527: 2012/03/10(土) 00:34:56.86 ID:ZB1a9anQo
放課後、曇り、雨上がり。
昼間しっかりと水を降ろした雲は、気が軽くなったかのように色を淡くしている。
無用となったビニール傘の先を揺らし、上条当麻は帰路の中にあった。呼吸のたびに気管が湿気で満たされるのを感じつつ、雨に洗われた道を進む。
特売もない今日はまっすぐ学生寮へ帰るのだ。水たまりに足を突っ込まないようにと、それだけ気をつけて朝来た道を戻る。
「ん?」
四つ辻の曲がり角。見知った人影がこちらに折れてくるのが見えた。
茶色のツインテールを揺らし、この街ではブランドとなっているブレザーを着こんだ少女。手には上条と同様に用の無くなった傘が揺れていた。こちらはビニールではなく出自の明らかなもののようだったが。
白井黒子だった。
「あれ、しばらくぶりだな」
「げ、ごきげんよう上条さん」
挨拶に上条への心情を端的ににじませながら白井がほほ笑む。初対面の時に比べればまあどうということもない。
「こっちの方まで来ることあるんだな。どうしたんだ?」
「見回りですわ」
風紀委員ですの。
そう言って白井が二の腕の腕章をつまんで見せる。
戦闘にも優れた瞬間移動能力者の彼女だが、見た目にはいかにも華奢な少女だ。しかし、その緑の腕章をつけて街を歩くこと自体が意味のあることなのかもしれなかった。
昼間しっかりと水を降ろした雲は、気が軽くなったかのように色を淡くしている。
無用となったビニール傘の先を揺らし、上条当麻は帰路の中にあった。呼吸のたびに気管が湿気で満たされるのを感じつつ、雨に洗われた道を進む。
特売もない今日はまっすぐ学生寮へ帰るのだ。水たまりに足を突っ込まないようにと、それだけ気をつけて朝来た道を戻る。
「ん?」
四つ辻の曲がり角。見知った人影がこちらに折れてくるのが見えた。
茶色のツインテールを揺らし、この街ではブランドとなっているブレザーを着こんだ少女。手には上条と同様に用の無くなった傘が揺れていた。こちらはビニールではなく出自の明らかなもののようだったが。
白井黒子だった。
「あれ、しばらくぶりだな」
「げ、ごきげんよう上条さん」
挨拶に上条への心情を端的ににじませながら白井がほほ笑む。初対面の時に比べればまあどうということもない。
「こっちの方まで来ることあるんだな。どうしたんだ?」
「見回りですわ」
風紀委員ですの。
そう言って白井が二の腕の腕章をつまんで見せる。
戦闘にも優れた瞬間移動能力者の彼女だが、見た目にはいかにも華奢な少女だ。しかし、その緑の腕章をつけて街を歩くこと自体が意味のあることなのかもしれなかった。
528: 2012/03/10(土) 00:35:51.51 ID:ZB1a9anQo
「お疲れ。大変だな」
「いたって通常のお仕事ですの。雨が上がってくれて助かりましたわ、降る中の見回りは気が滅入りますの」
それにしても、と白井が言葉を続ける。ニュートラルな彼女の表情は、ここで柔らかく崩れた。
「あなたとお会いしたとなると、何事か起きる気がしてしまいますの」
「言いがかりだ、と言えないのが悲しい」
「あなたのようなトラブル体質の方は、さっさとご自宅にお帰りくださいませ」
「ハイハイ」
ほんの少しの刺を感じる気がしないでもないが、とりたてて不愉快なわけでもない。元々は気立てのよい少女なのだろう。あの超能力者が絡んでこなければ平和なものだ。
「あ」
瞬間、二人の頬を光が淡く照らした。不意の明るさに空を仰げば、そこには微かな亀裂が生まれている。雨雲も今日は店じまいなのだろう。少し傾いて色のついた日が、空から光芒を投げかけていた。
「あら、明日は晴れそうですの」
いいことですわね、と白井が上条に目を戻す。
「天使の梯子だ」
上条がだれに聞かせる風でもなくつぶやいた。その瞳は空より遠くに焦点があるようだった。まだ空を仰いでいる彼に、白井はある印象を抱く。
