601: 2016/05/07(土) 21:40:44.09 ID:yaN6BWxHo


前回:響「ウラジオストクのヴェールヌイ」【第6話】



     信じるのだ。こんなちっぽけな人間でも、
     やろうとする意志さえあれば、何だって出来るということを。


                      ――マクシム・ゴーリキー(1868~1936)



 

602: 2016/05/07(土) 21:41:23.19 ID:yaN6BWxHo
―2015年 7月某日―
―ピョートル大帝湾・深海―


 ポーン…

           ポーン…


  『――観測地点、Я25に到達。現在、深度2350――』

  『前日データと比較し、対象117、119から124、126が消失。
   現在の放射線量、毎時――』

  『……ッ――!!』ゴボッ


 
艦隊これくしょん -艦これ- ヴェールヌイ卓上時計
603: 2016/05/07(土) 21:43:53.97 ID:yaN6BWxHo

      ・
      ・
      ・

―海上―


   ザバァン!

  『っぐ……はぁ……はぁ……!』

  『モロトヴェッツさんっ!』

  『敵襲か!? くそっ、例の島まで一時撤退を――』

  『構わないわ……気付かれただけ。耐圧服もレコーダーも無事よ……』

  『だが!』

  『……観測地点は、あと1つ。手早く終われば……すぐに帰れるわ……
   大丈夫よ……私なら……大丈夫……』
 
  『っ……!』ギュッ

  『カリーニン……ごめんなさい、肩を……』

  『……くそっ……!』

 
 

604: 2016/05/07(土) 21:44:28.14 ID:yaN6BWxHo




  『ああ……でも……』



  『――ヴェールヌイ……
   こんなとき……あなたがいてくれたら…………』



 

605: 2016/05/07(土) 21:45:16.42 ID:yaN6BWxHo




             эп.7


   Возвращение Феникса 

          ―不氏鳥、帰る―



 

606: 2016/05/07(土) 21:46:28.66 ID:yaN6BWxHo
―日本司令船 艦長室―


提督「――ええ、無事に寄港しました」

提督「暁改二、ヴェールヌイ、雷改、電改。
   4隻とも、身体・艤装ともに、何の異状もありません」

司令(電話)『そうか。無事な航海で何よりだ』

提督「あと少し遅れていたら、低気圧の中を突っ切っていたかも知れません」

提督「こちらに到着してから、少しずつ気候が崩れ始めましてね」

 

607: 2016/05/07(土) 21:46:58.34 ID:yaN6BWxHo
司令『午後には北へ通り過ぎるはずだ。演習に支障はなかろう』

提督「ええ。……ところで、指令通り、金庫も開けましたが……この封書は?」

司令『…………』

提督「司令?」

司令『……あちらの司令官に渡してくれ。
   向こうの許可が下りるまでは、絶対に中身を見るな』

提督「それほど熱いラブレターですか?」

司令『国家機密に関わるものだ。いいか、必ず未開封のまま渡せ』

提督「……了解。ああ、それと」

司令『何だ?』
 

608: 2016/05/07(土) 21:47:42.47 ID:yaN6BWxHo
提督「土産はこちらで選んでもよろしいでしょうか? 司令には伺っていなかったもので」

司令『…………』

提督「マトリョーシカなんてどうでしょう。
   ちっとベタな気もしますがね、きっとお孫さんにも喜ばれますよ」

司令『……少佐』

提督「は」

司令『――悪く、思わないでくれ』


 ブツッ ツーツーツー…


提督「…………?」

 

609: 2016/05/07(土) 21:48:24.35 ID:yaN6BWxHo
―ウラジオストク・埠頭―


 カツッ、カツッ…


響「…………」


   タラップを降りて、40年振りにウラジオストクの地を踏む。
   空は曇り、風はやはり冷たい。


雷「遅いわよ、しれーかん! 早く早く!」

提督「悪いな、電話入れる用があってさ」

暁「け、結構立派なビルディングね……あんまり基地っぽくないけど」

電「あ……本当だ、あんまり寒くないのです」


   懐かしい風が、薄手のコートをはためかせる。
   寄港の直前に船内で着た、姉妹おそろいの耐水コートだ。

   私のは白、暁は藍色。雷と電には、それぞれ濃いめと薄めの茶色。
   ロシアの冷夏には相応しい装いだ。
 

610: 2016/05/07(土) 21:49:27.10 ID:yaN6BWxHo
響「……見違えたね」


   金角湾に架かる巨大な橋。新旧の建物が綯い交ぜに並ぶ市街地。
   そして、ソビエト時代とは似ても似つかない、無機質な艦隊司令部。

   見覚えがあり、そして見知らぬ港。
   ――ほんの少しだけ、めまいを覚えた。


暁「! み、見て司令官! 軍艦があんなに……!」

提督「ああ、駆逐艦とかコルベットだな」

電「こるべっと?」

提督「対潜用の小型艦だよ。
   ……しかし、どの船もガタが来てるな。もう長いこと動いてないみたいだ」

雷「そうなの? あそこにあるのとか、ちょっと綺麗だけど」

暁「……ちっちゃい艦ね。艦橋にてるてる坊主がくっついてるわよ」

提督「レーダーだよ、レーダー」

 

