311:涼宮ハルヒの追憶 2006/08/30(水) 01:40:35.50 ID:0pSoNKG90
そうか、では保守がてら続きでも投下しようかな
長いんで規制くらうだろうが。

簡単な説明。
涼宮ハルヒの春日の続きです。
キョン25歳と16歳の二人の物語です。

314: 2006/08/30(水) 01:46:29.45 ID:0pSoNKG90

俺は二十五歳で、新幹線に乗っている。
現在暮らしている東京から下り、かつて通っていた高校に向かっている。
文明の進化は停滞しているようで、所要時間も分単位の短縮でしかないし、
シートの座り心地も改善されていない。
最も変わっていないのは新幹線の中にいる人なのだが。
視線を右側の窓へと移す。
灰色の雲が空から垂れていた。
山を縁取る稜線と緑、点在する民家が厚みのあるガラスを通して、
視界から一瞬で通り過ぎる。
しかしまた同じ風景が切り取られた視界を満たした。
変わりのない風景は俺を安心させた。

左側の座席には彼女が座っている。
深い眠りに落ちているようで、髪の毛一つ動かない。
細い首筋の透き通るような白い肌は俺の目を満足させるには十分だった。
膝の上にある手は閉じた分厚い文庫本を押さえていたが、
どうやら気持ち程度であるらしく、膝から滑り落ちた本を俺は何度も拾い、
彼女の膝の上に戻した。

316: 2006/08/30(水) 01:48:54.99 ID:0pSoNKG90

こんな風に彼女が眠れるようになるには時間が必要だった。
だから、俺の横で気を緩めることができることが嬉しくもあった。
最高級のベッドだろうが、この座り心地の悪いシートに負けることもあるのだ。

眠れない彼女のために安眠グッズを集めていたことを思い出した。
結局、安眠グッズは役に立たなかった。
迷走していた俺に、
「一緒に寝て」と彼女は言った。
彼女に必要だったのはウォーターベッドでもなく、低反発の枕でもなかった。
本当に必要だったのは人に対する安心だった。
その日、俺と彼女はゆっくり交わった後、深い眠りにつくこととなった。

317: 2006/08/30(水) 01:50:19.30 ID:0pSoNKG90

さて、話を戻そう。
俺はなぜ今さら高校に向かっているのか、それが問題だったな。
十年前の今日、学校の文化棟、旧文芸部の一室。
そこで始まった奇妙な団体のことを覚えているだろ?

――世界を大いに盛り上げるための涼宮ハルヒの団

略、SOS団。
そう、今日でSOS団は設立十周年を迎えた。

SOS団設立十周年記念パーティーのお知らせ。

団長様が実家に送ってきたハガキに書いてあった。
ハガキの内容はこうだ。

『このたびSOS団は十周年を迎えました。
 みなさんいかがお過ごしですか?
 集合場所、時間は五周年の時と同じです。
 今回は五人だけで行います。
 それでは、あの部室で。
       SOS団初代団長 涼宮ハルヒ』

秀逸な筆運び―ボールペンだが―で書かれていた。
中高生が書くような丸っこい字ではない、女性の字だった。
ハガキで送ってきた理由は、そのほうが大切にしてもらえるから、
と五年前にハルヒが言っていた。

320: 2006/08/30(水) 01:54:32.46 ID:0pSoNKG90

そうか、と俺は思う。

ハルヒも長門も朝比奈さんも古泉も、そして俺も。
十年という月日を経て、みんな変わっていった。

変わらないことを望むのは愚かなことで、
あの日々はもう戻ってくることはなかった。
記憶の中だけに残り、そして俺の身体を構成していった。

あの部室から見る、部室に差し込む西日は変わってしまったのだろうか。

俺は目をつむり、あの日の部室を、SOS団を思い出す。
それはひどくぼやけていて、不鮮明なものだった。
真剣になればなるほど、理想からは遠ざかっていった。

おっと、感傷的になっちまったな。
実はやることはパーティーだけじゃないんだ。
むしろこっちのがメインといっても言い過ぎじゃない。
さて、このやっかいごとを済ませる前に一眠りといこうか。
説明は駅に着いてからでも間に合うからな。

325: 2006/08/30(水) 01:58:50.75 ID:0pSoNKG90

「そう思うよな、長門」と俺は隣に座る彼女に小さく言った。

返事はない、ただの屍のようだ。
ではなく、寝てるだけ。

俺は長門の曲線を描くまつ毛を見つめ、
「お前も、そう思うだろ?」と心の中で繰り返した。
そして、シートを倒し、浅く、しかし深い眠りへと落ちた。

「キョン、駅に着いたよ」と長門は言って、俺の肩を優しく揺すった。
俺はぼんやりとした意識の中、感謝の言葉を述べた。
「もう、私が寝ていたらどうするのよ」
「その時はその時だ」
長門は柔らかな笑顔で、降りよといって俺のシャツの袖を引っ張った。
俺はシートを直し、忘れ物がないかシートの下を確認して、
袖を引っ張る長門の後を追った。
これから乗り換えて、もう少しで地元に到着する。

330: 2006/08/30(水) 02:01:31.23 ID:0pSoNKG90

「久しぶりね、SOS団で集まるの。
 五年ぶりか。何だか懐かしいわ。そう思わない?」と長門はこちらを見て言った。
俺たちはローカル電車の横並びの座席に並んで座っている。
平日の二時過ぎということもあって電車は空席だらけだった。
ローカル電車からの風景は新幹線の窓を流れるそれとは違ってゆっくりと流れていた。
昼下がりという時間が与えてくれる、ゆったりとした時間がそう思わせてくれた。
「思うよ。古泉とは時々会ってるからそうは思えないけど、
 ハルヒと朝比奈さんには五年も会ってないからな。
 けど、驚くだろうな。今じゃ長門もこんなに饒舌になったって知ったら」
「饒舌まではいかないわよ」と長門は不満そうに言った。
続けて、ゆっくりと懐かしいアルバムをめくるように大事に話してくれた。
「でも、何にも縛られず、素直に話せるようになったのは五年前に
 キョンと付き合いだしてからよ。それまで、私は一人だった。
 あなたを思う一人だった。そして、少しずつ私は変わっていった。
 記憶を重ねていったの。安心できるように。
 だけど、能力は失われていて完璧には覚えていられない。
 不安で仕方がなかった。なんで人はこんなに不鮮明でも生きていけるのって。
 でも、キョンと一緒にいて分かったの。
 それは私の身体の一部になっていたんだって。
 雨の日の帰り道のこと、けんかしたこと、まずい料理を作ってしまったこと、
 一緒に旅行にいったこと、初めて一緒に寝た夜のこと。
 これはもう私になってしまったのよ」
俺は少し間をおいて、ありがとうと言った。これぐらいしか言える言葉がなかった。
「どういたしまして」と長門は微笑んだ。

333: 2006/08/30(水) 02:03:17.63 ID:0pSoNKG90

地元の駅に着いた。
切符を入れて改札口を抜ける。
駅前の風景は変わっていなかった。というのも、正月には実家に帰省しているからだ。
「ここにいるはずなんだけど」
「誰が?」と長門は尋ねた。
「朝比奈さんの大人バージョン。もう、三十歳は過ぎてるはずだけど」
仕方がないので、俺たちは自販機で飲み物を買い、駅前のベンチで並んで飲んだ。
俺は昔からあるコーヒーで、長門は新発売のミルクティーだ。
ここ十年飲料業界はこれといった発展を見せてないのは
現代人の味覚が変わっていないからだろうか。
時々、吹き抜ける春風が顔に当たって心地良い。
左側に座るのがお決まりになっている長門のショートカットの髪が揺れた。

