682: 2016/05/29(日) 21:01:08.35 ID:PYnmDEU5o

結局2週間かかっちゃってスンマセンっした
8話前半投下します
前回:響「ウラジオストクのヴェールヌイ」【第7話】


683: 2016/05/29(日) 21:01:46.55 ID:PYnmDEU5o
―艦娘用居住区―
―封鎖個室前―

 ビィィ――――ッ!!

                 ビィィ――――ッ!!!


歩哨艦娘A『ちょ、ちょっと……どうしたって言うの!?』

歩哨艦娘B『あ、集まった方がいいのかな?』


 タッタッタッタ…


潜水B(マクレル)『っ……!』

歩哨艦娘A『あ、マクレル! 何なのよ、これ!』

潜水B『緊急出撃よ!』タッタッタ

歩哨艦娘B『見りゃ分かるわよ! そうじゃなくって――』
 
艦隊これくしょん -艦これ- ヴェールヌイ卓上時計
684: 2016/05/29(日) 21:02:24.63 ID:PYnmDEU5o
潜水B『うっさいわね! 
    警報が鳴ったら、特務大隊(スペツナズ)は問答無用で集合なの!』

歩哨艦娘B『出撃してたの、確かモーラさんたちよね!?』

歩哨艦娘A『もしかして、モーラさんに何か……』

潜水B『っ――!』チラッ


扉『――――』


潜水B『い……いいから、あんたたちは持ち場を離れないで!』

潜水B『あの子に何かあったら、タダじゃおかないわよ!』タタタッ

歩哨艦娘A『あ、ちょっと……!』
 

685: 2016/05/29(日) 21:02:50.79 ID:PYnmDEU5o
―封鎖個室 室内―


?『…………』

?『…………警報……?』

?『……どうしたの……かな……』


 『出撃してたの、確かモーラさんたちよね!?』
 
 『もしかして、モーラさんに何か……』


?『…………』

?『……え……』

?『…………お姉……ちゃん…………?』

 

686: 2016/05/29(日) 21:03:39.91 ID:PYnmDEU5o



 
               эп.8


      Разделение снова
   
             ―別離再び―



  

687: 2016/05/29(日) 21:04:16.25 ID:PYnmDEU5o
―司令室―


響「――司令官……!」

提督「…………」コクッ


   私の意図に気付いたのか、司令官は何も言わずに頷く。
   深刻な顔の姉妹たちも、私の周りへ寄り添うように集まる。


電「響ちゃん……」

響「!」

雷「……敵襲、なのよね?」

響「……第1艦隊だよ、モロトヴェッツの……」

暁「っ!!」

響「モロトヴェッツは行方不明で……
  カリーニンとトビリシも……無事かどうか……」
 

688: 2016/05/29(日) 21:04:56.59 ID:PYnmDEU5o
暁「そ、そんな……!」

電「助けに……早く助けに! 響ちゃん!」

響『……ラーザリっ!』

ラーザリ『ッ!』

響『救援部隊に随伴の許可を! 私たちも……』

長官『――駄目だ』

響『……!』


   私たちを見下ろしながら、長官が冷酷に言い放つ。
   まるで、脳天に氷のくさびを打ち込まれたようだった。


長官『第1艦隊の回収は、我々の特務大隊が行う』

長官『貴様らの出撃は、断じて許可できん』

ラーザリ『な――!』

響『どうして……!』
 

689: 2016/05/29(日) 21:05:31.03 ID:PYnmDEU5o
長官『どうしてだと? 少し考えれば分かるだろう』

長官『我が国の領海、および経済水域内で……
   他国による軍事行動を認めるわけにはいかん』

響『……!』

ラーザリ『で、ですけどね、長官! 敵は潜水艦隊でしょう……!』

ラーザリ『こちらにはもう、まともに戦える水上艦は……!』

長官『まともに戦り合う必要などない。目的はあくまで、第1艦隊の回収だ』

長官『たとえ虫の息でも、戻りさえすれば、「ルースキー」の艦載ドックで修復できる』

長官『その後、改めて水雷戦隊を編成し、敵艦隊を迎撃すればいい』

響『そんな悠長なことを……!』
 

690: 2016/05/29(日) 21:06:07.85 ID:PYnmDEU5o


 ピリリリッ! ピリリリッ!


長官『…………』カチッ


   無線のコール音が鳴り響く。
   長官は私を一瞥し、操作盤を弄って音声を繋ぐ。
 

 『司令部、こちら「ルースキー」! 第8特務大隊、集合完了! どうぞ』

長官『了解、作戦概要は追って伝える。その場にて全員待機せよ。どうぞ』

 『了解、交信終了!』ガチャッ

長官『…………』クルッ

長官『……貴様らの手を借りずとも、我々には優秀な部隊がある』

長官『これは我々の問題だ。我々だけで解決させてもらうぞ』

響『……っ……』
 

691: 2016/05/29(日) 21:06:42.20 ID:PYnmDEU5o
雷「……ら、ラーザリさん? 長官さんは何て……」

電「早くしないと、ロシアのみなさんが……!」

ラーザリ「え、あ……いや……」

長官『……ラーザリ』

ラーザリ「!」ビクッ

長官『何をしている。客人を丁重に部屋までお返ししろ』

長官『……それとも、貴様も海に出たいか? この時化の中で』

ラーザリ「…………」

暁「ねえ、響! まさか……!」

響『長官! 私は、私たちは、ただ……』

長官『黙れ! 貴様らには無関係だと――』




提督【――長官】
 

692: 2016/05/29(日) 21:07:35.57 ID:PYnmDEU5o


   長官との口論に、司令官が英語で割りこんでくる。
   長官は虚を突かれたのか、怪訝な顔で振り向いた。


長官『……?』

提督【……お話は良く分かりませんが、非常事態なのは承知しております】

提督【我々の助力が必要とあらば、いかなる援助も惜しみませんよ】

長官【……何度も繰り返すつもりはない】

長官【演習ならともかく、軍事行動だ。
   救援と言い張って、何かをしでかすような……『万が一』があっては困るのだよ】

提督【……そこまで信用のない隣人ですか?】
 

693: 2016/05/29(日) 21:08:01.75 ID:PYnmDEU5o
長官【信用ではない、規律の問題だ。
   この極東ロシアの海で、勝手な真似を許すわけにはいかん】

提督【…………】

提督【……あの海の名前は、「日本海」ですよ】

長官【……何?】

提督【危険に晒される恐れがあるのは、何も貴国だけではありません】

提督【『万が一』、敵艦隊を取り逃がしたとして……
   奴らが、東に向かわないとでも?】

長官【…………】
 

694: 2016/05/29(日) 21:08:35.19 ID:PYnmDEU5o

響(……司令官)


