくれてたし…」

ミーナ「私の足、この感じだと、多分明日には全快しそうだから…」

ミーナ「だから今度は、お礼にガッツさんの看病をさせて欲しいの」

647: 2014/08/10(日) 01:18:02 ID:ozNnoiMk
ミーナ「お願いシールケちゃん、私にガッツさんの看病をさせてっ!」

こんなに必氏にお願いするのは、ちょっと過去に記憶が無い。

ホント縋りつく様な気持ちよ。

シールケちゃんが首を縦に振ってくれるまで、頼み込むつもり。

当のシールケちゃんはというと、ちょっと面食らった様で、私への返事に一瞬の間が空いた。

シールケ「……えっと……そうですね」

シールケ「解りました、それではお願いします」

ミーナ「ありがとう!」

648: 2014/08/10(日) 01:19:50 ID:ozNnoiMk
喜び勇んで、シールケちゃんから薬膳スープの器とスプーンを受け取り…

私は椅子ごとガッツさんの枕元付近に移動。

緩慢な動きで半身を起こすガッツさんに…

湯気の上がるスープをスプーンで掬い上げ、やや困惑気味のガッツさんに差し出した。

ミーナ「ちょっと熱いかも知れませんけど、どうぞ」

ガッツ「いや、一人で食えるからよ」

ミーナ「あーん、して下さい」

ガッツ「…いや、一人でk」

ミーナ「あーん」

ガッツ「だから、一人でk」

ミーナ「あーーーんっ!」

ガッツ「いやだから、一r」

649: 2014/08/10(日) 01:25:34 ID:ozNnoiMk
ミーナ「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛んっ!!」

