1: 2008/08/12(火) 00:17:55.89ID:AczyW3V/0
男「変わった名前だな」

男「ま、ガード下の赤提灯だ、たいした違いもないだろ」

女「いらっしゃいませ」

男「日本酒と、あとおでんあります?」

女「申し訳ありません、どちらも当店ではお出ししておりません」

男「あ~、じゃぁビールでいいや。あと枝豆」

女「アルコール類は一切お出ししておりません。申し訳ありません」
葬送のフリーレン(15) (少年サンデーコミックス)
2: 2008/08/12(火) 00:18:53.65ID:AczyW3V/0
男「……。屋台の赤提灯あったけど、何屋さん?」

女「当店はお話の提供の場となっております」

男「えーと、何か語ってくれるんですか?」

女「注文されるのもお客様ですが、語られるのもお客様です」

男「……待ってくださいよ、じゃ、あなたは?」

女「私は場の提供と、そのお手伝いをさせていただいております」

男「何もしてないように思えるんだけど」

女「この通り、閑古鳥が鳴いております」

4: 2008/08/12(火) 00:25:11.28ID:AczyW3V/0
男「お話って?」

女「語り継がれることなく消えていった物語、今だ人目に触れぬ物語……」

男「でもあなたは語らないんでしょ?」

女「はい。あくまでも場の提供と、そのお手伝いに徹しております故……」

男「客が俺1人だけなんですけど、何すればいいですかね?」

女「では何かお飲み物をお出し致します。メニューをどうぞ」

男「えーっと……紅茶ばっかりですね」

女「個人的な趣味でございます」

5: 2008/08/12(火) 00:32:55.08ID:AczyW3V/0
男「夏だし、ダージリンのセカンドフラッシュと行きますか」

女「今年は量は少なくても、なかなかの出来でございますよ」

男「それは楽しみだ……。それにしても」

女「どういたしました?」

男「ガード下の屋台で紅茶を飲むことになるとは」

女「気軽に、誰もが楽しめる。これが当店の特徴となっております」

男「気軽に入って面食らっちゃう感じですね」

女「その驚きもまた、当店が提供するサービスでございます」

男「確信犯か……」

女「いえ、こういった店舗全般に言えること、と申しましょうか」

男「紅茶だす赤提灯なんて、俺ここしか知りませんけど」

女「いえいえ。『新しさ』を提供する『店』全般に、でございます」

男「はぁ。他にもあるってことですか」

7: 2008/08/12(火) 00:39:37.69ID:AczyW3V/0
女「お待たせいたしました」

男「今年のは飲むの初めてなんだよなぁ。いただきます」

女「いかがですか?」

男「……マスカテール・フレーバーを赤提灯で楽しめるとは」

女「そう言って頂けると、こちらも苦労して茶園を選んだ甲斐があります」

男「その辺の紅茶屋よりも本格的ですね」

女「あくまで個人的な趣味でございます」

男「はぁ……。やっぱりいいなぁ、ダージリンは」

9: 2008/08/12(火) 00:45:31.04ID:AczyW3V/0
男「ところで、『新しさ』とか『店』って言ってましたけど」

女「はい。当店以外にも同様の店舗はございます」

男「そっちも、こういう感じなんですか?」

女「いえ、ほどんどの店舗では、店主自身が品を提供しております」

男「似てないじゃないですか」

女「その点に関してだけ言えば、そうでございますね」

男「というと、似てる点もあると?」

女「はい。来店される方は、お客様であり、お客様ではありません」

男「……良く分からないんですけど」

女「お客様として来店されて、お店の名前から連想する品を、他の方に提供して頂く」

男「えーと、この店の場合、俺が他の誰かに紅茶淹れたりするって事ですか?」

女「そうですね。ここで例えればそうなります」

男「……変なの」

10: 2008/08/12(火) 00:53:15.71ID:AczyW3V/0
男「夏とはいえ、夜中になると結構冷えますね」

女「紅茶を楽しむには丁度よい気温でございますね」

男「出来ればクーラーの効いた室内がよかったかなぁ」

女「たまには野外での紅茶も良いものでございますよ」

男「そういえば、ちょっと腹に何か入れるつもりで入ったんだった」

女「スコーンがございますが、いかが致しましょう?」