長門は時間の合間に本を読むことはなくなった。
本好きなのは変わらないが、周りの風景を見たりすることも好きみたいだ。
隣でまだ咲かない桜の木をじっと見つめている。

336: 2006/08/30(水) 02:05:16.14 ID:0pSoNKG90

「キョン君だよね?」
突然呼びかけられ、声のするほうを向く。
笑顔の朝比奈さんが俺の前に立っていた。
三十歳を過ぎているのに、抜群の曲線美を維持していた。
俺と同い年といっても通用する童顔だった。
長門のあどけなさとは違った、優美さが身体を包んでいた。
「そうです。お久しぶりです」
「キョン君も大人になったわね。一目見ただけじゃ分からなかった」
「驚いてる場合じゃないんだった」と朝比奈さんは小さく言った。
「もう余り時間がないから移動しましょう。場所は以前の長門さんのマンション」

俺たちは駅に程近い長門が住んでいたマンションに向かった。
途中、長門と朝比奈さんは昔からの友達のように語り合っていた。
短い移動を済ませ、長門が住んでいた部屋に入った。
あの部屋を長門はまだ所有していた。
エントランスの暗証番号は変わっておらず、
部屋の鍵も長門が持ってきていたので、簡単に入れた。

339: 2006/08/30(水) 02:07:13.11 ID:0pSoNKG90
ドアを開け、リビングへと続く廊下を並んで歩いた。

リビングの内装は無機質なままだった。
ここには未だに高校を卒業した時のままの時間が保存されていた。
「キョン君、この後にやることは覚えているわよね?」と朝比奈さんは尋ねた。
「ええ、しっかりと」
このあと行わなければいけないこと。
それは、九年前のあの日に時間遡行をして辻褄を合わせることだ。
これが最後のSOS団の活動である。

長門は部屋の隅々を見回って、置いてあるこたつに手を触れてみたりしていた。
「懐かしい。東京の大学に行って以来ここには入っていないから」と長門は言った。
朝比奈さんは目を閉じ、壁に寄りかかって、何かを待っている様子だ。
「キョン、私この部屋を出て正解だったわ。
 一人で住むには広すぎるもの」と長門は窓の外を見るのをやめ、振り返って言った。
俺は頷くと、朝比奈さんを見た。そろそろ時間だ。

「時間よ。帰ってきたら本当のさよならね。時間を飛ぶのも今回で最後よ。
 もう、タイムジャンプできるほどの時間の揺らぎは消えてしまったから。
 それじゃあ、目を閉じて。時間酔いするといけないから」
「分かりました」

「いってらっしゃい」と長門は笑顔で手を振った。
大きくじゃなく、小さく肘から先を振る感じだ。
「ああ」
俺は目を閉じ、あの時のことを考えた。

九年前に起こった出来事のことを。

「じゃあ、いくわよ」

351: 2006/08/30(水) 02:12:59.93 ID:0pSoNKG90

――age 16


俺を待っていたであろう日常は、
四月の第三月曜日をもって、妙な角度から崩れ始めた。

その日は、憂鬱な日だった。
朝目覚めると、すでに予定の時刻を過ぎ、
遅刻は確定していたので、わざとゆっくりと学校へ向かうことにした。
週明けの倦怠感がそうさせたのかもしれない。
風は吹いていないものの、強い雨の降る日だった。
ビニール傘をさし、粒の大きい雨を遮った。
昨晩からの雨なのか、地面はすでに薄暗いトーンを保っており、
小さな水溜りからはねる水が俺のズボンの裾を濡らした。
急な上り坂は水を下にある街へと流し、留まるを拒んだ。

学校に着いたのは一時間目が終わった休憩時間だった。
雨で蒸しかえる教室はクラスメイトで満たされ、
久しぶりの雨音は教室を静穏で覆った。
俺の席――窓際の後ろから一つ前――の後ろを見た。
ハルヒは窓ガラスの外側を眺め、左手をぴたりとガラスにくっつけていた。
進級したことで、階が一つ下がり、窓からの景色は変わった。
外では、グラウンドが水浸しになり、小さな川を作っていた。

354: 2006/08/30(水) 02:14:44.53 ID:0pSoNKG90

一年前のあの日。
ハルヒの表情は怒りで満たされていた。
無矛盾な世界への怒りなのか、自分自身への怒りなのかは分からない。
だが、SOS団の活動を通して、少しずつ感情を取り戻していった。
取り戻すというのは、ハルヒが持っていたであろう――抑えていたであろう――
感情を開放していったというのが正しいだろう。
引っかかっていたのは、ハルヒがなぜ普通の人間を嫌うのだろう、ということだ。
谷口と国木田たちと俺はどこが違うのだろうか。
おそらくそれはハルヒにしか知りえないことであった。
しかし、一つの推測を述べたい。
ハルヒは普通の人間を嫌っているのではなく、
人と仲良くなることを避けているように見えるということだ。

今、ハルヒは陰鬱な表情であやふやな視線を泳がせていた。

椅子に座ると、ハルヒに倣い、窓の外を眺めることにした。
雨は激しさを増し、窓ガラスに伝わる水滴が水へと変わった。
特別変わったことはない。変わったことはなかった。
世界の普通さに慣れ、そしてSOS団にも慣れた。
日常と非日常を繰り返す毎日が日常になってしまった。
かつて望んでいた非日常が日常へと変わってしまっていた。
そんな憂鬱な世界とハルヒ、そして俺を崩していったのは谷口の一言だった。
そうそれは、本当に妙な角度からの一撃だった。

358: 2006/08/30(水) 02:16:21.95 ID:0pSoNKG90

「おい、長門有希が転校したってよ」

「へ?」と俺は間抜けな声を漏らした。
「本当だよ。さっき六組のやつがいってたぞ」と谷口は語気を強めていった。

ガタンという音ともに後ろに座っていたハルヒが立ち上がった。
「谷口!本当なのそれ?嘘だったらただじゃおかないわよ!」とハルヒは怒鳴った。
「そんなに怒るなって。言ったことは本当だよ」と谷口はなだめるように言った。
「ちょっと、キョン」とハルヒは後ろから異常な力でネクタイを掴んで言った。
「隣のクラスに確認に行くわよ!」

ハルヒはネクタイが引きちぎれそうな勢いで俺を連行した。
隣のクラスに入るやいなや壇上に上がり、
「有希が転校したって本当なの?」と大声で尋ねた。
「本当ですよ。朝、ホームルームで先生が言ってましたし」
と近くにいた委員長らしき人がおずおずと言った。
ハルヒは礼も言わず教室を飛び出し、
「職員室に行くわよ」と低い声で言った。
「とりあえずネクタイから手を離してくれ。
 大丈夫逃げたりしないから。長門のことだしな」
ハルヒはネクタイを思い切り下に引っ張った。少し苦しい。
そして、職員室のあるほうへ一人で走っていった。
俺は必氏にそれを追いかけた。