ガッツ「…」


~~~~~~


結果、ガッツさんがスープ1杯を食べ終えるのに、掛かった時間は正味小一時間。

私の粘り勝ちで、どうやらガッツさんも女の子の涙目には弱かったらしい。

ガッツさんは“ゾッドより厄介だ…”と言っていた。

ナルホド…なら次からも、この手で行こう。

うふっ………私は負けないよ♪

652: 2014/08/13(水) 18:16:27 ID:N4RUQHls
ガッツさんが高熱を出してから、五日が経った。

9体目の巨人出現から、今日で一週間。最後の巨人は未だ現れていない。

最後の巨人との戦闘が勝利に終われば、それはそのままガッツさん達とのお別れに繋がる。

巨人を倒して元の世界に帰らないといけないけど…。

本当に帰りたいのか?そう問われた時、今の私は即答で“帰りたい!”…とは言えなくなっていた。

いや勿論、帰りたくない訳じゃないよ?

ただ今は、このささやかな幸せに、少しでも長く浸っていたい…それが正直な気持ち。

653: 2014/08/13(水) 18:17:01 ID:N4RUQHls
とは言っても、いつ何時、巨人が現れるか解らない。

ヴリタニスに着いて、三日目で完全に左足が完治した私は…

セルピコさんに頼んで、使えなくなった戦闘服の代わりになる服を、取り寄せて貰った。

その結果セルピコさんから渡されたのは、何とファルネーゼさんのお下がりで、聖鉄鎖騎士団の軍服。

目立つ装飾や紋章は、セルピコさんが手ずから取り払ってくれた。

セルピコさんも元々は軍人で、紋章官らしいけど…

本当にこの人は軍人ってよりも、執事って方がしっくりくるわ。

654: 2014/08/13(水) 18:17:37 ID:N4RUQHls
ま、実際に幼い頃からファルネーゼさんの付き人だったらしいけどね。

サシャも替えの軍服を貰い、私達は普段着に、常に軍服を着ている。

女の子らしいお洋服には後ろ髪を引かれる思いだけど…

巨人の事を考えると、そんな平和呆けな格好はしていられない。

何故なら、10体目の巨人との戦いに、私はガッツさんの力を借りるつもりは無かったから。

ガッツさんの微熱が下がらないのもあるけど…

何より、あの甲冑を着てほしくない。

って言うより、少なくとも私がここに居る間は、絶対にあの甲冑を着せるつもりは無かった。

655: 2014/08/13(水) 18:18:15 ID:N4RUQHls
そんな訳で、左足が完治したその日から、基本フル装備に近い格好で日中を過ごしてるんだけど…

出て来ないのよねえ…巨人が。あの性悪ウサギ、何やってんだろ?

いや、別に出て来ないなら、出て来ないでも構わないんだけどね……一生。

左足が完治してから、私はえらく意気込んで巨人の出現に備えていたんだけど…

ヴリタニスの港町は毎日が平穏で、活気に溢れた、平和な毎日が続いている。

まぁ、街が丸ごと酒保みたいになってるから、多少物騒ではあるけどね?

656: 2014/08/13(水) 18:18:48 ID:N4RUQHls
それでもトロールみたいな化け物や、浜辺に現れたワニの化け物、まして巨人が居る訳じゃない。

きわめて真っ当な、人間だけの世界だ。

私は眠っているガッツさんを起こさない様に、忍び足で窓辺へと移動して…

三階の窓から、道行く人々を眺めた。

誰もが活気のある、イキイキとした表情をしている。

私達の世界の住人に比べると、明らかにコチラの人達の方が、表現が明るい。

私達の世界も、いつかこんな活気のある世界になれる日が来るかなぁ?

657: 2014/08/13(水) 18:19:21 ID:N4RUQHls
窓から町並みを眺め、自分達の世界と、ガッツさん達の世界の落差に少し気落ちしていると…

ガッツ「…ミーナ、他の奴等はどうした?」

少し低くて、少しぶっきらぼうな感じで、でも今一番大好きな声色が、私を後ろに振り向かせた。

ガッツさんは少し気怠そうな感じで、額に掛けてあったタオルを右手で取り除く。

火傷と矢傷、斬り傷だらけの全身は、今も包帯でグルグル巻き。

でも、その包帯の上からでも解る、鋼の様な肉体美を見る度に、私の心臓は高鳴った。

ミーナ「あ…起こしちゃいましたか?」

658: 2014/08/13(水) 18:19:53 ID:N4RUQHls
ガッツ「いや…少し寝過ぎたな。頭がボーっとする」

ミーナ「もうお昼を回ってますよ」

ミーナ「他の皆さんは昼食の後、いつも通りの行動です」

ガッツ「キャスカは?」

ミーナ「……隣の部屋ですよ」

ミーナ「多分パック君やイバレラちゃんと、遊んでると思います」

ミーナ「ファルネーゼさんとシールケちゃんも一緒だから、心配ないと思いますよ」

ミーナ「まあ、シールケちゃんはファルネーゼさんに、魔術の事を指導してるみたいですけどね」

ガッツ「セルピコは…船か?」

659: 2014/08/13(水) 18:20:37 ID:N4RUQHls
ミーナ「はい。何でも、かなり難航してるそうです」

ミーナ「街中の貿易商に船会社、個人の船主まであたってるそうですけど…」

ミーナ「全て軍船として徴用されているか、そうでなくても軍関係の業務委託を受けてるらしくて…」

ミーナ「けんもほろろ。何処も話す間もなく追い返されてるそうです」

ガッツ「…見通しが甘かったか」

ガッツ「港にさえ着きゃ何とかなると思ってたが…」

ガッツ「どうやら今までの、出たとこ勝負の旅とは勝手が違うみてぇだな…」

ミーナ「一日中、人混みの中を歩き回ってるそうで…」

660: 2014/08/13(水) 18:21:14 ID:N4RUQHls
ミーナ「三人とも脚が棒みたいになってるって言ってました」

ミーナ「イシドロ君なんか、凄い愚痴ってましたよ」

ガッツ「三人?セルピコとイシドロと…?」

ミーナ「サシャ。あの子も一緒なんです」

ガッツ「…そりゃすまねぇな」

ミーナ「気にしなくて良いですよ」

ミーナ「だってあの子、手伝いついでに街中で食べ歩きしてるみたいなんです」

ミーナ「街中の、食べ物の露店の前で立ち止まっては…」

ミーナ「口を半開きにして、ジーッと食べ物を凝視するらしくて…」

661: 2014/08/13(水) 18:21:55 ID:N4RUQHls
ミーナ「その度に、セルピコさんが露店の食べ物を買い与えてるみたいなんです」

ミーナ「多分、初めて見る食べ物に釣られてるんだと思うんですけど…」

ミーナ「何て言うか…手伝ってるってより、食べ歩きのついでに手伝ってるって感じで…」

ミーナ「寧ろ、ご迷惑を掛けてるだけなんじゃないかと…」

ガッツ「……ククッ」

少し驚いた表情を浮かべたガッツさんが、次の瞬間、小さく吹き出す。

こんな風に、楽しげに笑うガッツさんは初めて見た……何か、私まで嬉しくて、楽しい気分になるよ。

662: 2014/08/13(水) 18:27:02 ID:N4RUQHls
ガッツ「サシャらしいな…ま、いーんじゃねえか?」

ガッツ「サシャもミーナも兵士だけどよ、それ以前に年頃の娘だ」

ガッツ「兵士にだって息抜きは必要だからな」

ガッツ「ミーナも、んな所に引っ込んでねーで、サシャと一緒に街を回って楽しんでこいよ?」

ガッツ「ノンビリ羽を伸ばせるのも、今だけかも知れねーぜ?」

ミーナ「…かも知れませんね」

ミーナ「街を巡るのも楽しいでしょうけど…私には私なりの、楽しみ方があるんです」

ミーナ「その為には、ガッツさんのご協力が要るんですけど…」

663: 2014/08/13(水) 18:27:54 ID:N4RUQHls
ミーナ「だいぶ熱も下がったでしょうし、良かったら私の楽しみ方に協力して貰えますか?」

ガッツ「…ミーナには今まで色々と世話になってるからな。まっ、いいぜ」

ガッツ「それで、俺は何すりゃいいんだ?」

ミーナ「特別、何かをして貰いたいんじゃないんですよ」

ミーナ「ただ、昔話を…ガッツさんの今までの事を聞かせて下さい」

ミーナ「小さい頃から今日までにあった、楽しかった事や…悲しかったこと」

ミーナ「他の人には絶対に内緒にしますから、私だけに教えて下さい」

ガッツ「……」

664: 2014/08/13(水) 18:28:25 ID:N4RUQHls
ミーナ「ガッツさんのこれまでの人生を聞きたいんです。他言は絶対にしません」

ミーナ「それに、私は遠からずこの世界から出て行くでしょうから…他の人に話が漏れる事はありません」

ミーナ「だから…お願いします、ガッツさん」

ガッツ「……」

ガッツ「俺の過去に、面白ぇ話しなんざありゃしねーぞ?」

ガッツ「クソみてぇな、つまらねー戦話ばっかりだ」

ミーナ「それでも構わないです!絶対に他言しませんからっ!」

ミーナ「どうしてもお話したくなかったら……あーん、だけで我慢します」

665: 2014/08/13(水) 18:28:57 ID:N4RUQHls
ガッツ「どっちもどっちだな」

ガッツさんはそう言いながら、苦笑を浮かべた。

困らせてるのは解ってるけど…でも…知りたいんだもん、しょうがないじゃない!

だって、セルピコさんや他の皆さんに聞いても、誰もガッツさんの過去の事を知らないんだもん…。

ガッツ「………解ったよ。クソみてぇな昔話だが、聞かせてやる」

ミーナ「あ、ありがとう御座いますっ!!」

や、やったあっ!

ガッツさんと一番つき合いが長い、パック君さえ知らない過去を聞く事が出来る!

666: 2014/08/13(水) 18:29:32 ID:N4RUQHls
ガッツ「礼を言うのは早ぇーよ。礼を言われる程、面白味のある話しなんざありゃしねーんだからな」

ミーナ「構いません!お願いしますっ」

ミーナ「あ、その前にお茶淹れて来ますね?」

ミーナ「あ、ガッツさんは霊薬の薬湯の方が良かったですか?」

ガッツ「…ラムでいい」

ミーナ「じゃあ間をとって白湯にしますね?」

ガッツ「…茶にしてくれ」

ミーナ「解りました」

眉間に皺を寄せるガッツさんに、満面の笑みを返す。

さあ、急いでお茶の準備をしなくちゃ。

誰も知らないお宝話が、私を待ってるんだから。

667: 2014/08/13(水) 18:30:23 ID:N4RUQHls
駆け足で一階に降りた私は、店主に頼んで紅茶を貰うと…

少しのお茶請けと一緒に、大急ぎでガッツさんの待つ屋根裏部屋を目指す。

少しばかり息を切らせて階段を登りきり、三階にたどり着くと…

片手で器用にトレイを支えて、ドアをノック。

ガッツさんの返事も待たずに部屋に入った私は…

邪魔が入らない様に、ソッと後ろ手で、ドアの鍵をかけた。

ガッツさんと二人切りで、ガッツさんの秘密の過去を聞く…

他の誰にも教えない、二人だけの約束…

胸が少しだけ、どきどきした。

671: 2014/08/14(木) 23:35:17 ID:60JmzqbA
部屋に戻った私は、ガッツさんのベッドの脇にある小さな台にトレイを置き…

ティーポットに入った紅茶を、二つのカップに注いだ。

私やサシャから見れば貴重とさえ言える氷砂糖を一欠片ずつカップに入れて…

ミーナ「どうぞ」

ガッツ「ああ…」

ベッドに腰掛けるガッツさんに手渡し…

私は、ガッツさんに向かい合わせる様にして、椅子に腰掛けた。

ガッツさんのベッドの傍らに据えられたら椅子は、最早、私の指定席ってさえ言える。

喜びと期待で顔を上気させる私に比べると、ガッツさんの表情は明らかに冴えなかった。

672: 2014/08/14(木) 23:36:13 ID:60JmzqbA
ガッツ「……」

ミーナ「…?」

ミーナ「えっと…それじゃ、お話しの方をお願いします」

ガッツ「…ああ」

ガッツ「……まあ何だ、話しをする前に…」

ガッツ「一つ、取引だ」

ミーナ「取引…ですか?」

ガッツ「ああ。俺は今まで、他人に俺の過去を話した事なんて、殆ど無ぇ」

ガッツ「キャスカにだって、ほんの一部を話しただけだ」

ミーナ「…」

ガッツ「自分で言うのも何だが、本当にろくでもねーからな」

ガッツ「正直さっきまで、ミーナには適当にでっち上げた話でも吹き込もうかと考えてたんだが…」

673: 2014/08/14(木) 23:36:57 ID:60JmzqbA
ミーナ「そんなっ!酷いです、本当の事を教えて下さいっ!」

ガッツ「…ま、そうだよな」

ガッツ「俺もそう思って、全部正直に話そうかって考え直したが…」

ガッツ「どーにもな…素面じゃ話せねえ」

ガッツ「そこで取引だ」

ガッツ「口の滑りを良くする為に、店主に言って酒を貰って来てくれ」

ミーナ「お酒を?こんな真っ昼間っから?!」

ミーナ「それ以前に、ガッツさんはまだ微熱が下がりきってないんじゃないですか!?」

ガッツ「景気づけだ。どーにも気が乗らねえ話だからな」

674: 2014/08/14(木) 23:37:33 ID:60JmzqbA
ガッツ「嫌なら別に構わねーぜ?その代わり、昔話も無しだ」

ガッツ「嫌としちゃ、気の進まねー話だからな。寧ろ話さなくて済むなら、ソッチのが助かる」

ミーナ「うぅ…」

そんなっ………ガッツさんの身体は心配だけど、ここまで来て昔話が無しになるなんて、あんまりだよ…。

………………
……………
…………
…うぅ

どうしよう?

ガッツ「酒は百薬の長って言うぜ?」

ミーナ「デスヨネ~!?」

最後の一言で心の天秤が一気に傾き、私の良心はアッサリと籠絡されてしまった。

675: 2014/08/14(木) 23:38:04 ID:60JmzqbA
ガッツ「酒を取りに行くなら早くしねーと、正直に話すつもりでいる俺の気が、また変わるかも知れねーぜ?」

ミーナ「一分以内に戻ります」

ガッツ「店主にゃ、支払いはセルピコがするっつっとけよ」

ガッツさんの声を背後に聞きながら、私は足音も高く部屋を飛び出した。

階段を駆け下り、店主さんに大声で呼び掛ける。

紅茶に混ぜて飲めるお酒を頼むと、店主さんは

“真っ昼間っから…”

と至極真っ当な事を言いながらも、奥から酒瓶を取り出してくれた。

…尤もなセリフだわ。

676: 2014/08/14(木) 23:38:51 ID:60JmzqbA
何だかとても悪い事をしてる気分になりながら、店主さんに小声でお礼を言うと…

私は逃げる様にして階段を駆け上がった。

三階までの階段を一気に駆け上り、ドアの前で上がった息を整えた私は、今度はノックもせず部屋に入る。

部屋に入った後、後ろ手で鍵を掛ける事は忘れなかった。

ガッツ「…早ぇーな?」

ミーナ「一分一秒を無駄に出来ない立場ですからっ」

まだ整わない息で返事をしながら、ティーポットの台に近づく。

台にはさっき、ガッツさんに手渡した紅茶のカップも置かれていた。

677: 2014/08/14(木) 23:39:25 ID:60JmzqbA
私はガッツさんの紅茶を半分ほどティーポットに戻し…

減った分だけ持って来たお酒を注ぎ足すと、再度ガッツさんに手渡す。

眉を上げるガッツさんに、私は先制攻撃した。

ミーナ「病み上がりですからね?幾ら何でもストレートで飲ませたりは出来ませんよ?」

ミーナ「コレが精一杯の妥協点です」

ガッツさんは眉を上げたまま紅茶の匂いを嗅ぐと、無言でカップに口を付ける。

半分ほど飲んだガッツさんは、開口一番…

ガッツ「甘ぇな、こりゃ」

少しだけ顔をしかめた。

678: 2014/08/14(木) 23:40:05 ID:60JmzqbA
それでも次の一息で全部飲み干すと、空になったカップを私に差し出す。

ガッツ「次は砂糖抜きにしてくれ」

ミーナ「…解りました」

カップにお酒と紅茶を注いでガッツさんに手渡すと…

ガッツさんは又、一息で半分近く飲み干す。

ふーっと、アルコールの匂いのする息を吐いたガッツさんは…

椅子に腰掛けた私に視線を向け直した。

ガッツ「約束は守る…ま、本気でつまらねー話しを聞く気があるならな?」

ミーナ「嘘は無しでお願いしますよ?」

ガッツ「…解った」

ガッツ「さてと、何から話したもんか…」

679: 2014/08/14(木) 23:40:46 ID:60JmzqbA
ガッツ「…ああ、前に言ったな?俺が孤児だったって事は」

ミーナ「…はい、あの浜辺の海小屋でのお話しですよね?」

ガッツ「そうだ。そこをもう少し詳しく説明すると…」

ガッツ「俺を拾った育ての親は、父親の名前がガンビーノ、お袋の名前がシス」

ガッツ「ガンビーノは傭兵団の団長をしてた」

ガッツ「ガンビーノが傭兵団と、その家族一行を連れて転戦してる道中…」

ガッツ「街道沿いで、自殺でもしたのか、或いは殺されでもしたのか…」

ガッツ「大きな木の太い枝にぶら下がってる、大勢の首吊り氏体を見つけた」

680: 2014/08/14(木) 23:41:19 ID:60JmzqbA
ガッツ「お袋はこの時、三日前に流産してたみたいでな…気が変になってたらしい」

ガッツ「そんなお袋だったから、なんだろうな…」

ガッツ「気が変になってたお袋は、馬車から飛び降りて、俺を拾い上げてくれた」

ガッツ「妊婦の首吊り氏体の下から…血と羊水と泥水にまみれた俺を…な」

ミーナ「」

ガッツ「ガンビーノは、変になってるお袋の気が紛れるなら…」

ガッツ「気休めになるならそれで良いだろうって、放っといたらしい」

ガッツ「傭兵団の仲間は縁起が悪いって気味悪がってたらしいが…」

681: 2014/08/14(木) 23:42:01 ID:60JmzqbA
ガッツ「縁起の悪い赤ん坊なんざ、どーせすぐ氏ぬだろう…って感じで、ガンビーノは取り合わなかったらしい」

ミーナ「」

………あ、あれ?

良いのかな?私こんな事、聞いてても良いのかな?

ミーナ「」

ガッツ「…どうした?顔が固まってるぜ?」

ミーナ「…えっと…あの…私もしかして、とんでもない無神経なお願いをしましたよね?」

ミーナ「ご免なさい!私が、ガッツさんの過去を聞くだなんて…烏滸がましかったですよね?」

682: 2014/08/14(木) 23:42:37 ID:60JmzqbA
猛烈に恥ずかしい!

何で私は……自分の気持ちばっかり優先して、何て無神経な事をお願いしたんだろうっ!

ガッツさんは元から、過去の話をするのを嫌がってた…それを知ってて、私は………

お願いっ、誰でも良いから私を罰して下さいっ!!!

ガッツ「…ま、あれだ。いざ話し出すと、そんなに嫌な気分でもねえ」

ガッツ「前にキャスカに話した時も、その後で随分と気が楽になったからな…」

ガッツ「…もしかすると俺は、誰かに聞いて欲しかったのかも知れねぇな」

ミーナ「…」

ガッツ「どうする?もう止めとくか?」

683: 2014/08/14(木) 23:52:55 ID:60JmzqbA
ミーナ「……」

ミーナ「えっと……ガッツさんさえ良かったら、話しを続けて下さい」

ガッツ「そうだな………ま、こんな話を誰かにする事なんざ、もう無ぇだろうからな…」

ガッツ「続けるとするか。ちっとばかしキツい話が続くけど、構わねえか?」

ミーナ「…はい」

よし、覚悟を決めよう。それに、浮かれ気分じゃ失礼だ。

私が小さく頷くと、ガッツさんはカップの紅茶を一口飲み込み、また静かに口を開いた。

ガッツ「お袋の事は、正直あんまり覚えてねえ…」

684: 2014/08/14(木) 23:53:56 ID:60JmzqbA
ガッツ「だが俺の事を大切にしてくれた、優しくしてくれた…それだけは覚えてる」

……うっ、いきなりヤな予感。

ガッツ「…流行病、確かペストだった。お袋は俺が三つの時、氏んじまった」

ガッツ「ガンビーノは戦があって、お袋の最後を看取ってやれなかった事を、後で悔いていた…」

……ううっ、悪い予感的中…。

ガッツ「それから俺が唯一頼れるのは、親父のガンビーノだけになった」

ガッツ「つってもガンビーノは、傭兵団の荒くれ共を率いる団長だ」

ガッツ「当然、真っ当な子育てなんか出来るはずも無ぇからな」

685: 2014/08/14(木) 23:57:03 ID:60JmzqbA
ガッツ「俺はガキの遊ぶ玩具じゃなくて、戦場で大人が使う剣を与えられた」

ガッツ「朝昼晩の、メシの手伝いの合間に…」

ガッツ「ろくすっぽ振る事も出来ねえ剣を使って、ガンビーノから稽古を受けた」

……えっ?真剣で稽古?

大人…親父が子供に対して?

ガッツ「ガンビーノは強さで団長になった男だったからな…」

ガッツ「稽古で幾らか手を抜いてくれてても、あの頃の俺は毎日、稽古で斬り傷をこさえてた」

ガッツ「槍の柄でブン殴られて歯が折れた事もあったし…」

686: 2014/08/14(木) 23:59:03 ID:60JmzqbA
ガッツ「一度は鼻っ柱を深く斬りつけられて、血が止まらねえ、熱が引かねえって事もあったな…」

ガッツ「その傷痕がコイツだ、まだ残ってるだろ?」

ミーナ「…はあっ?!」

ガッツさんはそう言って、自分の鼻の上部をトントンと指差す。

嘘っ!?その鼻の傷痕って、お父さんから付けられたの?

いやちょっと……それってもう、虐待なんじゃない?

流石にもう、何と言うか…驚きと呆れと湧き上がる怒りで、開いた口が塞がらない。

そんな私の表情の変化に気付いたガッツさんが、少し慌てた様にして言葉を濁した。

687: 2014/08/14(木) 23:59:50 ID:60JmzqbA
ガッツ「…いや、その時はガンビーノも流石にやり過ぎたと思ったのか、後で薬をくれたけどな」

ミーナ「当然ですっ!そもそも、真剣で稽古なんてつける方がどうかしてるんですよ!」

ガッツ「…ま、確かにその通りだな」

ガッツ「ただ、俺が育ったのは傭兵団の中だ」

ガッツ「俺はいつまでも、タダ飯喰らいって訳にゃいかなかった」

ガッツ「俺の親父は傭兵団の団長で、俺は傭兵団の中で育てられた」

ガッツ「だから俺も自分の食い扶持くらい、しっかり稼がなきゃならなかった」

688: 2014/08/15(金) 00:01:48 ID:7WoRe6Ug
ミーナ「だってガッツさん、子供だったんでしょう?そんなの、無理じゃないですか!」

ガッツ「そうでもねーさ。ガキでも武器を運ぶ事ぐらい出来るし…」

ガッツ「ボウガンの一つも握りゃあ、立派な戦力になる」

ガッツ「俺がガンビーノの手伝いで戦場についてったのが六つ…」

ガッツ「一人前の兵士扱いで、初陣に出たのが…九つの時だ」

ミーナ「……それって、初めて戦場で、兵士として敵と戦った年が、九歳……って事ですよね?」

ガッツ「ああ。初陣で敵も倒したし、城攻めが終わった後は、報奨金も貰ったからな」

689: 2014/08/15(金) 00:03:39 ID:7WoRe6Ug
ガッツ「……その報奨金をガンビーノに渡したら、ガンビーノは報奨金の中から銀貨を一枚、俺にくれた」

ガッツ「アレが、俺が初めて手に入れだ稼ぎだった…」

懐かしそうな表情で、ガッツさんが、うっすらと笑った。

…優くて、柔らかくて、少しはにかんだ笑顔。

普段浮かべる苦笑いや、どこかヒネクレた笑みとは、根本的に違う。

…あぁ、多分ガッツさんは子供の頃、こんな顔をして笑ってたんだね?

そして、その笑顔を見て、ふと理解した。

例えどんな扱いを受けていても、ガッツさんは、お父さんの事が大好きだったんだ……。

690: 2014/08/15(金) 00:07:12 ID:7WoRe6Ug
つづく

テンポ良く行きたいのに、SSの進行ペースが上がりません…

こんなハズでは……

693: 2014/08/15(金) 22:57:59 ID:7WoRe6Ug
ガッツ「そういや初斬した晩………チッ……」

ガッツさんはそれだけ言うと、暫く黙り込んで舌打ちを打った。

眉間に皺を寄せると、チラッと一瞬だけ、私に視線を向ける。

急にどうしたんだろ?

ガッツさんにしては珍しく、ちょっと落ち着きが無くなった気がする…。

カップに残った紅茶割りのお酒を一気に呷るガッツさんに、私はおずおずと問い掛けた。

ミーナ「…あの、初陣した晩に何かあったんですか?」

ガッツ「…ああ、ちょっとな」

ミーナ「ちょっと?」

ガッツ「…昔に負ったトラウマさ。今はもう克服してるが…」

694: 2014/08/15(金) 22:58:38 ID:7WoRe6Ug
ガッツ「…ミーナに言って良いかどうか、少しばかり悩んでる」

ミーナ「えっ?!そんな、気にしないで下さい!」

ミーナ「もう浮かれてなんかいないし、話を聞く覚悟はさっき決めたばかりですから!」

ガッツ「……覚悟ねえ」

そう言いながら、ガッツさんが空になったカップにお酒を注ぎ始める。

私は素早く立ち上がって、酒瓶を持つガッツさんの右手を止めた。

ミーナ「入れ過ぎです。半分は紅茶にして下さいね?」

ガッツ「…セコいこと言うなよ」

ミーナ「ダメです!取引の約束は守って貰います」

695: 2014/08/15(金) 22:59:21 ID:7WoRe6Ug
ミーナ「守ってくれますよね、約束?」

ミーナ「私の好きなガッツさんは、約束を守ってくれるハズだ…も…の……」

……………ああっ!!

褒め頃しで説得しようとしたら、サラッと好きって言っちゃったあっ!

何やってんの、私っ!?

待って、タンマ、ちょっ神様お願い!時間を巻き戻してっ!!

…恐る恐るガッツさんを見ると、ガッツさんは苦笑を浮かべてる…

多分、私の顔は真っ赤になってるだろう…

顔が、途轍もなく熱い。頭から湯気でも出てるんじゃないだろーか?

696: 2014/08/15(金) 22:59:56 ID:7WoRe6Ug
ガッツ「ミーナは意外と口達者なんだな?」

ミーナ「…はっ、ははっ」

ミーナ「私って兵士としての力量が足りてませんから、それ以外にも力を入れないと、皆に取り残されちゃうんですよ」

ミーナ「だから、口八丁手八丁もワリと得意なんです…あは、あはははは」

ああっ………ヘタレちゃった…

この意気地無し!馬鹿ミーナ!

……でもまだよ、OKOK!
まだ慌てる時間じゃない。

こーゆーのはウッカリじゃなくて、ジックリ攻めなきゃね?

697: 2014/08/15(金) 23:00:48 ID:7WoRe6Ug
気を取り直しながら椅子に座り、紅茶を一啜りした私は、取り敢えず話を元に戻す事にした。

ミーナ「そ、それで、初陣の晩に何かあったんですか?」

ガッツ「……ああ」

ガッツ「何せ、九つのガキが、生まれて初めて人を斬り頃したんだからな…」

ガッツ「戦が終わって、ガンビーノに“ま、これからもしっかりやんな”」

ガッツ「…そう言って貰った時にゃ、ガラにもなく浮かれて喜んじゃいたが…」

698: 2014/08/15(金) 23:02:20 ID:7WoRe6Ug
ガッツ「その晩は夜が更けても眠れねーし、今頃かよ?って感じで、体中の震えが止まらなくなった」

ミーナ「……」

ガッツ「俺は独りきりのテントで寝てたんだが…」

ガッツ「その晩、真夜中に、誰かが俺のテントにやって来た」

ガッツ「直ぐには誰か解らなかったが…その雰囲気で、俺は身の危険を感じ取った」

ミーナ「えっ?」

ガッツ「………」

ミーナ「…」

ガッツ「……」

ミーナ「…あの…それで?」

699: 2014/08/15(金) 23:03:39 ID:7WoRe6Ug
ガッツ「ああ…俺はソイツに、犯された」

ミーナ「」

………は?

今………何て?

ガッツ「“大人しくしろ”」

ガッツ「“軍隊じゃよくある事だ”そう言いながら、奴は俺を押さえつけてきた」

ガッツ「更に悪い事に、俺はあの頃、裸で寝てたからな……身を守るもクソもありゃしなかった」

ガッツ「九つのガキが、素っ裸で何か出来ると思うか?」

ミーナ「」

ガッツ「あっと言う間に組み伏せられて、それで終わりだ…」

700: 2014/08/15(金) 23:04:49 ID:7WoRe6Ug
ミーナ「」

ガッツ「…悪ぃな、嫌な事を思い出させちまったか?」

ミーナ「……い…え……あの、その…」

ミーナ「あ…相手は、じ、女性だったんですか?」

ガッツ「いや男だ」

ガッツ「剃り上げた坊主頭で、小山みてーな体をした大男だ」

