480: 2012/09/02(日) 09:05:11.34ID:7X67fwmf
【梅雨は長雨、空川青く澄み、若鮎も踊る】
ぽちょ、と間の抜けた音を立てて、水面が跳ねる。
竿の先が微かに曲がって、咄嗟に手首を引くけれども、重みは無い。
水滴を滴らせて帰って来た釣り針からは、綺麗に餌が抜き取られていた。
「ああ、もう、惜しい…」
背からのんきな声が響く。
釣竿を携えていない彼女との距離は、三間半ほどもある。
蒸しに蒸した事務所に籠る毎日に、どうにかなってしまいそうな梅雨の浅夏。
避暑を兼ねて、と、渓流のデートを提案したのは彼女の方からだった。
「デート」という見事な言葉の撒き餌に誘われて、必氏に車を飛ばして三時間半。
砂利道を転がして、山麓に入る少し手前に、その大自然は佇んでいる。
岩間に流れる水の瀬、澄んだ沢の音、加えて木陰は、そよぐ風のなんと涼やかな。
肌に触れる水気も、梅雨のジトやかな湿気とは大違いだ。
早速散策にでも繰り出そうとしていた僕に、そんな間もなく霧切さんが差し出したのは、
『……何これ』
『この辺り、絶好の鮎釣りのポイントらしいのよ』
いつの間に詰み込んだのか、トランクにはクーラーボックスや、愛用の野外用調理セット、着火剤。
呆然とする僕に、長竿を腕に押し付けて、
『虫が苦手な貴方のために、ちゃんと練り餌も用意したわ』
感謝していいのよ、とでも言わんばかりにドヤ顔。
ああ、そう、そういう彼女だった。
色気よりも食い気、花より団子。涼やかな渓流より、旬の若鮎なのである。
はあ、と溜息一つ零して、新たに餌を針につけ、振る竿も心なしか投げやりになる。
別に、釣りが詰まらないとは言わないけれど。
彼女は僕の背で、お気に入りのブックカバーに推理小説を挟んで、時々此方に声を掛けるくらいだ。
こんなの、一人で来るのと変わらないじゃないか。
デートだなんて言葉に見事に釣られたのは僕の方で、要は取れたての旬の食材が食べたかったんだろう。
と、ぽちゃ、と、また水面が跳ねた。
さっきよりも微かに軽い音、ほぼ反射で手首を引く。
今度は上手くかかったようで、ぱしゃぱしゃと水面を跳ねるそれを、ゆっくり手繰り寄せる。
「…ふぃーっしゅ」
「何それ」
「釣れた時に言う掛け声…だそうよ」
誰から吹きこまれたんだ。
針を外して、川の水を汲んだバケツの中に放つ。
ひょい、と、中を覗き込む霧切さん。
「……鮎かしら」
「ヤマメだね」
ぽちょ、と間の抜けた音を立てて、水面が跳ねる。
竿の先が微かに曲がって、咄嗟に手首を引くけれども、重みは無い。
水滴を滴らせて帰って来た釣り針からは、綺麗に餌が抜き取られていた。
「ああ、もう、惜しい…」
背からのんきな声が響く。
釣竿を携えていない彼女との距離は、三間半ほどもある。
蒸しに蒸した事務所に籠る毎日に、どうにかなってしまいそうな梅雨の浅夏。
避暑を兼ねて、と、渓流のデートを提案したのは彼女の方からだった。
「デート」という見事な言葉の撒き餌に誘われて、必氏に車を飛ばして三時間半。
砂利道を転がして、山麓に入る少し手前に、その大自然は佇んでいる。
岩間に流れる水の瀬、澄んだ沢の音、加えて木陰は、そよぐ風のなんと涼やかな。
肌に触れる水気も、梅雨のジトやかな湿気とは大違いだ。
早速散策にでも繰り出そうとしていた僕に、そんな間もなく霧切さんが差し出したのは、
『……何これ』
『この辺り、絶好の鮎釣りのポイントらしいのよ』
いつの間に詰み込んだのか、トランクにはクーラーボックスや、愛用の野外用調理セット、着火剤。
呆然とする僕に、長竿を腕に押し付けて、
『虫が苦手な貴方のために、ちゃんと練り餌も用意したわ』
感謝していいのよ、とでも言わんばかりにドヤ顔。
ああ、そう、そういう彼女だった。
色気よりも食い気、花より団子。涼やかな渓流より、旬の若鮎なのである。
はあ、と溜息一つ零して、新たに餌を針につけ、振る竿も心なしか投げやりになる。
別に、釣りが詰まらないとは言わないけれど。
彼女は僕の背で、お気に入りのブックカバーに推理小説を挟んで、時々此方に声を掛けるくらいだ。
こんなの、一人で来るのと変わらないじゃないか。
デートだなんて言葉に見事に釣られたのは僕の方で、要は取れたての旬の食材が食べたかったんだろう。
と、ぽちゃ、と、また水面が跳ねた。
さっきよりも微かに軽い音、ほぼ反射で手首を引く。
今度は上手くかかったようで、ぱしゃぱしゃと水面を跳ねるそれを、ゆっくり手繰り寄せる。
「…ふぃーっしゅ」
「何それ」
「釣れた時に言う掛け声…だそうよ」
誰から吹きこまれたんだ。
針を外して、川の水を汲んだバケツの中に放つ。
ひょい、と、中を覗き込む霧切さん。
「……鮎かしら」
「ヤマメだね」
481: 2012/09/02(日) 09:05:50.23ID:7X67fwmf
