429: 2015/09/08(火) 23:35:28.35 ID:fb6BAXWP0

430: 2015/09/08(火) 23:36:16.09 ID:fb6BAXWP0


『同点延長十回の表、ワンナウトランナー三塁』

『両チーム共に得点はなく0対0、いまだこの均衡は破られていません』

『今日の過去4打席はいずれも外野フライ。ここでも打てれば、それは値千金となります』

『右のバッターボックスはトップに戻り────』




 暇だ。あれば面倒なのに、書類がないと拍子抜けする。絶妙なバランスが必要だと思う。と言って、そのためだけに出撃させるというのも面倒だった。なにより彼女たちに申し訳ない。

 着任時に持ち込んだラジオを久しぶりにつけると、感心なことに健在で、電波もぴったりというおまけ付き。少々雑音は混じるものの気にならなかった。




『ここ最近の調子は上向きであり、今日の外野フライもいいところまでは飛ばしていますが、マウンド上は守護神────』

『150km中盤の速球を武器に力でねじ伏せてきます、そう上手くは打たせてもらえないでしょう』

『内野は前進守備、外野も前。守る側とすれば一点も許さない場面です』

『ピッチャー、セットに入って足が上がる。第一球を……投げ降ろした!』




 暇だ。戦争が終わったというのにそんな気がしない。もう一度、例の書類に目を通した。




『真ん中外寄りボール。キャッチャーの構えよりやや内側に入ってきました』

『まずは様子見、ということでしょうか』

『目でランナーを牽制し、肩を大きく上下させてから、キャッチャーがマウンドへボールを返します』




 本当によくできている。

 この字は神通で間違いないだろう。実物を見てコピーしたかのように精巧にできている。もちろん、見たことなどない。彼女も見たことはないだろう。ずっと見ることがないのかもしれない。

 だが艦娘の文字については毎日見ているのだ。それくらいの区別は、とうの昔につくようになっていた。神通は、ここでは一番美しい字を繰り出す。

 つまりこれは夢。神通の、そしてここの艦娘の、戦後に関する夢だ。実に可愛らしい。


431: 2015/09/08(火) 23:36:59.94 ID:fb6BAXWP0


『どうしても一点が欲しいところ』

『この状況では先制したほうがゲームを制すると言っても過言ではありません』

『スクイズも考えられますが、守備も警戒していることでしょう』


 
 色々な意味で、俺は自分を幸せ者だと思っている。誰かも同じようなことを言っていたっけ。あれはたしか…………、

 そう、兵学校時代の同期だ。あのあと電話をした以来、連絡は取っていない。どうしているのだろう?

 あの憲兵の話によれば失踪したというが、まさか逃げ出すなんてことは、あいつに限ってはないはずだ。あの男は前線での指揮を誇りに思っていたし、そもそも戦いそのものが好きだった。逃げたとしても、本人の意思というのはまずない。




『ロジンバッグを手に取って二、三回軽く放り上げてから、叩き付けるようにして地面に戻します

『白い粉が舞い落ちる』

『二度ほどサインに首を振って、いまセットに入りました』

『少しランナーのリードが大きいような気もしますが足が上がって、第二球』





 周囲の異変は察知していた。神通を筆頭に、彼女たちが歪んだ方向に変わっていくのも、俺はしっかりと見ていたつもりである。

 それでも彼女たちを本当に怖いとは思わなかった。どうしても嫌いになれなかったのだ。それは彼女たちの容姿ということも、性格ということもある。見ているだけで癒されてしまう、ということもあるだろう。

 なにより、歪んでいるとはいえ彼女たちは好いてくれた。正直これが一番大きい。男として、これほど嬉しいこともない。




『ランナースタート、スクイズだ!』

『ああっと、しかし小フライになった!内角高めの厳しいボール、キャッチャーへの低いフライです』

『……さあランナー飛び出している!キャッチャーが追っていく、ショートがカバーに入るっ』




 少しだけ実況の声が大きくなったラジオに耳を傾けてみる。どうやら三本間にランナーが挟まれてしまったらしい。事の発端は注意して聞いていなかったが、一つ言えるのは、こうなってしまうと生き延びる可能性がかなり低いということ。もとはといえば先制打を打てないから、こういう無茶をすることに繋がるわけだが……。

 事の発端といえば、この状況の発端は誰なのだろう?

