360: 2006/09/01(金) 01:45:27.80 ID:hbhztgzY0
365: 2006/09/01(金) 02:13:57.72 ID:hbhztgzY0
――age 16
昨晩は長門のことが気になってほとんど眠れなかった。
自分の無力感から来る情けなさと、それを認める自分に腹を立てた。
眠りについたのは午前五時を過ぎていた。
「キョン君! 起きて朝だよ!」
それでも朝はやってきて、最近かまってやれていない妹が日課のように起こしに来る。
睡眠時間は全く足りず、妹に抵抗する力すらでない。
妹よ、これをいつまで続けるつもりなんだ?
高校生にもなってやってきたら俺はどう対応すればいいんだ?
366: 2006/09/01(金) 02:14:47.77 ID:hbhztgzY0
だらだらと学校に向かう。
アホの谷口はこういうときに役立つのだ。
シリアスではない、ハルヒに言わせれば世界で一番くだらないものを
延々と述べるだけの単純な会話。
ほぼ徹夜明けの身体に対する強烈な日差しは殺人罪を適応したいぐらいだったが、
昨日の出来事を夢だと思わせないためにはこのぐらいでちょうどいいのかもしれない。
それより俺は懸案事項を抱えていた。
どうハルヒには説明すればいいんだ?
昨日のことはハルヒに説明できることではない。
長門が消えたなんていったら、この世界を保てるものなのか?
ぐるぐると思考をめぐらせても答えは出ず、
結局何もいわないのが上策だろうと結論付けた。
405: 2006/09/01(金) 03:38:57.00 ID:hbhztgzY0
>>366の続き
教室でのハルヒはいつもと変わらなかった。
むすっとした表情をキープし、授業をただ聞き流す。
俺は授業のほとんどを睡眠に費やした。
身体は疲れていたし、なにより懸案事項を考えたくないという現実逃避でもある。
この後部室で長門に関する会議が行われると思うと、帰りたくもなった。
ダルダルな授業を終え、放課後に部室に向かう。
さて、ハルヒにはなんて言おうか。
部室に着く。
すでに朝比奈さんと古泉が待機していた。
「こんにちは」
古泉は笑顔で挨拶をした。
「こんにちわぁ」
これは朝比奈さん。やっと朝比奈さんの笑顔で癒されることができた。
昨日は気が動転していて、朝比奈さんの天使スマイルを無視していたからな。
教室でのハルヒはいつもと変わらなかった。
むすっとした表情をキープし、授業をただ聞き流す。
俺は授業のほとんどを睡眠に費やした。
身体は疲れていたし、なにより懸案事項を考えたくないという現実逃避でもある。
この後部室で長門に関する会議が行われると思うと、帰りたくもなった。
ダルダルな授業を終え、放課後に部室に向かう。
さて、ハルヒにはなんて言おうか。
部室に着く。
すでに朝比奈さんと古泉が待機していた。
「こんにちは」
古泉は笑顔で挨拶をした。
「こんにちわぁ」
これは朝比奈さん。やっと朝比奈さんの笑顔で癒されることができた。
昨日は気が動転していて、朝比奈さんの天使スマイルを無視していたからな。
406: 2006/09/01(金) 03:39:57.64 ID:hbhztgzY0
「では、涼宮さんが来るまで少しお話でもしましょうか」
「なんだ」
「長門さんのことです。私達が解散した後、あなたは昨日長門さんにあった。
そして長門さんの家に行った。あっていますね?」
「なぜそのことを知ってる」
「『機関』からの情報です。昨日僕は閉鎖空間にいましたし、ストーキングは不可能です。
しかし問題はそこではありません。
あなたがあの部屋を出た後、『機関』のものが進入を試み、中をのぞくと、
誰もいませんでした。長門さんは消えたのでしょうか?」
「消えたと思う」
「やっぱり長門さんは消えちゃったんですかぁ?」
朝比奈さんが悲しい顔をして俺を見つめている。
ドアを開ける音が聞こえ、俺達は話を中断する。
「なんだもうみんな揃っているのね」
ハルヒはゆっくりと歩き、団長椅子に座った。
「それじゃあ、始めましょ」
407: 2006/09/01(金) 03:40:50.08 ID:hbhztgzY0
ハルヒは俺と古泉と朝比奈さんをじっと見た。
それから俺達は十分ぐらい黙ったままだった。
ハルヒが足を揺らしているのを俺は見つめていた。
耐えられなくなったのか、ハルヒは突然叫びだした。
「何か有希に関する情報はないの? 役に立たないわねあんたたち!
特にキョン! あんた有希と仲良かったんじゃないの?」
「そこまで仲よかねーよ」
「本当かしら? いっつも有希のことばっか見てたくせに」
「そんなに見てねーよ。お前はなんでそんなにイライラしてるんだ?」
「イライラなんてしてないわよ!
あんたがねえ、有希のことを大事にしてるみたいだったから言ったのよ。
でも、あんたに教えなかったってことは
あっちはそれほど思ってなかったってことよね?」
ハルヒは意地悪な目で俺を卑下するように見つめた。
「なにもいってるんだお前は。だいた……」
408: 2006/09/01(金) 03:41:26.70 ID:hbhztgzY0
バンッという音と共に隣に座っていた朝比奈さんが立ち上がった。
「いい加減にしてくだしゃい!
わたしもこんな部活やめてやや、りましゅ!
もう、涼宮さんには付き合いきれません!
涼宮さんなんかだいっきらいです!」
「み、みくるちゃん? どうしたの急に?」
「どうもしません! わたしは今日限りでSOS団をや、やめてやりましゅ!
もうわたしに関わらないで下さい!」
そういうと朝比奈さんはものすごい勢いで部室を出て行った。
「へ、どうしたのみくるちゃん? なんで?」
ハルヒは呆然と朝比奈さんが去っていったドアを見つめている。
「だいっきらいだとよ。お前に愛想つかして出て行っちまったな。これであと三人か」
「どうして? 何かあたしした?」
「今までの積み重ねじゃないのか?」
俺はハルヒにイライラしていたので、冷たく言い放った。
ハルヒは投げ捨ててあった鞄を拾って、部室から飛び出してしまった。
410: 2006/09/01(金) 03:42:41.88 ID:hbhztgzY0
「どうしたんです? あなたらしくもない。
もう少し冷静にお願いしますよ。
こちらの立場も考えて行動してくれないと困ります」
古泉は明らかに不快そうに言った。
「お前の立場なんか知るか。
お前はハルヒにへつらって、閉鎖空間で神人でも倒してればいいのさ」
ガッ!
古泉は俺に近づいたかと思うと、右手で本気で殴りつけてきた。
俺は壁にぶつかり、座り込んでしまった。
古泉の顔ははじめてみる怒りで満たされていた。
「いい加減にしてください!
あなたの軽率な行動がどれだけの人に迷惑をかけていると思っているんですか!」
「なんだよいきなり! お前らのことなんか気にしてられるかよ!」
411: 2006/09/01(金) 03:43:34.24 ID:hbhztgzY0
ガッ!
古泉は俺の胸倉を掴みまた殴りつけた。右フックは顔面をとらえた。
「立て! こんなんじゃ足りない!
お前は知らないかもしれないがなあ! ……」
古泉はそれ以上を言おうとはしなかった。
古泉は掴んでいた手を離し、
「すみません。でも、軽率な行動だけは控えてください。
今日は僕も帰ります。失礼します」
そう言うと、部室から足早に出て行った。
「くそ痛てえよ。なんだっていうんだ」
口内から出血していた。訳が分からない。
古泉も朝比奈さんも、それにハルヒも。
いったいみんなどうしたんだ? 俺が悪いのか?
その日俺は、痛む口を押さえながら家路についた。
413: 2006/09/01(金) 03:44:53.91 ID:hbhztgzY0
今日の投下はこれで終わりです。
また、明日の深夜に。
支援ありがとう。 寝ます。
また、明日の深夜に。
支援ありがとう。 寝ます。
740: 2006/09/02(土) 02:19:16.02 ID:8ige/blB0
>>411の続き
家に着くと、妹は出血をしている俺を見て心配していたが、
俺はとにかく自室にこもり、一人になりたかった。
「なんなんだ? なんで俺は古泉に殴られた。
それに朝比奈さんの行動も不自然だったし、
ハルヒにいたっては意味不明だ」
ベッドに横になりながら、今日のことを振り返った。
「俺はどうすればいいんだ? 謝ればいいのか?
馬鹿らしい。そんなことできるか」
古泉殴られたところがまだ痛む。
平和主義者の俺は今まで人に殴られたことなんてなかった。
人と本気のけんかなんかしたことないし、
そういうことはなるべく避けるようにしてきていた。
「くそっ! 頼みの長門は消えちまった。
SOS団も壊滅状態。俺がなんかしたのか?
俺が悪いのか? いや、俺は何も悪くないはずだ」
家に着くと、妹は出血をしている俺を見て心配していたが、
俺はとにかく自室にこもり、一人になりたかった。
「なんなんだ? なんで俺は古泉に殴られた。
それに朝比奈さんの行動も不自然だったし、
ハルヒにいたっては意味不明だ」
ベッドに横になりながら、今日のことを振り返った。
「俺はどうすればいいんだ? 謝ればいいのか?
馬鹿らしい。そんなことできるか」
古泉殴られたところがまだ痛む。
平和主義者の俺は今まで人に殴られたことなんてなかった。
人と本気のけんかなんかしたことないし、
そういうことはなるべく避けるようにしてきていた。
「くそっ! 頼みの長門は消えちまった。
SOS団も壊滅状態。俺がなんかしたのか?
俺が悪いのか? いや、俺は何も悪くないはずだ」
741: 2006/09/02(土) 02:20:05.53 ID:8ige/blB0
ベッドで横になっていたせいで少しうとうとしていた。
突然の電話に驚き、そして画面を見る。
「朝比奈さんか。こんな時間になんだ?」
電話にでるか一瞬迷ったが、
朝比奈さんからの電話はでないと世界がなくなる可能性もあるからな。
「はい」
「あ、キョン君。あの、今から話したいことがあるのだけれど」
やっぱり、何か問題でも起きたのか?
電話越しの愛らしい声はいつになく真剣だった。
「あのベンチに来てください」
「いつですか?」
「今すぐです! 早く来てください。お願いします」
分かりました、という前に電話は切れた。
行くしかないだろ。
俺は帰ってきて制服のままだったが、着替えることもせず家を出て、
ママチャリにまたがり、あのベンチに向かった。
最近自転車をこいでばかりだ。しかも全速力で。
息を切らしてあのベンチへ。
世界崩壊の危機じゃなければいいんだがな。
742: 2006/09/02(土) 02:20:56.47 ID:8ige/blB0
「すみません。間に合いましたか?」
ベンチには朝比奈さんがうつむきながら座っていた。
外はもう真っ暗で、街灯だけが辺りを照らしていた。
「ごめんなさい、急がせちゃって。大丈夫、間に合ってます」
「よかった」
「横に座っていいですか?」
「どうぞ」
朝比奈さんは少し驚いた様子だ。まだ、うつむいたままだ。
俺は横に座ると朝比奈さんの横顔を見つめた。
綺麗な顔立ち、俺を満たしてくれる。
なんでこんなに丁寧に作られているのだろう。
朝比奈さんを見るのをやめて、街灯を見た。
黄色い光を放つ街頭と蛾が四匹ほど飛び回っていた。
744: 2006/09/02(土) 02:21:39.79 ID:8ige/blB0
そして、考えた。
俺は朝比奈さんに聞いておかなければならないことがある。
なんで今日あんなことを言ったんだ?
「あの(あの)、朝比奈さん(キョン君)」
こういう時に限って人っていうのは重なるものである。
「朝比奈さんからどうぞ」
「いえ、キョン君から」
しばしの沈黙。俺から話すことに決めた。
「分かりました。聞きたいことは一つです。
なんで今日あんなことをいったのですか?」
367: 2006/09/01(金) 02:20:42.97 ID:CEobrH1n0
「それは……」
「今まではハルヒの機嫌をとることでSOS団は成り立ってきた。
でも、朝比奈さんは突然ハルヒを突き放すようなことをいって出て行った。
もしかして、これも規定事項とはいいませんよね?」
「今回は未来からの要請がありました。涼宮さんから離れなさいって。
そして離れるにはなるべくきついことを言わないといけなかったんです。
涼宮さんはとても強い人ですが、とても打たれ弱いんです。
ましてやわたしみたいにいつも可愛がっていた人に嫌われるのはとても悲しいことでしょう?」
朝比奈さんは泣き笑いみたいな顔で俺を見つめた。
「悲しいことですよね」
「そう。できればしたくなかったんです。
わたしは涼宮さんが大好きだし、SOS団のみんなも大好きなんです」
朝比奈さんはうつむいて、声を震わせながら言った。
「みんなと一緒にいられなくなっちゃいました。
ああ、なんでこんなに突然だったんだろう。
まだやりたいことはたくさんあるのに。
でも、いつかは別れる時が来るの」
「いつかは別れる時が来る」
俺は朝比奈さんの言葉を復唱した。
「分かってたんです。こんな風に悲しくなるっていうのは。
でも、SOS団での楽しい日々のおかげでそんなことは忘れてました。
最初にこの時代に来た時、誰とも仲良くならないつもりでいたんです。
だって、絶対別れが来るって決まってるんですよ?
だけど、SOS団や鶴屋さんとはいつの間にか仲良くなっていました。不思議な人たちです」
「鶴屋さんは誰だろうと友達になれそうな人ですからね」
「そうですね」
「ところで、朝比奈さんが聞きたかったことってなんですか?」
「あ、はい」
朝比奈さんは両手を重ねていじりながら、ぽつぽつと言った。
「わたし自身のことなんです」
「朝比奈さんのことですか」
俺がそういうと朝比奈さんは俺を真っすぐに見た。
その顔には涙が伝っていた。
「わたし、すごく悔しいんです」
「悔しい?」
「だって、他のSOS団のみんなはちゃんと頑張ってるんです。
わたしだけ、なにもできないんです。
わたしはお茶を煎れてあげるぐらいしかできない。
涼宮さんの言うことを聞いて、衣装を着るぐらいしかできない
わたしは未来に動かされているだけで、何もできない。
だから、せめてみんなを癒してあげるくらいしたかったの」
朝比奈さんは一呼吸置いて続けた。
「なんで、こんなことキョン君に言っちゃうんだろう?
