752:ハルヒの春日 2006/08/29(火) 01:35:14.11 ID:TBeiXcDx0
過疎ってるなら、ちょっと長いが投下する
長編のエピローグとしての話なんで無駄な部分が多いが
華麗にスルーしてくれ

754: 2006/08/29(火) 01:37:13.65 ID:TBeiXcDx0

永遠に続くかと思われた冬の寒さも過ぎ、季節はもう春。
悪夢のような春休みも終わり、ライン際の魔術師、
もしくは海すれすれで飛んでいく特攻機のように敬礼すべき成績を取り続けていた俺だが
めでたく進級するしだいとなった。
気が抜けるというのも当然で、それは今が春だからだ。
それにこの一年間、SOS団的活動に、もっぱらハルヒに振り回されていたからな。
ここらで気を抜くのも必要なのさ。

「よ、キョン」
追いついてきた薄幸な男がひどく軽いノリで俺の肩を叩いた。
このパターンに飽き飽きしてきていた俺は歩きながら上半身だけで振り向く。
「よう、谷口」
と俺は返答し、前方を見つめ直してエンドレスな坂道を睨み付けた。
さて、俺はこの坂を何回登ったんだろうね、数えたくもない。
しかし、馴れというものは恐ろしいもので、
この坂道を特別きついものだとは感じなくなっていたし、
その証拠に一年前に無難に進学したこの山の上にある高校に通う時間が短くなっていたり、
春だってのに大汗をかきながら延々と続く坂道を登りつつ手軽なハイキング気分を
いやいや味わっていたあのころの暗澹としていた気分はどこへいったのやら、
今では十分も遅く起きていた。
だが、結局登校する時間が短くなっていたため、早足で学校に行くことになっていた。
人間という生き物は愚かしいものだ。
涼宮ハルヒの憂鬱/2009年度放送版

756: 2006/08/29(火) 01:38:43.74 ID:TBeiXcDx0

「そういえば今日、始業式が終わったらクラス替えだな」
どうでもいいな、そんなこと。谷口はしまりのない口元をにやりとゆがめ、
「また涼宮のやつと同じクラスになりたいんじゃないのか?それとも長門有希か?」
断じて違う。ハルヒに会うのはSOS団だけで十分だ。
「俺は早く別れたいんだがな。考えてみろ、中学から同じクラスなんだぞ」
俺は谷口を無視してさらに早く歩き出した。
実は、新しいクラスのことが気になっていたのだ。
朝比奈さんは三年生、古泉は理数科だから、俺と同じクラスになることはない。
なるのはハルヒと長門だけだ。
ちょっとだけ長門と同じクラスになってみたい気もしていて、
あの寡黙な宇宙人的アンドロイドの、SOS団以外での日常の風景を少しだけ見てみたかった。
まあ、変わらないだろうがな。

そんなわけで、無駄に広い体育館で始業式がつつがなくおこなわれている間、
俺は新しいクラスでの希望と不安に満ちた学園生活に
思いをはせている同級生達の顔つきとは関係なく、ただ暗い顔をしていた。
後ろでハルヒが腕組みをしながら、苛立たしい表情で舞台上を睨み付けていたからだ。
校長という人種は長話をしないと生きていけないらしく、
もれなくうちの校長も何かを雄弁に語っている。
校長のありがたくもなんともない訓辞を聞き流し、俺は体育館から覗く空を見つめていた。
というのも、少し落ち着きたかった。
はっきりいうと、俺はこの後に控えるクラス替えが気になっていたのだ。
考えている間に、テンプレートでダルダルな始業式はつつがなく終了し、
俺は一年のもといたクラスにこれから別れるであろうクラスメイトたちとぞろぞろ入った。
この後担任によってクラス替えに関する紙が黒板に張り出され、
指定されたクラスへと移動することになっている。

759: 2006/08/29(火) 01:40:20.76 ID:TBeiXcDx0

そんなわけで、無駄に広い体育館で始業式がつつがなくおこなわれている間、
俺は新しいクラスでの希望と不安に満ちた学園生活に
思いをはせている同級生達の顔つきとは関係なく、ただ暗い顔をしていた。
後ろでハルヒが腕組みをしながら、苛立たしい表情で舞台上を睨み付けていたからだ。
校長という人種は長話をしないと生きていけないらしく、
もれなくうちの校長も何かを雄弁に語っている。
校長のありがたくもなんともない訓辞を聞き流し、俺は体育館から覗く空を見つめていた。
というのも、少し落ち着きたかった。
はっきりいうと、俺はこの後に控えるクラス替えが気になっていたのだ。
考えている間に、テンプレートでダルダルな始業式はつつがなく終了し、
俺は一年のもといたクラスにこれから別れるであろうクラスメイトたちとぞろぞろ入った。
この後担任によってクラス替えに関する紙が黒板に張り出され、
指定されたクラスへと移動することになっている。

