180: 2016/05/21(土) 22:14:15.07 ID:efStNEBc0
【武部沙織の場合】

「みぽりん、最近さぁ。何か私に隠してない?」

「ふぐっ!?」

 向かい合った夕食のテーブル越しにじとーっとした目を向けると、ちょうどスプーンを口に運んだ体勢のままで凍りついたみぽりんが、喉を詰まらせかけたような音を立てた。

「あーもう、大丈夫!? ほら、お水」
 
「ん、んぐっ!ごくっごく……ぷはっ……はぁ。びっくりした」

 渡したコップの水を飲みほしてから、みぽりんは肩を落として大きな息をついた。

「食べてる途中に聞いたのは悪かったわよ。でもその様子だと……図星みたいね」

「ううんんっ、そんなそんなことないよ、沙織さんに隠し事なんて!」

 ぶんぶんと首を振ってから、そーっと目を横に逸らすみぽりん。相変わらずウソがヘタクソなんだから。

 でもとりあえず、それ以上の追求はやめにして食べるのに集中させることにする。食事は楽しく食べないと消化に悪いっていうもんね。それでもって消化が十分じゃないと睡眠の質も悪くなりがちだし。ただでさえみぽりんの帰宅時間の関係で、夕食の時間は遅くなりがちなんだから、その辺は気を使わないと。

「え、ええーっと、今日も美味しかったよ、沙織さんのお料理! ごちそうさまでしたっ」

 あわただしく食べ終えるみぽりん。うーむ、やっぱりとりつくろおうとしてるな。意図はバレバレなんだけど、ゲンキンなもので私も褒められて悪い気はしないんだよね。

「えへへー、ありがとね。やっぱりみぽりんにおいしそうに食べてもらえると作ったかいがあるな~♪」
 
 おもわずにっこりすると、みぽりんはどぎまぎしたように顔を赤くして俯いた。あれ、なんか今変なこと言ったかな、私?

 ちなみに今日のメニューは夏野菜のラタトゥイユに真鯛のカルパッチョとキノコにベビーリーフのサラダ、それにフランスパン。最近洋風っぽいメニューに偏ってる気がするけど、みぽりんパン好きだからね。まあいっか。

「はいはいありがと。お風呂沸かしてあるから先入っちゃって。お皿はやっとくから」

「いつもごめんね」

「食洗器に入れるだけだから。ほらほら行った」

 自分の家だっていうのに、いつになっても気を使うくせが抜けないんだよねみぽりんってば。私がこの部屋に転がり込んでから、もう半年になるっていうのに。
ガールズ&パンツァー 劇場版

181: 2016/05/21(土) 22:16:18.27 ID:efStNEBc0
◇◇◇

 私もお風呂に入って髪を乾かし、ばっちりいつも通りの美顔パックをキメてから寝室に入ると、みぽりんはベッドに腰掛けたまま、難しい顔で書類とにらめっこしていた。

「明日の編成表?」

「うん。……まだちょっと迷ってるとこがあって」

 眼を上げてこくりと頷く。さすがに最初のときみたいにパックした私の顔をみて悲鳴を上げたりはしない。

 っていうか全く失礼だよね! お肌の曲がり角に差し掛かった微妙な年齢なんだから、気を使うのは当たり前じゃん! ……同じ年齢のはずのみぽりんはそんなに気を使ってなさそうなのにつやつやすべすべを維持してるのは、正直納得いかないけど。

「明日も移動でしょ? 考えるのはまたにして、そろそろ寝た方がいいんじゃない?」

「うん、そうしよっかな」

 諦めたように首を振って、みぽりんは無骨なアタッシェケースに書類をしまった。

「よーし、んじゃ寝る前のマッサージしてあげる、うつ伏せになって?」

 私はバスローブを腕まくりする。わざわざスポーツマッサージの講座に通ってまで習得した私の“激モテ愛されマッサージ術”の技量はプロはだし。当然日々のストレスや足腰への負担を抱えてるみぽりんもいつも喜んでくれてる……と思ったら。

