797: 2015/04/09(木) 20:47:25.27 ID:IAF8ZXPu0


前回:提督「…さて、と」【8】
最初から:提督「…さて、と」

提督「……」

川内「準備は出来てる……後は、提督がこの話に乗るだけ、だよ」

提督「そいつは、どうも」ぐい

神通「……提督。我ら四人は滅私、粉骨砕身の覚悟を以って、あなたの手足と成りましょう」

龍田「血が見れるのなら、何だって構わないわぁ」

天龍「斬り込みはオレに任せな」

提督「やれやれ。どいつもこいつも頼もしい限りだな」ぐい

川内「ね、提督……来て、くれるよね」

提督「……まぁ、気持ちは嬉しいが、その申し出は受けられん」

川内「……一応聞くよ。どうして?」

提督「残された左遷島の艦娘はどうなる?俺は提督だ。かつて敗れたとはいえ、俺には信念がある。今の艦隊を裏切る事は出来ない」

川内「んー……やっぱそうか……冷静だなぁ。酔わせる為に、貴重なお酒も用意したんだけどなー。ま、もう少し考えてみてよ。まだ、猶予はあるからさ。アハハ」

提督「……」

川内「……よく、考えてよ。……赤城とか、単騎でも本当に殺されるぜ、提督」
「艦これ」ピクトリアルモデリングガイド 大和編: 『艦これ』提督のための艦船模型ガイドブック

798: 2015/04/09(木) 20:47:55.97 ID:IAF8ZXPu0
提督「……その時は、その時だ」ぐい

川内「……ま、今晩はここまでかな。あんまり遅いと、提督のワンちゃん達が黙ってないだろうからね」

提督「……失礼する」

川内「んー。またね、提督」

神通「お気をつけて」

提督「ああ……っと」フラ

川内「おっと。しっかりしてよ」

提督「悪いな……では」
ガチャ、バタン

川内「んー……そんなに飲んでない筈なんだけどな」

天龍「ボトル半分空いてるぞ?」

川内「そこそこだよ。……神通、提督が無事に帰れるかどうか、影からで構わないから、見てきてくれるかな?」

神通「わかりました」

799: 2015/04/09(木) 20:49:26.56 ID:IAF8ZXPu0
宿舎


コンコン
提督「私だ。会議は終わった」

ガチャ
榛名「お疲れ様です、提督!」

不知火「お疲れ様です。頼まれていた資料は出来上がっています」

提督「ああ、ありがとう」

不知火「今日ももう、遅いですから……お疲れでしたら明日、お渡ししましょうか?」

提督「ああ……すまないが、そうして貰えると助かる。ご苦労だった。二人も休んでくれて構わん」

榛名「……おやすみなさい、提督」

不知火「おやすみなさい」

提督「うむ。おやすみ」
バタン

榛名「……提督から、すごいお酒の匂いがしましたね……心配です」

800: 2015/04/09(木) 20:50:07.98 ID:IAF8ZXPu0
提督の自室


提督「……」

扉を閉めると、部屋を闇が支配する。防諜の為か、しっかりとしたドアには隙間はなく、廊下の光を通さなかった。また、部屋に備え付けられた窓のカーテンは綺麗に閉められ、光の差し込む余地はない。

提督「暗いな……」

提督は灯りに手を伸ばそうとして、やめた。そして、そのまま暗闇に抱かれるかの様に、備え付けられたソファに深く腰掛ける。

提督「……疲れた」

溜息。そして、訪れる沈黙。体を支配する気だるさに耐え兼ねた提督は、目を瞑り、物思いに耽ることにした。

801: 2015/04/09(木) 20:51:05.64 ID:IAF8ZXPu0
提督(川内の誘い、か)

提督の目的、その助けになると川内は豪語していた。

提督(……確かに川内の提案は魅力的で、現実的だ)

しかし。

提督(川内の言う目的と、俺の本来の目的は違う……)

悲しいけれど。

提督(川内の誘いに乗れば、俺は艦娘を、足柄を、鳳翔を、雷を、隼鷹を、不知火を、榛名を、そして何より、自分の信念を裏切る事になる)

自嘲する。
己の大義を失って尚、生きる意味などあるのか、と。

提督(過去、か)

どこで間違えたなど、そんな葛藤は遠く過ぎ去った。心に残ったのは悔恨のみ。

提督「……」

802: 2015/04/09(木) 20:51:48.83 ID:IAF8ZXPu0
昏い、昏い部屋の空気が、質量を持って。提督に重く、重くのしかかってくる。
提督は、ソファから立ち上がる事が出来ないでいた。
次第に彼が息苦しさを感じ、服の前をはだけさせると、首元に吊るしたペンダントが露わになる。
提督はそのペンダントも手探りで外し、ソファの肘置きに置いた。

やっと、苦しさが少し和らいだ時。

提督(……嗚呼)

提督の心の隙に、魔は忍び寄る。

提督(逆に、今俺が氏ねばどうなる?)

全てを放り出して、逃げてしまいたい。そう、心の中で呟く。
部屋の闇が、その色を増した。

提督(……氏ねば、あいつらは来ないんじゃ、無いのか?)

わからない。わからない、けれど。

罪も。後悔も。信念も。

提督(全部忘れて、楽になってしまいたい)

いっそこのまま、この重圧で潰れてしまいたいと。
そう、思う。
提督の視界は、閉じられた瞼の裏側、闇の中をグルグルと回っていた。

803: 2015/04/09(木) 20:52:32.63 ID:IAF8ZXPu0
………
……



ふと。
キィィ……カタン、と音がした。

それは、ドアの空いた音か。窓の開いた音か。
提督は瞼を開こうとしたが、上手くいかない。まるで、空気がねっとりと貼り付いているようだ、と提督は感じる。そのうち、誰かが提督に、優しく話し掛けてきた。

「……提督?大丈夫ですか?」

提督「……ああ……」

この声は誰だったか。提督にはわからない。わからないが、知っている。そんな声。

「ソファで寝ていては、風邪をひいてしまいます」

フワッと来た、浮遊感。
提督は誰かに持ち上げられている。
抵抗しようかと考えたが、やめた。
このまま自分を任せてしまおう、と開き直る。瞼は相変わらず重い。
そんな提督の頬を、誰かの髪が優しく撫でると。
どこか懐かしいような、そうでもないような、不思議な香りが提督を包んだ。