担任の岡部は教壇に上がるや鏡の前で小一時間練習したような明朗快活な笑顔を浮かべ、
このクラスの担任になれて嬉しかったこと、
このクラスは最高だったこと、
文化祭には悔いが残ったこと、
体育祭の優勝が嬉しかったのことなどをひとしきり喋り終えると
黒板にクラス替えの紙を貼り付けた。
「これでこのクラスは終わりだ、各自紙を見て指定のクラスに移動すること」
と言って教室から出て行った。

760: 2006/08/29(火) 01:41:15.59 ID:TBeiXcDx0

俺はというと、一年前のハルヒとの出会いを思い出していた。

――東中出身、涼宮ハルヒ。ただの人間には興味ありません。
  この中に宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がいたらあたしのところに来なさい。以上――

あれから一年か。そのあと俺は、

――長くて真っ直ぐな黒い髪にカチューシャつけて、
  クラス全員の視線を傲然と受け止める顔はこの上なく整った目鼻立ち、
  意志の強そうな大きくて黒い目を異常に長いまつげが縁取り、
  薄桃色の唇を硬く引き結んだ女――
 
その美少女と関連するような形容語を全て詰め込んだこの女を振り返り、見つめた。
今だからいえるが、そのとき俺は見惚れていたと思う。

こうして俺たちは出会っちまった。
しみじみと思う。偶然だと信じたい、と。

そう、思っていた。今は違う意味だがな。

「おい、キョン。お前見ないのかよ」
壇上から品のない大声で呼びかける谷口。ああ、見るよ。
春の訪れのせいで力の抜けた身体を椅子から立ち上がらせ、
黒板に張ってある紙へと向かう。
谷口がしまらない顔を絶望で染め、国木田はくすくすと笑っている。
なんのことかと、紙をじっと見る。

761: 2006/08/29(火) 01:42:44.02 ID:TBeiXcDx0

ハルヒとは同じクラス。ついでに谷口と国木田も。

見る前から分かってしまったのが残念だったが。
「今年もよろしく、キョン」
と国木田がいう。そうだな、よろしく。
谷口は心底がっかりしているようで、
世界の終わりがきたんじゃないかってぐらいにあらぬところを見つめていた。
世紀末は過ぎたんだが、
お前はキリストや釈迦やアッラーやゾロアスターにも見放される存在だったんだな。
日本には八百万の神々がいたはずなのだが、同様に谷口には関わりたくないようだ。
なんかカルマでもあるのかねえ。

指定の教室に移動する。
教室を眺めても長門はいなかった。
まあ、しょうがないよな。

763: 2006/08/29(火) 01:43:34.28 ID:TBeiXcDx0

放課後、いつものようにノックの返事を待って部室に入る。
「はーい。どうぞー」
ドアを開けると、ちょこんと椅子に座ったメイドさんが
吉野桜のように取り込まれてしまいそうな笑顔で出迎えてくれた。
先日会ったばかりなのに、ますますかわいく見える。
というのも、久しぶりのメイド姿だったのもあるのだが。
テーブルの隅に座ってページを繰るのがデフォルトの長門はさしずめ春に咲いたコスモスか。
すまん、正直俺も意味分からん。
「お茶煎れますね」
カチューシャをちょいと直し、上履きをパタパタとして歩くのは未だ変わらないが、
お茶を煎れる動作は滑らかで、一年という時間の経過を感じさせてくれる。
俺はいつもの席に座り、いそいそと嬉しそうにお茶を煎れる優美な御姿を眺め、
一人悦に入っていた。

766: 2006/08/29(火) 01:44:34.75 ID:TBeiXcDx0

「こんにちは」
ドアの前で鞄を脇に抱えて経つ古泉。如才のない笑みと柔和な目は
SOS団に入ってから全くといっていいほど変わっていない。
嘘臭さが薄れてきているのは気のせいか。
「こんにちは」
と優しく朝比奈さん。
「涼宮さんはまだいらしてないようですね」
「なにか用事があるから先に行けだと」
そうですか気になりますね、と古泉。
確かにこのパターンは何か厄介ごとを持ち込んでくる可能性が高いからな。
何もないといいのだが。