611: 2016/05/07(土) 21:50:26.26 ID:yaN6BWxHo


 ザッザッザッザッザ…


響「っ……!?」クルッ


   姉妹全員と提督が、揃って埠頭に降り立った、その時。
   基地の方角から、何重もの足音が聞こえてきた。


中隊「――――」ザッ!


   能面のような顔をした、年端もいかない少女たちの集団だった。
   黒地に灰色や緑が入ったボディースーツ。耳や首には機械を取り付けている。
   
   そして全員が、まるで自動小銃の形状に無理矢理落としこんだような、
   小ぶりな単装機関砲を携えていた。

 

612: 2016/05/07(土) 21:51:03.44 ID:yaN6BWxHo
電「えっ……え……!?」オロオロ

提督「慌てるな。出迎えだよ」

雷「……艤装、よね? あれ」

暁「じゃあ、あの子たち……」

響「――М型だよ。あの服の色……間違いない」

響「ソ連の潜水艦の艦娘だ……!」
 

613: 2016/05/07(土) 21:51:53.51 ID:yaN6BWxHo
中隊「――――!」ザザッ!


   隊が2列に分かれ、司令部から続く道の両側に並んだ。
   互いに向き合った潜水艦娘たちが、一糸乱れぬ動きで「捧げ銃」を披露する。

   そして、その中央を……
   1人の将校が、数人の男性随伴兵を連れて、ゆっくりと歩いてきた。


?「…………」


提督「…………」ピシッ!

第六駆逐隊「――!」ピシッ!


   力強く敬礼する司令官。
   上官の敬礼に気付いた私たちも、姿勢を正し、一瞬遅れて敬礼する。

 

614: 2016/05/07(土) 21:52:36.30 ID:yaN6BWxHo
?「…………」スッ


   流れるような動作で、将校が返礼した。
   黒い軍服の肩には、3つの星印が平行に並んでいる。

   見た目の年齢は60歳ほど。
   けれど、ぴんと伸びた背筋と厚い胸板に、壮年のような若々しさが宿っている。

   眉間や目尻には、クレバスのようなシワが刻まれていた。
   白い官帽の下からは、ぎょろりとした目が覗いている。
   口周りと顎は、もみあげから延びた灰色の髭に、すっぽりと覆われていた。


響(……手ごわそうだ)


   生粋の軍人の顔だった。吹雪だろうと氷海だろうと、
   あらゆる障害を、その身ひとつで割り進んできた人間の顔だ。



615: 2016/05/07(土) 21:53:17.02 ID:yaN6BWxHo
※
「」……日本語
『』……ロシア語
【】……英語
  


提督【――海上自衛隊、自衛艦隊第一艤装艦兵隊群、第六駆逐隊司令官。
    ■■特例少佐です】

提督【本日一○○○より、日ロ合同演習、
   『モスト・ナ・ヴォストーク』に参加いたします】

?【――ロシア太平洋艦隊司令長官、●●大将だ。貴国の協力に感謝する】

長官【……貴艦隊は、ヨコスカチンジュフの所属と聞いていたが】

提督【あくまでも通称ですよ。司令部が横須賀にあるもので……】

提督【もっとも、内部でさえ通称が主流ですがね】

長官【…………】
 

616: 2016/05/07(土) 21:54:00.54 ID:yaN6BWxHo


   長官――ロシア太平洋艦隊のトップが、私たちをじっとりと睨む。
   品定めをするかのような視線が、私の目と合い、そして止まった。


長官【“それ”が、「ヴェールヌイ」か】

提督【……ええ、“彼女”です】

響「…………」

長官『ロシア語は?』

響『……忘れてはいないよ』

長官『――そうか』

 

617: 2016/05/07(土) 21:54:49.65 ID:yaN6BWxHo
長官【長旅、御苦労だった。
   貴官らには部屋を用意してある。後ほど部下に案内させよう】

提督【――ご厚意、痛み入ります。しかし私は、部下たちの手前もありますので……】

長官【司令船の乗員にもだ。
   貴官を含めた28人、及び艦娘4隻分。その程度の空きは十分にある】

提督【……恐縮です】

長官【艦娘の部屋は、我が方の秘書艦に案内させる。…………】

響「……?」

 