やや大きめの体に、黒渕の背、尖った嘴。一見すると、小さめの鮭だ。
この季節でも、まだ泳いでいるのか。
ひょっとすると、若鮎が泳ぎに来る時期じゃなかったのかもしれない。
「…鮎じゃないのね」
心なしか気落ちしたように見える彼女を背に、再び竿を振る。
「ヤマメも美味しいよ? なんたって、『渓流の女王』だからね」
「…まあ、貴方が作るんだから、私はどちらでもいいんだけど」
もう一時間ほど粘って、釣れたのは十匹前後。鮎釣りの名所という割には、全部ヤマメだ。
それでも釣り堀というワケでもないのに、天然の川でこれは、大漁と言っていいだろう。
早速七輪に火を起こして、内臓を処理したヤマメに串を打つ。
食塩をまんべんなくまぶし、ヒレには飾り塩。
新鮮なヤマメなら刺し身もありかもしれないけれど、定番はやっぱり塩焼きだろう。
パタパタと団扇で煽ぐと、香ばしい匂いが煙とともに立ち昇る。
皮が少し焦げて、箸で押すとパリ、と崩れるほどになれば、ちょうどいい加減だ。
皿に乗せて、切ったレモンを添える。柚子や酢橘なんてあれば最高だったけど、風味を味わうには十分。
「…もう、いいの?」
既に捕食モードと化した霧切さんが、焦らされた猫のような目で串を取る。
どうぞ、と手で促して、僕は他のヤマメの処理に取りかかった。
これだけ釣れたなら、全部同じ食べ方をするのは、ちょっと勿体ない。
数匹は家に持って帰って、甘露煮にしよう。小ぶりのモノは、炙ってから熱燗に入れて、骨酒にするのもいいかもしれない。
霧切さんも、きっと気に入ってくれると思う。
と、ふと、霧切さんが此方をじっと見ているのに気づく。
「な、何? …なんか変だった?」
「いえ、美味しいわ。……また料理のこと考えてるな、って」
「な、何でわかるの…?」
「貴方、笑ってたもの」
ふふ、と笑む霧切さん。ハッとして、頬に手をやる。
「釣りをしている間、ずっと小難しそうな顔してたから……ようやく笑った、と思ったの」
「そ、そんな、別に…」
そりゃ確かに、デートってこんなものか、と不貞腐れてはいたけれど。
「…一応デートなんだから、もう少し…上辺だけでも楽しそうにして欲しいのだけど」
声が少しだけ丸くなって、唇が尖る。
ちょっと拗ねている時の、彼女の仕草だ。
「……ゴメン」
「謝るってことは、楽しくなかったって認めるってことよ」
「や、えと、そういうワケじゃないんだ」
この季節でも、まだ泳いでいるのか。
ひょっとすると、若鮎が泳ぎに来る時期じゃなかったのかもしれない。
「…鮎じゃないのね」
心なしか気落ちしたように見える彼女を背に、再び竿を振る。
「ヤマメも美味しいよ? なんたって、『渓流の女王』だからね」
「…まあ、貴方が作るんだから、私はどちらでもいいんだけど」
もう一時間ほど粘って、釣れたのは十匹前後。鮎釣りの名所という割には、全部ヤマメだ。
それでも釣り堀というワケでもないのに、天然の川でこれは、大漁と言っていいだろう。
早速七輪に火を起こして、内臓を処理したヤマメに串を打つ。
食塩をまんべんなくまぶし、ヒレには飾り塩。
新鮮なヤマメなら刺し身もありかもしれないけれど、定番はやっぱり塩焼きだろう。
パタパタと団扇で煽ぐと、香ばしい匂いが煙とともに立ち昇る。
皮が少し焦げて、箸で押すとパリ、と崩れるほどになれば、ちょうどいい加減だ。
皿に乗せて、切ったレモンを添える。柚子や酢橘なんてあれば最高だったけど、風味を味わうには十分。
「…もう、いいの?」
既に捕食モードと化した霧切さんが、焦らされた猫のような目で串を取る。
どうぞ、と手で促して、僕は他のヤマメの処理に取りかかった。
これだけ釣れたなら、全部同じ食べ方をするのは、ちょっと勿体ない。
数匹は家に持って帰って、甘露煮にしよう。小ぶりのモノは、炙ってから熱燗に入れて、骨酒にするのもいいかもしれない。
霧切さんも、きっと気に入ってくれると思う。
と、ふと、霧切さんが此方をじっと見ているのに気づく。
「な、何? …なんか変だった?」
「いえ、美味しいわ。……また料理のこと考えてるな、って」
「な、何でわかるの…?」
「貴方、笑ってたもの」
ふふ、と笑む霧切さん。ハッとして、頬に手をやる。
「釣りをしている間、ずっと小難しそうな顔してたから……ようやく笑った、と思ったの」
「そ、そんな、別に…」
そりゃ確かに、デートってこんなものか、と不貞腐れてはいたけれど。
「…一応デートなんだから、もう少し…上辺だけでも楽しそうにして欲しいのだけど」
声が少しだけ丸くなって、唇が尖る。
ちょっと拗ねている時の、彼女の仕草だ。
「……ゴメン」
「謝るってことは、楽しくなかったって認めるってことよ」
「や、えと、そういうワケじゃないんだ」
482: 2012/09/02(日) 09:06:24.31ID:7X67fwmf
