1:2015/01/30(金) 22:44:27.23 ID:pFpqS1pfM.net
「どうしたんですか? 律先輩」

部室へと向かう階段を昇っている時だった。
ふと視線を上げた梓は、
扉の前で眉根をしかめている律の姿を認めた。

「ああ、梓か。唯が部室に立てこもってるんだ」

梓の方へと視線を送りながら、
右手の親指を立て、律は扉の方を示した。
2:2015/01/30(金) 22:47:24.35 ID:pFpqS1pfM.net
「おーい。唯ー」

ドンドンと扉を拳で叩きながら、律は室内の唯へと声をかける。
そして反応が無いことが分かると、
後ろを振り向き肩を竦めた。

「さっきからこの調子なんだよ」

呆れたようにため息を吐き、律は言う。

「困っちゃったわねぇ」

梓にやや遅れて到着した紬が、
頬に右手を当てて、考え込むようにして言った。
4:2015/01/30(金) 22:49:04.88 ID:pFpqS1pfM.net
「理由はなんなんでしょうか」

部室へと繋がる扉のノブに手をかけ、鍵がかかっていることを確かめると、
梓は身体ごと振り返り、二人に向けて疑問を投げかける。

「そうねぇ……」

梓同様、てんで状況の分からない紬も、
一応といった様子で考えるそぶりを見せて、律へと顔を向けた。

「理由、か」

梓と紬の視線を痛いほどに感じながら、
律は腕を組み、扉の方へと視線を彷徨わせた。
6:2015/01/30(金) 22:51:04.83 ID:pFpqS1pfM.net
「話せば長くなるんだが」

相変わらず扉を睨み付けながら、律は口を開く。

「梓が来る、ほんの15分ほど前の出来事だ」

そこで言葉を区切り、さも真剣な様相で視線を戻すと、
梓と紬、二人の顔を交互に見比べる。

「全てを聞く、勇気はあるか」
7:2015/01/30(金) 22:53:08.98 ID:pFpqS1pfM.net
梓が顔を横に向けると紬と目が合った。
数秒見つめ合ったのち、互いに頷き合う。

「はい。どうして唯先輩が部室に立てこもったのか。
 私、その理由を知りたいです」

梓が力強くそう言うと、律はため息を吐いた。

「そうか」

そして踵を返すと数歩歩き、扉の前で立ち止まった。
右の手のひらを扉に押し当て、頭をうな垂れさせる。

「聞いて、後悔するんじゃないぞ」
8:2015/01/30(金) 22:55:29.74 ID:pFpqS1pfM.net
「そんな理由で……?」

律の話を聞き終えた二人は、しばし呆然としていた。
嫌な沈黙が場を支配する。

「ああ。そうだ」

そんな空気に耐え兼ねたのか、律が沈痛な面持ちのまま言葉を発した。

「そう……。私が、唯のとっておきのお菓子を食べたから」

「子供じゃないんですから、そんなしょうもないことでケンカしないでください!」

一切目を合わそうとしない律に、梓が食って掛かった。

「だ、だから最初に言っただろ。聞いて後悔するなよ、って……」
9:2015/01/30(金) 22:56:55.89 ID:mcHCP6uT0.net
はい
10:2015/01/30(金) 22:57:52.80 ID:pFpqS1pfM.net
「唯せんぱーい。いい加減機嫌直してくださーい」

「そうよぉ、唯ちゃん。今日はおいしいマドレーヌを持ってきたんだから」

先程から、二人が扉の向こうへと声をかけているが、
室内からはなんの反応もなかった。

「まったく。唯のやつはしょうがないな」

呆れたように律が言うと、梓が怒りの形相をそちらへ向けた。

「もとはと言えば律先輩のせいでしょう!
 律先輩もちゃんと謝ってください!」
11:2015/01/30(金) 23:00:10.44 ID:pFpqS1pfM.net
「ダメみたいねぇ」

