546: 2017/07/16(日) 09:57:42.19 ID:mfupQyYg0
ガンちゃん実装で練り直しとなった奴を今更ながら流す
「まだだ……。まだ、終わりが見えない……」
日本某所にある、御雷基地の執務室。提督は疲労困憊していた。確認や押印を要する書類が、机上に残っているのである。
「随分片付けたけど、まだまだあるのね」
渡されたものをそう言いながら、雲龍は整理している。代理とはいえ秘書艦の彼女もまた、一挙手一投足に疲労を滲ませていた。
休むのも惜しいような状況下で、疲れは着実に、二人の身にのしかかっている。
「提督というのは常々、こういうものなのか?」
「そうでもなかったとかなんとか」
声は出る。ゆえに、視線を動かす余裕が惜しい。会話はすれど、向き合うことはない。
雲龍もまた、秘書艦代理として目を通していたのだ。本来の秘書艦に、伝えるべき事項があるといけないからである。
「この調子なら、いつまでになる?」
すっかり冷めた夜食を片手間に流し込み、提督は問う。次々書類へ目を通し、時に押印し、そして雲龍へ送り出す。
「早ければ翌朝。そう思いたいけれど……」
渡された書類に目を通し、分別された書類の山に突っ込み、次なる書類を確認する。
単調だが集中を要する作業に、彼女もまたふらついていた。手こそ止まらないものの、目が今にも閉じそうでいる。
一瞬の隙に飲んだ茶も、これではとても眠気防止薬を代替しえない。
「なんでこうも無茶をしてるんだろうな」
「そうね。代わっても良かったのに……」
夜食を差し入れてきた金剛達が、二人の脳裏を過ぎる。あの溌剌さを分けて欲しかった、と悔やむ。
無自覚の強がりが二人を苦しめる。冷えた空気が睡眠を推奨して止まない。日通しの作業から、体の悲鳴の幻聴がかすかに響きだす。
悔やむべきが別であると、この時はかけらも気づいてはいない。それほどに二人は疲れていたのだ。
「我が事ながら、何をしでかしてんだか」
「お互い、抜けてる人ね」
「そうだな。早急に引継ぎを終えるといっても、既にいる連中が大体のことを知っているんだ。数日は俺抜きでも回るんだが……」
「そう気楽なことを、言ってもいられない」
「ご明察。……しかし、だ」
しかし、提督の手は急に止まった。雲龍もそれに気付くとすぐさま、提督を見て作業をやめる。
疑問に歪む瞳と決意に満ちた瞳が見つめ合う。だが、それが競ることはない。
「……一旦、休もう。これ以上は体を壊しかねない」
「ここまでの時間と捌いた量を考えれば、妥当な判断だと思うわ。いいじゃない」
思い切って決断すれば、それは即行たりえてしまうもの。ソファに横たわると間もなく、意識はその身を離れた。
極限にあってようやく訪れた眠り。二人は泥のように眠りこける。月光と潮風に包まれる、未明の基地で――
――雲龍が目覚めたのは、昼を目前に控えた頃だった。自責の念を抱きながら、緩慢とした身体をおもむろに揉み解す。
と、いつの間にか己が布団を掛けていた事に気付く。見れば、机の向こうで眠る提督も同様だった。
「……粋なことをしてくれるのね。誰かしら?」
机には整理した書類とは別に盆が置かれていた。その上のものが寝覚めの一食であるのは、一考するまでもない。
逆さの茶飲みと、食品用ラップフィルムに包んだ塩むすびが二個ずつ。湯気をくゆらせ、緑茶の匂いを漂わせる急須。
それを共に頂くために、雲龍は提督の許に動く。急須の口が、彼女の側に向いていたからである。
「起きて、提督」
雲龍に揺すられ、提督の顔に被せていた軍帽が落ちる。寝惚け眼が現れ、ぎろりと金眼を見つめ返した。
余談だが金眼は金色に輝くのは光の加減の産物であり、普段は琥珀色である。
また、オオカミによく見られる色である事から『狼の目(Wolf eyes)』とも呼ばれるが、かの『飢えた狼』の虹彩も琥珀色と見られる。閑話休題。
「どうしたぁ? 東【ひんがし】に斜陽が見えてんかぁ?」
「そうじゃなくって、もうお昼」
と、途端に跳ね起きる提督。突然の行動に驚いた雲龍は提督の首に手を回す。わずか一秒のうちに二人は床に転げてしまった。
机にぶつかり、ガタンと音が響き、塩むすびが倒れる。
「提督……、大丈夫……?」
数秒後、呻きながら雲龍が仰向けのまま、頭を上げて足の側を見る。体にのしかかる物体が提督か否か、確かめるためだ。
「あら……。……ふふっ」
答えは是であった。豊満な胸部装甲へ顔を埋める提督がいたのだ。倒れた際に絞めてしまったか、打ち所が妙に悪かったのか、起きる様子はない。
雲龍は胸に掛かる吐息から彼の生存を確認すると、上体を起こしながら提督をそっと抱擁した。
「可愛い……。色々、してあげようかな」
提督を抱き起こし、再びソファの上に寝かせる雲龍。それから彼女が提督の軍帽と布団を持って彼の方を向くと、丁度提督は目覚めた。
が、途端に咳き込みだしてしまった。どうやら気を失ったのは、首が絞まったせいらしい。
「て、提督っ……!?」
さすがの雲龍も狼狽の色を見せた。提督の傍へ座って手元のものを横に置くと、彼の背中をさすりながらその顔を覗き込む。