360: 2006/08/30(水) 02:18:26.81 ID:0pSoNKG90

俺とハルヒは教室の席に着いた。
結果は同じだった。それに朝倉の時とは違い、行き先も不明だった。
カナダにいると分かれば、泳いででも行くつもりだった。

打つ手はない。
おそらく長門のことだろうから、情報操作をしているはずだ。
しかし、なぜ? 唐突過ぎた。

「なんで有希は転校したんだと思う?」とハルヒは言った。
振り返ると、ハルヒはバンっと机を叩き、
「なんで有希は言わないのよ!あたしたちってその程度の仲だったの?」
「そんなことはないだろ。何かしらの理由があるんだろ」
「キョンもよく落ち着いてられるわね!
 何かしらの理由って何よ!」とハルヒはヒステリックな声を張り上げた。
「それは俺にも分からん。放課後、朝比奈さんや古泉にも聞いてみよう。
 なにか分かるかもしれない」
ハルヒは何も答えなかった。
ただ、聞き取れないほど小さな声で「もう失うのはいやなの」と呟いた。
そしてハルヒは机に突っ伏したまま放課後まで起きることはなかった。

364: 2006/08/30(水) 02:19:37.78 ID:0pSoNKG90

授業はいつにもまして、手がつかなかった。
上の空というのをこれほど実感したことはなかった。
昼食を一人で済ませ、あてもなく学校をうろついた。
そうでもしないと落ち着いていられなかったし、
どこかに長門が隠れているかもしれなかった。
無意識に歩いたのに、行き着く場所は一つだった。
部室棟、通称旧館の文芸部部室。
ドアをそっと開け、部室を眺めた。
パイプ椅子に腰掛け、分厚いハードカバーをめくり、
陶器のように佇む長門有希を期待したが、いるはずがなかった。
パーツを失った部室は空回りをしているように見えた。

これ以上見ていることはできず、教室へと逃げ帰った。

368: 2006/08/30(水) 02:20:54.99 ID:0pSoNKG90

放課後、部室には長門を除く全員が揃っていた。

今日の古泉は笑ってはいなかった。
沈痛な面持ちで、心ここにあらずといった様子だ。
なぜこんなありきたりの表現かといえば、意識的な表情に感じられたからだ。
葬式の時に笑って手を合わせてはいけないのと同じだ。
ハルヒは団長椅子に浅く座り、教室の時と同じように机に突っ伏していた。
朝比奈さんは健気にもメイド服に着替え、お茶の準備をしていた。

部室内に流れる異様な空気に気づいたのか、
朝比奈さんは困惑しているようだった。
「あのぉ、みなさんどうなされたんですかぁ?」
と朝比奈さんは耐え切れずに言った。
ハルヒも古泉も答えなかった。仕方がないので俺が教えることにした。
古泉は『機関』とやらから情報が流れているだろうが、
朝比奈さんは上級生であり、なにも聞かされていないのは明らかだった。

「長門が転校したんですよ。理由もいわずにね」

「ひぇ?」
朝比奈さんは驚きとも悲鳴とも取れない声をあげた。
「な、長門さんがですか?いっ、いったいどうして?」
「それは分かりません」と俺はいい加減に答えた。
もう、朝比奈さんのかわいらしさを堪能している余裕はなかった。
メイド服を着た朝比奈さんでも無理なら、何がこの動揺を抑えることができるか。
俺はひどく追い詰められていた。
すぐにでも自分の部屋のベッドに身をうずめ、長門のことを考えたかった。

369: 2006/08/30(水) 02:22:50.70 ID:0pSoNKG90

それからどれだけ時間が経ったのだろうか、
突然ハルヒは立ち上がり、俺たちを見つめた。
「明日は学校を休んで、有希を探すわよ。
 まだ、何か手がかりがあるかもしれないわ。
 時間はいつもと同じ九時だから」とハルヒは言った。
いつものような勢いは感じられない、淡々とした語り口だった。
「そうだな。マンションとかに行ってみるのもいいかもしれない」と俺は同意した。
ハルヒはそれだけを言うと、部室から早足で出て行ってしまった。

「古泉」と俺は呼びかけた。
「なんでしょう」
「お前はなにも知らないんだな?」
「もちろんです。前に約束したように、
 長門さんには危害を加えることはありません。
 というより、不可能でしょう」と古泉はいつものハンサムスマイルを見せた。
「じゃあどうして長門は転校、いや長門のことだから
 たぶんこの世界から消えてしまっているんだろう。
 理由は分かるか?」と俺は尋ねた。
「分かりません。
 ただ、長門さんの転校は上が決定したことでしょう。
 それに長門さんは従った、推測ですが、おそらく正しいでしょう」

それは分かっていた。
俺は、なぜ長門が消えなくてはならなかったのか、その理由を知りたかった。
古泉とはこれ以上話しても無駄だろう。
俺は鞄を肩にかけ、部室を後にした。
朝比奈さんにかまっている余裕はなかった

371: 2006/08/30(水) 02:24:29.42 ID:0pSoNKG90

帰りには雨はやんでいた。
それにかわって、蒸発した水によって街は蒸しかえっていた。
家に着くと、妹が出迎えてくれたが、無視して階段を上がった。
一刻も早くベッドに身をうずめたかった。
部屋に入ると、鞄を投げ、ベッドに飛び込んだ。
そして身体を丸め、もがいた。

長門はなぜ転校したのか、考えることは断念した。
しかし何も考えないでいると、長門との思い出がフラッシュバックしてきた。
それを断ち切ろうと、また、もがいた。

まだ、長門は消えたとは決まってはいない。
明日には見つかるかもしれない。
長門だって風邪を引くんだぜ。休みたい日だってあるに決まってる。
長門だって週明けの倦怠感がいやになることだってあるだろうさ。
長門だって落ち込んで、ブルーな日だってある。
長門だって生理で腹が痛める日があったっていいはずだ。

その日、俺はそのまま。

俺は満たされない気分のまま眠りについた。

375: 2006/08/30(水) 02:26:48.08 ID:0pSoNKG90

次の日。
予定より一時間も早く起き、一時間も早く家を出た。昨夜は浅い眠りだった。
ママチャリをとばし、集合場所の駅前へ向かった。

駅前に到着すると、SOS団の面々は揃っていた。
ハルヒの『遅い!罰金!』の定型句はなかった。
それでも、俺たちはいつもの喫茶店に行った。
俺はコーヒーを、ハルヒはアイスティーを頼んだ。
ハルヒによる爪楊枝くじ引きは無言のまま行われた。
組分けは俺とハルヒの組と古泉と朝比奈さんの組に決まった。
アイスティーを飲むハルヒの顔はいつになく真剣だ。
古泉の言う、葛藤とやらが今回は存在しないようだ。
不思議を探すのではなく、現実を探さなければならないからだ。

一度駅前に戻り、二手に別れた。今回は範囲の指定はなかった。

別れ際に、
「真剣に探すのよ!でないと全裸で市中引き回しの刑だから」
とハルヒは朝比奈さんに向かって言って、それから俺のほうを向き、
「さあ、いくわよ。キョン。絶対見つけてやるんだから」
とハルヒはいつになく真面目な顔で言った。
「分かってるよ。今回は俺も本気だ」と俺は宣言した。

378: 2006/08/30(水) 02:28:13.52 ID:0pSoNKG90

俺たちはまず、長門の住むマンションに向かうことにした。
ハルヒは怒っているのか不安なのか、
初めてみる表情でややうつむきながら大股で歩いた。
俺も自然と早歩きになっていた。
一秒でも早くマンションに着いて、何か手がかりを得たかった。