ハルヒが来るまで古泉と将棋をやって時間を潰すことにした。
このハンサム面はアナログ好きで積極的なのだが、
いかんせん弱く、大局を見据えるという能力が欠如しているようで全く張り合いがないし、
まあそれはそれで勝ち続けるのも気分が良かったりもするのだが、
こいつの頭の良さからすると負けるのも胡散臭く映り、
わざと負けているのではないかと気分を悪くしたりもした。
軽さと重さはどちらが善なのかと考え抜いたクンデラのように盤上を睨み付けていると、
「早くおかないのですか」
ああ、分かってるよ。
「一手一手対処してるようだと、一生勝てんぞ」
「全くです」
といって、お決まりのニヤケハンサム面で肩をすくめる仕草をする。
意味もなく似合っていて、意味もなく腹立たしい。
「どうも僕は大局を見る能力を持っていないようです」
とまた口角を上げた。

767: 2006/08/29(火) 01:45:34.15 ID:TBeiXcDx0

しばらくすると、朝比奈さんがとてとてとお茶を運んできてくれた。
「お茶です。どうぞ」
といって、可憐な手つきで俺の前にお茶を置くお姿は
まるでキリストをあやす聖母マリアのようで、
その御手が差し出すお茶は砂漠のオアシスで飲む水より貴重で
おいしいだろうということを確信させた。
朝比奈さんが俺をその無垢な瞳でじっと見つめているのに気づくと、
慌ててお茶を飲み、
「おいしいですよ」
朝比奈さんはニコっと笑い、俺はニマっと笑う。
このいじらしいほどの笑顔を抱きしめるのを何度我慢したことか。
断じて抱きしめたことはないからな、ほらそこ疑うな。
「古泉くんもどうぞ」
「ありがとうございます」
そして長門の前にも置く。
うさぎのようだ、と形容するのが一番しっくり来る動作だ。もう一年も経つんだがな。
当人は微動だにせず、分厚いSFハードカバーを読み耽っている。
手を動かすことがなかったら、生氏の判断は危ぶまれるほど陶器と化している。
お前は本を読まなければ氏ぬのか?
いまさら反応されてもまた何か悪いことが起きるんじゃないかと
邪推してしまうからこれはこれでいいんだが。

このゆるやかに流れる時間を俺は気に入っていた。
奇特な方でもない限り、平和と平穏を望むだろうし、奇妙な事件や出来事は時々で十分だ。
普通な時間、モラトリアムな時間を満喫するのが人間としてのありかたってもんさ。

768: 2006/08/29(火) 01:46:35.19 ID:TBeiXcDx0

バンっ、という音ともにその奇特で普通を望まない人がいらっしゃった。
後ろにはやったわよみたいな顔をした鶴屋さんも付いてきていた。
今度はなんでしょうね。
「朗報よ!」
お前の朗報とやらがSOS団、特に俺と朝比奈さんにとって
朗らかな報告となったことなど一度もないがな。
「鶴屋さんが場所を提供してくれることになりました」
もう分かっている。このSOS団にハルヒに意見をいうやつがいないということを。
「なんのだ」
ハルヒはこれ以上はできないであろう満面の笑みでこう宣言した。
「決まってるじゃない! お花見よ!」

春にお花見をすることは特別変わってはいないし、
ハルヒのイベントに対する目ざとい性格でなくても、
まああるだろうな、ぐらいには予想していたさ。
ハルヒにしてはまっとうなものを持ち込んできて、
溜息をつく予定が大幅に狂ったが、
朝比奈さんの手作り弁当にありつけるかもしれないんだから、
歓迎しようじゃないか。
よくやった、ハルヒ。