顔は苦悶に歪んでいた。不安に色づく雲龍の顔に、雲を思わせる普段のそれは見えない。
「ごめんなさい、私ったら……」
返事は彼の咳が止み、荒い息が収まるまで待った。
「いや、気にするな。俺が慌てふためいたばかりに起きたことだ」
「けど……」
私の受け止め方にも非があった。そう、提督は言わせなかった。翳された手が、聞きたくないと告げたためだ。
「……提督?」
「言うな、雲龍。今は……、休もう。昼餉時なんだ。飯もある」
そう言って軍帽を手にとって膝に置いた提督は、続いて塩むすびに手を伸ばす。既に少々冷めているが構うことなく取り、ラップを外していく。
対する雲龍は彼の言葉を反芻する。自分の自責に、嫌悪とも取れる対応をした。そう、提督の言葉が彼女に響いていく。
(提督なりに私を思っているのは分かるけど……。ううん、今は考えてもしょうがないことね……)
雲龍も簡素な食事と向き合い、急須と茶飲みを取った――
「まだだ……。まだ、終わりが見えない……」
日本某所にある、御雷基地の執務室。提督は疲労困憊していた。確認や押印を要する書類が、机上に残っているのである。
「随分片付けたけど、まだまだあるのね」
渡されたものをそう言いながら、雲龍は整理している。代理とはいえ秘書艦の彼女もまた、一挙手一投足に疲労を滲ませていた。
休むのも惜しいような状況下で、疲れは着実に、二人の身にのしかかっている。
「提督というのは常々、こういうものなのか?」
「そうでもなかったとかなんとか」
声は出る。ゆえに、視線を動かす余裕が惜しい。会話はすれど、向き合うことはない。
雲龍もまた、秘書艦代理として目を通していたのだ。本来の秘書艦に、伝えるべき事項があるといけないからである。
「この調子なら、いつまでになる?」
すっかり冷めた夜食を片手間に流し込み、提督は問う。次々書類へ目を通し、時に押印し、そして雲龍へ送り出す。
「早ければ翌朝。そう思いたいけれど……」
渡された書類に目を通し、分別された書類の山に突っ込み、次なる書類を確認する。
単調だが集中を要する作業に、彼女もまたふらついていた。手こそ止まらないものの、目が今にも閉じそうでいる。
一瞬の隙に飲んだ茶も、これではとても眠気防止薬を代替しえない。
「なんでこうも無茶をしてるんだろうな」
「そうね。代わっても良かったのに……」
夜食を差し入れてきた金剛達が、二人の脳裏を過ぎる。あの溌剌さを分けて欲しかった、と悔やむ。
無自覚の強がりが二人を苦しめる。冷えた空気が睡眠を推奨して止まない。日通しの作業から、体の悲鳴の幻聴がかすかに響きだす。
悔やむべきが別であると、この時はかけらも気づいてはいない。それほどに二人は疲れていたのだ。
「我が事ながら、何をしでかしてんだか」
「お互い、抜けてる人ね」
「そうだな。早急に引継ぎを終えるといっても、既にいる連中が大体のことを知っているんだ。数日は俺抜きでも回るんだが……」
「そう気楽なことを、言ってもいられない」
「ご明察。……しかし、だ」
しかし、提督の手は急に止まった。雲龍もそれに気付くとすぐさま、提督を見て作業をやめる。
疑問に歪む瞳と決意に満ちた瞳が見つめ合う。だが、それが競ることはない。
「……一旦、休もう。これ以上は体を壊しかねない」
「ここまでの時間と捌いた量を考えれば、妥当な判断だと思うわ。いいじゃない」
思い切って決断すれば、それは即行たりえてしまうもの。ソファに横たわると間もなく、意識はその身を離れた。
極限にあってようやく訪れた眠り。二人は泥のように眠りこける。月光と潮風に包まれる、未明の基地で――
――雲龍が目覚めたのは、昼を目前に控えた頃だった。自責の念を抱きながら、緩慢とした身体をおもむろに揉み解す。
と、いつの間にか己が布団を掛けていた事に気付く。見れば、机の向こうで眠る提督も同様だった。
「……粋なことをしてくれるのね。誰かしら?」
机には整理した書類とは別に盆が置かれていた。その上のものが寝覚めの一食であるのは、一考するまでもない。
逆さの茶飲みと、食品用ラップフィルムに包んだ塩むすびが二個ずつ。湯気をくゆらせ、緑茶の匂いを漂わせる急須。
それを共に頂くために、雲龍は提督の許に動く。急須の口が、彼女の側に向いていたからである。
「起きて、提督」
雲龍に揺すられ、提督の顔に被せていた軍帽が落ちる。寝惚け眼が現れ、ぎろりと金眼を見つめ返した。
余談だが金眼は金色に輝くのは光の加減の産物であり、普段は琥珀色である。
また、オオカミによく見られる色である事から『狼の目(Wolf eyes)』とも呼ばれるが、かの『飢えた狼』の虹彩も琥珀色と見られる。閑話休題。
「どうしたぁ? 東【ひんがし】に斜陽が見えてんかぁ?」
「そうじゃなくって、もうお昼」
と、途端に跳ね起きる提督。突然の行動に驚いた雲龍は提督の首に手を回す。わずか一秒のうちに二人は床に転げてしまった。
机にぶつかり、ガタンと音が響き、塩むすびが倒れる。
