1: 2025/12/19(金) 23:22:38 ID:???00
スニーカーを履いてきてよかったと思います。

淡い緑の地に白のステッチとシューレース。シンプルながら歩きやすさや防水性といった機能面も十分。

そしてなにより、くるぶしを覆わないので脱ぐ必要がありません。

上着は脱がなければならないので、すでに腕にかけて次のトレイが空くのを待っています。

前にも後ろにも人がたくさんいて、ここでは慌ただしく荷物をトレイに乗せていきます。

こうして時間の制約とともにやらなければならないことが目の前にあると、それをこなしていくだけで精一杯です。

港というのは多く別れの場であるのでしょうが、そこで抱いている感情にゆっくりと向き合う時間を与えてはくれません。

それが古今東西、人を突き動かし新しい場所へと向かわせる強制力なのでしょう。

私は別れの旅立ちではありませんけどね。気楽な旅人です。

2: 2025/12/19(金) 23:23:38 ID:???00
保安検査を抜けて上着を羽織ると、失っていたものが戻ってきたように思えます。

この時期のコーデはアウター込みで考えていますので、それがないとなんだかバランスが悪く感じます。

そんな不安定な場所をくぐり抜け、常に時計を気にしながら中を歩きます。

搭乗して座席に座るまではずっと落ち着かないんですよね。

時間的余裕もあまりなく、搭乗ゲートの近くの椅子は空いていなく、なにをしていればよいのかわからない——なにができるわけでもない、断片の中で立ちすくんでいます。喧騒に包まれながら。

踏み出してしまえばなんとかなるものと思っています。踏み出すまでに障壁があるのもわかっています。

ではこの踏み出している最中、足を動かしている中途というのは、一瞬が引き伸ばされたものなのでしょうか。

3: 2025/12/19(金) 23:24:48 ID:???00
「——それでは、8時間45分の空の旅、どうぞごゆっくりお過ごしください」

これを聞いて長いなと思ってしまうのは、傲慢なことなんでしょうね。

大洋を越え遠くの大陸へ、それが半日もかからない。驚くべき速さですのに。

座席に収まり窓から流れていく地上の様子を眺めながら、普段は考えないようなことに思いを巡らせていました。

移動というのは、人を不必要な思索に誘います。

もう少し現実に必要なことに頭のリソースを割きましょう。

beef or chickenと訊かれたら食べたいほうを答えればいいんですよね。

……日本語で訊かれるんでした。

4: 2025/12/19(金) 23:25:28 ID:???00
結局和食をいただきました。自分ひとりですと冒険しない選択をしがちです。

ですがそこを意識できていれば踏み出すこともできます。

実際今はその過程にいますから。

向こうに着いたら朝なんですよね。今のうちに寝ておかないと時差ボケが厳しそうです。

これでよく寝られるのかは少し不安です。

空港で大きなスーツケースを引きずっている外国の方が、カバンにネックピローをくくりつけている理由がわかります。

私も持ってくればよかったですね。

まあ今更どうしようもないので、目を瞑っておこうと思います。

窓の外は雲の上。海の上でもあるんでしょう。おやすみなさい。

5: 2025/12/19(金) 23:26:13 ID:???00
思っていたよりは寝ることができました。

とても短い夜が明けて日が昇ろうとしています。

まだまだ寝ていたいところではありますが、周りの時間のほうに自分を合わせなければなりません。

時間はいつも、誰を気にかけることもなくただ流れています。

眼下には分厚い雲がありますが、雲の上では朝日を眺めることができます。

太陽が灰白色の雲に火をつけ、雲海と空の境目がオレンジ色に燃え上がっています。

朝食を食べておきましょう。一日の始まりです。

6: 2025/12/19(金) 23:27:13 ID:???00
「みなさま、ただいまサンフランシスコ国際空港に着陸いたしました」

着陸態勢に入ってからはあっという間でした。

雲の中を抜ける時に揺れはありましたが、そのほかはすべてが穏やかです。

穏やかすぎて少しウトウトしていましたが、着陸の衝撃でまた目が覚めました。

「ただいまの時刻は午前9時15分でございます。飛行機が完全に停止し、シートベルト着用のサインが消えるまで——」

地上に戻ってきました。先程までその上を飛んでいた雲は今は私たちの頭上に広がり、太陽のあたたかさと明るさを独占しています。

その下にいる私たちは、冬の幕開けにただ震えるばかりです。

「空港周辺のただいまの天気は曇り、気温は2°Cほどと、記録的な寒さとなってございます。長旅の疲れが出ませんよう、みなさまお身体を大切に、あたたかくしてお過ごしください。今日も、ワンワールドアライアンスメンバー——」