「つまらなそうに見えていたならゴメン、って意味。釣れたての魚を調理するのは、僕も楽しいよ」
「……」
そうでしょう、とでも言いたげに、満足げに笑んで、彼女はまたヤマメにかぶりつく。
もしかして彼女なりに、料理趣味の僕が楽しめそうなプランを考えてくれていたのだろうか。
……幸せそうに焼き立ての魚を頬張る表情からは、何も読み取れない。
まあ、そうだよな、と独りごちる。
彼女にとっては、こういう形のがデートらしいデートなんだろう。
僕がちょっと色気に浅ましく期待しすぎていたんだ。
と、つと、彼女が食べさしのヤマメを、僕の口元にさし出す。
「……何?」
「釣れるかな、と思って」
ふりふりと、目の前で魚を揺らす。
まだ湯気の立つ白身は、そりゃあ美味しそうだけど。
「えーと…」
「…ああ、じゃあ、もっと色気のある言い方をしましょうか」
沢の石を踏みならして、隣に寄り添う。
肩と肩を押し比べるようにして、
「あーん」
してやったり、と笑む。
食べなさい、と。こういうことでしょう、と。
何が悔しいかって、僕がそういう甘甘しい雰囲気を望んでいたことを、彼女が分かってしまっているということだ。
承知した上で、僕をからかうために、あえて彼女はそれに乗ったのだろう。
「あら…こういうのはお気に召さないかしら?」
にやにや、にやにや。底意地の悪い笑みだ、本当に。
「……いただき、ます」
はく、と食むと、ほんのわずかな苦みとともに、魚の風味が口の中でほろほろと解ける。
釣れ立てたその場で作ったからこその美味しさだろう、これは。
「分かりやすい男の子で助かるわ」
曰く、『好きな事を考えている時の僕』は、相当分かりやすいそうだ。
どうも今日は、彼女に主導権を握られてばかりで悔しい。
ので、ちょっとだけ反撃。
「……分かりやすくて悪かったね」
「いいのよ、それも貴方の、」
「考えてたのは、料理じゃなくて霧切さんのことだけど」
さりげに言いつつ、彼女の手から串を奪い取る。
数瞬して、耳を赤く染めた彼女に、今度は僕がしたり顔で微笑む番だった。
「……」
そうでしょう、とでも言いたげに、満足げに笑んで、彼女はまたヤマメにかぶりつく。
もしかして彼女なりに、料理趣味の僕が楽しめそうなプランを考えてくれていたのだろうか。
……幸せそうに焼き立ての魚を頬張る表情からは、何も読み取れない。
まあ、そうだよな、と独りごちる。
彼女にとっては、こういう形のがデートらしいデートなんだろう。
僕がちょっと色気に浅ましく期待しすぎていたんだ。
と、つと、彼女が食べさしのヤマメを、僕の口元にさし出す。
「……何?」
「釣れるかな、と思って」
ふりふりと、目の前で魚を揺らす。
まだ湯気の立つ白身は、そりゃあ美味しそうだけど。
「えーと…」
「…ああ、じゃあ、もっと色気のある言い方をしましょうか」
沢の石を踏みならして、隣に寄り添う。
肩と肩を押し比べるようにして、
「あーん」
してやったり、と笑む。
食べなさい、と。こういうことでしょう、と。
何が悔しいかって、僕がそういう甘甘しい雰囲気を望んでいたことを、彼女が分かってしまっているということだ。
承知した上で、僕をからかうために、あえて彼女はそれに乗ったのだろう。
「あら…こういうのはお気に召さないかしら?」
にやにや、にやにや。底意地の悪い笑みだ、本当に。
「……いただき、ます」
はく、と食むと、ほんのわずかな苦みとともに、魚の風味が口の中でほろほろと解ける。
釣れ立てたその場で作ったからこその美味しさだろう、これは。
「分かりやすい男の子で助かるわ」
曰く、『好きな事を考えている時の僕』は、相当分かりやすいそうだ。
どうも今日は、彼女に主導権を握られてばかりで悔しい。
ので、ちょっとだけ反撃。
「……分かりやすくて悪かったね」
「いいのよ、それも貴方の、」
「考えてたのは、料理じゃなくて霧切さんのことだけど」
さりげに言いつつ、彼女の手から串を奪い取る。
数瞬して、耳を赤く染めた彼女に、今度は僕がしたり顔で微笑む番だった。
483: 2012/09/02(日) 09:07:49.99ID:7X67fwmf
【盛夏は酷暑、蝉の声茂り、一雨を乞う】
み゛ぃいいん、と、頭痛さえ覚えるほどの蝉時雨が、暑さをいっそう追い立てる。
部屋の窓を全て開け、余計な家電のコンセントを抜いて、気休めに風鈴を吊るしても、半刻もすればシャツの色は汗で変わってしまった。
冷蔵庫から水出しの麦茶を取り出し、冷やしておいたグラスになみなみと注ぐ。
氷がカランカランと涼しげに鳴って、すぐに露がグラスの表面に並ぶ。
目立たないけれど、これも立派な夏の風物詩。
二人分をトレーに載せて、彼女の待つベランダへ。
「……どうしてこの家にはエアコンどころか、扇風機すらないのよ…」
チェアに体を丸ごと投げ出して、顔をうつむけたまま。