「提督……、大丈夫……?」
数秒後、呻きながら雲龍が仰向けのまま、頭を上げて足の側を見る。体にのしかかる物体が提督か否か、確かめるためだ。
「あら……。……ふふっ」
答えは是であった。豊満な胸部装甲へ顔を埋める提督がいたのだ。倒れた際に絞めてしまったか、打ち所が妙に悪かったのか、起きる様子はない。
雲龍は胸に掛かる吐息から彼の生存を確認すると、上体を起こしながら提督をそっと抱擁した。
「可愛い……。色々、してあげようかな」
提督を抱き起こし、再びソファの上に寝かせる雲龍。それから彼女が提督の軍帽と布団を持って彼の方を向くと、丁度提督は目覚めた。
が、途端に咳き込みだしてしまった。どうやら気を失ったのは、首が絞まったせいらしい。
「て、提督っ……!?」
さすがの雲龍も狼狽の色を見せた。提督の傍へ座って手元のものを横に置くと、彼の背中をさすりながらその顔を覗き込む。
顔は苦悶に歪んでいた。不安に色づく雲龍の顔に、雲を思わせる普段のそれは見えない。
「ごめんなさい、私ったら……」
返事は彼の咳が止み、荒い息が収まるまで待った。
「いや、気にするな。俺が慌てふためいたばかりに起きたことだ」
「けど……」
私の受け止め方にも非があった。そう、提督は言わせなかった。翳された手が、聞きたくないと告げたためだ。
「……提督?」
「言うな、雲龍。今は……、休もう。昼餉時なんだ。飯もある」
そう言って軍帽を手にとって膝に置いた提督は、続いて塩むすびに手を伸ばす。既に少々冷めているが構うことなく取り、ラップを外していく。
対する雲龍は彼の言葉を反芻する。自分の自責に、嫌悪とも取れる対応をした。そう、提督の言葉が彼女に響いていく。
(提督なりに私を思っているのは分かるけど……。ううん、今は考えてもしょうがないことね……)
雲龍も簡素な食事と向き合い、急須と茶飲みを取った――
547: 2017/07/16(日) 09:59:06.31 ID:mfupQyYg0
「――『第四次日欧間軍事交流に当たり、御雷島(以下甲)の御雷鎮守府へE.U.F(欧州統一戦線)より新在日艦娘(以下乙と総称)を暫定異動させる』。
……四回目か。外国艦も増えてきてるんだな……」
二人は昼食を終え、時計は一二三〇を過ぎていた。書類の山はソファに挟まれた机に移され、再び書類に目を通し、時たま判を押し、筆を走らせる。
「そうね。……『今回、甲は下北基地沖にて新遣欧艦娘(以下丙と総称)を収容し、函館沖へ移動』……」
「『甲は丙をヴァニノへ乗艦させた後、乙を収容。作業完了後、速やかに横須賀鎮守府へ移送せよ』……」
今はそのうちの一つに目を通していた。大きな話が記された、数枚の書類だ。一部は折りたたまれており、枚数以上の厚みがある。
「ここを動かすのは大変だとここの日衛軍(日本防衛軍)の人とかから聞いてるが、大本営も随分無茶をさせるな」
そう言いつつ提督が思考を巡らせていたのは、自身の基地から一人だけ遣欧させる、艦娘についてだった。
浮かぶ候補はセイロン沖海戦参加に参加した艦娘。しかし、日本海軍は二隻を基本的な編制単位としてきた組織。
姉妹艦の間柄を考慮すると、候補が急速に絞られてしまうのだ。提督は他の鎮守府での選出方法が気になってしょうがない。
「仕方ないわ。他が本州南方沖だったり東シナ海を見ている以上、比較的平和なここしかないですもの」
「『太平洋』と言うだけあって間違っちゃいないが、なんだかなぁ……? にしても、国軍とかの関与が小さいような……」
「深追いは禁物よ? 形はどうあれ、前の提督みたいなことに……」
「思っただけだ。心配するな」
とは言うものの、今回の移動はそのことごとくが日本含む各国の対深海棲艦組織によるもの。提督にはその度合いがやけに小さく見える。
「来る子も向かう子も大変そう……。何日も掛けて移動するんでしょう?」
「ああ、10日はざらだ。まず、ポーランドのグディニャ海軍基地から軍用列車でナホトカにあるボストチヌイ港まで行く。
そこからはユ連(ユーラシア民主主義共和国連邦)海軍の強襲揚陸艦『ヴァニノ(Vanino)』に乗せてもらい、函館基地沖まで行く。
道中はE.U.F在ボストチヌイ艦隊が護衛し、こいつらは新在日艦娘がうちに来たら今度は新遣欧艦娘をヴァニノに乗せてボストチヌイへ戻る。
で、新在日艦娘は島ごと一路三浦半島南方沖まで移動し、独立第一任務部隊の潜水艦『けんおう(剣凰)』に搭乗。
横須賀基地の鎮守府の下に着けば、異動は完了。後はけんおうがここに戻ってくるだけ、というわけだ」
「随分長い旅ね。こっち(皇国海軍)からの子はその逆を?」
「そうなる。この島を出てからグディニャまでの部分は、新在日艦娘の逆を辿るわけだ」
この移動に関与するのはE.U.F、ユ連軍、日衛軍、そして皇国海軍。OSCE(欧州安全保障協力機構)もいるにはいるが、ほとんど関与していない。
また他の組織の名前は、あっても挙げるほどでもない零細なものらしく、どれも提督、雲龍の両氏に馴染みがない。
