1:◆XksB4AwhxU 2014/09/05(金) 12:54:50 ID:eWUcpm36
魔王が書きたいだけの人です。
読んでくれる人いたらありがとうございます。
妄想・爆走・命掛けです。投下スピード遅いのは勘弁してください。
↓からはじめます。

2: 2014/09/05(金) 12:55:24 ID:eWUcpm36

コンコン、とノックの音が部屋に響く

従者「はいな」

返事を待ったとは思えないタイミングで扉が開く
そこからなんの悪びれも無く、とぼけた顔が現れた

魔王「従者いる?」

従者「返事しとるがな」
葬送のフリーレン(14) (少年サンデーコミックス)

3: 2014/09/05(金) 12:55:58 ID:eWUcpm36

ニコニコと、部屋にはいりこんできたのは魔王だ
「魔王」のくせに、とても信じてもらえない容貌と態度をとっているが
これがこの世界の魔王

第38代目魔王
魔王史上、もっとも賢く器用で、得体の知れない魔王


従者「……って。なんやの、それ」

魔王「もちろん、書類。 これは申請書類の束だよ」

従者「はあ… 仕事なら執務室でしーや」

魔王「いや、実はお願いがあって」

にっこりと笑うその様子は、どこまでも穏やかで優しげだ
だがこいつのその表情を見ると身の毛がよだつ

魔王というのは、そうして人の心に付け入りなにをするかわからない生き物だ
生存本能に近い何かが、早鐘を打ち付ける

4: 2014/09/05(金) 12:56:37 ID:eWUcpm36

従者「お願いとか…… ほんま嫌やねんけど……」

魔王「従者って 今、疲れてたりする? 集中力ってある?」

話を聞く気は無いらしい
付き合いも随分長くなったし、魔王自身には敵意も悪意もないのはわかりきっている
本能的に警戒してしまう自分を諌めて、いつもどおり対応する

従者「あ? …いや、昼飯くったあとやし、大丈夫やけど。何をさせる気や」

魔王「予知、してほしいんだ」

従者「予知? 何をや?」

魔王「うん。俺が、これらを読んで熟考した末にどれをやることにするか 予知してくれない?」

従者「……どんなインチキやねん。まっとうに仕事してくれや」

魔王「してるよ?」

従者「『選ぶのめんどうやし、未来の自分がどれ選ぶか教えてくれ』っちゅー話の、どこがまっとーやの!?」

魔王「やだなー そんなことしないさ」

5: 2014/09/05(金) 12:57:10 ID:eWUcpm36

ケラケラと笑う魔王
いつもこうだ。頭をかかえるしか他にやりようもない
ため息を隠すことすら出来ない

従者「しようとしてたやろうが…。 ちゃんと読んで、必要なんを選んだりーや」

魔王「ああ、それはもう終わったんだ」

従者「は?」

魔王「これは、最終的にボツになった書類なんだよね、実は」


従者「……ボツやのに、選ぶん? なんでそないなことすんねん」

魔王「楽しそうな遊びをおもいついてね」


クスクス笑う魔王。心底楽しそうな笑いは、どうしても抑えきれないらしい
大抵の場合、こういうときはロクなことをおもいついていない


従者「あー。つまりはアレやな。敗者復活戦、的な…」

魔王「いや…、でもそれはまあ、建前のサービスってやつだけどね」

6: 2014/09/05(金) 12:57:42 ID:eWUcpm36

従者「ああもう! まだるっこしぃーやっちゃな! さっさと腹の内をあかしーな!」

魔王「やだなあ、カルシウム不足? そんなに怒らないでよ、あはは」

従者「……ちょーどええ。一回、ぶちのめしたるわ魔王。正直、単純な攻撃力なら勝てると思うんよ、ワイ」

魔王「やだなあ野蛮で。俺はしないよ、そんなこと」

魔王は手に持っていた書類が床に散らばるのも厭わず、その両手を耳元の高さであげてみせた
降参、降伏のポーズだ

魔王のくせに、いつだって簡単に白旗を振ってみせる
しかしその様子はあまりに楽しげで、自分に自信があるゆえの余裕なのだろうとしか思えない


従者「…部下にこんなん言われてひくんかい。ほんましゃーない魔王やで」

魔王「部下じゃなくて従者じゃないか。それに、今日はお願いにきたんだしね」

従者「……お願い、なぁ」

魔王「頼まれてくれないかな」

7: 2014/09/05(金) 12:58:17 ID:eWUcpm36

すこし、悩む
予知。それは自分の持っている能力のひとつであるが扱いは難しい
特に、誰かに予知した結果を知らせるというのは非常に危険なことである

魔王も もちろんそれをわかっている
というより、それを警告したのは魔王自身だ
それなのにこうして予知を頼みに来たというのは、それだけの理由もあるのだろう

従者「……はぁ。しゃーない…魔王はこーゆー奴やしなぁ…」

魔王「よかった。頼まれてくれるんだね?」

従者「ん。ボツ書類の、再選択の結果やったな? …未来が近すぎてもっと先まで“視て”しまいそうやわ…」

魔王「あ、それはやめて。慎重に、選択結果だけ知りたいんだ」

従者「ほんま無茶苦茶いいはるな!」

魔王「それくらいできるだろう? 悪魔・カーシモラル」

従者「……せやな。そんくらいなら、してみせたるわ」

8: 2014/09/05(金) 12:58:56 ID:eWUcpm36

挑戦的で、自信に満ちた口ぶりに変わる魔王
別にワイを挑発してどうこうしようというつもりでの発言じゃない

悪魔・カーシモラル。それがワイの正体
殺戮に長け、世の中の全てを知り、未来すらも知っているという、悪魔

しかしながら自分はその偽者だ
その悪魔を模倣して この魔王に創られた一魔物に過ぎない
それでも魔王は、自らの創作物であるワイに… 
悪魔として製作したワイに、それだけの自信を持っている


従者(創られた側としちゃ、謙遜すりゃ魔王の創作物を貶めるっちゅーことになるし…)

従者(だからって自分のことを褒めちぎる気にもならんし。ほんま反応しずらいわ…)


確かに戦闘能力は高いと自負している
だが世の中の全てを知る能力などない
ただ、すこし記憶力がよくて本を読むのが上手いだけ

最初から未来を知っているわけでもない
ただ、予知能力のおかげで、知ろうとしたことだけならば知ることが出来るだけ
可能な限り悪魔に似せて、だけれど魔物としての立場からは逸脱できない存在

そんな偽者の悪魔
魔物でも悪魔でもない、魔王の最高傑作。それがワイだ

9: 2014/09/05(金) 13:23:30 ID:eWUcpm36

魔王「従者? どうしたのかな、ぼんやりして」

従者「人生と幸せについて本気出して考えてみた」

魔王「なにそれ?」

従者「気にせんでええ、言う気にもならん」

魔王「人文知識を語る悪魔が、黙秘とは。それはそれで興味深いね、何か不穏そうで」

従者「たいそうなことは考えとらんっちゅーねん・・・はぁ」

ワクワクした期待の視線を向けられる
まさか自分の創った生物が、自分の存在について葛藤してるとは思ってもいないのだろう
この魔王なら、それをわかっていて楽しんでいる可能性もあるけれど

従者「……もうええ。ほれ。 予知するんやろ。 その書類、広げて並べて、どれにするか考え始めてみぃ」

魔王「ああ。 ええと、広げ方はこんな感じでいい?」

従者「魔王がちゃんと真剣に選べるようならそれでええ。 しっかり考えてや…ほな、視るで」

10: 2014/09/05(金) 13:24:01 ID:eWUcpm36

ボンッ


魔王「お、変身した」

従者「悪魔の力をつかうんや、悪魔の姿のほうがやりやすいに決まってるやろ」

魔王「いやー、久しぶりにそっちの姿みたなーと思って。やっぱ魔獣モードの従者はふわふわとして可愛いよね」

従者「あほか。男に可愛いとか言われてもなんも嬉しゅうないねん。さっさと集中せい」

魔王「ずっとその、犬姿でいたら 待遇もうちょっとあげてもいいかなって思えるのに」

従者「魔王の従者が小型愛玩犬ってどんなやねん。ただのペット扱いされるわ」

魔王「それは、困るかなあ」

従者「グダグダいっとらんと、3秒で集中せい。せやなかったらもう二度と予知せーへんで…って…」

魔王「……………………」

従者(集中しきるまでに、3秒もいらんかったな、この魔王はんには)

従者(ほな。しっかり視てやらんとね)

11: 2014/09/05(金) 13:24:34 ID:eWUcpm36

ジッ

魔王「………………」

従者「………………」

魔王「………………」

従者「………………」


魔王「………………」

従者「………………」


従者「魔王。 もう、ええで。 一回集中きりや」

魔王「………………」

従者「魔王」

魔王「………………」

12: 2014/09/05(金) 13:26:44 ID:eWUcpm36

従者「魔王はん。おい、集中しすぎやろ、予知のこと忘れてるんか」

魔王「はっ 予知」

従者「なんか一個はじめると、そっちに没頭する癖 どーにかしーや」

魔王「本末転倒が毎回のお決まりだからね」

従者「あほ、なんの自慢やねん」


頭をかかえてみせたワイに
クスクスとわらいながら またいつもの悪びれた様子の無い笑い方をする
余計な脱力感ばかりが増していく


魔王「それで…… 俺は近い将来、この書類の中から、どれを選んでいた?」

従者「ああ、それはやな… って。その前に…」

魔王「ん?」

従者「あ、いや。 選考までの経過を言おうかと思ってんけど。未来がかわるといややし、やめとくわ」

魔王「?」

従者(あんさん、このあとそれ、まるまる10日悩んだらしいでー、とは言われへん…)

従者(なるべく見いひんようにしたさかい、10日後の魔王がそう叫んでるのを聞いただけやけどな)

13: 2014/09/05(金) 13:27:34 ID:eWUcpm36

魔王「それで……、俺は どれにしてた? もしかして、これかな?」

ピラ

従者「いや。ちゃうなぁ。ええと……確か、右端に緑の血印のはいった紙やってんけどな…」

魔王「緑の血印ってことは…… このあたり? 7枚くらいあるよ」

従者「あ、それ。はじのやつやわ」

魔王「え これ?」

カサ…

従者「あんさんは、このあとそれを選ぶ。それが今現状で進むことになる未来や」

魔王「ふむ……」


魔王は紙をしげしげと眺める
どうやら未来の自分の選考結果に納得がいかないようだ
しばらく黙ったまま唸っているのを見て、うっとうしくなって声をかけることにした

14: 2014/09/05(金) 13:28:09 ID:eWUcpm36

従者「んで、なんでそんなことするん? 本当は最初に聞いた方の…そっちのボツ書類にするつもりやったんちゃう?」

魔王「うん。実はこっちの書類は、さっき、俺が一度選んだ申請書類でね」

従者「なんや。ボツの中からも既にえらんどったんかいな。ほな、それにしーや」

魔王「なんかね。違和感があって…」

従者「違和感? なんや、違和感て」

魔王「なんてゆーか…」




魔王「ダンジョンを徹底攻略してボス倒して抜けてみたけど、どうも取りそびれた隠し宝箱がありそうで気になるような感じ」

従者「魔王なんやし、ゲーム脳はやめーや…」

15: 2014/09/05(金) 13:28:44 ID:eWUcpm36

魔王「まあ、そんな感じでね。もう一度再考してみようと思ったんだけど」

従者「ほんなら、普通に再考してくれや」

魔王「嫌」

従者「なんやねん、そのわがまますぎる“嫌“は」


魔王「…予感、っていうのかな?」

従者「予感?」

魔王「多分、こうでもしなければ選択されない何かを探すための、予感」

従者「どーゆーこっちゃ…」

魔王「未来の俺が、他のものではなくこれを選び出すのを 今の俺は知っている…」

魔王「逆にいえば、考え続けて居ればいつかこれを選ぶ。必ず選ぶとわかっている以上、俺はそれまでこれを最良と思う理由を考え続けなければならない」

従者「ああ、まあ しなきゃならないっちゅーことはないけど…。しなきゃ、未来はかわってまうなぁ」

魔王「確かに違う未来もあるんだろうけど。でも、現状ではこれを選ぶ未来があった。ということは、これを選ぶ理由が確かにあるはずなんだ、それが知りたい」

16: 2014/09/05(金) 13:29:52 ID:eWUcpm36

従者「なんや ややこしいなあ…。じっくり考えるだけでも選べたかもしれへんで? その未来」

魔王「いや。多分、選ばなかった」

従者「なんでそう思うねん」

魔王「コレは俺が、3番目くらいにボツにした書類だからさ」

従者「・・・・・・予選落ちもええとこってことか」

魔王「そう。しかも、もし一番にボツにしたやつだったとしたら 予想外を狙って再選考もするかもしれないけど、3番目くらいのやつまで見直したりはまずしない。なにしろこの量だ」

従者「なるほどなあ」

魔王「予知をしてもらって、結果を知って。…ここまでして、ようやくさっきの未来ってのは生まれる事が出来るんだ」

従者「つまり、ワイの見た未来は… 予知をすることでしか得られることのなかった未来やってことか?」

魔王「そう。俺はさっき、その未来を知ってしまった。未来を知ってるからこそ、これからもう一度再選考をはじめる」

17: 2014/09/05(金) 13:35:14 ID:eWUcpm36

魔王はにこにことしたいつもの顔をやめて、そう言った
まじめな顔をして、書類を見つめながら、再選考を宣言した

まるで、自分が口にする事が、未来予言であるかのように
まるで、自分の発言が、言霊のように力を持てばいいと言い聞かせるように

何かいけないものを察してしまったような気がした
だからそれに気づかなかったように、ワイは会話を続けた


従者「ああ、まあ… 結果だけなぞらえてもな。経過がちゃうなら、その先の未来はまたきっと変わるやろうしなあ」

魔王「出来上がった未来が先にあって、その未来は過去に干渉をもつことで実現されている」

従者「タイムパラドックスもええとこやで。実行しなかったら恐ろしいことになるんちゃうかそんなもん…」

魔王「うん、そうかもしれない。未来の変更はあたりまえのことだけど、“過去の変更”…っていうのは容易じゃないはずだからね」

18: 2014/09/05(金) 13:37:06 ID:eWUcpm36

従者「あかん…… 理屈ばっかこねられて、時空間ってもんがわからんくなってきた」

魔王「つまりね。おそらく、予知をして、その未来のために今を過ごそうとする場合、今をその未来に近づけるための修正がはいるんだ」

従者「……修正がはいるって… 誰が何をするっちゅうねん…」

魔王「そこまではわからないよ。適当な想像くらいはできるけど、俺は科学者でも哲学者でもなければ、無神論者だし、運命論とかも信じないヤツだしね」

従者「神を信じてる魔王とかちょっと嫌やな」

魔王「でも、今という過去を変更させないために、何か外部の干渉によってそれを選ぶ未来が消される可能性っていうのは排除されるんじゃないかと思うんだ」

従者「あのな、魔王…… 想像というより妄想やで、そこまでいくと」

魔王「そうかな。何も証拠は無いけれど、この理屈には確信めいた自信があるんだけど」

従者「魔王っちゅー特殊な立場でそんなん言われると、そんな気がしてくるのが嫌や」

魔王「どうすればいいんだよ」

苦笑しながら、魔王は自分のテンションがすこし昂ぶっていたことに気がついたらしい
小さく咳払いをして またにこやかな笑みを顔に貼り付けた

19: 2014/09/05(金) 13:38:39 ID:eWUcpm36

魔王「ともかく、すごく遠回りをすることになっても。思考を中断したとしても。いつかはこれを選ぶと決めて、それが実現するまでは必ず考えると決めていれば…」

魔王「ほかの何かに邪魔をされて状況が変わったりせず、いつかコレを選ぶ未来が来ると…“確定された”ってわけさ」

従者「ほんまに相当めんどくさいで」

魔王「わかってるよ……はあ」

従者「自分でもため息でてるやないか」

魔王「うん。面倒くさいから、今これを選ぶ未来のほうを実現させる。できなかったとしても、いつかは選べるって保険になったし…まあ、やるだけやってみるって感じかな」

従者「なんでそこまでして、それを選びたいのかがわからんで」

魔王「あはは。予感っていっただろ? そういうタイムパラドックスに囚われでもしなければ
見つけ出せないような…俺にとってレアなお宝が、眠っていそうだったんだよね」

従者「お宝ねえ・・・それにしたって、よくまあそない面倒なやり方を思いつくわ」

魔王「自力でそれを掘り出す自信が無かったからね。ちょっと裏技を考えてみたってトコかな」

従者(あー…まあ、確かに答えがないもんには4日も悩み続けられへんよなぁ…)