「い、いいよいいよ! ……その、今日は遠慮、します……」

「へ?」

 みぽりんは何故かまた顔を赤くして、さっさとベッドに潜り込んでしまった。

「ええー何で? この前やった時気持ち良くなかった?」

「そ、そんなことは……ないです……すごく気持ちよかったけど……」

 もごもごと布団の中から答えるみぽりん。なんか様子がおかしいな。

 とはいえそれ以上押し問答してもしょうがないので、電灯を消して私も布団へと入り込む。

「……」

 もともとクイーンサイズのベッドだから、私たち二人が並んで寝てもスペースの余裕はある。最初は同性同士とはいえ同じベッドで寝るのはちょっと恥ずかしかったけど、もうすっかり慣れてしまった。

 はずだったんだけど……

 みぽりんは私に背を向けたまま、ベッドの端の方で小さくなっている。まるで私からできるだけ距離を取ろうとしてるみたいに。

「ねぇみぽりん」

 そんな体勢で寝づらくない? というか落ちそうで怖いんだけど。って言いたかったんだけど、返事はない。

 うーん……寝てるっぽくみえるけど、声かけたときちょっとだけ肩が動いたな。相変わらずウソがつけないんだから。
 
「ふぅ……」

 でもそれ以上声をかけるのはやめて、私はため息をつくと目を閉じた。

182: 2016/05/21(土) 22:17:55.76 ID:efStNEBc0
◇◇◇

「要するに居候のおまえが邪魔なんだろう」

「ええーっ!? でもそんな風には見えなかったんだけどなぁ」

「西住さんは優しいから言い出せないだけだ。実態はヒモみたいなもんだろ」

 相談を持ちかけてはみたものの、電話越しの麻子の口調はあまりにも容赦がなかった。

「ひ、ヒモって人聞き悪いこと言わないでよ! ちゃんと家賃だって出してるもん」

「折半か?」

「さ、三分の一、ぐらい……」

 そ、それだってただのしがないOLの私には結構厳しいんだよ? 戦車道プロチームのプレイングコーチをやってるみぽりんとは収入の桁が違うし、分譲賃貸とはいえ海に面したマンションの高層階なんて本当にお高いんだから。でも麻子はどんどん追い打ちをかけてくる。

「光熱費は」

「みぽりんが払ってくれてる……」

「食費は」

「みぽりんのカードで払ってる……」

「というかおまえにカード預けてるのか。油断しすぎだな西住さんは」

「悪用なんかしないよぉ! 親友だよ?」

「その親友に寄りかかりすぎだと言ってるんだ。いい加減おまえも独り立ちしろ」

 うう……麻子ってばまるでお母さんみたいな言いぐさだよ……とはいえ正論だから言い返せないのがつらいところ。

「じゃあな。私は仕事中なんだ」

 そっけなく通話は切られてしまった。現役で医学部に進学して卒業した後、バリバリの勤務医として働いてる麻子はいつも忙しそうなんだよね。

 それにしても、麻子の言うとおりなのかなぁ。半年前に久しぶりにあんこうチームのみんなで女子会したとき、自分の住んでるアパートの壁が薄いとか大家さんがうるさいとか職場から遠いとか文句言ってたら、「それなら私の部屋に来ない? 沙織さん」って誘ってくれたのはみぽりんの方だったのにな……

 別にみぽりんの気に障るようなことをした覚えはないし、経済的に甘えちゃってるって自覚はあるから、いろいろ生活面でのサポートをできるように努力してたつもりなんだけど。何しろ私が来る前のみぽりんってば、毎晩コンビニのお弁当だったからね。あれは絶対体に悪いよ。

 そうだよそうだよ、だからまだ私が原因って決まったわけじゃないよね。たとえば戦車道のことで悩んでるって可能性だって十分あり得るわけじゃん?