男「お、いいですね。頂きます」

女「ジャムとクロテッドクリームがございますが」

男「まずはそのまま頂きましょう」

女「かしこまりました」

12: 2008/08/12(火) 00:59:58.73ID:AczyW3V/0
男「しかし、客のつもりで入った人が多いんじゃないですか?」

女「そうかも知れませんね」

男「そういう人に、いきなり何か出せって言っても、無理な話じゃないですか?」

女「店を立ち上げた店主がいれば、あるいはそうかも知れません」

男「店主が居なくなれば、店も終わりなんじゃないですか?」

女「そうならないのが、当店含む、各店舗の特徴でございます」

男「居なくなっても、誰かが引き継ぐとか?」

女「特定の1人であったり、お客様たちでにぎやかに切り盛りしていらっしゃったり……」

男「普通の店とは違うって事は分かりましたが……」

女「そこを理解して頂ければ、まずはよろしいかと」

男「はぁ。……ところで、このスコーン美味いっすね」

女「手作りです故、味のばらつきはご容赦下さい」

男「それがいいんじゃないですか」

13: 2008/08/12(火) 01:17:35.44ID:AczyW3V/0
男「しかし、誰も来ませんね」

女「他の店舗にお客様が集まっていらっしゃるようですので」

男「しかし、自分たちでも色々やるなら『お客様』じゃないですよね?」

女「サービスを提供することで楽しむ方と、提供されることで楽しむ方がいらっしゃいます」

男「はい」

女「何か、店内で楽しまれたのであれば、『お客様』でもよろしいのではないかと」

男「そんなもんですか。なんだかまだ引っかかるな」

女「店内での、他の『お客様』の迷惑にならぬよう、ご注意いただければ」

男「楽しんでる人に水注すなって事ですか?」

女「注し方にもよります。より楽めるご提案であれば構わないのではないかと」

男「なるほど。でも、この店にいる限り、どっちの楽しみも味わえなさそうな……」

女「その時はその時。時が来れば自然と店はなくなります」

男「そんな、寂しいことをあっさりと……」

14: 2008/08/12(火) 01:30:49.55ID:AczyW3V/0
男「えーと、俺って楽しみ方間違ってます?」

女「楽しみ方は人それぞれ。特に変なところはございません」

男「そうですか。なんだかこうやって時間を潰しているだけというのも……」

女「私が何かお話できればよろしいのですが」

男「出来ないんですか?」

女「そういった経験もございませんので。出来るといえばお茶の話だけでして」

男「とりあえず、もう一杯もらえますか? 今度は違うのを」

女「ミルクティーはいかがでしょう? アッサムをご用意いたしております」

男「いいですね、お願いします」

16: 2008/08/12(火) 01:39:34.50ID:AczyW3V/0
男「ミルクティーといえば、ミルクと紅茶どちらが先が正しいんですか?」

女「ミルク・イン・ファーストとミルク・イン・アフターですね」

男「そうそう、それです」

女「英国王立化学会によると、ミルクが先が正しい淹れ方のようです」

男「違いがあるんですか? やっぱり」

女「熱い紅茶の中にミルクを注ぐとたんぱく質が変質して風味を害するとか」

男「へぇ」

女「もっとも、個人的にはどちらでも構わないと思っておりますが」

男「違いがないと?」

女「味に決定的な違いがあれば、もっと早くに結論として出ていると思いまして」

男「確かに、言われて見れば」

女「それに、あまりルールに縛られすぎると、楽しめるものも楽しめなくなります」

男「気軽に、ってことですか」

女「そうですね。野放図ともまた違いますが、ガチガチに縛ればいいというものでもありません」

17: 2008/08/12(火) 01:47:29.05ID:AczyW3V/0
男「とは言っても、紅茶って淹れ方とかちゃんとありますよね?」

女「最低限の決まりはございます」

男「ポットの形、茶葉とお湯の量、お湯の沸かし具合、抽出時間……」

女「その辺は決まりではなく、先人の知恵と言ったほうがよろしいかと」

男「決まりじゃないんですか?」

女「急須しかない場合、それで紅茶を淹れても、美味しければちゃんとした紅茶です」

男「でも、美味しい淹れ方は別にちゃんとある訳ですよね?」