7: 2025/12/19(金) 23:28:12 ID:???00
カリフォルニアは気候がとても穏やかで過ごしやすいところだと聞いていました。

ですので、今はきっと例外なのでしょう。

東京も寒かったですが、こちらも負けず劣らずの寒さです。

今年はどこもかしこも寒い冬なんですね。

夏が異常に暑かったかと思えば、冬は異常に寒いんですから、難儀なものです。

陽の光のない朝に寒風に吹かれながら、周りの邪魔にならないところで立ちすくんでみています。

馴染みのない景色、ほとんど聞き取れない周りの人たちの言葉、慌ただしく行き交う人々。

ほんとうに来てしまいましたね、アメリカ、カリフォルニア。

さて、どうしましょうか……。

8: 2025/12/19(金) 23:29:14 ID:???00
一日中変わらないであろう曇天のもと、勢いだけで動くことを継続しようと、周囲の人々と同じように歩き出してみます。

時差ボケで眠くても、空も眠そうなのでまあいいのでしょうと思えます。

これがカラカラに晴れていると、なぜそんなに昼間から眠そうなんだと太陽に責め立てられている気になってしまいますので。

正直な話、行くあてはありません。

流されるままに高速鉄道に乗り、ダウンタウンへと向かいます。

9: 2025/12/19(金) 23:30:12 ID:???00
有名な街であれば、ランドマークがあるものですよね。

大きい本屋の端っこにある文房具売場のそのまた片隅に生えている、回転ラックに刺さっているポストカードでよく見る類のものです。

東京でいう丸の内駅舎、神戸でいうポートタワー、お台場でいうニジガク、金沢でいう鼓門です。

やはりそうしたわかりやすいものを、見知らぬ土地では期待してしまいます。

ここではゴールデンゲートブリッジやペインテッドレディですかね。

ですがダウンタウンのほうで降りているので、そこまでわかりやすくサンフランシスコというものはありません。

ここはただの英語に溢れたオフィス街です。

10: 2025/12/19(金) 23:31:10 ID:???00
この寒さも"らしくなさ"に拍車をかけています。

過ごしやすい気候の場所であるから人が集まってきたのでしょうに。

そうして集まってきたであろう人たちは、肩をすくめながら先を急いでいます。

私も同じように寒さに身を震わせながら、しかし行く先がないので先を急げずに周囲から取り残されていっています。

身体をあたためるために、目を覚ますために、向かう先を探すために、コーヒーでも飲みましょうか。

ひとまず大きな移動を終えたのですから、少し立ち止まっても問題はありませんよね。

11: 2025/12/19(金) 23:32:22 ID:???00
青いボトルのコーヒーショップがあります——あるのを知っていてこの駅で降りたんですけどね。

チェーン店も発祥の地だと特別な感じがあります。

せっかくここまで来たのに……という向きもあるでしょうが、本店であれば躊躇なくチェーン店にも入れるというものです。

京都で食べる天下一品、神戸で食べるモロゾフプリンと同じです。

ここは1号店ではないですけど、それでも十分特別ですから。

12: 2025/12/19(金) 23:33:46 ID:???00
初めて来る場所ですが、一部見覚えのある店内——写真でよく見ていました、を見渡し窓際のテーブルを確保しておきます。

いつも座っているところですね、彼女が。お気に入りなんでしょうか。

室内は十分に暖房が効いていてあたたかい一方、窓は近寄るだけでひんやりとしていることがわかります。

最近の、観測史上を塗り替える勢いの寒さを安全圏から眺めながら、深夜——体内時計的には、です、実際は朝なんですから。に飲むコーヒーの珍しさを味わっておきたいと思います。