183: 2016/05/21(土) 22:19:40.02 ID:efStNEBc0
◇◇◇

「そんな問題があるとは思えませんねぇ」

 というわけで、仕事終わりにゆかりんを呼び出して聞いてみたんだけど。ゆかりんの返事はあっさりしたものだった。

「チームも2位に6.0ゲーム差で開幕からの首位を維持してますし。搭乗車の撃破率、被撃破率含め個人成績もリーグトップでありますよ。むしろ今こそ絶好調といえるんじゃないでしょうか、西住殿は」

「そっかぁぁ……」

 月刊戦車道の新人記者として、趣味と仕事を両立させちゃってるゆかりんの評なら間違いないんだろうな。カフェのカウンターに肩肘を突きながら私は呻いた。

 もちろんみぽりんの調子がいいのはいいことなんだけどさ。ってことはやっぱり悩みはプライベートな問題ということになるわけで……麻子の言ってた“私がお荷物説”が現実的になってきたってことじゃん!

 うーん。華にも相談してみよっかな……

184: 2016/05/21(土) 22:20:54.05 ID:efStNEBc0
◇◇◇

【お慕いする方ができたのではないでしょうか】

 ええーっ!?

 思わず二度見しちゃったよ、華からのメール。あ、華は戦車と華道をコラボした超大胆な作品の数々が海外からも注目されてて、作品制作だけじゃなくて展覧会とかもたくさんあってかなり忙しいんで、今回は直接会えなかったんだよね。なんていうか、新進気鋭のアーティストって感じ。

 ってそれはともかく! お慕いするって、好きってことだよね。みぽりんに好きな人が!? 私、聞いてないんだけど!

【親しい間柄だからこそ、かえって打ち明けにくいということもあるのかもしれません】

 うーむ。まるで人の心を読んだような返答だなぁ。でも確かに好きな人ができても、部屋に私みたいな居候がいたら呼ぶこともできないよね。そりゃあ邪魔だよね……

【しのぶれど、色に出でにけり……と歌にもあります。恋をされている方は、おのずとそれが外に現れるもの。よくみほさんの様子を観察されてはいかがですか】

 恋愛のことなら私の専門分野なのに、華ってばもう。大体みぽりんのことは一番近くにいる私が一番よくわかってるんだから。そんなことあるわけな──

185: 2016/05/21(土) 22:22:40.61 ID:efStNEBc0
◇◇◇

 あるわけないことなかった! ビンゴだったよ華スゴイ!

 なんでわかったかって? それはもちろん直接聞いたからです。その夜相変わらず私から離れて縮こまって寝ようとしてるみぽりんに、さりげなーい感じで聞いてみたんだ。

「ねーみぽりん、みぽりんって今、好きな人とかいるの?」

「えっなんでっあっきゃああ!?」

 あ、後半の悲鳴はみぽりんが布団を巻き込みながら床に落っこちたときのやつね。そんな端っこで寝てたらいつかは落ちるだろうなと思ってたけど……とにかく助け出してから尋問を続ける。

「なるほどなるほど。いるんだね?」

「……」

 みぽりんは布団に丸まって隠れてしまった。まるで芋虫みたい。

「まーまー恥ずかしがらなくてもいーじゃん、この恋愛マエストロ沙織さんに話してみ?」

「……沙織さん、結局今まで付き合った人いなかったよね?」

「うぐ」

 ぽんぽんと芋虫の背中をあやすように叩きながら言うと、痛い反撃が返ってきてしまった。確かにアラサーと呼ばれる年齢にとっくに突入してしまったというのに、私は婚約どころかいまだに彼氏の1人すらいやいや。

「そんなことはどうでもいいの! じゃあ名前は言わなくていいからさー、どんな人なのかだけでも教えてよ」

 これぞ恋愛マエストロたる武部沙織の恋愛トーク術。ぶっちゃけみぽりんの交友範囲なんて限られてるしほぼ把握してるから、ある程度ヒントがあれば正解にたどり着けるんだもんね。