701: 2014/08/15(金) 23:32:53 ID:7WoRe6Ug
ガッツ「下世話な言い方をすりゃガキの頃、俺は“掘られた”ってこった」

ミーナ「」

ガッツ「そいつはガンビーノとは旧知の間柄でな。傭兵団の中でも古参兵で、ドノバンって名前だった」

ガッツ「ドノバンに“大人しくしろ、俺はお前を一晩買ったんだよ”…」

ガッツ「“ガンビーノに銀貨三枚払ってな”…」

ガッツ「そう言われて、俺は頭が真っ白になって、抵抗する気が失せちまった…」

ガッツ「翌朝、俺は剣を片手にガンビーノの所に行った」

ガッツ「ガンビーノは剣を持った俺を見て、面倒臭そうに“稽古したけりゃ後にしろ、俺りゃ二日酔いでダルいんだ”…」

ガッツ「ガンビーノはいつもの調子で、俺の顔を見ても普段と変わらなかった…」

ガッツ「普段と変わらないガンビーノを見て、俺はガンビーノが何も知らないんだと悟った」

702: 2014/08/15(金) 23:34:45 ID:7WoRe6Ug
ガッツ「心底ホッとした…」

ガッツ「心底嬉しかった…」

ガッツ「そしてその分、俺は、ドノバンを憎んだ…」

…………………
………………
……………
…………
…こっ

ミーナ「頃してやるっ!!!」

感情に任せて叫んだ私の声は、殆ど涙声だった。

地の果てまで追い詰めて、必ず頃してやるっ!!

よっぽど頭に血が上ったのか、勢い良く立ち上がると…

目眩と共に目の前がチカチカして、私は思わず倒れそうになってしまった……。

707: 2014/08/25(月) 23:57:09 ID:61BZU.Pw
頭に血が上った状態で、急に立ち上がるもんじゃないわ…。

目の前が白く染まり、軽い嘔吐感と共に平衡感覚を失った私は…

まるで膝から下が無くなったみたいに、前のめりに倒れ込んだ。

ガッツ「っと……大丈夫か?」

ミーナ「あ……」

床に倒れる寸前で、ガッツさんの逞しい腕が、私の体を軽々と掬い上げる。

その結果、私はガッツさんの胸の中に飛び込む形になった。

包帯が巻かれた、鎧みたいに厚い胸板から、ガッツさんの温もりが伝わり…

旅の間ですっかり嗅ぎ慣れた、ガッツさんの匂いが肺を満たす。

708: 2014/08/25(月) 23:57:42 ID:61BZU.Pw
もう少しガッツさんの胸の中にいたかったけど…

これ以上くっついていると、流石に変に思われるかも知れない。

私は後ろ髪を引かれる思いで、ガッツさんの胸から離れた。

ミーナ「…ごめんなさい。ちょっと、カッとなっちゃって…」

ガッツ「…意外と気が強いんだな?」

ミーナ「あはっ…実はそうなんです」

ミーナ「気が弱かったら、兵士に志願なんかしませんよ」

ガッツ「違いねえな」

ガッツさんは笑いながら、私が椅子に腰を下ろすのを見届けた後…

自分もゆっくりとベッドに腰を下ろした。

709: 2014/08/25(月) 23:58:17 ID:61BZU.Pw
ガッツ「……頃してやる…か」

ガッツ「残念だが、そいつは手遅れだ」

ミーナ「手遅れ?」

ガッツ「ああ…ドノバンは、とっくの昔に戦場でくたばった」

ミーナ「…戦氏、ですか」

ガッツ「ああ、俺を犯したすぐ後の戦闘でな」

ガッツ「…戦氏にみせかけて、俺が頃してやった」

ガッツ「ボーガンで、背中から…な」

ミーナ「…当然の結果だと思います」

……いい気味。

ガッツさんを、おっ、おか…すだなんて、万氏に値する!

叶う事なら、私だって項の一つや二つや十や二十、削いでやりたいくらいよっ!

710: 2014/08/25(月) 23:58:47 ID:61BZU.Pw
その後で巨人の餌よ、エサ!!

あーもう、本当に気分悪いわ…

ガッツ「ドノバンのせいで、俺はその後、長いこと他人に触られるのがダメになってな…」

ミーナ「あ…さっき言ってた、トラウマ?」

ガッツ「ああ。男も女も関係ねえ。他人に体を触られるのが、生理的に駄目になった」

ミーナ「今は…もう大丈夫なんですよね?」

ガッツ「まあな……キャスカのおかげで治った」

ミーナ「…そう…ですか」

ミーナ「良かったですね」

………あぁ、ちょっとチクッとするなぁ。

711: 2014/08/25(月) 23:59:21 ID:61BZU.Pw
ガッツ「…ま、そのトラウマが治ったのは何年も経ってからの話だがな」

ガッツ「あの頃は、夢にまでうなされたもんさ」

ミーナ「…気持ちは解ります」

凄い良く解るわ…夢にうなされるってトコ。

私はギリギリ助かったけど、ガッツさんは………。

ガッツ「だがあの頃は…新兵になりたて頃は、すぐにそれ所じゃなくなったけどな」

ミーナ「えっ?」

ガッツ「あの後、すぐにまた城攻めの戦に参戦してな…」

ガッツ「その戦闘中、ガンビーノが敵の砲撃に巻き込まれて…」

ガッツ「右足を…右膝から下を吹っ飛ばされちまった」

712: 2014/08/25(月) 23:59:59 ID:61BZU.Pw
ミーナ「」

ガッツ「酷い出血だった。それでも何とか命は取り留めたが…」

ガッツ「…だが、片足じゃ戦場に立つ事は出来ねえ」

ガッツ「ガンビーノはその日を限りに、傭兵を廃業。団長の座も降りる羽目になっちまった」

ミーナ「…」

ガッツ「それからの俺は、ガンビーノの為に必氏で戦った…」

ガッツ「俺を育ててくれたガンビーノの為に…今度は俺が…親父の為に…」

ガッツ「稼げるのは俺だけだ、俺は絶対に氏ぬ訳にはいかなかった」

ガッツ「敵の剣を必氏でかい潜り、幾つもの敵を斬り頃し、必氏で生き延びた…」

713: 2014/08/26(火) 00:00:37 ID:aZFgnjQk
ミーナ「…」

ガッツ「そんな生活が二年……十一になる頃には、俺も一端の兵士扱いになってた」

ガッツ「ガンビーノは傭兵団の中に居たが…」

ガッツ「あの頃のガンビーノは、傭兵を廃業になった事で酷く荒れていた」

ガッツ「強さと、冷酷さと、判断力の良さで団を率いてたんだ…」

ガッツ「突然の廃業を、ガンビーノが納得出来るハズもねえ」

ガッツ「二年経った頃には……俺が稼いだ金で、酒と女に溺れる毎日だった」

ミーナ「…」

……それは…ちょっと…どうなんだろ?

714: 2014/08/26(火) 00:01:18 ID:aZFgnjQk
気の毒だとは思うけど、子供のガッツさんに戦場で戦わせて…

自分はガッツさんの稼ぎで女性やお酒に溺れるって…それ、ちょっと違うんじゃない?

ガッツさんのお話を聞いてると、つい眉間に皺が寄って来ちゃう。

そんな私を見た後で、ガッツさんは小さな溜め息を吐いた。

ガッツ「…別に構いやしなかったさ」

ガッツ「浴びるほど酒を飲もうが、女を買おうが…そんな事はどうだってよかった」

ガッツ「俺が稼いだ金を、好きな様に使って喜んでくれるなら…寧ろ本望だった」

715: 2014/08/26(火) 00:06:15 ID:aZFgnjQk
ガッツ「…ただ……俺の事を見てくれるなら…それだけで…」

ミーナ「…?」

……見る?どうゆう意味だろ?

それより何だろう?ガッツさんの表情がおかしい…。

両膝に両肘をついて、右手で顔を覆う様にすると、ガッツさんは私から視線を外し、何も無い床の一点を眺めた。

小さく…本当に小さくだけど、ガッツさんの大きな体が、小さく震えていた。

ガッツ「…ある戦で、俺は敵の大将首をあげた」

ガッツ「大将首には特別な報奨金が出る。俺は硬貨の詰まった報奨金を片手に、ガンビーノの所に行った…」

716: 2014/08/26(火) 00:06:51 ID:aZFgnjQk
ガッツ「少しは…褒めてくれるかなって…思いながらな」

ガッツ「ガンビーノはあの頃、犬を飼ってた…」

ガッツ「報奨金を差し出す俺には目もくれず、犬の餌を早く持って来いと、俺を殴った」

ガッツ「犬に向かって、シス、シスって……俺の名前は、一度も呼んじゃくれなかった…」

ガッツ「あの頃は、もうずっとそんな感じだった…」

ミーナ「酷い…」

ガッツ「…その日の晩は、強い雨が降ってた」

ガッツ「夜中、やたらと雷が鳴ってな……雷の音と稲光が酷くて、目が覚めたら…」

ミーナ「…」

717: 2014/08/26(火) 00:07:27 ID:aZFgnjQk
ガッツ「…俺のテントの中に、右手に松葉杖、左手に剣を持った…」

ガッツ「ガンビーノが居た」

ミーナ「…えっ?」

ガッツ「酔ってるのが解ったのは、ガンビーノが振り下ろした剣を避けた後だ」

ガッツ「ガンビーノは寝ていた俺に、いきなり斬りかかって来た」

ミーナ「」

ガッツ「あの時、ガンビーノが俺に向かって言った言葉は、今でも一言一句漏らさず覚えてる…」

ガッツ「“すぐにくたばると思ったんだがなぁ…あんなガリガリの、氏に損ないのガキ……”」

718: 2014/08/26(火) 00:08:01 ID:aZFgnjQk
ガッツ「“だがどうだ?くたばったのは、てめえを拾った当のシス本人…”」

ガッツ「“この俺は片足をもがれて傭兵廃業……てめえを傭兵団に置いといたおかげで、この有様だ…”」

ガッツ「“ガッツ、貴様は悪魔の子だよ……不運を呼び込む呪われた子供だ…”」

ミーナ「………ガッツさん…」

ガッツ「“てめえは氏ぬべきだったんだよ…11年前のあの日、母親の骸の下で…”って…」

ミーナ「……ガッツさん…」

もういい、もういいです…

そんな目で、そんな顔してまで話さないで…


ガッツ「…それから一つ、教えて貰った」

719: 2014/08/26(火) 00:08:41 ID:aZFgnjQk
ミーナ「………何をですか?」

ガッツ「初陣のあの晩、ドノバンは本当に銀貨三枚で買っていたのさ……俺を」

ガッツ「…ガンビーノからな」

ミーナ「」

ミーナ「……どう、して…?」

ガッツ「…うっとうしかったから…」

ガッツ「ガンビーノが言うには、お袋を頃した俺が“犬っころ”みてえに懐いてくるのが…うっとうしかったんだとよ…」

ミーナ「そんな…そんな言い方…」

酷い…あんまりだ、あんまりだよ……

ガッツ「…ガンビーノはその後、また斬りかかって来た」

720: 2014/08/26(火) 00:10:59 ID:aZFgnjQk
ガッツ「剣で受けようと…避けようとしたのに……」

ガッツ「気がついたら、ガンビーノの喉に……俺の剣が………剣が………」

ガッツ「……頃すつもりじゃ……ごめん…ガンビーノ………」

ガッツ「………父さん………」

ミーナ「ガッツ…さん…」

ガッツさんは目頭を押さえて、肩を小さく震わせていた…。

……胸の奥が痛かった……

この人の心の傷痕を、癒してあげたい…心からそう思う。

立ち上がった私は、少年の様に小さく見えるガッツさんに近寄り…

目頭を押さえるその頭を、両手でソッと抱きしめた……。

729: 2014/08/29(金) 19:12:34 ID:OmhsYZKs
今、胸に宿るこの想いが、ほんの一時訪れるハシカの様な恋なのか…

それとも不意に満たされた母性本能なのか、正直、私にも良く解らないけど…

ただ…ただ止めどなく溢れ出す愛しさに突き動かされて…

私は包み込む様に、両手でガッツさんの頭を優しく抱きしめた。

ガッツさんは一瞬、ビクッと体を固くしたけど…

体の強ばりはすぐに消えて、その後も私の手を振り払う事はしなかった。

抱擁は僅かな時間だった。多分、三分も無かったと思う。

私のお腹の辺りに押し付けた黒髪、ガッツさんの短髪を暫く見下ろしていると…

730: 2014/08/29(金) 19:13:20 ID:OmhsYZKs
左の腰の辺りをポンポンと軽く叩かれて、私はゆっくりと両手を解いた。

ミーナ「……紅茶、煎れますね?」

ガッツ「……ああ」

残り少なくなっていた紅茶を二つのカップに注ぎ分け…

ガッツさんと視線を合わせない様にしながら、ティーカップを手渡す。

…多分、すぐには顔を合わせ辛いよね?ガッツさん。

あ…それだと向き合わせで椅子に座るのも………。

私は少し考えて、ガッツさんの隣、ベッドに腰を下ろした。

ミーナ「…少しは落ち着きましたか?」

ガッツ「……ったく」

731: 2014/08/29(金) 19:13:50 ID:OmhsYZKs
ガッツ「女・子供に慰められちまうと、立つ瀬ねーな」

ミーナ「あっ、今のはちょっと失礼ですよ?」

ミーナ「見た目は子供に見えるかも知れませんけど…」

ミーナ「“中身は”ちょっと気の利く“女性”のつもりなんですから」

ガッツ「……フッ」

ガッツ「…ま、今回はそういう事にしとくか」

ヤレヤレ…って感じで、ガッツさんが苦笑を浮かべる。

…良かった、もう普段の感じに戻ってるみたい。

それから二人で紅茶を一啜りすると、ガッツさんはその場を取り繕う様に口を開いた。

732: 2014/08/29(金) 19:14:33 ID:OmhsYZKs
ガッツ「あー…ミーナ達の世界じゃどうなってるか知らねーが」

ガッツ「ここいらの傭兵団じゃ、同胞頃しは問答無用で縛り首だ」

ガッツ「ましてや俺は、理由はどうあれ親頃しになっちまったからな…」

ミーナ「…でも…」

ガッツ「言い訳したかったのは俺だって同じだ」

ガッツ「けど俺は、拾われた時から傭兵団の中じゃ縁起の悪いガキだって思われてたからな」

ガッツ「兵士ってのは、元々、諺を担ぐ」

ガッツ「俺があの傭兵団に居られたのは、団長だったガンビーノが育ての親だったからだ」

733: 2014/08/29(金) 19:15:09 ID:OmhsYZKs
ガッツ「そのガンビーノを頃したとあっちゃ…な」

ミーナ「あ……」

ガッツ「ガンビーノとの騒ぎで、俺のテントはランタンが倒れてボヤを起こした」

ガッツ「駆けつけて来た仲間達が目にしたのは、ガンビーノの氏体と血塗れの剣を持つ俺…」

ガッツ「ま、言い逃れなんて出来る訳がねえ。更に悪い事に、俺は威嚇してきた仲間を、つい反射的に斬っちまったからな」

ミーナ「…あー…」

あちゃ~…それは…もう本当に言い逃れ出来ないわ…。

ガッツ「俺は同胞頃し、親頃しとして追われるハメになった」

734: 2014/08/29(金) 19:15:43 ID:OmhsYZKs
ガッツ「何とか馬を奪って、雷雨の夜道を遮二無二逃げたが…」

ガッツ「すぐに崖に追い詰められて、後ろからボーガンで撃たれた俺は、崖から落ちた…」

ミーナ「」

ガッツ「奴等はそれで、俺が氏んだと思ったらしい…」

ガッツ「…実際あの高さから落ちて、二~三本の骨折で済んだのは奇跡だったんだろうな」

ガッツ「それにもしあの雷雨の晩、あの崖の下を通る奴が居なかったら、俺はあそこで氏んでたハズだ…」

ミーナ「…じゃあ偶然、そこに誰かが?」

ガッツ「ああ。意識を失ったままの俺は、皮肉な事に…」

735: 2014/08/29(金) 19:16:19 ID:OmhsYZKs
ガッツ「また違う傭兵団の一行に拾われて、命を長らえたってこった」

ミーナ「また傭兵団に?!」

ガッツ「…皮肉だろ?」

ミーナ「…運が良いのか悪いのか、微妙ですね…」

ガッツ「悪運が強いんだろうな、俺は」

ミーナ「…でも悪運って、まず悪い事が真っ先に来ますよね?」

ガッツ「……自慢じゃねーが、運の悪さにゃ自信があるぜ?」

ミーナ「本当に自慢になりませんよ」

本当、自慢になんない。

何ていうか…ガッツさんの昔話で、今の所、第三者的な視点で幸せそうな部分が皆無だもの…。

736: 2014/08/29(金) 19:16:55 ID:OmhsYZKs
ミーナ「運命の神様は悪戯好きって言いますけど、ホドがあるでしょ?全く…」

ガッツ「ああ、全くだな」

ガッツ「運命の神さんってーのが目の前に現れたら、お礼にブン殴ってやりてーぐらいだ」

ミーナ「あっ、その時は手伝います。また、酒瓶を持って」

ガッツ「…ああ、頼りにしてるぜ」

私が笑いかけると、ガッツさんも苦笑混じりで笑顔を返してくれた。

…ああ、少しだけだけど、他愛もない軽口で、幾らか心が軽くなっていくのが解る。

ガッツ「……崖の下で拾われた俺は、それから無為に戦場で時を過ごした」

737: 2014/08/29(金) 19:17:31 ID:OmhsYZKs
ガッツ「行く宛も無く、生きる意味も、目的も見い出せずに…」

ガッツ「傭兵団を渡り歩いて、幾つもの戦場で…」

ガッツ「勝ち戦と、クソみてえな負け戦を生き抜いた」

ガッツ「ガンビーノが居た傭兵団を離れてから四年……今のミーナぐらいの歳に、俺は奴らと………」

ミーナ「…奴ら?」

ガッツ「……」

……あ、あれ?

また、ガッツさんの表情が少し曇った?

ガッツ「…」

ミーナ「??」

ガッツ「…当時、既に戦場で、その傭兵団は名が知れ渡っていた…」

738: 2014/08/29(金) 19:18:08 ID:OmhsYZKs
ガッツ「戦場で、一番顔を会わせたくない傭兵団の一つとしてな」

ガッツ「奴らとは最初、敵として出会った」

ミーナ「敵…ガッツさんの?」

ガッツ「ああ。城攻めじゃ敵側の傭兵団だったし、戦の後は俺の持ち金を狙って襲って来やがった」

ミーナ「当然、返り討ちですよね?」

私の笑顔の問い掛けに、ガッツさんは苦笑を浮かべて見せた。

ガッツ「…戦が終わり、次の戦場を目指して出発したその日、俺は奴らに出会った……」

ガッツ「白い鷹率いる、鷹の団………」

739: 2014/08/29(金) 19:18:50 ID:OmhsYZKs
ガッツ「…ジュドー」

ガッツ「ピピン」

ガッツ「コルカス」

ガッツ「リッケルト」

ガッツ「……………………」

ミーナ「…?」

ガッツ「………キャスカ」

ミーナ「キャスカさんっ!?」

嘘っ!キャスカさんって、元はガッツさんの敵だったの?!

だって…えっ?あれ?ちょっと待って…

敵側の傭兵団って言ったよね?って事は………

ミーナ「キャスカさんって、もしかして傭兵だったんですか?!」

ガッツ「……ああ、パリパリの元傭兵だ」

740: 2014/08/29(金) 19:19:24 ID:OmhsYZKs
ガッツ「初めて会った時は五百そこそこの、小さな傭兵団の古参兵だったらしいが…」

ガッツ「三年後、鷹の団が五千人規模に膨れ上がった頃にゃあ…」

ガッツ「キャスカは千人の部下を従える、千人長様だ。押しも押されぬ大幹部様だったぜ」

ミーナ「ふわぁ~…」

凄い…キャスカさんとガッツさんって、そんな年齢差は無かったハズだよね?

つまり私に言い換えれば、私が二~三年後に分隊長?クラスになってるってコト?

…あは、あっはっはっはっは!

絶対無理!あり得ない未来だわ。

百パーセント不可能だと断言できる。

741: 2014/08/29(金) 19:26:23 ID:OmhsYZKs
………けど、私には絶対不可能な事を、キャスカさんはやってのけてたんだ…。

ミーナ「………悔しいなぁ」

ガッツ「…んっ?」

ミーナ「あ…いえ、キャスカさんは凄かったんだなぁ…って思って」

ガッツ「……ああ」

ガッツ「今でこそ“ああ”なっちまったが…」

ガッツ「あの頃のキャスカは………光だった」

ミーナ「………きっと、とっても素敵だったんでしょうね……キャスカさん…」

うっ………喋りながらヘコんできた。

自爆になるの、解ってるのに……どうしても二人の詳しい関係が知りたくなっちゃう。

742: 2014/08/29(金) 19:27:20 ID:OmhsYZKs
ヘコむ結果になるのは目に見えてるのになぁ…。

ミーナ「素敵だったんでしょうね、キャスカさん。どんな感じだったんですか、その頃?」

ガッツ「素敵?…素敵…つーのとはちょっと違ってた気がするな。何つーかアイツは…」

ガッツ「ま、実に女らしくはあった」

ガッツ「嫉妬深けぇし、すぐに頭に血が上るし、気が早えぇし、手が速えぇし…」

ガッツ「何かにつけて俺に喧嘩売ってきたし…あぁ、あと水際に立つと何でか落ちやがるし…」

……………あ、あれ?

743: 2014/08/29(金) 19:28:36 ID:OmhsYZKs
ガッツ「…ただまあ、部下思いな奴で、鷹の団に命を掛けてたな」

ガッツ「鷹の団に命を掛けてる分、規律には誰よりクソ煩くて……」

ガッツ「そうだな…アイツは傭兵ってより、清廉な騎士って感じだった」

ミーナ「……真面目な女性だったんですね。素敵じゃないですか」

ガッツ「素敵…か?初めて出会った時は、素敵っつーより………番犬みたいで相当ムカついたけどな」

……………おや?

ガッツ「コルカス達が俺を襲ってきた時、速攻で二人ばかり斬り伏せたら、アイツらビビりやがってな…」

744: 2014/08/29(金) 19:29:28 ID:OmhsYZKs
ガッツ「俺を遠巻きにして、のらりくらりしてやがるから、コッチからぶった斬りに行ったら…」

ガッツ「キャスカがいきなり、ボーガンで撃って来やがった」

ミーナ「なっ!……危ないじゃないですか」

ガッツ「ああ。肩に刺さった程度で済んで、マジで良かったぜ。頭だったら即氏だ」

ミーナ「」

ちょっ…ボーガンの矢、当たってるの?

あと“済んで良かった”の、程度の“程度”が、私の認識と違いすぎる……。

ガッツ「キャスカの奴、その後、馬上から斬りかかってきてな…」

745: 2014/08/29(金) 19:30:06 ID:OmhsYZKs
ガッツ「俺も地上から長剣で斬りかかって、マジで殺り合った」

ミーナ「」

ミーナ「……結果は?」

ガッツ「俺が負けると思うか?」

ミーナ「全然思いません」

ミーナ「…けど、怪我とかは…させなかったんでしょ?」

ガッツ「まあ…結果的にはな」

ガッツ「トドメを刺そうとしたら邪魔が入った」

ミーナ「」

わー…私と同年代の頃のガッツさん、容赦無いわ~…

ガッツ「…そういや、鷹の団の連中で、一番最初に口をきいたのも…キャスカだったな…」

懐かしそうに、ガッツさんが目を細める。

746: 2014/08/29(金) 19:30:43 ID:OmhsYZKs
そっか…やっぱりそうだよね…

口では何やかんやと言ってるけど…ガッツさんにとって一番大切な女性は………だよね………うん、知ってたよ。

そう、解ってる…だからヘーキ

ガッツ「…最初に交わした言葉も、しっかり覚えてる。何せ…」

ガッツ「“お前なんか、あのままグリフィスに殺されちまえば良かったんだ”…だったからな」

いや…いやいやいや、その言い方はナイって。

……ん?何か違和感が…?

ミーナ「あのまま殺されちまえば……って」

ミーナ「グリフィス?」

ガッツ「………」

747: 2014/08/29(金) 19:31:26 ID:OmhsYZKs
んん?何か、またガッツさんの表情が固い気が……

ガッツ「…ああ、俺は負けた」

ガッツ「グリフィスに」

ガッツ「キャスカにトドメを刺そうとした時、キャスカを助けに入ったグリフィスと、真剣勝負で…」

ガッツ「その四日後、一対一の決闘で…俺は奴に二度…続けて負けた」

ガッツ「…同年代の奴に負けるなんざ、あの頃は夢にも思わなかったぜ」

ミーナ「」

……………ま、まあ、昔の話だもん。

ガッツさんが、私ぐらいの頃の…今ほど強くなかった頃の話でしょ?

そ、そりゃあそんな事だって…あるかも知れないわよ…

748: 2014/08/29(金) 19:32:24 ID:OmhsYZKs
ガッツ「二度目の真剣勝負には、お互いの命を正式に賭けてた……」

ガッツ「その決闘に勝って、俺の命を手に入れたグリフィスは…」

ガッツ「俺を鷹の団に、正式に入団させた」

ミーナ「………はっ?」

ガッツ「…白い鷹グリフィス」

ガッツ「天才剣士にして、天才戦術家…」

ガッツ「百年戦争後、救国の英雄として白鳳騎士団の団長に上り詰めた男…」

ガッツ「グリフィス……奴が、鷹の団の団長だった」

ガッツ「俺にとって初めて出来た…仲間」

ガッツ「初めて出来た…親友」

ガッツ「初めて出来たライバル」

749: 2014/08/29(金) 19:43:51 ID:OmhsYZKs
ガッツ「そして………」

ミーナ「…そして?」

ガッツ「………」

ガッツさんは私の問い掛けに、すぐには答えてくれなかった。

横顔を覗き見ると、その表情が次第に険しくなり、隻眼が鋭さを増していく。

漸く口を開いてくれる頃には、今にも誰かに襲い掛かりそうな顔付きになっていた。

ガッツ「……今は」

ガッツ「頃しても頃し足りない…」

ガッツ「俺の………宿敵だ」

途方もない力でも入ったのか、ガッツさんの筋肉が目に見えて膨れ上がる。

隣に座るガッツさんから、焼けた鉄の様な熱気が伝わって来た……。

753: 2014/09/12(金) 00:19:31 ID:9fRKwpSI
仲間…親友…ライバル…。

それらの言葉が、たった一人の人間を評価する為に使われたのであれば、それは十分に高評価なんだろうと思う。

ましてそう評価したのは、他ならぬガッツさんだ。

ガッツさんが認めた人…グリフィスって人は、よっぽどの人物なんだろう………けど………

ミーナ「………宿敵…ですか」

ガッツ「………」

何も答えてくれないガッツさんの横顔を、そっと覗き見る。

険しい表情…何だろう…何だか、あまり良くない予感がする。

お父さんのお話しみたいに、これも悪い話なんだ…きっと。

754: 2014/09/12(金) 00:20:05 ID:9fRKwpSI
でなきゃ、宿敵だなんて言うはずもない。

浮かれ気分でガッツさんの過去を聞いたは良いけど…

今の所、ガッツさんの言葉通り、本当にろくでもな…いや、悲惨…いや、何て言うか…不幸なお話ばっかりだ。

私はただ、皆が知らないガッツさんの昔話を聞きたかった…そんな軽い気持ちだったのに…

本当、まさかこうなるとは思いもしなかったわ…。

……いや、後悔とかはしてないけどね?

それより…どうしよう?もうこれ以上は聞かない方が良いんじゃないかな?

そう思案してると、ガッツさんが不意に口を開いた。

755: 2014/09/12(金) 00:20:39 ID:9fRKwpSI
ガッツ「十五の時、鷹の団に入った俺は、それからグリフィス達と戦場を渡り歩いた…」

ガッツ「…グリフィス…奴は、本物の天才だった」

ガッツ「………」

ミーナ「…どんな人だったんですか?」

ガッツ「…」

ガッツ「…よく解らねぇ野郎だった」

ガッツ「妙に悟ってる風に見えたかと思えば、まるっきりガキみたいだったり…」

ガッツ「背筋の凍る様な目をしたかと思えば、赤ん坊みてぇに無邪気に笑ったり…」

ガッツ「大人なのか子供なのか、良い奴なのか大悪党なのか“よく解らねぇ”奴だった」

756: 2014/09/12(金) 00:21:17 ID:9fRKwpSI
ミーナ「…変わり者…って事ですか?」

ガッツ「……ああ、俺も最初はそう思ってた」

ガッツ「だが…つきあってる内に解ってきた」

ガッツ「野郎は単純で純粋だったのさ、自分の欲望に」

ガッツ「それこそガキが、ガキの頃に見る夢を、本気で叶うと信じるように…」

ガッツ「グリフィスは、自分のガキの頃の夢を、本気で叶えようと行動していた」

ミーナ「…夢?」

ガッツ「ああ。グリフィスの夢は、野望は……自分の国を手に入れる事だった」

ミーナ「国を?手に入れるって…そんな…」

757: 2014/09/12(金) 00:22:34 ID:9fRKwpSI
ガッツ「王族でも、まして騎士ですらない平民のガキが、だ」

ガッツ「初めてその話をグリフィスから聞かされた時は、驚くとか…呆れるとか、そんな感情すら沸かなかった」

ガッツ「後で冷静に考えて、鼻で笑った程度だったな…」

ミーナ「それは…そうなりますよ」

そりゃそうよね?荒唐無稽な話だもん。

私だって笑い飛ばしちゃうわ、きっと。

ガッツ「ま、普通に考えりゃ只の与太話でお終いだ」

ガッツ「…たが、グリフィスは本気だった。本気で自分の国を手に入れようとした」

758: 2014/09/12(金) 00:23:07 ID:9fRKwpSI
ガッツ「奴がいつ、自分の国を手に入れようと考えついたかは知らねえが…」