女「もちろん、理想的な形のポットで淹れた方が美味しいかも知れません。ですが」

男「ですが?」

女「紅茶に適したポットが無いから紅茶を楽しめない。これはあってはいけない事です」

男「たしかに、飲みたいときは飲みたいですね」

女「私が申した最低限の決まり、それは『紅茶が飲みたい』と思っていることではないかと」

男「最低限……たしかに、それがないと始まりませんからね」

19: 2008/08/12(火) 01:54:07.80ID:AczyW3V/0
女「そうとも言えないのが現状でして」

男「そうなんですか?」

女「知識から先に入ってしまって、やれ茶葉は、ポットは、お湯の加減は…・…」

男「紅茶に限らずいますね、そういうタイプの人は」

女「紅茶を飲む事を楽しんでおられないのでは? という方がよくいらっしゃいます」

男「より良い淹れ方を知るのは大事ですけど、目的は『美味しい紅茶が飲みたい』ですからね」

女「いつしか、手段が目的になってしまったのかも知れません」

男「ま、俺はあんまり頭も良くないから、美味しければ何でもいいです」

女「私もそちらのタイプでございまして。実は先ほどのスコーンもかなり自己流で……」

男「いや、かなり美味かったですよ。出来合いでは味わえない、素朴さが」

女「一応、お褒めいただいた、と思っておきます」

男「ちゃんと褒めましたって。もう一個あります? 今度はクロテッドクリームで頂きます」

女「かしこまりました」

21: 2008/08/12(火) 01:59:01.52ID:AczyW3V/0
女「>>18ようこそいらっしゃいました」

男「ちょっと詰めましょう。いよいよお話が聞けるのかな」

女「どう楽しまれるかは『お客様』次第ですよ」

男「おっと、そうでしたね。失礼しました」

女「当店の設備はどう使っていただいても構いません」

男「……まぁ、屋台ですけどね」

女「戦後最大の景気と言いつつ、我々庶民にとってはまだまだ不景気でして」

男「それなのに、屋台の本格紅茶屋さん始めるんだから、結構チャレンジャーですよね」

女「下手の横好きでございます。他に取り得がございませんので」

22: 2008/08/12(火) 02:06:34.01ID:AczyW3V/0
男「気軽さ、って結構大事かもしれないですね」

女「私が紅茶を知ったのも、元々は自己流からでした」

男「俺もそうですね。小難しい理屈から入ったら、多分今ほど好きじゃないかも」

女「自己流で入って、『もっと美味しく淹れるには?』で知識を蓄えていきました」

男「逆はないですね。知識とかから入ったら、そこで終わっちゃいます」

女「やはり、飲んで楽しんでこその紅茶でございます」

男「美味い不味いは分かっても、飲んで『どういう紅茶だ!』ってのは分からないです」

女「自分が飲んで美味しかった茶葉を知っていれば、数多く知る必要はございません」

男「持論、ですか」

女「そうですね。若干アドバイスの要素も含んでおります」

男「参考にしましょう」

23: 2008/08/12(火) 02:13:52.88ID:AczyW3V/0
男「普通の人から見れば、紅茶って気軽なイメージはなさそうですよね」

女「ペットボトル入り紅茶も多いですが、インスタント化はなかなか……」

男「茶葉から淹れる時間があるときに、ゆっくり楽しめって事かも知れませんが」

女「それが理想ではございます。しかし、忙しい中にも癒しを求める方はおられます」

男「カップ入りのとかだと、結構本格的な味のがありますよね。チャイとか」

女「手軽さ、という点ではぴったりかも知れません」

男「ちゃんと淹れた方が美味しいですけどね」

女「他の人の楽しみを否定してはいけませんよ」

男「そうでした。っていうか、俺も人の事言えるほどちゃんと淹れてなかったですし」

女「何を重視するか、これは各々異なる部分でございますからね」

25: 2008/08/12(火) 02:23:13.84ID:AczyW3V/0
男「淹れる時のコツ、ってあります?」

女「そうですね……。あえて言えば『思いやり』、でございましょうか」

男「抽象的ですね」

女「茶葉を思いやって、ちゃんと抽出される温度に暖めてさしあげる。
  抽出中に温度が下がらぬよう、コジーをかぶせてさしあげる。
  飲むときに温度が下がらぬよう、カップを暖めてさしあげる……」