804: 2015/04/09(木) 20:53:17.80 ID:IAF8ZXPu0
どうやらベッドまで運ばれたようで、提督の体は柔らかいマットレスの上に背中からゆっくりと降ろされた。

「……飲み過ぎですよ」

クス……と小さく笑い、優しく告げる誰かの言葉に、提督は初めて自分の状態を気付かされる。

提督「……そうか、俺は酩酊しているのか」

それで、体が思い通りに動かないのか。思えば、本土に着いてからは、短く浅い眠りしかしていなかった、と提督は自分を振り返る。
昨晩は特に、考え事をしてあまり寝ていなかった。今日は体調が良くないのに、調子に乗ってしまったな、と。

「……お休みに、なられますか」

どこか、愛情が感じられる声で提督に語りかける。
提督はだんだんと薄れゆく意識の中、無言で頷いた。

805: 2015/04/09(木) 20:53:52.60 ID:IAF8ZXPu0
「……では、私はこれで……あら?この、ペンダントは……」

その声の主は、自分がベッドから離れる際に、ソファの肘置きに放置されたペンダントに気付き、興味を示した。

提督「なんだ。……欲しければ、くれてやる」

世話をさせた駄賃だ。提督は投げやりに言う。先程まで緩やかだった眠気の波は、今や津波のようになって提督に襲いかかっていた。

「……ありがとうございます。大切に、しますね……」

そう、嬉しそうに言って、誰かはペンダントを懐にしまった。

その言葉が提督の鼓膜を震わせた時は、提督の意識が深淵へと旅立つ瀬戸際。

「……おやすみなさい、私の提督……」

小さく苦笑し、その声の主は提督の頬を愛しそうにそっと撫でると、その場を後にした。

いつしか部屋の重圧は消え、提督は安らかな寝息を立てていた。

812: 2015/04/11(土) 00:13:25.69 ID:qBzKzBW/0
翌朝


「……とく、提督」

提督「ん……ああ?……榛名?……」

榛名「おはようございます」

提督「……おはよう」ぼーっ

提督「……部屋の鍵、空いてたか?」

榛名「は、はい。30分前にお伺いしたのですが、全く反応が無かったので……ついドアノブに触れてみたら、ドアが開いて……えへへ」

提督「そうか。……待て、30分前?……今、何時だ……?」チラ

0830

提督「……!」ガバッ

榛名「!」ビクッ

提督「……いかん……寝坊だ……!」

813: 2015/04/11(土) 00:16:11.74 ID:qBzKzBW/0
………
……



中央鎮守府、会議室


中央長官「おはよう、諸君。揃ったな。会議を始めよう」

提督「(提督就任以来、初めて寝坊したぞ……今回は間に合ったが、榛名が起こしに来てくれなければ危なかった) 」

提督「(しかし、榛名の奴……妙な事を言っていたが、まさか俺の部屋に30分も居たのか?違うよな?) 」

提督「(……そう言えば、昨晩部屋に来たのは榛名だったのか?聞くのを忘れていた……)」

中央長官「さて、今日は昨日のーー」

814: 2015/04/11(土) 00:18:28.81 ID:qBzKzBW/0
………
……



中央長官「では、情報開示をするという決定でよろしいかな?」

一同「……異議なし」

中央長官「よし、それではこの方針は決定だな」

提督「(よし、よし……)」

中央長官「次に、具体的な作戦の方だが……」

北方長官「断固として進軍を提言致します!」

提督「……まずは防衛線の強化を」

中央長官「……ふむ」

北方長官「大反攻戦では深海棲艦化した艦娘を中心として、組織立った行動が見られた。時間が経てば経つ程、敵戦力は強固になると予想される!今、叩くべきだ!」

提督「……今必要なのは柔軟な対応です。物資を蓄え、航路を整備し、戦略を整える事こそがそれに繋がります」

北方長官「平行して行えば良いだろう?」

提督「こちらの手勢が少数である以上、戦線を拡大すれば前線を突破された場合、取り返しのつかない事態に陥る可能性が高い事が推測されます」

北方長官「防衛線を固めた所で、それは同じだ。深海棲艦は数が多い。それらの統制が取れた時、防衛線とやらが絶対に突破されぬ自信があるのか?」

提督「その可能性を減らす為の防衛戦略を組み上げてーー」

北方長官「ーー!ーー」

815: 2015/04/11(土) 00:19:40.51 ID:qBzKzBW/0
………
……



東方長官「ですからそれはーー」

南方長官「しかしーー」

中央長官「……皆。少し、良いか」

一同「はっ……」

中央長官「私は、提督の案を推す」

提督「……」

北方長官「し、しかし!」

中央長官「落ち着け。無論、理由がある」

東方長官「それは……?」

中央長官「昨晩、三号計画について、国から許可が下りた」

北方長官「……!」

提督「……?」

中央長官「提督と北提には知らせて居ないが……丁度良い。教えておこう」

北提「は……」

中央長官「三号計画とは、大和型戦艦、伊四○○型潜水艦、装甲空母等の大型艦の建造を目的とする計画だ」

提督「……」

中央長官「これらは対深海棲艦の切り札的存在となるだろう。だが、その建造は手探り状態だ。就役までには凄まじい量の資源が必要となる。それこそ、これまでの数十、数百倍のな」

北方長官「……」

中央長官「今は資源を蓄えたい。各方面で、資源採掘場の奪還は進んでいる。最近だと、北提がかつての大規模資源採掘場を奪還してくれたな」

北提「は……」

中央長官「奪還した海域のシーレーンを回復、資源を集積し、戦力を増強する。その必要性も視野に入れておいてくれ」

816: 2015/04/11(土) 00:21:33.76 ID:qBzKzBW/0
会議終了後、鎮守府庁舎前


提督「話がトントン拍子に進んだな……防衛線構築に全力、か。鶴の一声だな。まぁ、大和型や大鳳、伊号への期待値を考えれば当然とも言える」

提督「(沈んだら深海棲艦化するという情報開示……これは無理な進軍への抑止力となるだろう。同時に、虐待等のストッパーにもなる。……無論、愛情のストッパーにも)」

提督「しかし、これで艦娘の待遇は更に改善するはず……悪くない結論だ」

提督「(そして、現在の戦術について知りたいと中央長官に申し出た所、許可も降りた。この後、今の作戦参謀と会える手筈だが……参謀は山口か……昔、数度会ったが……出世したな)」