 聞いた感じでは暁だろうか?でも最初は夕立なのかもしれない。神通は着任が遅かったため、悪くても火付け役くらいだろう。不知火は…………、

 いや、彼女は正常だ。何も歪んじゃいない。現にこの状況を打破するべく協力してくれているではないか。


432: 2015/09/08(火) 23:38:27.97 ID:fb6BAXWP0


『キャッチャーからショート、ショートからピッチャーへとボールが渡ります』

『ランナー必氏に逃げていますが距離が詰まってくる、これは時間の問題でしょう』




 不知火は普通。一番信頼している艦娘であり、一番付き合いも長い。そう簡単に崩れるものではないはずだ。

 でももしかすると、この思い込みこそ幻想や理想。こういうものは決まって、予想を外れていることが多い。



『そして今ピッチャーからサードへとボールが送られてタッチアウト』

『結局この回、またとないチャンスを作りましたがスクイズ失敗でダブルプレーに終わりました』

『これは首脳陣も痛いことでしょう。スクイズの失敗は流れを変えてしまいます』




 監督というものは、選手を信頼はしても信用してはいけないと聞いたことがある。選手は失敗するものと思って送り出せ、ということだ。常に最悪のケースを想定していれば、それ以上のことは起きやしない。

 最悪のケース、か…………

 もし仮に、不知火も向こう側だとすれば、それは俺にとって紛れもなく最悪のケースだ。その場合はどうするべきか……、




『チャンスでのランナーも、挟まれてしまえば哀れなものですね』

『まさに袋の鼠といいますか、もはや相手のミスを待つくらいしか為す術などありません。それまでは必氏に逃げ回るのみ』




 思わずふっと息が漏れた。

 袋の鼠。

 まさしくその通り、どこにも逃げ場はないだろう。逃げ場はないのに、それでも逃げなくてはいけない。全員が敵だ。ミスを待っても、こういうときに限ってミスが起こらない。

 無意識に何もない天井を見上げてみた。


433: 2015/09/08(火) 23:39:38.92 ID:fb6BAXWP0


『ランナー天を仰ぐ。疲れ切った表情です。バッターはその場に蹲り、恨めしそうにフライが上がったあたりを見ています』

『よく逃げた、といえばそうですが、最後はアウトになってしまいました。スリーアウト、チェンジです』




 逃げても逃げなくても、最後は相手のミス頼み。それが起こらなければ、疲れだけが残り、結局はアウトになってしまう。

 こういうときは──────




『こういうときはもう、心では大方諦めてタッチされてしまうのが、一番幸せかもしれませんね』




 また、ふっと息が漏れる。

 もう十分に逃げてきた。単調とはいえ躱してきたつもりだ。

 良し悪しは別として、そろそろ幸せな方法を選択してもいいのではないだろうか。

 そろそろタッチされても、もう『仕方ないこと』で処理される頃ではないだろうか。


 俺は徐に立ち上がり、数歩先にある机の引き出しの、青っぽい封筒と箱に手を伸ばしていた。


438: 2015/09/09(水) 23:48:23.35 ID:Sh0a0GdA0


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439: 2015/09/09(水) 23:48:51.04 ID:Sh0a0GdA0


憲兵「貴方は……」

提督「お久しぶりです」

憲兵「わざわざ本部に出向いてくるとは何事だ?」

提督「いや……。指輪と書類の追加を」

憲兵「……ジュウコンされるのか」

提督「ええ、気が変わりました。艦娘は可愛いですね」

憲兵「もっともたる理由だな」

提督「それ以外に何か必要ですか?」

憲兵「いや………、結構」


440: 2015/09/09(水) 23:49:30.74 ID:Sh0a0GdA0


憲兵「この前の忠告を検討したうえでのことなのだな?」

提督「もちろん」

憲兵「それを押し退けても、するだけの価値があると」

提督「その通りです」

憲兵「……では無暗に咎めることはしない。これからの更なる武運を」

提督「ありがとうございます。失礼ですが、前に来られた時と比べてだいぶ穏やかなんですね」

憲兵「尋問でもないのでな。がっつり憲兵モードがいいか?」

提督「いえ、こっちのほうがありがたいです」

憲兵「ふっ……。書類関連は向こうだ」

提督「これはこれはご親切にどうも」


441: 2015/09/09(水) 23:50:07.45 ID:Sh0a0GdA0


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提督「一応こっそり抜け出てきたけど、やっぱりな。何も終わったような雰囲気なんてない」