三十分ほど前に訪れてから同じポーズで、霧切さんは不機嫌そうな声をぶつけてくる。
露出の激しい黒のタンクトップとブルーのホットパンツ姿は、汗で蒸れて、下手をすると下着姿よりも下着姿だ。
「僕が嫌いだから。夏は暑い方がいいじゃない」
「…今日の天気予報、見た? 猛暑日よ、湿度80%よ。貴方、熱中症を甘く見ているんじゃない?」
いつも不機嫌な時はだんまりで、目線や無言で訴えてくる霧切さん。
それを隠さず、むしろ饒舌になるというのは、かなり新鮮だ。
恐るべし、真夏日。
とりあえず、汗で多少よれたハーフパンツの、その露出された部分に、キンキンに冷えたグラスを押し付けてみる。
「…っひ、!?」
ビクン、と、それまでの緩慢な調子からは大きく外れて、活ける魚みたいに、ビクビク、と大きく跳ねた。
跳ねたは跳ねたけど、相変わらずチェアに投げ出された肢体は動かず。
せいぜい顔を挙げ、視線で僕に不満を訴えるくらいだ。
「……セクハラ」
「男の家でそういう格好でくつろぐのはセクハラって言わないの?」
「私からするのはいいのよ。貴方からするのはセクハラ」
「理不尽…」
彼女の手の届くところにテーブルを寄せ、そこにグラスを置く。
のどが渇けば、自分から手を伸ばして取るだろう。……ペットじゃないんだから。
「暑いのが嫌なら、なんで僕の家に来るのさ」
「……貴方がいるからよ」
「…別に呼んでくれれば、こっちから行くのに」
「分かってないわね…私が行くのと貴方が来るのも、大きく違うの」
彼女の感覚は未だに測りかねる。
ちょっとズレているというか、少なくとも僕には分からない基準を、幾つも持っているのだ。
それにしても、確かに今日の暑さはちょっと参る。
気温はどれほど高くても我慢できるけれど、問題はこの肌にまとわりつくような湿気。
昨日から降り通していた雨のせいだ。
暑さに強い、と自覚はあるけれど、そんな僕でも「少し」キツイのだ。
チェアで伸びている彼女は、その数倍だろう。
み゛ぃいいん、と、頭痛さえ覚えるほどの蝉時雨が、暑さをいっそう追い立てる。
部屋の窓を全て開け、余計な家電のコンセントを抜いて、気休めに風鈴を吊るしても、半刻もすればシャツの色は汗で変わってしまった。
冷蔵庫から水出しの麦茶を取り出し、冷やしておいたグラスになみなみと注ぐ。
氷がカランカランと涼しげに鳴って、すぐに露がグラスの表面に並ぶ。
目立たないけれど、これも立派な夏の風物詩。
二人分をトレーに載せて、彼女の待つベランダへ。
「……どうしてこの家にはエアコンどころか、扇風機すらないのよ…」
チェアに体を丸ごと投げ出して、顔をうつむけたまま。
三十分ほど前に訪れてから同じポーズで、霧切さんは不機嫌そうな声をぶつけてくる。
露出の激しい黒のタンクトップとブルーのホットパンツ姿は、汗で蒸れて、下手をすると下着姿よりも下着姿だ。
「僕が嫌いだから。夏は暑い方がいいじゃない」
「…今日の天気予報、見た? 猛暑日よ、湿度80%よ。貴方、熱中症を甘く見ているんじゃない?」
いつも不機嫌な時はだんまりで、目線や無言で訴えてくる霧切さん。
それを隠さず、むしろ饒舌になるというのは、かなり新鮮だ。
恐るべし、真夏日。
とりあえず、汗で多少よれたハーフパンツの、その露出された部分に、キンキンに冷えたグラスを押し付けてみる。
「…っひ、!?」
ビクン、と、それまでの緩慢な調子からは大きく外れて、活ける魚みたいに、ビクビク、と大きく跳ねた。
跳ねたは跳ねたけど、相変わらずチェアに投げ出された肢体は動かず。
せいぜい顔を挙げ、視線で僕に不満を訴えるくらいだ。
「……セクハラ」
「男の家でそういう格好でくつろぐのはセクハラって言わないの?」
「私からするのはいいのよ。貴方からするのはセクハラ」
「理不尽…」
彼女の手の届くところにテーブルを寄せ、そこにグラスを置く。
のどが渇けば、自分から手を伸ばして取るだろう。……ペットじゃないんだから。
「暑いのが嫌なら、なんで僕の家に来るのさ」
「……貴方がいるからよ」
「…別に呼んでくれれば、こっちから行くのに」
「分かってないわね…私が行くのと貴方が来るのも、大きく違うの」
彼女の感覚は未だに測りかねる。
ちょっとズレているというか、少なくとも僕には分からない基準を、幾つも持っているのだ。
それにしても、確かに今日の暑さはちょっと参る。
気温はどれほど高くても我慢できるけれど、問題はこの肌にまとわりつくような湿気。
昨日から降り通していた雨のせいだ。
暑さに強い、と自覚はあるけれど、そんな僕でも「少し」キツイのだ。
チェアで伸びている彼女は、その数倍だろう。
484: 2012/09/02(日) 09:08:40.42ID:7X67fwmf
ふと、その背に散らばっている銀の髪に目が行った。
ただでさえ長いのに、そのうえ湿気を吸って、なんとなく重そうな印象を受ける。