男「なるほど、そう言われれば、全て『思いやり』ですね」

女「自分の事だけ考えていれば、全て必要ない動作でございます」

男「ちゃんと暖めてあげたから、茶葉もちゃんと味を出してくれたと」

女「カップを暖めておきましたので、男さんからもお褒めの言葉を頂きました」

男「いえいえこちらこそ。久々に美味しい紅茶を頂きました」

27: 2008/08/12(火) 02:27:42.97ID:AczyW3V/0
女「自分にとっては不要と思っても、そうではない場合もございます」

男「実は必要だった、とか?」

女「はい。ご自分ではお気づきになられない場合がほとんどでございますが……」

男「ま、だから要らない、って簡単に言っちゃうのかも知れませんね」

女「世の中、他とまったく関わらずに存在する事柄などございません」

男「巡り巡っていずれは自分に、という訳ですね」

女「はい。すぐに巡ってくる場合も有れば、長い時間をかけて徐々に影響を及ぼす場合も……」

男「なんだか環境問題のお話になりましたね」

女「そこまで大それたお話をするつもりはございません」


29: 2008/08/12(火) 02:37:20.32ID:AczyW3V/0
男「新しい『お客さん』も来ましたね」

女「はい、ありがたいことでございます」

男「ところで、一つ質問が」

女「なんでございましょう?」

男「我々は、この店では1人だけの存在なんでしょうか?」

女「あぁ、なるほど……。それを決めるのも、我々ではないようですよ」

男「えーと、ここで眠くなっている俺と、新しい『お客さん』にお茶を淹れて貰った俺は別人ですか?」

女「あちらの男さんが同じと言えば同じ、違うといえば違うことになります」

男「女さんも同じですか?」

女「そうですね。この店に居たほうが宜しければ同一人物としてお手伝いいたしますし」

男「もし、居なくても良いって言われたら?」

女「私も休息を取らせていただきます。出来れば、いろいろな方にこのお店を楽しんでいただきたいので」

男「そうですか。ま、もうちょっとだけ様子を見ます」

30: 2008/08/12(火) 02:50:27.23ID:AczyW3V/0
男「……」

女「どうなされました?」

男「先ほど来た方に淹れてもらったお茶を飲みながら待ってるんですよ」

女「お話ですね。ですが、急かしてはいけませんよ」

男「もっとも、こっちの俺はそろそろ瞼も重くなってきましたので……」

女「それはご心配なく。向こうの男さんはちゃんとお話をお聞きになられる事と思います」

男「そうですね。……そのまま語られなかったら?」

女「この区画、決まりが厳しゅうございまして。自動的に店舗がなくなってしまいます」

男「そうですか……。残念とは言っても、決まりには従わざるを得ませんね」

女「赤提灯に寄る気軽さでのご来店をお待ちしております」

男「ま、我々もgdgd喋ってるだけですしね」

42: 2008/08/12(火) 09:00:57.07ID:AczyW3V/0

男「そういえば、アルコールは出さないといいつつ、普通に出してますしね」

女「姉妹店と差別化を図ろうかと。あちらは喫茶店と言いつつ、酒しか置いておりません」

男「お知り合いが経営してるんですか?」

女「まぁ、妹のようなものです。あれを経営と言ってよかったのか、私には甚だ疑問でございますが」

男「今度行ってみたいような」

女「残念ながら、すでに閉店と相成っております」

男「それは残念」

44: 2008/08/12(火) 09:15:29.31ID:AczyW3V/0
男「外が暑くなってきましたね」

女「四季を楽しめるのも、屋台の良い所でございます」

男「楽しむ、ですか」

女「はい。暑い暑いと申しますが、それこそが夏の良いところでございます」

男「確かに、冷夏の年は過ごしやすいですけど、ちょっと変な感じですね」

女「もちろん、始終炎天下に居ろとは申しませんが、たまには外も宜しいものですよ」