しばらく声をかけ続けたが、それは無意味なようだった。
部室内の唯はうんともすんとも言わない。

三人は頭を悩ませ、一様に視線を下げる。

「あ、そうだ」

ふと、梓が顔を上げた。
律と紬は、それにつられて梓の顔を覗き込む。

「いいことを思いつきました。題して、『天の岩戸作戦』です」
12:2015/01/30(金) 23:03:10.10 ID:pFpqS1pfM.net
「あまてらすおおみかみ?」

律が怪訝な顔で首を傾げた。

「はい」

そう答えた梓は、やや興奮しているようだ。

「天の岩戸に引きこもってしまった天照大神は、
 外から聞こえる楽しそうな声に誘われて、外に出てきてしまうのです」

ふんす、と梓が鼻を鳴らす。

「あらー、いい作戦ねぇ」

梓の意見に同調した紬は、満面の笑みを浮かべていた。
13:2015/01/30(金) 23:04:31.47 ID:JrVNc4yMK.net
田井中メンバーはどうしようもねえな俺がもらってやるよ
15:2015/01/30(金) 23:06:30.33 ID:pFpqS1pfM.net
「な、なんで私がこんな格好を……」

「いいじゃないの。とてもよく似合っているわ」

「そうだぞ梓。言い出しっぺの法則ってやつだ」

猫耳に猫のしっぽ、手足にそれぞれ猫の肉球を模した大きな手袋と靴を付けた梓が、
真っ赤な顔で恥ずかしそうに身体をもじもじとさせていた。

「本当は同じ柄のビキニもあるんだけれど」

「せ、制服のままでいいです……!」
17:2015/01/30(金) 23:08:59.99 ID:pFpqS1pfM.net
「にゃ、にゃあー……」

「そんなんじゃダメだ、梓。もっと猫になりきるんだ」

「……にゃあー!」

猫のように顔の前に両手を掲げた梓が、
律の熱心な演技指導を受けていた。

「いい感じねぇ」

そんな二人の様子を、うっとりと目を輝かせながら紬が見守っている。

「にゃあー! にゃんにゃんにゃあー!」

もうやけくそといった感じで、
梓は踊るようにして猫の真似を続けていた。
18:2015/01/30(金) 23:12:01.02 ID:pFpqS1pfM.net
「これでも出てこないか」

「今日の唯ちゃんは随分と意地っ張りねぇ」

次の手を考えている律と紬の横で、
先程の格好のままの梓がへたり込んでいた。

「一生懸命やったのに……」

「梓ちゃんもよく頑張ったわね。よしよし」

梓の頭を、紬が撫でた。

「ムギ先輩……。ムギせんぱーい!」

梓が涙目で紬に抱き付く。
相変わらず紬は、頭をよしよしと撫で続けていた。

「あらあら、梓ちゃん。にゃあにゃあ」

「にゃあー……」
19:2015/01/30(金) 23:15:22.91 ID:pFpqS1pfM.net
「そういえば」

ようやく梓も落ち着いたようだ。
猫の装飾をつけたまま、紬の胸から顔を離す。

「遅くないですか。澪先輩」

「言われてみればそうねぇ」

梓の前髪を指で整えながら、紬も同調した。

「あー、澪のやつは」

二人は律へと視線を移す。

「あれだ。えーと」

律は何かを考えるかのように、視線を斜め上に向けた。

「体調不良」
20:2015/01/30(金) 23:18:25.56 ID:pFpqS1pfM.net
「全然出てきませんね。唯先輩」

「いいと思ったんだけれど。梓ちゃんの『セッション作戦』」

部室の前で演奏を始めれば、
たまらずギー太を片手に唯が飛び出してくると思っての作戦だった。

「まさか伏兵の妨害があるとはねぇ」

他の生徒からの「音がうるさい」との苦情を受けたさわ子先生が、
般若の面のような顔で階段を昇って来たのであった。

「でも、マドレーヌで手を打ってくれて良かったじゃない」

紬が無理に明るい声を出す。
三人は視線を交錯させると、一様にため息を吐いた。
21:2015/01/30(金) 23:18:51.50 ID:/RWTVeAR0.net
死んでる
22:2015/01/30(金) 23:19:08.44 ID:mcHCP6uT0.net
じゃあもう火を放つしかないじゃん・・・
23:2015/01/30(金) 23:21:22.50 ID:pFpqS1pfM.net
「もう! 唯先輩はどうやったら出てくるんですか!」

