409: 2012/02/27(月) 06:25:21.82 ID:GxYc2VAD0
――目を覚ましたあの人が、どんな顔でミサカのことを見るのか楽しみだった。
「どォして」
それは苦痛と悲哀と空虚感と、そして明確な怒りを含んだ声だった。
彼は伸びた前髪をぐしゃぐしゃと掻き乱す。
「どォして、なァどォしてだなンでだよ、何で生かした、何で俺はまだここに居る」
白い髪の隙間から赤く光る瞳がミサカを睨みつけているのが分かる。
目が合った瞬間、反射的に半歩後退った。肩が震えて直視も出来ない。
恐怖と驚愕に耐え切れず、隣に立っていた医者の後ろに隠れた。滲み出した彼の怒りの感情が頭の奥まで入り込んでくる。
「何で生かした!! 余計な事なンかしなけりゃ俺はあの時氏ねたのに!!」
限界まで空気を詰め込んだ風船が破裂するように、彼が叫んだ。
叫ぶと同時に彼は腕に貼り付けられていたガーゼを剥ぎ取って、点滴の針を乱暴に引き抜く。
「一方通行!」
医者が呼び掛けても彼は聞く耳を持たない。
一方通行はベッドの上を這いずり床へと転げ落ちる。彼のぶつかった衝撃で点滴スタンドが大きな音を立てて倒れた。
「あ、あなた、何してるの、って、ミサカはミサカはっ……」
「氏ぬ、氏ンでやる、これ以上生き長らえてたまるか」
まるで呪詛でも吐き出すかのような呟き。
一方通行は立ち上がる事もままならず、四つん這いですぐ傍の窓へ向かう。飛び降りる気で居るのだろうか。
この病室は三階に位置している。そんな事をしてしまったら、今の彼では――
「だ、駄目! ってミサカはミサカは……」
走り寄り、膝立ちで窓枠に手を掛けていた彼に飛び掛かる。躊躇いはあったが迷っている暇はない。
それほど広くない病室に、ぱちん、と何かが弾けるような音が響く。
彼の身体から力が抜けて、ぐらりと傾いた。ミサカでさえ「細い」と思ってしまう身体が凭れ掛かってくる。
静まり返った病室で、胸の奥がちくりと痛む感覚がした。
410: 2012/02/27(月) 06:26:06.91 ID:GxYc2VAD0
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彼の容態は一先ず落ち着いたらしい。
打ち止めは医者からの許可を得て、数日ぶりに彼の病室を訪れた。
「おじゃましまーす、ってミサカはミサカはくだものを携えて扉を開けてみたりー!」
病室の扉を開き、果物をいっぱいに詰め込んだバスケットを片手に仁王立ちする打ち止め。
「……、」
一度は彼女へ視線を移した一方通行だったが、それはすぐに病室の窓へと戻された。
以前の出来事もあってか、柔らかな光の差し込むその窓には格子が填められてしまっている。
恨めしそうに窓を眺める彼を見て、打ち止めはひとつ溜め息をついてからベッドの付近へ椅子を移動させた。
「今日、ごはん食べた? ってミサカはミサカは尋ねてみたり」
「…………」
「食べてないの?」
「…………」
「……沈黙は肯定と見なす、ってミサカはミサカはバスケットからりんごとナイフを取り出しながら呆れてみる」
打ち止めは備え付けのテーブルにバスケットを置き、そこから真っ赤な林檎と果物ナイフを取り出した。
「あっ、お皿……この棚に入ってるかな? ……あったあったー、ってミサカはミサカは僥倖に感謝してみたり」
付近の棚を漁り、小さめの皿を取り出してバスケットの隣に置く。
「ふっふっふー、実はミサカはりんごの皮むきが得意なのだ、ってミサカはミサカは胸を張ってみる」
膝の上で器用にナイフを動かして、彼女は林檎の赤い皮を向き始める。
くるくると回る林檎。綺麗に繋がった皮が打ち止めの手元で揺れていた。
「学習装置にこんな情報が入っていたとは完全に予想外だったよ、
ってミサカはミサカは綺麗に剥けるりんごの皮を眺めてご満悦~」
満面の笑みで垂れ下がる林檎を眺める打ち止め。
彼女が饒舌に話し続けても、一方通行は一向に口を開こうとはしなかった。
「でも、あなたがこんな状態にならなければりんごの皮むきなんてする機会無かったかもしれないしね!
