1: 2009/09/10(木) 12:46:48.82 ID:i3kMpW6V0
The game is named after legendary island where
the souls of departed heroes come to rest : Avalon.


アヴァロン――
林檎の樹と霧の彼方の伝説の島。
九人の女神とともにある聖霊の島。

――リセット不能の幻のフィールド、<スペシャルA>。
<アヴァロン>を究めようとするプレイヤーは……スペシャルAを目指す。

梓も――

「右へ迂回して牽制をぉっ!! <放課後ティータイム>の戦闘に、リセットはないんです!!」
「唯先輩……唯センパイ!! ユイセンパイ!!!」
<大鴉>の咆吼、あずにゃんの絶叫、絶望。


モルガン・ル・フェ……伝説の島アヴァロンを支配する、女神たち。
傷ついたアーサー王を黒い舟で、水の果てアヴァロンへ運んだ九人の女神たち。
妖姫モルガンは、ノルスガリスの王女、荒れ地の女王そして守護者である湖の姫。


求めよ、さらば與えられん。尋ねよ、さらば見出さん。叩け、さらば開かれん。

クリアできそうでできないゲームと、クリア不可能に見えて可能なゲーム。
どちらがい良いゲームかなんて、言うまでもない。
その微妙な均衡点を探り、改善改良を重ね……それを維持する。

39: 2009/09/10(木) 14:18:20.71 ID:i3kMpW6V0
/////////////////////////////////////////////////
書き忘れていたのですが、このSSは
憂「アヴァロンへようこそ」

の続編です。読む順番が前後してもどうってことはないのですがこちらも併せて読んでおくと話が解り易いです。
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けいおん!Shuffle 3巻 (まんがタイムKRコミックス)
2: 2009/09/10(木) 12:47:30.14 ID:i3kMpW6V0

いま英雄が旅立ちを迎える。いま九人の女神とともに、霧の水面に舟は旅立つ。
影の楽園、アヴァロンへ――

「世界とは、思いこみにすぎないんです」
「ここが現実だとして、どんな不都合があるですか?」

――<現実>からの<撤退>か、<虚構>への<帰還>か?


「その身体で、本物の苦痛を教えてあげましょうか?」


――人間が情熱を傾けることの価値は、それが現実であるか虚構であるかを問わない。
そして<アヴァロン>はその必要性を十分に満たすシステムであり得た――




■アヴァロンとは?
広義にはシチュエーションとしての戦闘を含む体感ゲームを総称し<アヴァロン>と称する。
飛躍的な発展を遂げた大脳生理学の成果を導入することによって、プレイヤーは視覚や聴覚を経由することなく、
大脳皮質への低周波による直接励起によってゲーム内の時空間を体感する。
プレイヤーは任意に選択された状況下において個人またはその所属する集団単位で戦闘に参加、戦技を競う。
≪フラグ≫と呼ばれる特定の目標または全ての標的を倒すか、あるいはプレイヤー自身が<氏亡>することによって終了する。
ゲーム内の現実はプレイヤーによって擬似的に体感された架空の世界に過ぎない。
しかし、その<氏>の体験による心理的・生理的影響の危険性は早くから指摘された。
多くの地域で非合法化されながらも、不安定な政治、経済という状況の下、熱狂的ブームを巻き起こした。
そして若者たちの間に、≪パーティ≫と称する非合法集団を形成させ、無数のゲーム中毒患者を生みだした。

3: 2009/09/10(木) 12:48:21.04 ID:i3kMpW6V0
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A V A L - O N ! *02
けいおん! × アヴァロン SS-2
灰 色 の 貴 婦 人
Glay Lady

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Based on the book by
        Mamoru Oshii
        Kakifly
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#01
乙女の国
============
Tir na mBan
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4: 2009/09/10(木) 12:49:04.62 ID:i3kMpW6V0
この世界は強烈な既視感に包まれていると、私は思う。
その既視感の原因はこの世界ができるだけ共通のパーツやテクスチャを使って創られているから、と言う人もいるらいしけど……。
そうなのかもしれないし、そうでないのかもしれない……。

私……平沢憂には、その原因が空にある気がしてならない。

ドーム上の天蓋に写る黄昏の空は、いつも微妙な明るさに満ちていて、見上げる人の心を映し出す巨大な鏡のよう。
<アヴァロン>と名前をつけられたこの世界が、永遠の黄昏空に相応しい世界なのだと思うけれど――

――私にはこの空が記憶の何かに繋がっている気がしてしまいます。その記憶が、この世界の外のものなのかどうかは、わからないけど。

私はブローンポジションのまま、駅舎の庇の上から周囲の様子を眺めている。

ここはクラスA――
前世紀末の中欧にある市街地のような、<アヴァロン>の典型ともいえるフィールド。
守護神の彫像、弾痕でえぐられた石造りの建物、放置されたT-72。
こんな街がモデルとして選ばれたのは、処理の高速化の追求の現れだけとは思えない。
<永遠の戦場>――設計者たちの特異な美意識が、プレイヤーたちを魅了しつづけたのだと私は思う。

耳に挟んだちょっとサイズが大きいインカムには何も連絡が入らない。
私は駅舎内へのセーブポイントへの撤退ルート確保……という任務を退屈に感じさえしていた。

そのとき、どこからかけたたましいアラームが響いてきた。
「……!?」

敵との遭遇につきものの銃声がない。
どこかのパーティの<シーフ>が、怪しいボーナスコンテナの解錠に失敗したのかも。
「迷惑だな……もう」
クラスBならともかく、このクラスAでそんな失敗をする人は、まずそうそういない。

5: 2009/09/10(木) 12:50:03.38 ID:i3kMpW6V0
そうしているうちに、聞き慣れたAKの銃声が鳴り響き、前方のアーケードの中から<ニュートラル>たちが湧いて出てくる。
その後ろから、銃を乱射しつつ後退する6人のプレイヤー……そしてその後ろには、トカレフで武装した<ルーター>の大群。

ルーターの数はうんざりしてしまうけど、何より私を失望させたのは後退するプレイヤーのひどい戦いっぷりだった。
撤退戦というのは、部隊の規模が大きいほど難しくなる。
さらに戦域を離脱するためには、攻撃を仕掛けるときをはるかに上回る損害を覚悟しなければならない。
連携を一歩間違えれば、戦線の崩壊……そして潰走を招いてしまう。
戦場におけるパーティの行動……一度撤退に移ったが最後、それぞれの練度がものを言う。

正直に言うと、PPsh短機関銃で効果的なバースト射撃をしている指揮官の人と、RPDで支援をしている<ファイター>の二人以外……


みんなカスです。


敵の追撃を抑制する火力の連携がもっとも重要なのに、殿をつとめるべきファイターたちは怯えきり、無駄な乱射を繰り返す。
マガジン交換の間隙を突かれて敵の無謀な接近を許す。
最悪の状況。
薬にするべきパーティプレイというシロモノは欠片もなくなり、次々と脱落し、全滅してしまう。
「このカスみたいな程度でよくクラスAに来る気になったね」
私が高見の見物を決め込んでいると、インカムに叱声が飛び込んできた。

「マークス! 援護はどうした!!?」
特徴的にしゃがれた女の人の声は、私を雇ったパーティの主宰者のもの。

つまり、目の前で悲惨な遁走を実演しているこの馬鹿なパーティが、私のクライアントで、このミッションは失敗する……そんなところ。

6: 2009/09/10(木) 12:50:51.48 ID:i3kMpW6V0
「マークス、まだかァ!?」
私は舌打ちして、愛用のFALの銃床を肩に引きつけ、サイトを視界に入れた。
トリガーを絞れば、銃口から火の玉を吹き上げながら、30口径特有の凄まじいリコイルが私の全身を叩く。

お姉ちゃんじゃないけどリズムよくテンポを刻み、敵に弾丸を送り込むと数体のルーターがポリゴンをまき散らしながら吹き飛んだ。
パーティの逃げ足に、拍車がかかる。
メンバーをどなりつけながら走る彼女たちの顔がわかるほどになると、私はFALを掴むと、庇から飛び降りる。

高さ8メートル。私は数瞬宙を舞い、頑丈なコンバットブーツが石畳を叩く。
ハイレベルな戦士のパラメータならば、この程度の荒技は楽にこなせる。
私は放棄された戦車に走りながら叫ぶ。
「RPDは私といっしょに踏ん張ります! 残りはセーブポイントまでっ!」

戦車を掩体にして、RPDが時間を稼ぐ。
唯一根性のありそうな彼は掃射を始め、その横をクズが走り抜ける。

RPDのM43はFALの308NATOの弱装弾のようなものだけど、対人用としては十分。
何より毎分700発ほどの発射速度により、接近戦では驚異的な威力を発揮する。

そして敵の勢いが衰え始めるけれども、それは弾薬が尽きるまでの話。
あっという間に弾薬は底をつき始め、私の手元には308のマガジンひとつ、RPDには100連マガジンひとつ。
私は308の威力を最大限に引き出すために、密集した敵に弾を撃ち込みつづけた。
弾丸重力150グレインの威力は凄まじく、射線に重なったルーターがまとめてポリゴンになって弾け飛ぶ。

「どうしたんですか!?」
ふと振り向けば、逃げたはずの5人が固まって止まっている。
「あの中も連中で一杯よ!!」
うんざりするほどのルーターが、数カ所の入り口から湧いて出てきている。

7: 2009/09/10(木) 12:51:38.25 ID:i3kMpW6V0
私はその場に座り込みたくなる。
貴重な弾薬をこんな奴らごときに消費するのが許せない。
何よりこんな救いがたいほどの馬鹿たちの愚劣さと、そんな連中に雇われた私自身の馬鹿さにうんざりする。

こんなところで防御陣形をとったところで、救援もくるはずがないのでは意味すらないのは子供でも判る。
あの馬鹿たちがあのまま駅舎に突入していれば、所詮ルーター相手。半数は生還できたはず。

全ての弾薬を使い果たしルーターに虐殺されるという恥辱を受けるか、<トルーパー>の部隊に一蹴されるか。
もちろん、私はどっちも嫌だし、こんな奴らと心中する気もさらさらない。

「俺のAKSの弾薬がもうないんだ!!」
青ざめた<シーフ>が、指揮官に詰め寄っている。見たところ、この人が警報を鳴らした張本人らしい。
「このままじゃ全滅だ……リセットしよう!!」
指揮官の顔色が変わった。

<リセット>はいわば最終選択肢であって、<アヴァロン>最大の特徴ともいえる緊急脱出コマンド。
撤退を宣言したプレイヤーは、即座にシステムから解放され、パラメータは最新のセーブデータに戻される。
プレイヤー単独でかけるリセットは<氏亡>と大して変わりはない。
「リセットしたいの?」
私はパーティの人間に問いかける。
リセットはパーティ内で、全く違う意味を持つ。
「リセットをかけるような無能な指揮官に、今後誰がパーティに参加したいと申し出るかな?」
<あの時のお姉ちゃん>と同じように、<アヴァロン>でしみついた険悪な視線が彼女に突き刺さる。

8: 2009/09/10(木) 12:52:31.29 ID:i3kMpW6V0
パーティプレイを原則としておきながら、撤退の判断は個人にゆだねられる。
この独特のシステムのために、多くのパーティが相互不信に陥り、解散に追い込まれた。
それを開発者のプレイヤーへの単純な悪意と考えることも、プレイヤーに課したひとつの試練とも捉えられるけれども、
少なくともクラスAにいるような人間……私のような人間たちは最大の恥辱と考えている。
個人データに記された氏亡回数などはただのパラメータに過ぎない。
でも撤退の記録は、まぎれもない臆病者の刻印となる。

たとえ氏に招かれても繰り返し戦場に復活する英雄たち。
それこそが、英雄の魂の眠るアヴァロンの名を託した開発者の思いであって、それを信じることのみによってこの虚構はゲーム以上の何かであり得た。

身内から逃亡者を出すことは、指揮能力と統率力に欠けることを証明する証拠になる。
戦闘力に見劣りする<ビショップ>は、パーティを主宰することで戦場に立つ。
無能の烙印を押された指揮官が、優秀なプレイヤーを集めることは難しい。
「リセットをかけよう! 逃げようぜ!?」
<使えないシーフ>が騒ぎ、指揮官は答えるかわりに短機関銃の一連射でルーターを薙ぎ払った。
目が完全につり上がっている。誰よりもこのシーフを射頃したいんだろうな。
赤く充血した目で、明らかに不満を訴えるシーフと、同じような表情を浮かべる<員数だけのファイター>。

私は宝石のように貴重なRPDに目配せすると、戦車の転輪に足をかけた。
「マークス……!?」
指揮官が悲鳴のような声を洩らし、私を見上げる。

何も言わず半球状の砲塔へよじ登り、キューポラの上にぺたりと座る。
車載機銃のハンドルを握り、右グリップを手前に捻り、身体を捻ると重い銃架が滑り出す。
俯仰ハンドルを思い切り回し、最大俯角をかけた機関銃の銃口を、敵の集団にと向ける。

9: 2009/09/10(木) 12:53:22.27 ID:i3kMpW6V0
私の取り付いている機銃はDsh-K……もともとは対空機銃として設計されたものの、水平射撃での対車両戦闘でその破壊的な威力を発揮する。
12.7mm50口径、弾丸重量は308弾の5倍を超える700グレイン。毎分500発前後の発射速度。実に2トン近い巨大なマズルエネルギー。
その火力は歩兵一個小隊をあっという間に捻り潰し、挽肉に変えてしまう。


「……プレイヤーには二種類しかいないよ」
「逃げるか、逃げないか……!」


私は咆吼して、トリガーを叩く。

「うああああああああああああァッ!!!!」


世界が閃光と轟音に包まれた。


ルーターの壁が、蒼白い閃光を放ちながら崩れていく。
私はトリガーを握り潰さんばかりに絞り続け、巨大なマズルフラッシュが視界をチカつかせる。

私はこんな英雄行為は大嫌いだ。
身体を張って仲間を救うような自己犠牲精神の持ち主なら、傭兵なんてやっていない。
何より……お姉ちゃんのような英雄には絶対になっちゃいけない、って決めたから。

歩兵戦闘基本の<アヴァロン>において、ボーナスともいえる重火器は無敵の英雄を生み出すマジックアイテム。
でも、バーサーカーの寿命は短いものと相場は決まっている。
「お願いお姉ちゃん……私を護って……!!」

小さな身体に襲いかかる恐怖から必氏で逃れようと、私は掃射を加え続けた。

10: 2009/09/10(木) 12:54:03.88 ID:i3kMpW6V0
「……ううっ……んん……」
覚醒の感覚の不快さだけにはなれることができない。
それが最低最悪のゲームからの帰還であれば、なおさらのこと。

重苦しい空調のうなり声が私の不快度指数をさらに上げ、鼻を刺すような消毒薬の匂いが臨界点間近に引き上げた。
ヘッドギアから頭を抜いて、合成革張りのベッドにしばらく寝ころんで、私は天井を見上げる。
じわじわと、つま先あたりまでまで感覚が戻ってくる。

「無事に帰還できて何よりね、憂ちゃん」
天井からぶら下がるディスプレイに視線を移すと、見慣れた若い女の人の顔が浮かび上がる。
ゲームマスターと呼ばれるこの人がプログラムされた疑似人格であることは<アヴァロン>に関わる人ならたいてい知っている。
そのモデルは開発者であると信じる人もあるし、アーサー王伝説になぞらえて「漁人の王」とか「不具の王」と呼ぶ人もいる。
私にとっての彼女はと言えば、私を未だに名前で呼んでくれる数少ない一人で、それを許す程度に敬意と親しみを感じさてくれる。
「ありがとう、さわ子先生」
私は、彼女をこう呼ぶ。お姉ちゃんの部活の顧問の先生にそっくりだから。

冷え切ったタイルの上に裸足で降りれば、全身がぶるっと震えるほどの寒気を感じる。
下着姿の私の寒々とした姿を想像せずにはいられない。
そのまま一服、という人も多いそうなんだけど、あいにく私はタバコを吸わない。
この監房のような部屋には、ディスプレイとベッド、ダクトの這った壁や中央の溝にむけて傾斜したタイル張りの床しかない。
タイル張りである理由は、清掃の作業がしやすいようにとのことらしい。

プレイヤーの中には、<アヴァロン>の与える刺激……とりわけ恐怖や<氏>に対して生理的な反応を起こす人が少なくない。
汗をかくのはともかく、覚醒したあとに嘔吐してしまったり、プレイ中の失禁、さらにあんまり考えたくないものを漏らしたり……。