618: 2016/05/07(土) 21:55:50.65 ID:yaN6BWxHo
長官『……二等兵曹、奴は?』

随伴兵『は、ハッ! それが先程、洗面室へ……』

長官『……何だと?』ピクッ

随伴兵『その、最後にもう一度、化粧を確認するのだと……』

長官『…………』

提督【――長官?】

長官『……弩阿呆が。
   すぐに連れ戻せ。いいか、首根を掴んででも――!』




  『――そう急かさなくたっていいでしょう、長官』

 

619: 2016/05/07(土) 21:57:04.97 ID:yaN6BWxHo
提督「!」

響「――っ!」


   聞き覚えのある、どこか艶っぽい低めの声。
   長官たちの背後から、ゆったりとした足音が響いてくる。


長官『……遅れるなと厳命したはずだ』

  『承知してます。ですが、どうにも目のクマが気になりましてね』

  『他国の公人をお迎えするんです。秘書艦が見苦しくては、いい笑い者でしょう?』

長官『…………』

  『それに……何せ、50年ぶりですからね』

  『旧友には、少しでも良い顔を見せたいじゃありませんか』

 

620: 2016/05/07(土) 21:57:48.14 ID:yaN6BWxHo
響「あ……あぁ……!」


   士官風の服装、斜に構えた物腰。
   後ろで緩くまとめ上げた、少し癖のある栗色の髪。

   声の主が、私を見て、ゆっくりと目を細める。
   そして、次に聴こえて来たのは……あの時と同じ、流暢な日本語だった。



  「ふふ……悪いね。せっかくの再会なのに」


  「気の利いた言い方……何も、思いつかないよ……」



ラーザリ「本当に――――おかえり、ヴェールヌイ」


響「……ラーザリ……ラーザリっ!!」

 

621: 2016/05/07(土) 21:59:21.09 ID:yaN6BWxHo


   思わず駆け寄って、ラーザリの胸に飛び込む。
   かつて、艦娘として第二の生を受け、姉妹たちと再会したときのように。

   ラーザリは少しだけ困ったように笑い、私の頭をポンポンと撫でた。
   手のひらの感触からは、かすかなぬくもりが伝わってくる。


響「よかった……やっぱり、艦娘になってたんだね……!」

ラーザリ「……あいにく、タチの悪いのに叩き起こされてね。
     あの世暮らしの計画がパーだよ」

響「でも、それでも……こうやって、また……!」

ラーザリ「しっかし、えらく大胆になったね。……いや、昔っからそんな感じか」

響「え? ……あ――」バッ

長官『…………』


   ラーザリの一言で、ここが公の場だったことを思い出す。
   慌てて抱きついた身体を離し、姿勢を正した。
   長官の冷ややかな視線が突き刺さる。
 

622: 2016/05/07(土) 21:59:49.14 ID:yaN6BWxHo
響「…………」チラッ


暁「……ぅ……」グスッ

雷「……うん、うん……」

電「ふふっ……」

提督「…………」ニマニマ


響「うぅ……」


   姉妹たちの生温かい眼差しに、顔が火照っていくのを感じた。
   帽子を目深に被り直し、気恥ずかしさをやり過ごす。

   ラーザリは提督の方へ向き直って、素早く敬礼した。
   昔よりも、多少は誠実な敬礼になっていた。

 