男「だからこそ、冷たい飲み物も美味しく感じると」

女「おっしゃる通りでございます。話が出たところでいかがですか?」

男「そうだなぁ……。まずはアイスミントティを」

女「かしこまりました」

45: 2008/08/12(火) 09:21:25.95ID:AczyW3V/0
女「お待たせいたしました」

男「おぉ、美味そう」

女「……どうなされました?」

男「いや、俺がアイスティ淹れると濁るんですよ。これは違うなと」

女「クリームダウンでございますね」

男「そういう言い方があるんですか。知らなかったな」

女「個人的に楽しむ分には、特に問題はございませんよ」

男「そうなんですか」

女「むしろ、クリームダウンをわざとおこして、ミルクを入れる場合もございます」

男「どういう時に起きるんですか?」

女「タンニンやカフェインが多く含まれる茶葉の場合や、濃く淹れた場合でございますね」

男「なるほど。だからミルクティにするって話になるんですね」

46: 2008/08/12(火) 09:28:56.48ID:AczyW3V/0
男「とは言っても、濁らないコツは聴いて置きたいかな」

女「普段はどのような方法でアイスティをお作りになられますか?」

男「ポットで淹れて、氷の入ったグラスに注いでます」

女「オン・ザ・ロック法でございますね。クリームダウンの起こりにくい淹れ方の一つでございます」

男「あ、そうだったんですか。なんで濁るんだろうな。やっぱり茶葉かな。濃くは淹れないし」

女「茶漉しが中にあるポットをお使いですか?」

男「そうですね。それから直接です」

女「その場合、茶葉が詰まって勢い良くグラスに注げていないかも知れません」

男「あー、確かにいつも詰まってちょろちょろ入れてますね」

女「一度サーバなどに入れ、そこからグラスに注ぐと宜しいかと」

男「勢いがポイントですか」

女「はい。ですが、クリームダウンが起こっているから駄目、というわけでもございませので」

男「楽しむことが目的、って訳ですね」

48: 2008/08/12(火) 09:40:18.64ID:AczyW3V/0
女「少々失礼いたします」

男「ん?」

店「失礼しました」

男「あれ? 何か変わりました?」

店「いえ。女性のお客様が来店された場合の準備を少々」

男「はぁ。でも、この店に来る人の場合、言動でも分かりそうな気もしますね」

店「肩書きを変えただけでございますので、どちらを使っていただいても構いませんよ」

49: 2008/08/12(火) 09:51:47.60ID:AczyW3V/0
女「やぁ。久しぶりだね」

店「お久しぶりでございます」

女「となり、いいですか?」

男「あ、どうぞ」

女「失礼。コーヒーはあるかい?」

店「お客様の方がお上手でしょうに」

女「そういわずに頼むよ。たまには自分以外の人が淹れたコーヒーが飲みたくてね」

店「では、レクチャーを思ってお淹れいたします」

男「あ、砂糖とミルクありますよ」

女「ありがとう。でも私はブラックでしか飲まないから」

男「こだわり、ですか」

女「そうだね。私の場合、それが趣味の範囲に収まっていないんだけど」

50: 2008/08/12(火) 09:59:05.97ID:AczyW3V/0
店「おまたせ致しました。ブラック・マウンテンコーヒーでございます」

男「ブルーは知ってましたけど、ブラックもあるんですね」

女「知っている人はあまり居ないかもしれないね。うん、良い香りだ」

店「ありがとうございます」

女「……ちょっと深煎りしすぎたかい?」

店「やはり気付かれましたか。シティローストにするつもりが、フルシティロースト手前まで……」

女「苦味とコクが強めだから、朝には良いかもしれないね」

男「なんか美味そうだな……。俺もいいですか?」

店「かしこまりました」

女「良かったら、私の店にも来てほしいな。ブラックしか出さないけどね」