提督「(……そして飛龍、蒼龍が居るようだな……これは自分から頼んだとは言え、気が重い)」

提督「……」

提督「雨が、降りそうだ」

817: 2015/04/11(土) 00:22:09.59 ID:qBzKzBW/0
訓練所


飛龍「でさ、山口さんがいきなり長官に呼ばれて。英雄提督に航空戦見せろって」

蒼龍「へぇ……」

飛龍「加賀もこの鎮守府に居るんでしょ?私たちじゃなくて、加賀に聞けば良いのにー」

蒼龍「どうせ北方長官が渋ったんじゃないの?北方長官は北方長官で面倒くさい人だよねぇ」

飛龍「わからなくもないけどさ。……てか、山口さんは結局英雄提督に見せるんだね、戦術。あの人、英雄提督を嫌ってたのにね……」

蒼龍「さぁ……昔対抗意識燃やしてたみたいだし、リベンジ、なのかな?」

飛龍「あんなクズにリベンジする事無いと思うんだけどな」

蒼龍「英雄提督はクズだけど、提督としての手腕は確かだったからかな……実際、今の航空戦術も英雄提督の航空戦術を叩き台としてる訳だし……」

飛龍「戦術はね?」

蒼龍「まぁまぁ、お仕事だから我慢しよう……」

飛龍「……本当は、顔も見たくない……」

山口「待たせたな、二人」

飛龍・蒼龍「はっ!」ビシッ

山口「英雄提督がいらっしゃった。準備をしておいてくれ」

飛龍・蒼龍「はっ!」

818: 2015/04/11(土) 00:23:37.45 ID:qBzKzBW/0
………
……



訓練所、展望台


提督「……よろしく頼む」

飛龍・蒼龍「……よろしくお願い致します」

山口「よし、二人とも。艤装の装着を許可する。湾内の訓練区域へ急げ」

飛龍・蒼龍「はっ!行ってまいります!」
タタタ……

提督「……」

山口「……英雄提督は、最新の航空戦術をご覧になるのは初めてですかな?」

提督「書面の方で確認はしておりますが……この目で見るのは初めてです」

山口「……現在の空母には、艦戦をかなり多めに積み、制空権の確保を最優先としています」

提督「……ほう……(北提の作戦報告書にも同じような事が書いてあったな……)」

提督「(……加賀の爆撃が五十鈴に当たらなかったのはその為か?本来の俺の構想、そして加賀の腕ならば、爆撃の密度の関係上いくら爆撃パターンを知っていても、一発も命中しない、なんて事はそうそう……)」

提督「……しかし、私が前線に立っていた頃とは、艦隊の運用思想がかなり異なるようですね」

山口「そうですね。貴方は空母艦載機による飽和攻撃を戦術の主眼に置かれたようですが。私は、空母は制空権の確保、沈没まで至らずとも敵の漸減を目標としました。爆撃パターンは貴方の考案したものをそのまま使用させて頂いていますが」

提督「……敵を撃破ではなく、敵戦力の漸減で留め、あくまで随伴艦の砲撃で決着を着けるという事ですか」

山口「御察しの通りです。これで、ほぼ全ての空母・軽空母がポテンシャルを発揮できています」

提督「……」

飛龍・蒼龍『準備完了しました。命令待機中です』

山口「始めてくれ」

飛龍・蒼龍『了解。訓練を開始します』

遠くで二人の空母が艦載機を発艦させてゆく。

819: 2015/04/11(土) 00:25:24.00 ID:qBzKzBW/0
提督「(……あくまで、艦載機は直線的な機動だな。その分、艦戦の数を増やす事で敵に対処するという事か……)」

山口「猛追する敵に対し、艦爆や艦攻をループ・バレルロールで逃がしつつ、艦戦を敵艦載機のケツに捻り込む……貴方の空母がしていた事です」

提督「……」

山口「しかし、多数の艦載機で同時にそんな事を出来るのはほんの一握りだけ。赤城や加賀以外に、満足にそれを行える艦娘が存在しましたか?」

提督「……」

山口「貴方は、空母以外には対空兵装を積んで支援させた。他にも、艦娘に格闘戦の基礎を叩き込んだ」

提督「……」

山口「時代は変わりましたよ、英雄提督。最早、空母以外に対空兵装を装備する事はありません。複雑な航空機動も、艦娘の肉弾戦も必要無いんです」

提督「……」

山口「それで戦果を上げる時代は終わりました。……今の私の戦術は全ての艦娘にとって有効な戦術であると、自負しております」

提督「……そうですね。私もそう思います」

山口「……貴方も変わりましたね。昔のあなたは、自分の戦術にもっと自身を持っておられた」

提督「貴方の仰る通り、時代は変わりましたから」

山口「……」

820: 2015/04/11(土) 00:27:17.94 ID:qBzKzBW/0
提督「当時は艦娘が出現して間も無い頃でしたから、その殆どが未熟でした。敵との相対速度が20ノットから30ノットの状態で、遠距離から人間大のサイズの的に砲撃を当てられる者が一体どれ程存在したのか」

山口「……」

提督「当然接近する必要がある。その時の護身にと教えた格闘術が役に立ったから、それを体系化したまでの話です」

山口「……」

提督「まぁ、砲撃がそんな状態でしたから、被害もかなり出ていました。遠距離戦の訓練をしようにも、人間に艤装を使っての訓練法などわかるはずもありませんでしたから」

山口「……」

提督「……艦娘黎明期の空母達は、自分でも艦載機をどう扱って良いものかわかっておらず、軍にとってもただのお荷物でした。しかし私は、空母に遠距離戦闘の活路を見出した。なんとか使った結果……後の主張派の大失態に繋がる訳ですが」