623: 2016/05/07(土) 22:00:27.47 ID:yaN6BWxHo
ラーザリ「太平洋艦隊秘書艦、巡洋艦「ラーザリ・カガノーヴィチ」です」

ラーザリ「長官より、艦娘の皆様のお世話役を仰せつかりました。
     短い期間ですが、どうかよしなに」

提督「こちらこそ、よろしく頼みます。
   ……あなたのことは、響から色々と伺いました」

ラーザリ「情けない話ばかりでしょう。お恥ずかしい限りです」
 
暁「ほ、ほんとに日本語ぺらぺらだわ……」ボソッ
 

624: 2016/05/07(土) 22:01:26.74 ID:yaN6BWxHo
ラーザリ「…………」チラッ

暁「っ……! あ、あの……」

雷「初めまして! みんなのお姉さん、雷よ!」

電「い、電と申します。お会いできて、その、光栄なのです!」

暁「ちょ、ちょっとぉ! 最初は私でしょ!?」

暁「――こほん。特Ⅲ型駆逐艦、1番艦の暁よ。
  ご丁寧なご歓迎、レディーとして感謝を表させていただくわ」

ラーザリ「……? 『表する』だけでいいんじゃない?」

暁「えっ……!?」

雷「……暁、こういうときまで無理しなくていいのよ?」

暁「む、無理って何よ! その目やめて!」
 

625: 2016/05/07(土) 22:02:05.80 ID:yaN6BWxHo
ラーザリ「……あーらら、まーた賑やかな……」

響「……ごめんね、何だか」

ラーザリ「可愛げがあっていいんじゃない? あんたと違ってさ」フフッ

響「む……」

ラーザリ「……そっか。この子らが……『あの』姉妹か」

提督「……?」
 

626: 2016/05/07(土) 22:02:32.23 ID:yaN6BWxHo
響「――そうだ、ラーザリ。他のみんなは?」

ラーザリ「え……?」

響「君が艦娘になってるんだ。他のみんなもそうじゃないのかい?」

響「トビリシにカリーニンに、モロトヴェッツたちも……
  みんな、元気でやってるかな?」

ラーザリ「…………」


   その一瞬。
   ラーザリの頬が、ほんの少しだけ強張った。


 

627: 2016/05/07(土) 22:02:58.75 ID:yaN6BWxHo
ラーザリ「……そうだね。あの頃の馴染みは……みんな、ここにいるよ」

響「! よかった……なら――」

ラーザリ「…………」
     
長官『……ラーザリ。立ち話も結構だが』

ラーザリ『――ッ! ……申し訳ありません』

響「……ラーザリ……?」

 

628: 2016/05/07(土) 22:03:36.39 ID:yaN6BWxHo
ラーザリ「……まあ、まずはさ。部屋でゆっくり休みなよ」

ラーザリ「あんたのために、一番いい部屋を用意したんだ」


   片頬を上げる、懐かしい薄ら笑い。
   けれどそれは、今まで見たどの笑みよりも……苦々しく、脆く感じられた。


長官『…………』



   しだいに強まっていく風が、肌にじっとりと付きまとう。
   まだ、雨は降り出していない。
   
  

639: 2016/05/14(土) 21:31:49.43 ID:uOAlhUSCo
―数十分後―

―基地内部 応接室―


提督「…………」

長官【――気になるか? それが】

提督【……八端十字架、正教会のシンボルですか】

長官【母の遺品だ。氏後に家を取り壊した際、床下から見つかったものだ】

長官【私の家系は代々、この街で司祭を務めてきた。
   ……祖父の代までな。父も後を継ごうとしたらしいが】

提督【しかし、失礼ですが……上下が逆では?】

長官【私は、そんなものには縋らん】

提督【…………】
 

640: 2016/05/14(土) 21:32:43.97 ID:uOAlhUSCo
長官【……葉巻は?】スッ

提督【いえ、結構です】

長官【殊勝なことだな】シュボッ

提督【……こちらの内装は、長官ご自身が?】

長官【殺風景かね?】

提督【とんでもありません。シックで品格のある、素晴らしいご趣味をお持ちですよ】

長官【飾り立てるのは気に食わん。部屋にしても、言葉にしてもな】

長官【――ロシア語ならば、多少の世辞でも聞いてやったが】

提督『…………』

提督【……不勉強、恥じ入るばかりです】

長官【……フン……】
 

641: 2016/05/14(土) 21:33:42.25 ID:uOAlhUSCo
提督【……先程は、大変驚きました。
   あれほどの人数の潜水艦娘は、横須賀でも見たことがありません】

長官【……あの程度、最低限の資源でいくらでも量産できる】
   
長官【事実、半数以上の潜水艦に、2,3体のスペアが存在する。
   貴国での駆逐艦、巡洋艦と同様にな】

提督【……同名艦の複数保有。艦娘ならではの運用法です】

長官【だが、重要なのは数ではない。――種類だ。その点、貴国には遠く及ばん】

提督【ご謙遜を……】

長官【謙遜なものか。貴国の手口にはつくづく感銘を受けている】

長官【機動部隊に水上打撃部隊、水雷戦隊、そして潜水艦隊……】

長官【あらゆる用途の艦娘部隊を柔軟に編成し、世界中の沿岸国に派遣する】

長官【――生半な技術協力、安全保障と引き換えに、
   『条約』を結ばせ、資源提供を確約させた各国にな】

 