俺とハルヒは無言のまま。

長門のマンションは駅から近く、気まずくなる前に到着した。
中から出てくる住民を待ち、閉じかけの自動ドアを通り抜け、長門の住む階へ向かった。
もちろん、ドアは開かず、鍵がかかっており、仕方が無いので管理室へ向かった。
管理人のおっちゃんによると、まだ708号室からの届出は出ておらず、
未だに長門名義の家になっているとのことだった。
おっちゃんとの会話を終了させ、708号室の鍵を借り、また七階へと向かった。
部屋に入ると、そこは変わらずに無機質なものだったが、本やら缶詰カレーやら、
その他いろいろなものが残されており、本当に長門は消えたのかと感じさせた。
結局何の手がかりも見つからず、その場を後にし、マンションから出た。

その間、終始ハルヒは俺に対して無言を通し、俺も同様だった。

383: 2006/08/30(水) 02:29:40.76 ID:0pSoNKG90

俺たちはこれ以上に行くあてもなく、意味も無く歩き続けた。
ハルヒの大股歩きについていくのは堪えたが、
それ以上に立ち止まっているのは苦痛だった。
住宅地をぐるぐると徘徊していると、
『駅前の公園に行きましょ』とハルヒが言ったので、それに従うことにした。
あの日、長門が長々と電波話をし続けたあの夜、
七時に待ち合わせたあのベンチに俺たちは並んで座った。

俺の左側にハルヒが座った。
なにかぼんやりとした表情で、斜め下を見つめていた。
覇気のないハルヒはあまりにも不自然だった。
そして唐突に不似合いな言葉を吐露した。

「ごめんなさい」

そして、なにかにとりつかれたように続けた。
「あたし、有希が転校したって聞いたとき、それは驚いたわ。なんで?ってね。
 でも、一瞬、あたしは楽になった気がしたの。
 そして、そう感じた自分に失望した」
俺はハルヒの方を見ることができず、空を仰いでいた。
「なんでもない。忘れて。
 忘れないと、あんたもみくるちゃんと同じで全裸で市中引き回しの刑だから」
とハルヒは強がった。
俺にはハルヒの言っている意味が理解できなかった。
楽になる?SOS団の団員がいなくなるってのに。

386: 2006/08/30(水) 02:31:35.15 ID:0pSoNKG90

そのまま俺たちは三十分ほどそのまま座り続けた。
隣に座るハルヒは甘美な匂いがした。
横から眺める真っすぐとした黒髪と、整った目鼻立ちは俺を緊張させた。
誰もいない公園は、自らの存在価値を失い、泣いているようにも見えた。
俺たちがいることで存在の瀬戸際を保っていた。
そして、俺たちがいなくなることでまた価値を失うのだ。

俺とハルヒは公園を後にして、駅前に戻った。
すでに、朝比奈さんと古泉はいて、二人でなにかを話し合っていた。

「こちらは何も収穫なしです」と古泉は残念そうに言った。
「そう。あたしとキョンは有希の家に行ってみたんだけど、
 誰もいなくて、手がかりなしね。ホント、どこいっちゃったのかしら」
「残念です」と古泉はさも残念そうに言った。
「すみませんが、午後からはバイトが入ってしまったので捜索には
 参加できそうにありません」
ハルヒは少し考えた後、
「それじゃあ、仕方ないわね。
 どうせもう探すところなんてないから、これで解散でいいわね?」
と俺と朝比奈さんにむかって言った。
「しょうがないよな。一度帰って、各自で探す方法を考えてみるか」
と俺は言った。
「そうですね。わたしもそれがいいと思います」
と朝比奈さんは頷いた。
「それじゃあ、解散ね。明日の放課後話し合いましょう」
とハルヒはそれだけ言うと、駅に向かって歩き出した。

390: 2006/08/30(水) 02:33:00.70 ID:0pSoNKG90

「それでは僕はこのあとバイトがあるので」
「バイトって、閉鎖空間か?」と俺は尋ねた。
「そうです。この件で涼宮さんの精神状態は悪化していますからね」
「そうか」
俺は朝比奈さんが手を振って帰るのを見送ると、
「頑張れよ」と古泉に言って、帰宅した。

家に着くと、すぐにベッドに横になり、また長門のことを考えた。
なにか手がかりはないのか、必氏に求めた。

今まで、長門はどんな時でもヒントを出してくれていた。
根拠は無かったが、今回もあるはずだということを確信していた。
そして、俺は今までの長門との思い出をめくった。

392: 2006/08/30(水) 02:34:02.51 ID:0pSoNKG90
そして気づく。

ははっ、なんだ簡単じゃないか。
昨日は気が動転していて気づかなかった。

俺と長門をつなぐもの。

そう、あの本だ。

そしてそれは栞という形をとって俺に伝える。

そう思う前に、俺は駆け出していた。
学校をサボったことを忘れ自転車で、全速力で学校に向かった。

息が切れた。

全速力といっても自転車の最高速度はせいぜい四十キロ。
速く、もっと速く。
ペダルは空転し、それ以上を拒んだ。

学校に着くやいなや、部室棟に向かった。
階段を駆け上がり、勢いよく部室のドアを開けた。

すぐに『あの本』を探した。

――――あった。

素早くページをめくり、栞を探した。
はらりと足元に落ちた、長方形の紙。
それを慌てて拾い上げ、読んだ。

395: 2006/08/30(水) 02:35:55.43 ID:0pSoNKG90

『午後七時。光陽園駅前公園にて待つ』

あの時と同じ、ワープロで印字されたような綺麗な手書きの文字が書いてあった。
俺は栞をポケットに入れると部室を後にした。
そしてそのまま、今日ハルヒと座った、あのベンチへと向かった。
長門を待たせたくなかったからだ。

公園につくと、俺はベンチに座り、辺りを見回した。
公園の時計は三時をさしていたが、それでも遅すぎる気がした。
そのあと俺はじっと長門が来るのを待った。

夜風が肌に凍みた。
こういうときの時間は永遠にすら感じるものだ。

397: 2006/08/30(水) 02:37:20.09 ID:0pSoNKG90

「来たか」
日が沈み、辺りが暗くなった頃、制服姿の長門は現れた。
時計を見ると、七時一分をさしていた。

無機質な表情のまま、俺の前で立ち尽くしていた。
そして一言だけ。
「こっち」

長門は無言のまま歩き出し、マンションに向かっているようだ。
足音のしない、忍者のような歩き方は変わっていない。
歩き出した長門の横を歩いた。
夜風に揺れるショートカットが鮮明に映った。
マンションに着くと、手押ししていた自転車を適当に止め、
今日三度目のガラス戸を抜け、エレベーターに乗り込んだ。
エレベーターの中で俺は長門を見つめていたが、
無表情のまま立っている以外のことを発見することできなかった。
708号室のドアを開けると、
「入って」と長門は俺をじっと見つめ、言った。
「ああ」
玄関で靴を脱ぎ、リビングへと歩いた。
年中置いてあるこたつを指差すと、
「待ってて」と長門は言った。
「いや、お茶ならいいぞ。話を聞かせてもらおうか」
「そう」

401: 2006/08/30(水) 02:39:18.08 ID:0pSoNKG90

長門がこたつの前に座ると、俺も向かい合って座った。
「それじゃあ、聞かせてもらおうか。なぜ転校することになったのかをな」

長門は俺を真っすぐに見つめた。
「情報統合思念体はわたしの処分を決定した」
「そうか。思ったとおりだ」

「ただし、今回の決定は私自身の過失に起因するものではない。
 涼宮ハルヒの情報を生成する能力が収束に向かっていることが主な原因。
 情報統合思念体は失望した。
 現在の涼宮ハルヒの能力は
 かつて弓状列島の一地域から噴出した情報爆発の十分の一にも満たない。
 大規模な情報改竄は不可能になり、
 情報統合思念体の無時間での自律進化の可能性は失われた」

ハルヒの能力が収束?