777: 2006/08/29(火) 01:58:52.20 ID:oLf/vYUV0

ハルヒは団長椅子にどかっと座ると、
「みくるちゃん、お茶」
「あ、みくるーっ、私もお茶ちょうだいっ」
「あっはいはいっ」
朝比奈さんはやかんのもとへパタパタと駆け寄る。
急須を手にした朝比奈さんは団長専用の湯呑みと、
すでに鶴屋さん専用となった客用湯呑みに注意深く煎茶を注ぐ。
小間使いにされているのになんだか嬉しそうにしていた。
「どうぞ」
ハルヒはお茶をものの五秒で飲み終わり、
お前はもっと味わって飲めないのかと考えていると、
「お花見については鶴屋さんが説明してくれます。
 あたしもまだ詳しくは聞いていないのよ」
「まかせてっ。えーっと、いつもは会社の人と行っていたんだけど、
 今年は中止になったから、それならハルにゃん達と行こうかなって思って。
 雪山も面白かったし、今度もどうかなってね。どうにょろ?」
「それはどこにあるんですか?」
ととりあえず尋ねる。
「電車で一時間ぐらいかな。ちょっと山奥に入った秘境みたいなところなんだけど、
 それだけの価値はあるさっ。」
山奥、秘境?そんなハルヒが諸手を挙げて賛同するような
ワードが列挙するような場所で花見を?近場じゃダメなのか?
まあ、鶴屋さんが勧めるほどのところってことは価値のあるものだろうが。

779: 2006/08/29(火) 01:59:47.72 ID:oLf/vYUV0

「すばらしいわ」
と叫び、見ればハルヒの目は朝一番の光みたいに輝いていた。
「魔境なんてSOS団にぴったりの場所じゃない!」
ハルヒは秘境を魔境という存在しないものへとグレードアップさせた。
こいつの頭には都合の良い事は誇張されるようにできているらしい。
いまどき魔境なんかゲームの中か、胡散臭い祈祷師しか考え付かないだろうよ。
この狭い島国のどこに魔境なんてあるのかね。あるのはハルヒの頭の中だけで十分だ。
「それじゃあ決定ね。キョンはビニールシートを持ってきて。大きいやつよ」
「ああ、分かった」
「やけに聞き分けがいいわね。気持ち悪い」
気持ち悪いないだろ、とは思ったが、今回のは楽しめそうだからな。
大目に見といてやるよ。
「ふん。まあいいわ、団長命令は絶対だもんね。キョンも分かってきたじゃない」
とハルヒは俺をじとっと卑下するように見ながら言う。
その後ハルヒは各自に準備するものを言い付けると、
今日はもう帰る、といってそそくさと部室をあとにした。

780: 2006/08/29(火) 02:01:02.01 ID:oLf/vYUV0

さて、お気づきの方もいるだろうが、種明かしでもしようか。
今回のお花見は古泉主催のミステリツアーではなく、宇宙人的、未来人的でもない。
ごく普通に企画されたサプライズイベントなのだ。
いっとくが、鶴屋家の土地でやるのは本当だ。朝比奈さんのお弁当もな。
「あれでよかったのかいっ?」
「ええ、最高でした」
と古泉は人畜無害な笑みを鶴屋さんに向けて言い、続けて、
「普通のお花見でもよかったんですが、
 確実性を上げるための秘境という設定はどうやら成功のようですね」
「そのようだな」
と嬉しそうにしている古泉に言って、部室を見回した。

時はもう夕暮れ、太陽と大気が織り成すオレンジ色が部室を染め、窓際に近い長門を照らし出す。
それが長門の透き通るような白い肌に溶け込んで奇妙なほどに似合っていた。
朝比奈さんは朝比奈さんで、部室専用のメイド姿でお盆を胸に抱え、
満面の笑みで鶴屋さんと談笑する姿はこの上なく優美であったし、
今回のサプライズイベントには自分も役に立てると嬉しそうだった。
古泉はというと、サプライズイベントを大いに盛り上げるための策略を練っているようで
もう負けは確定した将棋には目もくれなかった。
「まあ、楽しみにしといてよっ。桜が綺麗なのは本当だからさっ」
「本当にありがとうございます」
と俺がお礼の言葉を述べると、
「いいよいいよっ。私も楽しみにしてるし、面白いことをしたいのさ」

781: 2006/08/29(火) 02:02:57.64 ID:oLf/vYUV0

当日、春の兆しというのは言い得て妙で何だか気分が高揚するのは悪くなかった。
今回はシャミセンもいないし、荷物も少ないから大丈夫だろうと
安心しきっていたのが裏目に出て、家を出るときに偶然リビングから出てきた妹に見つかり、
例のごとく妹の妨害工作、具体的にはまず甘え、
それが無理だと分かると途端に駄々をこねるという最悪のコンビネーションをなんとか脱したが、
時すでに遅しとはこのことで、罰金になるのに行かなければならない規定事項は
俺の気持ちを暗澹とさせた。