186: 2016/05/21(土) 22:28:13.26 ID:efStNEBc0
「ええと……とっても明るくって、優しくって」

 ふんふん、まあ基本だね。普通は暗くて冷たい人はあんまり対象にならないし。

「ずっと前からの大事な友達で……」

 ほうほう? すでに友達関係か。ゼロからスタートするよりはとっつきやすい反面、友達という先入観が出来てしまってる分かえって敷居が高くなっちゃうこともあるパターンなんだよね。難しいところだ。

「料理がすごく上手で、可愛くって……だけどちょっと自分のルックスに気を使い過ぎてるときもあるかな? ふふっ……」

 乙女系男子か! いまどき料理ができるなんてなかなか感心ではあるけど……心当たりないなぁ。でもともかく、ちゃんと言うべきことは言っておかないとね。

「みぽりん!」

「は、はいっ……?」

「あんまりナルシスな男はダメだよ! それに前からの付き合いで優しいからって、いざ付き合ったらDV男に豹変なんてよくあることなんだから。みぽりんは経験が足りないからそういうとこで騙されないように十分注意して……」

「もういいです」

 みぽりん芋虫はぶすっとした声で私のセリフを遮って、ごろりと背中を向けてしまった。

 あちゃーしまった。私がくどくどとお説教を始めたからうんざりしちゃったのかな?

「みぽりん?……ごめんね?」

 返事はない。

「余計なこと言っちゃったけど私、みぽりんが好きな人とうまくいくように応援するからね! なんでも頼ってよね! それに私が邪魔ならいつでも言ってね、そのときはちゃんと出てくからさ」

 やっぱり返事はない。それどころか、余計にずーんと部屋の空気が重くなった気がする。

 あーあ。何で水を差すようなことを言っちゃったかなぁ。

 私は真っ暗な天井を見上げる。みぽりんが恋をしてるんなら、友達として応援してあげたい。その気持ちは本物なのに……

 心の中をちくちくと突いてくる、トゲみたいなものがあった。そいつはみぽりんが誰かと付き合うところなんか見たくないって文句を言ってくるんだ。

 あーやだやだ。アラサー独身女子だからって焦ってるのかな、私。友達の恋に嫉妬するだなんて。

 私はぶるぶると首を振ってから目をつむったけど……なかなか眠りにつくことはできなかった。

 多分みぽりんも同じだったと思う。夜中に何回も寝返りを打っている音が聞こえたから。

187: 2016/05/21(土) 22:30:38.43 ID:efStNEBc0
◇◇◇

 翌日の午前中。突然その電話がなったのは会社にいるときだった。

「みぽりんが……交通事故に!?」

 運ばれたという病院の名前以外、何の情報もない。家族にはまだ電話がつながらず、みぽりんの携帯で一番履歴が多かった私にとりあえず電話したってことだったけど、細かいことはどうでもいい!

 上司に早退の理由をどう説明したのか覚えてないけど、気がついたらタクシーに飛び乗っていた。

 いったい何が起こったの!? どんな事故なの? みぽりんは無事なの?

 大ケガしたりしてないよね。それともまさか。
 
 最悪の事態を想像しそうになり、私はぎゅっと両膝の上で拳を握りしめる。

 いやだよ。いやだいやだいやだいやだいやだ! みぽりんがいなくなるだなんて、考えるだけでも嫌だ!

 胸の奥が搾り上げられるように苦しくなる。

 今朝のみぽりんはどんな様子だったっけ?昨日の夜の気まずい雰囲気を引きずってるのを気にしたのか、やけにそそくさと出て行ったもんだから、お弁当を渡すのがやっとで……ちゃんと目を合わせていってらっしゃいって言うことすらできなかった。

 どうしよう。麻子のご両親のことを思い出しちゃった。こういうことって……偶然の一致が続いたりするもんなの? だから、そんなの嫌なんだってば!