「これからのことは最近になって明らかにされたこと。
 わたしのような端末には与えられていなかった情報」

長門は一呼吸おいて続けた。

403: 2006/08/30(水) 02:40:31.78 ID:0pSoNKG90

「わたしはわたしの存在理由を涼宮ハルヒを観察して、
 入手した情報を情報統合思念体に送ることだと考えていた。
 しかし、それだけではなかった。
 そもそもそれだけでは矛盾が生じるのは明らかだった。
 情報生命体である彼らは宇宙中の情報を無時間で入手することができるからだ」

長門はまた間を空けた。

「彼らは情報生命体である以上、時間という概念を持つことはない。
 それゆえに、人間でいう氏の概念、そして記憶というものを持たない。
 わたしが十二月に異常動作を起こしたのもこれに起因する。
 記憶は彼らの中に本来的に存在しないため、
 情報として置き換えるのには曖昧さが残った。そのため、バグが溜まっていった。
 十二月に実行された世界改変は、
 インターフェースのなかでわたしが最も長い時間を生きているために発生した事故」

「それゆえに、わたしの処分は決定的なものとなった」

「で、結局なんで処分は決定されたんだ?」

「涼宮ハルヒの能力の収束に伴い、地球上で活動する、
 インターフェースの絶対数を減らす必要がある。
 それに加え、記憶によるバグは危険を伴う。
 だから、最も時間を経たわたしから順に処分を開始する。当然の処置」

408: 2006/08/30(水) 02:42:33.97 ID:0pSoNKG90

「だとして、いなくなることはないじゃないか」

「……仕方がない」

「仕方がなくなんかない!」

俺は憤慨していた。思わず声を張り上げた。

「長門、お前はどう思ってるんだ?」

「わたしはこの世界に残りたいと感じている」

「なら!」

「わたしには決定権がない」

「なんでお前の意思は尊重されないんだ!」

「……仕方がない」

412: 2006/08/30(水) 02:43:51.67 ID:0pSoNKG90

俺は立ち上がると、長門に近づき、抱きしめてしまった。
それがいいことなのかは分からない。

ただ、強く抱きしめた。
細い身体は今にもサラサラと砂になりそうだった。

長門は抱きしめ返すことはなかった。
ただ、正座したまま動かなかった。

無機質な有機アンドロイド、長門有希。
寡黙な文学少女、長門有希。

そして俺たちはそのまま。

415: 2006/08/30(水) 02:44:57.47 ID:0pSoNKG90

しばらくすると長門は俺の胸を押し、離れようとした。

「あ、すまん。つい勢いで」と俺は長門から離れ、謝った。

「帰って」

「へ?」と俺は間抜けな声を出した。

「帰って」と長門は俺を強く見つめた。これ以上はできないぐらいに。

「帰らないと言ったら?」

「あなたのわたしに関する記憶を消すことになる」

「そうか」

俺はしぶしぶ同意し、リビングを出ることにした。
去り際、長門は言った。

「あなたがわたしのことで本気になってくれたことを嬉しく思っている」

「でも、もう時間がない」

そして最後に、

「ありがとう」と長門ははっきりと言った。

419: 2006/08/30(水) 02:46:03.91 ID:0pSoNKG90

俺は何も言わず、玄関を飛び出た。
エレベーターを待てず、階段で降りた。
マンションの前に放置してあった自転車に乗り、走り出した。

輝かない空を見上げ、自転車を全速力でとばした。

「くそっ。どうして俺は何もしてやれないんだ」

そして俺は逃げ出したのだ。仕方がなかったでは済まされない。
だが、自分を責めることはできず、長門を責められるわけでもなかった。
俺は圧倒的な暴力の瀬戸際に立たされていた。

忘れていたのだ、自分が何もできない普通の人間だということを。

揺らぐ意識の中で、長門のことを思った。

せめて、

長門がバグだというその記憶が、

幸せで満たされていることを、ただ、祈った。

424: 2006/08/30(水) 02:50:15.56 ID:0pSoNKG90

――age 25


「じゃあ、いくわよ」
と朝比奈さんが言った直後、久々の感覚が俺を襲った。
時間酔いという、ジェットコースターの気持ち悪さを
三乗したような浮遊感が俺を包んだ。
地面を失い、重力も失った。
朝比奈さんは遠慮しているのか、手をつないだりはしなかった。

不快感が喉元まで到達したところで、俺は重力を取り戻した。

「さあ、目を開けて」と朝比奈さんが言っているのが聞こえた。
帰ってしまったのだろう、目を開けると朝比奈さんはすでにいなかった。

ここはどこだ?

辺りを見回すと、無機質な空間が広がっていた。
無駄に広いリビングにある、
見覚えのあるこたつ、素っ気ないカーテンに、本でいっぱいの本棚。

ガチャッという音とともに玄関のほうでドアが閉まった。

427: 2006/08/30(水) 02:52:01.24 ID:0pSoNKG90

ああ、そうか。

長門が転校して、一生懸命に自転車をとばして、探し回ったあの日。
このリビングでの出来事を思い出す。
思い出して、恥ずかしくなる。

まずい、氏にたくなってきた。青いな、あの時の俺。

「うぉ!」

思わず驚いてしまった。
足元で身を屈め、丸くなっている人がいたからだ。
気持ちを落ち着かせ、話しかけた。

「おい、長門」

長門は俺の方を振り向き、見つめた。

「……お前」

長門は泣いていた。
声を出さず、涙は勝手に流れ出ているといった感じだ。

430: 2006/08/30(水) 02:53:23.82 ID:0pSoNKG90

「どうした?」

「分からない。ただ、わたしは消えたくないと感じた。
 人の感情でいう、……恐怖? というものかもしれない。
 それに、先ほどの九年前のあなたの行動が嬉しかった」

「俺のことは分かってるんだな」

「もちろん。あなたは異時間同位体」
と言って、長門は流れ出る涙をカーディガンの裾で拭った。

座り込んでいる長門と立って話すのも疲れるので、俺はしゃがんだ。
「それなら話が早い。
 おそらく、このあと俺は長門に世話になるのだろう。
 なんせ、俺は俺に一週間後に会う以外は会っていないからな。
 二十五歳になった俺が街を歩いて、
 知り合いとばったり遭遇したりでもしたら大変だ。
 一週間、この部屋に泊めてもらってもいいかな?」

「いい。そのためにわたしはあと一週間、処分されないで残されているから」

「そうか。それじゃあ、一週間よろしく頼むな」
と言って、俺は笑顔を作った。

作ったはいいが、内心不安だった。
だって、相手は高校生だぞ? しかも、今の彼女と外見は変わらない。
情熱を持てあまして、夜這い、なんてことはないだろうが。
この時の長門にはまた違った趣があるからな。

432: 2006/08/30(水) 02:54:57.84 ID:0pSoNKG90

我に返って、前を見ると、
長門が首を傾げて、液体ヘリウムのような目で俺を見つめていた。

そうそう、これだよこれ!
この絶対零度の視線が癖になる、って俺、病気なのか?