男「ぜひ伺いましょう」


51: 2008/08/12(火) 10:14:29.77ID:AczyW3V/0
男「実はこの屋台、なんでもありますね」

女「『お客様』に楽しんでいただけるようにと、色々ご用意いたしております」

男「メニューも紅茶だけじゃないようだし」

女「基本的には紅茶なのですが、そちらを楽しまれる方は少ないようでして……」

男「コーヒー、タバコ、酒ですか。中には訳分からなくて茶葉食べてる人もいましたが」

女「ミャンマーでは茶葉の漬物があるそうでございますよ」

男「そうなんですか。どっちにしろ、鷲掴みで頬張るのはちょっと……」

女「お出ししたのがファーストフラッシュでようございました」

男「やっぱりそうでしたか。なんとなく色が淡いと思ってました」

女「ゴールデンティップス(新芽)入りでしたので、かなりのお値段ですが……」

男「よくないじゃないですか、それ」

女「夏にはやはりセカンドフラッシュを楽しんで頂きたいので」

男「そっちが無くならなくて良かった、ってことですか」

53: 2008/08/12(火) 10:57:31.43ID:AczyW3V/0
男「そういえば、環境問題の話になりかけましたね」

店「そこまで大それたお話が出来るほど偉くはございませんよ」

男「まぁまぁ。でもTVとか見てると、たまに変なキャッチコピーがありますよね」

店「といいますと?」

男「地球SOSとか、コピーじゃないですけど、地球が暑くて困ってるイラストとか」

店「温暖化でございますか」

男「そうです。あれ、困ってるのは地球じゃなくて人間ですよね」

店「そうですね。地球にとっては、これくらいの温度変化など、誤差の範囲内かも知れません」

男「『私たちが地球をなんとかしてあげる』っていう感じに、何とも言えず違和感を感じます」

店「自分たちにとって居心地の良いようにするために、自分たちで何とかするだけでございますからね」

54: 2008/08/12(火) 10:59:06.60ID:AczyW3V/0
男「『このままじゃ危ない』とか『もう地球終わったな』もいいんですけど……」

店「はい」

男「じゃあそれらを踏まえて、何が出来るのか、問題なんじゃないかと思います」

店「なるほど」

男「『次の世代の為に』とかじゃなく、その前に、自分の将来の為に何をするんだと」

店「考えてみれば、当たり前の話でございますね」

男「ま、偉そうに言えるほど何かしてる訳ではないんですけど……」

店「さし当たって、男さんはどうしますか?」

男「う~ん……とりあえずマイバッグでも使おうかな」

店「千里の道も一歩から、でございますね」

男「……馬鹿にされました?」

56: 2008/08/12(火) 11:10:35.33ID:AczyW3V/0
店「要するに、行動に移してみることが大事という訳でございますね」

男「そうですね。行動せずにあれこれ言っても仕方ありません」

店「その結果失敗もあれば、新たな発見もあるかも知れません」

男「その一歩が踏み出せない、って場合も結構ありますけどね」

店「その辺は勢いやその場のノリで……」

男「……さっき話しに出た姉妹店に似てませんか?」

59: 2008/08/12(火) 11:17:35.94ID:AczyW3V/0
男「気が付けばえらく暑いですね」

店「はい。炎天下でございますね」

男「大丈夫ですか?」

店「木陰に移動いたしますか」

男「一応ここもガード下で影になってますが?」

店「木の傍は涼しいものでございますよ」

男「そうですか。あ、あそことかどうですか?」

店「ではあそこまで。お手伝い頂けますか?」

男「そのつもりでしたとも」

61: 2008/08/12(火) 11:21:23.52ID:AczyW3V/0
男「ふぅ。暑い暑い……」

店「申し訳ございません。アイスティをお淹れ致しましょう」

男「ありがとうございます。ティースカッシュあります?」