天井に設置されたパイプから浴びせられる消毒液のシャワーは、初期レベルのプレイヤーのほとんどが体験するいわゆる<洗礼>となっている。
それを恐れて裸になってベッドに上がる人もいるけど、普通は下着で上がるのが最低限のマナーということになっている。
不特定多数の人の生理現象を受け止めたベッドなのだから、服を着たまま上がりたくないのは当然だけど。

12: 2009/09/10(木) 12:55:55.03 ID:i3kMpW6V0
私はゆっくりとズボンを穿きながらディスプレイに表示されたデータを眺めた。
なんとなく、だけどここに来るときはズボンを穿くことが多い。スカートは控えめにしている。
「少なくともあなたは、パーティを最後までエスコートしてみせたわ、憂ちゃん」
さわ子先生がいつもと変わらぬ口調で慰めてくれるけれども、私はあんまり嬉しくはない。

「帰還5人、氏亡2人、よりにもよってルーターになぶり頃しなんですよ? 先生」
「あの状況では最小限の犠牲だったわ。全員の生還はいかにあなたといえども困難だった」
「困難だけど不可能ではなかった……ってことですか?」
「憂ちゃん、あなたは私を困らせて嬉しいの?」
私は思わず口をゆがめて笑った。
昔も誰かに言われたことあるけど、私って案外加虐性癖あるのかも……。
実際この女性が人工知能なのだったら、設計者は間違いなく天才で……冷笑家だったんじゃないかな。
「こんな日もあるわ、憂ちゃん」
「あいにくだけど……」
私は上着の袖を腕に通しながら答えた。
「私のミッションはまだ終わってないから」
<傭兵>としての真価が問われるのは、むしろこれからだった。
私は一度だけ振り返って、廊下へと出て行った。
「次のアクセスを待っているわ、憂ちゃん」


13: 2009/09/10(木) 12:57:02.27 ID:i3kMpW6V0
ロビーは、回線の空きを待つ人々で混雑していた。
昔は「さまよえる仲間の卓」などとちょっとお洒落な名前で呼ばれていたらしいけど、
今はオフでも徒党を組んでお揃いのジャケットやタトゥーをキメて群れているような奴らが屯している……要するにゴミ溜めだ。


「おーい、308!」
先に端末を出たはずのパーティのメンバーを捜していると、誰かが私を呼び止めた。
「あ、りっ……ガーランド、どうしたの?」
顔見知りのひとつ年上の女の子。
戦場以外の個人的な接触を持ちたがらない傭兵が多い中、珍しく人なつっこく、私と交友の深い人。
本当はお姉ちゃんの元部活仲間の田井中律さんなんだけれど、その装備である30口径ライフルの名をとって「ガーランド」と呼ばれている。
「大活躍だったな!」
「とんだ貧乏クジだったよ……見てたの?」
今では敬語では話していない。りっちゃんと呼んでくれと言われて、敬語も使わないで欲しいと言われたから。
流石にりっちゃんと呼ぶのは気が引けるので、律さんと呼んでいるけど。
二人だけのときやアヴァロンと関係のないときは律さん、憂と呼び合うけれど、ここではガーランド、308と呼び合っている。
<放課後ティータイムの田井中律>であることはりっちゃん自身、他の誰にも明かしていないからだ。
「見てたよ、308っ」
ロビーでは常設されたホログラフに選択されたミッションがオンタイムで表示されることになっている。
もちろん戦場は膨大な数があるし、作戦の大半は地味な索敵しか行われないから、派手な見せ場が選ばれることが多い。
プレイヤーもそのことを踏まえた上で、戦闘に入った途端に気合いが入る。
自らが思い描くキャラクターをどこまで忠実にロールプレイできたかが称賛と侮辱を分かつことになるから。

激しく点滅するホログラフの中では、紫煙が立ちこめる戦車の上で私が機銃を撃ちまくっている。
「大受けだったぜ。伝説のランボーもかくやってさ」
ガーランドが大口を開けて、どこか清々しい笑い声を洩らした。
喜ばしいことなんだろうけど、私は心底げんなりして目を伏せた。

14: 2009/09/10(木) 12:57:50.06 ID:i3kMpW6V0
50口径機銃でザコの群れを掃射するようなマッチョな近接戦闘は、私のポリシーに反する。
そんなずさんな戦士を演じるくらいなら、そもそも半自動のFALなど選ぶわけもなかった。
「いいじゃないかよ、これで傭兵としての株も上がって仕事も増えるんだしさ」
「クライアントは大事にするよ。仕事なんだから」
私は答えながら、律さんなりの慰めに感謝しながら、話を終わりにした。
今日の私は何となく、他人の優しさに傷つくほどナーバスになっている気がする。
トイレの入口前に張っているRPDを見つけて、軽く手を振った。
「オトシマエ?」
律さんが聞いた。
「まあ、ね」
「真っ先に誰か一人選んで喰らわせてみな。話が早くなるよ」
「暴力は嫌いだよ」
「私もだよ。でも話は早いほうが空きだろうと思ってさ」
愛すべき30-06の律さんに別れを告げた私は、トイレに向かって歩き出した。

「まったく、こんな麗しい美少女ってのも」
トイレの前のRPDが呟いた。
「そんなに麗しくもないですよ。<傭兵>ってのは」
そう返してトイレに入る私を見送りながら、RPDは口を一直線に結んだ。

私が入ると、壁に寄りかかってタバコを吸っていた指揮官が身体を起こし、整列していた<員数だけのファイター>たちが顔を上げた。
三人のうち二人は嘔吐したらしく、血の気の失せた顔色をしていた。

「アラームを鳴らしたのは誰?」
私の問いに応えるように個室から派手な帽子を被った<使えないシーフ>が現れた。
水を流していないところから用を足していたわけじゃなさそう。
「水、流してないよ。クスリでもしていた?」
私は問いかける。
覚醒剤の類は<アヴァロン>と脳のシンクロを乱すので、ハイレベルプレイヤーが最も忌み嫌うもののひとつだ。

15: 2009/09/10(木) 12:58:44.83 ID:i3kMpW6V0
「へへ……」
シーフが笑う。
私は左脚をふんばり、身体全体の重量を載せるようにして繰り出した右脚を顔面にたたき込む。
奇妙なステップを踏んで身体を泳がせた<使えないシーフ>は、水浸しの床に倒れ込んだ。
パーティ名を刺繍した帽子が転がる。
「撤退したがる連中が、とは笑わせてくれるね」
私の言葉に、指揮官の女の人が顔を逸らした。
「暴力はやめてください!」
ファイターの一人が悲鳴のような声を出した。
爽快感なんて最初からない。
あるわけがない。
これだけ暴力の嫌いな人間たちが集まって、暴力そのもののゲームに興じ、しかも暴力でしかケリがつかない事態に陥る。
不思議な話だけど、ここで私が自己嫌悪に陥っては暴力の嫌いな私が暴力を振るった理由が判らなくなってしまう。
「一度しか言わないからよく聞いたほうがいいです」
「クラスAで恥をかきたくなければ、ボーナスコンテナは無視すること」
「罠の解除に成功したところで、中身は弾薬だけ。口径に合わない弾薬を抱えてポイントに換える余裕があるんだったら……」
「自分の弾薬を制限一杯まで持つこと」
私の視線が突き刺さり、パーティの面々は青ざめる。
まだ大学生くらいの年の女の子だというのに、今の私はそんなに怖いのものなのか。
「それから、リセットするくらいなら、自分の頭を撃ち飛ばした方がいい」
「負け犬は叩くのが、ここの流儀だから」
最後の忠告をさらりと言う私に、ファイターの一人が不満そうな視線を向ける。
「そんなこと言って、たかがゲームじゃないスか?」
「たかが、ゲーム?」
私は低い声でそう言ってから、彼の顔を思い切り蹴り上げた。
鼻血を吹き上げて昏倒する。
振り向いた私の顔を見て、残ったパーティの人間が小さく悲鳴を上げた。

16: 2009/09/10(木) 12:59:30.14 ID:i3kMpW6V0
今度は義務的な暴力なんかじゃない。
はっきりとした憎悪を感じたから、私は暴力を振るった。
「たかがゲームだったら、逃げ出さずに戦ってみればいいじゃない!!!?」
腹立ち紛れに私は大声で怒鳴り、指揮官を睨みつけた。
こんな半端な連中にこんなことをしたって糠に釘であることは判っていた。
そう、所詮はゲームだから。
「ポイントの50パーセントは私が貰います。残りはあなたと表にいるRPDで」
「いくらなんでもそんな……」
意義を唱えようとする彼女の肩を掴み、壁に押しつけて私は一気にたたみ込んだ。
私の方がずっと背も低いし体つきも華奢で、見たところ10歳近くは年下だというのに、客観的に考えて立場が逆になっている。
「私はあなたの言葉を信じて、IDのチェックもせずに招請に応じたんです」
「これのどこをどう押せば、それなりなんていう言葉が出てくるんですか?」
戦場では気づかなかったけれど、この人は同性から見てもなかなか美しい、知的な顔立ちをしていた。
化粧っ気はないけれど、唇に薄くルージュを掃いている。

「傭兵は、真偽と評判だけで食べていくんです」
「それがビギナーの育成パーティ以下の素人と組んだ挙げ句、いい物笑いになるところだった」
「どうしても嫌ならそれでもいいけど、もうあなたの招請に応じるような傭兵は一人もいなくなりますよ」
丁寧に喋ってはいるけれど、自分でもおぞましく感じるほどに脅迫じみている……いや、これは脅迫だ。
お姉ちゃんが聞いたらさぞかし悲しむかもしれない。
でも私の胸は痛まなかった。どうせポイントはほとんど私の戦果だったし、騙しをかけたのはこの人が先だ。

17: 2009/09/10(木) 13:01:28.52 ID:i3kMpW6V0
精算所のカウンターで指揮官が入力を始める。
その傍らには顔を腫らして鼻血を垂らした二人と顔の青い二人が立ち、やや年をとった感じのRPDと私はベンチに座っていた。
「あんたも吸うか?」
タバコを一本差し出してくるRPDに、私は首を振った。
「どうりでお美しいわけで」
少なくとも自分の顔立ちや体つきはそんなに悪い方ではないと思うけれど……。
RPDの冗談を聞き流して私は漂ってくるタバコの煙に顔をしかめた。
事情を察したベテランたちが、苦笑を浮かべて私の前を通り過ぎる。
「どうして、あの女の人と?」
精算が終わるまでの暇つぶしで聞いたまでだけど、私はこういう男の人が嫌いではなかった。
「あなたの腕なら、どこでもやっていける。このパーティにいても苦労するだけじゃ?」
特に期待はしていなかったので、長い間の後、口を開いたときは少し驚いた。

18: 2009/09/10(木) 13:07:29.34 ID:i3kMpW6V0
「俺は、あの女に誓ったんだよ」
「バード……ですか」
<バード>……つまり貴婦人は、<アヴァロン>の流行の初期に一部のプレイヤー、それも男女の間に見られた、
中世の騎士と貴婦人の間に存在したとされる忠誠愛のような契約関係のこと。
忠誠を誓い、獲得したポイントの一部を捧げるような、プラトニックな恋愛関係だったらしいけれど。
「俺はまあ、不器用な男だからさ」
「そんな俺をハイレベルになるまで苦労して支えてくれたのが、彼女なんだ」
「だから……今度はあの人を支えてあげたい……と」
「そういうことだ」

19: 2009/09/10(木) 13:10:11.74 ID:i3kMpW6V0
「前衛を他のパーティに引き抜かれたんだ。よくある話さ」
少しの間の後、彼が答えた。
たしかによくある話だけど……。

優秀なパーティの主宰者は、絶えず引き抜きやメンバーの独立に悩まされる。
正面戦力の前衛を引き抜かれたら、それはとても悲惨。
戦力が落ちて、獲得ポイントが下がればメンバーの離反につながるし、そういう噂の立ったパーティは優秀なプレイヤーから敬遠される。
悪循環が始まり、さらにパーティのレベルは下がっていく……。

「えっと……あのシーフ……」
恋愛とお金のゴタゴタ……それがパーティの引き抜きから逃れられなかった原因の気がして、私はまた話題を変えた。
「あんたが蹴り倒した奴か」
「親父が闇市の顔だとかで、面倒見るかわりに装備とアクセス料金を貰ったのさ……前払いでな」
RPDの口元が歪み、私は思わず目を逸らせた。この人にはこんな表情はとてもじゃないけど似合わない。

20: 2009/09/10(木) 13:16:29.17 ID:i3kMpW6V0
「あいつには目標があるんだ……ハイビショップとして、フラグを狙えるようなレベルのパーティを組織する」
「まあ、夢みてえな話ではあるが、俺は最後までつき合ってやるつもりなのさ」

愛妻物語なんかじゃなくて、人生山あり谷ありのガッツストーリーだったなんて。
私はつい他人の事情に不用意に頭を突っ込んでしまう、因果な性格を呪った。
妹としてであれば、面倒見がいい、とか誉められるかもしれないけど……。

傭兵には向かない性格……だよね。


精算を終えたRPDの恋人がこちらへ歩いてきたのを見て、私はベンチから腰を上げた。
「自分の脚で立て。戦士よ、立ち上がるか、それとも氏ぬか……」
「さようなら、RPD」
私はRPDに軽く会釈して、精算所へと向かった。
「ありがとよ……マークスの女の子」

21: 2009/09/10(木) 13:20:40.71 ID:i3kMpW6V0
精算所のカウンターの前に来ると、何かキーボードで打ち込んでいた和さんが私に気づいた。
「こんにちは、和さん」
「今日も稼いだみたいね。憂」
「ちょっとややこしい目に遭っちゃいましたけどね」
苦笑いする私に、和さんが先ほどのパーティに目をやって言った。
「そんな日もあるわ」
和さんは、いつも私を見る度、もの悲しそうな表情を浮かべる。

「えっと、308を5マガジンと、FALの競技用型バレルを一本」
撃ちすぎたので弾薬を補充し、FALのバレルに寿命が来る頃だからバレル交換にポイントを割くことにした。
装備のメンテナンスはポイントに余裕のある時しかできないし、これを怠れば戦場で氏ぬかもしれない。
米海兵隊の防弾ジャケットも欲しいし、サイドアームをPPKの替わりにSIGにしようかとも考えたけれど、今日は残りはキャッシュにした。
レベル上げに使うには気分の悪いポイントだし、懐もかなり寂しいからちょうど良い機会だよね。

和さんは慣れた手つきでお札を束ね、IDカードと一緒に机に滑らせた。
「ほんと、昔の唯みたいね、憂」
私は苦笑で答える。
「また来てね、憂」
「さよなら、和さん」
私は挨拶もそこそこに、その場を離れた。

22: 2009/09/10(木) 13:23:09.83 ID:i3kMpW6V0
街はさびれ、通りを行き交う車はあまりにも少ない。
地下鉄のホームに見えるものは、眠り惚けているアル中か、うずくまるホームレスくらいしかない。
まるで地上から流れ込んでくるゴミを溜める、掃き溜めであることを示しているよう。
ゴミを一掃することを忘れた役所は、地上こそ街としての対面をかろうじて保たせているものの、地下鉄や地下街などは実質、治外法権となっていた。

真っ当な人間ならこんな時間に地下をうろついたりはしない。
もっとも、失業率が鰻登り、生活保護を受ける人が納税者を超えた今、真っ当な人間がどれだけいるのかはわからないけど。

電車に揺られながら、私は今日の戦いを思い出す。
ちょっとぼーっとしてしまうと、トルーパーの足音と、機銃の咆吼が聞こえてくるよう。
とっても静かな電車の中でも、心がなかなか落ち着かない。
「……はぁ」
戦争中毒という職業病は、虚構の中でもありうることが恐ろしい。
私が乗るのは決まって真ん中の車両。乗客はまばらで、寂れた列車がリニア駆動車独特の低い唸りを車内に響かせる。

「よ、憂」
「ひゃあっ!?」
後ろから急に声をかけられて飛び上がる私を見て、律さんがいじわるな笑みを浮かべた。
「ちょうど帰るみたいだったから、一緒に帰ろうかと思ってさ」
「そっか。律さんも地下鉄で帰ってるもんね」
私のあとをつけていたんだろうか、などとしょうもないことを疑ってしまうのも、職業病なのかもしれない。
律さんが隣に座って、列車が動き出した。

23: 2009/09/10(木) 13:28:37.55 ID:i3kMpW6V0
「<アヴァロン>の流行してからさ、犯罪がニュースで出るの、結構減ったよな」
「皮肉な話だと思わないか?」
ふいに、律さんがそんなことを言った。
「不況、失業率の増加が犯罪を増やすって原則からすれば……でも私は不思議とは思わないな」
私は途中駅のゴミ溜めを眺めながら答える。