「な、なんでもないぞ!とりあえず、お茶でも出してくれないか?
 あの時、なんでお茶を飲まなかったのか後悔していたんだ」

「分かった」
と言って、長門は立ち上がり、台所に向かった。

ふう、と俺は溜息をつき、こたつへとはいはいしていく。

どうしたもんかな。こんな調子で一週間も持つのか。
それにしても、本物の女子高生の着るセーラー服というのはいいものだ。
帰ったら、彼女にでも着せようか。
そういえば、まだその手のプレイはしたことがなかったな。盲点だった。

435: 2006/08/30(水) 02:56:15.31 ID:0pSoNKG90

「どうぞ」
と言って、長門は湯呑み茶碗を俺の前に置いた。

「あ、ああ」

長門は俺の前に正座し、俺を見つめていた。

「長門、今日は四月の第三火曜日であってるんだよな」

「あっている」

「お前はあと一週間でこの世界からいなくなるんだよな」

「そう」

「そうだな……」

「………」

すまん。正直に言おう。
俺はこの沈黙も好きだ。
ああ、俺も老けちまったな。
よし、少し真剣な話でもするか。

437: 2006/08/30(水) 02:57:42.02 ID:0pSoNKG90

「なあ、長門」

「なに」

「お前、さっき恐怖を感じたって言ってたよな」

「言った」

「俺が思うにそれは人で言う氏の恐怖なんじゃないかと思うんだ。
 この世界で作った記憶から生まれた未練とでもいうのかな、
 おそらくそんなものを感じたんだと思うぜ」

「そうかもしれない」

「お前それはすごいことだよ。
 俺は今でも覚えている。
 朝倉は、『わたしには有機生命体の氏の概念が分からない』と言っていた。
 それに比べてどうだ? 長門は氏の恐怖を感じ、涙まで流した。
 お前はもう立派な人間なのかもしれない」

「………」

「それにしても、この時代の長門も泣くのな。
 本当は泣き虫なのかもしれないな」

「………」

438: 2006/08/30(水) 02:59:09.67 ID:0pSoNKG90

突如俺は神からの啓示が頭に木霊した。
いや、思いついただけだがな。

「お前、そこ怒るところだぞ。
 そうだ! 俺が表情ってものを教えてやるよ。
 それに、この一週間ぐらい人間らしく生活させてやる」

「いい」

「いや、拒んでも無駄だ。どうせ一週間もお世話になるんだ。
 何か恩返しでもせにゃ、大人としてどうかと思う」

「いい」

「そうだな、まずは怒った顔からだ」
無視して俺は続けた。

「………」

「こう、軽くほっぺたを膨らませて、相手を見つめる。
 はい、やってみて」

すまん。俺の趣味だ。他言無用。
それに長門がやるとかわいいだろ?

441: 2006/08/30(水) 03:00:25.22 ID:0pSoNKG90

俺が模範演技を見せていると、長門は真似をしだした。

が、俺は思わず吹き出してしまった。

「お前、それは膨らませすぎだ!
 もう少し小さく。そうそう、そのぐらいストップ!」

「難しい」

「大丈夫、かわいいよ」

「かわいい? 怒るのに必要?」

「いや、気にするな。おっちゃんの戯言だと思ってくれ」

「そう」

その後、長門は何度も練習していた。
そのたびに俺を見つめてくるので、少々照れた。

444: 2006/08/30(水) 03:01:43.27 ID:0pSoNKG90

「そういえば、今何時だ?」

「午後八時十七分四十二秒」

「秒まで聞いてないけどな。
 こういうときは、分単位まででいいんだぞ」

「分かった」

俺はつけてきていた腕時計をその時刻から一分早くセットした。

「そろそろ晩御飯の時間じゃないのか?」

「分かった。準備する」

「もしかして、缶詰カレーか?」

「そう」

はあ、と俺は溜息をつき、
これじゃあ、料理も教えないといけないなと思った。

「長門、料理する時はエプロン着ようぜ。
 その方がさまになるぞ」

858: 2006/08/31(木) 02:25:07.33 ID:HJNoDVjY0

「分かった。服装の情報を再構成する」

長門は異常ともいえる速さで言葉を発し、
身体から光を放ったかと思うと瞬きをする間もなく、
水色のエプロンを着ていた。

「そうだな長門には水色が似合うな」

「じゃあ、待ってて」

俺は長門が必氏に缶詰を開ける姿を眺めながら横になり、
このあとこの時代の俺に降りかかった出来事を思い出した。
ぼんやりと、なにもない天井を見上げた。

「どうぞ」

「ああ」

起き上がると、こたつには大盛りのカレーが二つとサラダが一つ並べられていた。

「食べて」

向かい合って座る長門を見た。

「それじゃあいただきます」

「……いただきます」

860: 2006/08/31(木) 02:27:41.02 ID:HJNoDVjY0

正確なスプーンさばきでカレーを口に運ぶ長門を見ながらの食事を堪能しながら、
この一週間インスタントカレーだけで過ごすのかと暗澹たる気分になった。
これは明日の朝から料理を教えないといけないな。

淡々と食事は進み、しゃべることもなく、終了した。
長門と俺は食器をキッチンまで持っていった。
リビングまで戻ると、長門は俺を見つめながら言った。

「お風呂に入る」

「そうか」

「覗かないで」

覗かねえよ。俺を何歳だと思ってるんだ。
高校生の中でも幼顔の長門の風呂を覗いたら明らかに犯罪だろ。
それに俺、口リコンじゃないしな。

862: 2006/08/31(木) 02:28:24.37 ID:HJNoDVjY0

「でもまだ飯食ったばっかりだぞ。
 もう少し落ち着いてからのほうがいいんじゃないのか?」

「そう?」

「そうだよ。座ってゆっくり話そうぜ。俺の時代のことは話せないがな」

「分かった。もう少ししてから入る」

「これからのことでも話そうか。どうやって人間らしくなるかとか」

「それでいい」

「そうだな、まずは感情表現からかな。さっき怒るのは教えたから
 次は悲しみとかにしようか」

ん?どうやって教えればいいんだ?涙を流せばいいのか?
それとも暗い後ろ姿をさせればいいのか?
俺は長門には悲しみという感情表現を教える必要はないことに気づいた。

「やっぱり、笑顔だよな」

長門には笑顔が足りない、喜ぶ姿が足りないだろ。

「こうやって目尻を下げて、口角をあげてって……、難しいな」

俺はこうやって表情を教えているといろいろなことに気づかされた。

865: 2006/08/31(木) 02:29:30.99 ID:HJNoDVjY0

怒った顔や笑った顔、ステレオタイプのそれらは、
長門には似合わないという根本的な病を抱えていた。
長門個人の感情表現ではない。
それでも長門には感情を表現して欲しかった。

「まあ、長門に似合うのは満面の笑みじゃなくて、
 さりげない笑いだからな。微笑んでくれればいいよ」

長門は俺の真似をするのではなく、自分の笑顔を見せたような気がした。
長門のととのった微笑みは俺を緊張させた。

「上手いじゃないか。嬉しかったらその表情を見せてくれよ」

「わかった」

実際、長門は少しだが楽しそうな様子だった。
そして、未来の長門を知っている俺はその理由も分かっていた。

867: 2006/08/31(木) 02:30:36.83 ID:HJNoDVjY0
真っ白なこの部屋で、佇み、時を待つ。
ぐるぐると流れる時間の渦を避けた、この部屋で、長門は何を感じていたんだ。