20: 2014/09/05(金) 13:39:19 ID:eWUcpm36

魔王「予感を信じて、それを現実にする。運命って言うのは従うものじゃなく、自分で手繰り寄せるものなんだ、俺にとっては」

従者(『予感』に『運命』ねえ…。『予知』を手繰ることのできるワイからすると、ほんま不憫やわ)

魔王「何? なんか考え込んでる?」

従者「いや…… じゃあまあ、うん。 頑張って選びーや…」

魔王「うん。 ありがとうね、従者」

従者(10日……寝食取らずに考え続けて丸10日って 結構長いで…。 ほんまがんばり…)

魔王「~~♪」

従者「・・・・・・ほんま不憫や・・・・・・はぁ」

――――――――――――――――――――――――――

25: 2014/09/10(水) 19:20:31 ID:NXq8VOj2
>>22-23
ありがとうございます! 
進展・投下ペース共にスローですが、よろしくおねがいしますw

>>24 自分の書いたものでは無いですねー
というかこの酉は多分、探すとめちゃくちゃ出てくると思います…(苦笑)

↓より投下します

26: 2014/09/10(水) 19:31:24 ID:NXq8VOj2

一日目

魔王「うーん…」

従者「何を唸っとんのや。さっきからうっさいで」

魔王「いや…なんでこれなんだろう、と思って。 無駄ばっかりで必要ないと思うんだけどなー」

従者(知らんわ、それを考えて選ぶ理由を導きたいんやろうが)

魔王「うーん……うーん…?」

従者「……あかん、ワイのが仕事にならん。魔王の執務室、借りるで…」

魔王「うーん……これを選ぶわけがないとおもうんだけどな……」

従者(聞いとらんな……はぁ)

―――――――――――――――――――――

27: 2014/09/10(水) 19:32:04 ID:NXq8VOj2

二日目

トントン

従者「はいな……って、魔王はんかい。どないしたん」

魔王「ねぇ、ほんとにこれだった? 隣のやつとまちがってない?」

従者「隣? どれやねん」

魔王「こっち。こっちも、緑の血印だし」

従者「明らかに紙の色がちゃうやん。こっちは羊皮紙、こっちは木皮やで?」

魔王「でもでもだって」

従者(……そこまで信用できないなら、きかんときゃええやん)

魔王「どうしてもコレを選ぶ理由が見当たらないんだよね…」

―――――――――――――――――――――

28: 2014/09/10(水) 19:32:48 ID:NXq8VOj2

三日目

魔王「うああああああ! なんでだよ! なんでこれなんだよ! コレでもコレでもよっぽどいいじゃねえか!」

従者(あかん、魔王はんがキレ始めた…『裏技』は効果あるみたいやけど、えげつないなぁ)

魔王「うああああああ! 書類をガン見しすぎてゲシュタルト崩壊おこしてきた!」

従者「ちょっ……、茶でもいれたるさかい、落ち着きぃや魔王……」

魔王「ブツブツ…ブツブツ…」

従者「ほんまに大丈夫なんかいな、魔王…」

―――――――――――――――――――――

29: 2014/09/10(水) 19:33:18 ID:NXq8VOj2

四日目

魔王「じー…」

従者「…魔王はん? なんや、どこにもおらへんと思ったら、そんな自室の隅に丸まって…何してるん?」

魔王「霊視」

従者「……なんて?」

魔王「霊視」

従者「……そ、そか。ほな、がんばりや…」

魔王「じー…」

従者(……あと6日も…ほんまに考え続けられるんやろうか、この調子で…)

―――――――――――――――――――――

30: 2014/09/10(水) 19:34:57 ID:NXq8VOj2

五日目

魔王「従者! 従者、わかったかもしれない!!」

従者「お? なんや、えらい嬉しそうやないか。なんか気になるトコでもあったんかいな」

魔王「そうなんだよ! よく見ると、ほらここ! 差出人の名前が女の子! もしかしたら、調べてみたらものすごく美人なのかもしれない!」

従者「……な、なあ 魔王はん?」

魔王「なに? 従者!」

従者「……“緑の血印”の書類やったよな? 選ぶのは。 これ、赤い血印の書類やんな?」

魔王「……」

従者「無かったことにしたい気持ちはわかる。でもそんな風に自分を誤魔化してもしゃーないで…」

魔王「……いや、素で混乱してたよ…」

―――――――――――――――――――――

31: 2014/09/10(水) 19:35:32 ID:NXq8VOj2

六日目

魔王「……ええと…こっちは鉱物の採掘の許可証、こっちが新規航路の開発依頼で…」

従者「おお。ついに諦めたんか? あの書類選ぶの」

魔王「いや、諦めてないよ。きちんとあれを選ぶまでは止められない」

従者「せやかて工藤」

魔王「工藤?」

従者「ちゃうかった。せやかて魔王、今見てるのは他の書類やんけ」

魔王「うん。ほら、あれを選ぶ理由が無くても、他のを絶対選ばない理由ならあるかもしれないと思って」

従者「どういうこっちゃ」

魔王「あれが、消去法で残った唯一のセレクトだった可能性も捨てきれない」

従者(えっ、あれってそんなにアカン書類なんか…?)

―――――――――――――――――――――

32: 2014/09/10(水) 19:36:11 ID:NXq8VOj2

七日目

魔王「ブツブツ…」

従者(……? 魔王、書類を全部広げなおして、何やってるんやろか…こっそり見たろ)

魔王「ブツブツ……」

従者「……?」

魔王「♪どーれーにーしーよーおーかーなー てーんーのーかーみーさーまーのー いーうーとーおーりー」

従者(そろそろホンマにやばいな)

―――――――――――――――――――――

33: 2014/09/10(水) 19:36:49 ID:NXq8VOj2

8日目

従者「魔王が失踪した」

侍女「!?」

従者「多分、どっかで紙切れ一枚抱えて、おかしゅうなってるのが魔王や。迂闊に近寄っちゃあかんで、見つけたらワイにすぐに言いや」

侍女「は、はいっ! あの、魔王様は一体どうなさったのですか!?」

従者「ノイローゼやな」

侍女「魔王様がノイローゼ!? 一体どのようなお悩み事なのでしょう!」

従者「あー… まあ、なんちゅーかな、宝箱目当てのフルコン目指してドツボにはまったっちゅうか…」

侍女「宝!? 魔王様のお望みの宝とあらば、至急、国中の魔族の長老たちの蔵を調べさせて…!!」

従者「やめたって」

―――――――――――――――――――――

34: 2014/09/10(水) 19:37:22 ID:NXq8VOj2

九日目

従者「カリカリ…カリカリ…」

従者「カリカリ…カリカリ…」

従者「魔王おらへんと、めっちゃ仕事はかどるな」

従者「カリカリ…カリカリ…」

バタンッ!!

従者「うわっ!?」

魔王「ただいま……」

従者「あ、ああ、魔王はんか… どこいっててん…」

魔王「頭、すこし冷やしたくて…。 女神の泉に沈んでみたら、神気すごくて弱っちゃって。浮上できなくなってた」

従者「…………自殺未遂?」

―――――――――――――――――――――

35: 2014/09/10(水) 19:39:32 ID:NXq8VOj2

そして、10日目…… 執務室

従者(さて…あれから10日。未来が変わっていなければ、今日はついにあの書類を選択する理由が見つかるはずや)

魔王「……はぁ…」

従者「ま、まだ見つからんの?」

魔王「そろそろ視線で、本当に紙に穴が開いてもおかしくないんだけどね…」


魔王は頭をぐちゃぐちゃと掻き回す
泉にもぐっていたというだけあって、ふけのひとつも落ちてこないものの、その疲労感は目に余る


従者(……未来が、かわってしもたんやろか。あれを選ぶ理由が見つかるっちゅー想像ができひん)

36: 2014/09/10(水) 19:40:06 ID:NXq8VOj2

魔王「……なんか、さ。こんだけ考えてるのに なにひとつ進歩が無い」

従者「ああ…そやなあ。でもそんだけ選ぶ理由がなさそうだからこそ、予知をしてまで選びたかったんちゃうん?」

魔王「そうなんだけどね」

従者「せやろ?」

魔王「そうなんだけどね! わかってるんだけどね!」

従者「なんや、そないな大声ださんでも聞こえ…おい、魔王。なんか瘴気立ち上っとんで、あんさん」

魔王「あああああ・・・もう・・・もう・・・ こんな・・・こんな」

従者「ちょっ、魔王はん? 落ち着きや、魔力まで上昇してきて…」

魔王「プチ」

従者「……ぷち?」

37: 2014/09/10(水) 19:41:17 ID:NXq8VOj2

魔王「もういい」

従者「な…なにがや」

魔王「未来とか変える!! 修正の観測をしてみたいとこだったんだよ! ってい!」

従者「コラ、書類投げんなや…」

魔王「ははははは!」

従者「おかしゅうなっとるやないけ。 あー、あれ? 修正の観測って、選ばなかったとしたら、どうにかしてそれを選ばせるように、時空や運命が干渉してくるっていう?」

魔王「その通り! つまり“選ばなければ”、ヒントがでるかもしれない! ってことで…」


魔王「いっくぜえええええええ!!!! 焼 ・ 却 ・ 術ううぅぅぅぅぅ!!!」

従者「!?」


魔王が手を広げ、腕を大きく振り払う
すると空中に突如として炎が現れ、腕に払われるようにして書類に飛び込んでいった

ゴゥアアアアアアア!

38: 2014/09/10(水) 19:42:01 ID:NXq8VOj2

青黒い、超高温の炎は 書類を火にくるむと火の玉となって燃え広がる
それは爆発めいた音を繰り返しながら、だんだんと威力を増して巨大な火柱に膨れ上がる

魔王「……ふんっ! 見たか、俺の全力の“焼却”を!!」

従者「な…な…」プルプル

魔王「すこしはスッキリしたね!」

従者「~~~っ! まぁぁぁおぉぉぉぉうぅぅぅぅぅぅう!!」

魔王「ん?」

従者「ん?じゃないで! なにしてくれはんのや! 書類一枚燃やすのに最大級で焼却術唱える阿呆がどこにおんねん!」

魔王「ここに!」

従者「胸張んな!! ほんっまに怒るで!!」

魔王「ま、待て! 従者!」

従者「なんや!!」

魔王「執務室の防炎カーペッドが溶けている!?」

従者「あたりまえやろ!? 魔王の焼却術に耐えられるカーペットなんかあるかいな!! どんなマジックアイテムやねん!!」

39: 2014/09/10(水) 19:42:37 ID:NXq8VOj2

魔王「まて! 大変だ、従者!」

従者「今度はなんや!?」

魔王「炎熱のせいで、床の材木部分が火事になってる!! っていうか室内が大火事だ!!!」

従者「あんさんがやったんやろが! あっつ! あっついっちゅーねん!! はよ消化しーや! 」

魔王「っ! な… なんてこった! 従者!」

従者「ええ加減にうっさいで!! はよどーにかしろや!! ワイが燃えてまう!!」


魔王「………違う。見ろ」


絶対的な服従を意識させられる、そんな威圧感
魔王の口から放たれる否定の言葉は、意図を問わず、ただそれだけで氏刑宣告のようだ
このまま業火に焼かれることになろうと、逃げることは許されないのだとわかる
この、焼かれながらも一瞬で体が冷え切るような体感覚ばかりは、何度経験しても慣れることは無いのだろう


従者「………あ… な、なんやねん…」

魔王「……見えるか、あれが」

40: 2014/09/10(水) 19:43:46 ID:NXq8VOj2

視線の先には、一枚の書類
超高熱の炎の中で、熱風に“踊っている”一枚の紙
燃えることなく、ただ焼かれる勢いのままに 業火の中でヒラヒラと…舞い揺れる影が見えた


従者「…………なるほど、なぁ」

魔王「……なるほど、だね。流石にその可能性は考えていなかった」

従者「火を消しや、魔王。 いっくら燃やしても無駄そうやで、コレ」

魔王「悔しいな、灰燼に帰してやりたかったほど憎い書類なのに」

従者「残念やったな」


魔王は炎柱に向かって吐息を吹きかける
まるでバースデーケーキのろうそくを吹き消すような仕草で、簡単に消し去ってしまった

従者(自分で出した炎やゆーても、こういうことを何気なくしてまうところが恐ろしいんよな…)