それが肩から腰に掛けてだらりと広がっているのだから、そりゃあ暑さも三割増しだろう。
ふと思い至り、その長髪に手を伸ばしてみた。
指で梳くと、それでも絹のように滑らかに通る。
と、今度は驚いたように、それまでの緩慢な所作とは打って変わって彼女が飛び起きる。
「な、…何?」
「ううん、別に」
「……そう」
と言いつつも、部屋に戻り、棚の小箱から取り出すのはヘアピンと、髪留のゴム。
怪訝そうに首を傾げる彼女の背に回り、広がる銀髪を指で束ねた。
「ちょっと、苗木君……やだ…」
首を傾げて逃れようとする肩を、それでも力がないのは暑さのせいか、軽く引くと大人しく椅子の中に納まった。
ヘアピンで長さを整えてから、ゴムを二重にして縛る。
首筋にも風が通るように角度を調節して、余った横側の髪は前に垂らす。
「…霧切さん、うなじ綺麗だね」
「あの、苗木君…髪は、ホントに……汗臭いし、」
「でも、涼しいでしょ?」
「それは、……マシにはなったけれど、それでも、」
「あ、ゴムとヘアピン僕のだけど、我慢してね」
「……」
ぴたりと文句の止んだ背中越しに、既に氷の解けきった麦茶を渡す。
「ほら、熱中症防止には水分補給、でしょ」
渡すと、膝を抱えたまま、両手でグラスを持って、くぴくぴと控えめに飲む。
大吟醸を一気飲みするあの霧切さんが、まるで借りて来た猫だ。
切ればいいのに、とは言わない。
彼女の綺麗な、本当に絹のような銀髪は、あの学園にいた頃から変わらない、彼女のトレードマークだ。
だからせめて、そんな借り猫霧切さんが涼しい夕げを過ごせるように。
今晩は手軽に、うどんでも茹でようか。
暑くて食欲のない日は、下手に手の加えない、シンプルなモノの方が美味しいのだ。
たっぷりの湯で茹でて、氷水で一気に冷やして麺を洗いしめる。
麺つゆは市販のもので十分。水じゃなくて、氷をそのまま入れて、冷やしながら希釈する。
薬味は豪華に、おろし生姜にミョウガに長ネギ、変わり種にとろろや大根おろしなんて添えても美味しそうだ。
冷蔵庫を探る間も、霧切さんはベランダで変わらず膝を抱えていた。
ずっと手を添えていたところを見ると、男物のヘアピンだけど、気に入ってくれたのだろうか。
ただでさえ長いのに、そのうえ湿気を吸って、なんとなく重そうな印象を受ける。
それが肩から腰に掛けてだらりと広がっているのだから、そりゃあ暑さも三割増しだろう。
ふと思い至り、その長髪に手を伸ばしてみた。
指で梳くと、それでも絹のように滑らかに通る。
と、今度は驚いたように、それまでの緩慢な所作とは打って変わって彼女が飛び起きる。
「な、…何?」
「ううん、別に」
「……そう」
と言いつつも、部屋に戻り、棚の小箱から取り出すのはヘアピンと、髪留のゴム。
怪訝そうに首を傾げる彼女の背に回り、広がる銀髪を指で束ねた。
「ちょっと、苗木君……やだ…」
首を傾げて逃れようとする肩を、それでも力がないのは暑さのせいか、軽く引くと大人しく椅子の中に納まった。
ヘアピンで長さを整えてから、ゴムを二重にして縛る。
首筋にも風が通るように角度を調節して、余った横側の髪は前に垂らす。
「…霧切さん、うなじ綺麗だね」
「あの、苗木君…髪は、ホントに……汗臭いし、」
「でも、涼しいでしょ?」
「それは、……マシにはなったけれど、それでも、」
「あ、ゴムとヘアピン僕のだけど、我慢してね」
「……」
ぴたりと文句の止んだ背中越しに、既に氷の解けきった麦茶を渡す。
「ほら、熱中症防止には水分補給、でしょ」
渡すと、膝を抱えたまま、両手でグラスを持って、くぴくぴと控えめに飲む。
大吟醸を一気飲みするあの霧切さんが、まるで借りて来た猫だ。
切ればいいのに、とは言わない。
彼女の綺麗な、本当に絹のような銀髪は、あの学園にいた頃から変わらない、彼女のトレードマークだ。
だからせめて、そんな借り猫霧切さんが涼しい夕げを過ごせるように。
今晩は手軽に、うどんでも茹でようか。
暑くて食欲のない日は、下手に手の加えない、シンプルなモノの方が美味しいのだ。
たっぷりの湯で茹でて、氷水で一気に冷やして麺を洗いしめる。
麺つゆは市販のもので十分。水じゃなくて、氷をそのまま入れて、冷やしながら希釈する。
薬味は豪華に、おろし生姜にミョウガに長ネギ、変わり種にとろろや大根おろしなんて添えても美味しそうだ。
冷蔵庫を探る間も、霧切さんはベランダで変わらず膝を抱えていた。
ずっと手を添えていたところを見ると、男物のヘアピンだけど、気に入ってくれたのだろうか。
485: 2012/09/02(日) 09:09:50.16ID:7X67fwmf
【晩夏は残炎、朝夕涼味に、恋を歌う虫の声】
「……意外な特技もあったものね」
相変わらず正面から褒めてはくれない彼女の、それでも目線が称賛してくれているのを感じた。
