248: 2013/08/18(日) 02:50:36.63 ID:IMf7gkV5o
1/6


撫でるような優しい寝息だった。
俺達二人しかいない静かな空間だからこそ際立つその音は、小鳥のさえずりにも似ている。

うっとうしいほどに燦々と降り注いだ日が頂点を越して、下り始めた頃――学生達が部活や予備校、友達付き合い、あるいは何もしなかったりと――
ある意味、学生達が最も学生らしくある時間、放課後。そんな時間を、部屋の外から聞こえてくる運動部員の掛け声に耳を傾けながら、俺は真瀬先輩の幸せそうな寝顔をぼけっと眺める事で浪費していた。

いつものように丁寧に整えられた頭のお団子は少しの乱れも見られないが、前髪は少し崩れ、彼女の顔にはらりとかかっている。
クーラーの効いた室内であっても流石に寝苦しいのか、小さな唇からは時々悩ましげな吐息が吐き出される。


普段のふんわりと暖かな雰囲気の真瀬先輩を知っているからこそ、目の前の真瀬先輩は、俺にとって別人とも思えるほど生々しく”女性”を感じさせた。
思春期の男子が、かわいい先輩と二人っきりとはどんな拷問だろうか。しかも、相手はまったくの無防備と来た日には――

「……んぅ…………」

――と、不意に彼女から漏れた色っぽい声に俺の心臓が跳ねる。

 真瀬先輩……?

俺の呼びかけに答えは返ってこなかった。無意識に込めていた肩の力を抜く。

 
――しかし、まぁ……どうしたもんだろう、この状況
咲-Saki- 27巻 (デジタル版ヤングガンガンコミックス)
249: 2013/08/18(日) 02:51:28.14 ID:IMf7gkV5o
2/6


 遅くなりました!すいません!

「おう!サボりかと思ったやんか」

 すいません洋榎先輩。ちょっと委員会の仕事が長引いてしまいまして……

「気にせんでもええ――と言いたい所なんやけどなぁ」

 何かあったんですか?

「もう今日は練習終了やで」

 え

「あのおばはんがうっかり今日の練習で使うはずだったデータ持ってくんの忘れたーとか言うてな……」

 ……まじっすか。でもデータが無くても普段通りの練習はできるでしょう? 

「……”明日できることは今日やらんでもええやんか~”」

 ……似てますね、モノマネ。

「恭子が休みっちゅーのもなぁ……ウチが指導してもええんやけど、なんでか不評やし……」

 『そこはガーッといっとけや!』『ほれ!もっとこうバッと!』『そらそうよ』

 ……………

「どうしたん?急に黙り込んで」

 いえ、なんでも……

「そんなわけで今日は解散や!ほな!」

なんでだろう……なんだかんだ休みを喜んでるように見えたのは俺の気のせいだろうか。
それで良いのか良いのか姫松、良いのか名門校。

「あ!言い忘れてたけどな!」

 はい?

「由子をよろしく頼むな。なんか氏ぬほど疲れてるから起こさないでとか言ってたけど」

 ……へ?

「ほなさいなら~」

250: 2013/08/18(日) 02:52:12.67 ID:IMf7gkV5o
3/6


以上、回想終了。 
びっくりするほど味気無い。

俺が部室に来た時から既にスヤスヤと眠っていた真瀬先輩だが、もうかれこれ30分くらいは経過しているだろう。
起こすなと言われたから起こさなかったが……
今更になって思う――

――俺、嵌められてねぇ?

代行がデータを忘れてくるのは十分ありえるし、洋榎先輩の指導が少々アレなのも否定はできないけど、それくらいで練習が休みになるか?
そもそも、なんで寝てる真瀬先輩を男と二人っきりの状態で放置していくのだろうか?
俺は男として認識されていないのか?
…………自分で言ってて情けなくなってきたな。

とにかく、考えてみると怪しい点が幾つかある。
これは要するに――ドッキリなんじゃないだろうか?

そうだ、きっとそうだ。
辛抱できなくなった俺が真瀬先輩になんかしようとした途端、「ガースー、アウト~」とか言いながら代行が入ってくるに違いない。


……にしても、なんで真瀬先輩?