打つ手が見つからず、梓が吠える。

『お菓子の家作戦』、『泣いた赤鬼作戦』、『サイレント作戦』、
『マトリョーシカ作戦』、『北風と太陽作戦』。

様々なことを試してみたが、その全ては無為に終わってしまった。

「うーん。どうしたらいいのかしら……」

もう新しい作戦も思いつきそうになかったが、
それでも何か方法がないかと、三人は頭を悩ませるのだった。
25:2015/01/30(金) 23:24:54.78 ID:pFpqS1pfM.net
「ひとつ、提案してもいいでしょうか」

梓が言う。

「もう、諦めませんか」

「馬鹿野郎!」

律が梓の両肩をしっかりと抱いた。

「今諦めて何になるんだ! 一度心に決めたことを、
 最後までやり遂げなくてどうする!」

叫び、身体を強く揺さぶる。
前後に激しくシェイクされる梓の頭の上で、
黒い猫耳がぴょこぴょこと跳ねていた。
26:2015/01/30(金) 23:27:46.47 ID:pFpqS1pfM.net
「しっ!」

立てた人差し指を口元に当て、紬が二人を咎めた。
律と梓がピタリとその動きを止める。

「何か、聞こえない?」

三人が耳をそばだてた。
階下から響く足音と、何やら会話する声が聞こえてくる。

「あれ。この声って」

まず、梓が気付いた。
それにやや遅れて、紬も同じことを思ったようだ。

「唯先輩と……」

「澪ちゃんの声?」
27:2015/01/30(金) 23:31:51.48 ID:pFpqS1pfM.net
「みんな! 本当にすまん!」

両手を顔の前で合わせた澪が、必死に頭を下げている。

「そんなぁ。澪ちゃんが悪いんじゃないよぉ」

謝る澪の横で、どうしていいか分からないといった様子の唯が、
ただひたすらにオロオロと狼狽していた。

「ええと……」

状況が把握できず、紬はその場にいる人間の顔を交互に見回すことしかできなかった。
そんな紬に変わって、梓が疑問の答えを求めるために口を開く。

「いったい、これはどういうことなんでしょう」
28:2015/01/30(金) 23:34:55.58 ID:pFpqS1pfM.net
「なんだ、律。話してないのか?」

頭を下げたまま、澪は上目づかいに律を見た。
澪に続いて唯も。それにつられて、紬と梓の視線も律に集まった。

「いや。それは、その」

律は視線を斜め下に向け、顔の前で指をもじもじと動かしている。

「正直に言うと、怒られると思って」

遠くから聞こえる吹奏楽部の演奏だけが、
しばしの間その場に響いていた。
29:2015/01/30(金) 23:37:49.35 ID:pFpqS1pfM.net
「つまり。すべての元凶は律先輩だったんですね」

「いや……。あれは澪が……」

どうやら、「先に部室に行く」と言った澪に向けて、
律が鍵を放り投げたことからこの騒動は始まったようだった。

「あれは律ちゃんがノーコンすぎるんだよぉ」

澪の手をすり抜けた鍵は、開いている窓から裏庭へと落下し、
唯と澪の二人は今の今までそれを探していたということらしかった。

「ちゃんと言ってくれたら、私たちも探すのを手伝ったのに。……ねぇ?」

「そうですよ。なんで言ってくれなかったんですか」

強い口調で梓が咎めると、律はばつが悪そうに唇をとがらせた。

「だって。怒られるの、嫌だったし……」
30:2015/01/30(金) 23:38:57.74 ID:mcHCP6uT0.net
デコ野郎!
31:2015/01/30(金) 23:41:41.17 ID:pFpqS1pfM.net
「私たちの今までの頑張りはどうなるんですかぁ!」