   英語にはあまり明るくない。
   けれど、司令官の表情と口ぶりから、何を言おうとしているかは分かった。

   私たちの、ただひとりの司令官として……
   何とかして、私たちを海に出そうとしてくれている。


雷「! し、司令官のゴネりが始まったわよ……」ヒソヒソ

電「じゃあ……だ、駄目だったってことですか……!?」ヒソヒソ

雷「だ、大丈夫よ! よくアレで元帥や大淀さんを説得してるじゃない」ヒソヒソ

電「――! そ、そうなのです……司令官さんの減らず口なら……!」ヒソヒソ

暁「……2人とも、毎回毎回すごい顔で聞いてるけどね」ヒソヒソ

ラーザリ「……あんたら、どーいう上下関係?」


   信頼できる司令官だった。
   特に、その口八丁と小賢しさに関しては。   
 

695: 2016/05/29(日) 21:09:47.15 ID:PYnmDEU5o
提督【……そちらの艦隊は、おそらく大多数が潜水艦でしょう?】

提督【敵の水上艦はともかく、潜水艦は決して仕留められない】

長官【――当然だ。潜水艦にさえ、今は『目』がある】

提督【ええ、おっしゃる通りです。
   はっきり見えている魚雷など、互いに当たるはずがない】

提督【何の戦いにもならないと、敵も味方も知っています。
   だからこそ、潜水艦同士は戦わない】

長官【…………】

提督【……経験則ですがね。そのような場合、敵潜水艦の多くは……】

提督【――反転するんですよ、無駄な戦いを嫌って。
   記録によれば、それこそ何百キロも……】

ラーザリ『……!』

提督【……次に向かうのは、どこだとお思いです?】

長官【…………】
 

696: 2016/05/29(日) 21:10:20.39 ID:PYnmDEU5o
提督【……日本海沿岸の鳥取からは、この港に至るフェリーも出ています】

提督【万が一、それが襲われでもすれば……
   どちらか一国だけの責任では、とうてい収まらない話ですよ】
    
提督【存在を知りながら、手を打てなかった私】

提督【……そしてもちろん、手を『打たせなかった』方の責任も……】

長官【…………】


   長官の顔が、ほんのかすかに、歪んでいるように見えた。
   私を含めた姉妹たちは、固唾を飲んで交渉の行く末を見守る。
   
   英語が分かるらしいラーザリの目には、わずかな光が宿っていた。
   小さな希望を見出したような、そんな目だった。

 

697: 2016/05/29(日) 21:10:46.16 ID:PYnmDEU5o
提督【何も、私に指揮を執らせろとは申しません。
   彼女らを、長官殿の指揮下に、一時的に加えて頂ければ十分です】

提督【奴らを、我が国に向かわせるわけにはいかない。
   我々の願いは、それだけですから】

長官【…………】

提督【それに……お互い、後ろに色々と控えてらっしゃるでしょう】

長官【――!】
 

698: 2016/05/29(日) 21:11:20.34 ID:PYnmDEU5o
――――
――


 【あの方には、批准どころか署名の意志さえ無い】

 
 【外務大臣に防衛大臣、そして……】

 【……よもや、日本人でこの名を知らぬ者はおるまい?】


――
――――


提督【最悪の事態になった場合、
   我々が被る泥は、決して1人分じゃありません】

提督【……クビだけで済むなら、まだマシな方かもしれませんなあ】

長官【…………】
 

699: 2016/05/29(日) 21:11:52.08 ID:PYnmDEU5o
提督【――重ねて、お願いいたします。長官】

提督【互いの友好と平和のため……我々の力を、どうぞお使いください】

長官【…………】



長官【……フン……】

長官【……つくづく、口の回る男だ……】

提督【…………】
 

700: 2016/05/29(日) 21:12:20.69 ID:PYnmDEU5o
長官『――ラーザリ』

ラーザリ『!』

長官『……別働隊を編成する。
   旗艦として、貴様がその4隻を指揮しろ』

響『――!!』

ラーザリ『ッ! な……!』

長官【……4隻の出撃は許可するが、作戦中の指揮は全てラーザリが執る】

長官【司令船の航行も同様だ。5分おきにラーザリへ現在位置を伝え、
   日本艦娘側との許可なき通信は禁じる】

長官【――これで満足かね、少佐】

提督【……痛み入ります】
 

701: 2016/05/29(日) 21:12:57.16 ID:PYnmDEU5o
ラーザリ『ちょ、長官ッ! それは……!』

長官『どうした、世話役を買って出たはずだろう』

ラーザリ『しかし! 私が旗艦なんて……練度だって……!』

長官『――奴らを海に出す以上、目付け役が必要となる』

長官『言葉の分かる貴様が旗艦なら、奴らも勝手は出来ないはずだ』

ラーザリ『……で、ですが……』

長官『……怖気づいたなら、大人しく奴らと待っているがいい』

長官『それならそれで、わざわざ日本艦どもを使わずに済むのだからな』

ラーザリ『……っ、ぐ……!』
 

702: 2016/05/29(日) 21:13:45.90 ID:PYnmDEU5o
長官『…………』ジロッ

響『!』

長官『……妙な真似をすれば、上官ともども安全は保証しない。
   それだけは肝に銘じておけ』

響『……心配ない。友達を助けに行くだけだよ』

暁「ひ、響……?」

響「…………!」コクッ


   出撃の許可が下りたことを、力強く頷いて伝える。
   姉妹たちの顔に、喜びと安堵が広がっていく。


電「――! よ、よかったぁ……!」

提督「あぁー、緊張した……」

暁「す、すごいわ司令官! 何言ったの!?
  妙にタイミングも良かったし……」

提督「……なあに、寿太郎作戦さ」ボソッ

暁「?」
 

703: 2016/05/29(日) 21:14:24.94 ID:PYnmDEU5o
雷「なら、ほらっ! 早く!」

響「うん……ラーザリ!」

ラーザリ「…………」

響「……ラーザリ?」

ラーザリ「! あ……ああ……」

長官『――ラーザリ』

ラーザリ『え……?』
 

704: 2016/05/29(日) 21:14:54.69 ID:PYnmDEU5o
長官『――――』ボソボソ

ラーザリ『――ッ!』

響「……?」


   長官が、ラーザリに何事かを耳打ちする。
   それを聞いたラーザリは、今にも飛び出しそうなほどに目を剥いた。   


ラーザリ『……そんな……』

長官『分かったな。早く行け』

ラーザリ『…………』


   明滅する非常灯が、ラーザリの横顔に深い陰を落としている。
   暁も、雷も、そして電も、それには気付いていなかった。

 

