529: 2012/12/28(金) 01:02:58.96 ID:QXmofj9jo
小鍛治健夜にとって勝利とは絶対、必然だった。
相手に穿たれず、ただ点棒を食らい尽くしていく暴虐。
その圧倒的な空気こそ、彼女を王者せしめる全てだった。
だが、その空気を引き裂く一本のナイフ。
気づけば、自らの背中にナイフが突き立ったかのような幻覚。
それは目の前にいる女から生まれて初めて、大量失点をさせられた瞬間。
まるで暗殺者のように静かで、そして迷いない一撃。
そうして、目の前の女は小鍛治を刺しにきていた。
ギラギラとした目を光らせ、己を睨み付けるように。
その時、小鍛治健夜は理解する。
これが恐怖だ。
常に己が他者に与え続けてきた、絶対的な恐怖。
殺される。
殺される。
間違いなく。
確実に。
殺そうとしてくる。
誰が?
こいつが。
この女が。
赤土という、不敵な笑みを浮かべる女が!!
「痛いよ……」
痛い。
いたい。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いいたいいたい痛いいたいイタイ!!
怖い。
こわい。
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖いこわいこわい怖いこわいコワイ…ッ。
「痛かった、よ」
いやだ。
530: 2012/12/28(金) 01:05:54.33 ID:QXmofj9jo
「ロン!3900の一本場は4200!」
「ぁぅ……!」
また、刺された。
痛い。
やだ。
怖い。
殺さないで。
嫌。
脳みそをかき乱す感情。
それを抑えるために瞳は閉じられ、頭は下がり、前髪で目元は隠れる。
手で瞼を押す。
じんわりと広がる圧力。
手が震える。
恐怖に、怯えに震える。
初めて健夜が経験する、殺意の波動。
赤土にそんなつもりはなくとも、無い。
赤土にあるのは追いすがらんとする執念の気であった。
だが、彼女、小鍛治健夜は違う。
彼女は鬼だ。
麻雀の鬼。
人の形をした鬼。
時代、そして麻雀との出会いが裏と称される世界ならば、名を知らしめたであろう存在。
牌に愛されたのではない。
勝利することを必然とされた存在だ。
彼女にとって、自覚はないにせよ、麻雀とは頃し合い。
ならば、そう、そうだ。
こうして彼女に頃し合いを、麻雀という頃し合いを自覚させた赤土。
それは不幸だったのだ。
小鍛治健夜が初めて、そう思った相手なのだから。
そう。
だから、こうしよう。
そうすれば、怖くないし痛くないのだから。
健夜「――――頃して、やる」
カンッ
これくらいされたらトラウマになっても仕方がないと思うんだ
544: 2012/12/28(金) 14:53:39.98 ID:ogu8bf6So
「頃してやる」
―――今、なんと聞こえた?
頃してやる。
そう、対面に座る女はそういったのか?
見れば上家も、下家の少女も、女を見ていた。
目には恐れがあった。
年若い少女の目だ。
女は静かだった。
身長一五三センチ。
肉つきはよくもなく、悪くもない。
女らしいというよりも丸い、子供らしさが漂う肉体であった。
だが、女、小鍛治健夜を構成する部品。
女らしからぬ部分は、そこにある。
幾多もの牌を、挑戦者を、点棒を。
切り、潰し、奪い去ったその手。
それはまるで清んだ刃を持つ刀剣、刀の如き鋭さが動作にはあった。
手を握れば、硬い。
忘れるほど切って捨てた。
その動作によって重なり合う皮と肉。
地層を構成するかのように、その健夜の手は女らしからぬ硬さを宿していた。
くすり。
笑う。
自分の手も同じだと。
ここで、雀卓で、己は小鍛治健夜と同等だ。
牌を切り、打ち、奪う。
その繰り返し。
その繰り返しの頂点にいる小鍛治と己、赤土は同じだと笑った。
冷めた、だが爆発した感情を表す笑み。
たまらぬ笑みだった。
「ツモ―――4200オール」
牌を引き出す。
小鍛治がふらりと揺れた。
親の二連荘の満貫。
赤土の手が健夜の肩にかかった。
545: 2012/12/28(金) 14:55:42.83 ID:ogu8bf6So
“捕らえた”
赤土は笑う、観客は叫ぶ。
追いついた、勝てる、王者が負ける。
悲鳴が上がる、歓声が沸く。
解説は言った。
「まるで狼」であると。
狼は狙う。
赤土は狙う。
目指すは対面のみ、小鍛治だけ。
飢えた狼は狙う。
目指すは決勝。
赤土は牌を打つ。
王者を打ち倒すために、伝説の名を事実とするために。
一打、その一打目に赤土は小鍛治と瞳が合った。
瞬間、震える。
寒さじゃない。
氷柱を背筋に差し込まれたような痛みがあった。
肩が張る。
牌が手から零れ落ちそうになってしまうほどに張り詰めていた。
ぎしり。
錆付いたブリキの玩具のように首が小鍛治に向く。
小鍛治の瞳は見えない。
前髪の奥、照明で出来た影の奥にあった。
だが瞳は合っている。
小鍛治の視線は赤土を貫いている。
分かるのだ。
理解ってしまうのだ。
あの女が、今、何をしようとしているかが。
「ロン」
赤土の捨牌に告げられる声。
点数は高くはない。
平和のみ。
赤土は、震えた。
まるでそれが、銃弾のように感じたからだ。
小鍛治は笑い返した。
―――たまらぬ。
何処までも楽しげな、悪鬼の笑みであった。
546: 2012/12/28(金) 14:56:54.20 ID:ogu8bf6So
カンッ
たまらぬ妄想であった。
たまらぬ妄想であった。
引用: 咲SS総合スレ



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