41: 2014/09/10(水) 19:45:18 ID:NXq8VOj2

魔王「これを選ぶ理由…か。 そりゃ、いくら睨めっこしていても見つからないはずだね」

従者「まさかなぁ。書類自体にこんな『永久存続』の術をかけとるとはなぁ…」

魔王「永久存続? 対魔法防御とかではなく?」

従者「魔王の術に耐えられる防御術なんかあらへんやろ… やるなら、もっと基本的なやり方や」

魔王「ふむ…永久存続なんてやつのほうが、ありえなさそうだけどね」

従者「その書類。ちぎってゴミ箱に捨てぇ」

魔王「検証? 大丈夫なのか、そんなことして。 もし物理攻撃には反応しなかったら…」

従者「大丈夫や」

魔王「…んー。まあ、従者がそこまでいうなら。 ……本当に平気かなあ…」


ビリビリビリビリ―

魔王「え゛」

42: 2014/09/10(水) 19:46:00 ID:NXq8VOj2

従者「おお、破りやすそうな紙やね。よう裂ける」

魔王「だ、大丈夫っていったじゃないか!! どうすんだよ、破いちゃって!!」

従者「ゴミ箱に捨てる」

魔王「なめてる? 怒るよ?」

従者「うっとうしいねん、魔王。 貸してみ。 ほれ、こう…… びりびりびり、びりびりっと。んで、ぽーい!」

魔王「ああっ そんな紙ふぶきみたいにして…!! 他のごみと混ざってわからなくなるよ!」

従者「魔王、そういや他の書類の束、どこやった?」

魔王「机の上! ああもう、ジグソーパズルは嫌いじゃないけど、ゴミ漁りとかなんで俺が…!」

従者「……机の上…ああ、これか。 多分やけど、ここの中に…」

魔王「あ、あれ? これはこないだちぎった決済ミスの書類で…こっちは…あ、あれ? どれだ!?」

従者「魔王」

魔王「なに! いま忙しい!」

従者「ほしいもんは、コレ、やろ?」

43: 2014/09/10(水) 19:46:58 ID:NXq8VOj2

ボツ書類の束に混じって、一枚の羊皮紙がでてくる
緑の血印。まぎれもなく 先ほど破り捨てたはずの書類


魔王「……馬鹿な」

従者「これは相当やな。悪意を持って消滅させようとした途端、身代わりを置いて隠れ逃げるような真似をしはった」

魔王「……すっかり消滅したと思わせて…何気ない顔をして戻っているとはね」

従者「まるでウツセミの術や。どういう仕組みかまではわからんけど」

魔王「永久存続…そんな術があるなんて聞いた事が無かった。便利だな」

従者「ワイかて、そんな術は聞いたことあらへんし見たこともあらへん。でもその可能性があるっちゅー話や」

魔王「つまり?」

従者「古術の類やろうな。大昔に学術研究が流行った、一種の不氏の術や」

44: 2014/09/10(水) 19:47:56 ID:NXq8VOj2

魔王「不氏…そんなものをまだ研究するやつが? いや、それより可能だってことか?」

従者「何者かを不氏にするなんちゅー成功事例はきいたことあらへん。まず無理やろうけど…」

魔王「……簡素な“無機物”に対してならば、成功していたってことか。面白い」

術者「あかんで。これは、紙1枚やからええけどな。……それでも、どれだけの術者の魔力を吸い取ったかわからへんシロモノや」

魔王「……物騒だなあ。何人くらい氏んだのかね、コレのために」

わかっているのか、わかっていないのか
目の前にあるそれは間違いなく禁忌に抵触する物体だというのに
魔王は苦笑をしつつ、楽しげに目を細めるばかりだ

従者「……送付元はどこや」

魔王「魔樹の森にある、ちいさな村」

従者「なんや、あんな辺鄙なとこに村があったんかいな。ワイ知らんで」

魔王「ああ、正確にいえば『村をつくりたい』、という申請書類だね」

従者「つくりたい? あんな場所に? 物好きやな…どんなやつやねん」

45: 2014/09/10(水) 19:49:07 ID:NXq8VOj2

魔王「差出人は……『精霊族・族長分家・末裔』 、か。 これじゃあ、よくわからないな」

従者「精霊族の族長ゆーたら、たしか光の精やったはずや。一族は絶滅しt……あー、衰退したと思てたけどな」

魔王「そうなの?」

従者「魔王なんやし、それくらい知っときや」

魔王「ぶっちゃけ、精霊族なんて見聞きした覚えが無いんだよねー」

従者「神や魔王と同じ、神代から続くとされる古の一族や。どこまでほんまかは知らん、生きてる奴に会うたことないしな」

魔王「そうか…末裔、とあるし。どこかで生き残ったのだろうね。分家ってことは…本家は滅びたか」

従者「まあ、妖精みたいなもんらしいしなあ。隠れて生きる分にはどーにかなるんかもなあ」

魔王「それにしても。名前も性別もわからない書類なんて、不備もいいところだ」

従者「あー。ボツで、それだけはえらばん理由ってそれか?」

魔王「村を作りたいなんていいつつ、目的も規模も、詳細な位置も申請日付も、代表者氏名もない書類だしね」

従者「むしろそこまでいくと、選びそうやな」

魔王「いや…こういうのは、いたづらの投書でよくあるんだよ。珍しくも無いし、やっぱり選ばないかな」

従者(魔王にいたづらとか、規律だいじょうぶなんかいな)

46: 2014/09/10(水) 19:49:56 ID:NXq8VOj2

魔王「ああ……。 せめてなー。 性別だけでも書いといてくれればなあ」

従者「……名前は必要かもしれへんけど、性別はどうでもいいやろ?」

魔王「オンナノコだったら、もっと早い段階で選抜してあげてたのになーって」

従者「……まじめに仕事しーや…」

魔王「うん……そうだね!!」

従者「おお、いい返事」

魔王「あたりまえじゃないか!! せっかく10日間もフルに悩み続けて、ようやくこの書類を選んだんだぞ!? さっそく取り掛からない手は無いもんね!!」

従者(あっ、ここか ワイが見た未来は…)

魔王「じゃあ、行ってきてくれるね? 従者! 魔樹の森に!!」

従者「って、仕事するんはワイかい!」

魔王「だって俺、精霊族なんてよく知らないし。情報足りなさ過ぎるし。話、聞いてきてよ」

従者「……明らかに、厄介事なんやけど…」

魔王「がんばっ!」

47: 2014/09/10(水) 19:50:26 ID:NXq8VOj2

従者「はあ……。 しゃーない、いってくる……」

魔王「ありがとうー。無事にかえってきてねー」フリフリ


従者「……帰ってきたら、一回魔王のことしばいたんねん、ワイ」

魔王(あっ、それって氏亡フラグなんじゃ……)

従者「まあ、こーいうんは実際に見てみたら、たいしたことなかったりすんねん。いってきまー」

魔王(二重の氏亡フラグ!?)


魔王「………もしかして…なんか、やばいかな…?」

―――――――――――――――――――――

49: 2014/09/17(水) 21:51:54 ID:9NZpUVW6

魔樹の森――

うっそうと茂る魔樹の森
魔樹というのは、土中の栄養の変わりに魔素を取り込み、光の変わりに瘴気を取り込んで生育する珍しい樹木だ
それがここまで密林状態に生えるのは、おそらく世界中でここだけのはず


従者「……気色悪いところや。こんな場所に村を作るとか、ほんまに正気の沙汰やないで」

従者「……しっかし。ほんまに詳細な位置もかかん要望書とか、たしかにボツ書類やな」


森の中を歩き回る
かれこれ2時間ほど、森の中を螺旋状に歩いて範囲を狭めているところだ
森の大きさを考えれば、おそらく1日あれば森の中心まで辿り着けるだろうし、
運がよければそこまでかからず、村を作りたいという者に出会えるだろう

50: 2014/09/17(水) 21:52:30 ID:9NZpUVW6

従者「ワイが犬の魔物やからできることやで、ほんま…。 こんな樹海じみたとこ、螺旋状に歩いて片っ端から探すとか」

従者「……ワイのしとることも、正気の沙汰やないなぁ」


知らず知らずに、独り言が増える
遠くで、鳥が喉の枯れたような声で鳴いている


従者「……しゃーない。歩こ…」


その後、ワイは1日どころか3日の間歩き続けても、誰にも出会えなかった

―――――――――――――――――――――

51: 2014/09/17(水) 21:53:01 ID:9NZpUVW6

従者「……あかん…疲れた」

ボンッ

従者「魔獣(犬)モード… 省エネやな…」

従者「……………」


空を見上げる
魔樹の枝が伸びに伸びて、日光は遮られ、葉色である紫じみて降り注いでくる
現在位置は、おそらく森のほぼ中央に近いだろうと思う
特に大きな木のそばは、その枝ぶりが大きすぎるためか 円を描くように空間が開けているように見えた


従者「あかん。やる気が尽きた。ここでちょい、休憩…。 休憩っちゅーか、もうほんま、こんなん…」

従者「やっとられっかぁぁぁぁぁあああぁぁぁああああああ!!!!!!!」

52: 2014/09/17(水) 21:53:35 ID:9NZpUVW6

ワオーーーン!
犬の姿のときには、ヒトの声を出すのはなかなか難しい
練習を重ねたので、今では普通に喋ることもできるとはいえ、左利きの人間が右利きに矯正したような違和感がある

なので、ストレス発散のために ワイはおもいっきり 遠吠えを繰り返した
単なるヤケクソだった


従者「ウワオオオオオオオオン!!!!!!」

従者「アオーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!!」

従者「ワオーーーーーン!!!!!」


従者「……はぁ、はぁ・・・」

従者「……な、何をやっとんねん、ワイは……魔王のアホが移ったか」

53: 2014/09/17(水) 21:54:08 ID:9NZpUVW6

ひとしきり吠えると、なんともいえないやるせなさが襲いくる
べったりと地面に寝そべる
脚も尾も伸びきって、なんともだらしない姿だろうが、ここには誰も居ない

誰も、居ない


従者「……そういやここまで誰もおらへん場所とか…なかなか無いなあ」

従者「あかん、あかんで、ワイ。自制心っちゅーもんが必要や」ウズウズ

従者「……いくら誰もみてへんからといって…」

従者「見られへんからといって…」

従者「………」


スク、っと 立ち上がる
キッ、っと 後方を睨みつける
ピンと伸びた尻尾は、ふっさふっさと風に毛がなびいている

54: 2014/09/17(水) 21:54:46 ID:9NZpUVW6

従者「~~~~~~っ」

ぐいっ!
尻尾を体のほうになるべく倒し、体をひねる


従者「気になんのや!! めっちゃ気になんねん、コレ!!!」

従者「自分の尻尾おいかけるとかアホ犬やと思うけどな! あれはアホやからできひんのちゃうかなって思っててん!!」

従者「尻尾全力で倒して、この柔軟な身体特性を生かせば、ワイなら尻尾咥えるのも可能なんちゃうかなーって、思ってん!!!」

従者「~~~~~くぅ~っ! あっかん、あと3cm尻尾が長きゃ余裕なのにッ…!!」

55: 2014/09/17(水) 21:55:19 ID:9NZpUVW6

身体をねじりすぎて、半歩 前足が出る
バランスを取るために、反対の後ろ足も出る

身体の向きを考えれば、尻尾の寄っている側の後ろ足が前に出ているほうが咥えやすいにきまっている
もう1歩、後脚と前足をそれぞれ前に出す
ねじれた身体は、自然に前足をもう一歩進めてしまい・・・


ぐる・・・ぐる・・・ ぐる・・・ぐる・・・


従者「うああああああ!! 地味に回っとる!! ワイ回っとる!! アホ犬や!!」


やらなきゃよかった、できるんじゃないかとか思わなければよかった!
苦悶のあまり、地面にべたりと寝そべって 前脚で頭を抱える

56: 2014/09/17(水) 21:55:51 ID:9NZpUVW6

従者「ああああ… 穴あったら入りたいわ…。 よし、ほな掘るか」

従者「って、あかん。 それじゃホンマに犬やんけ……はぁ」

?「あ……あの…」

従者「!?!?」

?「その…、お忙しそうなところ、申し訳ないのですが… た、助けていただけませんか…?」

従者「――――!!!!」

―――――――――――――――――――――

57: 2014/09/17(水) 21:56:24 ID:9NZpUVW6

大魔樹の根元-


従者「…………はぁ」

?「んっく、んっく……ぷは…」

従者「落ち着いたか?」

?「は、はい。助けていただきまして、本当にありがとうございますっ」

従者「水汲んできただけやし、えーわ…。んで? あんさんは誰や」

?「あ。ご挨拶が遅れました。私は精霊族・族長分家・末裔の者です。精霊とお呼びください」

従者「 お ま え か 」

58: 2014/09/17(水) 21:57:04 ID:9NZpUVW6

精霊「え? あ、あの…何か?」

従者「けったいな申請書、出しおったやろ……村を作りたいってやつや」

精霊「!! も、もしやあれがついに認可されたのですか!?」

従者「今日は話を聞きにきただけやけどな。まあほぼほぼ採用は決定やろな……」

精霊「なんてことでしょう!! 曽祖父の代よりの悲願が私の代でついに叶うなんて!」

従者「そ、曽祖父?」

精霊「はいっ! あの書は私の曽祖父が提出したものでございます。以来、ここで認可の下りるのを待ち続けておりました!」

従者(あの書類、そんな前からあったもんなんかい…)

59: 2014/09/17(水) 21:58:04 ID:9NZpUVW6

精霊「ですが、年々と魔樹の放つ瘴気に当てられ、私もついに姿を保てなくなるほどに弱ってしまいまして……このまま願いを成就させることなく果てるのかと思っておりました」

従者「あー… 精霊には、この森はキッツイやろな。せやのになんでこんな場所に村を…」

精霊「ですがそこに現れた貴方様にこうして瘴を払っていただき、清き水をお恵みいただいたばかりか、このような朗報まで!」

従者「あんな、それはもーええから、なんでこんなとこに村をつk

精霊「私は今日、世界で一番に天に恵まれた娘に違いありません! ああ本当に感謝の言葉をどう述べればよいか…!!」

従者「 話 を 聞 け や 」

精霊「はっ!」

・・・・・・・・・・・
・・・・・・・

60: 2014/09/17(水) 21:58:49 ID:9NZpUVW6

従者「あー。ほな、順番に聞いていくから、必要なことを答えてや」

精霊「は、はい。 ……あの、ところで……それは、一体?」

従者「? 紙と万年筆やな」

精霊「何かこう、クリクリと動かしておられて…おもしろそうですね。それは何に使うものなのですか?」

従者「……は? って、え。 知らんの?」

精霊「す、すみません。曽祖父がここに移住して以来、ここの森はおろか この大樹の元を離れたこともないもので……」

従者「」

精霊「いつ、魔王城よりの報せが来るやもわからぬから、と」

従者「せ、せやけど 誰か一人おったらええわけやし……。って、あ……」

61: 2014/09/17(水) 21:59:40 ID:9NZpUVW6

精霊「……えへへ。そう、ですね。私の父が存命だった頃、父は母と私を残して時々森の中を動くこともありました」

従者「……精霊族は、ほんまにもうそれだけしかおらんのか」

精霊「母も私が幼いうちに…それから先、私はひとりでも留守を守る身として、ひと時もこの場を離れることはせずお待ちしておりました」

従者「……そか。ええこやな、ようがんばったわ」ナデ…

精霊「ひゃ。……えへへ。頭を撫でられるなんて、父様にされて以来です…なんだか、嬉しい」

従者「まあ、ワイ ここの場所にくるの3回目やけどな」

精霊「ふぇ!?」

従者「あんさん、おらへんかったけどな」

精霊「い、居ました! その、瘴に当てられて 姿も意識も消えかけていたのです!」

従者「ほな、なんでいきなり出てきてん。しっかもワイにとって最悪なタイミングで」

精霊「? あの、貴方様が瘴を払ってくださったからですが…」

従者「ワイが? なんかしたかいな」

62: 2014/09/17(水) 22:00:15 ID:9NZpUVW6

精霊「はい。とても大きな声で、何度も何度も『ワオーーーーーーン』とそれは立派な遠吠えをなs

従者「あああああああああああ!聞こえへん! なんも聞こえへんでワイ!!!」

精霊「? 古来より、狗の吼え声には魔瘴を払う力があると… そのおかげでここのあたり一体の瘴が払われたのです」

従者「そういう伝承は聞いたことあるけど…やったことはなかったしなぁ……。それにしてもヤケクソで瘴気を追い払ったんか、ワイ……」

精霊「ヤケクソ?」

従者「気にせんとって。 ……まあええ、話それすぎや。ともかく目的は聞き取りや、続けるで」

精霊「は、はい! ところであの、もしよろしければ そのマンネンヒツとやら、見ていてもよろしいでしょうか?」

従者「は? ああ、手ぇ出さんかったらええで」

63: 2014/09/17(水) 22:00:52 ID:9NZpUVW6

精霊「嬉しいです! では、お近くに失礼いたしますね!」トテテッ ペタンッ

従者「近ッ!」

精霊「え?」

従者「い、いや ええんやけどな。そんな真横にぴっとりくっつかんでも…」

精霊「ここでは、お邪魔になるものなのでしょうか…? はじめて見るものですので、なるべくならば目の前で、と思ったのですが…」

従者「あー……まあ、ええわ…」

精霊「ありがとうございますっ」ニコッ


従者(なんやコレ…。 絶対けったいな絵面になってそうやし、魔王が水晶とかで見てへん事を祈るばかりや……)ハァ

―――――――――――――――――――――

68: 2014/10/08(水) 11:15:23 ID:r38F.z3Y
・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・
・・・・・・・