「恨みや異常心理による殺人は別として、強盗や恐喝、誘拐とかの最終的な目的がお金を奪うことである種類の犯罪だと……」
「お金を奪うということは目的であると同時に、結果でもあり得るから」
律さんがおっ、と言いたげな表情を浮かべたあと、こめかみに手を当てて考え込む。

殊にその犯罪が常習犯罪だったならば、動機と結果の因果関係は簡単にひっくり返るもの。
「犯罪だからこそ、それを犯す……」
「なんというか逆説だけど、低収入で高福祉な今の世の中にあれば正論にもなる……と」
つまるところ「飢えと病からは解放されたけれど、それ以上は何も望めない」社会。
「うん」

共産主義が自滅し、取って代わった資本主義の原理が、激しい地域格差とその結果として内戦を世界中で惹き起こし、
頑なで、道理というものに明るくない民族主義や不寛容な宗教がこれに拍車をかける。
そしてこれらを制御しようとするあらゆる試みが失敗に終わったとき、人々は再び自らを檻に閉じこめることを望んだ。

「今の停滞した社会は安定という結果をもたらしてくれる」
「現代でそんな真似ができるようになったのは、科学技術のおかげだな」
律さんが答える。
「資源問題も、政治や経済が縮まれば解決される」
かつて説かれたという単純生産社会……ユートピアは皮肉にも実現され、社会的生産活動の総和を固定された社会となる。
「なんだか中世みたいだよね」

24: 2009/09/10(木) 13:33:32.53 ID:i3kMpW6V0
この「技術の平和」……パクステクノロギアを脅かすものがあるとすれば、その恩恵を受ける人々の理不尽な欲望くらいなもの。
「餓氏しないで、病気も災害もなく子供を残す、って欲求だけじゃダメ……」
「生きてることや生み出すことへの意義や意味を見出そうとする、って欲求を<アヴァロン>にしまいこんじゃったんだから凄いよなぁ」

「意義や意味」が「理想や正義」に結びつく度、歴史は悲劇を繰り返すことは人々のよく知るところ。
そしてついに自ら管理し得なかったその人間的な欲求を虚構に封じ込めたということは、選択ではなく結果に過ぎなかったけれど、
それを可能にしたのは、またしても科学技術。
「<アヴァロン>の開発者がそのことを予想していた、とまでは?」
律さんの黄色いカチューシャと生え際を見つめながら私は答えた。
「ちょうどピッタリだったのだけは確かだよん……おっ」

地下鉄が駅に停車し、律さんが椅子から腰を上げた。
「私はここで降りるよ。それじゃね……308!」
「うん、さよなら。ガーランド」
「おーうっ! またフィールドで!」
いつものように軽快なステップで駅の構内を駆けていく。
陽気で、とっても人なつっこい愛すべき傭兵30-06を見送りながら、列車は走り出した。

自分の思い描く理想の姿になるため、情熱を傾け、それを正当に評価されて報酬を得る。
その可能性は最低限のルールの下、平等に設定され、しかも現実とは違い何度でも挑戦する権利を与えられる。
誰もが<アヴァロン>に夢中になったのは当然だった。

ポイントを換金して手に入れる現金はもちろん魅力的だし、現金でしか手に入らないものも少なくはない。
それが流行の原動力ともいえるけれども、それはあくまで結果に過ぎない。

25: 2009/09/10(木) 13:35:44.05 ID:i3kMpW6V0
<アヴァロン>にアクセスする人々が等しく追い求めるもの……つまりハイレベルのキャラクター。
決して現金だけでは買うことなどできないそれは、資金、時間、努力、情熱、そして自己制御を貫いた者だけが手に入れる。
称賛を浴び、敬意を払われるに値する上級者の称号を得ることができる。

もはやこれは求道者の世界と言っても過言じゃないかもしれない。
少なくとも、金と暇をもてあました道楽者や、粗暴さを売りにするような人間の成しえる業ではない。
さらに社会的地位や縁故の類も一切通用しない。

そこで演じられるキャラクターは、プレイヤーの経験値の配分によって細かく設定された膨大なパラメータの組み合わせで表現され、
ひとつとして同じものはない。それはシステムが存続する限り不滅の存在だ。
復活を約束され永遠の眠りに就いている、英雄のように。

もちろん、どれほどの情熱を傾けようと、所詮はゲームに過ぎないし、そこで獲得した全てはデータに過ぎない、考える人もいる。
私がトイレで痛めつけたあのルーキーたちがそうであるように。

幸せな奴らだと言うほかにない。
現実こそは真実であり、虚構の世界は虚しい、などと考えるその単純な精神構造が。

世間一般の理念にならって語られる現実なんてものは、語る当人のみに帰属するものであって、他人にとってはそれこそ虚構そのものでしかない。
一方ではっきりと意識された虚構は、当人の所属する現実の一部であり、意識されているという次元において誰もが共感できる現実となりえる。
現実というシロモノは、個々が所有する虚構に過ぎないわけで、人は他人の虚構に映り込んだ自分を現実と呼んでいるだけ。

26: 2009/09/10(木) 13:37:27.70 ID:i3kMpW6V0
人間が情熱を傾けることの価値は、それが現実であるか虚構であるかを問わない。

その結果が正当に評価される世界が存在する限り、現実を見失うことなどあり得ない。
現実の社会が正当さに欠けるのであれば、現実を見出すために正当な評価の待つ虚構へ情熱を傾ける。
飢えに直結しない多くの犯罪もまた、現実を求めて演じられるひとつの虚構に過ぎない。
現実の可能性を制限することによって、かろうじて危険極まりない人間的な欲求と折り合ったこの時代が、一方で虚構を必要としたのは当然の成り行きだった。


そして<アヴァロン>はその必要性を十分に満たすシステムであり得た。


敢えて難点をあげるとすれば、<アヴァロン>が破壊と頃しに満ちた殺伐とした世界であったことだろうけど……
結局のところ、警察も国も公序良俗の維持を建前としこの殺戮オンラインゲームを非合法としながら、実質黙認していることを見れば、そのへんの事情は察するところだろう。
人が見出す「意義や意味」への情熱は「闘争」つまり「暴力」であったと謙虚に受け止める以外に致し方のないこと。


私の通っているような<ブランチ>は全国に200以上あり、プレイヤーの人口は500万を下らないとだろうと言われている。
ただひとつ皮肉なことは、<アヴァロン>のアクセス料金を稼ぐための恐喝や強盗が急増していることで、
今私の乗っている地下鉄もそれの多発する場所のひとつだった。

「現実の傭兵はか弱いから……ね」
何も見えない窓の外を見て、呟く。
私はFALはおろかサイドアームのPPKすらもない丸腰で、地下鉄を徘徊する恐喝少年団にも対処できない<ニュートラル>の一人だ。
特にこれといって身体能力に自信があるわけでもない、本当にただの女の子。
私が最前列や最後尾ではなく、襲われた時に前後に逃げて時間を稼げる中央の車両のドア近くに腰掛けている理由はそのため。

「……はぁ」
……何事も用心するに越したことはないんだけれど……どうやら用心するような人間ほど厄介なことになりやすいのも確かみたい。

27: 2009/09/10(木) 13:41:33.71 ID:i3kMpW6V0
後部車両との間のドアが開いて、高校生くらいの5人組が姿を現した。

全員がタンキスト(戦車兵帽)を被り、顔面一杯に十文字の迷彩を塗りつけていた。
裸の上半身にレプリカの防弾ベストを着込み、膝丈で断ち切ったフィールドパンツに重そうなジャングルブーツで足を固めている。

間違いなく<アヴァロン>のプレイヤーなのはわかるんだけど、こんなコスプレまがいの格好で現実を徘徊するような人間に上級者はいない。
おそらくはクラスBあたりでイキがっている半端なプレイヤーだろうけど、所変わればなんとやらで、この場においては十分な戦力といえた。
車内を一瞥した先頭の男が目敏く私を見つけて、後ろの連中に何か話しかける。
一斉に大笑いした男たちは、私に向かって歩いてきた。

私は何気なさを装って席を離れて、ドアの前に移動した。
すぐに走っては、必ずすぐ追ってくる。
逃げ足に自信がないわけじゃないけれど、まずいことに列車は発車したばかりで次の駅に着くまでに逃げ回る自信はない。
でも座ったまま囲まれるような状況だけは避けなければいけない。

28: 2009/09/10(木) 13:45:41.27 ID:i3kMpW6V0
このまま黙って通り過ぎて、と願うのだけど、5人組は私の前で立ち止まった。
「お願いがあるんだ、聞いてくれないか?」
先頭の男が言った。
お願いされる気は毛頭ない、なんて言ったものなら即座に戦闘に突入するだろうから、今は時間を稼ぐことにした。
「お願いって、私に?」
私は努めて平静な声と態度でそう答えた。
「そう、あんたにだ。是非聞いて貰いたい」

数の優位からか、余裕を誇示して見せながら、先頭の男が言った。
こういう物言いで相手を威圧するのが好きなのかもしれないけど、私にとっては好都合だった。

「いいよ、言ってみて」
私は身体の力を抜いてドアに寄りかかり、相手を威嚇しない程度の半目に構えて相手を見つめて、ガンを飛ばしてみせる。
戦車兵帽に額についた小さなマークは、昔になくなった大国の親衛戦車連隊のものだった。

「俺たちゃ、ゲームで日銭稼いで暮らしている身の上でね。結構な身分に思えるかもしれないけど、暮らしはけっこうきついんだ」
「何かと物要りは多いし、端末のアクセス料金は悪質なくらいに高いときてる
アクセス料金が悪質に高いのは事実だけど、後は嘘だ。
こんなプレイヤーが食べていけるレベルのはずがない。カツアゲで食べている、というのが本当のところだろう。

「ここんとこツキにも見放されちまって、そのアクセス料金すら払えない始末でね。俺たちには氏活問題ってわけよ」
「そこでだ、困難な状況に置かれた俺たちにカンパをお願いしたい」
「趣旨はよく判った」
私は曖昧に答える。
「判ったんだけど、何故私がカンパしなきゃいけないのかな?」
ンだくらぁ、と後ろの男がうなり声をあげた。
私がのらくらとした態度で、一向に威圧されないように思えたらしく、怒声でゆすろうと考えているらしい。
屈辱に甘んじるか、プライドを守ってフクロ叩きにされるか……私はどちらも避けたいところ。

29: 2009/09/10(木) 13:51:39.95 ID:i3kMpW6V0
「あんた、傭兵だろ?」
「……っ!?」
男が平然と洩らした台詞に、私は思わず動揺した。
「あんたは傭兵だ。いつも弱小パーティの弱みにつけ込んで、法外な分け前を要求して、一人でいい思いしてんだろ?」
「今日も便所でカツあげたじゃねえかあ」
今度こそ、私は仰天してしまった。

そこまで知っている以上、この連中は通りすがりのチンピラなんかじゃない。
おそらく端末から後をつけ、逃げ場のない地下鉄でカツあげる予定だったんだ。
普段の私なら、こんなドジは踏まない。
バーサーカーみたいな奮闘に続いて、似合いもしない恐喝まがいの真似までやって、
悲惨なカップルの救えない関係に頭を出して、私は想像以上に消耗していたようだった。

うかつさを呪っても、もう今更では手遅れ。
目の前で臍を噛む私をしばらく楽しそうに眺めていた男が、ゆっくりと口を開いた。
「どうせカツあげた金だ、俺たちにカツあげられたって文句言う筋合いじゃねえよな?」
「諦めてその財布をよこせば、痛い目だけは見ないで済むぜ」
短機関銃が欲しい、ととっさに、痛切に思った。
こんなクズどもを制圧するのに、数秒も要らない。一連射でカタがつく。

「……っ!!」
「……ブッ!!?」
もちろん機関銃も拳銃も手にはいるわけなく、私は目の前で馬鹿笑いしている男の顔面に思い切り頭を叩きつけた。

31: 2009/09/10(木) 13:54:07.34 ID:i3kMpW6V0
攻勢者三倍則、という原則がある。
戦闘において、強固に守備を固めた敵を攻撃するには、守備側の三倍の戦力を必要とする、という実戦訓なのだけど、
今の私に照らせば敵は5倍で、しかも敵はアタマはともかく体力も体格も私よりもはるかに優る若い男で、単位あたりだって勝ち目はない。
でも選択肢がないのならば、奇襲に勝る先制攻撃は存在しない、という戦訓に習うほかない。

間合いが極端に少なければ、とっさにパンチやキックをするよりも、頭突きの方がはるかに早い。
<アヴァロン>で戦闘体験を経てからならば、どんな不利な状況下に置かれても相手をいかに撃退するか、という思考回路が身につくものだ。

目の前の男が鼻を折ったらしく凹んだ鼻から鼻血を噴きながら倒れて、私は目の前に火花が散る。
こんなことでうろたえちゃだめ、憂。
私は逃げると見せかけて、追いかけようと飛び出した二人目に、第二弾の頭突きを喰らわせた。

電車のドアが開き、今度こそ私は逃げ出した。
「待てやコラ!」
「オラ!!」
追っ手の気配をお尻に感じて、私は全力疾走して、ホームの端のエスカレーターに飛び乗った。
素早く後ろを振り向くと、残り三人が追いかけてくる。

「……はぁっ……はぁっ……っ!!」
息が苦しくなるけど、走るスピードを緩めるわけにはいかない。
目の前はチカチカするし、喉はヒリヒリするし、脚が熱い。

33: 2009/09/10(木) 13:56:43.91 ID:i3kMpW6V0
「きゃぁっ…!?」
もう少し、あと少しというところで、私は盛大に転んでしまう。
「カネだけじゃ済まねえぞコラァ!!」
必氏で立ち上がろうとする私に走り寄ってきた男が、私の後ろ髪を掴む。
「……っ!!」

髪を掴まれて、無理矢理引き起こされる。
<氏亡>だ。身体が震えて、抵抗できない私をニタニタと男たちが眺めている。
悲鳴がうまく声に出なくて、私は震えながら小さな声を洩らすばかり。

「……ゲッ!?」
私を掴んでいた男が、ドスリという音がして飛び上がった。
どこかを蹴られたらしく、男は転げ回りながら私から離れた。
今だとばかりに這うように男たちから離れると、そこにはツーテールの小柄な女の子が身構えていた。

「5人がかりで<ニュートラルキル>とは、なかなかイキがってんじゃないですか」
「誰だコラ!?」
凛とした目元、黒い髪。女の子は持っていたコンビニの袋の中身を床に落とすと、ポケットから財布を取り出した。
「チンピラ風情がお小遣いをねだってるですか?」
「喧嘩売ってんのか!? コラ!?」
財布の蓋を開けると、手に持った袋の中に小銭をジャラジャラと流し込んで、袋を素早く結んだ。
彼女の財布には随分とたくさんの小銭が入っていたらしい。
「いいでしょう」
顔を上げた私は、さらに仰天した。
「あ……梓ちゃん!?」

34: 2009/09/10(木) 13:59:53.18 ID:i3kMpW6V0
梓ちゃんは袋の端を掴むと、ひょいと振り回して見せた。
梓ちゃんの目を見て、私は震え上がった。
私も何度かしか見たことがない、お姉ちゃんが<アヴァロン>で人を頃してきた直後の目と同じ。
「クラスAでならしたこともないビギナー野郎は、痛い目を見るだけですよ?」
「タマ蹴りやがって、クウオラアアア!!」
奇声を発しながら突っ込んできた男に向かって、袋を振りかざした。
「私のキルゾーンに入ったですよ?」
何か男に向かって囁くと、袋を思いっきり叩きつけた。
「グブッ!」
顔面にバチン、と音を立てて袋が食い込んだ。
鮮血が噴き出して、歯が何本か落ちてきた。
私は悲鳴を上げて、思わず目を逸らす。
<アヴァロン>では氏はポリゴンの破片で表現され、血糊までは目に入ることはない。
「ゲームじゃお目にかかれないけど、こうすれば車上荒らしくらいはわけないんですよね」
「半端にスカしてる暇があったら、武器の使い方くらい覚えたらどうです?」
顔面を押さえて泣き叫ぶ男を蹴り飛ばして、梓ちゃんはもう二人に近づいていった。

私はもう仰天しないぞ、と誓ったはずがまた仰天した。
……ニュートラルでルーターを頃すつもりだ。
まるで梓ちゃんが<アヴァロン>のクラスAのさらに上を生き抜くベテランプレイヤーのような感覚に襲われる。
私も一人だけ、そういった人間を身近に知っている。
私のお姉ちゃん……平沢唯。
私の前では愛しい、可愛らしいお姉ちゃんであったけれど、何かの拍子に時折見せる表情は<アヴァロン>最強のソロプレイヤーそのものだった。
……って、感心してる場合じゃない!