わたしはこの悔しさを持って帰るつもりだったのに」
「持って帰る? 朝比奈さん、未来に帰っちゃうんですか?」
俺はすでに分かっていた。
ハルヒの能力がなくなれば、朝比奈さんはこの世界にはいられなくなる。
「そうです。キョン君にお別れを言いに来ました」
「やっぱり、朝比奈さんもいなくなるんですね」
「やっぱりって、あ、そうか長門さんから聞いているんですね」
「そうです。長門はハルヒの能力が収束しているって言ってました」
「そうですか」
「どうして長門も朝比奈さんも、もうちょっと前に言ってくれないんだ。
そうしたらみんなでお別れパーティーの一つだってできたかもしれない」
俺はどうしても朝比奈さんを直視することはできなかった。
「すみません。禁則事項です」
それに、と朝比奈さんは続けた。
「今ここにいるのも本当は禁則事項なんです
わたしが予測不能の行動に出るといけないから。
でも、わたしはキョン君に伝えてから帰りたいです」
「伝えてから?」
「本当は言っちゃいけないことなんです。
最重要の禁則事項なんです。
でも、言わないと。私はもう帰らなきゃならないから。えっと」
朝比奈さんはそこまで言うと、突然頭を抱え、じたばたし始めた。
「あ、ダメ! そんな止めて! もうだめなの?」
朝比奈さんが何を言おうとしてるかは分かった。
それはハルヒにとってはおそらく最悪の禁則事項だろうと思われた。
でも、今は横から抱きついて、首に手を回している朝比奈さんの体温を感じていたかった。
ぎこちないその行動を抱きしめ返すことはできなかった。
「キョン君。わたし、ねえキョン君、…キョン君!」
朝比奈さんが耳元でささやく。
俺は興奮していたが、朝比奈さんの言葉を冷静に聞いた。
「ごめんなさい。俺は答えられそうにありません」
「ご、ごめんなさい」
朝比奈さんは俺から離れると、
「ごめんなさい。あっちを向いてもらえますか?」
俺は朝比奈さんが指差したほうを見る。
朝比奈さんとは反対側のほうだ。
向かいないと朝比奈さんに迷惑がかかるだろ。
「時間です。ごめんなさい。ありがとう」
振り返ると、朝比奈さんはいなかった。
俺は立ち上がり、ポケットに便箋が入っていることに気付いた。
俺は破らないように丁寧に開けた。
――キョン君、わたしはあなたが好きです。
でも、忘れてください。
ごめんなさい。なにもしてあげられなくて。
ごめんなさい。やくただずで。
ありがとう、キョン君。
また、会えるといいですね。
PS.文章短くてごめんなさい。 好きです。――
それは手紙という形をとる。
口に出せないもどかしさ。朝比奈さんの気持ちが少しだけ伝わった気がした。
「朝比奈さん、あなたは俺のアイドルです」
ごめんなさい。また会えるよな?
街灯の明かりだけが残された惨めな俺を優しく照らしてくれた。
俺はその場で一時間ほど呆然と立ち尽くしていた。
一時間というのは家に帰ってから分かったことなのだが。
自分の部屋のベッドに寝転ぶと、俺はようやく事の重大さに気付いた。
長門が消え、朝比奈さんも未来へと帰った。
「次は? 古泉か?
だが、古泉はこの世界の人間だ。消えることはない。
もしかして? いやそんなことはないだろ」
自問自答を繰り返しても、古泉に対する答えは最悪のものとなった。
今日の古泉はいつもとは違った。
柔和な笑顔は消え、鬼気迫る表情で俺を殴った。
おそらく古泉もハルヒの能力が消えることによって、
何かしらの被害を被っているに違いない。
「俺はどうなるんだ? ハルヒの能力がなくなることで俺も困ることがあるのか?
そもそも俺は関係ないだろ。
ただ、あのSOS団のメンバーで集まれないだけだ」
長門に会いたい。それに、朝比奈さんにも。
会ってまた馬鹿なことがしたいんだ。
俺はその日、やるせない気持ちで眠りについた。
次の日、ハルヒは学校に来ていた。
昨日のことが何もなかったかのように平然と授業を受けていた。
俺はなんだかやる気も出なくて、いつものように授業を寝て過ごした。
帰り際、ハルヒが、
「キョン一緒に帰るわよ、話したいことがあるの」
というので、仕方なく俺はハルヒと帰ることに決めた。
俺はなるべく一人でいたかったのだがな。
で、帰り道。
ハルヒはうつむいたまま俺の前を歩いていて何も話す気配はない。
そのまま、ずっと黙ったままだった。
踏み切りに着くとハルヒは立ち止まり、振り返った。
そして俺をゆっくりと見つめた。
「ねえキョン。あたしおかしいかな?」
「どうした気でも狂ったのか? もとから狂ってる気もするが」
「違うの。あたしはいつだって自分のことを正しいって思ってるわ。
むしろ他の人のがおかしいぐらいよ。
楽しいことを探して、楽しいことをする。すごくまっとうじゃない。
でも私がいってるのは違うの」
ハルヒは続けた。
「前からおかしいとは思ってた。
例えば去年の映画撮影。本当に桜が咲くと思う? 季節は正反対なのよ?
その時あたしは『桜が咲いたら絵になるな』と思っていたの。
他にもたくさんあるわ。
雪山でのあの白昼夢だってそうだし、あんなの白昼夢だけで済ませると思う?
実際に体験してしまってるのに、それはないわよね。
でもね、あたしはなにも言わなかった。
言ったら、楽しいことが逃げていってしまう気がしたから。
このまま知らないふりをし続けて、SOS団のみんなで楽しくやっていきたかったの。
でも、それももう終わり。
有希もいなくなっちゃたし、みくるちゃんも出て行っちゃった。
あたし何か悪いことしたのかな?
ただあたしは素直に楽しいことだけをやっていきたかっただけなのよ」
俺は押し黙ったまま立ち尽くしていた。
ハルヒは気付いているのか?
気付いたらどうなる? 今すぐ世界が消えてなくなるなんてことはないよな?
「キョン、答えて。
あたしには何かしらの不思議な力があると思うの。
それだけじゃない。有希だって、みくるちゃんだってどこか変。
それぐらいあたしでもすぐに気付くわ。
気付くべきイベントはたくさんあったもの。
これで気付かないほうが変だわ。
そして今回のことで確信したの。ああ、あたしは正しかったんだって。
キョンは何か知ってるんじゃない?」
俺は呆然としてしまっていた。
どうしようもない。ハルヒは気付いてる。
仕方がない。仕方がない。どうしようもないじゃないか。
答えるべきなのか? 答えてそれで? 世界は?
「もういい。帰る」
結局俺はなにも言うことができなかった。
ハルヒは寂しそうな顔をして、立ち尽くす俺を見つめていた。
「キョンはやっぱりキョンね」
それだけを言ってハルヒは走って帰ってしまった。
ごめん、ハルヒ。何も言えなくて。
怖かったんだ。
古泉は言った、ハルヒが自らの能力を認識した時、予測できないことが起きる。
俺はどうすればよかったんだ?
俺は決定的な答えを持ち合わせてなどいなかった。
ただ、ハルヒの一人語りを聞き続けただけだった。
傍観者でいたはずが、当事者に代わっていた。
でも、力なき当事者だ。
何にも抗うことができず、将棋の駒のようにただ動かされるだけだ。
それが、一般人ってものじゃないのか?
知らない間に動かされて、利用されて、捨てられる。
俺はそんな普通の人なんだよ。
悪いか? 俺は悪いのか? 誰か代わってやるよ、こんな役。
朝比奈さんは泣いた。
自分は何もできないと。自分はただ動かされているだけで、何もできない。
だから、せめてみんなを癒してあげるくらいしたかったんだって。
それがわたしの役割だったんだって。
くそっ!
俺は何をすればいい。俺の役割はなんだ。
俺はどうすれば。
また、あの日のSOS団に戻すことができる?
chapter.4 おわり。
「今まではハルヒの機嫌をとることでSOS団は成り立ってきた。
でも、朝比奈さんは突然ハルヒを突き放すようなことをいって出て行った。
もしかして、これも規定事項とはいいませんよね?」
「今回は未来からの要請がありました。涼宮さんから離れなさいって。
そして離れるにはなるべくきついことを言わないといけなかったんです。
涼宮さんはとても強い人ですが、とても打たれ弱いんです。
ましてやわたしみたいにいつも可愛がっていた人に嫌われるのはとても悲しいことでしょう?」
朝比奈さんは泣き笑いみたいな顔で俺を見つめた。
「悲しいことですよね」
「そう。できればしたくなかったんです。
わたしは涼宮さんが大好きだし、SOS団のみんなも大好きなんです」
朝比奈さんはうつむいて、声を震わせながら言った。
「みんなと一緒にいられなくなっちゃいました。
ああ、なんでこんなに突然だったんだろう。
まだやりたいことはたくさんあるのに。
でも、いつかは別れる時が来るの」
「いつかは別れる時が来る」
俺は朝比奈さんの言葉を復唱した。
「分かってたんです。こんな風に悲しくなるっていうのは。
でも、SOS団での楽しい日々のおかげでそんなことは忘れてました。
最初にこの時代に来た時、誰とも仲良くならないつもりでいたんです。
だって、絶対別れが来るって決まってるんですよ?
だけど、SOS団や鶴屋さんとはいつの間にか仲良くなっていました。不思議な人たちです」
「鶴屋さんは誰だろうと友達になれそうな人ですからね」
「そうですね」
「ところで、朝比奈さんが聞きたかったことってなんですか?」
「あ、はい」
朝比奈さんは両手を重ねていじりながら、ぽつぽつと言った。
「わたし自身のことなんです」
「朝比奈さんのことですか」
俺がそういうと朝比奈さんは俺を真っすぐに見た。
その顔には涙が伝っていた。
「わたし、すごく悔しいんです」
「悔しい?」
「だって、他のSOS団のみんなはちゃんと頑張ってるんです。
わたしだけ、なにもできないんです。
わたしはお茶を煎れてあげるぐらいしかできない。
涼宮さんの言うことを聞いて、衣装を着るぐらいしかできない
わたしは未来に動かされているだけで、何もできない。
だから、せめてみんなを癒してあげるくらいしたかったの」
朝比奈さんは一呼吸置いて続けた。
「なんで、こんなことキョン君に言っちゃうんだろう?
わたしはこの悔しさを持って帰るつもりだったのに」
「持って帰る? 朝比奈さん、未来に帰っちゃうんですか?」
俺はすでに分かっていた。
ハルヒの能力がなくなれば、朝比奈さんはこの世界にはいられなくなる。
「そうです。キョン君にお別れを言いに来ました」
「やっぱり、朝比奈さんもいなくなるんですね」
「やっぱりって、あ、そうか長門さんから聞いているんですね」
「そうです。長門はハルヒの能力が収束しているって言ってました」
「そうですか」
「どうして長門も朝比奈さんも、もうちょっと前に言ってくれないんだ。
そうしたらみんなでお別れパーティーの一つだってできたかもしれない」
俺はどうしても朝比奈さんを直視することはできなかった。
「すみません。禁則事項です」
それに、と朝比奈さんは続けた。
「今ここにいるのも本当は禁則事項なんです
わたしが予測不能の行動に出るといけないから。
でも、わたしはキョン君に伝えてから帰りたいです」
「伝えてから?」
「本当は言っちゃいけないことなんです。
最重要の禁則事項なんです。
でも、言わないと。私はもう帰らなきゃならないから。えっと」
朝比奈さんはそこまで言うと、突然頭を抱え、じたばたし始めた。
「あ、ダメ! そんな止めて! もうだめなの?」
朝比奈さんが何を言おうとしてるかは分かった。
それはハルヒにとってはおそらく最悪の禁則事項だろうと思われた。
でも、今は横から抱きついて、首に手を回している朝比奈さんの体温を感じていたかった。
ぎこちないその行動を抱きしめ返すことはできなかった。
「キョン君。わたし、ねえキョン君、…キョン君!」
朝比奈さんが耳元でささやく。
俺は興奮していたが、朝比奈さんの言葉を冷静に聞いた。
「ごめんなさい。俺は答えられそうにありません」
「ご、ごめんなさい」
朝比奈さんは俺から離れると、
「ごめんなさい。あっちを向いてもらえますか?」
俺は朝比奈さんが指差したほうを見る。
朝比奈さんとは反対側のほうだ。
向かいないと朝比奈さんに迷惑がかかるだろ。
「時間です。ごめんなさい。ありがとう」
振り返ると、朝比奈さんはいなかった。
俺は立ち上がり、ポケットに便箋が入っていることに気付いた。
俺は破らないように丁寧に開けた。
――キョン君、わたしはあなたが好きです。
でも、忘れてください。
ごめんなさい。なにもしてあげられなくて。
ごめんなさい。やくただずで。
ありがとう、キョン君。
また、会えるといいですね。
PS.文章短くてごめんなさい。 好きです。――
それは手紙という形をとる。
口に出せないもどかしさ。朝比奈さんの気持ちが少しだけ伝わった気がした。
「朝比奈さん、あなたは俺のアイドルです」
ごめんなさい。また会えるよな?
街灯の明かりだけが残された惨めな俺を優しく照らしてくれた。
俺はその場で一時間ほど呆然と立ち尽くしていた。
一時間というのは家に帰ってから分かったことなのだが。
自分の部屋のベッドに寝転ぶと、俺はようやく事の重大さに気付いた。
長門が消え、朝比奈さんも未来へと帰った。
「次は? 古泉か?
だが、古泉はこの世界の人間だ。消えることはない。
もしかして? いやそんなことはないだろ」
自問自答を繰り返しても、古泉に対する答えは最悪のものとなった。
今日の古泉はいつもとは違った。
柔和な笑顔は消え、鬼気迫る表情で俺を殴った。
おそらく古泉もハルヒの能力が消えることによって、
何かしらの被害を被っているに違いない。
「俺はどうなるんだ? ハルヒの能力がなくなることで俺も困ることがあるのか?