ここでE.U.Fの上の組織がいないことを不思議がる二人だったが、しばし後にE.U.Fが全て背負い込んだ、という形で納得した。
「……しかしまあ、航空機が飛ばせれば早いんだが……。結構な確率で撃ち落されるからな。深海棲艦の餌を撒くようなもんだ」
「ユ連軍も日衛軍も大変ね。自前の対深海棲艦戦力を持ってないっていうのに……」
二人の話すように、深海棲艦は一部だけとはいえ長射程かつ高精度の対空迎撃能力を備えており、日ユの艦娘はE.U.Fまたは皇国海軍の管轄だ。
艦娘の放つ艦載機で艦娘の移動などできず、艦船からの迎撃は雷撃や潜水艦に比較的弱く、砕氷船での移動は当然却下されている。
そして今回の場合、通りうるほとんどの海が未だ凍り付いており、そんな環境下で艦娘がまともに動けるはずもない。
そのため、海上は不凍港同士のボストチヌイ-函館間を通り、現地のE.U.F部隊に護衛させる形態を取るのだという。
「日衛軍がうち(皇国海軍)と島を共有している以上、少なくともここにいる部隊にはなるべく迷惑を掛けないようにしないとだな」
「ええ。……『けんおう』?」
「どうした、気になるか?」
いえ、と雲龍。見れば、彼女は笑いに震えていた。堪えるのに必氏らしく、提督にもその理由はすぐ知れた。
日本語でしか通じないだろう、『遣欧』と潜水艦の『けんおう』という名を引っ掛けた洒落である。そこに笑いが生じた。
提督は、堪えながらも豪快に。雲龍は、小さな鈴が鳴るかの如く控え目に。一頻【しき】り、二人は笑った。
それがしばらくして止んで、更にどれほど経っただろうか。最初の声が生じた。
「……はあ。……こんな事はいいんだ」
ため息と、何かを悟ったような言葉だった。たかだか数枚の書類の、その内容が、思い出したように二人の脳を揺する。
「雲龍、うちからは誰を出す?」
「そうね……」
執務机の引き出しから取り出した所属艦娘の一覧に、二人して目を通す。
目ぼしい艦娘を見つけては別に用意した白紙に書き留め、終えた時には十人と書かれていなかった。
談議が始まり、案が渦巻きだす。だがこの渦が易々と動くはずもない。一方立てば他方が立たず、妥協と譲り合いの応酬が巻き起こる。
「鳥海は?」
「主戦力だから下手に外せない」
「川内」
「静か夜はいい。だが、川内型の均衡が崩れてはな……」
抜けがいるのが、なんとも難しいところであった。特に、ある種うってつけの龍驤はなぜか、この鎮守府にはいない。
「こうなってくると、一番波風が立たないのは……」
「磯波に、なるわね……」
「そうなったのはいいが、どうにも消極的な選出方法になってしまったな。よその出した子と、重複しなければいいんだが……」
と、提督の肩に手が掛かる。反応して横を見やる彼だが、その目を雲龍が、今度は優しく見つめてきたのだ。
「提督、心配するような事じゃないわ。主役にならなくたって、彼女はその前に名脇役よ」
目つきに反して言葉は強かで、提督の杞憂に、彼女は面と向き合っていた。
「……そうだな。有給休暇の代わりとしては難だが、彼女の糧になることには違いない。それに、彼女は努力家だ、と。そう聞いている」
細長い息を挟んで、言葉を返す。驚愕が浮かんだのも一瞬のうちで、彼の顔は微笑んでいる。
「そう、前線にほとんど立っていなくても、後方で頑張ってきたのがあの子。きっと、実を結ぶような努力ができるわ」
「雲龍……」
呼ばれるままに彼女は立ち上がり、提督の正面で彼の両肩を掴む。その微笑みが、提督には少し眩しく感じられる。
「大丈夫よ。信じてあげて」
……四回目か。外国艦も増えてきてるんだな……」
二人は昼食を終え、時計は一二三〇を過ぎていた。書類の山はソファに挟まれた机に移され、再び書類に目を通し、時たま判を押し、筆を走らせる。
「そうね。……『今回、甲は下北基地沖にて新遣欧艦娘(以下丙と総称)を収容し、函館沖へ移動』……」
「『甲は丙をヴァニノへ乗艦させた後、乙を収容。作業完了後、速やかに横須賀鎮守府へ移送せよ』……」
今はそのうちの一つに目を通していた。大きな話が記された、数枚の書類だ。一部は折りたたまれており、枚数以上の厚みがある。
「ここを動かすのは大変だとここの日衛軍(日本防衛軍)の人とかから聞いてるが、大本営も随分無茶をさせるな」
そう言いつつ提督が思考を巡らせていたのは、自身の基地から一人だけ遣欧させる、艦娘についてだった。
浮かぶ候補はセイロン沖海戦参加に参加した艦娘。しかし、日本海軍は二隻を基本的な編制単位としてきた組織。
姉妹艦の間柄を考慮すると、候補が急速に絞られてしまうのだ。提督は他の鎮守府での選出方法が気になってしょうがない。
「仕方ないわ。他が本州南方沖だったり東シナ海を見ている以上、比較的平和なここしかないですもの」
「『太平洋』と言うだけあって間違っちゃいないが、なんだかなぁ……? にしても、国軍とかの関与が小さいような……」
「深追いは禁物よ? 形はどうあれ、前の提督みたいなことに……」
「思っただけだ。心配するな」
