141: 2011/11/18(金) 22:14:49.61 ID:yXDm7WlS0


なんだが寂しい。胸にポッカリと空白が開いたようにスースーする。
元『アイテム』の構成員、滝壺理后は相変わらず眠そうな目で虚空を見詰めながら思案に耽っていた。
ここは隠れ家の一つである何の変哲もないアパートの一室。学園都市の裏に蔓延る『暗部』は名目上は解散となり、全盛期の権限を誇るほどの力は持ち得ていないが一般の学生が住むぐらいの移住居ぐらいなら幾らでも潰しは効く。それらの結果が、この仮住まいだ。

「……」

なにか、むしゃくしゃする。
眠そうな視線は変化に乏しいが、それが内面と同等で有る訳ではない。どれだけマイペースな人物だろうが滝壺もその例外ではなかった。
自分以外に動く気配がない空間は静かなものだ。空気は停滞し、不測な物音も発生せず静寂で、尚更に寂寥感が染みてくる。
普段は一緒に行動している仲間達の姿も、今日はここには無かった。
麦野沈利、絹旗最愛。
同じグループの構成員だった彼女達。後者は別として、前者とは曰くつきの仲ではあったが。一度は袂を別ち、騒乱のすえ昔に築いた絆を結びなおしたとは言え、やはり油断ならない関係と言える。
そう――色んな意味で彼女は警戒すべき。
と、滝壺の乙女センサーがビビッと反応していたりする。その点だけに限っては年下の生意気ながらもどこか憎めない少女にも適用するべきだけど。どうやら潜在的にライバルは多いらしい。最近になって、また妙なのが増えたし、うん。

「でも、ちがう」

ポツリと口を滑らせたのは否定の言葉。
別に彼女達の関係を否定したわけではなく、この場に彼女達が居たとしてもこの気持ちは決して紛らうことは無かっただろうから漏れた言葉。
滝壺だって気付いている。なんとなく、そう、なんとなく認めると余計に鬱憤が溜まってしまうというか悲しくなってしまうから誤魔化しているだけで。
でも、こう考えてしまう時点で悟ってしまっていて。結局、余計にダウナーな気持ちになってしまった。

「……むぅ」

しょんぼりと俯いてしまう格好は、解りづらいと評される滝壺にしては劇的なまでに解りやすく、身近な知り合いが見たら少々の驚きは示されたに違いない。
俯いた目線の固定先はジクゾーパズル。どこかの誰かが見舞い祝いにと暇潰しにプレゼントしてくれた玩具に捧げられていた。
滝壺はなんとも無しにジグゾーパズルに触れる。
もう何度も解き明かし尽くしたのか、パズルの表面には多少の磨り傷や手垢が見て取れて。手に取るピースの部分は、初戦の人ならばヒントにならないだろう端の端や中途半端な部分からなのに戸惑い無く当て嵌められ、完成への道を形作っていく。これまで何度も完成させただろう手馴れた手付き。だけど本来ならジグゾーパズルなど一度でも完成させたなら新鮮味は失う玩具である。何度も繰り返せば、それに比例するだけ飽きは訪れ、達成感は遠ざかっていく。だからこそ人は日々娯楽物に対する探究心を発揮するのだから。
だけど。



とある魔術の禁書目録 33巻 (デジタル版ガンガンコミックス)
142: 2011/11/18(金) 22:16:04.08 ID:yXDm7WlS0


「……」

落ち込み気味だった滝壺の目は少しだけ笑っていた。親しい人にしか見分けがつかないレベルでだが、嬉しそうな輝きを宿している。
きっと他人には理解できない感情であり、滝壺自身も共感しようとも思っていない。これは自分だけが知っていればいい。
……彼がプレゼントしてくれたから。
それだけで理由など十分だ。

パチリ、パチリ、パチリ。
パチリ、パチリ、パチリ。

一定のテンポで刻んでいた音が、最後のピースが当て嵌められた事により途切れた。パチリ、と余韻の木霊を残して。
絵図が完成した。
世界的にも有名なネズミのキャラクター達の絵図。別にこの絵に対しての感慨深い思い入れは滝壺には持ち合わされていないし、正直興味も無かった。ただ過程が重要で、その結果は求めていないだけだ。