山口「……」

提督「艦娘の練度が向上し、砲撃が精密になった事は非常に喜ばしい事です。無駄な装備も要らず、空母に無理を強いる事も無い、良い戦術だとお見受けします。私の戦術は、皆が暗闇を手探りで進む中、間違った方向に明かりを灯したようなものですから」

821: 2015/04/11(土) 00:32:00.73 ID:qBzKzBW/0
………
……



訓練所内


蒼龍「ふぅーちかれたー。途中から雨も降ってきて最悪だったね」

飛龍「艦載機をコントロールするの、中々大変なのよね。これで英雄提督が満足してないとか抜かしたら……」

山口「二人とも、ご苦労」

飛龍・蒼龍「はっ!」ビシッ

山口「楽にしてくれ」

飛龍・蒼龍「はい」

山口「英雄提督は先程御帰りになられた。お前たちの事を褒めてらっしゃったよ」

飛龍「……褒められてもねぇ……」ボソッ

蒼龍「……飛龍!」ボソッ

山口「……艤装は工廠に回しておこう。今日はもう上がって構わん」

飛龍・蒼龍「はい!ありがとうございました!」
タッタッタ……

山口「……間違った方向に灯した明かり、か……」

山口「かつて一世を風靡した英雄提督様にそんな事を言われると、不安になるな……全く」

834: 2015/04/12(日) 00:14:56.56 ID:NnYhm5/N0
訓練所前


強い雨の中、訓練所の軒下でそれをやり過ごそうとしている男が一人。

提督「……風情の無い雨だな」

男の呟きは、水滴が地面を叩く乱暴な音に掻き消された。

提督「暫く待つか」

ふぅ、と溜息をつき、壁にもたれかかる。
しかし、一向に雨の止む気配は無かった。
侘び寂びの欠片も感じられない雨音に、提督がそろそろウンザリしてきた頃。来訪者があった。

榛名「提督。ここにいらっしゃったのですね」

提督「……榛名」

蛇の目傘を差す彼女は、雨の中から現れた。その手に、明らかに男物と分かる大きな番傘を携えて、こちらへと駆け寄ってくる。

835: 2015/04/12(日) 00:16:46.17 ID:NnYhm5/N0
提督「助かる。よく場所がわかったな」

榛名「榛名は、提督の秘書艦ですから」

少し胸を張り、そう得意げに言う彼女は、機嫌が良さそうだ。どうぞ、と笑顔で提督に番傘を手渡す。
ありがとう、と礼を言い番傘を受け取る提督。その時、榛名の手が濡れて氷のように冷えている事に驚き。次いで、榛名の服もずぶ濡れである事に気が付いた。

提督「……すまない。随分と探させたようだ」

榛名「いえ、大丈夫ですよ」

提督は、相変わらずニコニコしている榛名に再度礼を告げた。

836: 2015/04/12(日) 00:18:03.02 ID:NnYhm5/N0
提督「……所で、不知火とは一緒じゃないのか?」

榛名「急な雨だったので……抜け出してきちゃいました……少し、お話しておきたい事もありましたので」

提督「……一声掛けてきただろうな?」

榛名はその問い掛けに答えず、少し申し訳無さそうに、えへへ、と笑った。

提督「……言い付けは守ってくれ、榛名」

眉間に手を当て、提督は榛名を咎める。それに対し、榛名は少し慌てて言葉を発した。

榛名「そ、その!お話したい事が不知火さんの事でして……」

提督の表情が少し硬くなる。

提督「そうか。……宿舎に帰りながら聞こう。あそこなら、替えの服も風呂もある」

そう言って、提督は黒く、大きな傘を開き、二人は雨の中を歩みだした。

837: 2015/04/12(日) 00:24:25.94 ID:NnYhm5/N0
途端に激しい雨が彼らを包む。提督は、飛来する雨粒の冷たさに耐え兼ね、左手を上着のポケットに突っ込んだ。
その様子を少し後ろで見ていた榛名は、何かに気付き、考え込む様な表情になって、間も無くそれは小悪魔的な笑みに変わり。

そして突然、提督に向かってつんのめった。

真っ赤な蛇の目傘が宙を舞う。提督はそれを視界の端に捉えた。

提督「……!っと……」

反射的にポケットから出した左手は、榛名の右手を握ることに成功。
鮮やかな蛇の目傘が水溜りに落ちる頃、榛名は提督に抱き留められるような体勢になっていた。

榛名「……ごめんなさい」

暫くの沈黙の後、えへへ、という笑みと共に榛名は謝る。

提督「気をつけろよ」

そう言って、提督は左手を離そうとしたが、榛名は繋いだ右手を頑なに開こうとしなかった。
予想しなかった抵抗に、驚いた提督が振り向く。榛名はその両目をじっと見つめながら告げた。