………
……

13: 2025/12/19(金) 23:34:52 ID:???00
寒すぎて目が覚めた。

いくらなんでも寒すぎない?最近それしか言ってない。

金沢と変わらない気温の低さ。雪かきしなくていいことだけが救いだよ。

お布団がそんなにもこもこじゃないから寒いのかね。

でも暖房つけっぱで寝るのは喉によくないし。

それにお布団があったかくなりすぎたら、一生そこから抜け出せなくなりそう。

14: 2025/12/19(金) 23:35:54 ID:???00
休みの日だからなにしててもいいわけだけど、そうやって甘えてると一日が布団に吸収されるんで、自分を律して動き出さないといけない。

外に出るまでが障壁だから、とりあえず出ちゃえばいいんだよね。

毎度毎度外に出るだけ出て、寒いから近くのお店に入るっていうのを繰り返してたら、そのお店のちょっとした常連みたいになってるし。

今日はその後ちょっと買い物でも行こうかな。

こんなに寒いのもすぐ終わるだろうと思ってこのままやり過ごそうとしてたんだけど、どうもまだまだ寒いみたい。

さすがにマフラーくらいあったほうがいいなと思い始めたから。

15: 2025/12/19(金) 23:36:43 ID:???00
さっむ。やっぱおかしいよねこれ。

外に出るなり風が吹きつけてきてガードの薄い首周りから体温が奪われていく。

熱を回復させてくれる太陽は今日もいないみたい。雲の天下だね。

それでも体温がすっからかんにならないのは、私もまだまだ燃やすものがあるってことだ。

火が消えないように、毎日薪を焚べてるんだしね。

それでもやっぱり、寒い。

16: 2025/12/19(金) 23:37:10 ID:???00
そろそろ小休止を……ってところにちょうどよく位置してるコーヒー屋があって、何回か吸い寄せられてた。

そうするとそれがルーチンになってただなんとなく行き着く場所になる。

毎回決まって、空いている窓際——店内でおそらく一番寒い席だからいつも空いてるんだと思う、に座ってる。

そりゃ外よりはあったかいよ。店内の木質の什器からあったかさがにじみ出てきて、水色のボトルに吸収されていく過程で周りにこぼれ落ちた熱が今のこの場所なんだ。

それはそうとして、今日は先客がいる。

17: 2025/12/19(金) 23:37:45 ID:???00
珍しい。アジア系の女の子だ。——そこに人がいること自体が珍しいんであって、アジア系であることはこの街では別段珍しくはない。私だってそうだし。

じっと外を眺め続けてるから顔はわからないけど、どうにも気にかかる。似ている、気がする。

なんかもう、存在しないものを見ているんじゃないかって気がしてくる。

外を、黒いコートに身を包んだ数人の集団が歩いていく。

後ろが暗くなることで窓ガラスの反射率が上がる。一瞬ぼんやりと顔が見える。

——疲れてるのかな。さすがに幻影でしょう。リアルだけど。よく出来てるね人間の脳って。

すごく見知った人の顔が見えた気がした。

18: 2025/12/19(金) 23:38:32 ID:???00
偽者、というかそっくりさん?ということに自分の中では落ち着いた。

いくらなんでも、存在しない人をそこに見るというのはあり得ないかなと思い直した。

そうするとちょっと声をかけてみたくなる。

こういう一期一会も面白いよね。

まあ実際のところは、ほかに席が空いてないからなんだけどね。

「Mind if I sit here?」

………
……

19: 2025/12/19(金) 23:39:23 ID:???00
起こる可能性はゼロではない、しかしそれが起こることはほぼあり得ない、そういったことが実際に起きてしまうと、人は一周回って冷静になれるものなんですね。