ガッツ「俺がグリフィスに出会った時、奴はもう鷹の団を作り上げて、既に行動を開始してた…」

ミーナ「…信じられない行動力ですね」

ガッツ「ああ…だが、奴には行動を起こせるだけの頭と力、何より……人を惹きつける強烈なカリスマがあった」

ガッツ「奴があの歳で傭兵団の団長になれたのは、あのカリスマ性があったからこそだろう…」

ガッツ「グリフィスは、俺達とは明らかに違ってた」

759: 2014/09/12(金) 00:23:40 ID:9fRKwpSI
ガッツ「俺達一介の傭兵には、到底馬鹿げた酒飲み話にしか聞こえない様な事を…」

ガッツ「アイツは当たり前の様に考え、実行しちまうんだ」

ガッツ「上手く言えねぇが……あの頃のグリフィスは、凡人には解らない、もしかすれば一生かかっても手に入らない…」

ガッツ「“確信”みてえな物を持ってたんだろうな…」

……確信……?

ミーナ「確信…って、何の?」

ガッツ「…総ての…さ」

私の問いかけに答えた後で、フッと、ガッツさんが小さく笑う。

760: 2014/09/12(金) 00:24:21 ID:9fRKwpSI
凄い…あのガッツさんが、手放しで相手を褒めてる……宿敵って言った相手なのに。

もしかして……無自覚?

ガッツ「俺が入団して三年……グリフィスの鷹の団はミッドランドに雇われて、チューダー帝国との百年戦争に参戦するまでになった」

ガッツ「五百そこそこだった鷹の団が、僅か三年で五千人を超えた…」

ガッツ「三年で十倍の規模に増やすってのは、口で言うほど容易くねえ」

ガッツ「戦の度に馴染みの仲間を失い、それ以上の新たな兵士を仲間に加えて、グリフィスは戦場で勝ち続けた」

ミーナ「…ガッツさんも一緒に?」

761: 2014/09/12(金) 00:24:59 ID:9fRKwpSI
ガッツ「…ああ」

ガッツ「俺は最終的に、鷹の団の切り込み隊に居たからな」

ガッツ「常に先陣を切ってた」

ミーナ「キャスカさんは千人長だったんですよね?……因みにガッツさんは?」

ガッツ「…切り込み隊の隊長」

ガッツ「百人斬りのガッツ……って呼ばれてたな、昔は」

ミーナ「切り込み隊の隊長!」

ひ、百人斬りの…ガッツ!

ヤバいよ………二つ名、ダサいはずなのに格好良く聞こえちゃうのはナゼ?

ミーナ「因みに、通り名の由来は?」

762: 2014/09/12(金) 00:25:31 ID:9fRKwpSI
ガッツ「チューダーとの百年戦争で、実際に百人からの敵を、俺一人だけで斬ったからだ」

ミーナ「」

ミーナ「…流石ですね」

ガッツ「今考えりゃ、よく生き残ったもんだと思うけどな」

ガッツ「一人で百人の敵を相手したり…戦場で敵陣めがけて一騎駆けしたり…」

ガッツ「後先考えずに、だんびら振り回して突っ込んでくのはしょっちゅうだった」

ガッツ「キャスカにはその度に、目の色変えて詰られたもんだ」

……それはきっと……

ミーナ「心配だったんですよ、ガッツさんの事が」

763: 2014/09/12(金) 00:26:07 ID:9fRKwpSI
ガッツ「…いや、あの頃のキャスカに限ってソレは無え」

ガッツ「面と向かって、グリフィスを巻き込む位なら独りで氏ね!って言われてたからな」

ミーナ「」

ガッツ「それに、キャスカとマトモな仲間関係になったのは、俺が鷹の団を抜ける直前だった」

ガッツ「大体、あの頃のキャスカは………ずっとグリフィスに惚れてた…からな」

ミーナ「っ!!!」

ガッツ「惚れてる……つーより、崇拝してたってのが近かったかも知れねぇ」

ガッツ「だからこそキャスカは、俺を憎んでたんだ」

………は?何で?意味が解んないよ?

764: 2014/09/12(金) 00:27:00 ID:9fRKwpSI
疑問の表情を浮かべる私に、ガッツさんが自嘲ぎみな笑みを浮かべて見せた。

ガッツ「こいつはキャスカ本人に言われたんだが…」

ガッツ「グリフィスは常に冷静沈着な男だ。自分の夢を叶える為なら、徹底して冷徹にもなれる」

ガッツ「そんなグリフィスが、こと俺の事となると、いつも衝動的になる…」

ガッツ「夢が全て…そんなグリフィスが、後先考えず突っ走る俺の為に…」

ガッツ「窮地に立った俺を助ける為に、安っぽく命を張る……キャスカは、それが許せなかったらしい」

ミーナ「…」

765: 2014/09/12(金) 00:32:27 ID:9fRKwpSI
ガッツ「……実際、グリフィスは俺を助けようとして、氏にかけた事もある」

ガッツ「…その後で、俺はグリフィスに聞いたんだ…」

ガッツ「“俺が鷹の団に入った当初から、お前は俺に、優秀な手駒を失う訳にはいかない…そう言ったよな?”」

ガッツ「“だが、たかが手駒一つの為に命を落としかけるとは…”」

ガッツ「“冷静沈着なお前さんとしては、冴えない話だぜ?”」

ガッツ「“何故だ?何であんな無茶な真似をした?”……ってな。松葉杖ついてるグリフィスに、聞いた事がある」

ミーナ「……それで、何て返事を?」

766: 2014/09/12(金) 00:33:01 ID:9fRKwpSI
ガッツ「………」

ガッツ「“…理由なんて無いさ、何も”」

ガッツ「“必要か…?理由が…”」

ガッツ「“俺が、俺のお前の為に体を張る事に……”」

ガッツ「“いちいち理由が必要なのか…?”」

ガッツ「…王都ウィンダム城の中庭で、ヒラヒラ落ちてくる枯れ葉をボンヤリ眺めながら……奴は俺にそう答えた」

ミーナ「………」

ガッツ「俺はそれまで……ガンビーノの件があってからは、生きる意味を見い出せないでいた」

ガッツ「ただ、意味も無く氏にたくねえってだけで…生きる答えを探し求めて…剣を振ってきた」

767: 2014/09/12(金) 00:33:36 ID:9fRKwpSI
ガッツ「だが、グリフィスからあの言葉を掛けられて…」

ガッツ「アイツが…グリフィスの言葉が、俺の探し求めていた答えなのかは解らなかったが……」

ガッツ「それでもあの時は……アイツの為に剣を振る!」

ガッツ「…そう心に決めたのさ」

………………。

……ナルホド。

キャスカさんが当時、そのグリフィスさんを好きだとしたら…

そりゃガッツさんに嫉妬するワケだわ。

だって、昔話を聞いてる私ですら気分悪いもん…

…ま、私の嫉妬はこの場合、グリフィスさんに向かってるんだけどね?

768: 2014/09/12(金) 00:34:13 ID:9fRKwpSI
ガッツ「それ以降、俺は……例えるなら俺は、グリフィスの剣になった」

ガッツ「他の団員には特秘された任務……キャスカですら知らされない任務をこなすようになった」

ガッツ「その殆どが汚れ任務……早い話が暗殺だ」

ミーナ「」

あ、暗殺っ!?

ガッツさんがそんな役目を!?

………何だろ?凄い違和感を感じる。

私の知ってるガッツさんなら、寧ろそんな任務を命じられたら突っぱねそうなのに?

ミーナ「本当に、暗殺……とか、やったんですか?」

ガッツ「…ああ」

ミーナ「……何か、らしくない感じがします」

769: 2014/09/12(金) 00:34:59 ID:9fRKwpSI
ガッツ「…だろうな」

ガッツ「俺は本来、ヘタな小細工とか性に合わないタチだしな」

ガッツ「グリフィスだって、そこは解ってたハズだ」

ガッツ「それでも俺が暗殺の役目を引き受けた理由は…」

ガッツ「そうした方が手っ取り早かったり、色々と都合が良かったからだ」

ガッツ「グリフィスも、喜んで暗殺を命じてたわけじゃねえ」

ガッツ「あのグリフィスが“俺を酷い奴だと思うか?”って不安そうな面を浮かべてたからな…」

770: 2014/09/12(金) 00:35:36 ID:9fRKwpSI
ガッツ「奴が悩んでる時には、俺の方から“四の五の言わずに、ヤれって命令すりゃいいんだよ!”って発破をかけてた…」

ミーナ「……いっ」

ミーナ「良い様に使われてただけ…とかじゃないんですか?」

かなり勇気が要ったけど、私は思い切って聞いてみた。

だって、その可能性は否定出来ないから…。

ガッツ「……さあ?どうだったんだろうな…」

ガッツ「今となっちゃ、その可能性も十分あったんだろうが…」

ガッツ「その頃は、その考えは毛ほども思い浮かばなかったな」

771: 2014/09/12(金) 00:37:03 ID:9fRKwpSI
ガッツ「俺は、グリフィスの綺麗な所も汚れた所も知っていた……俺だけが、な」

ガッツ「綺麗な所も汚れた所も、奴の夢を叶える為には必要な道だった」

ガッツ「グリフィスはそう信じてた………そして、俺もな」

ガッツ「他の仲間達には……キャスカには、綺麗な所だけを見せてやれはいい」

ガッツ「命を懸けてくれる団員には、登り詰める快感だけを味あわせてやればいい」

ガッツ「何も進んで、泥を啜る様な気持ちになる必要はない」

ガッツ「けど、お前だけはトコトンつき合って貰うぞ……」

ガッツ「グリフィスは俺に、そう言った」

772: 2014/09/12(金) 00:37:57 ID:9fRKwpSI
ガッツ「だから俺も“ああ”…って応えた……満ち足りた気持ちでな」

ガッツさんは淡々とした口振りと表情で、過去の出来事を口にする。

当時のキャスカさんが嫉妬するのも、納得できるわ。

二人の関係は、何か特別なモノに感じるもの…。

これが、男の人の……友情……?

………よく解らないけど、一つだけ解った事がある。

それは私が、自分が思っていたより遥かに、嫉妬深いとゆう事だった……。

777: 2014/09/19(金) 22:25:49 ID:Gj2NYF9w
ガッツさんのお話を聞いていて、もう一つ解った事…感じた事がある。

それは、ガッツさんとグリフィスさん…二人の深い絆だ。

ただその絆は、多分、男同士の友情とか、そんなありきたりな物じゃなくて…

人と人が、まるで磁石みたいに引き合う…惹かれ合うのが当然の様な…

………宿命?

話を聞いていて、私には、そんな風に思えた。

だって…ガッツさんなんだよ?

ガッツさんに、ここまで言わせる人間が他にいるかな?いないよね、絶対。

言い方は変かも知れないけど、ガッツさんを“虜”にしてるよね、コレ?

778: 2014/09/19(金) 22:26:28 ID:Gj2NYF9w
何だか……最近、近くに感じていたガッツさんとの距離が、実は物凄く遠かったって気になって来るよ…。

ヘコんでくる気持ちを、表情に出さないよう努めていると…

ガッツさんが又、訥々とした感じで言葉を紡ぎ始めた。

ガッツ「…グリフィスから初めて暗殺を頼まれて、俺は即座に行動に移した」

ガッツ「標的は同じミッドランド正規軍で、王家縁の大将軍、ユリウス」

ガッツ「そいつは、破竹の勢いで武功を上げるグリフィスに怯え、グリフィスを暗頃しようとしやがった」

ミーナ「…味方同士なのに?」

779: 2014/09/19(金) 22:27:02 ID:Gj2NYF9w
ガッツ「味方同士っつっても、相手は王族縁の正規軍。コッチは平民出の山だし軍隊だ」

ガッツ「グリフィスが国王から爵位を貰っただけでも反発は酷かったし…」

ガッツ「その上、実力も人気も飛び抜けて高かったグリフィスは、常に貴族連中から妬まれてた」

ミーナ「嫌な世界ですね…」

ガッツ「ああ、クソ喰らえだ」

ガッツ「…そんな折、グリフィスはボーガンで撃たれた」

ミーナ「っ!」

ガッツ「…が、奇跡的に無傷で助かった」

ガッツ「ボーガンに塗られていた、特殊な猛毒を証拠に調べ上げ…」

780: 2014/09/19(金) 22:27:40 ID:Gj2NYF9w
ガッツ「グリフィスは暗殺者の黒幕を突き止めた」

ガッツ「俺が受けたユリウスの暗殺命令は、つまるところ報復行為てワケだ」

ミーナ「……あまり気分の良い話しじゃありませんね」

ガッツ「…まあな。ただ、ユリウスは王族だ」

ガッツ「下手すりゃ鷹の団ごと潰されるリスクはあったが、成功の見返りもデカかった…」

ミーナ「見返り?」

ガッツ「簡単な話だ。暗殺が成功すりゃ、国を継ぐ人間が減る。ユリウスは第二王位継承権を持っていたからな…」

ガッツ「そして国王には、年頃の一人娘がいた」

781: 2014/09/19(金) 22:28:17 ID:Gj2NYF9w
ガッツ「王位継承権を持つ者が独り残らず消え、国王の一人娘を娶る事が出来たら……」

ミーナ「あ…」

ガッツ「そう、国が手に入る」

ガッツ「国王の娘は、明らかにグリフィスに惚れてたからな…」

ガッツ「国を手に入れるのに最も現実的で、同時にそれ以外の方法では、ミッドランドを手に入れる事はほぼ不可能だった」

ガッツ「だからこそ、俺は失敗が許されなかった…」

それまで表情を変える事なく、訥々と話を続けていたガッツさん…

その表情が、次第に曇っていく。

782: 2014/09/19(金) 22:28:58 ID:Gj2NYF9w
眉間に皺を寄せ、俯き加減のガッツさんに、私はおずおずと問い掛けた。

ミーナ「…」

ミーナ「…それで…その、成功したんですか?」

“暗殺は”って言葉は、流石に付け加える事が出来ない。

ガッツ「…ああ。ちょいと予定外な事もあったが…ユリウスを殺って、何とか兵舎まで逃げおおせた」

ガッツ「その後、グリフィスに報告に行ったんだが…」

ガッツ「……」

ミーナ「…?」

僅かな沈黙。

その後で小さな溜め息を吐くと、ガッツさんは口を開いた。

783: 2014/09/19(金) 22:29:38 ID:Gj2NYF9w
ガッツ「その夜。グリフィスは国王の一人娘、シャルロット姫の夜会に呼び出されていた」

ガッツ「俺が夜会の館に着いた時、グリフィスと姫さんは、二人きりで庭に居た」

ガッツ「俺はさっさとグリフィスに結果報告をしたかったんだが…」

ガッツ「館まで俺と同行したキャスカに“姫様とお話し中だ、グリフィスに恥をかかすな”って行く手を塞がれてな…」

ガッツ「俺は仕方なく、キャスカと二人で、グリフィス達の話が終わるのを待った」

ガッツ「その時、俺はグリフィスと姫さんの会話を…グリフィスの、あの言葉を聞いちまったんだ……」

784: 2014/09/19(金) 22:30:22 ID:Gj2NYF9w
ミーナ「……」

ガッツ「姫さんはグリフィスに…」

ガッツ「“どうして男は、血を流すことばかり好むのか?”」

ガッツ「そう問い掛けた。争い事が嫌いだったからな、あの姫さんは」

ミーナ「…それで、グリフィスさんは何て?」

ガッツ「グリフィスは……」

ガッツ「“貴いものを勝ち取り、守る為に…”グリフィスはそう答えた」

ミーナ「貴い…もの?恋人とか、家族?」

私が問い掛けると、ガッツさんは小さく首を横に振って見せた。

ガッツ「“誰の為でもない、自分が自分自身の為に成す……夢です”」

785: 2014/09/19(金) 22:31:02 ID:Gj2NYF9w
ガッツ「グリフィスはいつも通り、気高い雰囲気で、そう答えた」

夢、夢、夢………グリフィスって人は、本当にソレばっかりだ。

夢追い人って言葉があるけど、ここまでハマってる…地で行く人は聞いたこと無かったよ…。

ガッツ「“一人で一生をかけて探究していく夢もあれば…”」

ガッツ「“嵐みたいに、何千何万の夢を喰らい潰す夢もある…”」

ガッツ「グリフィスの夢は、正に後者のソレだった」

ミーナ「……」

ガッツ「“身分や階級、生い立ちに係わりなく…それが叶おうと叶うまいと、人は夢に恋い焦がれる…”」

786: 2014/09/19(金) 22:32:12 ID:Gj2NYF9w
ガッツ「“夢に支えられ、夢に苦しみ、夢に生かされ、夢に殺される…”」

ガッツ「“そして夢に見捨てられた後でも、それは心の底でくすぶり続ける……多分、氏の間際まで…”」

ガッツ「“そんな一生を、男なら一度は思い描くはず……”」

ガッツ「“夢とゆう名の神の……殉教者としての一生を……”」

ガッツ「……」

ミーナ「……」

ガッツ「…ミーナ。お前にはあるか、夢が?」

ミーナ「…えっと…強いて言えば、巨人のいない世界を作る事…かな?」

787: 2014/09/19(金) 22:33:00 ID:Gj2NYF9w
ミーナ「後は……そんな平和な世界で、いつか素敵な人と一緒に、幸せに暮らせたらなぁ…って」

ミーナ「私みたいな凡人の夢っていったら、こんな所ですよ。ちょっと平凡過ぎますかね?」

私が苦笑しながら答えると…

ガッツ「…いや、立派なもんだ。夢があるってだけでな」

ガッツ「…俺はあの頃、何にも持っちゃいなかった」

ガッツ「自分の夢……自分が何をしたいかさえ、考えた事も無かった」

ガッツ「まるで教会に飾られた絵みてぇに、月明かりを背に、階段の頂で佇むグリフィスを見上げてると……」

788: 2014/09/19(金) 22:33:43 ID:Gj2NYF9w
ガッツ「“何も持ってねえ”俺が、酷く惨めに思えてきた」

ミーナ「…」

ガッツ「その次に言ったグリフィスの言葉…」

ガッツ「“生まれてしまったから、仕方なくただ生きる………そんな生き方、俺には耐えられない”」

ガッツ「……正直、あの一言は堪えた」

ガッツ「俺はそれまで、ただ氏にたくねぇってだけで生き延びてきた……剣を振ってきたんだからな」

ミーナ「……で、でも、それだって悪い事じゃないです!」

ミーナ「誰だって、私だって氏にたくはありません!」

ミーナ「自然な事ですよ、絶対に!」

789: 2014/09/19(金) 22:40:07 ID:Gj2NYF9w
ガッツ「……ああ、多分そうなんだろうな」

ガッツ「けどよ、そうじゃねぇ。そんな話しじゃねぇんだ、グリフィスが言ってた事は…」

少し寂しげに、ガッツさんが苦笑を浮かべて私に答える。

ガッツ「……らしくねぇ事に、俺はグリフィスの台詞にショックを受けてな…」

ガッツ「その後も、キャスカと二人でグリフィス達の話しに聞き耳を立てた」

ミーナ「…」

ガッツ「姫さんはグリフィスの話しを聞けて、えらく上機嫌でな…」

ガッツ「続けてグリフィスに聞いたんだ」

790: 2014/09/19(金) 22:40:39 ID:Gj2NYF9w
ガッツ「“あなたのお友達の方々も、あなたの魅力に引かれて、これまでついて来られたのでしょうね”…ってな」

ミーナ「友達…ってガッツさんの事?」

ガッツ「…姫さんが言った友達ってのは、俺も含めた鷹の団の連中の事だ」

ミーナ「ああ…」

ガッツ「グリフィスは、姫さんにこう答えた…」

ガッツ「“彼等は、優秀な部下です。何度も一緒に氏線を越えてきた…”」

ガッツ「“私の思い描く夢の為に、その身をゆだねてくれる大切な仲間…”」

ガッツ「“…でも、違います。私にとって友とは…”」

791: 2014/09/19(金) 22:41:37 ID:Gj2NYF9w
ガッツ「“決して人の夢に縋ったりはしない……誰にも強いられる事なく、自分の生きるワケは自らが定め、進んで行く者…”」

ガッツ「そして自らの夢を踏みにじる者があれば、全身全霊をかけて立ち向かう…”」

ガッツ「“例えその相手が、私自身だったとしても”」

ガッツ「“私にとって友とは、そんな……『対等の者』だと思っています”」

ミーナ「」

ガッツさんの言葉を聞いて、私は絶句してしまった。

きっとその時、ガッツさんも言葉を失っただろう……それが、容易に理解できるグリフィスさんの言葉だった。

792: 2014/09/19(金) 22:42:25 ID:Gj2NYF9w
ミーナ「……対等、ですか」

ガッツ「…ああ」

ガッツさんにとって、きつい言葉だったんだろうなぁ……。

ガッツ「あのまま、アイツの夢に埋もれるワケにはいかねえ……そう思った」

ガッツ「…鷹の団にいた三年間は、本当に楽しかった」

ガッツ「何だか、ずーっと祭りでもやってたみたいでよ。何の不満もありゃしなかった」

ガッツ「鷹の団に入るまでの俺は、ただ戦場に出て、頃して生き残る」

ガッツ「戦場以外の事は何も知らなかったし、知ろうともしなかった」

793: 2014/09/19(金) 22:43:09 ID:Gj2NYF9w
ガッツ「何も考えず、剣を振るしか出来なかったし、それがすべてだった」

ガッツ「……でも、それでも良かった」

ガッツ「一人……誰でも良いから、こっちを向いていてくれれば……」

ミーナ「……」

ガッツ「だが、戦場を渡り歩いて思い知らされた。そんなもんは首の取り合いじゃクソの役にも立ちゃしねぇ」

ガッツ「ただのガキの泣き言だってな……」

ミーナ「…」

泣き言……。

そっか……ガッツさんは泣き言を洩らす相手なんていなかったんだ…。

それまでずっと、ずーっと一人できりで……。

794: 2014/09/19(金) 22:43:45 ID:Gj2NYF9w
何でだろう?何で私はこの世界に…ガッツさんの傍らに生まれなかったんだろう……。

あの性悪ウサギが言ってた様に、世界が繋がっているのなら…

何処かで運命みたいな物があったなら…

今、仲間に恵まれたガッツさんじゃなくて、一人きりだった頃のガッツさんに、私は出逢う事が出来たんじゃないだろうか…

そう思うと、私の心に幾ばくかのやるせなさが広がっていった。

ミーナ「…」

ガッツ「…それでも、出会っちまった」

ガッツ「本当に振り向かせたい奴を、俺は見つけちまった」

795: 2014/09/19(金) 22:44:25 ID:Gj2NYF9w
ガッツ「そいつは何一つ持ってはいなかった」

ガッツ「そして、全てを手に入れようとしていた」

ガッツ「……いや、それを可能に思わせる何かが、アイツにはあった」

ガッツ「…だが、あまりにも高みを目指しているが為に…」

ガッツ「アイツは自分自身を、いつも極限まで研ぎ澄ましておかなければいけなかった」

ガッツ「だからアイツには……自分の隣に、弱者を並べておく“ゆとり”は無かったのさ」

ミーナ「……」

ガッツ「……だがおかしな事に、そうあればそうある程…俺の目にはアイツが眩しく映った」

796: 2014/09/19(金) 22:45:40 ID:Gj2NYF9w
ガッツ「…もうごめんだった。アイツの夢の中で、アイツを見上げているのが」

ガッツ「俺は、自分で手にする何かで、アイツの横に並びたい…」

ガッツ「俺は……グリフィスにだけは、ナメられるわけにはいかねえ」

ガッツ「だから俺はグリフィスから……鷹の団から抜けたんだ」

798: 2014/09/26(金) 01:05:51 ID:m5PL/uOI
ガッツさんは当時の事を、本当に淡々と口にした。

時折その表情を歪める事もあったけど、淡々と語られる言葉からは、もう感情の起伏を感じる事は出来なかった。

ガッツさんの話は更に続き、鷹の団を離れて一人旅をしたこと…

山に籠もり、剣の修行を始めたこと…

山で鍛冶屋のゴドーさんと、その娘さんにお世話になったこと…

グリフィスさんの言葉を思い出し、それまでの自分をもう一度冷静に見つめ直したこと。

そこまで話した所で、ガッツさんは不意に表情を崩した。

自嘲気味な笑顔。有り体に言えば、照れ笑いなのかな?

799: 2014/09/26(金) 01:06:25 ID:m5PL/uOI
右手で耳の後ろを掻きながら、ガッツさんは私に笑いかけてくれた。

ガッツ「一年間山籠もりをして、ようやく解った」

ミーナ「…何がですか?」

ガッツ「剣と火花だ」

ミーナ「剣と火花?」

ガッツ「…どうやら俺は、剣を振る以外のやり方じゃ、何も実感が持てない…」

ガッツ「何も答えを出せないらしい…」

ミーナ「…」

ガッツ「俺の中で必要なもの…傍らにあって当然な存在…それが、剣だった」

ガッツ「無機質な鉄の塊にすぎねえのに……結局、俺には剣だけだった」

800: 2014/09/26(金) 01:06:58 ID:m5PL/uOI
ガッツ「…夢……グリフィスは自分の国を手に入れると言った」

ガッツ「なら、俺にとっての夢は、剣なのか?…そう考えたが……違った」

ガッツ「俺にとって剣は、グリフィスの言う様な、具体的で到達点のはっきりした物じゃねえ」

ガッツ「そう…俺にとって剣は、もっと身近で、俺の体の一部みたいなもんだ」

ガッツ「剣のおかげで数え切れない程の一瞬、命をつなぎ…」

ガッツ「剣があったから、俺はまた氏地に身を投げた」

ガッツ「俺の生きてきた殆どの時間、剣は体の一部として傍らにあった…」

801: 2014/09/26(金) 01:07:32 ID:m5PL/uOI
ガッツ「ガンビーノを失った時…グリフィスと鷹の団との出会いと別れ……不氏のゾッド」

ガッツ「堪えきれる筈の無い苦痛も、氏を実感した瞬間も、俺は剣と越えてきた」

ガッツ「忘れられない事、忘れられない人間、その全てを俺は剣の切っ先で……握った柄を通して感じてきた気がする」

ガッツ「…実際、手で触れた物より剣で触れた物の方が、何千倍も多いんだ」

ガッツ「剣が…まるで俺が生きてきた事、そのものに思えた」

ミーナ「…」

私はただ黙って、ガッツさんの言葉を聞き入っていた。

802: 2014/09/26(金) 01:08:08 ID:m5PL/uOI
ガッツさんの人生観って言うのかな?何か、とっても深い感じ…。

聞いていて悪い気はしなかったし、寧ろ感心するって言うか…

普段であれば、まず聞けないような事を聞けて、私は凄く嬉しかった。

…今、とても幸せな気分。

これよ、これなの。私はガッツさんとお話して、こんな気分になりたかったの!

ガッツさんの昔話を聞いたら、幸せな気分になれると考えたんだけど…

まあ現実には、かなりヘビーなお話しが続いて、私の考えが如何に安易か思い知らされたワケだけどね…。

ミーナ「…そういえば、さっき言ってた火花って?」

803: 2014/09/26(金) 01:08:46 ID:m5PL/uOI
ガッツ「ああ…」

ガッツ「剣と剣が弾き出す小さな火花……」

ガッツ「自分の命そのものが、一瞬、目の前で弾けてる気がしてな…」

ガッツ「自分と強敵(あいて)の生きてきた時間、全ての思い……存在そのものをぶつけ合って…」

ガッツ「小さく飛び散る、ちっぽけな……光」

ガッツ「………生命が…見えてるんだ」

ミーナ「…」

ガッツ「………俺は剣を執る」

ガッツ「グリフィスの言う夢とは違うかも知れねえが…」

ガッツ「誰の為でもない、流される訳でもなく……今度こそ自分の意志で」

804: 2014/09/26(金) 01:09:18 ID:m5PL/uOI
ガッツ「自分の…一瞬の…火花を弾き出すために」

……凄い…ジーンとする、鳥肌が立ってくる。

ガッツ「もう二度と、誰かに剣をあずけたりしない」

ガッツ「誰の夢にもぶら下がらない」

ガッツ「これからの戦は、すべて自分の戦だ……そう心に誓って旅に出た」

ガッツ「…くだらない拘りかも知れねえ。だが、やっと自分で見つけた事だった」

ガッツ「旅を続けながら腕を磨いて、強い敵とギリギリの所で剣を交えたい……あの頃、そう思って山から下りたんだ」

ミーナ「…何か、武者修行の武芸者みたいですね?」

805: 2014/09/26(金) 01:09:54 ID:m5PL/uOI
ガッツ「実際、その通りだったな」

ガッツ「旅をしながら武闘大会に飛び入りで参加したりしたからなぁ」

ミーナ「…結果は?」

ガッツ「何しろ飛び入り参加だからな…ちょいと荒れたかな」

興味津々で問い掛ける私に、ガッツさんがニヤッと意味深な笑みを返す。

その後で、ふっとガッツさんが眉を寄せた。

ガッツ「…鷹の団を抜けて一年後…ある武闘大会に飛び入りした時だった」

ガッツ「その武闘大会は、王都で反乱を起こし、領内に潜伏する盗賊団を掃討する為の募兵も兼ねてたらしい」

806: 2014/09/26(金) 01:10:36 ID:m5PL/uOI
ミーナ「盗賊団の掃討…募兵って事は、ガッツさんも募兵に参加したんですか?」

ガッツ「いや、募兵には応じなかった」

ミーナ「…ですよね」

ガッツ「ああ…何しろその賊ってのが…」

ガッツ「女首領キャスカと、鷹の団…ってんだからな」