そもそも俺は関係ないだろ。
ただ、あのSOS団のメンバーで集まれないだけだ」
長門に会いたい。それに、朝比奈さんにも。
会ってまた馬鹿なことがしたいんだ。
俺はその日、やるせない気持ちで眠りについた。
次の日、ハルヒは学校に来ていた。
昨日のことが何もなかったかのように平然と授業を受けていた。
俺はなんだかやる気も出なくて、いつものように授業を寝て過ごした。
帰り際、ハルヒが、
「キョン一緒に帰るわよ、話したいことがあるの」
というので、仕方なく俺はハルヒと帰ることに決めた。
俺はなるべく一人でいたかったのだがな。
で、帰り道。
ハルヒはうつむいたまま俺の前を歩いていて何も話す気配はない。
そのまま、ずっと黙ったままだった。
踏み切りに着くとハルヒは立ち止まり、振り返った。
そして俺をゆっくりと見つめた。
「ねえキョン。あたしおかしいかな?」
「どうした気でも狂ったのか? もとから狂ってる気もするが」
「違うの。あたしはいつだって自分のことを正しいって思ってるわ。
むしろ他の人のがおかしいぐらいよ。
楽しいことを探して、楽しいことをする。すごくまっとうじゃない。
でも私がいってるのは違うの」
ハルヒは続けた。
「前からおかしいとは思ってた。
例えば去年の映画撮影。本当に桜が咲くと思う? 季節は正反対なのよ?
その時あたしは『桜が咲いたら絵になるな』と思っていたの。
他にもたくさんあるわ。
雪山でのあの白昼夢だってそうだし、あんなの白昼夢だけで済ませると思う?
実際に体験してしまってるのに、それはないわよね。
でもね、あたしはなにも言わなかった。
言ったら、楽しいことが逃げていってしまう気がしたから。
このまま知らないふりをし続けて、SOS団のみんなで楽しくやっていきたかったの。
でも、それももう終わり。
有希もいなくなっちゃたし、みくるちゃんも出て行っちゃった。
あたし何か悪いことしたのかな?
ただあたしは素直に楽しいことだけをやっていきたかっただけなのよ」
俺は押し黙ったまま立ち尽くしていた。
ハルヒは気付いているのか?
気付いたらどうなる? 今すぐ世界が消えてなくなるなんてことはないよな?
「キョン、答えて。
あたしには何かしらの不思議な力があると思うの。
それだけじゃない。有希だって、みくるちゃんだってどこか変。
それぐらいあたしでもすぐに気付くわ。
気付くべきイベントはたくさんあったもの。
これで気付かないほうが変だわ。
そして今回のことで確信したの。ああ、あたしは正しかったんだって。
キョンは何か知ってるんじゃない?」
俺は呆然としてしまっていた。
どうしようもない。ハルヒは気付いてる。
仕方がない。仕方がない。どうしようもないじゃないか。
答えるべきなのか? 答えてそれで? 世界は?
「もういい。帰る」
結局俺はなにも言うことができなかった。
ハルヒは寂しそうな顔をして、立ち尽くす俺を見つめていた。
「キョンはやっぱりキョンね」
それだけを言ってハルヒは走って帰ってしまった。
ごめん、ハルヒ。何も言えなくて。
怖かったんだ。
古泉は言った、ハルヒが自らの能力を認識した時、予測できないことが起きる。
俺はどうすればよかったんだ?
俺は決定的な答えを持ち合わせてなどいなかった。
ただ、ハルヒの一人語りを聞き続けただけだった。
傍観者でいたはずが、当事者に代わっていた。
でも、力なき当事者だ。
何にも抗うことができず、将棋の駒のようにただ動かされるだけだ。
それが、一般人ってものじゃないのか?
知らない間に動かされて、利用されて、捨てられる。
俺はそんな普通の人なんだよ。
悪いか? 俺は悪いのか? 誰か代わってやるよ、こんな役。
朝比奈さんは泣いた。
自分は何もできないと。自分はただ動かされているだけで、何もできない。
だから、せめてみんなを癒してあげるくらいしたかったんだって。
それがわたしの役割だったんだって。
くそっ!
俺は何をすればいい。俺の役割はなんだ。
俺はどうすれば。
また、あの日のSOS団に戻すことができる?
chapter.4 おわり。
368: 2006/09/01(金) 02:21:13.84 ID:CEobrH1n0
――age 25
「じゃあ、行ってくるな長門」
俺は長門に出がけの挨拶を済ませ、ドアを開けた。
いつもなら、彼女が「いってらっしゃい」って笑顔で送ってくれるんだがな。
でも、無言で送ってくれるのも嬉しいぞ、長門。
花はもう飾ってあるから。
鍵を閉め、言われたとおりに郵便受けに鍵を入れておく。
じゃあ、学校にでも向かうか。
マンションを出るとき、センサーが反応しないので、人が来るのを待った。
その時、人とすれ違ったが、見えていないようなので安心した。
そういえば、これからあの坂を上るのか。
車で行きてえな、最近ろくに運動もしてないし、疲れるだろ。
まあ、過去の俺の為に頑張ってやるか。
坂を上るぐらい、あの時の苦しさに比較にもならんからな。
学校へと向かう。
その間、いろいろな人とすれ違ったが、やはり誰も気付かないようだった。
なんか悪戯したくなるよな。覗きとか、いや、犯罪はだめだ。
それに俺には彼女がいるだろ、帰ったら見せてもらえばいい。
坂を上る。ゆっくり向かっていたので、学生は下校の時間だ。
初々しいカップルやバカそうな集団やらを横目に、坂を上った。
なんか気分がいいもんだな。
こっちは見えているのに、あっちは見えない。
どこか日本の小説で読んだな、この面白さを説いた話だったか。
「キョン君!」
前方から突然俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。
「へ?」
おいおい!お、お、俺は見えないはずじゃないのか?
誰だ? 俺の名前を呼ぶやつは!
というより、誰とか言う場合じゃない! まずい! 逃げろ!
俺は危機感を感じ、坂道を外れ、路地裏に向かって走った。
「ちょ、ちょっと! なんで逃げるのさっ!」
後ろから声が聞こえる。
俺を呼んだ人は猛然としたスピードで俺を追いかけてきた。
そして、路地裏に入ってすぐのところで、後ろからもの凄い力で止められた。
「どうして逃げるのさっ! キョン君あたしのこと嫌いになったかいっ?」
その声は。振り返ると、長い髪をした少女が立っていた。
鶴屋さんだ。よかったなんとかなるかもしれない。
「て、あれ? よく見たら本当にキョン君かいっ?
ほとんど一緒だけど、身長も少し大きいし、どこか違うねえ。
もしかして、兄弟? でも、キョン君には妹ちゃんしかいなかったはずだけどなっ」
満面の笑みで俺に聞いてくる鶴屋さん。
「ねえ、ねえ! どうしたんだい黙りこんじゃってっ!」
鶴屋さんは俺を下から覗き込んで、尋ねてきた。
「あ、いや……」
この歳になっても鶴屋さんには気圧されてしまう。
「ふぅーん。また何か言えない事情でもあるのかなっ?」
「そ、そうですね。というか、なんで鶴屋さんは俺が見えるんですか?」
「なにを言ってるんだいっ? 見えるに決まってるじゃん」
そうだ、鶴屋さんからしたら普通に見えて当然なんだ。
何をくだらん質問してるんだ俺は。よけい怪しまれるだろうが。
「あ・や・し・い・な・~・♪」
鶴屋さんは俺を訝しげな瞳で下から覗き込んだ。
が、突然ケラケラの腹を抱えて笑い出した。
「ご、ごめん! なんか困ってるキョン君の顔が面白くてさっ!
そんなに、真面目な顔しなくても、あたしは詮索したりしないよ。
困ることだってあるだろうしさ」
「ありがとうございます、助かりますよ」
「でも、キョン君には変わりないんだよね?」
「そうです」
鶴屋さんは右の人差し指をあごに当てると考えるような顔をして、
「はっはぁーん。なんとなく分かっちゃった。
この後、ハルにゃん達に何かおこるんだねっ!」
ずばり、ご名答。といってやりたいところだが、何も言えない。
「これ以上は言うのはやめておくねっ。
だって、今キョン君『当たり!』って顔してたもんっ!」
げっ! なんでこんなに鶴屋さんは鋭いんだ。
「それにしても、キョン君こんなにかっこよくなるんだぁ。
彼氏に立候補しちゃおうかなあ」
鶴屋さんは意地悪な目で俺を見つめ、そして続けた。
「でも、キョン君にはハルにゃんがいるもんね。あたしの出る幕はないかな」
「そんなことはないですよ。人の好みってのは変わっていくものですよ」
そう、俺は今の彼女は長門だ。
「ま、どっちでもいいさっ」
「鶴屋さん、あなたはどこまで分かっているんですか?
俺も見えるようだし、本当に普通の人なんですか?」
「秘密さっ!」
「秘密?」
「そう、女の子は人には言えない秘密を一つは持っているものさっ!
キョン君はまだ分からないのかもしれないけどね。
そんで、それは聞いちゃいけないことなのさっ」
鶴屋さんはひまわりのような笑顔を見せたかと思うと、
俺に優しくデコピンをした。
「それを聞いたら、野暮ってもんさっ!
キョン君ももうちょっと修行が必要だねえ。
女の子は秘密を抱えてたほうが輝くんだよねっ」
そうかもしれないと思った。
この鶴屋さんの明るさはどこから来るのだろう、鋭さはどこから?
それを知らないから鶴屋さんは魅力的なのだ。
「そうですね。分かりました、こちらも聞かないでおきましょう」
俺は笑顔で答えた。
「じゃあ、あたしはもう帰るね。面白いこともあったし」
そういうと、鶴屋さんは後ろを向きながら手を振って帰っていった。
「秘密か……」
女の子は秘密を持っている。だからハルヒはあんなに輝いていたのかもな。
そう、過去を思い起こしながら、俺は学校の部室へと向かった。
chapter.5 おわり。
「じゃあ、行ってくるな長門」
俺は長門に出がけの挨拶を済ませ、ドアを開けた。
いつもなら、彼女が「いってらっしゃい」って笑顔で送ってくれるんだがな。
でも、無言で送ってくれるのも嬉しいぞ、長門。
花はもう飾ってあるから。
鍵を閉め、言われたとおりに郵便受けに鍵を入れておく。
じゃあ、学校にでも向かうか。
マンションを出るとき、センサーが反応しないので、人が来るのを待った。
その時、人とすれ違ったが、見えていないようなので安心した。
そういえば、これからあの坂を上るのか。
車で行きてえな、最近ろくに運動もしてないし、疲れるだろ。
まあ、過去の俺の為に頑張ってやるか。
坂を上るぐらい、あの時の苦しさに比較にもならんからな。
学校へと向かう。
その間、いろいろな人とすれ違ったが、やはり誰も気付かないようだった。
なんか悪戯したくなるよな。覗きとか、いや、犯罪はだめだ。
それに俺には彼女がいるだろ、帰ったら見せてもらえばいい。
坂を上る。ゆっくり向かっていたので、学生は下校の時間だ。
初々しいカップルやバカそうな集団やらを横目に、坂を上った。
なんか気分がいいもんだな。
こっちは見えているのに、あっちは見えない。
どこか日本の小説で読んだな、この面白さを説いた話だったか。
「キョン君!」
前方から突然俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。
「へ?」
おいおい!お、お、俺は見えないはずじゃないのか?
誰だ? 俺の名前を呼ぶやつは!
というより、誰とか言う場合じゃない! まずい! 逃げろ!
俺は危機感を感じ、坂道を外れ、路地裏に向かって走った。
「ちょ、ちょっと! なんで逃げるのさっ!」
後ろから声が聞こえる。
俺を呼んだ人は猛然としたスピードで俺を追いかけてきた。
そして、路地裏に入ってすぐのところで、後ろからもの凄い力で止められた。
「どうして逃げるのさっ! キョン君あたしのこと嫌いになったかいっ?」
その声は。振り返ると、長い髪をした少女が立っていた。
鶴屋さんだ。よかったなんとかなるかもしれない。
「て、あれ? よく見たら本当にキョン君かいっ?
ほとんど一緒だけど、身長も少し大きいし、どこか違うねえ。
もしかして、兄弟? でも、キョン君には妹ちゃんしかいなかったはずだけどなっ」
満面の笑みで俺に聞いてくる鶴屋さん。
「ねえ、ねえ! どうしたんだい黙りこんじゃってっ!」
鶴屋さんは俺を下から覗き込んで、尋ねてきた。
「あ、いや……」
この歳になっても鶴屋さんには気圧されてしまう。
「ふぅーん。また何か言えない事情でもあるのかなっ?」
「そ、そうですね。というか、なんで鶴屋さんは俺が見えるんですか?」
「なにを言ってるんだいっ? 見えるに決まってるじゃん」
そうだ、鶴屋さんからしたら普通に見えて当然なんだ。
何をくだらん質問してるんだ俺は。よけい怪しまれるだろうが。
「あ・や・し・い・な・~・♪」
鶴屋さんは俺を訝しげな瞳で下から覗き込んだ。
が、突然ケラケラの腹を抱えて笑い出した。
「ご、ごめん! なんか困ってるキョン君の顔が面白くてさっ!
そんなに、真面目な顔しなくても、あたしは詮索したりしないよ。
困ることだってあるだろうしさ」
「ありがとうございます、助かりますよ」
「でも、キョン君には変わりないんだよね?」
「そうです」
鶴屋さんは右の人差し指をあごに当てると考えるような顔をして、
「はっはぁーん。なんとなく分かっちゃった。
この後、ハルにゃん達に何かおこるんだねっ!」
ずばり、ご名答。といってやりたいところだが、何も言えない。
「これ以上は言うのはやめておくねっ。
だって、今キョン君『当たり!』って顔してたもんっ!」
げっ! なんでこんなに鶴屋さんは鋭いんだ。
「それにしても、キョン君こんなにかっこよくなるんだぁ。
彼氏に立候補しちゃおうかなあ」
鶴屋さんは意地悪な目で俺を見つめ、そして続けた。
「でも、キョン君にはハルにゃんがいるもんね。あたしの出る幕はないかな」
「そんなことはないですよ。人の好みってのは変わっていくものですよ」
そう、俺は今の彼女は長門だ。
「ま、どっちでもいいさっ」
「鶴屋さん、あなたはどこまで分かっているんですか?
俺も見えるようだし、本当に普通の人なんですか?」
「秘密さっ!」
「秘密?」
「そう、女の子は人には言えない秘密を一つは持っているものさっ!