いやに今の状況を客観視できている気がします。

目の前に慈さんがいます。なにか言われました。聞き取れませんでしたが。

「えっと……、日本語で大丈夫ですよ」

「えっ」

20: 2025/12/19(金) 23:40:28 ID:???00
そこ驚きますか?場所がどこであれ、あなたも私も日本人です。

「偽者も日本語喋るんだ……」

なにか小声でブツブツ言われています。

「えっと、ここいいですか?」

なんでちょっと丁寧なんですか。距離を感じてしまいます。

「いいに決まってますが……。なんでちょっとよそよそしいんですか、私のこと忘れてしまったんですか」

「いや、かりに本物の栞子ちゃんなら忘れるわけないって、昨日もLINEしてたでしょうが」

「かりにもなにも本物の栞子ですが」

21: 2025/12/19(金) 23:41:24 ID:???00
「確かめていい?」

そう言いながら手を伸ばして来ます。これ私がなにを言っても行動を変えるつもり端からないですよね。

「やえへふははい」

頬を引っ張られています。こういうのって夢かどうか確かめる時に自分でやるやつですよね。

「どう?夢じゃない?」

「自分で確かめてください……」

「そもそも私が本物?である確証がないんだったら、他人かもしれない人の頬をつねっていることになりますが……」

「いや、もう本物の栞子ちゃんだなって確証はあったよ」

やけに誇らしげに言われます。

「じゃあ確かめる意味ないじゃないですか」

「ないよ?」

そうですか……。

22: 2025/12/19(金) 23:42:33 ID:???00
「ところでさ、これ訊いたら負けな気がするんだけど」

勝ちましたね。やりました。

「なんでここ来たの?」

「飛行機と電車に乗ってきました」

「HowじゃないよWhyだよ、日本語の教科書かい」

「だからね、どのような理由でここにいるのって話」

「わかりません」

人間の行動がすべて論理的帰結によるものなら、歴史の教科書はあれほど分厚くはなりません。

23: 2025/12/19(金) 23:43:30 ID:???00
「まさかまた行き当たりばったりで」

「せっかくですしカリフォルニア案内してください」

躊躇せず進んでいくことで道はひらける、先人の知恵ですね。これを信念としています。

「いやまあ、もちろんいいけど」

少し心配そうな顔をされたので、勢いで流していきたいと思います。

心配には及びません、しっかりやれるんですから。

24: 2025/12/19(金) 23:44:31 ID:???00
「それはそうとして、来るんなら連絡してって。ちゃんと用意するから。もし私が今日用事あっていなかったらせっかく来てもらったの無駄になっちゃうでしょ」

流せませんでした。

「その時はぼちぼち観光して帰ろうかと思っていました」

そうなる確率のほうがずっと高いだろうなとも思っていました。

「そんなの、もう。絶対時間作るんだからちゃんと事前に言ってよね」

今回はやむを得ずというところがあります。それはまあ、私だって確証はほしいに決まっています。

25: 2025/12/19(金) 23:45:35 ID:???00
「一口にカリフォルニアって言ってもだいぶいろいろあるけど、どんなとこがいいのよ」

「有名どころですと、ディズニーランドとかですかね」

「それはLAのほうね。できればこっちの近くで頼むよ」

「あとはハリウッドですとか」

「それもLA」

「ビバリーヒルズ・コップ、テレビでやっていた時に見ましたよ」

「LAのほうだね」

「ガンダム作ってるところ……」

「バンダイナムコ?ん……?ああ、アナハイム?それもLAのほうでしょうが」

「ロングビーチ行っても寒いだけですよね」

「わざとやってるよね?」

「大谷さん」

「ロサンゼルス・ドジャース」

26: 2025/12/19(金) 23:46:32 ID:???00
「なにいっそLA行く?泊りがけになるけど」

それもとても楽しそうですが、また今度に取っておこうと思います。

「いえ、こちらでも行きたいところはあります」

「あるんかい」

「アルカトラズから脱獄してみたいですね」

「悪いことは言わないから外から眺めるだけにしときな」

27: 2025/12/19(金) 23:48:25 ID:???00
「じゃあフィッシャーマンズワーフのほう行くかね。こっからだとバスだね」

「えと、時間かかってもいいので、慈さんがいつも歩いているところ歩きたいです」

「いいけど……、別に特になんにもないよ」

暮らしている当人はなにもないと言いますが、私にはなにかしかありません。

同じ場所を見たいではありませんか。

………
……

28: 2025/12/19(金) 23:48:51 ID:???00
さっきまで寒い寒い言ってて、それしか言ってなくて、外歩くのはしばらくなしって思ってたのに、もう歩いてる。

