191: 2009/09/03(木) 17:00:11ID:961sxZKA
「バイストン・ウェルの物語を知る者は幸せである

心豊かであろうから
私達はその記憶を記されて地上に生まれてきたのにもかかわらず
思い出すことの出来ない性を持たされたから

それ故にミ・フェラリオの語る次の物語を伝えよう」


映画「けいおん!」【TBSオンデマンド】

192: 2009/09/03(木) 17:13:40ID:961sxZKA
第1話『聖戦士たち』

「たはは…」

ため息混じり苦笑を浮かべ公共職業安定所から出て来る少女
彼女の名は田井中律
大学進学を蹴り、女優を夢見て上京するも、折しの不況の憂き目に会い、生活費を工面する事が出来ず敢え無く挫折
四年の時を経て田舎にとんぼ返りを果たしたのである

「はぁ-参った参った…」

表情には決して出せないが彼女の心中は焦燥感で溢れ返っていた
あれだけ大仰に女優になると宣言し必氏に制止した家族を振り切り、自分勝手に家を飛び出してしまったのだから
家では彼女の居場所は無くなり、昼夜問わずひっそりと部屋に篭る毎日が続いていた

193: 2009/09/03(木) 17:49:37ID:961sxZKA
「ちくしょう…」

思わず地面にのたっていた空き缶を蹴り飛ばす

「なんだってこんな時期に不況なんだよ…大人達のくだらない争い事の煽りで
-なんだって私達の夢が潰えなきゃならないんだよ!」

誰もいない神社で律は吐き出す様に叫んだ。そして自嘲

理解はしている。なにも不況だけの責任ではない

四年間、あれだけの稽古を重ねたのに、主役どころか舞台にすら上がれなかった自らの実力不足が何より彼女を東京から引き離したのだろう
「元々、才能無いんだよね…片手間でやってたヤツに負けちゃうんだもん」

携帯電話のデータ・フォルダに保存してある写真を眺める

ピーター・パンの衣装に身を包み満面の笑みで宙を舞う可愛いらしい少女

-平沢唯

高校時代に同じ軽音楽部に所属し、全くの未経験ながらリードギター・リードヴォーカルを難無く熟した、 -普段の姿からはまるで想像が着かないのだが- 才女である

彼女も自力の為に、東京で一人暮らしの大学生活をしており、友人である律の稽古の見学に来ていた所、突然「お芝居をやってみたい」と言い出し入団

半年後には看板女優になっていた


194: 2009/09/03(木) 22:07:23ID:961sxZKA
「くっ……」

思わず携帯電話を握り絞める
時折、心を蝕む怒りは唯が憎い為ではない。自分自身が不甲斐ないからだ

『選ばれるのはほんの一握りの人間だけ』

その現実の厳しさを酷く痛感していたからだ
軽音楽部では想像も出来なかった、社会の『限られた椅子』
何の事はない。単純に自分は実力不相応で椅子からはみ出してしまっただけだ

「負け犬が…なぁに言ったって…無駄さ」

他に行く宛てもない彼女はいつもの様に神社に設置されたベンチにゴロりと横たわった

195: 2009/09/03(木) 22:21:45ID:961sxZKA
「…む」
暫く昼夜逆転生活を送っていたからか、いつの間にか寝入ってしまった

目を覚ますとそこは、壁一面真っ白な煉瓦に囲まれた部屋のベッドの上だった

「…なぁに!?」

無論、自宅ではないし、この様な古ぼけた部屋は初めてだ
慌てて飛び起き、部屋から出ようとする-が、その瞬間、彼女の手を誰かが引いた
「-なっ、なん……」

見覚えがある釣り目がちな瞳
そして水に濡れた墓石の様にきらびやかに光る黒い髪

「久しぶりだな、律」

そして端正に整えられた清楚な顔立ち
忘れよう筈のない幼稚園以来の親友

「み、澪!?」

「違う。今の私は-」

198: 2009/09/08(火) 14:03:38ID:TGWiZh9g
「…今から行うのは狩猟である
喰いたいから獲物を狩る
此、ごく自然な事である」

まるで昆虫の触手の様な髪を振り乱し 高らかな口調で厳つい形相の男達を扇動するのはまだ幼さの抜けない少女である

アジア随一の暗躍組織 通称・猫耳「キャッツイヤー」
その規模はもはや単なる盗賊団などという陳腐なものではなく、かつて世界を席巻した宗教団体をも遥かに凌駕していた

「失礼します。野梓様-獲物を多少、増やすのはいかがでしょうか。些か食糧品ばかり狙うのでは、全体の指揮にも影響が出ようと思われますが」

幹部格であろうか
逞しい髭を蓄えたオールバックの男は、野梓と呼ばれる少女の元にひざまずき、野太いの男で囁いた
しかし、野梓はそれに答えず、代わりに面倒臭さそうに手下を横目で睨み据え、胸元にある鈴をちりんと鳴らした

慌てて手下は目線を逸らし立ち退く
ここでは無粋な質問は命取りだ
男も重々承知の様で
「失礼致しました。差し出がましい意見をお許し下さい」

一礼し、そう告げると野梓の毛繕いを始めた
まるで猿が首領格の猿のノミ取りを率先して行う様にも見えた

「よい。貴様達の考えも解る。確かに世の中は金で回っておる。
-しかし我々は義賊だ。生きる為に奪う者でありか弱き者の為に闘う者である!」

その小さな身体を翻し、拳を突き上げ壇上に立ち上がり団員を鼓舞する

「我々は猫耳!地球儀は我々の手の内に在り!」

それに続いて団員達も拳を突き上げ、偉大なる首領の名を叫ぶ

チュ・ヤシン!