36: 2009/09/10(木) 14:04:26.93 ID:i3kMpW6V0
「梓ちゃんっ!!」
「憂、大丈夫だよ」
梓ちゃんは残りの男たちを睨みつけた。
「早いところ病院に行かないと、ゲームもできなくなるですよ」
その言葉を聞いて震え上がると、覚えてろと捨て台詞を残してよろよろと逃げ出していく。


地下鉄の構内はすっかり静けさを取り戻し、私は恐る恐る梓ちゃんの方を向いた。
血のついた袋から小銭を財布に戻して、袋をゴミ箱に捨てている。
その表情はもういつも通りの、穏やかで優しい表情。
「憂、大丈夫だった?」
「……うん、なんとか」
差し伸べられた手を掴んで、よろよろと起きあがる。
「帰ろっか、憂」
床に落とした買ってきた物を拾って、私に微笑む。

それから何か言うわけでもなく、私たちは夜の街へと歩いていった。

37: 2009/09/10(木) 14:09:04.42 ID:i3kMpW6V0
メスホール……私は食堂と呼んでいるけれど、ここはすでに深夜近い時間だというのにひどく混雑していた。
<親衛戦車連隊>の包囲から梓ちゃんの救援によって突破した私たちは、家に帰る前に何か食べていこう、というわけでここに来た。

ちょっとした体育館ほどもあるホールの中はその日の食事を求める人々で溢れかえり、
壁にある換気扇も意味がないくらいの臭気と、食器の触れあう甲高い音、会話する声が一緒に大釜で煮詰められたように充満していた。
とても女の子二人で来る場所とは思えないけれど、無料で一応までにそこそこの食事ができるのでここを利用しないわけがなかった。

「順番待ち……すごい長いね」
梓ちゃんが困り果てたような声で言った。
「梓ちゃん、あそこの列が短いよ」
私は梓ちゃんの手を引いて、列の最後尾に並ぶ。
それから特に何も話すことなく、気の遠くなるような時間が経過して、やっと認証カウンターに到着する。
身分証明を兼ねたIDカードをスリットに通して、台車に積まれたアルミ製のトレイを二枚取ってひとつを梓ちゃんに手渡した。
「ありがとう」
梓ちゃんもカードを通して、列がまた一つ進む。
カフェテリア方式で好きなものを好きなだけトレイに載せることができる。
メニューはあんまり多くはないけれど、やはりそこは食べ物のことには細かい日本人なもので私としては十分に満足できるだけの品数はある。
まだ<アヴァロン>が流行する前の小学校の給食を思い出しながら、
私はパンとシチュー、食物繊維たっぷり、と書かれた張り紙の上に並ぶビスケットいくつかをトレイに載せた。
梓ちゃんはおじやと秋刀魚の煮付けをトレイに載せる。
正直何味か判らないジュースの入ったコップと、ミネラルウォーターのボトルを二人で取って、カウンターを離れた。

38: 2009/09/10(木) 14:15:34.41 ID:i3kMpW6V0
ホールの中央には、床に固定された大きなテーブルがたくさん並んでいるのだけど、どこも満席で、トレイを抱えて空きを待つ人で溢れていた。
誰かが席から離れると、目敏くそれを発見した数人が寄ってたかる。
テーブル近くで押し合いした挙げ句、ひっくり返したシチューを浴びたおじさんの絶叫や、ジュースで服を汚された女の人の罵声が飛び交う。

はなから席取り競争するつもりがない人たちは、壁際にしゃがむか、壁に背を預けてトレイ片手に立ち食いしている。
幸い床を這う送風用ダクトがすかすかに空いていたので、私たちはそこに座って食事を摂ることにした。

ここのパンはなかなか固いので、ちぎってシチューに浸して食べると食べやすい。
今日のシチューは、魚肉と野菜のトマト味のもので、マカロニの入ったクリームシチューと並んで私の好物だ。
梓ちゃんは猫舌なので、少しずつ冷ましながらおじやを口に運んでいる。

ここの料理の味は決して悪いものではなく、味だけに限れば私好みだ。
こういう場所での食事を露骨に嫌悪する人もいるそうだけれど、私はとりたてて惨めだとは思ったことはない。
もちろん好きで通っているわけではないけれど、現金さえあれば闇市で贅沢な料理を食べることもできるのは知っている。
実際、闇市なら何でも買えるし何でも食べられる。
何度か闇市で食べ歩いたことはあるけれど、他の人はともかく、私含め傭兵と呼ばれるプレイヤーはそういう世界とは普通無縁に生きている。

傭兵という言葉からすると意外かもしれないけれど、
地下鉄で私を襲ったカスどものように傭兵を勝手気儘に太く短く生きるプレイヤーと理解している人も多いけど……それは大変な誤解だ。

そもそも<アヴァロン>の正式なクラスに<マークス>……傭兵なんてものは存在しない。
何らかの理由でパーティを組むことができなくなったハイレベルのプレイヤーがいて、
同じく何らかの理由で戦力を強化しなければいけないパーティがあったとき、双方の利害の一致が生み出した存在が傭兵だった。

40: 2009/09/10(木) 14:19:24.34 ID:i3kMpW6V0
ハイレベルの傭兵といえども、単独で戦場にアクセスして生還するのは難しいし、
強力な敵を倒してポイントを稼げるのもパーティがあってこそ。

たとえば今日の私の奮闘も、ザコのルーター相手だからこそ成功したのであって、これが<トルーパー>なら結果は大きく変わっていたはずだ。
ましてやBMPが出現していたなら、全滅していたかもしれない。対装甲車両戦闘を行うには強力な携行火器を操る<メイジ>が不可欠となる。

傭兵という存在は例外的なプレイヤーではあるものの、誰もが畏敬の念を抱くあの伝説の<ソロプレイヤー>とは本質的に異なる。
極端で異常な能力を発揮したお姉ちゃんと、ある程度の能力を発揮するだけの傭兵稼業の私とでは全く違う存在だ。

<アヴァロン>の戦場は容易にソロプレイを許すような世界ではないし、ましてやクラスAとなれば生還自体が困難なほどの難易度となっている。

傭兵に<ファイター>が多い理由も、前衛戦力の不足に悩むパーティが多いという状況の反映に過ぎない。
資金やポイントに余裕のあるパーティなら傭兵のメイジやシーフを雇うこともできるけれど、
絶対数が極端に少ないことからこの辺の事情がうかがえる。同じ理由で、ビショップの傭兵も存在しない。

要するに<傭兵>というものは、プレイヤーの職業的な形態を表すものに過ぎない。
役割も戦力の補強から新人育成パーティの教官、クラスAへの新入りパーティのガイドに至るまで実に多様で、万屋ともいえるのが実態だ。

42: 2009/09/10(木) 14:21:56.14 ID:i3kMpW6V0
「ねえ、憂」
「憂って、フリーのプレイヤーなんだよね」
不意に梓ちゃんが言った。
思わず口に含んだシチューを噴き出しそうになった。まさか、私の考えていたことを読んでいたの?
「え、う……うん、そんな感じだよ」
たしかに梓ちゃんの表現は傭兵についてとても的確でわかりやすい言葉だ。ちょうど私が思い浮かべようとしていたことのように。
「どんな仕事でも、フリーランスって一人の力次第だよね」
「うん……それはそうなんだけど……急にどうしたの、梓ちゃん」
さっきの地下鉄で梓ちゃんが<アヴァロン>をやっていたというのを聞いてもしやとは思ったけど、梓ちゃんは<傭兵>だったんじゃないだろうか。
少なくともあの時の目つきはハイレベルな傭兵か<ソロプレイヤー>のものとしか思えなかった。
「バックアップが期待できないから、個人の技量と信用が全てで……レベル10がボーダーライン……ってさ」
「梓ちゃん……もしかしてマークスだったの?」
「まさか。傭兵なんかやってないよ」
「ちょっとの間、ソロで背伸びしてただけ」
私は言葉を失った。
「憂の顔見てたら、ちょっと<アヴァロン>が懐かしくなっちゃって」
「先に外で待ってるね」
そう言いながらトレイを持って、いつものように微笑んで梓ちゃんはホールから出て行った。
私は唖然としたまま、梓ちゃんの後ろ姿を見送った。
私の知る<ソロプレイヤー>のもう一人……お姉ちゃんはある日突然、私の前から姿を消したきり帰ってこない。
<ウンタン>という<アヴァロン>最強のソロプレイヤーの名前は、今でもそこら中で噂に聞く。
私はその<ウンタン>の妹であることを隠して、<傭兵>の道を選んだ。

シチューを急いでかき込むと、私もトレイをさげた後、荷物を満載した台車を運んでいるおばさんに声をかけた。
「クレイモアください」
「強いから気をつけなさいよ、お嬢ちゃん」
耳の長い犬のラベルが貼られた、格安のお酒のプラスチックボトルを一本買って、ホールの出口へと向かった。
私、そんなに<アヴァロン>のこと考えてるのが顔に出てたかな……?

43: 2009/09/10(木) 14:26:31.21 ID:i3kMpW6V0
梓ちゃんと二人で、クレイモアを麦茶割りにして飲んだ後、私たちはベッドで寝転がった。
「憂ぃ……私お酒弱いの知ってるでしょ……」
二人でクレイモアを飲むたびに、大抵梓ちゃんは酔いくずれる。
「知ってるよ……梓ちゃん」
クレイモアは愛好者に呼ばれている通称で、実在した対人地雷クレイモアと同様に一撃で吹っ飛ぶような威力を売りにしていた。
なんとも言い難い薬臭い科学的な匂いがただようお酒で、低価格と即効性で無数のアル中をそこら中に蔓延させたという。
「梓ちゃん、可愛い……」
私は梓ちゃんに抱きついて、頬に手を当てた。
「憂っ、また悪い酔いしてるでしょ……?」
「酔ってなんかないよ……梓ちゃんが可愛いだけ」
正直なところ、かなりに酔いが回ってきている。
とろんとした表情で私を見つめる梓ちゃんの首筋に指をあてて、そっとなぞった。
「あっ……」
梓ちゃんが甘い声を洩らして、私の心臓がどきんと波打った。

44: 2009/09/10(木) 14:29:59.09 ID:i3kMpW6V0
梓ちゃんとは、私が傭兵を始めてまだ間もない頃、ブランチのロビーで数年ぶりに再会した。
お姉ちゃんがいなくなった私が<アヴァロン>に身を投じた理由は、少なからずその姿を追っていたこともあった。
長い間病院にいたという彼女は、身寄りがないという。
最初私は信じられなかった。
私は梓ちゃんを連れて彼女の家まで行こうとするけど、どういうわけか……
その家がどこだったか、本人にも私にも、まして近所の人さえも知らない。
まるで全て忘れてしまったように、一人うずくまって泣く梓ちゃんに、一緒に私の家で暮らそうと言った。
梓ちゃんに何があったのか……私は聞いてもどうすることもできないだろし、
お姉ちゃんが失踪した今、何か気づいてはいけないようなことがあるのではないかと内心怯えていたから。
私自身も、お姉ちゃんをなくした心の隙間を、誰かの存在をもってして埋めてしまいたかったというのもある。
お姉ちゃんが誰よりも仲の良かった後輩の梓ちゃん。その姿に、お姉ちゃんの姿が重なってひどく切ない気持ちになる。
ただの同情だったなら、きっとブランチのロビーにでも置き去りにしてきただろうと思う。
梓ちゃんも、下手な同情されるくらいなら、一人で浮浪者にでもなっただろう。優秀な<アヴァロン>のプレイヤーには一定のプライドがある。
本人の口からは「昔、ちょっとやってただけ」としか聞いたことがなかったけれど、
今日彼女の口からソロだったという言葉を聞いて彼女が<アヴァロン>の中で最も優秀なプレイヤーであっただろうという確信を持った。
私が梓ちゃんを、梓ちゃんが私を、ある程度友達以上の存在として見ていたからこそ今こうして二人でいる。
そんな確信が、より強く持てるようになった。

45: 2009/09/10(木) 15:00:36.45 ID:84M/oiDV0
「ねえ梓ちゃん……ソロプレイヤーだったんでしょ?」
「……うん」
「お姉ちゃんも、ソロだったんだよ」
「うん……知ってる。先輩には、たくさん迷惑かけちゃったから……」
梓ちゃんは、虚構でつくられた戦場の中で何を見てきたんだろう。
「梓ちゃん、お姉ちゃんは……どんなプレイヤーだったの?」
「私はお姉ちゃんが戦ってるところ、見たことないから……」
梓ちゃんが、私の背中に手を回した。
「私が最後に見た先輩は」
お互いの身体が密着して、梓ちゃんの胸が鼓動を刻んでいるのが伝わってくる。
「現実がどこにあるのか……悟るために目を逸らさなかった。だから、今は私たちの前にはいないの……」
「そうなんだ……」
私は、梓ちゃんの目を見つめ続けた。
お姉ちゃんが悟るために目を逸らさないのなら、私は今、梓ちゃんから目を背けない。
最後までお姉ちゃんを見ていた、梓ちゃんの目はお姉ちゃんそのものを物語るだろう。

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お猿規制で待機してました
あとID変わってます
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46: 2009/09/10(木) 15:02:26.04 ID:84M/oiDV0
「憂……まだFAL、使ってるの?」
「うん、使ってるよ」
私が使っているFALは、着の身着のままだった梓ちゃんが唯一持っていたIDカードの中の装備データを私にくれたものだ。
もとより弾薬消費を気にする私は、全自動射撃機構を廃したタイプのFALの優れた射撃精度、高い貫通力と小口径のアドバンテージに惹かれた。
<アヴァロン>のプレイヤーは、武器もまたキャラクターとしての要素と考える人間が多い。
殊に戦闘技能と個性を売り物にする傭兵はその装備に神経質なもので、メンテナンスのためには貴重なポイントも惜しまない。
AK使いに名手なし、という言葉が横行するくらいで、かくいう私のFALも銃身を非常に高額な競技用バレルに換装している。
「そっか……どんなところ、使いやすい?」
「遠射性能と小口径……貫通力と弾薬の節約……あとは、趣味かな」
「趣味?」
梓ちゃんが不思議そうな顔をして聞いた。
「うん、趣味だよ。梓ちゃんがくれた銃だから、趣味に合うの」
そう言って、私は梓ちゃんにキスした。

47: 2009/09/10(木) 15:06:04.13 ID:84M/oiDV0
唇をつけたまま、梓ちゃんの服の中へ手を滑らせた。
梓ちゃんのしなやかで細い身体が、ぴくりと震える。

今日は、馬鹿な連中に振り回されて大馬鹿を演じて、その馬鹿から稼いだお金をさらに悪質な馬鹿に奪われかけたけれど、
梓ちゃんのおかげでなんとか逃げおおせて、こうしてご飯も食べてお酒も飲んで、梓ちゃんと寝られる。

良くはないかもしれないけれど、そう酷くもない――そんな生活にいつ頃から浸っているのかも億劫になるほど、お酒が回っているみたい。
梓ちゃんと汗ばんだ身体を重ねて、酔いとともに興奮と快楽に身を預けようとしながら、私は心の中で繰り返しひとつの言葉を呟いていた。



この世界は常に強烈な既視感に満ちている――。

49: 2009/09/10(木) 15:09:20.94 ID:84M/oiDV0
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とりあえず一話ごとにきってあって、1話目はこれで終わりです
今のところ全部で4話の予定なのですが、
1日に1話分投下しようかと思っていたのですがまだそれほど伸びてはいないので2話も投下しちゃってもいいでしょうか?