力の限りに梓は叫ぶ。
その背後から、忍び寄る影があった。

「わー! あずにゃん今日は本当にあずにゃんなんだねぇ!」

唯がぎゅうぎゅうと頬ずりしながら、
猫耳をつけたままの梓の頭を撫でまわし始めた。
それを引きはがそうと腕を突っ張り、迷惑気な顔をした梓は声を張り上げる。

「やめてください! こんな格好してるのも、律先輩が、
 『唯先輩が部室に立てこもってる』って嘘ついたからなんですよ!」

唯は急に素に戻り、頭の上にたくさんの疑問符を浮かべて首を傾げる。

「んん? なんの話?」
33:2015/01/30(金) 23:44:38.74 ID:pFpqS1pfM.net
「ひどいよ律ちゃん! なんで私を悪者にしたの!」

ほっぺたを膨らませ、唯が怒声を張り上げる。

「そ、そんなに怒るなよ……。
 最初は、ほんの冗談のつもりだったんだ」

おずおずと律は口を開いた。
そこに、紬が割って入る。

「もっと早く言ってくれたら、私たちもあそこまで色々やらずに済んだのだけど」
35:2015/01/30(金) 23:47:37.37 ID:pFpqS1pfM.net
「そうですよ! 無駄な時間を過ごしました!」

梓も紬に追従した。
澪は何も言わなかったが、じっとりとした視線を律に投げかけている。

「あの……。なんか……」

全員に責められ、律は居心地の悪さを感じながらも、
何かを言わなくてはという義務感にかられ、口を開く。

「やってるうちに、楽しくなっちゃって」
37:2015/01/30(金) 23:50:36.05 ID:pFpqS1pfM.net
「もう! 律ちゃんなんて知らないからね!」

澪の手から鍵をひったくると、唯はまっすぐに扉へと向かって行き、
不器用に鍵を差し込み回して、荒々しく扉を開け放った。

「お、おい。どうしたんだよ、唯」

背後から声をかけた澪の言葉も無視して、
唯は開けた時と同様荒々しく扉を閉めた。
数秒後、扉がガチリと音を立てた。
38:2015/01/30(金) 23:53:45.00 ID:pFpqS1pfM.net
「……あれ」

一番扉に近い位置にいた律がノブに手をかけるが、
ガチャガチャと鳴るだけで扉は一向に開かない。

「おーい。唯ー」

律がドンドンと扉を叩いた。

「内側からかけちゃったんですかね……。鍵」

梓が呟くように言うと、部室内から唯のくぐもった声が響いた。

「もう怒った! 動かざること山の如しだよ!」
39:2015/01/30(金) 23:56:58.23 ID:pFpqS1pfM.net
「はぁ……。またさっきと同じことの繰り返しですね……」

梓は疲れ切った顔でため息をついた。
それとは対照的に、笑顔を浮かべた紬が明るく声をかける。

「でも、実際の唯ちゃんは素直だから。
 最初の作戦ですぐ出てくるんじゃないかしら」

梓は表情を変えないまま「そうですね」と頷いた。
そんな様子を見て、律が呆れたように言う。

「まったく。唯のやつはしょうがないなぁ」

「全部お前のせいだろ! この馬鹿律!」

澪の叫びからおよそ3分後、
マドレーヌにつられた唯は無事に部室から出てきたとさ。

終わり
40:2015/01/30(金) 23:58:12.36 ID:HdT0PuIX0.net
おつ
久々にけいおんSSみれてうれしかったよ
41:2015/01/31(土) 00:03:20.08 ID:1BP7UFGL0.net
おつ
42:2015/01/31(土) 00:03:27.25 ID:eUD+fDUiM.net
読んでくれた方、レスくれた方、ありがとうございました。
43:2015/01/31(土) 00:08:09.48 ID:1BP7UFGL0.net
スレタイが「働かざること~~」に見えたのは内緒な
唯「動かざること山の如し!」
引用元:http://viper.2ch.sc/test/read.cgi/news4vip/1422625467