939:a unique solution 2006/11/13(月) 00:11:51.74 ID:qjEq7rZS0


『 a unique solution 』

それは穏やかな放課後だった。
長門が定位置でハードカバーを読み耽り、古泉と俺は花札に興じ、メイド服に身を包んだ朝比奈さんがたまにお茶のお代わりを煎れてくれるという、SOS団にとっては極々フツーの日常風景である。
俺はこのひとときに常日頃から安らぎを感じていた。なぜならこの後嵐がやってくるからだ。今の内に癒されておかなくては身が持たん。
いつもこの和やかな雰囲気を竜巻のごとくぶち壊してくれるSOS団長様なのだが、今日はやけに登場が遅い。一体何処で道草くっているのやら。
「遅いですね」
唐突に古泉が言った。
人の考えを読んだかのようなタイミングが毎度のことながら気に障る。
「またどこぞで良からぬことでも仕込んでいるんだろ」
「けれどこんなに遅いのも珍しいですよね?」
小首を傾げながら朝比奈さんが言う。
しかも長門までいつの間にか本から顔を上げ、無言でこちらを見ていた。
いや、だから、何が言いたい。
宇宙人、未来人、超能力者の三方向からの意味深な視線プレッシャーを、俺はしばし気付かないふりをした。が、勝てるわけがない。
「………探してくる」
観念し、席を立った俺の背中に、
「………そう」
「行ってらっしゃ~い」
「お気をつけて」
と三人三様の見送りの言葉が投げかけられた。
くそぅ、あと一枚で四光だったのに。忌々しい。
涼宮ハルヒの劇場 「涼宮ハルヒ」シリーズ (角川スニーカー文庫)
940: 2006/11/13(月) 00:12:38.96 ID:qjEq7rZS0
それにしてもあいつはどこをほっつき歩いているんだろうな?
ハルヒの行くあてなど教室か学食くらいしか思い当たらなかった。まずは距離的に近い学食へと思ったが、もう閉まっているだろうと思い立った。
じゃあ教室か。階段を昇って四階に向かう。
しかし一時間ほど前に後にした教室はものの見事に空だった。
これは構内探索せねばならんのか、いや、もしかしたら何か機嫌を損ねて帰ったのか、と深く息を吐いて、
気付いた。
ハルヒの机にまだ鞄が下がっている。では持ち主はどこだ?
四階の廊下を左右見渡したが影ひとつない。
仕方ない、構内探索決定だな、と階段に向かった。

三階に降りようと一段降りたところで、頭上から話し声が聞こえた。
思わず足を止め顔を上げたとき、その話し声のボリュームが図ったようにでかくなった。
「……だから、僕は涼宮さんのことが好きなんだ!」
俺は自分の鼓膜を通して脳に達した台詞の意味を理解するまで数秒を要した。
『ボクハスズミヤサンノコトガスキナンダ』
『スズミヤサン ノコトガ スキ ナンダ』
『涼宮さん ノコトガ 好き ナンダ』
ハルヒが告白されている……のか?
呆然と立ち尽くしたまま、俺はハルヒがいると思われる頭上を見上げた。

942: 2006/11/13(月) 00:13:21.66 ID:qjEq7rZS0
沈黙が続く。
「……だから?」
可愛げもへったくれもない口調。確かにハルヒの声だ。
告白されたというのにその返しは何だ。もうちょっと恥らうとかないのか。
ああ、この様子ならハルヒにそんな気は更々ねぇな、と俺は安堵した。
――って、なんで俺が安堵しなくてはならんのだ。
俺は切望していただろうに。誰か奇特な野郎が、このじゃじゃ馬の手綱を引いていってくれることを。そうすれば、色々な厄介ごとが俺自身から去って行ってくれる。寧ろ好都合じゃないか。
「……返事は明日にしてくれないかな?」
相手の男は少しの沈黙の後、そう申し出た。
それはヘタレ根性から出た言葉ではなく、よく知りもしない自分からの告白に反射的に返事してほしくはない、是非一晩考えてから答えてほしいというものだった。
大した根性の奴だ。褒めてやりたい。
しかし何だろうな。さっきからコイツの声を聞くと胃のあたりがムカムカするんだが。
「わかったわ」
これまた果たし状を突きつけられた返答のようなハルヒの声。
もしかしたら、ふんぞりかえっているのかもしれない。
「ありがとう」
男の声。じゃあ、と言って階段を降りてくる。
――降りてくる?
しまった、と俺はちょうど扉が開いていた近くの教室に滑り込んだ。
壁に隠れやり過ごす。
男は階段をそのまま降りていった。
やれやれ。

943: 2006/11/13(月) 00:14:04.36 ID:qjEq7rZS0
ここで奴と俺が鉢合わせでもしたら、気まずいことこの上なかっただろう。
何せ『涼宮ハルヒと言えば?』という連想ゲームの解答に俺の名前が高確率で挙がるのは間違いないからな。
さて、教室を出ようかとしたとき、今度はハルヒの足音が聞こえてきた。
俺は反射的に身を隠す。――何故に。
ハルヒの足音は俺が背にした壁の向こうを通り過ぎていった。
足音が遠ざかってからその場に座り込み、深い深い溜息を吐く。
一体何をしているんだろうね、俺は。

それから少し時間をおいて俺は部室に向かった。恐らく用件を済まされた団長様は、部室に登場するはずだ。ならば雑用係もすべからく戻るべきだろう。
SOS団の拠点と化した文芸部室の扉の前に辿り着きドアノブに手をかけたところで、中からハルヒの声が聞こえてきた。
古泉と話しているらしい。
『―……ってどんなヤツ?』
『あまり話したことがないのでなんとも言えませんが……』
どうやら、告白してきた相手のことを聞いているらしい。古泉に聞いているということは、9組の奴だったのか。
古泉曰く、奴は成績も良く、外見もまとも、運動もそこそこ、性格は至って温厚だそうだ。
なんでそんなまともな人間がこの傍若無人代表のハルヒに告白するかねぇ。
そしてハルヒ。
さっきは全然気がないような素振りだったクセに、何で今相手のことを根掘り葉掘り聞いてんだ?
世の中謎だらけだぜ。
――って、なんで俺はまたもやコソコソと聞耳を立てているんだ?
そして何でムカムカしているんだ?
ああ忌々しい。

945: 2006/11/13(月) 00:14:47.01 ID:qjEq7rZS0
ガチャッ、と思い切り扉を開く。
と、まるでビデオの一時停止ボタンを押されたようにハルヒが止まった。
何だ?喋り続けてもいいんだぜ?
しかしハルヒは話の続きはせず、ワザとらしい咳払いをひとつしてから、
「あんたドコ行ってたのよ?」
「お前を探しに」
俺の返答に再び一時停止。
なんか面白いぞハルヒ。
「まあ見つからなかったから戻ってきたんだがな……行き違いになったな」
と俺は嘘を吐いた。
ハルヒは「そう……」と安堵の吐息とともに呟いた。あまり知られたくないらしいな。告白されたこと。
「それじゃ今日はもう解散!」
長門が本を閉じる前にハルヒはそう宣言して、そそくさと帰り支度をし、一番乗りで部室を出て行った。
つーかお前は、一番遅く来たくせに一番先に帰るんかい。
さて、俺も帰るかと自分の鞄に手をかけて――
突き刺さる視線。しかも三方向から。
顔を上げると、いつも通りの古泉のニヤケ顔と、長門の無表情ながら何か言いたげな顔と、珍しくも好奇心で目を輝かせた朝比奈さんの愛らしいお顔があった。
つまり三人が聞きたいことは、
『涼宮ハルヒに何があった?』
ハルヒは古泉に相手の男の人となりを聞いただけで、告白のこと自体は言ってないらしい。それが余計訝しがられたということか。