提督「でも有利にはなってるみたいだな。これはそう遠くないかもしれないか」

提督「それならますます誤魔化しが利くけど」

提督「……………………これでいいんだよ」

提督「…………………………」

提督「さて、帰ろう。みんなも探してるかもしれないし、何より寒くなってきたし」



──────
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442: 2015/09/09(水) 23:50:38.92 ID:Sh0a0GdA0


提督「ただいまー」

神通「あ、提督!もう、探したんですよ?」

提督「ごめんごめん」

神通「…………本部ですか?」

提督「…………うん」

神通「っ…………」

提督「指輪、みんなのも買って来た」

神通「え?」

提督「ほら、もう終わったんだろ?」

神通「えっ?…………え?」

提督「いつの間に『え』しか言えなくなったんだ」

神通「い、いえ……そういうわけでは……」

提督「『もう終わったんだろ?』」

神通「…………はい、終わりました」

提督「うん、それでいい」


443: 2015/09/09(水) 23:51:05.95 ID:Sh0a0GdA0


提督「どうする?ここで渡しちゃう?」

神通「提督、こういうのはムードですよ?」

提督「そう言うと思った。じゃあ明日あたり」

神通「も、もうっ!そういうのは言わないものです!」

提督「おっとごめん、じゃあ明後日な」

神通「…………提督、遊んでますよね」

提督「…………すみません」

神通「私だって怒りますよ?」

提督「勘弁してください……」

神通「ふふっ♪」


444: 2015/09/09(水) 23:51:34.44 ID:Sh0a0GdA0


神通「冗談です、怒ってませんよ。提督が思ったときに渡していただければ、私はそれでいいですっ」

神通「でも遅くなっても、私は待ってますから」

提督「なるべく遅くはならないようにしようと思ってる」

神通「あら、それは嬉しいです。心待ちにしていますね!」

神通「では、私はそろそろ」

提督「何か用事でもあったかな?ごめんよ」

神通「あ、いえ!ここを離れるための準備ですから」

提督「あー、そういうことか」

神通「…………提督、本当によろしいのですか?」

提督「え?」

神通「気づいてますよね、あの書類」

提督「…………俺も準備でもするかね」

神通「提督?」


445: 2015/09/09(水) 23:52:09.23 ID:Sh0a0GdA0





提督「──────これが答えだよ」

神通「──────はいっ♪」





447: 2015/09/11(金) 05:34:33.91 ID:iTEuJqEQ0


不知火「夕立、少し聞きたいことが」

夕立「ぽい?なになに?」

不知火「夕立ですよね、あの言葉」

夕立「言葉……………………、ああ、うん。それがどうかしたっぽい?」

不知火「予想はしていますがあくまで予想なんです。気になります」

夕立「何が言いたいのかわからないっぽい」

不知火「つまり……、そうですね、なぜあの言葉をわざわざみんなに言って回るのかって思いましたので」

夕立「────そんなの、よくわからないよ」

不知火「わからないのに言っているのですか?」

夕立「うん」

不知火「………………」



448: 2015/09/11(金) 05:35:18.41 ID:iTEuJqEQ0


不知火「夕立は、司令とケッコンがしたかったのですね?」

夕立「もう、恥ずかしいっぽい……♪」

不知火「いまさら恥ずかしがるんですか……」

夕立「でもね、提督さんは『誰ともケッコンしないよ』って」

不知火「だから、仲間を増やせばそうも言ってられないと」

夕立「仲間?みんな『仲間』っぽい!」

不知火「ふふっ、そうね。司令も含めて」

夕立「提督さんも!?」

不知火「そうですよ。司令だけ『仲間外れ』はよくないです」

夕立「…………どうやって?」

不知火「大したことではありません。寝ている間に少しだけ、司令の指にイタズラしただけですし」

夕立「──────不知火ちゃんも、そうやったっぽい?」

不知火「…………さあ、なんのことだか」



───

──────

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449: 2015/09/11(金) 05:36:25.69 ID:iTEuJqEQ0