(こんな透明な表情をなさることもあるんですのね)
上条の表情には、光から想起される何がしかも浮かんでいないように思われた。しかしそれもすぐに散る。上条の目の焦点がもどり、決まりの悪そうな顔をしたからである。何に対する決まりの悪さかは知らないが。
「ええ、天使の梯子ですわね。あなたのような類じ・・・殿方がよくご存じで」
「今バカにされた気がする」
「言いがかりですの」
上条がまた日の差す空を見る。不思議そうに、という表現が近いだろうか。
「あれだろ?雲の隙間から光が差すのをそう呼ぶんだろ」
「ええ。しかしあなたの口からその詩的な表現が出るのが何とも」
ちぐはぐですの。
やっぱりバカにしてないか?と高校生が中学生を少し睨む。
「ですから言いがかりはおやめくださいな。
さて、あまり立ち話もしていられませんの。これにて失礼いたしますわ」
明日は晴れるといいですわね、と言い残し、下校途中ではなく任務中であるところの白井は丁寧にお辞儀をして去って行った。
529: 2012/03/10(土) 00:37:51.83 ID:ZB1a9anQo
一人になった帰り道。建物がざくざくに縁取る空からは、光が絶え間なく揺らぎながら注がれている。
その光景をふり仰ぎながら、上条は先ほどの自分の言葉を舌で転がしていた。
天使の梯子。光のあり様に与えられた名前。
さて、どこで覚えたのだったか。海から湧き上がる気泡のようだ。時折こんなことがある。意識されない底の方から、言葉がふっと浮かびあがってくるのだ。
覚えた覚えがないことを覚えているというのは不思議な感覚だ。日頃はそんなことは考えもしないが、一度気付いてしまえば残りつづける異物感。
(異物は俺の方か)
学習とは、ただその事柄のみを覚えることを言うのではない。それを知るに至った経緯、その時抱いていた感情、それを教えた何ものかへの印象すべてを含めてそう呼ぶのだ。
(俺には結果しか残らなかった)
あの光を覚えた時、自分はどんな物語の中にいたのだろう。
この光を覚えた時、自分はどんな物語の中にいるのだろう。
「おかえりなんだよ」
「ただいま」
学生寮に帰ってみれば、部屋の奥にいたインデックスが出迎えに来てくれた。カーテンは開ききり、洗われた空気を伝った光が部屋中を照らしていた。
「とうま、雨は大丈夫だった?」
「ああ。帰る時ちょうど止んだ」
それはよかったんだよ、とインデックスはほほ笑む。とうまにしてはツイていたねと。そして窓の方へ大きく腕を広げた。
「スフィンクスと空を見てたんだよ。晴れてきて綺麗だねって」
「天使の梯子?」
「そう!とうまも見たの?」
違う場所にいて同じものを見ていたことが嬉しかったのだろうか、少女は花が咲くように笑った。
天使の梯子。その言葉をどんな思い出と一緒に覚えていたのか、上条には分からない。もう知るすべはない。透明な頭にはただそれが意味するところだけが置き去りにされたから。
白井黒子と何でもない話をしたこと。インデックスが綺麗だと言って笑ったこと。それが今の上条当麻の『天使の梯子』の物語。
(今日が、天使の梯子を覚えた日)
(あるいは取り戻した日)
こうして彼は色づいていくのだろう。しかし新しい物語の中を生きるとき、そこにいるのは。
「とうま?」
「え?」
気がつけばインデックスが下からのぞきこんでいた。急に言葉を返さなくなった上条を不審に思ったのだろう。
「もう。とうま、どうしたの?」
「うん、そうだな」
「?」
少女が呼んでくれるなら。
「俺は、上条当麻だ」
知っているよ。そう言って、やはり少女は光のように笑うのだった。
530: 2012/03/10(土) 00:38:53.56 ID:ZB1a9anQo
以上です
あっさりあっさり
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