947: 2006/11/13(月) 00:15:26.77 ID:qjEq7rZS0
三人を代表して、古泉が口を開いた。
「実はですね、あなたが先ほど帰ってくる前に涼宮さんが僕のクラスメイトのことについて色々聞いてきたんですよ」
「ほう、そうなのか」
マズった、棒読みだ。これでは古泉に俺が扉の向こうで立ち聞きしていたのがバレてしまう。
案の定古泉は、
「ご存知でしたが」
と言ってきやがった。
黙秘だ。肯定してやるものか。
しかし古泉は構わず話を進める。
「ご存知の通り、彼は頭の出来がちょっと優秀な一般人なんですが、さして涼宮さんが気に留める相手とは思えないんですよ」
そうか?ここに一般人代表の模範みたいな俺がいることを忘れてないか?
「あなたは別」
違うところから異論が唱えられた。長門だ。
「あなたは涼宮ハルヒによって選ばれた人間。『彼』は選ばれていない」
いや、これから選ばれるかもしれないだろ。
「それはなぜです?」
古泉がここぞとばかり聞いてきた。
う、ヤブヘビだったか………
しかしハルヒのことだからといって、ホイホイこの三人に何でも話してしまうのも気が引ける。
俺はどう答えていいか、考えあぐねいた。
すると、
「もしかして涼宮さん、その人に告白されたんですか?」
意外なところから満点の解答を出されて俺は絶句した。

949: 2006/11/13(月) 00:16:12.63 ID:qjEq7rZS0
あ、朝比奈さん?なぜそう思うのでしょうか?
「え~と、なんだか涼宮さんがその人について古泉君に聞いていたとき、なんというか………自分から興味を持った感じに見えなくて………とりあえず知っておこうという感じだったし、それに………」
「それに?」
朝比奈さんは続く言葉を口に出すのを少しだけ躊躇って、でも意を決したように俺に向かって言った。
「キョン君が入ってきたら、その人のこと聞くの止めちゃったじゃないですか!!」
ええ、確かに。
しかしそこからなぜ『ハルヒがそいつに告白された』という事実が浮かび上がるのだ?俺は納得できない顔をしていたことだろう。
その顔を見てか朝比奈さんは安堵と憐憫が入り混じった微笑みを浮かべた。
古泉は「ああ、なるほど、言われてみればそうですね」と、ポンと自分の手を打ち、長門も微かに頷く。
「ですよね!?」と、二人の同意が嬉しかったのか、朝比奈さんは手放しで喜んだ。
………え~、そこで三人だけで納得されても寂しいものがあるんですが………
と、そこで朝比奈さんはまた何かに気づいたように、俺の方に向き直った。
「それと、キョン君がなんか機嫌悪そうだったから………」
え、そう見えました?
「ええ、滲み出てましたね」
古泉が同意する。
「安定しているとは言い難い精神状態」
長門も指摘する。
………しかし、だから何で、それが『ハルヒが告白された』に繋がるんだ?
「キョン君………」
「あなたという人は………」
「………」
明らかに、『呆れた』空気が流れている。
いつもに増して結託している宇宙人、未来人、超能力者。微笑ましいことだ。
だが、その生暖かい目で俺の見るのだけは止めていただけませんでしょうかね?

951: 2006/11/13(月) 00:16:55.91 ID:qjEq7rZS0
妙に居心地が悪い。──話を本題に戻そう。
俺は告白してきた野郎が9組の人間だったと知ったときから、頭の片隅によぎった一つの可能性を口にした。
「古泉」
「なんでしょう?」
「そいつは『機関』の関係者だったりするのか?」
実は裏で糸を引いていたのがコイツだった、という可能性が一番高い。今までの経験上な。
しかし古泉はきょとんとした顔をし、数瞬後「ああ」と俺が言わんとしたことがわかったように頷いて、
「今回それはないです。神に誓ってもいいですね」
神とはハルヒか?確かにアイツに嘘をついたら後が怖いしな。ここは信じてやる。
ついでに確認しておこう。
「長門──」
「違う」
寡黙な宇宙人は俺が皆まで言う前に、否定の単語を一言述べた。だろうな。
「朝比奈さんも──違いますね?」
「?ええ?」
愛らしい未来人メイドは何のことやらよくわからないまま頷いている。
まあ時空的策謀は朝比奈さん(大)が請け負っているみたいだから、この方が主体で今回のことを動かした、なんてことは長門が読書をしなくなることくらい有り得ない。
と、言うことは何だ?今回の告白は誰かの陰謀も策略もまったく抜きの純粋なものであって……
そう思い当たった俺は、何故か気分が急降下していった。
なんでこんなに落ちこんでんだ、俺?

953: 2006/11/13(月) 00:17:37.10 ID:qjEq7rZS0
「まあ、涼宮さんのことですし、断ったのでしょう?」
古泉は立ち上がりながらさもそれが当たり前のように俺に確認してきた。
「いや……返事は明日らしい」
「ええ!?なんでですかぁ?」
朝比奈さんまで『ハルヒは断る』と頭っから決めつけているらしい。
「いや、相手がそう指定してきて……」
「あ、なら涼宮さんが迷っているわけじゃないんですね」
朝比奈さんはホッと胸を撫で下ろして微笑んだ。
なんだってそんな確信をもって『ハルヒが断る』と思い込めるのだろう。
そして──
逆に俺はなんでハルヒが断ると断言できないんだろう。
何か引っ掛かる。何かが。

「不安ですか?」
昇降口に向かう道中、古泉が窺うように聞いてきた。
ちなみに朝比奈さんは制服に着替えなくてはならなく、長門は部室に鍵を掛けなくてはならないので別行動だ。
「何がだ」
「今日の告白のことですよ」
「別に」
と言うしかない。なんでこの正体不明のモヤモヤを古泉に吐露せにゃいかんのだ。
「けれど先ほどよりずっと暗いオーラが出てますよ?」
「ほっとけ」
俺だってこの鬱々な精神状態から抜け出したい。しかし、原因がわからなきゃ対策のしようがない。
まったくハルヒが告白されただけなのに、なんで俺がこんな気分になっているのだろう。とばっちりもいいとこだぞ。