榛名「……傘が、ダメになってしまいました」

その視線は、冷たい雨の中、どこか熱を帯びていた。

848: 2015/04/13(月) 12:47:37.85 ID:3e4FYGJeO
バケツをひっくり返したような土砂降りの中を走る影が五つ。

龍驤「サイッアクや!何やねんこの雨!」

日向「やれやれだな……」

北提の艦娘達である。

響「自主訓練しないと、って飛び出したのが裏目に出たね」

瑞鶴「そもそも誰かさんが道を間違えるからっ……」

龍驤「しゃあないやろ!唯一鎮守府の地理を把握してる加賀が、今日はボーッとしてんねんから!」

反対側を指差して、多分こっちって言われたらどうしようもないやろ……とボヤく龍驤。

加賀「上々ね」

龍驤「やかましいわ!」

ギャアギャアと騒ぎながら駆け抜ける五人組は、どうやら訓練所を目指しているようだ。

849: 2015/04/13(月) 12:49:41.00 ID:3e4FYGJeO
龍驤「ヤバイヤバイ……濡れスケ状態やで……」

瑞鶴「フルフラットだし大丈夫よ」

龍驤「何がやねん。お前も変わらんやろ甲板胸」

瑞鶴「……」

殺気のこもった瑞鶴の視線を、龍驤は軽くいなす。

日向「しっかし、始める前からこうもずぶ濡れだと、訓練へのやる気も削がれるな……」

龍驤「自主訓練やしなぁ。もう風呂行かん?」

瑞鶴「それ、賛成」

響「ダメだよって言いたいところだけど……空母にこの土砂降りはキツイよね。艦載機飛ばせるの?加賀さん、いける?」

850: 2015/04/13(月) 12:51:20.52 ID:3e4FYGJeO
加賀「……え?……問題ないわ」

瑞鶴「いやいや離発着困難でしょ……」

響「……全然話聞いてないね……なんでこんな状態に?」

龍驤「よーわからん。昨晩部屋を出て行ったと思ったらニヤニヤしながら何かを持って帰って来てな。
それからずっと、えろうご機嫌やけど上の空や」

大げさなため息と共に告げる龍驤。

龍驤「……しっかし、あんなニヤけた加賀、初めて見たわ」

加賀「……」

加賀は無言で龍驤を小突いた。

龍驤「イタッ!なんでこんな時だけちゃんと聞いてるんや!」

うがー!と気炎を吐く龍驤。少しだけトゲトゲしかった空気が弛緩した。ふふふ、と誰からともなく笑みがこぼれる。

日向「……お?あれは訓練所じゃないか?」

日向が前方の、靄がかっている大きな建物の影を見つけた。
逸る心と、叩きつけるような雨への鬱憤が自然と彼女らを浮き足立たせる。

852: 2015/04/13(月) 13:11:05.26 ID:3e4FYGJeO
その瞬間は唐突に来た。
訓練所へ急ぐ集団と、訓練所から離れる者。土砂降りのせいで、広くない道幅であるにも関わらず、お互いにかなり接近するまで気が付かない。
両者がすれ違うその時、先頭を走る龍驤は、視界に入った物を判別する事なく走り去った。続く日向もチラリと人影を見たが、気に留めた様子はない。響に至ってはそれを見ようともしなかった。

だが。
加賀は。

番傘が一つ。
その下に人影が二つ。
向かって右方、その影の動きが、何故だか自分の注意を惹きつける。
背筋を伸ばして歩くその男は。

傘が揺れ、視線が交錯するその瞬間。
突如、稲光。
雨のカーテンに、提督の姿がはっきりと浮かび上がる。その左腕に縋る榛名と一緒に。
雨の音も何もかもが消える、一瞬の静寂。
加賀の鮮やかな栗色の瞳が、大きく見開かれた。
そこへ、光を追う轟音。
跳ね上がった心臓はその為か、あるいは。

提督は、加賀の視線から逃れるように目を逸らし、顔は傘の中に隠れてしまった。
その歩みの速度は変わらないままに、両者はすれ違う。

加賀は思わず足を止めた。否、止まってしまった。過ぎ行く黒い番傘に、目は釘付けとなって、首を引く。
体を叩く雨が痛い。時間がゆっくりと過ぎる。視界から番傘が消えそうになる。更に上体を捻る。呼吸が詰まる。
それでも見つめる。

しかし。
提督が振り向く事はあらず。
加賀の小さい呟きは雨音に吸われ、ただ二人は離れるのみ。

863: 2015/04/13(月) 23:32:27.94 ID:Wgr8l8Cj0
すれ違い様に見えた榛名の横顔は、幸せそうだった。

様々な思いが一瞬で胸を去来し。
冷徹の仮面が落ち、感情が溢れ、泣きそうになって。

その時、加賀は後ろから走って来ていた瑞鶴に、高速で激突された。
不安定な姿勢から突き飛ばされる加賀。抱いていた感情は、その時思わぬ形で表に出た。

加賀「痛い……!」

それは、普段加賀の発する事がない声色。最も幼稚で本能的で単純な心の発露。

驚いて振り返る龍驤ら。
加賀は強かな雨の中、うつ伏せのようになって、腕で上体を起こしていた。

864: 2015/04/13(月) 23:34:08.68 ID:Wgr8l8Cj0
その声は提督の耳にも届き、彼の歩みを縛った。
息が詰まる。
どうやら加賀は転んだらしい。
加賀の声が体の中を反響して、振り返りたい衝動に駆られる。
加賀は足腰が悪いのだ。今すぐ駆け寄って、無事を確認してやりたい。
しかし、提督は真っ直ぐ前を向いたまた、眉根を寄せて目を瞑り、唇を噛んでその感情をやり過ごした。
そんな提督と後ろの加賀を、榛名は不思議そうに交互に見比べる。

榛名「提督?」

小さく首を傾げ、愛しい人の顔を下から覗く榛名の目には、提督の行動が些か奇異に映った。まるで、何かを我慢するような仕草は、何を示しているのか。

提督「……いや……」

提督は榛名の声で、ふ、と我に帰った。
その背後では、龍驤や日向がうわずった声で加賀に何やら話しかけている。だが、あれだけ仲間が居るのなら、大丈夫だ。そう自分に言い聞かせ、提督はその場を離れようとする。
その時、あの声がもう一度聞こえた。ザァザァと、自己主張の激しい雨の中、決して大きくない、加賀の声がはっきりと。

加賀「痛い……」

提督の呼吸が震えた。
瞳が揺れ、目が泳ぐ。
榛名には、その声は聞こえなかった様子で、いよいよ怪訝な表情になった。提督の左手を掴む手に、少し力がこもる。

提督は再び立ち止まった。
逡巡の後、彼はチラリと後ろを伺う。我慢出来ずに。
再び交錯する視線。
自分を取り囲み、心配する仲間を他所に、加賀は提督だけを見つめていた。いつか見た、泣きそうな顔で。
それは雨粒のカーテン越しに、やけにはっきりと見えた。

提督「……すまない、榛名。傘を頼む」

865: 2015/04/13(月) 23:36:34.73 ID:Wgr8l8Cj0
榛名「え?」

確かに掴んでいた提督の左手は、驚くほど簡単に、スルリと榛名の元から抜け出した。
突然の事で榛名が呆気にとられているうちに、番傘を半ば押し付けるように彼女へ渡し、提督は雨の中を駆ける。加賀の元へ。