――孤独。

圧迫する天井と、無駄に広い部屋達。
宇宙人と人間との間をさまよう少女をそれらは取り囲み、頃した。

存在という地獄の中で永遠と繰り返す時間をただ呆然と過ごす。

――孤独。

未来の彼女は少しずつだが、語ってくれた。

「長門、この一週間は絶対楽しませてやる。
 俺がお前はこの世界にいたんだって覚えててやる」

「そう」

長門は俺と目をあわそうとはしなかった。

「お風呂に入る」

「そうだな」

「覗かないで」

「分かってるよ。そんな趣味はないからな」

長門は風呂場へと向かった。俺はその場に寝転がり、長門が帰ってくるのを待った。

870: 2006/08/31(木) 02:31:39.74 ID:HJNoDVjY0

いつの間にか寝てしまっていた。
カーペットしかない床に寝てしまっていたせいでひどく身体が痛い。
目をこすりながら辺りを見渡したが、長門の姿はなかった。

「ん? どうしたんだ? トイレかな」

少し待ってみたが、長門は来る気配がなかった。

俺は立ち上がり、ふらふらと長門を探した。

「おーい、長門。どこにいったんだ?」

耳を澄ませる。夜ということもあって、外からの音はない。
風呂場からシャワーがタイルを叩く音が聞こえた。

もしかして。

871: 2006/08/31(木) 02:32:32.16 ID:HJNoDVjY0

脱衣所まで行くと、風呂の電気はつきっぱなしで、
中からはシャワー音が聞こえていた。

「長門、まだ入ってるのか?」

返事はない。
ドアを叩いてみたが、返答はなかった。
俺は危機感を感じた。

「おい!長門!すまん、入るぞ!」

蒸気で満たされた浴室に、長門は浴槽に寄りかかるように倒れこんでいた。
シャンプーハットを頭につけていたが、気にしている場合ではなかった。
顔色はいつもの白さではなく、病的なまでに青白さだった。
俺は脱衣所からバスタオルを急いで持ってきて、
裸のままの長門を包み、抱きかかえた。

こんなときに少し性的な感情を感じてしまった俺がうざかった。

風呂場から出ると、とりあえずリビングに長門を寝かせ、俺は布団を探した。
布団は簡単に見つかった。
三年間凍結されていたあの部屋に、二つ並べてあった。

リビングに戻り、長門の身体を丁寧に拭いて、布団に寝かせた。
長門の身体は、幼さを残していたが、十分に整っていた。
それに肌は柔らかい肉感で、胸も小さいながらきれいな形と
薄い桃色の突起を保っていた。

873: 2006/08/31(木) 02:33:46.38 ID:HJNoDVjY0

「長門どうしたんだ?」

俺は長門の額を触り、熱があるか確認する。
熱があるのではなく、あまりにもなすぎた。
低体温状態の長門に俺の分であろう毛布もかけた。

救急車を呼ぶわけにはいかなかった。
長門はこの時代のSOS団に会うわけにはいかない。
入院したとなれば、会いに来るのは目に見えていた。

「どうすればいいんだ」

こんなことになるなんて聞いてないぞ。
俺はリビングに戻って長門を暖めるものがないか、探すことにした。

「いかないで」

何だって? 苦しそうな顔を浮かべる長門は寝たままの状態で俺の手首をつかんだ。
俺は振り返って長門をじっくりと見た。
長門はまだ寝たままだった。意識は戻ってないようだ。

876: 2006/08/31(木) 02:34:29.42 ID:HJNoDVjY0

「ねえ、いかないで」

「大丈夫だ。どこにもいかない」

俺は長門がつかんでいた手を両手で握り返した。

「暖かい」

俺は右手をはずし、うなされている長門の頭を撫でた。

「……ああ」

長門は落ち着きを見せると、涙が頬をゆるやかに伝った。
その夜、なにもできずにただ、長門の手を握ったまま見守り続けていた。

883: 2006/08/31(木) 02:38:52.75 ID:HJNoDVjY0

手を握ったままいつの間にか眠ってしまったらしい。
目覚めると、長門がこちらを見つめていることに気づいた。

「少しは楽になったか」

長門は小さく頷いた。

俺は長門の額に手を当てる。

「少し体温が戻ったな。何か食べれそうか?」

「少しなら」

「そのまま寝てろよ。おかゆかなんか作ってきてやるから。
 材料はあるか?」

「ある。冷蔵庫の中に入ってる」

「そうか、ちょっと待ってろ」

俺は長門の髪を撫でると、立ち上がり、キッチンに向かった。
冷蔵庫にはある程度、一通りの食事が作れそうなほどの材料が入っていた。
俺は卵粥にしようと冷蔵庫から卵を取り出し、
ごはんが炊飯器に入っているを確認して、調理にかかった。
気づくと、俺は懐かしい歌を口ずさんでいた。なんだろうなしっくりするんだ。

887: 2006/08/31(木) 02:40:37.51 ID:HJNoDVjY0
――眠れない悲しい夜なら会いに行くよ
  子供のように優しくなれる時間を君と過ごせるなら
  
  ワガママも言いたくなるだろう 叶わぬユメ 心に刺さり
  僕には話せばいい
  少し楽になれば

  まだ靄のなかの海沿いの道路 ふたりで朝に向かおう
  忘れてしまおう 秘密の痛み 月曜日の憂鬱も
  橙色に街 包まれる前に
  
  僕らはこれから生まれる小さな生命の為に何ができるの?
  ふたりが失くした大事な儚い生命の為に強くなれるのなら
  もう嘘はいらない
  愛が絶えることなどない
  
  眠れない悲しい夜なら会いに行くよ
  汚れていない君だけの未来だよ 誰も奪えない
  
  テーブルの上に花を飾って微笑む朝をあげよう
  凍える時代の雨降る夜はふたりであたためあおう
  気付いていたよ 隠してた傷跡も

  僕らはこれから生まれる小さな生命の為に何ができるの?
  ふたりが失くした大事な儚い生命の為に強くなれるのなら
  もう嘘はいらない
  愛が絶えることなどない                ――

888: 2006/08/31(木) 02:41:19.97 ID:HJNoDVjY0

女性ボーカルだったのは覚えている。
偶然街で流れているのを聞いて、気になってCDを買ったんだ。
そうだな。長門の部屋は無機質すぎる。
花でも飾るのもいいかもしれない。また再構成でもしてもらうか。

俺は卵粥を作り終えると和室へと戻った。
長門は上半身だけを起こし、迎えてくれた。

「大丈夫なのか?」

「大丈夫」

長門は昨日教えた微笑で答えた。

俺は長門の横に座り、スプーンでおかゆをすくって、
息で冷ましてから長門の口へと運んだ。
やっぱり、『アーン』とかってやるものなのか?
俺の時代にも残ってはいるがな。

890: 2006/08/31(木) 02:42:27.91 ID:HJNoDVjY0

「はい、ア、アーン」

長門はそれを復唱し、スプーンを小さな口で捕まえた。
か、かわいい。なぜだろう。すごくかわいいんだ。

「お、おいしいか?」

「おいしい」

「そうか」

「もっと」

「ああ」

長門の口に次々におかゆを運び、一人悦に入っていた俺だったが、
持ってきたおかゆはすぐに食べ終わってしまった。

「まだ食べたいか?」

「もういい」

「じゃあ、もう寝ろ。体調よくして、一緒に本読んだり、遊んだりしようぜ」

「そうする」

892: 2006/08/31(木) 02:43:14.99 ID:HJNoDVjY0

「あ、それと花を出してくれないか? 
 余りにも部屋がそっけないだろ? 長門の寝ている間に部屋を飾っといてやるから」

「分かった」

長門は前回と同じように早口で何かを言い、一瞬光ったと思うと、花を作った。
俺は花に詳しくないが、それでも知っている有名なものだった。
アルスなんとかっていう、花びらがピンクで中はふさふさした黄色が入っているやつだ。