642: 2016/05/14(土) 21:34:37.47 ID:uOAlhUSCo
提督【……お言葉ですが、『横須賀条約』はそのような物ではありません】

提督【深海棲艦への、唯一の対抗手段たる艦娘……。
   その国際的運用、建造、保護のルールを明確に規定すること】

提督【そして、締約国間での国際協力によって深海棲艦に対処すること。
   それだけが目的の条約です】

長官【…………】

提督【海外派遣や資源のやり取りも、条約の範囲内で許可された、
   国際平和のための手段に過ぎない】

提督【――決して、それそのものが目的ではありません】

長官【理念はそうだろう。だが実態はどうだ】

長官【深海棲艦との開戦によって、海軍・海兵隊の6割を失った――】

長官【あの『世界の警察』に成り代わる気は無いと、本当に胸を張って言えるのか】

提督【…………】
 

643: 2016/05/14(土) 21:35:09.32 ID:uOAlhUSCo
長官【――無駄話が過ぎたな。本題に移るとしよう】

提督【……分かりました】スッ

提督【こちらの封書です。お受け取りください】

長官【…………】ピスーッ

長官【…………】パラッ

提督【……失礼ですが、批准書の類でしょうか】

長官【国家機密と聞いていないのか?】

提督【……申し訳ありません。ただの好奇心です、お忘れください】

長官【…………】
 

644: 2016/05/14(土) 21:35:43.05 ID:uOAlhUSCo
長官【心配せずとも、あのような条約……
   あの方には、批准どころか署名の意志さえ無い】

長官【――そんなものより、遥かに良い条件を得たのだからな】ニヤッ

提督【……と、おっしゃいますと……】

長官【……いいだろう。知らせたところで何も変わらん】

長官【日本語の正文なら読めるだろう】スッ

提督【…………?】





提督【……ッッ――――!!】

 

645: 2016/05/14(土) 21:37:04.45 ID:uOAlhUSCo
―基地内部 艦娘居住区―


響「――そうか。みんな任務に……」

ラーザリ「そうそう、ちょーっとばかし間が悪かったね」


   ラーザリの案内で、基地の廊下を進んでいく。
   その道すがら、昔の仲間たちが、今は出払っていることを知った。


ラーザリ「ま、どうせ夜には会えるし、演習には2人とも参加する」

ラーザリ「良かったじゃない、挨拶考える時間ができてさ」

響「2人?」
 

646: 2016/05/14(土) 21:37:34.37 ID:uOAlhUSCo
ラーザリ「……トビリシとカリーニンに決まってるでしょ。対潜演習なんだから」

響「相手役も要るだろう? モロトヴェッツは……」

ラーザリ「……あいつは、ほら……色々忙しいからさ」

ラーザリ「別件の任務やら何やらで、演習には参加できないんだ」

響「……え……」

ラーザリ「……何せ、うちで一番の働き者だしね」

ラーザリ「栄えある第一艦隊旗艦。相変わらずのリーダー格だよ」
 

647: 2016/05/14(土) 21:38:05.13 ID:uOAlhUSCo
電「あれ? 秘書艦だったら、ラーザリさんが旗艦じゃ……」

ラーザリ「ああ、そっちじゃみんな兼任してるんだっけ。
     うちの艦隊じゃ、秘書艦と第一艦隊旗艦は別々に置かれてるんだ」

雷「へぇーっ!」

暁「でもいいの? 艦娘のリーダーみたいなものでしょ? 秘書艦って」

雷「そうそう! 海でも陸でもみんなをまとめる、とっても重大な仕事なのよね!」

ラーザリ「……ま、『そうならない』ようにしてるんでしょうよ」

雷「……?」
 

648: 2016/05/14(土) 21:38:35.85 ID:uOAlhUSCo
電「…………」チラッ

響「?」

電「……扉、けっこう開けっぱなしですね」

響「そうだね。……そのあたりは緩めなのかな」

電「……さっきのお部屋、お酒のビンが何十本も……」

響「……案外、駆逐艦だったりしてね」

電「――あ! 那珂ちゃん!?」

響「えっ? ……ああ、本当だ、ポスター……」

電「CDもあんなに……すごいなぁ、ロシアにもファンの子がいるんだ」

響「教えてあげたら喜ぶよ………… ん?」
 

649: 2016/05/14(土) 21:39:18.71 ID:uOAlhUSCo
電「……響ちゃん?」

響「いや、ほら……あそこの部屋」


   ふと、片隅の一部屋に目が留まる。
   扉の形や色合いは、他の部屋と何一つ変わらない。


歩哨A「…………」

歩哨B「…………」


   ただ、一点だけ異なる点があった。
   2人の無表情な潜水艦娘が、警棒を携え、扉の両脇に立っていたことだ。


電「……?」

響「あれは……」

 

650: 2016/05/14(土) 21:40:21.64 ID:uOAlhUSCo
ラーザリ「――レディーってんなら、まずは教養だね、教養」

暁「お勉強ってこと?」

ラーザリ「知性ってのは大事だよ? クレオパトラもエカチェリーナ2世も、
     語学の天才だったから君主でいられたんだ」

暁「え、えかち……?」

響「――ねぇ、ラーザリ」

ラーザリ「ん?」

響「あそこの部屋は? ずいぶん厳重だけど」

ラーザリ「――! あ、ああ……」

ラーザリ「……ちょっと具合の悪い奴がいてね。あそこで休ませてやってるんだよ」
 

651: 2016/05/14(土) 21:40:54.05 ID:uOAlhUSCo
電「え……ドックじゃなくていいんですか?」

ラーザリ「……疲れが溜まってるだけだしね。でも、どうにも血の気の多い奴でさ……」

ラーザリ「ああして歩哨でも立ててないと、勝手に抜け出して出撃するんだ」

暁「へぇー……」

雷「どこにでもいるのねー、天ちゃんみたいな子」

ラーザリ「…………」

響「…………」

 