954: 2006/11/13(月) 00:18:18.42 ID:qjEq7rZS0
古泉は困ったような笑顔を浮かべ肩を竦めた。
「そろそろあなた自身にも気付いてほしいですね」
「?何をだ?」
「自分の本音と向き合うべきだ、と言ったんですよ」
「本音?」
「そうです。あなたの、涼宮さんに対する本音です」
ハルヒに対する本音……?
「あなたはそのことに関して結論を先送りにする傾向がある。故意なのか無意識なのかは知りませんが、そのアルゴリズムを解除してはどうですか?」
「……俺は自分なりにハルヒのことを考えているつもりだが……」
「ええ、でもそれは一定の範囲内に限られていますがね」
と古泉は含み笑いを寄越した。
何だよ気色悪い。
昇降口に着いて、古泉は立ち止まった。出入り口の方を眺めながら、
「僕は今回のことは、涼宮さんにとってもあなたにとってもよい機会だと思いますよ」
と言って踵を返す。
どうした?
「忘れ物をしました。どうぞお先に帰ってください」
そう言って来た道を戻っていく。

956: 2006/11/13(月) 00:19:06.47 ID:qjEq7rZS0
しかし忘れ物なんか本当にあるか、部室に。まさか朝比奈さんとか言わないだろうな。それとも長門か?
と阿呆なことを考えながら靴を履き替えガラス戸を押して外に出ると──
すぐ横の柱にもたれ掛かった人影があった。黄色のリボンが風に揺れる。
「遅い!!」
そいつは──涼宮ハルヒは振り返り俺の姿を認めるや否やずかずかと近寄ってきた。
「何もたもたしてたのよ!結構待ったわよ!!」
「待っててくれと言った覚えはないんだが……」
「うるさい!行くわよ!!」
むんずと俺の腕を掴んでハルヒは校門に向かう。俺は引き摺られるまま学校を後にした。

ハルヒの手から俺の左腕が解放されたのは坂を半分ほど降り切った頃だった。
同じく下校している北高生徒が半径200メートルいなくなったのを見計らったように。
普通逆なんじゃないか?という言葉は口に出さずにいた。
ハルヒは何やら思案顔でいたからだ。無言のままずんずん進んでいく。
俺は肩口で揺れるハルヒの毛先を眺めながら二歩後ろを黙ってついていった。
二十歩ほど無言で進んでからハルヒは突然立ち止まった。俺も倣って立ち止まる。
ハルヒは振り向かずに深呼吸一つして言った。
「あたしね、今日9組の男子に告白されたの」
内容とは裏腹に声のトーンはまったく浮ついてなく、寧ろ重く感じた。まるで『重大な事故が起こりました』と告げるアナウンサーのようだ。
その重大ニュースを報告された俺は俺でどう反応したらいいものか悩んだ。
その事実は現場の直下に居合わせて知っていたからな。驚きは半減以上だ。
しかし俺は『今初めて聞いたフリ』をしなくてはならない。
ここは何も余計なことを言わない方がいいな。というより、その件に関してこれ以上考えたくないというのが正直なところだ。
沈黙を守っているとハルヒがゆっくり振り向いた。目が合う。
ハルヒはそれ以上何も言わず、俺の瞳を覗きこむ。まるでその奥底に潜む俺自身の感情を読み取ろうとするように。
俺は堪らず「そうか」と言って顔を背けた。

957: 2006/11/13(月) 00:19:48.25 ID:qjEq7rZS0
「……それだけ?」
その声が怒りを含んでいたら何万倍マシだっただろう。
しかし現実は、
悲嘆
が混じっているように聞こえた。
顔を戻すとハルヒはもうこちらを見ていなかった。
再び坂を降り始める。俺も遅れながら歩を進めた。
──空気が、重い。
「返事はしたのか?」
沈殿する沈黙を誤魔化すかのように『今初めてこのことを聞いた人間が言いそうな台詞』を述べてみた。その答えは勿論知っていたがな。
「……まだ」
終了。
さらに空気が重くなる。
なんだろう。俺は知らん内に地雷を踏んでしまったのか?
しかもいつもの『激怒×罵倒攻撃』よりも、『悄然×無言攻撃』の方が数段俺の精神の弱体化を促進させてくれる。
もともと俺のほうが鬱々状態だったのに、まるで伝染したかのようにハルヒの精神まで暗雲が垂れ込めてしまった。神人が暴れてなきゃいいが。
この状況をなんとか打開したかったがハルヒが何故そんなに沈んでいるのかさっぱりだ。
だから解決策など浮かばぬ内にハルヒと別れる地点まで来た。少しの安堵感とひどい焦燥感。
「……じゃあな」
成す術もなく俺は無言のハルヒの背中に声を掛けて、自転車置き場に向かおうとした。
しかし一歩進んだところで立ち止まる。いや、立ち止まるしかなかった。

959: 2006/11/13(月) 00:20:30.17 ID:qjEq7rZS0
ハルヒが俺のブレザーの裾を掴んでいた。表情は俯いているから見えない。
さてどうしたもんだ、と俺は考えた。これはどういう要求を意味しているんだ?
「ハルヒ」
無言。
俺はハルヒと向き合うために裾を掴むハルヒの右手をとって振り向いた。
「どうしたんだ?ハルヒ」
「……って」
なに?よく聞こえなかったんだが……
「送って!」
いきなり我が儘言い始めた。
支離滅裂だぞ、お前。
しかしさっきまでのハルヒより、こういうことを言ってくるハルヒの方がホッとする。
それに数分前の気まずさを解消するにはいいかもしれないと、俺は反論なしでその勅命を受諾した。

続く

960: 2006/11/13(月) 00:21:34.84 ID:HsLOIYXFO
「不安ですか?」
 昇降口に向かう道中、古泉が窺うように聞いてきた。
 ちなみに朝比奈さんは制服に着替えなくてはならなく、長門は部室に鍵を掛けなくてはならないので別行動だ。
「何がだ」
「今日の告白のことですよ」
「別に」
 と言うしかない。なんでこの正体不明のモヤモヤを古泉に吐露せにゃいかんのだ。
「けれど先ほどよりずっと暗いオーラが出てますよ?」
「ほっとけ」
 俺だってこの鬱々な精神状態から抜け出したい。しかし、原因がわからなきゃ対策のしようがない。
 まったくハルヒが告白されただけなのに、なんで俺がこんな気分になっているのだろう。とばっちりもいいとこだぞ。
 古泉は困ったような笑顔を浮かべ肩を竦めた。
「そろそろあなた自身にも気付いてほしいですね」
「? 何をだ?」
「自分の本音と向き合うべきだ、と言ったんですよ」
「本音?」
「そうです。あなたの、涼宮さんに対する本音です」
 ハルヒに対する本音……?
「あなたはそのことに関して結論を先送りにする傾向がある。故意なのか無意識なのかは知りませんが、そのアルゴリズムをそろそろ解除してはどうですか?」
「……俺は自分なりにハルヒのことを考えているつもりだが……」
「ええ、でもそれは一定の範囲内に限られていますがね」
 と古泉は含み笑いを寄越した。
 何だよ気色悪い。
 昇降口に着いて、古泉は立ち止まった。出入り口の方を眺めながら、
「僕は今回のことは、涼宮さんにとってもあなたにとってもよい機会だと思いますよ」
 と言って踵を返す。
 どうした?
「忘れ物をしました。どうぞお先に帰ってください」
 そう言って来た道を戻っていく。
 しかし忘れ物なんか本当にあるのか、部室に。まさか朝比奈さんとか言わないだろうな。それとも長門か?
 と阿呆なことを考えながら靴を履き替えガラス戸を押して外に出ると──
 すぐ横の柱にもたれ掛かった人影があった。黄色のリボンが風に揺れる。
「遅い!!」
 そいつは──涼宮ハルヒは振り返り俺の姿を認めるや否やずかずかと近寄ってきた。
「何もたもたしてたのよ!結構待ったわよ!!」
「待っててくれと言った覚えはないんだが……」
「うるさい!行くわよ!!」
 むんずと俺の腕を掴んでハルヒは校門に向かう。俺は引き摺られるまま学校を後にした。