鶴屋さん推薦のお花見スポットは車で二時間というちょっとした小旅行だ。
車は古泉が手配してくれることになっていた。おそらく荒川さんと森さんだろう。
集合場所の駅に着くと、すでにSOS団の面々はそろっていた。
朝比奈さんは大きめのバスケットを抱えていた。
あの中にたくさんの幸せが詰まっているのだと思うと、思わずにやけてしまった。
ハルヒは俺の遅刻のことを咎めたりはしなかった。
きっとハルヒ自身も今日を楽しみしていたのだろう、
朝比奈さんとじゃれあっているのを見るとどうやらそのようで、
俺のことは全く目に入らないようだ。
長門は制服ではなく白のワンピースだった。袖がひらひらした形のだ。
身体が細く、胸もあまりない長門にはしっくりくる。
「『行けなくなっちゃったのは残念だけど、キョン君達はめがっさ楽しんでくるっさ』
 と伝えてほしいって」
と朝比奈さんはおずおずと上目づかいで俺に伝え、
「そろそろ車が来る時間ですね。移動しましょうか」
壁に寄りかかっていた古泉が俺たちに微笑み混じりで呼びかけた。

782: 2006/08/29(火) 02:04:20.80 ID:oLf/vYUV0

路肩に止まったのは雪山でもお世話になった二台の四駆だった。
中から出てきたのも見覚えのある二人組。
「お待ちしてすみません。今日もよろしくお願い致します」
深々と腰を折る狂気の執事と、
「よろしくお願いします」
年齢不詳、過激派の怪しいメイドさんである。
「どうもご苦労様です」
と古泉が言った。
いい加減ガキのお守りばかりしていて疲れないのかと
二人を労っていると、
「では、乗りましょう」
しゃしゃりでた古泉がいうと、男子と女子に別れて乗り込んだ。
男子は荒川さんに、女子は森さんにだ。
ハルヒに文句を言われてもいやだからな。

車に乗り込むと古泉は窓の外に視点を固定させ、
なにも話す気はないらしい。まあ、俺も古泉と話す必要がないがな。
古泉との二時間ばかりの車の旅は何の起伏もなく、
外の風景も同じものの繰り返しだったし、
朝比奈さんの弁当の中身を考えているほうがまだ建設的というもので、
しかしそれも長くは続かず、車の振動をゆりかご代わりに、
俺は深い眠りへと落ちていった。

783: 2006/08/29(火) 02:05:38.61 ID:oLf/vYUV0


……
………
「起きてください。到着しました」
俺が朦朧とした意識をなんとか叩き起こすと、古泉の笑顔が近くにあった。
「顔が近いぞ、気持ち悪い」
寝起きに野郎の顔が近くにあったときのしょっぱさはなんとも言えない。
…というより語りたくない。
「さあ、降りてください。少し歩きますよ」
古泉は微笑を湛えたまま、俺に呼びかける。

787: 2006/08/29(火) 02:13:42.93 ID:oLf/vYUV0
>>785-786
thx。明日にでも投下しますよ。

817: 2006/08/29(火) 03:14:15.60 ID:oLf/vYUV0
はげ支援

834: 2006/08/29(火) 03:26:03.30 ID:oLf/vYUV0
シエン

840: 2006/08/29(火) 03:31:19.83 ID:oLf/vYUV0
乙。
誰もいないなら「涼宮ハルヒの春日」の続き投下するわ。

842: 2006/08/29(火) 03:33:42.16 ID:oLf/vYUV0
>>783の続き

車から降りると、ハルヒが怒った顔で腕組みをして立っていた。
「ちょっとキョン!私が寝てないっていうのになんで寝てるのよ!」
いつから睡眠が許可制になったんだ。
戦時中じゃあるまいし、行動の自由ぐらい俺にだってあるだろうが。
「ないわ!SOS団での活動は団長の意思が最優先されるの」
ないってお前。
俺がハルヒにとってフランス革命とはなんだったのかと考えていると、
「まあまあ、せっかくのお花見ですし、穏便にいきましょう」
古泉は俺たちを取り成し、
「これから山道を歩きます。足元には気をつけてください」
「私でも大丈夫ですよねぇ……?」
朝比奈さんは身体をいじいじしながら古泉を上目遣いで見つめた。
「もちろんです。そこまできつくないですから」
古泉は朝比奈さんに笑顔を向けると、
朝比奈さんは顔を赤らめた。
「は、はいぃ」
おい、その反応なんかむかつくな。