キョン君はまだ分からないのかもしれないけどね。
そんで、それは聞いちゃいけないことなのさっ」
鶴屋さんはひまわりのような笑顔を見せたかと思うと、
俺に優しくデコピンをした。
「それを聞いたら、野暮ってもんさっ!
キョン君ももうちょっと修行が必要だねえ。
女の子は秘密を抱えてたほうが輝くんだよねっ」
そうかもしれないと思った。
この鶴屋さんの明るさはどこから来るのだろう、鋭さはどこから?
それを知らないから鶴屋さんは魅力的なのだ。
「そうですね。分かりました、こちらも聞かないでおきましょう」
俺は笑顔で答えた。
「じゃあ、あたしはもう帰るね。面白いこともあったし」
そういうと、鶴屋さんは後ろを向きながら手を振って帰っていった。
「秘密か……」
女の子は秘密を持っている。だからハルヒはあんなに輝いていたのかもな。
そう、過去を思い起こしながら、俺は学校の部室へと向かった。
chapter.5 おわり。
369: 2006/09/01(金) 02:21:43.99 ID:CEobrH1n0
――age 16
ハルヒは気付いていた。
でも、それを言ったらSOS団はなくなってしまうかもしれない。
そしたら、ハルヒ自身が楽しいことは行えなくなってしまう。
ハルヒはそれにも気付いていた。
そもそも、ハルヒの鋭さからいったら気付かないほうがおかしいんだ。
長門は知っていたのだろうか。
朝比奈さんも知っていたのかもしれない。
古泉だって本当は分かっていたのかもしれない。
そう、俺だけが気付いていなかった。
のんべんだらりと日々を過ごし、SOS団にそれとなく参加する。
それの繰り返し。
俺は何をしていたんだ? いいんだよな俺は?
傍観者でいていいんだよな?
その夜、そんなことをベッドに入り考えた。
あまりに色々なことがありすぎて、落ち着くことができず、寝たのは明け方だった。
学校へと向かう上り坂。
最近の不眠の影響は俺の肩を上から押さえつけた。
俺の体調は最悪を超えて、すでに限界を迎えていた。
いつ倒れてもおかしくない、本当だったら一日中寝ていたいぐらいだ。
だが、家に寝ていることが一番の苦痛だってことは俺は分かっていた。
それは、俺の望む傍観者なのかもしれない。
でも、それでは一向にこの問題は解決せず、俺の目の前をちらつくんだ。
俺にはこんだけの経験を踏んで分かったことがある。
今回の事件は俺が解決することはおそらく不可能だ。
そんな俺が唯一できること。
それは、あの部室でみんなが帰ってくることを待つことだ。
そして、思いを馳せればいい。
みんなの苦しみを少しでも感じていたいんだ。
その思いの通り、俺は放課後部室へ向かった。
夕方の部室に哀愁を感じながら、パイプ椅子を取り出して、どっと座り込んだ。
後ろに飾ってある朝比奈さんの衣装達。
デフォルトのメイドさんに、映画祭の時のウェイトレス衣装や呼び込み用のカエルスーツ、
野球に出たときのナース服。
どれもすでに必要の無いものとなっていた。
その気持ちはあの時の公園に似ていた。
長門の指定席は空席のままで、目の前にはハンサムスマイル野郎もいない。
団長様も椅子にふんぞり返ってはいなかった。
でも、俺は待たないといけないんだ。
そのまま、俺は一時間ぐらいSOS団の思い出をめくっていた。
少しうつらうつらきていた頃、部室のドアが音を立てて開けられた。
ビクッと身体を震わせ、ドアの方を見た。
「ハルヒ……」
そこにはハルヒが真剣な顔をして立っていた。
春だというのに顔は汗ばんでいて、髪が顔に張り付いていた。
「キョン! 古泉君が……」
そこまで言うと、ハルヒはその場に崩れた。
古泉、お前は大丈夫だよな? どうしたんだよ?
「ハルヒ!」
俺はハルヒに急いで近寄り、ハルヒの肩をつかんだ。
「どうしたんだ! 古泉がどうしたんだよ?」
「古泉君が、怪我で、分かんないけど大怪我で病院に運ばれたって」
予想が当たってしまった。
「死ぬわけじゃないんだろ? どこの病院だ!」
「前にキョンが入院してた病院よ」
ハルヒはやけに小声で話した。
「いくぞハルヒ! 古泉のとこに行ってやらないと!」
「行きたくない」
「え?」
「行きたくない」
「なに言ってんだ! 古泉を見舞いに行かなくていいのかよ!」
「じゃあ、手つないで?」
ハルヒはうつむいたまま、俺に顔を見せようとしない。
「分かった。俺の手ぐらい貸してやる、だから古泉のところにいこう。
俺達以外の最後のSOS団団員なんだ。見守るのは団長の役目だったんじゃなかったのか?」
「うん」
「ほら、手を貸せよ」
そう言って、俺はハルヒの手を力強く引っ張った。
ハルヒの手はとても冷たかった。
「ちょっと、痛い! 強く引っ張りすぎよ!」
ハルヒは立ち上がると、俺に精一杯の笑顔を見せた。
「まったく、キョンのくせに生意気よ!
団長様が手をつないでやろうっていうのに、どういう考えなのかしら!」
と、ハルヒは笑顔から怒り顔にフェイスチェンジした。
「古泉君をお見舞いするわよ! 早く!」
そう言うとハルヒは突然走り出した。
そして、ハルヒは振り返って心からの笑顔で――そういう風に見えた――俺の手を引っ張った。
「待てよ、急に何なんだ! さっきのはなんだったんだよ」
「どうでもいいでしょそんなこと!」
そうして俺達は学校を出た。
俺とハルヒは手を繋いだまま古泉の待つ病院へと向かっている。
ひたすら無言で、春だっていうのに手が汗ばんでいた。
どこか気恥ずかしくて、手を離してしまいたがったが、
俺には手を繋いで欲しいと言ったハルヒの気持ちも少しだけ分かった。
ハルヒは怖いのだ。今、ハルヒははっきりではないが自分の能力に気付いている。
長門も朝比奈さんも消えてしまっていた(ハルヒにとっては転校と、嫌われた)。
それを自分のせいだと思っている。
そして、今回の古泉も自分が悪いんじゃないかと思っているのだろう。
不可抗力なのはハルヒも分かっているはずだ。
でも、それでも、責任を感じてしまっているのだろうか?
俺はそんなハルヒの冷たい手を温めているのが少しだけ誇らしかった。
俺は繋いでいる俺の左手を通して、ハルヒにかかる苦しさと寂しさが少しでも伝わって欲しかった。
「ねえ、キョン?」
ハルヒは俺を見つめてきた。
「なんだ?」
「古泉君は大丈夫よね? いなくなったりしないわよね?」
「不吉なことを考えんな、古泉なら大丈夫だ」
「そうよね」
そうだよ。それに、そんな暗い顔はお前には似合わねーんだよ。
どうすれば、元のハルヒに戻ってくれるんだ?
「ハルヒ、顔が暗いぞ、お前らしくもない」
「暗くなんかないわよ!」
ハルヒはムスッとした後、そのままうつむいたまま歩き続けた。
痛い。苦しい。
ハルヒは明らかに無理をしていて、それは鈍感な俺でも分かるほどだ。
「大丈夫だ」
俺が言うと、ハルヒは返事もせず黙って歩き続けた。
ハルヒは俺の手を強く握った。
病院に到着すると、俺は受付で看護婦さんに古泉のことを聞いた。
怪我は主に左足の大腿骨骨幹部(膝から上の太い骨)骨折で、
高所からの転落や高速度での自動車事故が原因で起こる重大な損傷らしい
(らしいというのも、看護婦さんも原因がわからないみたいだ)。
その他にも踵骨(かかとのことだ)にヒビが入り、靭帯も損傷しているみたいだ。
運良く血管や神経の損傷は免れたみたいで後遺症が残ることはないらしい。
骨の位置を直す緊急手術はすでに行われていて、
この後は歩行のためのリハビリテーションが始まるらしい。
まあ、つまり、命に別状はなかったわけだ。
「よかった、古泉君なら大丈夫だと思ってたわ!」
ハルヒはほっと胸を撫で下ろし、やっと笑みを見せた。
「さっきまで暗い顔してたのはどこのどいつだ。
言っただろう、古泉なら大丈夫だって」
「バカキョンに言われたくないわ!」
ハルヒは満面の笑みで俺の手を引っ張った。
「行きましょう! 古泉君が待ってるわ!」
「まったく、お前は調子がいいな」
よかったよ。ハルヒが笑顔になって。
「やれやれ」
俺とハルヒは急いで古泉の寝ている病室に向かった。
「ハルヒ、すまんがもう手は離してくれないか?」
そう俺達はここまでずっと繋いだままだった。
「分かってるわよ! キョンが寂しそうだったから繋いであげていたのに!
こっちの気持ちも考えて欲しいものね」
ハルヒは手を腰に当て病院だというのに怒鳴り散らした。
逆だろとは言わないでおこう。あとが怖そうだ。
看護婦さんから聞いた病室は俺がかつてお世話になったところだった。
無駄に広い病室でハルヒが一緒に寝泊りしてくれていたんだっけな。
ノックしてドアを開けた。
「古泉入るぞー」
俺はできるだけの笑顔で病室に入った。古泉の真似だ。
古泉はベットに横たわっていた。
いつもの如才のない笑みはなく、ただぼんやりと天井を見上げていた。
病室は簡素なもので、ベッドと小さなテーブルがあった。
階は最上階で、風の通りもよかった。
部屋の雰囲気は長門のそれと似ていて、無機質に感じられた。
「おい、古泉! 人が来たのになにぼーっとしてんだ!」
古泉はこちらを見ると、
「あ、お二人とも無事でしたか。よかった」
と言って、困ったような笑みを見せた。
「なにが無事でしたかだ、お前のが無事じゃねえだろうが」
「そうでしたね。当分動けそうにはありません」
「古泉君、安心して、副団長の座は帰ってくるまで誰にも明け渡さないから」
これがハルヒなりの最高の気遣いなのかもな。
「それはありがたいことです」
古泉はハルヒに微笑みかけた。ハルヒはそれに応じた。
だが、古泉の笑顔はいつもと違い、引きつっているように見えた。
「高いところから落ちたんだってな。受付の看護婦さんから聞いたよ。
『子供とホモは高いところが好き』って言うのは本当だったんだな。
都市伝説かと思っていたんだが」
重い空気を変えようとできるだけ鉄板ネタから入ることにした。
「ホモは余計です。僕は同性愛者ではありませんよ。
純粋に女性のことが好きです」
「古泉の女性の趣味って気になるな」
と俺は気にもならないことを言った。
でも、沈黙のままでいるのは苦しすぎた。
「女性の趣味ですか。そうですねえ、涼宮さんみたいな人ですかね」
「と、突然何を言い出すんだ! いるんだぞハルヒはここに!」
「みたいな人といっただけで涼宮さんではありませんよ」
古泉は少し困ったような表情を浮かべた。
「そ、そうよ! 団員同士の恋愛は硬く禁じられているのよ!」
ハルヒは腕を組みながら、顔をあさっての方向に向けて言った。
というか、なんだその反応はハルヒに恥ずかしいなんて感情あったのか?
そんなことを思っていると、古泉が俺を真っすぐ見据えていることに気付いた。
「ん、どうした?」
「いえ、なんでもありません。それはそうと、涼宮さん。
一階に行ってジュースを買ってきてくれませんか?
団長に頼むのも悪いのですが、お願いします」
「えー、なんで? キョンに行かせればいいじゃん。
雑用係はキョンって決まってるのよ?」
古泉は俺と二人で話したがってる。
おそらくハルヒには話せないことなんだろう。
古泉がハルヒにお願いすることなんてありえないし、
それに古泉はさっきから俺をずっと見つめ続けていた。
「お願いします」
古泉は強く言った。ハルヒに対する初めての意見だ。
「しょ、しょうがないわね! 今回だけよ!
