145: 2010/08/14(土) 00:00:53.12 ID:dbR6wM6o
私がムギと再開したのは全くの偶然で、今考えればそれは運命、みたいなカッコいいセリフで括ったて無理の無い話である。

私、田井中律とそのけいおん部のメンバーは無事、高校を卒業し、互いの進路へと進んでいった。

私と澪は同じ大学に、ムギはお嬢様御用達の女子大へと進んだ。

唯や和は今回は省略。
ごめんな、二人とも。

もちろん私達は互いの進路が別になったとしても連絡は取り合っていたが場所が場所であるから会って遊ぶ、なんていうことはめっきり少なくなってしまった。

これはそんな大学三年生のお話である。



映画「けいおん!」【TBSオンデマンド】
146: 2010/08/14(土) 00:02:36.14 ID:dbR6wM6o
律『だから待ってるよ、ムギ』

「……、……」

私はお気に入りのバイクに跨り、今か今かと信号が変わるのを待っていた。

大学に入り私も何か趣味を見つけようとバイクの免許を取り、こう休日はツーリングなんかしちゃっている訳で。

ちなみに澪と私は大学のバンド同好会に所属して、たまに楽器と馴れ合っている状況である。

「……、この信号おっせーな」

と、私は赤信号ばかり見るのも飽き、ふと歩道を見た。

長い、ウェーブの掛かった金髪の女性が映る。

日傘をさしており、顔までは見えないがどこかのお嬢様様なんだろうな、と私は思う。


147: 2010/08/14(土) 00:05:21.07 ID:dbR6wM6o
そう、ムギがそうであったようにそんなオーラを感じるのだ。

金持ちオーラとかじゃなくて、気品あるというか。

女性が傘をずらし、顔を上げる。

その顔を見た瞬間、私はあっ、と小さく叫んでしまった。

自己主張した眉毛。

……間違いない。

私は信号脇のコンビニに曲がり、ぐるりと方向転換した。

車の脇を走り、ちょうど横道に曲がる場所にバイクを立ちふさがるように止めた。

女性は驚いたように、目をぱちくりさせている。


148: 2010/08/14(土) 00:10:09.00 ID:dbR6wM6o
「ムギッ!」

と、私はヘルメットを外し、女性に叫んだ。

傘が地面に落ちる。

ゆっくりと女性、いや紬は顔を上げ、まじまじと私を見た。

信じられない、みたいな表情でさ。

「りっちゃん…なの…?」

「ムギ、なんかまた大人っぽくなったんじゃないか」

と、笑うとムギが涙混じりにこちらに駆け寄ってきた。

どすん、という体当たりに近い抱きつきに少しバランスを崩しながらもへへっ、と笑みをこぼす。

149: 2010/08/14(土) 00:13:28.47 ID:dbR6wM6o
「久しぶりだな、ムギ」

「うん、りっちゃんも久しぶり」

こっちに帰ってきたのかと尋ねると、ムギは少し用事があってと答える。

やっぱりムギはお世辞でもなんでもなく大人っぽくなっており、清楚な色気が感じられた。

「じゃあ忙しいのか?」

と、私は尋ねるとムギはちょっと待ってね、と私から離れ、携帯を取り出す。

見覚えがある光景だ。


んー、確かあの時は私が澪を遊びに誘おうとして断られた時だったかな。

150: 2010/08/14(土) 00:17:25.63 ID:dbR6wM6o
「暇になったわ!」

「……じゃあお茶でも飲みに行くか」

と、私はバイクから降り、スペアのヘルメットを取り出す。
これは主に澪が使ってる奴だ。

「……乗っていいの?」

「あっ、ムギこういうのダメだった?」

ううん、とムギはあの時のような表情を見せた。

「私、バイクの後ろに乗るのが夢だったの」

眩しすぎるほど純粋な笑顔。

久しぶりに私はその笑顔にくらっ、と心揺らいでしまった。

不覚。

151: 2010/08/14(土) 00:21:11.92 ID:dbR6wM6o
――――。




「どこかリクエストあるか?」

「あっ、えーと…実はりっちゃんと行きたい場所があるの」

ん、と私はムギにヘルメットを被せながら尋ねる。

「あの日、私とりっちゃん二人だけで遊んだ日があるでしょ?」

「ああ、確か夏休みだったよな。補講の前」

「あの日に行った場所にもう一度行きたい」

私もヘルメットを被り、バイクに跨ると後ろのムギがきゅっ、と抱き締めてきた。

「……何かあったのか?」

私は振り返らずに尋ねる。

「ううん、またりっちゃんと一緒に行きたいの」

そう、と私は呟き、バイクのエンジンを入れる。

確かここから10分くらいだったかな、と行く先の地図を思い浮べながら、私はムギの体温を背中越しに感じていた。


153: 2010/08/14(土) 00:24:47.68 ID:dbR6wM6o
あの時行ったゲームセンターはまだ健在していて、この不況の荒波で潰れていたらどうしようかと思っていた。
大学生になってからも澪や大学の友人とは行くのだがここにはもう立ち寄らなくなってしまった。
別に通り道でもないし。