絹江先輩や上重先輩のような、健康な青少年的に嬉しい人達じゃなく、真瀬先輩?
真瀬先輩と言ったら常にニコニコ笑っていて、そういう男女のやり取りからは離れているような気がする――実際に目の前の彼女を見ると俺の予想は外れてはいたが
確かに真瀬先輩も申し分のない美少女ではあると思うけど……


悩んでいても仕方がない。
実際にやるのは勿論ダメだが、とりあえずフリだけでもしなきゃこの馬鹿馬鹿しいイベントは終わらないのだろう。

…………よしっ

251: 2013/08/18(日) 02:52:38.17 ID:IMf7gkV5o
4/6


 真瀬先輩?起きてますか?

「……」

返事はない。当たり前か。

椅子に座って寝ている――フリだろう――彼女に俺はそっと近づく。

静かに伏せられた瞳が――いつも笑顔を絶やさない口元が、よく見える

……これくらいじゃ駄目か。

 真瀬先輩……起きてるんでしょう?

彼女は目覚めない。

少しだけ迷ったが、思い切って彼女の額に手をやり、乱れた前髪をそっと戻す。

それだけで済むはずだった。だが、気が付くと名残を惜しむように俺の手は中々動いてはくれなくなっていた。

……まずい。触ってしまうと止まらなくなる。

 ……先輩?

光に吸い寄せられる虫のように、ふらふらと俺の体が勝手に動く。
おいおいドッキリなんだぜ?これ以上やったら冗談じゃ済まなくなる。こんな…………いや、でも

もしも――本当に寝ているのだったら?



 良いんですか?(俺は何を言っているのだろう?)

彼女の肩に手を置く。

 本当に良いんですか?(こんなの悪ふざけに決まっているのに)

身を低め、覗き込むように顔を近づける。

 先輩――








「良いのよー」 

 そうですか、良いんですね

「うん、やっちゃって良いのよー」

 ………… 

252: 2013/08/18(日) 02:53:12.24 ID:IMf7gkV5o
5/6


 ……起きてますよね

「……ぐー……」

 ……起きないと、すっげぇ勢いでくすぐりますよ。もう笑い氏ぬレベルで

「それは嫌なのよー……」

 あ、起きた

「おはよ、須賀君」

 おはようございます……いやいやいや、そうじゃなくて……

「……?どうかしたの?」

 どうかしたのじゃないですよ……ドッキリは?

「ドッキリ?」

 何それ初耳、みたいな顔しないでください

「何それ初耳なのよー」

 ……マジですか?

「マジよー」

253: 2013/08/18(日) 02:53:39.90 ID:IMf7gkV5o
6/6

 じゃあ、なんで部室で寝てたんですか?

「昨日夜更かしし過ぎて眠かったのよー、ごめんね……」

 いや、別に良いんですけど……

どういうことだ?また代行の悪ふざけか何かだと思ったけど……違ったのか?
じゃあ、真瀬先輩は本当に寝てて、途中で起きたのだと?

……一番恥ずかしいパターンじゃねぇか……

「どしたの須賀君?急にどんよりして」

 自分の馬鹿さ加減に嫌気がさしまして……あと、なんでも代行のせいにするのはやめようと思います……

「ふーん?よくわかんないけど、ご愁傷様ー?」

 ……ははは

「……でも、初めて言われたのよー」





「”えろい”なんて」

…………ん?

「”そっち”の方は絹ちゃんや漫ちゃんには負けると思ってたけどなー」

 ちょっとちょっとちょっとちょっと!

「んー?」

 どこから起きてたんですか!?ていうかやっぱりドッキリだったんじゃ――

わけもわからず泡を食う俺とは対照的に、真瀬先輩はどこまでもいつも通りだった。

だが一つだけ――いつものようなふんわりとした微笑みではなく、からかうような、面白がるような――違う顔で彼女は笑う。

「それは、秘密なのよー」

めっ、とばかりに、開きかけた俺の口は先輩の人差し指で止められた。

赤くなった俺の顔色が差し込む夕日でわからなくなっている事を祈りつつも思う――

――どうしたもんだろうか、本当に…… 

254: 2013/08/18(日) 02:56:37.19 ID:IMf7gkV5o
なぜかマホネタばかりが浮かんできます
京マホで立てようとも思うのですが長編は難しいですねー
なんでもありなこのスレは気楽に色々パッと思いつくのですが

引用: 京太郎「断片集」