1: 2026/08/01(土) 08:43:03 ID:???00
 夏休みに入って間もないある日。

 内浦の公園では、蝉の鳴き声が途切れることなく響いていた。

 木陰のベンチに腰掛けた曜は、大きくため息をつく。

梨子「曜ちゃん?」

曜「もうすぐ千歌ちゃんの誕生日でしょ?」

梨子「ああ、八月一日ね。」

曜「そう!」

 曜は勢いよく立ち上がる。

曜「私、小さい頃から毎年千歌ちゃんの誕生日をお祝いしてきたんだ。今年も絶対に喜んでもらいたい!」

曜「去年は果南ちゃんと一緒に、みかんを使った手作りのケーキを用意して、お祝いしたんだよ!」

曜「すっごく喜んでくれて、私も嬉しかったなぁ。」

曜「だから今年も、去年以上に喜んでもらえる誕生日にしたいの!」

3: 2026/08/01(土) 08:44:38 ID:???00
 その真剣な表情に、梨子は思わず笑みを浮かべた。

梨子「曜ちゃんらしい。」

曜「だからね、梨子ちゃんに相談したかったの!」

梨子「私に?」

曜「うん!」

 曜は力強くうなずく。

曜「梨子ちゃんって東京から来たでしょ?」

梨子「そうだけど……。」

曜「東京って、おしゃれなお店とかイベントとかいっぱいあるじゃん!」

曜「だから、都会っ子の梨子ちゃんなら、私なんかじゃ思いつかないような素敵なサプライズを知ってるかなって思って!」

 梨子は少し困ったように笑った。

梨子「そんなに期待されても……。」

梨子「私、そこまで何でも知ってるわけじゃないの。」

曜「えー、そうかなぁ?」

梨子「東京にいた頃だって、ごく普通の高校生だったし……。」

曜「でも、絶対何かあるよ!」

4: 2026/08/01(土) 08:47:52 ID:???00
 曜の期待に満ちた眼差しを見て、梨子は苦笑する。

梨子「もう……曜ちゃんは。」

梨子「分かった。一緒に考えましょう。」

曜「ありがとう!」

 二人はベンチに座り直し、千歌が喜びそうなサプライズを考え始めた。

曜「やっぱりプレゼントかな?」

梨子「それも素敵だけど、『サプライズ』っていう感じではないかも。」

5: 2026/08/01(土) 08:48:49 ID:???00
曜「じゃあ、お花をいっぱい飾るとか?」

梨子「きっと喜ぶと思うけど、千歌ちゃんらしさがもう少し欲しいかな。」

曜「うーん……みかん!」

梨子「それは曜ちゃんが最初に思いつくと思ったわ。」

曜「えへへ。」

梨子「でも、みかんを渡すだけじゃ去年とあまり変わらないものね。」

曜「そうなんだよ。」

 曜は両手を頭の後ろで組み、空を見上げる。

曜「今年はAqoursも結成できたし、去年よりもっと『すごい!』って思ってもらえる誕生日にしたいんだ。」

6: 2026/08/01(土) 08:51:47 ID:???00
 梨子も静かにうなずいた。

梨子「千歌ちゃんの笑顔が見られるサプライズ……。」

 二人が考え込んでいると、不意に近くから子どもの泣きそうな声が聞こえてきた。

子ども「お母さーん!」

 見ると、小さな男の子が木の枝を見上げている。

 オレンジ色の風船が低い枝に引っ掛かっていた。

 子どもの手では届かない高さだ。

曜「どうしたの?」

子ども「風船、とれないの……。」

 曜は枝を見上げると、にっと笑った。

7: 2026/08/01(土) 08:53:26 ID:???00
曜「それくらいなら任せて!」

 数歩助走をつけると、勢いよく地面を蹴る。

 ふわりと制服のスカートが舞い、曜の指先が風船のひもを掴んだ。

 そのまま軽やかに着地すると、男の子へ風船を差し出す。

曜「はい!」

子ども「ありがとう、お姉ちゃん!」

 男の子は嬉しそうに風船を抱きしめ、母親と一緒に何度も頭を下げて去っていった。

梨子「さすが曜ちゃん。」

 曜は照れくさそうに笑う。

曜「これくらい朝飯前だよ!」

8: 2026/08/01(土) 08:54:01 ID:???00
 梨子は少し困ったように苦笑した。

梨子「でも……制服であんなに高く跳ぶのはどうかと思うわ。」

曜「え?」

梨子「スカートだったこと、忘れてない?」

 曜は一瞬固まる。

曜「あっ……。」

 慌ててスカートを押さえる曜を見て、梨子は思わず笑ってしまう。

梨子「もう。そういうところも曜ちゃんらしいけど。」

 曜は頬をかきながら苦笑した。

曜「次から気を付けます……。」

9: 2026/08/01(土) 08:55:05 ID:???00
 その時だった。

 梨子は男の子が大事そうに抱えるオレンジ色の風船を見つめる。

 夏の青空を背景に、風に揺れるその姿。

 その瞬間、梨子の瞳がふっと輝いた。

梨子「……曜ちゃん。」

曜「ん?」

梨子「思いついた。」

曜「え?」

 梨子は優しく微笑む。

梨子「きっと千歌ちゃん、すごく喜んでくれると思う。」

 曜の目がぱっと輝く。

曜「本当!? 教えて教えて!」

 梨子は人差し指を唇に添えた。

梨子「まだ秘密。」