「では、私たちはここで待たせていただきます」
荒川さんと森さんはそういうと、車に乗り込んだ。
「それではいきましょうか」
古泉は俺達にそういうと山道に向かった。

843: 2006/08/29(火) 03:35:20.79 ID:oLf/vYUV0

朝からの山登りというのもこたえるもので、
というのも一番後ろを歩く俺がほとんどの荷物を持たされているからだ。
周りの風景も秘境というにふさわしい陰鬱とした雰囲気で、
いつになったらつくのかという猜疑心が俺を疲労させ、
前を歩く朝比奈さんの重い足取りを眺めながら、
列の真ん中を飄々と歩く長門が肩からかけている水筒が似合っていることに気づいた。
ハルヒはハルヒで手ぶらを決め込み、
山道をぴょんぴょんと跳ね上がっていく姿を恨みつつ、
先頭を歩くやけに後姿がかっこいい自称エスパー戦隊を睨み付けた。
山道の左手は空が広がっていて、右手にはブナのようなそうでないような
木々が立ち並び、ちょっとした日陰を作った。

そうこうしているうちに俺達は目的地についた。

そうこうというのはいつまでも終わらない山道がエンドレスに
続いているような気がして、ただぼんやりと山道を登ったためだ。

845: 2006/08/29(火) 03:37:04.65 ID:oLf/vYUV0

「ここです」
先頭を歩いていた古泉が言った。
山道を抜け、展望が開けた。

俺達は言葉を失った。
数分ぐらいは立ち尽くしていたと思う。

普段見ている桜とは違い、山桜だった。
妖麗という言葉がぴったりの木々が、ちょっとした広場を埋め尽くしていた。
濃いピンク色の花びらが舞い、俺達を包んだ。

隣に並んで眺めている朝比奈さんと花びらは絶妙だ。
長門は花びらを手のひらの中で観察している。
そうだ、この世界にもハルヒを黙らせることができるものが存在したんだな。
そう、ハルヒはただぼんやりと山桜を見つめていた。
古泉? パス。

849: 2006/08/29(火) 03:39:24.12 ID:oLf/vYUV0

しばらく眺め終わると、ハルヒは俺を指差し、
「キョン、シートだして引きなさい」
分かってるよ。命令を聞くのも今日だけだかんな。
「ちょっと有希、なにぼーっとしてるのよ」
「キレイ」
「へぇー、有希でもそう思うものもあるのね」
長門は返事をしなかった。
俺がビニールシートを古泉と広げ終えるやいなや、
ハルヒはビニールシートに寝転がり、
「うーん!やっぱり気持ちいいわねお花見って」
「そうですねぇー」
朝比奈さんの笑顔の返事がなんとも愛らしい。
「有希もそんなところで立ってないで、座りなさいよ」
長門はそろそろと俺達のところへと来て、俺の左側に座った。
ハルヒは俺を睨み、
「さ、お弁当にしましょう!みくるちゃんの特製よ!」
「じゃあ、みなさんどうぞ。おいしくなかったらごめんなさい」
朝比奈さんの作るものまずいものなどありません。
泥団子だろうが笑顔で食べる所存であります。なんてな。

851: 2006/08/29(火) 03:40:52.81 ID:oLf/vYUV0

俺達は朝比奈さんの弁当で舌鼓を打った。
例のごとく、ハルヒと長門による大食い合戦が展開され、
それに俺もむりやり参加するという構図だ。

食事が終わると俺達はなにをするでもなく寝転がり、その妖麗な山桜たちを眺めた。
取り込まれそうなほどだが、今回の花見これで終わらないんだ。
そもそも花見はついでであって、本来の目的をこれから遂行しなければ
ならないのかと思うと胃が重くなる。

「それではそろそろ始めましょうか」
古泉が音頭をとる。
「古泉君、なにか用意してるの?」
ハルヒの笑顔は日差しに負けないくらい輝いていた。
「いえ、私だけではありません。みんなで用意したものですよ」