従者「ほんならまず、名前から教えてもらおか」

精霊「名前…」

従者「精霊族は、名前をつける習慣は無いんかいな」

精霊「いえ、おそらくはある…のだと 思います。ですがその、呼び合って識別する必要もあまりなかったものですから…」

従者「あー…」

精霊「……」

69: 2014/10/08(水) 11:16:37 ID:r38F.z3Y

従者「ああ、せや。 んなら、あんさんは 何の精霊なんや?」

精霊「あ、はい。私は 精霊族・分家 植物の精霊一族です」

従者「植物か。ああ、それで森の中に、村を?」

精霊「はい、自然こそが生きる恵みでございますゆえ」

従者「ちなみに、あんさんの正体はどんな植物なんや」

精霊「あ、ええと…?」

従者「あんさんも、本来はなんかの木なんやろ? なんや?」

精霊「……わ、私はその…」

従者「?」

精霊「エノコログサで、ございます//」

70: 2014/10/08(水) 11:17:48 ID:r38F.z3Y

従者「エノコログサ…っちゅーと… あれか?」

精霊「///」

精霊「そ、その。通称、ねこじゃらし…と 呼ばれる者です//」

従者「ねこじゃらし…」

精霊「わ、私はねこじゃらしではありません、エノコログサです…っ」

従者「そ、そか」

精霊「は、はい」

従者「なんちゅーか、こう。 仮にも分家の末裔ゆーてたから、大きな樹とか勝手に想像してもうて、すまんかったな…」

精霊「……切ないので、あまりお気になさらずに…お願いいたします…」


従者「じゃ、じゃあ… 次は 村づくりの動機なんやけどな…」

精霊「はい…」


・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・
・・・・・・・

71: 2014/10/08(水) 11:18:22 ID:r38F.z3Y

―――――――――――――――――――

---魔王城


魔王「それで? どうだった、従者。 村づくりの使者さんの様子」

従者「あー、まあ 聞く限りでは問題なさそうやけど… 何しろ精霊族が娘っこ1人しかいいひんしなぁ」

魔王「あ、女の子だったんだ……、って。 一人で、どうやって村を作るの?」

従者「ようわからんけど、精霊族として存在したもんの種子を育てることで、一応、精霊族は仮に生まれる事が出来るらしい」

魔王「それならさっさと、増やせばよかったのに…」

従者「弱い種子らしゅうてな。本来は 光の精霊…本家の族長さえおれば、光の加護でしっかり育てられるのらしいんやけど」

魔王「ああ、加護がないから 種子を育てるために“安全な村”を必要としている…と?」

従者「ま、そーゆーこっちゃな」

72: 2014/10/08(水) 11:18:58 ID:r38F.z3Y

魔王「ふむ…まあ、精霊族も 一応は魔族だからね。属性を考えると、人間の王国の方が住環境はよさそうだけど」

従者「人間の王国で精霊なんぞ増やしたら、それこそモノ珍しがられて狩られるやろしな」

魔王「それであんな、辺境の森を選んだのか…なんだか不憫な一族だね、精霊族というのは」

従者「古い一族やしな。弱りきった末裔なんて、そんなもんやろ」

魔王「ふう。可哀相に」

従者「んで、まあ報告はおわりやな。どうする?」

魔王「うん、いいんじゃないかな。村づくりの許可を正式に出すよ」

従者「んなら、認可書を送る手配しとくわ」

魔王「いや、従者がもってってあげてよ」

従者「は?」

73: 2014/10/08(水) 11:20:04 ID:r38F.z3Y

魔王「だってほら、あの森で女の子一人も物騒だし」

従者「んなら誰か派遣するか?」

魔王「あそこの魔瘴を払えるのは、犬の遠吠えなんでしょう? 従者が便利だよ。また瘴気にあてられて倒れられても困るし」

従者「便利ゆーな」

魔王「まあ、適当に。ある程度、仲間の種子がそろうまででいいからさ。 手伝ってあげてよ」

従者「なんでそんなん、ワイがせなあかんのや」

魔王「絶滅の危機にある魔族の種の保存は 重要な仕事だよ?」

従者「そ、そりゃそうやけど」

74: 2014/10/08(水) 11:20:46 ID:r38F.z3Y

魔王「それとも俺が行こうか?」

従者「……魔王が?」

魔王「カワイイ精霊ちゃんとv 二人きりでv 子作り・村づくりv」

従者「!?」

魔王「なかなかわるくないかもー? 種として繁栄するかもなー、魔王の血いれとけば」

従者「まてまてまてまて、なにゆーとんのやあんさん! 魔王がそんな勝手にあっちこっちに血ぃ混ぜてええとおもっとるんか!?」

魔王「えー? でも由緒正しい 古代からの一族なんでしょう?」

従者「そやけど、魔族としてハンパやから弱って衰退したような種族や! そんなんやったらワイが……!」

魔王「ワイが?」ニヤニヤ

従者「……ワイが……いけば、ええんやろが・・・」

魔王「あはは。よろしくね―?」


従者「ああもう……。 なんで…こうなんねん……。 はぁ…」


・・・・・・・・
・・・・・
・・・

75: 2014/10/08(水) 11:21:46 ID:r38F.z3Y
――――――――――――――――――――

魔樹の森 大魔樹の根元


精霊「ふふ♪ まさか、従者様にお力添えまでいただけるなんて…本当に私はどれだけ恵まれた娘なのでしょう!」

従者「ゆーても、そんなたいそうなことはできへんで…?」

精霊「いいえ、とても心強くおもいます。それに…」

従者「…ん? どないしたん」

精霊「…一人ではないというのが…とても、うれしいのでございます。こうして、言葉を交わすだけで。どこまでも満たされるような気さえいたします…」

従者「……」

精霊「…えへへ」」

従者「………あー。まあ、なんや」ポンポン

精霊「ひゃ//」

従者「仲間、できるまで 手伝ったるさかい。もう話し相手にはこまらないんとちゃう?」

精霊「……従者様」

76: 2014/10/08(水) 11:22:33 ID:r38F.z3Y

従者「なんてな。んでほれ、村興しゆーても、精霊族のやり方なんぞしらんし。さっさと指示だしーや」

精霊「は、はいっ!! 本当に、心より感謝申し上げます、従者様!!」

従者「んー」

精霊「では、まずはこのあたり一体の瘴気をなるべく払っていただけると大変都合がよく…」

従者「……俺にまた、あれをやれっちゅーんやな、このねこじゃらしが」

精霊「にゃっ! ですから私は猫じゃらしではありませんーー!!」

従者「猫じゃらしは猫じゃらしや! ほんま、なんでこんなんワイがせな…!」

精霊「や、やはり 私などの手伝いをなさるのはお嫌でいらっしゃいますよね…?」ウル

従者「うあああああああああああああ!!!! もおおおおおおおおおおおお!!!」

77: 2014/10/08(水) 11:23:48 ID:r38F.z3Y

ボンッ!!!

従者(犬)「ワオーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!!!」

精霊「やはり大変に素敵です、従者様っ!」

従者(犬)「~~~~~~~~~っ ワオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!!」

精霊「従者様ぁっ、がんばってくださいませっっ!!//」


その日
どこかイラただしげな犬の遠吠えが しきりに国中によく響いたという


水晶( ワオオオオオオオオオン!!!! ワン! ワンッッ!!! )

魔王「………ふふ。 従者、なんだか楽しそうかなー?」

・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・
・・・・・・・

78: 2014/10/08(水) 11:24:41 ID:r38F.z3Y
――――――――――――――――――――――

魔樹の森 大木周辺

従者「……っと」

ザクッ、バサッ


精霊「ありがとうございます、従者様」

従者「はぁ…。 んで、次は?」

精霊「その次は、そちらの古い大枝を一本、幹より30cmほど残して落としていただけますか?」

従者「ん……了解や」

ザクッ…、バサッ

従者「こんなんで平気か…? その後は?」

精霊「次は…そうですね、枝ぶりのよさそうな所を重点的に、6~7割ほど葉をおとしてしまいましょうか」

79: 2014/10/08(水) 11:25:22 ID:r38F.z3Y

従者「……なあ?」

精霊「? どうかされましたか、従者様。 あ、すこし休憩をなさいますか?」

従者「いや休憩はええんやけど。 その、ほんまにええのか? そんなに木を斬って」

精霊「剪定です。 健康のためのダイエット…みたいなものと思っていただければ」

従者「そんなもんなんかいな… なんかこう、植物の精霊が、植物の枝葉を切るってのは違和感あるなぁ」

精霊「違和感ですか?」

従者「仲間討ちしてるみたいやんけ。健康のためとはいえ、斬りあうってのがどうもな」

精霊「ふふ。ご心配、ありがとうございます!」

従者「心配っちゅーんかな、こーゆーの…」

精霊「そうですね…確かに、若葉の生えたての部分などをもがれると、多少の痛みもあることでしょう」

80: 2014/10/08(水) 11:26:47 ID:r38F.z3Y

従者「ふっとい枝を切り落とすとか… 腕を切り落とすようなものなんちゃうん?」

精霊「ふふ、そんなことはありませんよ?」

従者「わからん感覚や」

精霊「葉を落とすのは、髪を切るように。小枝を落とすのは、爪を切るように」

従者「ああ… んなら、痛んだ古い枝を落とすのは、虫歯になった歯―を抜くようなもんかいな」

精霊「すみません、精霊族には、そういった風習はないものですから。それが適当な表現かどうか…」

従者「そりゃそうやな」

精霊「ですが、本当に大丈夫なのです。こうすると、気持ちよく成長していける…とても有難いことなのですよ」

従者「ま、そういってくれるんやったら ワイも素直に斬りおとせるわ」

精霊「もしかして、気に病んでおられましたか?」

従者「ちょっとな」

精霊「……従者様…本当に、お優しい方。私は…」

従者「あー ほら、次や次!」

精霊「は、はい!」

81: 2014/10/08(水) 11:27:26 ID:r38F.z3Y

従者「葉っぱおとしゃいいんやな? どれでもいいんか?」

精霊「あ、は はい! ええと、密集してるあたり、色の変わっているあたり、日の当たりにくくなってるあたりを集中して、全体に分散するように…」

従者「おし、んーならもう 思い切って いったるわ!!」シャキン!

精霊「? 爪?」

従者「ハッ!!!」ダッ

シュパッ!

精霊「っ」


フワッ・・・ ヒラヒラ… ヒラヒラ…

従者「……どや?」

精霊「わ、わぁ… いっせいに、葉が落とされて…」

従者「こう見えても一応、武闘派なんやでワイ」

82: 2014/10/08(水) 11:28:02 ID:r38F.z3Y

精霊「きれい…まだ、色鮮やかな落ち葉が…こんなに…」

従者「あー、ちょっと落としすぎた…か?」

精霊「いいえ。 …いいえ、従者様」ポロポロ

従者「あ…… え? なんで泣くん?」

精霊「木が… 木が。 とても、喜んでおりますもので。つい、つられてしまいました」ポロポロ

従者「喜ぶ・・・? 木が?」

精霊「ふふ。 …本当は、やはり、ジワジワと刃を向けられるのは すこし不安もあるのですよ」

従者「あー… つまり、おっかなびっくりやってんと 木のほうも怖い、と?」

精霊「」コクン

83: 2014/10/08(水) 11:28:32 ID:r38F.z3Y

精霊「…でも、先ほどは、一瞬で 痛みも恐怖もなく さっぱりと…」

従者「……そか。そりゃよかったわ」

精霊「それになにより… この木は、自分がこのような深緑の幻想を作り出している、この美しさに感動しているのです」

従者「そ、か…。 あー… いや、でもなんか…」

精霊「ありがとうございます、従者様… この木の分まで、本当に 心よりの御礼を申し上げます」ニコ


従者(……まあ、本来は 殺戮の術なんやけど。たまにはこんなんも、悪くない、かもしれんなぁ…)ボソ

・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・
・・・・・・・

84: 2014/10/08(水) 11:29:08 ID:r38F.z3Y

従者「……穴? ここに?」

精霊「はい。瘴気も随分薄まりましたし、明かりもだいぶとりこめるようになりましたので。そろそろ、と…」

従者「あれか? 種子を埋めるための穴か?」

精霊「いえ、土壌を豊かにするために掘りかえすのです」

従者「耕すっちゅーことか?」

精霊「はい。以前、従者様に刈っていただいた葉も程よく乾燥してきましたので、それを混ぜながら埋めこもうかと」

従者「範囲は…?」

精霊「…………ええ、と…その… ちょっと大変、かも、しれません…」

従者「………お、おこらへんから、希望だけ ちょぉ、ゆってみ?」

精霊「……村を作るにあたり、予定する敷地範囲を、なるべく網羅できれば…と」

従者「…………」

85: 2014/10/08(水) 11:38:32 ID:r38F.z3Y

精霊「…………む、無理でしょうか…?」

従者「魔王に、農耕器具どうにか手配してもらうわ…。 さっすがにそれ、鍬ではできひんで…?」

精霊「す、すみません! すみません、お手数をおかけしてばかりで!!」

従者「はは… ほんまワイがおらんかったら、どーするつもりやってん、あんさん…」

精霊「? もちろん、自身の手で切り開いていく所存でございました」

従者「ねこじゃらしのくせに」ボソ

精霊「!? ねこじゃらしかどうかは関係ありませんよね!?」

従者「ほんま 常識なさすぎて参るわ・・・」グッタリ

精霊「むぅ・・・ 従者様が、物知りすぎるのです」

従者「まあ、物知りっちゅーんがウリみたいなもんやしな」

精霊「………あ」クス、クスクス

86: 2014/10/08(水) 11:39:24 ID:r38F.z3Y

従者「ど、どないした? 急にへらへらして」

精霊「へ・・・ へらへらしたわけではないです!!」

従者「いや。おもいっきりしとったで」

精霊「そ、その。きっと 従者様は 私では考えもつかないようなことをたくさんしっていらっしゃるのだろうな、と思ったのです」

従者「・・・・・・まあ 筆記道具もしらんかったようなヤツやしな。普通に知っとるやろな」

精霊「まるで、開けるたびに何かがはいっている 不思議な魔法の宝箱のようだな、と思ったのです」

従者「たからばこて。あんさんまでゲーム脳かい!」

精霊「げーむのう?」キョトン

従者「いや。今のはワイがわるかった 気にしんとって」ハァ


精霊「一緒に居るだけで・・・ たくさんの宝物が増えていくみたいな気持ちになります・・・」ボソ

従者「なんかゆーたかー?」

精霊「な、なにもっ//」マッカ

・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・・・

87: 2014/10/08(水) 11:41:08 ID:r38F.z3Y

それから 幾日か経ち・・・


従者「おい、そろそろ 今日の分はおわりにしよーや」

精霊「あ、はい! わわ、もう夕の刻に… すみませんでした従者様!!」

従者「いや、まあワイはえーんやけど、なんか雲行きが…」

ポツ… ポツ、ポツ、

従者「うわ! ほれ、 ゆーてるそばから雨や!!!」

精霊「わー! 恵みの雨ですね!! よかったあ!!」

従者「あほか。いくら精霊族やからって、植物じゃあらへん形態でそないに濡れたら風邪ひくやろが」

精霊「あ// そ、そうですね」

従者「それともあれか? 寝込んでるうちに、ワイに仕事全部やらせる気―か?」

精霊「め、めっそうもありません!!」

従者「ならほれ、さっさと 移動!!」

精霊「は、はい!!」

88: 2014/10/08(水) 11:41:38 ID:r38F.z3Y

ザザザー… バタバタバタ…


従者「………あかんな、こんだけ豪雨になるとはさすがに思わんかった」

精霊「本日は、こちらにこのままお泊りになってはいかがです?」

従者「え」

精霊「? このような雨ですので… 幸い、こちらの洞穴は広さもありますゆえ」

従者「あー… ここに? あんさんと?」

精霊「ご不快のようでしたら、植物の姿になって外にでておりますゆえ」

従者「あほか、そんなんさせられるか」

精霊「…近いうちに、きちんとお客人を歓待できるような居住地も必要でしょうか…すみません、従者様。私はそういうのに気づけず…」

従者「いや、もう既に、気にするべきところがあさっての方向にズレてんのやけどな」

精霊「…精霊族の接客には、何か重要な相違点がございますでしょうか?」

従者「まあ、あんさん 娘っこやしなぁ」

精霊「え?」

89: 2014/10/08(水) 11:43:07 ID:r38F.z3Y

従者「……いや、まあ、ワイもそういう気―があるわけちゃうからええんやけど…」 

精霊「…………?」

従者「………いや、まあ 気にせんでもええんやけど…」

精霊「………?」

従者「………」ハァ


精霊「……………あっ!!//」ボンッ!