暁「あ、これどうしよう……」

神通「何がですか?」

暁「このカメラとかモニターとか」

神通「ああ……。でももう必要ないと思いますよ」

暁「そう?」

神通「そうです。だってこれからは」

暁「待って!そこ私が言う!」

神通「………………ふふっ、美味しいところだけ持って行かれちゃいますか」

暁「いいの!司令官もいま見てないし、恥ずかしくなんてないからねっ」

神通「それもそう……………………っ?」

暁「どうしたの?」

神通「あ、いえっ!」


450: 2015/09/11(金) 05:37:33.48 ID:iTEuJqEQ0


暁「変なの。まあいいけど。ねえ、もう一回言ってもらえるかしら?」

神通「ええ、いいですよ」

神通「だってこれからは────」


暁「ずっと司令官を傍で見てられるからね!!!えっへん!」



提督「あーかーつーきー?まだ俺の耳は遠くなってないぞ」

暁「し、司令官!?いつの間に……!じ、神通さん!なんで教えてくれなかったのよ!ぷんすか!」

提督「怒るな怒るな、アイコンタクトで頼んだんだよ」

暁「うぅ…………!」

神通「連係プレイって凄まじいですね」

提督「どの口が言うか」

神通「私だから、よくわかってるってことです」

提督「妙に説得力あってなんか悔しい……」


454: 2015/09/12(土) 01:27:26.34 ID:UQ2ifEIU0


夕立「うー、不知火ちゃん一番最初はずるいっぽい!」

提督「最初のほうから頑張ってくれてるし」

夕立「でも~…………」

暁「もう、一番もなにもほんの数秒の差でしょ?」

提督「暁は大人だな」

暁「と、当然よっ!」

不知火「いいのですか?記念すべき最初の指輪が不知火で……」

提督「この鎮守府での記念すべき最初の一人も不知火だよ」

不知火「そ、そうですが……。そうね、少し……、いえ」

不知火「──────最高に嬉しいわね。感謝します」


455: 2015/09/12(土) 01:27:57.61 ID:UQ2ifEIU0


暁「司令官」

提督「ん、どうした?」

暁「…………ありがと」

提督「……遅くなったな、ごめん」

暁「ううん、貰えないかもって思ってたからいいのっ」

提督「まあ正直かなり悩んだけど、どういうわけかある日突然思い直したというか」

暁「どうして?」

提督「さあなぁ……。朝起きたらこう、なんというか……」

夕立「それねー、不知火ちゃんがー」

不知火「…………夕立、なんですか?不知火に落ち度でも?」

夕立「…………今回は落ち度よりも手柄っぽい!」

不知火「よろしい」

提督「……?」


456: 2015/09/12(土) 01:28:27.26 ID:UQ2ifEIU0


暁「そういえば神通さんは?もう渡したの?」

提督「いや、今日はまだ見てないな」

夕立「神通さんならまだ準備してるっぽい。一番張り切ってたもんね」

不知火「そうかしら。不知火は夕立が一番張り切ってるように見えましたが」

暁「そう言う不知火だと思うけど」

提督「…………まあみんな張り切ってくれたってことで」

夕立「提督さんは、準備終わったっぽい?」

提督「そんなに持ち物多くないし」

不知火「……多いはずですよ。少なくとも一つはあります」

提督「そりゃ一つくらいはあるよ」

不知火「じゃあ最低二つはあります。…………ほら」

提督「おっと」

夕立「あー!不知火ちゃんデレデレっぽいー!」

暁「指輪ってそんなに効果あるの!?」


457: 2015/09/12(土) 01:29:13.47 ID:UQ2ifEIU0


不知火「司令。不知火を持って行ってください」

提督「いやいや、普通に歩けるでしょうに」

不知火「でも持って行ってください」

提督「えぇ…………」

夕立「あたしもあたしもー!」

暁「あ、夕立!待ちなさいよ!」


458: 2015/09/12(土) 01:29:49.28 ID:UQ2ifEIU0


提督「てかみんな離れてくれ、動きにくいから……」

不知火「ほら、司令がお困りですよ。離れてください」

夕立「夕立も提督さんに持ってってもらうのー!」

暁「というか貴女が発端でしょ」

不知火「…………さあね」

提督(あー、幸せだなぁ……)