284: 2006/08/30(水) 01:09:15.33 ID:0pSoNKG90

「なにそれ?」
ハルヒだって気づいてるだろう?今日が何の日なのかぐらい。

みんなでいっせいに言った。
朝比奈さんは控えめに、長門はぼそりと、
古泉は大げさに、俺はさりげなくだ。

「ハッピーバースデー!ハルヒ!」

俺達は隠し持っていたクラッカーを鳴らした。
破裂音と共に紙が飛び出るタイプのだ。
山奥で鳴らす、クラッカーはものっそいシュールなものだった。
「え、ちょ、ちょっとなんで知ってるのよ!」
ハルヒは困ったような、怒ったような顔を浮かべた。
「そんなことどうでもいいだろ?
 この日のためにみんな準備してきたんだから」
俺はハルヒを諭すように言った。
「え、まあそうだけどさ、え、でも……。
 祝うなら祝うっていいなさいよね!」
「それじゃあ、つまらんだろうが」
「そ、そうだけど」
「それじゃあ、プレゼントの贈呈にでも移りましょうか」
古泉が仕切った。
「プレゼント?」
「誕生日プレゼントに決まってるだろ」
「分かってるわよ!さっきからキョンえらそうよ!」
慌てるハルヒもかわいいものだ。

286: 2006/08/30(水) 01:10:13.07 ID:0pSoNKG90

「では僕から渡しましょうか」
古泉は笑顔を見せるとリュックから
ラッピングされた小さな箱を取り出し、ハルヒに近づいた。
「お誕生日おめでとうございます。涼宮さん」
「あ、ありがとう、古泉君」
古泉はハルヒにプレゼントを手渡す。
「中は見てもいいのよね?」
「もちろんです」
ハルヒは丁寧に包装紙をはずした。
「あ、時計ね?」
高校生には不似合いな高そうな時計だった。
ハルヒが時計を着けていると、
「涼宮さんは時間を大事にする方ですので、
 今回は時計にさせていただきました」
古泉は目を細めながらそういった。
「そうね。ありがとう古泉君、大事にするわ」
「喜んでもらえて光栄です」

287: 2006/08/30(水) 01:10:53.54 ID:0pSoNKG90

「じゃあ、次はわたしですね」
朝比奈さんがハルヒにプレゼントを手渡した。
かなり大きい袋に入っていた。
まあ、それを山道をへーこらいいながら持ってきたのは
他の誰でもなく俺なんだがな。
「みくるちゃん、なにこれ?」
「抱き枕です。それがあるとよく眠れますよ」
「なんかあたしがよく眠れてないみたいじゃない。
 でもいいわ、なんか肌触りもいいし、気持ちいいもん」
「えへへ、よかったですぅ」
俺は抱き枕に抱きついて眠る朝比奈さんを想像し、
真昼間からよからぬ気分になっていたのを告白しておこう。

長門はそろそろとハルヒに近づき、包装されたプレゼントを手渡した。
はい、それもってきたのも俺。
「どうぞ」
「あら、有希も選んでくれたのね。ん、本か。有希らしいわね」
「わたしの一番好きな本」
「そう、読んでみるわ。有希が薦める本だもん、おもしろいに決まってるわ」

288: 2006/08/30(水) 01:11:58.02 ID:0pSoNKG90

「じゃあ、最後は俺だな」
「少しはまともなものを渡しなさいよね。でないと、すぐに捨てるから」
俺がハルヒに中くらいの紙箱を手渡そうとすると、
ハルヒは俺の手からものすごい力で奪い取った。
「早くしなさいよ。じれったい! どれどれ」
ハルヒは巻いてあった包装紙をビリビリに破り捨て、箱を開ける。
「え、なんでカメラなの?しかもデジカメじゃなくて、旧式?
 あと入ってるのは写真立てね」
「デジカメならハルヒが持ってるし、まあなんだ、
 そういうレトロなのもいいかなと思ったんだよ。
 財政面ではきつかったがな。それ以外思いつかなかったから」
俺が説明していると、ハルヒは笑顔で俺にカメラを向けた。
「俺を撮るな! それより、あとでみんなでとろうぜ。
 今まで集合写真なんて撮ったことなかっただろ?」
「それもそうね」

292: 2006/08/30(水) 01:12:54.79 ID:0pSoNKG90

「えっと、みんなありがとう」

あまりの小声でなんていったか聞き取れなかった。
「なんだ?」
思わず聞き返してしまう。
「ありがとうって言ったのよ!本当なら
 キョンなんかに感謝の言葉なんか述べたくないんだけど、
 今回は特別だからね!」
なんでお前はそう素直じゃないんだろうな。
「どうでもいいでしょそんなこと。
 それになんでこんな山奥でやることになったのよ」
「では、僕が説明しましょうか」
古泉がしゃしゃり出てきて、説明を始めた。
「一つ目の理由はもちろん涼宮さんを驚かせるためです。
 二つ目の理由は……」
くどくどと古泉が説明していたが、
この説明は俺にとっては二度目なので聞く気になれなかった。