「早く帰ってこないかな」

ここに居ない人を思う――想う言葉。
言葉に出すとそれだけで胸が締め付けられた。ギチギチと棘が刺さる不快感。
仲間達じゃない。決して蔑ろにしたつもりはないが、この想い言葉は、彼女達に贈ったわけじゃない。
思う、想う、想い人である彼――浜面仕上。
聴こえないと、届かないと分かっていても、想いは溢れ出てしまう。

「危ないこと……してるよね」

棘が刺さった部分から、黒いモヤのような泥が溢れ出した気がした。
幻覚の痛みに顔を曇らせながら、彼の安否を気遣う。危険だと知っていて自ら飛び込んでいったのだ。残された者の気苦労を僅かなりとも汲み取ってくれているのだろうか。
おそらく……いや、きっと僅かなんて物じゃなく、全てを汲み取り覚悟した上での結論に違いない。

「いつだって、そうだよね」

彼は、浜面仕上は、そうだ。

基本的に臆病で見栄っ張りで強がっているだけで、仲間達からもチキンやキモいと罵倒されている。
戦闘能力だって、決して高くはない。無能力者という侮蔑の烙印を押された浜面仕上は、超能力という不可思議な能力を行使するのが当然の世界の中でも下から数えた方が早い番付だ。不良集団だったスキルアウトだったからか格闘なら素人を圧倒するだろうけど、それでも1対1が関の山。1対2なら危うく、1対3なら敗北は必定。しかも優しい。本来の、学園都市の能力者主義の常識が彼を歪めなければ、根の甘さからきっと暴力行為に手を染めず、こんな場所まで堕ちてこなかっただろうと思う。

それなのに。
彼は飛び出していった。戦禍の渦中へ。

143: 2011/11/18(金) 22:17:10.99 ID:yXDm7WlS0


「……ばか」

彼の行いは愚者の行いだ。
少しでも知恵が働くなら、何の力も持っていない癖に危険な場所に飛び込んでいこうなどと思いすらしないだろう。いや想像するぐらいならするかもしれない。どこかの誰かのために、自らを省みず救いの手を差し伸べる。そんな英雄的思考に憧れを見出すのは人間の性だ。
だが。
実行に移せる人は全体の何割だろうか? 一割にも満たない数値を弾き出すだろうし、行動した者達のほとんどが夢半ばで折れ不幸な結末を迎えるのは想像に難くない。そんな子供が描きそうな夢物語がまかり通るほど、世界は綺麗じゃない。

残酷で、
無慈悲で、
暗く容赦が無い。

これが世界の真理だった。
程度の差はあれ、全人類に共通した認識なのも間違いない。少なくとも、滝壺理后が生きてきた世界とは、そういう優しくない世界だった筈だ。

「なのに……はまづらは優しかったよね」

思い出すだけで、心が温もるようなキュンと締め付けられるような奇妙な感覚が湧き出してくる。
思い出す。
そう、忘れはしないだろう。

あなたと出会えたから私は強くなれた。
あなたがいてくれたから私は心から笑っていられる。

優しくない世界。綺麗じゃない世界。残酷な世界。無慈悲な世界。惨たらしく容赦が無い世界。
そんな世界を壊してくれたのは、そんな閉じていく箱庭から連れ去ってくれたのは、たった一人の人間。どこにでもいる普通の男の子で、決して王子様や英雄なんて肩書きを背負う人では無かった。誰もが馬鹿にする、子供が描きそうな夢物語を貫き通してくれたのが浜面仕上という少年だったのだから。

だから。
だからね、と滝壺は否定する。世界中が彼を馬鹿者と愚者呼ばわりするのなら、一握りの勇気と、一握りの矜持と、溢れんばかりの愛情を持って盾となろうと。
その権利はあるはずだ。大した事が出来ない自分でも、私だって守られてるばかりじゃないと身を挺して庇ってあげるのが、滝壺理后の務め。