とは言うものの、今回の移動はそのことごとくが日本含む各国の対深海棲艦組織によるもの。提督にはその度合いがやけに小さく見える。
「来る子も向かう子も大変そう……。何日も掛けて移動するんでしょう?」
「ああ、10日はざらだ。まず、ポーランドのグディニャ海軍基地から軍用列車でナホトカにあるボストチヌイ港まで行く。
そこからはユ連(ユーラシア民主主義共和国連邦)海軍の強襲揚陸艦『ヴァニノ(Vanino)』に乗せてもらい、函館基地沖まで行く。
道中はE.U.F在ボストチヌイ艦隊が護衛し、こいつらは新在日艦娘がうちに来たら今度は新遣欧艦娘をヴァニノに乗せてボストチヌイへ戻る。
で、新在日艦娘は島ごと一路三浦半島南方沖まで移動し、独立第一任務部隊の潜水艦『けんおう(剣凰)』に搭乗。
横須賀基地の鎮守府の下に着けば、異動は完了。後はけんおうがここに戻ってくるだけ、というわけだ」
「随分長い旅ね。こっち(皇国海軍)からの子はその逆を?」
「そうなる。この島を出てからグディニャまでの部分は、新在日艦娘の逆を辿るわけだ」
この移動に関与するのはE.U.F、ユ連軍、日衛軍、そして皇国海軍。OSCE(欧州安全保障協力機構)もいるにはいるが、ほとんど関与していない。
また他の組織の名前は、あっても挙げるほどでもない零細なものらしく、どれも提督、雲龍の両氏に馴染みがない。
ここでE.U.Fの上の組織がいないことを不思議がる二人だったが、しばし後にE.U.Fが全て背負い込んだ、という形で納得した。
「……しかしまあ、航空機が飛ばせれば早いんだが……。結構な確率で撃ち落されるからな。深海棲艦の餌を撒くようなもんだ」
「ユ連軍も日衛軍も大変ね。自前の対深海棲艦戦力を持ってないっていうのに……」
二人の話すように、深海棲艦は一部だけとはいえ長射程かつ高精度の対空迎撃能力を備えており、日ユの艦娘はE.U.Fまたは皇国海軍の管轄だ。
艦娘の放つ艦載機で艦娘の移動などできず、艦船からの迎撃は雷撃や潜水艦に比較的弱く、砕氷船での移動は当然却下されている。
そして今回の場合、通りうるほとんどの海が未だ凍り付いており、そんな環境下で艦娘がまともに動けるはずもない。
そのため、海上は不凍港同士のボストチヌイ-函館間を通り、現地のE.U.F部隊に護衛させる形態を取るのだという。
「日衛軍がうち(皇国海軍)と島を共有している以上、少なくともここにいる部隊にはなるべく迷惑を掛けないようにしないとだな」
「ええ。……『けんおう』?」
「どうした、気になるか?」
いえ、と雲龍。見れば、彼女は笑いに震えていた。堪えるのに必氏らしく、提督にもその理由はすぐ知れた。
日本語でしか通じないだろう、『遣欧』と潜水艦の『けんおう』という名を引っ掛けた洒落である。そこに笑いが生じた。
提督は、堪えながらも豪快に。雲龍は、小さな鈴が鳴るかの如く控え目に。一頻【しき】り、二人は笑った。
それがしばらくして止んで、更にどれほど経っただろうか。最初の声が生じた。
「……はあ。……こんな事はいいんだ」
ため息と、何かを悟ったような言葉だった。たかだか数枚の書類の、その内容が、思い出したように二人の脳を揺する。
「雲龍、うちからは誰を出す?」
「そうね……」
執務机の引き出しから取り出した所属艦娘の一覧に、二人して目を通す。
目ぼしい艦娘を見つけては別に用意した白紙に書き留め、終えた時には十人と書かれていなかった。
談議が始まり、案が渦巻きだす。だがこの渦が易々と動くはずもない。一方立てば他方が立たず、妥協と譲り合いの応酬が巻き起こる。
「鳥海は?」
「主戦力だから下手に外せない」
「川内」
「静か夜はいい。だが、川内型の均衡が崩れてはな……」
抜けがいるのが、なんとも難しいところであった。特に、ある種うってつけの龍驤はなぜか、この鎮守府にはいない。
「こうなってくると、一番波風が立たないのは……」
「磯波に、なるわね……」
「そうなったのはいいが、どうにも消極的な選出方法になってしまったな。よその出した子と、重複しなければいいんだが……」
と、提督の肩に手が掛かる。反応して横を見やる彼だが、その目を雲龍が、今度は優しく見つめてきたのだ。
「提督、心配するような事じゃないわ。主役にならなくたって、彼女はその前に名脇役よ」
目つきに反して言葉は強かで、提督の杞憂に、彼女は面と向き合っていた。
「……そうだな。有給休暇の代わりとしては難だが、彼女の糧になることには違いない。それに、彼女は努力家だ、と。そう聞いている」
細長い息を挟んで、言葉を返す。驚愕が浮かんだのも一瞬のうちで、彼の顔は微笑んでいる。
「そう、前線にほとんど立っていなくても、後方で頑張ってきたのがあの子。きっと、実を結ぶような努力ができるわ」
「雲龍……」
呼ばれるままに彼女は立ち上がり、提督の正面で彼の両肩を掴む。その微笑みが、提督には少し眩しく感じられる。
「大丈夫よ。信じてあげて」
548: 2017/07/16(日) 09:59:52.53 ID:mfupQyYg0