705: 2016/05/29(日) 21:15:26.07 ID:PYnmDEU5o
―数十分後―

―ウラジオストク、沖合5km―
―日本司令船 格納庫―



雷「単装砲、爆雷、ソナー……うん、大丈夫ね!」

電「司令官さん、電探は?」

提督「相手は主に潜水艦だし、おまけにこの波だ。
   シークラッターで使いものにならんだろうよ」


   艤装の格納スペースを前に、装備の最終確認を行う。
   出撃が近づいているからか、格納庫の中は騒がしい。

   司令船の後部に備え付けられた格納庫。
   ここで私たちは艤装を装着し、ハッチを開けて海へ出る。
   
 

706: 2016/05/29(日) 21:16:05.39 ID:PYnmDEU5o
ラーザリ「…………」

電「……ラーザリさん?」

ラーザリ「え?」

電「大丈夫ですか? その、顔色が……」

響「緊張するかい?」

ラーザリ「……ここんとこ、ペンしか握ってなかったからさ」

響「大丈夫だよ。そんなに立派な艤装があるんだ」

ラーザリ「見かけ倒しだよ」

提督「まさか。18cm三連装砲、軽巡洋艦にしては破格の装備でしょう」

電「18cm……!?」

雷「もがみんのよりおっきい……」

提督「……口径がな、口径」
 

707: 2016/05/29(日) 21:16:55.40 ID:PYnmDEU5o
ラーザリ「あの頃に積んでたとはいえ、私には過ぎた代物です」

響「……いいじゃないか、そう卑屈にならなくたって。
  心配はいらない。私たちがついてる」

ラーザリ「――あんたは不安じゃないの?」

響「……みんなのことだったら、勿論」

ラーザリ「……それだけじゃなくってさ……その……」

ラーザリ「さっき……私が、あんなこと言ったから……」

響「…………」

ラーザリ「……ごめん」

響「――その話は、みんなで帰ってからにしよう」

ラーザリ「…………」


   ラーザリは腕を組んで、じっとうつむいている。
   心なしか、指先が震えているようにも見えた。


電「…………」
 

708: 2016/05/29(日) 21:17:33.56 ID:PYnmDEU5o
暁「司令官! おにぎりも持ったわよ!」

ラーザリ「へ……オニギリ? あのオコメの?」

響「携帯糧食だよ。艤装の隙間に入れておけるから、結構重宝してるんだ」

響「本当はダメコンを積む場所なんだけどね」

ラーザリ「! ダメコン……」

提督「演習のつもりで来たからなぁ……そっちは1個しか持ってこれなかったよ」

提督「誰か使うか? お守り代わりにさ」

ラーザリ「――!」

響「大丈夫だよ。いざとなったら、海を這ってでも撤退する」

ラーザリ「え……」

提督「……頼もしいねえ」

ラーザリ「…………」
 

709: 2016/05/29(日) 21:18:14.22 ID:PYnmDEU5o
電「……あ、あの、司令官さん」

提督「ん?」

電「やっぱり、もしもに備えて、私……」

提督「お、そうか。じゃあ持っときな」スッ

電「は、はい!」

電「…………」スッ

ラーザリ「――!」


   司令官に見えないように、電がダメコンをこっそりとラーザリに渡す。
   小さく驚くラーザリ。電は静かに微笑んでいる。


響「…………」
 

710: 2016/05/29(日) 21:19:11.50 ID:PYnmDEU5o
乗組員A「提督! 目的の海域まで、およそ15kmです!」

提督「よし……船体停止! 投錨始め!」

乗組員A「了解! 船体停止、投錨始めます!」

提督「……無線連絡は、予定通り5分おきに。無線のテストは?」

ラーザリ「ええ、問題ありません」

提督「了解です。……それでは、ラーザリさん」

ラーザリ「…………」

提督「……あなたに指揮を執ってもらえてよかった。
   この海のことなら、あなた方が一番お詳しいでしょうから」

提督「どうか響に、あいつらに……あなた方を助けさせてやってください」

ラーザリ「……っ……」

提督「…………」




ラーザリ「……任務に従いますよ、私は」
 

711: 2016/05/29(日) 21:19:55.11 ID:PYnmDEU5o

      ・
      ・
      ・

   格納庫のハッチが、甲高い機械音を立てて開く。
   同時に、床に備え付けられた2列のレールが、ゆっくりと傾斜する。
   
   このレールは、艦娘の「滑走路」だ。
   レールの端に備わった留め具に、艦娘が1人ずつ足を入れる。
   
   合図が下れば留め具が外れ、
   斜めになったレールを滑り落ち、海へ飛び出すという仕組みだ。


響「……! 風が……」

ラーザリ「ッ……!」


   レールの頂点には、まず私とラーザリが並んだ。
   ハッチの外に広がる大海原では、風の音が荒々しく響いている。
   波も高くなりはじめたようだ。

 

712: 2016/05/29(日) 21:20:51.63 ID:PYnmDEU5o
提督「…………なあ、響」

響「うん?」

提督「…………」

提督「……帰ってきたら、少し話したいことがある」

響「――私の件だね」

提督「――! お前……!」

響「ラーザリから聞いたよ。
  ……てっきり、得意の冗談かと思ったのに」

ラーザリ「…………」

響「司令官は、最初から知ってたのかい?」

提督「……そんな顔に見えるか?」
 

713: 2016/05/29(日) 21:23:54.85 ID:PYnmDEU5o
響「…………」

響「……ううん。いつもの冴えない顔だよ」

提督「……ひっでえの」


   司令官が情けない笑みを浮かべる。
   けれど、目だけは鋭く光っていた。


提督「……その件は、俺が絶対に何とかする。
   お前たちは何も心配するな」

響「……信じていいんだね」

提督「ああ、ゴネりにゴネてやるさ。
   もう二度と、お前たちをバラバラにはさせない」

響「…………」


   司令官に向かって微笑むと、向こうも笑い返してくれた。
   今度は、目までも笑っていた。
 

714: 2016/05/29(日) 21:24:38.72 ID:PYnmDEU5o
提督「……さあ、全速力で助けてこい。
   第六駆逐隊、出撃ッ!」


 「「「「了解!」」」」


   司令官の掛け声で、足の留め具が解錠された。
   勢い良くレールを滑り降り、飛沫を上げて海に飛び出す。
   暁たちも、すぐに後に続くことだろう。


ラーザリ「……うらやましいね」

響「え?」

ラーザリ「いや、何でも」


   風雲、急を告げる。
   うねりを上げる空と海を見て、ふと、そんな言葉を思い出した。 

 

720: 2016/06/12(日) 22:07:10.59 ID:jQtTcox7O
―日本 横須賀鎮守府―
―執務室―


 ジリリリリン! ジリリリリン!