でもさっきよりは寒くない気がする。

なんにもないと思ってた週末に急に色がついて、いつもの光景が少しだけ違って見える。

自分の気持ちが変われば、見え方も変わる。

私が思ってる以上にいいところなのかも、この辺。

こっちでこうやって並んで歩いたことはなかったから、それも新鮮だし。

29: 2025/12/19(金) 23:49:32 ID:???00
「この辺日本人街があったりチャイナタウンがあったり、ある意味面白いところだよ」

「なるほど、スシとニンジャ、パンダと天安門ということですか」

「偏見がすぎる」

「行く?ま、行ってもしょうがないか」

「いえ、ぜひ寄っていきたいです。横浜や神戸に行ったら中華街行きますし、私は割と好きですよ」

思えば私もちゃんと行ったことはなかったな。

いつでも行けるところにあると案外行かないっていうのはあると思う。こういう機会は大事だね。

30: 2025/12/19(金) 23:50:34 ID:???00
「ほら、あっち海が見えてきた。このあたりがフィッシャーマンズワーフだよ」

「かなり坂多かったと思うけど大丈夫?疲れてない?」

「アシカですアシカ。慈さん見てください、あんなにたくさんいますよアシカ」

聞いてないし……。まあ楽しんでくれてるみたいでなにより。

「すごい水揚げ量ですね」

「揚げたんじゃないよ揚がってきたんだよ勝手に」

「びっしり並んでますねあんなにたくさん。かわいいですね」

そういうもんなのか……?

別に海の中を優雅に泳いでるわけでもなく、芸を披露してくれるわけでもなく、ただ打ち上げられた丸太みたいに転がってるだけなのに。

なんだったらたまにずり落ちて海に戻っていくやつもいるのに。

ほら、ちょうど今みたいに。

「あ、今あの子落ちましたよ、ふふっ、んふふっ」

アシカが転んでもおかしいお年頃。

31: 2025/12/19(金) 23:52:03 ID:???00
歩き回ってる時はそんなに気にならないんだけど、じっとしてるとやっぱり寒いものは寒い。

栞子ちゃんはちゃんとあったかそうな格好してる。

行き当たりばったりのくせにこういうところはちゃんとしてるんだな。

別に東京も十分寒いってだけか。

白のボア生地のトップスに、同じように白のフレアスカートで統一感がありつつ、素材の差が上下の切り分けを明確にする。

首周りは白とライトグリーンのリバーシブルマフラーをひねって巻いてて、控えめながら色の主張がある。

足元、スニーカーからソックスと白ベースで緑のグラデが接続してて、立ち上ってくるものがある、指向性が生まれてる。

全体的に色が明るいから、アシカのダークグレーがバックに来ると浮かび上がってるみたいになる。

そう、だから目立つから見てるだけだよ、別に。

………
……

32: 2025/12/19(金) 23:53:00 ID:???00
だいぶ背後からの視線を感じていましたので、そろそろ名残惜しいですが引き上げようと思います。

アシカたちに別れを告げ、置き去りにしてしまっていた人のもとに戻ります。

「おまたせしました。1年分のアシカを補充してきました」

「これで1年しか保たないんだ……」

引き伸ばしに引き伸ばして1年ですよ?