龍驤「ちょ、加賀!立てるか?」

加賀「……」

瑞鶴「……ごめんなさい……!」

日向「落ち着け、瑞鶴……とりあえず加賀を濡れない所へーー」

沈黙を貫く加賀に、北の艦娘達は焦りを募らせるが、それも提督の到着までだった。

提督「……すまない、少し退いてくれるか」

日向「!」

加賀「……ていとく」

提督「何処が痛む。腰か、足か」

加賀「……わからない」

提督は無言で加賀を抱き上げた。

加賀「ぁ……」

提督「この状態でどこか痛むか」

加賀「いえ……」

提督「……良し。取り急ぎ、私は加賀を船渠まで運ぶ。北の艦隊にも同行願いたい」

日向「……わかり、ました」

提督「ありがたい。……榛名!ドックに行くぞ!」

礼を述べた後、提督は少し遠くで佇む榛名に向かって大声で告げた。
ややあって、わかりましたー!と反応がある。
よし、と提督は呟き、加賀を抱いたまま船渠へと向かった。

ああ、私はこの人に甘えてしまった。
この人は、やっぱり優しい。
不思議な安心感を加賀は覚えた。
提督の首に手を回し、姿勢を安定させる。
チラリとこちらを確認する提督と目が合った。こんな近くで。私を案じて。
それが加賀には、堪らなく嬉しい事だった。

866: 2015/04/13(月) 23:38:42.94 ID:Wgr8l8Cj0
船渠は訓練所に程近い場所にあり、所謂風呂のような出で立ちで、さながら湯治を行っているかのように艦娘を癒す。
北の艦隊と提督及び榛名は、道中全員が全くの無言で船渠まで来た。ただ一人、加賀だけは安らかな雰囲気に包まれていたが。

提督「着いたな……」

提督はドックの中に入ると、加賀をいきなり入渠させず、艦娘が各々のコンディションチェックに用いる個室の前まで運んだ。

提督「これから少し加賀の状態を確認するが……北の艦隊から誰か一名、残ってくれるか。その他は、ずぶ濡れだから風呂に入ってこい。北提には私が連絡を取る」

瑞鶴「……私が、残ります」

日向「私も残ります」

龍驤「ぜ、全員残ります!」

提督「……どうせ加賀は入渠させるが」

日向「それまで待ちます」

提督「……ではそこで待て。榛名も頼む」

日向「あの」

提督「……なんだ」

日向「部屋はお二人だけ、ですか」

加賀と提督が密室で二人きりになる事に危険を感じたのか、日向が提督に尋ねる。
それには提督が口を開くよりも先に、加賀が反応した。

加賀「大丈夫」

日向「っ……」

提督「……という事だ。暫し、加賀を預かる」

そう言って、提督は加賀を抱いたまま個室へ入った。

867: 2015/04/13(月) 23:41:37.62 ID:Wgr8l8Cj0
加賀を、部屋の真ん中に置かれた台の上に寝かせ、その状態で問う。

提督「どこが痛む?」

少し考え、首を振る加賀。仕方が無いので、提督は。

提督「少し、脱がせるぞ」

加賀「ん……」

提督は手慣れた様子で、濡れそぼり加賀の肌に張り付く着物を脱がしてゆく。その下から現れる肢体もやはり濡れて、部屋の照明に艶かしく光った。

下着だけになった加賀を見て、思う。決して綺麗な体では無いと。
その肌は戦闘や訓練の傷跡が目立ち、かつて酷いダメージを受けた脇腹から太ももにかけては白く変色している部位も多い。
女性らしい部分といえば、その胸の豊かな膨らみだけで、体躯は基本的に細く、そして筋肉質である。
決して綺麗では無い。しかし、これは美しい。提督は思う。生きている証だと。

868: 2015/04/13(月) 23:43:13.09 ID:Wgr8l8Cj0
加賀「あの……提督……あまり見られては、恥ずかしいのだけれど……」

頬を薄っすらと染め、恥ずかしさに身を捩る加賀の瞳に、提督の姿が写る。濡れて張り付く髪が煽情的だ。
しかし、提督はそんな加賀を直視して尚動じず、冷静に答えた。

提督「今更気にする仲でもあるまい……それよりも、腰と足のサポーターはどうした」

加賀は少し困ったような顔をした。

加賀「……最近調子が良かったから……」

宿題を忘れてしまった子供のような顔で、上目遣いのまま告げる。

提督「仲間に隠しているのか?故障の事を」

加賀「……そういうことではなくて……あれ、蒸れるの……すごく……」

提督「……とりあえずプラスチックテーピングで固定してから入渠させる。良いな」

提督はやれやれと言った風で、個室に据えられた引き出しから耐修復液仕様のテーピングテープを取り出した。

869: 2015/04/13(月) 23:44:29.89 ID:Wgr8l8Cj0
そして提督は加賀をうつ伏せになるように転がし、告げる。

提督「下、脱がすぞ」

加賀「……はい」

赤面し、もぞもぞと動く加賀をよそに、提督は手早く下着を外した。
やはり筋肉質な臀部が露わになる。

提督「確かお前がダメなのは大腰筋と大臀筋、大腿筋あたりだったな……」

提督は事務的な動きでテープを次々と貼っていった。

提督「……きちんと食事は取っているか」

提督はテーピングする手を止めずに問う。

加賀「……ええ」

加賀もうつ伏せのまま答える。
それから暫く、提督は加賀に質問を重ねた。今の艦隊はどうか、司令官はどうか、無理はしていないか……
他愛も無い物ばかりだが、全て自分を慮る質問だった事を、加賀は覚えている。

提督「……そう言えば、酒を飲み過ぎて暴れたりしてないだろうな」

加賀「……」

提督「お前……」

加賀「……あなたを、悪く言う人が悪いのよ」

870: 2015/04/13(月) 23:46:26.19 ID:Wgr8l8Cj0
背面の固定を終えた提督は、はぁ、と溜息をついて、仕置とばかりに前触れも無く加賀を裏返した。躰が露わになる。
突然の事に、彼女の口から、やっ……と小さな声が漏れ、咄嗟に腕で顔を隠した。