652: 2016/05/14(土) 21:42:18.66 ID:uOAlhUSCo

      ・
      ・
      ・

ラーザリ「……さて、お待ちどうさま」ガチャッ

暁「わぁっ……!」


   他の部屋のものとは一線を画す、上品な木製の扉。
   
   ラーザリに促され、足を踏み入れて見れば、
   扉の造りにたがわぬ豪華な空間が広がっていた。


ラーザリ「……マホガニー製の机と本棚、正真正銘のホンジュラス産だよ」

雷「へえぇ……」コンコン

ラーザリ「壁紙は無地のクリーム色。シンプルが一番と思ってね。
     近所の業者に頼んだけど、結構悪くない腕じゃない?」

暁「わぁー……わぁー! すっごい! 横浜のホテルみたい!」キャッキャッ

ラーザリ「カーテンは……少し地味だったかね」

ラーザリ「ま、気に入らないならいつでも言ってよ。
     秘書官の言うことなんだ、多少は融通が利くし……」
 

653: 2016/05/14(土) 21:43:00.94 ID:uOAlhUSCo
電「あ、窓開けてもいいですか?」

ラーザリ「ん、埃っぽかった?」

電「ううん、そこまででもないんですけど……」ガチャッ


 ヒュォォォォォォ…

     ギィッ… ギィッ…


ラーザリ「――ッ……!!」ビクッ

電「ひゃっ!」

雷「風、出てきたわね……」

暁「閉めたほうがいいんじゃない?」

電「は、はい……」バダン
 

654: 2016/05/14(土) 21:43:27.60 ID:uOAlhUSCo
ラーザリ「…………」

響「……ラーザリ?」

ラーザリ「……え? あ、ああ……」


   血の気の引いた顔で、
   自分の袖口を握りしめているラーザリ。
   

響「…………」


   どうやら、彼女の傷は……
   まだ、完全に癒されてはいないらしい。

 

655: 2016/05/14(土) 21:44:16.13 ID:uOAlhUSCo
雷「……あれ? ラーザリさん、ベッドは?」

ラーザリ「え?」

雷「ベッドよ。この部屋、ひとつしかないじゃない」

暁「え? このおっきいので全員寝るんじゃないの?」

電「うーん……それだとちょっと狭いかも……」

響「……言われてみれば……」


   確かに、ベッドはひとつきりだった。
   
   大きさ自体は申し分ない。
   大人が両手両足を広げて寝転んでも、なおスペースが余るほどの広さだ。
   私たち4人が一緒に寝るのも、けっして不可能ではないだろう。

   けれど、その上に乗っている枕はひとつだけ。
   1人分の寝台として、用意されたことは明らかだった。
  
 

656: 2016/05/14(土) 21:45:16.45 ID:uOAlhUSCo
ラーザリ「ああ……言ってなかったっけ。
     アカツキたちはさ、ほら、向かいの部屋の……」

暁「ええーっ、向かい?」

ラーザリ「大丈夫大丈夫、ベッドはちゃんと人数分置いてるから」

雷「そ、そうじゃなくって……どうして響だけ別なのよ!」

ラーザリ「……ああ、そうか。寂しくなるからね。そりゃあそうだよ……」

雷「……え?」

ラーザリ「分かったよ。向こうの部屋に、もう1個ベッド用意しとくからさ」

ラーザリ「ヴェールヌイ。せっかくだし、演習中はそっちの部屋で……」

響「ちょ、ちょっと待って……さっきから、どういう……」

ラーザリ「どういうって……何も聞いてないの?」
 

657: 2016/05/14(土) 21:45:49.13 ID:uOAlhUSCo





ラーザリ「――ヴェールヌイ、うちに戻ってきてくれるんでしょ?
      この演習が終わったら……」



響「――――え……――?」




  

