421: 2012/02/27(月) 19:26:40.37 ID:OwYRatfeo
晴れた月夜だった。
黄みがかった光は、しかし熱を与えることなく冴え冴えと刺す。女神の微笑のように鋭いその下弦を見上げる。
わざと街灯の少ない区画。空を光源とする街は静かに今日を終えようとしていた。霧の街が夜に沈む。
彼は屋根の上にいた。飾りの出窓から這い出、鳥を恨むような急な屋根に腰を掛けている。昼間であれば咎めた者もいたかもしれない。しかしこの闇、黒い外套をまとう彼を見つけられるのは猫か、常人の上をいく視力の持ち主くらいだろう。
揺れる足が地面に着くまで何秒かかるか。ここから落ちて無事に済むほどの身体能力は彼にない。けれど恐れは見えず、まず地面があることすら覚えてもいないようだった。それ自体が博物館のような街並みを全て下に見、ただ無心に夜に住む。
ロンドン、イギリス清教は第零聖堂区。石の街はしみじみと冷え、それは彼にも平等だった。昼をぬぐう月光へ、その温度を預ける。
いつからか、こうして夜を過ごすのが習慣となった。
日は昇らず、月は沈まなくなってしまってからのこと。
「ここにいましたか」
日が暖かいと笑った彼女はいない。
「報告書も上がっていませんし、部屋にもいないようでしたから。明日はまた上層部からの喚問ですよ?」
月が綺麗だと泣いた彼女はいない。
「申し開きも出来ませんよ。あなたにしか出来ない所業なのですから」
真昼の星のようにたおやかだった彼女。
聖女は毒され儚くなった。
「それでも上はあなたを切れないでしょうね。今や必要悪の教会最大の切り札となったあなたのことは」
第零聖堂区『必要悪の教会』所属が魔術師、神裂火織。
始末書業務を量産する同僚をたしなめに、音もなく屋根に立つ。闇を見通すその瞳、地面より一足に飛んだのだろう。
始末書、喚問。上条当麻が上に呼ばれる理由はいつも一つに限られていた。
「今回の任務は、原典の奪還でした。破壊ではない」
黄みがかった光は、しかし熱を与えることなく冴え冴えと刺す。女神の微笑のように鋭いその下弦を見上げる。
わざと街灯の少ない区画。空を光源とする街は静かに今日を終えようとしていた。霧の街が夜に沈む。
彼は屋根の上にいた。飾りの出窓から這い出、鳥を恨むような急な屋根に腰を掛けている。昼間であれば咎めた者もいたかもしれない。しかしこの闇、黒い外套をまとう彼を見つけられるのは猫か、常人の上をいく視力の持ち主くらいだろう。
揺れる足が地面に着くまで何秒かかるか。ここから落ちて無事に済むほどの身体能力は彼にない。けれど恐れは見えず、まず地面があることすら覚えてもいないようだった。それ自体が博物館のような街並みを全て下に見、ただ無心に夜に住む。
ロンドン、イギリス清教は第零聖堂区。石の街はしみじみと冷え、それは彼にも平等だった。昼をぬぐう月光へ、その温度を預ける。
いつからか、こうして夜を過ごすのが習慣となった。
日は昇らず、月は沈まなくなってしまってからのこと。
「ここにいましたか」
日が暖かいと笑った彼女はいない。
「報告書も上がっていませんし、部屋にもいないようでしたから。明日はまた上層部からの喚問ですよ?」
月が綺麗だと泣いた彼女はいない。
「申し開きも出来ませんよ。あなたにしか出来ない所業なのですから」
真昼の星のようにたおやかだった彼女。
聖女は毒され儚くなった。
「それでも上はあなたを切れないでしょうね。今や必要悪の教会最大の切り札となったあなたのことは」
第零聖堂区『必要悪の教会』所属が魔術師、神裂火織。
始末書業務を量産する同僚をたしなめに、音もなく屋根に立つ。闇を見通すその瞳、地面より一足に飛んだのだろう。
始末書、喚問。上条当麻が上に呼ばれる理由はいつも一つに限られていた。
「今回の任務は、原典の奪還でした。破壊ではない」
422: 2012/02/27(月) 19:27:32.16 ID:OwYRatfeo
世に現存する魔導書、その原典。彼の介入する事案に関わっていた原典は、漏れなく消滅させられている。誰も壊せぬ魔の泉。しかし彼の右腕にだけは赦される。
魔法名を持たぬ、魔術師ですらない彼。魔導書図書館亡き今、彼こそがイギリス清教の隠し刀にして鬼の子。
「あと何冊だ?」
彼の瞳は、静かな夜だった。たしかに星があった。それが何を燃やして輝くかを想うとき、彼の痛みは神裂の痛みだった。
「そろそろ十万を切ります」
人の身ひとつを以って三千冊を泡に帰した。英雄と呼ぶ者もいる。蛮勇とも。
「次はどこ行きの任務に乗ればいいんだろうな」
かたくなに夜に住む彼を、たくさんの人間が昼に戻そうとした。
本当に、たくさんの人間が。
「変わりましたね、上条当麻」
けれど、それは誰にも成せなかった。
「原典を破壊し尽くし、そしてどうするのです?」
成し得た唯一が逝ってしまった。
「インデックスは、あなたにそんな生き方を望みはしなかったでしょう」
墓無い彼女は喋らない。
「聖人は氏人の代弁もこなすのか」
423: 2012/02/27(月) 19:28:14.34 ID:OwYRatfeo
十万と三千を身に仕舞い、そして夜に歌われた彼女の代理は誰にも務めることが出来ない。誰にも彼を帰せない。彼の帰る場所はもうどこにもない。悟った者から順に彼の元を去った。誰も諦めたわけではない。半身を喪う意味を彼から学んだだけ。手は差し出され続けている。上条当麻はどれも選ぶことはない。
「すべて壊したその先に、何があるのですか」
「なあ、神裂」
今ここでも伸ばされる腕がある。
掴まれないことを知りながら、それでも伸ばされ続ける腕がある。
「未来を変えれば、過去は変わるか?」
かつて、虚無にも曲がらぬ光があった。
「もう遅い。明日のお灸は最大主教直々だそうですから、覚悟されるのがよいかと」
語れないなら、黙するべきだ。
そして現れた時同様、音なく消えた。
すべて壊したその先を想う。曲がる未来が編じる過去を夢想する。
「未来を変えれば、過去は変わるか?」
空に問う。
月は答えずただ照らす。その温度は氏人の冷たさに似て。
右腕を天に伸ばす。あれは触れれば消える幻想か。
かたくなに夜に住み、起きたままに夢を見る。
筋張った手に夜を透かす。
「会いたいなあ……」
あれから幾年。その微笑だけは少年のように。
彼の夢は壊されない。月沈まぬがために。
424: 2012/02/27(月) 19:30:08.46 ID:OwYRatfeo
以上です。3レスの間違いでした
魔導書への復讐に走る上条さんも見てみたいななんて



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