「彼氏彼女の関係なんだし図々しくても許されていいよね。邪険にされたら……泣く」

彼がいてくれたから、

残酷な世界は、少しだけ優しくなったと感じて。
無慈悲な世界は、少しだけ慈悲があると気づいて。
暗く容赦ない世界にも、明るい救いがあると実感できたのに。

「でも、そんなの大したことじゃないと思ってるんだよね。はまづらは」

こんなにも滝壺理后の世界は良い方向に変質したというのに、自分は大したことは出来なかったと不甲斐無さを感じていたりするのだ。

「そんなことないのに」

絶対に、そんなことはないと滝壺は断言する。
それこそ、彼女にとってのヒーローとは、浜面仕上ただ一人なのだから。他にどんだけ素晴らしい人が登場しても、彼の代役は不可能だろう。


144: 2011/11/18(金) 22:18:02.12 ID:yXDm7WlS0


「だから……ばか」

故に、滝壺は不貞腐れ不機嫌になる。
勝手にいなくなられたら私はどうしたらいいのだろう。身を挺して庇うことも、邪険にされたと泣いて文句を言うことすらできない。ううん、旅立つ前にケジメなのか伝えはしてくれたよね。でも話し合いじゃなかった。一方的な宣言であって、あれは話し合いなんかじゃ決して無かった。文句を言っても、泣いたって彼は聞き遂げてくれなかっただろう。そんな彼の態度に気づいて、折れてしまった自分も悪い。そんな浜面仕上を好きになってしまったのだから。
それでも納得できる事と、出来ない事は確かにあるのだ。

「はまづらは、本当にはまづら。大切なことを忘れてる」

浜面仕上と滝壺理后は、彼氏彼女の関係だ。愛し合った恋人同士。
そして、

「相棒で、戦友だよね」

幾つもの危機を一緒に乗り越えた関係だ。それこそ一生連宅で一心同体でも過言じゃないはずの。

「だったら、連れて行ってくれてもいいじゃない」

危険に巻き込みたく無かったのは滝壺も承知の上。でも不満が募るのは抑えられないし、彼の安否に気が早ってしまうのはどうしようもない。

「……うぅ」

負の悪循環スパイラル。思考は堂々巡りを繰り返し、気分が晴れたりなんかしない。
そして最終結論として、

「早く帰ってこないかな」

に、行き着くのだった。もはやどうすることも出来ない。彼が旅立って早三日。この調子じゃ、この先が思いやられてしまう。
そんな滝壺の非効率的な思考を強制的にシャットダウンするかのように、タイミング良く動きが発生した。停滞していた重たい空気に新鮮な風が吹き込み、静寂だった室内に軽い音が響いた。

「うだー。超駄作でした」
「あんたが観るのなんて全部そうでしょ」

どうやら同居人……とは少し違うが麦野と絹旗が帰宅してきたようだ。麦野はシィッピングに出掛けていて、絹旗は趣味の映画へ。別々に行動していたはずだから、帰りに丁度鉢合わせしたのだろう、と滝壺は推測した。好き好んで絹旗の映画に麦野が付き合うとは思えないし。私だって途中で眠るぐらい駄作祭りになるぐらいだし、と若干黒い思考をしつつ滝壺は声をかけた。モンモンとした惚気のような愚痴のような暗鬱とした思考はシャットダウンされていた。

「おかえり」
「超ただいまです」
「ええ。あー喉渇いた」

日常と変わらない二人。浜面がいなくなった事をどう考えているのか。なんとなく知りたいような気もする。
でも馬鹿にされたら面白くないし、積極的に心配そうな態度をされても釈然としないので、やっぱり聞きたくないかな、と躊躇ってしまう滝壺だった。

「楽しかった?」
「こっちは駄目駄目でしたね。これなら超素直に部屋で滝壺さんのお相手をしておくべきでした」
「ご愁傷様」
「お座なりな対応超ありがとうございます。麦野の方は超どうだったんですか?」