               ガチャッ!

司令「――私だ」

大淀『司令。その……お電話が入りました』

司令「どこからだ?」

大淀『……司令船1号、少佐からです』

大淀『それも……何か、ただならないご様子で……』

司令「…………」

大淀『司令?』


司令「……繋いでくれ」
 

721: 2016/06/12(日) 22:09:48.31 ID:jQtTcox7O
―ロシア ピョートル大帝湾―
―日本司令船 艦長室―


提督「……何と言いますかね、司令」

提督「私はそれなりに……貴方から信頼されてると思ってたんですがね」

司令(電話)『…………』

提督「くだんの密書には驚きましたよ。首相の署名まで入ってるんです。
   当然、向こうも大統領あたりが絡んでるんでしょう」
   
提督「酷い話じゃありませんか。こうも偉い人だけで決められちゃあ……」

司令『……許してくれ。命令を受けただけだ』

提督「ご存知なかったと? 次期幕僚長とまで噂される貴方が?」
 

722: 2016/06/12(日) 22:11:06.10 ID:jQtTcox7O
司令『……少佐、これは高度に政治的な問題なんだ』

司令『私や君の一存で、どうにかできるものではない』

提督「だからって、隠し通す道理がどこにあるんです!」

提督「俺はまだいい、でも、あいつにさえ……!」

司令『――それも命令だ。極秘が絶対の条件だった』

提督「……バレたら不味いからですか?」

司令『…………』
 

723: 2016/06/12(日) 22:12:05.56 ID:jQtTcox7O
提督「――『ロシア製の艦娘と認め、本国に返還』……お粗末な作り話です」

提督「そんな言い訳を並べたって、何かの取引がなされたのは明白だ」

司令『……想像するのは君の自由だ。
   しかし、そのように公言される以上、世間はそれを信じるしかなくなる』

提督「疑うのだって自由ですよ。信じることよりはるかに楽です」

提督「噂ってのは侮れません。きっと、国内外から大ブーイングでしょうね」

提督「条約を自ら破って、あのロシアに兵器を贈り……
   あまつさえ、その一切を秘密裏に進めていたと」

提督「アメリカなんざ、きっと怒り狂って抗議しますよ」

司令『……そうなったとしても、全ては噂だ』

司令『疑惑の裏付けなど、何一つ存在しない』

提督「ええ、そうでしょうとも。あの紙きれも、今や向こうの手の内だ」

司令『…………』
 

724: 2016/06/12(日) 22:13:05.51 ID:jQtTcox7O
提督「……司令。ご存知ないとは言わせませんよ」

提督「艦娘を他国へ引き渡すのは……その技術までくれてやるのと一緒です」

提督「不用意な流出が、どんな事態を招くか……
   だからこそ、ああいう条約が必要なんでしょう。……違いますか!」

司令『……分かっている』

提督「だったら、何故です? そんな危ない橋を渡ってまで……」

提督「――何と引き換えに、あいつを売ったんですか?」

司令『…………』










司令『――――領土だよ』

提督「……ッ!」
 

725: 2016/06/12(日) 22:15:05.34 ID:jQtTcox7O
司令『大統領からの、直々の言質だ』

司令『――平和条約の締結による、歯舞・色丹の返還後も……』

司令『択捉・国後の領土交渉に、建設的に応じ続けると……』

提督「……そ……そんな……」

提督「そんな中身のない約束のためにッ!
   あいつをむざむざ売り渡したんですか!?」
 

726: 2016/06/12(日) 22:15:43.13 ID:jQtTcox7O
司令『……中身はともかく、意味はある』

司令『二島返還に留まるという危惧を、たとえ曖昧にでも解消できる』

司令『交渉が続くという希望があれば、世論も少なからず納得する。
   ……上の思惑は、そういうことだろう』

提督「何が希望です! ただのごまかしじゃありませんか!」

司令『妥協が必要なんだ、少佐!
   対米の防衛線たるあの島々を、ロシアが素直に返すはずはない!』

司令『だからこそ、建前だけでも友好的でなければならん!
   互いに意地を捨てて、騙し騙しやっていくしかないのだ……!』
 

727: 2016/06/12(日) 22:16:16.22 ID:jQtTcox7O
提督「……だから響を、その生贄に?」

司令『直々の指名だよ、あちらからの』

提督「…………」

司令『……駆逐艦「響」は、全国どの鎮守府にも配属されている。
   再建造も非常に容易い艦だ』

司令『あの「響」に匹敵する練度の駆逐艦も、我が鎮守府には何隻も存在する』

司令『――彼女は決して、かけがえのない存在ではないのだよ』

提督「…………」ギリッ
 

728: 2016/06/12(日) 22:18:47.29 ID:jQtTcox7O
>>727 訂正


提督「……だから響を、その生贄に?」

司令『直々の指名だよ、あちらからの』

提督「…………」

司令『……駆逐艦「響」は、全国どの鎮守府にも配属されている。
   再建造も非常に容易い艦だ』

司令『くだんの「ヴェールヌイ」に匹敵する練度の駆逐艦も、
   我が鎮守府には何隻も存在する』

司令『――彼女は決して、かけがえのない存在ではないのだよ』

提督「…………」ギリッ

729: 2016/06/12(日) 22:19:57.26 ID:jQtTcox7O
司令『いくらでも代わりの利く駆逐艦を差し出し、外交上重要な合意を得る……』

司令『客観的に見れば、これ以上なく有利な取引なんだ』

司令『それを無事、遂行したとなれば……
   立役者の君にも、相応のポストが与えられるだろう』

提督「――それで、貴方も無事に幕僚長ですか」

司令『…………』

提督「……何も知らなきゃ、尻尾振って喜んだんですがね」

提督「それが……貴方の本音ですか、司令」

司令『…………』

司令『―― モスト・ナ・ヴォストーク。
   君なら分かるだろう、この演習名の意味が』

提督「……『東に架かる橋』……」

司令『……日本とロシアの、より良い明日のために。
   どうか、彼女を送り出してやってくれ』
 

730: 2016/06/12(日) 22:20:26.69 ID:jQtTcox7O
提督「…………」

提督「……決定事項なんですね?」

司令『ああ』

提督「絶対に、どんなスキャンダルが起こったとしても?」

司令『――!』

提督「……貴方がたの言い分は理解しました。それに、貴方の苦しい立場も」

提督「私とて、木っ端でも軍人です」

司令『…………』
 

731: 2016/06/12(日) 22:21:10.86 ID:jQtTcox7O
提督「ですが、こんなやり方は、個人として……」

提督「――あいつを育て上げた身として、断じて納得できない」

司令『……少佐、まさか……!』

提督「……いずれにせよ、引き渡しの期限は演習終了時です」

提督「不本意ですが、時が来れば……必ず彼女を引き渡しますよ」



提督「……それまで、何事も起こらなければね」

 