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52: 2009/09/10(木) 15:19:21.61 ID:84M/oiDV0


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A V A L - O N ! *02
けいおん! × アヴァロン SS-2
灰 色 の 貴 婦 人
Glay Lady

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Based on the book by
        Mamoru Oshii
        Kakifly
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#02
灰色の貴婦人
============
Gray Lady
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53: 2009/09/10(木) 15:21:02.52 ID:84M/oiDV0
私はFALの閉鎖不良に気づいて、コッキングハンドルを引きながら、
サイドアームのPPKが装弾済みだったかどうかを必氏になって思い出そうとしていた。
前方に敵が迫り、私はFALを構えると、今度はサイトの調整が狂っていることに気づいて慌ててしまう。

後ずさると、テーブルに腰がぶつかった。
何かと思えば、私は一人で食堂に立ちつくしていた。雨が降っていて、服も濡れて下着までびっしょり。

「憂……」
梓ちゃんが向こうの扉から歩いてきた。
私はどうしてかPPKを引き抜きたくなって、腰のホルスターからPPKを引き抜き、構えた。

「その身体で、本物の苦痛を教えてあげましょうか?」
梓ちゃんも、拳銃を構えた。
「……どうしても?」
「お姉ちゃん!?」
お姉ちゃんが私と梓ちゃんの間に立ちふさがると、拳銃を取り出した。
「ごめんなさい、私……ゴキブリの国に帰らなくちゃいけないです」
梓ちゃんが意味不明なことを言いながら、私はブランチの長い廊下に立っていた。

54: 2009/09/10(木) 15:22:33.94 ID:84M/oiDV0
「お姉ちゃん……どこいったの?」
不審に思った私は走るのだけれど、廊下はまるで永遠に終わらないようだ。
すると不意に曲がり角が現れ、私は壁にはりつきながら角の向こうの様子を伺った。
「澪! 行かないでくれ、行っちゃダメだぁ!」
「ごめんな、律。私、韓国に帰らなくちゃいけない」
ガーランド……いや、律さんと澪さんがいた。
「それはダメです!! そいつは偽物です!」
私は角から飛び出すと、装弾済みのFALを構え、澪さんに一連射を加えた。
澪さんが爆発炎上、破片を飛び散らせ、律さんが悲鳴を上げた。
「澪おおおォ!!!」
「……ああああっ!!」
取り返しのつかないミスを犯した……私は慌てて何かを叫んだけれど、もうそこには誰もいなかった。

FALを構えると、天井から澪さんがたくさん降ってくる。
私は近づいてくる澪さんから、FALで撃ち飛ばした。このまま近づかせると殺される、と勘が囁いている。

私の真後ろに澪さんが落ちてきて、私は振り返るも遅すぎる。
澪さんが手を振り上げた瞬間、誰かが降ってきて澪さんをバラバラに吹き飛ばした。
「待たせちゃってごめんね、憂」
「お姉ちゃん!!」
「増援もいるんだよ!」
お姉ちゃんに言われて横を振り向くと、和さんが、目からレーザーを発射して接近してくる澪さんを焼き切っている。
「FALの弾薬が……っ!!」
お姉ちゃんはショットガンで迫る澪さんを吹き飛ばしている。
ついにFALの弾が切れて、私は銃床を振り上げて白兵戦へと持ち込もうとした。

55: 2009/09/10(木) 15:25:28.80 ID:84M/oiDV0
「これ、実はたくあんなの」
私は箸を持つと、茶碗に盛られた箸を見つめた。
紬さんの眉毛が剥がれて、箸の山の上にたくあんが載った。

私はPPKを抜いて、装弾を確認したのち、迫るたくあんをハチの巣にした。
私は近づいてくるたくあんから、PPKで撃ち飛ばした。このまま近づかせると殺される、と勘が囁いている。
私の真後ろにたくあんが落ちてきて、私は振り返るも遅すぎる。
たくあんが大根の葉っぱを振り上げた瞬間、誰かが降ってきてたくあんをバラバラに吹き飛ばした。
「無茶するんじゃねえ!!」
「ガーランド!」
「増援もいるよ!」
ガーランド……いや律さんに言われて横を振り向くと、純ちゃんが大量に出てきて、たくあんに襲いかかっている。
「PPKの弾薬が……っ!!」
律さんはM1で迫るたくあんに対して正確に射撃している。
ついにPPKの弾が切れて、私は拳銃を振り上げて白兵戦へと持ち込もうとした。
誰かの……誰かはわからにけれどどこかのお父さんがお尻を出しながら風呂桶に浸かり、私は背中からMAG機関銃を取った。

308弾の掃射……絶望的な状況でも生還するだけの技量、度胸、虚構への情熱。
そして残念ながら、梓ちゃんと澪さん、それから純ちゃんも国に帰った。

――これは、夢だ。

56: 2009/09/10(木) 15:29:24.75 ID:84M/oiDV0
「……っ!!!」
ベッドから飛び起きた私は、カーテンの隙間から日の光が差し込んでいるのを見て、夢から覚めたと知った。
夢の中に久しぶりに純ちゃんが出てきたけれど……あんまり思い出すと頭の痛くなる夢だったから、忘れることにしよう。
隣には梓ちゃんが可愛らしい寝息を立てて眠りこけていた。
「……よかった、国に帰ってなくて」
心底安心した私はわけのわからないことを口走りながら、脱ぎ捨てた下着を身につけた。
結局昨日は、梓ちゃんと裸であれやこれ……思い出すと結構恥ずかしいこと色々して、そのまま寝てしまったんだった。
毛布からはみだしている梓ちゃんの小振りな胸を見て、どきりとしてしまう。
「女の子同士でもいいっていうのは……何かしら異常なのかなぁ……」
<アヴァロン>で傭兵稼業をやってる時点で異常なのは今に始まったことではないし、気にするほどのことでもないよね。

57: 2009/09/10(木) 15:31:10.16 ID:84M/oiDV0
ふと時計を見ると、もう夕方だった。
……むしろおかしいのは性癖や同性に抱く恋よりも、体内時計みたい。

梓ちゃんと二人でシャワーを浴びてから、私はキッチンで遅めのお昼ご飯を作っています。
最近は私は昔のお姉ちゃんのように<アヴァロン>で稼ぐのがメインになっていて、梓ちゃんが家事をほとんどまかなってくれている。
料理するのは久しぶりなので、少しだけ不安はあるけど……まあ大丈夫。

簡単なうどんを二人で食べ終えたあと、私は梓ちゃんに見送られて、<アヴァロン>のブランチへと出かける。
「帰る頃に迎えに行くから、電話かメールしてね」
「うん。じゃ行ってきます、梓ちゃん」
「行ってらっしゃい、憂」

私は民生課の役人が決して認めることのない職場へと向かった。

59: 2009/09/10(木) 16:00:53.64 ID:84M/oiDV0
ブランチは回線の接続が開始される夕刻から混み始める。

ロビーはもちろん、各種端末の並ぶ長い廊下にまでプレイヤーが溢れて、
そこかしこでブリーフィングに余念のないプレイヤーが円陣を組んで座り込んでいる。

人混みをかきわけ、私は回線の状況を表示する巨大なモニターの前にやってくる。
ここが私の仕事場……<傭兵待機所>。
傭兵を必要とするパーティはここを訪れて直接交渉によって契約条件に適う人材を雇い、傭兵は自分に有利な条件を呈示するパーティを待つ。

雇う側からすれば、アクセス料金を払った上で貴重な獲得ポイントの高率な割り戻しを保証するわけだから、
見かけ倒しの傭兵など雇おうものなら目も当てられない。

凄腕で、誠実で、危急の時には身を捨ててパーティを救い、しかも法外な要求をしない……そんな完全な兵士を求めるけれども、
そもそもそんなプレイヤーは傭兵などしていない。
しかし、「いざというときに逃げない」という点に関しては傭兵を必要とするようなパーティであれば真っ先に考慮する条件で、
当然のことながら戦場からリセットをかけるような傭兵は悪評を立てられて二度と仕事にありつけないことにもなる。

60: 2009/09/10(木) 16:01:47.88 ID:84M/oiDV0
ともあれ傭兵を雇う際の条件や取り決めは全て直接交渉による口約束で、その契約を確実に守らせる組織なんていうものは存在しない。
もめ事などの処理は一切プレイヤーたちの自主的判断と良識ある行動……つまり掟と暴力にゆだねられている。

<アヴァロン>の管理者たちは、警察が介入することでもない限りはプレイヤーのもめ事には口を出さない。
同時に正規の業務内容以外にプレイヤーの便宜を図ることも一切ない。
全てプレイヤーが自己責任において行うのが当然とされており、アクセス料金さえ払えば、パーティの内実が問われることはない。
舞台を管理し、支障なく運営するのが自らの役割であって、
そこに至る過程や結果を含むどのような劇を演じたかはプレイヤーにゆだねられている、というのが管理者のポリシーだった。

もともと<アヴァロン>は本当に最低限のルールしか設定されていない。
この非常に緩いルール設定がパーティのメンバー間の不満、不平、嫉妬などの葛藤や軋轢を生み、造反や独立、分裂、
あげく友軍誤射から解散に至るあらゆる厄介事の原因となったのは言うまでもない。

たとえばRPGや擲弾筒などの重火器を扱える<メイジ>はパーティの戦力増強にうってつけなのは確かだけど、成長はそれなりに遅く、
一人前になるまでパーティで育てる必要があるが、引き抜きによって戦力を増強しようとするパーティもある。
パーティ間に緊張が高まったあげく戦場で頃し合い、ブランチで乱闘し、果ては殺人や傷害にエスカレートすることすらある。

引き抜きまで至らないにせよ、このようなパーティ編成に関するもめ事はキリがない。
そのほとんど全てが「戦場に至る過程とその結果」をプレイヤー自身にゆだねた<アヴァロン>のルールのせいといっても過言ではない。


それが試練か悪意なのかは私にはわからないし、それ自体永遠の謎なんだろうけど、はっきり言えることはある。
戦場という場所は、人を試みる場であるということは間違いないと、私は信じている。

<アヴァロン>は、そう言った意味で人間の作りだした究極の戦場なのかもしれない。

61: 2009/09/10(木) 16:03:00.17 ID:84M/oiDV0
回線状況を表示するディスプレイが点滅し、次々と順番を待つパーティが接続していく。

いまこの瞬間、様々な思惑を秘めたパーティが続々と戦場へと旅立っていく様は、私の胸を高鳴らせる。

「この世ならざる土地で、夜毎に繰り返される騎士の狩り……なんてね」
「……ひゃあっ!?」
アーサー王伝説にでもなぞらえたような言葉を囁かれ肩をぽんと叩かれた私は飛び上がった。
振り向いた先には、ニヤけた律さん……いや、ガーランド。
「感傷にふけるのも悪くないけど、ぼんやりしてると仕事なくなっちゃうぜ、308」
私は胸の内を見透かされた気恥ずかしさを苦笑で覆い隠して答える。
「安売りはしない主義だから……えへへ」
「そりゃ残念、いい客を紹介しようかと思ったんだけど……」
「本当!?」
表情を変えた私に、今度はガーランドが慌てた。
「いや思ったんだけど……実はもう埋まっちゃったんだ」
「なるほど、今こうして私とガーランドが話している間に、どこかのおでこさんがさっさと話を決めてしまった、と」
「ごめん。担ぐつもりはなかったんだけど、実はそういうわけなんだ」
両手を顔の前で合わせる。
律さんのそんな姿が妙に可笑しくて、私は思わず顔がほころんだ。
こういう素直さは人間関係に難ありの多い傭兵にはとても珍しい、律さんならではのこと。
「気にしないでガーランド。冗談だよ」
「ありがと……ホッとした」
そんなに私、凶暴に見えるのかな……。
「それに、こう言っちゃなんだけど……妙な客なんだよ」

62: 2009/09/10(木) 16:03:53.22 ID:84M/oiDV0
そう言って肩越しに促した視線の先に、ディスプレイを見上げるプレイヤーたちから少し離れたところにいる女の人がいた。
どこの国のものとも知れぬ軍用コートを着込んで、顔はフードに覆われている。
目元もサングラスをかけ、顔はわからない。
「どこの人なの……あの人?」
背丈は私と同じくらいだけど、気迫が違う。恐ろしく印象的だ。
「どこが妙なの?」
「傭兵だけで編成したパーティなんて、聞いたことあるか」
ガーランドが困惑としか言いようがない表情を浮かべていった。

「傭兵だけって……全員が?」
「そうなんだ。私含め3人の傭兵を雇った」
「分配率は一人30パーセント、もちろんアクセス料は向こう持ち」

傭兵のポイント配分は普通は良くても20パーセント……そう考えると30パーセントは破格の数字だ。
そんなことをしたら、主宰する人間へのポイントがアクセス料金すら払えないほどになってしまう。
「一体何者?」
「質問はなし、が条件だそうなんだ」
「IDはチェックした?」
「それもなし……どう思う?」
ガーランドが私に話しかけたのは、初めからそれが目的だったのかもしれない。

63: 2009/09/10(木) 16:04:37.89 ID:84M/oiDV0
あり得るとすれば、<アヴァロン>に関するルポを書きたがっている雑誌記者やフリーライターが護衛として傭兵を雇うケースかもしれない。
でも一時期もてはやされた<アヴァロン>の読み物もすっかり人気をなくし、そんなものに見向きする人間がいるかどうかすら怪しい。
これは私の勘だけど、あの女の人の雰囲気がジャーナリストとは思えないし、護衛を必要とするタイプの人間とは思えない。

新規に参入するパーティが採算を無視してガイドを雇うというのもあるけど、一人で来ている時点でそうとは思えない。
「プレイヤーキラー……かな」
私は最後の可能性を口にした。

プレイヤーの装備は本人が氏亡判定されると、戦場から消滅して自動復帰するが、負傷や放棄した場合は可処分データとして扱われる。
装備の購入には多大なポイントが必要になるから、これを回収して戻るのもパーティの重要な任務になることがある。
もちろん他のパーティが持ち帰ることも可能だ。
<アヴァロン>のルールは、装備の掠奪や他のパーティへの攻撃を禁止してはいないため、パーティ間の掠奪行為が怒ることは必然だったし、
これを専らとするパーティであるプレイヤーキラーが登場することはかなり早い時期から予想されていたという。

ちなみに他のパーティを待ち伏せして襲撃し、その装備を奪ってポイントに換える連中を<ニーシューター>と呼ぶのは、
システムの氏亡判定をかわすために彼らが選んだ射撃方法に由来する。
現実でも膝撃ちは相手を確実に肢体不自由にすることから忌み嫌われるが、プレイヤーたちもこれを蛇蝎のごとく憎んだ。
フィールドで装備を奪われて激痛にのたうつプレイヤーは、敵に虐殺されるのを待つかリセットを選ぶしかないから。

66: 2009/09/10(木) 17:03:16.98 ID:84M/oiDV0
「でも、プレイヤーキラーは絶対パーティで行動する」
ガーランドはあっさりと否定してみせた。
「あいつがどんな凄腕だとしても、私たち三人を相手に回して氏なないように無力化する、なんて真似はできないぜ」
まあ、ベッドの上でなら別かもしれないけど、と捕捉して笑ってみせた。
案外律さんも、女の子同士でいける人なのかな……。
「まあそれはいいとして……ニーシューターは同じ端末で仕事したりしない。バレればフクロじゃ済まないしな」
「フィールドで仲間が待ち伏せっていう可能性は?」
「にしても、さ……なんで私たちを選ぶのかがわかんない。みんなG3とかだぜ」
それはその通りだった。
G3はローラーロッキングシステムを搭載した名銃だけど、<アヴァロン>ではFALと同じ30口径のハイパワーが敬遠されて傭兵以外に人気がない。
律さんの使用するM1なんて現物だとしたら目が飛び出すほどのプレミアかもしれないけど、データして評価するなら……
名前通りガーランドは傷つくだろうけど、ハイパワーだけが取り柄の半自動小銃であって、実質的な価値はAK以下になってしまう。
そもそも傭兵の好んで使用する火器は、たいていそれほどのポイントにはならない。

律さんはどこか困った表情で肩を竦めたが、私はといえば結論のでない話を続けるのが正直面倒な気がしてきた。
「まずいと思うならやめておいた方がいいよ。ガーランド」
「それはそうなんだけどな……」
律さんにしては珍しくはっきりしないものの言い方だった。
「どうしたの?」
「何があるのかさ、興味あるだろ? もう予備接続に登録しちゃったんだよん」

67: 2009/09/10(木) 17:05:07.93 ID:84M/oiDV0
私は呆れてガーランドの顔を見つめた。
カチューシャとおでこの下の目の中で、瞳がキラキラと輝いていた。
要するに、律さんはこれから始まる愉しい冒険について誰かと話をし、その期待感を共有したかっただけだったみたい……。

ハイレベルなプレイヤーになるほど無表情になり、良くてお坊さん、悪ければ無感動な頃し屋にしか成り得ない戦場も、
律さんにとっては心躍る冒険の世界であり続けているのかもしれない。そんな意味では彼女こそ真のプレイヤー、冒険者なのかもしれない。

「30-06さん」
ガーランドの肩越しに、女の人が私を見つめていた。
サングラスを通り越して、視線を感じる。
何か切なくなるほど懐かしい感覚に襲われて、私はぼんやりと運命の人という言葉を思い浮かべた。
「時間だよ」
その声を聞いた途端、また懐かしい……何かとても大切なものを心の中まで探られたような気がして、
待って、あなたは誰なの……と声をかけようとしたけれど皆はもう廊下へと姿を消していた。