と、次の瞬間。提督の視界が暗転する。正確には『目元が覆われた』というべきなのだろう。
「おうっ!?」
「こういうの……、好き、でしょう?」
返事は来ない。いや、しように困る状況にいた。雲龍の背へ腕を回すので精一杯だったのだ。
「そう……。いいのよ……?」
提督の頭を撫でる雲龍だが、提督の無言の理由は、彼女が思うそれと、全く別物である。
それに気付いたのはしばらくして、提督の手がしきりに彼女の背をたたき出してからだった。
「……あの、提督……?」
声がぐぐもり、どうにも聞き取りづらい。その胸から提督を解放し、ようやっと雲龍は気付いた。
強く抱きしめたせいで息苦しい状況にいたのだ。谷間に生じた滴をふき取りながら、彼女は安堵の息をつく。
一方、苦しさに火照っていた提督は荒いながらも深呼吸を繰り返していた。上を向き、目だけを雲龍に向ける。
「苦しかった……。それに顔が蒸し暑かった……」
「提督……、私……」
顔の暗くなる雲龍と対称的に、提督の顔は明るかった。彼は立ち上がり、彼女の頭を掻き撫でる。
「えっ? ……やだ、提督」
「いいんだ。好きでしてもらった事だしな。雲龍さえ良ければ……」
抱き寄せられる雲龍。彼女にとって、紅潮した顔を隠すにはむしろ好都合だった。
「また私でいいの? 他の子と比較検討したって、別にいいのに」
「いや、雲龍でいい。綺麗だし、可愛いし。それに……」
提督の口に、人差し指が宛がわれる。当然それは、雲龍のものである。
「言わないで……。私が、困っちゃうから……。ね……?」
背中を左手が撫でてくる。それだけの返事でも、彼女には嬉しかった。夕日の幻に包まれるような、そんな感覚に今は浸っていたかった。
プチ・モルトめいた眠気と共に、このまま眠りたかった。しかし、無情な音が二人の現状を塗り替える。
四度のノック音だった。二人は音の場所から、鳴らした者がそう高身長でない事を察する。
「……誰かしら?」
「誰だろうな……。入れ」
「失礼します」
短いポニーテールはピンク色で、やや鋭い瞳は空色。入ってきたのは不知火であった。
「司令官。差し入れです」
が、二人は彼女の、その左手に提げられているものに驚愕した。ケーキ箱と言うにはあまりにも大きすぎる何かが、そこにあったのだ。
「……不知火。そのやたらでかい箱はなんだ? 軽く四十センチメートルはありそうなんだが……」
「磯風に曰く、『これがあればトウ分は問題ない』、との事です」
二人の心中で急速に膨れていくのは、ただ不安のみだった。提督に至っては冷や汗が出だしている。
そんな二人の様子を不思議がりながら、不知火は箱を机に置く。書類を除けてあった箇所に置かれたことで、二人の不安の膨張は更に加速した。
「では、不知火はこれで失礼します」
不知火が足早に退室するのをよそに、机がその直下の床と共に軋む。もはや恐怖すら呼び起こす音だ。
二人とも、まともに脚が進まない。その重量物が、睨んできている気さえした。
「開けないからには、始まらないが……。どうする、雲龍……?」
「確かめるしかないわ、提督。それに机が……」
そのわずか十数センチメートルの間隔を無理やり詰めた二人。開けようとして、箱の更なる異常に気付く。
「……ケーキ箱というのは、こんなに分厚いものなのか?」
「どうかしら? あまり外に出ないから、私にはよく……」
「……開けるぞ」
徐に開かれる、ケーキ箱状の箱。二人の視線の先で、小さな暗闇が明るくなっていく。
「「……これは……」」
箱の中には、それよりわずかに小さな箱があった。明らかに金属製の、黒ずんだ箱。それが重量物の正体だった。
紙箱の分厚かった理由たる、物的証拠。その圧倒的存在感が、執務室に沈黙を敷き詰めていく。
「……中身はなんだこれ?」
「知らない方がいいわ」
ようやっと沈黙が破壊されたのは、冷たく重々しいその物体が姿を現してから、およそ十秒後のことであった。
「……ケーキには、違いないんだろうな?」
「ケーキ箱に入っていたということは……、そのはずよ」
しかし、ケーキといっても様々なものがある。その中には当然、食品ですらないものも。
今回の場合、ケーキのなりそこないなら、まだいい方ですらあったのだ。なぜか『ケーキ』に固執する二人。
「嫌な可能性が見えてきた。うちにいる中で、『あれ』に精通していそうなのは……」
「『あれ』って、一体……?」
「……多分、陸奥が良く知っている」
なぜか浮上した陸奥の名が、一体何を意味しているのか。
この時の雲龍には、それがどうにも分からなかった――
「おうっ!?」
「こういうの……、好き、でしょう?」
返事は来ない。いや、しように困る状況にいた。雲龍の背へ腕を回すので精一杯だったのだ。
「そう……。いいのよ……?」
提督の頭を撫でる雲龍だが、提督の無言の理由は、彼女が思うそれと、全く別物である。
それに気付いたのはしばらくして、提督の手がしきりに彼女の背をたたき出してからだった。
「……あの、提督……?」
声がぐぐもり、どうにも聞き取りづらい。その胸から提督を解放し、ようやっと雲龍は気付いた。