ってミサカはミサカは……あ、あなたの現状を喜んでるわけじゃないからね? ってミサカはミサカは念のため弁解してみる」
打ち止めは林檎を剥きながらも、一時も同じ表情を保っていない。
指先を切ることもなく無事に林檎を剥き終え、いい仕事をしたとでも言わんばかりにナイフを置いて額を拭った。
だが、満足気な表情から一変して、
「……あ、しまったー!! ってミサカはミサカは頭を抱えてみたり……」
彼女は、しまった、という顔で手の中の林檎を見つめた。
411: 2012/02/27(月) 06:26:40.81 ID:GxYc2VAD0
「どうせなら小さく切り分けてウサギの形にしたほうが可愛かったよね、
ってミサカはミサカは今更になって後悔の念を……」
「オマエ、俺のそばに居て楽しいか?」
「え?」
打ち止めの止むことのない戯言を遮り、今まで黙り込んでいた一方通行が口を開いた。
「……おかしいだろ」
「ど、どういうこと? ってミサカはミサカは尋ねてみるんだけど……」
虚ろな赤い目は打ち止めを見ていない。
彼女の目には、ベッドの上の彼の姿が以前食事を共にした時とは全く別人のように映って見えた。
そう見えると言うより、その通りなのかも知れない。
「『姉妹』を一万三十一人も頃した化物と一緒に居て何が楽しいンだって訊いてンだよ」
「べ……別に、楽しいとか、楽しくないとか……関係ないよ、ミサカはあなたが心配で、ってミサカはミサカは……」
「それともアレか? オマエらを一万三十一回もボコった俺が弱ってンのを見て嘲笑ってンのかよ」
「ち、違うよ!? どうしてそうなっちゃうの、って……」
「そりゃァおかしいよなァ。さぞオカシイだろォよ、オマエみたいなチビ一匹でも今の俺は殺せちまうンだもンなァ?
ハハ、俺って今まで何やってたンだろォな? くく、……笑えてしょォがねェよほンとに、なァクソガキ」
調律されていないピアノのように、どこかずれている一方通行の声。
打ち止めはその声に不安感を募らせるばかりだった。
「お、おかしくない、よ? ミサカは、あなたのこと……」
「心配して……ってさァ、結局……何だ? 同情? 哀れみ? とかそンなンだろ?
オマエがどンな学習装置使われたのかは知らねェけど、」
彼は腕に繋がった点滴に手を伸ばす。
点滴針の上に重ねられたガーゼは、簡単に剥がれてしまわないように医療用テープが何重にも貼り付けられていた。
一方通行は、伸びた爪でがりがりと執拗にテープを引っ掻き始める。
「あ、あなた、そんなことしたらダメだよ、って……」
打ち止めが言う間にも彼は引っ掻くことを止めようとしない。
白い肌は赤くなっていき、テープの端は剥がれ始め、皮が剥けてうっすらと血が滲み出す。
「一方通行! ダメだって、ダメだってば、ってミサカはミサカは……な、ナースコール、押しちゃうよ!?」
「……ィンだよ」
狼狽える打ち止めには一瞥もくれず、彼は小さな声で呟いた。
腕を掻き毟るがりがりと言う音は次第に大きくなっていく。
「え? なに……」
「出てけ」
「へ……」
聞き返した彼女に追い打ちをかけるように怒号が飛んだ。
「気色悪ィから出てけって言ってンだよ!! 二度と俺にその顔を見せンな!!」
「ひっ……」
打ち止めは彼の剣幕に圧されて、咄嗟に椅子から立ち上がる。
「ご、ごめん……なさい」
搾り出すような声で謝罪の言葉を口にして、剥いた林檎を皿の上に置いた。
「……り、りんご……せっかく、剥いたから、食べてくれると、嬉しいな……って、ミサカはミサカは……」
最後まで言い切れないまま彼女は俯いて、黙って病室を後にした。
412: 2012/02/27(月) 06:27:27.05 ID:GxYc2VAD0