 ハルヒの手から俺の左腕が解放されたのは坂を半分ほど降り切った頃だった。
 同じく下校している北高生徒が半径200メートルいなくなったのを見計らったように。
 普通逆なんじゃないか?という言葉は口に出さずにいた。
 ハルヒは何やら思案顔でいたからだ。無言のままずんずん進んでいく。
 俺は肩口で揺れるハルヒの毛先を眺めながら、二歩後ろを黙ってついていった。
 二十歩ほど無言で進んでからハルヒは突然立ち止まった。俺も倣って立ち止まる。
 ハルヒは振り向かずに深呼吸一つして言った。
「あたしね、今日9組の男子に告白されたの」
 内容とは裏腹に声のトーンはまったく浮ついてなく、寧ろ重く感じた。まるで『重大な事故が起こりました』と告げるアナウンサーのようだ。
 その重大ニュースを報告された俺は俺でどう反応したらいいものか悩んだ。
 その事実は現場の直下に居合わせて知っていたからな。驚きは半減以上だ。
 しかし俺は『今初めて聞いたフリ』をしなくてはならない。
 ここは何も余計なことを言わない方がいいな。というより、その件に関してこれ以上考えたくないというのが正直な気持ちだ。
 沈黙を守っているとハルヒがゆっくり振り向いた。目が合う。
 ハルヒはそれ以上何も言わず、俺の瞳を覗きこむ。まるでその奥底に潜む俺自身の感情を読み取ろうとするように。
 俺は堪らず「そうか」と言って顔を背けた。
「……それだけ?」
 その声が怒りを含んでいたら何万倍マシだっただろう。
 しかし現実は、
 『悲嘆』
 が混じっているように聞こえた。
 顔を戻すとハルヒはもうこちらを見ていなかった。
 再び坂を降り始める。俺も遅れながら歩を進めた。
──空気が、重い。
「返事はしたのか?」
 沈殿する沈黙を誤魔化すかのように『今初めてこのことを聞いた人間が言いそうな台詞』を述べてみた。その答えは勿論知っていたがな。
「……まだ」
 終了。
 さらに空気が重くなる。
 なんだろう。俺は知らん内に地雷を踏んでしまったのか?
 しかもいつもの『激怒×罵倒攻撃』よりも、『悄然×無言攻撃』の方が数段俺の精神の弱体化を促進させてくれる。
 もともと俺のほうが鬱々状態だったのに、まるで伝染したかのようにハルヒの精神まで暗雲が垂れ込めてしまった。神人が暴れてなきゃいいが。
 この状況をなんとか打開したかったがハルヒが何故そんなに沈んでいるのかさっぱりだ。
 解決策など浮かばぬ内にとうとうハルヒと別れる地点まで来てしまった。
 少しの安堵とひどい焦燥。
「……じゃあな」
 成す術もなく俺は沈黙を守るハルヒの背中に声を掛けて、自転車置き場に向かおうとした。
 一歩進んだところで立ち止まる。いや、立ち止まるしかなかった。
ハルヒが俺のブレザーの裾を掴んでいた。表情は俯いているから見えない。
 さてどうしたもんだ、と俺は考えた。これはどういう要求を意味しているんだ?
「ハルヒ」
 無言。
 俺はハルヒと向き合うために裾を掴むハルヒの右手をとって振り向いた。
「どうしたんだ?ハルヒ」
「……って」
 なに? よく聞こえなかったんだが……
「送って!」
 いきなり我が儘言い始めた。
 支離滅裂だぞ、お前。
 しかしさっきまでのハルヒより、こういうことを言ってくるハルヒの方がホッとする。
 それに数分前の気まずさを解消するにはいいかもしれないと、俺は反論なしでその勅命を受諾した。
 日も暮れて薄暗くなった道をハルヒのナビで進む。つまり自転車で二人乗りだ。
 ハルヒは俺の両肩に手を乗せ、器用に立ち乗りしていた。
 何度も繰り返した夏休みを思い出す。あのときはハルヒという重石の負荷にうんざりさせられた。
 長門も乗っていたがアイツは空気みたいに軽かったから今と状態は同じようなものだ。
 にも関わらず今の俺は肩にかかるハルヒの体重の一部を心地好く感じていた。
 ハルヒは「次の交差点で右」とか「真っ直ぐ」とかしか言わなかったが、その口調はさっきよりもいくらか和らいでいたので俺の気も少し紛れた。
 西の空に細い三日月が浮かび街灯が灯る頃、涼宮邸に無事到着した。
 俺の家よりでかいな。予想はしてたが。
 ハルヒはストンと地面に着地した。手が俺の肩から離れる。
……なんだろう、この感覚は。
 一瞬だけ俺の胸に苦いものが過ぎった。
──虚無感?
 よくわからん。今日の俺は不安定だな。ハルヒに負けず劣らず。
 カゴに入れていた鞄をハルヒに渡した。無言で受け取るハルヒ。
 沈黙。
 気まずい雰囲気再来。
「なんか俺まずいこといったか?」
 沈黙に堪えかねて単刀直入に聞いてみた。このまま帰ったら気になって寝不足になりそうだ。
「……別に」
「じゃあなんでそんなに落ちこんでいるんだ」
「落ちこんでなんかない」
「じゃあヘコんでる」
「それ同じじゃない!」
 よし、幾分いつものハルヒになってきたぞ。言葉数少ないハルヒなんて相手にしていたらこっちのペースまで狂っちまう。
「元気がないおまえなんてらしくないぞ?」
 思わず口に出していた。
 口に出してからしまった、と思った。
 これじゃ「お前が元気ないと俺は心配なんだよ」と言ってるのと同じじゃないか。
 受け取り方によっちゃ厚意を持った台詞に聞こえなくない。俺のペースはまだ狂ったままだったらしい。ぬかった。
 ハルヒはどう受けとめただろうね。
 視線を下ろしハルヒの顔を覗うと、俺の右肘当たりを見つめながら何かを考えている。
 そして突然振り仰いで俺を見据えた。
「『あたしらしい』って何?」
 そりゃ漠然とした質問だな。それに対する答えも漠然としたものなんだが。言語化しにくいぞ。
 しかしここで答えなかったらまた悄然ハルヒに戻るかもな。何せ今も答えを期待するかのように真摯な目で俺を見上げている。
 あまり期待せんでくれ、あとでガッカリするから。
 俺は十秒かそこら頭を捻った挙句、一言でまとめることに決めた。
「そうだな──『普通じゃないとこ』か」
 何点でしょうねハルヒさん。
「もっと具体的に」
 再テストらしい。しかし具体的にと言われても……思いついたこと並べていくか。
「元気が有り余っている。行動派。言動が突飛。我が儘。唯我独尊。俺の話を聞かない。他人を平気で振回す。天気屋。大食漢。馬鹿力……」
 ハルヒの表情はどんどん不満顔に移行していった。そりゃそうだろ。
 お前を評する誉め言葉なんぞこの世に存在するのか。あるなら逆に俺に教えてくれ。
「──あんたあたしにケンカ売ってるでしょ?」
「売っていないから買わないでくれ」
 ここで美辞麗句を並べたってお前は納得せんだろうに。
「まあいいわ。じゃあ『あたしらしい返答』ってどんなのよ」
「?何の返答だ?」
「……『告白』のよ」
 なるほどね。第二問はハルヒらしい告白の答えか……と、一瞬考えかけて思考を止めた。
「待て待て、俺がそれを考えてどうする」
「あんたの意見も聞いてあげてんの」
 いつもは俺の意見なんか聞かんくせに。都合のいいヤツだ。
「あのなあハルヒ」
 ぐるりと言うべき言葉を一周考えて、俺はハルヒに語りかけた。
「その告白してきた奴は他の誰でもないお前に気持ちを伝えたんだ。ということはな、そいつはお前自身の返事が欲しいいんだよ。誰の介在もない涼宮ハルヒ本人が出した結論をだ」
 正論を述べる。本当は気が重いし、虚しい。何で声しか知らない他人の援護なんぞしているんだ俺。
 ハルヒは珍しく黙って俺の話を聞いている。口はへの字に曲げたままだがな。
 俺は続けた。
「ハルヒのことはハルヒ自身が一番よくわかっているハズだ。俺よりもな。一晩しっかり一人で考えて結論を出せ。それにハルヒは人の意見なんぞに左右されない不可侵の団長様だろう?」
 ハルヒは始終複雑そうな表情を浮かべていたが、最後の言葉にハッと表情を閃かせた。何かを掴んだらしい。
 うんうんと頷く。その表情には太陽のフレアに似た輝きがある。どうやら通常ハルヒモードが復活したようだ。
「うん、キョンもなかなかイイこと言うじゃない!」
「そりゃどうも」
「そうね!あたしはあたしなのよ!!あたしが決めたことには間違いはないわ!」
 勝手に一人で納得し始めた。しかも最後に何やら物騒な物言いもしている。
 ハルヒのアベレージを維持させるほど困難なものはないね。こいつの機嫌は常に極端だからな。
 暗雲を吹き飛ばしたハルヒは勢いつけてくるりと踵を返し、
「じゃあね、キョン!!」
 と玄関に駆け込んでいった。
 俺はやれやれと肩を竦める。自転車のペダルに足をかけ踏み出そうとしたその時、
 さっき閉まったばかりの玄関の扉がまた勢いよく開いた。
「キョン!この道真っ直ぐ行けば大通りに出るから!──あとアリガト!!」
 ハルヒの珍しい謝礼の言葉は、扉を勢いよく閉める音と重なっていたが聞き間違いないだろう。
 俺は一人苦笑して大通りを目指してペダルを漕ぎ出した。