強く抱きしめたせいで息苦しい状況にいたのだ。谷間に生じた滴をふき取りながら、彼女は安堵の息をつく。
一方、苦しさに火照っていた提督は荒いながらも深呼吸を繰り返していた。上を向き、目だけを雲龍に向ける。
「苦しかった……。それに顔が蒸し暑かった……」
「提督……、私……」
顔の暗くなる雲龍と対称的に、提督の顔は明るかった。彼は立ち上がり、彼女の頭を掻き撫でる。
「えっ? ……やだ、提督」
「いいんだ。好きでしてもらった事だしな。雲龍さえ良ければ……」
抱き寄せられる雲龍。彼女にとって、紅潮した顔を隠すにはむしろ好都合だった。
「また私でいいの? 他の子と比較検討したって、別にいいのに」
「いや、雲龍でいい。綺麗だし、可愛いし。それに……」
提督の口に、人差し指が宛がわれる。当然それは、雲龍のものである。
「言わないで……。私が、困っちゃうから……。ね……?」
背中を左手が撫でてくる。それだけの返事でも、彼女には嬉しかった。夕日の幻に包まれるような、そんな感覚に今は浸っていたかった。
プチ・モルトめいた眠気と共に、このまま眠りたかった。しかし、無情な音が二人の現状を塗り替える。
四度のノック音だった。二人は音の場所から、鳴らした者がそう高身長でない事を察する。
「……誰かしら?」
「誰だろうな……。入れ」
「失礼します」
短いポニーテールはピンク色で、やや鋭い瞳は空色。入ってきたのは不知火であった。
「司令官。差し入れです」
が、二人は彼女の、その左手に提げられているものに驚愕した。ケーキ箱と言うにはあまりにも大きすぎる何かが、そこにあったのだ。
「……不知火。そのやたらでかい箱はなんだ? 軽く四十センチメートルはありそうなんだが……」
「磯風に曰く、『これがあればトウ分は問題ない』、との事です」
二人の心中で急速に膨れていくのは、ただ不安のみだった。提督に至っては冷や汗が出だしている。
そんな二人の様子を不思議がりながら、不知火は箱を机に置く。書類を除けてあった箇所に置かれたことで、二人の不安の膨張は更に加速した。
「では、不知火はこれで失礼します」
不知火が足早に退室するのをよそに、机がその直下の床と共に軋む。もはや恐怖すら呼び起こす音だ。
二人とも、まともに脚が進まない。その重量物が、睨んできている気さえした。
「開けないからには、始まらないが……。どうする、雲龍……?」
「確かめるしかないわ、提督。それに机が……」
そのわずか十数センチメートルの間隔を無理やり詰めた二人。開けようとして、箱の更なる異常に気付く。
「……ケーキ箱というのは、こんなに分厚いものなのか?」
「どうかしら? あまり外に出ないから、私にはよく……」
「……開けるぞ」
徐に開かれる、ケーキ箱状の箱。二人の視線の先で、小さな暗闇が明るくなっていく。
「「……これは……」」
箱の中には、それよりわずかに小さな箱があった。明らかに金属製の、黒ずんだ箱。それが重量物の正体だった。
紙箱の分厚かった理由たる、物的証拠。その圧倒的存在感が、執務室に沈黙を敷き詰めていく。
「……中身はなんだこれ?」
「知らない方がいいわ」
ようやっと沈黙が破壊されたのは、冷たく重々しいその物体が姿を現してから、およそ十秒後のことであった。
「……ケーキには、違いないんだろうな?」
「ケーキ箱に入っていたということは……、そのはずよ」
しかし、ケーキといっても様々なものがある。その中には当然、食品ですらないものも。
今回の場合、ケーキのなりそこないなら、まだいい方ですらあったのだ。なぜか『ケーキ』に固執する二人。
「嫌な可能性が見えてきた。うちにいる中で、『あれ』に精通していそうなのは……」
「『あれ』って、一体……?」
「……多分、陸奥が良く知っている」
なぜか浮上した陸奥の名が、一体何を意味しているのか。
この時の雲龍には、それがどうにも分からなかった――
549: 2017/07/16(日) 10:01:32.60 ID:mfupQyYg0
――提督、雲龍、陸奥。そして、金属製らしき、黒ずんだ箱。
執務室にはその三人と一個のために、緊張感が充満していた。
「ふう~ん、鉛ねぇ……?」
「鉛って、銃弾とか釣りのおもりに使う、あの?」
肯定の旨が即答される。
「黒鉛や鉛筆とは無関係な、あの?」
「そうよ?」
陸奥の返答が確実に、二人の不安を煽っていた。提督の肩へ雲龍の手が乗る。
「提督……」
「言うな、雲龍」
二人に見つめられる中で、陸奥は徐に蓋を開けた。
「……なるほど」
そしてやはり、徐に蓋を閉じた。
「中の『ケーキ』、提督の想定通りだったわ」
提督の方へ向き直った陸奥の顔は、困惑に歪んでいた。
「蒲鉾(フィッシュケーキ)や餅(ライスケーキ)ではない?」
「明らかな失敗作とか脱水ケーキでも、おむつ(ダイパー)ケーキでも?」
残念ながら、と呟く陸奥。誰も磯風が『ちゃんとした』洋菓子のケーキを持ってきたと考えなかったのは、彼女の致命的な調理技能不足の成せる業か。