…中・野梓と

199: 2009/09/08(火) 14:23:19ID:TGWiZh9g
「おえっぷ……」

運動神経は悪くないと自覚していたが、やはり人間、宙に浮く乗り物というのはなかなか恐怖が抜けないものだ

(うぇ~吐きそう)
早く楽になりたい…恐怖心と乗り物酔いで思わずハンドルレバーを離したくなる
「こら!馬鹿律!」
その時、スピーカーから甲高い声が鳴り響き、我を取り戻した律は慌ててレバーを起こす

「み、み、澪ちゃん~大丈夫よん」

「まったく…!慣れるまで私が着いててやるから、早く操縦覚えなさいよ!」

モニターから真下を眺めると緑色した人型のロボットが羽根を揺らして旋回していた

「ビアレス…だっけ…澪、私にもそういうの乗せてって言わなかったっけ?」

「なに言ってんの。小型のウィングキャリバーですらまともに操縦出来ない癖に。無理に決まってるだろ!」

「そりゃまあ……くくっ」

「なんだよ?」

派手なデザインの操縦服を見事に着こなし、見知らぬ世界で自分に説教する澪が可愛いらしくて思わず噴き出してしまった

「別に~なんでも~」

「変なヤツ。先に行ってるからな。ちゃんと着いて来いよ!」

言うな否や-ビアレスは煌めく粒子振り撒き、電光石火で律の目前から消えて行った

「あ!こら!待て…………い、意地悪!」

206: 2009/09/17(木) 01:39:13ID:1Xv1HJUW
数時間後、澪の手助けもあり、無事帰還した律は暫く氏んでいた
いや氏んだように突っ伏し寝ていた

極度の過労と自分自身の技術の無さ
そして度胸の無さを痛感しながら

-今日も一日中、澪の足を引っ張ってしまった
やっぱり私にはこの仕事も向いていないのではないだろうか。
迷惑をかける前に退くのがこのバイストン・ウェルで輝いている澪の為でもあるのではないか

「みお…」

律は枕に顔を埋めたまま、添い寝をしていた澪に声をかけた
「なんだよ」

「私…さ」

「バカ律。もう弱音を吐くつもりじゃないだろうな。」

「っ!?」

図星。思わず飛び起き、澪に詰め寄った。
彼女にはどうしてここまで自分の事が解ってしまうのか
不思議でならなかった

「だって!」

「まだ何日も経ってないだろ…私だってあれを乗りこなすのに何ヶ月もかかったんだ」

「そんなこと言ったって…私は空を飛ぶのも怖いんだ。やっぱり才能ないんだよ」

言い終わらないうちに、律の瞼から涙がこぼれ落ちた
澪は何も言わず、そっと律を抱きしめ

「--お前は堕ちない。お前自身が信じていれば、必ず、お前のオーラ力がお前自身を守ってくれる」

意味ありげな言葉を放った
生命のエネルギーであるオーラ力
まだ律は詳しい説明を受けていなかったので理解は出来なかったのだが

「例えオーラ力が失くなっても私がお前の翼になって支えてやる。だから今は上手く飛ぶ事だけを考えていればいい」

そう耳元で囁き、口づけをし、意識が途切れた

「みお?」

疲労困憊だったのは律だけではない

いつの間にか二人は眠りについていた

207: 2009/09/17(木) 02:07:29ID:1Xv1HJUW
雲北市・流纒港


「首領。配置完了致しました」

頭を垂れひざまづく部下にいつもと変わらず斜に構えるような瞳の一瞥をくれると、野梓は無表情で首元の鈴をちりんと鳴らした

この小猫の鈴の音が作戦開始の合図なのだ
乗り込むは日本海を渡航する予定のくすりをたんまり積んだ偽装大型タンカー

敵対する組織の所有物だが、一応の境界線はある
しかしながら彼らは明らかに度が過ぎていた
臓器・人身売買・くすり密輸
このまま野放しにしておいたら間違いなくインターポールに嗅ぎ付けられる
同業者の失態は同業者の失態を産む
つまるところ飛ばっちりはごめんというわけだ

駆ける脚は無音の擦り足
月下に映える無数の流線は瞬く間に散ったかに見えたが、既に見張りを拘束し船内に乗り込んでいた
全てが片付き、悠然とタラップを渡っている時だった

「ン!」

何者かの視線に気が付き、野梓は咄嗟に振り向いた
誰もいない そこには薄汚い段ボールがあるだけだった

「気のせい…ね」

野梓は踵を帰すと、船内に姿を消した

208: 2009/09/17(木) 23:47:49ID:1Xv1HJUW
「ふぅ…危なく見付かる所だったわ」

団員の気配が消えるとごそごそと段ボールの中から茶色く染めた長髪が映える、大人びた女性が顔を出した
-寸での所だった
いや、野梓は気付いていたのではないだろうか

「あ」

思わず気が緩んだのか、ついつい手放してしまった段ボールは突風で吹き飛ばされ闇夜に消えて行ってしまった

体内内蔵型通信機から声が届く
『さわ子先生!大事な段ボールが!』

「ふふん、いつまでもあんなモノに頼る気はなかったわ」

先程まで後生大事に抱えていた隠れ蓑を失ったというのに自信に満ちた目で天を突き刺すその姿は、とても隠密
ましてや潜入のエキスパートには見えなかった

『では気を取り直して、こちらMADDEVIL。これよりスニーキングを開始するわ』

209: 2009/09/17(木) 23:58:21ID:1Xv1HJUW
姉の影響が強すぎた
一括りにしてしまえばそこで終わりだろう

自分の存在理由を見失った天才の片割れは堕落し
再びその糧を手中に招き入れんが為


神に成り損ねた悪魔は更に罪を重ねる



「また通り魔だって、最近物騒だから、憂も気をつけてよ~」

引用: 唯「あんにんどうふ?」