古泉君が怪我してるからだからね!」
「すまん、ポカリ頼む」
「ちょっと! なんであんたの分まで買ってこなきゃならないのよ!」
「お前らの分は俺がおごってやるから、それで勘弁してくれ」
「すみません、僕もポカリスウェットでお願いします」
「もう!」
俺はポケットに入っている財布から千円札を抜き出し、ハルヒに渡した。
ハルヒは俺から引きちぎるように奪って、肩を怒らせながら病室を出て行った。
「行ってくるわよ!」
「やれやれ、ジュース買いに行かせるのにどれだけかかるんだよ」
「まったくです」
古泉はデフォルトの笑顔を見せた。
「時間がありません、始めましょうか。
涼宮さんが帰ってくるまでに話し終わらなければ」
「やっぱりか。なにか話したそうだったもんな」
「やはり分かりましたか。
でも、あなたが分かったということはおそらく涼宮さんも分かったことでしょう」
「そうだろうな」
そして、古泉は天井を見つめたまま話し始めた。
「まず、あなたには謝らなければなりませんね。
部室で突然殴りかかって申し訳ありませんでした。
あの時は僕も精神的に限界だったんです」
「いや、それはいい。俺も悪かったからな。
それはそうと、お前が精神的に限界とは珍しいな何かあったのか?」
「荒川さんが亡くなられました」
古泉はそう、事務的に伝えた。
「は? 荒川さんが? どうしてなんだ?」
「理由は僕と同じです。高所からの転落です。
……というのは半分は本当で、半分は嘘です」
「で、本当の理由はなんなんだ?」
「少し長くなりますが」
「かまわん。続けてくれ」
古泉は白い天井を見つめたまま息をふうっと吐き出すと、
ゆっくりと一語一句聞き取れるよう話した。
「閉鎖空間でのことです。
その日涼宮さんの機嫌は大変悪く、最大級の閉鎖空間が生まれました。
そうですね、大きさとしては関西全域といったところですか。
その日というのは、長門さんが消えた日のことです。
僕達『機関』のものはほとんど総出で『神人』狩りに行きました。
当初はいつも通り、アクシデントも無く無事に終わると、
おそらく全員が思っていたことでしょう。規模が大きいだけだと。
閉鎖空間内に入るとその楽観的な思考はいっぺんに吹き飛びました。
いつもの灰色の空間ではない、薄暗く、『神人』だけが光るものでした。
ただ、それだけなら予定通り『神人』を倒してしまえば終わりです。
でも、そうはいかなかったんです。
『神人』は僕らを排除するかのように、暴力性を増し、明らかに強くなっていました。
安易に飛び込んだ者は叩きつけられて、死にました。
僕の隣には荒川さんが浮かんでいました。
荒川さんの顔は見て取れるほど怒りに満ちたものでした。
そして、僕自身も怒りというか、憤怒というか、
そうですねやるせなさと無力感、突撃してはやられていく仲間たちを見続ける悔しさ。
僕達『機関』の者はいわば戦友のようなものです。
そういえば分かってもらえますか?」
古泉はここまで話すと、俺の方を見て微笑んだ。
俺は古泉の語るその話に圧倒されていた。そこには明らかな意思があったからだ。
「ああ、分かるよ」
古泉はまた天井を見つめ、続けた。頬には涙がつたっていた。
「僕は強くなった『神人』に対して恐怖を感じ、その場から動くことができませんでした。
しかし、荒川さんは仲間を助けるために飛び込んでいきました。
無常にも『神人』によって一撃で叩き落され、底の見えない暗闇へと落ちていきました。
僕はそれをただ見つめていました。もう、赤い球体の数は二、三ほどのものでした。
その直後、僕は激しい嘔吐感に襲われ、吐きました。
頭がふらふらして、そのまま意識を失いました。
そして目覚めると、この病院だったわけです」
「そうか」
「後で聞いた話によると、その時残った者は閉鎖空間内から脱出したそうです。
そして僕も助けられ、一命を取り留めたわけですね。
閉鎖空間は拡大する一方でした。
あなたと部室で会った後、僕は再び閉鎖空間に向かいました。
『神人』が弱体化していたら、という淡い期待を抱くことで自分を保ちました。
僕はあの時見た『神人』が頭の中でフラッシュバックして、僕の中に居続けました」
古泉はそこでまた息を一つふうっと吐き出した。
「それは怖かったですよ」
古泉は俺を見て笑顔を見せた。
「閉鎖空間に入ると、前回と同じ、薄暗く、どこか陰鬱とした空間が僕を包みました。
『神人』は暴走を続けていました。
ただ、あなたが見たときと違い、街があるわけではありません。
『神人』は破壊の対象がないため、街を破壊するのではなく、
空間自体を破壊しようとしていました。
あまりの既視感に僕はまた意識が朦朧としてきていました。
どうしようもありませんでした。
僕はまた意識を失っていき、深い、深い、底へと落ちていきました。
薄れゆく意識の中で、その空間に僕達とは違う存在が飛び回っていることに気付きました。
『神人』でもなく、『機関』のものでもない別の存在がね。
あれはなんだったんでしょう。
そして僕はそのまま、底の見えない暗闇と同化していきました」
「これで僕の二日間にあった出来事は終わりです」
「そうか」
「また気がついたら病院にいました。
僕は何もできませんでした。僕は無力なんです」
「古泉、お前は無力なんかじゃないぞ。
何もしないでただぼんやりとしていた俺なんかよりずっとな」
そうなんだ、古泉は守ろうとしていた。
俺は何をしていた?
長門からただ逃げて、朝比奈さんに抱きしめられても何も答えられず、
ハルヒが苦しんでいても何もしてやれない、最低の男だ。
「ありがとうございます。その一言で僕は救われます」
古泉は笑った。俺はどんな顔をしてる?
「このぐらいでいいなら何度でも言ってやるぞ」
「もういいですよ。あなたに褒められるのもこそばゆいですから」
と言って、古泉はまた笑った。
「時間が無いので、次にいきましょう。今までのは僕の話です。
これから話すことは涼宮さんのこと、そしてSOS団についてです」
「頼む、俺は知りたいんだ」
「分かりました。では今回の事件についておさらいしましょうか。
現在、涼宮さんの能力は収束に向かっています。
理由は分かりません。残った『機関』の者が調査しています。
閉鎖空間は今もって存在し、強靭な『神人』によって、
空間は指数関数的に拡大し続けています。
長門さんを始めとするTFEI端末は減少し続けています。
朝比奈さんら未来人も一斉に帰還しました。
これらから分かることは何でしょう?」
「何も分からん」
実際に分からない。なぜハルヒの能力が収束しているのかだって?
「実は昔からいろいろな疑問が生じているのですよ。
なぜ涼宮さんはあの能力を持ち、そして行使することができるのか。
そして能力の元となるエネルギーはどこから来ているのか。
前にも言いましたよね。この世界の物理法則は保たれたままだと。
物理法則で一番大事なものはなんでしょう?」
こんなの俺でも知ってる。
「質量保存の法則かな」
「そうです。この世界にあるものは保存されるという、
ごく単純な理論がすでに破綻してしまっているのです。
では、涼宮さんがどこからエネルギーを持ってきているのか。
昔から『機関』内では論争が続いていました。
ある人は涼宮ハルヒがすでに内在していたものだと言い、
またある人は涼宮ハルヒは現人神なのではないかと言いました。
そして僕はそのほとんどがくだらない、馬鹿げたものだと考えていました。
人は人である以上、神のことを考えることはできないからです。
ですが、ただ一人、そう荒川さんの意見だけが僕の心に引っかかりました。
涼宮ハルヒの能力の元はこの世界とは違う、
パラレルワールドから引き出されたものではないか?
『機関』内では無視されましたが、
僕はこの意見がとても気に入りました。
『機関』がほぼ壊滅し、そして能力が収束していっている今なら、
この荒川さんの意見が正しいものだったと僕は声を大にして言えるでしょう」
「俺にはまったく分からないが」
古泉は俺を無視して続けた。
「パラレルワールド。つまり、異世界のことです。
この世界とは時間も空間も違う存在。
これだと、全ての辻褄が合ったんですよ!」
古泉は少し興奮しながら言った。
俺は妙に『異世界』という言葉だけが気になった。
それ以外は全く理解できなかったが。
「どう辻褄が合うんだ?」
「まず、これを裏付ける証拠として、
長門さんが涼宮さんの能力が収束している理由が分かっていないのが挙げられます。
宇宙的存在であるはずのTFEI端末が分からないもの、
それはこの宇宙外の話なのではないでしょうか?
次に、朝比奈さんもそうです。
未来が分かるはずの朝比奈さんが帰らなくてはならなかったのでしょう?
帰った理由は簡単です。時間をワープすることができなりそうだったからです。
そもそも、タイムジャンプはこの時代の科学者ですら否定的な意見です。
ではなぜ、可能だったのか? 涼宮さんの能力の発現によって、
タイムジャンプが可能なほどの時間の揺らぎが生じたと考えるのが妥当でしょう。
そしてその能力が収束している、つまり時間の揺らぎは減少していったのでしょう。
そのため、緊急で帰還することを選んだのでしょう。
ここに矛盾があります。未来が分かるはずの未来人が帰ったのか。
それはこの後起きることがこの時間軸とはまた別の時間軸の出来事なのでしょう。
つまり、異世界での出来事なのではないかと」
「理屈は分からんが、
とにかくその異世界というのはハルヒが望んでいたことなのは確かだ」
「そうです。それが第三の証拠です。
未だ現れない異世界人。これも前からの疑問ですね。
でも、僕はおそらく異世界人であろう人に会いました」
「さっき言った、閉鎖空間で見たって人か」
「その通り。閉鎖空間に他人がいるのはおかしな話ですよね。
そう考えると、あれは異世界人だったとしか思えないのです」
「なんでいるんだろうな?」
「これも推測ですが、こちらの世界に来ようとしたのではないかと」
「ハルヒに会うためか?」
「わかりません。ただ、分かることが一つだけあります。
涼宮さんが能力を発するたびに、
この世界のエネルギーは増え、あちらの世界のエネルギーは減少します。
これは何を意味するでしょう?」
「なんだろうな」
「あちらの世界が不安定になる、これだけは明らかです。
今回の能力の収束はこれに由来するのではないか。
あちらの世界が不安定にならないように、涼宮ハルヒに対抗してきた。
こう考えてみてはどうでしょう。
そして、こちらの世界とあちらの世界を繋ぐもの。
それは、閉鎖空間なのではないかと。
今回の閉鎖空間は今でも拡大を続けている、史上最大のものです。
そのためあちらの世界と繋がり、異世界人がやってきたのではないかと、
そう僕は考えるわけです。以上です、長くなってすみません」
「いや、いいよ。全く分からなかったが、妙に説得力があった」
そう、俺は全く分からなかった。
だが、一生懸命に語る古泉はとても格好よく見えたし、
俺はただ相槌をうつだけだったが、なんとなく伝わった気がした。
「あ、あと一つこれは涼宮さんには言えませんが、
僕は彼女を非常に憎んでいます。
それも殺してやりたいぐらいにね。
でも、涼宮さんは悪くないんです。だから、苦しんです。
閉鎖空間は彼女の心そのものです。
そして、僕達を排除しようとしたのも、殺そうとしたのも彼女です。
僕達『機関』の戦友たちは涼宮ハルヒに殺されたんです」
古泉は俺をじっと見つめながら笑った。
俺はそれに恐怖を感じ、狂気を感じた。
静まる俺と古泉の病室に、外から女性の声が突然聞こえた。
「あの、中入っても大丈夫ですよ?」
ガランッ。
何かが落ちる音共に、人が駆けていく音が遠くなっていった。
もしかして。
「もしかして、ハルヒが聞いていたのか?」
「そうかもしれません。でも、これでいいのかもしれません」
「バカ野郎! 殺したいなんていわれて平気でいられるやつがいるか!」
「早く追いかけないんですか?
涼宮さんは僕ではなく、あなたを待っているはずですよ」
古泉は嫌な笑みを浮かべた。
「分かってるよ! くそっ! どいつもこいつもなんなんだ!」
病室のドアを開けると、角のへこんだポカリスウェットが3つ転がっていた。
みんなで飲むつもりだったんだろう。
俺はその一つを病室のテーブルに置き、
古泉に「早く直せよ。ありがとな」と言って病室を飛び出した。
病院で走るわけにもいかず、歩いてハルヒを探した。
一階まで降りると、ハルヒは自販機の横のベンチに座っていた。
顔を両手で覆っていた。
近づくと、肩を震わせ、声にならない声で泣いていた。
「聞いてたのか?」
「……うん」
ハルヒはひどく詰まった声で答えた。
「どうしよう、古泉君にも嫌われちゃった。もうSOS団は解散ね」
「そうかもな」
俺はハルヒの右側に座って、地面を見つめた。
「あたしね、あたしだけで生きていけるように、頑張っていたの。
でも、みんなと出会って、楽しくなってた。
今まで全部一人でやって生きてきたのに、みんなといるのが楽しくなってたの。
でも、でもね。あたしは大切なものができるのが怖いのよ。
大切なものはいつか別れる時来るの」
いつか別れる時が来る。
俺は自分の中で繰り返した。それは朝比奈さんが話したことでもあった。
「だから、あたしは友達なんて作らなかった。
それより一人で生きていったほうが楽だし、強くなれるもの。
その分努力もした。でも、あたしは寂しかったのかもしれない。
宇宙人とか未来人とか超能力者とか全部人ではないものを求めてた。
だって、その人たちとは別れが来ないかもしれないでしょ?
楽しいだろうなってのは本当。でも、それは表面上の理由。
あたしはまた手に入れて、また失った」
ハルヒ。言ってくれるのは嬉しいんだ。
でもな、ハルヒ。俺はまだお前を受け止める自信が無いんだ。
「あたし、古泉君に殺されるのかな?
あたし、いつのまにか殺人者になってたのね」
ハルヒは泣き続けていた。ハルヒの泣き顔はとても綺麗だった。
ハルヒ。ごめん、何も言えなくて。
ハルヒ。
「バカ。お前は殺されないし、殺人者でもねーよ」
「キョンが言ったって、意味が無いわ」
確かに気休め程度のクソみたいに陳腐な言葉を並べて、
ハルヒを慰めることができるか? できねえよ。
「分かった。何も言わない。
ただ、ポカリスウェットは飲んどけ。
時間が経って冷えるとまずくなるからな」
俺がへこんだ缶を手渡すと、ハルヒは力なく受け取り、膝の上で持った。
俺はもうひとつの缶を開け、一気に飲んだ。
そして左手でハルヒの右手を取り、ゆっくりと握った。
ハルヒの右手は震えていて、ひどく冷たかった。
二十分ぐらいたっただろうか、
突然ハルヒは立ち上がり、ポカリスウェットを一気に飲み干した。
「ぷはっー!」
お前はおっさんか、というツッコミをする暇もなく、
「帰るわよ! キョン! こんなとこいても無駄だわ!」
「おい、突然どうしたんだ?」
「帰るって言ったのよ、聞こえなかったの?
もう、家に帰りましょ。暗くなってきてるし」
「あ、ああ。じゃあ、帰るか」
戸惑う俺を横目にハルヒは缶用のゴミ箱に空き缶を投げ入れると、
俺の手を引っ張った。
病院を出ると、空には月だけが輝いていた。
俺達を照らすのは街灯の光と、行きかう車、建物から漏れる白い光だ。
隣にいるハルヒは泣いてすっきりしたのか、急に機嫌が良くなっていた。
SOS団でのハルヒと同じはずなのに、不自然なのはどうしてだろう?
もうすぐ駅に着く。その間俺達は手を離さなかった。
無言のまま歩き、つながっている手だけをしっかりと握った。
春の夜風が心地良い。肌寒いぐらいのそよ風が頬を撫でた。
もうすこしでさよならだ。
虫達も息を潜める、そんな静かな深い夜だった。
突然、後ろから大きい足音が聞こえるまでな。
それは一瞬のことだ。
突然に後ろで人が走る音が聞こえて俺が振り返ると、
そいつはやたらと大きなナイフを胸に構え、俺たちに突進してきていた。
「※※※!※※※※※※※※※?※※※※※※※!」
訳の分からない奇声を上げながらものすごい勢いで突っ込んできた。
「危ない! ハルヒ!」
「え? なに?」
俺はハルヒを引っ張り、倒れるようにしてそいつの一撃を避けた。
なんなんだ? 俺達はいつ暗殺者に狙われるようになったんだ?
避けられた謎の暗殺者はすぐに切り返し、俺たちを見つめた。
かなり大きい男?
「※※※※※?」
訳が分からない。何語を喋ってるんだ? 俺の英語の成績ぐらい調べといてくれ。
とりあえず立ち上がらなきゃ! このままだと逃げられん!