「長門、結局お前本にしたんだな」
「そう」
「しかも一番好きな本か、俺も読んでみたいな」
「わたしの家に来れば読める」
「そうだな今度お邪魔することにしようか」
「そう」
長門は花びらを散らせている山桜のほうに目を向けた。

293: 2006/08/30(水) 01:13:59.71 ID:0pSoNKG90


「そろそろ帰りましょう。暗くなったら、山道は降りられないわ」
もう夕暮れが迫っていた。
俺達は荷物をまとめ、山道を下った。
同じ道をトレースし、荒川さんと森さんの待つ車へと向かった。

車までたどり着くと、ハルヒは写真を撮りましょうといって
荒川さんにカメラを渡した。
「では、いきますよ。ハイチーズ」
あの山桜のあった山をバックに写真を撮った。
荒川さんの渋い声での『ハイチーズ』は大変心地良い。
本職のように見えるのは気のせいだろうか?

俺達に「はい、笑って」は必要が無かった。
そんなこと言われなくても満面の笑みがレンズで反射した。

パシャリという音が、今の俺達を切り取った。

295: 2006/08/30(水) 01:15:15.60 ID:0pSoNKG90

帰りの車中は行きとほとんど変わらなかった。
違いは古泉も寝ていることだろうか。


睡魔に襲われ、いつの間にか地元の駅前に着いていた。
外はすでに街灯だけが明かりを放っていた。
車から降りると、荒川さんと森さんが頭を下げ、帰っていった。
ハルヒも帰りは寝ていたようでどやされることはなかった。


「じゃあ、今日はこれで解散ね。家に帰るまでが部活なのよ」
「そうですね。では、僕は帰らせていただきます」
「わたしも帰ります」と朝比奈さん。
長門は無言で俺を見つめ、それからおもむろに家路に着いた。

そして俺とハルヒは全員を見送った。
俺達を街灯と月明かりだけが照らしていた。

「キョンは帰らないの?」
「いや、何か疲れてな。ま、家に帰って休むことにするさ」

297: 2006/08/30(水) 01:16:21.11 ID:0pSoNKG90

それは一瞬のことだった。


ハルヒは俺の唇にそっとキスをした。


俺が混乱していた意識を取り戻すと、目の前でハルヒはうつむいていた。

「今回の話、キョンが企画してくれたんだって?」
「ま、そういうことになるな」
「ありがとう」
ハルヒは顔を上げて上目遣いで俺を見つめた。
光の加減なのか、顔は朱色に染まっていた。
俺はその顔をカメラで切り取り、永遠に残しておきたかった。


「ねえ、あたしじゃだめかな?」

「なんだって?」

「………」

「………」

「なんでもない。忘れて。
 忘れなかったら全裸で市中引き回しの刑だから!」

ハルヒはそういうと駅に向かって早足で去っていった。

300: 2006/08/30(水) 01:17:33.14 ID:0pSoNKG90
「ねえ、あたしじゃだめかな?」

俺は聞こえないフリをしたが、しっかりと耳にも心にも届いていた。
答えられる自信がなかったから、聞こえないフリをした。
俺とハルヒは平行に存在していた。
そして俺も続けてしまいそうだったのだ。

「なあ、俺じゃだめかな?」

自問自答を繰り返した。俺はハルヒが好きなのか?

さっきのキスもきっとハルヒは言葉や態度で感謝を示せないから、
なりゆきでやってしまったと俺は都合よく解釈した。

でもな、ハルヒ。

今日は俺に感謝する日じゃないぞ。

生んでくれた両親に感謝する日、育ててくれた両親に感謝する日なんだ。


ハルヒのキスの余韻と生温い風が本格的な春の訪れを告げていた。


誕生日おめでとう、ハルヒ。

こんな風に満たされた春の日に生まれたであろうハルヒを思い、

俺は家路を急いだ。

307: 2006/08/30(水) 01:25:37.97 ID:0pSoNKG90
すまんさるった。
でも、これでエピローグは終わりです。
この後の本編も書いてあるんですけどね。
では、支援してくれた人、読んでくれた人ありがとうございました。

引用: ハルヒ「ちょっとキョン!あたしのプリン食べたでしょ!?」