 自宅に到着した頃には空がすっかり藍色の闇に染まってしまっていた。
 俺はいつもより帰宅が遅くなったことについて母親に小言を言われながら飯にありつき、妹にじゃれつかれながらテレビをぼんやり見て、父親にチャンネルを変えられたのを契機に風呂に入った。
 湯船に浸かりながら俺はようやく俺自身と向かい合う。別に古泉に言われたからというわけじゃないぞ。
 実を言うと、ハルヒは復活したというのに俺の方はまだ本調子じゃない。まあ俺自身のことよりハルヒの方をまず優先したからな。
 ずっとモヤモヤとしたものが胸の中に蟠っている。相変わらず正体はわからない。
 いや少し見えてきたことがある。
 俺は古泉や朝比奈さんのように楽観的に『ハルヒが断る』と思えないのだ。
 『ハルヒが断る』と思うには何か理由があるのだろう。
 対して俺がそう思えない理由が不透明で、自分が何を不安に思っているかさえ見えてこない。
 何かを忘れているような気がする。
 さてここで思考を中断した。このままだとのぼせてしまう。
 風呂から上がり、これは一晩中考え込むのは俺の方ではないかとげんなりしていたが、
 この後思いもかけない形で解答を得られることになる──



 髪を乾かし自室に戻った。鞄の中の教科書などを入れ替えて、ふと携帯を手に取る。
 そういや放課後からチェックしてねえや。
 着信メール1件。谷口からか。
 内容は予想通りくだらないアホメールだった。
 何やら今日の帰り駅前でもろタイプの女子と遭遇したらしい。他校の生徒でこれからナンパしてくるから健闘を祈れとのことだ。
 時刻からして今更健闘を祈っても無駄だろうな。いやリアルタイムでも無理か。
 しかし谷口もナンパにかける情熱を、自分を磨く方向に持っていこうとしろよ。脳内アホだからハルヒに五分で振られる──

「あ」
 俺は思わず声を出していた。
 まだハルヒの髪が長かった頃、谷口が言った言葉。
『告られて断るってことをしないんだよあいつは』
 謎解けたぜ。
 その言葉を思い出してモヤモヤはすっかり消え失せたが、フィルターがなくなった分胸の重石は存在感を増しやがった。
 つまりだ。
 俺はハルヒがこの前例によって断らないんじゃないかと不安に思っているのだ。
 まあ中学生時は遅かれ早かれ全員振ったそうだから、今回もその可能性が高い。
 だが、一時期でもハルヒが他の男とオツキアイするのかと想像しただけで軽い絶望を感じた。ハルヒに『YES』と答えてほしくない。
 あのじゃじゃ馬の手綱を引いていってくれることを誰が望んでた?俺だろ?ならこの状況を潔く受け止めろよ俺。
 しかし理屈でわかっていても心の片隅で、今にもハルヒに『断れ』と電話をしたくて仕方ない俺がいる。
 現に携帯を持つ手が今にもハルヒの番号を引き出しそうだ。
 俺はハルヒが誰かのものになるのは嫌なのだ。これはもう認めざるを得ない。
 俺は自分に問う。
『ハルヒが好きか?』
 YESだ。それは断言しよう。ただし「友人として」という名目がつくがな。
 じゃあ恋愛対象としてハルヒをどう思っているかと言われても、答えを出すための確信めいたものが今ここにはない。
 なんとも中途半端だな、おい。古泉の言っていた『一定の範囲内』とはこのことか。
 そのくせハルヒには是非とも断ってほしいと願っている。子供の駄々じゃあるまいし。
 しかし俺自身が『自分で考えろ』と言った手前、それを進言するのは憚られた。
 と言うより俺にできることはほとんど制限されてしまっていた。もうハルヒの出した結論にすべてを委ねるしかない。
 俺にとってハルヒの答えイコール判決なのだ。今の俺は差し詰め判決が下るのを待つ被告人だな。
 ああ、鈍いとこういうしっぺ返しがついてまわるのか。今更気付いても遅いんだが。