従者「」ビクッ!

精霊「あっ// その// わ、私はその、別にそのように邪な心があって宿泊をお勧め申したわけではなくてですねっ」オロオロ

従者「あほか! んなもんわかっとるわ!!」

精霊「で、ですがその、従者様のことは大変お慕いしておりますゆえ//」モジモジ

従者「え」

90: 2014/10/08(水) 11:44:54 ID:r38F.z3Y

精霊「で、ですので私はそういうったことによってなんの問題もないのでッ!」

従者「ちょ、え? は?」

精霊「あとは従者様のご都合のよいようにこちらを利用していただいても、まったく何の問題もないといいますか//」パニック!

従者「あ…ちょ、ちょっと 待ちや」

精霊「そ、その! ですので私は! 従者様が私にそうしてくださったように、私も従者様の居心地のよい場所でありたいだけでっ!!//」

従者「あ、あー? オイ?」

精霊「~~~~~っ// わ、私は何を申し上げてるのでしょう!!// 申し訳ありません、何かすこし口にするものなど探して参りますゆえ、お休みになっていてください!//」

従者「いや、探しにいくも何も、外はワイが出れへんほどの豪雨やで…?」

精霊「!!」

91: 2014/10/08(水) 11:47:17 ID:r38F.z3Y

従者「……あ、あー。 なんか、とりあえず… 落ち着いとき?」

精霊「そ、その…!// 私は何を一人で・・・! も、もうしわけっ ありませんっ//」

従者「まあ、ええんやけどな… ワイがなんか困るようなこっちゃないし」

精霊「……こうして。何も作業もせず、従者様と二人でいるのだと思うと…その、何か どうしていいのか…」

従者「そんな気ぃ使わんでええんやで?」

精霊「気を使うというか、そのっ//」

従者「?」

精霊「……う、うれ しく…て。 緊張、すると申しますか//」

従者「あ、いや、ちょ まて? そういう雰囲気つくらんとってくれ、ホンマに」

精霊「~~~~//」マッカ

従者(な…… なんなんや。 どうすりゃええねん こんなもん…!)

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・・・・・・・・・・・・
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92: 2014/10/08(水) 11:48:57 ID:r38F.z3Y

―――――――――――――――――――――

魔王城


魔王「え? それで、夜明けとともに帰ってきたの?」


従者「なんかな、一晩中 なんっとも気まずい雰囲気っつーか…」

魔王「それ、その精霊ちゃんが、誘い受けしてただけなんじゃ…」

従者「んなもん、ワイにわかるかいな! つか誘い受けて! あんなガキに手だすかいな!」

魔王「悪魔は、そういうの弱いの? サキュバスなんかそういうの世界一得意だけど悪魔だよ?」

従者「~~~っ しらんけど、ワイには無理やって」ハァ

魔王「なんか、意外だなぁ。従者にも苦手なものや理解できないものがあるんだね?」クスクス

従者「知識の整理ならええんやけどな。憎しみや葛藤っちゅーのもわりとわかる」

魔王「好意と、憎しみ。両方とも、感情って意味では理性で整理できないんじゃない?」

従者「そうでもないで。憎しみとかは、割と因果関係を整理しやすいしな。でもああいう好意っちゅーのはなあ、どっかトンでるからなぁ」

魔王「そういうもの?」

従者「そういうもんや」

93: 2014/10/08(水) 11:50:07 ID:r38F.z3Y

魔王「……んー」

従者「どないしたん、魔王」

魔王「でもさ、これから まだ時間かかるんでしょ? 村おこし」

従者「そやなぁ、土壌が豊かになってから、ようやく種子の育成やしな」

魔王「気まずいんじゃない? それじゃあ しばらく」

従者「やなことゆーなや…」グッタリ


魔王「ねえねえ。 いいこと、おしえてあげようか?」ニヤニヤ

従者「なんや? なんかラクにできるほうほうでもあるんかいな」

魔王「うん。あのね…… 多分だけど……」


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・・・・・・・・・・・
・・・・・・・

94: 2014/10/08(水) 12:00:12 ID:r38F.z3Y

―――――――――――――――――――


魔樹の森

従者「おい…… “エノコロ”」

精霊「!?//」

従者「なんや どないした?」

精霊「え、あ… その//」

従者「ぼけっとしてんと さっさとそこの落ち葉、埋めてきーや、“エノコロ”」

精霊「!!//」 

スタタタタタタッ!!!!


従者「……なんやよぉわからんが、魔王のゆってたとおり 名前でよんでやると鬱陶しくなくなってええなあ」シミジミ

精霊(~~~~~~っきゃぁぁぁぁぁぁっ///)

95: 2014/10/08(水) 12:05:04 ID:r38F.z3Y

―――――――――――――――――――――

一方 そのころ 魔王城・・・


魔王「……」ニヤニヤ


水晶( “エノコロー“  ”じゅっ 従者ひゃまっ!“  ”おわったらこっちこいや“  ”さ、誘っ!?//“  ”次の剪定やるでー“  ”~~っ//“ )


魔王「…………悪魔ってのは、賢くても鈍感なんだねぇ」クスクス

トントン…

魔王「はいはい どなた」

侍女「侍女でございます。…どうかなさいましたか?」

魔王「んー♪ おもしろいものをみてね。微笑ましくて、ついつい顔がにやけるよね」

侍女「面白いもの、でございますか。それはよろしゅうございます」

魔王「それで、俺に何か用事かい?」ニコニコ

侍女「ええ… 財務執行の上席の方々より、ご伝言が」

魔王「伝言? 何?」

96: 2014/10/08(水) 12:08:29 ID:r38F.z3Y

侍女「『魔王様、お仕事なさってくださいね』だそうです」

魔王「もう終わったよ」フフン

侍女「いえ、魔王様の分ではなく。 長期不在でいらっしゃる従者様の分でございます」

魔王「え゛」

侍女「聞いていらっしゃらなかったのですか?」

魔王「何も聞いてないよ!? 従者、帰ったら自分でやるんじゃないの!?」

侍女「いえ。なんでも…

 『魔王がどうも協力的なんや。まあ稀少な精霊族の保護やし、力を入れたいのかもしれん
 ワイ、ちょっと集中して向こういってくるさかい 魔王にワイの仕事任せるけどええよな
って聞かれても困るか、まあ ワイの仕事なんや 魔王にすりゃラクなもんやろ
適当に量がたまったら 魔王んとこもってっといて。 まとめて片付けるほうが魔王もラクやろ』

と、いうようなことで 伺っております」

魔王「……従者… 俺が本当に“協力してアドバイスまでしてる”と思ってるのか…」ガーン

97: 2014/10/08(水) 12:09:02 ID:r38F.z3Y

侍女「十分量がたまったとのことで、執務室に用意させていただきました」

魔王「どのくらい?」

侍女「『充分量』とのことです」

魔王「……」

侍女「では、魔王様。失礼いたします」




魔王「悪魔って… 本当に、賢くても鈍感なんだな…」ドンヨリ


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104: 2014/10/24(金) 09:38:40 ID:6P6RXYtc

―――――――――――――――――――――――――

魔樹の森

精霊「7割ほど、ですかね」

従者「そやね。やっぱ農耕器具借りてきたって、そうそう進まんわなぁ、二人っきりじゃ」

精霊「二人きり…//」

従者「あのな、悲観すべきとこやで…労働力として少なすぎるやろ、どう考えても」

精霊「従者様は、おそらく私たち精霊族が10人集まるよりもお力がありますよ? 精霊族は非力なものだと聞いています、私の父もあまり体力は…」

従者「ほー。10人分はたらけっちゅーことか、それ」

精霊「!? ち、ちがいますっ! そうではなく、その…とても助かっているということをお伝えしたかたったのです!」

従者「冗談や、冗談。まあワイはマルチタイプやし、働けーゆわれたら働けるしな」

105: 2014/10/24(金) 09:39:35 ID:6P6RXYtc

精霊「働けだなんて! 私が働いて、従者様にはご指導していただくだければそれでも充分すぎるほどだとおもっているのですよ!」

従者「エノコロに任せてみとくだけってか? 何年つきあわせるつもりや」クク

精霊「う……ですがっ 本当に気持ちはそう…!!」

従者「はいはい」ポンポン

精霊「ひゃ//」

従者「残念やけど エノコロにやらせといて、指先で指示出しながら、だらだら見てられるほどエライヤツちゃうしな」

精霊「従者様?」

従者「むしろ、犬やし」

精霊「ふふ。はい、犬でいらっしゃいますね」

従者「エノコロは猫じゃらしやけどな」

精霊「ですから! 猫じゃらしではありません!!」

従者「いやいや猫じゃらしは間違いないやろ…」

106: 2014/10/24(金) 09:40:58 ID:6P6RXYtc

精霊「わ、私はエノコログサです!」

従者「エノコロって名前もそうシマるもんでもないけどな。さて! そろそろ休憩も終わりにしよか」

精霊「あ、はいっ! 午後も張り切って、がんばりましょう! ……ふ、ふたりで」ゴニョゴニョ

従者「おお、張り切って犬のように働かせてもらうわ。 魔王の犬が、ついには精霊族の犬にまでされてもーた気分やしな……」ハァ

精霊「じゅ、従者さまったら!! そんな風に…!」

従者「冗談やー、ゆうてるやろ? ほんま、冗談の通じひんやっちゃなあ」アハハ

精霊族「~~~知りませんっ//」

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107: 2014/10/24(金) 09:42:32 ID:6P6RXYtc

いくらかの時間が、過ぎた頃

精霊「…もうすぐ、ですね」

従者「せやな。しっかし、ほんまに土に植えるとはおもわんかった」

精霊「ふふ。植物のほうが、本体ですから」

従者「んでこれ… どうやって精霊になるん? この芽」

精霊「それが… 私も実際に、このような種子として温存されたものの再生は初めてなので…」ウーン?

従者「んじゃ よくわからんっちゅーことかいな」

精霊「はい… ですが、ある程度まで育てることさえ可能な環境さえあれば、自己再生能力により再発芽する、と聞いております」

従者「……この、ちっこい双葉がなぁ」

精霊「きっと、可愛らしい子になりますよ。……この子は、必ず、守り育てます」

従者「なんや 急に?」

108: 2014/10/24(金) 09:43:04 ID:6P6RXYtc

精霊「従者様に、たくさん大切にしてもらって育てていただいた 記念すべき最初の子ですから」クス

従者「?」

精霊「従者様…」

従者「なんや?」

精霊「………」


精霊「私ども、精霊族のための数数のお力添え、本当に感謝しております」フカブカ

従者「なんや急に…。 そんな かしこまって」

精霊「…感謝だけでは 足りなくて。少しでも外に出さなければ、どこかから壊れて、あふれてしまいそうで…」

従者「どないした…?」

109: 2014/10/24(金) 09:43:39 ID:6P6RXYtc

精霊「……このようなこと。出過ぎたことだと、わかってはいるのです… ですが、ですが」ポロ

従者「エノコロ。泣いてるんか?」

精霊「苦しくて。切なくて…… ごめんなさい、ごめんなさい…っ」

従者「エノコロ?」

精霊「仲間を増やすために尽力していただいて… 私は一人ではなくなって」

従者「ああ…そやな。ようやく、ほんもんの エノコロの仲間ができるなぁ…」

精霊「……こんなに、こんなに嬉しいことなのに」

従者「ああ… そか。 嬉し涙か。そういうんも ワイにはようわからんわ」

精霊「私に……仲間が、できれば。 従者様と二人で過ごすこの時間も…終わるのでしょう?」

従者「え?」

110: 2014/10/24(金) 09:44:12 ID:6P6RXYtc

精霊「………終わって、しまうのでしょう…?」

従者「……エノコロ…?」


精霊「…従者様。私は…」

従者「……?」

精霊「従者様を…… お慕いしているのですよ」

従者「……………慕う?」

精霊「はい… とてもとても。…でも、この想いは。同じような想いをなさっていない方には…伝わらないものなんですね」ニコ

従者「………」



・・・・・・・・・・・・・・・・
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・・・・・・・

111: 2014/10/24(金) 09:45:04 ID:6P6RXYtc
――――――――――――――――――――

わからない
あの日以来、精霊…エノコロは どこかぎこちない笑顔で笑うようになった
なんといえばよかったのかわからない
想いというものに、どう応えればいいのかわからない


従者(わかるわけないやろ……ワイは悪魔や。まがいもんやけど、それでもあの魔王の作り出した、精巧な悪魔の模造品や)


穏やかに微笑みかけてくれるエノコロ
優しく、ワイの手を取ってくれるエノコロ
名前を呼ぶと、嬉しそうに返事をして駆け寄ってくるエノコロ


従者(嫌とか、そういうんは 無い。せやけど……せやけど、それにどう応えたらええかなんて、わからんのや)

112: 2014/10/24(金) 09:45:49 ID:6P6RXYtc

魔樹の森に、村を起こし始めて もう4ヶ月以上は過ぎただろう
環境の整理も済み、あの小さな双葉も、そろそろ本葉をつけてきている
初めての、エノコロの精霊族の仲間ができる


従者(ワイは精霊族やあらへん。精霊族は特殊な種族なんや。 んなもん、わかっとるやろ、ワイ)

従者(…魔族よりも神族に近いとすら言われる古代種。稀少で、重要な……)

従者(………その種の存続を助けるために、ワイはココにきとるんや)

従者(ワイが。 その種を、その在り方のバランスを、崩せるわけ…あらへんやろが…)