 お願い、早く着いて……! みぽりん、どうか無事でいて……!

 タクシーに揺られながら、私はただただそう祈ることしかできなかった。

188: 2016/05/21(土) 22:31:51.62 ID:efStNEBc0
◇◇◇

 ばたばたと病院の通用口を駆け抜ける私。てっきりみぽりんはベッドに寝かされてるものだと思ってたから、普通に待合室に座ってるみぽりんを見たときには、最初何が何だかわからなかった。

 あわただしい足音に顔をあげたみぽりんがこっちに気づく。

「あっ沙織さ」

「みぽりんっ!! 大丈夫なのっ!?」

 必氏でその両肩を掴む私。汗だくだし髪はばらんばらんだし、きっとものすごい形相をしてたと思う。みぽりんは困ったように笑って、

「あはは……平気平気。ちょっと足くじいただけで」

 良かった……

「よ、良かったよぉぉ~~っっ! うぇぇ……ふぇぇぇん……っ」

「さ、沙織さんっ!?」

腰が抜けるってこういうことを言うんだね。私はぺたんと待合室の床に座り込んで、周りの目も構わず子供のように泣きじゃくってしまったのだった。

189: 2016/05/21(土) 22:33:45.27 ID:efStNEBc0
◇◇◇

 数分後。

「あの……沙織さん? 周りの患者さんがみんな見て」

「いいから。……しばらくこうしてて。……ぐずっ」

 私は椅子に座ったみぽりんにぎゅーっと抱き付いてその胸に顔を埋めていた。

 あー、いつものみぽりんの匂いだ……少し消毒薬や包帯の匂いも混じってるけど、ちょっとだけ焼きたてのパンに似た心地いい香り。って、何だかおいしそうだな。

 こうしてると、ちゃんとみぽりんが無事でいてくれるんだってことが実感として湧き上がってくる。あとそれから、泣いたせいでお化粧がひどいことになってる顔を隠す効果もある。一石二鳥だ。

 結局みぽりんが交通事故に遭ったというのは誤報だった。実際には、

「ぼうっとしてて赤信号なのに車道に踏み出しそうになっちゃって……車は止まってくれたんだけど、びっくりした拍子に段差で足捻っちゃって」

 診断名、足関節の捻挫。確かによく見てみたら、足首に包帯が巻かれてた。

 車の運転手さんもさぞびっくりしたことだろう。親切にも病院に送ってもらったのはいいんだけど転んだ拍子に携帯を落としてしまい、よく事情をわかってない目撃者の人が私に連絡したってことだったみたい。ちなみに携帯は交番に届けてもらえたよ。

「ごめんね、沙織さん……まさか沙織さんに連絡がいってるなんて知らなくて」

「もういいよぉ……とにかくみぽりんさえ無事でいてくれれば……ぐすっ」

 さっきのタクシーの中での焦燥を思い出すと、それだけでまた涙が出て来てしまう。

 もう絶対に、こんな思いはしたくない。もう二度と。

 たとえみぽりんに好きな人がいて、私が邪魔だとしたって構うもんかだよ。そいつがどんなヤツか知らないけど、こんなドジっ子で頼りないみぽりんをちゃんと守ってくれるって保証がどこにあんの!?

 よし、もうこうなったら……

190: 2016/05/21(土) 22:36:10.01 ID:efStNEBc0
「みぽりんっ! 私、もう決めたからっ!」

 私はキッと顔をあげてみぽりんを見つめた。

「ふぇ!? な、何を?」

「もう何があったって絶対絶対、みぽりんから離れないからねっ、私! たとえみぽりんが嫌がったって聞かないから!」

 まあ本当に恋人ができて、そいつが私が認めてもいいぐらいちゃんとした人なら、その時はバトンタッチしてやってもいいけど。その時はその時だよ。

「さ、沙織さ……本当に……?」

 私のあまりの剣幕に驚いたのか、頬を押さえたみぽりんの目にはちょっとだけ涙が溜まっていた。それとも足が痛いのかな? 