734: 2016/06/14(火) 19:08:18.07 ID:EUD84Yr5o
―ピョートル大帝湾 海上―


ラーザリ「うぁっ……と!」

響「落ち着いて。ひっくり返ったりしないから」

ラーザリ「つったって、こんな……!」


   足元のおぼつかないラーザリを先頭に、波風が激しい海を往く。
   真っ青になった顔に、槍のような雨が吹きつけている。


電「だ、大丈夫ですよっ。ただの航行なら、絶対に沈まないのです」   

ラーザリ「ぅ……ぐ……」
 

735: 2016/06/14(火) 19:09:12.33 ID:EUD84Yr5o
雷「……本当に初めてだったなんて」

響「うん……」

   
   私たち艦娘は、基本的に戦闘以外で沈むことはない。
   原理は全くもって不明だけれど、それが艤装の持っている力らしい。   

   海そのものに反発するかのように、何の苦もなく浮いていられる。
   荒波や渦潮に巻き込まれても、多少進むのが難しくなるだけ。
   決してそのまま沈んだりはせず、前に進めなくなることもない。

   ちょうど、自動車の入れない山道でも、
   ヒトの足なら少しずつ越えて行けるように。


響(――もちろん、艤装が無事ならの話だけどね)
 

736: 2016/06/14(火) 19:10:06.73 ID:EUD84Yr5o
暁「もう……! 何よこれ、前が見えないじゃない」


   雨が強まる。
   暁が帽子を押さえ、顔についた雨水を拭っている。

   右肩で光る探照灯が、
   降りしきる雨粒を青白く照らしていた。


雷「ラーザリさん、方位はこっちで合ってるの?」

ラーザリ「…………」ビクビク

雷「――ラーザリさん!」

ラーザリ「っ!」ビクッ

雷「進路、このままで大丈夫なの?」

ラーザリ「……あ、あぁ……そうだね……」

ラーザリ「……じゃあ、こっちに」
 

737: 2016/06/14(火) 19:11:12.75 ID:EUD84Yr5o
暁「ちょ、ちょっと……「じゃあ」って!?
  ちゃんと場所知ってるんじゃないの?」

ラーザリ「…………」

電「あの、司令官さんに伺ってみたら……」

雷「そうね。司令船の電探なら、私たちの位置も分かるし。
  ラーザリさん、司令官に無線していい?」

ラーザリ「……無線は、私だけってことになってるからさ」

雷「……そう」

ラーザリ「悪いね。長官の命令なんだ」

ラーザリ「……それに、こっちもさっきから試してるんだけど、
     さっきから妙に電波が悪くて……」

電「えぇっ!?」

響「…………」
 

738: 2016/06/14(火) 19:12:22.60 ID:EUD84Yr5o
―同時刻―
―日本司令船 戦闘指揮所―


提督「司令船1号より、ラーザリ・カガノーヴィチへ。現在位置に変更なし」

提督「繰り返す、こちら司令船1号。現在位置に変更なし。
   そちらの状況を報告されたし」

提督「…………」

提督「……どうしたんだ? 確かに通じてるのに……」

 

739: 2016/06/14(火) 19:13:06.24 ID:EUD84Yr5o
―ピョートル大帝湾 海上―


ラーザリ「……まあ、大丈夫だよ。大丈夫。
     知らないわけじゃないからさ」

響「レイネケ島の南東だろう?
  さっきまでルースキー島に沿って来て、あっちが南だから……」

響「そうだね、方位200でしばらく――」

ラーザリ「……いや、こっちだよ」
 

740: 2016/06/14(火) 19:13:35.50 ID:EUD84Yr5o

   ラーザリが、私の提案とは真逆の方向を指さす。
   ひどく冷たい雨風が、私たち全員に吹きつけられた。
 

響「……ラーザリ。みんなが危ないんだ」

ラーザリ「…………」

響「トビリシも、カリーニンも、モロトヴェッツも……」

響「一刻も早く行かなくちゃ、大変なことになるかもしれない」
  
響「冗談に付き合ってる時間は無いんだよ」

ラーザリ「……私は、冗談のつもりなんて無いけど」



響「だったら……さっきから何で、こんなでたらめに進んでるんだ」
 

741: 2016/06/14(火) 19:14:06.60 ID:EUD84Yr5o
ラーザリ「――っ!」

雷「え……!?」

暁「ど、どういうこと!? でたらめって!」

ラーザリ「え、あ――」

響「……本当みたいだね、その反応だと」

ラーザリ「――! か……カマかけたっての? あんた……!」

響「……信じたかったからだよ。でも……」

ラーザリ「…………」
 

742: 2016/06/14(火) 19:15:16.75 ID:EUD84Yr5o
響「……あの長官に言われたんだね? 救援に関わらせるなって」

ラーザリ「――!!」

電「! そんな……!」

響「……海に出すのは体面だけ。
  指揮権さえ君が握っていれば、いくらだってごまかしが利く」

響「――そういう算段だったんだろう?」

ラーザリ「……っ……!」

雷「ご、ごまかすって……何を?」

響「さあね。でも、君なら知ってるはずだ」

ラーザリ「…………」ギリッ
 

743: 2016/06/14(火) 19:15:42.73 ID:EUD84Yr5o
響「――ラーザリ。いったい何を隠してるんだい?」

響「私たちの知らないところで……色んなことが起こりすぎてる」

暁「…………」

雷「…………」

電「……え、えっと……」

ラーザリ「……ヴェールヌイ……」


   暁も雷も、そして電も。不安そうな目で、ラーザリを見ていた。
   当のラーザリは、その視線を受けて……ほんの少し、うろたえた様子だった。   

 

744: 2016/06/14(火) 19:16:47.61 ID:EUD84Yr5o
響「……私たちはもう、ただのフネとは違うんだ。
  この足で立ってる。この身体で戦ってる」