「確かここで、りっちゃんにお人形取ってもらったのよね」

ああ、確か。あの時は得意とか言ったのはいいが本当は自信なかったんだよなぁ。

「また取ってやろうか?また上手くなったんだぜ」

と、私は手頃なクレーンゲームを探す。
ゲームセンターには人が疎らに好き好きなゲームに勤しんでいる。
私はこういう雰囲気も好きだな、なんか。

「あっ、これ……」

と、ムギがくまのぬいぐるみのクレーンゲームを指さした。

あの時の青いぬいぐるみに似たやつ。

154: 2010/08/14(土) 00:29:09.69 ID:dbR6wM6o
「よし、任せろっ!」

と私は財布から数少ない百円玉を取り出し、投入口にいれた。

……、…。

「さすがりっちゃんすごい!」

「あったりまえだろ、この私を誰だと思ってるだよ」

と、薄い胸を張る。
……あー、よかった取れて。
と、ぬいぐるみを愛らしそうに抱きしめるムギを見て、私は少しにやけた。

―――。

「駄菓子やさん、懐かしい!」

「だろ?ここもまだ残っててよかった」

駄菓子屋も少しずつ減っているみたいだからな。
あのおばあちゃんもまだご健在のようだ。
よかった、よかった。

と、私はいつの間にか練り飴を手にしているムギを目で追いながら、あの時は何を買ったけ、と思い出していた。

155: 2010/08/14(土) 00:32:39.35 ID:dbR6wM6o
「ここでりっちゃんに練り飴の食べ方教えてもらったけ」

「ああ、そうそう思い出した!ムギがはしゃいでいろいろ聞いてきたんだった」

私は適当なお菓子を手に取る。
イカにヨーグルトに、当たり付きのガムに。
もう食べなくなちゃったなぁ。

「お待たせっ!」

と白いビニール袋に駄菓子を詰め込んできたムギを半笑いで迎え、あの日のように駄菓子屋に置いてある椅子に座り、買ってきた駄菓子を広げることにした。

「で、どうして今日はゲームセンターや、駄菓子屋さんやら回りたくなったんだ?」

と、練り飴を器用に練るムギに尋ねる。
練り飴って練ると透明になるやつがあるんだけどあれはなんでなのかね。

「……私、外国に住むことになったから」

「……えっ!?」

思わず手に持っていた10円の筒状のお菓子を落としてしまった。
ムギは練り飴を練りながら話を続ける。

「お父様の仕事の都合で、海外に行くことになったの」


156: 2010/08/14(土) 00:35:27.22 ID:dbR6wM6o
「……えっ!?」

思わず手に持っていた10円の筒状のお菓子を落としてしまった。
ムギは練り飴を練りながら話を続ける。

「お父様の仕事の都合で、海外に行くことになったの」

「今の学校はどうするんだよ」

「あっちの学校に転校届けは出してあるから」

ムギの学力からあっちでもやっていけるってわけか。
けど、それだけじゃないんだろ、ムギ。

「本当は行きたくなかったの。けど、お父様とお母様の強い勧めもあってね。私自身も、もっと広い世界を見てみたい、とかそういった気持ちがあったから」

「……そうか。ムギも大変なんだな」

私は、チューブに入っているゼリーを啜る。
懐かしい味がするがこれはやっぱり少し身体に悪そうだ。

だれだって自分が見たことのない世界を見たいし、体験してみたい。
それは怖いことだけど、きっと楽しい世界だと信じているからだ。

157: 2010/08/14(土) 00:38:30.55 ID:dbR6wM6o
「だから今日は一日、この街を歩こうと思ったの。あっちに行っても忘れないように」