頬が赤くなりそうなのを、暗みが隠してくれているように願いながら、篠笛に沿える指を止める。
「特技っていうか…日本なら音楽の授業で、こういうの習うからさ」
「それにしても、よ。初見の楽器でしょう?」
「要領は同じだよ」
指を孔に添えて、歌口から息を吹き込めば、相応の音が響く。
強く吹けば掠れて響くし、弱く吹けば優しく鳴る。そういうものだ。
音階は一通り覚えたので、うろ覚えに楽譜を弾いてみる。
この篠笛も、例によって霧切さんの遊び買いだ。
商店街のちっぽけな縁日で、露店に並んでいたらしい。
本格的なものではなく、イメージとしては百均のオカリナなんかと同じようなものだろう。
漆塗りの竹に、水の中を跳ねるように泳ぐ、一対の金魚が彫られている。
彼女の遊び買うものは、こういうちょっと粋な趣向が凝らされていることが多い。
「それにしても、ちょっと悔しいわ」
カラン、と、ロックアイスの入った氷を傾けて、虚ろ目で月を見上げる。
お気に入りの芋焼酎のお供には、冷ややっこに酒盗を乗せただけのシンプルなもの。
完全に親爺趣味だね、と突っ込むと、問答無用でローキックが入った。酔っていた分加減がないので、ちょっとまだ足首が痺れている。
「私が吹いた時には、かすりとも音は鳴らなかったのに」
「…霧切さん、この笛吹いたの?」
「…私から仕掛けるのは、セクハラとは言わないのよ」
ニヤニヤと僕を見返している、酔って赤くなった蕩け顔。
月を背にしているのは僕の方なので、向かい合う彼女の銀髪が燐光を反射して、まるで幽霊みたいに綺麗な微笑で。
「今更そういうのを意識する仲じゃないでしょう? 何度箸を重ねたと思ってるの」
「う、や、そうだけど…改めて言われると意識しちゃうっていうか…」
「ああ、それにしても良い夜ね。笛の音が合うわ」
と、いじめっ子の笑みで、もっと吹くように言外に催促してくる。
手遅れだと分かっているけど、あえて気付かないフリで、僕はまた篠笛の歌口に唇を落とした。
でも、確かに良い夜だ。
月影が雲を淡い黄金色に透かして、音もない夜風が、昼間の暑さをゆっくりと冷ましていく。
夜陰から響く虫の音も、いっそうの涼味。
「夜笛は蛇を呼ぶ、っていうんだけど」
「あら、無粋な言葉を考えた人もいるものね」
歌うように言った彼女の顔に、ふ、と陰が掛かる。
振り返れば、月の輪郭がまるっと雲に隠れていた。朧、というやつだろう。
自然と、指弾く音符も決まってくる。
「……意外な特技もあったものね」
相変わらず正面から褒めてはくれない彼女の、それでも目線が称賛してくれているのを感じた。
頬が赤くなりそうなのを、暗みが隠してくれているように願いながら、篠笛に沿える指を止める。
「特技っていうか…日本なら音楽の授業で、こういうの習うからさ」
「それにしても、よ。初見の楽器でしょう?」
「要領は同じだよ」
指を孔に添えて、歌口から息を吹き込めば、相応の音が響く。
強く吹けば掠れて響くし、弱く吹けば優しく鳴る。そういうものだ。
音階は一通り覚えたので、うろ覚えに楽譜を弾いてみる。
この篠笛も、例によって霧切さんの遊び買いだ。
商店街のちっぽけな縁日で、露店に並んでいたらしい。
本格的なものではなく、イメージとしては百均のオカリナなんかと同じようなものだろう。
漆塗りの竹に、水の中を跳ねるように泳ぐ、一対の金魚が彫られている。
彼女の遊び買うものは、こういうちょっと粋な趣向が凝らされていることが多い。
「それにしても、ちょっと悔しいわ」
カラン、と、ロックアイスの入った氷を傾けて、虚ろ目で月を見上げる。
お気に入りの芋焼酎のお供には、冷ややっこに酒盗を乗せただけのシンプルなもの。
完全に親爺趣味だね、と突っ込むと、問答無用でローキックが入った。酔っていた分加減がないので、ちょっとまだ足首が痺れている。
「私が吹いた時には、かすりとも音は鳴らなかったのに」
「…霧切さん、この笛吹いたの?」
「…私から仕掛けるのは、セクハラとは言わないのよ」
ニヤニヤと僕を見返している、酔って赤くなった蕩け顔。
月を背にしているのは僕の方なので、向かい合う彼女の銀髪が燐光を反射して、まるで幽霊みたいに綺麗な微笑で。
「今更そういうのを意識する仲じゃないでしょう? 何度箸を重ねたと思ってるの」
「う、や、そうだけど…改めて言われると意識しちゃうっていうか…」
「ああ、それにしても良い夜ね。笛の音が合うわ」
と、いじめっ子の笑みで、もっと吹くように言外に催促してくる。
手遅れだと分かっているけど、あえて気付かないフリで、僕はまた篠笛の歌口に唇を落とした。
でも、確かに良い夜だ。
月影が雲を淡い黄金色に透かして、音もない夜風が、昼間の暑さをゆっくりと冷ましていく。
夜陰から響く虫の音も、いっそうの涼味。
「夜笛は蛇を呼ぶ、っていうんだけど」
「あら、無粋な言葉を考えた人もいるものね」