ミーナ「………はあっ!?」

ガッツ「ま、そうなるわな……実際、俺も驚いた」

ガッツ「何しろちょいと調べてみたら、救国の英雄だったグリフィスは反乱罪でとっ捕まってるし…」

ガッツ「鷹の団は反乱軍として国中で追われてて、その賊の頭をキャスカがやってるってんだからな…」

807: 2014/09/26(金) 01:11:33 ID:m5PL/uOI
ミーナ「な…どうして?」

ガッツ「…さあな。結局、詳しい事は今でも解らず終いさ…」

ガッツ「つっても当時は、抜けた身とはいえ、仲間だった奴らのピンチだからな」

ガッツ「討伐隊の後をつけて、俺はキャスカ達と合流する事にした」

ガッツ「討伐隊を蹴散らして、何とか合流は果たしたが…」

ガッツ「賊軍として一年間も追い回されていた鷹の団は、もう軍と呼べる代物じゃなくなっていた」

ガッツ「命を落とした奴、命を惜しんで逃げ出した奴…」

808: 2014/09/26(金) 01:12:16 ID:m5PL/uOI
ガッツ「俺が鷹の団に戻った時、残ってた団員は五分の一以外…千人に満たないほど数を減らしていた」

ミーナ「…って、四千人も?」

ガッツ「ああ、四千もの数を減らして…」

ガッツ「俺の居ない一年、地べたを這いずりながら逃げ惑い…」

ガッツ「…それでも尚、キャスカと鷹の団は一年間生き延びていた」

ミーナ「…」

ガッツ「ジュドーに…仲間だった奴に言わせりゃ、生き残ってる連中は“本物の鷹”だ」

ガッツ「誰に言われた訳でも、強制された訳でもなく、自分達の意志で鷹の団に残ってる」

809: 2014/09/26(金) 01:13:05 ID:m5PL/uOI
ガッツ「良くも悪くも、骨の髄まで鷹の団…そんな仲間達が、捕らわれたグリフィスを救い出す為に残ったんだ」

ガッツ「いや……グリフィスを助けるんじゃない、グリフィス無しじゃ始まらなかったのさ、鷹の団は…」

ガッツ「そして俺は、グリフィスを助ける為に、もう一度鷹の団に戻る事になった」

ミーナ「……素敵なお話しですね」

うん、本当に素敵な話だと思う。

友情っていうか、仲間との絆っていうか…私もそんな中の一人に加われたらなって、真剣に思うわ。

ミーナ「…それで、グリフィスさんの救出は成功したんですか?」

810: 2014/09/26(金) 01:19:35 ID:m5PL/uOI
ガッツ「……ああ、俺を含めた少数での救出作成は成功した」

ガッツ「だが………」

ミーナ「…?」

ガッツ「俺達がグリフィスを見つけた時…グリフィスは一年にも渡る拷問で、別人みたいになっちまってた」

ガッツ「体中、至る所の皮が剥がされ…」

ガッツ「至る所に火傷を負わされ…」

ガッツ「舌を切り取られて話す事も出来ず…」

ガッツ「両手足の腱を切り取られて、自ら掴む事も、立ち上がる事も出来ず…」

ガッツ「ヘタな貴族の娘なんかより、よっぽど美人だったグリフィスが……」

811: 2014/09/26(金) 01:20:11 ID:m5PL/uOI
ガッツ「ミイラみてぇに干からびて、芋虫みてぇに全裸で転がってた」

ミーナ「」

ガッツ「グリフィスを連れてウインダム城を抜け出し…」

ガッツ「やっとの思いで追っ手を振り切ったまでは良かったが……」

ガッツ「合流地点で仲間達と落ち合い“壊されたグリフィス”を目の当たりにして……」

ガッツ「俺達は…鷹の団は……鷹の団が終わった事を、皆が理解した」

ミーナ「」

何も言えない……

何て言っていいか、ぜんぜん解らない……

ガッツさんは、絶句する私に気付かないみたいで、淡々と言葉を紡いでいった。

812: 2014/09/26(金) 01:20:46 ID:m5PL/uOI
ガッツ「皆が絶望し、途方に暮れる中、グリフィスを寝かせていた幌馬車が、突然走り出した」

ガッツ「動かねえ体で、どうやって馬を扱ったのか知れねえが…」

ガッツ「結局はまともに馬を扱えず、馬車は暫く走った後…」

ガッツ「車輪が岩に乗り上げて、馬車は湖の浅瀬に横倒しになった」

ミーナ「…」

ガッツ「……多分、グリフィスは自分の夢が潰えた事を悟ったんだろう」

ミーナ「…」

ひょってして……自頃しようとか考えたのかなぁ…

813: 2014/09/26(金) 01:21:27 ID:m5PL/uOI
夢に全てを費やしていた人……その夢が潰えたと解った時の気持ちって…一体、どんなだったんだろう?

ガッツ「…ああ、そうだったな」

二人して黙り込んでいると、ガッツさんが思い出した様な声を上げた。

ガッツ「ゾッドが言ってたのは、あの瞬間の事だったのか…」

ガッツ「夢が潰えたと悟ったから……あの日、あの時、アレを使ったのか」

ミーナ「…アレ?」

私が疑問の声を上げると、ガッツさんは私を一瞥した後、枕元に置いてある小物入れに手を伸ばした。

814: 2014/09/26(金) 01:22:04 ID:m5PL/uOI
その小物入れは、パック君曰わく、パック君の別荘?の事で、普段はガッツさんの腰に巻いてある小物入れのこと。

ガッツさんはその小物入れを取り寄せ、中をまさぐると…

中から取り出した物を掌に乗せ、私に差し出した。

……何だろ?鶏の卵?みたいなペンダント?

…アクセサリーにしては大きいし、何か変なデコボコが付いてる。

そう思ってよく見ると、卵みたいなソレの凹凸が、人間の目や鼻や口って事に気がついた。

うわっ……マジで気持ち悪い。

ミーナ「う……なかなかイカすペンダントですね?」

815: 2014/09/26(金) 01:22:58 ID:m5PL/uOI
兎に角………誉めよう。

取り敢えず私の好みは別として。

ガッツ「…持ってみるか?」

ミーナ「わー、ウレシイなあ」

本心は兎も角、笑顔の返事だけは欠かさない。

私が両手を揃えて差し出すと、ガッツさんの掌から、ソレが私の掌に転がり落ちて来た。

………ナマあったかい。

卵型のソレは、目・鼻・口がてんでバラバラの所に付いていて、顔の形を成してない。

やっぱ……気持ち悪い……

そう思った矢先に、明後日の方を向いていた目がギョ口リと動いて…

私とバッチリ視線が合った。

ミーナ「ひいっ!!!」

816: 2014/09/26(金) 01:23:35 ID:m5PL/uOI
悲鳴を上げて思わず放り出すと、床に落ちそうになったソレを、ガッツさんが右手でサッとキャッチする。

まるで、そうなる事を予測でもしていたかの様な、素早い動きだった。

ミーナ「なっ………何ですか、ソレ?」

ガッツ「こいつは、ベヘリットってモンだ」

ミーナ「生きて…るんですか?目が動いたんですけど…」

ガッツ「ああ、どうやら生きてるらしい」

ミーナ「らしいって…何なんですか、ソレは?」

ガッツ「…ま、簡単に言えば、天使気取りのバケモンを呼び出す道具だ」

ミーナ「天使気取りの化け物?」

817: 2014/09/26(金) 01:24:13 ID:m5PL/uOI
ガッツ「…ああ。その事なら、何日か前に言ったはずだ」

ミーナ「えっ…?」

私が疑問の声を出すと、ガッツさんは自分の掌に収まるベヘリットに、視線を落とした。

ガッツ「コイツの使い方こそ解らねぇが、このベヘリットを使う事で、天使気取りの化け物を呼び出す事が出来る」

ガッツ「呼び出された天使気取りの化け物は、呼び出した者の願いを叶えてくれる…」

ガッツ「グリフィスは、真紅のベヘリットを持っていた……覇王の卵とも呼ばれてたがな」

ミーナ「覇王の卵?」

818: 2014/09/26(金) 01:25:36 ID:m5PL/uOI
ガッツ「使徒に………五人目の御使いに転生する為の代物だ」

真紅のベヘリット……覇王の卵……五人目の御使い……転生?

よく解らないけど、何となく嫌な予感だけが募る。

そして、嫌な予感は当然の様に当たった。

ハズレないのよねぇ、得てして、こんな予感だけは……。

819: 2014/09/26(金) 02:27:38 ID:m5PL/uOI
ガッツ「何がどうなって、あんな事になったのかは解らねえ」

ガッツ「ただ、その引き金を引いたのが誰なのかは…今となっちゃハッキリしてる」

ガッツ「…グリフィス…奴が、覇王の卵を使ったんだ」

ミーナ「覇王の卵を…使った?」

私が疑問の声を上げると、ガッツさんは小さく首肯して目を閉じた。

ガッツ「暴走して湖に落ちたグリフィスに俺達が追い付いた時…」

ガッツ「俺達は、数百の不気味な連中に取り囲まれていた」

ガッツ「…俺には、直ぐに解った。奴らがヤバいもんだってのがな」

820: 2014/09/26(金) 02:28:19 ID:m5PL/uOI
ガッツ「だが、それ以上に俺達の注意を引いたのが……突然起こり始めた日蝕だった」

ガッツ「太陽が、まるで月みてぇに形を変えて行って…」

ガッツ「最後に太陽が隠れた瞬間………俺達は、この世とは違う世界に引きずり込まれた」

ミーナ「この世とは違う世界?」

ガッツ「ミーナ、お前なら俺の言ってる意味が解るんじゃねえか?」

ガッツ「お前らもこの世界に来る前に、おかしな世界に転がり落ちたって言ってたろ?」

ミーナ「あっ!そうゆう意味なら解ります、スッゴく!」

821: 2014/09/26(金) 02:28:57 ID:m5PL/uOI
ガッツ「…俺達が引きずり込まれた世界は……有り体に言えば、地獄そのものだった」

ガッツ「俺達鷹の団は、グリフィスの使った覇王の卵で異世界に引きずり込まれ…」

ガッツ「…そこで“蝕”が起こった」

ミーナ「蝕…?」

ガッツ「ヴリタニスに着いた翌日、俺が熱を出した朝に話した事を覚えているか?」

ガッツ「ミーナ達に巨人って敵がいる様に、俺にも敵がいるって話しだ」

ミーナ「あっ、確か使徒って名前の……」

……あれ?そう言えばさっき、チラッと使徒って話題が出た様な…。

822: 2014/09/26(金) 02:29:33 ID:m5PL/uOI
それに天使気取りの化け物の事も、だんだん思い出してきた。

確かにそのお話し、ガッツさんが熱を出した朝に聞いたよ。

あぁ…何か思い出して来ると、さっきガッツさんから聞いたフレーズが、まるでパズルが嵌る様に繋がっていく……

……それも、悪い方に。

“真紅のベヘリット…覇王の卵…天使気取りの化け物…五人目の御使いに転生”

五人目の御使いに転生……その言葉が、やけに耳に残る。

数日前の、ガッツさんの言葉を思い出した。

“元は人間だったらしいが…人間である事をやめちまった、バケモンのことだ”

823: 2014/09/26(金) 02:30:08 ID:m5PL/uOI
“天使気取りの五匹の化け物に、自分の一番大切な人間を生贄に捧げて…”

“使徒って名の人外に身を堕とした、正真正銘の化け物共が俺の敵だ”


ガッツさんの言葉を思い出す頃には、悪い予感が悪い確信に変わっていた。

ガッツ「顔色が良くねぇな……あらかた予想がついたか?」

ミーナ「不本意ですけど、悪い予感って…大体当たりますよね?」

ガッツ「まーな。それに関しちゃ同感だ」

ミーナ「私、物凄く嫌な展開を予想しちゃったんです。最悪なレベルで」

824: 2014/09/26(金) 02:30:50 ID:m5PL/uOI
ガッツ「…ま、大体予想通りの話になるだろうな?悪けりゃ悪いほど当たってるだろう」

ガッツ「結論から言えば、グリフィスは覇王の卵を使って四人の御使いを呼び出し…」

ガッツ「生贄を捧げて五人目の御使いに転生した」

ガッツ「奴はもう、昔の…人間だったグリフィスとは違う存在だ」

ガッツ「今の奴は人間から使徒に転生した、使徒フェムト……使徒達の王として君臨してる存在だ」

ガッツ「そして今、新たな………鷹の団を率いて、この国の何処かに居やがる……のうのうとなっ」

825: 2014/09/26(金) 02:31:36 ID:m5PL/uOI
ガッツさんの表情に、一瞬だけ、物凄い憎悪が浮かび上がった。

流石の私も、一瞬たじろいでしまう程の…憎しみに歪んだガッツさんの横顔。

目頭を押さえて深い息を吐くガッツさんに…

私は随分と悩んだ後で、おずおずと問い掛けた。

ミーナ「あの……ガッツさんとキャスカさん、それ以外の鷹の団の方は?」

ガッツ「………リッケルトは幸い、あの蝕の場に居合わせなかったからな」

ガッツ「今もゴドーの所に居るだろう」

ガッツ「だがあの日、蝕に巻き込まれた連中は………一人残らず………」

ミーナ「」

826: 2014/09/26(金) 02:32:16 ID:m5PL/uOI
……………あぁ、やっぱり。

ミーナ「…」

ミーナ「…亡くなられたんですか…」

私は心の中で精一杯のお祈りを捧げながら…

その言葉をガッツさんに掛けた。

ガッツ「……亡くなられた?」

ガッツ「そんなんじゃねえ……そんなモンじゃねえっ!」

ミーナ「っ!」

ガッツ「誰にも…人間には……アレはわからねぇ………」

ガッツ「氏んだ!喰われた!!一人残らずだっ!!!」

ガッツ「何の脈絡も無くっ……唐突にっ、理不尽にっ!!!」

ガッツ「まるで虫けらみてぇに…何も解らないままっ!!!」

827: 2014/09/26(金) 02:33:09 ID:m5PL/uOI
ガッツ「みんな若かった………生きてりゃ何かやれたハズだ」

ガッツ「なのに一瞬で……俺にとっては……掛け替えのない………」

ミーナ「」

………ああ、コレか。

コレがガッツさんを苦しめていた、本当のトラウマの正体だったんだ。

時折見えていたガッツさんの憎悪……その行き着く先はコレだったんだ…。

私は不用意に、ソレに触れてしまった。

下手な慰めの言葉なんか、要らなかったんだ……きっとただ聞いてるだけで……。

828: 2014/09/26(金) 02:34:38 ID:m5PL/uOI
………悲しい………哀しい………カナシイ

幸福には縁遠く、僅かに得た拠り所…

温もりさえ奪われ、誰にも心の疵を打ち明ける事も無く…

只一人、今まで全てを抱え込むしか出来なかったガッツさん…

今日までのアナタを思うと、私は胸が潰れそうなほどカナシかった。

今も尚、悲しんでいるアナタが…私はカナシイ。



けどその半面………嬉しいの。

そうやって感情に任せて怒鳴りつけてくれる事が…

ほんの少しでも、アナタの苦しみを紛らわせる事が出来るなら…

何より、アナタの苦しみを理解出来た事が…私はウレシイ。

829: 2014/09/26(金) 02:36:30 ID:m5PL/uOI
アナタの傍らに多くは居られない…だから私は……それだけで嬉しい。

私は憤るガッツさんから、視線を離せなかった。

ガッツ「………っ」

ミーナ「」

ガッツ「……」

ミーナ「」

ガッツ「…すまねぇ、大声だしちまって」

ミーナ「……いえ」

ガッツ「悪かった…だから……もう泣くな」

ミーナ「えっ!?」

慌てて頬に手をやると、確かに雫の跡があった。

……あ、通りでちょっと視界が滲んでたんだ。

私は急いで袖口で目元を擦ると、慌てて笑顔を浮かべてガッツさんに視線を戻した。

うぅ………恥ずかしい………

830: 2014/09/26(金) 02:45:01 ID:m5PL/uOI
ガッツ「悪かったな?ちょいと興奮しちまってよ」

ミーナ「いえ、気にしないで下さい!」

ミーナ「別にガッツさんの事が怖くなって泣いたワケじゃないですから…」

ミーナ「ガッツさんは全然悪くないですから!本当にっ!」

ガッツ「………解った」

ガッツさんは短く答えて、小さく息を吐いた。

暫くの沈黙………その後、ガッツさんは私に背中を見せた。

ガッツ「首筋のコレ……烙印が見えるか?」

ガッツさんの首の後ろ…首筋には、まるで焼き鏝でも押し付けた様な小さな烙印の印と…

831: 2014/09/26(金) 02:45:41 ID:m5PL/uOI
その烙印を囲む様に、何かの……多分これ、シールケちゃんが書いた魔術の印?が施してあった。

ミーナ「えっと…コレは?」

ガッツ「生贄の烙印だ。これと同じ烙印が、キャスカの胸にも刻まれてる」

ミーナ「…」

ガッツ「コイツは、あの蝕の最中に刻まれたもんだ」

ガッツ「生贄の証としてな」

ガッツ「グリフィスはあの日、あの場に居た鷹の団の仲間……全員の命を捧げて、使徒として転生した」

ミーナ「……理由は?」

ガッツ「……簡単な理由だ」

ガッツ「夢を諦め切れなかったからだ」

832: 2014/09/26(金) 02:46:41 ID:m5PL/uOI
ガッツ「壊れた体じゃ、奴の夢を叶えるなんて出来やしないからな」

ミーナ「じゃあ、体を手に入れる為に?」

ガッツ「…ああ、新たに生まれ変わる為に、あの場に居た全員が生贄にされた」

ミーナ「」

解ってはいたけど……非道い。

ガッツ「この烙印は、その生贄の証だ」

ガッツ「この烙印を刻まれた者は、肉体も、その血の最後の一滴までも、全て闇の化け物達に捧げられたら供物…らしい」

ガッツ「今はシールケの護符で守られちゃいるが…」

ガッツ「この護符が無けりゃ、たち所に化け物達が俺の血肉を求めて集って来やがる」

833: 2014/09/26(金) 02:47:41 ID:m5PL/uOI
ガッツ「特に暗がりと、日が暮れて夜が明けるまでの間は、奴らの領分だからな…」

ガッツ「シールケと出会うまでは、眠れる夜が来るなんて、何年も思って無かった」

ミーナ「…そうだったんですか」

ふと、ガッツさんとの会話で“以前は朝まで夜通し起きていた”…

そんな会話を交わした事を思い出した。

ガッツ「……俺はあの蝕で、右目と左腕を失った」

ミーナ「っ!」

…そうだったんだ…その右目と左腕は、その時の……。

ガッツ「キャスカはあの蝕で、心を壊された……」

834: 2014/09/26(金) 02:49:05 ID:m5PL/uOI
ガッツ「俺の目の前で、転生したグリフィスに犯されて…」

ガッツ「心と一緒に…身ごもってた赤ん坊も一緒にな」

ミーナ「…ぅええっ!!!」

ミーナ「……だっ」

ミーナ「…あ…のっ…」

ミーナ「あい……あいて………赤ちゃんの……お父さん…は?」

ガッツ「……俺だ」

ミーナ「」

…………………………………………………………………………………………………………………………………………………


あー…何かもう解っちゃった。色々…うん。

そりゃガッツさんが憎むワケだわ…。

何かもう…聞きたくないかも。

835: 2014/09/26(金) 02:51:03 ID:m5PL/uOI
……………………………………でも、最後に一つだけ。

ミーナ「…あの、ガッツさんとキャスカさんは…夫婦だったんですか?」

ガッツ「…いや」

ガッツ「ただ、二人で一緒に旅をする約束を交わした」

ミーナ「………そうですか」

ミーナ「…」

ガッツ「…」

ガッツ「…つっても」

ガッツ「最後にキャスカとその話をした時…」

ガッツ「結局は、一緒には行けないって…断られちまったけどな」

ミーナ「……はい?」

ガッツ「…二回も言わせんな」

ミーナ「断られ…た?」

ガッツ「……しつけえ」

836: 2014/09/26(金) 02:52:42 ID:m5PL/uOI
ミーナ「…そですか…」

うぅ~~~ん………コレはどう判断すべきなんだろ?

ちょっと頭がパニクってて、上手く頭が回らない。

ぐるぐる回る頭と感情に平常心を失っていると…

ガッツさんは一つ大げさに咳払いして、真面目な表情を私に向けた。

ガッツ「まあアレだ…今の話は絶対に秘密にしとけよ?」

ミーナ「あ…はい、絶対に内緒にします」

ガッツ「ならいい……いや、今の話しは忘れろ、いいな?」

ミーナ「はい、今すぐ忘れます」

正直、本心から忘れたいよっ!

ガッツ「…そうしてくれ」

837: 2014/09/26(金) 02:53:38 ID:m5PL/uOI
バツが悪そうな表情で、ガッツさんが首筋を掻きむしる。

居心地が悪そうな感じで、ガッツさんは話しを逸らす様に口を開いた。

ガッツ「蝕を生き延びた俺とキャスカは、ゴドーの鍛冶場の側にある…」

ガッツ「昔、精霊が棲んでたらしい洞窟で傷を癒やす事になった」

ガッツ「あの洞窟には、化け物達も近寄れなかったからな」

ガッツ「傷が癒えると、俺は旅に出る事を決めた」

ガッツ「俺は殴られたら、必ず殴り返すっ」

ガッツ「俺を喰い残した事が、奴等にとって運の尽きだっ…」

838: 2014/09/26(金) 02:55:30 ID:m5PL/uOI
ガッツ「群がる氏霊も、あの腐れ化け物共も、一匹残らず俺が狩り頃すっ!」

ガッツ「そう心に誓って、俺は復讐の旅に出た」

ガッツ「…正気を失ったキャスカを、精霊の洞窟に置いたまま…な」

ミーナ「…」

ガッツ「………二年だ」

ガッツ「俺は二年もキャスカをほっぽって、旅を続けてた」

ガッツ「…危うく、俺はまた、大切なモノを自分から失う所だった…」

ミーナ「…」

………だよね?

ガッツさんがキャスカさんの事を、簡単に忘れたりするハズが無いもん。

まして、一度は赤ちゃんまで出来た間柄だもの…。

839: 2014/09/26(金) 02:57:22 ID:m5PL/uOI
今のキャスカさんは何故かガッツさんに心を開かない…

ううん、寧ろあのガッツさんを見る視線だと…明らかに警戒、敵視してる。

ガッツさんは幾らキャスカさんに拒絶されていても、その事で気に病む様な素振りは見せていない。

多分、見せてないってだけで、やっぱり少しは傷付いてるんだろうけどね……。

840: 2014/09/26(金) 03:07:26 ID:m5PL/uOI
ガッツ「後は知っての通りだ」

ガッツ「一人で復讐の旅をするのを止めた俺は、キャスカが安心して暮らせる…」

ガッツ「自由に出歩いても安全な場所を求めて、旅を始めた」

ガッツ「旅は道連れってワケじゃねえが、道すがらいつの間にかイシドロが加わり…」

ガッツ「一度は俺と揉め事を起こした正鉄鎖騎士団から…」

ガッツ「騎士団を抜け出したファルネーゼとセルピコも旅に加わり…」

ガッツ「立ち寄った霊樹の森で、シールケの手伝いをする約束を果たした後…」

841: 2014/09/26(金) 03:08:21 ID:m5PL/uOI
ガッツ「使徒共に霊樹の森を焼き払われたシールケが、結果的に俺達と行動を共にする事になった」

ガッツ「そしてヴリタニスに向かう道すがら…」

ミーナ「私達に声を掛けられた…って事ですか」

ガッツ「ま、そーゆーこった」

ガッツ「…どうだ?話を聞いて、後悔しただろ?」

ミーナ「そうですね…何かもう驚く事ばっかりで…」

ミーナ「正直、一つも後悔しなかったワケじゃないですけど…」

ミーナ「やっぱりガッツさんのお話を聞けて、良かったって思ってますよ」

ガッツ「…変わった奴だな?」

842: 2014/09/26(金) 03:09:35 ID:m5PL/uOI
ミーナ「そうですか?」

ガッツ「…ま、良いけどよ」

ガッツ「ずっと話ししてたら喉が渇いたぜ」

ミーナ「あ、紅茶…もう空っぽでしたね」

ガッツ「酒は残ってるだろ?」

ミーナ「ダ・メ・です」

ミーナ「何度も言いますけど、ガッツさんは病み上がりなんですからね?」

ガッツ「……たく」

ガッツ「意外に口うるせえっつうか、頑固だな?」

ミーナ「…何か言いました?」

ガッツ「いーや………つかアレだな」

ガッツ「ミーナみたいな娘っ子は、将来、何やかんやで良い嫁さんになるだろうなぁ」

ミーナ「」

843: 2014/09/26(金) 03:10:52 ID:m5PL/uOI
ミーナ「……」

ミーナ「最後にもう一つだけ、質問して良いですか?」

ガッツ「…あの、いいぜ?」

ミーナ「…もし、スケリグ島に辿り着けなくて……キャスカさんの心が元に戻らなかったら…」

ミーナ「その時は…どうするんですか?」

聞きながら、胸の奥が重くなる。

自分でも嫌な子だなって思う……自己嫌悪するよ、本当に。

ガッツ「…別に」

ガッツ「これまで通りさ、何も変わりゃしねーよ」

ガッツ「キャスカを護る…ただそれだけだ。一生な」

ミーナ「…そう仰ると思ってました」

844: 2014/09/26(金) 03:12:39 ID:m5PL/uOI
うん………やっぱり、ね。予想通りの言葉だった。

苦しくない、悲しくないって言ったら嘘になるけど…

同時に、ホッとしたって言うか…納得した。

だって………私が好きになったガッツさんだもん。

その一途な所に、正直また惚れ直しました。

もうね、私…諦めたよ。

“諦める”のを諦めました!

いいじゃん?初恋だもん!

叶わないなら、せめて気が済むまで、ガッツさんの事を好きでいさせてほしい…。

ミーナ「…キャスカさん、心を取り戻せると良いですね?」

ガッツ「…ああ、そうだな」

………あれ?

845: 2014/09/26(金) 03:15:17 ID:m5PL/uOI
ガッツさんの表情が、イマイチ冴えない?

ミーナ「……何か、気になる事でもあるみたいですね?」

ガッツ「…思ってたより…」

ミーナ「ん??」

ガッツ「……いや」

ガッツ「心を取り戻す事が……本当にキャスカの為になるのか、と思ってな」

ミーナ「えっ?!」

ガッツ「ちょいとした顔馴染みにそう言われてな…」

ガッツ「キャスカは多分、蝕の事で……心が、あの事実を受け止められずに壊れちまった」

ガッツ「そんなキャスカを、ただ昔のアイツに戻したいって俺の我が儘で…」

ガッツ「無理に治しちまって良いもんかと思ってな…」

846: 2014/09/26(金) 03:17:02 ID:m5PL/uOI
ミーナ「…」

ちょっとイラッとした。

らしくないったら…本当にもう!

ミーナ「ビッとして下さい!」

ミーナ「そんな気弱でどーすんですかっ!」

ミーナ「このままで良い訳ないでしょ?」

ミーナ「確かに後悔するかも知れません。けど、どーせ後悔するなら行動してから後悔して下さいっ!」

ミーナ「気合いが足りませんよ、切り込み隊長っ!」

私は肩を怒らせながら、ズビシッ!とガッツさんの鼻先に指を差した。

ガッツさんは面食らった様にして、言葉を失ったみたいだった。

ガッツ「」

ガッツ「…」

847: 2014/09/26(金) 03:18:04 ID:m5PL/uOI
ガッツ「…ふっ」

ミーナ「…ふふっ」

それから少しの間、二人して笑った。

ガッツさんが私とのやり取りで、こんな屈託の無い笑顔を見せてくれるのは初めての事で…

私は余計に幸せな気分になって、満面の笑みを浮かべた。

ひとしきり笑うと、流石に私も喉が渇いてくる。

ミーナ「紅茶、煎れて貰って来ますね?」

ベッドから立ち上がってドアに向かうと、私の背中に…

ガッツ「…んな膀胱にストレートに来そうなモン、よくガブガブ飲めるもんだな?」

ミーナ「なっ…」

848: 2014/09/26(金) 03:19:46 ID:m5PL/uOI
ミーナ「前にも思いましたけど、ガッツさんはもっと、女性に対してデリカシーってのを弁えるべきです!」

ガッツ「難しい注文だな、そいつは」

ミーナ「もうっ!」

私が、イーッ!って顔をシカメると…

ガッツさんは少しだけ、表情を崩した。

私は少しだけ頬が赤らむのを自覚しながら、またガッツさんに背中を向けてドアに向かう。

鼻歌交じりに内鍵を開け、ノブを掴んでドアを開けようとしたら…

バンッ!!

と、ドアが勢い良く開いた……内側に向かって。

849: 2014/09/26(金) 03:22:43 ID:m5PL/uOI
お陰で、勢い良く開いたドアが私の顔に直撃!

ミーナ「ひぐっ!!!」

奇妙な悲鳴を上げて、私はその場に座り込んでしまった。

く~~~~~~~っ!

鼻っ!鼻っ!鼻打ったぁ!!

超痛った~~~~~いっ!!!

ガッツ「お、おいっ、大丈夫かミーナ!?」

サシャ「えっ?あっ!わっ!?ごめんなさいミーナ!」

声から察するに、どうやらドアを勢い良く開けた犯人はサシャらしい…。

つかゴメンじゃないよ!顔だよ、顔直撃だよっ!

鼻血とか出てたらどーしてくれんのよ?