658: 2016/05/14(土) 21:46:23.53 ID:uOAlhUSCo
―応接室―


提督「……ッ……」ワナワナ

長官【…………】

提督「……≪本演習の終了をもって……≫」

提督「≪日本国海上自衛隊、第一艤装艦兵隊群所属……≫」

提督「≪個体番号A-80440、駆逐艦「ヴェールヌイ」は……≫」

長官【…………】

提督「≪ロシア製の艤装艦兵と認可し、同国に返還するものとする≫――!?」

長官【…………】フーッ
 

659: 2016/05/14(土) 21:47:03.50 ID:uOAlhUSCo
提督「ふ……」

提督「ふざけるなッ! こんな……こんなことがっ……!」

長官「おや……よろしくない、口振りだな」

提督「ッ――!?」

長官【……そのまま続けて構わんぞ。日本語でも聞き取るぐらいはできる】

長官【話すのは少し、骨が折れるが】

提督【…………】

長官【――本当に、何も知らされていないらしいな】
 

660: 2016/05/14(土) 21:49:26.69 ID:uOAlhUSCo
提督【……こんな……こんな約定の、どこに理があると……!】

提督【横須賀条約の非締約国には――!
   艦娘および装備の譲渡、その一切が禁じられているはずだ!】

長官【よく読むといい……どこに『譲渡』などと書いてある?】

提督【――ッ!】

長官【勘違いするな。『返してもらう』のだよ】

長官【「響」などというフネはともかく……】

長官【「ヴェールヌイ」という駆逐艦は、
    1947年の7月以来、確かに我々の所有物だ】

提督【――はなはだしい詭弁です】

提督【艦娘の所有権は、オリジナルの建造を計画した国家、
   ならびにその継承国と規定されて――】

長官【貴様らの勝手な条約で決めたことだろう?
   我々まで従う義は無いはずだ】

提督【…………】ギリッ
 

661: 2016/05/14(土) 21:50:06.50 ID:uOAlhUSCo
長官【――そして、何より……】

長官【貴様がいくら屁理屈を捏ねても、この署名までは取り消せん】

提督【っ――】

長官【外務大臣に防衛大臣、そして……】

長官【……よもや、日本人でこの名を知らぬ者はおるまい?】

提督【…………】

長官【……哀れな話だ。一国の佐官が、ただの運び屋とはな】

長官【だが、それが貴様の任務だ。せいぜい腹を括るがいい】
 

662: 2016/05/14(土) 21:50:32.89 ID:uOAlhUSCo
提督【……何故だ】

長官【…………】

提督【どうして……そこまで響を】

長官【――防衛力の強化。それ以外にあるか?】

提督【…………】

長官【…………】

提督【……説明や確認の時間が欲しい】

提督【演習終了まで、時間を頂けますか。――書面通りに】

長官【……フン……】

 

663: 2016/05/14(土) 21:51:02.53 ID:uOAlhUSCo
―艦娘居住区―


暁「どういうこと!? 響がロシアに残るって!」

ラーザリ「いや、だから……」

雷「誰!? 誰がそんなこと言いだしたのよっ!」

ラーザリ「ちょ、ちょっと! ……本当に? 本当に何も……?」

電「司令官さん……! 司令官さんは、何て……!」

響「…………」


   ウラジオストクに、太平洋艦隊に戻る。
   他の誰でもない、この私が。

   ラーザリに突きつけられた言葉が、延々と頭の中を駆け巡っている。
 

664: 2016/05/14(土) 21:51:29.07 ID:uOAlhUSCo
ラーザリ「……ヴェールヌイ……その……」

響「……説明は……」

響「して、くれるんだよね……ラーザリ……?」

ラーザリ「……っ……」


   ラーザリに詰め寄る姉妹たち。
   高貴な部屋が、瞬く間に喧騒で満ちる。

   ――――その時だった。

 

665: 2016/05/14(土) 21:51:55.04 ID:uOAlhUSCo


 ビィィ――――ッ!!

                 ビィィ――――ッ!!!


響「っ!?」

暁「け、警報……!?」

ラーザリ「――まさか……!」

 

666: 2016/05/14(土) 21:52:22.27 ID:uOAlhUSCo
―応接室―


 ビィィ――――ッ!!

                 ビィィ――――ッ!!!


提督「……これは……!?」

潜水A『失礼します! 長官っ!』ガチャッ

長官『――!』

 