ガタ

従者「!」

精霊「あ… 従者、様」

従者「ああ、エノコロか… 水やりはおわったんか?」

精霊「はい。あの子も、嬉しそうに葉をゆらしておりました」ニコ

従者「そか」

精霊「はい」

113: 2014/10/24(金) 09:48:58 ID:6P6RXYtc

従者「……」

精霊「……」

従者「……」

精霊「あの、従者様? その…今、すこしお時間をいただけますか?」

従者「ん、ええで。 なんや?」

精霊「……この間の、私の失言のことで…何か、お気に障ったのではないかと」

従者「…失言?」

精霊「私ごときが、従者様をお慕いしているなどと…。もしも、ご不快な思いをさせていたら…と、思い。謝らせていただきたく…」

従者「ちょ、待ち? んなことはないで」

精霊「……何か、ご機嫌を損ねてしまったのではないのでしょうか…? 何かいつも、大層難しい顔をなさるようになったので…」

従者「ワイが? エノコロが、やなくて?」

114: 2014/10/24(金) 09:49:39 ID:6P6RXYtc

精霊「私も…確かに、とても申し訳なくて…どう謝ったらいいものかと思い悩んではおりました…ですのでご不快にさせてしまったのなら、と…」 

従者「~~~っ ああ、ちゃうちゃう!! そういうのやないねん!」

精霊「?」

従者「あー… ゆーとらんかったっけな…。 ワイはその、魔物なんやけど、なんっちゅーかな、悪魔なんや」

精霊「あ、悪魔???」

従者「そやで。悪魔・カーシモラル。知識と殺戮と司る、悪魔の化身。んでもって魔王の右腕や」

精霊「……従者様が、悪魔…?」

従者「ワイのことが怖いか?」

精霊「いえ、信じられなくて」ケロッ

従者「」

115: 2014/10/24(金) 09:50:42 ID:6P6RXYtc

精霊「……怖くなど、ありませんよ? そんなわけ、ないじゃないですか」

従者「まあ、怖がられない魔王の右腕っちゅーのも問題な気ィするけどな」

精霊「ふふ。そうかもしれません… ですが、私の知る従者様は…」

従者「ワイはどんなんや?」

精霊「とても暖かく…優しくて…。 愛しくて。安心できて。心地よくて…」

従者「なんや、それ… なんの威厳もあらへんがな」

精霊「ふふ。それでは従者様は、本当はどのようなお方なのか、お聞かせいただけますか?」

従者「……ワイのこと?」

精霊「はい。 従者様のお話が、従者様についてのことが… 私はたくさん知りたく思います」

従者「……んなもん、聞いたって詰まらんだけやし…」

116: 2014/10/24(金) 09:53:59 ID:6P6RXYtc

精霊「聞きたいです。もしも聞けるのならば…ここになにか従者様を引き止められるものがあれば、そうしてでも聞きたいくらいなのですが」

従者「んなもんあらへんし、詰まらん話なんかしたって…」


ザァ・・・ザアアアア…


精霊「……雨、ですね」

従者「雨、やなぁ… なんでいきなり…」

精霊「ふふ。ひきとめる“なにか”、できちゃいました」

精霊「静かな夜分に……私の為に、ほんの少しの夜語りなど、していただけませんか? 従者様」

従者「はは、かなわへんわ。 精霊族は、天候を味方につけるっちゅーのはホンマなんかもな」クク

精霊「ふふ。それならば、私は精霊にうまれて 本当によかったです」


・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・
・・・・・・・

117: 2014/10/24(金) 09:58:21 ID:6P6RXYtc

―――――――――――――――――――――

魔樹の森 洞穴の中… 小さな、寝所


従者「話すゆーてもな。何が聞きたい?」

精霊「それでは… そうですね。精霊族も魔物ですが、他の魔物というものを私はあまりよく知らないので…従者様のお生まれなどから」

従者「ああ、そやな。 さすがに他の魔物は土から生えたりしいひんからな」クク

精霊「え? そうなのですか?」

従者「……ああいや、ゴーレムとかなら、土から生まれるか」

精霊「なるほど…… え? 私、ゴーレムに近いんですか?」

従者「ゴーレムなエノコロとか想像できひんしやめて」

精霊「ふふ。魔物も、いろいろ。たくさんの種族があるけれど、みんな違うものなんでしょうね。従者様も、従者様でしかない…そんな、ひとり」

118: 2014/10/24(金) 09:58:53 ID:6P6RXYtc

従者「……とりあえず、ワイの一番古い記憶から教えたるわ」

精霊「はいっ! 是非!」ノシッ!

従者「近い近い近い!!!」

精霊「はっ// も、申し訳ありません!! 興奮したあまり、つい…!//」

従者「あー… まあええわ、もう…。どうせ今に始まったことでもないさかい…」

精霊「え?」

従者「雨、結構ふっとるしな こっちきとき。冷えるし」

精霊「……はい。ありがとうございます、従者様…」ギュ

従者「……ん。んじゃまあ… そやなぁ、あれはどんくらい前のことやったろうか…」


・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・
・・・・・・・

119: 2014/10/24(金) 09:59:27 ID:6P6RXYtc

~~~~~回想~~~~~

薄ぼんやりと、意識というものが芽生えた
唐突過ぎる感覚
何もないところから、急に明るい場所にひきずり出されて…
ただ、何かとても安心したのを覚えている

じんわりと確かになっていく感覚
それはだんだんと、生命というものを実感させていた
そして、霞んだ視界の向こうから 軽やかに響いた“音”


「うわ…、なにこれ? 随分とかわいらしいのが創生されたな…」


そいつは、ワイの身体をひっくり返したり、抱き上げたり撫でたりした
次第に、何をされているのか、何を言っているのかわかるようになった
その手の体温と、自分の中に埋め込まれた魔力が共鳴して、否応なしにこいつが自分を作ったのだと実感できた

120: 2014/10/24(金) 10:00:08 ID:6P6RXYtc

従者(子犬)「……?」

「よしよし、お手」サッ

従者(子犬)「………?」ぽふ

「!! やばい。これは癒されるかもしれない!」むぎゅー

従者(子犬)「!?」ジタバタ

「え? なに、おまえ、嫌なの?」

従者「」コクコク

「……? なんでしゃべらないの?」

従者(子犬)「……きゃんっ」フリフリ

「……おお。 うん、なんか完全に犬だね」

従者(子犬)「わんっ! きゃぅ、わんわんっ!!」

「うーん…失敗、したかな…?」

従者(子犬)「くぅん……?」

121: 2014/10/24(金) 10:01:25 ID:6P6RXYtc

「あ、そっか。犬モードだからだ。人間になれるだろう? 変身してみてよ」

従者(子犬)「きゃぅ?」

「魔力たりてない? こう、足が伸びたり、体が膨らむようなイメージしてみなよ」

従者(子犬)「……?」


目を閉じる。そいつの言っている事はすぐにわかったし、意識もはっきりしていた
言葉が発声できないことに、自分でも違和感を感じるほどだった
だからこいつのいっている事は正しいのだろうと思ったし、すぐに集中した



従者(子犬?)「………」ズ、ズムムムム…

「お、できてる できてる。その調子」


従者「………」ズムムム… シュゥゥ…

「うわ……。なに、俺・・・ コレに抱きついてたのか……」

従者「……!?」キョロキョロ

122: 2014/10/24(金) 10:02:04 ID:6P6RXYtc

目を開くと、随分と視界が高くなっていた
人型をした自分の掌。伸びた腕、柔らかいだけではなく、艶やかな髪の感触
もしそこに鏡があったのなら、きっとナルシストのように覗き込んでいただろうと思う
そいつは、そんなワイの様子を眺めながら、愉快げに声をかけてきた


「さあ。人の形になったんだ。もう喋れるだろう?」

従者「あ…。 ああ、ひゃべれましゅね」

「……“ましゅね”?」

従者「……はれ? いぁいぁ。にゃんでこんにゃ」

「………」

従者「ひゃべ…ひゃべれ、……ちゃめれな…」

「………」

従者「………」

「………え? なにそれ?」

123: 2014/10/24(金) 10:02:34 ID:6P6RXYtc

従者「………ゆまくひゃべれにゃいみひゃいで」

「……なんか、正直 ちょっときもいよね。見た目、割とオッサンな容貌だよ、君」

従者「うっしゃい! ひゃーないぢゃないでしゅか!」

「はい、これあげる」


つ『滑舌を良くするための 1日30分ボイストレーニング教本』


従者「」イラッ

バシッ!!


「ひどいな! 魔王の本を投げ捨てるなんて!」

従者「みゃおう?」

「ああ。 ごめんごめん、そうだったね、自己紹介を忘れていたよ」クスクス



魔王「俺は魔王。 おまえを生み出した、張本人だ」


~~~~~回想おわり~~~~~

124: 2014/10/24(金) 10:03:06 ID:6P6RXYtc

従者「…とまあ、そんな感じの、最悪な目覚めやったわ…」ハァ

精霊「子犬の従者様…きっと とても可愛かったのでしょうねえ//」

従者「見た目はそうかわらへんで。相変わらずの白い愛玩犬や」

精霊「ふふ。でも、今はしっかりとお話をなさることができるのですね?」

従者「まあ、練習したさかいな」

精霊「そういえば、従者様はずいぶんと訛りが… 魔王城でお生まれになったのに、何故?」

従者「ああ。しゃべれへんかったんや、標準語」

精霊「?」

125: 2014/10/24(金) 10:03:40 ID:6P6RXYtc

従者「牙がな、邪魔やねん。どうしても舌がまわらへん位置に生えとるんやわ」

精霊「牙? どこです?」ズズイ

従者「ちょ」

精霊「カツゼツに丁度悪い場所って、どこでしょう…そこをうまく鍛えたりすれば、私ももうすこししっかりとした話し方が出来るのやも…」ググー

従者「………エノコロ なあ」

精霊「? なんでしょう… できればもう少しお口を開けてくださると見えやすいのですが、この位置では…あまり…」ジー…


従者「……………襲わんとってくれへん?」

精霊「……?」

従者「ただでさえ、ひっついてしゃべっとったのに。そーやって、首かしげながら どこまで顔近づけてくるつもりや? ……くっついてしまうで?」

精霊「はっ//」

126: 2014/10/24(金) 10:04:26 ID:6P6RXYtc

従者「あほ」ククク

精霊「……~~っ くっついてしまっても、いいですか!?」

従者「え?」ピタ

精霊「~~~っ//」

従者「あー… エノコロ。なにゆっとるん?」

精霊「し、しし 知りたいので! そう! 知りたいのです! 従者様のこと、たくさん!」

精霊「だからその! その…っ くっつけて、教えていただいてもいいでしょうか…っ」

従者「どんな理由やねん、それ… さすがに無理あるやろ」

精霊「っ、あ……」カァッ

従者「……」

精霊「…………もうしわけ、ありません…」ス…

従者「……」

精霊「その…はしたないところを、おみせしてしまいました…」

従者「……」

127: 2014/10/24(金) 10:07:12 ID:6P6RXYtc

従者「…ええよ」

精霊「……え?」

従者「人文知識を把握するといわれる悪魔のワイも、さすがに自分の牙の位置までようけ考えたことあらへんかったしな…よう思いついたわ、そんな理由」クク

精霊「ぅ//」

従者「知識欲については誰よりも貪欲なワイやしな。知りたい気持ちは我慢させられへん。エノコロの知らんもんは、ワイが教えたるわ」

精霊「従者、様…」

従者「どうした? 知りたいんやろ? 」

精霊「……はいっ」


静かな雨の夜。ほんの少しのつもりだった、精霊のための夜語り。
水を得れば、水と触れ合えば、『もっともっと』と吸い込まずにはいられない植物。
ゆっくりと伸ばされ浸食してくる、その舌根。

僅かに触れ合えば、まるで植物に水を吸い込まれた大地のように渇いていく。
渇望していくのが、わかった。絡ませずには、いられなかった。

大地に根を張る植物は
植物に絡みつかれる大地は

きっと こんなふうに心地よく、ひとつになるんだろう。

133: 2014/10/26(日) 00:43:41 ID:XTdAS3Fg
―――――――――――――――――――

魔王城

魔王「どう? その後、精霊族の様子は」

従者「順調やでー…」

魔王「……順調というんだったら、もうすこし嬉しそうにしてほしいね?」クス

従者(くそ…コイツ、絶対みとったやろ……)

魔王「あの子とは、うまくいってる?」ニッコリ

従者「……うっさい」

魔王「もう少し、頻繁に様子を見に行ってあげてもいいのに。何で週1でしか行かないの?」

従者「精霊族は、もう生まれたんや。植物状態の時ならともかく、育成に関しては手伝えることはあらへん」

従者「それに、まだ精霊族の総人口が少なすぎんねん。5人しかおらへん精霊族の中に、他の文化を持つ魔物が入り込んだら 充分に生態系や文化を乱してまう」

魔王「おお、立派な理由があったんだ」

従者「なんやと思っててん…」

134: 2014/10/26(日) 00:44:15 ID:XTdAS3Fg

魔王「手は出さないとかいってたわりに、あっさり陥落しちゃった自分への戒めとか?」

従者「どついたるわ、魔王。そこに座り」

魔王「怖い怖い。目が本気だよ、従者…」

従者「ホンマにしばきたい思っとるしな。プライベートっちゅー言葉を知らんのか」

魔王「監督義務って言葉をしらないの? 従者」

従者「………。 もーええわ…」


従者「んで? 何しに来てん、魔王。ワイ、一応仕事中やねんけど」

魔王「忙しそうだね、書類仕事」

従者「まあ、誰かさんが留守中はなんだかんだ片付けておいてくれたから、平常業務やけどな」

魔王「忙しい?」

従者「……今度は、なんやねん…」

135: 2014/10/26(日) 00:44:53 ID:XTdAS3Fg

魔王「うん。実は精霊族のいる魔樹の森で、どうも不穏な魔力反応がある」

従者「な゛」

魔王「…発情期の猫みたいな声になってるよ? 従者」クスクス

従者「はよ言え! そういうことは!!」ガタ

魔王「いやー、昨日いってきたばっかりだし、行きたくないんだったら俺が出ようかと思ったんだけどね?」

従者「余計な気遣いすんなや!! ああもう、ワイが行ってくるし、コレよろしゅう!!」

ダダダ……
バタン!

魔王「おおっと…はやいなあ」

魔王「そして…… また書類仕事、か…。何気に結構な量なんだよね、コレ…」ハァ


魔王「まあでも。理由でも作ってあげなくちゃ…真面目な従者は会いにもいけないだろうし、ね?」クスクス


――――――――――――――――――

136: 2014/10/26(日) 00:45:33 ID:XTdAS3Fg

――――――――――――――――――

魔樹の森

ザザザ… ガサッ!

従者「エノコロ! どこにおる!?」

精霊族A「あー。わんこのおにーちゃんだー!」

精霊族B「ねーねー 遊んでー」

従者「……なんや? 平和にいつもどおりやないか…?」

精霊族A「おにーちゃん、今日はどうしたのー?」

従者「あ、ああ。なんや不穏な魔力反応があるって聞いてな… そや、エノコロはどこや?」

精霊族B「おねーちゃんなら、今日は朝から『発芽場』にいるよー」

従者「なんや、もう次の精霊族を育ててんのかい…。幼稚園になってまうで、この村…」

137: 2014/10/26(日) 00:46:11 ID:XTdAS3Fg

精霊族B「ヨウチエンってなにー?」

従者「あかんあかん、知りたいことはエノコロに聞きや。精霊族は精霊族の文化があんねん、ワイにきいたらあかんゆーとるやろ」

精霊族A「おねーちゃんには、いろいろ教えてあげるくせにー」

従者「エノコロに教える分には『知識』だからええねん。おまえらみたいに未熟なんに教えたら、それが『常識』になってまうやろ」

精霊族B「ジョーシキ? なんかずるいー」

精霊族A「ずるいずるいー! 俺らもなんか知りたいー!」

従者「そしたら今度 童話か昔話でもおしえたる! だから今は勘弁してや」

精霊族A「やったー!」

精霊族B「約束やでー おにーちゃん!」

従者「ワイの言葉を真似すんやない。ほんま、子供の吸収力はおそろしーわ… ほなまたな!」

精霊族A/B「「またねー!! 約束だからねー!!」」フリフリ、ブンブン!