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それから数十分ほど経った頃。
どうしても一方通行の様子を見たかった打ち止めは、再び彼の病室の扉の前に立っていた。
(……どうして、ナイフ置いてきちゃったんだろう)
あんなものを放置したままでは、彼がどんな行動に出るか分かったものではない。
もし彼があのナイフで妙な事をしていたら――
(……とにかく、前みたいに気絶させてでも、刃物だけはあの人から遠ざけなきゃ……)
静かに静かに、音を立てないように扉をスライドさせる。
彼は大人しくベッドに横たわっていた。相変わらず視線は病室の奥の窓に向いているらしい。
このまま行けば気付かれることなくナイフだけを持ち去れるはずだ。
打ち止めがそう考え、室内に足を踏み入れようとすると、
がた、
「っ!!」
履いていたサンダルの爪先部分が扉を掠め、決して小さくない音を室内に響かせてしまった。
打ち止めは冷や汗を流すが、一方通行が入口扉の方を向く様子は見られない。
それを確認して打ち止めは安堵した。すぐに扉の隙間へ身体を潜り込ませて病室へ侵入する。
遠目でも彼の胸は上下しているのが分かり、呼吸をしていることが見て取れる。
先程の音に気が付かなかったのはきっと寝ているからだろう。
そう判断した彼女は足音を立てないようにテーブルへ近付いた。
(あった……)
ナイフを手に取る。
(……さっきと場所が変わってる気がするけど、気のせいだよね?)
皿の上に置いていた林檎は一口も手を付けられず、酸化して食欲の湧きそうにない色に変わってしまっていた。
その林檎を眺めて打ち止めは悲しげに眉尻を下げる。
413: 2012/02/27(月) 06:27:59.16 ID:GxYc2VAD0
(……、)
視線を移した。一方通行は寝そべって窓の方を向いている。
呼吸はしている。どうやら無事に生きているようだった。
――無事に?
「……あ、」
打ち止めは、つい声を上げてしまう。
彼の首元と、入院着の袖口から覗く手首にナイフで付けたような切り傷を見つけてしまったために。
血液が滲む傷口に目を引かれたが、それだけではなかった。
彼の首に巻き付けられたチョーカー型の電極に違和感を抱く。
黒いチョーカー、側面に取り付けられた変換器。そこから伸びる、イヤホンのようなコード。
「……あなた、何やって……」
それが、ぷっつりと切断されていた。
「…………」
打ち止めの声に気が付いたのか、白い頭がゆっくりと動く。目元が赤く腫れているのが分かった。
虚ろな目で彼女の瞳を真っ直ぐに見据えたまま、一方通行は眉根を寄せる。
電極による演算補助がなければ、彼は身体を動かすことも困難になる。数も数えられなければ、言語すら解さない。
だというのに、彼は乾いた唇を小さく動かして、打ち止めに告げる。
は、や、く、こ、ろ、せ、よ。
赤らんだ目尻から一滴、涙が零れていた。
414: 2012/02/27(月) 06:28:54.71 ID:GxYc2VAD0
おわりです
セリフの間に改行入れようと思ってたのに忘れてた……読みづらくてすみません
天井に撃たれて冥土帰しに処置されて目が覚めて、
一方通行は自分が生きていることに疑問を抱いたりしなかったのかなあと
セリフの間に改行入れようと思ってたのに忘れてた……読みづらくてすみません
天井に撃たれて冥土帰しに処置されて目が覚めて、
一方通行は自分が生きていることに疑問を抱いたりしなかったのかなあと



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