歌うように言った彼女の顔に、ふ、と陰が掛かる。
振り返れば、月の輪郭がまるっと雲に隠れていた。朧、というやつだろう。
自然と、指弾く音符も決まってくる。
486: 2012/09/02(日) 09:11:02.60ID:7X67fwmf
「……なのはーなばたけーに、いーりーひうすれー」
と、口ずさむ、鈴の音のような澄んだ声。
驚いて、途端に指を止める。
彼女が僕の弾いた曲に合わせて、歌を乗せたのだ。
蕩けたままの目が、怪訝そうに僕を見る。
「……霧切さん、」
「…何よ。私が日本の歌を知ってるのが、そんなに可笑しいのかしら?」
「いや、……すごく、上手いんだね」
カンマ置いて、再び月明かりが差す。
ぽ、と、酒で酔うのとは別の紅が、彼女の頬を染めていた。
「初めて聞いたよ、霧切さんが歌ってるの」
「そ、んなこと、ないでしょう…というか、どうでもいいじゃない」
僕は例えば、掃除や料理の片手間に、聞き馴染んだポップを口ずさむことはあるけれど。
考えてみれば、そういうクセのない人だった。
学園では音楽の授業は別クラスだったし、コレは絶対彼女には言えないけど、僕は別の人の歌を聞いていたから。
カラン、と、彼女の持っていたグラスの氷が揺れる。
うっすらと琥珀に澄んだ液体が、月明かりを映して、ステンドグラスのようなものを机に描く。
「……ねえ、さっきの『無粋な言葉を~』って、どういう意味だったの?」
「……言わない」
「ねえ」
「…忘れて。酔っていると、柄にもない恥ずかしいことが口をついて出るのよ」
「恥ずかしくなんかないってば。言ってみて」
「……笑わない?」
「笑わないから」
グラスを持った手を額に当てて、目を伏せる。
どれだけ恥ずかしそうなそぶりを見せても、飲んでいる時の霧切さんは、いつもよりも心のガードがゆるいので、本音を見せてくれるのだ。
数瞬待つついでに、その手のグラスをそっと貰う。
笑わないよ、と、念を押す。
口をつけて飲めば、アルコールの辛さと独特な風味の中に、うっすらと涼しい甘み。
僕の飲む様をじっと見つめながら、夢に浮かされたような霧切さん。
「……鈴虫なんかは、夜に歌うでしょう」
「…うん?」
そんな詩的な言葉が、まさか彼女の口から返ってくるとは思えなくて、数瞬頭の中で反芻する。
意味を解して目線を戻せば、じっと疑う視線を向けていた。
人里に降りて来た猫みたいな仕草だったので、可愛くて、吹きそうになるのを必氏にこらえる。笑いません。
「昔の人たちだって、夜に集って楽器を弾いたり、歌を歌ったりしたでしょう」
「……そうだね」
「歌は、夜の方が映えるのよ」
ロマンチックでしょう、と、自嘲気味に唇を尖らせたまま、グラスを奪い返された。
と、口ずさむ、鈴の音のような澄んだ声。
驚いて、途端に指を止める。
彼女が僕の弾いた曲に合わせて、歌を乗せたのだ。
蕩けたままの目が、怪訝そうに僕を見る。
「……霧切さん、」
「…何よ。私が日本の歌を知ってるのが、そんなに可笑しいのかしら?」
「いや、……すごく、上手いんだね」
カンマ置いて、再び月明かりが差す。
ぽ、と、酒で酔うのとは別の紅が、彼女の頬を染めていた。
「初めて聞いたよ、霧切さんが歌ってるの」
「そ、んなこと、ないでしょう…というか、どうでもいいじゃない」
僕は例えば、掃除や料理の片手間に、聞き馴染んだポップを口ずさむことはあるけれど。
考えてみれば、そういうクセのない人だった。
学園では音楽の授業は別クラスだったし、コレは絶対彼女には言えないけど、僕は別の人の歌を聞いていたから。
カラン、と、彼女の持っていたグラスの氷が揺れる。
うっすらと琥珀に澄んだ液体が、月明かりを映して、ステンドグラスのようなものを机に描く。
「……ねえ、さっきの『無粋な言葉を~』って、どういう意味だったの?」
「……言わない」
「ねえ」
「…忘れて。酔っていると、柄にもない恥ずかしいことが口をついて出るのよ」
「恥ずかしくなんかないってば。言ってみて」
「……笑わない?」
「笑わないから」
グラスを持った手を額に当てて、目を伏せる。
どれだけ恥ずかしそうなそぶりを見せても、飲んでいる時の霧切さんは、いつもよりも心のガードがゆるいので、本音を見せてくれるのだ。
数瞬待つついでに、その手のグラスをそっと貰う。
笑わないよ、と、念を押す。
口をつけて飲めば、アルコールの辛さと独特な風味の中に、うっすらと涼しい甘み。
僕の飲む様をじっと見つめながら、夢に浮かされたような霧切さん。
「……鈴虫なんかは、夜に歌うでしょう」
「…うん?」
そんな詩的な言葉が、まさか彼女の口から返ってくるとは思えなくて、数瞬頭の中で反芻する。
意味を解して目線を戻せば、じっと疑う視線を向けていた。
人里に降りて来た猫みたいな仕草だったので、可愛くて、吹きそうになるのを必氏にこらえる。笑いません。