「……じゃあ、あそこにも行かなくちゃな」

よいしょ、と私は啜ったチューブカスをゴミ箱に投げ、立ち上がった。

今日だってまぁ、あの人はいるだろうし、アポなしでも大丈夫だろう。

私はムギにヘルメットを手渡し、バイクのキーを指で弄ぶ。

「どこに?」

ムギは私に尋ねる。その目は私に期待してるような、それとも驚きなのか私にはわからない。

「私達の青春の場にさ」



158: 2010/08/14(土) 00:39:36.39 ID:dbR6wM6o
「よかった、さわちゃんが居て」

と、私は懐かしい椅子に座り、教室内を眺める。
桜ヶ丘高等学校の音楽室。
私達の青春の場。

ここに私達の全てが詰まっていて、全てが残っている気もした。

「さわ子先生も元気そうでよかったわぁ」

「この前、教育実習に来たとき、まだ生徒からキャーキャー言われてたぜ」

「ふふっ、さわ子先生らしい」

今後もお世話になりそうだしな、主に私。
そんな予感だけど。

音楽室の片隅で泳ぐトンちゃんは今はこの教室を使っている学生に飼われているらしい。
元飼い主を見て、どうおもってるんだか。

「……本当は私、ここに来るつもりは無かったの」

ムギが窓越しに学校を見ながら呟く。

159: 2010/08/14(土) 00:41:57.59 ID:dbR6wM6o
「ここに来たら私」

「いいんだよ、ムギ」

と、私は机に掘られた私達の落書きを指でなぞりながら言う。

「ここに来たら、あっちに行かれなくなるっていいんだろ?そんなことないよ、ムギは強いし」

それに、と私は付け足す。

「私は海外に行く前にムギにここを見て欲しかった。ここを忘れないで欲しかったんだ」

「りっちゃんの意地悪」

「そうなんじゃないとお前らをまとめられなかったって」

部長の負担を思い知れ、嘘だけど。

「もう私、日本には帰ってこないかも知れないの。学校を卒業したらお父様の秘書をするつもりだから」

160: 2010/08/14(土) 00:43:13.42 ID:dbR6wM6o
「別に氏ぬまで離れ離れなわけじゃないだろ?それにさ」

ムギがこちらを振り向く。

ホント、綺麗になりやがって。

「結婚式には招待してくれると信じてるし」

「……ふふっ」

「……ははっ」

ハハハッと私たちは笑いあう。
結婚?私達が?
想像したらおかしくなってきた。私のウエディングドレスなんて見れたものじゃないんじゃないか。

「ふふっ、そうねりっちゃんの結婚式楽しみにしてる」

「私もムギの結婚式楽しみにしてる。相手はハリウッドスターか?」

「あら、貧乏な画家かも知れないわよ」

「私は玉の輿狙い撃ちだな」

ばっきゅーん、なんて拳銃を撃つ真似をしてみたり。
今、私が想像した相手は墓場まで持っていく事としよう。

161: 2010/08/14(土) 00:44:51.94 ID:dbR6wM6o
―――――。

「……そろそろ、私行かなくちゃ」

馴染みの駅。私は誰も居ないホームでムギを見送っていた。

「じゃあ、また結婚式でな」

「ええ、期待してる」

電車が近づいてくる音がする。

ムギは私のことを見つめ、そして……。

「……ッ」

突然抱きついてきたムギの身体を受け止める。
あの長い髪からは私からは到底出てこないようないい匂いがして。
私の高鳴る鼓動がムギに伝わってしまうのではないかと私が思うほどに心拍数は上がっていく。


162: 2010/08/14(土) 00:46:19.01 ID:dbR6wM6o

「ち、ちょ、ムギっ」

「……ありがとう、りっちゃん」

電車が到着する。

ゆっくりとムギは私から離れ、警笛の鳴る電車の中へ駆け込んだ。

じゃあな、と私は胸の鼓動を感じながら手を振る。

ムギは顔を真っ赤にしながら手を振り返してくれた。

……あっ、私ももしかしたら顔真っ赤かもしれないと思うとまた鼓動が高鳴る気がしたが、私はムギの乗る電車が見えなくなるまで、私は手を振り続けた。



―――――。

誰も居ないホームに私は一人、立っていた。

多分、ムギは私達の誰にも会うつもりは無かったんだろうな。
会うと自分の決心が揺らぐんじゃないかって不安だったんだ。
だから私達と合わずに海外に行こうと。

私は大きく息を吸う。

身体の中に夏の匂いが充填される気分になる。

そういえば、あの日もこんな夏の日だったなと私はその時のことを思い出すように、静かに目を閉じた。

163: 2010/08/14(土) 00:48:35.54 ID:dbR6wM6o




























しかし、私達の考えに反して、私達が次に出会うことになるのが澪の結婚式だとは私には思いもしなかったわけであって。

けどそれはまた、別の話。

ちゃんちゃん。


164: 2010/08/14(土) 00:50:00.67 ID:dbR6wM6o
終わりました。
まぁ、即興じゃこんなもんっす。
次の人、お・ま・た・せ!

引用: 紬「私が主役のお話なの~」