「※※※!」
またそいつは突っ込んできた。まずい! 逃げられん!
しかし、ハルヒがナイフを突き刺そうと突っ込んできた暗殺者の手をタイミングよく蹴り、
ナイフを吹き飛ばした。
そのあとハルヒは左足で暗殺者の膝辺りを蹴り、そいつは横に倒れた。
「まったく! その程度であたしを狙うなんてバカ丸出しだわ!」
ハルヒは立ち上がるとそう叫んだ。
だが、そいつもすぐに立ち上がり、背中からさらに大きなナイフ?
いや、もう剣といってもいいぐらいの長さの刃物を取り出し、
ハルヒに向かって一直線に刃物を突き立てた。
まずい、近すぎる。避けきれない!
ハルヒをかばおうにも間に合わず、目をつむってしまった。
目を開けると、ハルヒに突き刺そうとしたナイフを右手でつかみ、
手を血だらけにした、短髪の少女が立っていた。
「長門、だよなお前?」
そう、そこには消えたはずの長門が立っていた。
「有希なの?」
「そう」
暗殺者はガクガクと震えだし、ナイフの柄から手を離した。
「今は時間が無い。事情の説明は後」
「情報連結解除開始」
そういうと、あの日と同じようにナイフがサラサラと分解していった。
「※※※!※※※※※※!」
そいつはいきなりうめき声のようなものをあげると、長門を睨み付けた。
長門は高速で何か呪文のようなものを呟いた。
「――――パーソナルネーム―――を敵性と判定。
当該対象の有機情報連結を解除する」
「※※※※※※※※※※※※!」
「んっ!」
目の前で謎の言葉の言い合いが行われていた。
長門はその内容が分からなくて、暗殺者は何語かも分からなかった。
が、突然暗殺者は消え、俺は呆然とその様子を眺めていた。
「逃げられた」
長門は俺達のほうを振り返り、そう言った。
右手からはおびただしい量の血が流れ出ていた。
よく見ると、少し悔しそうにも見えた。
「有希!」
突然ハルヒは長門に抱きついた。
「有希! どうしたの? 転校したんじゃなかったの?
大丈夫なのその右手」
そういうとハルヒは頭のトレードマークを解いて、長門の右手首を縛った。
「これで、少しは血が止まると思うわ」
ハルヒはにっこりと笑って長門を見つめた。
「ああ、有希。ありがとう、あたしを助けてくれたのよね?」
「そう。右手の損傷もたいした事無い。今、直す」
長門はまた高速で呟くと、長門の右手は徐々に塞がっていった。
「すごい!すごい! どうやったらそんなことできるの?」
ハルヒは目を輝かせて長門を見つめている。
そんなハルヒと長門を見ている俺は無様に尻もちついたままなんだがな。
って、おい! ハルヒの前でそんなことやっちゃっていいのかよ!
「問題ない。あなたたちを守るために再構成された。
記憶も何もかも全てそのままで」
「有希!」
ハルヒはまた長門に抱きついた。
「よかった。有希が戻ってきてくれて。
でも有希は人間じゃないのね? もしかして宇宙人?」
「そう」
「当たりね。その右手首に付けてるやつはあげるわ!
あたし達を守ってくれたお礼よ!」
「分かった」
ハルヒに抱きつかれてる肩越しに、長門は俺を見つめた。
「なんだ?」
「そろそろ」
「なに―――」
「キョン君ー! 涼宮さーん! 無事でしたかぁー?」
遠くから愛らしい声が聞こえた。
やれやれ、そういうことか。この団専用のエンジェルがお出ましだ!
俺は立ち上がり、手を振ってその声に答えた。
ハルヒもその声に対して大声を上げ、手を振って答えた。
朝比奈さんは息を切らしながら俺達のところにたどり着くと、
「よかったぁー。殺されちゃうかと思いましたよおぉ」
と言って、可憐な涙を拭った。
「ばかねぇー。あんなんであたしが死ぬわけ無いでしょ?」
ハルヒはそういって、朝比奈さんを抱きしめ、頭を撫でた。
顔は困ったような、嬉しさを隠せない様子だ。
「でもでもぉ。本当に危なかったんですよぉ?
長門さんが遅かったらって思うと……」
「大丈夫よ。あたしはここにいるし、キョンもあそこでぼけーっと突っ立ってるでしょ?」
いや、普通に立ってるだけだがな。まだ動悸はおさまらないが。
「みくるちゃんは未来人なのよね?」
「そうです」
って、おい! 朝比奈さんまで認めてるんだよ!
古泉の話をどこまで聞いたか分からんが、ハルヒも信用しすぎだろ。
「てことは、古泉君は超能力者ね。キョンはただの一般人ぽいし」
まあ、俺もすぐに気付いたがな。
それより聞いておかなきゃならないことがあるな。
「ところで長門、さっき襲ってきた人は何者なんだ?
ここの国の人ではなさそうだったが」
俺は平然と立っている長門に尋ねた。
「この宇宙ではない宇宙から来たもの。
通俗的な用語を使用すると、異世界人にあたる。
この宇宙空間には存在しないため、我々情報統合思念体も把握できていなかった。
でも、今回対象はこの世界に突然に現れ、明らかな意思を持って行動した」
「明らか意思か」
「そう、彼の意思は『涼宮ハルヒを殺す』ことだけ」
ハルヒは朝比奈さんとじゃれあっていたのをやめ、長門の話に集中した。
「そうなんです」
朝比奈さんは唐突に割り込んだ。
「この時間軸上に存在しないはずのことだったんです。
でも、突然現れて、緊急に出動要請が出たんです。
涼宮さんの命が狙われているって。今回は光線銃の携帯も許可が下りました」
そう言って朝比奈さんは腰につけていた光線銃を取って、俺達に見せてくれた。
ハルヒはそれを興味深げに見ると、朝比奈さんから奪い、俺に打つ真似をしてきた。
あぶないからやめなさい! 子供じゃないんだから!
ハルヒは銃を下げると、
「とにかく、あたしの命を狙ってる異世界人とやらがいるわけね。
そいつらは危険なの?」
長門はハルヒをじっと見つめると、
「とても危険。我々情報統合思念体でも勝てるかどうかは微妙。
でも、彼らにも弱点がある。この世界では、こちらの物理法則に従わなければならない。
これからあなたはわたしや朝比奈みくると一緒にいることを推奨する」
長門は俺の方を向くと、
「あなたも、わたしたちとともにいなければ危険」
俺もか。
「そう、文芸部の部室に泊まるのが一番安全。
あの空間はちょっとした異空間になっていて相手も攻め込みにくい」
「部室? そこで泊まるのか。ばれたらまずいんじゃないのか?」
「大丈夫、情報操作は得意」
確かにお得意だろうがな。
はあ、一般人だったはずの俺がいつのまにか暗殺者に狙われるまでになったか。
「部室でお泊りか、なんか楽しくなってきちゃった!
もっといろんなもの持ち込まないと!」
ハルヒは乗り気だがな。
「わたしもいっぱい準備しなくっちゃ!」
朝比奈さんもだいぶ乗り気のようで。
そして俺は気付く。なんであの部室はあんなに生活できるまでにものが溢れていたのか、
実はこのためだったのかもしれない。なんてな、偶然だろ?
「これでSOS団も復活ね! 今日の夜から部室でお泊りよ!」
「はぁーい」
朝比奈さんの愛くるしい声が月夜に舞う時、長門は細い光を放つ街灯を見つめながら頷いた。
やれやれ、好きにしろよ。 もう。
「SOS団はやっぱりこうでなくっちゃ!」
仁王立ちするハルヒの叫び声が、肌寒い春の夜に響いた。
chapter.6 おわり。
ハルヒは気付いていた。
でも、それを言ったらSOS団はなくなってしまうかもしれない。
そしたら、ハルヒ自身が楽しいことは行えなくなってしまう。
ハルヒはそれにも気付いていた。
そもそも、ハルヒの鋭さからいったら気付かないほうがおかしいんだ。
長門は知っていたのだろうか。
朝比奈さんも知っていたのかもしれない。
古泉だって本当は分かっていたのかもしれない。
そう、俺だけが気付いていなかった。
のんべんだらりと日々を過ごし、SOS団にそれとなく参加する。
それの繰り返し。
俺は何をしていたんだ? いいんだよな俺は?
傍観者でいていいんだよな?
その夜、そんなことをベッドに入り考えた。
あまりに色々なことがありすぎて、落ち着くことができず、寝たのは明け方だった。
学校へと向かう上り坂。
最近の不眠の影響は俺の肩を上から押さえつけた。
俺の体調は最悪を超えて、すでに限界を迎えていた。
いつ倒れてもおかしくない、本当だったら一日中寝ていたいぐらいだ。
だが、家に寝ていることが一番の苦痛だってことは俺は分かっていた。
それは、俺の望む傍観者なのかもしれない。
でも、それでは一向にこの問題は解決せず、俺の目の前をちらつくんだ。
俺にはこんだけの経験を踏んで分かったことがある。
今回の事件は俺が解決することはおそらく不可能だ。
そんな俺が唯一できること。
それは、あの部室でみんなが帰ってくることを待つことだ。
そして、思いを馳せればいい。
みんなの苦しみを少しでも感じていたいんだ。
その思いの通り、俺は放課後部室へ向かった。
夕方の部室に哀愁を感じながら、パイプ椅子を取り出して、どっと座り込んだ。
後ろに飾ってある朝比奈さんの衣装達。
デフォルトのメイドさんに、映画祭の時のウェイトレス衣装や呼び込み用のカエルスーツ、
野球に出たときのナース服。
どれもすでに必要の無いものとなっていた。
その気持ちはあの時の公園に似ていた。
長門の指定席は空席のままで、目の前にはハンサムスマイル野郎もいない。
団長様も椅子にふんぞり返ってはいなかった。
でも、俺は待たないといけないんだ。
そのまま、俺は一時間ぐらいSOS団の思い出をめくっていた。
少しうつらうつらきていた頃、部室のドアが音を立てて開けられた。
ビクッと身体を震わせ、ドアの方を見た。
「ハルヒ……」
そこにはハルヒが真剣な顔をして立っていた。
春だというのに顔は汗ばんでいて、髪が顔に張り付いていた。
「キョン! 古泉君が……」
そこまで言うと、ハルヒはその場に崩れた。
古泉、お前は大丈夫だよな? どうしたんだよ?
「ハルヒ!」
俺はハルヒに急いで近寄り、ハルヒの肩をつかんだ。
「どうしたんだ! 古泉がどうしたんだよ?」
「古泉君が、怪我で、分かんないけど大怪我で病院に運ばれたって」
予想が当たってしまった。
「死ぬわけじゃないんだろ? どこの病院だ!」
「前にキョンが入院してた病院よ」
ハルヒはやけに小声で話した。
「いくぞハルヒ! 古泉のとこに行ってやらないと!」
「行きたくない」
「え?」
「行きたくない」
「なに言ってんだ! 古泉を見舞いに行かなくていいのかよ!」
「じゃあ、手つないで?」
ハルヒはうつむいたまま、俺に顔を見せようとしない。
「分かった。俺の手ぐらい貸してやる、だから古泉のところにいこう。
俺達以外の最後のSOS団団員なんだ。見守るのは団長の役目だったんじゃなかったのか?」
「うん」
「ほら、手を貸せよ」
そう言って、俺はハルヒの手を力強く引っ張った。
ハルヒの手はとても冷たかった。
「ちょっと、痛い! 強く引っ張りすぎよ!」
ハルヒは立ち上がると、俺に精一杯の笑顔を見せた。
「まったく、キョンのくせに生意気よ!
団長様が手をつないでやろうっていうのに、どういう考えなのかしら!」
と、ハルヒは笑顔から怒り顔にフェイスチェンジした。
「古泉君をお見舞いするわよ! 早く!」
そう言うとハルヒは突然走り出した。
そして、ハルヒは振り返って心からの笑顔で――そういう風に見えた――俺の手を引っ張った。
「待てよ、急に何なんだ! さっきのはなんだったんだよ」
「どうでもいいでしょそんなこと!」
そうして俺達は学校を出た。
俺とハルヒは手を繋いだまま古泉の待つ病院へと向かっている。
ひたすら無言で、春だっていうのに手が汗ばんでいた。
どこか気恥ずかしくて、手を離してしまいたがったが、
俺には手を繋いで欲しいと言ったハルヒの気持ちも少しだけ分かった。
ハルヒは怖いのだ。今、ハルヒははっきりではないが自分の能力に気付いている。
長門も朝比奈さんも消えてしまっていた(ハルヒにとっては転校と、嫌われた)。
それを自分のせいだと思っている。
そして、今回の古泉も自分が悪いんじゃないかと思っているのだろう。
不可抗力なのはハルヒも分かっているはずだ。
でも、それでも、責任を感じてしまっているのだろうか?
俺はそんなハルヒの冷たい手を温めているのが少しだけ誇らしかった。
俺は繋いでいる俺の左手を通して、ハルヒにかかる苦しさと寂しさが少しでも伝わって欲しかった。
「ねえ、キョン?」
ハルヒは俺を見つめてきた。
「なんだ?」
「古泉君は大丈夫よね? いなくなったりしないわよね?」
「不吉なことを考えんな、古泉なら大丈夫だ」
「そうよね」
そうだよ。それに、そんな暗い顔はお前には似合わねーんだよ。
どうすれば、元のハルヒに戻ってくれるんだ?
「ハルヒ、顔が暗いぞ、お前らしくもない」
「暗くなんかないわよ!」
ハルヒはムスッとした後、そのままうつむいたまま歩き続けた。
痛い。苦しい。
ハルヒは明らかに無理をしていて、それは鈍感な俺でも分かるほどだ。
「大丈夫だ」
俺が言うと、ハルヒは返事もせず黙って歩き続けた。
ハルヒは俺の手を強く握った。
病院に到着すると、俺は受付で看護婦さんに古泉のことを聞いた。
怪我は主に左足の大腿骨骨幹部(膝から上の太い骨)骨折で、
高所からの転落や高速度での自動車事故が原因で起こる重大な損傷らしい
(らしいというのも、看護婦さんも原因がわからないみたいだ)。
その他にも踵骨(かかとのことだ)にヒビが入り、靭帯も損傷しているみたいだ。
運良く血管や神経の損傷は免れたみたいで後遺症が残ることはないらしい。
骨の位置を直す緊急手術はすでに行われていて、
この後は歩行のためのリハビリテーションが始まるらしい。
まあ、つまり、命に別状はなかったわけだ。
「よかった、古泉君なら大丈夫だと思ってたわ!」
ハルヒはほっと胸を撫で下ろし、やっと笑みを見せた。
「さっきまで暗い顔してたのはどこのどいつだ。
言っただろう、古泉なら大丈夫だって」
「バカキョンに言われたくないわ!」
ハルヒは満面の笑みで俺の手を引っ張った。
「行きましょう! 古泉君が待ってるわ!」
「まったく、お前は調子がいいな」
よかったよ。ハルヒが笑顔になって。
「やれやれ」
俺とハルヒは急いで古泉の寝ている病室に向かった。
「ハルヒ、すまんがもう手は離してくれないか?」
そう俺達はここまでずっと繋いだままだった。
「分かってるわよ! キョンが寂しそうだったから繋いであげていたのに!