667: 2016/05/14(土) 21:53:16.00 ID:uOAlhUSCo
―司令室―


ラーザリ『長官! いったい……』バダン

響「――! 司令官……」

提督「! ひ、響……」

 『ザ、ザザ……ガガッ……ビィーッ……』

長官『こちら司令部! 状況を報告せよ! 繰り返す――』

 『……ちら……艦隊……リーニン……! 現在……型敵性艦と交戦……!』

ラーザリ「……!」

響「――っ!」


   スピーカーから、雑音だらけの声が響く。
   ひどくひび割れてはいるけれど……あの忘れようもない、よく通る声。


響「カリーニン……!?」

暁「え……!?」
 

668: 2016/05/14(土) 21:54:54.23 ID:uOAlhUSCo
 『……ちら……令部……司令部! 応答願う! こちら――』

長官『こちら司令部! 敵襲か!』

 『ッ! こちら第1艦隊、カリーニン! 
 現在、レイネケ島南東20キロの地点で、敵潜水艦隊と交戦中!』

提督「――!」

長官『何だと……!』

 『敵艦隊の襲撃により、旗艦のモロトヴェッツとは交信不能! 消息も不明です!』

 『敵は新型含む潜水艦3、重巡1、軽巡2! 加えて、敵の新型は、頭――』
 

669: 2016/05/14(土) 21:56:00.70 ID:uOAlhUSCo


   ――次の瞬間。
   スピーカーの向こうで、おぞましい爆発音と悲鳴が上がった。


 『いやああぁぁぁぁっ!』

暁「!」ビクッ

 『トビリシっ! 駄目だ、早く……がっ――!』

響『――!? トビリシ! カリーニンっ!』

電「……っ……!!」
 

670: 2016/05/14(土) 21:56:44.84 ID:uOAlhUSCo
 『ザッ……ザザザッ……ブツッ――』

長官『…………』


   呼び掛けも虚しく、交信は雑音を残して途絶えた。
   ラーザリも、司令官も、姉妹たちも……
   あまりの出来事に、呆然と押し黙っていた。


響「…………」


   ……けれど、
   いつまでも黙っているつもりはなかった。

   少なくとも、この私は。
 
 

671: 2016/05/14(土) 21:57:29.94 ID:uOAlhUSCo


響「――司令官……!」


提督「…………」コクッ



   黙っていれば、全てが通り過ぎる。
   ――そんな時代は、もう終わったんだ。

   もう、何もかもが、あの頃とは違う。




     【Продолжение следует............】

672: 2016/05/14(土) 22:01:00.55 ID:uOAlhUSCo
7話終了 8話はまあ何とか1週間以内に
今回から各話終了後にちょっとおまけ付けます

673: 2016/05/14(土) 22:18:09.73 ID:uOAlhUSCo
★用語プチ解説

【八端十字架】
ロシア正教会やスラブ系正教会で頻繁に使われる十字架の形状。
「十字架」と言えば、その名の通り「十」の形をしたラテン十字が最もポピュラーだが、
八端十字架は「十」の形にさらに2本横棒を足した形。
一番下の横棒は、上の2本と比べて右下がりになっており、
これはキリストの処刑時に置かれた「足台」を表しているという。


【横須賀条約】
深海棲艦、および艦娘出現より数年後、日本を中心とした先進国・沿岸国間で締約された条約。
ドイツ、イタリア、アメリカを始めとした友好国、そして深海棲艦による被害を受けた沿岸国に対して、
艦娘の建造、国際的運用、そして人道的待遇についてのルールを規定した。

締約国同士での技術・資源の相互提供、
対深海棲艦を目的とした場合のみの海外派遣の許可、
艦娘を「国有財産」かつ「人格的存在」として最大限保護すること、
そして国家間戦争における戦力としては決して艦娘を使用しないこと、などを確約させている。

正式名称は「艤装艦兵の建造・国際的運用および人道的待遇に関する条約」。
 

674: 2016/05/14(土) 22:20:35.10 ID:uOAlhUSCo
★ソ連艦ずかん(1)


「привет! 私、トビリシっていうの。嚮導駆逐艦のトビリシ!」


【嚮導駆逐艦「トビリシ」】 Тбилиси

ミンスク級駆逐艦 3番艦。
名前の由来は、グルジア(旧グルジア・ソビエト社会主義共和国)の首都・トビリシ。


【経歴】
1935年1月15日、ウラジオストクのダルザヴォド工廠にて起工。
1939年7月24日に進水し、太平洋艦隊所属となる。
1945年の満州侵攻に際しては、朝鮮の羅先へ海軍のライフル大隊を輸送した。

1950年から55年にかけて大規模な近代化改修を受けるが、
さすがに老朽化を止めることはできず、1958年に標的艦となり、非武装化された。
その後、1964年1月31日に除籍され、解体。およそ30年の生涯を終えた。


【余談】
駆逐艦隊を率いる嚮導艦として建造されただけあり、
基準排水量2150t(陽炎型より少し重い)、最大速力40.5kt(島風並み)と、
当時のソ連製駆逐艦としては結構なハイスペックだった。
しかし、結局戦闘を経験することはなく、高い性能を活かせないまま終戦を迎えた。
 

675: 2016/05/14(土) 22:22:34.07 ID:uOAlhUSCo
今回ここまで

引用: 【艦これ】響「ウラジオストクのヴェールヌイ」