「昔の人たちだって、夜に集って楽器を弾いたり、歌を歌ったりしたでしょう」
「……そうだね」
「歌は、夜の方が映えるのよ」
ロマンチックでしょう、と、自嘲気味に唇を尖らせたまま、グラスを奪い返された。
487: 2012/09/02(日) 09:12:00.21ID:7X67fwmf
「虫も人も、夜中に集って、愛しい人への思いを歌うんだね」
「……」
恥ずかしい言葉には、同じく恥ずかしい言葉で返す。
こういう良い夜には、むしろちょっと歯が浮くほどがちょうどいい。
ぶっきらぼうに突き出された照れ隠しのグラスに、黙って芋焼酎を注ぐ。
ロマンチックだね、と、返すと、鼻を鳴らして拗ねてしまった。
机の下で、彼女の足が僕の足を踏む。ちょっと痛い。
「…ねえ、夜に歌うのが恋の歌ならさ。さっきの歌も、」
「それは…分からないわ」
流石に、こじつけだろうか。
歌詞それ自体は、とても単純で、そして深い情景を歌ったものだ。
夕月夜に風薫る風景。
たった数節で、その美しさを歌った歌。
「例えば、歌自体にその意味がなくても…」
けれど。
そうであってほしい、と思うのは、こんな夜だからか。
「演奏する人が、そういう思いを込めて吹いたなら…それを聞く人が、そういう思いを乗せて聞いたなら」
「苗木君…」
「それはもう、恋を歌っているってことには、ならないかな」
りぃん、りぃん、と、羽が鳴っている。
どうも、僕も酔ってしまったみたいだ。
いつもよりも恥ずかしい言葉が、どうにもぽろぽろと零れてしまう。
ああ、また顔が熱くなる。もう夏も過ぎるというのに。朧月夜で、本当に良かった。
「……もう一度、弾いてくれないかしら」
再三、月明かりが雲で陰る。
互いの顔が見えない暗みで、鈴の音のような声が響いた。
「……霧切さんが歌ってくれるなら、いいよ」
篠笛に添えた指が、心なしか震える。
りぃん、と、急かすように、草藪の隙間で歌う鈴虫。
負けないように、と、息を吸う。
良い夜だ。
とても澄んだ夜だ。
鈴虫の声も、篠笛の音も、月明かりも、それを映すグラスの焼酎も、歌う声も。
「さながーらーかすめーる、おーぼーろづき…よ……、…」
少し緊張で張った鈴の音に耳を傾け、その日は晩酌を終えた。
「……」
恥ずかしい言葉には、同じく恥ずかしい言葉で返す。
こういう良い夜には、むしろちょっと歯が浮くほどがちょうどいい。
ぶっきらぼうに突き出された照れ隠しのグラスに、黙って芋焼酎を注ぐ。
ロマンチックだね、と、返すと、鼻を鳴らして拗ねてしまった。
机の下で、彼女の足が僕の足を踏む。ちょっと痛い。
「…ねえ、夜に歌うのが恋の歌ならさ。さっきの歌も、」
「それは…分からないわ」
流石に、こじつけだろうか。
歌詞それ自体は、とても単純で、そして深い情景を歌ったものだ。
夕月夜に風薫る風景。
たった数節で、その美しさを歌った歌。
「例えば、歌自体にその意味がなくても…」
けれど。
そうであってほしい、と思うのは、こんな夜だからか。
「演奏する人が、そういう思いを込めて吹いたなら…それを聞く人が、そういう思いを乗せて聞いたなら」
「苗木君…」
「それはもう、恋を歌っているってことには、ならないかな」
りぃん、りぃん、と、羽が鳴っている。
どうも、僕も酔ってしまったみたいだ。
いつもよりも恥ずかしい言葉が、どうにもぽろぽろと零れてしまう。
ああ、また顔が熱くなる。もう夏も過ぎるというのに。朧月夜で、本当に良かった。
「……もう一度、弾いてくれないかしら」
再三、月明かりが雲で陰る。
互いの顔が見えない暗みで、鈴の音のような声が響いた。
「……霧切さんが歌ってくれるなら、いいよ」
篠笛に添えた指が、心なしか震える。
りぃん、と、急かすように、草藪の隙間で歌う鈴虫。
負けないように、と、息を吸う。
良い夜だ。
とても澄んだ夜だ。
鈴虫の声も、篠笛の音も、月明かりも、それを映すグラスの焼酎も、歌う声も。
「さながーらーかすめーる、おーぼーろづき…よ……、…」
少し緊張で張った鈴の音に耳を傾け、その日は晩酌を終えた。
488: 2012/09/02(日) 09:24:49.31ID:7X67fwmf
というわけで、残暑見舞い申し上げました
最近の話題と関係ないSSでちょっと空気読めてない感じだけど、暇だったら読んでやってくれ
少しずつ涼しくなってきたけど、まだまだ暑いから
霧切さんへの熱を上げ過ぎて体調崩さないよう、オマエラ気を付けてください
最近の話題と関係ないSSでちょっと空気読めてない感じだけど、暇だったら読んでやってくれ
少しずつ涼しくなってきたけど、まだまだ暑いから
霧切さんへの熱を上げ過ぎて体調崩さないよう、オマエラ気を付けてください



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