460: 2015/09/12(土) 22:48:47.90 ID:UQ2ifEIU0


神通「すみません!お待たせしてしまいました……」

提督「お、来たか。……あれ、口紅塗った?」

神通「一応、少しだけ。ほんの少しです。よく気づきましたね」

提督「毎日見てるわけだし」

神通「あの、似合ってますか?」

提督「ああ、もちろん」

神通「嬉しい……♪」


461: 2015/09/12(土) 22:49:15.75 ID:UQ2ifEIU0


暁「それより、そろそろ渡してあげたら?」

神通「!!!」

提督「そうだな、それが主目的だし」

神通「…………提督?」

提督「ん」

神通「ムード」

提督「……………………左手」

神通「……………………はいっ」


462: 2015/09/12(土) 22:49:49.76 ID:UQ2ifEIU0


暁「こ、これじゃ本当の結婚式みたいじゃない!」

不知火「ケッコン式ですから」

夕立「うー、あたしもあれがよかったっぽいー……」


463: 2015/09/12(土) 22:50:23.08 ID:UQ2ifEIU0


───
──




憲兵「そういえばこの前言い忘れたことがあったな」

憲兵「仕方ない、電話してやろう。こんなの仕事ではないがまあいい」

憲兵「────────…………」

憲兵「繋がらない……?話し中か?」

憲兵「…………まさかな」




──
───


464: 2015/09/12(土) 22:50:51.68 ID:UQ2ifEIU0


神通「なんだか夫婦みたいですね」

提督「カッコカリとはいえそうなるんじゃないのかな」

神通「ではその……誓いの……、その…………」

提督「いや、ここ普通に外だからな?」

神通「外だとできませんか?私はべつに────」

提督「…………雰囲気的に無理だろ?」

神通「…………だいぶ怒ってるみたいですね、ふふっ」

夕立「神通さんだけ盛りだくさんすぎっぽい!!」

不知火「全員にすれば問題ないのでは?指輪みたいに」

暁「それはなんか悔しいっていうか」

神通「あらあら、みんな仲良く嫉妬ですか?ふふふっ……」

暁「し、嫉妬じゃないもん!」

神通「提督、仕方ないので今は我慢いたします」

提督「ありがとう、おかげで命拾いしたよ」

神通「────今は、ですから。近いうちに……♪」


465: 2015/09/12(土) 22:51:33.14 ID:UQ2ifEIU0
神通「そろそろ行きますよ」



不知火「ここも見納めですか……。少し寂しいわね」

暁「なんだかんだで楽しかったしね」

提督「来ようと思えばいつでも来れるだろ、たぶん」

夕立「あたしは寂しくないっぽい!提督さんと一緒だもーん」

暁「……夕立はなんかもう、本当に普通のバカップルみたいね」

不知火「ケッコンという目標を達成したからでは?」

暁「そういうものなのかな……」

提督「そろそろ行くよー」

暁「あ、はーい!行くわよ不知火」


466: 2015/09/12(土) 22:52:06.36 ID:UQ2ifEIU0


───
──




憲兵「っ!提督殿、居るか!」

憲兵「留守……、か」

憲兵(留守というかもはや生活感を感じない)

憲兵(もぬけの殻、とはこのことだな)

憲兵(……………………)