従者「おー。 ほな楽しみに、エノコロの言うこと聞いて、いいこにしとくんやでー」タッタッタ…

138: 2014/10/26(日) 00:46:54 ID:XTdAS3Fg

タタタタ・・・

従者「って。ワイは何を、この村にすっかり馴染んどんねん… 自分であかんゆーてるやろが…」

従者「……約束、か。 悪魔との約束が、童話の読み聞かせだなんてなあ… なんか、調子狂うわ」

従者(でも…)


存外、心地がいい
まるで、魔国に暮らしている他の普通の魔物のように、穏やかな時間が過ぎる村
魔王城で生まれ、悪魔としての職務を果たす自分にとっては穏やか過ぎる村

領地のどこかでいさかいが起きれば、自分は一番にそこに向かう
必要があれば、原因を“排除”するのが当然で、何度もそうして“殺戮”を繰り返してきた

今代魔王は気性も穏やかで賢明だから、過去の統治より争い自体は少ないのは明白だ
それでも皆無にはならない
人間だけではなく、魔物同士であっても、種族が違えば ふとしたことをきっかけに争いは起きる

139: 2014/10/26(日) 00:48:00 ID:XTdAS3Fg

「面倒はごめんだよ」と、軽口を叩きながら 本心から争いを嫌う魔王
賢く、“効率を優先することで被害を最小限に抑えられる”と気づいてしまう魔王
そうしてその“最小限の被害”の為に、いつも優しげな笑顔で花を手向ける魔王


従者(アホなことばっかりゆーし、貿易関係のある人間どもには『利益至上主義の感情のない魔王』だのなんだのと、陰口もたたかれとるけど…)

従者(ほんまは… あんとき、ワイを創って抱き上げたあの手と、顔は…)


“魔王”。それは特別な存在だ。代は変わるし、親子関係はもちろん存在する
とはいえ、その魂は唯一普遍。親から子へ、同じ魂が引き継がれ永続する、単独の存在

魔物の頂点に立つのに、それは魔物であって、魔物ではない
数多の魔物を創り出したところで、決して“自分と同じ種”を生み出す事ができない

絶えることなく、永遠に輪廻する魂
それはつまり、永遠の孤独だということに気がついてしまった、賢い魔王

140: 2014/10/26(日) 00:50:10 ID:XTdAS3Fg

従者(あの魔王はんは… いっつも穏やかに笑いはるけど、な)


魔物であって、魔物でない自分の孤独を埋めるために
精魂こめて、丁寧に創りだした“魔物ではない、魔物”仲間……


従者(それが、ワイや。 唯一、魔王の孤独を癒すことのできる存在として創生された)

従者(あいつはそうとはいわんけど。わかんねん…魂が、魔王の孤独を癒せと命じてくる)

従者(あの魔王の為に。あの魔王が心から願ったがゆえに、ワイは生まれた)

従者(ワイが…、知識によって物事を整理するはずのワイが、自分の存在のあり方に葛藤しつづけてしまうのも、きっと)


魔王の孤独を
魔王の痛みを 理解するために、必要な工程だからなのだろう

141: 2014/10/26(日) 00:50:47 ID:XTdAS3Fg

従者(せやけどそれはワイにとっても同じ。魔物であって魔物でないのは、ワイの他は魔王しかおらんっちゅーことやしな)

従者(……やっかいな。こんなん、呪いの一種やで、ほんま… まあ、それが嫌なわけじゃないけどな)


魔王としても、悪魔としても
こんな感傷に心を痛めてしまうこと自体が、既に中途半端なのだろう
それぞれの役割にもなりきれない、他のものにもなりきれない

賢くて、未完成な、ふたつのイキモノは
それぞれを埋めあうように、寄り添わずには 生きていけないのだろうか



精霊「……ま。 従者さま……」

従者「あん?」ギロ

精霊「ひっ」ビクッ

142: 2014/10/26(日) 00:51:17 ID:XTdAS3Fg

従者「……あ、ああ、エノコロか。 すまん、考え事しとった」

精霊「い、いえ。少し驚いただけで、私は大丈夫です…。それよりも、ずいぶんと思い悩んでいらっしゃったようですが… 従者様こそ、大丈夫なのですか?」ジッ…

従者「え? そんな顔しとった?」

精霊「ずいぶん長い間、そちらに立たれたまま難しい顔をされていました。それに、何度か呼びかけてもお気づきにならないようでしたし…」

従者「うそやん、そんなボケっとしてたんか。奇襲にでもあったら終わりやな」

精霊「ふふ。この村の中で従者様に奇襲をするような者がいたら、私めがとっちめてやりますから。ご安心ください」ニッコリ

従者(いや、まあエノコロやチビ精霊に攻撃されたとこでなんもダメージなさそうやけどな)