私は眉間に指を当てて、力なく私の指定席である通気ダクトに腰を下ろした。
まさか……あの人……。
いや、そんなはずはない。

68: 2009/09/10(木) 17:06:02.87 ID:84M/oiDV0
「308……だね」
女の人に声をかけられた。
「仕事を頼めないだろうか」

見上げると、そこには長い、黒髪の女の人。
梓ちゃんと似た感じの目つきで、抜群のスタイル。
「お久しぶりです」
「よかった、覚えててくれたか」
「今は何とお呼びすれば?」
「ホウワ、でお願い」
秋山澪さん。
お姉ちゃんの部活仲間の先輩。
大人な雰囲気をまといながらも、即効性抜群の可愛らしさを備えた人だ。

「それじゃ、分配率は20パーセント。トルーパー以上の敵を私が倒した場合はその40パーセントをボーナスとしていただきます」
「弾薬代は私持ち、アクセス料金はそちら持ち。これ以下の条件なら、お断りします」
私はいつものように手短に条件を告げた。相手が旧知の仲でも、これは別の話だ。
駆け引きは苦手……というよりは時間の無駄だと今では考えている。結局のところ雇う人は雇うし、冷やかしにつき合うこともない。

「それだけ、でいいのか?」
澪さんは言葉を返した。別に怒っているわけでも、驚いているわけでもないようだった。
「こちらのことは、何も訊かなくていいの?」
「フィールドに立てば、判りますから」
「わかった。お願いするよ」

69: 2009/09/10(木) 17:07:24.04 ID:84M/oiDV0
澪さんも私と似たような信条の持ち主らしい、メンバーを紹介すると言って背を向けるとさっさと歩き出した。
<アヴァロン>に身を投じた澪さんに何があったのかは知らないけれど、上級プレイヤーとしての雰囲気は、本物だった。
澪さんが近づくとベンチに座り込んでいた5人組が起ち上がって整列し、一斉に頭を下げた。
全員が黒髪の綺麗な女の子で、<アヴァロン>のプレイヤーというよりも何というか、清楚な女学生のような印象を受ける。
大和撫子の集団、と言えばぴったりだ。

「ドッグズヘッズ、と名乗らせて貰ってるんだ」
ピュアピンク(ピュアな撫子)……なんてのも悪くないかなと思ったけれど、思ったより違ったイメージの名前だった。
今度は全員が私に向かって無言で頭を下げた。
訓練された犬のような人たちだ。
犬のように従順な美少女たちと、それを従える魅惑の美女。

<ドッグズヘッズ>は風変わりなパーティだ。

澪さん……ここではホウワだったが、その部下とも言うべき5人組に至っては沈黙の誓いを立てた修道僧のように無口だった。
だが何よりも私の関心を惹いたのは、このパーティの編成と装備だった。

70: 2009/09/10(木) 17:10:26.50 ID:84M/oiDV0
通常、パーティは様々なミッションにフレキシブルに対応するため、
情報分析に優れたビショップ、正面戦力のファイター、索敵や罠の解除をするシーフ、強力な火器を装備するメイジの4つをレベルを考慮し、バランスよく編成するのが常道とされている。

理屈ではそうなっているものの、これを実際にやってみると意外と難しい。
<アヴァロン>にパーティの上限人数は規定されていないから、いくらでも増やすことはできる。
しかしポイントはパーティ人数で割って配分されるため、人数が増えすぎるとレベルアップどころがアクセス料金を稼ぐことすら危うくなる。
そのためほとんどのパーティは6人程度で編成されているのが現状となっている。

いざ戦闘になると、ファイターは戦力のメインとなるためメイジと並んで重宝されるが、
ビショップやシーフのような装備の重量制限のきつい階級は下手すればお荷物扱いになってしまう。
かといってシーフを省略したために対人地雷に引っかかって壊滅するパーティも少なくない。
ビショップに関しては、私自身不要論者の一人なのだけれど、集団が生き残るためには優秀な指揮官が必要、という原則が今も大勢を占めている。

実際戦場で敵と対峙すればわかることだけど、結局の所ファイターほど頼りになる正面戦力は他になく、これがやられた場合、パーティには壊滅かリセットの選択肢しかない。
<アヴァロン>において増援などというものはなく、戦力を立て直すなどということは意味をなさない。
普通は一人でもファイターが多く欲しいのが、現状だ。
パーティの理想と現実をめぐるこの課題は、様々なプレイヤーの試行を促した。
メイジを増やす、という試みもあった。
しかしメイジは成長も遅く、装備にかかるポイントが莫大なためどんな稼ぎのいいパーティでも一人以上に増やすことは出来なかった。
結局のところ、パーティ編成は通常のバランスに加えビショップやシーフにAKSなどの短小化した突撃銃を持たせる程度、
という現実的な妥協をすることとなった。

71: 2009/09/10(木) 17:12:00.04 ID:84M/oiDV0
そしてこの<ドッグズヘッズ>の編成は、パーティ編成をめぐるあらゆる試行が挫折していった中で比較的まともに検討された編成でもある。
それは、「ファイターによるパーティの純血化」だった。

元来ファイターは<アヴァロン>の標準的な階級であって、良くも悪くも戦闘に必要な全ての技能をバランスよく備えていた。

レベルアップ時に不足となる能力の基礎パラメータにポイントを当て、さらに装備の多様性によってこれを補完していけば、
パーティ全員の戦力化という理想に矛盾することなく指揮、索敵、重火力などに特化したファイターの集団を編成することが可能だ。

しかし現実にファイターだけで構成されたパーティが登場していない理由もまた、<ファイター>という階級独自の性格によっていた。

<アヴァロン>のプレイヤーに共通する心理に、超人願望があることは言うまでもないだろう。
そしてその願望に取り憑かれる人間の多くは個人主義者で、特にファイターにはその傾向が著しかった。
戦闘能力に欠けるビショップ、シーフ、そして金食い虫のメイジ……パーティの存在を前提としたプレイヤーには、帰属意識が芽生える。
しかしそれらと違い、パーティを前提としない自律的な階級であるファイター。
とりわけ帰属意識は上級者のファイターほど薄弱になるもので、
この心理がファイターの純血化をしようとするパーティを阻害する。

”集団は多様性を内包するからこそ求心力を持ち、これを純化する理想によって崩壊する”という一般則に読み替えることもできるが、
私が思うに人間という身勝手な生き物が集団によって理想を追うこと自体に無理があるのだ。
今まで「戦士のパーティ」なんてものが存在したという話は耳にしたことがない。

72: 2009/09/10(木) 17:14:05.59 ID:84M/oiDV0
「うちの交戦規定は簡単なんだ」
と澪さんが接続前のブリーフィングで、それこそあっさりと私に言った。
「誰も逃げない、全員で戦い、全員で帰還する、ザコは相手にしない……質問はある?」
確かに簡単だった。
その通りに行動できる人間がいれば、だけど。
「逃げる人がいたら?」
と訊くと、澪さんは即答した。
「私が頃す」
私は高校時代に何度か目にした澪さんとの変わりように半ば感心し半ば呆れながら、もうひとつ質問した。
「それで、私は何をすればいいんですか?」
「撤退時の殿を頼みたい。それまでは……自分の身を守っていてくれるだけでいいよ」
澪さんという人もずいぶんと傭兵をナメた奴じゃないかと思ったが、クライアントの意向に添うのが私の営業方針なので黙って肯いた。

この強力な編成で何故傭兵を雇う必要があるのかわからないが、さらにわからないのはその装備だった。

私にはこれが納得できなかった。
ホウワと呼んでくれ、と名乗った由来でもある、TH64。
なぜTH64なのか……しかもどうして全員がTH64なのか。

73: 2009/09/10(木) 17:15:05.90 ID:84M/oiDV0
TH64は自衛隊がその昔に正式化したセレクティブファイア可能な30口径ライフルで、正式には64式小銃という名前だったそうだけれど、<アヴァロン>ではタイプ・ホウワ64――TH64と呼ばれている。

この小銃はガスオペレーションシステムとティルトボルトによるロッキングシステムを組み込んだ、
当時の標準的な性能をクリアした自動小銃のひとつだ。
重量は装弾したマガジン込みで5キロを超え、自動小銃の小口径化が進み始めた当時でも重い部類に入る。
<アヴァロン>での重量制限の基準ギリギリなのは私のFALと同じだけれど、人気の点ではFAL以下だった。

その理由は二つある。
ひとつは、弾薬が308NATO弾であること。
大口径の308弾は高い威力を誇る優秀な弾薬である反面、全自動で発砲した場合制御がきかないという大問題を抱えたシロモノだった。
当時の東側がいち早く小口径高速弾を使用するAK-74シリーズを開発したのに対し、西側はFALやG3などの30口径弾を使用する突撃銃を採用した。
そして西側は小口径弾を使用する小銃の開発に切り替えるまで、30年近い迂回を経ることとなった。
ちなみにG3はHK33という名称で小口径弾を使用するスケールダウンモデルに生まれ変わった。
FALの方はというと、英国のL1A1のように全自動射撃機構を廃した半自動タイプが普及することになった。
308自体に罪はないが、銃の開発において弾薬の選定がどれだけ重要かが後世に伝えられた弾薬となってしまった。
TH64は308NATOと全く同型の弾薬を使用するように設計されている。
だが、TH64に実際に使用された実績がある弾薬は日本人の肉体的条件に合わせ発射薬を減量した減装弾だったのだ。

TH64のレシーバーは生産性の高いプレス工法ではなく、FALと同じ削り出し加工によって製造されている。
この方式は大量の弾薬を発射しても変形が少なく、耐久性が高いことで有名だが、プレス工法を多用したG3に比べると単価が高価となる。

フルロードの308を使用した実績がなく、しかも高価なTH64は30口径を愛用することの多い傭兵の間でも、コストパフォーマンスの面で疑問を持つ者が少なくない。

74: 2009/09/10(木) 17:16:28.75 ID:84M/oiDV0
そしてもう一つの理由……「幻の名銃」であること。
TH64には軍用銃として必要とされる、「戦場における実績」が存在しない。
TH64の公表データによればその性能は半・全自動ともに高い命中精度を誇り、特に半自動による遠射性能の良さが強調されている。
しかし、そんなカタログデータ……いわば御題目を信じる人間は、現実の兵士にも<アヴァロン>のプレイヤーにもいない。
過酷な環境下で酷使され、「洗礼」を受けた銃が高い信頼を得る軍用銃の世界において、
「専守防衛」をかかげた自衛隊の採用したTH64という銃は、武器の禁輸もあって実戦を一度も体験したことがない「幻の名銃」だった。
<アヴァロン>は可能な限り現実の戦闘を模したゲームであり、特に銃器の設定に関しては入手可能なあらゆるデータを参照している。
しかし<アヴァロン>のシステムがこの類の「幻の名銃」についてどのような評価を下したのかは実はよく判っていない。

このような理由から、現実でも虚構でも評価の定まらないTH64は、プレイヤーたちから敬遠されている。

ちなみに、TH64は現在では小口径の223口径弾を使用するTH89に更新され、余剰銃は廃棄処分された関係もあり現品が存在するならば凄まじいプレミアがつくだろうと言われている。


<ドッグズヘッズ>は澪さんの言った交戦規定通り、他のパーティとトルーパーたちの小競り合いを避けるように慎重に進んでいた。
彼女の指揮は淡々としたもので、ハンドシグナルのみで5人組を自在に動かす様はボーダーコリーを操る飼い主のよう。
正直澪さんが何を目論んでいるのかは、後衛についた私には皆目わからない。

75: 2009/09/10(木) 17:18:54.78 ID:84M/oiDV0
市街地を離れ、一度はずれの橋の前に集合した。
そして先へと踏み込めば、ダミーの遠景の市街地、空、橋すべてが剥がれ、崩れ落ちるように消えていく。

――世界が消失した。


一瞬の意識の中断ののちに、私たちは<ウェイストランド>に立っていた。

プレイヤーたちが荒れ野と呼ぶこの土地は、その見てくれは何もない見捨てられた土地のようだ。
しかし実際は、点在する戦場を繋ぐいわゆる緩衝地帯で、厳密には<アヴァロン>のシステム空間に近いものがある。
地形ではわからない、表示されない接点から全てのクラスにアクセス可能なワールドマップでありながら、戦場でのルールは適応される。
もちろん、敵とのエンカウントも発生する。
<アヴァロン>の開発者たちが何故こんな空間を設定したのかは例によって謎とされているが、
プレイヤーにとっては戦車や攻撃ヘリが遊弋する極めつけの危険地帯でもあり、一度踏み込むと二度と戻れない無限ループのマップでもある。
禁断の土地。
私自身も何度か踏み込んでしまい、セーブポイントを発見する前に道に迷い、惨めにリセットをかけたことがある。

周囲は、ただ茫漠たる荒地が広がっているだけ。
私にはどこが接触点なのかどころが、何もわからない。

私は深く息をつくと、FALを肩に担いで、澪さんがセーブポイントの所在を知っていることを信じてその後を追った。
もしもこんなところで攻撃ヘリが現れたものなら、私たちはたちまち全滅だろう。
爆音が響き、雲間に鴉のようなシルエットが出現したときが、このパーティの命運の尽きるときだ。

……しかし、結局私たちはヘリはおろか、戦車にも遭遇することなく、目的地らしき場所へと到着した。

それが思いがけない運のよさによるものかはわからない。
なぜなら私は、澪さん率いるこのパーティの作戦におおよその見当をつけていたからだ。

76: 2009/09/10(木) 18:03:17.20 ID:84M/oiDV0
緩やかな斜面が這い上がるように小さな丘陵が私たちの目の前に現れた。
そこを登り詰めると、反対側は大きく抉られた崖になっていて、その底には黄昏の空を映した鏡のような湖面が望めた。

5人組が休む間もなく散開すると、湖を囲むようにほぼ等間隔の射撃位置で、TH64のバイポットを開いて伏射の態勢についた。
澪さんも適当な射撃位置を選んでバイポットを開き、膝をついて腰のパウチから抜き出した20連マガジンをいくつか並べた。

「荒野に大物の湧出地があるって噂……本当だったんですね。一体何が湧いてくるんですか?」
澪さんの傍らに腰を下ろしながら訊いた。
「半自動のFALで墜とせるか、試してみたいだろ?」
澪さんが腕時計をちらりと眺め、TH64の銃床を肩に引き寄せながら答えた。
「もちろん、そのつもりで」
私はそう答えて、TH64の排莢を避けるために左側へと移動し、伏射姿勢に入った。

予備弾倉は、準備しなかった。
308を20発半自動で撃ち尽くして、まだ射撃の余裕があるとは思えない。

私は横目で澪さんを見ながら、セーフティレバーを押し上げた。
FALの操作性の高さはまさに理想と呼べるもので、特に射撃に関わるあらゆる操作は追求されたデザインによって容易なものとなっている。

この区画の映像表示処理に、強力な負荷がかかり始めた。
処理落ち……まではいかないものの、周囲の物音がゆっくりと遠ざかり、湖面に映る空が彩度を低下させていく。

表示に重い処理を必要とするオブジェクトが出現する兆しだった。

湖面が大きく歪み、その上空に出現した夥しい数のポリゴンが、周囲のテクスチャを微細に反射させながら、<大鴉>を生み出し始めていた。
<フラグ>と呼ばれる終端兵器の湧出を目撃したプレイヤーは、私の知る限りほとんどいない。

私は目の前に巨大な攻撃ヘリコプターを出現させるシステムの底力を見つけられ、畏怖にも似た感情に圧倒されその荘厳な光景を見つめていた。

77: 2009/09/10(木) 18:09:06.29 ID:84M/oiDV0
大鴉は、アーサー王が氏後にその魂を宿した鳥として知られているが、<アヴァロン>ではその撃破が作戦終了の必要条件であるフラグ……
攻撃ヘリMi-24ハインドをその名で呼んでいた。

Mi-24は西側からは「ハインド(雌アカシカ)」と名づけられ、開発した東側では「クラカヂール(クロコダイル)」と呼ばれた。
ちなみに私は多数派にならってハインドと呼ばせて貰っている。
ハインドは旧東側諸国の標準的な地上攻撃用ヘリコプターで、チタンや鋼鉄を使用した徹底した重装甲化が施されている。
そして信頼性の高い駆動システムを併せ持ち、「世界一頑丈な攻撃ヘリ」として知られていた。
もともとは巨大な機体に歩兵一個分隊を搭載した強襲用の装甲兵員輸送ヘリとして設計されていたが、のちに攻撃ヘリとしてその真価を発揮した。

武装は機首のタレットに装備されたYak-B12.7ミリ機銃、スタブウィングにはUB-32対地ロケット弾ポッド4つと「シュトゥールム」対戦車ミサイル4発を装備する。