こっちの気持ちも考えて欲しいものね」
ハルヒは手を腰に当て病院だというのに怒鳴り散らした。
逆だろとは言わないでおこう。あとが怖そうだ。
看護婦さんから聞いた病室は俺がかつてお世話になったところだった。
無駄に広い病室でハルヒが一緒に寝泊りしてくれていたんだっけな。
ノックしてドアを開けた。
「古泉入るぞー」
俺はできるだけの笑顔で病室に入った。古泉の真似だ。
古泉はベットに横たわっていた。
いつもの如才のない笑みはなく、ただぼんやりと天井を見上げていた。
病室は簡素なもので、ベッドと小さなテーブルがあった。
階は最上階で、風の通りもよかった。
部屋の雰囲気は長門のそれと似ていて、無機質に感じられた。
「おい、古泉! 人が来たのになにぼーっとしてんだ!」
古泉はこちらを見ると、
「あ、お二人とも無事でしたか。よかった」
と言って、困ったような笑みを見せた。
「なにが無事でしたかだ、お前のが無事じゃねえだろうが」
「そうでしたね。当分動けそうにはありません」
「古泉君、安心して、副団長の座は帰ってくるまで誰にも明け渡さないから」
これがハルヒなりの最高の気遣いなのかもな。
「それはありがたいことです」
古泉はハルヒに微笑みかけた。ハルヒはそれに応じた。
だが、古泉の笑顔はいつもと違い、引きつっているように見えた。
「高いところから落ちたんだってな。受付の看護婦さんから聞いたよ。
『子供とホモは高いところが好き』って言うのは本当だったんだな。
都市伝説かと思っていたんだが」
重い空気を変えようとできるだけ鉄板ネタから入ることにした。
「ホモは余計です。僕は同性愛者ではありませんよ。
純粋に女性のことが好きです」
「古泉の女性の趣味って気になるな」
と俺は気にもならないことを言った。
でも、沈黙のままでいるのは苦しすぎた。
「女性の趣味ですか。そうですねえ、涼宮さんみたいな人ですかね」
「と、突然何を言い出すんだ! いるんだぞハルヒはここに!」
「みたいな人といっただけで涼宮さんではありませんよ」
古泉は少し困ったような表情を浮かべた。
「そ、そうよ! 団員同士の恋愛は硬く禁じられているのよ!」
ハルヒは腕を組みながら、顔をあさっての方向に向けて言った。
というか、なんだその反応はハルヒに恥ずかしいなんて感情あったのか?
そんなことを思っていると、古泉が俺を真っすぐ見据えていることに気付いた。
「ん、どうした?」
「いえ、なんでもありません。それはそうと、涼宮さん。
一階に行ってジュースを買ってきてくれませんか?
団長に頼むのも悪いのですが、お願いします」
「えー、なんで? キョンに行かせればいいじゃん。
雑用係はキョンって決まってるのよ?」
古泉は俺と二人で話したがってる。
おそらくハルヒには話せないことなんだろう。
古泉がハルヒにお願いすることなんてありえないし、
それに古泉はさっきから俺をずっと見つめ続けていた。
「お願いします」
古泉は強く言った。ハルヒに対する初めての意見だ。
「しょ、しょうがないわね! 今回だけよ!
古泉君が怪我してるからだからね!」
「すまん、ポカリ頼む」
「ちょっと! なんであんたの分まで買ってこなきゃならないのよ!」
「お前らの分は俺がおごってやるから、それで勘弁してくれ」
「すみません、僕もポカリスウェットでお願いします」
「もう!」
俺はポケットに入っている財布から千円札を抜き出し、ハルヒに渡した。
ハルヒは俺から引きちぎるように奪って、肩を怒らせながら病室を出て行った。
「行ってくるわよ!」
「やれやれ、ジュース買いに行かせるのにどれだけかかるんだよ」
「まったくです」
古泉はデフォルトの笑顔を見せた。
「時間がありません、始めましょうか。
涼宮さんが帰ってくるまでに話し終わらなければ」
「やっぱりか。なにか話したそうだったもんな」
「やはり分かりましたか。
でも、あなたが分かったということはおそらく涼宮さんも分かったことでしょう」
「そうだろうな」
そして、古泉は天井を見つめたまま話し始めた。
「まず、あなたには謝らなければなりませんね。
部室で突然殴りかかって申し訳ありませんでした。
あの時は僕も精神的に限界だったんです」
「いや、それはいい。俺も悪かったからな。
それはそうと、お前が精神的に限界とは珍しいな何かあったのか?」
「荒川さんが亡くなられました」
古泉はそう、事務的に伝えた。
「は? 荒川さんが? どうしてなんだ?」
「理由は僕と同じです。高所からの転落です。
……というのは半分は本当で、半分は嘘です」
「で、本当の理由はなんなんだ?」
「少し長くなりますが」
「かまわん。続けてくれ」
古泉は白い天井を見つめたまま息をふうっと吐き出すと、
ゆっくりと一語一句聞き取れるよう話した。
「閉鎖空間でのことです。
その日涼宮さんの機嫌は大変悪く、最大級の閉鎖空間が生まれました。
そうですね、大きさとしては関西全域といったところですか。
その日というのは、長門さんが消えた日のことです。
僕達『機関』のものはほとんど総出で『神人』狩りに行きました。
当初はいつも通り、アクシデントも無く無事に終わると、
おそらく全員が思っていたことでしょう。規模が大きいだけだと。
閉鎖空間内に入るとその楽観的な思考はいっぺんに吹き飛びました。
いつもの灰色の空間ではない、薄暗く、『神人』だけが光るものでした。
ただ、それだけなら予定通り『神人』を倒してしまえば終わりです。
でも、そうはいかなかったんです。
『神人』は僕らを排除するかのように、暴力性を増し、明らかに強くなっていました。
安易に飛び込んだ者は叩きつけられて、死にました。
僕の隣には荒川さんが浮かんでいました。
荒川さんの顔は見て取れるほど怒りに満ちたものでした。
そして、僕自身も怒りというか、憤怒というか、
そうですねやるせなさと無力感、突撃してはやられていく仲間たちを見続ける悔しさ。
僕達『機関』の者はいわば戦友のようなものです。
そういえば分かってもらえますか?」
古泉はここまで話すと、俺の方を見て微笑んだ。
俺は古泉の語るその話に圧倒されていた。そこには明らかな意思があったからだ。
「ああ、分かるよ」
古泉はまた天井を見つめ、続けた。頬には涙がつたっていた。
「僕は強くなった『神人』に対して恐怖を感じ、その場から動くことができませんでした。
しかし、荒川さんは仲間を助けるために飛び込んでいきました。
無常にも『神人』によって一撃で叩き落され、底の見えない暗闇へと落ちていきました。
僕はそれをただ見つめていました。もう、赤い球体の数は二、三ほどのものでした。
その直後、僕は激しい嘔吐感に襲われ、吐きました。
頭がふらふらして、そのまま意識を失いました。
そして目覚めると、この病院だったわけです」
「そうか」
「後で聞いた話によると、その時残った者は閉鎖空間内から脱出したそうです。
そして僕も助けられ、一命を取り留めたわけですね。
閉鎖空間は拡大する一方でした。
あなたと部室で会った後、僕は再び閉鎖空間に向かいました。
『神人』が弱体化していたら、という淡い期待を抱くことで自分を保ちました。
僕はあの時見た『神人』が頭の中でフラッシュバックして、僕の中に居続けました」
古泉はそこでまた息を一つふうっと吐き出した。
「それは怖かったですよ」
古泉は俺を見て笑顔を見せた。
「閉鎖空間に入ると、前回と同じ、薄暗く、どこか陰鬱とした空間が僕を包みました。
『神人』は暴走を続けていました。
ただ、あなたが見たときと違い、街があるわけではありません。
『神人』は破壊の対象がないため、街を破壊するのではなく、
空間自体を破壊しようとしていました。
あまりの既視感に僕はまた意識が朦朧としてきていました。
どうしようもありませんでした。
僕はまた意識を失っていき、深い、深い、底へと落ちていきました。
薄れゆく意識の中で、その空間に僕達とは違う存在が飛び回っていることに気付きました。
『神人』でもなく、『機関』のものでもない別の存在がね。
あれはなんだったんでしょう。
そして僕はそのまま、底の見えない暗闇と同化していきました」
「これで僕の二日間にあった出来事は終わりです」
「そうか」
「また気がついたら病院にいました。
僕は何もできませんでした。僕は無力なんです」
「古泉、お前は無力なんかじゃないぞ。
何もしないでただぼんやりとしていた俺なんかよりずっとな」
そうなんだ、古泉は守ろうとしていた。
俺は何をしていた?
長門からただ逃げて、朝比奈さんに抱きしめられても何も答えられず、
ハルヒが苦しんでいても何もしてやれない、最低の男だ。
「ありがとうございます。その一言で僕は救われます」
古泉は笑った。俺はどんな顔をしてる?
「このぐらいでいいなら何度でも言ってやるぞ」
「もういいですよ。あなたに褒められるのもこそばゆいですから」
と言って、古泉はまた笑った。
「時間が無いので、次にいきましょう。今までのは僕の話です。
これから話すことは涼宮さんのこと、そしてSOS団についてです」
「頼む、俺は知りたいんだ」
「分かりました。では今回の事件についておさらいしましょうか。
現在、涼宮さんの能力は収束に向かっています。
理由は分かりません。残った『機関』の者が調査しています。
閉鎖空間は今もって存在し、強靭な『神人』によって、
空間は指数関数的に拡大し続けています。
長門さんを始めとするTFEI端末は減少し続けています。
朝比奈さんら未来人も一斉に帰還しました。
これらから分かることは何でしょう?」
「何も分からん」
実際に分からない。なぜハルヒの能力が収束しているのかだって?
「実は昔からいろいろな疑問が生じているのですよ。
なぜ涼宮さんはあの能力を持ち、そして行使することができるのか。
そして能力の元となるエネルギーはどこから来ているのか。
前にも言いましたよね。この世界の物理法則は保たれたままだと。
物理法則で一番大事なものはなんでしょう?」
こんなの俺でも知ってる。
「質量保存の法則かな」
「そうです。この世界にあるものは保存されるという、
ごく単純な理論がすでに破綻してしまっているのです。
では、涼宮さんがどこからエネルギーを持ってきているのか。
昔から『機関』内では論争が続いていました。
ある人は涼宮ハルヒがすでに内在していたものだと言い、
またある人は涼宮ハルヒは現人神なのではないかと言いました。
そして僕はそのほとんどがくだらない、馬鹿げたものだと考えていました。
人は人である以上、神のことを考えることはできないからです。
ですが、ただ一人、そう荒川さんの意見だけが僕の心に引っかかりました。
涼宮ハルヒの能力の元はこの世界とは違う、
パラレルワールドから引き出されたものではないか?
『機関』内では無視されましたが、
僕はこの意見がとても気に入りました。
『機関』がほぼ壊滅し、そして能力が収束していっている今なら、
この荒川さんの意見が正しいものだったと僕は声を大にして言えるでしょう」
「俺にはまったく分からないが」
古泉は俺を無視して続けた。
「パラレルワールド。つまり、異世界のことです。
この世界とは時間も空間も違う存在。
これだと、全ての辻褄が合ったんですよ!」
古泉は少し興奮しながら言った。
俺は妙に『異世界』という言葉だけが気になった。
それ以外は全く理解できなかったが。
「どう辻褄が合うんだ?」
「まず、これを裏付ける証拠として、
長門さんが涼宮さんの能力が収束している理由が分かっていないのが挙げられます。
宇宙的存在であるはずのTFEI端末が分からないもの、
それはこの宇宙外の話なのではないでしょうか?
次に、朝比奈さんもそうです。
未来が分かるはずの朝比奈さんが帰らなくてはならなかったのでしょう?