961: 2006/11/13(月) 00:21:38.10 ID:qjEq7rZS0
 暴走気味な妄想が俺を苛めて、結局寝たのは朝方だった。
 妹のボディプレスによって起され、支度をし、飯を平らげて家を出た。普通にいい天気だな。俺の心は点対称のようにどんよりだが。
 今日はやけにペダルが重く感じる。坂もキツク感じる。途中谷口のアホに会わなかったのが幸いだ。おそらく昨日の失敗の愚痴を延々と聞かされる羽目になるだろうからな。
 教室までやっと辿り着いて扉を空けると、窓の外を肘を突いて眺めているいつものハルヒの姿が目に入る。
 俺もいつも通りに「よう」とハルヒに声をかけ、自分の席についた。
 ハルヒは昨日別れたときの笑顔のままでこちらを向いた。何かに勝利したかのような笑顔だ。
 「ちょっと」と言って右手の人差し指で俺を招く。耳を貸せと言う仕草。
 俺は少しハルヒの方に体を傾けた。ハルヒはそれでも物足りなかったのか身を乗り出す。
「昨日のことだけどね、決めたわ」
 囁くハルヒの声が、息が俺の耳朶をくすぐる。なんだこの感覚は。眩暈がする。
「あたし── 」
「ストップ」
「? 何よ」
 俺はハルヒから離れた。朝から勘弁してほしい。このまま耳元で囁きつづけられたらぶっ倒れる自信があるぞ。
 ハルヒは不満気な顔に怪訝そうな色も浮かべている。
 ええと何だ。昨日のこと?
「そうよ、『返事』のこと。自分で決めたわ」
 いやそんな踏ん反り返って言われても。エライエライ、とか言って頭でも撫でてほしいのか。
「んなわけないでしょ、何バカ言ってんの? でね、あたしやっぱり──」
「ストップ」
 本日二度目。ハルヒは今にも俺に対する不満を爆発させそうな膨れっ面だ。
 その頬つつきたくなるぞ──まあ聞けよ。
「その結論とやらは俺よりまず本人に言え。昨日も言ったがその答えを一番聞きたがっているのは、そのお相手なんだぞ。それを差し置いて俺が聞くのはどうかと思うんだが」
 ハルヒは納得したようだ。「それもそうね」と椅子に座りなおす。
 ちょうどそこに岡部が教室に入ってきた。
 俺は前を向きハルヒに聞こえないようにそっと溜息を吐く。
 本当はだな、
 今すぐその答えとやらを聞きたくて山々なんだよハルヒさん。
 けれど一方で臆病な俺が、心の準備が欲しいとばかり遮ってしまった。
 その結果──
 午前の授業中目一杯使ってしなくてもいい妄想をし、どんどん神経が衰弱する始末。
 ああ朝のうちに聞いときゃ良かった。激しく後悔。
 覚悟なんて決めても決めなくても結果は同じなのになあ。


 昼休みになる頃には擦りきれた精神が思考を鈍くして、妄想の自動再生(リピート付き)は止めることできた。すっかり腑抜けと化していたがな。
 ハルヒには「なんか今日はいつもに輪を掛けてマヌケ面ね」と呆れた感想も戴いた。ほっとけ。
 飯を食っている最中、やはり谷口は昨日の愚痴および言い訳を振ってもいないのに語り始めた。
 生返事をしながら、ハルヒが返事をするとしたら昼休みなのだろうかと考える。
 そういや相手は『明日』とだけしか言ってなかったな。となれば昨日と同じく放課後か?
答えが判明するのはその後か。
 それよりも谷口、いい加減黙れ。お前の答えは昨日のうちからわかっていたから。


 食欲はなかったが機械的に弁当の中身を口に入れたため腹は充分満たされた。
 その上不本意な寝不足が加わって、午後の授業は半覚醒状態だった。瞼が重い。
 本日最後の授業は芸術の選択授業だ。
 俺は四月になんとなく美術を選択した。ハルヒは音楽だ。
 ハルヒの音楽的才能は文化祭のバンド代役事件でまざまざと見せつけられていたから、授業でもさぞかし目立っているだろうと予測できた。
 たまにコーラス部の阪中が、「涼宮さんね、今日の授業ではソロで歌い上げたのね」と自分のことのように喜んで話すのも聞いている。
 でも俺はハルヒがどんな絵を描くのか見てみたい気もする。やっぱり抽象画だろうか。長門あたりしか理解できないような。
 そんなことをぼんやり考えて授業は過ぎていった。



 美術の授業はチャイムが鳴るより少し早めに終わってくれる。こういうとき美術を選択していて良かったと思う。
 教室に戻り掃除当番でもないので、しばらく谷口や国木田と他愛もない話をしている──というか聞き流していると、音楽を選択している奴らがようやく戻ってきた。
 自然、教室になだれ込んでくる人の流れを横目で観察する。
 流れが途切れてしばらくしてもハルヒは現れなかった。

 胸騒ぎがした。

 俺は無意識にある人物の姿を目で探す。
 何の事はない、阪中は自分の席にいた。
 しかもどうやら阪中もこちらを見ていたようだ。すぐに目が合ったからな。
 俺は阪中に「ハルヒは?」と聞いた。
 阪中はちょっと眉根を寄せて、
「あのね、教室に戻る途中9組の前でクラスの子に話しかけられてついて行っちゃったのね。──誰だったのかな、あの人」
「──そうか」
 俺は答えると席を立った。阪中のもたらしてくれた情報の意味することがわかったからだ。
「あれキョン、鞄置いたままどこ行くの?」
 国木田の問いに短く「便所」とだけ答え、


廊下に出た途端、俺は猛ダッシュしていた。


 ハルヒ!
──何走ってんだよ俺。
 どこにいる!?
──俺がしゃしゃり出てどうすんだよ。
 間に合ってくれ……!
──大人しく結果を待つんじゃなかったのか?