 いけないいけない、みぽりんは怪我人なんだから、しっかり気遣ってあげないと。

「とりあえずこれからは電車とかタクシー通勤禁止ね。実家から車持ってくるから、送り迎えは全部私がするっ」

「えっあの、沙織さんペーパードライバーじゃ……後会社は」

「だいじょぶちゃんと乗せるまでに猛練習するからっ。戦車だってちゃんと操縦できるんだしね。それにあんな会社は辞めてやるし」

「えええ!?」

 どうせ雑用だけの一般職だもん。といっても本当にヒモになるのもアレだからね。以前から漠然とは考えてたんだけど、私の持ってる料理のレシピをネット上で公開して、料で多少の収入の助けになったりしないかな、なんて。まあうまく行くかどうかはやってみないとわかんないけどさ。

「みぽりんの食生活もトレーニングも休養も、これからはもっと、全部ばっちりサポートしてくから。戦車道も勉強しなおして、そっちの方も少しでも力になれるようにするから。だから……」

──私を、あなたのそばにいさせてください。できることなら、これからも。ずーっとずーっと。

 私は深々と頭を下げた。こんな気持ちで一生懸命に、すがるような気持ちでお願いするのは……もしかしたら生まれて初めてだったかもしれない。

191: 2016/05/21(土) 22:38:54.40 ID:efStNEBc0
「……」

「あ……えーと、やっぱダメかな……なんていうか、重すぎた?」

「沙織さんっ……!」

「うわ!?」

 がばっ! とすごい勢いで抱きつかれて、私はあやうく一緒に倒れるところだった。

「嬉しい……てっきり私、沙織さんの方に好きな人が、結婚したい人ができたのかと思って……だから私にあんな質問してきたのかと思って……」

「なーに言ってんの、そんなことあるわけないでしょ?」

 涙声のみぽりんの肩をぽんぽんと叩く。
 
 って、我ながら悲しくなってきちゃうセリフだな。

 それによく考えたらみぽりんをずーっと守ろうと思ったら、私も結婚できないってことじゃん。

 まあ、でもいいか。

 結婚して寿退社! っていう夢は、ホントに夢と消えたけど。今はそれ以上に、みぽりんのことの方が優先なんだもん。

 これが大人になるってことなのかな? なんちゃって。

「うん……うん……私も、頼りないけど……いろいろダメなとこもあるけど、ちゃんと沙織さんを支えていけるように頑張るから。だから……ふつつか者ですけど、これからも末永くよろしくお願いしますっ……!」

 やだもー、みぽりんってば大げさな言葉づかいしちゃって。まあでもこれでとりあえず、一安心だね!

 ──って思ってたんだよね……その時は本気でさ……

192: 2016/05/21(土) 22:43:09.79 ID:efStNEBc0
◇◇◇

『それで、またご相談というのは……?』

 多人数通話のモニタの中で、華が首を傾げる。

「うん、えっとね……何ていうか。言葉の選択を間違ったんじゃないかなーって気が最近してるんだよね……」

『よく分からん。はっきり言え』

 こちらも同じくモニタの中で仏頂面している麻子。

「えーと……最近みぽりんってば、沙織さんは結婚式やるなら洋風がいい和風がいい? とか、今度熊本の実家にも来てもらわないといけないよね、沙織さんのご両親にもご挨拶したいし予定を決めないと、とか、沙織さんは西住沙織と武部みほだったらどっちがしっくりくる? とか聞いてくるんだけど……」