曜「えー!」

梨子「サプライズなんだから。」

 曜は一瞬だけ頬を膨らませたが、すぐに笑顔になった。

曜「そっか。」

梨子「うん。」

曜「よーし! 今年は最高の誕生日にしよう!」

 二人は顔を見合わせ、大きくうなずいた。

10: 2026/08/01(土) 08:57:07 ID:???00
八月一日。

 高海千歌は、自室の窓から澄み渡る青空を眺めていた。

千歌「今日は部活だったのになぁ……。」

 昨日、Aqoursのグループに届いた連絡には、急きょ練習が中止になったとだけ書かれていた。

 去年の誕生日は、曜ちゃんと果南ちゃんが、みかんを使った手作りのケーキを用意して、お祝いしてくれた。

 あの時も、とても嬉しかった。

 でも今年は違う。

 Aqoursが結成され、九人で笑い合う毎日が当たり前になった今なら、きっともっと賑やかな誕生日になっていたかもしれない。

11: 2026/08/01(土) 08:58:00 ID:???00
千歌「みんなで練習して、そのあと『おめでとう!』って言ってもらえたら、楽しそうだったな。」

 そう思い浮かべると、自然と笑みがこぼれる。

 もちろん、練習がなくなったことには何か理由があるのだろう。

 夏休みなのだから、それぞれ予定があっても不思議ではない。

千歌「また今度、みんなに会えるし!」

 そう自分に言い聞かせるように笑うと、千歌は旅館の手伝いをしたり、本を読んだりしながら穏やかな時間を過ごした。

 やがて窓から差し込む日差しは、少しずつ夕暮れの色へと変わっていく。

12: 2026/08/01(土) 08:58:27 ID:???00
 その時だった。

曜「千歌ちゃーーん!!」

 聞き慣れた元気な声が、庭の方から響いてきた。

千歌「……曜ちゃん?」

 千歌は自室を飛び出し、二階の廊下へ向かう。

曜「千歌ちゃん! こっちこっち!」

 手すり越しに庭を見下ろした千歌は、思わず目を丸くした。

千歌「みんな……!」

 そこには、Aqoursの仲間たちが笑顔で並んでいた。

13: 2026/08/01(土) 08:59:21 ID:???00
曜「千歌ちゃん! お誕生日おめでとう!」

梨子「お誕生日おめでとう、千歌ちゃん。」

果南「おめでとう、千歌。」

ダイヤ「千歌さん、お誕生日おめでとうございます。」

鞠莉「Happy Birthday!チカっち!」

善子「祝福するわ、リトルデーモン!」

花丸「おめでとうずら!」

ルビィ「千歌ちゃん、お誕生日おめでとう!」

 一人ひとりのお祝いの言葉が、夏の夕暮れの庭に優しく響く。

 思いもよらない光景に、千歌はしばらく言葉を失っていた。

14: 2026/08/01(土) 09:00:03 ID:???00
 曜がみんなを見回し、大きくうなずく。

曜「みんな、準備はいい?」

全員「うん!」

 次の瞬間、それぞれが手にしていたものを高く掲げる。

 千歌は思わず息をのんだ。

 みんなが持っていたのは、鮮やかなオレンジ色の風船。

 夕日に照らされ、その色はまるで大好きなみかんのように優しく輝いている。

曜「それじゃあ……。」

曜「せーのっ!」

15: 2026/08/01(土) 09:01:01 ID:???00
 八人の手から、一斉に風船が放たれる。

 ふわり。

 風を受けたオレンジ色の風船は、ゆっくりと夏の空へ舞い上がっていく。

 一つ、また一つ。

 夕焼け色へと染まり始めた空を、みかん色の風船がどこまでも昇っていく。

 千歌は二階の廊下から、その景色を見つめていた。

 自分の大好きな色が、夏の空いっぱいに広がっていく。

 胸の奥がじんわりと温かくなり、自然と笑みがこぼれた。

 ――今年は、みんなでお祝いしてもらえたら賑やかだっただろうな。

 昼間に思い浮かべた、そんな小さな願い。

 それは今、想像していた以上の形で目の前に広がっている。

 九人で過ごす、かけがえのない夏。

 仲間たちが自分のためだけに考え、準備してくれた、世界に一つだけの誕生日。

 空へ昇っていく風船を見上げながら、千歌はゆっくりと口を開いた。

16: 2026/08/01(土) 09:01:54 ID:???00
千歌「……みんな。」

 八人が一斉に千歌を見上げる。

千歌「本当に……ありがとう!」

 その言葉に、庭のみんなの笑顔がさらに輝く。

 夏の風が静かに吹き抜ける。

 みかん色の風船は、大切な仲間たちの「おめでとう」の気持ちを乗せて、どこまでも高く、夏の空へと昇っていった。

 その景色は、きっとこれから先も色あせることはない。

 高海千歌にとって、そしてAqoursのみんなにとっても。

 この日見上げた「みかん色の空」は、一生忘れることのない、最高の夏の思い出となった。

17: 2026/08/01(土) 09:04:30 ID:???00
おしまい

千歌ちゃん、お誕生日おめでとう!

SS投稿はじめてなので読みづらかったらごめん

引用: 【SS】みかん色の空へ