「できるかよ」
 ムリだ。今ハルヒを見失ったら、俺こそ閉鎖空間作って神人暴れさせて世界を作り変えたくなっちまう。
 ハルヒが欠落した日常なぞ俺は堪えられない。
 だから筋違いでも俺は足掻くぞ。今決めた。



 足は自然と昨日の階段に向かった。犯人は現場に戻るって言うしな。いや犯人役は俺か?
 階段の下で一度足を止める。ひとつ深呼吸して、ゆっくり踏みしめるように上った。
 五段ほど上ったところで声が聞こえてきた。ハルヒの声。ビンゴだ。
 俺がもう一段上ったときハルヒの声がはっきりと聞こえてきた。

「キョンは関係ないわ」

──驚いたね。聞こえてきた第一声が俺の名(あだ名だが)だったのだから。
 俺は息を呑み声がした方を振り仰ぐ。
 くすりとハルヒとは違う笑い声が聞こえた。
「僕は『彼』としか言ってないよ?古泉のことかもしれないじゃないか」
 この声も聞き覚えがある。昨日の奴だ。
 しかし話が見えてこない。何故俺の名前が出てきているんだ?
 しかもさっき『キョンは関係ない』とか言ったな、ハルヒ。軽く傷ついたぞ。
 さて今この状況はハルヒが返事をする前か後か。俺は様子をみるべくその場に留まった。
 ハルヒは先ほどの男の指摘に言葉を詰まらせたかの如く黙っている。
 数秒の沈黙の後──
「涼宮さんの本当の気持ちを教えてくれないかな?」
 どくん、と心臓が大きく脈打った。
 ハルヒがなにか躊躇っているような雰囲気が俺にも伝わってくる。
 しかしその戸惑いもすぐ消え、意を決して「答え」ようとするハルヒ。
「あたしは── 」
「ハルヒいるか?」
 ハルヒが次の言葉を紡ぎ出すその前に、俺は無意識に声を掛けていた。
「──!! キョン!?」
 ああこりゃもう出ていくしかないな。俺は残りの段を消化し、踊り場で振り返った。
 見上げると二つの影。ハルヒと見知らぬ男。逆光で顔は見えなかった。どんな表情をしてるかもな。
「あんた一体……何でここに!?」
 ハルヒの声は僅かに上擦っていた。何をそんなに慌てているんだか。
 俺は白々しくいつも通りに話しかけた。
「ああ、ここにいたのか。探したぞ?」
 これは事実だ。
「なんで?」
 そりゃごもっともな質問だね。まあ確固たる理由は存在しているのだが、それをこの場で口にしていいものか──
 ここは誤魔化すか。
 古泉が──と言いかけて阪中の言葉を思い出す。こいつ9組の前で連れていかれたんだっけ。辻褄が合わないな。
 一瞬の逡巡の後、
「長門が探してたぞ」
 長門、すまん。頼んだぞ。朝比奈さんだと心許ないからな。
「有希が?なんでまた」
 ハルヒは意外だという声を上げた。
「さあな」
「そう── 」
 ハルヒは少し考えこんでパッと顔を上げた。男の方を向き、
「じゃ、そういうことだから」
 とあっさり一言告げると、一段飛ばしで階段を駆け下りてきた。こら危ないだろ。
 そして俺の顔をちらりと見ながら、スピードを緩めず横を通り過ぎてった。
 寄越してきた視線がちょっと物騒だったのは気のせいかね?
 その場に取り残されたのは面識もない男二人。
 うーん、やはり気まずい。特に俺が。
 俺は頭上の人影に声を掛けた。
「あー、そのなんだ、お取り込み中邪魔して悪かったな」
 あまり悪びれていないような態度に見えるだろうが許してくれ。俺も必死だったんでな。
「別にいいよ」
 とさらりと受けて、その人影は階段をゆっくり降りてきた。
 ここで一悶着あるかと内心身構えていた俺は拍子抜けた。
 さすが『温厚』と評される人物だな。感嘆に値するぜ。
 近づいてくるそいつの外見も柔和そのものといったカンジだ。
 男は俺の前まで辿り着くとにっこり笑っていった。
「もう返事は聞いたから」
「へ?」
 俺が思わず上げた声はかなり間抜けたものだった。
──じゃあさっきのあの問答は一体何だったんだ?
 俺の顔を見て男はふふっと軽く笑った。嫌味なカンジではなく純粋に可笑しそうに。
「さっきの聞いていたんだ?」
 ここで誤魔化すのはフェアじゃないと判断し、俺は正直に話した。
「ああ、すまない。聞こえちまった」
「うん、多分そうじゃないかな、と思ったけどね。あのタイミングは」
 男は笑いを噛み殺している。だんだん居心地悪くなってきたぞ、おい。
「しかも告白のことも知ってるみたいだね?」
 う、と返答に詰まる。ハルヒ、お前がコイツにたじろいだ理由がわかったぜ。
「まあいいけど。結果はもう出たし……さっきの答えも涼宮さんの態度でわかったし」
 そこまで言うと、男は俺に向き直って言った。
「君のことも何となくわかったしね」
 は?俺のこと?
 おい待て。何がわかったんだ?というか俺もセットなのかよ。
 なにやら釈然としない俺を置いてきぼりにして「じゃあ」と言って男は階段を降りていく。
「おい」
 思わずその背中を呼びとめた。男は足を止め振り向く。
 俺は率直な疑問を投げかけた。
「一つだけ聞くが、アイツのどこが好きになったんだ?」
 男は俺の顔をまじまじと見上げ、それから一つ微笑んで答えた。

「それは君が一番よくわかっていると思うけど?」

962: 2006/11/13(月) 00:21:39.49 ID:C1tDrC0i0
「断ったわよ」

 時は放課後、場所は文芸部室。
 ハルヒは前置きもなく俺にこう告げた。
 今部室には俺とハルヒしかいない。
 ハルヒ曰く、
「有希は今日用事があって来れないって。みくるちゃんも。古泉君はバイトらしいわ」
 俺が部室に入ってきて早々聞いてもないのに教えてくれた。
 長門のフォローか。どんな魔法で俺のその場凌ぎの嘘に気付いたかは知らんが感謝するぜ。今度何か奢ってやる。
 
 さて話を戻す。
 俺は定位置のパイプ椅子で団長様の先程の一言を拝聴した。
 一応耳には入り脳にも届いて意味も理解したが、念のため聞きなおす。
「それは『告白』をか?」
「そうよ」
 俺は「そうか」とだけ答え、大きく息を吐いてパイプ椅子に身を沈めた。天井を仰ぐ。
 さっきの男の雰囲気や言葉で、なんとなく答えは見えていたが、やはりハルヒ自身から答えを聞くまで落ち着かなかった。
 今の一言を聞いてようやく落ち着いた。落ち着いたら力が抜けた。脱力ってヤツだ。今日は本当に疲れたぜ。
 ハルヒは団長椅子からぴょんと飛び跳ねて俺の方に近づいてきた。
 にんまり微笑んで、
「なーにそんなにホッとしてるのよ? あんたもしかして、あたしが断らないんじゃないかって心配してたの?」
 からかうようなハルヒの声。
 さすが団長様。ふざけておっしゃってるつもりでしょうが、かなり的を射ててるんですよ、それ。
 俺は無言のまま、ハルヒを人差し指で招く。今朝の逆だ。
「? 何よ?」
 ハルヒが俺の方に頭を近づけるため体を屈めた瞬間、
 俺はハルヒの右腕を取って自分の方に引き寄せた。
 ハルヒがバランスを崩してよろめく──それを空いた手で受けとめて、さらにハルヒの体をくるりと回転させた。
 すとんとハルヒは俺の膝に着地した。まるで子供を抱っこしているような格好だ。
「えええええええっ!?」
 ハルヒが俺を見上げ狼狽している。
 俺はあたふたするハルヒに構わず抱き寄せた。黒髪に顔を埋める。甘い香り。
 俺は自分の心情を包み隠さず吐露した。