響「仲間の危機に何もできない……そんなのはもう、二度と御免なんだよ」

ラーザリ「…………」

響「君たちが何かを隠し通そうとして……
  そのせいで、カリーニンたちが二度と戻れなくなったら」

響「――私はきっと、誰も許せなくなる」

ラーザリ「…………」

響「……何を見たって、絶対に口外しない。
  だから……お願いだよ、ラーザリ」

響「一緒に、みんなを助けよう」
 

745: 2016/06/14(火) 19:17:24.23 ID:EUD84Yr5o
ラーザリ「……」

ラーザリ「…………」


   ラーザリが私から目を逸らす。
   雨に濡れそぼった頬が、小刻みに震えているのが見えた。


ラーザリ「……この波に、この天気なんだ」

ラーザリ「潜水艦連中に任せる方が、よっぽど安全で確実だよ」

響「…………」


   全身から、瞬く間に力が抜けていった。
   胸にぽっかりと穴が開き、雨風が吹き抜けていくようだった。


響「――――変わったね、ラーザリ」

ラーザリ「…………私は、昔っからこんな奴さ」
 

746: 2016/06/14(火) 19:17:56.36 ID:EUD84Yr5o
暁「っ……!!」ガシッ

ラーザリ「――!」

暁「どうして……どうしてなの!? お姉さんが危ないんでしょ!?」

ラーザリ「……上官の指令が最優先だよ」

暁「命より大事な指令なんてあるの!?」

ラーザリ「……何だってのよ、さっきから好き勝手に。
     こっちの事情も知らないで……!」

暁「か、勝手なのはそっちじゃない!」

暁「響を連れ戻すなんて、いきなり言い出したり!
  それに今度は、こんな騙すみたいに!」

ラーザリ「っ……!」

雷「ちょ、ちょっと!」
 

747: 2016/06/14(火) 19:18:24.96 ID:EUD84Yr5o
暁「響は……響はね! 
  ロシアのみんなのこと、本当に楽しそうに話してくれたのよ!」

暁「今でも大事な友達だって……ラーザリさんだってそうじゃないの!?」

雷「暁! こんなところで――!」

暁「わ……私だって……!
  せっかく、響の友達と仲良くなれるって……でも……!」

電「あ、あの、みんな……!」オロオロ






電「――!」ピクッ

 

748: 2016/06/14(火) 19:18:59.23 ID:EUD84Yr5o


   電が、何かに感づいた。
   涙声で訴え続ける暁の横で、何かを探すように海を見渡す。


響「……電?」

暁「レディーのお話も面白くって……いい人だと思ったのに! なのに――」

電「――暁ちゃんっ!」

暁「!」ビクッ

ラーザリ「……!?」ビクッ


   電の一言で、押し黙る一同。
   激しい風と波の音だけが、私たちの耳にこだましている。

 

749: 2016/06/14(火) 19:19:38.59 ID:EUD84Yr5o
電「…………」スッ


   水面に片膝をつけ、おもむろに目をつぶる電。
   そのまま右手の指先を海に入れ、左手で片耳を覆うように抑えた。
   
   ――間違いない。ソナーに感があったんだ。


電「――! 2時の方向に敵艦隊発見! 
  距離800、数は7……いえ、6!」

電「深海棲艦6隻と、未識別の艦1隻なのです!」

雷「未識別!? それって……」

響「ロシア艦だ……誰かが追われてる!」

ラーザリ「ッ!」
 

750: 2016/06/14(火) 19:20:33.97 ID:EUD84Yr5o
響「ラーザリ、救助の許可を!」

ラーザリ「……! た、戦うっての!?」

響「旗艦は君だ。君が指示を出すんだよ」

ラーザリ「っ……けど、長官は……!」

響「……なら、司令官に敵発見の連絡を。
  全艦、最大戦速! 方位240!」

「「「了解っ!」」」

ラーザリ「な、ちょっと――!」


   ラーザリが旗艦であることを忘れ、つい号令を発してしまう。
   いつもの癖だ。それに、ラーザリがあの有様では……。

 

751: 2016/06/14(火) 19:21:23.14 ID:EUD84Yr5o
ラーザリ「……こちら第二水雷戦隊、敵艦隊と遭遇!」

提督(無線)『ッ! 了解、敵艦隊の戦力と進路を――』

暁「……! 見えたわ! リ級1隻、ヘ級2隻を確認!」

雷「残りは全部潜水艦ってことね……!」

ラーザリ「せ、潜水艦3、重巡1、軽巡2! 
     また、友軍艦娘1隻が敵艦隊と交戦中!」

ラーザリ「ゆ……友軍を救助後、すみやかに撤退する! 交信終了!」

提督『な……ッ! 待っ――』
 

752: 2016/06/14(火) 19:21:52.35 ID:EUD84Yr5o

   黄色い煙をまとった軽巡ヘ級2隻が、
   手当たり次第に爆雷を投下していた。
   荒れ狂う海に、何本もの派手な水柱が上がっている。


響(爆雷……なら、狙われているのは……!)

リ級「――――!」

響「! 気づかれた……」

 
   リ級の顔がこちらを向いた、その直後。
   2本の白い雷跡が、波を割って直進してくるのが見えた。

 

753: 2016/06/14(火) 19:23:04.74 ID:EUD84Yr5o
響「正面より魚雷接近、おもーかーじっ!」

「「「おもーかーじっ!」」」

ラーザリ「ぐ……っ!」


   瞬時に回避行動をとり、魚雷をやり過ごす。

   軽巡ヘ級は相変わらず、こちらには目もくれずに爆雷をばら撒いている。
   彼女らの狙っている相手――潜水艦は、まだ沈んではいないのだ。


響「艦隊、複縦陣。まずは軽巡を叩くよ。砲雷撃戦、開始!」

「「「了解! 砲雷撃戦、開始!」」」ジャキッ

ラーザリ「ッ……りょ、了解……!」ジャキッ


   重心移動で水面を旋回し、軽巡チ級の背後に回り込む。
   単装砲を構え、狙いを定めた――その時だった。

 

754: 2016/06/14(火) 19:23:48.36 ID:EUD84Yr5o
雷「――っ!?」ビクッ

暁「雷!?」

雷「そ、ソナーに……! 何かが、何かが浮上してくるわ!」

響「何だって……!」


   目の前の海面で、巨大な水しぶきが上がった。   
   黒い塔のような「何か」が、水面を貫いて、垂直に飛び出してくる。

   そして、姿を現したのは――
 

755: 2016/06/14(火) 19:24:50.62 ID:EUD84Yr5o
?「――――」


響「……潜水、棲姫……!」


潜水棲姫「――――――」ニタァァァ


   真っ白い海藻のような髪。
   ガラス玉を無理やりはめ込んだような目。
   かつて、ステビア海で何度か交戦した、敵潜水艦唯一の姫級だ。

   けれど今、目の前にいる「それ」は……
   前に戦った同型艦と、ある部分が決定的に違っていた。


雷「嘘でしょ、こんなところにまで……!」

電「――! ひ、響ちゃん!」

暁「あの頭……!」
 

756: 2016/06/14(火) 19:25:31.54 ID:EUD84Yr5o
響「頭……?」


   クジラを丸ごと取り付けたような、潜水棲姫の艤装体。
   その頭頂部が、異様に前方へ張り出している。

   そして、伸びた頭部の先端からは……
   一目で人工物と分かる、巨大な円錐状の物体が飛び出していた。


ラーザリ「――――っ!!」


   どこか、見覚えのある形だった。
   直にではなく、もっと別の場所。確か、何かに乗っていた写真で…… 

   そう……あれは――――




響「……『ミサイル』……?」


757: 2016/06/14(火) 19:26:17.47 ID:EUD84Yr5o
ラーザリ「……あ……あ、あぁ……!」

雷「え?」

ラーザリ「だ、弾頭……!? R-11が……そんな……!」

ラーザリ「嘘……嘘でしょ……!?
     だったら……あんな計画、とっくの昔に……!」


   棲姫の異様を見たラーザリが、なぜか酷く狼狽している。
   口をがくがくと震わせて、延々と何かを呟いていた。

 