冷蔵庫から紅茶のペットボトルを取り出し、それを飲んでいた麦野に話を振った絹旗。
麦野はお嬢様らしからぬ大胆な飲み方を止めて、

「ああ、収穫ならあったわよ。ちょっとツテを頼って調べ物してたんだけど、思ったより早くに結果が分かってね」
「ほぉ。何を超調べていたんですか?」
「なに?」

三人は雑談しながらも、キッチンからリビングに移動し、それぞれ好き勝手にソファに腰を下ろす。
麦野が調べていた何かについても、特段興味があった訳ではない。あくまで会話の種であり、何かを話せていたらそれだけで楽しいものだ。友人関係とはそういうものだろう。
ある意味で、お約束的な展開。
そう思っていた滝壺と絹旗だが、続く麦野の言葉にまさかここまで驚かされるとは予想していなかったに違いない。


145: 2011/11/18(金) 22:18:51.74 ID:yXDm7WlS0


「浜面の行き先」

……、
………、
…………、

「「えっ!?」」

滝壺さえも思わず絹旗と一緒に身を乗り出して驚きのアクションを発してしまった。

「だから浜面の行き先だって。あいつ、どこに行くか言わなかったでしょ」

サラリと何でもないかのように、素面で口を開く麦野に、開いた口が塞がらない二人は……。

(やっぱり麦野も……)
(そういえば浜面の交友関係も以前調べていましたし……ストーカー女疑惑はもう超確証の域ですね)

本人を前に、直接口にするには難しい言葉を内心で処理したのだった。最も、驚きですぐに言葉を口にすることが出来なかったからこそもあるのだが。
第四位の超能力者の謎の超行動力は、それだけでは収まらない。

「どうする。追いかけるかよ滝壺?」

あまつさえ、こんな爆弾発言をのたまう始末である。
照れ隠しなんて一切ない、本当に自然体。何を考えているのか分からないが、矛先を向けられた滝壺は首を振った――横に。

「いい。今はその時じゃないから」
「あ、そ」

だったらいいわ、とばかりに関心を失った麦野はこの話はお仕舞いと素っ気無く頷いた。どうやら行き先すらも教えてくれないらしい。追いかけないのなら不要だと勝手に判断でもしたんだろう。基本的に自分勝手なのが麦野沈利という女性だ。
絹旗は何だが残念そうだが、こっちは純粋に興味からくる追求心だろう。麦野に情報を強請らないのは、滝壺に気を使っている部分もあるに違いない。

「本当に、超良いんですか滝壺さん?」
「うん」

未練が無いとは言わない。
追いかけたい気持ちがないと言ったらそれは嘘。先程までの悪循環ループが物語っている。


146: 2011/11/18(金) 22:19:38.82 ID:yXDm7WlS0


でも、
今だけは、

「はまづらの好きにさせたいから。そんなはまづらを好きになったんだしね」
「ここで惚気ですか……超ご馳走様ですよ」
「そうかな?」
「超自覚を持ってください。まるでドンと構える奥さんのような貫禄を放っておいて……」

絹旗が嫌そうに顔を顰めていたが大丈夫。そんな絹旗を応援している。
他人事っぽく処理した滝壺は何処に向かったかもしれない想い人に、届かない心の声を放つ。

(でも、あんまり遅いとこっちから迎えにいっちゃうからね。はまづら)

少しだけ気分が晴れた。
麦野が自分を気遣って調べてくれたのか、それとも……と乙女的にビビビッとセンサーは反応しているが、それでも気分が向上したのは事実。

「麦野……ありがと」
「なにそれ。意味わかんない」
「うん。私も」

別に状況が変化した訳じゃないのにね。でも追いかけようと思えば追いかけられるのだ。
その心理的作用は、並大抵の物じゃない。例えれば家出した少年がどこで寝泊りをしているかを把握しているかによる余裕の違いだろう。この例えは彼にしては不本意だとスネてしまうだろうけど。
滝壺は相変わらず眠そうな表情で、室内の天井を見上げると。

「早く帰ってこないかなぁ」

何度も呟いた結論を音にしたのだった。
違うのは、含まれた感情の色。後ろ向きではなく、前向きな軽やかさが込められていたのだった。



147: 2011/11/18(金) 22:21:35.92 ID:yXDm7WlS0
終わり。浜面が好き。『アイテム』が好き。そして今回のは滝壺の惚気を書きたかっただけ。

引用: ▽【禁書目録】「とあるシリーズSS総合スレ」-34冊目-【超電磁砲】