「ま、じゃあ次どっか行く?」

「ゴールデンゲートブリッジまで行きたいです」

なぜ有名なのか実はあまりよく知りませんが、有名な赤い橋です。

ここの象徴のような場所ですので。やはり抑えておきたいところです。

「ほいよ、じゃ海沿いウォーキングだね」

33: 2025/12/19(金) 23:54:04 ID:???00
道を示してもらいながら、半歩前を歩く慈さんを見ています。

白のトレンチコートが全身の大半を占めています。そのほかは足元に黒のローファーが見えているくらいです。

腰のベルトは後ろでリボンのように結ばれ、ウエストを絞ると同時にトレンチに不足しがちなガーリッシュ感を補っています。

でもこの寒さでは、防寒において心もとないなと思ってしまいます。

おしゃれは我慢ということなんでしょうか。

34: 2025/12/19(金) 23:55:12 ID:???00
「もう右手のほうに見えてるでしょ。赤いから目立つよね」

思わず感嘆の声を上げてしまいます。

これといって橋が好きなわけではありません。本で見たことがあるわけでもありません。

ですがそれは見るものを圧倒させる力を持って、ただそこにありました。

外国の方がレインボーブリッジの写真を撮っているのを見て、そんなにいいものなんでしょうかと不思議に思っていましたが、今ならその気持ちがわかります。

帰ったらあらためて、レインボーブリッジを眺めてみようと思います。新たな気持ちで。

35: 2025/12/19(金) 23:56:16 ID:???00
ちょうど通路脇の芝生にベンチがあるので休憩とします。

結構歩いてきました。この街の息遣いを感じながら。

素敵な街ですね。世界中から人が集まってくるのも納得です。

鳥も集まってきています。

カモメ——ウミネコかもしれませんがあまり区別がつきません……、やツグミ、カモがこの寒さなどどこ吹く風で餌を探して飛び回っています。

36: 2025/12/19(金) 23:57:30 ID:???00
羽が降ってきたのかと思いました。

白くゆらゆらと、ひらひらと。空から。

「雪降ってきた?」

隣に座っている慈さんも気づいているようでした。

これだけ寒いんですし、ずっと雲がありましたし。

「めずらしい。こっちはまず降ることないらしいからね」

「では私たちは幸運だということですね」

37: 2025/12/19(金) 23:59:02 ID:???00
空がずっと灰色なので、色移りしたかのように海も灰色です。

灰色をバックに細かな白はほとんど見えません。

橋の赤と芝の緑だけが、空から舞い落ちるものに気づかせてくれます。

積もりはしないでしょうが、それなりにまとまってゆっくりと降ってきています。

雪のやわらかさが周囲の音を吸収して、周りは一段静かになったように思います。

それはすべてに等しく降りそそいでいますが、体温に溶かされるため私たちの周りには降ってこないかのようです。

そうして一様な世界から切り離され、今ここに私たちはふたりだけでした。

38: 2025/12/20(土) 00:00:02 ID:???00
「慈さん」

いきなり現れてタイミングが難しかったというのもあります。

私が普通に観光客として楽しんで回っていたというのもあります。

ですが自ずとその時はわかるものなんですね。

空に後押しされたかのように。

「お誕生日おめでとうございます」

………
……

39: 2025/12/20(土) 00:01:04 ID:???00
目を丸くしてたと思う。

だって昨日すでにLINEでその言葉をもらってたから。——時差があるから一日早いんだよね。

「ありがとう……」

「寒そうでしたので早く渡そうと思っていたんですが、こう、タイミングというのがなかなか……」

「遅くなってしまいすみません」

そう言うと彼女は自分がしているのと同じマフラーを私に巻いてくれた。同じように器用にねじって。

「これでお揃いですね」

そう言って笑いかけてくれる。さっきまでの寒さが嘘みたいに今はあったかい。

「ありがと。……このために来たの?」

「はい。やはり直接がいいなというのと、突然現れたらそれはそれで面白いかなと」

それでほんとに来ちゃうんだから、なんというかまったく。

40: 2025/12/20(土) 00:02:29 ID:???00
「勢いで旅に出ちゃう行き当たりばったりさは変わってないね」

「そうすると、思わぬ出会いがあったりしますから」

人生は偶然の積み重ね。その中でなにを選び取っていくか。

そうして年が重なっていく。

「えっと、一応訊くけど、泊まるところ用意してきてるよね」

無言。雪の降る音が聞こえる。

目をそらされた。

41: 2025/12/20(土) 00:04:02 ID:???00
「え?海外だよ?金沢行ってきますとはわけが違うんだよ?そもそもイミグレどうしたの?」

「せっかくなのでJWマリオットに泊まるという設定で書きました」

「捏造じゃん」

「慈さん!泊めてください!」

まったく、キミといるとほんと退屈しないね。

この1年もこれからも、楽しく過ごせそう。

42: 2025/12/20(土) 00:05:03 ID:???00
おわり◯
ありがとうございました

一応以下と地続きではあります
慈「栞子ちゃん拾った」
栞子「カリフォルニア行ってきます」

43: 2025/12/20(土) 00:06:30 ID:???Sa

内容もだけど投稿タイミングもすごい…!

引用: 【SS】天使の雪