精霊「何か… 心病ませることがおありでしたら、どうぞ私にもお聞かせくださいませ」

従者「くく、なんやそれ? そんなんあったとして、エノコロに聞かせてどーすんねん」

精霊「……私どもは、植物の化身ですから」クス

143: 2014/10/26(日) 00:56:13 ID:XTdAS3Fg

精励「植物を身代とする私たちは、長い時間を、同じ場所で、同じようにゆっくりと生きる者です」

精霊「ですから昔から、私たちに多くの悩みを語りかける者が多いのです」

従者「悩みを…… 植物に?」

精霊「数年ぶりに郷里に戻り、昔から変わらぬ大木に話しかける、傷ついた人」

精霊「草原に寝転がり、朝露に満ちた草花の中にそっと涙を溶かし込ませる、苦しむ人」

精霊「そういう者たちの話を、ただ聞いて。同じ姿で在り続けることで癒すのも…植物なのです」

精霊「植物は、大地を癒し、大気を癒し、そうして 生きるもの達の心を癒しながら存続してきた種なのですよ」ニッコリ

従者「はは… なまじ古代種やし、しゃれにもならへんな。歴史がお墨付きする、根っからの癒し系っちゅーことかい」

精霊「ふふ。ですのでどうぞ、私に癒せる事があれば、癒させてくださいませ」

144: 2014/10/26(日) 00:57:55 ID:XTdAS3Fg

従者「ふうん… やっぱり精霊族についてはほとんど文献もないし、知らんことがおおいな」

精霊「お望みでしたら、どのようなことでも 私の知る限りをお教えしますよ?」

従者「まあ、エノコロに聞いてもらうよりかは、聞かせてもらうほうがタメになりそうやな」

精霊「むぅ…。それでも、私も 従者様のことでしたらいろいろ聞かせていただきたいです」

従者「ほな考えとくわ。毎度のように勢いついて飛び掛ってくるような 肉食みたいな癒し系に聞いてもらう話、下手なこといえそーにないしな」クク

精霊「っ…… ぁ//」マッカー

従者「…いやその反応はちょい待ち。すまん、いまのは失言やった」

精霊「い、いえっ その、別になにか思い出したりしたわけではっ//」カァァ

従者「思い出すな、アホ!!」

精霊「ででで、ですがその、ことあるごとにすぐ頭に浮かんでしまってっ!!//」

従者「ことあるごとにって… 今だけちゃうんかい…」

145: 2014/10/26(日) 00:58:44 ID:XTdAS3Fg

精霊「あっ!? ち、ちがいますちがいます!! そんな、四六時中考えたりとかしてるわけでは!! って、ああっ!?」

従者「…………四六時中て…。 こんなんゆーのもアレやけど、エノコロのほうこそ大丈夫なんか…?」

精霊「~~~~~~ううううううっ//」

従者「ほんま、アホやな。エノコロは」クク


どこまでもまっすぐに伸びる、純粋なイキモノ

頭を撫でれば、嬉しそうに笑う
その目を見れば、見つめ返してくる
近づけば、寄り添ってくる

コレが、あまりに純粋で、綺麗だから…
悪魔である自分は、これを穢せずにはいられないのではないか、と

手折ってしまいそうなほどに、強くそれを抱き寄せている間
そんな言い訳だけが、脳裏に浮かんでいた


・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・
・・・・

152: 2014/10/27(月) 12:44:11 ID:HY2fnWt6

精霊「あの、従者様…?」

従者「なんや?」

精霊「……やはり、なにかありましたか?」

従者「改めてそんなんゆわれると、めっちゃおかしいことしてる気分になるわな」ハハ

精霊「い、いえ! こうしているのはその、とても嬉しいのですが!」

従者「……いや、よう考えんでも、実際におかしいことしてるな…やめやめ」スッ

精霊「う…残念です。せめて もう少し待ってから言うべきでした…」ショボン

従者「そこは『余計なことをいわなきゃよかった』じゃ、あらへんのかい」

精霊「従者様の事をいたわりたい気持ちは、私にとって余計なことではありませんよ?」ニコ

従者「エノコロ、おまえ……」ジッ

精霊「はい… なんでしょう、従者様…」

153: 2014/10/27(月) 12:44:44 ID:HY2fnWt6

従者「クサいやっちゃな…草だけに」

精霊「なっ!?」

従者「あ、せや。思い出した」

精霊「ごまかさないでください! クサくなんかないですからね!」

従者「それはもうええOちゅーねん…。じゃなくてな、なんかあったんか、エノコロ」

精霊「ふぇ? ……それは私の先程の言葉ですよ?」

従者「ワイな、今日は魔王に言われて来てん。なんやココで魔力反応があったらしいんやけど、心当たりないか?」

精霊「魔力反応…ですか? あ、ありますね」

従者「大丈夫なんか? 魔王が言うには、不穏な魔力っちゅーことやけど」

精霊「ふ、不穏…… ひどい言われようですね…」ガックリ

従者「何があってん?」

精霊「精霊の種子達に、祈りと願いを込めていたのですよ」

従者「祈りと、願い?」

精霊「はい。精霊の強い祈りは、魔力を持つと言われていますので…それではないかと」

154: 2014/10/27(月) 12:45:17 ID:HY2fnWt6

従者「そか…せやけど、不穏な祈りとか。 一体、何を願ってたんや? あれか、実は腹黒なんか?」

精霊「従者様っ! 違いますからね!!」

従者「んなら、どんな祈りを?」

精霊「…産まれてくる精霊全てを、赤子のように育て続けるのは難しいですから、少しでも育てやすくなるように 祈っておりました」

従者「ああ…育てる方のエノコロも、成長途中やしな。さらに精霊族としての知恵も知識も不十分なんや、そりゃ当然の話やなぁ」

精霊「はい。 ですので、こう願っていたのです」

従者「?」

精霊「…『思い出して』、と」

従者「思い出す…?」


精霊「種子になるまえの、精霊族として生きた記憶を」

精霊「かつて、精霊達の生きた世で過ごした生活や、文化や…知恵や、知識を」

精霊「少しでもいいから、思い出して産まれてきてほしいと、願っていたのです」

155: 2014/10/27(月) 12:46:09 ID:HY2fnWt6

従者「なるほどな。文化や習慣があらかじめ記憶の中にあれば、『精霊族』として成長させるんが楽になるやろな」

精霊「はい。従者様に気になさっていただいていた、時代や環境の違いによる『生活文化の混合』も起きにくいかと」

従者「そやな」

従者「自分達の本来の文化の記憶があれば、他の文化に対して本能的な違和感がうまれるやろし」

従者「なんでもかんでも吸収して育ってってまう、今みたいな危機感は減るやろな」

精霊「はい。それに、そうすれば…」

従者「なんや、ずいぶん頭働かせたんやな。まだ他にも利点があるんかい」

精霊「はい! そうなれば、従者様が気にせずこちらに遊びにきてくれるようになるかなと思いまして!」エヘヘ

従者「は?」

精霊「これで、ご自分が精霊族とは異文化の持ち主だからと遠慮なさらずに、来ていただく事ができますね」ニコニコ


従者「……やっぱエノコロはエノコロやったか…」

156: 2014/10/27(月) 12:47:09 ID:HY2fnWt6

精霊「わ、私にとっては大事なことなんですよ!」ムンッ

従者「お、おう。 せやけど、んなことをそないに力まれてもな」

精霊「少しでもいいから、従者様のお側にいたいのに…私は、この森からあまり離れられませんからっ!」

従者「……なんやそれ。むしろそっちがメインみたいやん?」クク

精霊「昨日、従者様がお帰りになられてから、一生懸命かんがえたのですよ?」

従者「……ワイがここに来ても大丈夫になる方法を?」

精霊「はい!」

従者「あほ、やっぱしそっちがメインなんかい」ペシ

精霊「はっ! も、もちろん種族としての健全な繁栄の方法についても充分に考慮した上でっ……!」

従者「フォローが遅いっちゅーねん。ちょっと感心してもうたのに、勿体ないことしたわー」ハァ…

精霊「そ、そんなっ!? せっかく考えて祈っておりましたのに、いくら従者様でもあまりにご無体な…!」
 
従者「はいはい、そないに怒んなや」

157: 2014/10/27(月) 12:47:54 ID:HY2fnWt6

従者「まあ、あれや」

精霊「うう…。 なんですか…?」ムスー

従者「あんがとな」

精霊「え」

従者「そーやって慕われたり、そんな理由で求められることなんかないさかい、なんや癒されるよーな気ぃするかもしれん」ナデナデ

精霊「……従者様…」

従者「あんがとな、エノコロ」

精霊「えへへ。はいっ!!」


・・・・・・・・・・
・・・・・

158: 2014/10/27(月) 12:49:54 ID:HY2fnWt6

――――――――――――――――

魔王城 魔王の私室


魔王「………」クス


水晶球 <エヘヘ。ハイッ・・・


魔王「悪魔に恋をした、モノをしらない古代の精霊ねえ…」クスクス

魔王「愚鈍なまでに純粋で、素直すぎる優しさを与えてくれる精霊」

魔王「魔王である俺ですら、羨ましくなってしまいそう」クスクス

魔王「ついついこうして、暖かいキモチで見守りたくなってしまうのも仕方ないね」

159: 2014/10/27(月) 12:51:04 ID:HY2fnWt6

~水晶~

精霊『従者様… いつまでもこうしていたいと 願ってもいいですか?』

従者『種子にかい。さすがにそれは無意味なんちゃう?』

精霊『いえ…従者様に、願ってもいいですか?』

従者『あほ』ポンポン

精霊『従者、様…』

従者『………ほんまは、そーゆーのはカミサマとかに祈るもんやろ』ギュー

精霊『ふふ。それこそきっと、無意味ですね。仮とはいえ、悪魔を名乗る方のそばにいたいだなんて…怒られて、しまいそう… ん』チュ

従者『……ん。 せやからって悪魔に祈るのもおかしな話やろ』

精霊『ふふ。でも、その方はとても優しいので…』ギュ

従者『………』グ… ドサ。

精霊『すぐに、願いを叶えてくれるのですもの…』

~~~~~~

160: 2014/10/27(月) 12:52:01 ID:HY2fnWt6

魔王「お、おお…」

魔王「従者、なんか段々と大胆になってないか…?」ドキドキ

魔王「さ、さすがに、これ以上見るのはやめといてあげようかな。なんか忘れてそうだよね、見られてる可能性とか」ウンウン


魔王「…う、うらやましくなんかないよ! 多分ね!!」チラッ


水晶
>エノコロ…
>んっ、あっ…従者、さまっ…


魔王「お、おお…っ おまえら、なんて場所で…… って」

魔王「……植物と犬だもんねー。屋外とか、そんなの気にするわけないよねー」アハハ


魔王「……む、むなしくなってきたかなぁ。水晶、消しとこ…」ハァ

パチン
シーン…

161: 2014/10/27(月) 12:52:39 ID:HY2fnWt6

魔王「それにしても… 『祈り、願う』…か」


魔王「割と無縁だよね、俺達にとってはさ」

魔王「悪魔が盲目になるほどの恋。そんなものがあるのならば、魔王だって、それを願ってもいいのかな」


魔王「……どうか、憐れな悪魔に穏やかな愛情を」

魔王「どうか、彼らに最良の未来が訪れますように」



魔王「………なんて、ね?」クス



魔王「何に祈ったらいいのかさえ、俺にはわからないんだ」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・

162: 2014/10/27(月) 12:53:41 ID:HY2fnWt6

――――――――――――――――――

そして、数年後 
魔樹の森内 “精霊族の村”

ワイワイ… ガヤガヤ…

<縄文クッキーいかがっすかー
<何? 縄文クッキーって
<あれじゃない? 縄の文様とかついてるクッキー
<まずそうじゃね?
<どんぐりの! 昔ながらの素朴なクッキーです!
<なんだ……。紛らわしい言い方するなよ
<俺、縄文土器みたな形のアーティスティックなの想像してたわ…
<馬鹿じゃないかな、君たち!?


従者「……村人、増えたなあ」

精霊「増えましたねー この村もそろそろ、町って言い方にしてもいいかもしれませんね」

163: 2014/10/27(月) 12:54:25 ID:HY2fnWt6

従者「集落の規模によって名前っちゅーのは変えるべきやからな。今は何人くらいおるん?」

精霊「どうでしょう…100にはまだ満たないほどかと。越えてるかもわからないですが…」

従者「たった数年で……? どんだけの種子をもっとったんや、エノコロ」

精霊「持っていたのは20ほどですよ。従者様が環境を整えてくださったおかけで、繁殖に成功したのです」

従者「繁殖て。そんなに成長はやいんか? 精霊は」

精霊「身代にもよりますね。苔さんやミントさんあたりだと、一気に増えますし」

従者「ミントか。あれは植物テロみたいに繁殖するさかいな…精霊としてもそうなんか」

精霊「あと、この森には木が多いですから。私達の影響をうけて、新たに精霊として成った方もいらっしゃいますよ」

従者「元々あった木から? ……そのうちネズミみたいに増えるんちゃうか」

精霊「ふふ。ねずみよりもはやいかもしれませんね」

164: 2014/10/27(月) 12:55:43 ID:HY2fnWt6

精霊「増えるといえば、時間はかかりますがどんぐりさんとかすごいですよ。…繁殖の、一回量が」

従者「一回量とかゆーな。しかも“どんぐり”て。木の種類ちゃうやろ」

精霊「みんな親戚みたいなものだと聞いたので…総称?」

従者「てきとーやな」

精霊「もちろん精霊として力を持つのは一部ですが、それでも爆発的に人口がふえるでしょうね」

従者「村、広さたりるんかい…」

精霊「ええ。ですから住居などが増えるに連れて、少しずつ、自分達で開拓をしています」

従者「開拓?」

精霊「それぞれ、居心地のいい住居を求めて… たとえば日陰の多い場所とか、湿った場所とかですね」

従者「そか。まあ、もうこんだけ人口があれば、それくらいはできるもんな」

165: 2014/10/27(月) 12:56:37 ID:HY2fnWt6

従者「しっかしほんまに不思議なイキモンやな、精霊は」

精霊「そうですか?」

従者「ほんまに、植物みたいや。生活も、繁殖も。生態も」

精霊「本当に、植物なんですよ」

従者「ワイのしっとる猫じゃらしは しゃべらへんかったよ」

精霊「もうっ! 従者様っ!」

従者「はは。しばらく来んかったけど 相変わらずで、安心したわ」

精霊「魔王城のお仕事で忙しかったんですもの。仕方ありません…」

従者「ん。すまんかったな」

精霊「こうして、お気にかけていてくださったとわかったので…。お会いできなかった期間の寂しさも、すっかり解けました」ニコ

従者「ほんの数ヶ月や。ワイらにしてみれば、そうたいした期間じゃないんやけどな」

166: 2014/10/27(月) 12:59:56 ID:HY2fnWt6

精霊「植物にしてみれば、1つの季節で大きな変化を遂げますので…感覚に差があるのかもしれませんね」

従者「そか… そりゃすまんかった」

精霊「いえ。本当にもう大丈夫ですっ」

従者「……挨拶に行ったら、“ジュウシャサマー オアイシタカッタデスー!”って泣きついて来たのは誰や?」

精霊「や、やめてください…//」

従者「それにしても、ようこんだけ育てた。…がんばったな、エノコロ」

精霊「えへへ…ありがとうございます、従者様」

従者「むしろワイがおらんほうが、成長はやいんとちゃう?」

精霊「そ、そういうわけでは!! 成長の速さは、いつかの祈りと願いのおかげだとおもいます!」

従者「そんなに効き目があるんか? まぁ、魔王が魔力を検知するほどやし、ただの神頼みっちゅーもんやないんやろうけど」

精霊「……多分?」

従者「多分て…」

167: 2014/10/27(月) 13:01:11 ID:HY2fnWt6

精霊「確かに、従者様のおっしゃるとおり…成長が早いような気がするのです」

精霊「特に、こころの成長が。最初に育てたあの若葉たちよりも…ずっと」

従者「…普通じゃないっちゅーことか? 長く保存されていたことによる種の異常成育反応とかやないやろな」

精霊「身体の成長は、さほどでもないのですが…。物心がつき始めたとたん、様々なことを理解するのが早くなったような…」

従者「ふむ…?」

精霊「ような、気がするのですが… ど、どうなんでしょう?」

従者「おいおい…。しっかりしてくれや、“精霊族代表”さん」

精霊「生き残りってだけで、代表にされただけです! ただ…」

従者「ただ?」

精霊「この森は、とても気が濃いので… 通常とは違うことが起きてもおかしくないかなと、思えてしまいますね」

168: 2014/10/27(月) 13:02:03 ID:HY2fnWt6

従者「気…? ああ、瘴気か?」

精霊「あ、いえ。 定期的に従者様が瘴気は払ってくださいましたし」

精霊「これだけ精霊族があつまっていれば、ある程度まとまった神気になりますから…もう、瘴気は寄ってこなくなると思います」

従者「は。……シンキ? なんやねんそれ」

精霊「精霊族は、魔力と神気をもって生活をするのですよ」

精霊「あ、もしかして… 濃い瘴気に閉ざされた中に神気が密閉されるから、こんなに濃いのかしら…」ブツブツ

従者「…魔物やんな? 精霊族って」

精霊「魔物ですよ? 魔力も用いますから」

従者「いやいや、ちゃうやろ。魔力なら人間だって使うっちゅーねん」

精霊「魔力を使うから、魔物なのでは?」

従者「歴代魔王のいずれかによって産み出されたんが、魔物や」

精霊「そう、でしたか…」

169: 2014/10/27(月) 13:02:51 ID:HY2fnWt6

従者「精霊族は、魔王によって生み出された種族とちがうんか?」

精霊「……どうなんでしょう? 文献とかはないので、種の起源とかについては何も…あったとしても、本来の族長である“光の精霊”についてでしょうね」

従者「そやろな。歴史上にも、精霊族の存在について残された文献はほとんどないしなぁ…これじゃ調べようがあらへんな」

精霊「ですが人間ではありませんし。やっぱり、魔物なのでは?」

従者「魔王がつくっとったら、使うのは魔力と瘴気のはずなんやけどな。なんやねん、シンキて」

精霊「…なんでしょう? …そういわれてみると、よく知らなかったり…?」

従者「……精霊族に関する文献、ちゃんと作って残しとかなあかんな…」

精霊「! 書いてくださるのですか!? 私たちのことを!」

従者「書くよ。もともと、ある程度いろいろ分かってきたら魔王への提出情報としてまとめるつもりやったしな。本にするか書類にするかの違いや」

精霊「わぁ…! 感動です!」

170: 2014/10/27(月) 13:03:45 ID:HY2fnWt6

従者「そーゆーんもワイの仕事のひとつやしなあ…」

精霊「ふふ。本を書く、なんて… なんだか素敵。私も文字を習って、恋物語でも書いてみたいです」

従者「あほか。仕事や、仕事」


従者(種族の、繁栄と衰退。それから、滅亡…そういった記録の管理。 それは決して、物語を描くような綺麗な仕事でもないんや)

従者(そういった仕事が増えるのは、決まって戦争の後)

従者(まだ血なまぐさい戦地で… 遺骸の処理をしながら。 生き残りが居れば、瀕氏のそいつにムチうって詳細を吐かせたりな)


従者(でも…こんなに平和な村の繁栄を、一から書いていけるのは ええな)

従者(にこにこと笑うエノコロに話ききながら、雑談交じりに筆を走らせる…か)


精霊「従者様? どうしました?」

従者「え?」

171: 2014/10/27(月) 13:04:23 ID:HY2fnWt6

精霊「ふふ。珍しい… お顔が、ほころんでいらっしゃいますよ?」

従者「え。なんやそれ、キモいな我ながら」

精霊「き、きもくなんてないですよ!? いいことだとおもいます!」

従者「そ、そか。それならええんやけど」


従者(……なんや。想像しただけやのに。ほっとしてしもうたわ)


精霊「そういえば、喜ばしいニュースがまだあるんですよー」エヘヘ

従者「なんや?」

精霊「近々、交易をはじめたいと 村の商売役の方がおっしゃっていたんです!」

従者「交易、か。人間の村にいくんか?」

精霊「いえ、まずは 魔界の領地内で…と。構わないでしょうか?」

従者「魔王の領地内やったら問題ないやろ。魔物の行動に関する制限は特にないわ」

172: 2014/10/27(月) 13:06:31 ID:HY2fnWt6

従者「あ。せやけど、他の種族のテリトリーにはいるんは 気ぃつけるんやで?」

精霊「気をつける?」

従者「それぞれの判断で土地はまかされとる。つまり、ナワバリ荒らしすんなっちゅーことや」

精霊「ナワバリ…」

従者「大きな争いになれば、ワイや魔王で仲裁にはいることもあるけどな」

従者「火種が小さいうちは、それぞれでやってもらうさかい…あんま無茶はすんな」

精霊「そ、そうですね。精霊族はあまりそういうのは向いてなさそうですので…」

従者「せっかく増やしたんや。あっちゅーまに喰われておわるとかやめてな」

精霊「ひっ…!! 気をつけます! 必ず、よく伝えておきます!」

従者「おお。頼むわ」

173: 2014/10/27(月) 13:07:04 ID:HY2fnWt6

従者「まあ、交易が発展すればいろいろとにぎわう。豊かになるやろし、がんばりー」

精霊「はいっ! おもしろいものや、おいしいものや綺麗なもの、いっぱいもってきてもらうのが楽しみなんですよー!!」ニコニコ

従者(………交易による物品の行き来を、旅のお土産かなんかと勘違いしてへんかな、エノコロ…)




コソッ…

?「………………くく…。 今に、見ていろ」スッ


・・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・

179: 2014/11/03(月) 15:25:58 ID:fXJ2qZ5s

従者の目覚め・その後

従者「……まおー…?」

魔王「うん、俺が魔王。そしてお前は、『悪魔・カーシモラル』だ」

従者「あくま…?」

魔王「技能として、変身を含む可能な限りの悪魔の能力を擬似的に再現したんだよ」

魔王「本当の“カーシモラル”ではないけれど、限りなくそれに近いはずだ」

魔王「今日からおまえは俺の『従者』だ。そう呼ぶから、よろしくね」ニッコリ

従者「……」ゴクリ

180: 2014/11/03(月) 15:26:29 ID:fXJ2qZ5s

悪魔「緊張はしなくていいよ。慣れるまでは。わかったら返事をしてくれればいい」

従者「ちゃい、まおーさま」

魔王「……」

従者「ちゃ… ひゃ、ひゃい」

魔王「うん……。ボイトレからはじめようかね。あまりにしまらないし、かっこわるすぎる」ハァ

従者(返事すればいいっていったのに!!)ガーン

・・・・・・・
・・・・・
・・・

181: 2014/11/03(月) 15:27:14 ID:fXJ2qZ5s

数日が経ちました

コンコン

従者「……」テッテッテッテ… カチャ

魔王「やあ」

従者「……」

魔王「そっけないね、従者。 どう? 調子は」

従者「……わん」

魔王「いや、俺犬の言葉はわからないから。……俺がいるときは人型になってよ」

従者「あい」ズモモモモ

魔王「いいこいいこ。素直でいいねえ」ウンウン

182: 2014/11/03(月) 15:27:44 ID:fXJ2qZ5s

従者「……よーじ、なんやの」

魔王「えっ」

従者「なんや?」

魔王「なんで関西弁?」

従者「…は? あー」

魔王「関西弁とか! 方言男子を気取ろうとしてもいいことないよ!?」

従者「ちやう。きばが、じゃまなんや…」

魔王「…もしかして、『だ』が言いにくい?」

従者「そうや」

183: 2014/11/03(月) 15:30:03 ID:fXJ2qZ5s

魔王「Repeat after me. 『だ』」

従者「『や』」

魔王「『だ』だってば!」

従者「~~~やから! ゆえないん“ぢゃ”!!」

魔王「いやー、語尾が“ぢゃ”とか。 ただでさえケモ系だし、要素詰め込みすぎでしょ」

従者「やから。しゃべりにくいんやって」

従者「ふつーにしゃべっても、きよ、きお… きーつけてないと 言葉がおかしいんや」


魔王「なるほどね。関西弁じゃなくて 関西弁みたいな言葉なんだ」

従者「こんなんどーしたらえー…」ガックリ

184: 2014/11/03(月) 15:30:44 ID:fXJ2qZ5s

魔王「じゃあいっそ関西弁で練習したら? そう聞こえるくらいなんだから、きっと話しやすい筈だよ」

従者「……」ジッ

魔王「うん、おれもいいたいことはわかってるよ?」

従者「……」ハァ

魔王「そうだねえ…。関西弁の悪魔は…ちょっとヒクかなあ」

従者(上手く敬語を使えないのを気にしていた自分が馬鹿みたいだ…)ハァ

・・・・・・・・・
・・・・・・

185: 2014/11/03(月) 15:31:35 ID:fXJ2qZ5s

で、さらに数日後


魔王「おーい従者ー! ごめん、ちょっとこっちきてー!」

従者「あ? どしたん」パタパタ

魔王「え。 …飛べたの?」

従者「この羽、あんさんが創ったんやろが。飛べへんかったら、なんのために羽ついてんのや」

魔王「かわいい系のアクセなのかと?」

従者「悪いけどアホなんちゃうかな、魔王」

魔王「しゃべりうまくなったね! 悪口がずいぶんはっきり言えるようになってよかったね!?」

従者「そやねー」

186: 2014/11/03(月) 15:33:47 ID:fXJ2qZ5s

魔王「…な、なんか 魔王にたいしてつめたくない?」

従者「いや、そーゆーわけちゃうけどな。まだ喋りにくいねん。嫌やん、しゃべんの」

魔王「す、すっかりイントネーションまで関西弁になってる…!? なんてこった!」

従者「~~~あのな!! あんさんが! ワイの部屋中に!」

従者「“方言男子”やとか“お笑い基本全集”とかの本をアホほど置いてったんやないか!アレ、相当邪魔やったんやで!!」

魔王「え、何? あれもう見たの? 結構な量をおいていったつもりなんだけど!?」

従者「すぐ読みおわったで」

魔王「すごいなあ… やっぱりそういう、知識の習得に長けているんだね」

187: 2014/11/03(月) 15:35:43 ID:fXJ2qZ5s

従者「あ、せや。あのDVDほしいねんけど」

魔王「DVDも見たのか… で、どれのこと?」

従者「ひとりごっつ。あと○○な話のシリーズ。まっちゃん、おもろくてええなぁ」

魔王「……しまった。悪魔の育て方を間違えた…!」ガーン

従者「失礼すぎやろ…」

魔王「イヤだよ俺! これから来客とか訪問とかの時に、誰かに“魔王様の御付の方はどちらで?”とか聞かれてさ!?」

従者「聞かれて?」

魔王「『これが俺の従者だよ…』とかキリっとキメながら紹介するのが、関西弁の小型愛玩犬!!」

従者「んなもん、知らんわ!!」

魔王「どっかの綺麗なお姫様の前とかだったら、恥ずかしくて氏ぬ!!」ウワー!

従者「そんときは、アレや」


従者「全部 魔王のせいやし、氏んどきや」

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閑話休題・おわりw

188: 2014/11/03(月) 15:39:36 ID:fXJ2qZ5s
と、いうわけで
従者は聞きかじりの関西弁(もどき)なんだよってお話…
従者がエセ関西弁になってる言い訳をしてるわけじゃないんだからねっ!!

本編を頑張ってきますw

悪魔『魔王の為に、死んどきや』【後編】

引用: 悪魔『魔王の為に、死んどきや』