つかそれ以前に、ガッツさんの前で恥掻かせないでよ、バカァ!!!

850: 2014/09/26(金) 03:30:09 ID:m5PL/uOI
痛みと恥ずかしさでドアの前に座り込み…

両手で顔を押さえて悶えていると…

私の周りでオロオロするサシャ…

それと、どうやら私を心配してくれたらしいガッツさんが、私の肩に手を押いて、私の顔を覗き込んで来るのが解った。

何か私、この世界に来て、貧乏クジばっかり引いてる気がする…。

ガッツ「おい、平気か?」

ミーナ「……な゛、な゛ん゛どが……へいきれふ」

サシャ「…良かったあ」

ミーナ「よがないよっ、あ゛やまっでよっ!!」

サシャ「あああっ!ごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃっ!!」

851: 2014/09/26(金) 03:30:47 ID:m5PL/uOI
ミーナ「………も゛う」

ちょっと涙目になりながら、私は正当な不満の声を漏らした。

とは言え……泣き顔を見せるワケにもいかない。

痛まない様に鼻を優しく擦ると、指先でコッソリ涙を拭い…

小さく咳払いしながら、ゆっくりと立ち上がった。

サシャ「あぅ…ミーナの鼻が、ちょっと赤くなってます」

ミーナ「…もう!気を付けてよね、本当に」

ガッツ「結構いい音したぞ?鼻血とか出てねえのか?」

ミーナ「…ええ、辛うじて」

サシャ「うぅ…本当にごめんなさいでした…」

852: 2014/09/26(金) 03:31:23 ID:m5PL/uOI
ミーナ「もういいよ……けど、次から気を付けて」

サシャ「はい……」

ショボーン…って感じで、サシャが肩を落とす。

私は嘆息すると、両手を腰に当てながら、サシャに問い掛けた。

ミーナ「で、一体何事だったの?」

ミーナ「凄い勢いで飛び込んで来ようとしてたけど?」

サシャ「…あっ」

サシャ「そうだ、大変だったんですよ!」

ミーナ「…何が?」

サシャ「それが、シールケちゃんとイシドロ君が喧嘩しちゃって…」

ミーナ「喧嘩ぁ~?」

853: 2014/09/26(金) 03:32:20 ID:m5PL/uOI
ミーナ「何よ、たったそれだけ?よっぽどの事があったのかと思ったじゃない!」

サシャ「それが、そうでもないんですよ!」

ミーナ「はぁ?」

ガッツ「…?」

サシャ「シールケちゃん、ずっとあのローブ姿で、服を着替えたりしなかったじゃないですか?」

ミーナ「あー…言われてみれば…そうかも?」

ミーナ「で?」

サシャ「イシドロ君が、魔女の格好は目立つし、下手すると魔女狩りとかもあるから着替えろって言ったんですけど…」

サシャ「シールケちゃんが、それを頑なに拒否して…」

854: 2014/09/26(金) 03:33:44 ID:m5PL/uOI
サシャ「それで、段々騒ぎが大きくなって、最後は大喧嘩になって…」

サシャ「イシドロ君がシールケちゃんの帽子をはたいた時、その拍子で帽子が外に飛んじゃって…」

サシャ「外に落ちた帽子が、馬車に轢かれちゃったんですよ」

ミーナ「ああ~…」

サシャ「で、その帽子やシールケちゃんの着てる服って……どうやら親代わりの人から作って貰った形見の品らしかったんです」

ミーナ「あちゃ~…」

サシャ「しかも、ソレだけだけしか残されてない、唯一の形見の品らしくて……」

ミーナ「」

855: 2014/09/26(金) 03:36:24 ID:m5PL/uOI
サシャ「……シールケちゃん、泣いちゃって…どっかに飛び出して行っちゃったんです」

ミーナ「…そりゃ大変だわ」

サシャ「はい…」

サシャ「今、セルピコさんが後を追い掛けて行ってるんですけど…」

サシャ「キャスカさんの事もあって、ファルネーゼさんは部屋から出られませんから…」

サシャ「シールケちゃんを探すのに、手を貸して貰おうと思ってこの部屋に来たんです」

ミーナ「なるほどね、解った」

ミーナ「あー、それでイシドロ君は?」

サシャ「それが…イシドロ君も意地になっちゃって……」

ミーナ「はあぁ~~~…」

856: 2014/09/26(金) 03:38:38 ID:m5PL/uOI
私は深い溜め息を吐くと、向かい側の部屋に足を運んだ。

向かいの部屋に入ると、イシドロ君が窓際に椅子を持ち寄り、椅子に腰掛け…

伸ばした両足を、窓枠に引っ掛けている姿があった。

両手は頭の後ろで組み合わせ、背中をこちら側に向けてる。

キャスカさんはベッドに腰掛け、ファルネーゼさんはその隣で、浮かない表情でイシドロ君の背中を見ていた。

イバレラちゃんが居ないのは、シールケちゃんに付いて行ったからかな?

パック君は………その頭をスッポリと、キャスカさんの口にくわえられて、ピクピクと痙攣していた。

857: 2014/09/26(金) 03:40:55 ID:m5PL/uOI
一ヶ所、トンでもない笑いを私に引き起こそうとしてるけど…今はソレ所じゃない。

なるべくソッチを見ない様にしながら、イシドロ君の方へと足を進める。

手を伸ばして声を掛けようとしたけど…

上手い言葉が見つからず、私は足を止めた。

だって、イシドロ君だって元々はシールケちゃんを心配して…の事だもの、きっと。

結果は悪い方に転がっちゃったけど、イシドロ君の言い分だって私にも解るよ。

……困ったなぁ。

こんな時、何て言ったら良いんだろう?

858: 2014/09/26(金) 03:42:45 ID:m5PL/uOI
私が掛ける言葉を選んでいると、不意にぶっきらぼうな声が、部屋の入り口から掛けられた。

ガッツ「本物の魔女をどうこう出来る奴がいるとは思えねぇが…」

ガッツ「夕飯の時間が遅れるのは面倒だ」

ガッツ「イシドロ。お前、ちょっとシールケ探して来い」

ガッツ「俺もリハビリがてら、散歩がてらに後からミーナ達と探しに行くからよ」

イシドロ「けどよ、アイツ…」

ガッツ「四の五の言うな。せっかく今日ぐれーから薬膳以外が食えそうなんだ」

ガッツ「夕飯までに、サッサと連れ戻すぞ」

859: 2014/09/26(金) 03:45:09 ID:m5PL/uOI
ガッツ「ハラ減ってんだ、解ったらサッサと行って来い」

イシドロ「…しゃーねーなっ、解ったよ!」

イシドロ君はそう答えると、椅子から飛び立って部屋を出て行った。

サシャ「わぁ…ダッシュで行っちゃいましたよ」

ファルネーゼ「ありがとう御座います、ガッツさん」

ガッツ「別に…」

ガッツさんは短くそう言うと、自分の部屋に引き返した。

その足が、途中で止まる。

ガッツさんが少しだけ振り向いた。

ガッツ「ミーナ、着替えたら俺達も探しに出掛けるぞ」

ミーナ「…はいっ!」

サシャ「私もご一緒します!」

860: 2014/09/26(金) 04:05:48 ID:m5PL/uOI
ミーナ「…は?」

…なに言っちゃってんの、この娘?

ガッツ「解った。着替えるから、お前ら外で待ってろ」

ミーナ「ええっ!?」

何の逡巡も無く、ガッツさんが答える。

自分の部屋に戻ると、ガッツさんは無情にもドアを閉めてしまった…。

サシャ「さあ、私達も出掛ける準備をしましょう!」

サシャ「早くシールケちゃんを見つけてあげないと!」

ミーナ「………うん、そだね」

うん……良い娘ではあるのよね、サシャは…。

本当に……うん……ただ空気は読めない娘だけどね…はぁ…。

その後、気を取り直して外出の準備を済ませた私達三人は…

シールケちゃんを探しに、夕日に染まるヴリタニスの街へと宿を後にした。

夕日に染まる港町…その眺めが見納めになるとは思いもせずに。

恐れていた最後の瞬間が、遂にその日、私の前に訪れた……。

884: 2014/10/26(日) 02:10:20 ID:zOhjqi3Q
宿を後にした私達三人は、取り敢えず人気の少ない所を探す事にした。

理由は、シールケちゃんが人混みを苦手にしているから。

どう考えてもあのシールケちゃんが、市場や露店みたいな人で溢れる場所に行くハズが無い。

あまり遠くへも行かないんじゃないかと思い、私達三人は手始めに近場の公園を目指す事にした。

道すがら、この町の住民と思われる人に公園への道順を聞き、日の陰る裏通りを歩く。

公園は少し離れた高台にあると聞き、教えられた通りに歩いていると、どうやら住宅街に入ったらしく、路地が更に狭くなった。

885: 2014/10/26(日) 02:10:51 ID:zOhjqi3Q
路地を挟んで連なる様に建つ、4階建ての集合住宅の窓からは…

多くの建物から建物同士を繋ぐみたいに、路地をまたいで窓と向かいの建物の窓に、幾つものロープが伸びている。

そのロープは洗濯物を干すのに使われてるみたいで、中には取り込みを忘れたらしい洗濯物が…

路地を吹き抜ける風に煽られて、ユラユラとはためいていた。

日陰の路地を歩いていると、交差する狭い路地から数人の子供達が飛び出し、直ぐに進行方向の路地裏へと姿を消す。

子供達の中には、女の子も混じっていた。

886: 2014/10/26(日) 02:11:28 ID:zOhjqi3Q
訓練兵団に入る数年前の私も、あんな感じだったなぁ…。

わりと活発だった幼少時代を不意に思い出し、自然に思考が故郷の事へと及ぶ。

何となしに懐かしい気分になっていると、並んで歩いていたサシャが問い掛けてきた。

サシャ「どうしたんです、ニヤニヤしちゃって?」

ミーナ「うん…何か懐かしいなぁって思ってさ」

サシャ「懐かしい?」

ミーナ「ほら、今、路地の角から子供達が駆け抜けてったでしょ?」

ミーナ「私もさぁ、あの位の頃は、男の子達と一緒に日暮れまで駆け回ってたなぁって思ってさ」

887: 2014/10/26(日) 02:12:01 ID:zOhjqi3Q
ミーナ「ワリと泥んこになる事も多くて、よくお母さんに“女の子らしくしなさい”って怒られてたよ」

サシャ「はぁ…ミーナは意外にお転婆だったんですねぇ」

ミーナ「サシャだって似た様なもんでしょ?」

サシャ「言うまでもありません」

答えながら、サシャがニコニコと笑う。

わざとらしく手足をピンと伸ばして歩く姿は…

ファルネーゼさんのお下がりの軍服を着ているせいか、まるで兵隊さんの行進みたいに見えた。

そんなサシャや私の後ろを、ガッツさんがどこか落ち着かない様子で歩いてる。

888: 2014/10/26(日) 02:12:49 ID:zOhjqi3Q
少し気になったので、私はガッツさんに問い掛けることにした。

ミーナ「ガッツさん、何かちょっと落ち着かない感じに見えますけど…どうかしました?」

ガッツ「いや…剣も甲冑もナシじゃ、どうにも落ち着かねえんでな」

ガッツさんは最初、シールケちゃんを探しに行くのに、わざわざ甲冑を着込み、あの大剣を携えていた。

幾ら何でも重装備過ぎるし、何より人捜し程度で、あの呪いの甲冑を着るなんてとんでもないよっ!

私はそれこそ泣き出しそうな勢いで、甲冑と大剣は止めて下さいと頼み込んだ。

889: 2014/10/26(日) 02:13:20 ID:zOhjqi3Q
病み上がりだの何だのと、尤もらしい理由を羅列してさんざん頼み込むと…

ガッツさんは不承不承ながらも、やっとの事で私のお願いを聞き入れてくれた。

ガッツ「ここ何年も、剣も持たずに外を出歩く事なんざ無かったからなぁ」

サシャ「えっと…ソレが普通の事じゃないんですか?」

ガッツ「剣士に剣を持ち歩くなっつーのは、狩猟民族に弓を持ち歩くなっつーのと同じ事だ」

サシャ「あー、ソレは困りますねぇ…」

ガッツ「だろ?」

サシャ「はい、武器の携帯は必須です」

890: 2014/10/26(日) 02:14:01 ID:zOhjqi3Q
ミーナ「いや、違うから!今は戦争でも狩りでもなくて、只の人捜しだから!」

サシャ「いえいえ、今のはガッツさんの言い分も解るって意味ですよ」

サシャ「ねーガッツさん?」

ミーナ「そんなの私だって解ってるよ!シレッと私をハブにすんな!」

サシャ「ハブになんてしてませんよ?気のせいです、気のせい」

サシャ「そんな事より、公園が見えて来ましたよ?」

ミーナ「そんな事だと?」

サシャ「にひひっ」

意味深な笑顔を浮かべながら、サシャが公園を目指して駆け出す。

ミーナ「ちょっ、待てこら!」

891: 2014/10/26(日) 02:15:30 ID:zOhjqi3Q
私は叫ぶと、サシャの後を追いかけた。

サシャに続いて小さな公園に駆け込むと、そこには数人の人影があった。

でも、そこに居るのは見知らぬ子供達ばかりで、シールケちゃんの姿は見当たらない。

取り敢えずその子達にシールケちゃんの特長を伝えて聞いてみたけど…

ずっと公園で遊んでいたらしいその子供達は、シールケちゃんらしい子は来ていないと答えた。

ガッツ「…どうだ、居たか?」

遅れて公園にやって来たガッツさんが、私達に問い掛けてくる。

私とサシャが首を横に振ると、ガッツさんは小さく嘆息して見せた。

892: 2014/10/26(日) 02:16:08 ID:zOhjqi3Q
ガッツ「…ま、そー簡単には見つからねえか」

ミーナ「うーん、静かな所だと思ったんですけど…」

サシャ「ガッツさんは心当たりありませんか?シールケちゃんの行きそうな所?」

ガッツ「…そうだな…」

ボソリと呟きながら、ガッツさんが辺りを見渡す。

何かを考える様に視線を巡らせていたガッツさん…

その視線が、高台の公園から見下ろせる海に止まった。

ガッツ「…そういやイシドロと一緒で、シールケも海は初めて見るっつってたな」

サシャ「あっ、ソレは私達も同じですよ」

サシャ「初体験です、海!」

893: 2014/10/26(日) 02:16:43 ID:zOhjqi3Q
サシャ「海って素晴らしいですよねぇ…食材がウヨウヨ居るんですから!」

サシャ「蟹、海老、牡蠣、貝、蛸、烏賊、多種多様な魚……それに魚卵もっ!もう考えただけで涎が止まりませんよぉ…」

涎と一緒にグルルルルッ!っとサシャのお腹が鳴る。

どうやら彼女のお腹に棲む謎の生物は、今日も元気一杯…いや凶暴に暴れているらしい…

その謎の生き物、何とかしなさいよ、サシャ…。

サシャ「そう言えば昨日、セルピコさんから変わり種で、シラスの踊り食いってのがある事を聞きまして、是非とも今度挑戦しt」

894: 2014/10/26(日) 02:17:22 ID:zOhjqi3Q
ミーナ「ストップ!ストップ!論点ズレてる!話が脱線してるよサシャ!」

サシャ「………あ」

サシャ「し、失礼しました」

サシャ「私的に海=食材の宝庫の認識が出来てしまっていて、つい暴走してしまいました…」

サシャが僅かに頬を染めながら、恐縮そうな声を出す。

呆れる私の横では、ガッツさんが微かに表情を和らげていた。

ガッツ「…ま、いいさ」

ガッツ「それより海に…埠頭に行ってみるか」

ガッツ「来た道を引き返す事になるし、此処からじゃちょいと距離もあるが…」

895: 2014/10/26(日) 02:18:02 ID:zOhjqi3Q
ガッツ「まあ鈍った体を動かすには丁度いいだろ」

ミーナ「…ですね」

ミーナ「シールケちゃんも海が初めてなら、行ってる可能性は高いと思いますし」

サシャ「かっ………」

サシャ「買い食いとかしちゃ」

ミーナ「サシャ?」

サシャ「ダメですよね?解ってます、ハイ…」

私にひと睨みされて、サシャは悲しそうに目を伏せた…。

それから私達は、緩やかに下る路地を歩きながらやって来た道を引き返し、夕日に染まる海を目指した。

高台の公園から見下ろした感じだと、日没前には海に着くかな?

…………
………
……

896: 2014/10/26(日) 02:26:50 ID:zOhjqi3Q
果たして私の予測は当たり、夕日が水平線に半分ほど沈む頃、私達は人気の寂れた埠頭に辿り着いた。

埠頭には、随分と古びた漁船が二艘ほど繋がれているだけで…

埠頭で釣り糸を垂れる人影すら見えない。

辺りを見渡した感じからすると、どうやら此処は小さな漁港らしかった。

ただこの漁港は、漁港の造りもだけど、何て言うか、雰囲気そのものが寂れている。

多分、漁港としてはかなり古い部類に入るんだろう。

年季が入った…てゆーか、かなり草臥れた漁港の建築物から察するに…

897: 2014/10/26(日) 02:27:30 ID:zOhjqi3Q
…もしかすると、本来の漁港としての役割は、既になくなっているのかも知れない。

もの悲しい雰囲気の中、桟橋に下りた私とサシャは、オレンジ色に輝く海に魅入られる様に、ゆっくりとその場に腰を下ろした。

サシャ「…」

ミーナ「…」

サシャ「………シールケちゃん、居ませんでしたね」

ミーナ「……うん」

サシャ「……凄いですね、海」

ミーナ「うん…太陽が溶けてるみたいだね…」

サシャ「とても綺麗です…」

水平線に半分ほど沈んだ太陽が、まるで溶け広がる様に、海面をオレンジ色に染めていた。

898: 2014/10/26(日) 02:28:08 ID:zOhjqi3Q
西の空はオレンジ色から、東に進むにつれて紫色から藍色、そして夜の闇色へと色合いを変えている。

自分達が居た世界では、まずお目にかかれない光景にウットリしていると…

波止場に立っていたガッツさんも、桟橋へと下りてきた。

ガッツ「シールケから念話が来た」

ミーナ「えっ!?」

ガッツ「やっぱり海に居たらしいな」

ガッツ「ただココとは別、一つ隣になる埠頭に居たらしい」

ガッツ「イシドロとは仲直りもしたそうだ」

ガッツ「野暮用があるらしくて、そいつを済ませたら、イシドロと一緒に宿に帰って来るとよ」

899: 2014/10/26(日) 02:29:29 ID:zOhjqi3Q
サシャ「良かったですねえ、見つかって」

ミーナ「念話って…ガッツさんからは、話しかけられなかったんですか?」

ミーナ「それが出来てれば、捜すのも楽だったのに」

ガッツ「一応は頭ん中で会話が出来るんだからな、そりゃ声はかけてみたさ」

ガッツ「ただこの念話は、シールケが主導権を持ってる。主導権っつーより、全権って言った方が正確だな」

ガッツ「シールケあっての念話だ。シールケに念話を使う気が無けりゃ、コッチからは手の打ちようが無え」

ガッツ「便利ではあるが、念話の相手はシールケに限定されてるからなあ」

900: 2014/10/26(日) 02:30:04 ID:zOhjqi3Q
サシャ「あ、そうだったんですか?」

サシャ「てっきり、ガッツさん達は全員自由に使えるのかと思ってました」

ガッツ「んなワケねえ。俺達はシールケから渡されたシールケの髪の毛を、自分の髪に結び付けた事で、シールケとの念話が出来る様になってるだけだ」

ミーナ「えっ?じゃあ、私達もシールケちゃんの髪を自分の髪に結び付けたら…?」

ガッツ「相手はシールケに限ってだが、念話が出来るってこった」

サシャ「なるほど…」

ミーナ「他の人にも使えれば、凄い便利なのに…」

901: 2014/10/26(日) 02:30:37 ID:zOhjqi3Q
それなら、ガッツさんと髪を交換して、コッソリお話しとか出来るのに…

ガッツ「そりゃ便利かも知れねえが、流石にな…魔女の力量あっての事だろ」

サシャ「うおぅ…ちょっと魔女になりたいかも知れません」

ミーナ「あ、私も」

ガッツ「なら、お前らもファルネーゼみたいに、シールケに弟子入りしてみるか?」

言いながら、ガッツさんが苦笑を浮かべると…

サシャ「あっ、そっか!その手がありました!」

ミーナ「えっ、本気?」

ミーナ「てゆーか、マジで魔女になれると思ってる?」

サシャ「なりたいでっす!」

902: 2014/10/26(日) 02:31:11 ID:zOhjqi3Q
サシャが目をキラキラ輝かせ、元気良く返事をする。

いや…そりゃなれるものなら、私だって魔女になりたいよ…

ガッツ「マジかよ……まあ、シールケの口振りだと、なれない事もないらしいが…」

冗談のつもりだったのか、言い出しっぺのガッツさん本人が困惑してる。

つーか…えっ?本当になれない事もないの?

サシャ「わっ!俄然、漲って来ましたっ!」

ミーナ「ちょっ、それだったら私も本気で弟子入りするっ!」

サシャ「え~~…」

ミーナ「何よ、えーって?」

903: 2014/10/26(日) 02:31:58 ID:zOhjqi3Q
サシャ「だってミーナ、さっき“本気でなれると思ってる?”とか、凄い否定的な事を言ってたじゃないですか?」

ミーナ「夢物語でもなく本当に魔女になれるんなら、私だって魔女になりたいよ!」

ミーナ「私はどうしようもなく平凡で、サシャみたいに身体能力に恵まれてないんだから…」

ミーナ「私は力が欲しいのっ!誰かに守られたり、支えられたりするばかりじゃなくて…」

ミーナ「私だって誰かを守りたい、支えたい…その為に力が欲しいの」

904: 2014/10/26(日) 02:32:47 ID:zOhjqi3Q
ミーナ「今のままの私じゃダメ…多分これから先、どんなに訓練しても、今の私じゃタカが知れてる…」

ミーナ「興味本位で魔女になりたいとかじゃなくて、誰かの力になる為に、魔女の力が欲しいのよっ!」

その“誰か”が、今の所ガッツさんである事、私的な感情が入っている事に、多少の後ろめたさを感じない訳じゃない。

でも事はそれ以前の問題で…

…私にはサシャやミカサみたいな天賦の才能や、人より優れた資質が無い。

悲しいくらいに平々凡々とした存在…それが、訓練兵団に入って身に沁みて解ったこと。

今までは、それでも良かった。

ガッツさんに出逢うまでは……

ガッツさんに出逢って、サシャみたいに共に戦う事も出来ず、ただ見ているだけしか出来ない…

905: 2014/10/26(日) 02:33:34 ID:zOhjqi3Q
そんな力不足や、惨めにさえ感じた“足手まとい感”…あんな思いはもうしたくない。

本当に魔女になれるなら、あの圧倒的な力を本当に手に入れる事が出来るなら、私は何だってやるよっ!

食ってかかる私に、サシャはちょっとたじろいで見せた。

サシャ「い…いえその…別に私がどうこう言える立場でもありませんし…」

サシャ「そ、それなら一緒に、シールケちゃんに弟子入r」

サシャがしどろもどろな感じで私に答えていると、急にグラリと、桟橋が大きく揺れた。

それまで海は穏やかだったから、何事かと辺りを見渡す。

906: 2014/10/26(日) 02:35:00 ID:zOhjqi3Q
すると、桟橋から少し離れた海…小さめの湾内の中央、その海面に泡が立ち上り…

海面がゆっくりと持ち上がっていった。

海面からは瞬く間に黒い球体が姿を見せ、周囲に泡を立てながら、ソレが海中から上昇を続ける。

海中からの上昇が止まり、突如として現れた間抜けで巨大な顔が…

桟橋にいる私達に視線を向けると、ニヤ~っと微笑んできた…。

907: 2014/10/26(日) 20:39:34 ID:zOhjqi3Q
遂に出たってゆーか、あの性悪ウサギ、完全に非武装なこのタイミングで…

これ絶対に狙ってやがったわね?あん畜生っ!

ミーナ「」

サシャ「」

ガッツ「チッ、でけえな」

ガッツさんが舌打ちを打ちながら、小さく吐き捨てた。

ミーナ「じゅ、十五…m級?」

サシャ「に、にげ、にげっ…」

カチカチと歯の根が合わない感じで、サシャが呟く。

声が小さいのは怖いから?だろうと思う。

蛇に睨まれた蛙って、正にこの事だよ。

アレって何で逃げないのか不思議だったけど、十五m級を目の当たりにして、理解しました。

908: 2014/10/26(日) 20:40:13 ID:zOhjqi3Q
本物の恐怖を目の当たりすると、身体が石みたいに竦んで、本当に動けなくなるんだ…。

桟橋から立ち上がる事も出来ず、巨人を凝視していると…

海中から飛沫を上げながら、ゆっくりと二本の腕が持ち上がった。

大きく開いた掌を私達に向けながら、巨人が前進を始める。

古びた漁港の湾内から、波をかき分けて近寄ってくる姿は圧巻の一言。

完全に虚を突かれ、茫然自失の私とサシャ。

けど、次に上がった爆音。それが、私達とガッツさんの明確な違いだった。

ズドォォォォォン!と、耳をつんざく様な砲撃音と硝煙の匂い。

909: 2014/10/26(日) 20:40:56 ID:zOhjqi3Q
飛び上がるほど驚いて、慌ててガッツさんを振り返って見ると…

平然とした表情のガッツさんが、もうもうと煙の上がる左腕の義手を、巨人に向かって真っ直ぐ伸ばしていた。

義手の大砲から放たれた砲弾は、巨人の右目を吹き飛ばしている。

けど巨人の右目からは、早々に復活の蒸気が吹き出していた。

ガッツ「…チッ、痛覚を持ってねえのは厄介だな」

ガッツ「右目を潰したってのに、まるで怯みやしねえ」

ミーナ「…」

サシャ「…」

ガッツ「…で、いつまで呆けてるつもりだ?」

910: 2014/10/26(日) 20:41:36 ID:zOhjqi3Q
ガッツ「おっ氏にたくなかったら、さっさと陸に上がりな」

ミーナ「…あ、はいっ!」

ミーナ「行くよサシャ!」

サシャ「は、はいいっ!」

我に返った私とサシャは、その場から転がる様に走り出し、桟橋の渡しを駆け上がった。

私達の後に、ガッツさんも続く。

波止場に駆け上がったは良いものの、その後どうするべきか即断できず、私は振り返ってガッツさんを見た。

ミーナ「どうしたら良いですか!?」

サシャ「武器がありません、とにかく逃げましょうよっ!」

ガッツ「そうだな…」

911: 2014/10/26(日) 20:42:13 ID:zOhjqi3Q
ガッツさんはボソリと呟くと、サッと周囲を見渡した。

その目が、ある一角で止まる。

次にガッツさんは私達に視線を戻すと、私とサシャの背中を押しながら走り始めた。

ガッツ「お前ら、走れ!」

ミーナ「えっ?あ、はいっ!」

サシャ「どっ、どっちに!?」

ガッツ「ここの出口だ、宿まで全力で走れ!」

ガッツ「片道一キロ程度、三~四分で着くはずだ」

ミーナ「でも…」

サシャ「追いつかれる!巨人に追いつかれて食われるわ!」

サシャが泣きそうな声で叫んだ。

ガッツ「…安心しな、殿は俺が引き受ける」

912: 2014/10/26(日) 20:43:06 ID:zOhjqi3Q
耳を疑う様な言葉が聞こえた瞬間、私の背中を押すガッツさんの手が、フッと離れた。

驚いて振り返ると、ガッツさんは走る方向を私達とは変えていた。

出口へ向かう私達から離れ、老朽化の激しい漁港の施設へと、矢の様な勢いで走る。

ガッツさんの向かう先…老朽化した施設の側壁には、廃棄でもされたのか、錆びた銛が何本も立て掛けてあった。

まさか、あんな錆びた銛で戦うつもり!?

私が驚いて足を止めると、サシャも数歩進んだ先で足を止めた。

一方のガッツさんは瞬く間に施設の外壁に辿り着き、錆びた銛を右手で掴むと…

913: 2014/10/26(日) 20:43:45 ID:zOhjqi3Q
ソレを逆手に持ち替えて、視線を巨人へと向けた。

巨人は波止場に辿り着き、海中から這い上がろうとしている…

ガッツさんとの距離は、せいぜい十数メートル程しかなかった。

ガッツさんに逃げる素振りは見られない…戦うつもりなんだ、こんな不利な状況で…。

ミーナ「…ッ!」

私も戦う!

ガッツさんを残して、逃げるなんて出来ないよっ!!

意を決してガッツさんの元に駆け出そうとすると…

ガッツ「とっとと逃げろっ!」

ガッツ「武器も持たねえ兵士見習いが居ても、足手まといだっ!」

914: 2014/10/26(日) 20:44:21 ID:zOhjqi3Q
ガッツさんの怒号に、私の足が凍りついた。

ガッツ「…殿なら慣れてる。それに俺は、今までどんな負け戦でも生き残った」

ガッツ「あの蝕でさえ生き残ったんだ…俺を信じろ」

ガッツ「それに、念話でシールケに救援を頼んだ」

ガッツ「追っつけセルピコも来るだろ…ソレまで俺はこうやって…っ!!」