店「かしこまりました」

男「……さっきから疑問だったんですが、一体どこに氷やら冷たい飲み物を?」

店「屋台には古くから受け継がれた、人類の英知が詰まっております故」

男「どう見ても、そういうのじゃどうにも出来なさそうなんですが……」

62: 2008/08/12(火) 11:35:39.07ID:AczyW3V/0
男「くー、やっぱり暑い時の紅茶と言えばティースカッシュですねぇ」

店「涼しい店内で飲むよりも、美味しく感じられる気がいたします」

男「しかし、紅茶に炭酸水って、良く考えたもんですね」

店「紅茶と炭酸水は、元々相性が悪いものでございます」

男「そうだったんですか? 別に変な感じはしませんけど?」

店「手順や分量を間違えれば、紅茶の渋みだけが強調され、後味が悪くなってしまいます」

男「上手に淹れれば、これみたいに美味しく頂けると」

店「はい。相性が悪そうだから、と尻込みしていれば作れない品でございますね」

男「なるほど。そう思うと、がぶ飲みするのも気が引けますね」

店「汗もおかきになったでしょうし、気になさらずお召し上がりください」

63: 2008/08/12(火) 11:51:09.10ID:AczyW3V/0
男「紅茶って、やっぱり何も入れずに飲むのが通なんでしょうか?」

店「それは違うと思います」

男「あぁ、よかった」

店「茶葉によって、ストレート向き、ミルクティ向きなどがございます」

男「何でもストレートでいいわけでもないんだ」

店「もちろん、何も混ぜずに飲む方が、茶葉独自の味を楽しめます」

男「そうでしょうね」

店「私も、初めての茶葉は必ずストレートで飲みます」

男「でも、ある程度事前に分かったりするんじゃないですか?」

店「やはり自分で確かめてみませんと。思い込みは禁物でございます」

男「やっぱり、趣味レベルと言いつつ、結構こだわってるんですね」

店「趣味だからこそ、という部分もございます」

64: 2008/08/12(火) 12:11:40.64ID:AczyW3V/0
男「真昼間ともなると、さすがに誰も来ませんね」

店「はい。最も、私としましては目的は達成しましたので……」

男「店たたんじゃうんですか?」

店「あえて終わらせるつもりもございませんが、このままだとそうなりそうでございます」

男「あー、確かに俺も昨日からずっと居るしなぁ。そろそろいいかなぁ」

店「他の『お客様』がいらした際に、好きに使って頂けるよう、店舗はこのままに致しましょう」

男「またどこかで会ったら、美味しい紅茶をお願いしますよ」

店「その時は、紅茶をお出しする店ではないかもしれませんね」

男「その時はその時で。では、俺はこれで」

店「ありがとうございました。お気をつけてお帰りくださいませ」

66: 2008/08/12(火) 13:00:36.35ID:AczyW3V/0
店「>>65ご自由にお使いいただいて構いませんよ」

店「……」

店「……ここが廃墟と化すのも時間の問題ですね」

69: 2008/08/12(火) 13:13:14.70ID:AczyW3V/0
店「お客様方がご存知のお話をお聞かせ頂ければ、と思っていたのですが」

店「昨夜は何人か変わった特徴を持つお客様にご来店頂きまして」

店「お話ではなくても、様々なお客様のお相手を致しますのも、楽しみの一つでございます」

店「……個人的には、廃墟と化した建物にも、味わい深さを感じるところではございますが」

店「建物に宿る、楽しい記憶。あれこれ想像するのも楽しいものでございますが……」

店「そちらのお話は、いずれまた別のところで……」

73: 2008/08/12(火) 14:59:36.88ID:AczyW3V/0
店「隣の店舗はそろそろ閉店間際でございますね……」

店「なかなかに趣き深い店舗でございました」

店「名残惜しくはありますが、それがまた良い所でもあります」

引用: 赤提灯「新ジャンル」