憲兵「はは、いい度胸じゃないか。逃げたしたのか?ここの深海棲艦はどうするつもり────」

憲兵「…………そうだ。あの鎮守府が崩壊してというもの出てこないから、もう異動か退役を勧めに来たんだ」

憲兵「結局のとこ同じじゃないか」

憲兵「………………いいな、平和な海だ。そう、本部前の海と同じ」

憲兵「もうどこの海も大方は穏やかなんだ。何も間違っちゃいない」

憲兵「…………………………」

憲兵「煙草でも吸って帰ろう。もう戻ってこないだろうな」

憲兵「────こんな平和なら、艦隊なんて居るほうが敵が寄って来る。本末転倒じゃないか、馬鹿馬鹿しい……」




──
───


467: 2015/09/12(土) 22:53:03.84 ID:UQ2ifEIU0


神通「提督」


 小声で呼び止める声に振り返った。

 距離2メートル。

 お互いに手を伸ばせば届きそうな。


提督「どうした?疲れたか?」

神通「いえ、そんなことはありません」


 寄せる波、白い砂、太陽が照り付ける。

 絵に描いたような砂浜だ。きっといい絵になるだろう。前を歩く三人はこちらに気づかず、はしゃぎながら前進を続けている。


神通「提督」


 彼女が二歩前へ出る。

 思わず完全に振り返る。

 白い砂が低い位置で弾け飛んだ。

 そして、重い衝撃。銃で撃たれたみたいな衝撃だった。撃たれたことなんてないけれど、たぶんこんな感じ。

 細い折れそうな腕が力強く首裏へ。その力で、彼女は自らを引き寄せた。


提督「神通」

神通「はい」

提督「どうした?」

神通「なんでもありません。ただ、こうしたくなっただけです」


 目の前の小さな肩がぴくりと揺れる。笑ったようだ。なにも面白いことを言ったつもりはない。

 横から風が吹き、彼女の髪が流れてきた。同時に、彼女の顔も首筋へ流れてきた。

 温い息遣いが首筋に吹きかかり、冷たい風が強調される。少し寒い。

 続いて生暖かい感触。

 首筋を吸いあげられる感触。

 そして、ぬるっとした感触。

 少しだけざらざらしているのも独特。

 それが、首筋を這い回る。

 俺は黙っていた。なすがままにされていた。何を聞いたって「そうしたかった」と言われるだけのような気がしたからだ。

 やがてその感触が離れ、再び冷たい風。

 やけに長く感じた時間だが、前の三人が進んだ距離を見る限りでは1分も経っていないだろう。

 耳のあたりにキスをされた。少しくすぐったい。


468: 2015/09/12(土) 22:53:49.39 ID:UQ2ifEIU0


提督「神通、どうしたんだ?」

神通「マーキングしただけですよ」

提督「マーキング?」

神通「自分のものには目印をしておかないと取られちゃいます」

提督「名前でも書いたのかよ」 


 その質問には答えず、また笑って、口を耳元へ運んでいる。

 ここばかりは息がかかるととんでもなくくすぐったい。誰でも知っていることだ。一生に一度は、息を吹きかけてくる奴と出会うはず。

 それを気遣ってなのか、そこは通り越して耳の裏側へ。

 とりあえず息はかからない。こういう人と巡り逢えたことを幸せに思う。

 
神通「私が怖いですか?」

提督「まったく」

神通「正直、怖いと思ったことは?」

提督「心の底からはない」

神通「どうして?」

提督「さあ、どうしてかな。よくわからない」

神通「ふふっ。最初はそれでいいんです」


 これこそなんのことだかさっぱりだ。よくわからない。

 一つ言えるのは、彼女がずっと背伸びをしていて辛そうだという事実だけ。俺は少し腰を落とし、彼女よりも低い位置についた。

 また一層に腕の力が強くなる。


神通「お気遣い感謝します。少しだけ届かなかったので……」

提督「何をするのに?」

神通「私は今とっても幸せです。提督は幸せですか?」


 不幸なはずがない。これ以上を求めたら罰が当たりそうなくらいに幸せだ。

 でも、この言葉はなぜか喉元で掻き消されて、腹の中へと戻っていく。

 二人とも、何も言わなかった。

 耳元では息遣いだけが静かに音を発している。もう波の音すら聞こえない。


469: 2015/09/12(土) 22:54:23.91 ID:UQ2ifEIU0


神通「私は提督のもの。提督も、『私のもの』になっていただけますよね?」

提督「俺は……」

神通「あの子たちなら大丈夫です。指輪を貰って、それで安心してしまうみたいですから」

提督「つまり?」

神通「まだまだ『弱い』ということ」


 腕の力が弱まって、続けざまに顔が目の前へ。
 
 綺麗だ。瞳の中に海と空が半分ずつ映っている。


神通「提督は、幸せですか?」

提督「ああ、最高にね」

神通「よかった」

提督「そろそろ追い付こう。あんまり離されると心配されるし」

神通「はいっ」


 その綺麗な顔が微笑んだ。女神さまも、きっとこんなふうに微笑むのだろう。もしかすると女神さまなのかもしれない。


470: 2015/09/12(土) 22:55:35.16 ID:UQ2ifEIU0










神通「もう逃がしませんよ、絶対に」









────完────


471: 2015/09/12(土) 22:56:23.90 ID:UQ2ifEIU0


全投下終了です

ここまで随分と長くなってしまいましたが、お付き合いいただいた方はありがとうございました。
書きたいヤンデレは書いたので、今日やっとケッコンできた浴衣な神通さんを愛でながら、またほのぼの日常砂糖系を書くだけの作業に戻ります。



またどこかで見かけていただけたら、そのときはよろしくお願いいたします


473: 2015/09/13(日) 02:51:40.59 ID:ZPyOwPUOo
乙!

引用: 神通「ランダウンプレー」