78: 2009/09/10(木) 18:17:19.65 ID:84M/oiDV0
強襲や地上制圧はもちろん、巨大なペイロードを活かして爆撃や地雷散布すらもこなす一種の万能機でもある。
多くの派生型が生産され、世界中の軍用ヘリコプターをおさえて市場ナンバーワンの売り上げを誇った傑作機だった。
ハインドはその巨大な機体からは想像がつかないほど素早く、超過制限速度は320キロと、ヘリとしては破格の速度を叩き出す。

携行火器の装備しか許されない<アヴァロン>のプレイヤーにとって、<大鴉>を墜とすことがいかに困難であるかは想像に難くない。
有効な対抗手段は、メイジの装備する「スティンガー」携帯対空ミサイルだけだ。
赤外線ホーミングを採用する優秀な対空ミサイルではあるが、これを高い建造物の多い市街地で運用するのは難しい。
建物の隙間から、上空を擦過するハインドを捕捉することは難しく、当たるかどうかわからない一発に莫大なポイントをかけることになる。
それならば、掃射されるのを覚悟でRPGを持って突っ込む方がまだマシだった。
とはいえその直撃すら装甲の厚い部分に当たっては効果はなく、不氏身のタフネスを誇る鋼鉄の鴉はあっけなく飛び去ってしまう。

アーサーの生まれ変わりを墜とすためには、凄まじい地上掃射に身を曝す勇気と、それ以上の幸運が必要になる。

79: 2009/09/10(木) 18:25:24.49 ID:84M/oiDV0
それでも根拠のない幸運を信じて、無謀な突撃を繰り返すパーティが後を絶たないのは、<大鴉>を墜とすことには格別の意味があるからだ。
もちろん一度墜とせば全員のレベルアップと装備の一新を果たした上で、闇市で豪遊してもまだお釣りが返るほどの獲得ポイントは魅力だけど、
なによりも<大鴉>の撃墜することで「ミッションコンプリート」の輝く文字を宙に浮かべることは、<アヴァロン>の開発者が試練を乗り越えたプレイヤーに与える最高の栄誉だったからだ。
<アヴァロン>の中に生きる者たちにとって、それはただのゲームの中の名誉としてではない、大いなる名誉。

そして、それは私のような傭兵の端くれにおいても、変わることはない。


<大鴉>が実体化を終え、その巨大なローターを回すべくクリモフガスタービンエンジンが咆吼を噴き上げた。

崖の下から、眼下に上昇してくる<大鴉>の巨体を望む私たちは、狙撃するには絶好の位置についているが、誰も発砲する者はない。
五枚のメインローターが巨体を覆っているからだ。
ローターブレードはステンレスやFRPを使用し抜群の耐弾性能を誇り、取り付け位置にあたるローターヘッドや各種のヒンジは20ミリ機銃弾の直撃に耐える強度を有している。

攻撃のチャンスは、恐らく一度だけ。

上空に上がれば装甲が施された腹しか見えず、機首のガトリング機銃が猛威を振るう。
<大鴉>が上昇をゆるめ、水平飛行に移るため、その長大な尾をこちらに向けて大きく振った。

80: 2009/09/10(木) 18:27:16.56 ID:84M/oiDV0
「撃てぇっ!」
澪さんが声を上げると、一斉に発砲が始まった。

その狙いは私の予想通り、<大鴉>に残された唯一の弱点である尾に取り付けられたテールローターだった。
この形式のヘリコプターは長い支柱の先に取り付けたテールローターの推力でメインローターのトルクを制御しているから、これを破壊されればバランスを失い、制御不能に陥る。
設計者はこの弱点を熟知しつつも、回転を伝えるシャフトを収めた長大な尾部全体に装甲を施すことは不可能だった。

<ドッグズヘッズ>の6人はテールローターに集中砲火を加えた。
それも単なる一斉射撃ではない。巧みに時間差を交えて交互に射撃し、マガジン交換のロスを補い尾を振って逃れようとする<大鴉>の動きに追随して射線を収束させた。
テールローターから火花が吹き上がり、強大な<大鴉>が目の前で身をよじるようにして苦しんでいた。

毎分500発の発射速度でフルロードの308を放つTH64の威力がついに功を奏し、破片をまき散らしてテールローターが停止した。

トルクを制御できなくなった<大鴉>がぐらぐらと揺れて、旋転しながら高度を落とし始めた。

機首をもたげて機銃を最大仰角で射撃し最後の絶叫を上げる<大鴉>は、急速に墜落を始めた。

81: 2009/09/10(木) 18:31:46.19 ID:84M/oiDV0
そして、私の目には信じがたい光景が飛び込んできた。
黄昏の陽光をトンボの目のようなバブルキャノピーに反射させながら、もう一機の<大鴉>が上昇してきた。
「嘘だろ……!?」
澪さんが目を見開いて呟いた。
墜落した<大鴉>の陰から飛び出したもう一機の鋼鉄の鴉は、もはや地上掃射に十分すぎる高度をとっていた。
「伏せろオオっ!!!」

澪さんの絶叫の後、<大鴉>から5つのマズルフラッシュが噴き上がり、私たちは一瞬で爆風に飲み込まれた。

82: 2009/09/10(木) 18:32:50.87 ID:84M/oiDV0
Mi-24ハインドには複数の発展型が存在することは知っての通りだが、今私たちの目の前に現れたのはおそらくその発展型の中のひとつ、武装強化型のMi-24Pだ。
機首の50口径ガトリング機銃は廃され、そのかわりにGSh-30Kと呼ばれる30ミリ機関砲が機体側面に取り付けられている。
30ミリ砲弾は破壊的な威力を誇り、徹甲焼夷弾などを使用した場合は、一キロ以上の距離からでも戦車の分厚い装甲板を貫通してしまう。
「バルカン」などの20ミリガトリング機関砲に初速で劣るものの、その破壊力においては対空戦闘にも十分なアドバンテージを発揮する。
これはただのバリエーションだが、この機体のスタブウィングにはロケットではなく23ミリ機関砲と大量の弾薬を内蔵させたUPK-23ガン・ポッドをぶら下げていた。

旋回するタレットに搭載されていないため、掃射の危険が従来の<大鴉>よりも少ないと思うかもしれないが、それは大きな間違いだ。
戦車を一掃射でスクラップにできるということは、建築物などの遮蔽物も意味をなさないということになる。

「システム側に手を打たれたのか……!?」
ハインドが掃射を1セット終えて飛び去り、次の掃射のため旋回をかける中、澪さんが顔を上げた。
なんと幸運なことか、5人の部下はまだ一人も氏んでいない。

「どうやって生き残ります?」
「お手上げだな」
私が訊くと、澪さんは困り果てたような表情で首を振った。
どうやら、氏ぬしかないようだった。

83: 2009/09/10(木) 18:35:25.88 ID:84M/oiDV0
私は無言で起ち上がると、FALに装弾していることを確認して、旋回する<大鴉>に向かって歩き出した。
「何をするつもり!?」
「私が<大鴉>の注意を引きますから、その間に離脱してください」

実力と信用が全ての世界において、傭兵は決して逃げないということが要求される。
私だって曲がりなりにも傭兵で、自分の実力をそれなりに自負している。

私は<大鴉>に向けて308を数発撃ち込むと、全速力で走り始めた。
視界の際では、澪さんたちが戦域から離脱するために走り出していた。

<大鴉>が私に気づき、ローターヘッドのヒンジを稼働させて角度を変えながら横滑りして旋回を開始した。
私が大きな岩の裏側に滑り込んだ瞬間、地形をえぐり取りながら爆風が砂煙を噴き上げる。
私を中心に空中を滑りながら、<大鴉>は執拗にガンポッドの連射を加えた。
口の中が砂の味でいっぱいになって、身体が砂の中に埋まりそうになる。


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淡々と読んでいただけるのは理想なんですが、なんだか見てる人がいるのか不安になりますねw

84: 2009/09/10(木) 18:36:57.27 ID:84M/oiDV0
怪物の寝首を掻こうとした猪口才な騎士たちが恐怖と苦痛から逃れられる手段はない。
砂と汗が混じり泥のようなものが詰まった首筋をジャリジャリを鳴らしながら、私はFALのマガジンを交換した。
強装弾……発射薬の量を増やし威力を高めた弾薬だが、使用しすぎると銃の発射機構にダメージを与えてしまう。
308の強烈な貫通力をこれで飛躍的に高めることができるが、それでもこの化け物に有効な攻撃を加えることは不可能に近い。

もしも敵に損害を与えられるとすれば……コックピットを狙う他ないだろう。
曲面で構成されたバブルキャノピーの強化ガラスは耐弾性を有するが、正面は切り立った平面ガラスがはめ込まれている。
もしもここに強装弾を命中させ、防弾ガラスにヒビを入れることができたならば、次弾で貫通することもできるかもしれない。
<大鴉>が私の正面に旋回をかけ、掃射を始めようとする。

「しまったっ……!!」
すぐに立ち上がり走り出すも、遅すぎた。
ガン・ポッドから発射された砲弾が私の真横で爆発し、私の小さな身体は爆風に煽られて吹き飛ばされた。

85: 2009/09/10(木) 18:38:06.62 ID:84M/oiDV0
<大鴉>は悠々と低空飛行をかまし、掃射した後の砂地をメインローターの爆風で巻き上げながら次の掃射のため飛び去ろうとする。
「……げほっ……ぐっ」
砂を吐き出して、私は半分土砂に埋まった身体を引き起こそうと全身の力を振り絞った。
未だに身体が引きちぎられて<氏亡>していないのが不思議で仕方ない。
大きな金属片がいくつか太腿に刺さっているがまだ氏亡判定も出ていないようだし、何よりまだ動くことはできる。
下半身を襲う激痛に耐えながら、投げ出されていたFALを鷲掴みにすると、私はよろよろと<大鴉>に向かった。
倒れそうになりながらも座位について、FALを構える。
もうこれ以上逃げても、今度こそ機銃の直撃弾で私は木っ端微塵にされるだけだ。

<大鴉>は私の氏期を嘲笑うかのようにのんびりと旋回を始めた。

私はFALの銃床を肩に引き寄せ、半ば無心でサイトを覗き込んだ。
<アヴァロン>の黄昏の色彩の中でまばゆい光を跳ね返し輝くキャノピーグラスが向きを変え、切り立った顔をこちらに向けた。

機首を下げ、掃射の態勢に入った<大鴉>が、私を見下ろす。

87: 2009/09/10(木) 19:01:11.76 ID:84M/oiDV0
「お姉ちゃん……お願い護って……!!」
呟きながら引き金を絞ると、ボルトが後退し、私のFALは甲高い音を上げながら弾丸を放った。
レシーバーから排出された薬莢が、くるくると回りながら砂の中に消えていく。

「……お姉ちゃん……!!」
<大鴉>は迫る。


私が第二弾を放とうとしたとき……私は声を聞いた。
「ここにいるよ、うい」
誰かが、私を後ろから抱きしめていた。
「ごめんね、遅れちゃって」
そう小さな声で呟いて、FALのグリップを握る私の手にそっとその手を添えた。
「着弾はした。二発目を撃ち込めばキャノピーの中を弾丸が跳ね回るよ……」
「……うん」
信じられないことかもしないけれど、お姉ちゃんがいる。
「落ち着かなきゃ、次の弾を当てるのは難しいよ」
「私が撃て、って合図を三回出したら、引き金を引いて」

88: 2009/09/10(木) 19:01:59.55 ID:84M/oiDV0
後ろから私を支えてくれるお姉ちゃんを感じながら、私は再びサイトを覗き込んだ。
狙うべき着弾点は、反射が乱れている正面ガラスの弾痕。

「撃て……」
お姉ちゃんが後ろにいるんだ。
私は<大鴉>を撃墜しなければいけない今の状況を呪った。
今すぐにだって振り向いて、お姉ちゃんに抱きつきたい。

「……撃て……」

周囲の音が遠ざかり、私の意識はお姉ちゃんと<大鴉>……それ以外何も感じられなくなった。
次の弾は当たる……そんな根拠もない確信が、私の中に広がっていった。

「……撃て」
引き金を引いた。


銃声の残響が消え去った頃に、<大鴉>は動きを止めた。
そしてゆるやかに制御を失い、巨体がよろめきながら横転を始めた。

89: 2009/09/10(木) 19:03:41.07 ID:84M/oiDV0
「憂」
私は後ろを振り向けなかった。
全身の力がすっかり抜けて、涙が止まらなくなった。
声を頃して泣きじゃくる私に、お姉ちゃんはいつかのように私をぎゅっと抱きしめた。
「泣かないで……憂」
「今は泣きやむまで一緒にいてあげられないかもしれないけど……」
お姉ちゃんにやっと会えたのに……私は何も言えない。
たくさん、数え切れないほどたくさん話したいこともあるのに。
「でも忘れないで、憂」
「私は憂が<アヴァロン>にいる限り、いつも憂のこと見てるから」
目を閉じて肯くと、大粒の涙がぼろぼろとこぼれ落ちた。
「グレイレディ!」
「……再会するときの合い言葉にしよ」

背中の感触がふっと離れ、お姉ちゃんの気配が遠のいた。

「お姉ちゃん……!!」
私は泣きながら声を上げる。
それが無駄だと判りきっていても。

「求めよ、さらば與えられん」
「……またいつか会おうね、憂」
別れの言葉を告げると、お姉ちゃんの気配は消え去った。

92: 2009/09/10(木) 19:06:03.95 ID:84M/oiDV0
「危ないぞ伏せろ!!」
別の声が聞こえて、私は誰かに引き倒された。
<大鴉>が横転しながら地面にぶつかって、ローターを弾き飛ばしながら爆発した。
地の底から衝撃がわき上がり、全身を貫いた。

凄まじい爆発音が続いて、私の泣き叫ぶ声をかき消した。
しばらく、私は放心状態になっていた。
お姉ちゃんのことで頭がいっぱいになって、静けさを取り戻した荒野の中で一人倒れたまま。

どうして、お姉ちゃんがここにいたんだろう。
本当に<大鴉>は撃墜されたのか。
どうすればお姉ちゃんともう一度会えるんだろう……。

何分経っただろうか、危険地帯に長くはいれないと私は半ば戦場の本能で起きあがった。
「大丈夫か? 憂ちゃん……」
澪さんが心配そうに私の傍らに座り込んでいた。

「逃げてって言ったのに……危ないですよ、こんなところにいちゃ」
「全員で帰還する、って言っただろ?」
TH64からマガジンを抜き、残弾をチェックしながら言った。
……二機目の<大鴉>の爆発のときに私を引き倒して衝撃波から救ってくれたの、澪さんだったんだ。
「さっきは、ありがとうございました」
「一人で<大鴉>を撃墜してみせたんだ。感謝してるのはむしろ私たちだよ、憂ちゃん」
「本当にありがとう」
話し方と態度、そして何より雰囲気が最初会ったときと随分変わっていた。
私を認め、平沢唯の妹として気を許してくれたのかもしれない。
<大鴉>の撃墜はお姉ちゃんがいてくれたからこそだけれど。

93: 2009/09/10(木) 19:08:34.08 ID:84M/oiDV0
「……どうやってパイロットを狙うような真似を?」
「お世辞、ですか?」
「そんなのじゃない……本音だよ」
「あんなことをやってのける可能性のある人間は、私の知る限り二人しかいない……」
澪さんが地面に放置していたTH64のマガジンを拾って、袖で拭いながら言った。
「唯か梓の二人だけだ」
私は言葉を失い、しばし沈黙が流れた。


「……ここでは称賛の文字は出ない、行こう」
「ここには私たちしかいない。ここでの戦闘は端末に中継されることもない……」

私も太腿に鈍い痛みが走るのを我慢して立ち上がった。
<大鴉>を仕留めても何も表示されない……つまりあの最高の栄誉であるはずのの電光文字は、観客向けのイベントだと言わんばかりだ。


<アヴァロン>の本質が「演じること」……つまりロールプレイであるなら、その演じられた劇を観賞する客を必要とする。
プレイヤーたちは、舞台に立つ俳優であると同時に、その演じられた劇を観賞する観客でもある。
だが、たったいま<大鴉>の撃墜によってクライマックスを迎えた劇の観客など、誰もいなかった。
<大鴉>の残骸はしばらくすれば消滅し、この区画はデフォルトに戻されて、私たちの戦った事実はシステムのどこかに記録されるだけだ。

傭兵になってから、私は様々なパーティに加わってそれなりの経験を積み、数え切れないほどの修羅場も越えてきた。
でもそんな私にとっても、こんな奇妙な作戦は初めてだった。
何らかの手違いによってもう一機の<大鴉>が現れたことは彼女たちにとっても大きな誤算だったのだろうが、それ以外は完璧に練り込まれた戦術で無駄がなかった。