「そうだ、不安だったさ──だから俺は今めちゃくちゃ安堵している」

 ハルヒが息を呑んだのがわかった。
 俺はそれ以上語らず、ハルヒの艶やかな髪に顔を埋めながら、両腕でハルヒの存在を確める。
 ハルヒは最初全身を強張らせていたが、次第に力を抜いて俺の胸に体を預けた。
 心がどんどん落ち着いていく。
 ここ一日の不安や絶望の残り滓すらきれいに溶けて消えていった。



 何分経ったろう。ハルヒがおもむろに口を開いた。
「──そんなに不安だった?」
 それは今まで聞いたことのないほど優しさに満ちた声音だった。
 「ああ」と俺は呟く。
「バカね」
 ハルヒの口調は柔らかいまま。まるで小さい子供に言い聞かせるような。
「ホントバカ。言ったでしょ?あたしはあたしだって。あんただって言ってたじゃない、『人の意見なんかに左右されない不可侵の団長様』って」
 だから断ったのか。
 何だ、俺はもう昨日の内に知らず阻止していたわけか。とり越し苦労とはこのことだな。泣けてくるね。
「そうだな」
 俺は溜息一つしてそう呟いた。ハルヒはこつんと拳で軽く俺の胸を叩く。
「だから安心しなさい。あたしはあんたの側にずっといるから──」
 俺はその言葉に縋りつくかのようにハルヒを一層強く抱きしめた。ハルヒの肩がぴくんと跳ねる。
 吐息とともに俺は囁いた。
「そうしてくれ、頼む」
 それが俺の答えだ。
 この答えがいつか様々な感情に成長したり発展したりするのだろう。
 今はこれ以上の答えは出せないが、いつか遠くない未来に必ず出すから。
 それまで、
 『そばにいてくれ』


「……キョン、くるしい」
 ハルヒが俺の腕の中で身動ぎした。どうやら強く抱き締めすぎたらしい。
「あ、ああ、すまん」
 腕を緩め、ずっと埋めていたハルヒの髪から顔を上げた。
 ハルヒは少し身を引いて俺を見上げる。
 ハルヒ?
「お前なに泣いているんだ?」
 ハルヒの長い睫毛に小さな雫。そんなに苦しかったのか?
「ち、違うわよ。ちょっとびっくりしちゃっただけよ!?」
 ハルヒは慌てて手で目を隠す。手の隙間からほんのり赤くなった頬が見えた。
―─ハルヒ、それ反則。
 俺は本能的にハルヒの手を退けて瞼に軽く口付けた。
 涙で唇が少し潤う。
 ハルヒはぱちくりと大きな目を見開きしばらく固まっていた。
 かと思うと、耳まで真っ赤になりながらわなわなと口を歪め、とうとうそれを大きく開いた。
「キョン!!」
 わぁ、びっくりした。こんな間近でそんな大音声聞かせんでくれ。
「もう!! いきなり! 恥ずかしいこと! するな!」
 スタッカートを効かせてハルヒが喚く。
「すまん、あまりにも可愛かったもんでな」
「──!! そういうこともさらっと言うなー!!」
 と言ってハルヒは俺の胸に顔を伏せてしまった。
 ああ確かに恥ずかしいこといったな俺。言った端から顔が熱い。
 ハルヒは顔を伏せて俺のブレザーを掴みながら「う"ー」とか「むー」とか唸っている。
 ぽんぽんと頭を撫でてやると、今度は「アホキョン」「キョンのくせに」「キョンのバカ」とぶつぶつと呟き続けた。
 やれやれ。



 一通り俺に対して文句を並べたところですっきりしたのか、突然ハルヒがガバッと顔を上げた。うぉ、近ぇ。
 にんまりとしたアヒル口。
 うわー、なんか企んだな、コイツ。
 と思ったらネクタイをがしっと掴まれ勢いよく引っ張られた。俺の頭は連動してハルヒの目前に引き寄せられる。
 ハルヒの顔が近づいた。
──もしやこれは。
 俺は反射的に目を閉じる。
 しかし、一度夢で味わった柔らかく甘いものは予想とは違う場所に押し当てられた。
 俺の閉じた瞼に、だ。
「お返しよ」
 目を開くとへへーんと満足気な顔をしたハルヒ。やはりやられたままではいたくなかったらしい。
 目には目を、と言うわけですかね?意味が違うが。
 いや瞼でも充分恥ずかしいですけどね。現にされた瞬間から鼓動が速まったからな。
 ハルヒはケラケラと上機嫌に笑いながら、
「なぁに? キスされると思った?エッチぃわねキョンは」
「悪かったな」
 どうやら俺は至極残念そうな顔をしていたらしい。
 男とはそういう悲しい生き物なんだよ。それにおあずけくらうと、さらに欲しくなるもんだ。
「だーめ」
 ハルヒは胸の前で両腕をバツの形にし、
「なんの覚悟もなしに一時の感情に任せてしたら死刑よ、死刑。わかった?」
 これには頷くしかない。
 ただこの言葉はしっかり覚えておこう。覚悟ができたそのときのために。
 ハルヒは俺が頷くのを届けると、立ち上がった。
「さあ、もう帰りましょ」
 ハルヒは鞄を取りに団長席に向かう。
 と、何かを思い出したように足を止め振り返った。俺の鼻先にビシッと指を突きつけ、
「言っておくけど今日は特別だからね!ホントはあんなことしたら即死刑よ!」
 『あんなこと』とはどこまでを指しているんでしょうかね?
 まあ肝に銘じておきますよ、団長様。



 日も傾いた夕暮れ時。
 昨日と同じくハルヒと二人で坂道を下る。
 昨日とは打って変わってハルヒは機嫌が良いし、俺の気分も晴々としているがな。今夜はぐっすり眠れそうだ。
 ハルヒなんぞたまに鼻歌を歌っている。今日の授業で歌った曲だそうだ。しかしモルダウってそんなに明るい曲だったか?
 ところでだな。
「お前あいつに『本当の気持ちを教えてくれ』とか聞かれてたが、あれは何だったんだ?」
 ぴたと足と鼻歌を止め、ハルヒは俺をじとっと咎めるような目で振り返る。
「やっぱり聞いてたのね?」
「聞こえてきたんだ」
 俺は弁明らしきものをしたが、ハルヒは疑わしげな顔つきで「ふーん、どうだか」と呟く。やはりバレバレだったか。
 ハルヒは少し黙ったまま何か考え込んだ後、悪戯っぽい目をして俺を見上げた。
「知りたいの? キョン」
「ああ」
 教えてくれるなら教えてほしい。ちょっと──いやかなり気になるからな。
 ハルヒはふふんと鼻を鳴らしたかと思うと、
「教えてあげない!」
 と告げ、突然跳ねるように駆け出した。二、三歩進んだところで止まりくるりと踵を返す。
 満面の笑顔。まるで季節はずれのヒマワリみたいだ。


 俺はハルヒのその笑顔に、あの男に対する問いかけの『答え』を見つけた。



──終わり

引用: ハルヒ「ちょっとキョン!あたしのプリン食べたでしょ!?」