『あの……それらが示している事実はもう、誰の目にも明らかなような気がするのでありますが……』

 眉を寄せているゆかりんは、どうやら仕事場から通信してるみたい。

「だ、だって! 女の子同士だよ!?」

『さすがに私たち、女の子と言い張るには無理がある年齢になってしまったのでは?』

 華の余計なツッコミは無視する。

『あのー、それでその西住殿は?』

「寝てる。私の膝の上で」

 私は栗色の髪を撫でながら答えた。

 そう、あの日以来みぽりんはなんていうか……やたらとパーソナルスペースが近くなったというか、平たく言うとベタベタしてくるようになったというか……

 「んもー暑い!」とか言って引きはがそうとすると子犬みたいな悲しげな目をしてくるから、できないんだよね。そういうわけで今日も膝枕してあげてたら疲れてたのか、今は安らかな寝息を立てている。だから動けないの。
 
『……』

 う……沈黙と、みんなのじとっとした視線が痛い……

193: 2016/05/21(土) 22:45:02.94 ID:efStNEBc0
『武部殿……もういい加減現実を受け入れたほうがいいのでは』

「うぐ……そりゃー、私だってみぽりんのことは大好きだけどさ」

 プロチームでやってくのはホントに大変なのに、一度も愚痴を言ったりするとこ見たことないし。いつでも優しいし、私が困ってないか気にかけてくれるし、大事なことはちゃんと相談してくれるようになったし……あれ? もうこれって、理想の結婚相手の基準、完全に満たしちゃってるのでは?

 そもそも私、なんで困ってたんだっけ?

『じゃあどうするんだ。西住さんと結婚するのか』

「そうだねー……ま、いっか。しちゃおうかな?」

「本当に!?」

「ひえっ!?」

 軽―い気持ちでなんとなく言った途端、てっきり寝てると思ってたみぽりんがいきなり膝の上から起き上がったので、私はびっくりして奇声を上げてしまった

「今確かに言ったよね!? 私と結婚してもいいって! うれしいですっ!」

「のわぁ!? ちょっ待って……!」

 私のか弱い抵抗は現役のアスリートのみぽりんには全く通用せず、そのままの勢いでソファに押し倒されてしまう。

「だ、ダメだってばみぽりん! 麻子たちに見られてるからっ!」

『それではまたであります~』

『お二人とも頑張ってくださいね』

『あまり無茶はするなよ西住さん』

 3人の通信が次々に切れる。

 こ、この息の合いっぷり……さては示し合わせて私をハメたわね!?

194: 2016/05/21(土) 22:47:31.97 ID:efStNEBc0
「えへへ……もう我慢しなくていいんだよね? 私ずぅーっと辛かったんだから♡」

 息を弾ませながら私に馬乗りになり、自分のパジャマのボタンを外していくみぽりん。

 わぁぁ! そ、その、いろいろ見えちゃいけないところが見えそうになってるよ!?

「あ、あ、あのねみぽりん、私ねまだ心の準備が」

「ふぅん。じゃあ心より先に身体の準備をしてあげればいいよね?」

 ダメだこの子! 全く聞いてくれる気がないよ!

「あれやこれやが終わったら、今度沙織さんの実家にいつご挨拶に行くか、予定決めようね♡」

 彼女が身を寄せかけながら囁いてくる甘い声の響きをなすすべもなく聞きながら、私はぼんやりと実家の自分の部屋に思いを馳せていた。

 あの無駄に山積みになってるゼクシィにも、ついに日の目を見るときが来たのかなって……


──って、やだもーっっ! ああいうのは常に情報更新されてるんだから、また新しいのを買わなくちゃだよ! ……っていう私の思考は、柔らかくとろけるような唇への感触に、あっさりと溶けていってしまうのだった。


【みぽりんとあれやこれや作戦です! 終わり】

196: 2016/05/21(土) 22:49:39.05 ID:msn8zEAbo
乙です

引用: 【ガルパンSS】みぽりんとあれやこれや作戦です!【安価超短編】