提督「少し我慢してくれ」

提督はそう言い、太ももにテープを手際よく貼っていく。
内股に手が擦れる度、ん、と加賀の口から吐息が漏れた。
暫くの間、無言の空間にテープをロールからはがす音と、加賀の吐息だけが響く。
最後のテープを貼り終えると、提督は戸棚からバスタオルを取り出し、加賀に被せた。

提督「そのまま入渠してこい。それで良くなるだろう。……あと、隠している訳でないのなら、今日からはきちんとサポーターを着けろ。良いな」

そのまま提督は部屋から出て行こうとする。

加賀「……提督。あなたはーー」

提督「……なぁ、加賀」

提督は言葉を重ねる事で、強引に加賀を遮った。そして、ドアに手を掛け、困ったような笑顔を加賀へ向ける。

提督「その、なんだ。……すまない」

その微笑みは水平線に沈み行く夕陽のように、儚くて。そして、優しかった。

加賀「……待ってーー」

提督は加賀の声を最後まで聞かずに部屋を出てしまった。

加賀「……提督……」

残された者の感じる寂しさは、まるで夜。

887: 2015/04/14(火) 20:10:21.42 ID:rAIsVEii0
バタン
提督「……処置は済んだ。誰か、中の加賀に肩を貸してやってくれ」

瑞鶴「……!」ダッ

龍驤「瑞鶴!まちーや!」テテテテ

提督「響。入渠申請は加賀の名前で出しておいたと、加賀にそう伝えてくれ」

響「……わかりました」タッタッタ

提督「ああ、日向は行くな。少し残れ」

日向「……はい」

提督「榛名、問題は無かったか」

榛名「榛名は大丈夫ですよ」

提督「すまんな……日向、北提の現在地は何処だ」

日向「はっ……中央作戦司令室より召喚を受けております」

提督「そうか。加賀の状態は思ったより悪く無い。緊急連絡を取る程でもないだろう。作戦司令室の意向を妨げる訳にもいかんしな……
ドックからも連絡が行く筈だが、お前の口から直接、北提に私が処置した旨を伝えておいてくれ。
あの程度なら、それで事足りる筈だ」

日向「……はっ」

提督「頼んだ。行くぞ、榛名」

榛名「はいっ」

提督「……ああ、そうだ。これを渡しておこう」

日向「……?」

提督は紙片にその場でサラサラと何かを書きつけ、日向に手渡した。

提督「私の電話番号と宿舎の場所だ。併せて伝えておいてくれ」

日向「はっ」

提督「ではな」

入口へ向かうと、船渠の外は相変わらず、雨が降っている事がわかる。
提督が引き戸を開けた時、後ろから微かに加賀の聲が聞こえた気がする。

提督「……いや、雨の音だな」

榛名「?」

提督「行こう」

榛名「はい」

提督と榛名は、雨の中へと踏み出した。
ザァザァと、降る雨の中へ。

888: 2015/04/14(火) 20:11:29.59 ID:rAIsVEii0
………
……



戦闘の結果、余りにもダメージが深く、艦娘単独での本体の生命維持に問題がある場合。艦娘は工廠に隣接した場所に運び込まれ、集中的に補修が行われる。

それ以外の場合はここ、船渠の入渠スペースだ。
ここは四つの修復液に満たされた一人用浴槽と、通常の大浴槽一つで構成されている。
修復浴槽は、主に艤装が大破や中破したが、生命維持に問題の無い艦娘が体の傷の治癒に用いる。
大浴槽は普通の風呂である。
今も、大浴槽で寛ぐ艦娘が二人……


飛龍「あぁ〜あったかい〜訓練後は此処に限る。今日は厳密には違ったけど」

蒼龍「風呂はいいねぇ」

飛龍「雨が止むまでここに居たい」

蒼龍「あんまり長くはダメだよ、長門さんがまた怒るって」

飛龍「良いじゃん良いじゃん。牛乳飲んでゆったり過ごそうよ〜」

蒼龍「ダメだって……こないだ、あの人が胃薬飲んでるの見ちゃったよ、私……」

飛龍「あの人は自分から苦労しに行くねぇ」

蒼龍「中央作戦司令室付きの艦娘なんだし、何かと、ね」

飛龍「ま、一艦娘の私達には関係ありませーん」

蒼龍「もう……」

ガララと、引き戸を引いて、三人組が現れた。両肩を瑞鶴と龍驤に支えられた加賀である。

瑞鶴「加賀さん、足元気をつけてね……」

加賀「……ええ」

龍驤「ちょ、ほんま頼むで……」

飛龍「(……誰が入って来たかと思ったら、加賀かぁ)」

蒼龍「……」

龍驤と瑞鶴は、そのまま加賀を修復浴槽に注意深く入れた。

889: 2015/04/14(火) 20:12:22.78 ID:rAIsVEii0
加賀「ごめんなさいね」

瑞鶴と龍驤、後から来た響は通常浴槽に入った。

瑞鶴「いや……ほんと、私の不注意で……」

加賀「それは私が急に立ち止まったから。自分を責めないで」

龍驤「まぁまぁ。雨も降ってたし!おあいこってことで……」

瑞鶴「……」

龍驤「ほら!加賀も愛しの提督と近付けたし……」

加賀「……そうね」

瑞鶴「……それでっ!加賀さんが怪我したら意味ないよ!いくら、英雄提督に会えても……」

加賀「……」

飛龍「まーた英雄提督かぁ……」ボソッ

蒼龍「ちょっ……聞こえるよ!」ヒソヒソ

890: 2015/04/14(火) 20:13:36.83 ID:rAIsVEii0
加賀「……久しぶりね、飛龍、蒼龍」

飛龍「久しぶり。北提のとこに配属決まって以来だっけ。加賀は、まだ提督のおっかけしてるんだ?」

加賀「……」

飛龍「てか、本格的に振られたの?」

蒼龍「ちょっと……」

飛龍「だって未だに、北提のとこにいるみたいだしぃ。航空戦術のお披露目も私がやる事になったしさぁ。加賀に頼めば良いのにーって思ってたんだよね」

加賀「……!」

飛龍「……そういえば、加賀。あなたの航空訓練のスコア、見たよ。
数年のブランクと怪我の所為で満足に訓練こなせてないのなら仕方ないけどさ……」

飛龍の、それまで浮かべていた薄ら笑いが消え、顔が昏くなる。

飛龍「ちょっと酷すぎだよね?案外、そういうとこを見てんのかもよ、あの計算高い英雄サマは」

加賀「……ッ」ギリッ

891: 2015/04/14(火) 20:16:10.33 ID:rAIsVEii0
瑞鶴「ま、待って下さい……!加賀さんは、訓練での目標達成率90%ですよ?勘違いなさっているのでは……」