758: 2016/06/14(火) 19:26:55.88 ID:EUD84Yr5o
潜水棲姫「――フ……フフ……!」

潜水棲姫「テツ……クズニ!」 ドシュゥン!


   ――その隙を、敵が見逃すはずはなかった。
   艤装体の口から、ひときわ巨大な魚雷が射出される。

   ウミヘビのような雷跡を描きながら、   
   その魚雷は、瞬く間にラーザリの足先へ迫り――


響「ラーザリっ!」

ラーザリ「――!! あ……」

暁「っ!」グイッ
   

   暁がとっさにラーザリを引っ張る。
   着弾すれすれのところで、棲姫の魚雷は通り過ぎていく。

 

759: 2016/06/14(火) 19:27:22.23 ID:EUD84Yr5o
暁「……よ、よかっ……」

電「! 暁ちゃんっ、後ろ!」 

暁「え――――」


   けれど、次の瞬間。
   轟音を立て、2本の水柱が突き上がった。
   

暁「きゃぁぁっ!」

ラーザリ「あ……がっ……!」
 

760: 2016/06/14(火) 19:27:48.50 ID:EUD84Yr5o
ヨ級A「…………」

ヨ級B「……フ、フ……」

   
   2隻の伏兵が、暁たちの後方に浮上する。
   一瞬の油断を、水中でずっと狙っていたんだ。


電「暁ちゃん! ラーザリさんっ!」


   暁には、小さな傷があるだけ。
   身体を守る防護服――いつものセーラー服も無傷だ。

   けれど、ラーザリの方は……
   防護服が散り散りに破け、艤装からも黒い煙が出ていた。
   間違いなく、大破相当の損傷だった。

 

761: 2016/06/14(火) 19:28:33.25 ID:EUD84Yr5o
ラーザリ『――あ……あ、ぁ……』


   『冷たい……ああ、水が……!』


ラーザリ『いや……いやだ……』


   『……沈む……沈むの……!? いや、だれか……誰かぁ……!』


ラーザリ『……ヴェールヌイ……!』

ラーザリ『ヴェールヌイ! ヴェールヌイッ! ヴェールヌイィィッ!』

暁「だっ、駄目! 暴れないで!」


   嵐の海に、ラーザリの絶叫がこだまする。
   暁の制止もむなしく、完全にパニック状態に陥っていた。  

 

762: 2016/06/14(火) 19:29:14.22 ID:EUD84Yr5o
ラーザリ『――っ……!?』ヨロッ


   大破してしまった艦娘には、最低限の航行能力しか残されていない。
   水上での姿勢維持も、こうなれば極端に困難となる。

   まして、実戦に不慣れで、冷静さを欠いてしまってはなおさらだ。


ラーザリ『あっ……や、あ……あぁああぁぁっ……!』バシャン!

暁「ラーザリさん! ここよ! こっちに……ひゃぁっ!?」


   荒波に揉まれ、水上を転げ回っていくラーザリ。
   沈まない、けれども進めない。絶体絶命の状況だった。
   
   暁が追いかけ、懸命に手を差し伸べようとするが、
   ことごとく波に阻まれてしまう。

 

763: 2016/06/14(火) 19:29:44.07 ID:EUD84Yr5o
電「っ……!」ギュンッ

雷「あっ……待って、電っ!」

潜水棲姫「――――」ギロッ

リ級「――――」ジリッ


   暁とラーザリの元へ、まっすぐに駆け寄っていく電。
   2人を助けるつもりなのだろう。
   
   けれど、敵も電に目を付け、追跡し始めた。
   このままではいい的だ。


響「敵を引きつける! 雷はリ級を!」

雷「了解!」ドォン!
 

764: 2016/06/14(火) 19:30:16.49 ID:EUD84Yr5o


   潜水棲姫の進行方向に向かって、爆雷を絶え間なく投擲する。
   わずらわしそうに髪を振り乱し、潜水棲姫がこちらを向いた。


潜水棲姫「グ……コ、ノォ……!」


   潜水棲姫が潜行する。
   ソナーを頼りに、すかさず索敵に移る。しかし――


響(……反応がない? そんな――)
 

765: 2016/06/14(火) 19:30:51.51 ID:EUD84Yr5o

 ド ゴ ッ !


響「ぐ、ぁっ――!?」


   突然、下腹部に強烈な衝撃が走る。
   気が付けば私は、空中に吹き飛ばされていた。


潜水棲姫「……フ、フフフフフ……!」


   潜水棲姫の艤装体、
   その巨大な頭部が、海面から突き上がっているのが見えた。
   
   どうやら、ソナーの効かない真下から、
   あの頭部で直接、体当たりをかまされたらしい。

 

766: 2016/06/14(火) 19:31:31.73 ID:EUD84Yr5o
響「っ……これくらい……!」


   歯を食いしばって、痛みを堪える。
   潜水棲姫は、勝ち誇ったような笑みを浮かべ、その場を動かない。


響(潜らない……? なら――!)ドォン!