言いながら、ガッツさんは錆びた銛を槍投げみたいに投げつけた。

もの凄い勢いで投げ放たれた銛が、巨人の左目に突き刺さる。

一時的とはいえ、視力を奪われた巨人が、腕を無闇やたらと振り回し始めた。

915: 2014/10/26(日) 20:45:03 ID:zOhjqi3Q
ガッツさんは銛の束を左脇に抱えると、素早くその場から離れる。

直後、がむしゃらに振り回される巨人の腕が、老朽化した施設に直撃して、建物を半壊させた。

ガッツ「俺の役割は殿……要は時間稼ぎだ」

ガッツ「俺一人なら、どんな状況でも生き延びられる」

ガッツ「…ま、こんな得物じゃ時間稼ぎで手一杯ってのが本音だがな」

ガッツ「流石に、丸腰のお前らまで面倒見きれねぇ」

ガッツ「だから、とっとと行きな」

ガッツ「シールケ達が来るのが先か、“お前らが援護に戻る”のが先か…」

916: 2014/10/26(日) 20:45:43 ID:zOhjqi3Q
ガッツ「信じてんだからよ、お前らも俺を信じろ」

ガッツ「ま、こんな所で氏にゃしねーよ」

ガッツさんはそう言うと、いつもの不敵な笑みを浮かべた。

ガッツさんの事なら信じてるよ…誰よりも。

けど相手は十五m級の巨人…それをあんな錆びた銛だけで…

信じてるけど、本当に大丈夫?

サシャ「行きましょうミーナ!」

サシャの叫び声を聞いて、数歩先にいる彼女に視線を向けると…

さっきまで怯えていたサシャの表情が、一変していた。

灰色の森で兎を追い回していた時の顔…闘争本能に溢れた、餓狼の表情に変わってる。

917: 2014/10/26(日) 20:46:26 ID:zOhjqi3Q
サシャ「今のままやったら、私らタダの足手まといや!」

サシャ「武器さえあったらガッツさんを援護できるっ」

サシャ「何より私はガッツさんを信じるっ!」

ミーナ「…っ、でm」

サシャ「もうええ!置いてくわっ!」

ミーナ「あっ」

サシャは私の返事も待たず、一目散に駆け出した。

走り去るサシャに焦りを感じながら、もう一度ガッツさんに視線を戻す。

一方のガッツさんも既に巨人に意識を移していて…

右手に持った銛で、復活し掛けている巨人の右目を狙っている様だった。

自分一人が置いてきぼりになった気分…

918: 2014/10/26(日) 20:47:55 ID:zOhjqi3Q
自分の判断力の鈍さに泣きそうになりながら…

後ろ髪を引かれる思いでガッツさんを残し、私はサシャの背中を追い掛けた。

…………
………
……

…距離にして凡そ四百メートルほど進んだ所で、私の息は切れ始めた。

坂道なのも影響してるけど、何より後先考えていない全力疾走…それが私の息を早々に上がらせていた。

サシャの背中はとっくに見えない。

ミカサもそうだけど、サシャも私から見れば体力オバケだよ…ホントに。

氏ぬ寸前まで走れって言われて、本当に何時間もブッ通しで走れるもんじゃないでしょ、普通?

919: 2014/10/26(日) 21:09:29 ID:zOhjqi3Q
他にもあるけど、そういった事が出来てしまう辺りが、天性の資質を持つ者、ミカサやサシャと…

持たざる凡人、つまり私との差なんだろう。

そう言えば、サシャの走る姿は、後ろから見ていてエラくスマートで綺麗に見えたな……

…ってえ!こんな時に何考えてんのよ、私っ!

後先考えてない全力疾走で、脳に酸素が不足でもしてる!?

余計なこと考えてないで、一刻も早く宿に着かなきゃ…ガッツさんがっ!

ガッツさんが今も一人きりで巨人と戦ってる…

そう考えるだけで私の胸はキリキリと締め付けられ…

920: 2014/10/26(日) 21:10:06 ID:zOhjqi3Q
自分の心臓と肺が悲鳴を上げているのを無視する様に、私は懸命に石畳を蹴った。

見覚えのある宿の通りに着く頃には、最早足取りはバタバタで、到底“走ってる”とは見えない有り様だった。

酒場の宿まで数メートル…やっと着いた…

そう思ったのと同時に、バンッ!と出入り口の扉が開き…

立体機動装置とブレードでフル装備したサシャが、ヨレヨレの私を尻目に…

あの綺麗なフォームで、私の横を風の様にすり抜けて行く。

私は両膝に両手をつきながら、喘息みたいな荒い息を吐き…

921: 2014/10/26(日) 21:10:57 ID:zOhjqi3Q
滝の様な汗の滴を路面に落としながら、僅かな時間、横目でサシャの背中を見送った。

遠ざかる背中…その距離が、私とサシャの力量の差に思えた。

ミーナ「…フル装備…しなきゃ…ガッツさん…」

ロクに喋る事すら出来ない。

早鐘みたいな心臓…ううん、まるで体全部が心臓になったみたいに全身ドクンドクンいってるし…

頭が割れそうな程ガンガンしてる…

それに、喉が焼け付いたみたいに渇いてる。

ミーナ「み…水…」

私は半端に開いたままの扉を開け、水を求めて店主さんの所にヨタヨタと走った。

922: 2014/10/26(日) 21:11:33 ID:zOhjqi3Q
宵の口の店内に、客の姿はチラホラといった程度。

息も絶え絶えにカウンターまで行くと、店主さんが苦笑いで出迎えてくれた。

店主「さっきの嬢ちゃんに聞いちゃいたが…本当に来たな?」

店主「水だろ?ほら、飲みな」

大きめの杯に、なみなみと注がれた水をお礼も言わずに受け取り…

浴びる様な勢いで、喉の奥に流し込む。

ゴクゴクと大きな音を立てて飲み干すと、空いた杯をテーブルに叩き付ける様に置き、私は次に自分の息を整える事に努めた。

……まるで身体が、ストーブにでもなったみたいだよ。

923: 2014/10/26(日) 21:12:20 ID:zOhjqi3Q
ミーナ「……お水…有り難う御座いました」

店主「お、おうよ…」

ミーナ「それじゃ…」

私は短く挨拶すると、直ぐに屋根裏部屋を目指して階段を駆け上った。

足が重い…

すぐにまた、息が切れ始める…

三階までの階段を駆け上がる頃には、私は自分の限界を否応なしに理解した。

階段を駆け上がると同時に、また両膝に両手をついて、荒い息を吐く。

今から装備を調えて…

また同じ距離を全力疾走して…

それから…巨人と戦う?

ガッツさんの援護を…私が?

今でさえ、こんな状態なのに?

924: 2014/10/26(日) 21:13:38 ID:zOhjqi3Q
ミーナ「あは…あはは…あははは…はは…は…」

乾いた笑いが出た。

戦う気は十分、ガッツさんを助けたい気持ちは十二分にあるのに…

体力が…力量がまるで足りない、追い付いていない。

何でだろう…私とサシャの何が違うの?

涙がこみ上げ、頬を伝う。

そんな自分に絶望していると…

ガッツさん達の部屋から、小さな叫び声が聞こえて来た。

927: 2014/10/27(月) 22:13:00 ID:CFk3lkSc
ガッツさん達用の部屋の中から、何かがぶつかる様なコツコツといった音と…

『開けてーっ!』と聞き覚えのある小さな声が聞こえてくる。

声の小ささと、なぜ部屋の中にいる側から開けて~なの?と、疑問に思いながらドアを押し開けると…

コンッ!と何かがドアにぶつかる音が聞こえた。

???「あいたっ!」

ミーナ「えっ?」

何かがぶつかったと言っても、随分と軽い感触だったので、私は少し驚きながら疑問の声を上げた。

パック「いてててて~…」

928: 2014/10/27(月) 22:13:33 ID:CFk3lkSc
どうやらドアの側にいたのはパック君で、私がドアを開けた拍子に、パック君はドアに顔をぶつけたみたい。

あらら…私もサシャの事は言えないわ。

床に落下したらしいパック君が顔を押さえていたので…

私はパック君の傍らにしゃがみ込んだ。

ミーナ「ゴメン!まさかドアの前にパック君が居るとは思わなくて…本当にゴメンね?」

パック「いてて……良いよ気にしなくて」

パック「ドアに張り付いてたオレも悪かったんだし」

鼻の頭を赤くしたパック君が、ちょっと涙目で答える……ごめんね、ホントに。

929: 2014/10/27(月) 22:14:22 ID:CFk3lkSc
パック「オレより、ミーナこそ平気か?何か凄いヘロヘロだし、汗臭いよ?」

ミーナ「あ…汗臭いゆーな!」

ミーナ「そっそれより、何で部屋に閉じ込められてたの?」

パック「閉じ込められてたってゆーか…外から帰って来たら、ココの窓しか空いてなくてさぁ」

ミーナ「あ、それで…」

パック「ドアはオレ一人じゃ開けられないし、参ったよ…で、みんなはまだ帰らないの?ガッツは?」

あっ!こんな事してる場合じゃなかった!早くフル装備しなきゃ!

ミーナ「こんな事してる場合じゃなかった!」

ミーナ「巨人が出たのよ!」

930: 2014/10/27(月) 22:14:55 ID:CFk3lkSc
パック「えっ!こんな時間に出たの?」

ミーナ「早く着替えて行かなきゃ…ガッツさんが一人きりで戦ってるのよ!」

パック「な~んだ。なら楽勝じゃん?」

ミーナ「バカ言わないで!ガッツさん丸腰なのよっ!!」

パック「ええっ!!」

パック君は大声を上げると、室内の片隅に目をやった。

そこには鉄塊みたいな大剣が壁に立てかけられ、件の甲冑が生きてるみたいに椅子に鎮座していた。

パック「ヤバいじゃん!」

ミーナ「だからヤバいのよ!」

ミーナ「だから私も早く援護に……」

931: 2014/10/27(月) 22:15:26 ID:CFk3lkSc
…今更?ううん、間に合ったにせよ、今の私が役に立てるの?

役立ちたい気持ちは目一杯ある……けど……

足手まといにしかならないんじゃないか?寧ろ足を引っ張って、ガッツさんを窮地に立たせるんじゃ……

そんな事ばかりが頭をよぎり、私は悶々と考え込んだ。

足手まといになるのは嫌だ……私のせいで窮地に立たせるなんて以ての外よ……

役に立ちたい……あの巨人は十体目の巨人。

あの巨人を倒せば、ガッツさんとお別れ……お別れ?

そうだ……これでもう、お別れになるんだ……。

ミーナ「……ガッツさん……」

932: 2014/10/27(月) 22:16:00 ID:CFk3lkSc
頭の中がぐちゃぐちゃになった。

…葛藤…悲哀…懊悩…

短い時間の間に、今までで初めてって位、もの凄く考えた。

その上で何より最優先なのは、ガッツさんの安全。

私達の問題で、ガッツさんに万が一の事なんて絶対にあっちゃダメだ。

ガッツさんの為なら、私は何だって出来る…やってみせるっ!

決めたよ………覚悟。

ミーナ「パック君、着替えるの手伝って!」

パック「えっ?!あ、うん」

ミーナ「あと、ガッツさんに渡せそうな武器ってない?」

933: 2014/10/27(月) 22:16:40 ID:CFk3lkSc
パック「あー…ボーガンとかかな?あっ、あと小物入れの中に炸裂弾と、義手の砲弾や火薬が入ってるよ」

ミーナ「小物入れって、確かベッドの脇にあったあれか……」

私は早足でベッドに行くと、枕元にあった小物入れを取り上げた。

…ズシッとくる。見た目の予想より遥かに重いよ、コレ!?

呆れながら持ち去ろうと動いた拍子に、空きっぱなしの取り出し口から、何かがコ口リと転がり落ちた。

………ベヘリット?確かこれ、願いを叶える……。

ミーナ「……」

934: 2014/10/27(月) 22:17:22 ID:CFk3lkSc
一瞬の逡巡の後、目・鼻・口が不規則に散らばった卵状のそれを、コッソリとポケットにしまい込む。

ミーナ「…さ、パック君。着替え、手伝って貰うからね?」

念を押す様な私の言葉に、パック君は少し戸惑った表情を浮かべた。

……………
…………
………
……

ミーナ「…意外に手間取ったけど、コレで準備万端ね。さっ早く行かないと」

パック「ミーナ…」

ミーナ「うん?」

ミーナ「…あ、平気平気!何か今、不思議と元気一杯だよ?」

ミーナ「それに武者震いって言うのかな?ちょっと興奮気味かも?」

935: 2014/10/27(月) 22:17:57 ID:CFk3lkSc
パック「…けど」

ミーナ「体力も戻ったみたいだし、心配しなくても大丈夫だってば!」

ミーナ「それより予想以上に時間が掛かったから、全力疾走で行かなきゃ。サシャも心配だしね」

ミーナ「じゃあ先に行くよ!」

私は一方的にそう言うと、自分やガッツさん用の武器を手に、部屋を飛び出した。

無事でいてね、ガッツさん!今行くから!

逸る気持ちを抑えきれず、がむしゃらに走る。

早く、早く、早く、早くっ!

一分一秒が惜しい……何で私、援護に行く事をあんなに躊躇したんだろ?

936: 2014/10/27(月) 22:27:41 ID:CFk3lkSc
本当に時間の無駄だった。今は、一刻も早く巨人と戦いたくて仕方ない。

目的地に近付くにつれ、どんどん気分が昂揚していく…

全身に鳥肌が立ったみたいに、ゾワゾワと身体が粟立った。

…………
………
……

下り坂って事もあったけど、宿に帰った時より遥かに短時間で埠頭に辿り着き、そこで私の目に映った物は…

完全に倒壊した漁港の施設…

沈み掛けた漁船…

恐らく意識を失ってるだろう、ぐったりとしたサシャ…

そんなサシャを小脇に抱え、決氏の表情で地上を逃げるガッツさん。

多分、援護に来たサシャが巨人の攻撃で負傷、或いは頭を打って気を失ったんだろう。

937: 2014/10/27(月) 22:28:20 ID:CFk3lkSc
流石のガッツさんも、そんなサシャを抱えては、逃げ回るしか手が無かったみたい。

普段の余裕が感じられないのが、一目で解る。

何しろ逃げるのに必氏で、埠頭に着いた私に気付いてないもの。

そして、そう…

気を失ったサシャのあの姿は、ともすれば私であってもオカシクなかったハズだ。

ううん…サシャでああなってるなら、私なら即氏だったかもしれないな。

私がサシャに遅れてココに着いたのは、目算だけど…多分、十分程度。

普段、模擬戦闘の訓練に費やされる時間と比べたら、十分なんてほんの僅かな時間でしかない。

938: 2014/10/27(月) 22:29:23 ID:CFk3lkSc
それが……超本気、能力全開のサシャが、十分も保たずに?

…あ、多分、宿への往復が祟ったんだ…きっと。

それとも、一瞬でも油断したのかな?

何にしても………………よくも私の友達に手を出したな?




削いで削いで削ぎ落として五分に刻んでやるッッ!!

ドス黒い感情が胸に渦巻き始める…

手にしていた荷物を地面に捨て、得物を掴む右手に力が入った。

加勢に走り出そうとした時、地面スレスレを横凪に払いのけた巨人の腕が…

足場の悪さか、或いはサシャを抱える負担のせいか、体勢を崩したガッツさんに直撃した。

939: 2014/10/27(月) 22:34:33 ID:CFk3lkSc
ガッツさんの腕から放り出されたサシャが、地面に力なく転がり落ち…

弾き飛ばされたガッツさんは、倒壊した瓦礫の中に突っ込み…

まるでピンボールの球みたいに瓦礫にぶつかりまくり…

最後は施設の基礎支柱だったらしい大きな鉄骨に頭からぶつかって、漸く止まった。

壮絶な激突音と、動く気配を見せないガッツさんに、私の息が止まる。

巨人は動かなくなった二人の内、イキの良かったガッツさんに興味を向けたらしい。

場違いなくらい間抜けな笑みを浮かべると、ゆっくりガッツさんの方へと歩き始めた。

940: 2014/10/27(月) 22:36:25 ID:CFk3lkSc
……ヤめて……

『…………ロ』

…ソの人に寄らないで…

『……ネロ』

…よクもガッつさンに…

『……ねろ』

…テを出したナ…

『…だねろ』

…ドんナ事にナっテモ…

『ゆだねろ』

…コ…ロシ…テ…

シールケ「何故ミーナさんがその甲冑を…」

シールケ「ダメですミーナさん!気をしっかり持って!!」

シールケ「その甲冑に、狂戦士の甲冑に呑み込まれてはダメッッ!!」

941: 2014/10/27(月) 22:38:05 ID:CFk3lkSc
どうやらシールケちゃんが来た…のかな?意識の遠くで彼女の声を聞いた気がした。

けど、ソレ以上に大きな声が、私の頭の中に短く響いた。

『…我に…委ねろ』

胸に渦巻いていたドス黒い感情が…

灼熱を帯び始める…

恍惚の吐息を洩らす様に…

私は胸中で呟いた…


………コロシテヤル


私の全身を包む様に…

何かが覆い被さって来る…

私の声に応じる様に…

頭の中で全身に響く位の…

獣の……遠吠えが……

ミーナ『ロオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』

942: 2014/10/27(月) 22:53:25 ID:CFk3lkSc
………カラダ………アツイ………

………オオキナ………カゲ………

………テキ?………ダレノ?………

………ワタシノ………テキ?………

………ワカラナイ………ケド………

………テキ………コロス………

ソグ………ソグ……ソグ…ソグ・ソグソグソグソグソグソグソグソグソグソグソグソグッ!


ミーナ『ロオオオオオオオオオオオオオッッ!!』

シールケ「ミーナさんっ!」

イシドロ「わっ!巨人でっけーな、オイッ!!」

セルピコ「遅参しましたっ」

セルピコ「っと、これはまた大きな巨人ですねぇ…」

943: 2014/10/27(月) 22:54:05 ID:CFk3lkSc
セルピコ「ガッツさんが狂戦士化してるのも無理はありません」

シールケ「違います、あの甲冑を着てるのはガッツさんじゃありません、ミーナさんです!」

イシドロ「はああああっ!?」

セルピコ「なッ!狂戦士化してるじゃないですかっ!?」

イシドロ「げっ!あの大剣、ちゃんと持って…って、オイオイ!巨人に突っ込んでったぞっ!!!」

セルピコ「ッ…仕方ありません、援護に行きます」

シールケ「気を付けて下さい!」

シールケ「ミーナさんは恐らく、正気を失っています…」

944: 2014/10/27(月) 22:54:46 ID:CFk3lkSc
シールケ「剣の届く範囲に近寄ると、斬りつけて来る可能性が高いです!」

セルピコ「やれやれ…解りました。では行ってきますよ」

シールケ「お気をつけて…」

イシドロ「…おいおい、あそこに倒れてんの、サシャねーちゃんじゃねえか?!」

シールケ「っ!!」

シールケ「ミーナさんの援護は一時セルピコさんに任せて、私達はサシャさんを保護しましょう!」

イシドロ「わーった!つかよ、ガッツのにーちゃんはドコ行ってんだよ?」

イシドロ「まさか…喰われてたりしねーだろうな?」

シールケ「まさか……」

945: 2014/10/27(月) 22:55:33 ID:CFk3lkSc
シールケ「…念話は繋がりませんが、気(オド)は感じます」

シールケ「この近く…何処かに居るはずです!」

イシドロ「わーった。兎に角、今はサシャねーちゃんの回収が先だ!」

シールケ「急ぎましょう!」

シールケ「ミーナさんも早く正気に戻さないと、あのままでは自我が崩壊してしまいますっ!」

イシドロ「忙しいこった。魔女っ子、走るぞっ!」

シールケ「はいっ!」



………オオキナ………カゲ………テキ………

コロシテヤル………コロシテヤル……コロシテヤル…コロシテヤル・コロシテヤルコロシテヤルコロシテヤルコロシテヤルコロシテヤルコロシテヤルコロシテヤルコロシテヤルコロシテヤルコロシテヤルコロシテヤルッッ!!

ミーナ『ロオオオオオオオオオオオオオッッ!!』

946: 2014/10/27(月) 22:58:29 ID:CFk3lkSc
セルピコ「ミーナさん危ないっ!避けてっ!!」

!!………チイサナ………カゲ

………テキ………ソグ………ソグ……ソグ…ソグソグソグソグソグソグソグソグソグッ!!

ミーナ『ロオオオオオオオオオオオオオッッ!!』

セルピコ「ッ!」

セルピコ「…ふう。巨人の攻撃を避けて、返す刀で私に斬撃ですか…ヒヤッとしましたよ、今のは」

セルピコ「訓練兵とはいえ、流石に兵士なだけはありますね」

セルピコ「今までは戦う術や、剣術を理解していても、身体がついて来ていなかったのに…」

947: 2014/10/27(月) 22:59:33 ID:CFk3lkSc
セルピコ「その甲冑のせいで、今は一人前の戦士になってます」

セルピコ「その大剣を、ガッツさん以外の人間が…」

セルピコ「まして、女の子が自在に振り回すとは…夢にも思いませんでしたよ」

セルピコ「ですが……本来のミーナさんに、どれだけの負荷が掛かっているか……流石の私でも心配になりますねぇ」

ミーナ『ルルルルルルルルルルルルッ』




イシドロ「魔女っ子、そっちの脇かかえろ!」

シールケ「はいっ……うっ……脱力してる人間って、意外に重いです…」

948: 2014/10/27(月) 23:00:16 ID:CFk3lkSc
イシドロ「我慢しろ!おら、とっとと運ぶ……!?いたぞ、ガッツのにーちゃんだ!!」

シールケ「えっ!?」

イシドロ「瓦礫の中央でブッ倒れてる!」

シールケ「っ!!!」

シールケ「………ッ」

シールケ「兎に角、サシャさんを先に運びましょう!」

シールケ「イバレラ!」

シールケ「ガッツさんの所に行って、呼び掛けてっ!」

シールケ「目立った外傷があるなら、先にエルフの鱗粉を使うのよ!」

イバレラ「りょーかーい♪」

シールケ「さっ、巨人の目に付かない所に運びましょう」

イシドロ「ヨシ行くぞ、せーのっ!」

シールケ「よい…しょっ!」

シールケ「っ~~~~~~…」

949: 2014/10/27(月) 23:01:00 ID:CFk3lkSc
イシドロ「ドコ運びゃ…いいんだ?」

シールケ「取り敢えず……遠くの……物陰に……」

イシドロ「なら門の外に出るぞ!」

イシドロ「門の外塀なら、ちったあ隠れられるだろ?」

シールケ「が……頑張ります」

イシドロ「チンタラすんなよ、後にガッツにーちゃんがツカエてんだからよ!」

シールケ「…頑張りますっ!」

パック「おーい、ドロピー!」

イシドロ「おっ、バックか!丁度良かった、手伝え!」

パック「手伝えって……オレにサシャが運べるワケねーじゃん」

イシドロ「バッカ!ちりょーだ、治療!」

950: 2014/10/27(月) 23:01:46 ID:CFk3lkSc
イシドロ「サシャねーちゃん、頭から血ぃ出てる!怪我してんだよ!」

パック「あー…ナルホドね」

パック「てゆーか…アレッてもしかして、ミーナ?」

イシドロ「よく一目で解ったな?けどまあ、そうみてーだ」

イシドロ「どーゆうワケか、ガッツにーちゃんの甲冑着てて…」

イシドロ「終いには、狂戦士化までしちまってるよ」

パック「わ…やば…」

シールケ「?」

イシドロ「んっ?お前…………ひょとして、何か知ってんのか?」

パック「いやぁ…実は…甲冑の着替えを手伝ったりしちゃった…」

シールケ「なっ!」

951: 2014/10/27(月) 23:02:36 ID:CFk3lkSc
イシドロ「誰かが手伝ったんだろうと思ったけど、てめーかコノ害虫!」

パック「いや、オレだってヤバいと思ったけど…」

パック「ミーナに言いくるめられて……口達者だよな、ミーナって?」

イシドロ「言い訳になってねえよ!」

シールケ「今は口論してる場合じゃありません!」

シールケ「ガッツさんの事もあります、早く門の外に!」

イシドロ「おう!」

イシドロ「おい害虫!今すぐサシャねーちゃんの頭の傷、鱗粉で塞げ!!」

イシドロ「でもって、傷を塞いだらあの巨人にパックスパークかまして、目潰しでもしてこい!」

952: 2014/10/27(月) 23:18:16 ID:CFk3lkSc
パック「妖精使い荒いなぁ…」

イシドロ「う・る・せ・えっ!サッサと治療してピコの手伝いしてこいっ!」

イシドロ「ガッツにーちゃんが気がつく前に、あの巨人片付けねーと…どうなっても知らねーぞ?」

イシドロ「ガッツにーちゃんに、ミーナねーちゃんの狂戦士化の事がバレてみろ…」

イシドロ「お前、ガッツにーちゃんから冗談抜きで潰されるぞ…ブチュ!って」

パック「」

パック「…サシャ治療したら、光の速さでピコリン手伝ってくる」




セルピコ「…ふう。ミーナさんを援護しつつ、そのミーナさんや巨人から身を守らなければならないのは…」

セルピコ「流石に骨が折れますねぇ」

953: 2014/10/27(月) 23:20:12 ID:CFk3lkSc
セルピコ(救いと言えば、巨人の動きが鈍重な事と、頭が悪い点…ですか)

セルピコ「しかし、これだけ大きいと直接うなじを狙えませんねぇ…」

セルピコ(私の出来る事と言えば、風の刃で巨人の目を潰しての、その場しのぎ…)

セルピコ(…仕留めるには、ガッツさんの参戦を待つ他ありませんが…)

セルピコ「ミーナさんがアレでは…」

ミーナ『ロオオオオオオオオオオオオオッッ!』

セルピコ(……まったく、怖ろしい甲冑です)

セルピコ(ミーナさんをして、あれだけ人外の動きを可能にさせるのですから)

954: 2014/10/27(月) 23:21:18 ID:CFk3lkSc
セルピコ(しかし…もはや動きが完全に獣のようです)

セルピコ(剣を振る動作に、剣術の要素が見えなくなってきました…)

セルピコ(単純に、敵を倒す為の本能で身体を動かしているのでしょう…)

セルピコ(それ故に不規則、突拍子のない動きは予測不能で捉え難いですが…)

セルピコ(あの様な無理な動きを続けていては、身体が壊れる……まして自分より大きく、遙かに重い剣を振り回している訳ですからね)

セルピコ「どうやら巨人だけでなく、ミーナさんも早急に無力化しないといけない様ですねぇ」

セルピコ「さて、どうしたものか…」

パック「おーい、ピコリーン!助っ人に来てやったぞーっ!」

セルピコ「………いや、パックさんには申し訳ありませんが、助っ人に来たと言われましても…」

955: 2014/10/27(月) 23:22:07 ID:CFk3lkSc
セルピコ「ガッツさんに来て貰わない事には…」

パック「扱い酷いなぁ…」

セルピコ「…それで、肝心のガッツさんは?」

パック「巨人にキツい一発貰ったらしくて、今、イバレラが鱗粉で治療してる」

パック「ガッツが目を覚ますとオレの命が危ないんだ。だから早く巨人をやっつけよう!」

セルピコ「この身長差では、弱点の項に届きませんよ」

セルピコ「それにミーナさんが正気を失っていて、私にも見境なく攻撃して来ます」

セルピコ「現状、巨人の視力を奪いながらミーナさんの攻撃をかわすので手一杯」

セルピコ「巨人を倒すとなると、どうしてもガッツさんの手が必要です」

セルピコ「或いは…せめてミーナさんが正気に戻って、コチラの戦力に数えられるなら…」

パック「ミーナなら、シールケが今から魔術で正気に戻すって言ってたぞ?」

956: 2014/10/27(月) 23:23:12 ID:CFk3lkSc
セルピコ「魔術で?」

パック「うん。魔術で光体になって、ミーナの精神(こころ)に直接干渉するって言ってた」

セルピコ「…そうですか」

パック「うん。それでシールケがピコリンに、時間稼ぎお願いしますって言ってたぞ」

パック「オレは、ピコリンが怪我した場合を考えて、衛生兵!」

セルピコ「…解りました、司令官のお言葉通りに」

セルピコ「では作戦は…徹底して巨人の目潰し、及びミーナさんと適度の距離を取って同士討ちの防止、です」

パック「了解っ」

セルピコ「行きますよ!」

パック「オーーッ!」





………オオキナカゲ………タオセナイ………

………チイサナカゲ………コウゲキアタラナイ………

957: 2014/10/27(月) 23:35:39 ID:CFk3lkSc
モドカシイ……モドカシイ……モドカシイ……モドカシイ……

ニクイ…ニクイ…ニクイ…ニクイ…ニクイ…ニクイ…ニクイ…ニクイ…

『……ナ…ン』

ソグ…ソグ…ソグ…ソグ…ソグ…ソグ…ソグ…ソグ…

『ミ…ナ…ン…』

………コエ?………キコエル………ダレ?