飛龍「んー?あなたが瑞鶴?」

瑞鶴「は、はい」

飛龍「……呆れた。加賀、どういう教育してんの?」

瑞鶴「なっ……」

飛龍「アッハッハ!一つ教えてあげるよ、ひよっ子。あんな訓練なんか、達成率100%が当然……一人前ならね」

瑞鶴「……」

飛龍「ダメダメだなぁ、加賀。……も、上がろっか、蒼龍」ザバー

蒼龍「……ん」ザバァ

飛龍が浴槽から出て引き戸に手を掛けようとした時、外側からガララと川内が戸を開いた。
川内は飛龍を見るなり、嫌そうな顔をして声を上げる。

川内「出た、気違い!」

飛龍は不敵な笑みを崩さず、答える

飛龍「何を自己紹介してんのさ、川内」

川内「……相変わらず言ってる事が、頭おかしいなぁ……」

飛龍「ハッ!冗談は顔だけにして欲しいね」

川内「……寝言は寝てからーー」イラッ

飛龍「アッハッハ!やっすい挑発に乗るなよ川内。だからお前はいつまでも夜戦隊なんだ。ほら、どいたどいた」

飛龍は苛立つ川内をドンっと押し除けて、脱衣所へと消える。
その後、入渠スペースに川内が入り、戸をピシャリと閉めた。

892: 2015/04/14(火) 20:25:33.62 ID:rAIsVEii0
川内「気分悪……お?じゃじゃ馬と仲間達じゃん」

川内はザブザブと浴槽に入りながら話しかける。

加賀「……」

川内「なんか機嫌悪いなぁ。気違い飛龍になんか言われた?それか提督に振られた?」

加賀「……」

川内「アタシも提督の事ストーキングしてたら榛名にバレてさー。雨の所為で撒かれちゃった。それでビショビショになったから来たんだけどさ。不覚不覚。アハハ」

加賀「……」

川内「……皆だんまりかよー。面白くないなぁ。なんか言えよー」

瑞鶴「……質問、良いですか」

川内「お、いいよ」

瑞鶴「……あのお二人って何者なんですか?」

川内「飛龍と蒼龍?アイツらは今の第一艦隊、第一機動部隊の空母様だよ。つまり、今んとこ最強の一角、だけど……」

瑞鶴「え……」

川内「知らないんだ?意外」

龍驤「ウチは知っとったけど……」

響「瑞鶴って結構そういうのに疎いよね……」

瑞鶴「……」

川内「例えば、今の加賀、故障抱えてるし比較にならないけどー。今の飛龍は、全盛期の加賀より強いと思うよ」

瑞鶴「……!」

川内「でもアイツ、それは味方頃しちゃってからーー」

龍驤「え?」

加賀「川内!」

893: 2015/04/14(火) 20:26:38.88 ID:rAIsVEii0
川内「……や、ごめんごめん。忘れてー。てか、加賀。そこで入渠してるって事は大破でもしたの?飛龍にやられたとか?」

加賀「……」

川内「聞いちゃいない……はぁぁぁぁ……
あ、そうだ。加賀。全く話題変わって、提督をストーキング中に聞いたんだけどさ」

加賀「……あなた、よくその単語を臆面なく使えるわね……」

川内「まぁまぁ。聞いてよ。その内容がさーー」

ーーーーー

提督『……で、不知火の話とはなんだ、榛名』

榛名『はい。この間、不知火さんと二人で居た時の事なのですが……少し、提督に対して不信感と言うか……不安と言うか……。
苛立ち。そう、苛立ちを抱いている様子が垣間見えました』

提督『……そうか……』

榛名『その事をご報告しておかねば、と思いまして……』

提督『それは有難い、が……余計に不知火を一人にして欲しくなかったな』

榛名『うー……ごめんなさい……』

ーーーーー

川内「って」

894: 2015/04/14(火) 20:33:16.19 ID:rAIsVEii0
加賀「……」

川内「榛名の奴、不知火を出し抜いて、提督と二人きりだぜ?なんとかなんない?」

加賀「……何故、それを私に言うのかしら。(というか、着目すべき点はそこでは無くて……)」

川内「不知火と仲、良いだろ?」

加賀「……だったら、何?」

川内「なんか、作戦、練れない?」

加賀「……出来たとしても、お断りね。提督にご迷惑がーー」

川内「迷惑。迷惑?アハハ」

ザバァと、浴槽から上がり、川内は加賀に近寄った。そして、耳元で加賀にだけ聞こえるように囁く。

川内「……ワザとコケた、イケない艦娘が今更何を、言ってるのかな」

加賀「……!」

川内「本当は、ポッと出風情が何故提督の横に、とか思ってんだろ?」

加賀「違っ……」

川内「提督の気を惹く為の、加賀のあんな声……痛くない癖に……やらしいなぁ……」

加賀「……五月蠅いっ」

腕をブンッと振って、川内を遠ざける。

川内「おっとっと」

龍驤「ちょ、川内はんとやら!加賀さんをあんま動かさんといて!」

川内「……ごめんごめん。アハハ」

川内は元の湯船に戻った。

川内「ま、考えといてよ……アタシも協力、するからさ……」

川内はニコニコしていたが、その実、目は全く笑っていなかった。

提督「…さて、と」【10】

895: 2015/04/14(火) 20:35:14.63 ID:rAIsVEii0
ここまで


引用: 【艦これ】提督「…さて、と」