   ――好機だった。
   目下の潜水棲姫に、至近距離で砲撃をお見舞いする。


潜水棲姫「ギァァァアアアアアアアアアッッ!!」


   両目を抑え、耳をつんざくような悲鳴を上げる棲姫。
   そのまま瞬時に潜行し、南の方へと逃げていく。
 

767: 2016/06/14(火) 19:32:07.46 ID:EUD84Yr5o
リ級「――!」ザブン

ヘ級A「――――」ザブン

ヨ級A「……ウ、ア……?」ザブン


   旗艦の撤退に気付いた敵艦たちも、
   戦闘を放り出して、潜水棲姫を追いかけはじめた。


 『――――……』


   2隻の軽巡ヘ級がいた地点に、
   ボロ布の塊のようなものが浮上する。

   どうやら、追われていた味方艦のようだった。
   最悪の事態だけは避けられたらしい。


雷「やった……電! 電ぁ!」

響「――――!」
 

768: 2016/06/14(火) 19:32:46.40 ID:EUD84Yr5o
ラーザリ『ぁ……ぁ……』

電「しっかりしてラーザリさん! 
  絶対、絶対沈みませんから! だって――」

暁「だ、だめ……流され……!」

電「きゃぁぁっ!」


   暁たちが、波に飲まれてどんどん離れていく。

   すぐさま助け寄ろうとするが、
   視界の隅に、追われていた艦の痛々しい姿がちらつく。


響「……っ……」
 

769: 2016/06/14(火) 19:33:29.06 ID:EUD84Yr5o
暁「響ぃー! 雷ぃーっ!」

雷「!」

暁「私たちなら大丈夫だから! 
  その人を早く……司令船のドックに!」

雷「な――何言ってるのよ! そんなの……!」

暁「早く! それから司令官に、ぜんぶっ――」

響「暁……! 暁っ!」

暁「――――」
 

770: 2016/06/14(火) 19:33:59.92 ID:EUD84Yr5o


   まず、声が聞こえなくなった。
   そのあと、姿も見えなくなった。
   そして、探照灯の光さえ、荒波の向こうに消えてしまった。
   
   後に残ったのは、さっきよりもやや収まった雨風の音。
   そして、暴れ続ける波濤だけだった。

 

771: 2016/06/14(火) 19:34:41.78 ID:EUD84Yr5o
雷「そんな……そんなっ……!」

響「…………」


   握った拳が、どうしようもなく震えている。
   震えを振り払うように踵を返し、追われていた艦娘の元へ駆け寄った。


響「…………」

響「……やっぱり……君だったんだね……」

  『――――……』


   暗い灰色の地に、鮮やかな深紅の模様が入った潜水服。
   ボロボロに破けた下から、青あざだらけの肌が見えている。
   右手には、太めの首輪のような機械が固く握られていた。


雷「――っ! ひ……ひどい……」

響「…………」ギュッ
 

772: 2016/06/14(火) 19:35:39.79 ID:EUD84Yr5o


   銀色の髪には、鉄片や油がこびりついている。
   端正だった顔は酷く痩せこけ、氏人のように青白くなっていた。


   それでも。
   まだ、沈んではいない。

 

773: 2016/06/14(火) 19:36:22.88 ID:EUD84Yr5o



響「あんまりだよ……こんな再会なんて」



響「…………違うかい? モロトヴェッツ……」



モロトヴェッツ『――――……』




   雨はどこかに過ぎ去った。
   けれど、空を覆う雲はさらに増え、少しの晴れ間も見えなかった。

 

774: 2016/06/14(火) 19:38:55.09 ID:EUD84Yr5o
8話終わりです 続きはできれば1週間以内に

潜水棲姫のクジラ部分は、何と言うか、
モンハンのブラキディオスみたいな感じになってると思ってくだち

775: 2016/06/14(火) 19:41:04.41 ID:EUD84Yr5o
★用語プチ解説

【艦娘の服】
あのセーラー服も、あの紐パンも、決して単なるファッションではない。
艦娘の核である身体を保護するための、最も重要な装備である。
通常の船舶や動物なら、一撃で粉々になってしまう深海棲艦の攻撃。
そのダメージを最小限に抑える、なんか結界的なアレを全身に張り巡らせる、
すさまじい防御機能を持っているのだ。当然、通常兵器など痛くも痒くもない。

ただし、機能が発揮されるのは艤装と共に身に付けている間だけ。
また、規定以上のダメージを受けてしまうと破けてしまい、防御機能が極端に低下する。
その場合、以降は艤装と連動して防御機能を補うため、艤装もしだいに損壊していく。
 

776: 2016/06/14(火) 19:42:26.23 ID:EUD84Yr5o
★用語プチ解説

【司令艇/司令船】
作戦海域までの艦娘の輸送、および戦闘の指揮を行う艦船。
艤装等の格納庫や、味方の艦娘を特殊な電波で識別するレーダーを搭載。
また、船によっては1人用の入渠ドックや、最新鋭のACDS(新戦闘指揮システム)を備えている。
速度も10数ノットから30ノットまで、種類によってまちまち。
遠隔地での遠征や演習には、遅くとも積載量の多い船、
最前線での指揮には速度のある船……というように使い分けられているようだ。

艦種名の英語表記は、"RCS(Rigging-soldier Commanding Ship)"。
しかし海自では、主砲などを備え、単体での戦闘能力があるものを「司令艇」、
そうでないものを「司令船」と、区別して呼称している。
 

777: 2016/06/14(火) 19:43:36.67 ID:EUD84Yr5o
★ソ連艦ずかん


「マクシム・ゴーリキー級巡洋艦、3番艦のカリーニン。
 この身のすべては祖国のために!」


【巡洋艦「カリーニン」】 Калинин

マクシム・ゴーリキー級巡洋艦 3番艦。
名前の由来は、レーニンと共に革命に携わったボリシェヴィキの重鎮、
ミハイル・イヴァーノヴィチ・カリーニン。
 

778: 2016/06/14(火) 19:44:27.27 ID:EUD84Yr5o


【経歴】
1938年8月12日、コムソモリスク・ナ・アムーレのアムール工廠にて起工。
1942年5月8日に進水し、ウラジオストクへ回航。同年12月31日に竣工した。
その後、太平洋艦隊の軽機動部隊の旗艦となり、ウスーリ湾で訓練を重ねる。
実戦を経験することはなく、ウラジオストクの工場で修理中に終戦を迎えた。

戦後は太平洋艦隊で各種の任務に就く。
1954年にはNKO(国防人民委員部)とフルシチョフ総書記の視察を受け、砲撃訓練を披露した。
1960年2月6日には非武装化され、宿泊艦「PKZ-21」となる。
1963年4月12日に除籍され、ほどなく解体された。


【余談】
建造自体は遅延したものの、妹とは違って十分な完成度を誇っており、
即戦力としてそれなりに期待されていたらしい。
ウラジオで竣工してから約3ヶ月後の1943年3月、
当時の海軍総司令官・クズネツォフ大将の要請で、
最有力艦隊として名高かった北方艦隊への転属が決定する。
……しかし同年6月、クズネツォフ大将は突如転属要請を撤回し、
結局カリーニンは太平洋艦隊に留め置かれることとなった。
一説によれば、同じ時期に軍上層部で対日参戦が検討されはじめ、
そのための戦力として極東に留めておく必要が出てきたからだと言われている。
 

779: 2016/06/14(火) 19:45:21.29 ID:EUD84Yr5o
今回ここまで

引用: 【艦これ】響「ウラジオストクのヴェールヌイ」