帰った理由は簡単です。時間をワープすることができなりそうだったからです。
そもそも、タイムジャンプはこの時代の科学者ですら否定的な意見です。
ではなぜ、可能だったのか? 涼宮さんの能力の発現によって、
タイムジャンプが可能なほどの時間の揺らぎが生じたと考えるのが妥当でしょう。
そしてその能力が収束している、つまり時間の揺らぎは減少していったのでしょう。
そのため、緊急で帰還することを選んだのでしょう。
ここに矛盾があります。未来が分かるはずの未来人が帰ったのか。
それはこの後起きることがこの時間軸とはまた別の時間軸の出来事なのでしょう。
つまり、異世界での出来事なのではないかと」
「理屈は分からんが、
とにかくその異世界というのはハルヒが望んでいたことなのは確かだ」
「そうです。それが第三の証拠です。
未だ現れない異世界人。これも前からの疑問ですね。
でも、僕はおそらく異世界人であろう人に会いました」
「さっき言った、閉鎖空間で見たって人か」
「その通り。閉鎖空間に他人がいるのはおかしな話ですよね。
そう考えると、あれは異世界人だったとしか思えないのです」
「なんでいるんだろうな?」
「これも推測ですが、こちらの世界に来ようとしたのではないかと」
「ハルヒに会うためか?」
「わかりません。ただ、分かることが一つだけあります。
涼宮さんが能力を発するたびに、
この世界のエネルギーは増え、あちらの世界のエネルギーは減少します。
これは何を意味するでしょう?」
「なんだろうな」
「あちらの世界が不安定になる、これだけは明らかです。
今回の能力の収束はこれに由来するのではないか。
あちらの世界が不安定にならないように、涼宮ハルヒに対抗してきた。
こう考えてみてはどうでしょう。
そして、こちらの世界とあちらの世界を繋ぐもの。
それは、閉鎖空間なのではないかと。
今回の閉鎖空間は今でも拡大を続けている、史上最大のものです。
そのためあちらの世界と繋がり、異世界人がやってきたのではないかと、
そう僕は考えるわけです。以上です、長くなってすみません」
「いや、いいよ。全く分からなかったが、妙に説得力があった」
そう、俺は全く分からなかった。
だが、一生懸命に語る古泉はとても格好よく見えたし、
俺はただ相槌をうつだけだったが、なんとなく伝わった気がした。
「あ、あと一つこれは涼宮さんには言えませんが、
僕は彼女を非常に憎んでいます。
それも殺してやりたいぐらいにね。
でも、涼宮さんは悪くないんです。だから、苦しんです。
閉鎖空間は彼女の心そのものです。
そして、僕達を排除しようとしたのも、殺そうとしたのも彼女です。
僕達『機関』の戦友たちは涼宮ハルヒに殺されたんです」
古泉は俺をじっと見つめながら笑った。
俺はそれに恐怖を感じ、狂気を感じた。
静まる俺と古泉の病室に、外から女性の声が突然聞こえた。
「あの、中入っても大丈夫ですよ?」
ガランッ。
何かが落ちる音共に、人が駆けていく音が遠くなっていった。
もしかして。
「もしかして、ハルヒが聞いていたのか?」
「そうかもしれません。でも、これでいいのかもしれません」
「バカ野郎! 殺したいなんていわれて平気でいられるやつがいるか!」
「早く追いかけないんですか?
涼宮さんは僕ではなく、あなたを待っているはずですよ」
古泉は嫌な笑みを浮かべた。
「分かってるよ! くそっ! どいつもこいつもなんなんだ!」
病室のドアを開けると、角のへこんだポカリスウェットが3つ転がっていた。
みんなで飲むつもりだったんだろう。
俺はその一つを病室のテーブルに置き、
古泉に「早く直せよ。ありがとな」と言って病室を飛び出した。
病院で走るわけにもいかず、歩いてハルヒを探した。
一階まで降りると、ハルヒは自販機の横のベンチに座っていた。
顔を両手で覆っていた。
近づくと、肩を震わせ、声にならない声で泣いていた。
「聞いてたのか?」
「……うん」
ハルヒはひどく詰まった声で答えた。
「どうしよう、古泉君にも嫌われちゃった。もうSOS団は解散ね」
「そうかもな」
俺はハルヒの右側に座って、地面を見つめた。
「あたしね、あたしだけで生きていけるように、頑張っていたの。
でも、みんなと出会って、楽しくなってた。
今まで全部一人でやって生きてきたのに、みんなといるのが楽しくなってたの。
でも、でもね。あたしは大切なものができるのが怖いのよ。
大切なものはいつか別れる時来るの」
いつか別れる時が来る。
俺は自分の中で繰り返した。それは朝比奈さんが話したことでもあった。
「だから、あたしは友達なんて作らなかった。
それより一人で生きていったほうが楽だし、強くなれるもの。
その分努力もした。でも、あたしは寂しかったのかもしれない。
宇宙人とか未来人とか超能力者とか全部人ではないものを求めてた。
だって、その人たちとは別れが来ないかもしれないでしょ?
楽しいだろうなってのは本当。でも、それは表面上の理由。
あたしはまた手に入れて、また失った」
ハルヒ。言ってくれるのは嬉しいんだ。
でもな、ハルヒ。俺はまだお前を受け止める自信が無いんだ。
「あたし、古泉君に殺されるのかな?
あたし、いつのまにか殺人者になってたのね」
ハルヒは泣き続けていた。ハルヒの泣き顔はとても綺麗だった。
ハルヒ。ごめん、何も言えなくて。
ハルヒ。
「バカ。お前は殺されないし、殺人者でもねーよ」
「キョンが言ったって、意味が無いわ」
確かに気休め程度のクソみたいに陳腐な言葉を並べて、
ハルヒを慰めることができるか? できねえよ。
「分かった。何も言わない。
ただ、ポカリスウェットは飲んどけ。
時間が経って冷えるとまずくなるからな」
俺がへこんだ缶を手渡すと、ハルヒは力なく受け取り、膝の上で持った。
俺はもうひとつの缶を開け、一気に飲んだ。
そして左手でハルヒの右手を取り、ゆっくりと握った。
ハルヒの右手は震えていて、ひどく冷たかった。
二十分ぐらいたっただろうか、
突然ハルヒは立ち上がり、ポカリスウェットを一気に飲み干した。
「ぷはっー!」
お前はおっさんか、というツッコミをする暇もなく、
「帰るわよ! キョン! こんなとこいても無駄だわ!」
「おい、突然どうしたんだ?」
「帰るって言ったのよ、聞こえなかったの?
もう、家に帰りましょ。暗くなってきてるし」
「あ、ああ。じゃあ、帰るか」
戸惑う俺を横目にハルヒは缶用のゴミ箱に空き缶を投げ入れると、
俺の手を引っ張った。
病院を出ると、空には月だけが輝いていた。
俺達を照らすのは街灯の光と、行きかう車、建物から漏れる白い光だ。
隣にいるハルヒは泣いてすっきりしたのか、急に機嫌が良くなっていた。
SOS団でのハルヒと同じはずなのに、不自然なのはどうしてだろう?
もうすぐ駅に着く。その間俺達は手を離さなかった。
無言のまま歩き、つながっている手だけをしっかりと握った。
春の夜風が心地良い。肌寒いぐらいのそよ風が頬を撫でた。
もうすこしでさよならだ。
虫達も息を潜める、そんな静かな深い夜だった。
突然、後ろから大きい足音が聞こえるまでな。
それは一瞬のことだ。
突然に後ろで人が走る音が聞こえて俺が振り返ると、
そいつはやたらと大きなナイフを胸に構え、俺たちに突進してきていた。
「※※※!※※※※※※※※※?※※※※※※※!」
訳の分からない奇声を上げながらものすごい勢いで突っ込んできた。
「危ない! ハルヒ!」
「え? なに?」
俺はハルヒを引っ張り、倒れるようにしてそいつの一撃を避けた。
なんなんだ? 俺達はいつ暗殺者に狙われるようになったんだ?
避けられた謎の暗殺者はすぐに切り返し、俺たちを見つめた。
かなり大きい男?
「※※※※※?」
訳が分からない。何語を喋ってるんだ? 俺の英語の成績ぐらい調べといてくれ。
とりあえず立ち上がらなきゃ! このままだと逃げられん!
「※※※!」
またそいつは突っ込んできた。まずい! 逃げられん!
しかし、ハルヒがナイフを突き刺そうと突っ込んできた暗殺者の手をタイミングよく蹴り、
ナイフを吹き飛ばした。
そのあとハルヒは左足で暗殺者の膝辺りを蹴り、そいつは横に倒れた。
「まったく! その程度であたしを狙うなんてバカ丸出しだわ!」
ハルヒは立ち上がるとそう叫んだ。
だが、そいつもすぐに立ち上がり、背中からさらに大きなナイフ?
いや、もう剣といってもいいぐらいの長さの刃物を取り出し、
ハルヒに向かって一直線に刃物を突き立てた。
まずい、近すぎる。避けきれない!
ハルヒをかばおうにも間に合わず、目をつむってしまった。
目を開けると、ハルヒに突き刺そうとしたナイフを右手でつかみ、
手を血だらけにした、短髪の少女が立っていた。
「長門、だよなお前?」
そう、そこには消えたはずの長門が立っていた。
「有希なの?」
「そう」
暗殺者はガクガクと震えだし、ナイフの柄から手を離した。
「今は時間が無い。事情の説明は後」
「情報連結解除開始」
そういうと、あの日と同じようにナイフがサラサラと分解していった。
「※※※!※※※※※※!」
そいつはいきなりうめき声のようなものをあげると、長門を睨み付けた。
長門は高速で何か呪文のようなものを呟いた。
「――――パーソナルネーム―――を敵性と判定。
当該対象の有機情報連結を解除する」
「※※※※※※※※※※※※!」
「んっ!」
目の前で謎の言葉の言い合いが行われていた。
長門はその内容が分からなくて、暗殺者は何語かも分からなかった。
が、突然暗殺者は消え、俺は呆然とその様子を眺めていた。
「逃げられた」
長門は俺達のほうを振り返り、そう言った。
右手からはおびただしい量の血が流れ出ていた。
よく見ると、少し悔しそうにも見えた。
「有希!」
突然ハルヒは長門に抱きついた。
「有希! どうしたの? 転校したんじゃなかったの?
大丈夫なのその右手」
そういうとハルヒは頭のトレードマークを解いて、長門の右手首を縛った。
「これで、少しは血が止まると思うわ」
ハルヒはにっこりと笑って長門を見つめた。
「ああ、有希。ありがとう、あたしを助けてくれたのよね?」
「そう。右手の損傷もたいした事無い。今、直す」
長門はまた高速で呟くと、長門の右手は徐々に塞がっていった。
「すごい!すごい! どうやったらそんなことできるの?」
ハルヒは目を輝かせて長門を見つめている。
そんなハルヒと長門を見ている俺は無様に尻もちついたままなんだがな。
って、おい! ハルヒの前でそんなことやっちゃっていいのかよ!
「問題ない。あなたたちを守るために再構成された。
記憶も何もかも全てそのままで」
「有希!」
ハルヒはまた長門に抱きついた。
「よかった。有希が戻ってきてくれて。
でも有希は人間じゃないのね? もしかして宇宙人?」
「そう」
「当たりね。その右手首に付けてるやつはあげるわ!
あたし達を守ってくれたお礼よ!」
「分かった」
ハルヒに抱きつかれてる肩越しに、長門は俺を見つめた。
「なんだ?」
「そろそろ」
「なに―――」
「キョン君ー! 涼宮さーん! 無事でしたかぁー?」
遠くから愛らしい声が聞こえた。
やれやれ、そういうことか。この団専用のエンジェルがお出ましだ!
俺は立ち上がり、手を振ってその声に答えた。
ハルヒもその声に対して大声を上げ、手を振って答えた。
朝比奈さんは息を切らしながら俺達のところにたどり着くと、
「よかったぁー。殺されちゃうかと思いましたよおぉ」
と言って、可憐な涙を拭った。
「ばかねぇー。あんなんであたしが死ぬわけ無いでしょ?」
ハルヒはそういって、朝比奈さんを抱きしめ、頭を撫でた。
顔は困ったような、嬉しさを隠せない様子だ。
「でもでもぉ。本当に危なかったんですよぉ?
長門さんが遅かったらって思うと……」
「大丈夫よ。あたしはここにいるし、キョンもあそこでぼけーっと突っ立ってるでしょ?」
いや、普通に立ってるだけだがな。まだ動悸はおさまらないが。
「みくるちゃんは未来人なのよね?」
「そうです」
って、おい! 朝比奈さんまで認めてるんだよ!
古泉の話をどこまで聞いたか分からんが、ハルヒも信用しすぎだろ。
「てことは、古泉君は超能力者ね。キョンはただの一般人ぽいし」
まあ、俺もすぐに気付いたがな。
それより聞いておかなきゃならないことがあるな。
「ところで長門、さっき襲ってきた人は何者なんだ?
ここの国の人ではなさそうだったが」
俺は平然と立っている長門に尋ねた。
「この宇宙ではない宇宙から来たもの。
通俗的な用語を使用すると、異世界人にあたる。
この宇宙空間には存在しないため、我々情報統合思念体も把握できていなかった。
でも、今回対象はこの世界に突然に現れ、明らかな意思を持って行動した」
「明らか意思か」
「そう、彼の意思は『涼宮ハルヒを殺す』ことだけ」
ハルヒは朝比奈さんとじゃれあっていたのをやめ、長門の話に集中した。
「そうなんです」
朝比奈さんは唐突に割り込んだ。
「この時間軸上に存在しないはずのことだったんです。
でも、突然現れて、緊急に出動要請が出たんです。
涼宮さんの命が狙われているって。今回は光線銃の携帯も許可が下りました」
そう言って朝比奈さんは腰につけていた光線銃を取って、俺達に見せてくれた。
ハルヒはそれを興味深げに見ると、朝比奈さんから奪い、俺に打つ真似をしてきた。
あぶないからやめなさい! 子供じゃないんだから!
ハルヒは銃を下げると、
「とにかく、あたしの命を狙ってる異世界人とやらがいるわけね。
そいつらは危険なの?」
長門はハルヒをじっと見つめると、
「とても危険。我々情報統合思念体でも勝てるかどうかは微妙。
でも、彼らにも弱点がある。この世界では、こちらの物理法則に従わなければならない。
これからあなたはわたしや朝比奈みくると一緒にいることを推奨する」
長門は俺の方を向くと、
「あなたも、わたしたちとともにいなければ危険」
俺もか。
「そう、文芸部の部室に泊まるのが一番安全。
あの空間はちょっとした異空間になっていて相手も攻め込みにくい」
「部室? そこで泊まるのか。ばれたらまずいんじゃないのか?」
「大丈夫、情報操作は得意」
確かにお得意だろうがな。
はあ、一般人だったはずの俺がいつのまにか暗殺者に狙われるまでになったか。
「部室でお泊りか、なんか楽しくなってきちゃった!
もっといろんなもの持ち込まないと!」
ハルヒは乗り気だがな。
「わたしもいっぱい準備しなくっちゃ!」
朝比奈さんもだいぶ乗り気のようで。
そして俺は気付く。なんであの部室はあんなに生活できるまでにものが溢れていたのか、
実はこのためだったのかもしれない。なんてな、偶然だろ?
「これでSOS団も復活ね! 今日の夜から部室でお泊りよ!」
「はぁーい」
朝比奈さんの愛くるしい声が月夜に舞う時、長門は細い光を放つ街灯を見つめながら頷いた。
やれやれ、好きにしろよ。 もう。
「SOS団はやっぱりこうでなくっちゃ!」
仁王立ちするハルヒの叫び声が、肌寒い春の夜に響いた。
chapter.6 おわり。
コメントは節度を持った内容でお願いします、 荒らし行為や過度な暴言、NG避けを行った場合はBAN 悪質な場合はIPホストの開示、さらにプロバイダに通報する事もあります