蒲鉾や餅は兎も角、雲龍の挙げた後ろ二つはもはや食品ですらなく、二人の想定した最悪のケーキもそうである。
そして、陸奥の言葉はその最悪のケーキが箱の中身である事を告げたものであった。三人して頭を抑え、嘆息する。
「なんなんだ、これは? どうすればいい?」
「『A piece of cake.』といきそうにないのは確かね」
「上手い事言ってる場合か雲龍」
提督は雲龍の洒落にそう返しつつ、ちらと陸奥を見た。その目が驚愕に見開くまで、一秒と無かっただろう。
「……後で、どうしてあげようかしら?」
顔を歪めていた真の理由が、そこにあったのだ。提督の異常に気付いた雲龍も、やがて同様に硬直する。
しばらくすると陸奥は、鉛の箱を手にして執務室を出ていった。
「私達も、あの子(磯風)も。……どうなると思う?」
「分からん。ただ、あれが第二のデーモン・コアとならなければいいんだが……」
デーモン・コアとはロスアラモス研究所で二度臨界状態となり、二人の科学者の命を奪ったプルトニウムの塊である。
その約六・二キログラムの球は後にエイブルという核爆弾に組み込まれ、クロスロード作戦で爆発し、再製造はされていない。
しかし、あの箱の中身はプルトニウムではないし、ましてや濃縮された状態でもない。少々頓珍漢な杞憂なのだ。
「きっと大丈夫よ。そう大した量じゃないもの」
「万が一濃縮されたらどうする。鉛の箱の中とはいえ……」
「心配しすぎ」
雲龍に小突かれる提督。笑う二人だが、その笑顔は引きつり気味であり、声も乾いたものだった――
この一件の後、磯風は厳重注意を受け、監視下での行動をしばらくの間強制された。
また、鉛の箱は中身諸共提供元に返還されたというが、その提供元については明らかにされていない。
なお、陸奥は第三砲塔が原因不明の不調に見舞われ、当面の出撃を見送らざるを得ない憂き目に遭っている。
そして、鎮守府は……。
To be continued……?
執務室にはその三人と一個のために、緊張感が充満していた。
「ふう~ん、鉛ねぇ……?」
「鉛って、銃弾とか釣りのおもりに使う、あの?」
肯定の旨が即答される。
「黒鉛や鉛筆とは無関係な、あの?」
「そうよ?」
陸奥の返答が確実に、二人の不安を煽っていた。提督の肩へ雲龍の手が乗る。
「提督……」
「言うな、雲龍」
二人に見つめられる中で、陸奥は徐に蓋を開けた。
「……なるほど」
そしてやはり、徐に蓋を閉じた。
「中の『ケーキ』、提督の想定通りだったわ」
提督の方へ向き直った陸奥の顔は、困惑に歪んでいた。
「蒲鉾(フィッシュケーキ)や餅(ライスケーキ)ではない?」
「明らかな失敗作とか脱水ケーキでも、おむつ(ダイパー)ケーキでも?」
残念ながら、と呟く陸奥。誰も磯風が『ちゃんとした』洋菓子のケーキを持ってきたと考えなかったのは、彼女の致命的な調理技能不足の成せる業か。
蒲鉾や餅は兎も角、雲龍の挙げた後ろ二つはもはや食品ですらなく、二人の想定した最悪のケーキもそうである。
そして、陸奥の言葉はその最悪のケーキが箱の中身である事を告げたものであった。三人して頭を抑え、嘆息する。
「なんなんだ、これは? どうすればいい?」
「『A piece of cake.』といきそうにないのは確かね」
「上手い事言ってる場合か雲龍」
提督は雲龍の洒落にそう返しつつ、ちらと陸奥を見た。その目が驚愕に見開くまで、一秒と無かっただろう。
「……後で、どうしてあげようかしら?」
顔を歪めていた真の理由が、そこにあったのだ。提督の異常に気付いた雲龍も、やがて同様に硬直する。
しばらくすると陸奥は、鉛の箱を手にして執務室を出ていった。
「私達も、あの子(磯風)も。……どうなると思う?」
「分からん。ただ、あれが第二のデーモン・コアとならなければいいんだが……」
デーモン・コアとはロスアラモス研究所で二度臨界状態となり、二人の科学者の命を奪ったプルトニウムの塊である。
その約六・二キログラムの球は後にエイブルという核爆弾に組み込まれ、クロスロード作戦で爆発し、再製造はされていない。
しかし、あの箱の中身はプルトニウムではないし、ましてや濃縮された状態でもない。少々頓珍漢な杞憂なのだ。
「きっと大丈夫よ。そう大した量じゃないもの」
「万が一濃縮されたらどうする。鉛の箱の中とはいえ……」
「心配しすぎ」
雲龍に小突かれる提督。笑う二人だが、その笑顔は引きつり気味であり、声も乾いたものだった――
この一件の後、磯風は厳重注意を受け、監視下での行動をしばらくの間強制された。
また、鉛の箱は中身諸共提供元に返還されたというが、その提供元については明らかにされていない。
なお、陸奥は第三砲塔が原因不明の不調に見舞われ、当面の出撃を見送らざるを得ない憂き目に遭っている。
そして、鎮守府は……。
To be continued……?
引用: 艦これSS投稿スレ5隻目



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