『き…えま…かミー…さん!』

『憎悪に身を委ねないでっ!』

『この甲冑は憎悪を贄に、人を人のまま化け物に変えてしまいます!』

『甲冑の力に溺れれば溺れるほど、貴女は返れなくなるっ!』

………ウルサイ……ウルサイ…ウルサイ・ウルサイウルサイウルサイウルサイッ!

『思い出して、自分が何者かを!』

『何故、何の為にその甲冑を身に付けたのかをっ!』

958: 2014/10/27(月) 23:36:39 ID:CFk3lkSc
………ワタシ………

……ワタシ……

…ワタシは

(パック「この甲冑がヤバいの知ってて…どうして着るのさ、こんな物?」)

(「元々、こんなの着るつもりなんて無かったけど…」)

(「これ以上、足手まといな自分も、役立たずでいるのも、本当に…心底嫌なの」)

(「それと……」)

(「…パック君にはさ、前に教えたでしょ?私、ガッツさんが好きだって」)

(「もうね、理屈じゃないの。常識とか正論、理性的な考え方とか…もう、どうだって良いの」)

(「今、ガッツさんがピンチなの。だから私は、ガッツさんを助けたい…」)

959: 2014/10/27(月) 23:37:28 ID:CFk3lkSc
(「ガッツさんの力になりたい…ただそれだけ」)

(「この甲冑を着る事で、かりそめでも力を手に入れられるなら…考えるまでもないよ」)

(「見ててよパック君。恋する乙女は強いんだからね?」)




…私は…ミーナ・カロライナ。

ガッツさんに恋する者…。

意識の底で私を覚醒させたシールケちゃんは、全身が白く光る発光体だった。

正気を取り戻した私がまず最初に思ったのは…

発光体のシールケちゃんは魔女というより、天使みたいだなぁ…

などと、随分能天気な事を私は薄ぼんやりと考えた…。

960: 2014/10/28(火) 20:54:48 ID:xdOFWpz.
シールケちゃんは私を正気に戻す為に、パック君から私が狂戦士の甲冑を着た理由…

事の顛末を聞き出したらしい。

あれだけ内緒だよって念を押したのに…全くもう…。

シールケ『気持ちは解らなくもありませんが、この甲冑はあまりに危険です』

シールケ『私達は門の外塀の陰に居ますから、コチラに来て直ぐにその甲冑を脱いで下さい』

ミーナ「サシャやガッツさんもソコに居るの?」

シールケ『はい、二人とも命に別状はありませんから、安心して下さい』

ミーナ「そっか…良かった」

シールケ『では急いでコチラに…』

ミーナ「ゴメン。我が侭だけど、それは出来ないよ」

ミーナ「だってこの甲冑を脱いじゃったら、ガッツさんが目覚めた時、またこの甲冑着ちゃうでしょ?」

961: 2014/10/28(火) 20:55:38 ID:xdOFWpz.
シールケ『それはs』

ミーナ「お願い、私の話を聞いて!」

ミーナ「…私はね、ガッツさんに、こんな危ない甲冑なんか着て欲しくないの」

ミーナ「それにあの巨人は、私達が原因でこの世界に来てる…」

ミーナ「私達が原因になる事で、私はガッツさんにこれ以上負担を掛けたくないのよ」

ミーナ「…勿論、シールケちゃん達も含めてだよ」

取って付けた様な言い方をしたなあ…と、私は思わず苦笑を浮かべてしまった。

ミーナ「…この巨人は、十体目の巨人」

ミーナ「今だけ、この巨人を倒す間だけで良いの」

ミーナ「このまま、私にこの甲冑を使わせて。お願い、シールケちゃん」

私の願いが如何に切実かを、シールケちゃんも理解してくれたんだろう…

幼い面影を残すシールケちゃんの顔に、苦悶の表情が浮かんだ。

962: 2014/10/28(火) 20:56:29 ID:xdOFWpz.
シールケ『………』

シールケ『ダメです……と言っても、きっと聞き入れてくれないんでしょうね』

ミーナ「ゴメンね。私、最近ちょっと意地っ張りになってるかも…」

ミーナ「誰かさんの影響でね」

シールケ『…周りに対しての影響力が、とても強い人ですからね』

シールケ『みんなガッツさんに影響を受けて、引きずられてしまうんですよ』

ミーナ「あは、それ解る解る」

シールケ『うふふ』

心の中で向き合う私達は、小さく笑い合うと…

私は視線を、巨人に向けた。

今の所、巨人はセルピコさんとパック君が二人で相手をしている。

倒すには到底至らないけど、セルピコさんは巨人を手玉に取ってる感じ…。

意外だけど、この人も相当に凄腕なんだよねぇ…何となくナヨっちい感じの人なのに…。

963: 2014/10/28(火) 20:57:54 ID:xdOFWpz.
シールケ『…さて、実際ガッツさんの力を借りずに巨人を倒すとなると、かなりの苦戦が予想されます』

シールケ『実は私も、このヴリタニスでは大きな魔術が使えそうにありませんので』

ミーナ「えっ、本当に?」

シールケ『はい。森と違って、この石造りの街では、精霊達の声も非常に小さくて…』

シールケ『魔術とは精霊達から力を貸り、その力を現世に顕現させる術…』

シールケ『精霊の力が及び難い場所では、必然的に使える魔術も限られてくるんです』

ミーナ「そっかぁ……」

ミーナ「でも、あの巨人なら……何とか倒せそうだよ」

私は巨人と、その周囲を見渡しながら、シールケちゃんに答えた。

シールケ『えっ!?』

964: 2014/10/28(火) 20:59:43 ID:xdOFWpz.
ミーナ「ちょっと時間はかかりそう…って言うより、時間が経てば経つだけ、私達が有利に戦えるから」

シールケ『そうなんですか?』

シールケ『でも、忘れないで下さい。時間が経てば、それだけミーナさんの身体に負担が掛かるんです』

シールケ『ですから、私としては出来るだけ早くに、巨人を倒して貰いたいです』

ミーナ「…うん、解った。頑張るよ」

ミーナ「じゃあシールケちゃんは、私の意識がまた飛ばない様に、助力お願いね?」

シールケ『解りました。ミーナさんも油断しないで下さいね?』

シールケ『注意を払うべきは、目の前の巨人だけではありません』

シールケ『この甲冑にも細心の注意を払って下さい』

シールケ『この甲冑は、負の感情に容易く反応しますから』

965: 2014/10/28(火) 21:10:31 ID:xdOFWpz.
ミーナ「…解った。それじゃ行くよ、シールケちゃん!」

シールケ『はい!』

シールケちゃんとの会話を終えた私は、棒立ちの状態から大剣を構え直した。

すると、途端にセルピコさんから緊張した視線が私に向けられる。

…ま、そりゃそうよね。何となくだけど、覚えてる。

私、セルピコさんに散々斬り掛かってたんだもん…

ミーナ「あー…もう大丈夫です。正気に戻りましたから」

ミーナ「って言うか…さっきまではご免なさい。後でちゃんと謝りますね?」

セルピコ「…いえ、正気に戻れて何よりです」

セルピコ「これで、戦いが随分と楽になりますよ」

ミーナ「その事ですけど、巨人には弱点があるんです!」

セルピコ「項の件ですか!?」

966: 2014/10/28(火) 21:12:15 ID:xdOFWpz.
私とセルピコさんは巨人の足元を駆け回りながら、お互い怒鳴る様に会話を交わす。

パック君は嫌がらせみたいに、巨人の目の前で強い発光を繰り返していた。

ミーナ「いえ、項以外でもう一つ!」

ミーナ「巨人は夜間、行動不能になります!」

ミーナ「既に日没を過ぎていますから、後は時間の問題!」

ミーナ「鎬きれば、私達の勝ちです!」

セルピコ「何よりの朗報です」

セルピコ「正直、打つ手が無さすぎて、心が折れそうでしたよ!」

ミーナ「暫く私一人で囮をやります!」

ミーナ「セルピコさんは休んでいて下さい!」

セルピコ「…しかしそれはっ!」

ミーナ「構いません!今の私にはこの甲冑と、シールケちゃんが心についてますから!」

セルピコ「……それでは、少しだけ休憩を取ってきます」

967: 2014/10/28(火) 21:13:10 ID:xdOFWpz.
セルピコ「呉々も、気を付けて下さい!」

ミーナ「任せて下さい、機会があれば一人で倒して見せますから!」

私はそう叫ぶと、私を掴もうと伸びてきた巨人の手…

親指だけを残した掌の半分以上を、バッサリと斬り落としてやった。

復活の蒸気が上がる右手をキョトンと眺める巨人が…

直ぐに今度は左手で、私を掴みに掛かる。

ミーナ「来いやああああああああああっ!!」

狂戦士の甲冑を着ていると、軽い興奮状態になるらしく…

私は怒声じみた叫び声を上げながら、巨人を迎え撃った。

迫り来る左手を、大剣の横凪一閃でまた斬り落とす。

巨人は四つん這いになると、斬り飛ばされた両手なんかモノともせず…

血を撒き散らしながら、両腕で私を叩き潰しにきた。

968: 2014/10/28(火) 21:15:40 ID:xdOFWpz.
ミーナ「当たるかウスノロ!」

暴言を吐きながら、素早くその腕をかい潜る。

そのまま一直線に走り抜け、鳩尾辺りに大剣を突き刺すと…

下腹部まで一気に、縦に裂いてやった。

こぼれ落ちる臓腑を被らない様に、そのまま股間を走り抜けて、巨人の背後に回り込む。

巨人は膝立ちのまま緩慢に振り返ると、不思議そうな目を私に向けてきた。

ミーナ「随分と動きが悪いじゃない?」

ミーナ「日が暮れたのが効いてるの?」

ミーナ「これからドンドン動きが悪くなるだろうけど、私は容赦しないから」

ミーナ「体中を斬って、突いて、削いで、抉って…」

ミーナ「最後の最後、動けなくなったアンタの項を、ザックリ削ぎ落としてあげる」

ミーナ「ガッツさんとサシャにやった事の報いを、存分に受けると良いわ」

969: 2014/10/28(火) 21:21:02 ID:xdOFWpz.
何を言ったって、この巨人が私の言葉を理解出来ないのは承知していた。

その上で罵ったのは、そうしないと私の気が済まなかったから。

ミーナ「どーせ痛くなんか無いでしょ?ホラ、早く掛かって来なさいよ」

ミーナ「アンタが動けなくなるまで、私が相手をしてあげる」

私は右手で大剣を肩に担ぐと、左手をクイクイと動かし、巨人を手招きした。

ふふっ、ガッツさんの真似っ子。

両手が使えない巨人は口を大きく開けると、私に直接噛みつきに掛かる。

まるで、頭の悪い犬みたいだ。

噛みつかれる寸前でサッと横に飛び退き…

着地と同時に地面を蹴って、避けた時より更に速いスピードで巨人の眼前を通り抜ける。

その際、狙い澄ました様に巨人の鼻を削ぎ落としてやった。

ミーナ「ほーら、コッチだよーっ!鬼さんこっち~っ!」

970: 2014/10/28(火) 21:30:17 ID:xdOFWpz.
体が軽い…嘘みたいに軽い。

イメージ通りに体が動かせる。まるで自分の体じゃないみたい!

嬌声を上げながら一方的な攻撃を与えつつ、無慈悲な鬼ごっこは宵の漁港でひたすらに続き…

凡そ一時間半後…辺り一面を血の海にして、遂に動かなくなった巨人に、私はトドメを刺した。

その頃になると、私も流石に、自分の身体の異常を自覚していた。

兎に角、息切れが激しい…

全身の感覚が、全く感じられなくなってる…

大剣を地面に引きずりながら、むせる様な蒸気を抜けると、私は地面にへたり込んだ。

そんな私の元に、杖の先を魔術でライトみたいに光らせながら、シールケちゃんが駆け寄ってくる。

次いで、松明を掲げたサシャ達が近寄り…そして最後に、ガッツさんがやって来た。

971: 2014/10/28(火) 21:38:53 ID:xdOFWpz.
ガッツ「………」

ガッツさんが、無言で狂戦士の甲冑を外し始める。

シールケちゃんも甲冑を脱がすのを手伝い、程なくして私の全身から、狂戦士の甲冑が取り外された。

ガッツ「…」

ガッツ「…莫迦野郎」

ミーナ「…」

“野郎じゃありませんよ、女郎です”そう軽口を叩こうとしたけど…

既に私は、口を開く体力すら使い切っていたらしい。

ミーナ「ぁ…ぅ…」

…駄目だ、喋る気力すら無い。なら…

せめてものつもりで、精一杯の笑顔をガッツさんに返した。

ガッツ「……バカヤロウが」

ミーナ「…ッ」

ガッツさんの苦笑を見届けた瞬間、私の全身は猛烈な激痛に包まれ…

視界が不意に暗転し、私は唐突に意識を失った…。

972: 2014/10/29(水) 20:30:39 ID:AZ3yhxR2
…あれから私が意識を取り戻したのは、丸二日が経った、二日後の夜だった。

何故それが解ったかと言えば…実は単純な理由だった。

私が寝ている室内で、その話をしてるのを、寝起きで耳にしたからなのよね。

丸二日も寝てたのか…そう考えて我ながら驚いたけど…

正直、全身は寝返りもうてない程ハンパなく痛むし、まだ全然眠り足りない気分。

ただ結構お腹が減ってるから、その音が鳴ってしまう事だけが心配だった。

部屋には二、三人くらい居るのかな?本来なら意識が戻った事を伝えるべきなんだけど…

筋肉疲労と空腹、低下した気力のせいで、意識が戻った事を伝える事すら億劫だよ。

もう少しだけ眠って、次に目覚めた時に伝えたら良いかな?

そんな事を考えてると、室内の話し声で、私が寝ている部屋に居るのが…

サシャとシールケちゃんとガッツさん。その三人だと解った。

973: 2014/10/29(水) 20:34:25 ID:AZ3yhxR2
シールケ「この金色の蝶が?」

サシャ「はい、私達が迷い込んだゼロの世界に帰る為の鍵…と言うか、扉らしいです」

シールケ「…明日の正午まで、でしたね。この金色の蝶が使えるのは」

ガッツ「そいつを過ぎたら蝶は消え失せる…か」

ガッツ「なるほどな、一々癇に触るウサギだぜ」

ガッツ「ミーナ達の事が無けりゃあの糞ウサギ、叩っ斬ってやったんだがよ」

ガッツさん達、あの性悪ウサギに会ったの?

てゆーか、金色の蝶…もう来てるんだ…

サシャ「あ、あの…」

シールケ「はい?」

サシャ「私、考えたんですけど…」

ガッツ「…何をだ?」

サシャ「このままミーナが目覚めなかったら、私、ミーナをココに…残して行こうかな…って」

シールケ「…はっ?」

ガッツ「サシャお前…本気で言ってんのか?」

974: 2014/10/29(水) 20:41:41 ID:AZ3yhxR2
サシャ「あ、あの…えっと……私、思うんです」

サシャ「ミーナはココに残った方が…幸せなんじゃないかなって」

サシャ「ココに残りたいんじゃないかなって…思うんです」

シールケ「…」

ガッツ「…」

サシャの言う通りだった。

最早、私の気持ちは元の世界に帰る事より、この世界に留まる方に大きく傾いていた。

サシャ…ありがとう。私の気持ちを伝えてくれて。

ガッツ「…お前らの戦場は何処だ?」

ガッツ「ミーナの戦場は本当にココなのか?」

ガッツ「この世界が、本当にミーナの戦う場所なのか?」

サシャ「それは……」

ガッツ「帰んな。お前らは、お前らの戦場に」

シールケ「…ガッツさん」

975: 2014/10/29(水) 20:42:29 ID:AZ3yhxR2
サシャ「少しはミーナの気持ちも考えて下さいよっ!」

サシャ「ミーナの気持ちなんか、見とったら丸わかりやんかっ!!」

サシャ「それとも何?一から言われんと解らんのっ!?」

サシャ「それともガキの気持ちなんか、どーでもええんかいっ!!」

ガッツ「…」

ガッツ「…俺だって木の股から生まれたワケじゃねえ」

ガッツ「あれだけ親身に看病して貰って…」

ガッツ「あれだけ一途に尽くしてくれりゃあ、莫迦でも気がつく」

ガッツ「ミーナの気持ちは知ってるつもりだ」

サシャ「だったらっ!」

ガッツ「だからこそ、だ」

ガッツ「ミーナがこの世界に残って、この先、俺への気持ちが変わらないなら…」

ガッツ「こいつは今回みたいに何度も体を張って、いつか遠からず、命を落とすだろう…俺なんかの為にな」

976: 2014/10/29(水) 20:44:20 ID:AZ3yhxR2
サシャ「あ…」

ガッツ「ミーナの気持ちは嬉しいさ、本当に…本当にな」

ガッツ「けどよ、俺はミーナの気持ちには応えてやれねえんだ」

ガッツ「どんなに嬉しくても、こいつの気持ちには応えてやれねえ」

ガッツ「そんな俺の傍にいて、本当にミーナは幸せになれるのか?」

ガッツ「この世界に残る事が、ミーナの為になるのか?」

サシャ「で、でも…」

ガッツ「俺の敵は使徒だ。巨人なんてチンケな存在じゃねえ」

ガッツ「単純な力は巨人と同じか、それ以上」

ガッツ「その上で空を飛ぶ、口から火を吐く、空間ごと握り潰す…色々だ」

ガッツ「使徒どもは様々な能力を持ってやがる」

ガッツ「巨人みてえに、コレって弱点も無え」

ガッツ「そんな使徒を相手に、今回みてえな真似をしたら……確実に氏ぬだろう」

977: 2014/10/29(水) 20:48:34 ID:AZ3yhxR2
サシャ「…」

ガッツ「使徒のせいで、俺は昔…大勢の仲間を殺された」

ガッツ「何百もの仲間達が、あっと言う間に…」

ガッツ「生き残ったのは、俺とキャスカだけだった」

ガッツ「…俺は、ミーナが氏ぬ所なんざ見たくねえ」

ガッツ「氏んで欲しくねえんだよ、ミーナには…」

サシャ「…っ…」

ガッツ「俺は、ミーナの気持ちに応えてやれねえ」

ガッツ「だがミーナは…サシャ、お前も……俺の仲間だ」

ガッツ「もう会えなくなるにしても、お前らは俺の仲間だ」

ガッツ「ミーナの気持ちには応えちゃやれねえが…その代わり、俺はミーナを忘れねえ」

ガッツ「俺なんかを好きになってくれたアイツを…俺は氏ぬまで忘れねえよ」

サシャ「…ぅ…ぅ…」

ガッツ「お前の事もな、サシャ」

978: 2014/10/29(水) 20:55:51 ID:AZ3yhxR2
サシャ「…ふぐっ…えぐっ…」

室内にはサシャのすすり泣く声が響き、長く沈黙の時が続いた。

私は身じろぎ一つ取らず、ひたすら眠ってるフリをするより他なかった…。


翌朝、誰よりも早くに起きた私は、静かに身支度を始めた。

あの金色の蝶を使えるのが正午までなら、あまり時間的に余裕があるとは言えない。

早起きして帰り支度を始めたのは、それなりに理由があった。

全身筋肉痛で、思う様に身体を動かせないっていうのが、主たる理由。

関節か靱帯でも痛めているのか、軋む身体に難儀しながら身支度を整えていると…

私の次にサシャが目を覚ました。サシャは既に起きている私を見ると…

比喩でも何でもなく私に飛びついてきて、泣きながら大騒ぎを始めた。

私が苦笑しながら、泣き止まないサシャを宥めていると…

シールケちゃんやファルネーゼさんが騒ぎで目を覚ました。

979: 2014/10/29(水) 20:57:31 ID:AZ3yhxR2
…ま、朝からこんだけ騒いでたら当然だわね。

そうこうしている内、私達の部屋には、ガッツさん達もやって来た。

私は神妙な面持ちでガッツさんとセルピコさんに謝罪をして…

シールケちゃんとイシドロ君、イバレラちゃんに感謝を伝え…

パック君には、ワリと本気のデコピンをくれてやった。

私の周りを飛び回りながら、非難轟々のパック君に『喋ったね?』と呟くと…

パック君は顔色を悪くして、ソッと退散を試みる。

そんなパック君を素早く捕獲して、キャスカさんにパスすると…

キャスカさんに生きたオモチャと認識されてるパック君から、絹を裂く様な叫び声が上がった。

そんな風に、普段通りに朝が始まり…

皆で普段通りの朝食を囲むと…

皆で過ごす時間は、あっと言う間に過ぎ去った。

980: 2014/10/29(水) 21:00:21 ID:AZ3yhxR2
いよいよ正午前になり、金色の蝶を使ってゼロの世界への扉を開こうとすると…

シールケちゃんがお土産代わりに、私達に霊薬と妖精の鱗粉を、たくさん持たせてくれた。

私とサシャはシールケちゃんにお礼を言うと、お世話になった皆さんに、改めて感謝の言葉を口にした。

ミーナ「色々とお世話になりました。本当に、ありがとう御座いました!」

サシャ「このご恩は一生忘れません、ありがとう御座いました!」

イシドロ「…二人とも、元気でなっ!」

セルピコ「どうかお達者で。さようなら、ミーナさん、サシャさん」

ファルネーゼ「お二人とも、幾健やかに……さようなら」

ファルネーゼ「さあ、キャスカさんもお二人にお別れを…」

キャスカ「あー…うー…」

パック「じゃあサシャ、ミーナ、またなっ!」

981: 2014/10/29(水) 21:04:26 ID:AZ3yhxR2
イバレラ「バッカねーあんた。またな!じゃ、ないでしょ?」

イバレラ「…ま、二人とも元気にやんなさいよね?」

シールケ「サシャさん、ミーナさん…元の世界に無事帰り着く事を、心からお祈りしています」

シールケ「さようなら…お元気で」

ガッツ「…」

ガッツ「じゃあ元気で…な」

ミーナ「…はい」

ミーナ「ガッツさんも…」

ミーナ「どうか…どうかお元気で…」

私は努めて、全力で、必氏で、笑顔を保ち続けた。

朝から…ずっと。意地を張り通して、笑顔を作り続けた。

ガッツさんに、私の笑顔を覚えていて欲しかったから。

異世界への扉が、揺らぎ始めた。

もう本当に、時間が残されていないんだろう。

サシャが皆さんにもう一度、嗚咽混じりに別れの言葉を告げると、彼女は私より先に、異世界への扉をくぐり抜けた。

982: 2014/10/29(水) 21:15:54 ID:AZ3yhxR2
ミーナ「皆さん…無事、スケリグ島に着ける事を祈ってます」

ミーナ「…さようなら」

お別れの言葉を告げると、私は奥歯を噛み締めて、異界の扉をくぐり抜けた。

くぐり抜けて直ぐに、背後を振り返る。

視線は、ガッツさんから離す事が出来なかった。

ミーナ「ガッツさんっ!」

好きです!貴方が大好きっ!!

ミーナ「ガッツさんっ!!」

行き場を無くした恋に…

報われないと解っていた恋する人に…

ミーナ「ガッツさんっ!!!」

もう二度と、逢える事も無いだろう…

本当に張り裂けてしまいそうな胸を片手で押さえながら、私は必氏に…恋しい人の名前を叫んだ。

ガッツ「ミーナっ!!」

ガッツさんが私の名前を叫んで、右手を大きく振ってくれた。

983: 2014/10/29(水) 21:23:19 ID:AZ3yhxR2
ミーナ「あ…」

ミーナ「私、私っ…ガッツさんがっ!」

“好きです”

ちゃんと告げられなかった言葉…

最後の最後、その言葉を伝えようとして…

異世界の扉は、告白より先に、唐突に消え去っていた…。

ミーナ「あ…」

気がつくと、そこは私達が最初に旅立った黒塗りの部屋だった。

黒塗りの壁に駆け寄り、両手でベタベタと、扉が開いていた付近の壁を触る。

やっぱりそこは、無機質で、少し冷たい壁でしかなかった。

ミーナ「あ…」

ミーナ「ああ…」

ミーナ「うあああああああああああああああああああっ!!」

…結局、私は最後まで自分の気持ちを、ちゃんと伝える事が出来なかった。

恋する事に憧れを持っていたけど…叶わない恋が、こんなに辛いだなんて…思ってもみなかった。

984: 2014/10/29(水) 21:25:07 ID:AZ3yhxR2
その場に崩れ落ちて、大声を上げて泣き叫ぶ私を…

サシャは自分もグスグスと鼻を鳴らしながら、抱き締めてくれた。

サシャ「ミーナ…」

ミーナ「わだじ…いえながっだ…ガッツざん…に…いえ゛ながっ…」

サシャ「ミーナ…」

ミーナ「ふうううううぅぅ」

私は泣きじゃくりながら、幼い子供みたいに、サシャにしがみついた。

泣いて、泣いて、泣き潰れて、眠るまで泣いて…

その間、サシャは絶える事なく、私を抱いて、ずっと私の頭を撫でてくれた。

彼女が傍に居てくれて、本当に良かった…私はそう本心から思った。

…………
………
……

985: 2014/10/29(水) 21:27:05 ID:AZ3yhxR2
…それから、一週間が経った。

狂戦士の甲冑による後遺症は、シールケちゃんから貰い受けた霊薬とエルフの鱗粉で、だいぶ回復したけど…

正直、失恋の後遺症からはまだまだ立ち直れていない。

ちゃんと告白できなかったからなぁ……引きずっちゃいそう。

サシャ「ミーナ、準備は終わりましたか?」

ミーナ「…うん。で、そっちはどう?」

サシャ「勝手知ったる何とやら、ですよ」

サシャ「もう、ありったけの食料と水を詰め込んでやりました」

サシャはそう言うと、はち切れそうなくらい膨らんだ二つの装具を…

重そうにプルプルと腕を震わせながら、それでも笑顔で掲げて見せた。

新たな旅立ちの準備は万端。

…ま、八分の一の正解を引き当てれば、この装具も無駄になるんだけどね?

986: 2014/10/29(水) 21:35:46 ID:AZ3yhxR2
さて、それじゃ最後の仕上げに新調したコレを首から下げて…っと。

サシャ「…ん?何ですか、それ?」

ミーナ「ネックレスだよ、いいでしょ?」

サシャ「へぇ…って!ひゃあ!何ですソレ!今、目が合いましたよ!動きましたよ、目がっ!」

ミーナ「ああ。生きてるらしいからね、コレ」

サシャ「生きてる…って」

サシャ「だいたい、どーやって手に入れたんですか、ソレ?!」

ミーナ「それが…ちょっとした手違いで返しそびれちゃって」

サシャ「はあっ?勝手に持って来ちゃったんですか!?」

サシャ「全くミーナときたら………で、それって本当に何なんです?」

サシャ「顔のパーツが、てんでバラバラな所にあるじゃないですか、その卵!?」

ミーナ「可愛いでしょ?あげないよ?」

サシャ「悪趣味ですよ、全力で要りません!」

ミーナ「…センス無いね、サシャは」

987: 2014/10/29(水) 21:38:07 ID:AZ3yhxR2
サシャ「どっちが…」

サシャ「…まあ良いです、そろそろ行きましょう」

ミーナ「おっけ」

私は短く応えると、腰掛けていたベッドから立ち上がった。

サシャからバカみたいに重たい装具を受け取ると、寝室を出て…

性悪ウサギが待ち構える、異世界への扉がある部屋に向かう。

その部屋の前に着くと、ノックするまでもなく、ドアが開いた。

私とサシャが黒塗りの部屋に入ると、性悪ウサギ…ラプラスの魔が私達を出迎えた。

ラプラスの魔「お体の加減は如何ですか?」

ミーナ「…お陰様で、すっかり良くなったわ」

この性悪ウサギに、弱みは見せられない。

性悪ウサギが、すうっと赤い目を細めた。

988: 2014/10/29(水) 21:44:08 ID:AZ3yhxR2
ラプラスの魔「それは重畳……では、開けますか?開けませんか?」

ミーナ「開けるに決まってんでしょ?」

ミーナ「邪魔よ、どいてっ!アンタの真後ろの扉に進むんだから!」

ラプラスの魔「…それで宜しいですか?」

性悪ウサギが、意味深に目を細めて問い掛けてくる。

その問いに、サシャが力強く答えた。

サシャ「一向に構いません!」

私達は互いに手を繋ぐと、性悪ウサギを押し退ける様にして扉の前に進む。

扉の前に立ち、ドアノブを掴むと…

私達は元の世界を目指して、二度目となる異世界への扉を開き、足を踏み出して行った…。



ベルセルク編 end

989: 2014/10/29(水) 22:06:34 ID:AZ3yhxR2
やっと終わりました…。
書き始めてから終わるまで、まさか半年もかかるとは…

転職する際の就活期間、転職後の生活習慣の逆転、転職後のストレスなどで、かなり投下ペースが落ちました。

その点につきましては、大変申し訳なく思っています。

また、SS開始当初から励ましのレスを頂いた事が、とても励みになりました。

この場を持ちまして、皆々様に心から、深く感謝いたします。

本当にありがとう御座いました。

普通に投下するとスレ内に収まらなかったので、最後はかなり詰め込みました。
何とかスレ内で終わってホッとしていますw

あと続編があるとしたら、次はサシャ視点の一人称になると思います。
その際は、ミーナ編の半分くらいで終わらせたいなぁ…
続編をやるとしたら、次は完結してからの投下にしようと思ってます。

それでは、拙いSSを読んで下さった皆様、本当にありがとう御座いました。

引用: 不思議の国のミーナ