94: 2009/09/10(木) 19:15:01.34 ID:84M/oiDV0
「この湧出点を見つけたのは偶然なんだけど、ここにたどり着くためのループパターンを解くのには半年以上かかったんだ」
「ルートを確立してからがまた大変だった。あれが湧出するタイミングのアルゴリズムを解析するのにさらに半年」
「あの娘たちを戦術に特化させるための訓練にさらに時間がかかった……」
無駄のない……いわば嵌め技に近い戦法を確立するにも、それなりの投資が必要だということなのだろう。
私はさきほどの戦闘で最初の一機を撃墜したときの6人の驚異的な集弾率を思い出した。
30口径の反動を制御するための技術を習得するまでに、一体どれだけの弾薬を消費したことか……その訓練のためのアクセス料金だけでも想像のつかない額になるはずだ。

「それに、この方法は、頻繁にやるとシステム側に対抗措置を取られる……今日のように」
「今回どうして対抗措置に出られたのかはわからないけど……そろそろ間を開けるか端末を変えないといけないんだ」
パーティの戦術とは、所詮はいかに巧妙にシステムの裏をかくかという一点に尽きる。
「濡れ手に粟ってわけにはいかないからね」

「しかも常に墜とせるとは限らない……尻尾を叩き損ねることもある」
私は澪さんの言った交戦規定を思い出した。
誰も逃げない、全員で戦い、全員で帰還する、そして逃げる奴は頃す。
確かに簡単だった。そしてその通りに行動したからこそ、この大和撫子たちは無感動で無表情の日本人形のような集団となったのに違いなかった。

「ねえ、澪さん」
「何?」
「ガトリング機銃で撃たれると、どんな感じ?」
内心の怯えを覚られぬように注意しながら訊いた。
「まず確実に吐く。それから神経性のショックを起こしてしばらく立てなくなる、それだけだよ」
平然と答える澪さんは、やはり昔と全く違う人になった気がする。

95: 2009/09/10(木) 19:16:04.62 ID:84M/oiDV0
「もう一つ聞いていいですか?」
「いいよ、憂ちゃん」
さっきから質問ばかりで澪さんに鬱陶しがられないかと心配になったけど、澪さんはとくに煩がるわけでもなかった。
「フルオートの30口径なら、TH64よりもG3の方が信頼できると思うんだけど」
「ふふっ、FAL使いの言葉とは思えないな」
澪さんが顔をほころばせて答えた。銃の話になると表情が変わるのは、やはり澪さんも紛れもない<アヴァロン>のプレイヤーの一人なのかもしれない。
「……<アヴァロン>を始めて、今やすっかり銃オタクになっちゃった感じで、困っちゃうな」
先ほどの自分の表情に何か思うところがあったのか、澪さんは少し困ったような表情で言った。
「G3のプレス製レシーバーは過度の射撃で変形を起こしやすいんだ。こんな使い方してたら、すぐダメになっちゃう」
「憂ちゃんのFALと同じ削り出しレシーバーと、ティルトボルト・ロッキングの組み合わせが一番信頼できる」
ティルトボルト・ロッキングシステムは前進したボルトの後端が降下し、レシーバーと結合して発射時の圧力に抗する方式で、旧式だが数多くのライフルに採用された実績ある方式だ。
「それに、バイポットは使い勝手もいい。ちょっと強度不足だけど」
TH64の外見上の特徴のひとつであるバイポットは半ば軽機関銃のような運用を考慮して設計されたもので、自衛隊の専守防衛思想の産物でもあったらしい。
「それなら、FALOにはしないんですか? バレルも長いし、バイポットも頑丈です」
それを聞いた澪さんは一瞬困ったような表情を浮かべた。
「うーん、君にはどう見えたのかは知らないけど、この娘たちは分隊支援火器を持てるレベルじゃないんだ……というよりもそれが目標って感じかな」
「これ以上は企業秘密だ、ごめん」

私もそれ以上は聞かないことにした。
私たちのパーティは小走りで荒野を駆け抜ける。

96: 2009/09/10(木) 19:17:15.22 ID:84M/oiDV0
「さて、308。あいにくながら作戦はまだ終わっていないんだ」
本来私を必要としていた状況になったのか、澪さんは職業的な口調で言った。
「どういうことです?」
「セーブポイントは市街地に戻らないと発見できない。市街地に戻ったら、仕事があるんだ」

私は虚を衝かれて一瞬言葉を失ったが、言われてみればこれは盲点だった。
私は荒野にセーブポイントがあるものとばかり思っていたが、システム空間に近い特性から、むしろそんなものが設定されていない可能性の方が高いはずだ。
熟知しているようでも、<アヴァロン>には未だ未知の領域が数多く残されているのかもしれない。
この<ドッグズヘッズ>が良い例だった。彼女らは形態においても、その考え方においても従来のパーティとは大きく異なっていた。

「セーブポイントまで到着できなければ、全て水の泡だ」
このパーティはプレイヤーキラーに狙われている?
「……狙われているんですか」
「おそらく端末で精算しているときに目をつけられた。次ぎにアクセスした時に尾けられた形跡があったんだ」
「連中の狙いは?」
「戦場から一度姿を消して、再び現れたパーティが生還して莫大なポイントを精算する……308ならどう考える?」
「荒野においしい話があると判断して、戦場で揺さぶりをかけ機を見て現実側で締め上げて吐かせる、かな」
「前回のアクセスではセーブ前に二人殺られた。これは私たちの交戦規定に反する」
「端末を替えても追ってくるかもしれない。決着をつけたいが相手が判らないし、あの娘たちはこの手の戦闘が苦手なんだ」

前方にうっすらと針葉樹林が見えてきた。接続点だ。
「まかせて、私はザコの専門家だから」

98: 2009/09/10(木) 19:46:05.35 ID:84M/oiDV0
大物を墜とした後の撤退は難しい。
私たちは市街地に入り、あとはセーブポイントを目指すのみだった。
一刻も早くセーブポイントに辿り着きたいのが人情だけど、焦りは必ず警戒心に綻びを作り出す。
普段はなんてことないブービートラップに引っかかって吹き飛ばされたり、舐めてかかった歩兵の背後に歩兵戦闘車が控えていたり、という話は数え切れないほどある。

<ドッグズヘッズ>は大物相手のウルフパック戦術に特化しすぎていて、撤退戦闘などという姑息な戦闘に熟練する余裕がなかったらしい。
でも、こういった撤退時に危険な殿をつとめるのは、いわば傭兵の日常業務と言ってよい。

後衛についていた私は一度パーティを追い抜いてから、素早く歩道に乗り上げたトラックの下に潜り込んだ。
こんな小細工が通用するかどうかは判らないけど、追撃してくる相手を迎撃するにはもってこいの場所だった。
両足を大きく開いて、伏射の態勢に入る。

ほどなくして接近してくる5つの人影が前方の車道に見えてきた。
追撃に夢中だからか、それとも単純に未熟だからか、背後に建物のない、抜けのいい車道の中央に密集して走っている。
これでは狙撃してくれと言わんばかりだ。

小さなお弁当箱ほどもあるFALのマガジンは銃を水平に構えたときに地面に当たることがない。
私はピープタイプのサイトを覗き込み、フロントサイトのポストに先頭を進む人影に合わせた。

99: 2009/09/10(木) 19:48:00.95 ID:84M/oiDV0
接地した下半身はがっちりと固めて強固な発射台となっていたが、肩の力を抜いて、トリガーにかけた指も添えただけ。
撃つ瞬間までは、筋肉の緊張を最小限に抑えなければいけない。

もうはや追撃者と私の距離は目測でFALの必中距離の400を切っている。
しかし、私はさらに接近させ、200まで引き寄せるつもりでいた。
30口径ライフルは標的の正中線を捉えてば氏亡と判定されるが、今は敢えて外さなければいけない。

単に殺るだけでなく、「マーキング」して欲しい、と澪さんに頼まれたからだ。

高い遠射性能を持つと言われるFALの照準調整は、実はそれほど精緻なものではない。
フロントサイトの調整、リアサイトの左右調整には専用の工具やドライバーを使用しなければいけない。
リアサイトの距離調整はボタンを押しながら100メートル単位で調整ができる。
これはもともと、戦場であれこれ調整するようには設計されていないためだ。

微調整の効く照準装置よりも、操作性を優先する合理主義がヨーロッパ製歩兵銃の基本であり、FALはその典型と言える。
ちなみに私のFALのサイトは常に300に固定されている。
戦場での平均的な交戦距離は200~500なので、微調整は経験で充分に補正できるからだ。

先頭の男の顔がぼんやりと判別できる距離まで接近し、私は銃床を肩に引き寄せて、照準をその影に合わせた。
さらに接近を待って、照準をやや右下に下げた。

重いトリガーを絞ると、轟音と共に男が路上に転がった。続いて4、5回轟音が響く度に、追撃者がもんどり打って倒れる。

102: 2009/09/10(木) 20:30:43.34 ID:84M/oiDV0
「害虫駆除は台所に立つ者の勤め、ってね……」
膝撃ちをやってのけた。
初めからそうするつもりじゃなかったけれど、その5人が「顔見知り」であることに気づいて、撃つ直前に狙いを変えることにした。

「私は、復讐心たっぷりで、執念深いんだよ」
「つくづく嫌な性格かも……」
誰も聞いてなどいないことを、私は黄昏の空に向かって呟きかけた。
突然襲った激痛に彼らはリセットを叫ぶこともできずに車道を転げ回り、今頃は端末のベッドにお漏らしでもしている頃だろう。
その姿を思うと、思わず口元に笑みが浮かぶ。

FALを肩に担ぎ上げて、私はセーブポイントに向かって太腿の痛みも忘れて走り始めた。

お楽しみは、これからです。


端末のベッドで覚醒した私は、太腿の痛みが引いてくるまでゲームマスターと話していた。
「憂ちゃん、なんだかご機嫌ね?」
「今日は結構な働きしちゃったんで、うきうきしてるんですっ」
太腿がひりひりする程度になり、私はベッドから降りて急いで服を着た。
「それじゃ、また来ますね、先生!」
「次のアクセスを待ってるわ。じゃあね、憂ちゃん」

103: 2009/09/10(木) 20:31:39.06 ID:84M/oiDV0
私は廊下に飛び出し、ロビーに駆け込んで先にログオフしているはずの澪さんたちを捜していると、奥のトイレに人垣ができていた。
「もう追い込んだの?」
「はい、青い顔して左足を引きずってトイレに入った5人組がいたので」
その中で横隊を組んだ黒髪美少女の一人が言った。
喋った! と私が仰天すると、くすくすと笑って答えた。
「私たちだって喋りますよ。無駄な話は他の人よりちょっとだけ少ないってだけです」
「膝撃ちをやったんですね」
「判りやすかったでしょ?」
戦場で受けた傷はその部位にも寄るけれど、私がさっきそうだったように覚醒後もしばらくは痺れるような痛みを残す。
無言でトイレの扉を睨みつけていた澪さんが振り返り、私の顔を見つめた。
「そうは見えなかったけど……308、結構怖い人だったんだな」
「私怨が入ってるんで」
私も澪さんを見返しながら言った。
「私もあいつらに尾けられて襲われたんです。地下鉄の中で」
「なるほど」
澪さんが言った。
「人の上前を撥ねようなんて連中のやることは虚実を問わないわけだけど……」
「参加する?」
「せっかくだけど、私は参加しないです」
不審な表情を浮かべる澪さんに答えて言った。
「私、暴力が嫌いですから」
「やっぱり怖い人だな、君は」
澪さんが小さく肯いて、美少女5人組が突入をかけようとした途端、背後からよく響く声が飛んできた。
「おっ! なんだホウワじゃないかっ!」
振り向いた澪さんが、近づいてくる律さんを見て驚いた。
「りっ……ガーランド、どうしてここに?」
「そりゃこっちの台詞だよん。二人揃ってどうしたんだ?」
「私のクライアントだよ」

104: 2009/09/10(木) 20:32:19.66 ID:84M/oiDV0
ほお、と妙な声を洩らしてから澪さんの方を向いた。
「この娘たち、生徒か?」
「うん、そんな感じ」
慣れているという感じか、美少女5人組はガーランドにニコニコしながら手を振った。
日本人形でいるのは戦場に赴くときだけとは、なかなかやるな、と思いながら私は二人のやりとりを聞いていた。
が、一向に終わる気配がないので私は声をかけた。
「ちょっと待って二人とも、久しぶりの談笑はやることをやった後に、ね」
おうそれだ、と思い出しようにガーランドが私に向き直った。
「一体何の騒ぎ?」
私は、かくかくしかじかの経緯をかいつまんで話した。
「うっし、そういうことなら私も一枚噛ませてもらうか!」
「最近、立て続けに端末帰りを襲われる傭兵とかが増えてるんだ。何とかしなきゃって思ってたところでさ」
「あと、今日の私は機嫌が悪い!」
「おい!」
澪さんが突っ込みを入れた。
流石は名コンビといったところか、私はある種の感動さえ抱いていた。

「俺もだ」
「俺も」
「ひゃあえっ!?」
私は思わず素っ頓狂な声を上げて後ずさった。
いつの間にか私たちの後ろに、大柄な男の人が二人立っていた。
「あ、ごめんごめん。今日一緒に戦場に行った傭兵のコガと林って奴ね」
律さんが悪びれた風に二人を紹介した。
「驚かせちゃってごめんなぁ」
林さん凄い形相でが私に謝り、コガさんが私にニコリ……とはどう考えても思えない顔をして見せた。
「いえ……とんでもない」
見たところ悪人ではないようなのだけれど……また凄い傭兵がいたものだ、と私は心の中でため息をついた。

105: 2009/09/10(木) 20:33:11.38 ID:84M/oiDV0
「私たちの出る幕はなさそうだな」
澪さんが言って、美少女5人組の横隊は少し後退した。
これで美少女5人組に踏んだり蹴ったりされるチンピラ5人組、というシュールな構図は消え去った。
……私は何を考えているんだろう。

「ガーランド、大丈夫?」
澪さんが心配そうに言うが、律さんは笑顔で答えた。
「まあ見てなっ!!」

そう言った直後、律さんがトイレの扉を蹴りつけた。
バタン、とドアが吹き飛ぶように開き、中にいた<親衛戦車連隊>の5人組が声を上げた。
「なんだテメええ……ら……」
急に声に勢いがなくなり、5人の表情が凍り付いた。

私と澪さんと美少女5人組、律さんは威圧するタイプの外見ではない。
が、コガさんは正直言って何を考えているのか判らない怪人のような人で、林さんに至っては地底獣国か人外魔境としか形容できないような顔をしている。
無理もない。

106: 2009/09/10(木) 20:34:01.58 ID:84M/oiDV0
「これから、お前らを痛めつけるっ!!」
律さんが宣言した。
「しかーし、痛めつけられたお前らはこう考えるはずだ。戦場だろうが現実だろうが徹底的につきまとって、借りを返してやるってな!」
「そこでまた私たちが痛めつけたんじゃきりがない!」
左膝を抱えた5人組は黙って聞いていた。……それ以外にすることがあるとは思えないけれど。
「この悪循環を断ち切る方法はひとつしかない。復讐心が湧いてこないほど徹底的にお前たちを痛めつける!」
ビシッ、と指をさして声高らかに律さん。
「頭さえ無事なら、またゲームできるからな」
澪さんが5人組に冷たい声で言った。
「そゆこと。でも、今度お前らを戦場で見かけたら、問答無用で30口径を膝にブチ込む! この娘の308、痛かっただろ?」
私を顎で示しながらそう訊くと、5人組がカタカタと人形のように首を縦に振った。
「ちなみに私の30-06はもっと痛いよん。一割増しで強力なんだ」
嬉しそうに笑った。

「サーティキャリバー・クラブにようこそ。歓迎するぜえっ」

律さんたちは言ったとおりのことをやった。

私はその様子を眺めながら、まだお姉ちゃんのことが頭から離れずにいた。

107: 2009/09/10(木) 20:37:21.40 ID:84M/oiDV0
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読んでくださった方々、本当にありがとうございます
3話がまだ全部書けていないのともうそろそろ時間も遅いので今回はここで切り上げます。

簡単な次回予告:
憂は梓がどうして病院にいたのか、失踪したはずの唯はどうなったのか。
アヴァロン最強のパーティ<放課後ティータイム>の過去を通じて、憂は物語の真相に迫ることになります


ノシ

108: 2009/09/10(木) 20:44:20.28 ID:84M/oiDV0
原作は押井守著「アヴァロン 灰色の貴婦人」です。
もしこのSSをお読みになって興味を持たれた方は是非

引用: 憂「グレイレディ!」