「それじゃあ、飾っとくな。しっかり寝ろよ」

そういって、長門の頭を撫でてリビングへと戻った。

花瓶はなかったので、ガラスコップを借りて水をいれ、
花の枝を切ってコップに入れた。
それをこたつの上に置いた。
少し寂しくなくなったな。ほんの少しなんだが。

893: 2006/08/31(木) 02:44:19.68 ID:HJNoDVjY0

その後は淡々としていた。
二時間おきに長門を見に行き、昼飯を作ったり、
部屋の本棚から分厚い本を取り出し、リビングで寝転がって読んだ。
暗くなってくると、夕飯の準備をし、また長門に食べさせ、
一人で満足し、またリビングに戻りごろごろ本を読んだ。
眠くなると、長門の横に敷かれた布団に入り、
横で寝息を立てている長門の寝顔を横目で見ながら、
いつのまにやら眠りに落ちていた。

895: 2006/08/31(木) 02:45:05.10 ID:HJNoDVjY0

目が覚めると、もう昼過ぎだった。
長門は? 横を見ても長門はいなかった。

「よかった。治ったんだな」

俺はそう呟いて、起き上がりリビングに向かった。
長門は分厚い本を読んでいた。昨日俺が置きっぱなしにしたやつだ。

「おはよう」

「おはようは不適切。こんにちはが妥当」

長門が理屈をこねまわしているのが愛らしかったが、同意することにした。

「こんにちは」

「ごはんできてる。食べて」

長門はこたつの上を指差した。
長門は一昨日の俺の心境を読んだのか、インスタントではなく自分で作っていた。
おそらく玉子焼きであろう焼け焦げた物体とごはんが並んでいた。

897: 2006/08/31(木) 02:46:27.07 ID:HJNoDVjY0

「作ってみた、どう?」

どうって。これを食べるのか。
俺は焼け焦げた物体を口へと運んだ。
起き掛けにこれはきついだろ。
腹減ってるから食べられるけどさ。

「いや、これはだめだろ」

長門は俺が教えた怒った顔と、
長門オリジナルの悲しい顔――つまり、泣きそうな顔――を
混ぜ合わせたような表情をすると、

「じゃあ、食べなくていい」

長門はこたつの上から玉子焼きの乗った皿を取り上げて、
台所へと向かおうとした。
ちょっと待て、俺にごはんだけで食えと?
それに初めて自分の力だけで作ったであろう長門がかわいそうだしな。

899: 2006/08/31(木) 02:47:17.90 ID:HJNoDVjY0

「い、いやごめん! 大丈夫、おいしかったよ、うん、そうだ」

「大丈夫?」

「いや、食べたいです。俺に慈悲を!」

俺は手を合わせてお願いした。

「そこまで言うなら」

長門はこたつの上に皿を戻して、本を読むことに戻った。

この日はゆるやかな時間が流れる一日だった。
長門と並んで本を読み、長門と一緒にお茶を飲んだ。

二人で夕飯を作り、二人で食べた。

夜は共に布団に入り、夜が深まる前には眠りについた。

902: 2006/08/31(木) 02:48:18.32 ID:HJNoDVjY0

そんなまったりとした時間が最後の夜まで続いた。
その間やることはないので二人で料理の練習をしたり、
それで失敗ばかりする長門が涙目だったり、
長門オススメの本を読んでみたり、
長門の服装を変えて遊んでみたり、
やっぱり長門にはワンピースが似合っていたりした。

そして、最後の夜。

それは長門が突然泣き出したところから始まる。

905: 2006/08/31(木) 02:49:40.68 ID:HJNoDVjY0
とても静かな夜だ。
長門とのあまりにも普通で、楽しい日々は今日で終わりで、
明日は規定事項をこなさなければならない。
おそらく改変された世界のときと同じく、
透明になって学校へと向かうことになるのだろうな。
俺がトイレに行き、戻る間に長門は泣き出していた。
俺にはその気持ちが分かった。
長門は明日で消えてしまうのだ。
通常の人間なら、恐怖で狂ってしまったかもしれない。
もしくは精一杯の生を重ねようとするかもしれない。
充実した日々を経て、精一杯の生を重ねる。
そして、満足して死ぬのか?
死を後ろに抱え、前にある生だけを見続けることで、死から逃れていく。
だが、見続けることは不可能だ。
長門は俺と過ごしたこの一週間を見てきたが、
ほんの少し気が緩んだのだろう、忘れていた恐怖が襲ってきたようだ。

――怖い。

俺は泣きじゃくる長門を後ろから抱きしめた。できるだけ優しく。
長門の身体は震えていた。

「怖いか?」

「……っひ…ひく……少しだ、け」

「そうか」

後ろから抱きしめた長門は温かった。
こたつに飾ってあったアルストロメリア(長門が言っていた)はまだ枯れていなかった。

「このままでいていいか?」

「いい」

俺達はそのまま座っていた。
長門は俺より顔一つ分ぐらい小さかった。
長門はさきほど風呂に入ったばかりで、まだ髪が濡れていて、
そしてトリートメントの甘い匂いがした。
長門の背中からぬるい体温が伝わる。
こうしていると、長門の鼓動も伝わってくる。
小さい肩と、か弱い腕、首筋にあるほくろ、
長門のことをできるだけ全てを覚えようとした。
長門はすでに人であるように思われた。
どこまで人なんだ?
何の定義で?
決定的な答えを持ち合わせていなかったが、これだけはと思った。
せめて、この目の前にいる人だけは幸せになって欲しいと。
俺は九年前と同じ気持ちを抱いていたのだ。

「もう大丈夫、眠りたい」

「分かった、じゃあ寝るか」

俺と長門は眠りに着いた。



頬に当たった柔らかい感触と、その熱によって俺は目を覚ました。
周りを探すが誰もいなかった。
仕方がないので起き上がって、リビングに行くことにした。
リビングにも誰もいなかった。
見回して、こたつに一枚の書き置きがあるのを見つけた。
おそらく長門の字であろう、ワープロで打ったような整った明朝体で書かれていた。

――わたしは消えた。
 最後にあなたが他の人に見えないように操作した。
 これで目的を果たして欲しい。
 鍵は閉めて、郵便受けに入れておいて。
 わたしがまた帰ってこれるように。    ――

俺はその手紙をポケットに突っ込むと、一呼吸置いて、
布団をたたむために和室へと向かった。
布団をたたみ終えると、何もすることがないので冷蔵庫から緑茶の缶を取り出し、
花の飾ってあるこたつの前で飲んだ。
そして、腕時計を見て、時刻が一時を過ぎていることに気付いた。

「よし、そろそろ行くか」

こたつの上に置いてある鍵を取ると、俺は玄関へ向かった。

chapter.3  おわり。



いいところだが、ここまでしか書いてないです。
明日も深夜の時間帯に投下すると思うから、よかったら読んで下さい。

涼宮ハルヒの追憶【後編】

引用: ハルヒ「ちょっとキョン!あたしのプリン食べたでしょ!?」